【少女たちの代役作戦】(中)

前頁次頁目次

 
千里が管理棟に戻ってきたのはもう18:30くらいである。
 
あぁ、完璧に入れ替えタイムは終わっちゃったね。もう女子の入浴タイムじゃん。さすがに他の女子と一緒に入る訳にはいかないなあ。お風呂はパスかな。などと思いながら、洗面台の所に置いたタオルとシャンプーセットを取りに行く。ところがそこにリサが通りかかって声を掛ける。
 
「シサト、どこ行ってたの?お風呂行くよ」
「あ、えっと・・・」
 
「豚汁作っている最中に、サトイモの皮剥いてもらおうと思ったらシサト居ないからさ。亜美が頑張ったけど、サトイモ半分くらいになっちゃった。最後の鍋はサトイモ少ない」
「ごめんねー。子供が迷子になったとか言って、それ探すの手伝ってたんだよ」
「へー。シサト、人探すのうまいもんね」
 
それで何となくリサとおしゃべりしながら浴室方面に歩いて行っていたら、恵香と美那がやってくる。
 
「あ、千里先に来てたんだ?」
「ごめーん。ちょっと頼まれごとしてたんだよ」
「千里が居ないから、豚肉の切り方が適当になった」
「みんな脂身の所がうまく切れなくてさぁ」
「最後の鍋は豚肉の塊が大きすぎるかも」
 
それで結局恵香たちともおしゃべりしながら浴室の付近まで行く。他にも数人追いついてきて、結構な人数になる。
 
「私、ここにこれ置いてたんだよね」
と言って千里は洗面台の所に置いていたタオルとシャンプーセットに着替えのビニール袋を取る。
 
「あ、そこに置いてトイレに行ってたの?」
「そうだ!トイレ行くの忘れてた」
「それは大変」
「お風呂に入る前にトイレ行っておいた方がいいよね〜」
 
それで千里は
 
「これちょっと持ってて」
と言って愛用のキタキツネの髪留めをリサに預けてから、集団から離脱し、浴室の隣にあるトイレ(当然女子トイレ)に入る。
 
千里は学校では自粛して男子トイレを使うようにはしているものの、学校の外では女子トイレしか使わない。キャンプは学校の延長なのか外なのか微妙であるが、友人たちと一緒という気安さで、千里は女子トイレに入った。 

千里がトイレに行っていた間に、他の子たちはもう浴室の中に入ってしまったようであった。それで千里はそのまま取り敢えず玄関そばの小ホールの所にでも居ようと思い、管理棟の廊下を戻る。
 
それで玄関近くまで来た時、スタッフさんから声を掛けられる。
 
「あ、君君、さっきカオル君を見つけてくれた子」
「あ、はい?」
 
「あの子のご両親があらためてお礼をしたいと言っているから、ちょっと来てもらえる?」
「いや、大したことしてないですけど」
「いや、大したことだよ。あそこは廃止された散策路だったから、普通では見つからなかったと思う。日没までに発見できなかったら命の危険もあったよ」
 
それでそのスタッフさんに連れられて事務室まで行った。
 
カオル君は手足に軽い擦り傷をしていたらしいが、よく水で洗った上で消毒薬を塗ってもらっていた。
 
千里が入って行くと、お父さんが上半身が水平になるくらいの深いお辞儀をして、千里に感謝のことばを言った。
 
「いや、良かったですね。子供って、勝手に行くなと言っても走って行っちゃいますもんね」
と千里は言う。
 
カオルと両親以外に、彼を斜面から助け上げてくれた初老の男性も一緒にいた。 
本人はもう元気になって、ジュースなど飲んでいたが、千里はご両親と15分ほど話していた。お礼に商品券か何か送りますから住所を教えてくださいと言われたので、住所と名前を書いておいた。
 
「でも山道は怖いですよね。道が細いし、ちょっと踏み外すと下まで滑り落ちたりするし」
と職員さんが言うと、カオル君がこんなことを言った。
 
「トラと会ったんだよ。それで逃げようとして足を踏み外した」
 
「トラ?」
「トラとかライオンとかのトラ?」
「うん。びっくりした」
 
みんな顔を見合わせる。
 
北海道の山の中に熊は出るかも知れないが、虎なんて普通居ないだろう。何かと見間違えたのだろうか。
 
カオルを助け上げた初老の男性が何かを考えるかのように腕を組んでいた。 
「もしかしたら大型の野犬とかいたのかも」
「ちょっと明日探してみよう」
「猟友会の人にも応援を頼んだ方がいいかも」
と職員さんたちは言っていた。
 
それで結局千里が事務所を出たのは、もう18:50である。
 

「さて、どうしたものか」
と千里は独り言を言った。
 
女子の入浴時間が19:00までで、その後はキャンプファイヤをすることになっている。それを1時間ほどして20:00から夕食である。
 
千里が廊下で悩んでいたら、通りがかりのスタッフの女性が声を掛けてきた。 
「君、どうしたの?」
「いえ。さっき見つけてあげた迷子の子のご両親と話している内に入浴タイムがもう終わりかけているなと思って」
 
「ああ、だったら、その後の一般女性の入浴時間帯にまたがって入っちゃえばいいよ。本来はN小学校の児童は19:00までということになっているけど、別に女の子であれば、他の女性客と一緒でもいいでしょ? だから今から入って、あがるのは19時15分か20分くらいでもいいんじゃない?」
 
うーん。「女の子であれば」という所にひっかかるんだけど、と千里は思うものの
 
「そうですね」
と取り敢えず相槌を打っておく。
 
「キャンプファイヤには遅刻するけど、いいよね? ご飯の時間までには間に合うでしょ」
「確かに」
 
そんなことを言っていたら、別の女性スタッフさんがやってくる。
 
「あ、君、N小の子だっけ?」
「はい、そうですが」
 
「N小の炊飯器の電源がね、コンセントを占有しすぎてて、他のお客さんが困っているから、悪いけど少し移動してもらえないかと思って。こちらでやってもいいけど、N小の子に立ち会ってもらった方がいいかなと思ったから」
 
