【神様のお陰・神育て】(4)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-08-20
そんなことをしていた時、診察室から健診医が出てきて、理彩が泣いている様子に
「どうかなさいましたか?」
と聞く。
「あ、いえ大丈夫です」と理彩は涙を拭きながら言った。
その時、医師がまどかを見て驚いたように言った。
「西沢・・・先生?」
「ご無沙汰してました。有川先生」
「西沢先生も大阪に来ておられたんですか?」
「今奈良県に住んでるんですよ。もう仕事は引退しましたけど」
「引退だなんてもったいない。色々先生から教わりたいことは山ほどあるのに」
「じゃ、携帯の番号交換しましょか?」
「はい、ぜひ」
ふたりは携帯の番号とアドレスを交換していた。理彩はまどかが携帯電話を持っているとは知らなかったので内心驚いていた。そんなの持ってるのなら星がいなくなってた時、まどかの携帯に電話したかったよ!!
「でも西沢先生は本当にお若い。私より10歳は年上の筈なのに」
「女の年齢のこと言ったら体温計が飛んできますよ」
「ちょっとそれ止めてください」
と有川医師が言う間もなく、体温計が飛んできて、有川に当たる。
「痛たた。西沢先生のこの手品には、いつも驚かされてましたから」
「うふふ。またその内いろいろ話しましょう」
「ええぜひ」
理彩が不思議そうに有川医師が去って行くのを見送る。
「お知り合いですか? でもまどかさんのこと先生って言ってた」
「ふふふ。まあ古い知り合いだわ」
「でもまどかさんが携帯持ってるなんて知らなかった。番号とアドレス教えて」
「うん。いいよ。但し、あっちの世界にいる時は圏外だからね」
「えー!?」
「だって基地局無いもん」
「そっかー!!」
祈年祭から1ヶ月たった3月中旬。命(めい)と理彩が愛の営みをしようとしていたところに、久しぶりにまどかが吹田の家に現れた。
「ああ、疲れた。やっと祈年祭関係の仕事が片付いたよ」
「お疲れ様です。そんなに色々とすることがあるんですね?」
命(めい)も理彩も裸だが、お互いそういうのは気にしないことにする。
「うん。年間の仕事の3割くらいはこの期間にすることになるからね」
「わあ」
「星も元気みたいだね」
「ええ。さっき、おっぱい飲んで寝た所です」
そこに黒猫のロデムが寄ってくる。
「おお、ロデムごめんね〜。放置しておいて。とにかく忙しかったんだよ。理彩ちゃんたちにちゃんとお世話してもらってたみたいだね。良かったね」
ロデムはまどかに頬ずりをしている。
「まあ、あんたたちには冷たい言い方して悪かったけど、修行の期間や方法を決めるのは私たちじゃないからね」
「とっても偉い方たちなんですね?」と命(めい)。
「まあ、そんな感じ。言葉で表現できないもの。名前を付けた途端その名前が指すものとは違ってしまう。『存在』という表現にもなじまない。」
「誕生日から修行が始まることになってるんですか?」
「誕生日までは神様の卵。誕生日に神様になって、神社の東脇殿に納まるようプログラムされてるのさ。だから天に還る儀式が必須なんだけどね。そして、このことはその儀式の前には人には言ってはいけないことになってるんだよ。それと実は修行自体は今までもしていたんだけど、誕生日から本格的になる。最低でも最初の一週間は行きっぱなし。その後はその神様各々の都合や事情で変わる。一週間で終わってしまう人もあるけど、10年、20年とひたすら修行する人もいるよ」
「へー」
「私も5年くらいやってたからね」
「わあ」
「もちろん最初の集中訓練が終わっても、人間体が寝ている間に霊体が修行を続ける。今星は半分くらいは寝て過ごしてるだろうから、その半分は修行してる。それは10年か15年は続くよ」
「なるほど」
「ただ、星が1ヶ月で解放された要因のひとつはやはり育てているあんたたちの感情だよ」
「じゃ、僕たちが星の帰還を祈ってたのは無駄じゃなかったんですね」
「だね。もうひとつの要因は一番基本的な部分が、あんたたちのこの1年間の教育で身についてたこともあるよ。私は親から放置されて何も教えられてなくて、どちらかというと悪いことばかり教えられていて劣等生だったんだよ。最初の1年で身についていたものって結構大きいんだ。それが間違ってると修正に5年も10年も掛かる」
「ああ」と命(めい)が少し疲れたような笑顔を見せたが、理彩は
「なるほど。出来が悪かったから長く訓練されたんですね」
と言って、飛んできたマニキュアの瓶が頭に当たり「痛た」と言っている。
「でも星が5年も戻って来なかったら、多分僕死んでました。いや半年もせずに死んでたかも」
「ああ。元々あんたは身体が弱いからね。自殺しなくても心労で死んでたろうね。今回ばっかりは私ももう助けきれないと思ってたんだけど、星が早く帰って来てくれて私も助かったよ。あんたを生かしておくのは、私の趣味だからさ」
「ふふ」
「だけど、ひとりの神様を育てるには人間の一生を使ってしまうからね。星が昇天するまでこれから50年、あんたたちの『神育て』は続く。ま、私もそれまで命(めい)が死なないように、身体のメンテをしてあげないといけないけど」
「50年後・・・・70歳か。自分がそんな年齢まで生きるのが想像できない」
「まあ、楽しく50年過ごして行こうよ」
「そうですね。今後もまたよろしくお願いします」
