【少女たちのドミノ遊び】(2)

前頁次頁目次

1  2  3 
 
9月10日(日)名寄市。
 
暢子は朝食を食べた後で「あ。そうだ!バレーの助っ人頼まれていたんだった」と思い出し、体操服を着ると母に「バレーの試合に出てって頼まれたから言ってくるね」と言い、出かけて行った。
 
場所どこだったっけ?確か市民センターと言ってた?と思い、バスに乗る。この時、暢子の頭には先月、市民センターで盆踊り大会があったことが思い起こされていた。
 
市民センターに行くと、確かに何だかユニフォームを着た多数の小学生がいるので「良かった良かった、ここか」と思い、澄香を探す。
 
が、なかなか見つからない。
 
おかしいな・・・どこに居るんだろう?と思っていたら、突然後ろから肩を叩かれる。隣のクラスの容子である。
 
「暢子ちゃん、どうしたの?」
「なんか助っ人頼むと言われたんで来たんだけど」
「わぁ!暢子ちゃん、助っ人してくれるの?来て来て」
と言って、容子は暢子を自分のチームの児童がいる所に連れていく。
 
「ね、ね、暢子ちゃんが助っ人してくれるって」
「おお!それは凄い」
「いや、和哉がなかなか来ないから困ってた」
「やはり和哉、逃げたのでは?」
「女の子の振りして出てくれってのは、さすがに無理があるもん」
「和哉なら充分女の子で通ると思ったんだけどなあ」
 
「でも暢子ちゃんが出てくれると心強いよ」
「うん。こんな背の高い選手は貴重」
 
「じゃ名前書いた。出してくる」
と言って4番の背番号を付けた6年生が走って事務局に向かった。
 
「じゃ、暢子ちゃん、このユニフォーム使って」
と言って容子が13という背番号のユニフォームを渡したので、暢子は周囲は女子ばかりだしと思い、その場で着換えた。
 
暢子はここに澄香が居ないことを疑問には思ったものの、何か急用で休んだのかな?と思い、気にしないことにした。
 

同じ頃、和哉は「バスケットの試合の助っ人を頼む。女子の試合だから女の子の振りしててね」と言われたのを気が進まないなあと思いながらも会場に向かっていた。
 
「トイレは女子トイレ使ってね」と言われたので、堂々と女子トイレに入れそうというのに、若干不純な動機を感じていた。女子トイレって1度入ってみたかったなあという気がする。そこで何か変なことをしようというのではなく、単純な好奇心である。
 
バスケットの試合なら動きやすい体操服かなと思い、体操服を着て出かけるが、バス停まで来てから「あれ?場所はどこだったっけ?」と思う。
 
えっとえっと・・・あ。確か市民プラザじゃなかったっけ?
 
それで和哉は市民プラザ方面行きのバスに乗った。
 

バスケットの大会が開かれている市民センターでは、暢子たちのチームの最初の試合が始まる。
 
暢子はコートに出て行って、コート中央にネットが張られていないのを不思議に思った。たしかここにネットを張っていて、その向こう側にボールを撃ち込むんじゃなかったっけ??
 
あまり熱心にバレーの試合というのを見たことがないので、やや不確かである。
 
暢子はジャンプボールをしてと言われた。
 
「どうすればいいの?」
「審判が投げ上げたボールが落ちてきた所を叩いて飛ばせばいいんだよ」
「へー」
「あくまで落ちてきた所を叩いてね。ボールが最高点に到達する前に叩いたら違反だから」
「了解〜」
 
それでセンターサークルに立つ。向こうの選手がこちらを見上げて「うわぁ」と声を漏らした。こういう反応には慣れているので気にしない。審判がボールを高くトスする。暢子は高くジャンプした。
 
そしてバレーのジャンプサーブでもするかのように身体を思いっきり反らすとその反動を利用し、4本の指で思いっきりボールを叩いた。
 

ボールは物凄い勢いで飛んで行くと、向こう側のゴールにダイレクトに飛び込んだ。
 
会場がざわめく。
 
「これどうなるの?」
と暢子が容子に訊く。
 
容子もよく分からないようである。
 
2人の審判が何か話し合っている。
 
そして主審が右手に指を2本立てて振っている。スコア係の子が得点板をめくりこちらのチームに2点の点数を表示した。
 
「もしかしてあそこに入れたら得点になるの?」
と暢子が訊く。
「うん。そう」
 
「でもここからあそこまで届かせるのは難しいなあ。今のは偶然入ったけど」
 
「いやジャンプボールを直接放り込んだ人、初めて見た。ふつうはもっと近くまで行ってからシュートする」
 
「あ、近くまで寄っていいんだ?」
「次向こうの攻撃になるから、向こうの選手の動きを見てるといいよ」
「分かった」
 
相手チームのキャプテンが抗議してきた。
 
「すみません。ティップオフを直接ゴールするのは違反ではないんですか?」
 
「いえ、ありです。NBAではたまにあるプレイです。まあ普通入りませんけど」
と審判が言ったので、キャプテンは引き下がった。
 
(実際にはこの審判の判断は間違いかも知れない。2001年のルール改訂でジャンプボールのタップはシュート動作の一部と認められるようになっているので、現在はジャンプボールを直接ゴールしてもOKと思われるが、それ以前は微妙である。しかしゲーム中の審判の判断は絶対かつ最終的であり、覆ることはない。なおNBAでもフリースローサークルでのジャンプボールがゴールすることはあるが、センターサークルから打ったボールがゴールすることはまずありえない。暢子のプレイは奇跡である。ちなみにスローインの直接ゴールは違反である)
 

それでゲームは向こうのゴール下からのスローインで再開される。暢子は相手の8番の選手に付いてと言われ、彼女の前に行く。向こうがパスしようとしたボールをたたき落とす。
 
しかしそのボールを持ったまま走っちゃった!
 
