【神様のお陰・神育て】(5)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-08-25
まどかの家を出た後、命(めい)と理彩は神社にお参りしてから、この3月に命(めい)が植えた桃の木を見に行った。
「この場所が凄く理想的な感じだったから、ここの畑を買ったんだよ」
命(めい)が買ったのは、廃屋に隣接した畑で、畑自体も長年放置されていたものである。広さは30坪ほどで、半ば家庭菜園に近い状態で耕されていたようであった。
「去年の秋から何度も来ては土の改良とか周辺の病害虫駆除とか、水はけの調整とかしてたんだよね」
「頑張るね」
「星が戻って来てなかったら、ここもそのまま放置してたな」
「・・・・・いつ頃、実がなるの?」
「桃栗3年というから3年後かな」
「そんなにかかるんだ!」
「嘘嘘。3年ってのは種から育てた場合だから。苗木からなら来年には結構実ると思うし、今年も少しは実ると思うよ」
「よし、秋には桃を食べに来よう」
「ふふ」
「でもお世話大変そう」
「うん。果実はどうしても虫が付きやすいからね。農薬は遠慮無く使うつもり。どういう農薬をいつ使えばいいかは農協の人に聞いて勉強中。既に予防薬は散布してる」
「わあ。でもなんで突然桃なんて育て始めたの? しかもわざわざ土地まで買って。うちの庭に植えても良かったろうに」
「実のなる木は屋敷の中に植えちゃいけないんだよ」
「ああ、それは聞いたことある」
「でも4本も?」
「桃はね、最低2本以上で育てないと実が付かない」
「へー」
「それと、桃といっても品種によって結構差があるから、幾つかの種類を経験しておきたいと思ってね」
「ふーん」
「これ、私もお世話しなくちゃいけない?」
「ううん。僕が頑張るよ。うちの母ちゃんには週に2〜3回でいいから、様子を見に来てとは言ってあるけどね」
「子供育てるのも、桃育てるのも大変そうだ」
理彩はあたりを見回すと、桃の木の下で命(めい)に抱きつきキスをした。
「今夜Hしようね」と理彩。
「いつでもしてるじゃん」
「事前に言っとかないとさ、命(めい)のおちんちん無いんだもん」
「いつでもあるよ」
「それ絶対嘘だ」
「それにおちんちんは別にHには使わないし」
「まあ2cmのおちんちんはクリちゃんと同じ使い方しかできないからね」
「えへへ。自分では結構クリちゃんだと思ってる」
「うん。それでいいよ」
と理彩は笑顔で言った。
「命(めい)、じゃんけんしよ」
「うん。じゃんけんポイ。。。。負けた!」
「よし。今日も私が入れる係ね」
「あはは。もう4日連続」
この時期ふたりが小道具に使っていたのが、命(めい)の「生前のおちんちん」
から型取りしたディルドーをペニバンに装着したものである。じゃんけんに勝った側がそれを付けて負けた側に入れることにしていたが、このじゃんけんでは理彩の勝率が高かった。理彩はいつも楽しそうに命(めい)に入れていた。
「私たち、命(めい)が性転換しちゃっても、この方式で楽しめるね」
と理彩は言っていた。
「でもまどかさんがRX-7からエコバッグ持って降りてきたのにはびっくりしたなあ。マジであの車でお買物に行ってるのね」
と自宅に戻りながら理彩が言う。
「あの人も何十年と人間みたいな暮らし方してきてるから、毎日三度の食事をするのとか、習慣になっちゃってるみたいね」
「吹田の家でも、しばしば一緒に朝御飯とか食べてるね」
と理彩は笑顔で言った。
「朝はうちで食べて夕方は自分で作って村で食べるのが好きなんだって」
「移動が大変だ」
「移動はしてないよ。遍在してるんだよ」
「・・・意味が分からん」
「神様ってのはサーバーみたいなものだよ。全世界のパソコンが同時にひとつのサーバーの資源を使えるでしょ? 東京と大阪と村とで、同じゲームの同じ場所を表示させられる」
「あ、そうか。吹田のおうちの端末で私たちと一緒に朝御飯を食べて、村のまどかさんちの端末でロデムと一緒に夕ご飯を食べるわけか」
「そそ、そんな感じ」
「でも何か最近まどかさん、よく私のパソコン勝手に使ってゲームしてるよね」
「うんうん。忙しい時ほどゲームしたくなると言ってた」
「人間と同じだなあ」
「そういえばさ、1月の成人式の時、まどかさんの仕事を聞かれて、命(めい)はお医者さんだよって言ってたよね」
「うん」
「あの後、期末試験の勉強で忙しかったし、星がいなくなる事件があって、私も忘れてたけど、マジあの人、お医者さんなの?」
「医師免許持ってるよ。一度見せてもらったから」
「へー」
「東京の病院で17年くらいお医者さんしてたらしい」
「そうだったのか。いや星の12ヶ月健診の時にさ、診てくれた40代くらいのお医者さんが、まどかさんのこと『西沢先生』って呼んでたから。でもその場ではあまり詳しいこと言わなかったんだよね、まどかさん」
「治せるかどうかは別として誤診は絶対無かったろうね、あの人」
「だよね」
「そしてあの人は治療には絶対『力』は使ってなかったと思う」
「ああ、多分そうだ。そんな親切じゃないもん」
「ちょうど色々あって病院を辞めて、さてこの後何をしようと思ってた時に、今の宮司のお父さんがまどかさんを神社に勧請してくれたので、村に来るようになって、その直後に僕たちに出会ったらしい」
「ああ。あの頃そうだったのか」
「もう明日にでも死にそうな感じの僕を見て、医師としての使命感半分、好奇心半分で、この子を生きながらえさせてみようと思ったんだって言ってた」
「なるほど。命(めい)はまどかさんの実験台だったんだ」
「そうそう。それでも12〜13歳が限界かなと思ってたらしいよ、最初は」
