【娘たちのベイビー】(6)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-09-09
今年の“08年組”主宰の東北復興支援ライブは3日間・4部構成でおこなうことが1月22日に発表された。
(花)2016.2.28 12:00-14:30 アクア(単独)
(鳥)2016.2.28 16:00-18:30 ローズ+リリー(単独)
(風)2016.3.05 10:00-17:00 多数のアイドル
(月)2016.3.06 10:00-17:00 08年組を含む実力派アーティスト
会場は花鳥風月の内“風”だけが、福島市みどり総合体育館(6000人)、他は福島市みどり球場(2万人)である。3/5-6日の出演者はこのようになっている。
3月5日 桜野みちる、高崎ひろか、品川ありさ、川崎ゆりこ、森風夕子、北野天子、松梨詩恩、春野キエ、七浜宇菜、上月宝、篠崎マイ、遠上笑美子、南藤由梨奈、鈴鹿美里
3月6日 Golden Six, Flower Four, チェリーツイン、坂井真紅、富士宮ノエル、槇原愛、ステラジオ、貝瀬日南、KARION, XANFUS, AYA
今年の震災復興イベントは★★レコードが後援してくれた最後の年になったので、様々な事務所のアイドルやアーティストが出てくれた。翌年からは★★レコードの社長が村上氏になったことから“儲からずに経費ばかり掛かるイベント”からは撤退。サマーガールズ出版と§§ホールディングの共催となる。
このイベント詳細が発表された2日前の1月20日、千里は冬子(ケイ)からこのイベントで龍笛を吹いてくれないかと頼まれた。ところが2月28日はまともに試合とぶつかっている(下記は日本時間)。
LFBの試合 2.28 25:00 ラ・セゥ・ドゥルヘル
WJBLの試合 2.27 15:00 秋田/ 2.28 15:00 秋田
まあLFBはこちらの夜中だから何とかなるのだが、問題は秋田のWJBLの試合である。チームへの帯同と15:00-16:30くらいと思われる試合の観戦を求められているので、16:00からの福島のイベントには(常識的には)参加できない。
それで千里は代わりに青葉を推薦するからと冬子に言った。
「青葉は受験中じゃないの?」
「大丈夫。その時点では終わっているから」
青葉は石川県の国立大学を受けるので、数日前1.16-17にセンター試験を受けているが、青葉は推薦入学なので、そのセンター試験の成績のみで評価され2月8日に合格発表がある。しかしそれに落ちていた場合、2月15日に東京の△△△大学を受けたり、2月25日の一般入試を受けたり、更には3月12日の後期日程の試験(富山県の国立大学)を受けたりすることになる可能性もある。
しかし千里は2月28日の時点で既に青葉の合格は決まっていると言った。要するに推薦入試で合格するということなのだろう。まあ千里が言うなら間違いあるまいと冬子は考え、青葉に連絡を取った。その際、千里が2月28日にはもう行き先が決まっていると言っていたということも言い添えた。
青葉は冬子からの電話に了承したものの、費用をどうしよう?と思った。実はこのところ、霊関係の相談事で、無茶苦茶経費が掛かったのに事情により相談料を取れなかった件が相次ぎ数百万円もの赤字が出ていてお金が無かったのである。
ちょっときついけど、高速バスで往復しようかな、などと考えていたら千里から電話が掛かってきて、交通費と宿泊費は自分が出すからと言ってくれたので、青葉は助かった!と思った。
1月21-22日、この2日間龍虎は仕事は休みをもらい、更に学校も休ませてもらって、21日は取り敢えず丸1日、熊谷の自宅でひたすら寝た。
そして1月22日に龍虎は渋川市の病院に行き、朝から夕方まで1日掛けて定期検診を受けた。だいたい12月に定期検診を受けていたものの、今年は12月は凄まじく忙しくてとても受けられなかった。それで1月にしてもらったのだが、ハードスケジュールで仕事をしている中で唐突に1日休みをもらって健康診断なんて受けたら、異常が出まくるのは間違い無い。それで検診の前日はゆっくり休ませてもらったのであった。
今回の検診でも龍虎はペニスのサイズは「自分で測ります」と言って、計測器だけ預かり、トイレの中で測った・・・ことにして数字は適当に書いた。主治医の先生もその数値を見て「おお、順調に育っているね。これなら声変わりが来るのもそう遠くないかもね」と笑顔で言ってくれた。
《こうちゃんさん》は主治医の先生から聴診器を当てられる時だけは龍虎の胸を男の子みたいな胸に変えてくれたので、怪しまれることもなく検診を終えることができた。
むろん腫瘍の再発の兆候は全く認められないという診断であった。
龍虎はデビュー前に宮崎に行った時、霧島神宮で出会った、千里さんが“神様”だと言っていた、すごくきれいな女の人が、もしかしたら何かしてくれたのかもという気もしていた。
「結局女性ホルモンずっと飲んでいるんだっけ?」
とその日の夕方、龍虎の自宅にやってきた彩佳は龍虎の“メディカルチェック”をした上で訊いた。両親はまだ帰っていない。
「飲んでない。でも大宮万葉先生のセッションを受けているんだよ。それで男性ホルモンがボクの身体に作用しないように調整してくれている。だから身体が男性化しないから、結果的にバストも小さくならないんだろうと思う」
「ブレストフォームを貼り付けているのが凄い隠れ蓑だよね」
