【少女たちの代役作戦】(3)

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2学期に入ってすぐ、結果的には千里が参加して2回目の練習の時に衣装合せもした。馬原先生が前の学校で大きな業績を残しているおかげで、予算もついたらしく、この衣装代も学校から費用が出るらしい。おかげで千里は「合唱サークルの衣装のスカート買うお金ちょうだい」などといったことを母親に言って悩ませずに済んだ。
 
学校で用意してくれる衣装は上がペールピンクのチュニック、下はえんじ色のスカートである。合わせて着ると、どこかの私立女子校の制服のようで、凄く可愛い。これ結構良いお値段がしたのでは?と千里は思った。
 
ウェストを測られて千里は
「あんた背が高いからLかと思ったけどSでいいみたいね」
と言われる。
 
「この子、細いんですよ」
と蓮菜。
「もっとご飯食べなきゃダメだよと言うんですけどね」
とリサ。
 
リサはピアニストなので、歌う子たちとは別の服になる。彼女はピアノの発表会で着たドレスを着ると言っていた。
 

一方、学習発表会でやる劇の方は、4年1組の出し物は『白雪姫』と決まった。
 
「ね、ね、白雪姫に王子様がキスして起こす所はどうすんの?」
「キスするふりで」
「でも顔が至近距離になるよね」
 
「そうだ。王子様はるみちゃんにやってもらおう」
「ああ、それならいいか」
 
白雪姫役は男子たちの推薦でクラス1の美人の優美絵と決まる。美人だが、はにかみ屋さんなので、こういう役は大丈夫かなと千里を含めて何人かの女子が心配したものの、本人は頑張ってみますと言っていた。
 
お后様役はクラス委員の玖美子が
 
「誰もやりたがらないだろうし、私がやるよ」
と言ってそれで決定。
 
王様は高山君、猟師が田代君、鏡は原田君、7人の小人が蓮菜・恵香・佳美、中山・元島・佐藤、に千里、そしてナレーターは穂花と決まった。
 
「まあ小人って性別はわりとどうでもいいから」
「村山に男役はさせられんけど、女役させると色々問題があるかも知れないし」
「いや、問題は無い気もするけど」
 
それ以外の子は、大臣とか、お城の舞踏会に出る貴族・貴婦人とかの役を割り当てられる。白雪姫の代わりに猟師に撃たれて心臓を取られる鹿の役を鞠古君が割り当てられていた。
 

8月27日(日)。合唱サークルの地区大会が行われる。
 
小学校の参加校はそんなに多くもないので、留萌・上川・宗谷の三支庁合同の予選が旭川で行われる。1位になれば来月札幌で行われる道予選に進出することになる。
 
この日は保護者の車数台に分乗して旭川に向かった。千里は出場するメンツには入っていないものの「応援に行くから」と言ってあった手前、蓮菜のお母さんのセドリックに、蓮菜・佐奈恵・穂花と一緒に乗って旭川に向かう。
 
朝7:00に留萌を出て旭川に8時半すぎに到着する。大会は9時からである。
 
出場するメンバーは6年生9人・5年生7人・4年生6人の合計22名。それに6年生の鐙さんがピアノを弾く。馬原先生が指揮である。
 
この他、応援ということで、千里のほか、6年生の飛内さん、5年生の阿部さんと長内さん、それに4年生で2組の亜美が来ていた。
 

「じゃ会場に入る前にここで少し合わせようか」
と言って馬原先生がみんなを集める。
 
「全員そろってるかな・・・って何か人数が足りない?」
「5年生の小塚さんと赤津さんに、6年生の横井さんと鐙さんがまだ到着してないようです」
「あら?どうしたのかな?」
 
「その4人は**集落なので、たぶん横井さんのお母さんの車に乗ったんじゃないかな」
 
先生が電話してみると、その横井さんのお母さんの車が道央自動車道で起きた事故のため身動きが取れなくなっているという。
 
「ほんの300mほど先で事故が起きて車線がふさがっていて。今警察が誘導して後ろの方の車から順に前のICまで戻って行っている所なんですよ」
と4人を乗せた横井さんのお母さんの話。
 
「きゃー、どうしよう?」
 
N小の出番は、2番目なのである。その状況では本番に間に合わない可能性が高い。
 
「仕方ないですね。その4人抜きでやりますか?」
とサポート役に付いてきてくれている工藤先生が言う。
 
「それが、鐙さんはピアニストで・・・」
「ピアノを弾く人がいないんですか!?」
 
「それと参加資格が・・・」
と6年生の部長・小野さんが言う。
 
「資格?」
「この大会は20人以上で参加しないといけないんです」
「あら」
 
と言ったものの、工藤先生はすぐに言う。
「応援に来ている子が何人かいますね。その子をステージに立たせればいいですよ」
 
「それしかないですね」
と小野部長も言い、人数合わせのため、何人か立ってということにする。幸いにも衣装は別途持って来ていたので、本来の出場メンバーと一緒にその子たちにも着替えてもらおうという話になる。
 