「うん。今日は気分いいから、命(めい)を完全に女に変えてあげようか?もう男には戻せないやり方で」
「あ、いいですね」と理彩。
「それはやめてー」と命(めい)が言うと
「じゃ、いつもの普通のやり方で、セックスチェンジ!」
と言って、まどかは命(めい)を女の身体に変える。
理彩が命(めい)の身体を確認して「おおっ!」と嬉しそうな声をあげる。
「ついでに理彩も下半身だけ男にしちゃえ」
とまどかが言うと、理彩のバストはそのままで股間に立派な男性のシンボルができる。
「おおおっっ!!」と理彩が喜んで?いる。
そしてまどかは「んじゃ」と言いロデムを連れて去っていった。
時を50年ほど巻き戻して、1959年9月26日。
この日の夕方、潮岬に上陸した台風15号は極めて強い勢力を保ったまま日本列島を縦断した。後に言う伊勢湾台風である。
その頃、「名前を付けることができず存在という表現にも馴染まないもの」の中で5年半にわたって教示や訓練を受けてきた「怨(えん)」は「もう修行は終わり」
という意志を受け取った。
修行は終わりと言ってもどこに行けば良いのだろうと悩んだ。本当なら自分の生まれた村の神社に行けば良いのだろうが、元々生まれて1年後に人間の身体をいったん離れて神社の指定の座に収まるようプログラムされていたのが、その前に人間の身体が滅んでしまったため、プログラムが空振りになってしまっていた。誰かが何かの方法で召喚でもしてくれない限り、そこに行くことはできない。
そもそも母から聞かされていた村の様々な話から、自分としてもその村に親しみなどを感じることができなかったので、自分を探そうとしている父神・珠龍神にも自分の存在を察知されないよう隠していた。その頃怨(えん)は多分珠だけが自分をあの神社に召喚できるだろうと思っていた。
怨(えん)が悩んだ素振りを見せた時「名前を付けることができず存在という表現にも馴染まないもの」は「名古屋に行って母を助けなさい」と言った。見ると、名古屋が洪水になっている。母・多気子の住んでいるアパートも1階が完全に水没し、2階の部屋に住んでいる多気子が、どうしようかとオロオロしていた。怨(えん)はいい気味だと思った。自分はあの部屋で母に殺されたようなものである。母やその恋人に虐待された辛い日々の記憶が蘇る。
「今のような感情を持つのは良くない。私達の命令だと思って母を助けなさい」
「分かりました」
怨(えん)は素直に答えると、母の目の前に自分が死んだ時のままの姿を現した。青ざめる多気子。
「ごめんよー、怨(えん)。私自身があまり辛くて、お前に当たっちまった」
怨(えん)は一言「飛び降りて」と言った。
「私に死ねと言うのね? そうだね。私もお前の所に行きたい」
多気子は怨(えん)のことを幽霊と思っているようである。そして、怨(えん)の言う通りに窓の外を流れる濁流に飛び込んだ。
そこにちょうど1本の材木が流れて来て、多気子は反射的にそれに掴まった。
「しっかり掴まってて」
と怨(えん)は言うと、自分もその材木の上に乗る。ふたりを載せた材木は濁流となった町の通りを流れて行った。
30分後。材木は偶然にも半壊した工場の鉄骨に引っかかった。そして翌朝、多気子は自衛隊に助けられ、奇跡の生還を果たした。怨(えん)は自衛隊員が近づいてきた所でスッと姿を消した。「お母ちゃん、またね」と怨(えん)はなぜか言ってしまった。
多気子が避難所で数日を過ごしていた時、
「あれ?東川さん」
と声を掛ける者がいた。
「西沢君!」
それは中学時代の同級生の男の子・西沢和史であった。元々多情な性格の多気子が攻略しようとしたものの、ついに落とせずに終わった「片想いの人」である。彼は高校に入る直前に転校して余所に行ってしまっていた。
身を寄せる所が無いという多気子に西沢は
「もし良かったら、うちに来る?」
と誘い、東京の自宅に連れて行った。
西沢はあくまで友人として振る舞い、多気子に指1本触れなかったし、最初は自分が敷金とか貸すから、アパートを借りようなどと言ってくれたのだが、多気子は「洪水のショックでひとりで寝るのが怖い」と言って、しばらく西沢のアパートに同居を続ける。
そして数ヶ月の同居を経て、さすがの西沢も多気子に情が移り、ふたりは恋人になった。多気子としては10年越しの恋を実らせたようなものであった。
多気子が台風の時に、自分が産んで10ヶ月で死なせてしまった子の幽霊が自分を助けてくれたと言うと、西沢は「水子供養をしてあげようよ」と言った。
お寺に行き、位牌を作ってもらって、それを毎日拝むようにした。怨(えん)は他に行く所も無かったし、ふたりが住む部屋で何となく過ごしていたが、姿は見せていなかった。西沢は大手自動車メーカー系のディーラーで自動車のセールスをしていたが、怨(えん)は何となく気が向いて彼の成績が上がるように仕組んであげた。
そんなある日、西沢の伯母さんという人が突然アパートを訪れた。そして西沢が多気子ともう半年以上一緒に暮らしていると聞くと「あんたら何やってんの?ちゃんと籍を入れなさい」と言った。
多気子が、以前子供を死なせてしまったので、結婚に踏み切る気になれなくてと言うと「ふーん」と言って、部屋の中に祭られている水子供養の位牌や線香立てを見る。そしてその時「あれ?」と言って、伯母は怨(えん)の方に向いた。
『あなたが怨(えん)ちゃん?』
と「意志の声」で話しかけられたので、怨(えん)は驚く。誰にも気付かれないように居たつもりだったのに!