「そうなんだよ。あれで実はバストがあることがバレなくて済む」
「でも、男性ホルモンが効かないようにじゃなくて、いっそ女性ホルモンが効くようにしてもらえばいいのに」
「ボク別に女の子になりたいわけじゃないし」
「女の子にはなりたくないけど、女の子みたいなボディラインにはなりたいんだよね?」
「うーん・・・」
「ちんちんはどうするつもり?」
「それ困っているんだけどね〜。でも少しずつ大きくはなっているんだよ」
「だったら高校生になる頃までには、摘まめるくらいにはなるかな?」
「大宮先生のセッションで、男性ホルモンがちんちんにだけは効くようにしてもらっているんだけど、現時点ではまだマイナスサイズ」
「もう諦めて睾丸取っちゃったら〜?精液は保存しているんだし、睾丸は無くてもいいじゃん。私、その精液で龍の赤ちゃん産んであげるよ」
などと彩佳は言っている。赤ちゃん産んであげるよ、などと言われてちょっとドキドキする。彩佳、やはりボクのこと好きなんだろうな。
「実際、今はちんちんも無いに等しいんだし。睾丸取っちゃったら、もう男性ホルモンの利きとか心配しなくていいようになるしさ」
「やだ」
その翌朝、彩佳が龍虎の目の前でセーラー服に着替え
「龍もセーラー服着ない?それで女の子同士一緒にセーラー服で学校に行こうよ」
と誘惑し、龍虎も心が揺れて
「どうしよう?」
などと言っていた時、仙台に住む祖母・松枝が支香と一緒にやってきた。夕方とかでは会えないだろうと、前日夜の新幹線で出てきて支香の家で一泊し、早朝の電車(浦和5:32-6:16熊谷)で田代家まで来てくれたらしい。田代夫妻には前日連絡しておいたらしいが、昨夜は2人とも遅くなったので、龍虎には伝わっていなかった。
「こんな時間にごめんね」
「いえ、ホントにボクを捉まえるにはこの時間しかない気がします」
「これを持って来たのよ」
と言って松枝は和服バッグを2つ置いた。
「これあんたのお母ちゃんが着ていた振袖」
「わぁ」
「ローズ+リリーのケイちゃんが、あんたがお母ちゃんの着ていた青い振袖に想い出があるんじゃないかと言っていた」
と支香が言う。
「へー!ケイさんが?でも実は凄く小さい頃、お母ちゃんが青い振袖を着てすごくきれいだったのを覚えているんだよ。実はボクが覚えてるお母ちゃんの姿ってそれだけで」
「だったら、こちらがその青い振袖だよ」
と言って支香がバッグを開ける。衣紋掛けに掛けて鴨居に掛けてみる。
「あ、この振袖だという気がする」
「着てみる?」
「え?着てみたいけど時間が」
「私が車で送って行くよ。アヤちゃんも一緒に」
と田代の母が言っている。母はなぜこんな早朝から彩佳が居るんだ?と思うもののまあいいことにする。
「じゃ着てみようかな」
と龍虎が少し恥ずかしそうに言う。
それで松枝が龍虎に母の遺品の振袖を着付けしてあげる。龍虎は凄く嬉しそうな顔をしていた。彩佳が自分のスマホで記念写真を撮る。
「龍の振袖姿、やはり可愛いよ」
と彩佳が言うと、龍虎は照れている。
「こうしてみると、あんた支香の小さい頃によく似ている気がする」
と松枝。
「支香おばちゃんの〜?」
「まあ子供はおじ・おばに似ると言うもんね」
と田代母が笑顔で言っていた。
それでこの振袖2着は龍虎の宝物となったのである。
2月15日、青葉から千里にお願いがあるといって連絡があった。千里はレッドインパルスのメンバーと練習していたのだが、ちょっと休ませてもらって電話を取ったら、確定申告で1000万円の追納が出て、それを払う資金が無いのだという。
「印税って源泉徴収されているから、それでいけると思ってたのよ」
「収入が1000万円未満の人だと源泉徴収でけっこう行けるんだけどね〜」
アクアの楽曲が特大に売れているので、その作曲印税が3000万円以上あり、それに1500万円くらいの税金が掛かるが、源泉徴収されているのは500万円程度なので、差額の1000万円を3月15日までに払う必要がある。ところが印税が実際に入金されるのは3月末・4月末なのである!入金していなくても売上げは発生した時点で計上しなければならないので、こういうことが起きる。
それで千里は
「んじゃ取り敢えず1200万円ほど明日青葉の口座に振り込んでおくよ。印税が入ってから返して」
と言った。
「助かる!」
その会話を聞いたチームメイトの乃愛から千里は訊かれた。
「妹さん?」
「そうそう、女子高校生の妹。1100万円貸してと言うから余裕見て1200万円振り込んであげる」
「景気のいい話だね」
「何か最近物価が高くて、鉛筆1本1万円とかするらしいし」
「なるほどー。すごいインフレだね」
と言って乃愛は笑っていた。
乃愛は実際には12万円貸したのだろうと思ったようである。
そのアクアの4枚目のシングル『桃色の予感/想い出海岸』は2月24日(水)に発売された。『桃色の予感』はマリ&ケイの作品、『想い出海岸』は東郷誠一名義だが、実際に書いたのは青葉である。自宅近くの雨晴海岸で深夜に書いた作品。千里があまりにも忙しすぎたので、受験勉強中の青葉に強引に押しつけたものである。青葉はこの印税に掛かる税金も凄まじいよなと思うと、頭が痛くなった。
なお、アクアは税務申告に関しては、§§ミュージックから紹介してもらった税理士法人に丸投げし、書類を作ってもらって2月15日(月)に追納金も支香に振込作業をお願いして申告書類を税務署に提出した(実は金額は見ていない!)
