広告:メイプル戦記 (第2巻) (白泉社文庫)
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■春眠(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2011.10.06
 
この物語は「春夢」のラストの当日から始まる。
 
5月23日の月曜日、週末に急用で岩手まで往復してきた青葉はその日の放課後、コーラス部で、通常の練習をした後、今度のコンクールで歌う曲のソロパートを居残りで30分くらい練習してから、自分の教室に戻った。
 
普段ならこういうケースで同じ部の日香理や、美術部ではあるがよく一緒に帰っている美由紀が待っていてくれるのだが、今日は教室に戻ると誰も居なかった。
 
「あれ。。。。何か用事でもあったのかな。。。。。」
 
青葉はちょっとだけ寂しい気持ちがしたものの、寂しいのには慣れているので、「ま、いっか」と独り言を言うと、道具をまとめて鞄に入れ帰途に就いた。空が夕焼けで赤くなっている。
 
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高岡に来てから1ヶ月、ようやくこの町の地理にも慣れてきた。今日は一緒に帰れなかったものの、美由紀と日香理とは仲良くやっているし、他にも数人、結構いい感じで話をしている子たちがいる。何と言っても、みんなが自分をちゃんと普通の『女の子』として扱ってくれるのが嬉しかった。早く性転換したいなぁ、と青葉は思う。岩手に住んでいた時代は全て自分の感情を抑制していたから、自分の性の不一致問題についてもあまり深く考えていなかった。しかしこちらにきて自分の感情を解放してから、性別のことでよけい悩むようになった気もする。
 
「しかし明日香もちょっと面白い子だよなあ・・・・」などと今日のお昼休みの時のおしゃべりなどを思い出したりする。明日香はいわゆるミーハーな子で、知識は広いが、青葉と興味を持つ分野が全く異なっていた。青葉がよく知っているようなことを明日香は全く知らない。そして青葉が全く知らないようなことを明日香はよく知っている。青葉と明日香が会話をしていると、しばしばお互いに別のことを話しているのに、双方ともそれに気付いていない、などということもあって、「あんたたち話が通じてない」と美由紀によく指摘されていた。
 
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その明日香は最初の半月ほど、自分の事を「男の子になりたい女の子」と思い込んでいたらしい。それで青葉によく「青葉ちゃん男装したらどんな感じになるのかな?」などと聞いたりしていて、青葉は意地悪されているのかと思い若干傷ついていたのであるが、その誤解に気付いた美由紀から、青葉が「女の子になりたい男の子」であることを説明されて「うっそー!?」と叫んだのであった。
 
「だって、青葉ちゃん、どう見ても女の子じゃん」と明日香は戸惑いながら言った。
「うん。青葉は完璧に女の子だと思う。どちらかというと既に女の子になってる子だよね」と美由紀も言う。「男の子らしき要素が存在してないもん。噂によれば、青葉って生理もあるらしいのよね」「ははは」
 
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そんな会話を思い起こして少し微笑みながら家路を辿る。そして家の玄関を開けて「ただいまー」と言った時であった。
 
いきなり、パン!パパン! という大きな音がする。
 
反射的に青葉は玄関の陰に身を隠し鞄で自分の頭を守る体勢を取った。
 
「ちょっと〜、青葉、反応が『炎の月』並み〜」
美由紀の声だ!
 
青葉は立ち上がってホコリを払いながら「なんだ!美由紀か」と言った。音はクラッカーの音であった。
 
「ハッピーバースデイ!」と日香理と明日香が笑顔で言っている。
「あ、えっと・・・・」
 
「ホントは昨日お誕生日だったのに、青葉居なかったもんね」と美由紀。
「だから、1日ずらして今日みんなでお誕生会しよってんで待ってたんだよ」
と日香理が言う。
 
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青葉は突然泣き出してしまった。
「どうしたの?青葉」とびっくりした様子で訊いたのは、やはり同級生の奈々美である。
 
「だって・・・・私、お誕生日なんて祝ってもらったこと一度もない・・・」
と青葉は泣きじゃくっている。
 
「さあ、さあ、とにかく中に入って」と笑顔で美由紀が青葉の肩を抱く。
「うん、ありがとう」
 
靴を脱いで家に上がり、居間まで行くと、母がニコニコして座っているし、なんと桃香と千里までいる。
「お姉ちゃんたち、どうしたの?」
「だって、青葉の誕生日お祝いしたかったからね」
「午前中の授業まで受けたあと、新幹線に飛び乗ってきたよ。さっき着いたばかり」
「お友達もたくさん来てくれたね」
「うん。みんな、ありがとう」と青葉は涙が止まらない。
 