「すみませーん!動かします」
 

それで千里はスタッフさんと一緒に調理室に行く。一部電源の延長コードを入れたりして、コンセントを一方の壁側にまとめるとともに、炊飯器の内の1個は容量を超えそうということで、事務所のコンセントを使わせてもらうことにして、そちらに移動した。
 
「お手数おかけしました」
と千里はスタッフさんに言う。
「うん。そちらこそお疲れ様」
とスタッフさんは言った。
 

で、結局時計を見るともう19:02である。キャンプファイヤが始まるようで、花火の音も聞こえた。
 
しかし・・・・結果的にはN小の女子はもうみんなお風呂からあがったはずである。
 
だったら、私、他の子と顔を合わせずに入れるじゃん!
 
千里は顔見知りにさえ会わなければ女湯に入っちゃってもバレない自信があった。疑われたらヤバいのだが、そもそも千里の場合、性別を疑われること自体がまず無い。
 

それで千里は、お風呂場に行き、中に入る。
 
一般の女性客の時間帯なので、大人から子供までいろんな人が脱衣場には居る。ただ人数はそう多くない。10人程度である。千里はふつうの利用者のような顔をして、かごをひとつ取ってくると、服を脱いだ。
 
「今日はずいぶん汗掻いたよなあ」
などと独り言を言いながら浴室の中に入る。空いている流し場を見つけてそこで身体を洗い、髪を洗う。コンディショナーを掛けている間に、顔を洗い、あの付近も丁寧に洗う。そのあとでコンディショナーを洗い流す。
 
手早くしないとキャンプファイヤー始まってるよなあと思う。それで浴槽に身体を沈めると手足の筋肉をもみほぐしながら100数えて上がった。余分な汗をかかないようにするため、一度水をかぶって身体の表面を冷やしてから浴室を出て脱衣場に移動する。
 
身体をタオルで拭いて手早く新しい下着を身につける。ズボンとポロシャツを着て、夜は冷えるだろうしというのでトレーナーも着る。そしてお風呂場を出ると急いで集会所に行き、自分の荷物の所に着替えやシャンプーなどを置く。見るともう19:20である。キャンプファイヤーは結構進んでいるはずだ。急いで千里は中庭に出た。
 

千里がキャンプファイヤーの所に行くと、桜井先生から声を掛けられた。 
「千里ちゃん、どこか行ってたの?」
「すみませーん。トイレ行ってました」
「もうすぐフォークダンス始まるよ」
「あ、はい。あ、それから」
 
と言って千里はキャンプ場の人に言われて炊飯器の電源を移動させたこと、炊飯器のひとつは事務所の電源を使わせてもらったことを先生に報告した。 
「了解了解。対応してくれてありがとうね」
 
それまではキャンプファイヤを囲んでみんな適当に座り、歌を歌ったりしていたようである。だいたい男子同士・女子同士で3〜4人で座っている子たちが多かったが、中には男女で2人で座って、歌も歌わずにお話している子たちもいた。蓮菜は田代君とふたりで他の子たちから少し離れた場所に陣取って何やらお話していた。あのふたりケンカもよくしているみたいだけど基本は仲良しなんだろうな、と思って千里は見ている。
 
リサが数子と何か話しているのを見かけて、手を振って寄って行く。
 
「あ、これ預かってたの」
と言ってリサが髪留めを返してくれるので
「ありがとう」
と言って受け取り、まだ乾ききっていない髪をそれで留めた。
 
「お風呂今あがったの?」
「実はそうなのよ。あれこれ用事を頼まれて遅くなっちゃって。一般のお客さんの時間までずれ込んじゃった」
「へー」
 
千里が来た時は「オタマジャクシはカエルの子」を「空飛ぶ飛行機機械です」のあたりまで歌っていたのだが、それが終わると
 
「はーい。フォークダンスを始めますよ〜。外側に女子、内側に男子、二重の輪になって」
と桜井先生が言う。
 
それでみんな立ち上がり、何となく輪を作っていくが、1組同士、2組同士が集まるような感じになった。
 
「なお、女子か男子かは自己申告でいいから、生物学的に男子であっても女子の方で踊りたい人は女子の輪に入ってね。その逆もOK」
 
などと桜井先生は言っていた。
 
今回の参加者は「学籍簿上」は男子25名・女子19名なので、女子の輪の方が人数が少ない。ここで千里は当然女子の輪、留実子は当然男子の輪に入っている。千里は蓮菜と穂花の間に入った。留実子は鞠古君と元島君の間に入っている。男子の何人かがジョークで女子の輪に入り、また男子の輪に入った女子も数人いたので、結局外側は21人、内側は23人になったようであった。 
人数を数えていた桜井先生が
 
「今女子が2人少ないけど、あと1人女子になりたい男子いない?今なら性転換手術の割引券もあげるよ」
などと言う。
 
すると鞠古君が
「俺、手術の割引券もらいに女子の方に行こうかな」
と言ったのだが、彼の隣にいた留実子が
 
「鞠古はここに居ろよ」
と言った。
「うん、まあいいけど」
と鞠古君は不思議そうに答える。
 
結局、2組の祐川君が「僕が女子に入ります」と言って移動し、男女が22人ずつになった。
 
「祐川、性転換手術するの?」
「手術したらお嫁さんにしてくれる?」
「手術が終わった後、可愛くなっていたら考えてもいい」
 

それでフォークダンスが始まる。いきなりオクラホマ・ミキサー、それからグリーンフラワー、コロブチカと、ペアで踊るものから始める。知らない子が多そうなものは最初に桜井先生と我妻先生で手本を見せてあげて、それから踊るようにした。我妻先生が女役、桜井先生が男役をしていた。
 