§§プロ・§§ミュージックのタレントの場合、事務所で最初から納税に必要と思われる概算金額(アクアの場合は報酬の半額)を別口座に振り込むようにしているので、そちらに手をつけたりしていない限り、納税で困ることは無いようになっている。ただし今回の青葉のように年度末に突然売れ始めたタレントの場合は納税資金が不足するので、その場合は事務所が無利子で貸し付けている。
2月24日の発売記者会見では、前回同様にエレメントガードの伴奏でアクアが生歌唱した後で、趣旨説明や質疑応答となる。今回テーブルに並んだのはこういうメンツである。
アクア、コスモス社長、TKRの三田原課長、伴奏者のヤコ。
この席でアクアは三田原課長が今後直接担当していくことが言明された。1年間にわたって担当者がコロコロ変わっていたのが、TKRに分離されたのと同時にやっと担当者が定まった。実際には三田原の下にアクア専任部隊が5人いる。
今回も東郷誠一先生は出席していないので、平穏無事に記者会見は進んだ。
千里は1月30-31日には、40 minutesで、関東クラブバスケット選手権(さいたま市Vアリーナ)に出場。優勝して全日本クラブ選手権に駒を進めた。2月中もあちこち移動しながら試合に同行したり出場したりしていたが、2月20日から3月2日までの行程が大変だった。
2.20-22 鹿児島でレッドインパルスの試合に同行。
2.23 鹿児島市内でバスケット教室。その後大阪に飛ぶ。
2.24 貴司とデート
2.25 新幹線で東京に戻ったら美空と遭遇。強引に奈良まで連れていかれる。
2.26 奈良県の奥八川温泉に滞在。雪に閉じ込められる。
2.27 冬子を連れて村を脱出。冬子は福島へ、千里は秋田でレッドインパルスの試合を見てから福島へ。更にプラドで秋田へ。
2.28 秋田でレッドインパルスの試合。夜間はスペインでLFBの試合。
2.29 福島にプラドで移動し青葉・彪志と一緒に新幹線で盛岡へ。自分だけ新幹線で秋田に戻る(プラドは東京に持って行ってもらう)。
3.01 秋田でレッドインパルスの試合。
3.02 新幹線で東京に戻る。夜はスペインで試合。
2月25日に千里は東京駅でKARIONのメンバーたち(蘭子=ケイを含む)と遭遇したのだが、美空が強引に千里を一緒に奈良県南部の奥八川温泉まで連れて行った。ここはKARIONバッグバンド・トラベリングベルズのリーダー、相沢さんが、社長を継承することになった旅館があり、そこに泊まったのだが、折からの列島的豪雪で、この一軒宿の温泉に閉じ込められてしまう。
千里は27日15:00の試合に顔を出さなければならない。ケイは28日16:00のライブに出なければならない。
千里は車が必要になりそうだと思って25日の内に専任ドライバーの矢鳴さんに新幹線で大阪に移動してくれるよう頼んでいた。26日、貴司に連絡して彼女にプラドを貸してもらい、矢鳴さんは大阪から奈良に向かうが、豪雪に阻まれ、26日は五條市内のホテルで1泊することになる。彼女は27日朝から雪で交通制限の掛かる中、五條市からR168を南下して大原集落まで来てくれた。
一方で千里は《きーちゃん》にレッドインパルスのユニフォームと訪問着・振袖を持って27日朝から新幹線で秋田に向かってもらった。
26日夕方、青葉から心配する電話があったが、千里は何としてもケイはちゃんとイベントに間に合わせるから心配しないでと言っておいた。状況は悪化して27日朝には携帯も通じないようになっていたが、千里は《きーちゃん》が持つクローン携帯を経由して、青葉に『自分が付いているから大丈夫』と再度メールした。
千里はお昼過ぎ青葉に《今から脱出する》とメールした後、冬子と一緒にスノーモービルを使って雪に閉じ込められた一軒宿から脱出。大原集落まで行き、矢鳴と合流した。
合流後プラドで五條市方面に向かうが千里は矢鳴さんと冬子を眠らせ、2/27 14時半頃きーちゃんと交替で秋田に行ってレッドインパルスの試合に臨席する。
試合後きーちゃんと交替すると既に福島に来ているので仰天する。実は奥八川温泉に居る間に千里が吹いた龍笛の音に感銘した龍神・円と星の内“より親切な”星(3歳)が『急ぐなら運んであげるよ』と言ってプラドを福島まで飛行機並みの速度で運んでくれたらしい(後できーちゃんから聞いた)。
ともかくも千里は車を今日ローズ+リリー一行が泊まる予定になっていたホテルに付けて冬子を起こした。
「着いたよ」
「え?もう五條市?」
「福島だよ」
冬子は時計を見た。時刻は17時半である。大原から五條方面に北上している途中で眠くなり千里と運転を代わってから3時間しか経っていない。
「福島って・・・大阪の?」
「まさか福島県福島市」
「なぜ、この時間で福島まで来ちゃう訳〜?」
しかしともかくも千里の先読みした対策、老女将の趣味に近いスノーモービル、矢鳴さんの頑張り、最後は星龍神のおかげで、ケイはちゃんと前日に福島入りすることができたし、千里も秋田の試合に間に合ったのであった。千里は冬子を送り届けた件を青葉にもメールした。青葉は新高岡駅で東京方面行きを待っている時だった。
《今冬子を福島市内のホテルに送り届けた》
《なんでもう福島なのよ?》
《普通にプラドで走って来たけど》
《だったら間違いなくスピード違反》
大原から福島まではたぶん800kmくらい。時速250kmくらい出さないと到達できない。だいたい国産車でそんなに速度が出るのか?しかし青葉はケイがもう福島に着いたというので安心して新幹線に乗車することができた。
《でも秋田の試合は残念だったね。明日は出られるよね?》
《今日の試合もちゃんと出席して客席から応援したよ》
もういいや!と青葉は思った。
アクアのほうは福島には27日夕方の新幹線で移動する予定だったのだが、折からの豪雪で、新幹線も止まるかもということだったので、土曜日の取材などの予定をキャンセルさせてもらって、26日夕方の新幹線で福島に移動した。おかげでアクアは無事福島に辿り着くことができた。
28日の公演はアクアが12時、ローズ+リリーが16時だが、そのローズ+リリーのケイと同一人物であるという疑惑?がある蘭子を含むKARIONの4人が奈良県の山奥の温泉に雪で閉じ込められているというTV報道が26日の夕方にあり、アクアは不安を覚えた。
ところが27日の午前中、千里からコスモスにメールが入ったのである。
「千里さんがケイさんを連れて村から脱出するらしい。ちゃんとルートはあるから、最悪明日の朝までには福島に辿り着けるって」
「良かった!千里さんが一緒だったんですか!」
「昨夜の中継の時にチラッと映ったのが千里さんのような気がしたのよね。私も千里さんが付いているなら何とかするかもという気はした。不可能を可能にしてしまう人だから。でも綱渡りだなあ。私たちは予定を変更して早めに移動して良かったね」
「ですね。ケイ先生も忙しすぎますよ」
「多分、アクアとケイさんと千里さんが今日本でいちばん忙しい3人かもね」
しかしケイが実際にはその日27日の夕方19時頃にはアクアも泊まっているホテル内に居るのを見て、アクアもコスモスも仰天した。
「もう到着したんですか!?」
新幹線も飛行機も止まっている。そして蘭子=ケイはお昼のテレビ中継ではまだ奈良の山奥の村に閉じ込められたままだったのである。
「交通手段は詮索しないで。あと今夜中に着いていたことも秘密にしといてね。私は物理的には明日の朝にしか福島に辿り着けないはずだから」
と言っているので、世間には公表できない特殊な移動手段を使ったのだろう。自衛隊のジェット機にでも乗せてもらった?しかし詮索する必要は無い。
「でも間に合って良かった!」
とコスモスが言う。
「心配掛けてごめんね。今回の件では、私千里に叱られたよ。自分が主宰するイベントの直前に交通の不便な所に日程を入れてはいけないって」
とケイ。
「自分を叱ってくれる人がいるというのは素晴らしいです」
とコスモスは言った。その意味にケイは気付いていないようだったが、アクアは“経営者の孤独”のようなものをコスモスの言葉に感じた。
翌日28日のライブはパブリック・ビューイングも行われることになっていた。会場に入るのは2万人だが、パブリック・ビューイングを通してその倍か3倍くらいの人が自分たちのライブを見ることになる。
今回はアクアがミニスカの衣装を着るのではと事前に随分噂されていたが、アクア自身はコスモス社長から
「“たまには”男を強調するよ」
と言われていた。
それでステージ前半では男性用の背広スーツでの登場となった。むろんアクアの身体サイズに合うような既製品は存在せず、オーダーメイドである。ワイシャツもアクアの体型に合わせてオーダーしている。
「ボクの胸が入るワイシャツがあるんだ!」
「そりゃオーダーすればね。そのワイシャツあげるよ」
「ありがとうございます。でも“誰か”さんにすぐ隠されちゃいそう」
「ん?」
2016/2/28 12:00.
