【少女たちの基礎教育】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-06-05
それで千里は人形を握りしめたまま小春と一緒に神社の境内に入る。その時、境内に入ったとたん、黒い雰囲気が周囲に満ちたのを感じた。
何これ〜?
昼間ここで遊んでいる時はこんなものを感じたことは無かった。
お百度を踏んでいる神崎さんはなぜか小春と千里には気づかないようである。小春は千里と一緒に神殿にあがり、奥に進んだ。
先日見た、大きな犬が神殿の奥から出てきた。
これが狼なの〜!?
「手を握ろう」
と小春が言うので千里は小春の右手と千里の左手で手を握り合った。
狼が近寄ってくる。何だか凄い怖い感じで吠える。
飛びかかってくる!
と思ったら千里と小春の周囲に緑色の小さな火の玉のようなものが生まれ、それが狼にぶつかった。
狼は倒れた。
狼はピクリとも動かない。
千里が小春に訊く。
「しんだの?」
「うん」
「わたしがころしちゃった?」
「私と一緒に2人でだけどね」
「わたし、わるいことした?」
「千里、基本的に殺すことはよくない。でも殺さなければいけないこともある。ひとつは食べるため。千里、お魚とか鶏とか食べるのに殺すでしょ?」
「そうだねー。おさかなさんにはわるいけど、おさかなおいしいもん」
「それと何かから守るため。自分や自分の親しい人に危害を加えるものには対抗しなければならない。正当防衛と言うんだよ」
「せいとうぼうえい?」
「うん。こいつはここ2年ほどの間にこの周囲のお年寄りを8人も取り殺しているんだよ。だから退治したの」
「わるいやつならしかたないね。セーラームーンも、ようまたおすもん」
「そうだね。私たちはセーラーこはると、セーラーちさとだよ」
ふたりがそんなことを言っていたら、そこに上品な感じのおばあさんがやってきた。もっとも「おばあさんが来た」と千里は感じたものの、実際にはその人の姿は視覚的には見えていなかった。
『大神さま、これでここに入れますか?』
と小春が尋ねる。
『ありがとう。私たちは直接はこの手のものと戦えないから。助かった。ここ2年ほど入れなくて困っていたのよ』
とそのおばあさんは言う。
『まあそれで私が呼ばれて来たのですが、不覚を取ってしまって。あの少年もたぶんこいつに操られていたんですよ。でもこの子に助けられました』
『ありがとう、あなたの名前は?』
『ちさとです。このはなしかた、むずかしい』
と千里は心の中で思念する。
『十分上手ですよ。この小春とこれで会話する練習をなさい。するともっとうまくなるから。小春、この子に付いてあげるといい』
とおばあさんは言った。
『はい、そうします。私が《今の段階》にいる間は。この子面白そうだし』
と小春が答える。
『あら、あなた寿命が』
『大神さま。この子の寿命を延ばしてあげられませんか?』
『そうだね。助けてもらったお礼に、今の倍にしてあげるよ』
『ありがとうございます』
と千里は言ったものの《じゅみょう》って何だろうと思っている。
『それと、あなた変な物見やすいでしょ?』
『みえないですけど、なにかいるなとおもうことはよくあります』
『その時にね。その変な物の方を見ないようにした方がいい。こちらが見ると向こうも気づいて、あなたに害をなすかも知れないから』
『わかりました。きにしなければいいんですね』
『そうそう。こちらが気づかないふりをしていれば向こうも何もしないから』
『はい』
『それと大神様。今お百度を踏んでいる神崎さんの方を助けてあげられませんか?』
と小春が言う。
『分かった。何とかしよう。**龍王を呼んで、船を守らせよう』
千里はふと目が覚めた。
もう朝であった。小鳥が鳴いている。
あれ〜?今の夢だったのかな?と思ったものの、自分が手のひらの中に何か握りしめていることに気づく。手を開いてみると、ヤヨイに買ってもらった寅の人形だった。それと反対側の手にも何かある。それを見ると、可愛いキタキツネの髪留めだった。
ああ、髪留めって使いたいなと思ってたのよね〜。
そう思って千里はその髪留めを自分の髪につけた。
千里の家は2DKで千里は奥の六畳の部屋に寝ている。もっとも部屋の半分は事実上物置と化している。両親は表の四畳半の部屋で寝ていて、間にはふすまがある。そのふすまの向こうで電話が掛かってきた音がする。台所で朝ご飯を作っていたふうの母が歩き寄って出る。
「タケちゃん、漁協から」
と言われて父が起きて電話を替わる。
「見つかりましたか! 全員無事?良かった!!」
と父は言っている。
それで電話を切ってから母が訊く。
「見つかったの?」
「うん。エンジンの故障で、通信機器も水没して何とか排水はしたものの動かなくて、連絡ができなかったらしい。明け方、海上保安庁の船が見つけて、乗組員は全員海上保安庁の船に移った上で、船も曳航して戻ってきていると」