運動会の時は少ししか踊らなかったのだが、今回は時間がたっぷりあるので、ずっと踊っていくと、どんどんパートナーがずれていって半周くらいする。しかし曲によっては進行方向が逆になる。オクラホマミキサーは男子が前に進むのだが、グリーンフラワーでは逆に女子が前に進む。コロブチカはまた男子が進む。それで美人でかつ優しい性格なので男子に人気の高い萌花とあと少しで踊れそうだったのに踊れなかった男子が
 
「あと1回あったら良かったのに!」
などと言って悔しがっていた。
 
最後は(自称)女子同士、(自称)男子同士で、横に手をつないでマイムマイムを15-16回くらい繰り返してキャンプファイヤを終了した。
 

キャンプファイヤー終了後は、室内に入り、夕食となる。
 
調理室の鍋をチェックして最初の方で煮て少し冷めている鍋を火に掛けて温めながら、炊きあがっているご飯を茶碗に盛って配った。このあたりは多人数でやっても収拾がつかないので、1組の女子で行う。代わりに夕飯後の片付けを2組の女子ですることにしていた。
 
身体を動かした後なので、美味しい美味しいと言ってみんなどんどん食べ、あっという間に鍋も炊飯ジャーも空っぽになった。
 
「もうお代わり無いの〜?」
「おしまい」
 
夕食の後は、ロッジに別れて入ることになる。ロッジは定員4人で、男子24名を6つのロッジに、女子20名を5つのロッジに収納し、先生は我妻先生と桜井先生が1つ、近藤先生と教頭先生が1つ使う。
 
ここで千里と留実子はいづれも女子扱いで蓮菜・恵香と同じロッジに入った。 

「お風呂のあと着替えたのに、フォークダンスと晩御飯で汗掻いちゃったね」
「下着だけでも交換した方がいいよね」
 
「るみちゃん、着替えるなら、私たち全員目をつぶっておくから」
「あるいは外に出ててもいいよ」
「目をつぶってるだけでいいよ」
 
と言って留実子は汗を掻いた下着を交換していた。
 
「終わったよ。じゃ僕が今度は目をつぶってるから」
と言って留実子は実際には目をつぶった上で壁側を向いている。
 
それで他の3人が着替えるが、千里は自主的に他の2人に背中を向けて下着の交換をした。千里がパンティを交換した後、シャツを交換していたら、恵香がいきなり後ろから抱きつくようにして胸を触る。
 
「きゃっ」
 
「千里、おっぱいが無い〜」
「まだ4年生だもん。恵香はおっぱい膨らんで来た?」
 
「まだまだ。でも乳首がよく立ってるんだよね〜」
と恵香が言うと
「私も最近、よく乳首が立っているのよね〜」
と千里が言う。
 
「うーむ・・・」
 
「私、ブラジャー買っちゃおうかなあ」
と千里が言うと
 
「さすがにこの胸ではまだ早い」
と恵香は千里の胸をなでながら言う。
 
「じゃカップ付きキャミソールにしちゃおうかな」
「ああ、そのくらいならいいかもね」
 

「2組の映子がカップ付きキャミソール使ってたね」
と千里は開き直って蓮菜たちの方を振り返って言う。蓮菜は下着姿だが、そのくらいは千里も気にしない。留美子はまだ後ろを向いている。
 
「ああ、着けてた着けてた」
と恵香。
 
「あの子、早熟っぽそうだもん」
と蓮菜も言う。蓮菜は下着姿のまま少し涼んでいるつもりなのか、上着を着ようとしない。恵香は上だけ着て、下はパンティのみである。みんな無防備だ。 
「そういえば、映子ちゃんの女子大生のお姉さんはFカップだとか言ってたね」
と千里は言う。
 
「うん。Fとか想像がつかないね」
と蓮菜は言いながら、あれ?という感じで首を傾げた。
 
「馬原先生は何カップだと思う?」
と恵香。
「馬原先生大きいよね」
と千里。
「あれは多分Dカップくらいだと思う」
と蓮菜。
 
「DであれだけならFの想像がつかない!」
と恵香。
 
「物凄く巨大ってことだね」
と留美子が後ろを向いたまま言う。
 
「でもそのFカップのお姉さんのお友達にHカップの人いるって言ってたよね」
と千里。
 
「うんうん。映子、お風呂の中でそんな話、してたね」
と恵香。
 
「もうHって何それ?って感じだね」
と蓮菜。
 
「世の中、おっぱいのある所にはあるんだね〜」
 
と恵香が言う言葉の文法がおかしいような気がした。
 

「ところで千里のお股がすごく気になって仕方ないんだけど、触ってみてもいい?」
と恵香が千里の下半身を見ながら言う。
 
「だめ〜〜!」
「だって、これ上から見ると、とてもそこに何か付いているようには見えないんだけど。女の子がパンティ穿いてる状態にしか見えない。千里、ちんちん無いんだっけ?」
 
と言って、もう触らんばかりである。
 
「内緒」
と言って千里は少し逃げる。
 
「あるいはパンティを脱いでみるとか」
 
「お奉行様、それは勘弁して下しゃれ。世の中の平和のためにはこのパンティは脱げないのでごじゃります」
 
「まあ、そのパンティ脱がせてみて、付いていたらシャレにならないし、逆に何も無かったとしてもシャレにならない気がしない?」
 
と蓮菜が言う。
 
「うーん。。。どちらも確かにやばい気がする」
 
「そうそう。これは中身がどうなっているか分からないから平和でいられるんだよ」
と言って千里は体操服のハーフパンツを穿いてしまった。
 

この後、このロッジでは蓮菜が持って来ていたトランプで遊ぼうということになる。恵香はパンティのまま参加しようとしたが。留美子が「僕が変な気分になるといけないから、ズボン穿いて」と言うので、ハーフパンツを穿いていた。それでスピードやページワンなどでしばらく遊ぶ。
 