たちまち審判が笛を吹く。両手を手前でぐるぐる回す。
 
容子が頭を抱えている。
 
「何か問題あった?」
「ボールを持ったまま3歩以上歩いてはダメ」
「そうなんだ!」
 
こういう感じで、全くルールが分かっていない暢子は最初のうちこそたくさんバイオレーションを取られたものの、生来の運動神経の良さと体力で、どんどん得点を挙げるし、相手からボールを奪う。
 
結局暢子は第1,3,4ピリオドに出場し、ひとりで20点も取ってチームの勝利に貢献した。
 
「やったやった」
とみんな大喜びであった。
 

その頃、市民プラザにやってきた和哉はバスケットの会場はどこだろう?とキョロキョロしていた。
 
スタッフさんっぽい人を呼び止めて尋ねる。
 
「すみません。バスケットの会場はどちらでしょうか?」
「ああ。バスケット作りね。4階の小ホールよ」
「ありがとうございます!」
 
それで4階までエレベータで上り、小ホールを探す。廊下の突き当たりに、小ホールと書かれた所があるので中に入って戸惑った。
 
てっきり体育館のような所を想像していたのに、そこには多数の机が並べられているのである。
 
「あのぉ、バスケットは?」
と入口の所に居た人に尋ねる。
 
「ああ、ここですよ。ここに名前書いて」
「あ、はい」
 
和哉は女子の振りしてと言われたしと思い、落合和美と書いた。そしたら
 
「じゃ、これ材料セットね」
と言われて段ボール箱を渡される。
 
「どこか適当な空いてる席に座ってね。もう少ししたら始めるから」
「あ。はい」
 
それで和哉は首をひねりながら、空いている席に着いた。
 

そういう訳で、市民体育館で行われるバレーの助っ人を頼まれた暢子は間違って市民センターに行ってしまい、市民センターで行われるバスケの助っ人を頼まれた和哉は間違って市民プラザに行ってしまったのである。
 
暢子が行かなかった市民体育館だが、こちらには幸いにも救いの神が現れていた。
 
もうすぐエントリー締め切りの時刻なのに、暢子が来ないので
 
「どうしよう?」
「暢子が来ないと5人しか居ないから参加できないよぉ」
 
と言っていたら、男子チームの選手の妹(1年生)が母と一緒にやってきた。兄の応援に来たのであるが
 
「あんた、お兄ちゃんのプレイ見てるからルール分かるよね?」
「女子の試合に出てくんない?」
と言って取り敢えず、彼女の名前を書き、エントリーシートを出して来た。
 
「わたし、とてもレシーブとかできないですぅ」
と言っていたが、
「勢いよく飛んできたボールからは逃げていいから」
と言って、何とか頭数をそろえることができたのであった。
 

津気子は手術を受けた週を1週間仕事を休んだだけで、翌週からは会社に復帰した。会社の人からは「大丈夫なの?」と心配してもらったが「平気平気」などといって、ふだん通りに働いた。
 
手術した患部はさすがに痛いものの、我慢できない範囲では無かった。この後最短で3ヶ月、長い場合で1年くらい通院が必要と言われている。一応会社との話し合いで、病院に行く週は水曜日をお休みさせてもらうことになった。
 
治療は1ヶ月を1クールとして、1ヶ月放射線と投薬をして1ヶ月は治療を休むというサイクルで様子を見ていく。2クールまでは確実に治療を受けるものの4ヶ月後の検査で問題が無ければそれで治療終了。続けた方がよさそうであれば、更に延長されていくことになる。
 
そういう訳で、9月15日(祝)に行われた千里や玲羅の学習発表会はちゃんと見に行くことができた。この日は休日なのでお弁当だったが、千里が自分の分、玲羅の分、母の分と全部作ってくれた。千里は最近本当に家事をよく手伝ってくれている。いい娘に育ってきたなあ、と一瞬考えてから、あれ?息子だったっけ?と考え直して「まあいっか」と思った。あの子はやはり、20歳くらいになったら、手術を受けて本当の女の子になってしまうんだろうなと津気子は時々考えていた。
 

学級別の劇では、玲羅は笠地蔵のお地蔵さんだったが、千里が白雪姫の役をしていたのを見たのには、さすがの津気子もぶっ飛んだ。何でも白雪姫役の子が直前にダウンして、セリフを覚えていて、しかも白雪姫の衣装が入るのが千里だけだったらしい。
 
あの子、細いもんなあ、と津気子は思った。
 
千里が細いのは、元々3月3日生まれで、学年の中ではいちばん遅い時期の生まれであることに加えて、本人があまり食べないこと、そして食べさせてあげられないことがある。本人が食べないのは、たぶん「女の子としての自分」を育てて行くため、体格があまり大きくならないように気をつけているのではと津気子は推察していた。そして食べさせてあげられないのは、うちが貧乏なせいである。
 
食事の時の様子を見ていると、お肉やお魚は武矢や玲羅に主として食べさせていて、自分では野菜とかばかり食べているようである。実は津気子も同様に夫や玲羅に譲って自分ではあまりお肉やお魚を食べない。これについては千里には申し訳ないなと思ってはいるが、充分食べさせてあげるにはお金が足りないのも事実である。
 
市営住宅の家賃は払わないと追い出されるので何とか頑張って払っているものの、電話料金や電気料金などは支払いが、本来より1ヶ月遅れの状態になっている。NHKもかなり滞納している。
 

しかしそんな津気子にも、まさか千里が今回の学習発表会では、女の子たちと一緒に着替え、更にギリギリで着ていた白雪姫の衣装を脱ぐとき、下着まで一緒に脱げてしまって「何も無い」股間を同級生の女子たちに見られてしまったなどということは、想像の範囲外であった。
 
千里は一応男子なので体育の時間は男子たちと一緒に着替えてはいたものの、千里の下着姿は「他の男子が見るには問題がある」ので、同級生の田代君の配慮で、教室の後ろに置かれている移動型黒板の後ろでひとりだけ着替えていた。しかし今回の学習発表会の時の着替えを見て、女子たちから「今度から私たちと一緒に着替えようよ」と言われた。
 
千里に「おちんちんが無いのでは」というのは、実は昨年くらいから女子たちの間で噂になっていたのだが、今回の学習発表会の着替えで、それが「証明されてしまった」のである。
 