あんまり驚いたので『はい』と答えてしまう。
『でも・・・・あなた幽霊じゃない。 うーん。かなり高次の存在だよね?』
『えっと、そんな感じのものです』
『詳しいお話聞きたいな。ちょっとうちに来てお話しない?』
怨(えん)はどうせ暇なので、その伯母さんに付いていくことにした。
西沢和史の伯母さん、西沢公子の家に行った怨(えん)は台風の時に多気子に見せた赤ん坊の姿ではなく、年齢相応の7歳の男の子の姿を見せた。
「君、可愛い男の子だね」と公子が褒める。
「僕、男の子って嫌い。乱暴で。虫とか解体したりするし。僕が赤ん坊の時も、母ちゃんより、彼氏の方にたくさん殴られてたし、母ちゃんも彼氏に殴られてた。今の彼氏は優しいみたいで母ちゃんを殴ったりしないけど」
「ふーん。男の子が嫌いなら、いっそ女の子になる?」
「あ、それもいいかもね」
と言って、怨(えん)は自分を女の子の姿に変えた。
「へー。そういうの自由自在なんだね」
「もともと男も女もないから」
「じゃ、しばらく女の子として過ごしてみたら? 女の子だと可愛い服着られるしね。そしてうちで普通の子供として、私と一緒に御飯やおやつ食べたり、遊んだりしない?」
「そうだね。私、暇だからおばちゃんに付き合ってもいいよ」
「うん。じゃ、付き合おうよ。だけど怨(えん)って名前は少し酷いよね。名前を変えない?」
「あ、それは自分でも思ってた」
「女の子だし、何か可愛い名前がいいなあ」
公子は名付けの本を開き、何か気に入った名前が無い? と聞く。適当にページをめくっていた怨(えん)はやがて「まどか」という名前の所で指が止まった。
「ああ、まどかって名前も可愛いね」
「じゃ、私、まどかになろうかな」
「うん。それでいいんじゃない? 漢字だと『円』かな。あ、偶然だけど、元々お母さんが付けた名前と音読みが同じだよ」
「ああ」
こうして「まどか」となった彼女はそのまま数ヶ月、ふつうの子供のようにして、公子の家で暮らし、時々、母たちのアパートの様子も見に行っていた。
しばらくまどかが公子の家で実体化した状態で暮らし、公子に連れられて買物などに行ったり、公子の職場に付いて行って産院に来る子供達(赤ちゃんのお兄ちゃん・お姉ちゃんたち)と遊んだりしていたら、民生委員の人が公子の家に来て言った。
「西沢先生、お宅に小さい女の子がこないだからずっと居るようですが、小学校に通ってませんよね?」
「ああ、親戚の子を事情があって預かっているのですが」
「産院をやっておられると、その手の事態は時々あるかも知れませんが、もし長期間預かるのでしたら、小学校にやりませんか? 西沢先生に親権がある訳でもなくて、住民票も移せないようであっても、そのあたりは学校との話合いで、何とでもなりますから」
「分かりました。ちょっと話し合ってみます」
民生委員さんが帰ってから、公子はまどかと話す。
「小学校か。どうしようか。お前行きたい?」
「うん。何かランドセル担いだ子供たちが楽しそうにしてたから、私も小学校って行ってみたい気はしてた」とまどかが言う。
「そうだね。でもお前、戸籍も無いと言ってたしなあ」
「戸籍ってのがあれば小学校に行ける?必要なものがあったら私作るよ」
多気子は怨(えん)の出生届けを出していなかったので、東川怨には戸籍が無かったのである。しかし家庭裁判所の審判をして戸籍を作ろうとすると、怨は既に死亡しているという困った事実が出てくるだろうし、多気子が死体遺棄や過失致死などの罪で訴追される可能性もある。多気子は怨の死体をアパートの押入れに隠していたが、それは伊勢湾台風の洪水で流され、まどかによればその遺骨はもう海の底に沈んでいるらしい。
そしてそもそも怨の戸籍を利用しようとすると、男の子として戸籍に登録されてしまう。まどかは女の子として人間の世界で暮らしたいと思っていた。
「ああ、お前なら作っちゃえるかもね。でも表面的な書類だけじゃなくて、役場の登録原簿自体が無いとまずいけど」
「うん。そのくらいどうにでもするよ」
「そうかい?」
まどかは、名古屋で伊勢湾台風で亡くなった、親戚も無い30代の女性の戸籍を利用し、その人にまどかという娘がいたことにして、公子がその子を引き取って養子にした、という書類をでっちあげた。これで戸籍の上で「西沢まどか」が誕生した。そして民生委員さんの口利きでまどかは小学2年生として夏休み明け、1960年9月から地元の小学校に通い始めた。
そうして「西沢まどか」は、その後、ふつうの女の子として、小学校・中学校・高校、そして大学まで通うことになる。その間まどかが関わった多数の友人との交流、そして何と言っても公子の暖かい愛としっかりした教育が、まどかの傷だらけだった心を癒やすとともに、冷酷で歪んだ性格も少しずつ変えて行った。
西沢公子は助産院を経営しつつ、裏稼業として霊能者をしていた。まどかはその表の仕事の助手のようなこともしつつ(おっぱいマッサージなどもそれで覚えた)、霊能者のお手伝いもしていた。
少々タチの悪い霊がいても、まどかが睨みを効かせるとさすがに相手が萎縮していた。まどかの話も聞かないほどの暴走した霊には厳しいお仕置きをしてやった。ただ、公子はほんとにやむを得ない時以外、できるだけ、まどかにその力を使わせないようにして、普通の手法で霊的な処理をしていたし、まどかも基本的には公子の仕事には手や口を出さないようにしていた。
一方多気子の方は西沢和史と入籍し、子供はつくらなかったものの仲良く暮らし、結婚している最中は一度も浮気をしなかった。ふたりは和史が60歳で死去するまで一緒に暮らした。その間、多気子は主婦をしながらスナックに勤務。30歳を過ぎてからは自分の店を持った。一方で多気子は自分が赤ん坊を死なせてしまった自責の念から、若いお母さんを支援するボランティア団体に参加し、積極的な活動をしていた。
まどかはしばしばふたりの家にも遊びに行っていた。最初西沢公子に引き取られた孤児と称していたが、いつしか多気子は自分が産んで死なせてしまった息子の「女装姿」であることに気付く。多気子はまどかの正体に悩む。てっきり幽霊かと思ったのにふつうの子供として学校に通っているようだし。。。。
多気子がまどかが幽霊とか妖怪とかの類のものではなく、もっと別のものであることを確信するのは、まどかが中学生になる頃である。
「でも、まどか。お前ずっと女の子の格好してるけど、そちらが好きなの?」