「少し飽きて来た。ばば抜きとかする?」
と恵香が言うが
 
「あ、ばば抜きは千里抜きでやらなきゃダメ」
と蓮菜。
 
「なんで?」
「千里は絶対負けないから面白くない」
「へ?」
 
「うん。私、トランプは裏からでも何のカードか分かっちゃうもん」
と千里も言う。
 
「試してみようか?」
と言って蓮菜は52枚のカードをベッドの上にきれいに並べた。
 
「はーい、千里ちゃん、神経衰弱やってみようか?」
と蓮菜が言うと千里が、めくりはじめる。
 
ハートのAとダイヤのA、スペードのAとクラブのAというようにめくり始め、千里はノーミスで全てのカードを開けてしまった。
 
「うっそー!?」
「全部何のカードか分かっちゃうんだよねー。だから私は小さい頃からばば抜きには入れてもらえない」
 
「不便な性格だな」
 

結局、その後ナポレオンで少し遊んだ。但し千里はナポレオンになれない!というローカルルールで運用した。千里がナポレオンになると千里には誰が副官なのか分かってしまうからである。
 
「そういえばキャンプファイヤー始める時にさ」
と千里は言った。
 
「桜井先生が、ロマンスしたい人はお互いの同意の上でならキスまではいいけど、その先はまだ我慢すること、と言ってたけど『その先』ってどういう意味だっけ?」
 
「うーん・・・・」
 
「私、何となく想像がつく」
と恵香は言う。
 
「私は知ってるけど、言っていいものか・・・」
と蓮菜。
 
すると恵香が蓮菜の前に顔を飛び出すようにして訊く。
 
「ね、ね、それどういうこと?」
 

「あんたたち、本当に知らないの?」
「知らない」
 
「んじゃ特別講義」
 
と言って蓮菜は説明しはじめる。
 
「その先というのはセックスのことだよ」
と蓮菜は最初に言った。
 
「あ、それ言葉だけは聞いたことある」
と恵香。
「私もどういうのだろうと思ってた」
と千里。
 
留実子はポーカーフェイスだが、興味津々の様子である。
 
「まあ具体的に言っちゃうとだね。男の子のおちんちんを女の子の奥の穴に入れることだよ」
 
「奥の穴って、おしりの穴?」
「違うよ。割れ目ちゃんの奥にあるでしょ?」
「あそこにおちんちん入れるの!?」
「だっておちんちんっておしっこ出る所なのに!」
 
ここで「あそこに・・・」と言ったのが千里だったので、蓮菜は「ん?」という顔をしたものの、スルーして話を進める。
 
「おちんちんはおしっこを出す以外にもうひとつ精液を出す役目があるんだよ」
「せいえき?」
 
「精子の入った液。人間は精子と卵子が結合して生まれる」
「何それ?」
 
「植物の実はおしべの花粉がめしべに受精してできるって習ったでしょ?」
 
「そうだっけ?」
 
「人間も男の子の精子が女の子の身体の中にある卵子に受精してできるんだよ」
「ほほぉ。詳しく」
 
「子供がお母さんに似るのは分かるじゃん。お母さんが産むんだから」
「うんうん」
 
「子供がお父さんにも似るの不思議に思ったことない?」
「それは常々疑問があった」
 
「それはお父さんとお母さんがセックスするからなんだよ」
 
「え〜〜!?じゃお父さんがおちんちんをお母さんの奥の穴に入れてるわけ?」
 
「そうだよ。それをしてもいいというのが結婚ということなんだよ」
 
「おぉ!!」
 
「だってさ。好きでも無い男の子のおちんちんをそんな所に入れさせてもいい?」
「やだ」
 
「お父さんとお母さんはお互いに大好きだから、そんな所におちんちんを入れさせてあげるんだよ。そしておちんちん入れると、そこから精液が出てきて、お母さんの身体の中にある卵子に受精して、赤ちゃんができる」
 
「凄いことを知ってしまった」
 
「卵子は女の子の身体の中の卵巣の中にある。卵巣はこのあたりにある」
と言って蓮菜は千里の身体の一部に触る。
 
「ほほぉ、そのあたりにあるのか」
 
「千里が女の子であれば、この付近に卵巣があるはず」
「私男だけど」
「いや、千里ならきっと卵巣はある」
 
「まあそれで、生理ってことばは分かるよね?」
「なんとなく」
「でも実はあまりよく分かってない」
 
「生理というのは、卵巣の中にある卵子が育って月に1度卵巣の中から出てくることなんだよ」
 
「へー」
 
「卵巣から出てきた卵子は1ヶ月間、子宮の中で待っている。そこに精子が到着したら受精して赤ちゃん誕生」
 
と言いつつ、蓮菜も多少そのあたりは不確かっぽい。
 
「到着しなかったら?」
「流れちゃう。その流れて出てくるのが生理なんだよ」
 
「へー!」
 
「女の子は11-12歳くらいになったら50歳くらいまで毎月卵子が1個ずつ出てくる訳よ。でも毎回妊娠してられないじゃん」
 
「ふむふむ」
「まあそれで妊娠できなかった卵子が生理になっちゃうわけ」
 
「じゃ生理って一種の流産?」
「そうそう。だから生理の時は辛い」
 
「要するに、その卵子が待っている間にセックスすれば赤ちゃんができるってこと?」
 
「そう。恋愛するとさ、キスとかしたくなるし、キスとかしていると、お互いセックスしたくなっちゃうらしいのよね」
 
「ほほぉ!」
 
「なんでしたくなるの?」
 
「種族維持本能じゃないの? だって子供を作って子孫を増やさないと人間という種が維持できないもん」
 
「もしかして恋愛って、子孫を作りたいという欲求なのかな?」
「うん。男の子は女の子とセックスしたいと思うし、女の子は男の子とセックスしたいと思う。セックスってね」
 
