【娘たちの衣裳準備】(3)

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12月28日はウィンターカップで女子の決勝戦が行われ、愛知J学園が勝った。この日もまた8人は午後から常総ラボで濃厚な練習をした。
 
「今回の遠征はウィンターカップ観戦以上に、千里先輩たちに鍛えられました」
と美月が言う。
 
「まあ練習は楽しいよね」
「今日は特にハイレベルの決勝戦見た後だからか熱が入りますね」
と広海。
 
「君たち何時ので帰るの?」
「はまなすで帰るんですよ。ですから石下駅を17時の列車に乗れば間に合います」
 
石下17:34-17:59下館18:02-18:25小山19:03-20:33仙台20:38-22:23新青森22:32-22:38青森22:42-6:07札幌6:51-8:16旭川
 
「だったら、そろそろ出ないといけない?」
と夏恋は言ったのだが
 
「もったいない。朝までやろうよ」
と千里は言った。
 
「えっと・・・」
「帰りの飛行機代、出してあげるからさ」
「マジですか?」
「明日の朝、羽田まで送ってあげるし」
「わぁ・・・」
 
「暢子、鍵のカード渡しておくから、明日閉めて出てくれる?」
「OKOK」
 
それで8人の練習は休憩や食事をはさみながら深夜0時まで続き、最後はシャワーを浴びる気力も無いまま、宿泊室の布団に潜り込んだ。
 

12月29日4時過ぎ。千里は横田広海たち4人を起こして、インプの座席に座らせた。
 
「寝てていいからね」
「寝てます」
 
「だけど広海ちゃんって、倫代ちゃんよりしっかりしている気がする」
「そうですね。だから小さい頃はふたりで一緒にいると、私が姉であちらが妹と思われることも多かったです」
「ああ、そういう姉妹はよくいる」
「その頃から“姉妹”だったんですか?」
と亜寿砂が訊いた。
「そそ。兄と妹なんですよと言うと、私が男で兄だと思われていた」
「なるほどねー」
 

千里は羽田まで1時間ほど掛けて走り、昨日の内に予約していた4人のチケット(羽田6:40(ADO-51)8:00旭川)を受け取ってチェックインする。そして
 
「まだ眠そうにしてるから、旭川に着いてから朝御飯食べるといいよ。念のためおにぎり買っておいた。お茶はセキュリティ通った中で買うといいよ」
と言って、横田に1万円札を渡した。
 
「先輩ほんとに色々ありがとうございました」
「インターハイ行こうね」
「はい!」
「広海ちゃんも大学で頑張ってね」
「頑張ります」
 
それで千里は4人を見送った。
 

4人を見送った後、千里はそのまま関空行きに乗った。ADOもANAもどちらも第2ターミナルである。
 
羽田7:25-8:40関空
 
貴司は最初千里とウィンターカップを見る予定だったのだが、唐突にシェンチェン(深圳)への出張が入ってしまったのである。それで浮いたチケットを千里は暢子に渡して暢子がウィンターカップを見ることができた。深圳での交渉は大変だったようだが、何とか昨夜妥結して契約書にサインをもらうことができた。それで貴司は朝の便で関空に戻ってきたのである。
 
香港2:45-7:10関空
 
昨夜の内にこの便に乗るという連絡があったので千里はすぐに羽田から関空への朝1番の便を予約し、待ち合わせることにしたのである。
 

千里は関空に着くと、貴司の波動を探し、やがて見つけるとそこに行った。
 
「お疲れ様。待たせてごめんね〜」
と言って千里は貴司に抱きついた。
 
「いやこちらも飛行機が1時間遅延したから、そんなに待たなかった」
 
「じゃ一緒に行こう」
 
それで関空の駐車場に駐めていたA4 Avantに乗り込む。千里が運転して大阪市内の会社まで走る。10時頃会社前に到着。貴司をおろす。
「近くの駐車場に駐めて待っているから、報告に行って来て」
「うん」
 
1時間ほどで終わったという連絡があるので、車を出して貴司を拾う。そして千里の車は府道2号を走って30分ほどで貴司のマンションまで行った。駐車場に入れて車を駐める。
 
千里は車をロックし、サンシェードを付ける。一緒に後部座席に行く。
 
キスする。貴司がもう我慢出来ないように千里を抱きしめ、胸を揉む。
 
「さあ。始めようか。楽しい楽しい精液採取」
 
と千里は言って、貴司のズボンを下げ、トランクスを下げる。もう準備万端になっている。千里が握ってからほんの数回動かしただけで作業は終わってしまった。
 
「今日はすぐ行っちゃったね」
「だって9時頃から、ずっとお預けだったんだもん」
「毎回これで行こうか」
「やだ」
 
ディープキスをする。それから採精容器をビニール袋に入れ、貴司が名前も書く。
 
「じゃ、またね」
と言って再度キスしてから千里は車を降りた。
 

千里が降りていった後、貴司はそのまま少し仮眠した。それから目を覚まし、千里の居ない車内を寂しく思った。首を振ってから阿倍子に電話した。
 
「うん。出張終わって今マンションの下まで戻ってきた所。今から一緒に病院に行こう。駐車場まで降りておいでよ」
 
一方、駐車場を出た千里は千里中央駅に向かう。そして新幹線で東京に帰還した。
 
新大阪13:00-15:33東京
 
『千里、助手席に置いて来た紙何?あれ』
と《こうちゃん》が訊く。
 
『知ってる癖に。ただの卵巣機能低下の呪いだよ』
『・・・何なら阿倍子の心臓を停めてこようか?』
『それは禁止。来年中に妊娠しなかったら適当な彼氏をあてがって離婚させてよ。あの人、女一人では生きていけないタイプみたいだもん』
 