「でもピアニストはどうします?」
と小野部長が尋ねる。
 
「私がピアノを弾いて指揮を誰かに頼もうかな」
と馬原先生。
 
「じゃ私が指揮をしましょうかね」
と小野さんが言うが、同じ6年の深谷さんが
「それでは高音部が足りなくなります」
と主張する。
 
事故による通行止めに引っかかって遅れている3人が全員高音部なのである。更に高音部の小野さんまで抜けると、高音部の人数が極端に減る。
 
「じゃ低音部の人で・・・野田さん、指揮いいかな?」
「あ、はい」
 
それで同じ6年生の野田さんが指揮をすることになる。
 
「代わりにステージに立つ3人は誰々にします?」
「できたら高音部の声が出る子が助かるけど」
 
「千里は歌えるよね?」
と蓮菜が言う。
 
「『キタキツネ』はこの一週間一緒に練習したけど、課題曲の『大すき』は何度か聞いただけだよ」
 
「千里なら聞いていれば歌えるはず」
「うーん。。。。」
「制服のスカート穿きたいでしょ?」
 
千里は笑って
「じゃ、やるよ」
と答えた。
 
この写真を母が見ることがありませんように、と思う。
 
「じゃ、村山さんお願い」
と馬原先生が言う。
「はい」
 
あと2人は6年生の飛内さんとコハルがすることになった。
 
「深草さんも歌えるよね?」
「私も聞いていただけですよ」
とコハルは言うが、もともと歌も楽器もうまいコハルなので、そう悲惨なことにはならないだろう。飛内さんは合唱サークルに入ろうかどうかと迷っている子で元々一緒に練習していたので問題無いようだ。
 

通行止めに引っかかったメンバーが出たので指揮と伴奏者を交代したいというのを先生が事務局に申し出、了承を得た。
 
その間、児童たちは、急いで更衣室に指定されているサブ体育館に行き、衣装を配って身につける。ペールピンクのチュニックを着て、えんじ色のスカートを穿く。千里はスカートは最近わりと穿いているものの、実は学校のみんなの前で穿くのはこの日が初めてだったので、けっこうドキドキした。
 
「千里、スカート姿に違和感が全くない」
「えへへ」
 
だいたいみんな着替え終わった所で、小野部長が
 
「よし行こう」
 
と言い、更衣室を出てホールに行く。最初の学校が歌っている。千里たちはこの次だが、結局練習無しのぶっつけ本番になってしまった。
 
前の子たちが歌い終わって下がる。N小の低音部の子たちが入って行く。それに続いて千里や蓮菜・コハルなど高音部の子が入って行く。
 
馬原先生がピアノの所に座る。指揮をする野田さんが入って来て聴衆に一礼し指揮棒を構える。先生とアイコンタクトをして先生が伴奏を始める。野田さんは、ここでいきなり拍を間違ってしまった!
 
正確にいうと、ちゃんと合っていたのに、先生の伴奏を聞いてから、間違ったかと思って拍のタイミングを変えてしまったのである。それで伴奏と指揮がずれてしまった。
 
先生も焦ったようだが、ここで弾き直す訳にもいかない。やり直すと制限時間内に終わらない可能性が出てくる。
 
一瞬メンバーはピアノと指揮のどちらに合わせるべきか、視線を交わす。が、小野部長が自分の右手でリズムを取り、ピアノ側に合わせるよ、という指示を出す。それでみんな混乱無く、馬原先生のピアノ伴奏に合わせて歌い出す。
 
一方の野田さんは自分が拍を間違ったことに気づいて修正しようとするも、更に修正し間違って、もうむちゃくちゃになってしまう。しかし歌唱者はみな指揮は気にしないことにして、ピアノ伴奏にだけ合わせて、何とか最後まで課題曲を歌いきった。
 
課題曲が終わった所で野田さんが座り込んで泣き出してしまう。
 
急に言われたので無理もない所、大失敗をして自分が抑えられなくなったのだろう。小野部長が出て行き、ハグしてあげたら、少し落ち着いたようである。コハルも心配して出て行く。
 
「ねえ、コハルちゃん指揮代わってくれない?」
などと情けないことを言い出す。
 
「大丈夫だよ。次はちゃんとできるよ。そうだ。私、ゆみちゃんのそばに付いててあげようか?」
と言ってコハルは篠笛を取り出した。
 
「これ吹くので前に立っているのはOKだよね?」
とコハル。
「うん。楽器演奏者ならここに居てもいい」
と部長。
 
それでコハルが野田さんのそばに残り、小野部長は自分のポジションに戻る。歌唱者は1人減ってしまうが、20人以上いるので大丈夫である。
 
そして2曲目の自由曲『キタキツネ』の演奏を始める。
 
今度は野田さんも焦らずに指揮することができた。馬原先生のピアノ、そしてコハルが吹く篠笛の音に合わせて、みんな熱唱する。千里は合唱っていいなあと思いながら歌っていた。
 

終わると物凄く大きな拍手があった。野田さんは緊張が解けたところでまたまた座り込んでしまったものの、コハルに促され、肩を抱かれるようにして何とか立ち上がると、観客席に向き直り、涙を浮かべながらコハルと一緒に深くお辞儀をした。
 
千里たちが退場してサブ体育館で着替える。
 
「みんな本当にごめん」
と野田さんは謝るものの
「ドンマイ、ドンマイ」
とみんな声を掛ける。
 
「でもドンマイってどういう意味だっけ?」
「英語でDon't mind. 気にするなってことだよ」
「へー」
「それが日本人にはドンマイと聞こえる」
「ほほお」
 
「うどんがうまいの略かと思った」
「なぜ、うどんが出てくる?」
 
「ドンってスペイン人の名前にあるから、人の名前かと思った」
「それどういう人よ!?」
「きっとよく失敗していた人の名前」
「伝記を見てみたいな」
 
「ドン・マイ、1756-1821。スペインのドジ地方ミス村に生まれる。生来失敗が多くあいつには物事は任せられないと言われて不遇な生活を送っていたが、1808年ナポレオンの支配に対抗するスペイン独立戦争、バイレンの戦いで、彼がうっかり落としたトマトの箱がフランス軍の司令官の頭に当たり、司令官が死亡。その混乱に乗じてスペインはナポレオンの軍に対して劇的な勝利をおさめた。これをもって、失敗しても、それが何かの成果に通じることもあるとして、失敗した人にはドン・マイと声を掛けるようになったのである」
 