「良かったわねえ」
その会話を聞いて千里はふすまのこちら側で微笑んだ。
翌日の地元の新聞には漁船遭難と無事保護のニュースの下の方に、小さな記事で留萌の神社境内で絶滅したと思われていたニホンオオカミの死体が見つかり、何かに撃たれたような痕があったことから、地元でしばしば空気銃で動物を撃っていた外国人の少年が、警察に拘束され、取り調べを受けているという記事が載っていた。
4月。その神社にやっと宮司さんが来ることになり、地元の住人が何人か出て社務所兼宮司さんの住居の窓ガラスの割れているのを交換したり、畳換えや障子・ふすまの張り替えなどをして宮司さんを迎え入れた。
ある日、千里がタマラ、小春、それに近所に住む数人の外国人の子供たちと鬼ごっこをして遊んでいたら、その近くに年代物のカローラが駐まり、中から65-66歳くらいの神職の衣装を着た男性が降りてくる。
「君たちだけで遊んでるの? お母さんとかは居ないの?」
と男性が声を掛ける。
その時、小春が神職に言った。
「この子たち、みんな両親が共働きなんです。それで私や千里たちが一緒に遊んでいるんです。普段は千里やタマラのお母さんが付いていてくれるのですが、今日はたまたま居なくて」
すると神職は
「分かった。じゃ気をつけてね。何かあったら僕に言ってね。中に居るから」
と優しく言ってから、ハッとしたように言った。
「あなたはどなたですか?」
「深草小春と申します。実は使い走りのキタキツネです。宮司さん、ようこそいらっしゃいました」
と小春は微笑んで挨拶した。
夏、神社では宮司が来たことから、3年ぶりにお祭りが行われることになった。昨年と一昨年は、町ではやりたかったものの、宮司さんが居なくてはできないので、見送っていたのである。
町の代表数人と宮司さんとで、祭りの進行について打ち合わせる。宮司さんは今回は旭川のA神社から転任してきたのだが、若い頃に増毛町の稲荷神社で奉仕していたこともあり、このお祭りの手伝いをしたことがあった。しかし細かい所までは覚えていなかったので、町の人たちと色々話し合って細かい点を詰めていった。町の人たちも曖昧な所は「まあ適当でいいでしょう」ということになってしまった。
「巫女舞をする女の子たちをできたら10人くらいお願いしたいですね」
「小学校にあがる前の子がいいですよね? ちょっと知り合い何人かに声を掛けてみましょう」
お祭りの準備か進んでいく中、千里や小春たちはいつものように神社の境内で近所の外国人の女の子たちと、鬼ごっこや「だるまさんがころんだ」(あるいはそのアメリカ版の「Red light Green light(赤信号・青信号)」に陣取りごっこなどをして遊んでいた。
3年ぶりに使う神輿が少し傷んでいるのを修理しながら、なにげなく彼女たちの遊びを見ていた宮司は思いつく。
「ね、ね、君たちも巫女舞をしない?」
千里たちは顔を見合わせる。
「この町は結構外国人の船員さんとかも多いじゃん。だったら、そういう子たちにも参加してもらった方がいいかなとふと思ったんだよ」
と宮司は説明する。
「でもこの子たち、カトリックとか、クェーカーとか、オーソドックスとか、ムスリムとか、パールシーとかもいますけど」
と小春が言う。
「ああ・・・でもお祭りだから、それぞれの宗旨に反しないなら参加してもらえるといいけど」
と宮司さんは言う。
「ワタシ、おもしろそうだからしたい」
とタマラが言う。
すると今日子供たちの監督をしていたヤヨイも
「うん。OKOK。うちのカミサマはカンヨウだから」
と笑顔で言っている。
「チサトもするよね?」
とタマラが言うと
「ワタシしてもいいのかなあ」
と千里は、母が何か言わないかと少し心配している。
「チサト、あんたキリスト教でもイスラム教でもないんだからしなさいよ」
と小春は言う。
「そうだね。アーメンとかいわないし」
とチサト。
その千里を見て宮司がふと
「君、前から思ってたけど、少し霊感があるよね。ぜひ参加して欲しいなあ」
と言うと
「じゃ、するー」
と千里も答えた。
「小春もする?」
と千里が訊くと
「うん。私もしようかな」
と小春も答えた。
結局このグループからは、千里・タマラ・小春の他に、ヒンズー教徒のマリカ、ロシア人(正教徒)のソフィアが参加することになった。千里の母はヤヨイから
「お祭りの手伝いしてくれって宮司さんから頼まれて、タマラやチサトが参加することにした」と聞き、まあお祭りの手伝いならいいのではと思ったが、まさか巫女さんとは思ってもいなかった。
実際千里の父は、千里が神社の例祭の手伝いをするというと
「お稚児さんでもするのかな。俺はその日、まだ漁に出ているけど、写真撮っといてくれ」
と津気子に言っていた。沖合漁業の船の多くは金曜日の夕方戻るので、武矢たちは夜祭りを見に行く予定である。
