【少女たちの修復】(1)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-05-12
千里たちが住んでいる神社の境内に子供用のバスケットゴールが置いてあり、近所の子供たちがいつもそれで遊んでいる。元々はタマラのお父さんが作ってくれたもので、千里たちがそれでたくさん遊んだものの、今は下の世代の子たちが使っていた。
ところがある日ゴールの軸と輪っかが外れてしまった。遊んでいた子たちが神社に常駐していることの多い小春に相談し、小春が学校で相談すると、鞠古君が「うちの父ちゃんが直せると思う」と言った。実際鞠古君のお父さんは折れたゴールを見て「ああ、簡単簡単」と言って、すぐ熔接してくれた。
「すごーい」
とみんな鞠古君のお父さんを尊敬した。
「しかしこれ網もかなり傷んでるな」
「それは適当な網に交換しましょう」
と言って、そちらは鞠古君のお母さんが新しい網を持って来て交換してくれた。
「最近、網の途中からボールがこぼれたりすることあって、これは点数にカウントしていいのか揉めていたんですよね」
とリーダー格のドーラが言う。
「リングさえ通過していれば点数は入るよ」
と田代君が教えてあげた。彼はミニバスのスポーツ少年団に入っている。
「あ、それでいいんですね?結構議論があったんですよ」
2001年6月、小学5年生の千里や蓮菜たちのクラスで、最近流行の
音楽が話題になっていた。
「あれ、ちょっと面白いと思わない?」
「ね、ね、あれ真似してみようよ」
「道具そろう?」
「何とかなる気がする。みんなで少しずつ分担して持ち寄ろうよ」
それで『無法音楽宣言』を演奏するのにみんなが持ち寄ったのはこういう道具である。
穂花 ノコギリ
田代 オモチャの銃とキャップ火薬
鞠古 クラクション付き自動車のオモチャ
恵香 おもちゃのチャルメラ
他にお小遣いを出し合って100円ショップで風船を多数、プラスチック製ゴミ箱の大小1個ずつを買った。またみんな500mlペットボトルを多数持ち寄った。
田代君はノコギリを“弾く”ための弓の代用品として、ネットで調べて、小鳥飼育用のプラスチック製止まり木を買ってきた。実際弾いてみると結構鳴ってくれて優秀だった。但し金属をプラスチックで弾けば、どうしても弓側は削れていくがこれはやむを得ない。
(実際のワンティス『無法音楽宣言』で上島さんは普通のヴァイオリンの弓でノコギリを弾いている。千里たちは知らないことだが雨宮が都内のリサイクルショップで50円で買ってきた、毛が随分傷んだ鈴木製の弓だった)
みんなが持ち寄ったペットボトルに、音感の良い蓮菜が水を入れて、木琴用のマレットで叩くとちゃんと音階になるようにした。中堅スーパーのプライベートブランドの固めのボトルがいい音を出してくれた。
風船はたくさん膨らませておき、適当なタイミングで針を刺して割るのだが、担当の美那は割る度に悲鳴をあげそうになるのを必死で抑えながらの演奏になった。
基本的に佳美がドラムス代わりのゴミ箱を打つリズムに合わせて、蓮菜がペットボトルの瓶琴?を打ち、千里がノコギリでメロディーを入れる。そこにチャルメラ、オモチャの銃、風船、クラクションなどが入る。これに手の空いている人が歌を入れる方式で演奏したのである。
この演奏を見ていた我妻先生は楽しそうな顔で拍手をし
「これ秋の学習発表会で演奏しようよ」
と言った。
その日、留実子は昼休みに校庭で何人かの(男子の)友人と三角ベースで遊び、そろそろ昼休みが終わるというので教室に戻ってきた。するとクラスの男子たちが、何だか輪を作っている。どうもジャンケンをしようという態勢である。
「おお、いい所へ。原田君、鈴木君入って」
と高山君が言っている。
「何のジャンケン?」
と言いながら2人がジャンケンの輪に入る。
「花和は?」
と原田君が訊く。
「ああ、花和君も入って」
と東野君が言ったので、留実子も入る。
それでジャンケンした。人数が多いので、高山君の出す手と勝った負けたで勝敗を決めていく方式を採る。高山君も入れて5人になった所で普通のジャンケンに切り替える。
最終的に留実子が勝った。
「じゃ、花和君がピーターで」
「ちょっとパワフルすぎるピーターだけど、まあいいよな」
「じゃフレドリックは2番目の原田君で」
「ジェイコブは3番目の中山君」
「王様は4番目の高山君」
「市長は5番目の佐藤君」
「ピーターとか王様とか何?」
と話を聞かないままジャンケンに参加した原田君が訊く。
「学習発表会の役決め」
「あぁ!」
今年の学習発表会の演劇の出し物については昨年は4年1組が『白雪姫』、2組は『裸の王様』だったが、今年は1組は『魔法の白鳥』、2組は『眠り姫』をすることになった。
