【娘たちの1人歩き】(2)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-09-16
千里は先日青葉から巨大な収入がある場合の節税対策について尋ねられ、まずは個人会社を設立すればよいと指南しておいた。それで青葉は自分の会社グリーン・リーフを設立することになったのだが、例によってアクアの11月に出したCDの印税が入るのは(4月末が休日なため)5月頭なので、それまで資本金にする現金を貸してと4月12日に言われ700万円貸しておいた。
4月15日。
その日千里はNTCで日本代表チームの練習をしていたのだが、青葉がどうも危ない事件に関わっているなと思い、交替で監視をさせておいた眷属から緊急連絡が入る。
『青葉を停めて!死ぬ!』
というメッセージに千里は大きな声で
「タイム!」
と言って、紅白戦を停めるとコートサイドに飛び出しつつ床を滑りながらブラジャーの中!から自分の携帯を取り出し、青葉に電話した。青葉が危険な歌を再生しようとした所から、青葉が千里からの電話に気付くまで僅か2秒である。これはスポーツ選手の反射神経+電話に実際に着信する前に電話が掛かってくることに気付く青葉の霊感のおかげだ。
「おっはよー。青葉、死んでない?」
と言った所で千里の身体は壁に到達して停まる。
「何とか生きてるけど」
「今凄く危険な曲を再生しようとしてたでしょ?」
「よく分かるね」
この時、青葉はステラジオのマネージャーが3代続けて怪死した件を調べていて最後に亡くなった人の自宅にお邪魔し、そこで不思議な曲の譜面とSDカードを発見し、再生してみようとした所だった。
この事件の詳細↓
http://femine.net/m/read.php/aoba/aoba5_45.htm
概略
・ステラジオのマネージャーが3代続けて怪死した。
・K大水泳部の部長が3代続けて怪死した。
・消去しても初期化しても復活する“死の歌”と青葉の戦い。
・数十年前の呪いに、ステラジオ・ホシの薬物問題が絡む。
・幡山ジャネの意識回復とリハビリ、ジャネの正体。
・ステラジオ・ホシの心の癒やし、ラララグーン・ソウ∽の心の癒やし
「警告。その曲を再生したら、今その場にいる人全員、1分以内に死ぬから」
と千里は言った。
青葉は驚きのあまり声も出ないようである。千里は“どこかから”降りてくることばを青葉に伝えた。
「その時の死因はね、各々本人が自分の健康に関していちばん不安を持っているものになると思う」
どうも青葉は千里のその言葉で、今回の事件の原因が分かってしまったようであった。
後は何とかなるなと思い、電話を切ったが、練習していた他の選手たちの視線が冷たい。
「すみません。今妹が劇薬の瓶を誤って開けようとしていたので」
「ふーん・・・。それで?」
「全員にカツドンをおごりますから」
「カツドンではダメだな。ステーキだな」
「はい、ではステーキで」
と言って、千里はみんなにペコペコ謝った。
千里の合宿は4月20日でいったん終わった。20日の夜はちょうど男子代表の合宿で出てきていた貴司と一緒に東名をデートドライブして大阪まで行き、アテンザを大阪に置いたまま新幹線で東京に戻る。そして21-22日は、新たに設立した“クロスリーグ”の開幕戦にリーグ主催者の1人として出席し、またレッドインパルスの選手としても参加した。
4/21 40
minutes- Red
Impulse(Half-time show: ムーンサークル)
4/22 Joyful Gold - Rocutes (Half-time show: 西宮ネオン)
クロスリーグというのは、クラブチーム(40 minutes, Rocutes)、実業団(Joyful Gold)、プロチーム(Red Impulse)という、普段は直接対決の無いチームが参加しているからである。
23日は銀座のエヴォンで冬子と会って、★★レコードの状況や建設することになった深川アリーナなどについて意見を交わした。
4月25日から千里は第2次合宿に入る。この合宿は11日まで続くのだが、次の3つの親善試合(対オーストラリア女子代表)も含む。
2016.05.07(土) 長岡
2016.05.09(月) 東京
2016.05.10(火) 東京
合宿1日目の25日夜、青葉から電話がある。5月2日に今回関わっている事件(金沢の連続怪死事件)のホンボシと思われる幽霊と対決するが、相手がひょっとしたら物凄く強いかも知れないので、その時、こちらのパワーを貸して欲しいというのである。
「いいけど死なないようにね〜」
千里は自分の反応が間に合わない場合に備えて、戦闘力のある《びゃくちゃん》と《りくちゃん》を交替で青葉に付けておいた。
《びゃくちゃん》から報せがあったのは5月2日の朝9時頃だった。千里はNTCでウォーミングアップをした後、シュート練習をしていた所だったが、お腹をおさえてサイドに行き座り込む。
「どうした?」
「すみません。軽い腹痛で。少し部屋で寝てていいですか」
「まあいいけど」
それで千里は体育館を出ると即《くうちゃん》に頼んで自分の部屋に転送してもらう。《びゃくちゃん》から連絡があってから10秒くらいだが、その間、青葉の方は戦闘になっているようだった。《びゃくちゃん》の目を通して見ると青葉・雪娘・海坊主の3人が何だかとんでもなく巨大な霊団と戦っている。
青葉たちは劣勢である。
これは竹槍で戦闘機と戦うみたいなものだと千里は思った。
千里は『姫様』と言って《ゆう姫》に笑顔で声を掛けた。
『なんじゃ?』
『お借りします』