「こないだは70歳までは生きさせるみたいなこと言ってたね」
「うん。だから、やはり僕って、星を産んで育てるためにこの世に生まれてきて、そして生かしてもらってるんだと思う」
「でも、私も命(めい)がいるから有意義な人生を送れているからね。命(めい)は私にとっても大事な人だということを忘れないでね」
「もちろんだよ。僕にとっても理彩はこの世で一番大事な存在だよ」
と言って命(めい)は理彩にキスをした。
40年ほど前に戻って1972年11月。
まどかが西沢公子の許で暮らし始めてから12年ほどたち、まどかは女子大生になっていた。
この月、公子が癌のため67歳で死去した。まどかは「癌くらい私が治すよ」と言ったものの、公子は「そういうことに神様の力を使ってはいけない。世の中の全ての癌患者を治すつもりがあるかい?」と言って、ふつうの病院の治療だけを受けていた。ただまどかは、公子があまり苦しまなくていいように、神経のブロックをしてあげたりだけしていた。
まどかは戸籍上、公子の養女になっているのでお葬式では喪主を務めた。野辺の送りが終わった後、まどかの本来の母である多気子は「うちに来る?」と言ったものの「ううん。私も19だもん。ひとりで暮らせるよ。お母さんの所には今までと同じように時々顔を出すから」と言った。
公子が経営していた産院に関しては、これまでも協力してくれていた助産師さんに実質譲ることにした。産院の名義で銀行などから借りていた借金をまどかが多気子名義の口座(辛島家から送金を受けていたもので実質まどかに任されていた)に入っているお金を使って清算し、その上で、限りなく譲渡に近い低価格でその人に売却した。(この時多気子から借りた形になったお金は後に全額返済した)
公子がしていた霊能者の仕事に関しては、公子の知り合いの他の霊能者さんたちに引き継ぎをお願いした。
そして養母を癌で失ったことから、まどかは医科大学への編入試験を受けることを決めた。
翌年1月。
成人の日の午前、多気子がまどかの家を訪れると、ふつうの服装をして髪も適当で、何やら勉強をしている様子なので「お前、美容院行かないの?今日成人式でしょ?」と言った。
「成人式は行かないよ。喪中だし。振袖も無いし。勉強も忙しいし」とまどか。
「いや、喪中だって成人式には行っていいでしょ。勉強も1日くらいいいじゃん。お前、振袖持ってなかったんなら、今から貸衣装屋さんに行って借りようよ」
「いい。私、勉強してる」
そう言ってまどかは成人式に出席しなかった。
その日の夜、押し入れから振袖を出してきたまどかは、自分で着て写真を撮った。生前公子が買ってくれた振袖であった。その写真の現像ができてきてから、まどかは公子のお墓に行ってその写真を見せ、涙を流した。
そうしてまどかの成人式は40年後まで保留になった。
2014年に話を戻そう。
ゴールデンウィークの期間中はのんびりと実家で過ごし、双方の親も集まり星も入れて7人で一緒に御飯を食べたりしていたのだが、5日に東京の産能大に行った紀子と電気通信大に行った西川君がこちらに来るということで、集まれる人だけ集まろうということになる。
紀子と同じ勉強会で頑張っていた玖美・博江・綾・浩香に、浩香が来るなら当然付いてくる河合君、西川君と最も親しかった服部君、服部君と同じ大学に行った三宅君・六田君、元学級委員の松浦君、そしてこの手の集まりがあるとまず出てくる春代と香川君、そして春代に誘われて理彩と命(めい)、そして春代から電話で呼び出された正美も参加する。総勢16人でけっこうな人数の集まりになった。会場は町のファミレスで昼食を兼ねての寄り合いになったが、元々あまりお客さんのいない店なので実質貸し切り状態であった。
「東京の生活はどうよ?」
「この町の美味しい空気が懐かしくなることある」
「ああ」
「大阪もだけど、都会の空気は美味しくないよね」
「しかし大阪組も神戸組も早々にくっついちゃったな」
「大阪組なんて子供まで作っちゃうし」
「私は両親と同居だから東京暮らしでも全然羽が伸ばせないよ」と紀子。
「両親と一緒なら、誰かさんみたいに入学していきなり妊娠したりはしないな」
「俺は親父とふたり暮らしだから、凄まじく不毛だぞ」と西川君。
「一応、朝ご飯は親父の担当、晩御飯は俺の担当だけど、男ふたりで飯食っても全然うまくないからなあ」
「でも小さい頃からずっとその生活て言ってたよね」
「高3の1年間はひとり暮らしだったから気楽だったな」と西川君。
「ああ、いっそひとりの方が気楽か」
「お父さん再婚しないの?」
「再婚ってか、そもそも結婚してないんだけどね、俺の両親」
「あ、そうだったんだっけ?」
「母ちゃんの逆通い婚って感じ。でも実は高3の1年間は母ちゃんがかなり高頻度で俺の所に来てくれたんだ」
「へー。良かったじゃん」
「気仙沼で過ごした小学校高学年の頃がいちばん来る頻度が少なかったかな。高槻にいた小学校低学年の頃は週一、太宰府にいた中学生の頃も月1〜2回来てた」
「地理的な問題かな?」
「お母さんもしかして関西に住んでる?」
「そんな気はする。親父と母ちゃんは普段は手紙でやりとりしてるみたい」
「手紙か〜。メールじゃないんだ?」
「でも交際が続いてるなら、その内入籍しちゃうとか」
「あ、それはお互いにその気は無いって言ってたけどね。それ20年やってるから、入籍するつもりならとっくの昔にしてるでしょ」
「母親不在はうちもだなあ」と正美。
「うちは離婚でだけど。それで何となく小さい頃から僕が兄ちゃんたちに御飯作ってあげたりして妹みたいなポジションになってたから」
「ああ、それで女に目覚めたのか」
などと言っていたら、浩香が正美に後ろから抱きついて胸を触る。
