【少女たちのドミノ遊び】(1)

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2000年夏、留萌。
 
津気子が出席した町内会の会合で、神社の宮司さんのことが話題になった。 
「ご病気なんでしょうか?」
「病気という訳ではないようですが、体調が悪いようですね」
「毎月の家々の巡回も昨年冬以来止まっていますし」
「夏祭りは何とかこなして、秋祭りも頑張るとはおっしゃってるようです」
 
「宮司さん、息子さんとかはおられないんですか?」
「息子さんはふつうの会社勤めなんですよ。でもお孫さんが、僕が神社の跡取りになるとか張り切っておられて」
「おお!」
「今高校生なのですが、高校を出たら、伊勢の皇學館大学に行って神職の資格を取ると言っておられるらしいです」
「だったら神職の資格を取るのにあと5〜6年くらいですか?」
「そんなものでしょうかね」
 
「それまでは何とか宮司さん、頑張って欲しいけどなあ」
 

「暢ちゃん、ほんと背が高いよね〜」
とクラスメイトの澄香が若生暢子に言った。
 
「うちはお父ちゃんもお母ちゃんも背が高いから」
と暢子は答える。
 
「今度、9月10日にバレー部の大会があるんだけど、暢ちゃん、ちょっと出てくれないかなあ。市民体育館でやるんだよ」
 
「ふーん。でも私、バレーとかしたことないよ」
「大丈夫だよ。飛んできたボールが地面に付かないよう打ち返すだけだから。試合見てたらすぐ分かるよ」
 
「バレーは背が高いほど有利なんだよ」
「背が高いのがいいのなら、男子に頼めば?」
「試合は男女別だもん」
「ああ、なるほど」
 
「10日9時に市民体育館だからよろしくね」
「了解〜」
 

「ね、ね、和哉君、今度9月10日にさ、バスケットの試合があるんだけど、和哉君ちょっと出てくれないかな」
と和也はクラスメイトの容子から言われた。
 
「えー?でもぼく、運動は苦手だよ」
「うん。だから立ってるだけでもいいから」
「何それ〜?」
 
「バスケットの試合ってさ。最低10人居ないとできないんだよ」
「5人かと思ってた!」
 
「小学生のミニバスは面倒なんだよ。試合は5分クォーター(*1)を4クォーターするんだけどね。この内、1〜3クォーターまでの間に10人以上の選手を出さなければならないのと、1人の選手が1〜3クォーターに連続して出場してはいけないというルールがあるんだよ。2〜4の3連続出場はOK」
 
「ごめん。意味が分からなかった」
 
(*1)ミニバスの試合時間は日本ミニバス連盟方式では6分クォーター(国際ルールでは10分クォーター)なのだが、5分とか4分で行われることも多い。また地域差もある模様。ミニバスはとにかくローカルルールが多すぎる。通常3Pシュートは適用しないが、地域によっては3Pがある地域もある。ショットクロックも30秒の所と24秒の所がある。
 

「要するに、10人の選手がいたら、第1クォーターに最初の5人を出して、次のクォーターに残りの5人を出して、第3・第4クォーターは強い人5人で出て、みたいな出し方をするんだよね。まあこのあたりはチームによって色々あるけど」
 
「ああ、そう言ってもらうと少しは分かる」
 
「これ元々、特定の子ばかり出るんじゃなくて、みんな出られるようにしようということで決まったルールなんだけど、うちみたいな田舎の学校ではそもそも10人そろえるのが辛くてさ」
 
「確かに」
「何とか9人まで集めたんだけど、あと1人どうしても足りないのよ。だから、本当に立ってるだけで、何もしなくていいから、出てくれない?」
 
「まあ立っているだけならいいよ」
と和哉は同意した。
 
「やったぁ!よろしくね。10日9時に市民センターだから」
「分かった。行くよ」
と答えてから和哉はふと疑問を感じた。
 
「ねぇ。バスケットの試合って男女混合なの?」
 
「国際ルールでは男女混合ですることになっているんだよ。でも日本では男子のみ、女子のみのチームが圧倒的」
 
「容子ちゃんのチームは男女混合なの?」
「女子のみだよ。当然女子の部に参加する」
「ぼく男なんだけど〜?」
「大丈夫。和哉君は充分女の子に見える」
 
「そんなぁ」
「会場でトイレ行く時は女子トイレ使ってね」
 

2000年8月下旬。
 
小学4年生の千里は母が「乳癌で手術を受ける」という話を聞いて驚いた。 
「お母ちゃん、死んじゃうの?」
と悲しい目で見て千里が言うので、母の方が苦笑する。
 
小学生の千里には、癌=死の病というイメージがあった。
 
「死んだりしないよ。乳癌と言っても、ごく初期のものなんだよ。職場の健康診断で分かったんだよ」
と母はことさら明るい表情で説明した。
 
千里の母はずっと専業主婦をしていたのだが、最近父の船の漁獲高が減ってきており、家計は次第に苦しくなってきていた。それでこの2月からパートに出ていたのだが、7月に職場の健康診断を受けたら、ごく初期の乳癌が見つかったのである。
 
「小さい癌だから、おっぱいをちょっと切るだけ。おっぱいそのものもちゃんと残せるんだよ」
と母は説明する。その他に放射線療法やホルモン療法をすることまでは説明を省略する。
 
「ほんとに大丈夫?大丈夫?」
と千里が心配そうに訊くので、
「大丈夫だって。でもお母ちゃんが入院する日だけは千里が御飯作ってね」
と言うと、
「私、頑張る!」
と千里は言った。
 

千里は神社で神様にお願いする方法として、以前聞いていた「お百度」というのを踏んでみることにした。近所の稲荷神社に行き、鳥居の所から拝殿の所まで歩いて行って2礼2拍1礼でお参りし、鳥居の所まで戻る。これを100回繰り返す。
 