ステージに同様のスーツ姿の西宮ネオンと2人だけで登場すると、物凄い歓声がある。アクアだけでなく、ネオンもたくさん名前が呼ばれるので笑顔で手を振っている。ふたりともアコスティックギターを持っており、ステージ前方に置かれた椅子に座って、ギターを弾きながら『I love you & I need you ふくしま』を歌い始めた。拍手がたくさんなり、それが手拍子に変わる。唱和している人もある。
震災復興イベントにぴったりのオープニングアクトであった。
ネオンがギターを2つとも持って下がり、アクアは
「こんにちは、アクアです」
と挨拶をした。
しばらくMCをしたところで信濃町ガールズが今日は膝下のスカートの制服で入ってくる。ピアノの所に今日はスカートを勘弁してもらった今井葉月が座る。そして彼のピアノ伴奏で『花は咲く』を信濃町ガールズと一緒に合唱した。これもたくさん唱和してくれる人たちがいた。
続いて品川ありさが登場してアクアと2人で『群青』を歌った。引き続き葉月がピアノ伴奏をする。これは信濃町ガールズも2部に分かれて合唱した。
なお品川ありさはこの日夕方からのローズ+リリーのライブでも司会を務めることになっている。
品川ありさが下がり、代わってエレメントガードの4人が走り込んで来る。そして『冬模様』を演奏した。その後、前半はこのような歌を歌った。
『スキーに行こうよ』『テレパシー恋争』『ロックバンドの少女』『朝食ラーメン娘』『走って告りに行こう!』『半分少年』
『ロックバンドの少女』だけ Gt.米本愛心 B.ハナちゃん KB.今井葉月 Dr.佐藤ゆか、というオリジナルバンド(4人とも信濃町ガールズとして来ている)で演奏し、他はエレメントガードの伴奏である。
なお信濃町ガールズやエレメントガードの旅費は今回アクアが個人的に!負担している。
幕間で西宮ネオンが2曲歌ってから、後半最初はアクアがヴァイオリンを抱えて出て行く。そしてヴィヴァルディ『四季』より冬第二楽章Largo“雨”を演奏した。歌は無しである。“みんなの歌”などにも取り上げられたことのあるお馴染みの曲なので、けっこうみんな静かに聞いていた。そして終わると物凄い拍手となった。
アクアのフルートの腕前は以前のライブで見せていたのだが、今回はギター演奏、ヴァイオリン演奏を披露して、アクアの音楽能力の高さを観客に見せた。
後半の衣装はサファリルックである。エレメントガードが出てきて最新シングルから『桃色の予感』を演奏する。以降後半はこのような曲を演奏した。
『想い出海岸』『憧れのピーチガール』『ライオンと少女』『ぼくのコーヒーカップ』『翼があったら』『The Young and the Freshness』『ウォータープルーフ』
『The Young and the Freshness』のみ、葉月のピアノソロで伴奏したが、それ以外はエレメントガードの伴奏である。この時期はまだ葉月の顔はあまりファンには認識されておらず、“信濃町ガールズ”の中にピアノの上手な“女の子”がいて、演奏しやすいようにするためか、その子だけスカートじゃなくてズボンを穿いていた、と観客には思われたようである。
そして最後は『nurses run』で締める。
アンコールとなるので、アクアは楽屋でスポーツドリンクを2本飲み干して3分で再登場。『恋人たちの海』『白い情熱』と歌って終了した。
年末年始のツアーではエレメントガードが2時間半の連続演奏ができず3バンドのリレーとなったが、今回は(途中休憩も入れてもらったことから)何とか全部演奏することができた。もっともいちばん体力の無いキーボードのハルは実はアンコールに出て行く体力が無く、今井葉月がピンチヒッターでキーボードを演奏した(エレメントガードの衣装のジャケットにスカートを穿かされた!)。
「ごめんなさい」
とハル本人も謝っていたが、コスモスは
「ハルちゃんは毎朝ジョギング2kmだな」
と言う。
「頑張ります」
それを見て
「ミュージシャンって肉体労働なんだなあ」
とハナちゃんが言っていた。
この日は南田容子がアクアが着ていたのと同じサファリルックの衣装を着て鱒渕が運転する“白いアクア”に乗って会場を出て、それで追いかけるファンを引きつけておき、アクア本人は別途★★レコードの奥村照枝が運転する青いミラで無事脱出することができた。
南田容子は「追いかけてくるファンの目が怖かったぁ」と言っていた。
「ああ。目が逝っちゃってる子がいるよね」
と品川ありさも言っていた。
このイベントでは多数のグッズも販売したのだが、§§ミュージック側も、まさかこんなに売れるとはと驚いたのが、この会場限定で販売したアクアの写真集である。夏のツアー写真、『ときめき病院物語』『ねらわれた学園』のスティル、それに11月に与論島で撮ってきた写真で構成していたのだが、番組のスティルということは、当然セーラー服姿のアクア(友利恵)の写真も含まれている。それで異様な人気となったようである。
本会場だけでも用意していた1万冊があっという間に売れ、後日郵送することにして宛名を直接佐川急便の伝票に書いてもらったものが3万枚出た。つまり入場者の倍売れた。パブリック・ビューイングの会場での分まで含めると合計9万枚である。
この写真集の最後には“明智ヒバリ画・アクアちゃんの可愛いお姿・想像図”が4枚入っている。
・ミニスカを穿いてステージで歌うアクア
・ナース姿のアクア
・フライトアテンダント姿のアクア
・ビキニの水着を付けたアクア
という絵がホルベインのカラーインクを使って描かれていた。この4枚の絵については、あまりにも可愛すぎるとしてネットでの妄想発言が凄まじかった。
オークションで10万円の値段がつく事態になったことから、入手できなかったファンのために若干内容を調整して一般発売することを§§ミュージックは発表した。しかし“調整”について
「ヒバリさんの絵は絶対カットしないでくださいね」
「セーラー服姿のアクアちゃんの写真はカットしないでくださいね」
という声が凄かった!