『呪いが掛かっていたら妊娠しないのでは?』
『ふふふ』
『まあ彼氏は適当なのを探しておくよ』
『よろしく〜』
 

12月29日、篠田その歌が引退ライブをした。彼女は○○プロから2005年にデビューして約9年間の歌手活動を終えたのだが、冬子は実は彼女が選ばれたオーディションの本当の優勝者だった。年齢が足りないため失格となり優勝者が告知される前に辞退したのである。しかし冬子はその後、篠田その歌の伴奏者を務め、また“秋穂夢久”の名前で彼女に楽曲を提供し続けた。この引退ライブそのものには出席を辞退したものの、事前に会って、9年間の活動をねぎらい、餞別を渡してきた。その歌は“秋穂夢久”の正体をここに至るまで知らなかったので、超絶驚いていた。
 
12月30日、大西典香が引退ライブをした。彼女は2007年の葵祭スペシャル番組でデビューし約6年半“おとなの歌手”として活動してきた。世間的には篠田その歌も大西典香も《上島ファミリー》とみなされてきたが、実際には篠田その歌の活動では秋穂夢久の貢献が大きかったし、大西典香も特大ヒット曲は全て鴨乃清見の作品である。鴨乃清見は露出が著しく少なく、実は大西典香本人なのではとも言われていたが、大西は否定していた。
 

千里はこの日朝から横浜エリーナに行き、大西典香のスタッフさんたちにBlue Islands航空のアメニティグッズを配った。スプーンやボールペンなどであるが、典香本人と上島先生・雨宮先生、事務所の谷津さん、鈴木社長にはティーカップと皿のセットを渡した。
 
「これ何?」
と知らない人がいるので
 
「チャネル諸島で運航されているローカルな航空会社なんですよ。秋に1度行ってきたので、その時、買い込んでおいたんです」
と千里が言うと
「あそこ1度行ったことある」
と鈴木社長が言うのは、さっすが!と思った。
 
「どこにあるんですか?」
「イギリスとフランスの間で所属は曖昧。一応イギリス王室直属。だからイギリスではない。マン島と同様にタックスヘイヴンになっている」
「なるほどー」
 
(ブルーアイランド航空はチャネル諸島とイギリス各地との間に空路を持っている。フランスへの航空便は存在しないが、シェルブールなどから多数の船便がある。千里はサンドラやシンユウと一緒に船便でそこを訪れた)
 

「それと、ココ・シャネルのシャネルというのは、このチャネルのフランス語読みなんだよね」
と鈴木社長は博識な所を見せる。
 
「そこの出身なんですか?」
「お父さんの家系がそちらから出ているらしい。本人はフランス中部のメーヌ&ロワール県の慈善病院で生まれている」
「慈善病院?凄く貧乏だったんですかね?」
 
「うん。お父さんは下着の行商をしてたけど、物凄く貧しかったみたいね。それなのに男の子2人・女の子3人の子だくさん」
 
「それ避妊してないからじゃんじゃん産まれたのでは?」
「まあそういうことだろうね」
 
「あとチャネル諸島の中にはジャージー島というのがあって、体操服とかのジャージはこの島特有の織物が起源だし、ジャージー牛乳もここ原産の牛のお乳だね」
「へー!」
 

ライブは午後から始まったが、鈴木社長の提案で、鴨乃清見は謎の人物という演出にし、覆面をかぶって出演した。いくつかの曲ではピアノ、いくつかの曲ではフルートを演奏する。最後はアンコールで千里のピアノ演奏で『ブルーアイランド』を歌った。
 
大西典香の最後のライブの最後の曲である。
 
演奏が終わってから、大西典香とハグして彼女をねぎらった。そして一緒に観客に挨拶して幕が降りた。
 
ライブが終わった後は典香・鈴木社長と一緒に新国立劇場に移動し、RC大賞の授賞式に出た。ここで典香は歌わなかった。『ライブの演奏がラスト』というポリシーである。それで代わりにCD音源が流されていた。典香は前に出て賞状だけ受け取ってきた。彼女は明日の紅白にも出場しない。
 
この授賞式にはローズ+リリーやKARIONも出ていて、冬子と政子も来ていたのだが、千里には気付かないようであった。美空だけがこちらに気付いて手を振ってきたので、笑顔で手を振り返した。
 
授賞式が終わった後、千里は葛西に帰ってぐっすりと寝た。
 

青葉と朋子は年明けまでずっと千葉に滞在していたのだが、12月30日には、青葉が建てることにしている神社の件で、L神社に行って話し合いを持った。基本的にはL神社の境外摂社扱いにしてくれることになった。取り敢えず週に1回くらい誰か神職が巡回して祝詞をあげてもらえる。青葉がL神社に年間管理料を支払う。
 
その翌日、12月31日、《きーちゃん》がL神社で巫女服を着け竹ぼうきを持って、境内の掃除をしていたら、この神社でのバイトを知らなかったはずの桃香が笑顔で手を振りながらやってくる。
 
千里は常総ラボで軽く汗を流していたのだが、きーちゃんから
 
『桃香がL神社に来た。交替するよ』
 
と直信があり、次の瞬間には彼女と服を残して中身だけ入れ替わる。
 
桃香は友人から、千里によく似た人がこの神社で巫女をしていると聞き、それは本人なのではと思い、確かめに来たと言った。
 
「千里の龍笛、聴けるか?」
「今、昇殿祈祷すると聴けるよ」
「小祈祷5000円でいい?」
「大祈祷2万円を申し込むと特別バージョンの龍笛が聴けるよ」
「商売上手だな」
 
しかし桃香は2万円払って大祈祷を申し込んでくれたので、特別長いバージョンの千里の龍笛を聞くことができた。
 
この日は緊急に入れ替わったので、龍笛まで交換されていなかった。それで千里はきーちゃんの普段使いの龍笛(花梨製)で吹いたが、それでも龍が3体やってきて雷を落として行ったので、あれは龍笛のせいではなく、私の演奏自体で龍が来るのか、とあらためて認識した。
 
桃香は彼女の所に寄ってから帰宅すると言っていたので、千里はいったん《きーちゃん》と入れ替わって常総ラボに戻ってから、午後3時で練習を切り上げ、年越しそば・エビ天・伊達巻きを買って桃香のアパートに戻った。
 

桃香が真利奈のアパートに寄ってから自分のアパートに帰還すると、千里はもう帰っていて、年越しそば・伊達巻き・エビ天などを買ってきており、朋子・青葉と一緒に年越しそばや晩御飯を作っている所だった。
 
