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■春和(2)

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翌6日。東京で冬子(ケイ)がそれまで胸に入れていたシリコンバッグを抜く手術を受けた。先週青葉とその話をしたばかりなのに、行動の速い人だ!その夜は電話で遠隔ヒーリングをした。
 
「凄ーい。私は寝ているだけなのに、痛みが取れていく感じだよ」
と冬子。
「この世の中には実際に各組織をつなぎ合わせていってあっという間に傷を治してしまう人もいるという噂なんだけど、私にはそんな超能力者みたいなことできないから、あくまで気の流れを調整しているだけ」
「充分、青葉ちゃんも超能力者って感じだよ」
 
「・・・・あのあと、和実さんとも少し個人的に話したんですけど、彼女も私と似た感覚持ってるみたいで」
「何?何?」
「私、今実際に生きているのかなあ、って」
「何それ?」
 
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「実は私も震災で死んでいて、私は今生きていると思い込んでいるだけなのかもって。私は『我思う。故に我あり』と言ったデカルトは楽観的すぎると思う。だって、私もうこの世に存在していない人の思念をたくさん見てきたし」
 
「青葉ちゃんにしても、和実ちゃんにしても、ほんのちょっと前まで言葉を交わしていた人が死んでいるから、よけいそんな感覚になっちゃうんだろうね。私も当時仙台の放送局にいたから、被災者の端くれかも知れないけど、あれはほんとに自分の根幹がひっくり返る天変地異だよ」
「うん」
 
「それに特に青葉ちゃんの場合、実際に肉体が滅んでも精神だけ超生することのできる子という気もする。その気になればね」
「超生の仕方は・・・実はちょっと分かる気がするの。ほんとにできるかどうかは死ぬ時しか試せないけど」
「それは凄い。でもね」
「うん」
「青葉ちゃんが今生きていることはたぶん私が保証できるよ」
と冬子は言った。
 
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「だって青葉ちゃんが存在してないのなら、私も存在してないことになるもん」
「冬子さんの歌をたくさんの人が聴いてるから、冬子さんが存在してなかったら、その人たちも存在してないことになりますもんね」
 
「そうそう。もしそうなら、あるいは日本人全部幽霊になってたりしてね」
と冬子は笑う。
「あ、そういえばそんなSF小説があったよ。核兵器で日本が全滅して日本人が全員幽霊になっちゃうっての」
「へー」
「それで幽霊になった日本人が、もう死なないことをいいことに世界中に出て行って好き放題するの」
「面白ーい」
「もし、青葉ちゃんも私も実は存在してないんだったらさ」
「はい」
「どうせ存在してないんだから、好き勝手に生きればいいのよ」
「そうか!」
 
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その週の週末はまた岩手行きであった。金曜夜の高速バスに乗り、朝仙台に着いて、慶子の車で陸前高田に入った。今回は陸前高田でいくつか依頼がたまっていたので、それを片付けたのであった。またこの日、慶子の新しい家の地鎮祭・起工式が行われたので、その日工務店の人が帰ってしまってから青葉は慶子とともに、その土地の四隅に『例の物』を埋める儀式をした。
 
「これで結界になるんですか?」
「ええ、霊的なものに対してはこれで防御できます。物理的なものに対しては無力なので、津波にはきれいさっぱりやられてしまいましたが」
と青葉は答えた。
「あれは何なんですか?4つとも袋に入っていたけど」
「私も分からない。曾祖母からも慶子さんのお父さんからも『中を見たら死ぬ』
と言われています」
「きゃー」
「見ない限りはこちらを守ってくれる。世の中にはその手のもの多いですよ」
「確かに時々聞きますね」
 
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「工事中、時々ここ見に来ますよね?」
「ええ、一応毎日来るつもりです。工事の人たちにお茶くらい出したいし」
「それなら大丈夫です。埋めたまま放置していると良くないのでいったん回収しておいたのですが」
「なるほど。特にここで毎日何かの儀式をする必要とかは無いんですか?」
「必要ありません。ただここに来た時『こんにちは』と言ってあげてください」
「はい」
 