学習発表会があったのが9月15日(金)敬老の日だが、翌土曜日は第3土曜なので授業のある日である。18日(月)が代休になったので、千里たちの小学校は17-18日が連休になった。結果的には飛び石連休が連休に修正されたようなものである。
 
16日の土曜日、学校から帰ってきた千里は母に言った。
 
「お母ちゃん、今度の秋分の日は、札幌まで合唱サークルの大会で行ってくるね」
 
「お前、合唱サークルに入っているんだっけ?」
「入ってなかったんだけどねえ。こないだの地区大会の時に、一部のメンバーが交通渋滞で間に合わなくて、人数が足りなくなったもんだから、応援に行っていた私とか小春とかが臨時に参加したんだよ。それでなしくずし的にそのままメンバーに入れられてしまったというか」
 
「ふーん。まあいいけどね」
と言ってから、津気子は考える。
 
「でも、お前、合唱サークルでは女の子の制服着るの?」
 
先日学習発表会に行った時、馬原先生が配っていた地区大会の写真に、千里は可愛いチュニックとスカートの制服を着て写っていたのである。
 
「うん。だってうちの合唱サークルは女声合唱だもん」
「うーん・・・」
 
津気子は深く考えるのをやめることにした。
 
写真は武矢には見せなければいい!
 
「あ、交通費はどうなるんだっけ?」
「ちゃんと学校から出るよ」
「だったらいいか」
 
スポーツ少年団の野球とかは大会に参加する度に、保護者で分担して子供たちを車で運んでいるようだし、車を出さなかった保護者はガソリン代を負担しているようで、その手の費用が結構掛かっているっぽい。N小の男子バスケ部は強いので、道大会にも時々参加しており、バスあるいは鉄道を使ったりするので、交通費や宿泊費の負担が、かなり高額になっているようである。
 

9月19日(火)と20日(水)は「ドミノ倒し」の準備が行われた。
 
テレビ局の撮影が行われる予定の21日(木)までの3日間は体育館が使用不可になり、各クラスの学活の時間や必要なら昼休みなども使用して、自分のクラス担当エリアのドミノ並べが行われた。
 
テレビ局から貸してもらったドミノの牌の他に、先生が持ち込んだVHSビデオ、同型の箱入り本(東洋文庫など)、といったものも並べた。この手のものは予め倒してみてちゃんと倒れることを確認しておく。(ケース入りの)CDを試してみたクラスもあったが、薄すぎて、不安定なので諦めたようであった。
 
万一間違って倒しても被害が広がらないようにクラス内でも幾つかのブロックに分けて並べていくのだが、止まるはずの所で止まってくれずに隣のブロックまで被害が出て悲鳴があがるシーンも多々あった。
 
1〜2年生担当の所はわりと単純な展開、5〜6年生の所はかなり凝った並べ方をしていたが、3〜4年生はあまり難しいことをしないまま、絵的にきれいなものを作って行った。
 

千里たちの4年1組は、銀河流星の滝を作ったり、旭橋を作ったりして、風景的なものを作り上げたのだが、お隣の4年2組は♀♀/♂♂のような記号を作ろうとして、巡回してきた教頭先生が驚いて「教育的指導」により、♀♂/♂♀と男女の記号が互い違いになるように修正されていた。
 
生徒たちはみんななぜそのように直されたか分からず、首をひねっていた。
 
「あれ何で教頭先生から直させられたんだろう?蓮菜分かる?」
と恵香が訊くと
 
「分かるけど言わない」
と言って蓮菜は笑いを噛み殺していた。
 
意味が分かっていたのは4年生の中でも2〜3人だったようである。
 

ところで19日には体育の授業があった。体育は1組と2組が同じ時間に割り当てられており、合同の授業になる。それで1組の教室で男子が、2組の教室で女子が着換える。
 
ただし千里は田代君の「高度な政治的判断」により、1組教室の後ろの移動黒板の陰で着換えていたが、それでも黒板の下から出ている千里の素足を見ただけでドキドキしてしまう男子、授業が終わった後、遅れて入って来て、うっかり千里の下着姿を見てしまった男子などもいて、男子たちの間で「村山の着替え問題」は何とかすべきではないかという意見も出ていたらしい。
 
ところがこの日、いつものように千里が教室の後ろの方に着換えの入ったバッグを持って行き黒板の後ろで体操服を取り出そうとしていたら
 
「千里、何やってんの?女子の着換えは2組だよ」
と蓮菜が言う。
 
「うん。でも私男子だから」
と千里は言うが
 
「いや、村山は女子だと思う」
という複数の男子の意見。
 
「先週の学習発表会の時、女子の総意として千里は女子と一緒に着換えてよいということになったから」
 
「あれ冗談じゃなかったの〜?」
 
「そもそも学習発表会でも、その前日の予行練習の時も、千里は女子と一緒に着換えていたし」
 
「あれは着換えていたというか、単におしゃべりしている内に女子が着換えてしまっていたというか」
 
千里は「小人その7」なので、スキー帽をかぶるだけだった。
 
「合唱サークルの地区大会でもふつうに他の女子と一緒に着換えていたし」
「あれは特に男女分けて着換えるという話は無かったし」
 
「いや、ふつうは女子が着換え出したらたいていの男子は自主的に他の所に移動する」
 
「ごめーん」
 
「女子が着換えている中に千里がいても誰も問題にしなかったのは、千里がほぼ女子と思われているからだよ」
「千里って女子のオーラを持ってるから、そこに千里が居ても何も思わないよね」
 
「えっと・・・・何と反論しようか・・・」
 
「取り敢えず、こちらに来なさい」
と言われて、蓮菜と恵香に連行されるように千里は2組の教室に連れていかれた。
 

それで2組に連れて行かれた千里は、まあいっかと思い、結局蓮菜や恵香たちとおしゃべりしながら、バッグから体操服を出して、着ているポロシャツを脱ぎ、ズボンも脱いで、体操服の上下を身につける。
 