「ちょーっ! 抱きつく相手が違うだろ?」
「この胸の感触、間違いなく本物だと思うけど」と浩香。
「えーっと」
「白状せい」
「うん。去年の夏に大きくしちゃった」
「ああ。やはり」
「下はまだ手術してないの?」
「最近大学の友だちから、って女子ばかりなんだけどね、タマ取っちゃえ取っちゃえ、と唆されてるんだよねー」
「取っちゃえばいいのに」
「早い方がいいよ。どうせ取るなら」
命(めい)のように休学したりしていない子はたいてい3年生になっているので就職活動のことも話題になる。
「じゃ、斎藤は女として就職するつもりなんだ?」
「うん。でも無理せずに村に戻って畑買って農業やるかも」
「ああ、農業やるなら性別は割とどうでもいいかもね」
「橋本はどうするの?」
「まだ迷ってる。就職カード出さなきゃいけないんだけど、性別をどちらに丸付けるか悩んでる」
「悩むこと無いよ」
「ねー」
「女に丸付けちゃいなよ」
「卒業するまでに性転換しちゃえばいいじゃん」
「うーん。。。」
食事が終わってから、何人かの女子が「デザート食べよう」と言い出す。綾が巨大なパフェを注文したら、それにならって大きなパフェを頼む女子が相次ぐ。
「お前ら、食事した後で、よくそんなの入るな」と三宅君が呆れて言う。「女の子はデザートは別腹だもんね〜」と浩香。
「あ。正美も注文したんだ」
「ああ。女子と一緒に遊ぶのが習慣化してるから食生活も女子化してる」
「正美の胃袋も女子仕様なのね」
「あれ、命(めい)は?」と言って、そちらを見ると、理彩がイチゴパフェ、命(めい)がチョコパフェを頼んで、分け合いながら食べている。
「ああ、考えてみるまでも無かったね」
「ん?どうしたの?」と理彩。
「命(めい)も別腹があるのかな、と思って」
「ああ。命(めい)の身体の中身は小学生の時にまるごと女の子のものに交換済みだからね」
「多臓器移植??」
「心臓・肺・胃・十二指腸・小腸・大腸・直腸・膵臓・肝臓・腎臓・膀胱、ついでに子宮・卵巣・膣」
「完全入れ替えか!?」
「だから当然別腹も付いてきてるよ」
「別腹って医学的には何?」
「1番目の胃がミノ、2番目がハチノス、3番目がセンマイ、4番目がギアラ」
「それは牛だろ!?」
「子宮や卵巣まで移植した訳?」
「そうそう。だから命(めい)には生理がある」と理彩。
「命(めい)、本当に生理あるの?」
「うーん。出産で止まってたけど、先月末に再開したよ」と命(めい)。
「こいつらの言うことはどこまで信用していいのか全然分からんな」
「いや、生理があるというのは本当のような気がする」と玖美。
集まりが終わってから、女子の間で「正美の胸を確認するのに温泉かプールに行こう」という話になる。正美が「プールで勘弁して」というので、明日午前中にみんなで地元の公営プールに行く話がまとまり、プールならということで男子たちも行くことになった。
翌日、理彩と命(めい)がお揃いのビキニ(理彩はピンク、命(めい)はスカイブルー)を着て出てくると歓声があがる。
「すごーい。よくそんなに露出できるね」
「子供のいる人たちとは思えん」
「身体はいじめてるからね」
「あれ?帝王切開って聞いた気がするけど、傷跡分からないね」
「横切開だから、ヘアーに隠れちゃうんだよ。もちろんビキニの下」と理彩。
「へー」
そこに正美もビキニで出てくる。凄く恥ずかしそうにしているので、いじるような雰囲気の歓声が上がる。
「でも正美もスタイルいいじゃん」
「ウェストのくびれが本当の女の子みたい」
「胸、かなりあるんだね」
「うん。Dカップだから」
「命(めい)もだけど、張り切って大きくしてるねー」
「ねぇ、それ下も既に取ってしまっているということは?」
「まだ手術してないよ。アンダーショーツで押さえつけてるだけ」
と正美はうつむき加減で言う。何だか頬を赤らめている。
「なんか、恥じらってるところが萌えるね」
「うんうん。命(めい)なんか堂々としすぎてて全然面白くない」
「正美、夏は一緒に海水浴に行こうよ」
「うーん。行きたい気もする」
「決まり、決まり。命(めい)もついでに来てね」
「いいよ。でも夏はビキニ着ないから」
「どうして?」
「理彩が妊娠予定だから、この夏はビキニ着られないから合わせる」
「また一人作るの!?」
「呆れた奴らだ!」
流れるプールで遊んでいて、何となく命(めい)と理彩は正美と一緒に水中歩行を楽しんでいたら、正美が小声で
「ね、ね、まどかさんって、あの人何者?」と訊く。
「何かされた?」と命(めい)は笑いをかみ殺しながら聞き返す。
「去年ふらふらとおっぱい大きくしたい気分になった時に、偶然町で遭遇してさ」
「ああ」と理彩が天を仰ぐ。
「豊胸手術するつもりなら、いい病院知ってると言われて、つい付いて行って」
「うんうん」
「病院の入口を入ったところまでは覚えてるんだけど、ふと気がつくとアパートにいたんだよね」
「なるほどね」
「胸は大きくなってるし、手術を受けたんだと思うんだけど、その間の記憶が全然無いんだよね。お金払った形跡も無いし。お金はそのうち請求書でも届くんじゃないかと思ってたんだけど来ないし。その病院探してみたけど、見つけきれなかったんだよね」
「まあ、いいんじゃない? 手術の痛みも全然無かったんでしょ?」
「うん。実は」
「まあ、おっぱい希望通り大きくできたんだから、細かいこと気にすること無いよ」
「それでね・・・・先月末にまたまどかさんと会って」
「ああ」と理彩と命(めい)が一緒に溜息を付く。
「タマ取っちゃおうよ、って言われて」
「じゃ、もう無いのね?」
正美がコクリと頷き、顔が真っ赤になっている。全く親切な人だ!
