【女の子たちの成人式】(その2)

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千里はしばらく解説書を見ていたが・・・・「分からん!」と思わず呟いて天井を見上げた。
 
パソコンを立ち上げる。
「浴衣の着方」というので検索してみる。
 
多数のサイトがヒットしたので、あちこち拾い読みしていたが・・・・各々のサイトで解説が激しく異なるので、千里は困惑してしまった。
 
「着方もいろいろあるということか・・・でも浴衣は下着着けて着てもいいということは分かった」と心の中で思った。キャミソールやペティコートの着用を勧めているサイトもあった。実は「浴衣は裸の上に着るもの」と以前読んだ漫画に書いてあったので、そう思い込んでいたのだが、別に普通の下着を着けていてもよいようだ。
 
あちこち見ているうちに、和服を着る時は、肌襦袢、長襦袢という和服用の下着を着けることを認識した。そういえば、母ちゃんそんなの着てたっけ。振袖にはいるみたいだから、振袖頼む時にそれも頼んだほうがいいのか?あれ「フルセット」に含まれるのだろうか。。。。今度鈴木さんに訊いてみようと思う。しかし浴衣を着る時は別にそういうのを使わなくて、洋装用の下着で構わないようだ。
 
とにかくやってみよう。
 
千里は決意して立ち上がり下着だけになると、イラスト入りの解説がされているサイトの説明を見ながら、浴衣を着始めた。写真付き解説の所よりも分かりやすい気がしたのである。
 
約30分奮闘した。帯の結び方がよく分からなかったので、かなり適当になった。
 
「できた?」
 
かな?という気もした。しかし、かなりの誤魔化しが入っている気がする。でもとにかく何とか着れた気はした。
 
お散歩したいな・・・・と思う。時計を見ると、もう20時だ。暗くなっている。『よし』 千里は決意すると、浴衣のままそっとアパートの戸を開ける。誰もいない感じ。千里は財布の入ったバッグだけ持つと戸締まりをして外に出た。
 
よし。交差点の向こうのローソンまで行って来よう。
 
あまり女装外出の経験が無いので、ほんとにドキドキである。でもそのローソンには夜中に1度だけスカート姿で行ったことがあるのであった。 
さすがにアパートを出て少し歩いて大きな道に出ると、通行人がいる。でもおどおどしたりしてなきゃ大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
 
それでも人と至近ですれ違う時はつい少しうつむき加減になる。あまりまともに顔を見られたくない気分だった。
 
そして交差点で信号を2つ渡って対角線側に行き、コンビニを目指して歩いていたところ『!!』なんか浴衣がずれてきている!!着崩れしてるんだ。 
ずれた所を応急措置で引っ張って戻す。しかしコンビニに行く頃には、浴衣はかなり崩壊の危機に瀕していた。『だめだこりゃ』千里はコンビニに入るとそのままトイレに飛び込んだ。『やり直し!』
 
とりあえず帯を解いて、浴衣自体を再度きちんと締め直す。そしてまた帯を巻いて前で結び、180度回す。『ふーっ』千里は大きく息をついだ。 
そっとトイレから出て、店内の柱の所にある大きな鏡に全身を映してみる。『わー、かわいい』千里は自分の姿に思わず息を呑んだ。『なんかボクに似合ってるじゃん、これ』とにかく浴衣を着た姿に違和感のようなものが無かったので千里は安心した。そして少し自信が付いた。
 
千里はまだ晩ご飯を食べてなかったことを思い出し、ブラックコーヒーと野菜サンド、それに鮭おにぎりを買った。電子マネーで支払い、マイバッグに入れてもらって店を出る。レジの時、赤19のボタンが押されたのを見た。『わーい、ちゃんと女の子に見えてるのかな』少しだけまた自信が膨らんだ。千里は、自宅への道を進む。
 
しかし・・・・また浴衣が着崩れし始めた!
 