『魔法の白鳥』はスコットランドの民話収集家アンドルー・ラングの民話集に収録されている童話で、グリム童話の『黄金のガチョウ』の類話である。3人の兄弟、ジェイコブ・フレドリック・ピーターがいた(3人の名前はこの話のバリエーションにより様々である)。ピーターは力も弱く頭も良くないので、上の2人からいつも馬鹿にされていた。
この3兄弟を中山・原田・花和(留実子)の3人が演じる。
ところでこの国の王様には悩みがあった。それは跡取りの王女が、生まれてからこのかた1度も笑ったことがないことであった。王様は何とか王女を笑わせようと、多数の芸人や俳優などを呼び、面白い話を聞かせるのだが、周囲が爆笑しても王女だけは絶対に笑わない。
それでとうとう王様は「王女を笑わせた者には金貨1000枚またはこの国を与える」とお触れを出したのであった。
ある日、ピーターは上品な貴婦人と会う。彼女はピーターに家を出ることを勧めるので、ピーターは父親に暇乞いをして家を出た。そして貴婦人の助言に従い、岐路に梨の木があって男が寝ている所に行き、男に気付かれないようにそっと、そばの木に結んである美しい白鳥を取ってきた。
ピーターがその白鳥を持っているとその美しさに人々が見とれて「ちょっと触らせて」などと言う。それでピーターが「どうぞどうぞ」と言うと、人が触った途端、白鳥は凄い声でわめく。そこでピーターが「白鳥白鳥!」と言うと、白鳥は鳴き止むものの、触った人は白鳥にくっついてしまう。
(呪文はラングの原文では Swan hold fast. バリエーションでは Swan Swan Hold onというものも見る。hold fast も hold on も「くっつく」という意味がある)
最初に若い男がくっついてしまい、その男を離そうとした恋人の女がくっつき、彼女の知り合いの煙突掃除人がくっつき、サーカスの道化師がくっつき、それを見とがめて警察に連れて行こうとした市長がくっつき、その奥さんがくっつき、その状態で王宮に入っていく。
王女はちょうど馬車に乗って出かけようとしていた所だったが、この一行を見て大笑いする。王女はわざわざ馬車を降りてピーターたちに近づき、再度大笑いをした。「王女様が笑った!」というので王宮は大騒ぎになる。話を聞いて出てきた王様自身もピーターたちを見て大爆笑した。
王様はピーターに「金貨1000枚とこの国のどちらを取る?」と訊く。するとピーターはこの国を選んだので、王女と結婚し、王宮で暮らすことになった。
女子たちの間でも役決めの話し合いが進んでいた。
最初に問題になったのが王女役である。
「前半で色々なお笑いパフォーマンスを聞いても一切笑わずポーカーフェイスを決め込むことができないといけない」
「そこが意外に難役だと思う。誰ができる?」
「いつも面白くない顔してる蓮菜は?」
「なんで私が?」
と言いながらもテストしてみる。恵香がアメリカンジョークやロシアン・ジョークなどを言うが、蓮菜は笑わずにじっとしている。ところが、くすぐり攻撃で落ちた。
「これは誰でも笑うよぉ」
他に優美絵、玖美子など数人が言われてやってみるが、恵香の話でたいてい落ちてしまう。
「恵香は前半のお笑い芸人役確定」
「蓮菜は道化師役かな」
「で王女役は?」
「うーん・・・」
とみんな腕を組む。面白い話を聞いても、くすぐられても笑わずにいられそうな子がいないのである。その時、優美絵が言った。
「千里ちゃんは?」
「ん?」
千里はこの女子たちの役決めの輪には入らず、しかし男子たちの輪にも入らずボーっとして窓の外を眺めていた。
「千里!ちょっとおいで」
と蓮菜が呼ぶ。
「なぁに?」
「今から私が何を話しても笑ってはいけない」
と恵香が言う。
「いいけど」
それで恵香がさっきから披露していたアメリカンジョークをたくさん言うが千里は笑わない。それで最後はくすぐり攻撃を受けるが、それでも千里は笑わない。
「すごーい!」
「千里ちゃん、普段は結構笑っているのに」
「いや、この子はこうすると決めたら結構それを守れる」
「千里は実は何を考えているのかが表情から読めない」
ということで、王女役は千里に決まってしまった。
「え?王女役なの?私、男の子だけど」
「いや、それは絶対嘘だ」
今年の合唱コンクールの課題曲はサンプラザ中野(*1)さんが作詞して福田和禾子(わかこ)さんが作曲した『ロボット』という曲である。福田和禾子さんは『おてんきじどうはんばいき』『そうだったらいいのにな』『バナナのおやこ』、『はみがきじょうずかな』『北風小僧の寒太郎』『赤鬼と青鬼のタンゴ』などの作曲者である。みんなサンプラザ中野さんの作詞で『バナナのおやこ』などの作曲者の作曲と聞いて期待したのだが・・・
合唱コンクールっぽい難しい作品だった!