「うん」
 
「ものすごく気持ちいいらしいよ」
 
「へー!!!!」
 
千里はこの話をドキドキして聞いていた。私もし女の子になたれたら、男の子とセックスするのかなあ、などと思いながら真剣に蓮菜の話を聞く。
 
「好きな人ができたら、その人の子供を産みたいと思うのは自然な感情だと思うんだよね」
と蓮菜。
「そのあたりがよく分からない」
と恵香。千里も同感である。
 
「恋愛をすると多分そのあたりが分かるんじゃないかな。実は私も分からない」
と蓮菜。
「ふむふむ」
 
「それで好きだからセックスしたくなるのもあるだろうし、凄く気持ちいいから、気持ちよくなりたくて、セックスしたくなるのもあるんじゃない?」
 
「なるほどー」
 
「ね、それオナニーとどちらが気持ちいいの?」
と留実子が訊く。
 
「オナニーって?」
と恵香が訊く。
 
「みんな経験無い?あのあたりいじってたら気持ちよくなるじゃん」
「それオナニーって言うの?」
「そうそう。あのいじると気持ちいい部分をクリトリスというんだよ」
と留実子。
 
「あれって男の子のおちんちんと同じものだよね?」
と蓮菜が言う。
 
「そうそう。クリトリスは小さなおちんちんだよ。男の子がおちんちんいじってるの知ってるでしょ?」
 
「教室でいじってる子いるよね?」
「いるいる。何してんだろ?と思ってた」
「なんか机の下で短パンの裾から出していじってる子いる」
 
「そのあたりは意見が別れているみたいでさ」
と蓮菜は言う。
「セックスの方が気持ちいいという人と、オナニーの方が気持ちいいと言う人とあるみたい」
 
「人によるのかもね」
「相性にもよる気がする。相性のいい人とのセックスはたぶんオナニーより気持ちいいんじゃないかな」
 
「なるほどー」
 
「でもその相性ってどうやったら分かるの?」
「たくさんの子とセックスしてみれば分かるかも」
「そんなにたくさんの子とセックスしたくない気がする」
 
「まあ運次第かもね」
「うむむむ・・・」
 

「でも千里はそのオナニーってしてないの?」
と恵香が訊く。
 
「オナニーってことばは知らなかったけど、あの付近をついいじっちゃったことは何度かあるよ」
と千里は正直に答える。
 
「どういう感じでするの?ちょっとやってみせてよ」
「そんなの人に見せるもんじゃないよ!(たぶん)」
「じゃ、実物に触らなくてもいいから、手の形だけ」
 
「うーんと、こんな感じでしてるけど」
と言って千里が左手の中指を立てて小さな渦を作るように指先を回転させると 
「つかむんじゃないの〜?」
と恵香が訊く。
 
「つかむって?」
と千里が本当に分からないので逆に恵香に訊くと
 
「やはり千里には、つかむようなものが存在しないこと確定だな」
と蓮菜が言った。
 

この日は結局、みんなトランプは中断して「性のこと」について話した。恵香は千里を「解剖」したくてたまらない雰囲気だったが、蓮菜が自制するように言っていた。
 
性の問題については、蓮菜がいちばん詳しかったのだが、留実子も多少の知識を持っていて、補いあうように話が進んだ。恵香と千里は主として聞き役である。 
話はかなり盛り上がっていたのだが、やがて11時頃になって我妻先生が回ってきて 
「あんたたち、まだ起きてるの?そろそろ寝なさい」
 
と注意したので
「はい、おやすみなさーい」
と言ってそれで寝ることにした。
 
しかし千里は今日の話で何だか興奮してしまい、寝付けない感じだった。 
それは他の子も同様のようで、明かりを消したまま小声で会話が途切れ途切れに続く。
 
「でもふと思ったけど」
と恵香が言った。
 
「キャンプファイヤーの最初の方で千里がいない気がしたから、どこかに行ってるのかと思ってたけど、ロマンスの話聞いてたということはちゃんと最初から居たのね」
 
「うん。2組の子とかと話してたから」
「ああ、なるほどねー」
 

深夜。
 
『千里。ちょっと起きて』
と言われて千里は目を覚ます。
『カオルちゃんがトラを見たと言ってたでしょ?』
『うん』
『どうも気になってさ。ちょっと退治に行かない?』
『どうやって退治するの?』
『千里、天子さんからサルの根付けもらったろ?』
『うん』
『あれを使わせてもらう。かなり疲労してたけど晃子さんがリフレッシュしてくれたから充分使えるようになってる』
『へー』
 
それで千里はこっそりとロッジを抜け出した。
 

『夜中だから千里には分かるだろ?』
『確かに何かいるね』
『放っとくと、他のキャンプ客がまた襲われるかも知れないけど、こういう輩を退治できる人は少ないから』
『それを私が退治するの〜?』
『千里にはできるさ』
 
それで千里はその「波紋」を感じる方角に向かって歩いて行く。歩いて行くにつれ存在感はどんどん強くなっていく。
 
『いた』
『私には見えない。でも何かいるのは分かる』
『大きなトラだよ。体長3mくらいかな』
『きゃー』
『恐れずに。向こうはもうこちらを認識した。怖がったらやられるよ』
『今こちらに近づいて来てるよね?』
『鍵に付けてる日吉さんの根付けを握って』
『うん』
 
それで千里はポケットの中に右手を入れ、鍵に取り付けているサルの根付けをしっかりと握った。
 
何か咆哮のようなものがした気がした。千里の身体から光の塊のような物が飛び出し「何か」にぶつかった。
 
静寂が訪れる。
 
その存在感はとても小さくなった。
 
『OK。お疲れ様』
『何か疲れた。私何もしてないのに。やっつけたの?』
『千里のエネルギーを借りたんだよ。千里って物凄いバッテリーだから。トラは消滅させるつもりだったんだけど、わずかに残った。かなり丈夫な虎だね。でもこれなら人に害を与えたりはしないだろう』
『ふーん』
 
