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■春八(3)
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竹下姉・金堂は水泳選手で、午前中ここで仕事をしたら、午後からは、地下に作られた50mプールで泳いでいる。ここは60m×30m程の土地に店舗・菓子工房・マンション・神社が並んで建っているが、その地下に50mプールが作り込まれているのである。彼女たちは夕方からはもっと大きなプールがあるらしい津幡の火牛スポーツセンターに移動するが、日中もここで泳いでいる。
2人は東京五輪でもメダルを取ったらしい。そんな凄い人にケーキ作りなどさせていいのか悩んでしまうが、ムーランが彼女たちのスポンサーなので、何か軽い作業をさせて社員にしているということらしい。1月まではサラダを作っていたそうだが、サラダよりお菓子作りの方が楽しいと本人たちは言っている。楽しいのは良いことだ。
純の住まいだが、パティシエの裏に3階建てのマンションが建てられており、そこの1階に部屋をもらった。このマンションの1階と2階は工房の裏手にある神社の社務所と繋がっており、純の隣の戸に住む斎藤さんという20代半ばの女性はその神社に勤めている。しかし巫女さんではなく、この人が宮司らしい。純は女性の宮司さんもいるのかと驚いた。彼女は何か格好いい装束を着ていた。宮司さんの装束なのだろう。神職で無ければウェイトレスかメイドにスカウトしたくなるような美人さんである。彼女は工房で毎日最初に作ったケーキを買っていき神前に捧げているようである。代金は不要と言ったのだが、そういうのはよくないと言ってちゃんと払ってくれる。まあ実際にお金を出しているのは若葉さんだと思うので(自分で自分に払うようなもの)いいのだろう。
ちなみにこの神社の神様は、おじいさんの神様1柱と、3柱の姫神で、(神様は“柱”で数えるらしい)姫神たちはみんなお菓子が大好きらしい。
「おじいさんは和菓子でなくてもいいでしょうか」
「渋い番茶にケーキでOK」
「なるほどー」
しかし4月には高崎の和菓子屋の娘で中川さんという人が加わり、彼女が三色だんご・みたらし団子などを作ってくれるようになる。
なおこの神社では高崎のだるま工房から直接仕入れた素敵な感じのだるまも売っている。中川さんが
「これ叔母が勤めている工房の作品だ」
と言っていた。また常滑焼きの窯から直接仕入れた招き猫も売っている。可愛いので、純もつい5cmほどの黒白セット(右手黒猫・左手白猫)を
買ってしまった。
これらは若葉さんのコネらしい(本当は千里のコネ)
お店には近所に住んでいる川上さんという30代の女性(クレール社長の和実さんの親友らしいが、この人も元水泳選手らしい)が招き猫を設置していった。
純は両親と会うのには、ガトームーランの七尾店を使うことにした。
実家からは珠洲道路・能越道を通ってアクセスしやすいし、こちらは
ウィングライナーで楽々行ける。しかも自分の分のコーヒーは社員パスでただで飲める、七尾店の店長は東京でアイドルをしていた子らしく、その子目当てで客もたくさん来るようである。しかしまあよくこんな田舎まで来てくれたものである。
七尾に行くには、ウィングライナーの南北線で伏木からそのまま北上する方法といったん津幡に出て、“羽咋線”に乗り換える手がある。時間的にはどちらを使っても、ほとんど変わらない。前者は乗り換えなくていい。後者はアップダウンやカーブが少ない。珠洲市のフレグランスに送るケーキは(商品が傷みにくい)後者のルートを使っている。
なおケーキは各駅留めなのでフレグランスだと川口珠望(遙佳たちの母)が車で取りにくる。
中川さんが来てから創設した商品が“回転焼き”(大盤焼き)である。ガトームーランではこれに“水車饅頭”と命名し、ムーランのシンボルである水車の絵を印刷した紙袋に入れて売っている。紙袋が「昔っぽくていい」とか「カーボンフリーでエコだ」とか言われる。しかしこれを出して以来、お店の売上の半分を占める人気商品となった。最初は高岡店だけだったが、比較的容易に習得できるので、他の店舗でも順次導入していった。
UFOで有名な羽咋(はくい)ではUFOの絵を描いて“UFO饅頭”と称した。型も少し違うものを使用している。よけい羽咋店でしか買えないというので人気である。全国誌にも紹介された。
気を良くした若葉さんは高岡店の前に全国でも(郷愁村・福島につぐ)3番目という三連水車を設置した。これ自体インスタ映えするというので人気である。
中高生などは水車饅頭をたくさん買い、中高生無料(大人は300円)の
ティーサーバーでお茶を飲みながら食べている。こんなのを無料で設置しちゃうのがさすが「お金を減らしたい」若葉さんである。
しかしみんな“水車饅頭”を買いに来て
「へー。ここケーキも売っているのか」
などと言う!