千里は心の中で数えながらやっているのだが、数え間違わないように小春がチェックしてくれた。
 
「100回行った?」
と千里が訊くと
「千里102回やった」
と小春は答える。
 
「あれ〜?でも多いのは構わないよね」
「うん。OKOK」
と小春が言うので、千里は満足して自宅に戻った。
 

千里が帰っていったのを神殿の中から頬杖を突いて見ていた大神様は小春に言った。
 
「お百度踏んで頼まれても、私たちには何もできないんだけどねぇ」
 
「そんなこと言わずに何かしてあげられませんか?千里にはこれまで大神様も色々助けてもらっているでしょう?」
と小春は言う。
 
「それを言われると辛いが、神様は医者ではない。私たちは無闇に人の寿命を変更することは禁じられている」
 
ふーん。「できる」けど「故無くしてはいけない」のか、と小春は大神様の言葉から感じ取る。以前千里の寿命を延ばしてくれたのは、ちゃんと理由があったからなのだろう。
 
「で、ここだけの話、千里のお母さんは大丈夫なんですか?」
「死ぬけど」
 
とあっさり大神様は言う。
 
「転移でもしてるんですか?」
 
「今回乳癌が見つかったけど、あの女、あちこち爆弾を抱えている。卵巣も肝臓も大腸もやばい。今回の治療で乳癌の患部を摘出した後、放射線療法をすると思うけど、そこで放射線を浴びることで、卵巣で発生しかかっている癌が発生する」
 
「それ転移ではないのですね?」
「違う。元々長年の不摂生がたたって、あの女の身体はぼろぼろの状態にあるんだよ。まああの女は来年の春くらいまでには死ぬし、千里もあと2年半の命だし」
 
「うーん・・・」
 
千里の寿命は本来6歳までだった。しかしここの神社が変な悪霊に占領されていたのを、その悪霊を倒して、神様が入れるようにしてくれたお礼に、倍の12歳まで伸ばしてもらったのである。
 
「でもお母さんが死んで、千里も死んだら、あの一家もどうにもならなくなりますね」
 
「女房が死んだショックで落ち込んだ千里の父も操船をミスって海の事故で来年の秋に死ぬ。だからまず両親が死んで、姉妹だけになり、優芽子伯母の所に引き取られた後で、姉の千里も死んで結局は玲羅がひとりになってしまう。でもあの子はたくましいから、何とかひとりで生きて行くよ。愛子が優しいから玲羅の面倒見てくれるし。小春、お前、千里が死んだら玲羅に付いていてあげるといい」
 
と大神様はおっしゃる。
 
「はい」
とは答えたものの、小春は何とかならないものかと考え込んだ。
 

「ところで大神様は、この神社の宮司さんの健康問題はどう思われます?」
と小春は尋ねた。
 
「なんかあの人も怪しげだよなあ」
と大神様は嘆くように言う。
 
「かなり体力が衰えている感じがするのですが」
「宮司の寿命はまだ20年くらい残っている。しかし今のままだと寝たきりに近い状態になって、またまた神社の祭礼が滞りかねんと思っている。孫が継ぐと言っているらしいが、神職の資格取るまでに時間が掛かるし、神職になってもいきなり宮司の仕事はできんよ。10年は修行しないと。祝詞ひとつあげるのにもまともな抑揚で唱えられるようになるまで、そのくらい掛かる」
 
「宮司さんの体力を回復させる手は無いものでしょうか?」
「彼の場合は、精神的なものが大きい。何かで自信回復すると、かなり変わると思うのだけどね」
「たとえば?恋人でも作っちゃいます?」
 
適当なおばあちゃんを宮司さんに惚れさせちゃおうかな、などと小春は考える。亭主に先立たれたおばあちゃんはこの町には多い。
 
「恋人を作るのはいいが、既に男性機能が消失してるから、よけい自信を失うかも知れんぞ」
「うーん・・・」
 
そういえば宮司さん、6年前にここに赴任してきた時に既に、もう自分は立たないとか言ってたなと小春は思った。男性って大変だなあ。やはり私、次も女にしてもらうよう、よくよくお願いしよう、などと小春は考えていた。 

千里たちの小学校で、テレビ局の企画に乗って、ドミノ倒しが行われることになった。学校の体育館いっぱいにドミノを並べ、それが倒れていく所を撮影して放送するというものである。
 
「何枚くらい並べられるもんですかね?」
と教頭先生がテレビ局の人に訊いている。
 
「この広さあれば2万枚は確実だと思うんですよ。あとはレイアウト次第で、詰め込めばひょっとしたら5万枚くらい」
 
「でも単純に詰め込むんじゃなくて、色々な形とか絵とかを表現した方がいいですよね」
「ええ。そのあたりで各々の学校の個性が出てくると思うんですよ」
 
他の学校でやった例をビデオで見せてもらった上で、体育館を12区画に分け、各クラスでドミノのデザインを考えましょうという説明がなされた。それで各クラスでは黒板に自由に絵を描いたりしながら、デザインを詰めていった。もっとも1〜2年生にはデザインするのは無理だろうということで、5−6年生が1〜2年生が並べる部分のデザインまで考えることになった。
 

4年1組でそのデザインを考えていた時、佳美が唐突に
 
「そういえば校長先生がドミノ倒し手術をしたんだって」
 
と言うので、千里は「ん?」と思ったのだが、医学関係に詳しい蓮菜が修正する。 
「ドミノ倒しじゃなくて、ドミノ移植手術だよ」
 
「それどういうの?」
「校長先生は腎臓が悪いから、ドナーの人から腎臓の一部をもらったんだけど、その校長先生の腎臓を、もっと腎臓が悪い人に移植したんだよ」
 
「悪い腎臓を移植していいわけ?」
「もう腎臓が機能してなくて、人工透析しなければ即死んでしまうような人だと少々質の悪い腎臓でも、充分役に立つから」
と蓮菜は説明する。
 