『さあ、帰ろう』
『うん。でも私、トイレ行きたくなった』
『ついでに管理棟に寄ってトイレしてくるといい』
『そうする。でもどうやってやっつけたの?』
 
『おサルさんの力を借りた。《虎の威を借る狐》と言うけど、今夜は《猿の威を借りて虎退治した狐》かな』
『ふーん』
 
『トラはサルに弱いんだよ。天敵だよ』
『そんな話は初めて聞いた』
『トラは十二支では陽木になる。サルは陽金。金剋木でサルの方がトラより強いんだ』
『意味分かんない』
 
『木火土金水というのが五行。これに陰陽がある。木は寅と卯、火は巳と午、金は申と酉、水は亥と子。土は残りの丑・辰・未・戌。陽は子寅辰午申戌、陰は丑卯巳未酉亥。木生火・火生土・土生金・金生水・水生木、木剋土、土剋水、水剋火、火剋金、金剋木』
 
『話が難しいよお』
『千里少し占いの勉強しなさいよ』
『占いって当たるの?』
『占う人による』
『ふーん』
 

翌朝の朝ご飯は、男子が頑張ってみようということで、男子が中心になって作った。留実子は
 
「お前も男子の一種だよな。手伝ってくれない?」
などと言われて出ていったものの
 
「お前へただな!」
と言われていた。
 
「お前、これでは嫁行けないぞ」
「うん。僕はお嫁さんもらうからいい」
 
などと他の男子と言葉を交わしていたらしい。
 
「でもこれってキャンプというより調理実習だ」
「野外で生き延びるのに食事を作るのは基本中の基本」
 
それでも何とか作り終え、昨晩は1組女子が配膳したので朝は2組女子が配膳をした。後片付けを1組女子がすることになる。
 
それで8時頃、朝ご飯を食べ、片付けた後、昨日は行かなかった双子沼の方に行くことになる。
 
「歩くんですか〜?」
「あんたたち若いだろ。頑張れ」
 
と桜井先生に言われて、荷物は置いたまま遊歩道を歩いていく。昨日はここに行った帰りにカオル君は迷子になったんだったなと千里は考えながら歩いていた。 
黒銅山がきれいに見えている。その山の姿が左右に並ぶ各々の沼に映って美しい情景である。
 
「ああ、カメラが欲しい」
などと言っている子もいたが、桜井先生や近藤先生が自分のカメラでその山が湖面に映った様子なども撮影していた。
 

ボートがあるので、乗りたい人は乗ってもいいよということだったが、男子がけっこう乗りに行っていたようである。留実子も男子の友人数人と一緒に乗りに行っていたが、千里たち女子の大半は草むらに腰をおろして、おしゃべりに花を咲かせていた。
 
「でも晴れて良かったね〜」
と玖美子が言うと
 
「うん。私たちが下山する頃までは持つんじゃないかな。夕方くらいから雨になるみたい」
と千里は言う。
 
「天気予報でも見た?」
「ううん。今私、夕方から雨になるって言ったね」
 
「言った」
「なぜそう思ったんだろう?」
「自分で分からないの〜?」
 
「ああ、千里のこの手の発言はほぼ当たる」
と隣にいる蓮菜が言う。
 
「どこかからそういうイメージが降りてくるんでしょ?」
「そうそう。そういう感覚」
「そして自分では言ったこと忘れちゃうよね」
「あ、そうみたい。よく指摘される」
 
「千里って霊感人間?」
「霊感ってこないだから聞くけどよく分からない」
「うーん。。。」
 
「千里はたぶん無自覚霊感人間」
と蓮菜は言った。
 

「それって多分霊媒タイプじゃないのかな」
と近くにいた桜井先生が言った。
 
「れいばい?」
「霊が千里ちゃんとこに降りてきて勝手にしゃべる。だから千里ちゃん自体は何も覚えてなかったりする」
 
「ほほぉ」
 
「狐憑きみたいなの?」
と質問が出るが
 
「ああ、狐に憑かれることはあるけど、すぐ出て行くみたいよ」
と千里は言う。
 
「なんか凄い発言だ」
 
「千里ちゃんは多分レベルが高すぎて、そんじょそこらの狐レベルでは居座れないんだと思う。千里ちゃんはむしろイタコなんかに近いんじゃないかな」
と桜井先生。
 
「そういえば私のひいおばあさんがイタコしてたらしいです」
「なるほどー」
「親戚で占い師をしている女性もいるらしいし」
「ほほお」
 
「でもうちの家系で、その手の感覚の強い人って女性だけに出るらしいから、私は多分、その霊感ってのは無いんじゃないかなぁ」
 
と千里が言うと
 
「うーん・・・」
と言って腕組みをして考える子が数人いた。
 

千里たちは11時頃下山したが、それとちょうど入れ替わるようにやってきた集団があった。旭川の宗教団体の一行で、その教会長の孫が、幼稚園年長の海藤天津子であった。
 
一行はマイクロバスでキャンプ場に乗り付けると、まずはバーベキューでお昼を取る。それから双子沼のところに1つずつ「光柱」が立っていると言って、それを拝んで祝詞を唱えたりしていた。
 
天津子は信者さんたちから託宣ができると言われて、まるで生き神さまのようにあがめられていたものの、本人としては結構冷めていた。天津子の感覚では教団が崇拝している「神様」というのが、『威張っているだけのタヌキ』にしか見えず、それで彼女は祭壇などには近寄らないようにし、教団の祭礼にもできるだけ関わらないようにしていた。
 

羽衣が目を覚ましたのはもうお昼すぎであった。
 
「うー。頭が痛い。二日酔いかなあ」
と独り言を言う。
 
「あんた、ビール20本くらい飲んでたよ」
とカップ麺を食べながら携帯をいじっていた同室の女が言う。
 
「俺、そんなに飲んだ?」
「もうやめときなさいよと言うのに、まだ行けるとか言って」
「いや、ちょっと面白そうな子がいたからさ。あの子、俺の弟子にしたいなあ、と思ってその前祝いに」
 