「今回も全然手術の記憶が無くて。病院の入口入ったところで記憶が途切れてるんだよ。去年とは別の病院だったけど」
「まあ、気にすることないよ」
「まどかさん自身がお医者さんだから、色々コネも多いみたいだよ」
「へー」
「でも去年豊胸、今年去勢なら、来年は性転換だね」
「うう・・・・なんかフラフラと手術受けてしまいそう」
きっとまどかのことだから「生理付き・出産機能付き」の性転換をしちゃうだろうなと命(めい)も理彩も思った。
「でもひとつだけ確実に言えることは」と理彩。
「就職カードはもう女で出すしかないね」
「やはりそうなるのかなあ・・・・」
また正美は恥ずかしそうな顔をしていた。
午後からは紀子と西川君が東京に戻るということで、紀子は仲の良い浩香・綾の車(運転はもっぱら河合君)に同乗して奈良市まで行き、奈良線で京都に出るコース、西川君は命(めい)と理彩(と星)の車に同乗して大阪に出るコースで帰ることになった。
西川君と命(めい)は高校時代一時期ちょっと怪しげな雰囲気があって理彩も軽い嫉妬を覚えたりしたのだが、もう命(めい)と理彩が結婚した今となっては三人三様に何もわだかまりは無いので、純粋に様々なおしゃべりをしながらドライブを楽しんだ。西川君は後部座席に星のベビーシートと並んで座る形になるので、「ほんと可愛い子だね〜」と言っていた。星もご機嫌だった。
午後4時には大阪に着いてしまったのだが、新幹線は19時のを予約しているというので
「じゃ、うちで少し休んでいかない?」と理彩が誘ったので
「じゃ、お邪魔しようかな」
と西川君も言い、吹田の家に招き入れて、お茶を入れ、ストックしているお菓子を出してくる。
「わあ、広い家だね〜」
「子育てしながら勉強もしてとなるとね。星の面倒を見るのに来てくれる母ちゃんの部屋も必要だし。でも家賃は5万だから」
「何、その安さは?」
「オンボロだからだろうけど。どう見ても築50年は経ってる」
「なるほど」
「それに区画整理に引っかかる可能性があるらしくて、その時は速やかに退去しますって一筆入れてるよ」
「ああ」
「東京ではお父さんとどんな所に住んでるの?」
「2DKの公団だよ。親父と俺とで一部屋ずつ使って、台所が共有スペースって感じかな」
「ふーん」
「そこにお母さんが時々来るのね?」
「うん。最近は月に1度くらいかなあ。来ると何だか親父とイチャイチャしてるから気を利かせて俺は自分の部屋に籠もったり、外出してくることもある」
「へー。でも仲がいいのはいいね」
「うん。だから何で結婚しないんだろうなってよく思ってたよ」
「まあ、当人達の問題だしね」
「でも俺が高3の時、親父が先に東京に転勤してしまって1年間E町でひとり暮らししてた時は、かなり頻繁に母ちゃん来てくれたんだよ。特に受験の最後の追込みの時は、ほぼ毎日来て御飯作ってくれたから」
「それって・・・もしかしてお母さん、E町かその近くに住んでいるとか?」
「だと思う。だから東京には月1回くらいしか来ないんだと思う。でも住所を教えてくれないんだよなー」
「何か変わってるね」と理彩が言うが
「うちも変わった家庭だよね」と命(めい)は言った。
「全くだよね。夫がこんな感じでほとんど女だし」と理彩が言うと
「確かに、星ちゃんが大きくなったら他の家庭と違うんで悩むかもね」
と西川君も言う。
「でもどこの家庭もそれぞれ変な所持ってるかもよ」と命(めい)。
「うんうん。変じゃない家庭なんて無いかも」
と理彩も頷きながら言う。
1時間くらいおしゃべりした後で、そろそろ新大阪駅に行こうかという話になる。出かける準備をしていた時。座敷で音がした。
「あれ?誰かいるの」と西川君。
「ああ、友だちのお姉さんが来たんだと思う」と理彩。
果たして、座敷と居間の襖を開けて、ロデムを抱いたまどかが出てきて
「ああ、疲れた疲れた。今日はここで晩御飯食べていい?」
と言った。
その時、西川君がポカーンとした表情でまどかを見た。まどかも手を口の所に当てて、息を呑んでいる。
「お母ちゃん、なんでここに居るの?」
と西川君は言った。
40年前に戻って1973年4月。
まどかは医科大学への編入試験に合格して医学生となり、新たなキャンパスで新しい学生生活を始めようとしていた。今までの2年間は文学部で比較的のんびりとしたキャンパスライフを送っていたが、これからはかなり忙しくなるだろう。しかも医学関係の単位で他の学生は1-2年の内に取っているものを自分は余分にこれから取らなければならないから相当大変だ。身が引き締まる思いがする。
そんな思いで朝、新しい大学に行くため電車に乗っていたら
「あれ?西沢先輩?」
と声を掛ける男の子がいた。
「あ、西川君だったっけ?」
それは高校の吹奏楽部で一緒だった、2学年下の西川春貴だった。
「ええ。先輩はどこまで?」
「****駅だけど」
「奇遇ですね。僕も****駅です。M大ですが。先輩はM大?N大?」
「**医科歯科大学」
「すげー! でも先輩達の学年でそこに通った人がいたとは知らなかった」
「編入試験を受けたんだよ。今年からここになった」
「それって普通に1年生として合格するより遥かに難関なのでは?」
「うん。試験は難しかったね」
ふたりは何となく電車の中で話し込んだ。
その後、ふたりは朝の電車の中でよく遭遇し、その度に何となく会話を交わした。元々ふたりの住まいが同じ路線上にあり、だいたい同じくらいの時刻に大学に着くように出ているので、けっこうな遭遇率があるようであった。ただいつしかふたりは「乗る車両」は決めておくようになっていった。
それはまだ携帯電話などというものもなければ、メールなどというものも無い時代の小さなエピソードだった。
それから18年が経った1991年。
西川春貴は失意の中にあった。10年連れ添った妻に離婚され、2人の子供の親権も向こうに行った。更に会社のリストラで職を失った。さすがに自暴自棄になり最近酒量が増えていた。なかなか新しい仕事が見つからない。30代後半で公的な資格も持っていないと、そう簡単に職は無いのである。彼はそれまで社内資格はたくさん取っていたが、そんなものはその会社を離れると全く無意味であった。
春貴が水割りのお代わりを注文しようとした時、その手を停める手があった。
「そのくらいでやめときなよ」
「まーちゃん・・・・」
それは10年ぶりに再会した、まどかであった。
春貴とまどかの関係はあくまで「友人」という域を出ないまま春貴が結婚するまで8年間続いていた。春貴自身、元妻と結婚する時に、かなりの迷いはあったものの、彼女の方とは肉体関係があっという間にできてしまい、まどかとはキスもしていないという状態で、まどかも「幸せになりなよ」と笑顔で言ってくれたので結婚に踏み切った。そして結婚生活を送っていた間、まどかとは一度も会わなかった。