「新しいサッカーシューズ買ってもらった子が今まで履いてたサッカーシューズをサッカーシューズ持ってない子に譲るような話?」
と留実子が言う。
 
「そうそう!まさにそういう話なんだよ」
と蓮菜。
 
「なるほどー!それなら分かる」
と佳美も納得した。
 

「でもなんでそれドミノって言うの?」
と穂花が質問する。
 
「ドミノ倒しではひとつの牌が倒れることで隣の牌が倒れるけど、その牌がまたその隣の牌を倒すでしょ? だから連鎖的に次の人へと送っていく様子がドミノ倒しに似てるんで、ドミノ移植と言うのよ」
と蓮菜。
 
「なんだ。結局、ドミノ倒しなのか」
と佳美が言う。
 
しかしその話を千里の隣の席で聞いていた小春が「はっ」という顔をした。 

その日の深夜、小春は千里を神社に連れ出して、大神様の前に連れてきた。 
小春は昼間千里たちのクラスにいた時は小学生の姿だったのに、今は25-26歳くらいの姿になっている。小春ってなんでこんなに見た目の年齢がコロコロ変わるんだろう?と千里は時々不思議に思っていた。
 
「一体こんな時間に何の話をするのじゃ?」
と大神様は少々不機嫌である。
 
「ちょっとしたドミノをやって4人を助けようという計画なんです」
と小春は説明した。
 
「4人?」
と大神様はいぶかる。
 
「千里はこういう話は冷静に聞けると思うから言っちゃうね」
「はい?」
「とりあえず千里、あんたはあと2年半で死ぬ」
と小春が言うと
 
「え〜〜〜!?」
と千里が言って絶句する。
 
「それからあんたの母ちゃんはあと半年くらいで、父ちゃんは1年くらいで死ぬ」
「うっそー!?」
 
大神様の機嫌が悪化している。寿命などというものを安易に人間に告げるのはよくないことである。
 
「その3人の命を助けて、更に健康を害している宮司さんも回復させようというアイデアなんだよ」
と小春は言う。
 
「ほほぉ」
と大神様は初めて小春の話に興味を持ったようである。
 

「千里のお母ちゃんは明日入院するよね?」
「はい。二泊三日で入院して、明後日乳癌の手術です。でも心配要らないからと言われたのに」
 
「千里のお母ちゃんの治療方針を簡単に説明すると、乳癌のできている部位を手術で取った後、放射線の照射、そしてタスオミンという抗エストロゲン剤を投与する。この治療はたぶん半年くらい続く」
 
「放射線って危なくないの?」
と千里は訊く。
 
「実はそれが問題なのさ」
と小春は言う。
 
「放射線治療は乳癌が再発しないようにするためのものなんだけど、その照射で確実にお母ちゃんの体力は奪われるし、おっぱい以外の部分に負荷が掛かる。特に卵巣には負担が掛かる。更に抗エストロゲン剤を入れることで更に卵巣に負荷が掛かる。その結果、お母ちゃんは半年後に今度は卵巣癌ができてしまうんだよ。ところが医者はこれを見落とす。それであんたのお母ちゃんは亡くなることになる」
 
その説明を千里はじっと聞いていた。そして小春に訊いた。
 
「それでどうするの?」
 
「泣かないね」
と大神様が感心したように言う。
 
「泣いてる場合じゃないみたいだから。小春の計画に私は乗るよ。私も何かしないといけないんだよね?」
と千里は言った。
 
「実はそうなんだよ。放射線治療と抗エストロゲン剤で卵巣がダメージ受けるわけだから、あらかじめお母ちゃんの卵巣を身体から外しておこうという魂胆なんだよね。そして半年後に乳癌の治療が終わった所で戻す」
 
「その間、どこに保管しておくの?」
「それを千里、あんたの体内に保管しちゃおうと思っている訳」
 
「保管できる?」
と千里は冷静に訊く。
 
「卵巣とか睾丸って、あまり拒絶反応を起こさないんだよ。他の臓器と違って。だから保存できる」
 
「へー!」
「ただ千里は男の子だから、男の子の身体に卵巣を移植すると、睾丸と作用が対立して、どちらもパワーダウンする。だから、千里の睾丸は取っちゃう」
と小春は言う。
 
「取ってもいいよ」
と千里は言う。
 
「但し半年間だけね。半年したら戻す」
 
「じゃ私の睾丸もどこかに保管しておくの?」
「うん。それを宮司さんの身体に放り込んでしまうというのでどうでしょう?」
と小春は大神様の方を見て言う。
 
「なかなか面白い。それは行けるかも知れない」
と大神様は小春の提案に興味を持ったようである。
 
「お父ちゃんはどうなるの?」
と千里が尋ねる。
 
「お父ちゃんが死ぬのは、お母ちゃんが死んで意気消沈するからなんだよ。だから、お母ちゃんが死ななかったらお父ちゃんも死なない」
 
「良かった!」
と喜ぶ千里を見て、大神様は複雑な思いを持った。確かに小春の提案を実行すれば、それで千里の両親は助かり、宮司も10歳の男の子の睾丸を移植すれば性的な能力が高まり、そこから精神的にも回復するだろう。しかし・・・ 
千里の寿命だけはどうにもならん。
 
そのことに千里は気付いていないようである。自分もこの子の寿命を延ばしてやりたい気持ちはあるが、故なくそのようなことをすることは許されない。 
大神様はあることに気付いてこう言った。
 