とコハルが言う。
 
「それ本当?」
「今考えた」
「凄い」
「まるで本当の伝記だ」
 

会場に戻り、座席に座って他の学校の演奏を聞いていたら事務局の人が馬原先生を呼びに来た。それで先生が行ってきた所、コハルの篠笛が入った件に付いて、作曲者の編曲承認書が出てないけどと言われたらしい。うっかり出し忘れていたので、週明けにすみやかに提出しますと返事する一方で、教頭先生に電話をして、作曲者の高倉田博さんに連絡を取って編曲の承諾を取ってもらえないかと依頼した。
 
「譜面は今日中に書きますので」
「分かった。とにかく先方に連絡してみる」
 
「深草さん、さっきの篠笛の譜面書ける?」
と先生がコハルに尋ねる。
 
「あ、すぐに書きます。先生、五線紙持っておられます?」
「うん、これ使って」
 
それでコハルは先生からもらった五線紙に自分が吹いた篠笛のメロディーを書き込んでいた。
 
そんなことをしている内に、やっと鐙さんたちが到着した。
 
「すみませーん」
「いや、事故そのものに巻き込まれなくて良かったです」
 
「横井さんたち歌えなくて残念だったね」
「もし道大会に行けたらそちらで歌えるけど」
 

コハルが譜面を書き上げると、馬原先生は会場のFAXを借りてそれを学校に送信した。教頭先生の方は幸いにもすぐ高倉田さんと連絡が取れて、その追加した篠笛の譜面を見てから判断したいと言われたということだったが、教頭先生が譜面を作曲者に転送すると
 
「これならOKですよ。むしろこれを私のオリジナルにも反映させたいくらい。美しいメロディーですね。まるで本当にキタキツネが歌っているみたい」
というお返事であった。
 
高倉田さんはすぐ編曲承認書を書いて取り敢えずFAXしてくれたので、教頭先生は、それをすぐ会場に転送してくれた。このFAXが到着したのが12校目、最後の学校が歌っている最中で、馬原先生はすぐにその承認書を事務局に提出した。
 
「書類そのものは週明けにもきちんと提出しますので」
「分かりました。では取り敢えずこのFAXを受け取っておきます」
 
全校の歌唱が終わった後、審査のためしばし休憩に入る。
 
千里たちはロビーに出ておしゃべりしたり、トイレに行ったりしていた。ほとんどの学校が女声合唱であったこともあり、会場は女子が圧倒的であり、当然女子トイレも大混雑であったが、千里は他の子とおしゃべりしながら列に並んでいた。
 
「そういえば千里、学校では男子トイレに入っているよね」
と佐奈恵が言う。
 
「自粛してる」
と千里。
 
「でも千里は学校外では普通に女子トイレに入っているよ」
と蓮菜。
 
「今日も女子トイレだし」
と穂花。
 
「男子トイレは空いてそうだけどね」
「何人か男子トイレに突撃してたよ」
「性転換したのでは?」
 
「女から男にも性転換できるんだっけ?」
「ちんちんを移植すればいいんだよ」
「誰からもらうの?」
「ちんちん要らない人から」
「ああ、ちんちん付けたい女より、ちんちん要らない男の方が多そうだよね」
 
「でも千里、学校でも女子トイレ使えばいいのに」
「それ先生から注意されそうで」
「注意する訳無い」
 
「だいたい千里、男子トイレに入って、立ってしてるわけ?」
「私、立っておしっこはできないよぉ」
「千里はちんちん無いから立ってはできないはず」
「じゃ個室使ってるの?」
「うん。誰かが入っていると、長時間待つことになる」
「ああ、男子トイレは個室少ないでしょ?」
「だいたい1個しか無いんだよ」
 