「はるちゃん。明日10時20分に職安に行ってごらん」
まどかはそう笑顔で言って、バイバイして店を出て行った。ふと気がつくと伝票が無くなっていた。
翌日、まどかに言われた通りの時刻に職安に行くと、春貴の経験で応募可能な仕事を紹介してもらえて、その会社に行くと「そういう経験をしているなら心強い」と言ってもらえ、春貴は新しい職を得ることができた。
採用通知をもらい、新しい会社に出社するため、出かけようとしたらアパートの前にまどかがいた。
「ありがとう、まーちゃん。おかげで良い仕事が見つかった」
「良かったね、はるちゃん。また頑張ってね」
と笑顔で言ってまどかは去ろうとしたが
「あ、待って」
と言って呼び止める。
「ね。ここの会社、たぶん夜8時くらいには終わると思うから、その後会ってくれない?」
「うん、いいよ」
そしてふたりの「交友」は復活した。
「でも、まーちゃんは全然変わらないね」
「はるちゃんはちょっと老けたね」
その夜、ふたりは居酒屋で水割りを飲みながら話していた。
「俺、47〜48に見えるみたい」
「あはは。でも管理職やるには、年齢が上に見えるのはいいんじゃない?」
「うん。それはあるね」
「私の見た目が変わらないのは・・・・分かってるよね?」
「うん。多分、俺が想像しているようなことだろうと思う。敢えてその言葉は言わないけど」
「それを分かってくれている人とは私自身付き合いやすいわ」
「でも俺、今ならそれを承知でまーちゃんにプロポーズできる気がする」
「・・・・」
まどかはそれに返事をしなかった。しかしその夜、ふたりは初めて結ばれた。
1906年(明治39年)、神社合祀令が出され「神社は1村に1つのみとする」ということになり、命理たちの村にも中央から係官が来て、それまで村の中に5つあった神社のうち4つが破壊され、命理たちの集落にあるN神社だけが残された。
村では名主や各神社の禰宜も含めて多数の村民による猛烈な反対運動が起きたものの無視される。そしてN神社の禰宜、辛島槙雄は中央の政策に協力的でないとして任を解かれ、翌1907年、中央から新たな宮司が派遣されてきた。
新しい宮司はN神社の御祭神を勝手に皇室につながる神に書き換えてしまい、神社の祭りも祈年祭・燈籠祭などの廃止を宣言。御輿や燈籠を「このような低俗なものはダメです」と言って全部破壊してしまう。更には、神社の裏手にある禁足地にある池を埋め立て、そこに結婚式場を建ててしまった。
これに猛反発・猛抗議した辛島家は新宮司に協力的な村長から村外への退去命令を受けてしまう。もうこれは暴動を起こそうと、幾人かの血気盛んな若者が辛島家に集まって不穏な空気が流れていた時、命理が15歳の「神の子」理(ことわり)を伴って、辛島家にやってきた。
「理が停めに行ってと言うので来ました」
と赤い紬の着物を着た命理が言った。命理は出産以来、ずっと女の着物を着て髪も庇髪に結って生活していて、村では実質女と同等と扱われていた。
「なんで停める?命理ちゃん、あんたもこんな酷いことするなんてって憤慨してたじゃないか?」
命理は村の男たちから他の女性と同様「ちゃん」付けで呼ばれている。命理も一人称に「私(わたし)」を使っていた。
「私もあの宮司さんのやり方は到底容認できません。しかしここで騒ぎを起こせば、ますます向こうの思うつぼです。反対派が村から一掃されて、この村の伝統は全て破壊されてしまいます」
「じゃどうしろと?」
「理がここはいったん退避してと言っています。うちの分家の資産家が宇治山田に住んでいます。辛島さん、御一家でいったんそこに退避しませんか? 下手すると辛島さんが暴動の首謀者として警察に逮捕されますよ」
「そういう事態は避けんといかんだろうな」
と名主の息子が言う。
「私もここで騒ぎを起こしてはいかんと、この人たちを説得していた所なのですよ。命理ちゃん、そちらを紹介してください。いったん村を去ります」
と元禰宜の辛島槙雄も言うので、この日の暴動は回避され、翌朝、命理と命理の父が案内して、辛島一家は宇治山田の奥田家の親戚の家に移った。そして理と同い年の辛島家の孫、辛島宣雄が宇治山田でも有力者である奥田家の口利きで神宮皇學館に入り、神職として正規の教育を受けることになった。
村では新しい宮司が来てから異変が続いた。1907年は大不作となった。村の水田の一部で巨大な陥没が発生し、その近辺の水の流れも変わって耕作不能となった。禁足地に作った結婚式場で結婚式をあげたカップルが翌朝死亡。その後、誰もそこで結婚式を挙げようとする者は無かった。
1908年には村のシンボルでもあった樹齢1000年の大木が倒壊。また村の水源のひとつである沼が涸れてしまった。この年は絶不作であった。1909年も1910年も異変が続き不作も続き、村では生活苦に喘ぐ者が多く出たが、元組頭の奥田家・元名主の石田家をはじめ、いくつかの資産持ちの家が、生活の苦しい人達に食糧を分けてあげて、何とか村は持ちこたえていた。
1911年暴風雨による崖崩れで道路が遮断され、村は半年近く孤立する事態となる。陸軍が救援隊を組織して食糧を運んでくれて、何とかひとりの死者も出さずに済んだ。
この時期、命理がしばしば夜中に裸でどこかに行くのを目撃した村人があった。乳房が発達し真っ白な肌に長い髪で、一見女と見まがうばかりの命理にドキッとしてその後を密かにつける者もいた。中には命理が男であることを忘れて手籠めにしたいと思うものさえあったという。
しかし彼らは一様に、破壊された神社のあった場所で神秘的な舞を舞い、この世のものとは思えないような美しい調べの歌を(普段聞いたことのない)女の声で歌って何かを祈願している命理の姿を見、その神々しい姿に畏怖したという。中にはその命理が歌い舞う天上に龍が三体舞い飛ぶのを見た者もあった。
1907年から1911年に掛けての大不作・天災の連続の時期に、村の人たちが何とかまとまっていたのは、資産家たちによる救済と、「神の子を産んだ」命理が何か特別な秘法で村のために祈ってくれているようだという噂の広がりによるものが大きい。実際その5年間に天災は続いたもののひとりの死者も出していなかったのである。山崩れで30戸もの民家が押し流された時も、直前に命理が「みんな逃げて」と1戸ずつ戸を叩いて危険を知らせて回ったおかげで、全員無事であった。
しかし1912年の大災害は村の窮状に追い打ちを掛けた。この年の夏、昨年を上回る超大規模な暴風雨が村を襲った。堤防の決壊で多数の民家が破壊され、3人が死亡した。死亡したのはみな新宮司に協力的であった人たちであった。