と言うと、自分の体内に封印されている瞬嶽の術を青葉の力を使って起動させ強烈な竜巻のようなものを引き起こして霊団にぶつけた。
瞬嶽はこの術では5〜6階建ての鉄筋のビルを破壊できると言っていた。実際霊団は一瞬にして粉砕されてしまった。続けて千里は別の術をやはり青葉の力を使って起動し、粉砕された悪霊の破片を全部地獄送りにしてしまった。
青葉たちは突然敵が居なくなったので、何が起きたのか分からずキョロキョロしている。すると様子を眺めていた美鳳さんが
「千里サンクス。あの犯人は私が処分してやる」
と言って、青葉たちの前に出現し、この事件の主犯の木倒サトギ(≒木倒ワサオ)を連行していった。
《ゆう姫》が千里に文句を言った。
『お主、また勝手に妾のチャンネルを利用しよって』
『緊急事態でしたので』
術のパワーが凄まじすぎて、《びゃくちゃん》では今の操作に耐えられなかったのである。それで《ゆう姫》のルートを使わせてもらった。
この日は手加減せずに千里もフルパワーで青葉をサポートしたので、結局夕方までずっと自室で寝ているハメになった。玲央美がお昼に
「仮病の具合はどう?」
などと言って、お昼ごはんを持ってきてくれたが、千里がマジで疲れているようなので驚いていた。
「トライアスロンでもやってきたような顔してる」
「今日は生理が重いから夕方まで休んでるとコーチに言っておいて」
青葉もこの日はとても精神的な余裕が無かったが、5月6日に、千里から借りていたお金(通学用の車を買う資金+納税資金+会社設立資金)を入金していたアクアの印税で返却してから、千里と電話で話した。
青葉は助けてくれてありがとうと言ったが、千里はあれは青葉の力で瞬嶽から預かっていた秘法を起動しただけだと言った。
「**の法だよ。しっかり伝授したから次からは自分で起動してね。あれって鯨くらい1発で倒せると瞬嶽さん言ってたよ」
「起動の仕方は分かる気がする。でも物凄いエネルギーを使うよね?」
「まあ相手次第だね。猪程度ならもっとずっと小さいパワーでOK」
「猪?」
「瞬嶽さんはこれで猪を狩って御飯にしてたみたいだよ」
「師匠って霞(かすみ)を食べて生きてたのかと思った!」
「霞だけじゃお腹が空くよ」
「でもこれで**の法を使えるのは、日本では3人になったね」
と千里は言った。
「あと2人って?」
「羽衣さんと虚空さんだよ」
と千里が言うと、青葉は緊張した顔をしていた。
「青葉以外は2人とも変態だな」
「へ!?」
2016年4月27日(水)、アクアの5枚目のシングル『眠る少年/ナイスなナースになるっす』が発売され、いつものようにアクアの学校が終わった後18時から、青山ヒルズの1階大会議室で、発売記者会見が行われた。
いつものようにエレメントガードの伴奏でアクアが生歌唱した後でテーブルの所に座り、趣旨説明や質疑応答が行われる。
『眠る少年』は岡崎天音(マリ)作詞・大宮万葉(青葉)作曲の作品。震災復興支援イベントの時に出演依頼と一緒にケイが青葉に作曲を押しつけた作品である。
当初は『眠る少女』というタイトルでアクアは可愛いベビードールを着て王女様のようなベッドに寝ているというコンセプトだったのだが、アクアが受取り拒否したので、マリはぶつぶつ言いながら少女という所を少年に書き換え、アクアの衣装もベビードールではなく、男の子用のシルクのパジャマに変更された。
PV撮影の時、アクアは実際にベッドに入って寝ているふりをしていて下さいと言われたのだが、連日のハードな仕事の疲れが出て、彼は本当に眠ってしまった。その熟睡している様子を撮影されたのだが、公開されたビデオを見て多くの人が
「眠っている少女にしか見えない」
と言った。
むろん当初は『眠る少女』だったという話は(この時点では)公開されていない。
『ナイスなナースになるっす』は『ときめき病院物語II』のエンディングテーマである。加糖珈琲作詞・東郷誠一作曲とクレジットされているが、実際に曲を書いたのは千里(東郷誠一H)である。この曲は歌詞が早口言葉のようになっていて、結構間違わずに歌うのが難しいと話題になった。実際音源製作の時アクアも苦労していた。
PVでは『ときめき病院物語II』に出演している多数の看護師役の女性たちが踊ったり走ったりしていた。
ゴールデンウィークにはまた全国ツアーをした。今回もドームツアーである。アクアとしても、またコスモスにしても、本当はホールツアーやアリーナツアーをしたいところだが、アクアのスケジュールが厳しいので、5000人のホール30ヶ所のようなツアーは困難で、どうしてもドームにならざるを得ない。
4.29 札幌ドーム
4.30 京阪ドーム
5.01 博多ドーム
5.03-05 関東ドーム3日間
今回名古屋の愛知ドームはゴールデンウィークの予約が取れず、名古屋近辺の人たちはごめんなさい、ということになった。
今回は初めてオリジナル曲だけでセットリストを組むことが出来た。セットリストは最終日の場合このようであった。
前半
『眠る少年』(ベッドで寝ている所からスタート)『夢見るコレジエンヌ』、『ナイスなナースになるっす』『冬模様』『スキーに行こうよ』『テレパシー恋争』、『ロックバンドの少女』『朝食ラーメン娘』『走って告りに行こう!』『半分少年』
後半
『桃色の予感』『想い出海岸』『水辺のニュムペ』『憧れのピーチガール』、『ライオンと少女』『翼があったら』『The Young and the Freshness』、『ウォータープルーフ』『nurses run』
アンコール
『ぼくのコーヒーカップ』『白い情熱』