「だったら女子トイレに来た方がいいよ」
「そうそう。千里が男子トイレを使うのは、単に混乱を招いているだけという気がするよ」
 

やがて何とか待ち行列が進んでトイレをすることもできて、会場に戻る。千里たちが戻ってから5分ほどで審査委員長さんが壇上に上がった。
 
「それでは結果を発表します」
と司会者が言う。
 
「銅賞、旭川市立T小学校、上川町立K小学校、稚内市立H小学校、士別市立M小学校」
 
名前を呼ばれた学校の部長さんが出て行って賞状を受け取っていた。
 
「ああ、銅賞くらいは取れるかと思ってたんだけど入ってないね」
「けっこう良かったと思ったんですけどねー」
と小野さんたちは言っていた。
 
「ひょっとして銀賞取れてるとか」
「まさか」
「さすがにそれは無理」
 
「銀賞、F女学園小学校、Y女学院初等科」
 
名前を呼ばれた所が壇上に上がる。
 
「どちらも私立ですね」
「うん。この手の大会って上位は私立で独占されるんだよね〜」
 
Y女学院の部長さんが物凄く悔しそうな顔をしているのを見る。
 
「あそこは去年は私がいた小学校と一緒に全国大会まで行ったんだよ」
と馬原先生が言う。
 
「ああ、だったら地区大会で敗退するのは悔しいでしょうね」
と工藤先生。
 
「あれ?でもY女学院が銀賞なら金賞はどこだろう?」
などと言って馬原先生はあらためて出場校の一覧を見ている。
 
そして司会者は最後に金賞を発表する。
 
「金賞、留萌市立N小学校」
 
会場の中で反応が無い。
 
「N小学校の方、おられませんか?」
と司会者が尋ねる。
 
「先生、今司会者さん、なんて言いました?」
「N小学校と聞こえた気がしたんですが・・・」
「え?まさか?」
 
そんなことを言っていたら
 
「N小学校さん、帰られました?」
と司会者が言っている。
 
「あ、います!います!」
と馬原先生が立ち上がって声をあげ
 
「小野さん、野田さん、行ってきて」
と2人の6年生を促す。
 
2人は半信半疑で顔を見合わせていたのだが、馬原先生に促されて慌てて壇の方に駆けていった。
 
「金賞、留萌市立N小学校」
とあらためて審査委員長さんから読み上げられ、小野部長が賞状、野田さんが記念の楯を受け取った。野田さんも満面の笑顔である。
 
「おめでとう」
と審査委員長さんから言われて、ふたりは委員長さんと握手をしたあと、ふたりでお互いに握手していた。
 
「N小学校は来月札幌で行われる道大会に進出します」
と司会者は補足した。
 

合唱サークルは月曜日の全体朝礼で地区大会優勝の報告をし、千里やコハルも含めたメンバーが壇上にあがって、あらためて全校生徒から拍手をもらった。
 
その日の昼休みに音楽室に集まると、校長先生からと言って全員にクッキーが配られた。
 
「私、顔も出してないのにもらっていいのかな」
などとリサが言いつつ、既に食べている。
 
「リサが来てくれていたら、リサがピアノ弾いて、先生が指揮で行けたんだけどなあ」
 
「私よりシサトがうまいのに」
「ん?」
 
「あ、そういう手もあったか!」
「あの場では思いつかなかった」
などと蓮菜と穂花は言っている。
 
「私じゃ弾けないよ。全然練習してないもん」
「いや、千里なら初見で行ける」
「無茶な」
 
「無茶かどうかこれ弾いてごらんよ」
と言って、穂花が譜面を1枚千里に見せる。
 
「何この曲?」
「いいから、弾いてごらんよ」
 
それで仕方なく千里は渡された譜面を音楽室のグランドピアノの譜面立てに立て、弾き始める。何だか物凄く難しい曲だ。音程の《跳び》が大きく、しっかり意識していないと、違う鍵盤を弾きそうである。千里は必死で音符を読みながら弾いていった。
 
「ほら弾けた」
「難しいよぉ、この曲」
 
「それは学習発表会の持ち時間が長くなったので、追加で今日から練習しようと思っていた『妖怪たちのララバイ』ですけど、村山さん、この曲、弾いたことあった?」
 
と馬原先生が訊く。
 
「初めて見る曲です」
「聴いたことはあった?」
「初めて聴きました」
「それを完全な初見で弾けるって、音大生並み」
「それはさすがに褒めすぎですよー。私はたぶん音大付属の幼稚園生並み」
「いや、音大付属の幼稚園には結構すごい子がいるよ」
 
「え、えーっと」
 
「ただ和音構成を結構ごまかしてたよね。ソドミの和音をドミソで代用したり分散和音の順序を入れ替えたりとか。でも代用できる所がまた凄い。ちゃんと譜面の中身を読んでいるとということだから」
と馬原先生は純粋に褒めている。
 
「シサトって物凄く初見と即興に強いのよねー」
とリサが言っていた。
 
なお、札幌での道大会では、今回と同じアレンジで演奏しなければならないので、コハルがやはり篠笛を吹くことになった。また今回歌唱参加した千里と飛内さん、それにあと5年生の長内さんもメンバーに加わることになった。
 
「千里良かったね。またスカート穿けるよ」
などと穂花は言っている。
 

学習発表会の練習では、クラスの劇の方も練習が進んでいた。
 
一応学活の時間にも全体練習をしていたのだが、それだけでは足りないという声もあり、主要な役(白雪姫・后・王様・猟師・鏡・ナレーター・小人・王子・鹿!?)だけで放課後にも練習を重ねた。
 
白雪姫役の優美絵は、最初声が小さいと注意されたものの、思い切って大きな声を出すようになり、結果的にふだんの会話でもけっこう大きな声を出して話すようになった。
 
「ゆみちゃん、可愛い声してるよね」
「この声でぼそぼそと小さい声で話すのはもったいない」
「うん。せっかく可愛い声なんだから、もっと聞かせよう」
 
などと他の子たちに言われていた。
 
「これ衣装はどうするんですか?」
という質問が出る。
 
「白雪姫のドレスと王子様の服は私が縫うよ」
と我妻先生が言った。
 
「私、黒いドレス持ってるから、それ玖美子着ない?」
「助かる。貸して」
「おばあさんの服は本当にうちのおばあちゃんのを借りて来ようかな」
「玖美子のおばあちゃんは格好良すぎる。うちのおばあちゃんのを借りてくるよ」
 
玖美子の祖母はひじょうに珍しい女性の杜氏で、豪快な雰囲気の人である。フェアレディZを乗り回している姿がよく見かけられる。
 
「王様は何か黒っぽい服を適当に」
「金色のテープでも貼ればそれっぽくなるよ」
 
「猟師はそれこそ適当にアウトドアっぽいものを」
「うちの父ちゃん、猟銃持ってるから、それ持って来ようか?」
「本物はダメ!!」
 
「だいたい猟銃なんてしっかりしまってあるでしょ?」
「よく父ちゃんがその辺に転がしてるから、母ちゃんに踏んじゃうよと言って叱られている」
「銃がその辺に転がってるって、それ本当に日本の家庭なのか!?」
 
千里は日本刀が床の間に飾ってあるうちだって結構あぶないよなあと思いながらその話を聞いていた。
 
「銃なら僕が持ってるおもちゃのライフル持って来ますよ」
「じゃそれで」
「小人の衣装は各々適当に」
「まあ普段着でもいいくらいだ」
「帽子だけそろえよう」
「スキー帽でもかぶったらどうかな」
「ああ、それで小人っぽく見えるかも」
 