「桃姉、神社に行ってきたんだ?」
「うん。このもらったお札はどこにどう置けばいいんだ?」
 
「あ、私が置くよ」
と言って青葉は本棚の一画に場所を作ってそこに、お札や御神酒を並べた」
 
「本当は正式の神棚を置いた方がいいんだけどな」
 
「でもどうせ1年もすればあんたたち引っ越すんじゃないの?」
「まあどこに就職するかによるな」
 

青葉・朋子・桃香・千里・彪志の5人はその後ものんびりとした時間を過ごし、0時になったら
「明けましておめでとう」
と言い合う。
 
2014年の幕開けである。
 
昨年は一昨年の婚約破棄のショックの後、迷走した1年になってしまったけど、今年は自分を建て直すぞと千里はこの年明けに誓った。
 
桃香はさっき御札と一緒に並べた御神酒をおろしてきて、全員のグラスに注ぎ、おとそ代わりにして乾杯した。
 
1月1日から3日まで、千里は日中「バイトがあるから」と称して出かけていた。青葉たちはファミレスのバイトなのだろうと思っていたが、実際には千里が勤めるファミレスは年末年始がお休みである。それで桃香は神社の方のバイトに行くのだろうと思っていたようである。
 

きーちゃんが12月31日の遅くまで神社に勤めてくれたので、3ヶ日は休んでもらって、その3日間は千里自身が神社に奉仕した。
 
1月2日には鹿島信子が神社に来訪し、まさに身の上相談をした。
 
彼女は実は出雲で5人で1部屋に泊まった晩に自分の身体は唐突に女の子の身体になってしまったのだと言った。そしてその時『お風呂に入っていたら、千里さんが入って来て、自分の胸にブレストフォームを貼り付け、おちんちんを引き抜いていった』夢を見たと言った。
 
あぁ、なるほど《こうちゃん》の仕業かと思ったものの、本人は女の子になれて嬉しがっているようなのでこのままで良いだろうと思う。ただこのままでは社会生活に不都合があるだろうしとも考え、社会的な性別を移行させるため、病院の受診を勧める。
 
「でもこういうのどこを受診したらいいんでしょう?」
というので、射水市で性に関する相談と治療をしている病院があるのでといい、自分も5日に高岡に帰省するので、その時、一緒に行かないかと勧めた。取り敢えず電話してみるように言ったので、信子は電話をしてみたが、婦人科医の増田先生もこのケースにひじょうに興味を持っていたようであった。
 
信子は長岡市の実家にいる母に連絡し、1月6日に母も長岡から射水市に移動して一緒に先生と会うことにした。
 

1月4日は青葉・朋子・桃香・千里・彪志の5人で一緒に近くの神社に初詣に行った。各々おみくじを引いたが、千里は「縁談:よし、出産:安し」とあるのを見て、貴司との仲はかなり修復され、京平の妊娠に成功することを確信した。
 
「千里、おみくじどうだった?」
と桃香。
「私は就職:叶うと書いてあったが」
と言って覗き込む。
 
すると千里も見ていなかったのだが、千里のおみくじには「就職:かなわず」と書かれている。就職も何も、私プロバスケット選手だもんね〜と思っていたら、どうもみんな心配してくれているようである。
 
「今勤めているファミレスでバイトを続けるとかは可能なの?」
と朋子が尋ねたが
 
「ずっとというのは本部がいい顔しないと思う。バイトのフロア係はある程度入れ替わっていくことを想定しているから。実際、今勤めている店でも3年以上勤めている人はいないもん。私は例外的な長期キャリア」
と言う。
 
どちらかというと、さっさと辞めたい。辞表は提出しているのだが「あと少し、あと少し」と言われて引き留められている状態である。この春から店長になってくれないかという話もあるのだが、これ以上はまり込みたくないので、断っているところだ。
 
「お嫁さんに行くとかは?」
と青葉が言う。
 
ドキッとした。しかし今年は阿倍子さんに妊娠を成功してもらい、結局は予定通り来年2015年に京平は生まれることになるのだろう。それまでは阿倍子さんには貴司の法的な妻であってもらわないといけないので、今年は自分は貴司と結婚できない。それはやむを得ないことと、無理矢理自分を納得させている。
 
「それはもっとハードルが高い」
と千里は言った。
 
「もし仕事先が見つからなかったら、私のお嫁さんにならない?」
と桃香が言ったので、千里は苦笑しながら
 
「私、男の人と結婚したいよぉ」
と答えた。
 

青葉たちは1月5日の最終新幹線で帰宅する予定だったのだが、5日の午後は5人(青葉・朋子・桃香・千里・彪志)でアパートで過ごした。
 
(千里や桃香の学年の子たちの多くは卒業したので、最近はこのアパートは“宿泊所”の役目を終了しており、結果的に誰もいないことの方が多い)
 
するとテレビで『08年組』の特集があっていた。蔵田孝治と海野博晃による対談のあと、XANFUS, AYA, ローズ+リリー, スリーピーマイス、KARIONの順に30分ずつ録画された演奏が流れた。そしてKARIONの演奏の最後の数分がKARIONのリーダーいづみと、スイート・ヴァニラズのLondaの短い対談になっていた。
 
「蘭子ちゃんって、実はKARIONのデビュー以来、ずっとキーボード弾いていたんだって?」
「そうなんです。だからトラベリングベルズの最古参メンバーなんです」
 
といづみは答えて、昨年春頃から噂されていた蘭子=水沢歌月というのは最初からKARIONに参加していたことを認めた。この答えには全国の多くのKARIONファンがやはりそうだったかと思った。
 
「蘭子ちゃんって、それなら歌の方にも実はかなり頻繁に参加してたのでは?」
「実はこれまでに発表したKARIONの四声の曲、ほぼ全てに蘭子は歌唱参加しています」
 
これには驚いたファンもあったが、半数くらいのファンは「そうかもね〜」と思った。しかし最後の2人の会話には、全国に衝撃が走った。
 
「KARIONの四声の歌って結構多いよね。どのくらいの比率かな?2〜3割?」
 
「五声や六声以上の歌以外の全てが四声です。KARIONがこれまで発表した曲の中に三声しか使われていない曲は存在しません。ですから実はKARIONは《4つの鐘》という名前の通り、最初からいづみ・みそら・らんこ・こかぜ、4人のユニットだったんです」
 