歌い方をめぐって、馬原先生と部員たちでかなり議論をした。この歌は解釈によって随分と印象の変わる曲である。内容的には、いじめをテーマにしていていじめをした側が全員ロボットになっちゃうというストーリーなのだが、これを感情を込めて歌うべきか、ロボット的に敢えて平坦に歌うべきかは意見が別れた。結局、なぜか自分がロボットになってしまったという1番は不安げに、その原因となった昨日のいじめの付近は平坦に歌い、最後の付近は表情豊かに歌うという方針が決まった。
自由曲については馬原先生からの提案で『流氷に乗ったライオン』というコミカルだがハーモニーの美しい曲を使うことになった。昨年の『キタキツネ』と同じ高倉田博(たかくらだ・ひろし)さんの作品である。この曲にはトランペットのソロがフィーチャーされているが、部員に入っていない6年生の海老名君が上手いということでお願いすることにした。ブラスバンド部の部員だが、幸いにも合唱と大会日程が重なっていない(大会規定では参加者は当該校の生徒であればよい。またそもそも伴奏者は生徒以外でも校長が認めていれば参加出来る)。他に実は低音部(アルト)のソロもあるのだが、これは6年生の間島さんが歌うことになった。彼女は副部長でもある。
(*1)“サンプラザ中野くん”への改名は2008年1月なので、この時期はまだ“サンプラザ中野”でよい。
夏休みに入る少し前、7月5-6日(木金)に千里たち5年生は“宿泊体験”に行った。昨年4年生の時は近隣のキャンプ場まで歩いて行ってキャンプ体験だったのだが、今年はバスで旭川市まで出て、旭山動物園や旭岳、北海道伝統美術工芸村などを見学する。
いわば“ミニ修学旅行”である。
5年生たちは朝7時半にほとんどの子が親の車で学校に集合し、校長先生のお話があった上で1クラス1台、2台のバスに乗って旭川に向かった。スケジュールはこのようになっている。
●1日目(木)
7:30 学校に集合
8:00 出発
9:30 旭川市科学館到着(-11:30)
12:00 あさひかわラーメン村で昼食
13:00-16:00 旭山動物園
17:00 ホテル泊
●2日目(金)
9:00 伝統美術工芸村
9:00-10:00 雪の美術館
10:00-10:30 国際染織美術館
10:30-11:00 優佳良織工芸館
12:00-13:30 旭川空港見学(空港内で食事)
14:30-16:00 旭岳
17:00頃旭川出発
18:30頃留萌帰着。
その日千里は父が出港中であるのをいいことにブラウスにサマーセーター、膝丈スカートなどという格好で学校に出かけた。母は忙しそうだったので早めに出て歩いて学校に行く。
「おぉ、可愛い格好してきている」
と恵香などに言われる。
バスの座席を決めたのはクラス委員の佐奈恵と佐藤君であるが、ふたりは千里と留実子の扱いに関して話し合い、千里は女子の並び、留実子は男子の並びに入れた。それで千里は仲の良い蓮菜や恵香たちとおしゃべりしながら過ごすことができたし、留実子は男子の友人たちとスポーツ談義や女の子アイドルの論議で盛り上がっていたようである。
9時半少し前に旭川市科学館に到着。展示を見て回る。実体験コーナーが多いので、展示物の数の割にけっこうな時間が掛かる。しかし小学5年生には興味深く新鮮なものが多かった。錯覚の部屋とかシャボン玉のコーナーは、かなりハマっている子がいた。
内臓パズルのコーナーを見ていた時、留実子と田代君が何やら話している。
「どうかしたの?」
と蓮菜が声を掛けると
「いや、あのモデルは男か女かと議論になって」
などと田代君が言う。
「ちんちん付いてないから女かなとも思ったけど、割れ目ちゃんも無いし、胸がそんなに膨らんでないから男かもという話にもなって」
「別にどちらでもいいじゃん」
「男だとしたらちんちんは切ったのかなとか」
「パズルの対象じゃないから作らなかっただけでは?」
と恵香。
「わざわざ割れ目ちゃんを作る意味も無い」
と玖美子。
「それにちんちんの取り付け場所は間違わないだろうし」
「いや無知な女の子だと間違うかも」
「間違ってどこにちんちん付ける訳?」
「うーん。おへその所とか」
「おへそからちんちん生えていたら、おしっこが不便だと思うけど」
「確かに不便そうだ」
「おへそが引っ込んでいるのが女の子で、出っ張っているのが男の子で、それがおちんちんだという説」
「ああ、でべそをおちんちんと誤認していたという話は聞いたことがある」
1時間ほど館内を見学してから、プラネタリウムに行き、本来は小学6年生向けの“月”に関する番組を見た。案内の人から
「今夜は月食がありますよ。満月が欠けていき半分くらいまで行きますからもし起きていたら見てみてね」
という案内があった。
その件については、科学館を出るところで教頭先生からお話があった。