「鏡は?」
「段ボールで工作するよ。俺が作る」
「じゃ頼む。材料代が必要なら言って」
「家に余ってる段ボールたくさんあるから何とかなると思う」
 
「小人の家は?」
「模造紙にお絵描きしよう」
「じゃ、それ私たちでやるよ」
 
「鹿の衣装は?」
「縁日で買った鹿のお面持ってくる。服は適当でいい」
「お面なのか!?」
 

そういう訳で千里は赤いスキー帽を持って来て、それをかぶって練習をした。もっとも千里は「小人その7」ということで、台詞は1つしか無い。それで暇なので、ついでで他の人の台詞も読んでいた。おかげで練習していた時に誰かが台詞に詰まると
 
「ほら、美味しいリンゴだろう?」
などと言ってあげていた。
 
「千里、プロンプターみたいだ」
「ぷろん・・?」
「劇団とかの公演では万一誰かが台詞忘れた時とかに、教えてあげる役目の人がいるんだよ」
「へー」
「千里、全部台詞覚えてるみたい」
「うん。こういうの覚えるの、私得意」
 
「千里、算数は苦手でも、こういうのは得意みたいね」
「うん。覚えれば済むものは私、わりと得意」
 

やがて学習発表会の当日になる。
 
日曜なので、母も来ると言っていた。玲羅は笠地蔵に出ると言っていた。お地蔵さんの役らしい。千里は合唱をあまり見られたくない気はしたものの、まあいいかと思った。今更だし!
 
午前中に低学年の劇が1年1組から順に始まり3年2組まで行く。玲羅はしっかりお地蔵さんをしていた。もっともお地蔵さんが18人もいて、トリプルキャストのおじいさんが手分けして傘をかぶせていた。
 
やがて合唱サークルの歌の番である。
 
千里は音楽室で先日も着た、ペールピンクのチュニックとえんじ色のスカートの衣装に着替える。その着替え中に今回だけ参加した真由奈が言う。彼女は4年2組だが、3年生までは同じクラスだった。
 
「千里って普通にそういう下着つけてるんだ?」
「何で?」
 
「そういう下着ってお母さんが買ってくれるの?」
「去年までは自分のお小遣いで買ってた」
「お小遣いでよく買えたね」
「お年玉とかもらったのをそういうのに使ってたんだよね」
「なるほどー」
「でも今年からお母さんが少し買ってくれるようになった。去年までは男の子の下着買ってたのをやめて女の子の下着買ってくれるようになったのよね」
 
「つまり諦められたんだな」
と隣で蓮菜が行った。
 
「でも男の子が女の子パンティ穿いたら、もっと膨れそうなのに千里のパンティには膨らみが全くない」
「え?パンティが膨れるってどうして?」
と千里が訊くと
 
「要するに、千里にはパンティを膨らませるようなものは付いてないのでは?」
と蓮菜が言い
「ほほぉ」
と真由奈は感心していた。
 
「でもこれなら、千里、体育の時間も私たちと一緒に着替えられるのでは?」
「というか、千里が男子と一緒に着替えているのがやばい気がする」
「さすがに女子と一緒には着替えられないよ」
「ここにいるのは今女子ばかりだが」
「あ、そういえばそうだね」
「男子と着替えていて、何か言われない?」
「田代君から黒板の後ろで着替えろと言われて、そうしてる」
「なるほどねー」
「今度から体育の着替えは女子の方においでよ」
「いいのかなあ」
「誰も文句言わないと思うよ」
「むしろ今他の男子たちが困っていると思う」
 

それで千里たちは着替え終わった後、軽く練習してから一緒に体育館に行く。ちょうど3年2組の劇が終わったところで、彼らが最後に整列して挨拶した後、5−6年生の男子数名と男性教師たちが劇の大道具を片付け、合唱用の壇を並べてくれた。
 
千里たちは低音部の子、高音部の子の順に入って行き、3列に並ぶ。千里は高音部の先頭付近で入って行く。結果的に中央付近に立つことになった。最後に入って来たリサは黄色いドレスを着ている。ドレスの黄色と彼女の黒い肌の対比がとても美しい。リサがピアノの所に座った後、馬原先生が登場して会場に向かって挨拶すると拍手が起きた。
 
歌うメンバーの方を向き直り指揮棒を構える。リサの方に向かって頷くと彼女のピアノ伴奏が始まる。前奏を4小節聴いた所で歌い出す。
 
「はーるのー、うらーらーのー、すーみーだ〜がーわー」
 
ステージに立って歌いながら会場を見ていると、けっこう観客ひとりひとりの顔がしっかり見えるもんだなと千里は思った。しかし客席を見ている限り、母の姿は見ない。合唱に出ることも言っていないので、おそらく玲羅の出た劇を見たあと、4年1組の劇は午後だしということで、どこかに行っているのだろう。この格好を母に見られなくて良かったと千里は思った。
 
母も千里が女の子の服を着たがること自体は容認してくれるものの「世間体」なるものを気にしている感じだ。でも、そもそも私のこと女の子と思っている人が結構多いんじゃないかなあ、と千里は思う。
 

『花』という曲は1番・2番・3番のメロディーが微妙に違う。日本語のイントネーションに合わせて変えたのではとか先生は言っていたが、イントネーションってあまり気にしたことないなあと千里は思う。
 
その曲が終わって次は『キタキツネ』になる。この曲ではソプラノの前列に立っていたコハルが前に出て行き、篠笛を吹く。それでざわめくような反応があった。しかし曲自体は、合唱をやる人以外にはあまり知られていないので、会場の反応が『花』に比べるとあまり良くない気もした。でも写真撮ってる人とかもいるし。つまり、私がスカート穿いている所の写真も残る訳か。。。。と思って見ていたら、放送委員長の鐘江さんがカメラを持って写真を撮り、そのあとこちらに手を振っていた。鐘江さんのことだから全体写真の他に私の拡大図まで撮ったかも知れないなと思った。
 