「千里の睾丸って、実は機能していないということは?」
 
「あっ。そうかも」
と小春もその問題に気付いたようである。
 
「だったらこうしよう」
と大神様は言う。
 
「千里の睾丸を宮司に移植するのではなく、千里の父ちゃんに移植してしまう。あいつ少し乱暴すぎるから、睾丸の機能を落としたほうがまともになる」
 
「言えてる!」
と小春が言う。
 
「それで千里の父ちゃんの睾丸を宮司に移植する」
「ああ、それでいいですね」
 
「宮司さんのタマタマはどうするの?」
と千里は質問した。
 
「どうする?」
と大神様と小春は顔を見合わせる。
 
「どうせもう使い物にならないんでしょ?捨ててもいいのでは?」
「よし。宮司の睾丸は捨ててしまおう」
 
「でもそれ半年後はどうするの?」
と千里は再度質問する。
 
「逆に戻していけばいい」
と小春は言う。
 
「千里の体内に保管した卵巣をお母ちゃんに戻す。父ちゃんの体内に保管した睾丸を千里に戻す。宮司の体内に・・・・あ、しまった!」
と小春は自分のアイデアに欠陥があることに気付いてしまった。
 
「宮司さんの睾丸もどこかに保管します?」
と千里。
「いや。宮司の睾丸は外せない。宮司さんせっかく元気になっても元の睾丸になったら、また元気を無くす」
と小春。
「千里の父ちゃんの睾丸も戻さない方がいい気がするぞ。戻せばきっとまた暴力的になる」
と大神様。
 
「だったら、千里は睾丸無しにしちゃえばいいんですよ」
「なるほどー!」
 
「千里、あんた睾丸要る?」
「要らなーい。無い方がいい」
 
「だったら、半年後にするのは、千里の体内に保管した卵巣をお母ちゃんに戻すだけ。その後のドミノは放置」
と小春は言った。
 
「よし。そうしよう。今すぐ実行していいか?」
と大神様。
 
「はい!」
と千里と小春は言う。
 
「この結果、千里、お前はこれから半年ほど、睾丸が無くなり、卵巣が体内に入ることで、少し女性化すると思うが」
 
「女性化したいです」
 
「半年後にはその卵巣もお母ちゃんに戻すから、お前は睾丸も卵巣も無い状態になるが」
「構いません」
 
「この子にはその後も何らかの形で男性ホルモンか女性ホルモンのどちらかを摂取できるようにしてあげましょう」
と小春。
 
「うん。それはお前に任せる」
 
「男性ホルモンは嫌。できたら女性ホルモンにして」
と千里は言う。
 
「まあそのあたり詳しいことは後で」
と小春は言った。
 
「では実行する」
と大神様は言う。
 
「まず・・・・宮司の睾丸を・・・・廃棄した」
「ああ」
 
「どこに捨てたんですか?」
「宮司宅の生ゴミ入れに放り込んだが」
「うーん。まあいっか」
「どうせ気付かんよ」
「確かに」
 
「次に千里の父ちゃんの睾丸を・・・・宮司に移植した」
「これで宮司さん元気になるかな」
 
「明日の朝はたぶん10年ぶりくらいに朝立ちするだろう」
「朝立ちって何ですか?」
と千里が質問する。
「ああ、千里は朝立ちの経験は無いだろうな」
と小春が言う。
「まあ女の子は知らなくてもいいよ」
と大神様が言う。千里は首をひねっている。
 
「次に千里の睾丸を・・・父ちゃんに移植した」
「あ、無くなってる。嬉しい!」
と千里は喜ぶ。
 
千里はつい先日見た「夢」の中で、自分のご先祖っぽい4人のお婆ちゃんたちに男性器を切除されたことを思い出していた。あの夢を見た後、触ってみたら無くなってはいなかった。しかし「存在感」が薄らいだような気はしていた。 
「最後に母ちゃんの卵巣を・・・・今千里の体内に入れた」
 
千里がうずくまる。
 
「どうした?」
と大神様が声を掛ける。
「なんか凄く変な気分」
と千里。
 
「まあ女性ホルモンが急激に体内に入ったから、生理が来たようなもんだね」
と大神様。
 
「その状態に慣れるまで数日は気分が悪いよ」
と小春。
 
「分かりました。我慢します」
と千里は言うが、きつい〜と思った。
 
「この後、だいたい毎月1回、こんな感じで気分が悪くなるから」
「それが生理ってやつですか?」
「生理のこと知ってる?」
「あまり詳しくは知らないです」
 
「だったら小春、よくよく教えてやれ」
「そうだね。女の子にはとっても大切なことだからね」
と小春は優しく言った。
 

例によって、千里は朝、ふつうに布団の中で目覚めた。小春と大神様と話した内容はまるで夢の中のできごとのようである。
 
千里はそっと自分のお股に手をやった。
 
そして物凄く嬉しくなった。頭痛と腹痛がするのは、今日は頑張って我慢しようと思った。でもバッファリンを薬箱から出して自分のポーチに入れておいた。
 

その日、千里や玲羅が学校に行っている間に母・津気子は入院した。旭川の美輪子叔母が会社を休んでサポートに来てくれていた。千里と玲羅は学校が終わってから母の入院した病院に行った。
 
「考えてみたら、姉ちゃん厄年だったもんね」
と美輪子が言う。
 
「そう。やはり厄年ってきくもんかなあと私も思ったよ」
と津気子も言う。
 
「厄年ってなぁに?」
「病気したり事故にあったりしやすいと昔から言われている年齢なんだよ。女は数えの19,33,37歳」
「へー」
「お母ちゃんは1967年生まれで今年は数えで34歳になるけど、厄年の前後も前厄・後厄といって要注意なんだよ」
「大変なんだね」
 