実際には会津磐梯山や相馬盆唄をフィーチャーした表紙を福島のステージで歌うアクアの写真に変更、写真集の制作に協賛してくださった地元企業の広告をカットさせてもらい、与論島での写真を増やし、会場版には入っていなかった年末年始のツアー、『ねらわれた学園』の1月以降の写真(高見沢みちるの写真を含む)を追加してページを増大。価格7000円で4月に発売に漕ぎ着けたがゴールデンウィークだけでも30万冊売れた。
むろんヒバリ画伯の4枚の絵はそのままである。
巷では『アクアちゃんのビキニ姿、実際に見てみたい』という声が多数あったが、アクアも
「ボクは男の子なのでさすがにビキニの水着を着るのは無理です」
と言っていた。しかしアクアのビキニ姿の写真は翌年の写真集で公開されることになる!
さて、このアクアの
「ボクは男の子なのでさすがにビキニの水着を着るのは無理です」
という発言に一部のファンが反応した。
「アクアちゃん、こんなに可愛いんだもん。ビキニの水着くらい着てもいいけどな」
すると女装趣味のある人たちからの反応がある。
「私もビキニって買ってきてつけてみたことあるけど、どうしても“こぼれる”のよね」
「こぼれるって、チンコが?」
「ちんちんは小さくして後ろ向きに収納すればこぼれないけど、玉が勝手に動いて、泳いでいる内にこぼれちゃうのよ。水中で焦って押し込んだことある」
「だったら、動くような玉を取っちゃえばいいんじゃない?」
「玉取っちゃえば、アクアちゃん男っぽくなったりしなくて済むよね」
「アクアちゃんに玉取って下さいという運動しない?」
「あ、投票サイトにそういうトピ立てようか?」
一方でファンの間では別の動きがあった。お正月の『ねらわれた学園』1時間スペシャルで、実はアクアが関耕児と高見沢みちるの2役を演じていて各々の声はボイスチェンジャーで出していたことを明らかにしたのだが、やはり不安の声が出てくる。
「今はまだアクアちゃん声変わりが来てないから、男の子っぽい声も高見沢みちるみたいな低めの女の子の声もボイスチェンジャーで作れるだろうけど、声変わりがきたら厳しいんじゃない?」
すると実際にボイスチェンジャーを使っている人たちからこういう声が出る。
「男の声しか出ない人がボイスチェンジャーを使っても、甲高い男の声にしかならない。女の声として聞けないこともないけど、かなり機械的な雰囲気になってしまう。ボイスチェンジャーで女の声にできるのは、元々中性的な声の持ち主だけだよ」
「だったらやはりアクアの声変わりは阻止すべきだ」
「女性ホルモン飲んでもらうか」
「あるいは去勢しちゃうか」
「去勢くらいしちゃってもいいんじゃない?」
「俺はあの可愛いアクアに睾丸なんて醜いものが存在するのが許せない」
「そんなの付いていたら取るべきだよね」
「そうだ、アクアには去勢手術を受けてもらおう」
最初は2つトピックが立ったのだが、2つあることに気付いた人が出て両者で調整が行われた。それで合同で大手オンライン署名サイトに新たに請願「アクアさんは声変わり防止と男性化防止のため去勢手術を受けてビキニの水着姿を披露して下さい」というのが立てられたのである。ここで一定数の署名を獲得した請願は、それに関する権限を持つ人(この請願ではアクア本人と§§ミュージックになっていた)に届けられることになっている。この請願の発起人には、松浦紗雪とマリも名前を連ねていた!
そして紗雪やマリがツイッターにも書いたことから、オンライン署名はあっという間に20万件を突破した!
レッドインパルスは27,28,3/1の準決勝3試合で2勝1敗と勝ち越し、決勝戦に駒を進めた。それで千里は3月2日にチームメイトたちと一緒に新幹線で東京に戻ったが、その日の夜もスペインでの試合に出た。
3月5日はプラドを大阪まで返しに行く。午前3時に東京を出て千里と《こうちゃん》で交替で運転して大阪に向かう。途中7時半頃、冬子から電話が掛かってきた。ちょうど《こうちゃん》が運転していて千里は後部座席で寝ていたので電話を取る。
「千里、今どこ?」
「大阪に向かっている最中」
「いつ戻る?」
「今日中には戻るよ。午後からバスケット協会との打合せがあるから」
「だったら明日14時から福島でKARIONのステージでフルートと龍笛を吹いてくれない?吹く予定だった風花がインフルエンザで倒れちゃったんだよ」
「ありゃあ。でも私は明日は試合があるんだよ」
「試合かぁ!」
「代わりに青葉を推薦するよ。ついでにアクアの次のシングルの作曲も頼むといいよ」
「なんでそんな話まで分かるわけ?」
青葉は受諾して自分の車で福島へ移動したようである。
千里はプラドを大阪で貴司のマンションに帰すと新幹線で東京に戻り、バスケット協会に出て行った。千里を呼んだのは日本女子代表のアシスタントコーチでU18以来の付き合いのある高田裕人であった。
高田はこれまで何度も千里が日本代表から“逃亡”している点をあらためて指摘し、9日に日本代表を発表し、千里は当然そこに入っているけど、今度は絶対に逃げないように、と釘を刺した。
そういえば、U19世界選手権の時、自分を始め玲央美、華香、サクラと何人も逃亡者が出て、高田さんの“鬼ごっこ”で全員つかまったんだったよなと思い起こしていた。もう7年も前のことだ。自分は・・・自分は・・・あの時より進展しているのだろうか、それとも劣化しているのだろうか。千里は自分に不安を感じた。
「今度はオリンピックだから、君に逃げられては困るんで、君とは長い付き合いになる僕に釘を刺しといてくれと言われてね」
「高田さんからそこまで言われたら、逃げる口実が見つからないです。私、去年なんて妊娠中に合宿して、出産直後にユニバーシアードやっちゃったから、今更妊娠や出産も理由にできないし」
「ああ、やはり去年村山が出産したのでは?という噂は本当か」
「でもどういう人が選ばれるんですか?」
「これ誰にも言うなよ」
と言って高田は選手名簿を見せてくれた。
千里は平静を装った。だから、千里が驚いたことに高田も気付かなかったと思う。
それで千里は高田さんに
「ちゃんと代表活動に参加します」
と約束して千里はバスケット協会を出た。
そして千里は、すぐに鞠原江美子に電話を掛けた。
「なんでエミの所属が無所属になってんのさ?」
「なんでそれ知ってんの?まだどこにも発表されていないはずなのに?」
要するに江美子はクビになったばっかりだったのである。それで千里は自分のチームに入らないかと勧誘した。
「40 minutes?」
「違うよ。レッドインパルスだよ」
「でもレッドインパルスは既に来年のロースターが固まっていたはず」
「挽木さんが引退するんだよ。だから枠が1つ空くんだ。来る気があるなら、すぐにでも上と話しする」