この“らんこ”問題について、レコード会社やプロダクションに問い合わせが殺到したものの、どちらも「テレビで放送した以上のことはお答えできません」と回答した。ネットではこの問題について論議される内に、古くからのファンから
 
「“蘭子”というのは、柊洋子のこと」
という情報が流される。実際初期のKARIONのライブにはいつも柊洋子が同行しており、和泉・美空・小風と一緒に4人でサインにも応じていたのである。昨年KARIONの“4等分サイン”がテレビの鑑定番組に出され、事務所が本物であることを認めたというのが話題になっていたが、その4人目が蘭子=柊洋子だった。
 
そして古いファンから柊洋子の写真が出されると、ネットは騒然とする。
 
「これローズ+リリーのケイじゃん」
という声に対して
 
「同一人物ではという噂はあった」
「同一人物だとみんな確信していた」
と古いファンの意見はあるものの、
「同一人物という噂はあったけど様々な状況から否定された。名古屋のKARIONライブが終わった1時間後に金沢のローズ+リリーの公演会場で目撃されたこともある」
という意見もある。
 
「名古屋から金沢までは直線距離でも150kmある。常識的に考えて移動不能」
「あれは多分推理小説的なトリックだと思う」
「きっとミサイルに詰めて撃ったんだよ」
「ケイならあり得るな」
 
「ミサイルってそんな距離飛ばせるんだっけ?」
「自衛隊は50kmくらいの射程のしか持ってないけど米軍のトマホークなら3000km飛ぶよ」
「加速度に耐えられるの?」
「ケイならきっと行ける」
 

そして結局1月の下旬にはネットの大勢は「たぶん蘭子=水沢歌月はローズ+リリーのケイと同一人物」という意見で固まった。特に大きな証拠とされたのが“名前の秘密”である。
 
「ね、偶然かも知れないけど、『柊』の字の右側が『冬』だから『柊洋子』という名前の中に『冬子』が隠れているよ」
 
「おぉ!!!!!!!」
 
「残りの『洋木』も『唐本』の変形かも。『洋』の字は『カラ』とも読む。『木』と『本』は棒が1本あるかないかの違い」
 
「きっとチンコ取ったから棒が無くなったんだよ」
「やはり、あれってKARIONデビュー前に手術して女になってるよな?」
 
「本人は否定してたみたいだけど、たぶん間違い無い。本来18歳未満は手術してもらえないのを闇の手術受けたんだろ」
 

「ちんちんも無くなって、すっかり女の子になっちゃったね」
と母は龍虎の身体を触りながら言った。
 
龍虎の入浴中に、いきなり母が入って来たのである。
 
「学生服を注文したみたいだけど、セーラー服も頼まなくていい?」
「セーラー服では通学しないよぉ」
 
「でもこの割れ目ちゃん上手に作ってある。こういう偽装の仕方は初めて見た」
「千里さんがしてくれたんだよ。これ自分ではできない」
「やはり女の子になりたいのね?」
「違うよー。おちんちんがあるように誤魔化すのにFTMの人が使う偽おちんちんを使ったから、それを取り付けるのに割れ目ちゃんが必要だったんだよ」
 
「じゃ学校には偽おちんちんつけて通うんだ?」
 
「ボク一昨年女性ホルモンを間違って渡されて、それ飲んでいた間は身長が伸びたのに、やめたら伸びが止まったんだよ。それで身長をもっと伸ばしたいから女性ホルモン飲んでた。でも152-153cmくらいまで行ったら、飲むのやめようと思っている。そしたらおっぱいも自然に小さくなって行くし、おちんちんもまた摘まめる程度までは戻ると思うんだよね」
 
「そういうことだったのか。それなら正直にお母ちゃんに言えば良かったのに」
「ごめーん」
「ちゃんと言ってくれたら、割れ目ちゃん作る手術受けさせてあげていたし」
「要らない!」
「割れ目ちゃん欲しいんでしょ?」
「別に欲しくないよー」
 

「でもあんたこんなにおっぱい大きくして学校の身体検査はどうしてんのよ?」
と母は龍虎の胸に触りながら言う。
 
「女子と一緒に受けてるよ。ボクの担任の先生、ボクのこと女の子と思い込んでいるんだもん。クラスの女子たちもボクが女子トイレ使うのも、体育を女子と一緒に受けているのも容認してくれているし、女子更衣室を使う所までは容認してくれている」
 
幸恵はしばらく考えていた。
 
「中学校の身体検査はどうするのよ?」
「それどうしようと思っている」
「女子で通した方が楽じゃない?女子として就学させて下さいって、私、学校に掛け合ってあげるよ」
「それは男子として通いたいんだよ。ボク男の子だもん」
 
龍虎が「自分は男の子」と言い切ったので、幸恵は「ふーん」と思った。
 
「だったら学校に身体検査は1人別にして欲しいと申し入れてあげようか?病気の後遺症でホルモン異常があって、バストが膨らんでいるからと言って」
「助かるかも!」
 

さて、青葉・朋子・千里・桃香の4人は1月5日夜の新幹線で高岡に移動した。
 
東京20:12(とき347)21:20越後湯沢21:30(はくたか26)23:38高岡
 
信子は翌日朝いちばんの新幹線で移動してきた。
 
東京7:00(とき303)8:11越後湯沢8:20(はくたか2)10:27高岡
 
信子のお母さんはこの連絡で出てきた。
 
長岡7:05-8;29直江津9:07(はくたか2)10:27高岡
 
直江津から高岡までは、はくたかの指定席に信子と並んで座り
 
「あんた本当にすっかり女の子になっちゃったね」
と言い、信子もちょっと涙腺が潤った。
 

千里が付き添い、信子母娘が病院を訪れ、診察を受ける。
 
「ほんとにあなた、11月中旬まで男の子だったの?」
と泌尿器科医の前川先生から言われた。
 
信子には男の子だったような痕跡が全く存在しないのである。どこをどう見ても女の子の身体であった。卵巣や子宮も普通に存在しているという話に信子は「やはり」と思ったが、母は超絶驚いていた。
 