「去年は何事もなく過ぎたなあと思っていたんだけど今年来たね」
「厄年って、むしろ前厄や後厄で来ることも多いと言うよ」
「だね〜」
 

「明日手術するの?」
と千里は訊く。
「うん。でも大丈夫だからね」
と母は笑顔で千里たちに言う。
 
「私、お母ちゃんが助かりますように、神様にお願いしたから大丈夫だよ」
と千里は言った。
 
「ありがとう」
と母も言う。
 
「しかし千里はますます女らしくなってるな」
と美輪子が言う。
 
「それ私の悩みなんだけど」
と津気子。
 
「私もそろそろ生理来るかなあ」
などと千里が言うので
「そうだね。ここ1〜2年の内に来るかもね」
と美輪子は優しく言った。
 
その日の夜は美輪子が千里・玲羅と一緒に自宅に戻り、美輪子が晩ご飯を作ってくれたが、実際には3分の1くらい千里が手伝った。
 
「あんた、料理がうまいね」
と美輪子は言う。
「いつもしてるもん」
と千里。
 
「女の子はお料理ちゃんとできないといけないからって、色々教えてもらってるよ」
「そうだね。女の子はそういうの覚えた方がいいね」
 

翌日、千里と玲羅が学校を終わってから病院に行くと、母の手術はもう終わったと言われた。
 
「手術自体は簡単で1時間も掛からなかったよ」
と付き添ってくれていた美輪子叔母が言う。
 
「良かった。お母ちゃん大丈夫?」
と千里は訊く。
 
「ちょっと痛いけど大丈夫だよ」
と母は無理して笑顔を作って言った。
 
「悪い所はちゃんと手術で取ったから、もう大丈夫だよ」
と美輪子も言う。
 
「お母ちゃんが早く良くなるように、私おまじないしてあげるね」
と千里は言うと、小春から言われた場所、津気子の肝臓の上に手を置くと、目を瞑って、小春から教えられた呪文を心の中で唱えた。
 
「それ、なんか効いているような気がするよ」
と津気子は言う。
 
「そこちょうど肝臓の上付近だね」
と美輪子が言うと
 
「お母ちゃんの肝臓が弱っているみたいだもん」
と千里が言うので、津気子はハッとしたような顔をした。
 
するとその様子を見て、美輪子が言った。
 
「お姉ちゃんさ、村山さんが帰港した時、晩酌するのにお姉ちゃんまで付き合ってない?」
「うん。それで結構飲んでいる気はする」
 
「病気したのを機会にさ、もうアルコールは飲まないようにした方がいいと思う。お姉ちゃん、村山さんの不規則な生活に合わせる一方で、学校に行ってる子供たちの世話もして、それでパートにも出てというのでは身体がもたないよ。いつまでも若い時みたいに無理は利かないから、取り敢えずお酒は医者に停められたからとか言って、もう飲まないようにしなよ」
 
「それ少し考えてみる」
と津気子は言った。
 

津気子が入院したのが火曜日で、水曜日に手術をし、木曜日には退院した。美輪子は当初木曜まで休んで津気子のサポートをする予定だったのだが、結局、翌金曜日も滞在して、その日に漁から戻ってくる武矢のサポートをしてくれた。津気子のヴィヴィオを出して漁港から自宅まで武矢と荷物を運ぶ。荷物を運ぶのは千里も手伝った。
 
「美輪子さん、すみませんね。こういうのまでしてもらって」
「津気子姉ちゃんはしばらく静養させた方がいいですから、車で迎えに行ったりもしばらくできないかも知れませんが、必要ならタクシーとか使って下さい」
 
「そうだな。あれにも無理させてるし」
と武矢も少し反省するような言い方をする。
 
「少々の荷物なら、私も自転車で運ぶよ」
と千里。
 
「お前、自転車乗れたんだっけ?」
「だいぶ練習したもん」
 
千里は昨年、友人のお姉さんが「もう古くなったから捨てようかな」と言っていた自転車をもらってきて、頑張って練習して運転できるようになっている。ちゃんと学校で「自転車試験」にも合格して《自転車免許証》を発行してもらった。(この自転車は千里が高校3年の時まで活躍した) 
「じゃ、頼むかも知れん」
と武矢は言っていた。
 