と多気子は小学5年生の頃、訊いたことがある。多気子は戸籍まで見ていないので、まどかが戸籍上女の子になっていることまでは知らなかった。
「そうだねー。割と楽しいよ。可愛い服着られるし、女の子たちとのおしゃべりも面白いし」
「まあ。自分の性別なんて好きな方で生きればいいよね」
「うん。そうだと思う」
多気子も商売柄多数のゲイボーイさんたちとの付き合いがあったので、その方面に関してはあまり偏見を持っていなかった。
「だけど、お前、女の子として暮らしていたら、プールとかお風呂とかどうしてるの?」
「ああ、それは適当に」
「へー。凄いね。うまく誤魔化しちゃうのかな」
「ふふ。内緒」
時を現代に戻して2014年4月。
命(めい)は無事2年生となり、また今年の祈年祭で神様との踊りを踊った来海が大阪大学の文学部に合格して、理彩・命(めい)の後輩となった。来海は豊中市内にアパートを借りたが、しばしば吹田の理彩たちの家に来て一緒に御飯を食べたりした。ついでに朝晩の祝詞を覚えさせて、命(めい)や理彩が数日大阪を離れる時に留守番を頼むこともあった。
「クーちゃん、入学祝いに温泉に行こう」
「・・・なんで温泉なの? リーちゃん」
「命(めい)も星も一緒に4人でお湯に浸かって楽しもう」と理彩。
「僕も行くの?」
「当然。星を連れて行きたいから、そしたら命(めい)も行かなくちゃ、おっぱいをあげられない」
「えっと・・・・それ女湯に入るんだよね」
「星は1歳だから女湯に入れて構わないし。命(めい)は今更男湯に入りたいなんて馬鹿なこと言わないよね?」
「もうさすがに開き直ってるけどね」
大阪市内のスーパー銭湯に行き、(当然女湯の)脱衣場で服を脱いでいたら「メイさんのおっぱい大きい!」と来海が感心するように言う。
「まあ授乳中だからね」と命(めい)。
「私のより大きいよね」と理彩。
「下は・・・・手術済み?」と来海が小声で訊く。
「内緒」と命(めい)は答えるが
「こういう場所で見ると、まず付いてないんだよなあ。Hする時は付いてるよ」
と理彩は言う。
「それって、実は付いてるのをこういう時にはうまく隠してるんですか?それとも実は付いてないのをHの時はあるように思わせてるんですか?」
「それが私にもさっぱり分からん」
命(めい)は笑って「手術はしてないよ」と言うが、理彩は「命(めい)の言葉ってあまり信用ならんからなあ」などと言っている。
星の服も脱がせ、命(めい)が星を抱いて浴室に行く。命(めい)はまず星の身体をきれいに洗ってあげて、それから(自分の体を洗い終わった)理彩に渡す。理彩が先に来海と一緒に浴槽に入り、遅れて命(めい)も自分の体を洗って湯に浸かった。
「なんか普通に女3人連れで赤ちゃんも連れてお風呂に入ってる感じ」と来海。
「高校生の頃は女湯に入るの、結構恥ずかしがってたのに、去年の夏にはもうそういう感じが無くて堂々と入ってたのよね。多分、去年の春頃にでもひとりでたくさん女湯に入って修行したんじゃないかって気がするな」と理彩。
「何の修行すんのさ?」と命(めい)が笑って訊くが
「女として暮らしていく修行だよね」と理彩は言う。
「女としてのフィニッシングスクール?」
「社交界にデビューするの?」
「女社会にデビューするんだね」
「でも僕は昔から女の子たちとよく話してたよ」
「確かにね!」
「メイさんって、男の子とも女の子とも話してたけど、どちらかというと女の子のお友達の方が多い雰囲気でしたよね」
「私もそれで小学生の頃は少し嫉妬したりもしたけど、命(めい)は絶対自分以外を好きになることはないという確信が持てたから、その内嫉妬しなくなった」
と理彩は言うが
「僕はずっと理彩に嫉妬しっぱなしだよ」
と命(めい)は言う。
「ああ、リーちゃんは浮気はもうやめるべきだと思うな」と来海まで言っている。
「私、この1年では2回しか浮気してないよ」
「新婚1年目で年に2回も浮気する方がどうかと思うけど」
「うっ」
「でも、星ちゃん可愛い子だよね」
「うん。可愛いよぉ。お世話していると、自分で産んだ子みたいな気がしてくる」
「今年は理彩も妊娠する予定だからね」
「やはり休学するの?」
「命(めい)の場合は妊娠中の姿を人に見られたくないというので結局1年休学したのだけど、私は構わんから半年だけ休学しようかとも思っているんだけどね」
「ああ」
理彩の妊娠中の通学は、あまり階段の上下などをさせたくないというので、モノレールは使わず、毎日命(めい)が車で送り迎えすることにしている。
「どっちみち卒業は1年遅れるけど、単位のやりくりが少し楽になるから」
「確かにね〜」
「だから今年の後期の試験が終わった後で出産するタイミングで行こうと思ってる」
「さすがに出産後は2〜3ヶ月就学不能だよね」
「命(めい)のお産後の様子を見てたらそんな感じだね。その間はずっと赤ちゃんのそばに居たいしね」
「だけど私もこうやって可愛い赤ちゃん見てると、早く産んでみたいなって気になってくる」と来海。
「卒業後にした方がいいよ」
「ああ、母ちゃんから釘刺された。理彩ちゃんの真似したらダメよって」
「あはは」
来海は命(めい)の方が星を産んだことを知っているが、来海の母はそのことを知らず、理彩が産んだものと思っている。
星は湯船に浸かってご機嫌で、命(めい)の手にじゃれて遊んでいる。
「この子、水やお湯に浸かるの好きみたいで、家のお風呂でも楽しそうにしてるし、何度かベビー水泳教室に連れて行ったけど、プールの中でもまるで泳ぐような仕草してみたり、ボールで遊んだりしてたね」
「実はもう泳げたりして」
「まさか」
しばらく3人+1(時々星も理彩と命(めい)にだけ直伝して会話に加わる)でおしゃべりしていた時、星が理彩に直伝で
『ねね、脱衣場に男の人が入ってきたよ』と言う。
『お風呂屋さんの人?』と理彩。
『違うみたい。女の人の服を着てる』
『まあ、そんな人はたまにいるよ。星のお母ちゃんだってそうだし』
『お母ちゃんはお風呂屋さんの建物に入った時に女の人の身体に変わったよ』
『ほほぉ』
『あ、この人、自分は脱がずに他の人のカゴを覗いてる』
『何?』
『あ、ブラジャーを手に持って自分の顔をなでなでしてる』
理彩は来海にニコっと笑いかけた。
「どうしたの、リーちゃん」
すると理彩はいきなり来海のお股の割れ目に指を入れ、クリトリスを触った。
「きゃー!!」
と思わず来海が大きな悲鳴をあげる。
「いきなり、何するのよ!?」
「うふふ。まあ、見てて」