桜坂奈那は金沢市内の中学に通っていた一昨年夏、父が長年勤めたテレビ局を辞めて、その夏に亡くなった祖父がやっていた珠洲市のレストランを継ぐと言ったとき、物凄い不安を感じた。
父はどう考えても商売向きの性格ではない。料理にも不案内だし経営センスとかもあるとは思えない。祖父の代から勤めていた従業員も半分くらい辞め、2022年6月の地震で店舗も崩壊して、借金だけが残りそうだったのを長年の友人の神谷内さんが介入してウルトラCのように解決してくれたので、結局お店はお弁当屋さんとして再出発することになった。元の食堂の料理長さんも地震と相前後して亡くなったのだが、金沢のランチ店に勤めていた男の娘さん(女性にしか見えない!)が新たな料理長になり、店はうまく行っている。彼女の采配がとてもいいようである。
奈那は元の食堂では、おにぎりを作っていた。手で握るのではなく。プラスチックの型に御飯を敷き、ネタを置いて上に御飯を載せる。そして型の上半分を押す。これが、元の食堂でもよく売れていたが、お弁当店でもよく出ているようである。
奈那は国立の大学を目指したいので、金沢か、せめて七尾の高校に行きたいと両親に言った。できたら金沢に行きたかったのだが、金沢の家は珠洲に引っ越す時に引き払ってしまったので、結局七尾の高校に行くことになった。交通手段が問題なのだが、母が「毎朝車で送っていく」と言ったので、自家用車通学することにした。母は食材の仕入れもしたいようだった。
奈那は家計も大変みたいだし、バイトしようかと思った。
それで駅にバイト募集のポスターが貼ってあったケーキ屋さんに行ってみた。
どうも現在開店準備中のようであった。
「その制服はN高校?」
「はい、そうです。4月から入ります」
「家は七尾市内?」
「いえ。珠洲市なんですけど」
「どうやって通学するの?」
「母が車で送り迎えすると言ってます」
「それ大変すぎる」
「そんな気もします」
「ウィングライナーに乗っていいよ」
「何ですか、それ」
「うちの親会社のムーランが作った新交通システム。珠洲市の飯田まで伸びてるんだよ」
「鉄道みたいなものですか?うちは飯田です」
「朝もそれで七尾まで来ればいいよ。ここのすぐ近くに駅を作る予定だから、ここからならN高校まで通えるでしょ」
「はい」
ということでバイトのお陰で通学手段まで解決してしまったのである。結局母までその列車?に乗せてもらい食材を買って帰ることになった。
「従業員ではない母までいいんですか?」
「どうせ運行コストは変わらないし」
割りと適当っぽい。
このケーキ屋さんの店長を見てびっくりした。アイドル歌手の神田あきらちゃんだったのである。ここの店長に任命されて東京から引っ越してきたとかで、ケーキ屋さんの裏手のオシャレなお家に住んでいるらしい。
何かのキャンペーンなのだろうが、お陰で毎日凄いお客さんが来る。
でもさすがに家の門の所には警備員さんが常駐しているようだ。
ケーキは毎日午前中にウィングライナーに乗せて高岡本店の工房から運ばれてくるので、それを並べて売る。その他に工場(インドネシアに工場があるらしい)で生産されたっぽい洋菓子の類いも売る。だいたい18時半くらいまでにはケーキは売り切れてしまうので19時頃のウィングライナーに乗って20時半頃には、飯田の自宅に帰宅出来る。
なおガトームーラン七尾店で店長はあくまで象徴的存在なので、実際に店を切り盛りしているのはマネージャーの岩田さんという40代の女性である。4月の中旬頃、その岩田さんが
「誰か水車饅頭の研修に行って来てくれない?」
といった。大盤焼きみたいなものらしい。研修場所はガトームーランの高岡本店らしい。面白そうなので手を挙げて行ってきた。指導してくれた中川さんという20代の女性は
「鯛焼きと同じ要領」
と言っていたが、奈那はおにぎり作りとも似てるなと思った。半身の型に生地を流し込み、あんこを乗せていって、もう半身の型と合わせる。
それで戻ってきてから七尾店で奈那がこれを作り始めるとどんどん売れて、ケーキよりたくさん売れるので楽しくなった。買う側も、中高生のお小遣いで気軽に買える値段なので中高生のお客がかなり増えた。もっとも中高生は水車饅頭をたくさん買い、ティーサーバー(中高生は無料!)でお茶をたくさん飲んでいる。
「ティーサーバー無料とかでいいんですか」
「中高生がたくさん来てくれるし」
「採算が取れない気がします」
「ムーランの社長はお金が減るのが好きだから」
「不思議な社長ですね」
「ああいう経営者は世界でも唯一だと思うよ」
「まあ私はお給料もらえたらいいですけど」
でもお店はどうも黒字のようである!水車饅頭の売上がすさまじいせいである。結果的に無料ティーサーバーは販促になっているようだ。
考えてみると高校の近くのお菓子屋さんというのは絶好のロケーションのようで実際には300-400円するケーキは高校生のお小遣いでは簡単には買えない。しかし100円の水車饅頭なら気軽に買えるから、お店に最も適した商品だったのかもしれない。お店では他にインドネシアのムーラン直営工場で作られたチョコやクッキー(とても安い)もよく売れている。
水車饅頭は近隣のショッピングセンターなどで150円とかで売られている鯛焼きなどより小さい。しかし100円という価格設定が成功の理由だと思う。
ウクライナ戦争のせいで世界的な小麦不足・価格高騰が起きているが、ムーランは友好企業(実は千里の朱雀フーズ+新鮮産業)が北海道に広大な小麦畑を持っているので全く影響は無いらしい。お菓子作りの材料は北海道産の小麦粉・牛乳・バター・砂糖(甜菜砂糖)、兵庫県産の小豆・蜂蜜などである。
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