土曜の夜は早紀の家に泊めてもらい、椿妃も来たので早紀の部屋(4畳半)に無理矢理3つ布団を敷き一緒に寝ることにしたが、遅くまでわいわいやっていたので早紀のお母さんから「あんたたち、いいかげんに寝なさい」と叱られた。
 
「じゃ、青葉の学校はとりあえず県大会に駒を進めたのね」
「うん。来週県大会。なんかみんな燃えてるから私も頑張らなくちゃ。そちらは?」
「一応地区大会トップで県大会行きを決めた。こちらも来週の日曜県大会だよ」
「じゃ、お互い頑張ろうね」
「うん」
「結局、ソプラノのソロは誰が歌ったの?」
「地区大会では歌里(かおり,立花さん)が歌った」
「あらら」
「でも県大会ではまた分からないって。その時点で歌里と柚女(ゆめ)の調子のいい方に頼むから、ふたりとも気を抜かずに練習しろって先生は言ってる」
「わあ、シビアな戦いだ」
「ふたりとも燃えてるよ。凄い練習してるから、他のみんなも一緒に燃えてる」
 
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日曜日は午前中に市内で1件小さな霊障相談に行き、それが11時頃終わったので、清めの儀式をした上で慶子に一ノ関まで送ってもらうことにしたが、慶子が個人的な用事があるということだったので、それが終わる12時頃まで1時間ほどと思い、クレープ屋さんに入って、いちごケーキのクレープを注文し、コーヒーを飲みながら、携帯を見ていた。
 
その時「あれ?もしかして川上さん?」と声を掛ける人物があった。
「あ、はい?」
青葉はその人物の顔を見て大急ぎで頭の中のファイルをめくるが誰なのかよく分からない。
「あ、覚えてないよね。僕は君のお父さんの友人で白石というのだけど」
「あぁ!私が小学1年生の頃に確か2〜3度、うちに来られましたよね」
「おお、凄い記憶力だ」
「でも、よく私って分かりましたね」と青葉。
 
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「お父さんがよく君たち2人の写真を見せてくれてたから」
「えー?父がそんなことしてたんですか?」
「君・・・えっと・・・妹さんの方だよね?」
「はい。姉も震災で亡くなったので」
「そうだったのか」
「姉と父の遺体は先月見つかりました。母の遺体はまだ見つかってませんが、たぶん今月中に見つかりそうな気がします」
「そうか、君霊感が強いんだったよね」
「そんなことまで話してたんですか、父は?」
 
「僕、君のこと、『妹さん』と言っちゃったけど、『弟さん』じゃなくて、『妹さん』でいいんだよね?」
「はい、そちらでお願いします」と青葉は笑って言う。
「今通ってる学校でも女子生徒として扱ってもらってますし」
「わあ、そうなんだ。今どこにいるの?」
「富山県の知人の家に身を寄せてます。後見人にもなってもらったんです」
「おお、良かったね」
 
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「ところで。。。父のお友達でしたら、父が何の仕事をしていたのか、ご存じですか?母に聞いても『私にも分からん』と言われて。姉も知らなかったみたいでしたし」
 
「うーーん、実は僕も知らないんだ」
「あらあ」
「なんか、いろんなことをしていたみたいだけど、収入はかなり不安定だったみたいだね」
「ええ。家には全然お金入れてませんでしたから」
「そうだったのか?じゃ君たちどうやって暮らしてたの?」
 
「母は仕方ないので最初の頃、祖父母から少し支援を受けていたみたいでしたが、その内母がキッチンドリンカーになって、結局私達を放置するようになっちゃって」
「なんだい、じゃ君たち姉妹ふたりで暮らしてたの?」
「ええ。一応私が拝み屋さんの仕事を不定期にしていたので、その収入で何とか」
「よく生きてたね」
 
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「はい、何とか生き延びました。姉も震災を生き残れたらよかったのですが」
「おびただしい人が死んだね」
「ええ。友人も何人も死にました」
「死んでなくても県外に引っ越した子も多いでしょ」
「ええ。私もそのひとりですが。それで学校の生徒の数が激減して、今隣の中学と臨時合併して授業やってるんですよ」
「うんうん。聞いた」
 