千里は蓮菜や恵香の下着姿を見ることになるが、彼女たちの下着姿は過去に何度も見ているので千里は気にしない。千里の下着姿も彼女たちに何度も見られているので彼女たちは何も思わない。
 
その体操服の上まで着た時、千里に気付いたリサが寄ってくる。
 
「シサト、今日はみんなと一緒に着換えてるのね」
「あ、どもー」
「いつもどこで着換えてたの?着換えの時間になると居なくなるから、どうしてるんだろう?と思ってた」
 
「千里はいつもワンテンポ遅いからね。いつも遅れて着換えに来てたね」
と蓮菜が言うと
 
「ああ、そうだったのか」
とリサは言い、それ以上疑問は抱かなかったようである。
 
「千里は実は男子で、男子と一緒に着換えているのではという説もあった」
と3年生まで同じクラスだった真由奈が寄ってきて言う。
 
「まさか」
「それはあり得ない」
と蓮菜とリサが言う。
 
「男子だったら、しんしん(*2)付いてるはずだけど、ほら、シサトのパンティを見てもおしんしんは付いてない」
 
と言って、リサはいきなり千里のパンティに触ってしまう。
 
(*2)リサは「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」の音を全て「シャ・シ・シュ・シェ・ショ」と発音する。
 
「ちょっとぉ。直接触るのは勘弁」
と千里はリサに言ったものの
 
「どれどれ」
と言って真由奈をはじめ、主として以前に千里と同じクラスになったことのある子を中心に7〜8人の女子に千里はパンティの上から触られた。
 
「確かに付いてない」
「割れ目ちゃんの感触があった」
 
「やはり千里が女の子になったという噂は本当だったのか」
 
「何その女の子になったって?」
とリサは言う。
 
「シサト、生理来たの?」
「まだ来てない。でも乳首がここしばらく立っている」
 
と千里が言うので、今度は
「どれどれ」
と言われて、体操服とその下の女の子シャツまでめくられて千里の乳首が10人以上の女子に観察された。
 
「ああ、確かに乳首立ってる」
「これ乳房が膨らんで来る前兆だよ」
「うん。私も半年くらい前からずっと立ってるもん。心持ち胸の脂肪が厚くなってきた気がする」
「あ、私もー」
などという声がある。
 
「どれどれ」
と言って、その子まで千里と同様に胸をめくられて観察され、悲鳴をあげていた。
 
そういう訳で、この日以降、千里は何の問題もなく、体育の時間は女子と一緒に着替えをすることになってしまった!
 
千里はこの春から体育の授業自体はいつも他の女子と一緒にやっていたし、毎月の身体測定も女子と一緒に受けていたので、着換えも女子と一緒になったことで、千里の性別移行?はほぼ完璧になった。
 

21日は3時間目の授業を各クラスとも学活に切り替えることにし、2時間目が終わった後の中休みの時間から、全校児童が体育館に集合した。
 
全員が見守る中で、総倒れ防止のため各ブロックの間を開けていた所にちゃんとドミノを挿入していく。この作業は6年担任の東原先生・工藤先生と、手先の器用な桜井先生・馬原先生の4人で慎重に行った。そして全体のつながりを再度チェックする。
 
11:05。
 
全体を別々にチェックしていた牟田先生と教頭先生が「大丈夫です」と報告し、テレビカメラが撮影している中、児童会長により最初のドミノが倒される。
 
物凄い勢いでドミノが倒れていく。
 
各クラス担当の繋がりは、6年2組から始まって、6→5→4→3→2→1と2組が作った所が倒れていき、その後1年1組から始まって1→2→3→4→5→6と1組が作った所が倒れていく。最後の仕上げは6年1組が作った螺旋の中央に大雪山に見立てた立体的に作った山を崩す。
 
みんな息を呑んでその様子を見ている。途中何個か倒れなかった牌もあったが、うまい具合に、複線化していた別の所から倒れ続け、中断せずにドミノ倒しは続いていく。
 
そして千里たちの作った4年1組の銀河流星の滝と旭橋も無事倒れ、5年1組の複雑な幾何学模様の所に入る。
 
「え!?」
と一瞬声があがる。
 
ドミノが止まってしまったのである。
 
「うっそー!?」
 
ひとつ前のドミノはちゃんと倒れたものの、重量比の問題か、倒れる勢いが弱すぎたのか、次のドミノが倒れなかった。
 
その倒れなかったドミノは千里たちの居る場所から、ほんの4mほどの所であった。千里は倒れなかったドミノを睨む。そしてそのドミノの“固有振動”に合わせて「倒れろ!!」と念じた。
 
すると倒れた!
 
「おぉ!!」
という声があがる。
 
そのドミノが倒れたことで、続きが倒れていく。
 
安堵するようなため息があちこちで漏れる。思わず隣の子と手を取り合っている女の子もいる。
 
そしてドミノ倒しはフィナーレの6年1組の螺旋に入る。
 
最後は立体的に組んだ山が倒れ、ゴールの所に仕掛けておいたN小の校旗が飛び出して、ドミノ倒しは終了した。
 
思わず大きな拍手が起きた。
 

「いや。どうなることかと思いましたね?」
とレポーターさんが教頭先生にマイクを向ける。
 
「あそこは重たかったから、倒れるまで時間が掛かったんでしょうね」
と教頭先生も満面の笑顔で話していた。
 
テレビ局のスタッフさんが倒れなかったドミノの数を数え、予め数えておいた総ドミノ数から差し引いて、41,298個が倒れたことが認定され、その場で認定証が書かれ、児童会長に渡された。
 
「良い福・末広がりですね」
と教頭先生がその数字を読んで即興で言った。
 
各組の学級委員が集まり、認定証を持った児童会長を中心に倒れたドミノを背景に記念写真を撮り、そのあと全校児童も入る構図で万歳をしている所を撮影して、テレビ局の撮影は終了した。
 
そのあと全員で協力してドミノを片付け、テレビ局の人に返し、全ての作業が終了した。
 
結局は3時間目だけではおさまらず4時間目まで使ってしまったので、授業はあとで調整するということだった。
 

その日、千里は近所の小さい子たちが、神社の境内でバスケットをして遊んでいるのを見てあげていたが、しばらく姿を見ていなかった宮司さんが社務所兼住居から出てきて、自分たちの様子を見ているのに気付いた。
 