「確かに今夜は月食があるのですが、始まるのが夜10時半、最大欠けるのが夜中の0時前、終わるのが1:15という遅い時間になります。本来は小学生のみなさんは寝ている時間なんですが、貴重な天体現象を観察できるチャンスでもあるので、もし見たい人は食事が終わったらすぐ仮眠して下さい。22:30になったら私と一緒に観察しましょう。但し最大欠けた0時で観測終了で寝るということにしましょう」
「それで話し合ったのですが、月食を見たい人と、見ずに寝るという人の部屋を分けたいと思います。アンケートを回しますので、見たいか寝るかどちらか選んで下さい。それで部屋割りを再編します」
と2組の戸坂先生が言った。
千里はバスの中で蓮菜と隣り合って座っており、通路を挟んだ向こう側には恵香と穂花がいた。
「どうする?」
と回ってきたアンケートを見て恵香が訊く。
「見る見る!」
と蓮菜。
「1月の皆既月食の時は真夜中だったから、お父ちゃんからそんな時間に子供が起きてたらダメと言われて見られなかったのよね〜」
と蓮菜は言っている。
「私は見るつもりだったけど眠ってしまった」
と穂花。
「私は早起きして見るつもりだったけど朝まで寝てた」
と恵香。
「千里はどうだった?」
「全然知らなかった!」
「ああ」
「割とそういう人が多い気がする」
そういう訳でその4人は全員見る方に丸を付けた。
ラーメン村で、回収したアンケートを見て、クラス委員の佐奈恵と佐藤君は男女それぞれの人数を数えた。2組のクラス委員も人数を数えている。
「男10女7」
と佐奈恵が言ったのに対して、佐藤君は
「男9女8」
と言った。
「なぜ人数が違う?」
と言って再確認したら、佐奈恵は千里を男子で数えていたのに対して佐藤君は女子で数えていたことが分かる。
「千里はほとんど女の子だけど、さすがに女の子と同室にする訳にはいかないのでは?」
と佐奈恵は言ったが
「いや、村山さんは去年のキャンプ体験の時は琴尾(蓮菜)さんや大沢(恵香)さんと同じ部屋だった」
と佐藤君は去年のことをしっかり覚えていたので言った。
「そうだったっけ!?」
それで2人は「だったら(千里は女子でカウントして)男9女8でいいかな」ということにした。
2組の方は希望者は男7・女3ということだった。
「だったら、僕が2組の男子の部屋に混ぜてもらうよ」
と佐藤君が言うので
「じゃ、それで男16人4部屋と女11人3部屋かな」
ということにした。
「まあ2組の欠けを1組の僕で充填する感じかな」
見ないで寝る子は1組が男4女4、2組が男7女5である。
「合計すると男11女9だから、そちらはどちらも3部屋かな」
それで両組のクラス委員は「月食を見る児童」のリストと部屋割りを決めて先生に提出した。
ところが
「待って。これでは部屋が足りない」
と桜井先生が言う。
今回の宿泊体験の参加者は1組が男14女11、2組が男14女8で、児童用の部屋は男子用が(14+14)=28 ÷4=7, 女子用が(11+8)=19 ÷4=5の合計12部屋用意していた。ところがクラス委員がまとめた部屋数は、月食を見る子の部屋が男4女3 見ない子の部屋が男3女3で合計13部屋必要なのである。
「ありゃ〜。1部屋に5人詰め込みますか?」
「それが元々2人部屋にエキストラベッド入れて4人泊めるようにしているから、部屋に余裕がないのよ。5つベッド入れるのは無理」
「見ないで寝る子の誰かに見る子の部屋で寝てもらうしかないかな」
などといって検討していた時、我妻先生が気付いた。
「待って。この人数はおかしい。あなたたちがまとめた人数だと、男27女20になるけど、参加者は男28女19だったはず」
と我妻先生。
「だいたいそれ1組の女子が12人になっているけど、1組の女子は11人しか在籍してない」
と戸坂先生。
「すみません。村山はほぼ女子で、昨年のキャンプ体験でも女子部屋に泊まっていますので女子に入れました」
と佐奈恵が説明する。
「しまった!あの子のことが計算から漏れていた」
「あ、だったら、代わりに花和さんを男子部屋に入れたらどうですか?そしたら見ない子は男12女8になるから合計5部屋で済みます。花和さん、サッカー部では男子と一緒に着換えてますよ」
と佐藤君が提案する。
「うーん・・・」
と先生たちが悩む。
が、やがて桜井先生が言った。
「じゃ花和さんは私と我妻先生の部屋に泊めよう。エキストラベッド1個入れてもらって。それでいいですよね?我妻先生」
「ああ、それがいいですね。あの子自身は男の子と同じ部屋でも平気かも知れないけど、同室になった男の子たちがやはり安眠できないですよ」
と我妻先生も言った。
「あの子のことを知らない男の子なら同室になっても、男の子と思い込んで全く問題ないけど」
「性別を知っているから面倒なことになりますね」
ということで部屋割り問題は解決したのである。
月食を見る子:1組 男9 女8 2組 男7 女3 合計男16女11で、男4部屋 女3部屋
月食を見ない子:1組 男4 女4 2組 男7 女5 合計男11女9で、男3部屋 女2部屋
(千里は月食を見る1組女子に参入。留実子は月食を見ない1組女子だが、女先生の部屋に泊める)