MRIで検査しても完全に女性器が存在している。但し性染色体はXYであった。信子は精神科の鞠村医師から尋ねられた。
 
「あなた自身は男に戻りたいの?このまま女として生きたいの?」
 
信子は答えた。
 
「私は小さい頃から、女の子だったらよかったのにと思っていました。ですから今は天国の気分です。このまま女の子として生きて行きたいです」
 
彼女なりにこの1ヶ月半悩んだのだろうが、こういう結論に達したのだろう。
 
信子の母も、病気であれば仕方ないし、本人が女として生きていきたいというのであれば、それをできるだけ支援したいと、信子に理解を示してくれた。
 
「でしたら、半陰陽だが医学的な性別は女であるという診断書を書きますよ」
「お願いします」
 
そこで医師の診断書をもとに性別の訂正+名前の変更を家庭裁判所に申告することにし、その作業を弁護士に依頼することにした。
 

信子と母は高岡市内のホテルに1泊し、1月7日に東京・長岡に帰っていった。千里と桃香も10日(金)には千葉に戻った。
 
高岡8:44-10:54越後湯沢11:04-12:20東京12:36-13:13稲毛13:22-13:24西千葉
 
それで千里と桃香が取り敢えずアパートに戻ると、アパートの2階通路にドーンと大量の荷物が積み上げられており、そこに暖かそうなダウンコートを着て毛糸の帽子にマフラーをした女性が段ボール箱の上に座っている。
 
「これは・・・・」
と桃香が戸惑うように声をあげる。
 
「暢子、今日着いたんだ!」
と千里が笑顔で言う。
 
「私自身は、はまなすと新幹線を乗り継いで11時前にここに着いた。荷物は1時頃受け取った」
と暢子は言っている。
 
札幌22:00-5:39青森5:43-5:48新青森6:17-9:23東京9:43-10:19稲毛10:32-10:34西千葉
 
「わあ。だいぶ待たせたね」
「いや万が一にも私が着く前に荷物が着たら受け取れないから余裕を持ってたんだよ」
「なるほどー」
 
「えっと・・・。千里、この人はどなた?」
と桃香が尋ねる。
 
「高校時代の友だちなんだよ。アパートが見つかるまで泊めてあげることにしたから」
と千里は頭を掻きながら答えた。
 
千里もまさか暢子がこんなに大量に荷物を持ってくるとは思いも寄らなかった!
 
「あ、よろしくお願いします。若生暢子です。性別自己認識は女性、肉体的な性別は女性、戸籍上も女性で、恋愛対象は男性ですから、夜中に襲ったりすることはないと思いますので、よろしくお願いします」
と暢子。
 
「うーん。。。私もよくガールフレンド連れ込んでるから、文句言えん」
と桃香は言った。
 

「ところで千里、頼みがある」
と暢子は言った。
 
「なあに?」
「トイレ貸してくれ」
「それは早く使って!」
 
暢子は賢明にもドアの前には荷物が置かれないようにしていたので、簡単にドアを開けることができて、暢子はとりあえずトイレに駆け込んだ。
 
その後、荷物を中に運び込んだが、桃香が
「これは男手で無いと無理かも」
と言ったのに対して、千里と暢子が
「大丈夫、大丈夫」
と言って重たそうなスティールラックとかも2人で持って搬入したので、桃香は驚いていた。
 
結局2時間ほどで荷物を運び入れ、そのあと3人でファミレスに行った。
 
「でも4畳半の部屋が荷物で埋まったな」
と桃香。
「だったら6畳の方に布団3つ敷く?」
と暢子。
 
「でも桃香は真利奈ちゃん所で寝るよね?」
と千里。
「まあその方が多い」
「私も某所で寝ることが多い」
「なるほど」
 
「だから、暢子、6畳の部屋のど真ん中に寝てていいよ」
「ほほお。では遠慮無く」
 
「千里が最近泊まっている所って彼氏の所?」
と桃香が訊く。
 
「私はもう1年半以上セックスしてないけど」
と千里が言うが
 
「それ絶対嘘だ」
と桃香は言った。暢子も腕を組んでいた。
 

夕飯は千里も桃香も“都合があるので”と言って離脱していったので暢子は取り敢えずスーパーでお総菜を買ってきて、のんびりと夕食を取り、6畳の真ん中に布団(自分の荷物からは出て来ないので千里のを借りる)を敷いてぐっすりと眠った。
 
桃香はこの日は実は季里子の家に行っていた。季里子の両親が熱海まで1泊旅行に行っているので、その隙に堂々と泊まり込み、季里子の子供・来紗ちゃんとも遊んでいた。実を言うと、桃香はここ1年ほど月1回くらい季里子と会っていた。但し季里子が妊娠・出産としていたのでセックスは自粛してしていない。
 
「この子にあんたのパパは桃香だって教え込んじゃおうかな」
「歓迎、歓迎。自分の子供と思って可愛がるよ」
 
と言って桃香は来紗ちゃんの頭を撫でていたが、ふと気付いたように言った。
 
「養育費、取り敢えず月1万でもいい?」
 
「就職するまではそれでいいよ」
と季里子。
「済まん!」
と桃香。
 
「でもその指輪、つけててくれているのね?」
と季里子は桃香の右手薬指の指輪を見て言った。
 
「あ、えっと・・・」
 
「私、もらったルビーの指輪、こないだつけてみようとしたけど、妊娠出産したせいか入らないんだよ」
 
「じゃ、今妊娠中の子供が産まれて少し落ち着いた所で指輪調整しない?」
「それもいいね。じゃ桃香に返した結婚指輪も一緒に調整で」
 
「そうだね」
と言いながら桃香は焦っていた。その返してもらった指輪は融かして千里への指輪に再利用してしまったのである。
 
同じデザインの指輪をもう一度、作らなきゃ!
 