『ダメだこりゃ。。。もっともっと練習しないと』
 
アパートの鍵を開けて中に飛び込むと、大きく息をついで座り込む。
「はあ」ため息を吐くと、千里は完璧に崩壊寸前の浴衣を脱いだ。
 
しわにならないようにハンガーに掛けると、パジャマを着て、再度浴衣を眺める。『可愛いなあ、これ。でもちゃんと着れるようになるのかな・・・取り敢えず毎日着る練習しよう』千里は自分を励ました。
 
一週間後、千里は学校が終わってから、呉服屋さんに行った。「きものミニ講座」
を聴きに行くためだ。今日は思い切ってキュロットを穿いてきている。スカートで昼間に出歩く勇気はあまりなかったが、キュロットならズボンの延長で構わない気がして、何度も穿いて歩いている。実は学校まで穿いていったのは初めてだったが、クラスの女子達には「可愛い」と言われた。「今度はスカート穿いておいでよ」
などと桃香は言っていたが、まだその勇気が無い。
 
呉服屋さんに来ているのは、みんな自分と同年代という感じの女の子たちだ。お店に入っていくと、鈴木さんがにっこり微笑んでお辞儀をしたので、こちらもお辞儀して席に着いた。『取り敢えず女の子たちの中に埋没してるよね』と思う。 
あれから毎日夕方に浴衣を着ていたおかげで、多少歩いてまわっても、そう着崩れはしない感じになってきていた。しかしまだ浴衣で昼間町中を歩く勇気はなかった。 
内容は着物の種類の説明、下着の説明から、帯の種類、帯の結び目の形など、ほんとに基本的なことの説明がなされ、それからプロジェクタを使って様々な着物の画像が紹介された。ほんとにいろいろな柄の様々な着物があり、時折会場では歓声もあがっていた。最後にきれいな振袖を着たモデルさんが3人登場して記念撮影などもしてミニ講座は終了した。
 
さっそく商談に入っている参加者などもあるようだ。お店のスタッフはみな忙しそうである。鈴木さんと一瞬目があったが忙しそうだったので、会釈だけしてお店を出た。『またあらためて来ていろいろ教えてもらおう』と思い、買物でもして帰ろうかと思った時、肩をトントンとされた。
 
振り返ってみたら桃香だ。
「千里、和服買うの?」
「あ、びっくりした。実は先週ここで浴衣買ったんだ」
「へー?男物?女物?」
「えへへ、女物」
「だよね〜。あ、ちょっとお茶しようよ」
「うん」
ふたりは近くのスタバに入った。
 
「呉服屋さんから出てくるから振袖でも買うのかと思った」
桃香はキャラメルマキアートを飲みながら言う。
「実は買いたいなと思ってるんだ」
千里はショートドリップを飲みながら答える。砂糖ミルク無しである。「へー、いいんじゃない?成人式用でしょ?」
「うん。でもそんな写真、実家に送れないけど」
「送っちゃえばいいじゃん。どうせそのうちカムアウトするんでしょ」
「カ、カムアウト?」
「今時、そういう子は多いから」
「うん・・・でもまだ自分自身の心がゆらゆらしてるし」
「でも成人式は振袖なのね?」
「実は何も考えてなくて、でも振袖いいなと見とれていて、でせっかく買うなら、成人式に着ちゃうのもありかなとか思ったり。あ、桃香は成人式は?」
「振袖着るよ〜。先月注文済み。資金はバイトで貯めたお金と、半分は親からぶんどった」
 
「あ、いいなあ。うちはさすがに振袖買うのにお金ちょうだいとは言えないから」
「ま、確かに息子に振袖着せようという親はそういないよね。千里、貯金あるの?」
「ファミレスのバイトで貯めたお金が今80万くらいかな。あと2〜3ヶ月頑張れば100万行けるかも。それまでいろいろなの見て自分のセンスを磨いてから選ぼうかなとか」
「ちょっと待って。それじゃ成人式に間に合わないよ」
「え?」
「既製品ならいいけど、お仕立てしてもらうんでしょ?その予算なら」
「あ、そうか。お仕立ての期間が必要か」
「危ないなあ。お仕立てに速いところでも2〜3ヶ月掛かるよ」
「じゃ、やはり今の時期に選ばないといけないか」
「ぎりぎりかも。選ぶの、手伝ってあげようか?」
「ほんと?嬉しい」
 