それで教頭先生は部屋のアレンジの変更をホテルに連絡していた。
ラーメン村でみんな好きなお店で好きなラーメンを1杯(1杯分はチケット配布。2杯以上食べたい人は自分でお金を出す)食べた後は、そこから割と近い所にある旭山動物園に行った。一応班単位の行動ということにしていたものの、実際にはかなり斑はばらけてしまったようである。
夕方ホテルに到着すると、まずは大ホールに並べられた夕食を取る。石狩鍋のお代わり自由だったので、みんなたくさんお代わりしていたものの「食事の後は大浴場で入浴を済ませて下さい」と桜井先生が言うと、女子たちの間で
「しまった!たくさん食べちゃったからお腹が膨れてる!」
と悲鳴があがっていた。
「でも動物園を3時間歩き回った後、何も食べずにお風呂に入ったら倒れるよ」
と冷静な子は言っていた。
千里は「月食を見る女子の部屋」ということで、蓮菜・恵香・穂花と一緒の部屋に割り当てられていた。
「月食見る人は早くお風呂に入ってすぐ寝なさいということだったし、すぐお風呂行こう」
と蓮菜がいい、全員着替えとタオル、シャンプーセットを持って地下の大浴場に行く。それでエレベータを降りておしゃべりしながら通路を歩き、やがて左側に男湯、右側に女湯という分岐点に達する。
ここで千里が「じゃ、また後でね」と言って、男湯の方に行こうとしたら、蓮菜に身体をキャッチされた。
「こら待て。どこに行く?」
「だから男湯」
「千里は女の子なんだから、男湯には入れないはず」
「そうだそうだ。女の子は女湯に入らなきゃ」
「小学5年生にもなって、混浴はダメ」
「だいたい千里、男湯に入ろうとしても、従業員さんが飛んできて摘まみ出されるよ」
「うーん。そうかも」
「そもそもスカート穿いているくせに男を主張する意味が分からん」
「主張はしないけど・・・」
「だから千里はこちらに来なさい」
「私たちと一緒に女湯に入ればいいね」
ということで、千里は女湯に強制連行されたのである。
蓮菜たちが千里を女湯の脱衣場に連れ込むと、チラッとこちらを見る子もあるが、誰も特に騒いだりはしないようである。それで蓮菜たちは4つ並びのロッカーを取り、そこで服を脱いだ。千里は恥ずかしがりもせずに平気な顔で蓮菜たちとおしゃべりしながら、サマーセーターを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、スカートを脱ぎ、キャミソールを脱ぎ、パンティも脱いだ。
「まあ予想はしていたが、女にしか見えないね」
と恵香。
「これで男湯に入れる訳が無い」
と穂花。
「ここでは深く追及しないで」
と千里が言うので、他のお客さんもいるしということで追及しないことにしてそのまま一緒に浴室に入った。しかし同じクラスの子からはかなり千里のお股に視線が行っていたようである。
身体を洗ってから浴槽に入るが、千里は同じクラスの女子たちから
「乳首大きくなってきたね」
とか
「おっぱい少し膨らみかけかな?」
などと言われて、かなり触られた!
「だけどそもそも体型が女の子っぽい体型じゃない?」
という声もある。
「そうそう。全体的に丸みを帯びている」
「ほどよく脂肪が付いているし」
「ウェストがくびれているし」
「千里ちゃん、ウェストはいくつ?」
「分かんなーい」
「これはかなり細いよ」
と触りながら言っている子がいる。
「少なくとも私よりは細い」
と蓮菜が言う。
「ゆみちゃん(優美絵)と比べてみたいな」
「ゆみちゃんは?」
「疲れたから少し寝てるって。お風呂は後で入ると言ってた」
「あの子は月食は見ないの?」
「そんな夜中に起きる自信無いって」
「あの子体力無いもんなあ」
「動物園でも最初の1時間くらい見て回って、あとは売店で座って休んでいたみたい」
「千里ちゃん、下も触ってもいい?」
「そちらは勘弁して〜」
「まあ下は、この際いいことにするか」
「万が一変なものが発見されたら警察沙汰になるし」
ということで下は触るのを勘弁してもらった。
しかし千里が女湯に居ても違和感のない状態だというのがみんなに認識されるとその後は、湯船の中で結構ふだん通りのおしゃべりが始まり、楽しい時が過ぎた。
「あ、でもそろそろ上がって寝なきゃ」
ということで月食鑑賞組はみんな6時半頃までにはお風呂を上がり、身体を拭き新しい下着をつけ、パジャマ代わりの体操服を着て各自の部屋に戻った。
そして千里や蓮菜たちは「おやすみー」と言って灯りを消して眠った。ちなみに部屋の寝る場所だが、恵香と穂花が奥に寝て、穂花の手前が蓮菜、恵香の手前が千里で、千里と蓮菜は並んで寝る形になる。蓮菜が「たぶんこれが平和」と言っていた。
22時過ぎ、桜井先生が巡回してきて、小さな声で
「月食を見たい人は起きてね」
と言った。それで千里が目を覚まし、千里もやはり小さい声で
「月食の時間みたいだよ」
と言う。
それで蓮菜が起きて、蓮菜が穂花に呼びかけて起こす。恵香は・・・
起きない!