ところで千里の《自転車免許証》だが、それを見た美輪子が面白がっていた。 
「なんでこれ性別女になってるの〜?」
 
この免許証には《留萌市立N小学校・1997年度入学・村山千里・女》と書かれているのである。
 
「担任の先生が私のこと、最初女子だと思っていたんだよ。それでこういう記載になった」
「でもこれ提示求められたときに困らない?」
と美輪子は言ったものの
 
「いや、千里は性別男と記されていた方が揉めるな」
と言い直した。
 
「それ友だちからも言われた」
 
千里は「こういうのもある」と言って、市立図書館のカード、病院の診察券、ファンシーショップのお客様カード、なども美輪子に見せた。
 
「美事に女になってるなぁ」
と美輪子は言ってから少し考えて言った。
 
「千里、あんた実はもう法的にも女になっているということは?」
「よく分かんなーい」
 

その日の晩ご飯も千里と美輪子で作る。武矢が持ち帰った雑魚は千里がきれいにさばいて、刺身や焼魚で出した。
 
「お魚さばいたのは美輪子さん?」
「いえ、千里ちゃんがさばきましたよ」
「お前、魚さばけたっけ?」
 
「うん。小学1年の時からお母ちゃんから習ってるよ。漁師の娘なら魚くらいさばけなきゃって。寄生虫もちゃんと見つけるよ」
 
「漁師の娘?」
「あ、息子の間違い」
 
美輪子が苦しそうにしていた。
 
夕食がはじまり、武矢は日本酒を熱燗にしてもらい晩酌するが(熱燗にするのは千里がやってやった:母にお酒を触らせないためである)、
 
「津気子、お前も退院したんなら飲めるか?」
などと言う。
 
津気子が困ったような顔をしていると美輪子が言った。
 
「お兄さん、津気子姉さんは手術終わったばかりで、お酒は当面飲めないよ。医者からもしばらくアルコールは取らないでくださいと言われてたよ」
 
「そうか。残念だな。じゃ当面晩酌はひとりでするよ」
と武矢は本当に残念そうに言う。
 
実は美輪子が残ったのは、これを武矢に言うためであった。気の弱い津気子ではちゃんと言えないのではと心配して、滞在を延長したのである。
 
「千里、あんた母ちゃんがお酒飲んだりしないよう気をつけてて」
「うん。分かった」
 
しかし津気子は武矢の反応に少し違和感を覚えていた。これまでの武矢なら、そんな医者の言うことなんかいちいち聞かなくていいとか言って、無理強いしかねなかったのである。美輪子がこの場にいるせいだろうか? そもそも今日の武矢は普段よりおとなしい感じである。もしかしたら、自分が大病をしたのでさすがに少し心配してくれているのかな、と津気子は思った。 

美輪子は結局10日(日)の朝まで滞在した。そして旭川に帰る時、千里と玲羅を旭川まで連れて行った。この日の晩ご飯、月曜日の朝御飯は暖めればいいだけにしておいた。
 
この日は7月29日に亡くなった千里の祖父(武矢の父)十四春の四十九日法要が行われるのである。
 
本来十四春の四十九日は9月15日だったのだが、都合の悪い人が多かったことからその前の週にすることになった。またしばしば四十九日が命日の翌々月になることを嫌って三十五日で喪明けとすることも多いのだが、十四春の場合、三十五日でも9月1日になり、結局翌々月になるため、本来の日程の直前日曜日に法要をすることになった。
 
今回の法要に千里と玲羅の2人だけで行くことになったのは、津気子は手術したばかりで、とても動けないし、武矢は月曜日早朝から船を出さなければならないので、日曜日に遠くまで行って疲れるのは避けたかったからである。
 
しかし武矢の目が無いのをいいことに、千里は家を出る時こそズボンを穿いていたものの、旭川に行く途中でスカートに穿き替えてしまった。
 
「あ、それ私が昔穿いてたスカートだ」
と美輪子が言う。
 
「私の服は美輪子お姉さんのお下がりが多いんだよね〜」
と千里は言っている。
 
「私のことを『お姉さん』と言うのは、よく分かっておる」
と美輪子。
 
玲羅は千里のスカート姿を普通に見ているので、特に何も言わなかったが、なぜ千里が美輪子のことを『お姉さん』と呼んだのか、そして美輪子がそれを喜んだふうなのはなぜか、訳が分からずに首をひねっていた。
 
「叔母ちゃんもお姉さん、お兄ちゃんももしかしたらお姉さん?」
「うん。私のことはお姉さんとかお姉ちゃんとか呼んでくれた方が嬉しい」
と千里が言うと、またまた玲羅は首をひねっていた。
 

美輪子は2人を会場になるお寺まで車で送っていき、顔見知りの光江さんに託した。 
葬儀の時はかなりの人数であったものの、四十九日に集まった人数はあの時より少なくなっていた。やはり葬儀ではないので、無理しなかった人も居たし、葬儀の時は郵便局関係の人が多数来ていたのだが、四十九日は親族だけで行うので、その分減ったのもある。今回の出席者はこのような面々であった。
 
1 施主(故人の妻)天子。

2 長男の武矢は欠席で千里(小4)と玲羅(小2)が代理出席。

4 次男の弾児は一家で(光江・顕士郎(小1)・斗季彦(3歳))。

4 長兄・望郎の孫一家(広康・絵里・来里朱(小4) 真里愛(小2))。

2 長姉(本当は次姉)サクラの息子夫婦(礼蔵・竜子)。

2 次兄・啓次の息子夫婦(鐵朗・克子)。

3 三兄・庄造の孫一家(春道・章子・美郷(小5))。

 
以上18名(内小学生以下7名)。

 

千里が女の子の服を着ているのを見ての反応は3種類である。
 
・元々女の子と思っているので何も疑問を感じない人(竜子や克子など)。

・千里が男の子であることは知っているが許容している人(光江・天子など)。

・なぜスカートを穿いているのだろう?と疑問を感じている人(弾児・顕士郎など)。

 
この他に、そもそも小学生が何人もいるので誰が誰か分からない人!も居る。 
千里は現地までは普段着のポロシャツとスカートで行ったものの、会場で玲羅や美郷などと一緒に、女性用控室で、子供用の喪服に着替えた。千里はもちろん、母の配慮で女児用の喪服を持って来ていた。
 
女性用控室に居る小学生は千里・玲羅・美郷と、来里朱(くりす)・真里愛(まりあ)の姉妹である。この2人は葬儀の時には来ていなかったので、千里たちとは初対面になった。
 
「そちらも小学4年と2年なんだ?」
とお互いに言い合う。
 
「生まれた年は違うのね」
 
「私は1991年3月3日生」と千里。

「私は1990年12月25日生」と来里朱。

 
「ああ!キリストさんと同じ誕生日だからクリスなのね」
「そうそう。妹は9月8日でマリア様と同じ誕生日」
「でもうちは仏教徒〜」
 
「私は7月23日。これ誰かと同じかなあ」
と玲羅。
「確か『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフとか女優の朝丘雪路さんと一緒だったはず」
と千里。
「あ、いいかも」
と真里愛が言った。
 