「でも、千里、どんな浴衣買ったの?」
「赤い花柄の」
「ふーん。今度見せてよ」
「ちょっと恥ずかしいかも。実は暗くなってから人通りが少ない時に
着て歩く練習してる」
「でも成人式は昼間、たくさん人がいる中だよ」
「うん。そうだよね。どうしようかな」
「そうだ!今週の金曜日、☆☆公園で花火大会があるのよ。それに私も浴衣着てくるから、千里も浴衣着ておいでよ。いっしょに見に行かない?」
「花火大会・・・・」
「一応暗くなってからだよ。人は多いけどね。あ、ひとりで着れるんだっけ?」
「今、毎日練習中」
「一応、私、浴衣なら人にも着せられるから、もし変だったら直してあげるよ」
「ありがとう。お願いするかも」
ひとりでなら花火大会はちょっと怖い気がしたが、桃香と一緒なら勇気出せるかな、と千里は思った。
結局、桃香と週末に花火大会に行き、来週の火曜日、ふたりともバイトが無い日にいっしょに振袖を見に行くことになった。
花火大会の日。この日は午後の講義が休講になったので学校は午前中で終わったものの、バイト先のファミレスで午後の時間帯に入っていた人が急用で休みになったので急遽そこに入ることにした。その代わり、いつもやっている深夜時間帯の勤務は無しである。結果的には花火大会のあと、のんびり余韻を楽しめることになったのでオーライかなと千里は思った。
 
4時に仕事を終えてすぐにスクーターで自宅に戻り、浴衣を着る。もう10日ほど毎日やっていたので、かなり手際よくできるようになっていた。バッグの中身を点検して最小限にしてから、バスと地下鉄で桃香との待ち合わせ場所に向かった。 
6時の待ち合わせだったが、5時40分に到着した。桃香はまだ来ていない。遅れるのではないかとヒヤヒヤしていたので、桃香が来ていないのを見てほっとしたら急にトイレに行きたくなった。
 
ここは地下街の広場なので、近くにトイレがある。
『この格好で男子トイレは入れないよな・・・・あ』
千里はその隣に多目的トイレがあるのに気づき、そこに飛び込んだ。
『助かった。女の子の服着てる時はこれでいくかな・・・』
用を達したついでに浴衣が微妙に崩れているところを修正する。
帯はいったん解いて締め直した。
 
トイレから出て来たところに、ちょうど桃香がやってきた。
「可愛い〜。これ結構いい浴衣だよね」
「帯、草履とセットで6000円だよ」
「もう少ししそうに見えるのに。それに千里に似合ってるね」
「ありがとう。桃香もそのピンクの浴衣、すごく可愛い」
「これは帯・草履とセットで3000円」
「すごーい。お買い得」
「でも千里ちゃんと着れてるじゃん。一週間でこれなら上出来」
「どこか変な所無い?」
「うーん。帯の結び目の形が・・・これ貝の口だよね」
「名前はよく分からない」
「形が微妙。直していい?」
「うん。お願い」
「じゃ、そこのトイレで」
 
桃香がトイレの方に行くので、千里も続いて行こうとしたが・・・!
桃香は女子トイレに入って行く。千里が立ち止まっているのを見て桃香は「どうしたの?」と訊いた。
「いやちょっとそちらは・・・」
「ああ」桃香は理解したようだ「でも大丈夫だよ、千里なら。ここ女子トイレの中に更衣室があるんだ。そこで締め直そうよ。手、握ってあげようか?」
「いや、それも変」
結局、千里はおそるおそる桃香に続いて女子トイレに入った。
 
できるだけ横を見ないようにして、トイレの中の更衣室に入る。
中に入ると、ちょっとホッとした。帯をいったん解き、桃香が締め直す。すると帯は今までより、凄くきっちり締まった感じであった。
『あ、この感触を覚えておこう』と千里は思う。
 