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「青葉がきっと泣きじゃくる、っての当てたのは私ひとりだね」と美由紀が得意そうにいう。
「えーん、だって嬉しいんだもん」と青葉はまだ泣いている。
 
食卓を母、桃香・千里、美由紀・日香理・明日香・奈々美、それに青葉の8人で囲んだ。中央にラウンドケーキがあり、『Happy Birthday Aoba』の文字が入っていた。ロウソクが14本立っている。
「さあ、火を点けるよ」と桃香が言い、チャッカマンで各ロウソクに火を点けていく。千里が部屋の明かりを消した。
 
「さあ、一気に行こう、青葉」
「えっと。。。。何すればいいんだっけ?」
「ロウソクの火を吹き消すんだよ」
「あ、そうなんだ!」
「青葉、こういう風習を知らないのね。息で吹き消すんだよ」と美由紀。
「ありがとう。ようし」
青葉が思いっきり息を吸うと、ふっと息で14本のロウソクを次々と吹き消していく。吹き消し終わると、また パン!パパン! というクラッカー音。しかし今度は青葉もテーブルの下に隠れたりはしなかった。
 
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千里が明かりを点ける。
「ハッピーバースデイ!」
「お誕生日おめでとう!」
「みんな、ありがとう!」
青葉はまた泣いている。
 
「うーん。青葉がこんなに泣き上戸とは知らなかった」と奈々美。
「青葉はね、冷たくされるのには強いけど、優しくされるのには弱いの」と美由紀。
「なにそれ?北風と太陽か?」
「うんうん、青葉の心って、まさにそんな感じ」と日香理。
 
ケーキを千里が8等分して、みんなのお皿に盛った。桃香がシャンメリーの栓を開ける。またポン!という音がして、青葉がビクッとする。
「わあ、シャンメリーなんて、よくこの時期にありましたね」
「千里がファミレスに勤めてるからね。納入業者さんに聞いたら、作ってる所紹介してくれて、8本調達してきたって」
「わあ、私にも開けさせて」といって、美由紀もシャンメリーの開栓をする。みんなのグラスに注いでいく。
 
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乾杯して誕生会が始まる。母と日香理が台所から料理が色々載っている大皿を1枚ずつ持ってきた。
「日香理ちゃんから、今日誕生会するからと聞いたから、頑張って料理したよ」
「わあ、ありがとう」
「最近、朝御飯も晩御飯も青葉が作ってくれるからちょっと腕がなまってたけどね」
 
「私達は昨日来るつもりだったのよ。ところが土曜日電話したら岩手に行ってるというから、1日ずらした」
「わあ、ごめん。お姉ちゃんたち」
「でも、お仕事じゃ、しょうがないね」
「青葉、お仕事してんの?」と奈々美。
「霊能者さんなんだよ」と美由紀。
「えー?寺尾玲子さんみたいな?」
「あそこまで凄くないよ」と青葉は笑う。
「でも、リモートで処理しなくて、青葉自身が行ったってのは大物?」
「えーっと、そのあたりは守秘事項に触れるので言えません」
「おお、口が硬い」
 
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「でもせっかく向こうまで行ったら、向こうのお友達とも会ったんでしょ」
「うん。椿妃には会って、彼女のうちに泊めてもらった」
「早紀ちゃんや、咲良ちゃんは?」と千里。
「早紀はちょうど仙台に行っててすれ違い。咲良は今八戸だから今回は無理だった」
「彪志君は?」と桃香。
「えっと・・・・・会った」
「ちょっと待って、今男の子の名前を聞いた気がする」と奈々美。
「ただの友達だよ〜」
「怪しい」と明日香。
「うん、怪しいよね」と日香理。
「ふふふふふ」と美由紀。
 
「何?その笑いは?」と日香理。
「今朝、いろいろ聞き出したもんね」
「ああん、言わないでって言ったのに」と青葉。
「じゃ、言わない」と美由紀。
「オフレコってことでここだけ限定で言っちゃおうよ」と奈々美。
「青葉の彼氏、って訳ではないみたいよ。でも、青葉の携帯に今付いてるウサハナのストラップは彼からもらったものだって」と美由紀。
「わあー、完璧に彼氏フラグ!」
青葉はもう真っ赤になっている。
 