宮司はある日、庭で小さな子供たちと遊んでいた小春を呼ぶと尋ねた。
「僕もこのお祭りは30年くらい前に1度手伝っただけでね。細かい所を覚えてないんだよ。深草さん、分からないかなあと思って」
この日の小春は女子大生くらいの身なりで、彼女が横座り気味に社務所の縁側に腰掛けるのを見て宮司はその色気にドキッとする。年甲斐も無く身体が反応してしまったのを焦って抑え込んだ。
「うーん。私もここは4年前からで祭りも2度しか見てないので、全部覚えているかは分かりませんけど」
と小春は言いつつも、宮司さんから訊かれたことについて、自分の記憶の範囲で答えていった。仕草などは実際にやってみせたりもした。
ふたりはこの日は遊んでいる子供たちを見守りながら会話していた。が、小春は実際かなり祭式の内容を覚えていた。特に沖合の船の上で唱える特別な祝詞や、神殿の前で祭主が行う、独特の仕草については、小春のおかげて、かなり記憶違いを修正できた。
「ありがとう。助かるよ」
「いえ。少しでもお役に立てれば」
「深草さんはここにずっと居られるの?」
と宮司が何気なく訊くと、小春は考えるようにしてから言った。
「私はここにたぶんあと10年くらい居ると思います」
「10年したらまたどこか他の神社とかに行くの?」
すると小春は答えた。
「私はあと10年くらいしたら『次のステージに進むことになる』と言われています。この世界ではいったん死ぬことになると思います」
「それは・・・・」
「キツネの寿命って長くて10年なんですよ。まあ私は普通のキツネとは違うから、14-15年くらいは生きられるみたい。そして今度死んでから15年くらい中有の世界で休眠して、次は人間の男の子に生まれる予定と言われてます」
「男の子になるんだ?」
「私、前世では人間の男の子だったらしいんですよ。当時のことは微かにしか覚えてないけど、悪いやつで何人も女の子を泣かせたみたいで。それでキツネの女になって修行し直しなさいと言われたみたい。でも女の子もやってみたら結構快適だから、次に人間に戻る時はいっそ女の子にしてくれって言っているんですけどね。簡単に予定は変えられないよ、なんて言われて、交渉中です」
「なるほどね〜。そちらの世界にもいろいろ事情があるんだね」
「でもホントに女の子はいいですよ。宮司さんも一度女の人になってみません?ブラジャーつけたりスカート穿くのも楽しいですよ」
「そういうのに関心が無いといえば嘘になるなあ」
と宮司さんは苦笑いして言う。
「ぜひやってみましょう。私、数時間程度なら男を女に変えるくらいはできますよ。女湯にでも突撃できますよ」
「うーん・・・・。取り敢えず僕は男として結婚もして子供も作ったから男で満足してるけどね。まあ女房は先に逝ってしまったから文句言わないかも知れないけど、今更僕が女になったら、息子たちから義絶されそうだし、僕が女装して出歩いていたら、この町から追放されそうだよ」
「人間は性別変えるのたいへんみたいですね」
「まあ性別を変えられるようになったのが最近だから、まだ世間に受け入れられてないんじゃないかね」
と宮司さんが困ったような顔で言うのを小春は微笑んで聞いていた。
7月15日(金)。ちょうど学校が夏休みに突入する直前、稲荷神社では3年ぶりの例祭が行われた。
この時期、留萌市内の大きな神社であるR神社やQ神社でも例祭が開かれ、そちらでは夜店もたくさん出ているのだが、こちらは小さな神社なのでその手のものは、タコヤキ屋さんとサーターアンダギー屋さんが1軒ずつ出ている程度である。他に神社と町内会の共同で豪華(?)景品付きのおみくじをやっていたが、これが結構お客が集まっていた。
また、市内3つの神社がほぼ同じ日程でお祭りをするので、観光客もR神社やQ神社のお祭りを見るついでに、こちらまでもちらほらと来ていたようである。
もっとも、留萌に7月に来る観光客は翌週の「るもい呑涛まつり」目当ての人が多い。青森のねぶたに似た「あんどん」が町内を練り歩く祭りである。
例祭当日、千里はタマラや小春にマリカと一緒に、タマラの母に連れられて神社に行った。
「じゃお願いします。私は炊き出しの方をしてから、神社の方に入りますね」
と津気子はタマラの母に言った。
町内会の方で頼んだ9人の女の子と千里たちも合わせて14人が一緒に子供用の巫女衣装に着替える。
千里はこの日、4月に札幌に行った時に愛子から借りたまま返していなかった女の子下着を着けてきていた。
上着は普通のポロシャツとジーンズなのだが、服を脱げばふつうの女の子の下着姿である。他の女の子たちも下着姿になって着替えているが、むろん千里は全然気にしない。以前温泉に行った時は男の子下着をつけていて、それをタマラに指摘されたのだが、今日はみんなに溶け込むことができて安心であった。