脱衣場の方でガタンという音がする。来海の悲鳴に驚いて逃げようとして何かに躓いたのだろう。ほどなく少し遠い所から
「どうかしましたか?」というスタッフさんっぽい人の声。
そしてそれに続いて
「ちょっと、あんた何?」
という声。そして
「誰か来て! 痴漢!!」
という声が上がり、「こら待て」などと言った声やドスンバタンという物音がして、やがて静かになる。
『星、あの人捕まった?』と理彩が訊く。
『うん、捕まったよ』と星が答える。
「何だったんだろ?」と来海。
「痴漢がいたみたいね。脱衣場で下着を漁ってたみたい」と理彩。
「まさか、私に悲鳴を上げさせたのは通報するため?」
「そうそう。クーちゃんの悲鳴って昔から大きかったもん」
「だからって、何もあそこにいきなり触ることないじゃん!」
「だって本人を驚かせないと悲鳴出ないから」
「もう!」
「でも女湯に侵入してくるなんて、大胆な奴だな」と来海。
「ここにも女湯に侵入してる男がいるけど」と理彩。
「通報してみる?」
「勘弁してよ〜」と命(めい)は笑って言った。
『こういう時は誰かのお股に触って悲鳴をあげさせればいいの?』
と星が理彩に訊く。
『うーん。今のはあまり良いやり方じゃないな。非常ベルとか鳴らしてもいいよ』
『あ、じゃそうする。僕ちょっと女の人のお股に触るのは抵抗がある』
『うん。勝手に触ったら、いくら赤ん坊でも叱られるよ』と理彩。
『でもお父ちゃんの対処法って、お母ちゃんとは違うよね。お父ちゃんならどうするのかなと思って、今日はお父ちゃんに相談してみた』と星。
『ふふ。星のお母ちゃんのやり方は真面目すぎるからね。私みたいなのも少し覚えておいた方が、考え方が柔軟になるよ』と理彩。
『ふーん。柔軟って良く分からないけど』
4月の中旬。大家さんが突然来訪して屋根の修理をしたいと言ってきた。
この大家さんは、この家に関してけっこう色々メンテをしてくれる。掛けている費用が、命(めい)たちが払っている家賃より多いのでは?と思ってしまうくらいだが、その点について大家さんはこんなことを言っていた。
「あなたたちが入居して以来、突然うちの商売が好調になりましてね。あなたたちは、私にとって福の神ですよ。ですから住みやすいように色々メンテはしていきますから」
まあ、実際に神様を2人も住まわせてるんだけどね、と命(めい)は思う。
4月25日金曜日。命(めい)と理彩が吹田の家で2人で夕食を取っていると、家の前に突然 RX-7 が停車した。なんだろうと居間のフランス窓のカーテンを開けて見たら、降りてきたのはまどかだ。こちらを見て手を振っている。玄関を開けて中に入れる。
「そこ駐めておいて大丈夫かな?」
「うん。駐車違反監視員は1時間くらいここから周囲500mには入れないようにしてあるから」
「おお、さすが」
「でもどうしたんですか?その車」
「今月初めに買った。夕飯の買物に行くのに何か車が欲しいなと思ってさ」
「確かにあの村では車が無いと生活できませんからね」
「RX-7で夕飯のお買物ですか?」
「どうせなら格好良い車がいいじゃん。35万だったよ」
「安っ!」
「奈良県内の中古車屋さんを全部ここ1月ほどモニターしてて、入庫したばかりのを押さえた。距離はけっこう走ってるけど修復歴は無いよ」
「神様の力をそういうことに使っていいのかなあ?」
「堅いこと言わない。壊れてて動かない状態だったんだけどね。それは自分で修理した。受け取ってから『ちょっと工具貸して』って言って30分で動くようにしたら中古車屋さんがびっくりしてた。そのまま車検に持って行った」
「自動車の修理も出来るのか・・・・」
「まあ、どこが悪いかはすぐ分かるし」
「こちらへはドライブですか?」
「そうそう。この車は快適だねー。ちょっとギア入れただけで250出るんだもん。気持ち良かった」
「捕まりますよ」
「まだ私30日免停しかくらったこと無いよ。講習受けて1日で済んだけどね」
「・・・・まどかさん、運転免許持ってるの?」
「免許持ってなきゃ運転はできないよ」
「まどかさんって結構人間くさい」
「あはは、人間の振りして20年くらい生きてきたからね」
命(めい)は『20年』に突っ込みたかったが、突っ込むと車のタイヤでも飛んで来そうだと思ってやめておいた。
「あ、そうそう。今年もまたちょっとお使いに行ってきてくれない?今年はこれ」
と言って渡されたのは、枇杷の箱が3つである。
「今年も九州ですか?」
「去年が暖かい所だったから今年は少し寒い所に行ってくる?」
「シベリア?」と理彩が訊くと
「行きたい?」とまどかが言う。
「いえ。もう少し南がいいかな」
「じゃ、山形ね。羽黒山まで行ってきて」
「今の時期行けるんですか?」
「羽黒山は冬でも行けるよ。除雪してるから。タイヤは念のためスタッドレス穿かせてあるから」
「・・・・もしかして、そのRX-7で行ってくるの?」
「あんたたちのヴィッツじゃ長旅はきついよ。高速で200出ないし」
「200は出さなくていいです」
「星も連れて行くといい」
「ベビーシート乗ります?」
「乗るはず。私が取り付けてあげるよ」
ヴィッツの後部座席に取り付けていたベビーシートを外し、まどかはRX-7/FDの後部座席中央にベビーシートを取り付けてしまった。
「真ん中に付けるのか!」
「そうそう。端には付かないよね」
「この発想は無かった」
「ふたりともMT運転できるよね?」
「免許はMTで取ったけど、教習所以外では運転したことない」
「じゃ実地で覚えよう」
「あ、でも朝晩の祝詞」
「特別サービス。私が留守の間はあげてあげる」
「神様の祝詞セルフサービスですか!」
昨年はまどかのETCカードを借りたのだが、今年は理彩がETCカードを作っていたので、それをセットして出発した。理彩の口座から料金は落ちるが「旅費」
として5万円もらっているので高速代とガソリン代を払ってもおつりが来る。
夜間の運転なので、80〜100km程度ごとに運転を交替した。吹田ICから乗り、名神を1時間ほど走って米原JCTから北陸道に入る。女形谷PAで車中泊した。
「RX-7の大きな欠点に気付いた」と理彩。
「何?」
「Hできない」
「ああ、これ色々工作してフラット化でもしないと寝られないね」
「ヴィッツなら何とかできるのに」
『お母ちゃんたち、何かするなら僕寝てるよ』と星。
「星、あんたHとか分かるの?」
『よく分からないけど、子供は見てはいけないものだって言われた』