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「泣いたり、真っ赤になったり、忙しい子だね」と桃香。
 
「うん。。。昨日会った時、お誕生日おめでとうと言われてもらった」
「泣いたでしょ?その時」と美由紀。
「うん、泣いちゃった」
「やはり、青葉は泣き上戸と認定」と奈々美。
「でも青葉のためにウサハナのストラップを買いにサンリオショップとかに入れる彼氏にも乾杯」と明日香。
「男の子にとっては、ああいうとこ入るの恥ずかしいよね」
「あはは、店の前で30秒悩んだと言ってた」
 
「でも、青葉は他に好きな男の子がいるんだよね」と美由紀。
「ちょっとー、全部バラしちゃってるじゃん!?」と青葉。
「えー?トライアングルラブ?でも、もらったストラップを使ってるということは、青葉はその子のことも、まんざらではないんでしょ?」
「ええっと・・・・」
「あんまり、そういうのに悩まず、男の子のことなんて、スパっと決めてしまいそうな青葉が実際には迷っているところが面白いね」と美由紀。「うーん。私もちょっと青葉の認識変えたなあ」と日香理。
 
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「日香理も彼氏いるよね?」と美由紀。
「えー?誰から聞いたの?そんなこと」と日香理。
「ふだんの行動見てれば明らか」と美由紀。
「そんな怪しげな行動取ってたかな、私・・・・」と日香理は焦っている。「わあ、みんな彼氏がいていいなあ」と明日香。
 

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その日は9時頃まで賑やかな宴が続き、母は美由紀・明日香・奈々美の3人を車で自宅まで送っていった。日香理は今夜ここに泊まることになっていた。
 
千里が台所の片付けをしてくれて、桃香がお風呂に入っている間、日香理が青葉と少し話したいと言うので、2人で青葉の部屋に行った。
 
「へへ。少し青葉と話したくて、今夜泊めてと言っといたんだ」
「彼氏とのこと?」
「うん。でも青葉とキスしたのって、そのストラップくれた人?」
「ううん。彼とはキスはしてないし、私は彼に『好き』と言ったことがない」
「じゃ、もうひとりの彼氏の方なんだ?」
「うん・・・・2回キスされたし、私も彼には『好き』と言った。でもそれって3年も前なんだ。そのあと1度も会ってない。こないだ3年ぶりに電話で話したけど」
「3年間話してなかったら、さすがに有効期限切れの気がするぞ」
「うん。彼とは結ばれることはないだろうな、という気はしてる」
「ふーん。それでも好きなんだ?」
 
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「好き、という記憶があるだけなのかも知れない。そんな気はしてる」
「初恋だったのね」
「うん」
「私も初恋は忘れられないよ。。。切なくて涙が出てしまうけど」
「でも3年ぶりに電話で話して、あらためて『好き』と言われてしまった」
「男の子のリップサービスだと思うな、それ」
「そうかもね。。。。そろそろ私も思い切るべきなのかも。。。。」
「そのストラップくれた彼氏のことも、好きなんでしょ?」
 
「自分でも分からない。。。彼とは2年の付き合いで、付き合い始めてすぐに遠距離になっちゃったんだけど、毎月電話で話してたし、こちらに引っ越して来てからは、私が携帯持ったから、週に3-4回はメールしてる感じかな。彼からはこの2年間ずっと『好き』と言われ続けてきた。でも私、一度も自分の気持ちを彼に言ってないんだよね」
 
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「わあ、それは凄く好きなんだよ。青葉が何も言わないのにずっと『好き』と言い続けてくれるなんて」
「でも、そんなに愛してもらっていいのかな・・・という気持ちもあって」
「青葉、自分の性別のこと気にしてるの?」
「それは・・・ないつもりだけど」
「自分は女の子なんだということを確信すべきだよ、青葉は」
「うん」
 
「凄く優しい人でしょ」
「うん。そうだと思う。私・・・・何だか次に彼と会った時に、自分から彼に『好き』と言ってしまうかも知れない」
「言っちゃえ、言っちゃえ」
「えへへ・・・・でも、日香理は何か彼氏とのことで相談なかったの?」
 
「うん。あったけど、青葉の恋物語を先に聞きたくなって」
「うふふ」
「彼とは高校卒業するまで、というか大学に合格するまでHはしないという約束をした」
「おぉおぉ」
「それまでキスはするけど、それ以上のことはしないということで合意」
「いいんじゃない。中高生の交際って、そのくらいでいいと思うよ。最近はみんな安易にHしちゃうみたいだけど」
 
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