「お父さん達は昔埼玉に住んでたんだよね」
「はい。私も埼玉で生まれましたから」
「最初旅行代理店みたいな仕事をしていたのだけど、お父さんはその内当時流行りだしたインターネットに注目してね。旅行のネット通販での取り次ぎを始めたんだ」
「へー」
「当時はとにかく物珍しいメディアで注目度は高かったけど、使いこなせる人は少なかった。通販サイトもまともな所が少なかった」
「でしょうね」
「お父さんは、すごく使いやすいサイトを構築してね。旅行の内容もほんとによく分かるように工夫していた。写真をふんだんに使っていたわりには重たくならないようにうまく加工してたし。実際に参加した人の感想をたくさん掲載していたから、結構注目されていた。そしていろんなサイトからたくさんリンクを張ってもらったんだ。当時はリンクなんて申し込めばみんな即相互リンクしてくれる時代だったし」
「わあ」
 
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「そんな時に君たち一家が住んでいた事務所兼住居が再開発に引っかかって、立ち退かなきゃいけなくなって。それでネットの仕事なら、別にどこでやっても構わないし、というので、お母さんの実家のある大船渡に引っ越してきたんだよね」
「なるほど」
「僕はお父さんとは大学の同級生だったんだけど、当時気仙沼に住んでいたんで、よく会う機会があって、お父さんとの交流が多くなったのはその頃からなんだよ」
「へー」
 
「お父さんたちがこちらに引っ越してきたのがたぶん2000年だったと思うんだけど」
「そうです。姉が小学校に上がるのに合わせて引っ越したと言ってましたから」
「その翌年、2001年の9月11日にとんでもない事件が起きてね」
「・・・・同時多発テロですか!」
「うん。あれで航空業界も旅行業界も絶不況になってしまった」
「あああ」
「それでお父さんの事業は行き詰まってしまったんだ」
「そうだったんですか・・・」
 
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「その後のことは実は僕もよく分からなくてね。いろんなことに手を出してはいたようだけど、どれもなかなかうまく行かないようではあった。いつも疲れて悩んでるような顔をしていたから、心配して何度か声を掛けたんだけど、うん、何とかする、みたいな反応で」
「はあ・・」
「ストレス溜まってたんだろうな」
「私は物心ついた頃から、父は自分達に暴力を振るう人、という認識しかなかったです。幼稚園の頃とか毎日のように殴られていましたし」
「わあ・・・・」
 
「そんな生活の中で、私にとっての救いが曾祖母だったんです」
「八島賀壽子さんだよね。この付近では有名人だった。あ、そうか!君は八島さんの跡を継いだんだね!」
「はい。小学2年の時に曾祖母は亡くなったので実質継承しました。でも実は幼稚園の年長さんの時からほとんど曾祖母の仕事は私が代行してたんです」
「すごい」
 
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「よく曾祖母に連れ出されて、野山を走ったり、滝行したりしてました。その修行自体は結構きつかったけど、家にいて父に殴られるのよりはずっと良かったから頑張ってました。そのうち、気の操り方を覚えて、それで父に殴られても怪我しない殴られ方が分かりましたし」
「天才少女だったんだね」
「そうですね。よく『あんた凄い才能があるよ』『ぜひ私の跡継ぎになって』
と言われました。それと曾祖母は私を最初から女の子として扱ってくれたから、それも嬉しかったし『魂が女の子だから女の子の服を着ていい』とも言われたし」
 
「しかしそうか・・・・君が八島さんの跡を継いだんだったら、たぶん君に頼みたいことが、いくつかあるよ」
「そうですか。一応、曾祖母のお弟子さんの娘さんで、佐竹慶子さんという人が大船渡にいて、私の窓口になってくれていますので、そちらの住所と電話番号お伝えしておきますね」
青葉はメモ帳に、慶子のところの住所電話番号と、自分の住所・携帯番号を書いて白石に渡した。白石も自分の住所と電話番号を書いてくれた。携帯は電話番号とアドレスを交換した。
 
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「こちらにはだいたい月2回くらい来てますので」
「じゃ、今度時間が取れた時でいいから、ぜひ気仙沼の方にも寄ってよ」
「はい。事前に連絡しますね」
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