「宮司さん、お身体の調子はどうですか?」
と千里は声を掛けた。
 
「ああ、すまんね。心配掛けて。例祭はちゃんとしなければと思って頑張ってやったけど、その後反動でしばらく寝ていたよ。でも来月の秋祭りはちゃんとやるから」
 
「無理しないでくださいね」
「うん。でもここ数日なんか体調がだいぶよくなった感じでね」
「それは良かったです」
 
やはり、父ちゃんのタマタマを宮司さんに移植したおかげかなぁ、などと千里は考えていた。
 

宮司さんと少し話していたら、小春が来て
 
「千里、ちょっとおいで」
と言う。
 
千里は子供たちは宮司さんも見てくれているから大丈夫かなと思い、小春に付いて行く。小春は千里を神社の“本殿内部”まで連れて行った。
 
ここは、普通の人は出入りできない場所、というよりそもそも見えない場所である。千里も小春と一緒でなければここに来ることはできない。大神様がおられるので挨拶する。
 
「千里、あんたの母ちゃんの肝臓は危機を脱したよ」
と大神様が言う。
 
「ほんとですか!」
「こないだから、千里がしてあげているおまじない。あれはお母ちゃんが通院している間くらいは、毎日してあげて。1回5分でもいいから」
「分かりました」
 
「お前は不思議だよ。わりとその辺に普通にいる程度の霊感人間のように見えるのに、実際はお前の能力はもっと大きいのかも知れない。私にも量り知れない」
と大神様が言うが
 
「れいかんって何ですか?」
と千里は訊く。正直千里もよく「霊感がある」とか人から言われるものの、霊感というものが実は分かってないのである。
 
「まあ、あるものをあるように感じ取る力かもね」
と小春は言った。
 

「千里、ちょっとそこに寝て」
と言われるので、横になる。
 
大神様が自分に近づいてくるのを感じる。実は千里は大神様と会話していても大神様の「姿」は見えていない。そこにおられることを感じるだけである。しかしその大神様が明らかに自分のそばまで来たので、千里はちょっとドキドキした。
 
「あれ?おちんちんが無い」
と大神様が言う。
 
「あ、すみませーん。無い方がこの子喜ぶので取り外していたんですが、戻しますか?」
と小春が言っている。
 
「あ、いや、別にそのままでいいよ。ちんちんなんて無くても構わないし」
 
と言って大神様は千里のお腹より少し下の付近の左右に各々両手で触った。これは明らかに触られている感触がある。
 
「ちょっと危険な状態の卵巣をお前の身体の中に入れたからね。それでお前まで癌になられると困るからちょっとサービス」
などと大神様は言っておられる。
 
「千里、卵巣のある状態には慣れた?」
「最初の数日はすごく変な感じだったんですが、だいぶ慣れました。凄く女らしい気分になってしまうんですよね」
「感情の起伏が大きくなったろ?」
「そうなんです。今まであまり感じなかったものにも、凄く大きく感情が動く感じで」
「お前、詩とか書くといいよ。きっとお前才能があるよ」
「あ、そういうの書いてみようかな」
 

千里はそのまま20分くらい大神様の治療(?)を受けていた。
 
「なんか凄く気分がいいです」
「これを千里も毎週1回くらいしようか?」
「はい、ありがとうございます」
 
千里を帰したあとで小春は大神様と話し合った。
 
「あの子、いっそのこと完全な女の子に変えてあげてはダメですかね?」
「既にほとんど女の子になっている気がするが」
「ちんちんの取り外しは1日最大3時間、週に5日までという約束なんです」
「ほほお」
 
「あの子、自分で包丁でちんちん切ろうとしていたんですよ。それを私が停めて代わりに**大神様のお許しを得て、そういう約束をしました。ですから体育の時間とか、他の女の子たちと一緒にお風呂に入るときに取り外してあげるんです。今日は5時間目体育だったから、その時に取り外して、まだそのままだったんですよね」
 
「今唐突に大物の名前を聞いた気がした。そうか。あんたあの方の配下か。しかしあの子、意志が強いから停めなかったら本当に切り落としていたろうね」
 
「そう思います。あの子の寿命が最初6歳だったのは、ちんちん切り落とした傷が元で死ぬ筈だったのかも」
 
「あり得るなあ。しかしちんちん取り外しておくのはいいことかも知れんよ。卵巣があったらちんちんは間違いなく萎縮する」
 
「あ、確かに」
「だから取り敢えず卵巣がある間はずっと取り外したままでいいよ」
「大神様がおっしゃるのであればそうします。あの子喜びますよ」
「あまり萎縮したらトイレで困るだろ?」
「えっと、あの子は立ってトイレすることはないですけど」
「そうなの!?」
 
「ちんちん付いてても座ってしかしてないですよ。ただ、付いてない方が、トイレの時も凄く気分が良いと言ってます」
 
「・・・・トイレの時って、ちんちん付いてた方が便利と思わない?」
「私もそうですけど、あの子は無い方が好きみたいです」
「ね、もしかして、あんた千里のちんちん使ってる?」
「はい。誰かの身体にくっつけておくのが保管には便利ですから。立っておしっこするの爽快ですよ。大神様も使ってみられます?」
「あんた卵巣あるよね?」
「ありますよー。生理もありますよ」
「だったら結局あの子のちんちんは萎縮するのでは?」
「別にいいいんじゃないでしょうか」
 
「・・・・そうかもね」
と大神様は言った。
 
「ところで半年後に千里からお母さんに卵巣を戻した時にですね」
「うん?」
「お父さんの睾丸は千里のですよね」
「うん」
「それでもし妊娠するとやばくないですか?」
「今回の治療で、あの女の子宮は妊娠能力を喪失するから問題無い」
「なるほどー。どうせ使えなくなるのなら、千里にあげる訳にはいかなかったんですか?」
「卵巣は移植しやすいが子宮は拒絶反応が起きやすいのだよ」
「あっそうか!」
 