最後に『妖怪たちのララバイ』を演奏する。コハルは隊列に戻り一緒に歌唱する。千里たちの世代にはあまり知られていないものの、親の世代にはわりと有名な歌のようで、客席のお父さん・お母さんたちの反応がひじょうに良かった。一緒に歌っている人たちもあったようである。
 
やがて演奏が終わり、指揮をしていた馬原先生が会場に向き直ってお辞儀をすると大きな拍手が送られた。拍手されるって何か気持ちいいなと千里は思った。
 

合唱サークルの後は、先生たちの合唱、5年生保護者の合唱があって、その後お昼の休憩となる。各自教室に戻ってお弁当を食べる。保護者は体育館や理科室、家庭科室などで食べて下さいということであった。ちなみに今日のお弁当は千里が自分の分、玲羅の分、母の分と3人分作っている。中身は玉子焼き、竹輪の天ぷら、ジャガイモとニンジンの甘煮、などというリーズナブルなものだ。甘煮は昨夜の内に煮ておいた。玲羅は「ウィンナーか唐揚げが欲しい」と言ったものの「予算が無いからね」と言っておいた。
 
午後1番に4年1組の白雪姫の劇がある。それで千里たちは実は早めに教室に戻って、お弁当を食べていた。千里たち合唱サークルの演奏に参加した子は音楽室から教室に直行である。合唱の衣装から普段着に着替え、お弁当を食べたら劇の衣装というので慌ただしい。
 
それで衣装に着替えようとしていた時のことであった。
 
「どうしたの?」
「優美絵ちゃん!?」
 
白雪姫役の優美絵が突然お腹を押さえて苦しみだしたのである。
 
「優美絵ちゃん、保健室に行こう」
と保健委員の蓮菜が声を掛けるが、本人は立てないようである。それで
 
「私が先生呼んで来る」
と言って千里が走って保健室に行く。
 
「それはいけない」
保健室の佐々木先生と、たまたま保健室にいた体育の桜井先生が来てくれた。我妻先生も玖美子が呼んできたので教室に駆けつけて来た。
 
「お弁当が当たったのかな」
「優美絵ちゃんのお母さんは?」
「体育館かも」
 
「誰か行って呼んできて。私が病院に運ぶ」
と言って桜井先生が優美絵を抱きかかえると、そのまま階下に降りていった。桜井先生は車で通勤しているので、自分の車で運ぶのだろう。我妻先生が体育館に行き、お母さんを探す。幸いにもすぐ見つかり、我妻先生の車で病院に向かうことになった。
 

さて。
 
優美絵は白雪姫役であった。
 
「劇どうする?」
 
と4年1組の一同は顔を見合わせる。別途更衣室で着替えていた男子も入ってきている。
 
「誰か白雪姫の役を代わるしかないと思う」
とクラス委員の高山君が言う。
 
「衣装は着替える前だったんだろう?だったら他の女子の誰かが彼女の衣装を着て、代わりに白雪姫を演じる」
と佐藤君。
 
「でも誰ができる?」
と田代君が訊く。
 
蓮菜がおもむろに口を開いた。
 
「それは私もさっきから考えていたんだけど、3つ問題がある」
 
「3つ?」
「第1の問題。白雪姫は台詞が多い。みんな何となくは覚えているけど、全部空で言える自信のある子は居ないと思う」
 
「それは僕も考えたんだけど、プロンプターに誰か付けばいいと思う。白雪姫の立つ場所の近くで台本見ながら台詞を教える」
と元島君。
 
「第2の問題。白雪姫はセリフも多いけど、動作も多い。ここで何する、ここで何するというのが結構多い」
「それもプロンプターの人が教えてあげよう」
 
「第3の問題。優美絵ちゃんは凄く細い。白雪姫の衣装は彼女に合わせて作られているから、入る子があまり居ない」
と蓮菜は言う。
 
「それなら入る子がやるしか無いと思う。入る可能性のあるのは誰だ?」
と高山君。
 
「じゃ、試してみるから、男子はちょっと出てて」
「分かった」
 

それで男子にいったん教室の外に出てもらい(留実子も一緒に外に出て行った。実際留実子が優美絵のドレスを着られないのは明かである)、細そうな子が何人か試してみる。
 
「なんか白雪姫じゃなくてシンデレラの靴みたいな話だ」
 
などと言いながら数人が試してみたものの、誰も入らない。白雪姫の衣装はシフォンのドレスなのだが、ウェストが細く絞ってあるので、誰もその部分が通らないのである。
 
「ダメじゃん」
「優美絵ちゃん、細すぎるもん」
「時間があれば共布使って補正できるんだけど」
「もう時間が無いよ」
 
その時、ちらっと蓮菜が千里を見た。
 
「千里、あんたまだ試してみてない」
「私!?」
 
「あ、千里もしかして白雪姫の台詞、全部覚えてない?」
「覚えてはいると思うけど」
 
「だったら代役には最適じゃん」
「え〜〜〜!?でも私は小人その7だし」
「そんなの誰か他の子でもできる。ちょっとこのドレス着てみてよ」
 
それで千里が着てみると、ややきついものの何とか着ることができた。
 
「ちょっときつい」
「他の子はきつい以前に入らなかった」
「千里は3月生まれだから、もともと成長が他の子より遅い問題もあるんだよね」
「背は高いけどね」
「背が高いのはお母さんゆずりでしょ? 千里のお母さんってバレーボールの全日本のメンバーだったんだっけ?」
 