季里子は2012年6月に桃香と別れさせられた後、お見合いをして9月に結婚。すぐに人工授精して妊娠。2013年6月に来紗を産んだ。更に昨年11月に2度目の人工授精をして現在妊娠中である。しかし彼とは妊娠成功が確定した所で円満離婚してしまった。
 
結局彼は季里子が男性とのセックスを好まないことから、
「だったら僕の種だけ使うといいよ」
 
と言って、季里子とは1度もセックスしなかったのである。初期の頃何度か同衾はしたが、キスはしたものの季里子の身体には手を付けなかった。正確には乳首は舐めてあげたものの、性器には触らなかったし、季里子が男性そのものに嫌悪感を持っていることに配慮し、彼女の前では自慰もしなかったし、男性器も見せなかった。
 
なお、子供の養育費については、彼はちゃんと毎月送金すると言ったのだが、季里子が断った。
 
「これはAID(非配偶者間人工授精)みたいなものだから、夏樹君には責任は無いよ。お父ちゃんが未婚のまま子供産むこと許してくれなかったし、病院も未婚のままでは人工授精してくれないから便宜上結婚したようなものだもん。将来夏樹君が結婚する時に離婚歴があるの?と言われたら、ただの契約結婚だっことを私が証言する」
 
「うん。いいけど、ボクは季里子ちゃんのことが好きだよ」
と言って彼は季里子にキスをした。
 
「ありがとう。私も夏樹君がもし女の子だったら好きになっていたかも」
 
それでふたりは笑顔で手を振って離婚したのである。なお、出産までの病院代や出産費用は自分が出させてくれと夏樹が言ったので、季里子もそれは言葉に甘えることにした。
 

一方千里のほうは10日夕方、新横浜駅で大阪から新幹線で移動してきた貴司を迎えた。その日はそのままホテルアソシアで一緒に泊まり、11日は一緒にオールジャパンの準決勝を観戦した。
 
「ジョイフルゴールドは凄いな。社会人から準決勝まで上がってくるなんて」
「だてに日本代表を2人も出してないよ」
「高梁さんは多分今日本のバスケット女子でいちばんの実力者では?」
「かもね。今はアメリカの大学に在学中だけど、大学を出たらWNBAにという話になるだろうね」
「その場合、こちらとはどうするんだろう?」
「たぶん兼任。日本の試合はオールジャパンだけに出る」
「それも凄いな」
 
今年はジョイフルゴールドは実力のサンドベージュとの激しい戦いの末、僅差で破れた。
 

千里と貴司はその日も新横浜のホテルアソシアに泊まったが、千里は貴司が寝ている最中の深夜1:00、《すーちゃん》と入れ替わりでスペインに行き、今年最初の試合(日本時間の1/12 2:00-4:00)に出場した。終わった後は日本に戻り、ホテルの部屋のシャワーで汗を流し、裸のままベッドの中に潜り込み、貴司のそばで寝たので、朝起きた時、貴司がびっくりしていた。
 
「何で裸なの?やっちゃいたくなっちゃう」
と貴司は戸惑いながら言う。
 
「30秒間だけ私の身体を自由にしていいよ」
「自由にしてもいいならセックスしてもいい?」
「30秒以内に出して抜く自信があったら」
「挑戦してみようかな」
「挑戦して30秒で終わらなかったら、おちんちん切断ね」
「やめて〜」
 
貴司はまだちんちんは無くしたくないということで、挑戦を断念したものの30秒間クンニをしてくれた。千里は久しぶりの快感に脳逝きしてしまった。凄く気持ち良かったので、貴司も手で逝かせてあげた。
 

12日はお昼頃まで部屋の中でイチャイチャし続けた。その後、一緒にお昼を食べてから代々木に移動し、オールジャパンの女子決勝戦を見た。
 
その後はふたりでインプレッサに乗って常総ラボに移動した。
 
「今日は誰も来てないみたいね」
などと言いながらふたりで夜遅くまで練習した。
 
「貴司なまってる」
「ごめーん。年末年始全然練習できなかったから」
「就職活動で?」
「**と**を訪問してみたんだけどいい返事もらえなかった」
「**は****を取ることになっているんだよ。だからスモール・フォワードは要らない」
「そうだったのか!」
「貴司、情報網が弱すぎる」
「うむむむ」
「貴司、来週くらいに**に行ってみない?」
「**?でもあそこは***さんがいるし」
「引退するみたいだよ」
「マジ?」
 
それで貴司は行ってみようと思ったのだが、またまた海外出張が入ってしまい、貴司は訪問することができなかった。その間にユニバーシアード日本代表経験もある選手の入団が決まり、貴司はそこにも入ることができなかった。
 

千里と貴司は1月12日はそのまま常総ラボに泊まり、13日はお昼くらいに常総を出て代々木に行ってオールジャパンの男子決勝戦を見た。
 
その後、都内のレストランで夕食を一緒に取ったのだが、その時、貴司に電話があった。千里に聞かれたくないようで、貴司はレストランの外で相手と話していたようであった。電話の後貴司は少し考え込んでいたようだった。千里は敢えて内容は尋ねなかった。
 
夕食後は一緒にインプレッサに乗って、大阪に向かった。貴司は明日は会社があるのだが、朝までに大阪に到着すればよい。
 
「さっきの電話だけどさ」
と貴司は千里のインプレッサを自ら運転しながら話し始めた。
 
「無理に私は聞かないけど」
と千里。
 
「阿倍子は今回の人工授精でも着床しなかったよ」
「でも人工授精で成功する確率は低かったんでしょ?」
「うん。だから僕も阿倍子もここまでは想定範囲と思っている」
「じゃ次回からは体外受精?」
「そうしようと医者とは話した」
「ああ、さっきの電話はお医者さんと話したんだ?」
 