また今回は初めてエレメントガードが最初から最後まで伴奏した。但しサポートミュージシャンも入れて、一部の曲でギターやキーボードを他の演奏者が代行してヤコやハルを休ませたケースもあった。また追加ミュージシャンとして、ヴァイオリン、フルート、サックス、ヴィブラフォンの奏者も入り、一部の曲の演奏に参加している。
また信濃町ガールズが全日程に同行してバックダンサーを務めたが、前半と後半で半分ずつ出場した。Aチームは佐藤ゆか、Bチームは米本愛心がリーダーを務めた。
2016年5月3日の朝、月嶋優羽(つじま・ことり)は、数日分の着換えと洗面道具などお泊まりセットの入ったスポーツバッグを持ち、神奈川県内の某駅に降り立った。
「おはようございます、つじまさん」
と言って寄ってきたのはステージ・オーディションの時にも見た★★レコードの明智光代さんである。
「おはようございます、明智さん。すみません。遅くなりました」
「とんでもない。まだ集合時刻の30分前ですし」
「早くから待っておられたんですか?」
「早く来る参加者がいて誰も居なかったら途方に暮れるだろうからと言われて7時から来ていました」
「大変でしたね!私がいますからトイレ行ってこられません?」
「助かるかも!ちょっと行ってきます」
と言って明智は駅のトイレに行って来たが、その間には誰も来なかった。
20分前になって花山波歌(かやま・しれん)と島田春都が一緒に話しながらやってきた。
「あれ?一緒だったんですか?」
「東京駅で偶然遭遇して一緒に来ました。私わりと方向音痴だから、春都ちゃんを見つけて、助かった!と思った」
と波歌。
「私もあまり交通には強くないんですけどねー。昨夜の内に乗り継ぎを確認しておいたから」
と春都。
「ああ、2人とも前泊?」
「そうそう。北海道からも九州からも朝1番の便では、ここに11時くらいにしか到達できない」
「大変ですね!」
「そうだ。忘れる所でした。父からこれを書いてもらいました」
と言って、春都は明智に書類の入った封筒を渡す。
「えっと・・・芸能活動許可書は頂いていましたよね?」
と言いながら、中を見る。
《性転換許可書。私、島田春道は、次男・春都が性転換手術を受けて女子になること、女子用衣装を着て女性アイドルとして活動すること、女子制服を着て学校に通学することを認めます》
などと書いてある。実印らしき印鑑も押されている。明智はこれは誰がこういうのを要求したのだろう?と疑問を感じたものの、
「取り敢えずお預かりします」
と言って、バッグにしまった。
(後日確認した所、森原プロデューサーが要求していたことが判明した。森原は春都が優勝した場合、彼が性転換する過程も番組でレポートする気だったのかも知れない、と高平ADは言っていた。どう考えてもゴールデンタイムでは放送できない内容だ。だいたい18歳未満の子の性転換手術はよほどのことがない限り、まともな病院では拒否される)
2人が来た直後に、テレビ局のクルーが来る。ADの高平さん、カメラマンの皆月さん、そして助手の赤島さんの3人である。3人とも女性で、今回テレビ局のスタッフは全員女性で構成していた。
スタッフは既に来ている優羽・波歌・春都の3人を映していた。
15分前に到着する便、10分前に到着する便で、ドドドっと多数の参加者が到着する。彼女らも撮影する。残りは長野の種田広夢(おいだどりむ)と金沢の雪丘八島(すすぎやまと)である。
5分前に広夢がお父さんが運転する車で到着した。
お父さんも運転席から出てきて一緒に
「遅くなって済みませんでした」
と謝る。
「まだ時間前ですよ。長野から車でおいでになったんですか?」
「すみません。夜10時になってから、朝1番の便では間に合わないことに気付いて。父に車で送ってもらいました」
「疲れなかった?」
「私は車内で寝てましたので大丈夫です」
「じゃお父さんはどこかでゆっくり休んでからお帰り下さい」
「ありがとうございます」
と言って、広夢の父は帰っていった。
9時になる。
雪丘八島はまだ来ていない。
「どうします?」
とΨΨテレビの高平ADさんが明智に尋ねる。
「そうですね・・・」
明智はこれが滝口だったら、
「遅刻者はここで落選だね。さあ、みんな行くよ」
などと言うところだよなと思った。
「9:10まで待ちましょう」
と明智は言った。
そして9:04、到着した電車から八島が必死の形相で走り出してきた。
「御免なさい!遅刻しました!」
と言っているが、彼女について一緒に名古尾プロデューサーまで走ってきたので明智も高平も仰天する。
「この子、横須賀まで来ちゃってたんだよ。僕は別件で横須賀に来ていて、駅で見掛けたから、君何してるの?と訊いたら、**は横須賀の近くだと思っていたから、横須賀駅からタクシーでも拾おうとしていたらしくて」
と名古尾さん。
「え〜〜?」
「電車のほうが速いからと言って、それでも不安だから僕も付いてきた。この子、金沢でのビデオ審査でも会場を見つけきれなくて他の参加者に連れてきてもらって、ステージ・オーディションでも中野ブロードウェイに行ってて、親切な人がスターホールまで連れてきてくれたらしい」
「方向音痴なんだ!」
「本当に遅くなって申し訳ありません。何とか合宿に参加させてもらえませんか?」
それで明智は一瞬考えてから言った。
「だったら、あんただけマイクロバスじゃなくて合宿会場までジョギング」
「分かりました!」
「明智さん、それやるとこの子、迷子になる」
「だから私もジョギングに付き合います」
「すみません!」
「名古尾さん、申し訳ありませんが、他の参加者を会場まで案内してもらえませんか?」