「でしたら大神様。千里の体細胞を取ってですね。それにリセットを掛けて万能細胞に変えて、それを培養して千里の子宮や膣を作ることはできませんか?」
と小春は言った。
 
大神様はしばらく考えていたが
「できる」
と答えた。
 
小春が提案したのは今の言葉で言うとIPS細胞なのだが、この時代は人間社会ではまだIPS細胞の発見以前である。万能細胞自体は1980年代に既に受精卵から作成するES細胞が知られていた。
 
「でしたらそれで子宮と膣を作ってあの子に付けてあげられませんか?」
「ある程度のサイズになるまで、誰か女の身体の中で育てる必要がある。そして今から作っても10歳の身体に合うサイズにするのには10年掛かる」
 
「私の身体を使ってください」
「お前、自分の子宮と膣もあるよね?」
「はい。子宮と膣が2つあっても構いませんよ」
「しかしそもそも千里はあと2年半ほどで死ぬのだけど」
 
「何かの奇跡で生き延びることはあるかも知れませんよ」
 
大神様は何か考えておられるようにも見えた。そして物凄く驚いたような表情をなさった。
 
「あの子がもし12歳の寿命を越えて生き延びたら、あの子は120歳くらいまで生きる可能性があるよ。事故とかに遭わなければだけど」
 
「私、そんな気がしました。あの子は物凄く長寿な体質をしています」
「しかし12歳の寿命を越えるのは難しいぞ」
「私はそれに賭けています」
「そもそも、そなた自身、あと4年か5年くらいしか生きられないはず」
 
その言葉で小春は、ああ自分の寿命は実際にはあと4年くらいなんだなと思った。大神様は4年と言ったあとで急いで「か5年」と付け加えた気がした。
 
「私が死んだら誰か適当な人か女狐にリレーで」
と小春は言う。
 
「あ、いや。その時もし千里が生きていたら、その時点で千里の身体に放り込めばよい」
と大神様は気付いたようにおっしゃる。
 
「ああ、それでいいですね。じゃ千里の体細胞を取ってきますか?」
「骨髄液を取るのが一番やりやすいのだが」
 
「じゃ今夜あの子が寝ている間に骨髄液を少し取らせてもらいましょう」
「寝ている間に、麻酔状態にした上で取ろう。あの痛みには麻酔状態でなければ耐えられないから」
 

2000年9月23日(土祝)。
 
千里たちN小の合唱サークルのメンバーは早朝から留萌駅に集まり、JRで札幌に出た。途中の行程はみんな普段着であり、会場で制服に着替えることになっている。この日は朝から雨だったので、千里は傘を差して行った。
 
「千里可愛い傘を使ってる」
「7月に旭川に行った時に買ってもらったぁ」
「千里の持ち物は概して可愛いものが多い」
「でも高いものは無いんだよ」
「まあ、それはみんな似たようなもの」
 
「しかし今日は天気悪いね」
「なんか台風が来てるらしいよ」
「北海道まで台風が来るのは珍しい」
「電車ちゃんと動いてくれるといいのだけど」
 
「でも第四土曜に祝日が来ても全然ありがたくないね」
「ほんとほんと。第三土曜とかだったら良かったのに」
 
この時代は学校は第二・第四土曜が休みだった時期である。
 

取り敢えず札幌に行くまでは電車もバスも通常通り動いていた。
 
「だけどリサ、寂しくなるね」
とみんなが言う。
 
「うん。最後になるから頑張る」
と本人は明るい。
 
リサのお父さんが10月2日付けで釧路に転勤になってしまうのである。それで今回はリサにピアニストをしてもらうことにし、本来のピアニスト鐙さんは歌唱での参加ということになった。結果的には先日の学習発表会の時と同じ構成になる。
 
「(鐙)郁子ちゃん、ごめんね〜。またピアノじゃなくて」
と先生は鐙さんに配慮して言うが
 
「いえ。地区大会はそもそも参加自体できなかったら」
「あれも大変だったね!」
 
「遅刻してしまって申し訳ありませんでした」
と鐙さんはあらためて謝る。
 
「まあ、色々なことがあるよね」
 
地区大会の時は彼女の乗っている車が、高速道路上の交通事故による渋滞に引っかかってしまい、演奏に間に合わなかったのである。
 
今回は地区大会の時と同じ編曲でなければいけないので、自由曲『キタキツネ』で小春が篠笛を吹くことになる。小春は課題曲の『大すき』ではソプラノで歌唱に参加する。
 

会場に着いてから、女子の着替え場所に指定されている隣接する体育館のサブ体育館で制服に着替える。
 
「女子の着替えはここって書いてありましたけど、男子はどうするんですかね?」
と質問がある。
 
「たぶん男子はロビーの隅かどこで適当に着替えればいいということでは」
「なんか男女差別っぽい」
「まあ割と日本はそういう所がある」
「取り敢えずうちは全員女子だから問題無い」
 
などという声があがっている中、千里はリサと日本語・フランス語ミックスでおしゃべりしながら着替えていた。
 
千里のことを以前から知っている5年生が2人ふと千里に気付いて、こちらをじっとみているので
 
「どうかしました?」
と訊くと
「ううん。多分問題無い」
「やはり問題無いよね」
などと2人は言っていた。
 
千里は「何だろう?」と思った。ちなみに千里たちは合唱サークル制服のチュニックとスカートに、リサはピアニストの衣装の黄色いドレスに着替える。
 

今回の大会では全道から10の小学校が参加している。千里たちの演奏は4番目なので、最初は席に座って先頭の方の学校の演奏を聴いた。2番目の学校の演奏が終わった所で、静かにロビーに出る。そしてステージ脇につながる楽屋の方に行く。そしてひとつ前の学校の演奏を聴いていた。
 
「なんか凄い風雨になってない?」
と言ってみんな、ガラス張りになっているので見える外側の様子を見ている。
 
「帰りは電車停まってるかも」
「その場合どうなりますかね?」
「札幌で足止めされて、1泊する羽目になるかも」
 
そんなことを言い合っていた時のことであった。
 
小春が大きな声で叫んだ。
 
「みんな伏せて!」
 
みんなその声に「え?」などと言いながらもみんな姿勢を低くする。
 
それで大事に至らなかったのである。
 
ガチャン!!
 