「起きない子はそのままで」
と桜井先生も言うので、3人が体操服の上にフリースを着て部屋の外に出た。
他の部屋の子たちも廊下を歩いている。エレベータでホテルの屋上に出た。
屋上は普段は施錠してあるのだが、今夜は特別に月食観測のため宿泊客に開放したらしい。
「くらーい。灯りつけないの?」
「灯りつけたら月食が見にくい」
「今夜は満月だからわりと明るい方だよ」
「へー。ちょうど満月でよかったね」
「いや、月食は満月の時しか起きない」
「え?そうなの?」
「今日科学館でそういう説明やってたじゃん」
「うん。日食は新月でしか起きない」
「へー!」
どうも日食・月食の仕組みが分かっていない子が多いようである。昼間の科学館での説明もちゃんと聞いていなかったようだ。
月食は地球の影が月の表面に落ちる現象なので、太陽−地球−月の順に並んでいる。月は太陽の反対側にあるから満月(望)である。日食は月が太陽を隠す現象なので、太陽−月−地球の順に並んでいる。太陽と月が同じ方向にあるから新月(朔)である。
そんなことを言っている間に、やがてひとりの子が
「あ、欠け始めた」
と言う。左上が少し欠けているのが分かった。
「わあ、始まった!」
という声があがる。
千里はどこか知らない場所に来ていた。キョロキョロする。目の前に昨年合唱コンクールの全国大会で東京に行った時に会った《きーちゃん》がいた。
「こんばんは、千里ちゃん」
「こんばんは、きーちゃん。ここどこ?」
「どこだと思う?」
千里は周囲を見回す。どこか大きな町の郊外のような雰囲気である。5-6階建てのビルがわりとたくさん並んでいる。
空中に大きな円弧状の物体が上下2段ある。どうもモノレールの線路のようである。その線路が途中で切れているのは、そこが終点なのであろうか。しかし駅のようなものは見ない。
「江戸ですか?」
千里はなぜ「東京」と言わずに「江戸」と言ったのか分からない。しかし《きーちゃん》は驚いたように
「よく分かったね!東京と言わずに江戸と言うところが凄い」
「じゃこれ江戸時代なんですか?」
「江戸時代も終わり頃だけどね。今は弘化四年八月十五日の江戸なんだよ」
「でもビルとかも建ってる」
「平成13年7月5日と少しダブっているから」
「ああ。混じっているんですか」
と言ってからふと空を見て気付く。
「月が欠けてる」
「そう。その日も月食だった。千里ちゃんが見ていた月食とわりと似た月食が起きた夜なんだよ。この夜にある人が江戸の町に結界をして、目前に起きようとしていた黒船来航から明治維新までの激動の時代に、魑魅魍魎が世に放たれて怪異をなさないようにした」
「ちみもーりょう?」
「オバケね」
「へー!」
「西暦で言うと1847年9月24日で、千里ちゃんが居た元の時間から154年前。でもこの150年間に随分その結界が弛んできているんだよ。それで修復したいんだけど、いつでもできる訳じゃ無いのよね」
「へー」
「基本的には月食の晩にしかできないけど、結界をしたのと同じような月食はその後、1849, 1869, 1999, と3回しか起きていない。特に1869年の明治2年以降は1999年の平成11年まで130年間も起きなかった」
「そんなに珍しいんだ!」
「1999年7月28日の月食でもある人に修復してもらったんだけど、その人はもう亡くなってしまって」
「え〜〜〜!?」
「元々の結界をした人も、本当は皆既月食の夜にしたかったんだけど、もう寿命が残っていなかったから、その時の月食でしたのよね」
千里は少し考えた。
「もしかして私がその修復をするの?」
「お願い出来ないかと思って」
「その作業したら私も死んだりしない?」
「大丈夫だよ。1847年の時も1999年の時も、作業したのはおばあちゃんだったから」
「だったら大丈夫だね」
と千里は安心して言っているが、《きーちゃん》は、さすがにこの子に、あんたはあと1年半くらいで死ぬとは言えないよなあと思っていた。
この作業は寿命が残り2年以内の“人間”にしかできない作業でもあるのだ。
「だけど、江戸時代にモノレールがあったの?」
と千里は訊いた。
「え!?」
「だってあそこ空中にモノレールみたいな線路が2本あるから」
と千里は言っている。
《きーちゃん》は沈黙した。確かにあの付近に何かあるような気がした。しかし《きーちゃん》には何も見えないのである。
むろんモノレールの線路のわけがないのだが、何かの軌跡なのだろう。
「龍さんか何かの通り道かもね」
「へー」
「それで私、何すればいいの?」
「私のお友だちと一緒に幾つかのお宮さんに参ってほしい。千里ちゃんがお参りしながら一定の道を歩けばそこが結界になる」
千里は江戸時代っぽい着物に着替えさせられる。白い小袖にススキの模様が描かれている。帯は薄青色と白系統の色で花模様が織り込まれた博多織っぽい半幅帯だが、千里はそのあたりはよく分かっていない。しかし小袖の模様が可愛いので千里は
「これ可愛い〜」
と喜んでいる。
一緒に回ってくれるお友だちというのを紹介される。
「おエツです。よろしく」
と青系統でトンボの模様が描かれた小袖を着て、やはり博多織っぽい黄系統の半幅帯を締めている30歳くらいの雰囲気の女性が挨拶してくれた。
「千里です。よろしくお願いします」
とこちらも挨拶してから、千里は《きーちゃん》に訊いた。
「私の代わりに2001年に行っている人は何という方ですか?」
「え!?」
「ライトグリーンのトレーナーを着て、ブラックジーンズを穿いている」
「見えるの!?」
と《きーちゃん》が驚いたように訊く。