渡された、白い小袖を上に着、下には緋袴を着用する。最近では巫女さんの緋袴は行灯袴(スカート型)を使う神社が多いのだが、この神社では伝統的な馬乗袴(キュロット型というより最近の言葉でいうとガウチョパンツ!)を使用している。
「あれ〜、これってスカートじゃないんだね」
などと何人かの女の子が言っていた。千里もどうせならスカートがよかったのにとは思ったものの、シルエット的には十分スカートっぽいので、こういう服を着られて結構満足であった。
舞自体は何度も練習しているのだが、今一度、小学生のお姉さん2人が指導して練習することになった。なお今日の小春は幼稚園生みたいな感じになっている。
舞は15人が扇の形になって舞う。一番前に1人、その後ろに2人、その後ろに4人、その後ろに8人という構成の予定だったのだが・・・
「ヒロミちゃん来てない?」
と指導していた小学4年生の乃愛が言う。
千里たちは顔を見合わせるが誰も知らないようである。それでその子が大人の巫女さん(といっても地元の女子高生)の梨花さんをつかまえて話をし、連絡を取ってもらった。
「あらぁ、風邪ですか?」
扇のトップに立って舞うことになっていた、幼稚園年長のヒロミちゃんが風邪を引いてしまい、今お母さんが病院に連れて行き、こちらにも連絡しなきゃと思っていた所らしい。
梨花さんも一緒に控え室に行き、指導役の小学生2人と一緒に善後策を検討する。
「あのね、ヒロミちゃんがお休みなんだって。誰か代わりにいちばん前で舞ってくれないかな」
と梨花さんが子供たちに言う。
誰も返事をしない。
「ヒロミちゃんのすぐ後ろで舞っていたのは誰?」
と梨花さんは指導役の乃愛に訊く。
「サクラちゃんとカザミちゃんです」
「じゃサクラちゃんかカザミちゃん、前に立てないかな?」
と言うものの、ふたりともモジモジしている。梨花はその様子を見て、たぶん舞の仕草を完全に覚えてないんだなと思った。先頭で舞う子は、誰も見ずに舞わなければならないので、完璧に覚えている必要がある。
「ふたりとも、微妙に怪しい所が残ってたもんね」
と乃愛が言うと、梨花も頷いている。
その時、タマラが言った。
「コハルはぜんぶおぼえてるよね?」
梨花が見ると、コハルと呼ばれたのは幼稚園年長くらいの子である。
「君、先頭で舞える?」
「私がしてもいいけど、私は実は座敷童(ざしきわらし)なんです。座敷童がそんな目立つ所に立ったらいけないから、代わりに千里がするといいよ」
「え?」
と千里が戸惑っているが、梨花はその千里を見て、この子霊感が強いじゃんと思った。だったら、この子に舞わせれば3年ぶりの例祭が物凄くうまく行きそうな気がした。それで言う。
「じゃ、ちさとちゃん、先頭に立ってくれる?」
「わたしがしていいのかなぁ」
「ちさとちゃん、舞は全部覚えてるでしょ?」
「うん」
「じゃ、やってみよう」
千里は3列目の4人の中にいたのだが、フォーメーションを調整する。先頭に千里、その後ろにサクラとカザミ、その後ろに、千里と並んでいた3人に加えて、最後列に居たタマラを並べ、最後列が小春・マリカなど7人とする。1247のフォーメーションだ。
ここで梨花は小春を最後尾列の真ん中に置いた。実は舞の途中で全員が後ろを向く所があり、その部分は最後列の子たちが手本無しできちんと舞う必要がある。梨花はしっかりしてそうな小春がこの最後列に並んでいれば、安心だと思った。梨花はその後ろを向いて舞う時、小春に1歩踏み出して舞うように言った。すると最後尾に居る他の子にも小春の動きが見える。
それで舞わせてみると、ひじょうにうまく行った。
「よし、これでやってみよう。じゃ出番まで休んでいてね」
例祭は早朝から始まっている。4:04の日出とともに御神輿を宮司と一緒に船に乗せて沖まで運び、沖合数kmの定置網を置いている所で神を迎える儀式をしてから、戻って来る。
そのあと神輿は町内を練り歩く。そして神社に戻って来たのが9時頃である。神輿を神殿に運び込んで神職が祝詞をあげ、高校生巫女の梨花さんと亜耶さんが舞を奉納する。議員さんの代理の人や町内会長さんなどが、玉串奉納をする。
そして10時頃、子供たちの巫女舞の出番である。
かなり待ちくたびれていた千里たちが神社の拝殿に出てきて、梨花さんの笛、亜耶さんの太鼓に合わせて舞い始める。
千里の母は炊き出しの方が終わって、デジカメを持ってこちらにやってきて境内で待機していた。お稚児さんが出てくるのは、この巫女舞の後なので、お隣の杉山さんの奥さんとふたりでおしゃべりなどしていたのだが、少女巫女たちが出てきたところで
「あら、扇の要(かなめ)は千里ちゃんなのね?」
という杉山さんの声に、へ?と思って拝殿を見て驚愕する。
なんで千里が巫女衣装着てるの〜〜?しかもいちばん目立つ所にいるなんて!!!