「千里とチームメイトになるのもいいかな」
「うん!」
それで千里は来期からレッドインパルスで活動するのに、貴重なパートナーを確保することができたのである。
千里はその日(3月5日)の深夜にはまたスペインで試合に出てきた。6日は40 minutesで江戸娘との練習試合をする。マジ100%で戦わなければならないスペインの試合に比べると40 minutesの試合はだいたいにおいて気楽である。千里は、先日のオールジャパンでのプロチームとの試合を除いてはだいたい6〜7分程度の力で戦っていた。
その日の深夜(3/7 1:00 CET=3/6 17:00)頃、スペインでのチーム練習を終えてグラナダのアパートで夕食を食べていたら、青葉から電話があった。
青葉は★★レコードの松前・町添派と、村上・佐田派の権力闘争について教えてくれと言ってきた。この問題はここ数年、所属アーティストの間でもかなり話題になっていたのだが、やはり青葉は東京にいなかったのもあって、全く知らなかったようであった。それで詳しく教えてあげた。
青葉は町添さんを守りたいと言った。もし★★レコードが町添さんを排除したら数年以内に倒産するだろう。
「だったら村上さんを呪殺しちゃう?」
「人殺しはちょっと・・・」
「軟弱な。だったら無藤激勝さんと鈴木準子さんを離婚させちゃう?」
「え〜〜?」
千里が準子さんは夫から酷いDVを受けている上に離婚を考えられないように、霊的な縛りが掛けられていると教えてあげると青葉は憤慨していた。
「前の奥さんともDVで離婚したんだよ。それで今の奥さんには逃げられないように呪を掛けている」
「それでDVするなんて、許せない!」
と青葉はかなり怒っている。千里はわざわざ、その霊的な縛りが確認できる場所まで教えてあげた。
『おい、千里、青葉に何をさせるつもりだ?』
と《こうちゃん》が訊いた。
《こうちゃん》は千里や青葉を停めようとするのではなく、むしろ“自分にも少しやらせろ”という顔をしている。
『あんたたちも好きね〜』
青葉はまだ福島に居たのだが、自分の車で東京まで出てくると千里に教えられた場所に行き、都内の某占い師の家と無藤邸の間に特殊なブリッジが架けられていることを確認する。
青葉の正義感が「女を暴力と霊的な操作で縛り付けるなんて許せない」と思わせた。そして青葉にしては珍しく、私的な義憤でこの霊的なブリッジを破壊した。
しかし破壊してしまうと、青葉は急に罪悪感を感じてそこをそのまま放置し、とぼとぼと桃香のアパートに帰ってしまった。このあたりがまだ覚悟ができていない所である。青葉は姫様に訊いた。
「私って悪いことしてないですよね?」
すると姫様は厳しい顔で青葉に言った。
「青葉、お前は卒業しなければならない」
「卒業?」
「霊的な仕事には仏の面と鬼の面がある。これまで青葉は仏の面だけしてきた。それは今までお前の周囲の、曾祖母さん、菊枝さんや瞬嶽さん、時には天津子ちゃん、そして千里などが青葉が手を汚さなくていいように、鬼の面を引き受けてきたからだ。青葉はそういう保護された状態からは卒業して一人前にならなければならない」
青葉が霊的な縛りを破壊した後、そのまま帰ってしまうのを見て、千里は焦った。
「ちょっとぉ、このままだとあの占い師から反撃されるじゃん!こうちゃん!」
「任せろ」
それで《こうちゃん》は、深夜に不意打ちをくらって、相手がまだ何が起きたか把握できていない内に、向こうの呪い道具を完全破壊してしまったのである。実際問題としてあのブリッジが架かっている状態では《こうちゃん》にも手が出せなかったのだが、青葉の破壊により結界に穴が空き、手が出せるようになった。千里も《こうちゃん》もあらためて青葉のパワーの凄まじさを感じていた。
でも詰めが甘すぎる!というか何も考えていない!
そしてこの占い師の結界が壊れたことにより、元々この占い師を恨んでいた全国の何人もの占い師や祈祷師がこの人を霊的に攻撃。結果的にこの人は再起不能状態に陥ってしまうのだが、他の祈祷師たちの攻撃については千里も知らないことである。
この夜、実は村上専務と佐田常務、そして無藤激勝は子飼いの社員30名ほどと都内某所でパーティーを開いていた。6月の株主総会でMM派の勝利はもう確実になったとして、前祝いをしていたのである。お酒だけではなくマリファナも入って、パーティーは乱れに乱れ、あちこちでレイプやSMプレイが進行していた。更にはジャンケンで負けた男性社員に女装させてその社員を村上自身がレイプするなどというとんでもないことまでやっていた。佐田はジャンケンに負けて女装させられ若い男性社員に犯れていた!? そして激勝は以前から懇意にしていた女優とパーティーを抜け出し、ホテルに入った。
そしてこのパーティーの様子、激勝と女優とのデートの写真が、何者かにより、無藤邸と週刊誌の郵便受けに投函されたのである。
週刊誌では深夜に緊急編集会議を開き、すぐに速報を流し、今週の号は普段の3倍の印刷をすることを決めた。
その報道を事前に察知した人たちが★★レコードの株を売り始め、夜間市場で株価が暴落し始めた。その動きに偶然気付いた雨宮三森は冬子と千里から資金を借りてこの相場に参戦した。
千里は今回の事件は激しい仕手戦になるのは確実と思い、自分で株相場に参戦しようかとも思ったものの、元々自分が仕掛けた事件なのでマッチポンプだよなと思い悩んでいた。その時、雨宮先生が資金を貸してくれと言ってきたので、他人が操作するのならいいだろうと思い、全資金を雨宮先生に任せた。
すると相場が落ち着くまでの間に雨宮は巨額の売買益を得て、千里と冬子に還元してくれた。思わぬ巨額の資金が手に入った千里は冬子に
「共同で体育館を建てない?」
と提案した。冬子は
「コンサート会場としても使えるものなら、その話乗った」
と答えた。
それで“深川アリーナ”がほぼ2人の共同資金で建設されることになるのである
また同様にこの相場で巨額の利益を得た山吹若葉はレストランを作りたいと考えて、これが後のレストラン&温泉旅館チェーン《ムーラン》の出発点となる。
青葉の感情的爆発が実は様々なものを産みだしたのであった。
そして鈴木準子が離婚を表明し、無藤激勝が薬物使用で逮捕され、MM系の★★レコード乗っ取り作戦は失敗に終わる。村上氏は6月の株主総会で予定通り社長には就任したものの、制作部・営業部など主要部門は創業者系に押さえられて、人事も両者の妥協的なものになった。
この大騒動の発端が青葉による霊的攻撃であったことに、青葉自身は全く気付いていない。
3月11日、震災関係のイベントに出席した久保早紀(丸山アイ)は石巻市内のホテルに泊まったのだが、夜遅く唐突に広いお風呂に入りたくなった。このホテルは個室にバスが付いていて、大浴場が無い。