「うん。でも体外受精でもうまく行かない気がしている」
「ふーん。でも京平の身体を作ってもらわないと困るんだけど」
 
「医者と話したんだけどさ、もし僕と阿倍子の生殖細胞で受精卵が育たなかった場合、生殖細胞を借りることも検討しようと言った」
 
「借りる?」
「医者は阿倍子の卵子がほんとうに弱いのを懸念している。それと僕の精子もあまり活動性がよくないし、僕の男性ホルモン濃度も普通の男より低いらしい」
 
それは1年間睾丸の無い状態だった後遺症かも知れないなと千里は思った。たぶん最近浮気してないのも、そのせいかも知れない。
 
「だったら、阿倍子さんの姉妹か誰かの卵子を使うの?」
「あの子は姉妹とか従姉妹とか居ないんだよ」
「ふーん。そういえばそもそも親戚が少ないって言ってたね」
 
「阿倍子のお母さんの卵子も使ってみようと言っている」
「何歳だっけ?」
「確か65歳か66歳か」
「無理でしょ?」
「だと思う。あと僕の従兄の精子を使ってみる手もあるかと思っている」
「ふーん・・・」
 
千里は京平の身体を作るのに卵子はどうでもいいが、精子は貴司のでなかったら嫌だなと思った。
 
いっそ私の精子を使っちゃおうかな!?
 
ふたりはあちこちのPAで休みながら明け方大阪に到着した。貴司を会社のそばで下ろし、千里は途中のPAで夕方くらいまで眠った後、スペインに行って練習をし、その後、15日の朝こちらに戻って、インプレッサを運転して東京に帰還した。
 

暢子の方は11日にバイトを紹介する会社に行き、
 
「平日に働いて土日は休みたいんです。身体は丈夫だから深夜労働は平気です」
と言って、都内のソフトウェア制作会社の事務の仕事を紹介してもらった。
 
「ああ。バスケット選手なんですか?」
「ええ。それで土日に試合があるんで、土日は休みたいんですよ」
「そういうことでしたか」
「平日は木曜日以外は残業、深夜作業OKですから」
「木曜日は何か?」
「夕方からチーム練習があるんです」
「なるほどー」
 
「簿記は分かりますか?」
「一応日商簿記の2級を持ってます」
「それは心強い。英語は?」
「一応STEPの準一級を取りました」
「凄いじゃないですか。エクセルとかワードはできますか?」
「できます」
 
「ちなみにプログラム経験は?」
「センス無いと言われました」
「あはは。いいですよ」
 
(実際には暢子は結構PHPやPerlを書くものの、プログラムができるなんて言ったらソフト制作部門に投入されるのが目に見えているのでできないことにした)
 
それで月曜から金曜まで週5日勤務、9時から5時まで、基本は残業無しだが忙しい時は頼むかも知れないものの、木曜日はできるだけ避けるという口約束で話を決めた。仮採用3ヶ月で問題無ければ本採用に移行する。給料は試用期間中は月16万である。
 

それで暢子は仕事先も決まったことで気を良くして、夕食にファミレスに行った。ウェイトレスさんに案内されて空いている席に行こうとしていた所で、途中のテーブルに森田雪子がいるのに気付く。
 
「あれ、雪子じゃん」
「暢子先輩!」
 
結局、雪子のテーブルに同席することにする。
 
「雪子、今どこにいるんだっけ?」
「千葉市内のローキューツという所に入っていたんですけど、この秋に辞めたんですよ」
「へー。辞めて来期からはWリーグ?大学も卒業するし」
「Wリーグなんて無理ですよ〜」
「そんなことはない。雪子なら、欲しいというプロチームや実業団チームはたくさんあるぞ」
 
「たくさんもないですよ〜」
 
「でもそれならバスケの練習はどうしてるの?」
「今は毎日ランニングしたり、ひとりで公園でドリブルの練習したりで」
「練習相手は居ないの?」
「はい」
 
「雪子のレベルだと、その辺の趣味のチームとかでは、練習相手にならんしなあ」
と言ってから暢子は言った。
 
「じゃ、うちのチームに入らない?今ならピート・マラビッチの背番号7がまだ空いてるぞ」
 
「わぁ!ピート・マラビッチは私にとって神様です!」
と雪子は笑顔で言った。
 

それで暢子は1月16日(木)の練習に雪子を連れて行き
「おお、ポイントガードが確保出来た!」
と歓迎された。
 
更にその日は秋葉夕子が、江戸娘OGの神田リリムと上野万智子、麻依子がローキューツOGの後藤真知と真田雪枝、更に竹宮星乃が実業団を退団したという中折渚紗を連れてきていた。
 
それで40 minutesのメンバーは12人になったのである。
 

ところでこの16日の練習なのだが、千里は夕方練習に行こうとしていて、スペイン・グラナダにいる《すーちゃん》から緊急連絡を受けた。
 
「千里、球団事務所から少し話をしたいといってきてるんだけど」
「分かった。交替しよう。じゃすーちゃん、私の代わりに40 minutesの練習に出て」
「え〜〜〜!?」
 
ともかくも《きーちゃん》に2人の位置を交換してもらう。それで千里はアパートを出て自転車で球団本部まで行った。
 
「ブエノス・ディアス」
と言って事務所に入っていく。すると球団代表が出てくるので驚く。
 
「ブエノス・ディアス、セニョリータ・ムラヤマ、君の身分なんだけど、良かったら4月から正式にうちのチームの所属になってもらえないかと思って」
 
「はい?」
 
「日本バスケット協会のほうと話したんだけど、向こうとしては予算が限られているので、ムラヤマさんの強化派遣は3月いっぱいで打ち切りたいというんだよね。だったら、そのままこちらの所属に変更してもらえないかと」
 
「分かりました。それって、日本のチームと兼任でも構わないんですか?」
「その点、日本協会とも話したけど、向こうとしては二重在籍自体は問題無いらしい。ただ、こちらとしては、うちの試合の日と前日の練習に必ずこちらに出て欲しい」
 
「分かりました。もしかしたら兼任になるかもしれませんが、その場合は、レオパルダ優先でいきます」
 
「では契約しましょう。年俸は1年目だし3万ユーロ(約400万円)でどう?」
「そんなに頂けるなら嬉しいです」
「ではそれで」
 
そういう訳で千里はレオパルダの正式な選手になったのである。背番号は現在の33をそのまま使用することになった。
 

さて、千里と入れ替わりで日本に来て、40 minutesの練習に参加することになってしまった《すーちゃん》だが、年内の千里のプレイを見ているメンバーからは
 
「今日は少し調子悪いみたいだね」
と言われる。
 
U20の時以来、3年ぶりとなった渚紗が
「千里、マッチアップしてよ」
というので、やったのだが、《すーちゃん》は彼女に半分くらいしか勝てなかったし、スリー対決では渚紗が勝つ。すると渚紗は
「ちょっとがっかりした」
と言った。
 