武矢から言われて、稚児姿の千里を撮るつもりでいたのだが、さすがにこの巫女姿の千里を撮る訳にはいかない気がした。しかし、周囲の人たちがみんな写真を撮っている。それで津気子も「撮っても見せなきゃいいよね」と開き直り、千里の晴れ舞台を写真に収めた。
しかし舞は物凄く神秘的な雰囲気であった。
最初はざわめいていた境内の氏子も観光客も、次第にその雰囲気に呑まれて無言になっていく。舞は静粛の中、美しく進んでいった。
やがて千里たちの舞がクライマックスに達した頃、海の方から強い風が吹いてくる。神殿に奉納された神輿の屋根に付いている風車がカラカラと音を立てて回った。一瞬、ざわめきが起きる。
これは実は物凄い吉兆なのである。
「でも千里ちゃん、凄く可愛いね」
とお隣の杉山さんが言うのを津気子は
「そうですね。私に似ず可愛いかも」
などと内心冷や汗を掻きながら答える。
前々から杉山さんはひょっとして千里のことを女の子と思ってないか?というのは感じていたのだが、今日の巫女舞を見た後では、むしろ男の子ですとは言えなくなってしまった気がした。
千里たちの舞は10分ほど続く長いものであったが、14人の幼い巫女たちは一糸乱れずに美しく舞い終えることができた。終わってから神様に一礼、観客に一礼して下がる時、大きな拍手が送られていた。
その後は代わってお稚児さんの衣装を着けた小さな男の子が3人入って来て、この日獲れたお魚を奉納する儀式を始めた。
子供たちの出番は午前中で終わり、午後からは神事はいったん休憩となる。津気子は控え室の方に行き、もう着替え終わった千里たちと会う。
「お疲れ様〜」
と声を掛けると、ヤヨイも寄ってきて
「オツカレー、リーダーのコがヤスンダので、チサトがカワリにリーダーしたよ」
と説明(?)してくれる。
「ああ、そういうことだったんですね」
「リーダーの子は全部覚えてないといけないんだけど、舞を完全に覚えていたのは、本来要(かなめ)を務める予定だったヒロミちゃん以外では、千里ちゃんだけだったんですよ」
と指導役の乃愛も言った。
「千里ちゃん、完璧に舞ってくれたので助かりました」
「そうね。この子、物覚えはいいみたいね」
と津気子も冷や汗を掻きながら言った。
千里と手をつないで帰るが、津気子は
「でも頑張ったね」
と千里を褒めてあげた。
「えへへ。わたしもきょうはがんばったかなとおもう」
と千里もまだ高揚した気分の中で答えた。
午後から祭りは一時お休みに入り、今日だけ特別に用意した豪華景品付きおみくじを引く参拝客がぱらぱらと来る程度になる。そして日没(19:05)の後から今度は氏子さんたちによるお神楽などが奉納される。
武矢は16時頃帰って来た。豊漁だったようで機嫌が良い。
「千里どうだった?」
「うん。頑張ってたよ。でも私、見とれてて写真撮るの忘れちゃった」
「ありゃ、それは残念だったな」
「でも可愛かったよ」
「お前の息子だからな。じゃ飯食ったら、お神楽見に行こう」
「うん。千里はもう先に寝ててね」
「うん」
なお、千里たちの舞の写真は翌日の新聞地域面にも掲載されていた。記事には市内に住んでいる外国人の子も参加、などと書いてあったので、タマラやマリカたちが参加していたのが、記者の興味を引いたのだろう。
むろん千里はその巫女の隊列の先頭に堂々と写っている。
津気子は夫の目に触れないように、新聞を早々に始末してしまった。ただし、千里が写っているその写真の所だけは切り抜いて、自分しか見ることのない、台所の引き出しの中にしまった。
「まあ実際、この子可愛いよね」
と津気子は独り言を言う。
「ごめんね〜。女の子に産んであげられなくて」
などとも小さい声でつぶやいた。
千里たちの舞の成果か、この夏、武矢たちが拠点にしているS漁港では豊漁が続いた。それで村山家の家計も少しだけ持ち直し、来年から千里を幼稚園にやらないといけないのにどうしよう?と思っていた津気子も少しホッとすることができた。
1994年10月。
千里は母に連れられて近くの幼稚園に入園試験を受けに行った。試験を受ける子だけ並べられた椅子に座らせ、親は後ろの方で見ている。園長先生のお話があっていたのだが、千里は椅子に座ったままじっと聞いていたものの、中にはちゃんと椅子に座っていられなくて立ち上がって走り回り慌てて親が寄ってきて、また座らせたりしている子もいた。
(先生がその様子を見ながらメモしていたので、どうもこの「座ってお話を聴く」というの自体が試験の一部のようである)
やがて1人ずつ名前を呼ばれる。
「村山千里さん」
と呼ばれるので千里は
「はい!」
と元気よく答えて、椅子から立ち、別室に行く。母がそれに付き添う。
それで大きな星形が印刷された紙とハサミを渡され、この線の通りに切ってくださいと言われた。千里は紙を右手で、ハサミを左手で持って切り始める。
「あら、お嬢さんは左利きですか?」
と先生から言われる。
「あ、どちらも行けるみたいです。千里、右手でハサミを持って」
と母が(お嬢さんと言われたことは取り敢えず置いといて)言うと
「うん」
と千里は答えて、紙を左手、ハサミを右手で持ち直して、続きを切って行った。
「線の通り、きれいに切れたね」
と先生は褒めてくれた。
そのあとは先生が千里に質問した。
「お名前は何ですか?」
「むらやまちさと」
「何歳ですか?」
「3さい」
(千里は1991年3月生なので、2年保育に行く場合3歳半の状態で面接を受けることになる。早生まれの子にとって幼稚園の面接はとっても大変である)
「好きなものは何ですか?」
「おさしみ」
「昨日は何を食べましたか?」