「いいけど、僕は男で、あそこは男子禁制なんだけど」
「予め確認しておきましたが、1時間以内でお寺の人が同伴していれば大丈夫だそうですよ。それにあそこ住職様も男性だし」
「そうだったんだっけ?」
「最近住職の資格を持つ女性の数が絶対的に足りなくて、尼寺なのに住職だけ男性というお寺多いそうです」
今回はそもそも運動ができる服装ということで、全員スニーカーやバッシュの類いを履いてきている。
それで明智と八島、それに「私も付き合いますよ」と言った優羽と3人が準備運動をしてから、ジョギングで会場の尼寺を目指した。
駅から尼寺までは車では約3kmだが、人だけが通れる道を通れば2.2kmである。3人の中で優羽が「私わりと方向感覚ありますから」というので先頭に立ち、危ない八島をはさんで、明智が最後につく。最初優羽はゆっくりとしたペースで走り出したが、八島がわりと押してくる感じなので少しずつペースを上げた。それで結局10分ちょっとで到着した。
「遅くなりましたぁ!」
といってお寺に入って行く。40歳くらいの尼さんが出てきて
「いらっしゃい」
と言うが、
「あら、あなたたち3人だけ?」
と言う。
「あのぉ、マイクロバスまだ来てません?」
「うん、来てない」
明智たちは顔を見合わせた。
3人が汗を掻いているのに気付いた尼さんがシャワーを勧めてくれたので、3人はお風呂に入りシャワーを浴びて汗を流させてもらった。
「取り敢えずこの3人はお互いに女であることを確認したね」
「性別確認作業もあったんですか?」
「でもどうしよう?着換えを1回分消費してしまった」
などと八島が言っている。
「あんたは集合場所に来る前に既に汗を掻いていたね」
「すみませーん」
「私、少し余分に持って来ているし、もし他人の服でも気にしなければ、足りない時は貸してあげるよ」
と優羽。
「私、そういうの全く気にしません」
と八島。
「まあ洗濯して干しておけば3日目には使えるよ」
と明智。
「ああ!洗濯もできるんですね!」
「まあそれで着る服には名前をマジックで書いておくように言っておいたんだけどね」
「なるほどー!」
結局バスが到着したのは優羽たちがお風呂からあがってしばらくしてからである。バスは駅からお寺まで3kmの距離を40-50分掛かったことになる。
「いやぁ参った」
と名古尾さんが言っている。
「渋滞ですか?」
「元々交通量の多い道なんだけど、すぐ目の前で事故が起きてね。身動き取れなくて。トイレの近い子が辛かったようだ」
「ああ、可哀相に」
「でも春都ちゃんが『みんなで歌を歌ってましょうよ』と提案して、それで順番に回しながら歌っていたら、けっこう気が紛れたみたい」
「あの子も気配りがいいですね」
全員揃ったところで
「せっかく来たんだから一言お願いします」
と高平ADに言われて名古尾さんがスピーチ、続いてこのお寺の住職(本来は市内の別のお寺の住職で名目上ここの住職を兼任しているらしい)のお話があり、それから合宿は始まった。
この日は午前中自己紹介、発声練習の後、この3日間で覚えてと言われて配られた楽譜をパート分け(ソプラノ・メゾ・アルト)して歌唱する練習をした。お昼を食べた後、カラオケ・ダーツというのを3時間!する。カラオケを適当に再生させ、前奏の最中にダーツで歌う人を決める。1曲3分で60曲流れ、1人平均5曲歌う計算になるが、実際には3曲しか当たらなかった子もあれば8曲当たった子もいた。
8曲当たったのが春都だが、彼女はその8曲を全部歌えた。八島と優羽は6曲当たって全部歌えた。波歌は6曲当たったが、1曲演歌の曲を歌えなかった。紀子という子は3曲しか当たらなかったのにその3曲が洋楽と演歌と古いアニメの曲で全部アウトだった。
これが終わった後1時間ダンスレッスンをしてから夕食は12人全員で手分けしてカレーを作った。春都と広夢が料理上手のようで、ジャガイモの皮むきはこの2人が全部引き受けていた。紀子ちゃんはお肉を切るのが上手く、包丁を適宜磁器の小皿の裏で研ぎながら、脂身の多い肉をきれいに一口大に切っていた。お肉を切るのは波歌もやったが「紀子ちゃん、うまーい!」と感心していた。
カレーを煮込んでいる間にジョギングに行く。わずか2kmなのにバテて
いる子もあった。
夕食を食べた後は、様々な歌手のライブ映像を鑑賞したが、八島が居眠りしていたのを起こされていた。更に八島はこの日の夜、スマホを持ち込んでいるのが見つかり、没収されていた!
「私今日1日で30点くらい減点された!」
などと言っていたが
「自業自得って気がするな」
と広夢に言われていた。
「でもこの合宿はポイントが高ければいいというものではないけどね」
と優羽は言った。
「私もそれに賛成。この合宿はたぶん個性を見るためのものだよ」
と紀子。
21時以降入浴タイムとなるが、春都は最後に1人だけで入れた。寝るのは大部屋で全員一緒である。春都を解剖したがっている子もいたが、明智も一緒に寝ているので、羽目を外すことはなかった。
2日目は早朝から近所の公園と神社の境内を竹ぼうきを持って掃除した(公園組と神社組に分かれた)。朝御飯を食べた後、午前中は音楽やダンスの理論講習、午後は座禅をした後、発声練習に歌唱練習、ダンス練習。この日も夕食はみんなで手分けして八宝菜を作る。
ウズラの卵を煮るのは翠ちゃんがしていたが、殻が割れて白身が飛び出してきたものが多数あり
「これどうしよう?」
と悩んでいた。
「平気平気。食べれば形なんて関係無い」
と優羽が言ってあげていた。
春都は椎茸の軸を切っていたが
「おちんちんを切り落とすみたいでドキドキする」
などと発言して
