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■春九(2)
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彼は野心的な人で、どうせならこの飴を量産してコンビニで売れないかと考えた。それで飴をサークルK(当時)の本部に持ち込んでアピールした。本部の人は確かに美味しい飴だと認めてくれたが、コンビニで売るならISO22000を取得してほしいと言った。しかしそんなのどうやって取得すればいいか皆目見当が付かなかった。
それで交野さんが考えたのは、“既にISO22000を取得している企業を買収する”という方法だった。彼が目を付けたのが姫路駅などで“姫路桜最中”というお土産お菓子を売っている桜製菓という会社(埼玉県の同名会社とは無関係)だった。
桜製菓は昨年姫路駅前に建てた新店舗の建設費支払いに苦労していた。そこで交野さんはこの会社に買収を仕掛けたのである。この桜製菓の社長が数年前に妻の父から社長を継承したばかりという片倉孝男さんという人で、交野さんとは先代の娘婿という立場も同じだし元ラグビー部という共通点もあり、意気投合してしまう。それで買収もスムースに行った。結局万代堂と桜製菓は合併し、新会社は桜製菓を名乗ることにした。そして桜製菓のノウハウで新工場を作り、ここで万代飴を作るが、少し変更した点もあった。
これまでの万代飴は手作りなので手の指でまとめやすい丸い形で包装もねじりタイプだった。これに対して工場で生産されるものは機械で処理しやすい四角形でピロウ包装に変更した。また、材料に関して醤油店には生産余力があったものの、今まで仕入れていた養蜂園ではそんなに大量には生産できないというので、中国産の輸入蜂蜜を使用した。そして交野さんはこれを“バンダイキャンディー”と改名した。これはコンビニでかなり売れてサークルKの本部からも「美味しいと評判です」と喜ばれた。この新製品を神社にも置いた。
ところがである。
これまで万代飴を買っていた人たちから文句が出たのである。
「今までの万代飴の方が美味しかった」
「あの丸い玉が食べやすかった」
千里やきーちゃんも食べ比べて見て
「形はまだいいとして味はかなりの落差がある」
と苦言を言った。
味の違いは主として主材料とする蜂蜜の違いだ。これまで仕入れていた菅原養蜂園は蜂にキンカンの花の蜜を吸わせていた。輸入した中国産のはレンゲ蜂蜜だった。
それで結局、交野さんは、清潔な工場で“バンダイキャンディー”を量産する傍ら、プレハブ作りの小さな工房でパートのおばちゃんたちに以前からの“万代飴”も作らせるハメになったのである。しかしこれがコンビニの一部のオーナーさんたちから
「バンダイキャンディーよりもっと美味しいのがあると聞いたのですが」
と言われて買われていき、それらの店舗でも売られたのである。
サークルKは、各店舗が独自に仕入れた物を売ることに許容的だったのでこういう状況が2018年のサークルK消滅まで続いた。
ところで、万代堂と桜製菓の合併は万代堂による桜製菓の買収で、新会社も交野さんが社長、片倉さんが副社長だったが、桜製菓の方が大きく有名な会社だったし、新会社の社名も桜製菓にしたから、世間の多くの人は桜製菓が万代堂を救済合併して万代飴の製造を続けてくれたのだろう思った。それで万代飴のファンから感謝のお手紙なども来ていたが。交野さんは細かいことを気にしないタイプなので放っておいた。
ところで蜂蜜問題は桜最中にも影響が出た。桜最中はこれまで国産ではあるが、レンゲの蜂蜜を使用していた。でも
「キンカンの方が美味しいみたい」
というので、キンカン蜂蜜を使った試作品を作ってみた。するとこれが美味しかったのである。また試作品では白餡の材料をこれまでの白インゲン(手亡:てぼう)を使っていたが、白小豆に変えてみた。するとこれも美味しいということになる。しかし白小豆は高いので、結局桜最中に“姫最中”という特上品ランクのものを創設し、そちらは白小豆+キンカン蜂蜜にしたのである。通常の桜最中は20個(黒白各10個)入り1000円だが、こちらは10個(黒白各5個)入り1000円と強気の値段である。しかしこれが特別なお土産としてうけて、桜製菓は大きく営業成績を上げることとなった。
片倉さんはキンカン蜂蜜の生産量を増やすため、直営の養蜂園に菅原養蜂園のキンカンを挿し木で移植増殖して増やした。それでキンカン蜂蜜を生産する養蜂園がいくつも天野産業の配下に入ったのである。片倉さんは、桜最中・姫最中の売上が増えるので、直営農場で小豆・白いんげん・白小豆の作付け面積も増やした、
ところで交野さん・片倉さんのコンビは姫路市内数カ所に店舗を持つ金馬車というパン屋さんを買収したが、ここにハムやウィンナーを納品していたハム屋さん・姫北ハムさんに泣き付かれて、そのハム屋さんまで救済買収することになった。これを九重たちが喜んだ。
「豚の食肉加工ができるのなら猪も処理できますよね」
「はいはい」
そこで姫北ハムでは猪のハムやウィンナーも生産することになった。ただし工場内で豚の処理ラインと猪の処理ラインは厳密に分離されていて万が一にも両者が混じることはない。でもこれで播磨牧場の生産品が初めて市場に出ることになったのである。
「猪飼う数増やしていい?」
「まあ食べられる範囲で」
「それは心配無いです」
播磨牧場では、猪と月の輪熊を飼っているが猪の飼育頭数の方が昔から多かった。その理由は下記である。
・猪も月の輪熊も大きさは大して変わらないが、猪の方が食べ甲斐がある。
・猪のほうが、月の輪熊より美味い(九重・清川の意見)
九重たちは北海道で食べたヒグマの味が忘れられず、それと似た味の
月の輪熊を飼い始めたのだが、北海道からは毎月ヒグマも送られてくるので、管理も大変な月の輪熊飼育の意欲は小さくなっていったようである。
なお、桜最中の直営農場で小豆・白インゲンなどを育てているが、豆は概して連作障害を起こしやすい。それで小豆を育てた後には、とうもろこし・サツマイモ等を植えていた。これらが実は豚の餌になり、姫北ハムのほうとうまく連動してくれた。
このハム屋さんの買収は結果的に多数の養豚場も実質天野産業の支配下に入れることとなった。
なお、北海道の新鮮産業でも小豆・白小豆・白インゲンの作付け面積を増やしてもらったが、北海道では連作障害防止のため、概して小豆→馬鈴薯→小麦→小豆といった輪作を行っている。結果的には小麦の生産量も増えた。
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