「カレー」
「大きくなったら何になりたい?」
「セーラーマーズ」
「セーラーマーズが好きなんだ?」
「レイちゃんかっこいい。おおぬさふってあくりょうたいさん」
と千里が言った時、
その時、左端に座っていた園長先生が「え!?」という表情をした。
「あなた、もしかして・・・・」
と言って千里を少し見つめる。「ちょっと待って」と言い、席を立って何かのカードを持って来た。裏返しに5枚並べる。そして別の5枚を表向きにして渡すと
「千里ちゃん、このカードを表向きに5枚このカードの下に並べて」
と言う。
それで千里は先生からカードを受け取ると、左から順に□○+☆、そして川のような模様が描かれたカードと並べた。園長先生が最初に裏返しに並べていたカードをめくる。するとそのカードも左から□○+☆川だった。
「千里ちゃん、仲間合わせ好きなのね?」
「うん、すき」
と千里が言うと、園長先生は微笑んでいた。千里の母は何だろう?と思い首をひねっていた。
幼稚園の入試結果は翌週通知された。面接と年収で絞った後に最終的には抽選までしたらしいが、結果は合格で、12月に制服の採寸をしてくださいということであった。
制服はセーラー服の上下に帽子、園内で着るスモッグ、体操服の上下で合計18000円と書かれている。公立なので、私立に比べるとぐっと安いものの、それでも公立に来るのはあまり裕福ではない家庭が多いし、ボーナス時期の後に払えばいいようにしているのかなと津気子は思った。
村山家の家計にしても、津気子が武矢と結婚した頃はけっこう潤っていて、子供が生まれる頃には市営住宅を出て家を建てようかなどという話もしていたのだが、その後ソビエト及び1991年12月の解体後にそれを継承したロシアの200海里水域での漁獲量制限などもあり、水揚げは急速に減ってきた。船自体の数が、結婚して留萌に来た当初の半分くらいになっている。特に昨年以降は制限が本当に厳しくなり、津気子はかなりの緊縮家計を強いられている。正直私立の幼稚園なら月謝を払うのも辛いと思っていたので、公立に入ることができたのは助かった。
11月上旬の飛び石連休に、津気子の姉で当時は札幌に住んでいた優芽子が2人の娘・吉子(小3)と愛子(年長)を連れて遊びに来た。
「ああ、公立に入れたんだ。良かったね」
と優芽子が言う。
「うん。お母さんたちの話を聞いていたら、年収400万円以上を足切りした上で抽選で40人くらいを25人に絞ったらしい」
「結構競争率高いね!」
「そうそう。私立だと月謝も高いし、制服とかも高いみたいだから結構辛いかなと思っていたから良かった」
「そうだ。今愛子が使っている通園カバンとか、譲ろうか?」
「あ、助かる。ちょうだい。私立は規定のがあるけど、公立はそういうのも好きなの使っていいみたいだから」
「わたしは?」
と愛子が言うが
「あんたは来年からは小学校だからランドセル買ってあげるから」
と優芽子が言うと
「あ、それもたのしみ」
などと愛子は言っていた。
「赤いカバンだけど、男の子が使っても問題無いよね?」
「あ、平気平気。それに千里わりと赤が好きみたいだし」
「あれ?今千里ちゃんが着ているブラウスも愛子が着てたのかな?」
「そうそう。まだ小さいし、別にブラウスでもいいだろうと思って」
「うん。小さい内はそのあたりもいいよね」
「千里が着れなくなったら玲羅に」
「こちらも元々は吉子が着ていたものを愛子に着せて、そのあとこちらに送ったんだけどね」
「いや、すごく洋服は助かってる。子供はすぐ大きくなるから」
「だよねー」
「清彦兄さんとこは一番下が玲羅のひとつ下だし、あそこの三兄弟だけで終わってしまうみたいだもんね」
「そもそも男の子が3人も着た服は使用不能」
「うん。女の子はおとなしいから再利用できるけど」
「千里ちゃんもおとなしいからあまり服痛まないでしょ?」
「そうそう。この子はあまり外で遊んだりせずに本読んだりしてることが多いのよね。何か運動とかもさせた方がいいのかも知れないけど」
「家の中で遊んでるのが好きなら、家の中でできる風船遊びとかボウリングとか輪投げとかもいいかもね。100円ショップに売ってるよ」
「うーん。こちらにはそんなのまで売ってる100円ショップが無い」
「そっかー。じゃ今度適当にみつくろって買って送ってあげようか」
「あ、助かるかもー」
「でも幼稚園はお稽古事とかはないの?」
「私立の方はいろいろあるみたい。ピアノ、バレエ、空手、習字、パソコンに英語、お絵描き、水泳とか。でも公立の方はピアノと体操教室だけみたい。幼稚園の先生が自分で教えられる範囲みたいで。だから月謝も1500円だって」
「安いね!」
「半ば延長保育みたいなもんだから」
「なるほどー」
「男の子は体操教室、女の子はピアノ教室に参加する子が多いみたい」
と津気子が言う。
「ふーん。千里ちゃんは体操教室させる?」
「それがこの子、体操は好きじゃないからピアノしたいって」
「ああ、それもいいかもね〜。男の子がピアノ習ってもいいと思うよ。あ、だったら愛子が弾いてたおもちゃのピアノもあげようか? もう愛子も普通のアップライトピアノ弾いてるから、あまりあれ弾いてないもんね?」
「あれ出ない音があるけど」
と吉子が言っているが
「そのくらいは愛嬌で」
と津気子は言った。
それで連休明けに優芽子は、札幌の100円ショップで買った輪投げとボウリングに愛子が使っていたおもちゃのピアノ(というより電子キーボード)で、演奏するとお人形さんが踊る仕様のをまとめて送ってきてくれた。もっとも5つ立っているお人形の内、1つは動かない。どうも少し壊れているようだ。