「ついでに自分の軸も切り落とそう」
と紀子に言われる。
「どうしよう?」
と春都が悩んでいるので
「やはりオーディションが終わったら、タイ行きの航空機に乗って」
と広夢から言われていた。
下ごしらえが終わった所でジョギングに行き、戻ってきてから素材を全部中華鍋に入れて加熱して完成させた。
夕食後はランダムデュエット大会というのをする。最初にルーレットに当たった人がメインメロディー、次に当たった人はその原則3度下でハーモニーになるようにデュエットする。サブを歌った人が次の曲ではメインパートを取り、次にルーレットで当たった人がサブパートを歌う。
楽曲はこの12人なら全員知ってそうな最近のアイドル歌謡限定にしている。実際この日は、少しあやふやという人はいたものの、全然知らないと言った子は居なかった。
このゲームをしながら優羽はやはりこのオーディションは“ソロシンガー”を選ぶと言っているけど、実は2〜3人のユニットを想定しているのではという気がしていた。
そもそも合宿というのは、協調性を見るのにいちばん良い方法である。
3日目は午前中は昨日と同じパターンで、午後からはこの3日間で仕上げようと言われていた曲を1人ずつ歌わされた。しかしステージ・オーディションまで通った子ばかりなので、全員きちんと歌うことができた。
「みんな優秀だね」
と明智さんがマジに褒めていた。
それが終わった後、またダンスレッスンをして、最後は1時間の座禅をして夕方4時頃合宿終了となった。
「このあと、皆さんには東京に移動してもらい、明後日、5月7日に決勝戦の撮影がありますので、今夜・明日は都内のホテルに泊まってもらいます。その間の行動は自由ですが、深夜外出などは避けてください。朝8時と夜10時に点呼を取りますが、居なかった人は10点ずつ減点します」
と高平ADが言った。
「私、外に出たらホテルに戻ってこれる自信が無い」
などと方向音痴の八島が言っている。
「私と一緒にお出かけしようよ」
と紀子が言う。
「私も一緒にいくよ」
と翠も言って、この3人は一緒に行動することになった。
それで明智や高平たちも付き添い、マイクロバスで東京まで移動して新宿区内のホテルにチェックインした。
アクアは4月29日から5月5日までドームツアーをしていたのだが、5月3-5の関東ドーム3日間を終えてから、6-8日の3ヶ日間は休みをもらい5月9日(月)に呼ばれて事務所に出て行くと
「健康診断を受けてきて」
と沢村デスクから言われた。
「去年はそんなのありませんでしたよね?」
「★★レコードの若いA&R(制作担当)さんが癌で亡くなったらしい。まだ28歳だったんだって。忙しいもんだから、健康診断受けろというのを3〜4年受けていなかったって。本当は会社は従業員に毎年1回健康診断を受けさせる義務があるんだけどね。それで町添部長が特に訓示して、今年は制作部の社員はどんなに忙しい人でも必ず受けろということになって」
「へー」
「そしたらまず北川奏絵さんに癌が見つかって」
「え〜?あの方にも随分お世話になったのに。大丈夫なんですか?」
「幸いにもまだ早い段階だったから命には別状無いって。半年くらい入院しないといけないらしいけど」
「わぁ。どこかで時間取ってお見舞いに行きたいです」
「うん。調整するよ。それでその北川さんのお見舞いに行っていた滝口さんという人にも癌が見つかって」
「ひゃー」
「こちらはかなり進行していて、医者は命の保証ができないと言っているって。来週手術するらしいけど」
「わぁ。助かるといいですね」
「滝口さんは部長訓示も無視して健診に行ってなかったんだけど、癌患者って特有の臭いがするらしいね。それを偶然通りかかったお医者さんが気付いて強制的にレントゲン取ったら癌が見つかったということ」
と沢村は言う。
「臭いですか!」
「それでとうとう社長命令が出たのよ。健康診断受けなかったら夏のボーナス無しって」
「それなら受けますね」
「ボーナス無しは困るよね。それで、社員だけじゃなくて、契約している歌手・タレント・作詞作曲家とかも費用出すから健康診断を受けてということになったらしい」
「作曲家さんたちもですか!」
「作曲家さんたちが一番危ない。会社員じゃないから、もう10年くらい健康診断なんて受けてないという人がザラだから」
「ああ」
「でも売れっ子の作曲家さんに急死されたら、打撃は大きい。1年前に本坂伸輔さんがお風呂で急死したのとかも、CDの発売延期がたくさん発生して大変だったみたいよ」
アクアは上島のおじさんのことが気になった。おじさん、きっと健康診断なんて受けていない。上島のおじさんに何かあったら、それこそ倒産するプロダクションやレコード会社も出るのではという気がした。
「でも私、毎年一回、腫瘍が再発したりしていないか全身くまなくMRIで検査されているんですが」
「そういえばそうだったね。でもたぶん検査項目はまた違うだろうから」
なお、★★レコードおよびTKRから人間ドック1日コースの費用が出るらしいが、§§プロおよび§§ミュージックでは、紅川会長・秋風コスモス社長が話し合い、所属タレント・研修生は全員2日コースの人間ドックを受けてくれということになったということだった。
それでアクアは健診のクーポンと問診票をもらった。しかしそれを見て戸惑う。
「あのぉ、14歳・性別女になっているんですけど?」
「あれ?年齢間違ってたっけ?」
「ボク男の子ですー」
「建前としてはそうだろうけど、お医者さんに診てもらうのには正しい性別を書いておかないとまずいよ」
と沢村は言った。
ボク、この事務所では女の子と思われているんだっけ??