「まあ、まだ星には早いね」
「ところでこのPA何て読むんだっけ?おやまだに?」
「おながたに、だよ」
「素直に読むんだね」
「わりと素直だね。『た』の重複を省略するだけ」
「命(めい)といつも一緒にいるとつい『女形』の部分を『おやま』と読みたくなる」
「ああ、僕、歌舞伎の女形になりたいと思ってた時期もあるよ」
「命(めい)ならなれたかもね〜」
26日は朝早く出発して、北陸道・日本海東北道を走り、朝日まほろばICで高速を降りる。ふたりとも制限速度ぴったりで走った。
特に新潟県に入った付近から上越JCTまでのトンネルの多い区間はずっと80km制限なので理彩が「ねぇ、100か120出してもいいんじゃない? 車全然いないし」と言ったが、命(めい)は
「うーん。僕たちは星のお手本にならないといけないから、速度遵守で行こうよ。車の流れに乗っている時は別として」
と言う。理彩も
「そうだね〜。追い越す車は勝手に追い越して行くだろうしね」
と言って、その意見に同意した。
高速を降りた後は7号線をひたすら北上し、15時すぎに鶴岡市まで来たが、まどかから「参拝は午前中。今日はそこで泊まろう」というメールがあり宿の電話番号が記されていたので、カーナビにそれをセットして辿り着く。
「西沢か斎藤で予約が入っていると思うのですが」
とフロントで尋ねると斎藤でツインルームが予約されていたのでチェックインしてホテルに入った。ホテルの前庭が駐車場になっていたので車はそこに駐めた。
「予約は3泊になってたね」と理彩が言うと
「うん、そうなると思ってた」と命(めい)が言う。
「さあ、昨夜できなかった分、今夜はHするぞ!」と理彩。
『僕寝てた方がいい?』と星。
「とりあえず3人で一緒にお風呂入ろう」と命(めい)。
バスルームで汗を流し、それから星におっぱいとレトルトの離乳食をあげる。それで星がスヤスヤと寝たので一方のベッドに寝せ、それから命(めい)と理彩のふたりで裸になり、もう一方のベッドでたっぷり愛し合った。
「今日は命(めい)、おちんちん付いてて、ヴァギナは無いのね」
「いつもそうだけど」
「ほんとかなあ」
理彩はヴァギナが無いから仕方無いのよー、などと言って命(めい)の「生前のおちんちん」から型どりしたディルドーを命(めい)の後ろに入れる。最近のふたりの関係では、命(めい)が入れられる側になることが多かった。理彩は「入れるの楽しい。私、おちんちん欲しいなあ」などとも言ってから
「あれ?私最近自分におちんちん付いてたことがあるような気がする」
などともいう。
「理彩におちんちんがあったら浮気の頻度が上がりそう」
「そりゃ、おちんちんなんて便利なものがあったら、女の子をやってやってやりまくるよ」
「でもおちんちんあったら、赤ちゃんが産めないよ」
「命(めい)はおちんちんあるのに産んだじゃん」
「そうだけどね」
翌27日朝。朝御飯を食べてから出発する。1時間ほどで羽黒山麓の「いでは記念館」
の所まで来る。ここに寄って行くように言われたので、記念館の駐車場に駐め、見学する。ちょっとした休憩になったので車に戻ろうとしたら、出口の所でお婆さんに呼び止められた。
「あなたたち神様のお使いですね?」
「あ、はい」
「これを渡してくれと言われました」
と言って渡されたのはスノーシューズ!?
「ありがとうございます」と言って受け取ったが、これって・・・・
「もしかして車で山頂まで行くんじゃなくて、参道を歩けということでは?」
「ひぇー!?」
神様の思し召しでは従わざるを得ない。加護はしてくれるだろうし、ということで、車の所で靴を履き替え、星が寒くないように毛布を掛けた。随神門をくぐって参道を登り始める。雪道を歩くのは地元の村で小さい頃からいやというほど経験はしているものの東北の雪道はあなどれない。特に星を抱いている命(めい)は足下をしっかり見ながら慎重に歩いて行った。
残雪の中の五重塔が美しい。身が引き締まる思いだ。命(めい)と理彩は2時間ほど掛けて出羽神社までの参道を登り切った。
山頂の鳥居をくぐり、厳島神社・蜂子神社にお参りする。蜂子神社で女性の神職さんから「あなたたち、女ふたりで赤ちゃん連れて参道を登ってきたの?お疲れさまでした」と苦労をねぎらわれると、気持ち良かった。
「でも凄くきれいな場所ね」と理彩は言った。
「清々しい場所だよね」
三神合祭殿のほうへ行く。大きな神殿だ。命(めい)が抱っこ紐で抱いている星が緊張した顔をしている。お偉いさんが居るのかな?と理彩は思った。
そこでお参りしてから末社の方を回っていた時、40代くらいかなという感じの男性がいた。命(めい)が
「こんにちは。E村のN大神からのお届け物です」
と言って、理彩が背中に背負っていたリュックの中から枇杷の箱をひとつ取り出して渡すと、男性は笑顔で受け取り
「ここまでお疲れ様でした。車はここの駐車場に回送しておきましたから」
と言う。
「わあ、助かります。帰りもあの雪道を歩くのかと思ってました」
と理彩が言うが、理彩はふと命(めい)が箱をひとつしか渡してないのに気付き
「あれ。命(めい)、あとふたつの箱は?」
と訊く。
「それは月山と湯殿山ですよね?」と命(めい)が言う。
「ええ。そちらにお願いします。ついでにこれを持って行ってもらえますか?」
と言って男性は日本酒を2本渡したのでそのまま理彩のリュックに入れる。
「了解です。ところで月山へどうやって行けば良いか分かりますか?」
「今の時期は冬山登山をする覚悟が必要ですね」と男性が言うと
「きゃー」と理彩が軽く悲鳴をあげる。
「装備はお貸しします。案内人も付けますよ」と男性は笑顔で言い、星の頬を撫でて「いい子だ。大物になる」と言ってから消えた。
山頂の駐車場にRX-7が駐めてあったので、その日はそれで鶴岡市内のホテルに戻り、お昼を食べたあと、鶴岡市内を少し見学してまわった。
翌28日早朝。命(めい)と理彩がベッドの中で裸で抱き合ったまま寝ていたら、
「こら、起きられよ」
という声がする。慌てて飛び起きると、山伏の衣装を着け少し変わった顔の少年がベッドのそばに立っていた。
「えーっと、命(めい)、この人、何に見える?」
「天狗様ですよね?」と命(めい)は笑顔で言った。
「そのようにも呼ばれておる。まだ修行中だが」と少年は答える。
「出発致す。すぐ服を着られよ」と言うので、急いで服を着る。
「そなた、おのこなのか、おなごなのか、よく分からん」
などと少年が命(めい)を見て言う。