千里はこのキーボードが気に入ったようで、探り弾きで童謡などを弾いていた。
「あんた上手に弾くじゃん」
と津気子は千里に声を掛ける。
「うん。これたのしい」
千里が左手でメロディーを弾いているので津気子は言う。
「でもピアノって右手でメロディー弾くんだよ。左手では伴奏するんだよ」
「ばんそう?」
それで津気子は押し入れの中から自分が子供の頃使っていたエレクトーンの教本を出して来て、それで確認しながら教える。
「取り敢えずこの3つの和音を覚えなさい」
と言ってC(ソドミ)、F(ラドファ)、G7(ソシファ)だけ教える。
「この中のどれを弾けばいいかは、その時にいちばん合っている気がするのを選べばいいんだよ」
と教えると、千里は悩みながら色々試しているようであった。
千里はボウリングにも興味を持ったが、輪投げには異様に関心を示した。
千里が実際問題として輪投げの輪を百発百中させるので
「あんた、輪投げの天才だね!」
と津気子は実際驚いて言う。
「おしえてもらったー」
「誰に?」
「どこかのおねえさん」
「へー。それ輪投げの選手だったのかもねー」
と言ってから津気子は
「あんた、この距離から入るなら、少し遠くから投げて入るように練習すればいい」
とアドバイスする。
「うん」
と言って千里は最初1mくらいの距離から投げていたのを少しずつ遠くから投げて遊んでいたようである。
11月下旬。タマラの一家がアメリカの父の実家に里帰りしてきたということで千里の家に3人で来て向こうのお土産をくれて少しおしゃべりしていた。
ところで津気子はあまり英語が得意ではないが、タマラの母・ヤヨイもあまり日本語が得意ではない。タマラの父・ピーターに至っては日本国籍まで取ったのに実は日本語がほとんどできない(よく帰化申請が通ったものである!)。
それで千里の日本語は津気子が英語に訳し、タマラやピーターの英語はヤヨイが訳すという形で会話は進行した。
おやつを食べている間は子供たちもおとなと一緒に居たものの、おやつが尽きるとタマラが「なにかあそぼう」と言って千里とふたりで奥の部屋に行く。それでいつの間にか姿を現していた小春と3人で輪投げを始めた。
それでおとなたちは何気なく子供たちが遊ぶのを見ていたのだが、千里がほとんど外さずに輪をピンに入れるので
「She's so good at quoits!」
とピーターが言う。
津気子は she というのでタマラちゃんかコハルちゃんのことか?と思ったものの、すぐに千里のことだと気づく。あれ〜〜?タマラちゃんのお父さん、千里のこと女の子と思ってる??と思ったものの
「Chisato loves that game」
と言う。
「Then, let me make her a wooden quoits」
などとお父さんが言い出す。津気子はそんなわざわざとか断ろうと思ったものの、どうやったら断ればいいのか英語が分からないのでその日は曖昧に微笑んでいた。
すると翌日またタマラを連れてきたお母さんが
「ムラヤマさん、これ私のハズバンドからのプレゼント」
と言って、細い板を十字に組み5本のピンを立てた輪投げ(輪は太いロープを丸くしたもの)を持ってきてくれた。
「わあ、Thank you very much!!」
「同じもの2作って、ひとつタマラに、ひとつ千里に」
「Wonderful. He works well!」
それで津気子はタマラのお母さんに御礼に冷凍していた鱒の切り身をあげると
「私もタマラもトラウト大好き」
と喜んでいた。
12月22日(木)、来年入る予定の幼稚園でクリスマス会があるというので、入園予定者が招待された。千里もタマラもそこに入る予定なので、お出かけする。タマラは赤いドレスを着ていた。千里は青いトレーナーと下は黒いジーンズのロングパンツを穿いていた。
「チサトもドレスにすればいいのに」
と最近はだいぶ日本語が使えるようになってきたタマラが言う。
「わたしもスカートがいいといったけど、おとなのじじょうだって」
「オトナのジジョウって、わたしもきいたことある。おとなもタイヘンみたい」
「だねー」
この日は千里の母は漁協の用事で呼び出されてしまったのだが、ヤヨイが私が面倒見ますよというので、じゃお願いということで頼み、千里とタマラの2人がヤヨイに連れられてやってきた。
幼稚園に着いて、まずは受付の所で名前を言うと、最初タマラに赤いリボンのついた「はやかわ」という名札、千里に青いリボンのついた「むらやま」という名札を先生は渡そうとしたが、本人を見て先生がピクッとする。
「あれ、むらやまさん、女の子?」
「エエ、コノコはオンナノコですよ」
「すみませーん。間違ってました。今作り直しますね」
と言って、先生は予備の赤いリボン付き名札に『むらやま』と書いて、千里に渡した。
中に入っていき、飾られている大きなクリスマスツリーを見て「きれーい」などと言っていた時、千里たちは近くに、妙に違和感のある女の子(?)を見る。
「ね、ね、なまえなーに?わたしハヤカワ・タマラ」
「わたし、むらやま・ちさと」
とふたりが名乗ると彼女(?)は、
「ぼく、まりこ・ともすけ」
と名乗った。
彼女は「まりこ」と書かれた青いリボンの名札をつけている。
千里とタマラは顔を見合わせた。
「まりこちゃん? でも、にほんではなまえ・みょうじ、じゃなくて、みょうじをさきにいってなまえをあとでいうんだよ。ブラジルかどこかからきたの?」
「えっと、ぼく、にほんじん。みょうじがまりこで、なまえがともすけ」
ふたりはまた顔を見合わせた。