何それ〜?そんな話は初耳だ。
 
「じゃ千里、白雪姫やってよ」
「私、男なのに白雪姫なんてやっていい訳?」
「誰も千里が男子だなんて思ってない」
「実際、もう性転換手術は済んでるんでしょ?」
「3年生の夏休みに札幌の病院で手術してきたんだっけ?」
 
なんか私誤解されてる気がするなあ、とは思うものの実際もう時間が無い。ここは自分が白雪姫をやるしかないと千里は決断した。
 
「分かった。じゃ私が白雪姫するから、誰か小人7やって」
「私がやるよ」
と美那が言う。小人なので衣装は適当で良い。千里のスキー帽だけ借りてもう台本を読みながら体育館に向かう。
 

廊下に出ていた男子たちは、千里が白雪姫の衣装を着ているのでびっくりする。
 
「村山が白雪姫なの?」
「他に誰もこの衣装が入らなかった」
「あぁ!」
「あの子、細いもんなあ」
 
それで劇が始まる。玖美子のお后が冬の窓辺で縫い物をしていたらうっかり針が指に刺さり、血が1滴、雪に落ちる。それでお后は言う。
 
「この雪のように白く、この血のように赤い子供が欲しい」
 
やがて生まれた女の子は雪のように白い肌と血のように赤い唇の持ち主であったことがナレーターの穂花によって語られる。ここで玖美子は赤ん坊の人形(蓮菜が自宅にあったポポちゃんを持って来たもの)を抱いてあやしている場面となる。
 
お后はしばしば鏡に向かって誰がいちばん美しいかと何度も訊く。
 
その答えは「お妃様です」だったのが、ある日「白雪姫です」と答えが変わる。お后は猟師に白雪姫の殺害を命じる。
 
ここで白いドレスを着て赤い口紅を塗った千里の白雪姫の登場である。
 
会場にざわめきが起きたのを千里は感じた。昨日の予行練習の時に優美絵が演じていたから、それを期待していた人たちが騒いでるのかなあとは思ったものの、ここは開き直るしかない。優美絵はファンが多い。
 
田代君が演じる猟師は、千里演じる白雪姫を、散歩しましょうなどと言って誘い出し、森の中に連れていく。しかし殺害することができず、逃がしてやる。そしてそこに通りかかった鞠古君演じる鹿を仕留める。
 
この撃たれた時の鞠古君の断末魔の演技が熱演で、なぜか会場の笑いを取っていた。田代君の猟師は鹿の心臓を持ち帰り、お后に渡した。
 

白雪姫は森の中で小さな小屋を見つけ、そこにあったベッドに疲れもあって寝てしまう(ベッドは実際には机を並べてシーツを掛けたものである)。帰って来た7人の小人は驚くが、白雪姫を親切にもてなしてやった。
 
一方鏡に質問して、白雪姫が生きていることを知ったお后は、おばあさんのリンゴ売りに化けて森の小屋にやってくる。自分の母親とは気づかずにりんごを一口食べて倒れる白雪姫。
 
そして城に帰ったお后は鏡に尋ねて「あなたがいちばん美しい」と言われ満足する。
 
王様がやってきて
「白雪姫を知らないか?見当たらないのだが」
と言う。
 
「あの子は森の中で毒リンゴを食べて死にましたよ」
とお后が言う。
 
「まさか、お前が殺したのか?」
「だったらどうなさるの?」
「なんてことをしたんだ?」
と言って怒って剣を抜いた王様をお后は自分も剣を抜いて返り討ちにしてしまう。
 
王様の死に驚く大臣たちにお后は告げた。
 
「今日からは私がこの国の女王だから」
 

一方仕事に出かけていて戻って来た小人たちは倒れている白雪姫を発見。嘆き悲しむ。ところがそこにやってきたのが留実子の王子様である。留実子が
 
「なんて美しい姫なのだ」
と言ってキスする。
 
ここで本来はキスは寸止めの予定であった。
 
ところが!!
 
ここで留実子は足を滑らせてしまったのである。
 
「わっ」
と声をあげて、お棺(段ボール製)に突っ込む。
 
お棺がぐちゃっと潰れる。
 
そして留実子はまともに千里とキスしてしまった。
 
「わっ」
と言って千里も起き上がる。
 
ハプニングではあったが、小人その1の蓮菜が
 
「あ、白雪姫が生き返った!」
と予定通りの台詞を言って、「事故」問題はスルーする。
 

そこに田代君の猟師もやってきて、お后が白雪姫を殺そうとしたことを告げ、王様も殺されたことを話す。
 
「だったらお后を倒そう」
と白雪姫は言い、王子と猟師、それに7人の小人を連れて城に赴く。お后は死んだと思っていた白雪姫が生きていて、城に攻めてきたので驚く。自ら剣を持って白雪姫の前に立つ。
 
「しぶとい奴め、今度こそは間違いなくあの世に送ってやる」
と言う。白雪姫も
「私は負けない。父の敵(かたき)」
 
と言って剣を取り戦う。
 
お后役の玖美子と白雪姫役の千里が剣を交えて戦う。この剣は鞠古君が工作して作ってくれた木製のもので、わりと重量があり、プラスチックなどとは違って立ち回りしやすい。
 
この戦いがなかなかの迫力で会場がどよめいた。玖美子と千里は剣道部でいつも練習している相手同士である。それでこれが半ば剣道の試合のような感じになり、玖美子は「スイッチ」が入ってしまう。かなりマジになる。本来は少し戦って白雪姫が勝つシナリオなのだが、玖美子が頑張るのである。それで千里も「スイッチ」が入ってマジになった。
 
