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目次]
結局その日はひたすら痛みに耐えていた。夕方くらいに美雪たちクラスメイト数人が御見舞いに来てくれた。
「手術した所見た?」
「まだ。見るのはたぶん3日後くらいになるだろうって」
「わあ。痛い?」
「痛い。でも豊胸手術の時がもっと痛かったよ」
「ええ? やっぱり、私、豊胸手術申し込むのやめようかなあ」と由美子。
「でもこれでとうとう女の子になれたんだね。退院が楽しみだね」
「うん」
「退院の時に名前をもらうんだもんね」
手術が完了したのと同時に私は戸籍上の性別が女に変更されたはずである。同時に名前も男の子式の「6251-2223」という識別番号から、女の子式の固有名に変更されたはずだが、その新しい名前はまだ聞いていない。退院の時に教えてもらう習慣になっている。
最初の日は何も食べずに、点滴だけで過ごした。翌日からふつうの御飯になった。点滴は3日目までされていた。その3日目に包帯を取られて、手術された所をお医者さんにチェックされた。
「うん。きれいになってるね」と言われた。
私も自分でその付近を見て「わあ」と思った。きれいに女の子の形になっていた。
「カテーテルも抜きますから、このあとは自分でトイレに行っておしっこしてください。ただし、かなり飛び散ると思うので、きれいにアルコールで消毒してくださいね」
「分かりました」
その日のお昼御飯を食べたあと、私はおしっこをしたくなったので、トイレに行ってみた。女子トイレに入るのは、手術前と変わらないし、個室に入って便器に腰掛けるのも1年前からしていることだ。でも、パンティを下げた時、今までそこにあったものが無い。おしっこする時の筋肉の使い方はは今までと変わりませんよと言われていたが、確かに同じ要領で出た。でも、
飛び散る!きゃあと思う。飛び散ると言われていたから掌で押さえていたので病室着は汚さなかったものの、足のつけね付近からお尻に掛けて、もうびしょ濡れである。まずはトイレットペーパーで拭き、それからトイレ備え付けのアルコール綿でお股の付近を丁寧に拭いた。手術直後は特に飛び散るらしいが落ち着いてもけっこう飛び散るというのは最初から言われている。ホースが付いていないから方向のコントロールがしにくいのは女の子の身体の根本的な問題だから、それも承知の上で受けた手術である。
でも、大変ではあったけど、何かこれ悪くないな!という気がした。おちんちんなどというものが身体から消滅したのは、とってもいいことだ。
病室に戻り、ベッドに寝て、暇なので美雪たちに持ってきてもらった本を読む。そういえば試験の首尾はどうなったのだろう?試験会場からそのまま病院に連れて来られたが、どっちみち試験の結果が分かるのに1週間かかる。ちょうど退院と同時くらいの発表になりそうだ。試験に合格していれば合格証はちゃんと新しい女性名で発行されるということも聞いている。まあ、合格は間違いないと思うけど。問題は偏差値がどのくらい出ているかだ。それによって受検する大学を決めなければならない。(各大学の2次試験は面接だけなので、高校からの現役受験者の場合は、卒業試験の成績順に取られると考えた方が良い)
病室に電話が掛かってくる。美雪だ。
別に何か用事があった訳ではなかったようだが、電話しているとかなり痛みが紛れるので、ゆっくり話そうなどといって2時間くらい通話していた。途中で由美子も割り込んできて、3人でのグループ通話になった。
手術から一週間たち、経過も順調だったので退院の許可が出た。病院から連絡が行っていたようで、『マザー』の管理局の人が病室まで来た。
「性転換おめでとう。これであなたも完全な女の子ね」
「ありがとうございます」
「男子の義務になっている高校卒業後2年間の兵役は完全に免除されます」
「はい」
「その代わり、大学を卒業した後2年間の生殖奉仕はしてもらいます」
「はい。それはそのつもりです」
男子が高校を卒業した後2年間兵役の義務があるのと対の義務で、女子は大学を卒業した後2年間の「生殖奉仕」の義務がある。この間に妊娠可能な女子は人工授精によって、最低2回は妊娠させられる。この国で生まれる子供の8割はこの生殖奉仕によって生まれる。生殖奉仕は最低2年間だが、子供を産むことが好きな人は最大5年間まで奉仕できる。生殖奉仕をしている間の生活費は全て国庫持ちである。
私のように子供を産む能力のない女子の場合は、代わりに若い男性のセックスに奉仕することになっている。病気感染のリスクを避けるためにきちんとコンドームを付けた上で20歳以上30歳未満の男性と毎日最低2回最大5回のセックスをする。この国の男性の大半のセックス体験は、このセックス奉仕での体験とされる。このセックスで男性は1回5万ユニットの料金を支払い、セックスした女性はその内2万をもらって、3万は国庫に納められる。そこでセックス奉仕を2年もすると、一財産得られるので、妊娠能力があることを隠してこちらをしようとする人もいるが、たいていすぐバレる。
ただ、このような妊娠やセックスの奉仕から免除されるケースもある。それは大学を卒業する前に結婚してしまうことである!