帯を直してもらってから、一緒に花火会場の方へ歩いていった。人がかなり多い。「これだけの人混みだと逆にみんなひとりひとりの様子に注意しないから、かえって人通りの少ないところより歩きやすいと思うよ」「ああ、そうかも」
「それとさ。深夜の浴衣着ての外出、あまりしないほうがいいよ。夜中にひとりで女の子が歩いてるのって、危険だから。痴漢とかに襲われると面倒」
「あ、それは考えたことなかった」
「今日で浴衣の人前デビューしたんだから、あとは昼間にたくさん出歩くといいと思う。1回やっちゃえば、あとは平気になるって」「うーん」
「浴衣だけでなくてスカートとかでも出歩いたら?要は慣れだよ」
「うーん。慣れか・・・」
「キュロットは穿いて歩けるんでしょ?キュロットだってスカートだよ」
「うん。そうだけどね」
 
花火大会は会場に近づくにつれどんどん人口密度が高くなる感じだ。
打ち上げが始まった。
「この辺でいいかな」「もう少し先まで行けそうだよ。頑張ろう」
桃香に促されて進んで行くと、かなり顔を上に上げて花火を見る感じのところまで到達した。打ち上げポイントまで200mくらいの近さだ。 
大きな打ち上げ音とともに上空で菊や牡丹の美しい光が広がる。
「凄い迫力。ここまで来て良かった」
「でしょ。でもほんとにきれいね」
「うん。日本に生まれて良かったという感じ」
「花火が?浴衣が?」
「あ、どちらもかな」
 
「うふふ。そうだ。千里、お化粧はしないの?」
「え?したことない」
「女の子のたしなみだよ。お化粧も練習するといいのに。興味無い?」
「無いことはないけど。でも何から始めていいか分からない」
「じゃ、今度ゆっくり教えてあげるよ。化粧品も最初は100円ショップのとかでもいいし」
「あ、100円ショップにいろいろお化粧品あるのは見て気になってた」
「かなり使えるよ。アイカラーとかは微妙だけどね」
 
菊(尾を引いて広がるタイプ)がスターマイン(多連発)で打ち上げられた。空が明るくなり、まるで昼のようだ。ふたりはしばし見とれていた。
 
「恋人と一緒にこんなの見るのも素敵なんだろうな」
「あ、ごめんね。ボクなんかといっしょで」
「ううん。私、恋人いないし。玲奈と美緒は彼氏と来てるはず。朱音はバイトで来れず。真帆と友紀は来れたら来ると言っていたから、もしかしたら近くにいるかも」
「へー。あれ?美緒は彼氏と縒り戻したの?」
美緒は春先に『別れた彼氏の子を妊娠した』ということで、みんなで中絶費用をカンパした子である。
「ううん。新しい彼氏みたいだよ」「頑張るなあ」
「千里は恋愛はどうなの?」「恋人いないよ」
「じゃなくて、恋愛対象は男の子?女の子?」
「えっと。バイかも」
「あら、私もバイなんだ、実は」
 
千里は過去の自分の恋を振り返ってみていた。相手が男の子の場合は、いつも片想いで、ただじっとみているだけだった。女の子との恋愛は向こうから告白されることが多かった。しばしばこちらが友達のつもりだったのに、向こうは恋のつもりだったということがあり、結果的に失恋させてしまったこともある。 
しかし桃香の「バイ」発言は意味深な気もした。桃香は自分との関係に恋愛の可能性を考慮しているのだろうか・・・・あまり面倒な事はしたくないけど。 
光のページェントが続いていた。もう何百発打ち上げられたのだろう。ふたりはしばしば花火に見とれて会話が途切れながらも、また友人や先生達の噂話をしたり、芸能ネタで盛り上がったりしながら楽しく話をしていた。途中で友紀から電話があり近くまで来ているので合流しようという話にはなったものの、人が多すぎて結局会えずじまいになってしまった。千里はまだあまり人に自分のこういう格好を見られたくない気がしていたので正直ホッとした。
 
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