もうお后対白雪姫ではなく、玖美子対千里の剣道の試合になってしまう。
 
ここで結構な立ち回りをしていた時、千里はビリッという音を聞いた。元々ギリギリで衣装を着ていたので、激しい動きに背中が裂けてしまったのである。
 
ひぇーっと思った時、玖美子が「隙あり!」と叫んで面を取りに来る。千里はすんでで身をかわし、かわし際に鮮やかに胴を取った。
 
なんか今のマジで面を取られる所だったぞ!?と千里は思う。しかし玖美子は、かろうじて自分の役割を思い出したようで
 
「やられた!」
と声をあげて倒れた。
 
「白雪姫。お后は倒れた。後は姫が私と一緒にこの国を治めよう」
と留実子の王子が言い
 
「ええ。私がこの国の新しい女王になります」
と千里が言ったところで幕となった。
 

最後に出演者が全員勢揃いしてお辞儀をして4年1組の公演を終了する。
 
最後の展開は我妻先生が書いた台本であるが、当時としては新鮮味があって、けっこう受けたようであった。拍手も大きかった。
 
「何かビリッて言わなかった?」
「破れた気がする」
「あ、背中が裂けてる」
「けっこうギリギリだったからなあ」
「千里、下着が見えてる」
「きゃー」
「私が後ろに立ってあげるよ」
 

それで恵香にガードしてもらって教室まで行き、着替えた。脱ぐ時に衣装は完全に崩壊してしまう。上下に分裂してしまい、ドレスの上を脱ぐのに一緒にシャツまで脱げてしまうし、下を脱ごうとしたらパンティまでずれた。
 
「ん!?」
 
千里は慌ててパンティを上まであげる。
 
「見ちゃった」
と数人の子が言う。
 
「千里、やはりおちんちん無いのね」
「隠してただけ」
「隠せるもん?」
「お股にはさんで隠すんだよ」
「ほんとに隠してるだけ?」
「実は付いてないのでは?」
「千里、やはり手術して取っちゃったの?」
「小学2年生の夏休みに東京の大学病院で手術して取ったという噂を聞いた」
 
どこからそんな噂が!?
 

「付いてるよぉ」
「でも睾丸は取ってるよね?」
「えーっと」
「あ、タマタマだけ取って、おちんちんは中学に入るまでに取るんだっけ?」
「それで女性ホルモンの注射を毎月してるんでしょ?」
 
なんか話が勝手に進展してるし!
 
「あれって、あまり小さい内に手術すると形が崩れてくるから、中学生になってから手術した方がいいんだって」
「あ、私も聞いた。私の従姉の友達のお兄さんの同級生が小学生の内にタマタマを取って、高校生になってから、おちんちん取って女の子の形にしたらしいよ」
「へー」
「じゃ、千里もそういう状態?」
 
「え、えっと・・・」
千里はどう言ったらいいのか困ってしまった。
 
「でもタマタマが無いなら、少なくとも男の子じゃないよね」
「だったら、千里、今度から体育の時間も私たちと一緒に着替えようよ」
 
「そうだなあ、それでもいいかな」
と千里は結構その気になった。
 

そのあと。他のクラスの劇を見ている内に蓮菜が「トイレに行こう」と言って千里や恵香を誘う。千里はこの日は彼女たちと一緒に女子トイレに入った。
 
「やはり千里がここにいても何も不自然じゃないね」
「むしろ千里が男子トイレに入っていたら、今日みたいな日は保護者のお父さんとかから『女の子が男子トイレに入ってはいけない』って注意されると思う」
「うーん・・・」
 
それで出て歩いていたら、廊下で千里の母と遭遇する。蓮菜や恵香は母を知っているので会釈する。
 
「蓮菜ちゃん、恵香ちゃん、こんにちは」
と母も挨拶を返すが、千里を見て
 
「あんたが白雪姫というので心臓が止まるかと思った」
などと言う。
 
「白雪姫役の優美絵ちゃんが直前に腹痛起こして病院に運ばれたんだよ。ほかに白雪姫のセリフ入っている子いなくて」
と千里が言うと
 
「優美絵ちゃんの衣装が入るのも千里ちゃんだけだったんですよ」
と蓮菜が言う。
 
「あの子、細いもんね!」
と千里の母もなんだか納得している。
 

ちょうどそこに我妻先生が来た。
 
「村山さんのお母さん、こんにちは」
「先生、こんにちは」
と挨拶をかわす。
 
「先生、優美絵ちゃん、どうでした?」
「単純な腹痛だって」
「食中毒とかじゃなかったんですか?」
「念のため検査したけど、その手の毒素は無いらしい」
「あらら」
「もしかしたら神経性の胃炎かもと先生は言っていた」
 
「じゃ精神的なもの?」
「そうみたい」
「たぶん本番前の緊張からお腹が痛くなったんじゃないかな」
と蓮菜が言う。
「あり得るかもね」
と我妻先生。
 
「あの子、身体だけじゃなくて、神経も細いからなあ」
と恵香。
「まあ私は、身体は細くても、神経は図太いから」
と千里。
「自分で言っていたら世話無いね」
と蓮菜が言っていた。
 

ちょうどそこに、合唱サークルの馬原先生も来た。
 
「あ、琴尾さん、これこないだの旭川での地区大会の時の写真、4年1組の参加者の分、4枚渡しておくね」
と言って光沢紙にプリントした写真を蓮菜に渡す。おそらく学校のカラープリンタで印刷したものだろう。
 
「はい、ありがとうございます。配りますね」
 
それで蓮菜は取り敢えず恵香と千里に1枚ずつ渡す。
 
「あと1枚、佐奈恵の分はあとで渡そう」
 
千里の母はなにげなく、その写真をのぞき込んで、千里が可愛いチュニックとスカートの衣装を着て並んでいるのを見、「うっ」と小さな声をあげた。
 
 
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【少女たちの代役作戦】(3)