「向こうに小春がいるから、小春の目を通して見えますよ」
と千里は答えた。
「向こうで千里の代役をしているのは“おつう”ちゃん」
と《きーちゃん》は答える。
「3人お友だちなの?」
「まあそんなものかな」
食分は既に0.2くらいまで拡大している。千里は“おエツ”と一緒にこの“モノレールの終点”っぽい所の近くにある神社にお参りした。
古風な神社である。鳥居の所に大きな提灯が掲げられていて、何とか明神と書かれているが、その明神の上にある文字は千里には読めなかった。鳥居をくぐって10mも先には拝殿がある。ここでふたりは正式に、2拝2拍1拝でお参りした。お賽銭はエツが千里に渡してくれた小銭を使用した。
この小銭は丸い銅貨で四角い穴が空いている。千里は表面に浮き彫りにされた漢字を読んだ。
「かん・つう・えい・・・・じつ?」
「寛永通寶(かんえいつうほう)。この文字は最初に上下に読んでそれから右左と読むんだよ。左側の文字は似てるけど實(じつ:新字体実)ではなくて、寶(たから:新字体宝)ね」
「へー」
「銭形平次って、これを投げて相手をやっつける岡っ引きを主人公にした時代劇があったんだけどね」
「お金を投げて、それを拾っている内にやっつけちゃうの?」
「うーん・・・。どう説明すればいいのか」
とエツは困っていたようである。
(この時点で「銭形平次」は村上弘明版(2004-2005)は未放送。北大路欣也版は1991-1998年に放送され、水曜日20時台だったが。1998年は千里は小学2年生で原則として夜8時就寝だったし、水曜日は武矢不在で、津気子には時代劇を見る趣味が無かった。多分「ためしてガッテン」か「速報歌の大辞テン」を見ている)
最初の神社にお参りした後、少し細い道を歩いたら、エツは1軒の民家の玄関引戸を開ける。勝手に入っていいの〜?などと千里は思っているが、エツは中に入り、正面にある広い階段を登る。3階くらいまで行くと、廊下を通り、宴会でもしているような部屋を通って、やがて誰も居ない三角形の部屋にきた。その部屋の中に入ると、その奥にあった滑り台!を滑る。
これがかなり長い距離を滑り降りた。降りた下にあったドアを開けると、その真向かいにまた古風な神社があった。
さっきの神社と同様に大きな提灯が掲げられていて、何とか明神と書かれているのだが、やはり明神の上にある文字が千里には読めない。ここでもまた寛永通宝を1枚もらい、それをお賽銭にして、2拝2拍1拝でお参りした。
この神社にお参りした時、拝殿の階段の所に、おくるみに包まれた可愛い赤ちゃんが置かれていた。
「可愛い!女の子だよね?」
と千里は言った。
「さあ、どうだろう?」
「もし男の子だったら、女の子にしてあげたいくらい可愛いよ、この子」
「そうかもね」
と言ってエツは微笑んでいる。
「でもお母さんはどうしたんだろう?」
「お母さんは死んじゃったんだよ」
「え〜〜!?お父さんは?」
「お父さんも死んじゃった」
「じゃこの子1人?」
「そうかもね」
「可哀相!こんなに可愛い子なのに。誰か育ててあげられないのかな?」
「もし誰もいなかったらどうする?」
「困ったなあ。私が大人だったらこの子を育ててあげたいくらいだけど」
「千里のその気持ちだけで、きっとこの子は救われるよ」
そんなことを言っていたら、ちょっと不思議な夫婦(?)がやってきた。
その夫婦(?)は背の高い男性が小袖に女帯を締めていて、背の低い女性が男物の服を着て羽織袴姿なのである。ふたりもその拝殿の前の赤ちゃんを見て困惑したように抱き上げて話し合っている。やがて2人はその子を連れて帰っていった。
「あの人たちが育ててくれるのかな?」
「そうかもね」
とエツは言った。
「でも千里ちゃんがこの子を助けたいと思ったから、あの夫婦が来てくれたんだよ」
「へー!でも良かった」
千里たちは次の神社に行くのに、今度は“藪知らず”のような林の中を通り抜けてやっと到達した。4番目の神社に行くのには、水着に着替えて泳いだ!
「この水着可愛い!」
「気に入ったらあげるよ」
「ほんとに?」
千里はこのようにして、月食が始まった22時半頃から、食が最大となった0時頃まで、1時間半ほどの間に様々なダンジョン?を通り抜け12個の神社にお参りしたのである。
12番目の神社にお参りした所に《きーちゃん》がいた。
「お疲れ様。これでかなりよく引き締まったと思う。元の所に戻すね」
「うん」
病院の一室。若い妊婦とその夫が医師の説明を受けていた。
「よかった。じゃもう大丈夫ですか」
「何とか安定した感じですね。念のため1日休んで明日退院になさいませんか」
「そうします」
千里はいつの間にかホテルの屋上に居た。
桜井先生が
「さあ、もう12時だから、寝ようか」
と声を掛け、みんな立ち上がってぞろぞろと部屋に戻った。
「だけど戸坂先生が言ってた、携帯電話の話、本当にその内携帯電話でテレビが見られたり、買物ができたりするようになるかも知れないね」
と玖美子が言う。
「桜井先生が言ってた件はどう思う?千里」
と蓮菜が訊いた。
「携帯電話がお財布になるって話?私なら携帯電話を落としそうで恐い」
と千里が言うと
「確かに千里は落とし物・忘れ物が多い」
と穂花も言っていた。
千里がすんなりとお返事したので、蓮菜は腕を組んで何か考えていた。
なお10時半に起きられなかった恵香は結局朝まで寝ていて
「え〜!?もう終わっちゃちゃったの?起こして欲しかった」
などと言っていたが
「起こしても起きなかったじゃん」
と言われていた。