「でもどちらも2人とも女の子だったんだね」
と千里の性別を知らないふたりの母・絵里が言う。
 
ちなみに、来里朱たちの父と、千里たちが又従兄妹になるので、来里朱たちは千里たちから見ると「又従姉妹違い(second cousin once removed)」の関係になる。 
(この時期はお互いを知るよしもないが千里と青葉の関係も又従姉妹違いである。来里朱と青葉は三従姉妹になる) 
「2人とも名前の真ん中に“里”の字が入っているんですね」
「うん。生まれた子供が男の子なら父ちゃんから1文字取って、女の子なら私から1文字取ろうと言ってたのよ。でも生まれたのが2人とも女の子だったから、2人とも私の絵里の里の字が入って、父ちゃんの名前の文字は残らず」
 
「私が性転換したら、父ちゃんの字を1文字もらってあげるけど」
「来里朱ちゃん、男の子になりたいの?」
「ちんちんは欲しい気もするけど、女の子のままの方がいい」
 
「ちんちん付けたまま女の子するのは難しいなあ」
と千里が言うと、玲羅が何だか悩んでいた。
 
「まあ取り敢えずちんちん付けたまま女湯に入ったら通報されるよね」
と美郷が言うと、玲羅はますます悩んでいた。
 
「あ、分かった、女湯に入る時は、ちんちん取り外せばいいんだよ」
と来里朱。
「ああ、そういう手はあるね」
と美郷。
「ちんちんってあると便利そうだしね」
と千里まで言っているので、玲羅はだんだん頭の中が混乱してきた。
 

法要はお昼少し前に始まった。
 
玲羅・真里愛・斗季彦の3人は光江さんが別室で見ていてくれる。つまり法要自体の出席者は14人である。
 
施主席の所には、天子・弾児・竜子・千里が就いた。
 
お坊さんを竜子さんが僧侶席に案内し、弾児さんが天子さんに代わって施主挨拶のメッセージを読み上げる。そしてお坊さんの読経が始まる。
 
これが30分以上掛かった!
 
今日のお坊さんはやる気満々だったようである。
 
その後、焼香となる。まずは施主席にいる4人が、天子、千里(長男武矢の代理)、弾児(次男)、竜子(長姉サクラの代理)、の順に焼香し、その後はもう適当に残りの人たちが焼香を済ませる。この焼香にだけは別室にいた光江さんと玲羅たちも参加した。斗季彦(3歳)の焼香は光江さんが代行したので光江さんは2度焼香している。
 
その後、お坊さんのお話があるが、これがまた話が長い。幽閉され食事も与えられていない頻婆娑羅(ビンビサーラ)王の所に韋堤希(いだいけ)夫人が全身に密を塗って訪れてそれを舐めさせ命を繋いで・・・とか何だかエロい話があって千里はちょっとドキドキして聞いていた。
 
その後、お墓に移動して納骨をし、ここでもお坊さんがお経を読むが、今度のは5分くらいで済んだ。お寺の建物内に戻って食事会である。
 

「そういえば葬儀の時に献花したのって、千里ちゃんと玲羅ちゃんだよね?」
と礼蔵さんが言う。
 
「え?そうだったんだっけ?美郷ちゃんと玲羅ちゃんかと思ってた」
と鐵朗さん。
 
「うん。司会者の人はそう言った」
 
「あの時、私もあらっ?と思ったのよ」
と絵里さん。
 
「あれ《ちさと》と《みさと》って名前の音が似てるからどこかで間違ってしまったみたい」
と光江さんが言う。
 
「村山の苗字を引き継いでいる女の子が、鐵朗さんとこの夏美ちゃん・秋恵ちゃん、春道さんとこの美郷ちゃん、そして武矢さんとこの千里ちゃんと玲羅ちゃんだけど、夏美ちゃん・秋恵ちゃんはもう大学生だから、美郷ちゃん・千里ちゃん・玲羅ちゃんの3人で、それで春道さんとこと武矢さんとこで1人ずつ、と計画したのよね」
と光江さんは補足して言う。
 
「まあ似た名前は間違えられやすい」
 
「うちの秋恵と礼蔵さんとこの晃子ちゃんが間違えられたこともあったね」
と克子さん。
「ああ、あったあった」
と竜子さん。
 
「僕と鐵朗さんとこの春貴(はるたか)君も間違えられたことある」
と春道が言う。
「あったねぇ」
と克子さん。
 
「いや近い親戚の名前とぶつからないようにというのは名前付ける時考えるんだけど、やはり又従兄弟くらいになると、気付かないよ」
 

「そういえば村山の苗字を引き継いでいる男の子はどれだけ居るんだっけ?」
 
「弾児さんとこの顕士郎君と斗季彦君、鐵朗さんとこの春貴君。この3人じゃないかな」
と光江さんが言う。光江さんはその時チラッと一瞬千里の顔を見た。
 
「じゃそのあたりに村山の苗字が引き継がれていく訳か」
という声が上がるが
 
「うちの春貴は、そこで終わりだから、顕士郎君たちに期待しておくわ」
と克子さんが言う。
 
「どうして?」
「もう子供作れなくなっちゃったから」
「病気か何か?」
「うーん。。。それが去勢しちゃったのよ」
「あら」
「恥を曝すようで気が咎めるんだけど、あの子、女の子になりたいらしい」
「ああ、そういうこと」
 
鐵朗さんが渋い顔をしている。父親としてはかなり不快なのだろう。
 
「小学生の頃からしばしば私や妹のスカートとかを勝手に着たりしてたのよね。若干お小遣いで自分用のパンティとか買っていたみたい。それで中学1年の夏に『ぼくはもう女の子の下着しか着ない』と宣言して」
 