そういう訳で龍虎はまあいいやと思い、前日21時以降絶食して、指定された病院に来た。クーポンを渡して診察票と部屋番号を印刷した紙を渡される。まずはその部屋に行って病院着に着換えてくださいということだった。
行ってみると小さいものの個室である。ベッドの頭の所には“長野龍子様”と書かれている。この誤字はいつものことなので気にしない。病院着はピンクのなんだか凄く可愛い甚平とズボンのセットである。やはり脱ぎやすいように甚平になっているのかなと龍虎は思った。
財布などの入ったバッグは部屋備え付けの金庫に入れ、まずは採尿・採血から始める。自宅で取っておいた検便を提出する。身長・体重・ウェストサイズの測定、肺活量検査?(水泳選手並みの肺活量ですねと言われた)、胸部X線直接撮影、とやった所でお昼の時間だが、今日のお昼は食べられない。
視力・聴力検査、眼圧測定。散瞳してサングラスを掛けて1時間待っている間に腸の内視鏡検査を受けたが「ヒェー!?」と思った。
(もっと悲鳴をあげたくなる検査が翌日待っていることを龍虎は知らない)
眼科に戻って眼底検査を受け、縮瞳薬を点眼してもらいサングラスを掛けたまま、今度はバリウムを飲んで胃の透視を受ける。これが終わるまではごはんは食べられなかったのである。下剤を(少し多めに)もらいしっかり飲んでおく。その後で内科検診に行ったのだが、龍虎は腕を組んだ。
《じゅうちゃんさん》がVサインをしている。
「まあ座って」
というので椅子に座る。
「うん。心音に特に問題は無さそうだな。まあ明日心電図取るけどね」
などと言いながら、《じゅうちゃんさん》は龍虎の乳首の少し斜め下付近をアルコール綿で消毒した後、注射器を刺して何か注入する。
『なんか胸が膨れてくる気がするんですけど!?』
と龍虎は“心の声”で彼に語りかけてみた。すると彼も“心の声”でお返事する。
『脂肪を注入したからこれで1サイズアップする。次からはBカップのブラを買うといい』
『そんなにバストが大きくなると困るんですけど!?』
『困らないくせに』
と言いながら、《じゅうちゃんさん》は反対側のバストにも注射をした。
左右を見比べている。
『しまった。右が少し小さい。もう少し注入するな』
と言って、そちらに少し追加で注入した。
『これでOK』
と言ってから今度は普通の声で
「そこのベッドに寝て、下着を脱いで」
と言われる。
龍虎がやれやれ、今度は何されるんだろう?と思いながらベッドに寝る。ズボンとパンティを降ろす。《じゅうちゃんさん》は龍虎の偽装男性器を取り外すと、“割れ目ちゃん”を開いてよく消毒する。そして、ガラスの容器に入った卵形の臓器のようなもの、それにつながっている筒状のものを取り出し、その卵形の部分を先に、龍虎の割れ目ちゃんの奥にある深い穴に押し込む。そして小型のマジックハンドのようなもので、物凄く深くまで押し込んだ。左側に圧迫感を感じるので、どうも左側に挿入されたようだ。
更に彼は同じガラス容器に入っていた同じ形のものを同様にして穴に押し込み、やはりマジックハンドで深い所まで押し込む。今度は右側に圧迫感があるので右側に挿入されたようである。恐らくは本来物凄い痛みがあるのだろうが、多分痛みがブロックされているのだろうと龍虎は思った。
『これでOK。だいたい半年以内には生理も始まると思うけど、処理はできるよな?』
と言いながら《じゅうちゃんさん》は龍虎に元通り偽装男性器を填め込んだ。
(この偽装男性器は龍虎の力では取り外しができない。じゅうちゃんさん・こうちゃんさん、などにしか着脱できないので、普段は龍虎は小さいながらも男性器のある生活を送っている)
『まさか今の**?』
『去年は**と**を設置したから、今年は左右の**と**を設置した。これで龍ちゃんは完全な女の子だよ』
『そんなの困るんですけどぉ』
『20歳になったら男に戻してやるから心配するな』
『ほんとに?』
『今お前は睾丸が無いから中性のままなんだよ。このままでは青年期の身体の発達が進まないし、骨も脆くなって骨折しやすい。だから一時的に女の子にして身体を成長させる。骨密度も上げる』
『・・・・』
『これで少しだけ身長も伸びると思うぞ』
『それは嬉しいかも』
『それとも今すぐ元気な睾丸を体内に入れる?』
龍虎はしばらく考えた。
『今は入れたくない』
『睾丸を入れたらだいたい半年以内には声変わりが起きる。男になってから高校生になるか』
『その声変わりを起こしたくないんだよ』
『だったら卵巣を入れる選択しかないな』
『ほんとに20歳になったら男の子に戻してくれるの?』
『その時、お前がそれを望むならな』
それ個人的にあまり自信が無い〜と龍虎は思った。自分が女の子になりたいと思うようになっちゃったらどうしよう?という不安がある。でも確かに中性のままというのは色々問題があるかも知れない気がする。
『でもこれ誰の卵巣なの?』
『お前のだよ。お前の骨髄液を採取してIPS細胞に変えて、もう8年近く育てて来た。だからそれ、まだ小さくて実は小学校低学年くらいの女の子のサイズなんだけど、14歳の身体に入れば急速に機能発達して14歳の卵巣として働き始めるはず』
『へー!』
『まあお前は身体のサイズ自体が小さいから、小学校低学年くらいの臓器がむしろ適合する気がするよ』
『あ、それはそうかも』
『ちなみにお前の身体のパーツはほぼ全て作られているから、脳を損傷しない限りは、狂ったファンに襲撃されて大怪我しても、心臓でも肝臓でも手足のパーツでも目や耳でも、いつでも交換可能だから』
『それ何か嫌な感じ』
『ちなみにチンコのコピーも作っているから、実は治療中のお前の本来のチンコとIPS細胞から作られたチンコと、チンコは2本ある』
『2本もあるの?』
『何なら20歳になったら2本ともくっつけてやろうか?』
『2本あっても困るよ!』
『2人の女と同時にセックスできるぞ』
『それ位置的に無理がある気がする』
この日はこれで診察終了で、龍虎は夕食は食べることができた。部屋まで持ってきてもらったご飯を食べると、今朝もお昼も食べていなかったのもあるだろうがものすごく美味しい!と思った。
2日目。朝からトイレに行き採尿するが、この時、バリウムの便が出たのでホッとする。以前ちゃんと出てくれなくて苦しんだ経験もある。それで下剤を少し多めにもらったのである。
おしっこのコップを提出した後、朝食前にMRIに入り、30分くらい検査されていたようだが、龍虎は眠っていた。これを出た後で、部屋に戻って配膳されていた朝食を取る。その後、血圧測定した後、採血する。採血も採尿も昨日1度されているが、やはり初日より2日目のほうが本来の数値が出ることが多い。
更に心電図検査を受ける。昨日の夕方、急に膨らんでしまった乳房に電極を取り付けられると、何か変な感じがした。心電図検査が2日目になっているのも1日目は不安定だからである。腹部エコー検査までした所で午前中の部が終わる。お昼を食べてから、最初にMRA検査というのを受けた。くも膜下出血などの危険をチェックするものらしい。くも膜下出血は若い人でもやるし、君はハードスケジュールでお仕事しているから気をつけた方がいいと言われた。検査結果では異常は見られなかった。その後、胸部エコー検査というのを受けた。これはおっぱい!を超音波で見て、腫瘍などの兆候が無いか調べるものである。
確かにこんな検査は渋川の病院では無かった! 普通男の子に乳癌の可能性は考えない(でも男性でも乳癌になる人はあると聞いた)。
そしてその後、行った検査で龍虎は衝撃を受けることになる。
龍虎が行ったのは婦人科!である。
スカート穿いたりブラジャー着けるのが平気な龍虎も、こんな所に来るのはさすがに恥ずかしい。廊下で待っている間に《じゅうちゃんさん》の声が脳内に響き『ちょっと、ちんこ外しておくぞ』と言われた。それで感覚が変わったので、さりげなく触ってみると、男性器が無くなっているようである。つまり今龍虎の股間は女性型になっている。
名前を呼ばれて診察室に入ると、最初に上半身裸になってくださいと言われるので服を脱ぐ。
医師が龍虎の身体を眺めている。
「君は・・・14歳か。バストの発達が遅いと言われたことない?」
などと言われる。
そうか!女子として受診するとこういうことを訊かれるのか!