その年はまともに稲が実った田が無かった。奥田家では所有していた大阪府内の土地を売却し、また宇治山田の分家さんにも頼んで資金を融通してもらい、村人の救済に当たった。元名主の石田家も奈良市と堺市に所有していた別宅を売却したりして救済に尽力した。そして村では若い者を中心に不穏な空気が流れた。
11月。宮司が突然行方不明になった。
宮司が村人からかなり反発されていたことから、県警本部から刑事が来て、村人に事情聴取を行ったが、誰も宮司のことは知らないと言った。1ヶ月近い捜査の結果、県警は事件性は無いという結論を出した。実際誰も何も言わないのでそういう結論を出す以外無かった。
そして神社局は後任の宮司を決めず、N神社の神職は当面空席にすると通達してきた。神社局内部にも、行方不明になった宮司のやり方は強引すぎたのではという意見が少なからずあったようで、今新しい宮司を派遣すると、二の舞になるという空気があったらしい。
1913年の2月1日。元名主の石田家に、命理の父、元百姓代の竹若家の当主、氏子総代の鈴木家の当主が集まった。命理と理も特に招かれて出席した。
「祈年祭をしよう」
ということで、一同の意見は一致した。
本来は神社の禁足地になっている場所でやるのだが、そこには宮司が建てた「結婚式場」が建っていて使えない。そこで、理の勧めで神社の鳥居前に幕を張ってその中でやることにした。
当日。深夜0時。命理の父が笛、鈴木さんが太鼓を鳴らし、石田家の娘さんが踊り始める。命理が「おーーーー」という神を呼ぶ声を出す。やがて「来た」
という感触を一同は感じた。命理は声を出すのを止め、笙を持って吹き始める。娘さんと神がひとつになって踊り続ける。
この年、祈年祭の踊りは2時間も続いた。朝には7年ぶりに巫女舞もやはり鳥居前で奉納された。そしてこの年、村は7年ぶりの豊作になったのであった。
翌1914年には理自身が自ら名乗り出て祈年祭の踊りを踊った。
「神様が神様と踊るの?」
と命理は笑いながら訊いたが理は
「僕の人間体と珠龍神の神体とが踊るんだからいいんだよ」と言っていた。
その年の3月。辛島家の息子、宣雄が神宮皇學館での修行を終えた。後見人である奥田家の根回しの結果、彼はこの村の神社の宮司に指名された。それに合わせて辛島一家も宇治山田から戻って来た。(村長も新任の人に交替していた)
新たに宮司となった辛島宣雄が最初にしたのは、御祭神の復帰である。前宮司が祭っていた皇室系の神を境内の東側に新たに建てた「太陽社」に移し、本殿の御祭神は旧御祭神である常光水龍大神・常愛水龍大神・若宮水龍大神に戻した。
「でも実際には本殿には何も神様は入ってなかったですよ。空っぽでした」
と宣雄は説明した。そういうのが分かるような神職であれば、あんな無茶なことはしなかったのであろう。また本来の御祭神である三柱の神は命理が毎晩祈祷をしていた分社跡の所にいたらしい。そこに神様がいたからこそ、村はギリギリ守られていたんですよと宣雄は言った。そして宣雄は実際、その分社跡の所から、新たに作った3つの御輿に乗せ、遷宮する形で、本社に三柱神を招き入れたのである。
その分社跡(通称S神社)には「行宮(あんぐう:御旅処)」の名目で鳥居と祠を設置した。またもうひとつ、N神社の元々の所在地だったと伝えられる神社の跡(通称K神社)にも「元宮」の名目でやはり鳥居と祠を設置した。この三社体制が命(めい)の時代まで引き継がれることになった。祠は戦後にきちんとした神殿に建て替えられた。
禁足地の「結婚式場」については、命理と理さえも「手を付けたくない」と言ったが、放置もできないということで、慎重に処分をすることにした。
解体と池の再整備をする人足には、多大な報酬を提示した上で、作業前一週間の禁欲と潔斎を命じた。セックスはおろか自慰もしてはいけないし、その間は肉や魚も食べてはいけないとした。
「きちんと潔斎せずに作業すると、死にはしないけど天罰で、私みたいに男の機能が無くなって、女みたいな姿形になっちゃうかもよ」
などと命理が言ったのが一番効いた感もあった。
「まだ男はやめたくねー」
「男じゃなくなっちまったら女房に離縁されちまう」
「でも報酬が凄いから一週間我慢だな」
などと村人たちは言っていた。
「でも命理ちゃん、チンコあるんだっけ?」
「美智を作る時だけ臨時に付けてもらったけど、もう今は無いよ」
と命理は笑って言っていた。
「でも最近、命理ちゃん、若返った感じ」
「俺の女房と同い年とは思えん」
前宮司による神社の祭神書き換えで、神社に村の三柱の守り神が居られなくなり、結果的に村が不作になっていた時期に、命理は分社跡に密かに神籬(ひむろぎ)を3本埋め、自分の生殖器と寿命の一部を犠牲として捧げる禁法を使って守り神を呼び戻した。そのことを知るのは奥さんの阿夜と理だけである。寿命を捧げて命理は老けるのかもと思っていたが実際は若返った感があった。
実際当時の命理は41歳(数え年)の男の筈が、27-28歳の女に充分見えていた。また命理は女としても美人だった。声も中性的な声で普段は話していた。
「阿夜ちゃんがいなかったら俺、命理ちゃんを嫁さんにしたい気になってたかも」
などともよく言われていた。
「結婚式場」解体の実際の作業では、理が作業をする人足全員をチェックして禁をおかしている者は排除し、きちんと潔斎できている者だけにして、裸で水垢離させた上で宣雄が特殊な祝詞を唱えてお清めをしてから禁足地に入り、作業を進めた。解体した木材は禁足地内に穴を掘って中で焼却した。焼却した木材の煙は不思議なことに地上5mくらいで消えてしまい外には漏れなかった。
最後に池のあった場所の地面を掘り池を復元した。それまで枯れていたかのようになっていた3つの泉が、池をきちんと元通りにした途端、水を湧出しはじめた。そして神社の参道の清流も復活した。ただ水量は以前より少なかった。水量を戻す方法は理も分からないと言った。
なおこの作業に当たってくれた村人の家ではみんな何か良いことが起きていた。長らく子宝に恵まれていなかった者に赤ちゃんが生まれたり、病気がちだった家族が回復した所もあった。商売がうまく行くようになった所もあった。
「この木材を焼却した所って、どうなるの?」と命理は理に訊いた。
「200〜300年でふつうの場所に戻ると思う。それまでは誰かに呪いを掛けるのには使える場所になるだろうね。でもお母ちゃんみたいに特殊な人以外はこの禁足地に入るだけで天罰を受けて、下手すると呪いを掛けようとする前に死ぬ」
と22歳の理は言った。
「まあ、僕やお母ちゃんなら、誰か不届きな奴を呪い殺そうとすれば使えるよ」
「うーん。でも私は怨みのある人なんていないから」
「お母ちゃんって、誰かに酷いことされても、全然それを恨まないよね」
「そんな酷いことされたことあったかなあ」