「まあいいんじゃないの?」
 
「高校になるとブラジャーも着けてたし、大学にはスカート穿いてお化粧して通学しているし、女の子としてバイトしてるし」
 
「それ理解してもらって採用されたの?」
「たぶんバッくれているんだと思う。名前も春貴を『はるき』と読むことにしているみたい」
 
「いや、バッくれることができるのは、レベルが高い」
「男が女装した場合、半数は気持ち悪くなる。でも3割くらい気持ち悪くはないけど男にしか見えない人がいて、15%くらいは性別が曖昧な感じになる。そして残り5%女にしか見えない人がいる」
などと春道が言っている。
 
「ああ。確かにあの子はその5%かも」
 
「声はどうしてるの?」
「あの子の声、やや低い女の子の声にも聞こえるのよね〜」
「へー」
「それ、声が女の子の声にも聞こえるから、バイト先で女として通るんだろうね」
 
「かもね。それで20歳になったら即去勢しちゃったのよ。お金貯めて性転換手術も受けるつもりだって言ってる」
 

「克子さん、それは恥じゃ無いよ」
と絵里さんが言う。
 
「私もそう思う。それは立派なひとつの生き方だし」
と章子さんも言う。
 
「性転換手術した場合、戸籍の性別は変えられるの?」
と礼蔵さんが訊く。
 
「それは無理」
「あれは一種の美容整形のようなものだから」
 
「でも性転換して男の人と結婚する人もあるみたいですよ。戸籍上は婚姻届出しても却下されるから、あくまで内縁の夫婦だけど」
と光江さんは言いながら、千里をチラリと見た。
 
「ああ。でも元々の男女でも諸事情で籍が入れられなくて内縁状態を何十年と続けている人たちはいるよ」
と春道さんが言う。
 

「だけど、戸籍上の性別を変えられるようにしようという動きもあるみたいですよ」
と光江さんが言ったのには、千里も驚いた。
 
「外国では性転換したら、法的な性別を変えられる国がけっこう多いんですって。だから日本もそうしようということで、近い内に自民党内に勉強会ができるらしいですよ」
と光江さんは説明する。
 
(性別変更に関する自民党内の勉強会は2000年9月27日に第1回の会合が開かれた)
 
「へー」
「そういうことになったら画期的だね」
「反対意見も多いだろうけどね」
「ってか、俺は反対だなあ」
「でも当事者にとっては、物凄く大きな希望の光だと思う」
「だってほとんど女にしか見えない人を無理矢理男として扱うのは混乱の元だよ」
 
この場でも意見が分かれているものの、千里は早く、そういう法律ができるといいなと思った。
 

「ねえ、もしかして葬儀に春ちゃん来てなかったのは、そのせい?」
という声が出る。
 
「うん。実は揉めたのよ。自分は女性用の喪服を着て葬儀に出席したいというけど、あんたは一応男なんだから葬式の時だけでも男物の喪服を着なさいと言って。それで喧嘩になって、男物の服を着なきゃいけないというなら自分は葬式に出ないって言って。それで香典だけ私が持って来たのよ」
 
と克子さんは言う。
 
「それは可哀相だよ」
と竜子さんが言う。
 
「みんな認めてあげるからさ、一周忌の時は、女物の喪服を着せて、連れておいでよ」
と竜子さん。
 
「うん。それでいいと思う。女の子になった春貴を私も見たいよ」
と、じっと話を聞いていた天子さんが言う。
 
この天子さんの許容発言で、一気に場の空気は、春貴さんの女性喪服での法要参加を認める雰囲気になった。
 

「だけどさ。その法的な性別を変更できるようになった場合、春ちゃんの続柄はどうなる訳?」
と広康さんが質問する。
 
「今長男なのが長女になるんじゃないの?」
と竜子さん。
 
「でもそしたら、今長女ということになってる夏美ちゃんは?」
「あれれ?」
「どうなるんだろう?」
 
「ひとつずつ、ずれるのかしら?」
「じゃ長女の夏美ちゃんが次女になって、次女の秋恵ちゃんが三女に変更?」
「ドミノ倒しか?」
 
千里は自分の場合もどうなるのだろう?と思った。自分が法的に女性になって長女になると、今長女の玲羅が次女??
 
「それ、いっそ長女とか次女ってのは登録順ってことにしたら?」
と春道さんが提案(?)する。
 
「ほほお」
 
「最初に女子として登録されたのは夏美ちゃんなんだから、そのまま長女。秋恵ちゃんも次女。春貴(はるたか)君が法的に女性になって春貴(はるき)ちゃんになった場合は、生まれたのは早かったかも知れないけど、女性として戸籍に登録されたのは3番目だから、三女ということにする」
と春道さんはアイデアを説明する。
 
「それ結構合理的かも」
「人生のトータルは長くても、たぶん女としての人生の長さは、秋恵ちゃんより短いだろうしね」
 
「まあ性転換手術を受けた日が、女としての誕生日みたいなもんだもん」
「確かに確かに」
 

食事会が終わった後は、駅まで行く鐵朗さん・竜子さんの車に同乗させてもらって旭川駅まで行く。
 
「うちの晃子が、ミサトちゃんに会ったらよろしく、と言っていたけど、実際に美郷ちゃんと話したら、晃子とは関わりが無かったみたいで。きっと千里ちゃんのことだろうな」
と竜子さんが言う。
 
「お葬式の時、ジュースおごってもらいました」
「なんか凄く将来が楽しみな子だと言っていた。あなたの場合、大丈夫とは思うけど、変な合理主義にかぶれて自信を失わないようにすることと、おかしな宗教とかに引っかからないように気をつけたいね」
 
「よく分からなーい」
「うんうん。あんたのような子を利用しようとする悪い人っていくらでも居るから、気をつけてって言ってた。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してって」
 
「ありがとうございます」
と千里は答えた。
 
「必要無い時は、その能力を隠せたらいいんだけどね」
「へー」
 
千里がその能力を完璧に隠蔽できるようになるのは、4年後に美鳳と出会ってからである。
 
 
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