龍虎はそういうことを認識したのと同時に自分の身体は随分女の子っぽくなっている気はしたものの、女の子としても未熟で、やはり自分はまだ中性なんだなと考えた。
「私小さい頃に大病していて、その影響で性的な発達も遅れているんですよ」
「どんな病気?」
「**性**腫瘍という病気なんですが」
「ちょっと待って」
と言って医師はデータベースを調べていた。
「なるほど。この病気なら第2次性徴も遅れるだろうね。でもこのくらいまでバストが発達しているのなら、この後高校3年くらいまでの間にどんどん女性的な体つきになっていくだろうね」
「はい。主治医の先生からもそう言われています」
「じゃ内診しようか」
と医師は言った。
「ない・・・しん?」
「ああ、受けたことない?」
「はい」
「だったら最初はちょっと恥ずかしいかも知れないけど、処女は傷つけないようにするから安心してね」
「はい」
と答えたものの、処女は傷つけないって・・・どういう意味???
それでパンティを脱ぐように言われ、変な形の椅子に座らされる。すると身体が持ち上げられるので、何だ何だ?と思う。正確には持ち上げられたのは下半身である。それでジェットコースターに乗った時のように下半身の方が上半身より高くなる。そして両足が広げられる。
ちょっとぉ!!!
そして・・・あそこに何かが入ってくるのを感じる。
うっそー!?
ボク、この先生に処女を献げちゃった?と一瞬思ったが、先生は「処女は傷つけないようにする」と言っていた。実際痛みは感じないし・・・などと思っていたら抜かれる感覚がある。
「はい、おしまい」
と言われ、椅子は元の状態に戻った。
「処女膜は一切傷つけてないから安心してね」
「ありがとうございます」
そっか!処女膜が無事なら処女なのかな?と思ったが、すぐ別の問題に思い至る。
ボクって処女膜もあるの〜〜〜!?
この婦人科の検査で人間ドックの全ての検査が終了し、龍虎は部屋で普段着に着換えてから退院した。検査結果は後日郵送されるということだった。
それで龍虎は新幹線で自宅まで戻ったが、帰宅後トイレに行って気付いた。
男性器を返してもらってない!!
5月5日の夕方に、明智と高平はオーディション合宿の参加者12名を都内のホテルに送り届けると、そのままΨΨテレビに行った。参加者のサポートと点呼係として助手の赤島がホテルには残っている。ΨΨテレビには、名古尾ディレクター、司会者のデンチューの2人、アシスタントの金墨、★★レコードの滝口がいる。
実は合宿には本来滝口が一緒に泊まり込む予定だったのだが、急な腹痛があり、とても参加できない感じだったので、前夜急遽滝口が明智に代わりを頼んだのである。
明智と高平は今回の合宿の全体的な様子を報告し、また各々の参加者について気付いた点などを各々レポートした。その上で合宿中の様子を撮影したビデオを5時間掛けて見る。
「花山(はなやま)さんがいいね」
と名古尾ディレクターは言った。明智は読み方が違うと思ったものの、些細なことなので、この場では訂正しなかった。
「歌はこの中では飛び抜けてうまいですね」
という意見も出る。
「ただ、上手いというだけで終わっている気がする」
という意見もある。
「私は島田さんがいいと思った」
とデンチューの殿山憂佳。
「だけど男の子ですよ」
「そんなのちょっと手術受けさせて女の子に改造しちゃえばいいじゃん」
「今回の合宿中でそれ本人も他の参加者からかなり唆されていました」
「私は山本さんがいいと思った」
とデンチューのもうひとり昼村恋子。
「ちょっと面白いキャラだね」
「歌はいまいちだけど、何と言っても明るいのがいい」
「彼女、雑誌のモデルをかなりしていたみたいね」
「ああ、カメラでの撮られかたが分かっていると思った」
「いいアングルしてるんだよね」
「私は森田さんがいいと思った」
と滝口が言う。
明智は、彼女は確かに滝口さん好みだろうなと思った。従順で、言われた通りに行動するタイプである。おそらくお母さんが躾けに厳しい人だったのではという気がした。こちらの期待通りに動いてくれるだろうが、スター性は無いと思った。案の定、金墨さんが
「あの子は30-40人の集団アイドルの一員ならいいけど、ソロでは無理」
と言う。
「僕もその意見に賛成。この子はソロで売り出したら1年以内に潰れると思う」
と名古尾さんも言う。
「そうですかねぇ・・・」
と滝口は不満そうだ。
「明智君は?彼女たちを身近で見てどう思った?」
「八島(やまと)ちゃんを推します」
「ヤマトってどの子だっけ?」
「金沢代表の、八つの島と書いて“やまと”と読みます」
「この名前、ヤマトって読むの!?」
とみんな驚く。
「そうか。大八洲(おおやしま)で“やまと”か。日本の古名だ」
と名古尾が言った。
「この子、歌はまだまだですけど、鍛えれば伸びると思います。そして何よりスター性が強いです」
と明智。
「遅刻してきて、スマホ持ち込んで、居眠りしてなんて子が使える?」
と滝口が言う。たぶん滝口がいちばん嫌うタイプの子だ。