そこで女子大生の婚活は熱心である。男子は兵役が終わって20歳から4年間大学に通い、女子は高校を出てすぐ大学に行くので18歳から4年間になり、大学生は男女の年齢差がある。そこで、ここでカップル成立する人たちも多いのである。結婚してしまえば、生殖能力の有無にかかわらず、妊娠やセックスの奉仕をする義務は無い。
「さて、あなたの名前ですが」
と管理局の人は言う。
「はい」
「雛菊(ひなぎく)になります」
「わあ、可愛い!」
「この名前はね。あなたのご両親が付けた名前なんですよ」
「両親!?」
「現代社会では子供は共同養育がふつうで、自分達で子育てするカップルはめったに居ませんが、あなたのご両親は実は最初自分達で育てようとしたんです。それで、あなたに『雛菊』という名前を付けていたの」
「え?男の子なのに雛菊なんですか?」
「男の子だったけど、ご両親は女の子が欲しかったみたい。それで女の子の名前付けて、女の子として育てていたみたいね」
「わあ」
「でもあなたがまだ1歳にもならない内に、飛行機事故でご両親は亡くなったのよ」
「そうだったんですか」
「あなたの男の子としての名前、6251-2223というのは、実は『ひなぎく』そのものだったのよ」
「え?」
「もう滅んでしまった太古の言語にポケベル語というのがあってね。数字だけで様々な文字を表現できるんだけど」
「はい?」
「『ひなきく』というのをポケベル語で表記すると6251-2223になるんだな」
「へー」
「だから、あなたは最初から『雛菊』ちゃんだったのよ」
「わあ、あの数字にそんな意味があったなんて」
「だから、これはあなたのご両親が愛情を込めて付けた名前」
「親というシステムがよく分からないから、その愛情とかいうのもよく分からないけど、何となく良いなって気がします」
「しかも、あなたったら、ご両親が望んでいたように、女の子になっちゃったし」
「面白いですね」
「じゃ、雛菊ちゃん。女の子になって色々戸惑うこともあるかも知れないけど頑張ってね」
「はい、頑張ります」
私は管理局の人に深くお辞儀して見送った。
そうそう。私は手術が終わった後、自分のことを『僕』ではなく『私』と呼ぶようになっていた。
退院して、自宅に戻ったら、玄関の前で、美雪・由美子など女の子の友人が5人待ち構えていた。
「わあ、みんなどうしたの?」
「退院祝いしてあげようと思って待ってたよ」
「わあ、寒いのに。ありがとう。すぐ開けるね」
私が玄関の前に立ちドアに手を当てるとドアは開いた。
みんなで中に入る。美雪たちが持ってきてくれたものをテーブルの上に並べる。私は冷蔵庫からワインとジュースを出して来て栓を開け、グラスを並べて、ワインを飲みそうな子のグラスにはワインを、ジュースを飲みそうな子のグラスにはジュースを注いでいった。
「そうだ、名前は何になったの?」
「えへへ。『ひなぎく』だって」
「わあ、可愛い!」
「それでは、ひなぎくの退院とここにいる全員の卒業試験合格を祝って乾杯!」
と美雪が言い、みんなで乾杯!と言ってグラスをぶつけた。
「あ、じゃ由美子も合格してたのね」
「うん。400点行ってた。これだと何とか行きたかった大学に行けそう」
「良かったね」
「ひなぎくは、まだ自分の点数見てないよね」
「うん」
「ひなぎくの受験番号が合格者リストにあるのは確認したんだよね。点数は分からないけど」