という大きな音がして、強い雨風が吹き込んでくるとともに、
 
ゴツッ!!!
 
という鈍い音がした。
 

「きゃー!」
という声が上がる。
 
千里が顔を上げると、ホールのガラスが割れ、雨風が強く吹き込んでいるのはいいのだが、大きな木が倒れ込んでいて何人かの身体のすぐそばまで来ていたのである。特に野田さんはすぐ頭上に木があって、もし姿勢を低くしていなかったら木が直撃していたかも知れなかった。腰が抜けて立てないようだったので小春が行ってハグしてあげたら、やっと動けるようになった。
 
「みんな怪我は無い?」
と馬原先生が声を掛けるが、先生自身の顔が真っ青である。
 
「大丈夫・・・かな?」
と言った声。
 
「みんな隣の人に怪我が無いか見てあげて」
と部長の小野さんが言う。
 
確かにこういう時は、みんな動揺しているので怪我していても自分ではすぐには気付かないこともある。
 
千里は隣にいるリサ、蓮菜、穂花の手や足などを見、少し触ってみたりして骨折などしていないかチェックする。千里もリサや蓮菜から触られた。
 
「大丈夫みたいです」
という声があちこちであがっていた時、事務所の人が飛んできた。そして千里たちの所に大木が倒れ込んでいるのを見て、一瞬絶句した。
 
「みなさん、大丈夫ですか?」
「怪我は無いようです」
 
「でもずぶ濡れ」
 

大会はいったん中断になる。
 
3番目に演奏していたT小学校は課題曲を歌った後、自由曲を歌っている最中だったものの凄まじい音がしたので悲鳴があがり、演奏が停まってしまった。そして千里たちは怪我はしていないものの、ずぶ濡れである。
 
事務局長の判断で、スタッフがN小およびその次に歌う予定で早めに楽屋口の所まで来ていて、やはり半数くらいがずぶ濡れになってしまったK小の生徒・先生の分の着替えを買いに行ってくれた。
 
そして事務局では急遽、各校の顧問を集めて、このあとどうするかを検討した。
 
かなりの交通費を掛けて来ている学校が多いので、このまま続けて欲しいという要望が多かった。N小とK小もぜひ続けて欲しいという要望を述べたので、協議終了後、30分置いて再開することにした。但しN小とK小は最後に回すことにする。歌っている最中だったT小学校についても結局演奏を課題曲からやり直すことにした。
 
それで30分後には6番目に歌う予定だった小学校から再開する。また、小学校の部の演奏時間がずれ込むことが確実になったため、午後から予定されていた中学の部は1時間遅く始めることにした。そして小学の部の表彰式は(中学の部に早く会場を明け渡すため)着替えに使用していた隣の体育館で行うことになった。ただし、ここで着替えたい中学生女子もあるので、カーテンスタンドを並べて着替え用のスペースも確保した。
 

N小の全員(児童28人+馬原先生)、K小で濡れてしまった子の内女子が隣の体育館のサブ体育館に行き、事務局の人が買ってきてくれた着替えを着る。K小で濡れてしまった子の中には男子もいたが、彼らは事務室で着替えるということだった。
 
全員濡れている制服、そして下着・靴下と靴を脱ぎ、バスタオルで身体や髪を拭く。さながらここは女湯の脱衣室かプールの女子更衣室である。
 
9月下旬の北海道はかなり寒い。その気候でずぶ濡れになったので、震えていた子もいた。暖房を入れてもらって、そこで待機していたのだが、着替えられるので、みんなホッとしておしゃべりが多くなっていた。K小の女子たちとも色々言葉を交わしていた。
 
千里も制服を脱ぎ、女の子シャツ、ショーツを脱いで身体をよく拭き、そして着替えのショーツと女の子シャツを着た。その上にポロシャツを着て、スカートを穿く。このポロシャツとスカートは統一感が出るように、白いポロシャツと青いスカートという、全て同色のものでそろえてくれていた。ユニクロで買ってきたようだが、事務局の人もご苦労様である。
 
だいたいみんな着替え終わった所で穂花が「あっ」と言う。
 
「どうしたの?」
と蓮菜が訊く。
 
「千里が着替える所を見てなかった」
「何を今更」
 
「私の着替えている所見ても別に楽しくないと思うけど」
と千里。
 
「体育の時にも一緒に着換えてるじゃん」
「でも体育の時は下着までだよ」
 
「穂花って、レビアスンだっけ?」
「なんかそれ言葉が違う気がする」
「あれ?女の子が女の子好きになるのって何て言うんだっけ?」
 
「いや、千里はちょっとあれだし」
と穂花。
「別に私は普通の女の子だから着替えを見ても何も無いと思うよぉ」
と千里。
 
「うん。千里はたぶん普通の女の子なんだと思う。今全員フルヌードになっていたのに、誰も何も違和感を感じなかった。千里が普通の女の子でなかったらたぶんギョッとしていたと思う。誰も何も気付かなかったということは、千里にはおちんちんとかも無いし、普通の女の子だと思う」
と蓮菜が言うと
 
「女の子におちんちんある訳ないじゃん」
などと言って千里が笑っているので、こいつ開き直ってるな、と蓮菜は思った。
 
「でも、シサト、キャンプの時も一緒にお風呂入ったよね?」
とリサが言う。
 
「ああ、そういえば浴室内で千里とおしゃべりした気がする」
と佐奈恵も言う。
 
「うーん。。。私、千里のことがだいぶ分かってきた気がする」
と穂花は腕を組んで言った。
 

楽屋口側がガラスが大きく破損し、大規模な修理が必要な雰囲気である。その付近には近づかないようにと言われた。左側(下手側)のロビー自体が使えないので左側ロビーに直結する表玄関も閉鎖し、普段あまり使用しない右側(上手側)のサブ・ロビーと裏口を解放している。
 