それでアイはお風呂セットを持ってホテルを出、バスに乗って市内のスーパー銭湯に行った。入場料を払って中に入り、男女に分かれている暖簾の所で迷う。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な? こっち!」
と言って指さした側の暖簾をくぐる。
遅い時間帯だったせいか、浴室内にお客さんは居なかった。それで身体を洗い、湯船につかる。ぼーっとしている。
《アクアちゃんに去勢させよう》という請願、うまい具合に立っちゃったなあ。あれでアクアちゃん本当に去勢する気になってくれないかな、などと妄想している。あの子、精液は冷凍してるんだし、睾丸くらい取っちゃってもいいのに、私は迷わず取ってもらったけどなあ、などと昔のことも考えている。
音がしたのでふとそちらを見た。ちょっと格好いい男の子が湯船に入ってきたようだ。なんか格好いいじゃん。誘惑しちゃったらダメかな?この子とセックスしてみたーい!などと考える。
早紀は今男湯に入るのに男の子モードになっているので発想も男である。
でも彼は早紀を認識してしまった。
「あのぉ、まさか丸山アイさんじゃないですよね?」
「ええ、そうですよ」
「僕、てっきり丸山アイさんって女の人かと誤解してました!」
「ボク、昔からよく性別間違われるんですよ」
などと早紀は開き直って言っている。でも内心焦っている。お湯が濁り湯だから見えにくいけど、彼に自分の身体を見られるとやばい。今日は何も考えていなかったら偽装工作もしていない。
「ボク女顔だし、音域が5オクターブあるんですよ。バスの音域からソプラノの音域まで出るから、女の子みたいな歌い方すると、みんな女性歌手と思うんですよね。それで面白いからそれやってみろと言われて。それでボクの性別は不明ってことにしてあるんですよ」
「そうだったんですか!」
それで結局、早紀はうまく誤魔化して、彼が視線を外した隙にさっと湯からあがり「お先に失礼しまーす」と言って、浴室を出てしまった。
危なかったぁ!でも男湯に入るのってスリルが凄くでやめられない!などと早紀は思っていた。
3月10,12,13,15日、松本→甲府→東京・東京と、千里はレッドインバルスの今期Wリーグ決勝戦に同行した。試合は5試合で先に3勝したほうの優勝だがレッドインパルスは残念ながら1勝3敗で4戦目で敗退。優勝はならなかった。これで今季のレッドインパルスの活動は終わりである。
一方スペインの方は3月13,19,23,26日と試合をして今季17勝9敗の4位となり、プレイオフに進出した。
40 minutesのほうは3月19-21日に四国の今治市で全日本クラブバスケットボール選手権に出場。美事に優勝を決めて、千里はこれを花道に40 minutesから退団することとなった(但しオーナーとしては残る)。優勝の祝賀会は3月25日(金)に行われた。なおこの大会ローキューツは3位であった。
3月下旬『アクアちゃん去勢手術を受けて』という署名が40万件を突破したことから、ΛΛテレビが悪のりして『アクア君これが去勢だ!』という番組をわずか1日で作ってしまった。
テレビ局は午前中に去勢手術をおこなっている都内の病院の院長に取材して、去勢手術の方法や効果、また副作用などについてもインタビューした。また去勢手術を受けた人に取材して、去勢手術でどう変わったかなどについてもインタビューする。そして秋風コスモス社長と、龍虎の母・田代幸恵にまで取材する。2人とも龍虎に去勢手術など受ける気が全く無いことを知っているので安心して“台本”通り、「本人が希望するなら受けてもいいんじゃないですか」と答えた。
そしてその日の仕事が一段落したアクアをキャッチして
「既に40万人もの人が、アクア君に去勢手術を受けて欲しいと署名していますよ」
と告げる。
アクアも様々な番組で一緒になっている気心の知れたリポーターさんなので、気軽に答える。
「ファンの方々のお気持ちは嬉しいですが、僕は将来結婚したいので、睾丸を取るのは嫌です」
「睾丸くらい無くてもアクアさんと結婚したいという女性の声も多数来ていますが」
「でも子供も作りたいので」
「それでしたら精液を冷凍保存してから去勢する方法もありますよ」
「え〜〜!?どうしよう」
(この部分はアクアの応答能力を見込んだアドリブ)
そこでいったんカメラを停め、都内の病院に行く。“台本を確認して”
「え〜?だからボク去勢手術なんか受けませんよ」
「まあまあ、ちょっとこちらに来てお話ししましょうよ」
といってリポーターが強引にアクアを病院に連れ込む。
実際には病院内に入るとアクアはエアーシャワーを浴び手を消毒して青いナース用の手術着を着た。そして他のナースたちと一緒に手術室に入る。実は今日たまたま去勢手術を受ける男の子(男の娘?)がいて、その手術の様子を撮影してもよいという許可をもらっていたのである。
それでアクアが助手のナースたちと一緒に見守る中、去勢手術は実行された。カメラはさすがに手術部位は撮さないものの、少し遠くから様子を撮影している。
患部は既に剃毛がなされている。アクアは実は男性器を見た経験がほとんど無いので「わぁ、これが男の子のおちんちんとたまたまなのか」などと思いながら見ている。手術では部分麻酔が効いているのを確認した上で陰嚢の正中線を少し切開し、睾丸をまずは1個引き出して結索して切断。もう一方の睾丸も同様に引き出して結索切断した。それで切開した陰嚢の部分を縫合して手術は終わった。
去勢手術を生で見たのも初めてなので(こーちゃんさんに睾丸を取られちゃった時は手術というのとは少し違ったし)、龍虎は結構ドキドキしながら手術の進行を見ていた。
カメラが患者の顔を撮す。これで去勢手術を受けたのはアクアではなかった、というネタバレをする仕組みである。
アクアは手術室を出てからカメラの前で顔のマスクを外す。
「アクアさん、去勢手術の見学どうでしたか?」
「悪趣味ですね。僕は血を見るの平気だからいいけど、気の弱いタレントさんは、貧血起こしますよ」
「アクアさんも去勢手術受けてみる気にはなりません?」
「署名してくださった40万人の方々には申し訳ないですけど、僕は去勢手術を受けたり、女性ホルモンの注射とかをしたりするつもりはないので、ごめんなさい。でも世の中には去勢していなくても、ちゃんとソプラノ・ボイスを出すことのできる、いわゆるソプラニスタの方もあります。僕はそれを目指したいと思いますし、そのためのボイトレもずっと受けています。ですから、去勢せずにソプラノ声域を維持することに僕は挑戦しますので、その試みを応援してくれると嬉しいです」
とアクアは笑顔で言って締めくくった。
以上台本であった!