「例の小学生の集団?どこかの小学校がキャンプに来てたけど」
「あ、それかも知れん」
「その集団ならもう出発したよ」
「しまった!」
 
「こんな遅くまで寝てたらね」
「どこの小学校か聞いてない?」
「そんなの知らないよ」
 
「うーん。キャンプ場に聞いたら教えてくれないかなあ」
「そんなの教える訳ないでしょ?」
「くそー。。。あ、そうだ。虎退治しなきゃ。お前ちょっと来い」
「虎?」
 
「そうそう。虎がこのあたりをうろつき回っているんだよ。何か居るなと思って昨日の夕方探していた時に、その虎に襲われて斜面を滑り落ちたという子供を助けてさ。それで虎だと分かって。でも子供助けたので昨日はもう日没になってしまったから、朝になってからあらためて探そうと思ってたんだよ」
 
「そんなの退治できるの?」
「まあ俺に掛かればね。だからお前も来い」
「私が何か役立つの?」
「俺が近づけば警戒する。だからお前をおとりにしておびき出す」
「そんな怖いこと嫌!私、ゲームしてる」
 
それで仕方なく羽衣はひとりでロッジを出て山道に入っていった。
 

天津子は教団の人たちの儀式が長く掛かりそうなので、ひとりで勝手にその場を離れた。管理棟の方に戻ってロビーで本でも読んでようと思い、山道に入っていく。
 
歩いている内に、うっかり変な道に入ってしまったようである。あまり人が通っていない感じで、道にかなり雑草が生えている。
 
あれ〜。私、めったに道に迷わないのにと思いながらも、管理棟の方角は波動で分かるのでそちらに向かって歩いて行く。
 
その時、天津子は気づいた。
 
「あら、可愛い猫」
と言って、その子を拾い上げた。
 
「あれ?あんた猫じゃないみたい」
『俺は虎だ』
『あんたしゃべるの?』
『お前も俺の声が聞こえるということは強い霊感持っているな』
『あ、そもそもあんたの姿は普通の人には見えないかもね』
『今日はむしゃくしゃしてるんだ。お前、食べちゃうぞ』
『いくら虎でもあんたみたいな小さな子には私は負けないよ』
『くっそー。俺は力が欲しい』
『力が欲しいのは私もだなあ。私、男に生まれたかった。それで強くなりたい』
『だったら俺をお前の眷属にしないか?力は与えてやるぜ』
『ペットにだったらしてもいい』
『ペットだとぉ!?』
『小さい猫の癖に文句言うんじゃないよ』
『くっそー。昨日あんな小娘にやられてなければ・・・』
『あんた小さいから、名前はチビにしようかなあ』
 

羽衣がその場に行った時、小さな虎の精霊が5−6歳の女の子に抱かれているのを見た。なんであんなに小さくなっているんだ?と疑問に感じる。しかしこいつはどう見ても人を何人か喰っている虎だ。
 
「君、危ないからその虎から離れなさい」
「おじいさん、誰?」
「せめておじさんと言って欲しいなあ」
「この子猫ちゃんは私のペットだよ」
「それ猫じゃなくて虎だから。危険だから」
「この子どうするの?」
「癖の悪そうな虎だから消滅させる」
 
「私がこの子の保護者だから。おじさんには渡さない」
と天津子は羽衣を睨み付けるようにした。
 
「うーん」
と羽衣は考える。そしてあらためて少女を見た。よく見ると、かなり強い霊感を持っている。そもそもこの「虎」が見えて、触ることができるということ自体霊感人間ではあるのだが。羽衣はこの子は10年に1度の逸材ではないかという気がした。昨夜の男の娘とは違うタイプだ。昨夜の男の娘は霊媒タイプ、こちらは霊能者タイプである。
 
「分かった。だったら飼ってもいいけど、ちょっとその虎貸しなさい」
 
少女は羽衣を睨み付けるようにして虎を放さない。
 
「大丈夫。変なことはしないから。約束する」
 
すると天津子は
「おじさん、信用できそうだね」
と言って、虎を羽衣に手渡した。
 
「おい、虎。今日の所は見逃してやるが、この子に絶対服従することが条件だ。誓えるか?」
『分かった。誓う』
「この子に万が一にも危害を加えたり、この子の言うことを聞かなかったりしたら、即俺がお前を消滅させるからな。いいな?」
『うん。この子に従う』
「よし」
 
それで羽衣は天津子に虎を返した。
 
「名前は付けた?」
「うん。チビという名前にする。ちっちゃいから」
「すぐ大きくなるぞ。餌はちゃんとあげろよ」
「餌って何あげればいいの?」
「こいつは悪霊とかを食べるんだよ。君、どこか宗教団体の子?」
「うん。おばあちゃんが教会長してる」
 
羽衣は天津子の「向こう側」を見るようにした。
 
「なんか怪しげな教会だなあ」
「おじさんもそう思う? 私もそう感じてる」
「だったら、その教会にはきっと悪霊がたくさん集まってくるから、そういうのを食べさせればいい」
「分かった」
「あと、町とかに連れて行くと、人の集まる所には悪い霊もたくさん集まるから、そういう所で食べさせるといいよ」
「ありがとう」
 
「ねね、それとついでみたいに言うけど、君、僕の弟子にならない?」
「弟子ってよく分からないけど、おじさん、まともそうだからなってもいいよ」
「よし。僕は吉田羽衣、君の名は?」
「私、海藤天津子です」
 
と言ってふたりは握手をした。羽衣が弟子を取ったのは15年ぶりであった。 

その日、千里は夢を見ていた(ようであった)。
 
自分が寝ている周囲におばあさんが4人座っている。しばらく4人の会話を聞いている内に、千里の枕元、北側に座っているのがウメさん、左手、東側に座っているのがサクラさん、足下、南側に座っているのがモモさん、右手、西側に座っているのがキクさんというようである。4人は千里を取り囲むように、内側を向いて座っている。
 
ウメさんってもしかして自分のひいおばあさんのウメさんかな、などと思う。そして確か十四春(千里の祖父)のお姉さんにサクラさんっていたよなというのも思い出す。どちらも既に亡くなっている人である。もしかしてモモさんとかキクさんというのもその親族だろうか?
 