「そう思っているのがお母ちゃんの凄いところだよ。ね、神社も元に戻ったし、おちんちん新たに作ってあげようか?」
「うーん。。。私はそれを放棄して祈願したんだから、要らないよ。阿夜もこれで結構楽しんでるし」
「そのあたりって、よく分からないなあ」
「まあ、愛には色々な形があるのさ」
と言って命理は微笑んだ
翌1915年。祈年祭は正式に復活した。この復活した祈年祭では理の妹、美智が禁則の地で踊った。そして美智は祈年祭の翌日、神社の神殿で辛島宣雄と結婚式を挙げた。式は宣雄自身が花婿なので、神宮皇學館の時の友人で奈良市内で神職をしている人に祭主をお願いした。
前宮司時代に「結婚式場」で式を挙げたカップルが死亡したので、結婚式場にも誰も近寄らなくなっていたが、この神社で式を挙げようという人もいなくなっていた。そこで、もうこの神社で式を挙げても大丈夫というのをアピールする狙いもあった。
ふたりは無事であったし、いつも仲良くしている所を村人たちは見ていた。そして年末には長男・琴雄が産まれた。美智は男の子を3人産み、琴雄がこの神社を継いだほか、他のふたりも近畿地方の神社の神職になった。1915年の年末頃から、神社で結婚式を挙げるカップルがポツポツと出るようになった。
この宣雄と美智が結婚した年も、前年に続く大豊作であった。3年連続の豊作で村は息を吹き返した。
なお、祈年祭で使う御輿、燈籠祭りで使う燈籠・屋台などは、前宮司が破壊した時に命理が密かに回収していた「コア」を使い、新たに作り直した。
2014年7月1日。
理彩は冷凍保存していた命(めい)の精液を使って人工授精を行った。
6月18日に生理が来たので、次の排卵は7月2日くらいと考えられたので1日に精液を入れておけば妊娠する可能性が高い。その日に受精すれば3月25日が予定日になるので、今年の後期の授業が全て終わったところで出産できるのである。排卵誘発剤などは使わずに自然の排卵周期を使うことで、理彩と命(めい)、そして主治医は合意していた。
念のため超音波診断と血液検査で排卵が間近に迫っていることを確認した上で精液の投入を行った。
どうせ半年休学するつもりなので、もし受精できなかったら、次の生理周期を使えばいいと思っていたのだが、妊娠は一発で成功した。
「へへへ。これで私も妊婦になっちゃった」
「理彩。妊娠しているから、浮気しても更に妊娠することは無いとか、そんなことは考えないように」
「なんで私の考えてたこと分かるのよ!」
理彩は自分が色々ホルモンの量などを検査されたので「命(めい)もメディカルチェックしてあげる」と言い、命(めい)の血液を採取して大学に持ち込み、検査機器に掛けてみた。
「プロラクチンが80ng。低くなってきてるね。お乳の出が以前ほどじゃ無いでしょ?」
「うん。星も御飯の方がメインで、おっぱいはデザートとか、少し甘えたい時とかになってる感じだからね」
「エストロゲン(卵胞ホルモン)180pg、プロゲステロン(黄体ホルモン)10ng。何だかふつうの女性の正常値だあ」
「うんうん」
「テストステロン(男性ホルモン)は0.2ng。女性の正常値。男性の基準値の10分の1」
「あはは。一応あるんだ!」
「しかしさあ、プロラクチンは脳下垂体から、テストステロンは睾丸から出てるんだと思うけど、エストロゲンとプロゲステロンはいったいどこから出てるんだろう?命(めい)、卵巣は無いよね?」
「多分」
「妊娠中は胎盤から出てたと思うけど。もう胎盤無いしね」
「だから120年前に理さんを産んだ男性はお乳が出なかったんだよ、きっと」
「ああ、やはり命(めい)の身体は何か変だ」
「だって僕、女の子だもん」
理彩は命(めい)のお腹をノックする。
「もしもし。卵巣さん、いらっしゃいますか?いたら返事して」
「卵巣はしゃべらないと思うけど」
「解剖してみたいな」
と理彩は熱い目で命(めい)のお腹を見つめた。
7月4日金曜日。
星が気になっているものがあるので村に連れて行ってというので、車で村に戻った。命(めい)たちは星の言う通りに神社に行く。そして宮司さんに
「星がどうにも気になるものがあるので、禁足地に入れて下さいと言っているのです」
と言った。
「星君が言うのなら、問題無いでしょう。でも潔斎して下さい」
というので、宮司さんと命(めい)が水垢離し、それから特殊なお祓いをして、宮司さん、命(めい)、星の3人で禁足地に足を踏み入れた。理彩は人工授精をしたばかりなので社務所でお留守番である。
星の指示に従い、祈年祭の踊りを踊る場所から少し奥にある池の所まで行く。命(めい)もここを見るのは初めてだ。以前理彩から聞いたように、池の向こうに3つの滝があり、その上には3つの泉がある。
「これがこの神社の御神体ですね?」
「そうです。私もここまで来たのは10年ぶりです」
と宮司さんが言う。
しかし星はそこの更に奥まで行ってくれるように言う。
「星君からテレパシーか何かで指示されてるのですか?」と宮司さん。
「ええ。そんなものです」
「こんな所、入ったことありませんよ」と宮司さんも緊張気味に言う。
「潔斎をしてない者がここに来れば、来ただけで死ぬと星が言ってます」
「ああ」
かなり奥まで入った時、宮司さんも命(めい)もピタリと足が止まった。
「何です?これは」と宮司さん。
命(めい)はこの宮司さんはそんなに霊感が強くないよな、娘の梅花さんの方がむしろ強い霊感を持っているよなと思っていたのだが、その宮司さんでもこの邪気は感じ取れるようだ。
「まがまがしいですね」
と命(めい)も緊張気味に言う。
「どうもここは呪いなどに使われた場所のようです」
「わあ・・・・」
「星がここを浄化すると言っています」
「えぇ!? こんな凄いものをですか!」
「辛島さん、霊鎧をまとって下さい」
「分かりました!」
命(めい)も自ら霊鎧をまとう。そして更に命(めい)・宮司・星を囲むバリアができたのを感じた。
突然その禍禍しい気を放っている一帯に青い炎が立つ。それは激しくその部分を燃やすが、完全に燃焼しているようで煙も出ない。炎のみである。20〜30分炎は燃えていたが、その内その部分に今度は激しい雷雨が起きる。水しぶきがこちらまで飛んでくるが、バリアに阻まれて、命(めい)たちには水はかからない。
そして、最後に激しい竜巻が起きた。こちらにも結構風が吹き付ける。命(めい)も宮司も、ただ呆然とその様子を見ていた。
やがて竜巻が収まる。命(めい)は霊鎧を解除した。
「きれいになりましたね」と命(めい)が言う。
宮司さんも我に返ったようにしてその付近を見つめ
「さきほどの禍禍しい気が無くなってしまいました」
と言って驚いている。
星がニコニコしている。
「火・水・風で浄化して地に返すのだそうです」
「四元素ですか・・・・」