それで楽屋側からステージへの出入口は使わず、客席からステージに登り降りする運用で行われた。千里たちが着替え終わって会場に戻った時は(本来の)8番目の学校が歌っていた。本来は8-10番目に登場するのは本命の学校である。千里たちは「さすが上手いね」などと言いながら聴いていたが、千里には彼女らが少し浮き足立っているように思えた。怪我人こそ奇跡的に出なかったものの、会場の外壁が大きく破損する事故が起きて、1時間以上演奏が中断した。集中が乱れてしまうのも無理は無い。
 
10番目まで終わって、演奏中に事故が起きて中断したT小の番となる。
 
彼女たちの演奏はごく普通だった。落ち着いて歌うことができているようだった。異常な事態が起きてどうなることかと思ったのだろうが、彼女たちなりに開き直りができたのだろう。
 
T小の子たちの演奏が終わりステージを降りる。代わって千里たちN小の子たちがステージに上がった。
 
千里は今日のピアニストがリサで良かったかもと思った。リサは何事にも動じない性格である。部員たちの様子を見ていると、うまく気持ちを切り替えられた子とまだそわそわしている子が半々くらいである。本来のピアニストの鐙さんは・・・明らかに後者だ!
 
全員がステージ上に並ぶ。指揮台の所に就いた馬原先生がピアノの所に座るリサとアイコンタクトを取る。リサが前奏を弾き始める。体格が良く指の力も強いリサのパワフルな演奏に、みんなの気持ちが引き締まる。
 
そして千里たちは歌い出した。
 
今年の課題曲はまるで練習曲のようなシンプルな曲である。シンプルすぎて特にAメロは感情が込めにくい感じもあるのだが、ここを千里たちは明るくはずむように歌って行った。
 
やがてスローなサビの部分に入る。リサのピアノは一転してソフトな弾き方になり、情感がこもり、まるですすり泣くかのように悲しい雰囲気の音を奏でる。それに合わせて千里たちも寂しく悲しい感じで歌う。そしてサビが終わると、また明るい感じのメロディーを歌う。
 
最後は元気に歌い上げた。
 

歌い終わってお互い笑顔で顔を見合わせる。かなりうまく行った雰囲気である。ここで小春が篠笛を取り出して、前に出て行く。指揮台のそばまで行って立つ。馬原先生がリサと小春にアイコンタクトし、演奏を始める。
 
自由曲『キタキツネ』を歌う。
 
こちらは課題曲とはうって変わって、ひじょうに表情の豊かな曲である。情感を込めて歌う必要があるが、それだけみんなが乗ると質の高い演奏になる。今日はみんな乗っていた!さっきまで気持ちが浮ついていた子も、力強いリサのピアノを聴いて気持ちが引き締まったのである。
 
更に小春の篠笛が美しい彩りを添えている。
 
演奏はとても素敵なものになった。
 
歌い終わった時、思わず会場全体から凄い拍手が来た。
 
馬原先生は笑顔で客席に向かい直ると深々とお辞儀をした。そして部員たちを促してお辞儀をし、ステージを降りた。
 

千里たちの後、K小学校が歌って、小学校の部の演奏が終わる。
 
すぐに中学校の部の演奏が始まるので、小学生たちはすぐに会場を出て、隣のサブ体育館に移動した。
 
「なんか凄くうまく行った気がしない?」
「うん。最高の出来だった」
「みんな本番に強いなあ」
 
「本番に強い子がうまく分散して立っていた気がします。それで少しそわそわしていた子も何とかなった感じ」
 
「うまくしたら銀賞くらい取れませんかね?」
「取れるといいね」
「うん。サークル結成最初の年で道大会に出てこれたのも幸運だけど、それでもし入賞できたら、凄いよ」
 
千里たちはそんなことを言いながら待っていた。
 
本来小学校の部は午前中で終わるはずだった。それが事故のため時間が延びたので、お昼の用意をしている学校もなかった。それで主宰者から参加者全員におにぎりとお茶の差し入れがあった。
 
ただ、根室から来たT小学校(事故の時演奏していた学校)は、帰りの電車が無くなるので、帰りますと言って先に帰ることになった。入賞していた場合は賞状などは郵送しますという話になったようだ。
 
(実際にはT小は電車が台風接近により途中の新得で運転打ち切りになってしまい、そこで一泊するハメになったらしい)
 

そして1時間ほど経った所で、事務局の人がサブ体育館にやってきた。
 
「本来でしたら審判長から発表する所なのですが、審判団は現在中学の部の採点をしておりまして、代わって事務局長の私が結果を発表させて頂きます」
 
と事務局長さんはお断りを言った。
 
「まず銅賞。私立K小学校、根室市立T小学校、**町立**小学校」
 
代表者が出て事務局長さんから賞状をもらい拍手が起きていた。K小は千里たちの次の順番だった学校で半分くらいの児童があの事故でずぶ濡れになった学校、そしてT小は事故の時演奏中だった学校である。T小は電車の都合で帰ってしまっているので賞状を郵送しますと告げられた。
 
「銀賞。私立**小学校、私立**小学校」
 
代表者が出て賞状と楯をもらっている。拍手が起きる。
 

「ああ、入賞ならずかあ」
と千里の周囲では声があがっていた。
 
「かなり出来が良かったから、銅賞かひょっとしたら銀賞くらい行くかと思ったんですけどねぇ」
 
「やはり道大会はレベルが高いね」
 
そんなことを言っていた時、銀賞を渡し終えた事務局長さんが
 
「では最後に金賞を発表します。金賞の学校は来月の全国大会に進出します」
と言う。
 
「金賞。留萌市立N小学校」
 
千里たちは顔を見合わせた。
 
そして次の瞬間、歓声があがった。
 
部長の小野さんが「リサちゃんおいで」と言って、リサを連れてステージに上がった。
 
金賞の賞状をあらためて読み上げた上で、賞状を小野部長が、トロフィーをリサが受け取った。ふたりともそれを高く掲げている。惜しみない拍手が会場全体から湧き上がった。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3 
【少女たちのドミノ遊び】(2)