「ともすけって、おとこのこみたいななまえだね」
「うん。ぼく、おとこだよ」
「え〜〜〜!?」
と千里もタマラも驚く。
「おとこのこなのに、なんでスカートはいてるの?」
「おとこのこがスカートはいたら、いけないのかなあ」
と彼が言うと
「ううん。そんなことないよ。おとこのこでもスカートはきたかったら、はいていいとおもうよ」
とタマラが言う。
「おねえちゃんが、スカートはいて、おともだちのところのクリスマスかいにいくといってたから、ぼくもスカートがいいといったら、おかあさん、おこったみたいで、かってにしなさいといわれた。どうしておこったんだろう」
「べつにおこることないよねー」
「うん。ともすけくん、スカートにあってるとおもうよ」
とタマラも千里も言ってあげる。女の子は小さい頃から、おせじがうまいのである。
「おねえさんはしょうがくせい?」
「うん。しょうがく3ねんせい」
「おおきいね」
「こはるとどちらがおおきいかな」
と千里が言うと
「こはるって、ようちえんせいかとおもうと、こうこうせいくらいにみえることもあるよね」
とタマラは言っている。
「あれ、ふあんていなんだとかいってたよ。ふあんていってどういうことかな?」
「なんかむずかしそうだよね」
とふたりは言っている。
そんな話をしていた時、幼稚園の先生がその付近にいる子に声を掛ける。
「ゲームをしますよ。いらっしゃーい」
「はーい」
と言って、千里もタマラも、スカート姿の鞠古君も一緒にそちらに行く。
「玉入れ競争をしますよぉ。男の子と女の子に別れようね。男の子はこちらで白い玉を入れます。女の子はこちらで赤い玉を入れます。勝った方には素敵な賞品が出ますよ」
と園長先生が言う。
それでタマラや千里は赤い玉が転がっている方のゴールのそばに行く。鞠古君は白い玉が転がっている方のゴールに行く。ところが鞠古君がスカートを穿いているので、先生から言われる。
「君、女の子は向こうのゴールだよ」
すると鞠古君は
「ぼく、おとこのこ」
と主張する。
「男の子になりたい女の子なのかな?だったらいいよ。君はこちらで入れてね」
「うん」
「こちらが賞品ですよ」
と言って、先生は大きな箱と小さな箱が並んでいるのを見せる。
「勝ったチームには豪華な賞品が、負けたチームにも残念賞があるから頑張ってね」
と言う。
ゴールは女の子は力が弱いだろうということで、女の子用のゴールが少し低めにセットされている。先生が笛を吹き、玉入れが始まる。
すると輪投げで鍛えている千里やタマラがどんどん正確に玉を入れていく。それでまだ終わりの笛が鳴る前に、女の子のゴールの方は玉が無くなってしまった。慌てて先生が笛を吹いて終了とする。
それで両方のゴールに先生がついて「1」「2」と数えながら出して行くのだが、赤の方が多いのは明白である。結局赤は32個、白は20個と大差が付いていた。
「じゃ2回戦行きます」
と言う。
本当は1回だけのつもりだったのだが、思わぬ結果になったので挽回のチャンスを与えようととっさに考えたのである。ついでに赤のゴールを調整して白のゴールと同じ高さにした。
それで2回戦を始めるものの、あっという間にまた赤の方は玉が無くなってしまう。笛を吹いて終了させたものの、園長先生は頭を抱えている。
実は男の子が勝つだろうと思い、大きな箱に男の子用の賞品、小さな箱に女の子用の賞品を入れておいたのである。
しかし仕方ない。数えてみると、赤は32個(全玉)、白は24個であった。
「それでは勝った女の子チームには豪華な賞品をあげます。女の子の代表、そこにいる外人さんの女の子、いらっしゃい」
と言われて、私のことかなあ、という感じでタマラが出て行く。そして園長先生はタマラに小さな箱を渡した。タマラが喜んで持ってくる。
「負けた男の子チームにも残念賞をあげます。代表でそこの坊主頭の男の子、いらっしゃい」
それで出て行ったのが、後に千里たちとも仲良くなる田代君であった。園長先生は田代君に大きな箱を渡した。彼がそれを男子たちの所に持ってくる。
「せんせい、どうしてかったほうがちいさなはこなんですか?」
とひとりの女の子から質問が出る。
「皆さん、舌切り雀のお話は知らないかな?」
と園長先生が言うと
「あぁ!!」
と声が出る。たいていの子が知っているようである。
「小さなつづらを持ち帰ったおじいさんは、金銀財宝、大きなつづらを持ち帰ったおばあさんは、へびやとかげが入っていたのよね。知らない子にはこのお話、あとでしてあげるね」
と園長先生は説明するが、結構冷や汗であった。
箱を開けて見ると、タマラが持って来た小さな箱には、セーラームーンの様々なキャラクターのハンカチとか、個包装のクッキーなどが入っている。一方で田代君が持っていった大きな箱には、クレヨンしんちゃんや南国少年パプワくんなどのキャラクターのハンカチとか、個包装のキャンディなどが入っていたようである。
「これ、さいしょからこちらがおんなのこようだったのでは?」
と難しそうな顔をした女の子が言う。これが後に千里の親友となる蓮菜だった。
「きっと、おとなのじじょうなんだよ」
と千里が言うと
「よくあることだよねー」
と恵香も言っていた。
ちなみに、タマラはセーラージュピター、千里はセーラーマーズのハンカチを選んでいた。
千里が明らかに女の子用と思われる赤いリボンの名札をつけ、セーラー戦士のハンカチを持ち帰ってきたのを見て、津気子は「うーん・・・」と腕を組んで悩んだ。
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【少女たちの基礎教育】(2)