「乳がでかいのにカモもある。小さいが。まるでサネのようなカモじゃ」
「そうですね」
「ふたなりか?」
「ああ、それに近いかも」
少年は命(めい)の身体に興味津々という感じで、まだ聞きたそうにしていた。
「山頂は寒い故、これを」と言って、ウィンタージャケット、ズボン、靴下、冬山用の靴、帽子、サングラス、などの入った箱を渡された。理彩と命(めい)が身につけるが
「星にはどのような服を着せると良いでしょう?」と訊くと
「その御子は神の子にして、装備の必要は無い」と言った。
星も目を覚まして、ニコニコしている。
それでも一応毛布でくるんでから抱っこ紐に入れ、冬用抱っこ紐カバーを掛けた。
「では出発しましょう」
というので、理彩は覚悟を決めて、唾を飲み込む。
そしてその次の瞬間、4人は神殿を見上げる坂の下に居た。
「え?」
「この坂を登った所が月山神社の本殿です」と少年は言う。
「えーっと・・・」
「途中は面倒なので省略させてもらった。ただしここまで登ってきた分の疲労は課してある」
そう言われると、足が何だかたくさんあるいたみたいに痛いし、けっこう疲労感がある。
「お料理番組みたい!」と理彩が言う。
しかし気を取り直してその坂を登る。わずかな距離でも雪山。油断はできない。特に命(めい)は星を抱っこしていてバランスが悪いので慎重に登っていった。
誰もいない山頂の神社で参拝をする。
すると爽やかな雰囲気の青年が横に立っていて
「はるばるお疲れ様でした」
という。
「こんにちは。E村のN大神からと羽黒山からのお届け物です」
と言って、枇杷1箱と日本酒1本を渡す。
「ありがとうございます。ではこれを明日湯殿山にお願いします」
と言って、おそばの束をもらう。
青年は星を見て
「可愛いですね。それにパワーが大きい。いい神様になりますよ」
と言ってから、姿を消した。
その後、命(めい)と理彩は慎重に坂道を降りて、さきほどのポイントに行く。そして気がつくと、ホテルの部屋に戻っていた。
雪山用の装備は無くなっている。まるで夢でも見ていたようだが、荷物を確認すると、枇杷と日本酒が1つずつ無くなっており、そばの束があった。
そしてふたりはクタクタであった。
翌29日。その日から湯殿山行きのバスが出るということだったので、命(めい)と理彩は鶴岡市内からバスに乗って湯殿山まで行った。大鳥居の所の駐車場で下ろされ、そこからまた神社の所まで行くバスに乗り継ぐ。物凄く細くてカーブの多い道を上っていくので、理彩はこれ転落しないだろうなと不安になるほどだった。
神社の中に入り、お祓いを受けてから御神体の所に行く。この御神体のことについては「語るなかれ 聞くなかれ」と古くから言われたところである。
しかし理彩と命(めい)は昨日の「雪山登山」で足が物凄い筋肉痛だったので、素足になって、ここの御神体に登るのは、その疲れを取るご褒美のように思えた。参拝の後、足湯にも浸かってまだこわばっている筋肉をほぐす。
ふたりがここに来た目的も忘れて足湯の快楽をむさぼっていたら、隣に女性が来て足湯に浸かり「こんにちは」と命(めい)に話しかけた。それで命(めい)は使命を思い出した。
「こんにちは。E村のN大神からと、羽黒山と月山からのお届け物です」
と言って、枇杷、日本酒、そばを渡す。
「お疲れ様です。そばは半分はN大神に」
と言って半分の束を返す。そして
「これもN大神にお届け下さい」
て言って、サクランボの大箱とワインの瓶2本を渡してくれた。
彼女も星を見て「賢そうな顔をしている。それに凄いパワーを持ってますね。何かの時はお手伝いを頼みたいくらいだわ」と言っていた。
鶴岡に戻ってきたのはもう15時頃だった。が、今日は湯殿山までの往復、バスの中でひたすら寝ていたのでかなり体力を回復している。そのまま大阪に向けて出発することにする。湯殿山では晴れていたのに鶴岡に戻ってきた時は雲が厚くなっていて、出発して間もなく雨が降り始める。
また例によって100km程度ごとに交替で運転したが、新発田あたりまで来た頃にはかなり激しい雨が降ってきたし風も出てきた。ふたりとも慎重に運転する。
「とにかくスピード控えめに安全運転だよね」
「うんうん。ずっと左車線を走ろうよ」
今回はあまり長い休憩を取らず、その代わり助手席にいる側はできるだけ寝ておくことにする。ひたすら走り続けて21時頃、新潟県上越地方のPAでしばし休憩を取った。
ここからは6時間ほどで帰れるので、2時間くらい寝ようかということになる。
寝ようとしていた所で、運転席をノックする音。傘を差した20歳くらいの女性が
「旅の神様にちょっとお願いがあるのですが」
と言うので、車を降りて星を連れて女性と一緒に施設の中に行く。理彩には寝てていいと言ったのだが、命(めい)を女性とふたりにはできんと言って付いてきた。
「さきほど、この**川の上流で堤防が決壊して、50戸ほどの住宅が濁流に巻き込まれました。幸いにも事前に避難勧告が出ていたので死者は出ていないのですが」
「それは大変ですね」
「堤防が更に壊れそうなんです。ちょっと手伝ってもらえないかと思って」
「えっと・・・堤防を壊すのを手伝うのでしょうか?」
「ふふふ。昔はそんな危険な遊びをする龍さんもいたようですが、最近はみんなおとなしいですよ。私は安産や子供の守護、家庭平和が専門なので、あまりこういうものに作用するパワーが無いのです。どうしたものかと思ったら、ちょうど強い龍神様が通りかかったので、お手伝いをお願いできないかと思って」
「何をすればいいんですか?」と命(めい)が訊く。
女性は地図を広げて説明する。
「これが先ほど決壊した地点です。この川の流量が多すぎるんです。支流の##川に少し流します」
「どうやって?」
「この分岐点の所の入り口を狭めます。それでこちらの川への流量を減らします」
「でも##川の方で被害が出たりする可能性は?」
「##川はここ5年ほどしっかりした護岸工事・堤防の補修ができてるんです。**川は今年の夏からその工事が始まるところだった所にこの被害なんですよ」
「なるほど」
「その為にここにある丘を崩して土砂を流入させ、川の入口の2割ほどを埋めます」
「ああ。こんな対策は人間じゃできませんね」と理彩。
「能力的にというのと、政策的にですね」と女神さん。
「ええ。僕が心配したように##川の流域から責められますよ」と命(めい)。
「星出来る?」
星がマジな顔で小さく頷く。