「この子はいい意味でも悪い意味でも目立つんですよ。それがソロ歌手または4〜5人以下程度のユニットでは強い武器になると思うんですよね」
「確かにこの世界、目立った方が勝ちという感じがあるよ」
と殿山が同調する。
「金墨君は誰がいいと思った?」
と名古尾が訊くと
「ことりちゃん一択」
と金墨は言った。
「ことり?どの子?」
とみんな名簿を見るが見つけきれない。
「神奈川代表の子。優しい羽と書いて“ことり”と読む」
「あ!水着審査で物凄い可愛いビキニ着てた子か!」
と昼村が思い出したように言った。
「金墨さん、意地悪な質問してたから、あの子嫌いなのかと思った」
「この子、受け答えできそうだと思って無茶振りしてみたんだよ」
「そうだったのか!」
「あともうひとり、北海道代表の子は、波で歌うと書いて“しれん”と読む」
と金墨。
「うっそー!?」
「それどうやったら“しれん”になる訳?“ことり”もだけど」
「まあ今回は難読氏名大会になりましたね」
と明智も言った。
議論は夜中12時頃から始まり、2時過ぎまで続く内に3人に絞られた。
「歌手としては波歌(しれん)ちゃん、アイドルとしては八島(やまと)ちゃん、タレントとしては優羽(ことり)ちゃん、という感じかな」
と名古尾。
「その3人の傾向は今まさに名古尾さんがおっしゃった通りだと思います」
と明智。
それで実際、誰を優勝者にするかについてなかなか意見がまとまらない。その内、殿山が言う。
「面倒くさいから、3人とも優勝にして、この3人でユニット組ませたら?」
「ああ、そういう手はあるよね」
3時をすぎた所で昼村が提案する。
「これ私たちだけでは結論が出ない。ソウ∽さんに決めてもらいましょうよ」
ところがここで名古尾が、実は療養中のソウ∽さんと会って来たんだけどと言って、状況を説明する。
「え?全然曲が書けない状態なんですか?」
「森原にもそれ言って断ったはずなんだけどと言われた」
「うーん・・・」
「森原はたぶんオーディションの結果が出る頃までにソウ∽さんを説得するつもりで見切り発車したのだと思う」
全員腕を組んで考え込む。
「誰かしっかりしたミュージシャンにビデオを見てもらいましょう。私ちょっと心当たりがあるので、明日・・・というか今日にも会いに行ってきます」
と滝口が言った。
「それ具体的には誰?」
「KARIONの水沢歌月さんなんですが」
「あの人なら信頼できる!」
「今いちばんの売れっ子だもんね」
「そうか。滝口さん、以前KARIONを担当してたもんね」
「じゃ、歌月さんの意見を聞いてからまた明日の夜にでも会議をしようか」
「とにかくにも明後日・・・じゃなくて明日か。明日の午後には優勝者を公表しなければならない」
「明日最終結論ですね」
それでこの夜は3時半で解散したのであった。
ところが翌日(正確にはその日)、滝口が水沢歌月=ケイのマンションに行くとケイは外出する所であった。★★レコードの北川が入院したのでお見舞いに行く所だということだった。成り行き上、滝口はその病院まで付いて行く。
ところが病院に来た滝口は通りがかりの医師から
「君は胃癌だ」
と言われ、緊急入院することになってしまった。
(この滝口の入院で社長命令が出て、結果的にアクアも人間ドックを受けることになった)
驚いて滝口の上司・村上専務が飛んでくる。村上は滝口と話し、すぐにΨΨテレビに飛んで行って名古尾と話し、更には病院近くの飲食店で連絡してきてもらった町添取締役とも話した。ふだん行動の遅い村上にしては珍しくよく動いたのだが、村上もテレビの撮影スケジュールが詰まっている中での滝口のダウンの深刻さを認識したのだろう。
結果的にこのオーディションは町添部長配下の制作部が引き取ることになり、滝口が主宰していた戦略的新人開発室は解散することになる。そして村上はケイと会談し、このオーディションの優勝者をケイに決めてもらえないかと依頼した。
ケイは明智が持って来てくれた、最有力候補となっている、花山波歌・月嶋優羽・雪丘八島の3人の歌唱ビデオを見た上で言った。
「全員不合格ですね」
「え!?」
「3人ともソロ歌手で売るにはいまひとつ足りないんですよ。だからこの3人で“ユニットを組んで”売り出すというのはどうです?」
とケイは言った。
明智が頷く。
「実はこの3人をまとめ売りしてはという意見はありました」
「だったらさ、いったん全員不合格と通告して退場させて、この3人だけ呼び戻して、ユニットを組んでレッスンを受けた上で、CDを作り、それを3人に手売りさせて5万枚とか売れたらデビューというのはどうだろう?」
と村上が言う。
「モーニング娘。を作った時の手法ですね。行けると思いますよ。テレビで放送したら、絶対5万枚くらい買いに来てくれますよ」
「よし、それで行こうよ、明智君。今夜の会議には僕が滝口の代わりに出る」
「すみません、お願いします」
それで村上の案を名古尾も受け入れ“全員落選”の演出が決まったのである。
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【娘たちの1人歩き】(2)