編集された番組の最後には、著名な日本人ソプラニスタが美しいソプラノボイスでグノーの『アヴェマリア』を歌っている所が流れたらしい。
なお、アクアに去勢手術を受けさせてという署名はこの番組の後、1晩で10万件増えて、50万件を突破した!
2016年3月30日(水)、千里たちグラナダ・レオパルダはLFBのプレイオフ準決勝の第1戦に臨んだが、残念ながら敗れてしまった。次の第二戦に賭ける。
3月31日(木)、レッドインパルスでは今月いっぱいで退団する選手の送別会が行われた。そして翌4月1日には、新入団選手の歓迎会があった。千里はこの日からレッドインパルスの正式な選手になるので、新入団選手として紹介されたのだが・・・
「去年から居たよね?」
「いや7−8年前から居た気がする」
などと言われた。
4月3日(日)、40 minutesを今季いっぱいで退団する選手の送別会・兼・新入団選手の歓迎会が行われた。退団者というのは千里のみである。
「でもオーナーとしては残るんだよね?」
「だったら送別会は全く必要ない気がする」
「千里、祝勝会とかには出てくるよね?」
「まあオーナーだし」
「だったら餞別とかも不要だな」
その日4月3日、スペイン時刻の10:00(日本時刻の17:00)、プレイオフ準決勝の第二戦がおこなわれた。決勝に進出するにはこの試合に前試合以上の得点差で勝つ必要がある。
しかし千里たちはこれに敗れてしまい、今季レオパルダはBEST4に終わった。
「結構行ける気がしたんだけどなあ」
「残念」
「また来季頑張ろう」
ところが試合終了後、オーナーが選手たちを集めた。今季の統括や来季に向けてのお話があるのかなと思ったのだが、千里たちは耳を疑う言葉を聞くことになる。
「アイ・ブエナス・ノーティシアス・イ・マラス・ノーティシアス・パラ・ボソトロス」
(Hay buenas noticias y malas noticias para vosotros).
(君たちに良い報せと悪い報せがある)
「いったい何でしょう?」
とキャプテンのビアンカが尋ねる。
「良い報せ。君たちは頑張ってBEST4まで来たので、給料を全員20%上げる」
選手たちの中から「オレ!」などと感嘆の声が上がる。但し2人だけ腕を組んで考え込み、喜んでいない選手が居た。キャプテンと千里の2人である。お互いにチラッと視線をやる。どうも同じ事を考えたようだ。
「それで悪い報せというのは何ですか?」
とレヒーナが笑顔で尋ねた。
「悪い報せ。申し訳無いが、レオパルダ・デ・グラナダは本日をもって解散する」
「ディオス・ミーオ!」
「マドレ・ミーア!」
と選手たちは頭を抱え、一転して悲痛の叫びをあげた。
3月下旬、丸山アイはテレビ番組の企画で、わずか2日間で大阪→松山→大分→鹿児島と移動しての撮影をこなし、鹿児島市近くの温泉宿に泊まった。
ちょっと今回の企画は辛かったなあ、などと思い、撮影が終わった後仮眠して起きたらもう夜中0時を回っていた。
「温泉に入ってこようかな」
と思って、お風呂セットを持ち、2階の渡り廊下で旅館の敷地を越えて隣の敷地に建っている温泉棟に入る。ここは周囲3軒の温泉宿が共同で利用している温泉である。階段を降りると、右手に女湯、左手に男湯の暖簾が掛かっている。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な? こっち!」
と言って指さした側の暖簾をくぐる。
中には誰もいない。ちょっと拍子抜けする。とりあえず髪と身体を洗って汗を流し、それから湯船に入ってぼーっとしていた。
ああ、誰か可愛い男の娘をからかいたいなあ・・・などと思っていたら、誰か脱衣室に入ってきたようだ。アイはぼーっとしながら、その人物を“感じとっていた”のだが、やがて目が輝いてくる。
くくく。
もう笑いが抑えられないが、とりあえず気配を殺す。
脱衣場の人物はやがて浴室の中に入ってきた。ごく普通の雰囲気だ。全く緊張していない。こっちに入るのに慣れてるなと思う。その人物はやがて身体を洗って浴槽に入ってきた。
アイは滅却していた自分の存在感を回復させた。
浴槽に入ってきた人物がギョッとしたようにこちらを見た。
「こんばんは、アクアちゃん」
「丸山アイさん!?」
「アクアちゃんってお風呂はこちらに入るんだね」
などと優しい表情でアクアに声を掛けながら、どうやってからかおうかなとアイは悪だくみを考えていた。
「丸山アイさんって、高倉竜さんでしょ?だから本当は男の人だと思ってた」
「へー。どうして同一人物と分かった?」
「だって同じ声じゃないですか」
「それ分かるのは凄いよ」
と言いながら、この子それが分かるというのは、かなりの霊感持っているなと思う。
「でもボク、実は女の子なんだよ。男の声を出すのは発声法なんだよ」
とアイが言うとアクアはピクッとした。
「その発声法って少し教えてもらえません?ボクも男の子の声を練習したいんです」
「いいけど。でもアクアちゃんも本当は女の子だったのね」
などと言いながら、アクアが気付かない内に“ヤバいもの”を隠した。
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【娘たちのベイビー】(6)