「じゃ、その御子を私に預けて頂けますか? 現地に行って処理してきます」
「私も行っていいですか?」と命(めい)が訊く。
「いいですけど、ずぶ濡れになりますよ」
「構いません。星の仕事を見ておきます」
「了解です。では一緒に行きましょう」
星を前向きに抱っこし直す。次の瞬間、命(めい)は豪雨の中の空中にいた。雨風が否応なく身体に吹き付ける。真下に大きな川の分岐点が見える。星がそのそばの丘を見つめた感じがした。丘が崩れる。川に土砂が流れ込み、入口が3割ほど埋まる。川の流れが変わった。命(めい)は星の持っているパワーの凄さをあらためて実感した。
これまで星が見せていた、落下した赤ん坊を助けるとか、風呂釜のスイッチを入れるとかは、SFに出てくる超能力者でも出来そうだ。しかし山を崩し川を堰き止めるなんてのは、パワーの桁が違う。命(めい)自身が星にも言っていた「人知を尽くしてもできないこと」だろうと思った。
『ちょっと埋めすぎた。ごめーん』と星が言うが、女神さんは
「ああ、このくらいは大丈夫でしょう」と言った。
後でニュース記事で見たのでは、これで女神さんが言ったように**川の流量が減り、堤防の更なる決壊は起きなかった。そして##川の方では流量が増えて、慌ててそちらにも避難命令が出たりしたものの、そちらでは一切被害は起きなかった。**川の方も危険だということで、堤防の整備が本来5年掛かりで行われる予定だったのが、決壊した所の修復も含めて前倒しして2年で整備する予算が付いた。
「お仕事」をした後、車に戻ってから着替えたあと、星は物凄い勢いでおっぱいを飲んだ。離乳食も5食分食べた。やはり凄いエネルギーを使うのだろう。理彩は命(めい)にも寝ているように言って、女神さんに手を振り、PAを出発した。
2時間ほど運転して福井県内のPAで1時間休憩する。更に1時間運転して名神に入り多賀SAで休憩したところで命(めい)が起きたので、その後は命(めい)が運転して、朝7時くらいに自宅に帰還した。
まどかが
「お疲れ様。オプションの仕事まであったみたいね」
と言う。
「疲れました。学校に出る時間まで寝ます」
とふたりが言うので、
「うん。寝過ごさないようにね」
とまどかは言った。
「はい。おやすみさない」
と言って、ふたりとも布団の中に潜り込み、そのまま眠りに落ちる。
まどかはひたすら寝ている星にも「お疲れさん」と言って微笑み、RX-7の運転席に納まって村への帰途に就いた。
ゴールデンウィーク後半。
3日から6日までは来海がずっとバイトしていると言うので、朝晩の祝詞を任せて、理彩と命(めい)は星を連れて帰郷した。
帰郷するとまずはまどかの家に行く。
「あれ、お留守かな?」
などと言っていたら、自動車の音がして、RX-7が庭に入ってきた。
「ハ〜イ!」
と言って、エコバッグを持ったまどかが降りてくる。
「ほんとにお買物に使ってるんだ!」
「あんたたちが来ると思っておやつ買ってきたよ」
と言ってケーキを出してお茶を入れてくれたので一緒に頂く。しばらくおしゃべりしていた時、理彩が「あれ?ピアノがある」と言う。居間の隅にアップライトピアノが置かれていた。
「どうしたんですか?」
「もらっちゃった」
「へー」
「東京の友達が引越しすることになって。でもピアノ運ぶのお金掛かるでしょ?どうせもう弾かないし、と言ってたからもらったのよ。運送代私持ちでこちらに運んだ。6万掛かったけどね」
「ああ」
「でも運送屋さん使わなくても、ピアノくらいまどかさんならヒョイと転送できるのでは?」と理彩は言うが
「理彩の家から運ぶんなら、それ使うけどね」
「慎ましいですね」
「私は慎ましいよ」
「でもこのピアノ少し音が狂ってる」
ふたを開けて『エリーゼのために』を弾いてみた理彩が言う。
「うん。調律屋さん頼んでる。ゴールデンウィーク明けに来てもらうことになってるよ。やはり東京からここまでの移動で少し狂ったかね〜。お友達はほとんど弾かないものの毎年1回くらい調律してもらってたらしいから」
「だけどピアノなんて弾くんですか?」
「うん。小学生の頃、ピアノ教室に通ってたから」
と言いながら、ピアノの前に座り『トロイメライ』を弾き始める。
「へー、上手いんですね」と理彩が素直にまどかを褒めた。
「星にも習わせるといいよ」
「ああ、こういうの小さい頃に習ってた子は違いますよね」
「私は小学3年から通い始めたけど、幼稚園の頃からやってた子にはかなわないと思ってたね」
「そうでしょうねー」
「でも習いに通ってたなら、家にピアノ無かったの?」
「私を育ててくれたおばちゃんから、うちにもピアノ買う?って訊かれたけど、高いし、いいって言ってた」
「まどかさんもあれかな・・・・自分が要らない子みたいに思ってた部分、ありません?」と命(めい)が言う。
「・・・・そうだね。自分は居ない方がいいんじゃないかとかよく思ってたね」
「僕も、自分は親に苦労ばかり掛けてって、小さい頃よく思ってたから」
「命(めい)はまどかさんがいなかったら生きて来られなかったけど、まどかさんも命(めい)のお世話することが、励みになってたのかもね」
「ああ。それはあるよ。命(めい)を可愛い女の子に育てて、成人式には振袖を着せてって思ってたから」
「最初から女の子になる予定だったんですか?僕」と言って命(めい)は笑う。
「可愛い!男の子にしとくの、もったいない!って思ったからね」
「命(めい)って、昔から美人でしたよね」
「だいたい本人も、女の子になりたいって言ってたよ」とまどか。
「えー?そうだっけ?」
「ああ、言ってた言ってた。おちんちん取りたいって言うから、私がその内お医者さんになって取ってあげるよ、と言ってたんだよね」と理彩。
「うーん。。。。」
「そうだ。命(めい)、理彩のお母ちゃんからお花習ったら?振袖着てさ」
「ああ、うちの母ちゃんも教えたいって言ってたよ。振袖着せて」
「そうだなあ。折角振袖作ったし、それもいいかな」
「よし。母ちゃんに言っとくね」
「あはは」
「その内、星にも振袖着せて、ピアノとお花を習わせようかなぁ」と理彩。「あんた、星にも女装を唆すつもり?」とまどか。
「だって、あの子、すごく可愛いんだもん。男の子にしとくのもったいない」
「星のおちんちんは切らないようにね」
「はーい!」
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【神様のお陰・神育て】(4)