「終わったようですし、帰りましょう」と命(めい)。
「ええ。ここに長居は無用ですね」と宮司。
3人が帰っていくのを眺めて、まどかが「ちぇっ。私の密かな楽しみが」と面白く無さそうな顔をして呟いた。そしてしばらくその「呪いの地」の跡地を眺めていたが、やがてまどかは笑顔で言う。
「でも星は凄いパワーだ。将来が楽しみだ」
この星による「呪いの地」浄化の後、3つの泉の水の湧出量が増え、神社の参道の所の清流も、それまで溝みたいにちょろちょろ流れていたのが小川のような水量になった。そしてその水の味が今までよりぐっと美味しくなった。
神社では翌日と翌々日が「水祭り」であったが、祭りにふさわしい「水の復活」
であった。
「わあ、そんな凄い所、見たかったなあ」
と命(めい)の実家に戻ってから理彩が言った。
「4月の水害の時も命(めい)だけが見たし」
「まあ、その内理彩が見ることもあるよ」
その「一仕事」した星は、さきほどおっぱいをたくさん飲んで寝た所である。
「でもここしばらくで一番驚いたのは、まどかさんが西川君のお母さんだったってことだなあ」
「この村の神様は120歳になった時に、村の娘と神婚するから、男性としての生殖能力はその時以外封印されているけど、女性としての生殖能力はいつでも使えるんだって。まどかさん、村の男をけっこうつまみ食いしてるようなこと言ってたけど、西川君のお父さんとは、純愛に近いものだって言ってたね」
ゴールデンウィークに西川君とまどかが吹田の家で偶然遭遇した後、西川君は帰りの新幹線を21時の最終便に変更して、しばし自分の母である、まどかと話をした。命(めい)は夕飯を用意して、5人で一緒に食べる。ロデムにもカリカリをあげる(常備している)。星は少し食べると眠ってしまったのでベビーベッドに寝せてくる。
まどかは自分が環貴(西川君の名前)やその父・春貴と一緒に暮らせないのは自分が人間ではないからだと素直に言った。環貴も「ひょっとしたらと思ったことはある」と言った。
「小さい頃、お母ちゃんがスッと現れたり、スッと消えたりするのを見たことがあるような気もしてたんだよね〜」
と環貴は言った。
「高3の時に、俺がひとり暮らししてた時に御飯とか作りに来てくれてた時も、お母ちゃんに言いそびれたことがあったと思って、玄関開けても近くに影が見当たらなかったことがあるんだよね。お母ちゃんが出て行ってから5秒もしない内にドアを開けたのに」
まどかはE村の新しい家の住所と携帯の番号・アドレスを書いて環貴に渡した。
「斎藤たちのご近所じゃん、これ!」
「私はあの村の守り神だからね、そこに住むのがいちばん都合がいいんだよ」
「俺、休みの度に奈良に来ようかな」
「おいで。RX-7で奈良市でも亀山でも大阪でも迎えに行ってあげるから」
「RX-7!?」
「まどかさん、FD乗りだからね」
「すげー!俺、母ちゃん見直した!」
「ただスピード狂みたいだから、出し過ぎないように注意してあげて」
「ははは」
まどかはヴィッツを借りて環貴を新大阪駅まで送って行った。それから戻ってきて、命(めい)たちとお茶を飲みながら話した。
「本来、神婚という形で村の神様は継承されていくのだけど、事故もあり得るでしょ? 私も生まれてから40年もこの神社に入ることができなかった。神婚でできた神の子が胎児の内に流産してしまうことだってあり得るし、何かの事故で120歳になる前に消滅してしまう場合もある。その手の事故のために通常の継承ができなくなった時に、神の遺伝子を持つ人がいると助かる」
「じゃ、神様はみんな女性としても子供を作るんですか?」
「鶴さんって長老の神様がいるんだけどね。その人の話では、過去に女性として子供を産んだこの村の神様は私も入れて4人しかいないらしい。そして、人間経由という変則的な継承をしたことが一度だけあったらしい」
「本家の断絶の場合に備えて分家を作っておくようなものですね」
「まあね。辛島家が宮司をしているのは、あの家系に神様の遺伝子が隠れているからだよ。神様の力は無くても、あの家系の人は霊感が強いでしょ」
「ああ」
「理彩の母ちゃんの家系にも、命(めい)の母ちゃんの家系にも神様の遺伝子は隠れてるよ」
「えー!?」
「理彩の母ちゃんと命(めい)の母ちゃんは6代前の所が姉妹で、その姉妹のお母さんが、当時の神様が女性体で産んだ子供なのさ」
「僕と理彩が親戚だったなんて今初めて知った」
「星が強いパワーを持っているのは、命(めい)と理彩が元々『神様の遺伝子』
を持っていたからというのもあるよ、多分」
「あれ?命(めい)は分かるけど、私も関係するの?」と理彩。
「あ、言ってなかった。ごめん。星を作った卵子って、元々理彩の卵子だったものに僕の遺伝子が混じって出来てたんだって。理さんが言ってたよ」
「どうやったら、そんな不思議な卵子ができて、それが命(めい)の体内にあったの?」
「そうなっちゃったのは奇跡だって、理さんも言ってた」
「じゃ、星って遺伝子的にも私の子供だったんだ!」と理彩。
「そうだよ。理彩は星のこと自分の子供と思って育ててくれているから、敢えてその事は言わなくてもいいかなと思ってた」
「いや、そういうことは言ってくれ。そうかぁ。星は私の子供でもあったのか」
理彩は何だか嬉しそうな顔をしていた。
「もっとも理彩由来の卵子が僕の体内で休眠できていたのは、僕の体質が女性的だからだろうね」
「そうだね。命(めい)は女の子だもん」
「だけど西川君も『神の子』なんだね」
「うん。でもふつうの人間だよ。基本的に神様の遺伝子は封印されていて発現しないから」
「でも西川君、運動神経がいいよね。そのあたりはパワーが少し漏れてるのかもね」
「環貴にも神様の力は無いけど、環貴の子供や孫が祈年祭で踊った娘とその年の5月にお互い初めてのセックスをすると、神様が産まれるよ。ただし、東脇殿が空いてなかったら、この村の神様にはならず、那智に行って、那智の指令で、どこかの神様に納まることになるだろうけどね」
「そんなことが起きる可能性あるんですか?」
「どうだろうね。そんな先のことは私にも分からないよ」
「でも結局、まどかさんが、西川君のお父さんと一緒に暮らさないのは年齢の見た目の問題ですか?」
「そう。環貴が40歳か50歳になっても私の外見は今のままだからね。家族は問題なくても周囲が奇異に思う」
「自分が産んだ子にずっと会えなくて寂しくなかった?」
「その気持ちはあんたたちがいちばん分かるだろ?」
とまどかは珍しく辛そうな表情をして言った。
理彩はそのまどかの表情の中に、我が子への愛があるのを感じ取った。
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【神様のお陰・神育て】(5)