おばあさん4人に囲まれているというのが、なんとも居心地が悪く、千里は逃げ出したい気分だったが、身体は動かないようである。どうも金縛りのような状態になっているようだ。
 
「でもこの子、面白い子だね」
「男の子なのに女の子のドレス着て、十四春に献花してくれた」
「でもドレス姿がすごく似合ってた」
「この子、むしろ男の服を着せても男装した女の子にしか見えないと思う」
 
「でもこの子、本当に男の子なの?」
「どれ確かめてみよう」
 
と言ってキクさんが千里のズボンを脱がせる。ちょっとぉ!
 
「あら、女の子のパンティ穿いてるじゃん」
「この子、女の子の服を着るのが好きみたいですよ」
「でも女の子の服だとおしっこするのに困らない?」
「この子は男の子みたいに立ってはしないんです。女の子みたいに座ってするんですよ」
「へー。面白い」
 
「でも男の子が女の子パンティ穿いたら、膨れるよ。その子、お股に何もないみたいに見える」
「じゃ脱がせてみようか」
 
それでキクさんは千里のパンティまで脱がせてしまった。きゃー!!
 
「可愛い!」
「ちゃんと付いていたのか」
「男の子だったね」
「でも小さくない?」
「うん。この年齢の子にしては、小さいと思う」
 
「こんなに小さいのなら、無くてもいいんじゃない?」
「うん、いっそのこと取っちゃったら?」
「おしっこするのにも使ってないのなら、要らないよね」
「ああ、この子はおちんちん無くしたいみたいだよ」
 
「たまにいるよね。女の子になりたいと思っている男の子って」
「だったら、おちんちん私たちで取ってあげようよ」
「それもいいかもね」
 
「ちょっとモモさん、包丁か鎌か無い?」
 
包丁か鎌で切るの!?
 
「はさみでも良ければ」
「よし、それで切ろう」
 
「じゃ、あんたこのちんちんの先持ってて」
「じゃ私がこれ根本から切っちゃうね」
 
千里はドキドキしていた。
 
「はい。切っちゃった」
 
きゃー。切られちゃったよ!
 
でも物凄く痛いんですけど!?
 
千里はあまりの痛さに身体を少し動かそうとしたものの、動けない。ずっと金縛りが続いているようだ。
 
「これどうするの?」
「どこかに捨てる?」
 
おばあさんたちがそんなことを言っていたら、上品そうなお姉さんが近づいてきて言った。
 
「それ私が預かってもいいですか?」
「ちんちんなんか、どうすんの?あんた自分のお股に付ける?」
「私、男になってみたこともありますけど、あまり面白くなかったですよ」
「へー。私は男はしたことないね」
 
とりあえず千里のおちんちんは、その上品そうなお姉さんが預かったようであった。
 
「この子の切ったあとの傷口には、この薬を塗ってあげてください」
と言って、そのお姉さんはモモさんに貝殻に入った薬を渡した。モモさんがそこに薬を塗ってくれると、千里の痛みは随分楽になった。
 
「あとはナプキンでも当てとけばいいか」
「でも便利なもんができたよね」
「ほんとほんと、私たちの頃はこんなもん無かったから、月の物が来た時は毎月大変だったよ」
 
千里はナプキンって、ファミレスなんかに行った時にテーブルに立ててある紙のこと?などと思って、あんなのをどうしてお股に当てるのだろうと不思議に思った。
 
「でもこの子、おちんちん切っちゃったから、これからは月の物の処置もしなくちゃね」
「たぶん1年くらい先には月の物も来るようになるんじゃない?」
 
千里はお股の所に柔らかい布のようなものの感触を感じた。そして月の物って何だろうなどと考えていた。
 

北海道の学校の夏休みは短い。だいたい20日をすぎると2学期が始まる所が多い。今年は8月21日の月曜日から2学期の授業は始まった。
 
まずは9月中旬に行われる学習発表会(昔でいう所の学芸会)の準備である。千里は4年1組でやる劇と、合唱サークルの合唱に参加することになった。 
「私、合唱サークルじゃないのに」
と千里は言うが
「サークルだけじゃ人数少ないからさ」
と蓮菜は言う。
 
「私、下手だよ」
「千里が歌は下手だという話は嘘であることがとうにバレている」
「どこからそんな根も葉もない噂が」
「だってこないだビリーフやった時は凄く巧かった」
 
「しまった!」
「それにさ、合唱サークルはおそろいのスカート穿くから」
「参加する!」
 

合唱サークルの練習は毎日の昼休みである。千里はそれにも出て行き、高音部で歌った。曲目は滝廉太郎の『花』と高倉田博作曲・合唱組曲『蝦夷の春』から『キタキツネ』である。
 
ピアノは小さい頃からレッスンを受けていたリサが徴用されていた。合唱サークルの本来のピアニストは6年生の鐙(あぶみ)さんだが、学習発表会では歌唱の方に参加させたいということで、別途ピアニストをというのでリサが頼まれたらしい。リサは歌は下手だが、ピアノが上手いので、伴奏役にはぴったりなのである。また彼女は背が高いので、合唱の列に並べるとひとりだけ頭ひとつ飛び出してしまう。ピアノの前に座らせるのが色々な意味で落ち着く。 
それで練習していたのだが、馬原先生から言われる。
 
「村山さん、すごく歌がうまい。ふだんの合唱サークルにも入らない?」
 
「私、スポーツ少年団で剣道してるから時間無いです」
 
本当は千里は剣道部には月に数回しか顔を出していない。
 
「うちの練習は基本は昼休みだけだから、スポーツ少年団とも両立できるよ」
「そうだなあ」
 
 
前頁次頁目次