翌日、2001年7月6日(金)は北海道伝統美術工芸村を訪れた。雪の美術館・優佳良織工芸館・国際染織美術館という3つの施設が並んでいる。近年特に観光客に人気なのは雪の美術館である。館内が美しく雪をテーマにレイアウトされているが、ここで「お姫様体験・王子様体験」というのがあり、各クラスから1名選んでしてもらえるということであった。
「よし、じゃんけん」
ということで、男子・女子おのおのジャンケンで体験する人を決めた。女子では千里は最後まで残ったが、最後のジャンケンで玖美子に負けた。
千里は「負けた〜!」と言って悔しがったが、そういう千里を蓮菜が腕を組んで見ていた。
留実子は男子の方のジャンケンに参加。そして最後まで残って、美事王子様体験を勝ち取った。
「花和の王子様はちょっと見てみたい気がする」
「なんか格好良い王子様になりそう」
というので、これは男子からも女子からも期待度が高かった。
2人は2組で選ばれた2人とともに、他の児童とは別れて、着付け・メイクをしてもらう。
他の子は美術館の中を見てからお姫様体験コーナーに戻った。4人の着付けが終わっている。
「花和かっこいい!」
という声が2組の男子からもあがっていた。
「花和くんのお嫁さんになりたい」
と女子たちからも声があがり、留実子は得意そうであった。
留実子は女物の服を着ればけっこう女に見えるのだが、こういう格好をすると男にしか見えないのである。かなりの美男子である。
「花和くん、女の子を両腕にぶら下げたりできる?」
などという声が出る。
「軽い子なら」
「だったら、優美絵ちゃんと萌花ちゃん」
それで2人がぶらさがろうとするのだが、優美絵は腕力が無さすぎてぶらさがっていられない。すぐ落ちてしまうので記念写真が撮れない。
「千里ならできるよね?」
とお姫様の格好をしている玖美子が言う。
「私でいいなら」
と言って、留実子の右腕にぶらさがった。萌花より千里の方が重いので、千里が右腕の方がよい。
この状態で記念写真を取り、2組で王子様の衣装を着けた前川君も「すげー!」と言っていた。もっとも前川君が留実子の性別を認識しているかは微妙だなと千里は思った。
昨日はラーメン村で食事したのだが、この日は空港に行き、空港見学した上で(結果的にピーク時間をずらして)空港内のレストランで昼食を取った。その後旭岳ロープーウェイに行き、上に登って姿見池までの散策コースを歩いた。
ここで体力の無い子は夫婦池の所で駅に戻って良いということで、主として女子で姿見池まで行く自信の無いという子が戻っていっていた。鞠古君や祐川君などが「戻ろうかな」などと言っていたが、留実子が鞠古君に「一緒に行こうよ」と誘うので、鞠古君は頑張ることにした。でも祐川君は帰った。
千里は、蓮菜・恵香・穂花・美那などのグループでしっかり姿見池まで歩き通し、旭岳が池に映る美しい姿を見ることができた。
「鞠古もこれで男になることができたな」
などと留実子が言うと
「花和もこれで男になれたな」
と鞠古君が言い、留実子は嬉しそうにしていた!?
この2人の感覚はよく分からないと思う千里であった。
旭岳を降りたらその後はバスでまっすぐ留萌に戻った。到着は18:30の予定だったのだが、実際には18:20くらいに到着した。それで結構親が迎えに来るのを待っている子も多かった。
千里は今日は金曜日で父が帰港する日なので、母は父にかかりっきりであり迎えには来ない。留実子は両親が共働きで時間の自由が利かないのでお迎えは無い。それで一緒にバスで帰ろうと声を掛け、学校を出てバス停に行こうとしていた。ところがそこに早めに迎えに来ていた鞠古君のお母さんが声を掛けてくれた。
「花和さん、送っていくよ。そちらのえっと、千早ちゃんだったっけ?も」
「すみません。千里です」
「あ、ごめーん。よく一緒に遊んでいるよね?おうちどこだったっけ?」
「**町なんですが」
「ああ、花和さんの家の近くなのね。あなたもお迎え無いの?」
「はい」
「だったら乗って行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
それで千里がシャレードの助手席に乗り、留実子と鞠古君が後部座席に乗って、自宅まで送ってもらった。実際には千里は留実子の家の所で一緒に降りた。
「ちょっと寄っていきたかったので」
「あらそう。今日はお疲れ様」
「送ってくださってありがとうございました」
それで千里は留実子の家に一緒に入る。
「そのスカートを穿き替えたいんでしょ?」
と留実子が言う。
「そうなのよね〜。お父ちゃん帰っているから」
「お父さんがいても堂々とスカート穿いていればいいのに」
「そのあたりは色々と・・・」
「まあいいや。そうだ、僕またスカートを親戚からもらっちゃったから千里にあげるよ」
「ありがとー。助かる」
それで千里は留実子の家で、そこに置いている!自分のズボンに穿き換え、ついでに留実子からまたスカートなど女物の服をもらって紙袋に入れて、歩いて帰宅した。
父は今週は大漁だったと言ってご機嫌でサッポロビールを飲んでいた。
「ただいまあ」
「おお、帰ったか。千里、お前も飲め」
「小学生がお酒飲んでたら逮捕されるよ」
「何だ。面白くないな。津気子も飲まないし」
「お母ちゃんは病気が全快するまで、そんなの飲めないよ」
「まあいいや。刺身食え」
「うん。もらう。いただきまーす」
と言って千里はお刺身を食べていたが、母は千里の胸の付近がどうも気になるようであった。
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【少女たちの修復】(1)