「じゃ、ちょっと見てみよう」
といって私は端末を操作し、卒業試験の点数を確認した。
「750点だね。歴史の点数が悪かったなあ」
「750点も取っておいて『悪かった』とか無いよね」
「ほんと、ほんと」
「でもそしたら国立中央大学の医学部は厳しい?」
「厳しいかも。1ランク落とそうかな。あそこ行く人はみんな780点とか790点とかだもん」
「ひぇー、どうしたらそんな点数取れるんだろう?」
「世の中には信じがたい頭の出来の人たちがいるんだよね」
「いや、あれ絶対天才の男と天才の女を掛け合わせて作られた子だよ」
「そうかもね」
「だいたいふつうの子は最後まで問題解くだけでも大変。かなりの速度で解かないと全問回答できないもん、あの試験」
「だよねー。私も一応全問回答したけど1度しか見直す時間が無かったもん」
と私が言うと
「見直す時間が取れるなんて異常」
などと由美子に言われた。
その日は高校の授業から解放された自由な気分もあって、みんなで0時近くまで飲みあかし食べあかし、結局全員私の家に泊まった。みんなが泊まるというと、マザーは急遽布団を5セット、届けてくれた。こういうところはマザーというのは、実に寛容である。
2月1日、私はその朝発行されたクーポンと、お正月に着た振袖を持ち、先日の服屋さんを訪れた。クーポンを見せると着付けをしてくれる。髪は前日に綺麗にセットしてもらっていた。
中央公民館に行く。ここで成人式が行われるのである。美雪たち友人の姿もあり、私たちは寄り合って、記念写真を撮ったりしていた。高校の担任の先生も来て、集まれる範囲のクラスメイトが集まって集合写真も撮る。女の子たちはほとんどが振袖を着ている。男の子たちは4月から兵役に就くので、軍服を着ている子が多い。
私はみんなに新しい名前が「ひなぎく」になったことを話した。
「わあ、可愛い名前」
「振袖姿も可愛い」
「でも、完全な女の子になって成人式を迎えられて良かったね」
「うん、ありがとう」
私はわりと仲の良かった男の子にチョコと御守りを配った。毎年2月に女の子が男の子にチョコをあげるのは古くからの伝統的習慣であるが、御守りはひとつひとつ、伝統の織り方で織った布で作った小さな袋に、特別な拾いかたをした石を入れたものである。退院して以来、私はこの御守り作りにかなりの時間を使っていた。
「わあ、チョコありがとう」
「兵役行っても死ぬなよ」と私は真剣に男の子たちに言う。
今、うちの国はどこかと戦争をしている訳ではないので、そう簡単に戦死することはないのだが、国連の派兵で戦争をしている場所に出て行くことはあるので、そういう国際紛争の調停役として行った先で、毎年数十人単位の戦死者は出ている。
「ありがとう。お前の御守り、特に玉を取った奴からもらったものなら、玉に当たらなくて済みそうな気がするよ」
などと言われた。私はそんな口をきいた男の子を1発殴り
「無事帰ってきたら、このお返しに私を殴れ」
と言った。
「よし。ひなぎくを殴るのを楽しみにしておくよ」
と彼は言っていた。
やがて式典が始まる。
偉い人の祝辞が続く。これは子供の時代が終わってこれからは大人として人生を歩んでいく者たちへの祝辞だが、私の女としての人生は今始まったばかり。18歳の旅立ちは私にはとても前途洋々としたものに思えた。