その対決を見ていた麻依子が言った。
 
「やはり病み上がりではあまりパワーが出ないね」
「ああ、病気してたの?」
「インフルエンザで1週間寝ていて、昨日やっと完治証明もらったらしいよ」
「そういうことだったのか」
と渚紗は納得していた。
 
「うん。今日は私も不本意だった。来週またやろうよ」
と《すーちゃん》は冷や汗を掻きながら答えた。
 
しかし麻依子は後で小声で言った。
「すーちゃん、凄くレベルアップしてる。渚紗と互角じゃん。何なら、千里と別名で40 minutesに参加しない?」
 
《すーちゃん》はバレてる〜!と焦るものの
「それだと千里の代役ができないし、私、国籍曖昧だし」
と言っておいた。
 
(すーちゃんは元々バスケットでインターハイに出た経験もあったのだが、玲央美の練習パートナーを務めている内にかなりレベルアップしていた。但しこの頃はまだバスケの実力が結構あることが千里にはバレていない)
 
「ちなみに女の子だよね?」
「女ですー」
「女だったら問題無い。どこ生まれ?」
「生まれたのはインドネシアかな」
「へー!でも日本は長いんでしょ?」
 
「うん。徳川吉宗公の時にジャガタラの貿易商人と一緒に出島に来て、宿主が急死した後、江戸から出島に勉強に来ていた医者に拾われて。そのまま日本に居座ってしまったから250年くらいかなあ」
 
「金さん・銀さんより前から日本に居るのなら、充分日本人だよ」
「あはは」
 

淑子はその日、お店で成美の中学の制服を受け取ってきた。成美が帰宅してからさっそく試着させてみる。
 
「かわいい〜」
と(妹になる予定だが、現在はまだ)弟の宏佳が声をあげた。
 
「凄く嬉しい」
と本人も言っている。
 
「じゃ春からは立派な女子中学生だね」
と淑子は笑顔で言った。
 
「私も女子中学生になれるかなあ」
と宏佳が言うので
 
「おちんちん取ったらね」
と淑子は言った。
「12歳にならないと、その手術ができないのよね」
「待ち遠しいなあ」
 

龍虎はその日、彩佳・桐絵と一緒に制服を受け取りに行った。
 
「はい。南川さん、入野さん、田代さんね。あら?田代さんのこれ男子制服じゃん。ごめん。何か手違いがあったみたい」
とお店の人が焦っている。
 
「いえ。田代は男子ですから、それで間違いありません」
と彩佳は言ったが
「もしかして応援団か何かに入るのに男子制服が要るの?」
「龍の応援団は無理がありすぎるな」
と桐絵は言った。
 
それでお店の人が首をひねっている中、代金を払って持ち帰り、取り敢えず彩佳の家に3人で入った。試着してからお互いに写真を撮り合う。
 
「龍、私の制服もちょっと試着してみない?」
と彩佳は言った。
 
「え!?」
 
「私も龍の女子制服姿、見たい」
と桐絵も言った。
 
それで龍虎は男子制服を脱いで、彩佳の女子制服を身につけた。
 

「かわいい〜!」
と桐絵が声をあげ、写真を撮る。桐絵と並んだ所も彩佳が撮影した。更に桐絵の制服を彩佳が着て、彩佳と並んだ所も桐絵が撮影した。
 
「ねぇ、今からでも頼めばギリギリ入学式には間に合うよ。龍、女子制服作らない?」
と桐絵が言うと、龍虎は本当に迷うような顔をして
 
「どうしよう?」
と言った。
 
「龍、取り敢えずブラウスは何枚か買ったら?」
と彩佳が言うと
「それは買っちゃうつもり」
と龍虎も言った。
 
「だいたい、ワイシャツだと胸が入らなかったし」
「そうなんだよね。全然ボタンがとめられなかった」
 
ワイシャツのサイズは首回りと裄丈で選ぶ。それでバストが大きい龍虎にはそれで選んだサイズのワイシャツが全然入らなかったのである。それで学生服を着た時は、胸付近のボタンが留まらないのを放置した。女子制服を着る時には彩佳のブラウスを借りた。
 

「龍はブラウスの上に学生服着ればいいよ」
「そうしようと思う」
 
「ついでにリボンも買うといいね」
と桐絵。
 
「・・・欲しいかも」
「だったら私が予備と称して買ってあげるから、お金だけ出して」
と彩佳が言うと
「うん」
と龍虎は答えた。
 
「ついでに制服スカートも」
「・・・悩む」
 
と龍虎が言っているので、彩佳と桐絵は顔を見合わせて笑った。
 

2014年1月19日(日).
 
横浜エリーナで、第1回ドラゴンジュニアバレエフェスティバルが開かれた。
 
龍虎たちのバレエ教室では『くるみ割り人形』を15分間で演じる。発表会の時に休んだ和絵と花丸君も来ており、ちゃんとクララ・金平糖とくるみ割り人形を演じるはずである。龍虎は中国の踊りの出演だが、ちゃんとスカートタイプの衣裳を着けている!するとその中国の衣裳を着けた龍虎を見て、別のバレエ教室の先生が龍虎に言った。
 
「あら、あなた12月の教室発表会では金平糖を踊らなかった?」
 
「発表会見てくださったんですか?ありがとうございます。あれはうちのプリマが怪我して休んじゃって、ピンチヒッターだったんです」
 
「へー!でも凄く上手いと思った」
「ありがとうございます」
 
「でもそれでトウシューズじゃなかったのね?」
「ええ。うちは小学生はトウシューズ禁止なので」
 
「そのポリシーいいよね。うちも本当は中学生以上にしたいんだけど、保護者から早くトウシューズ履かせてといわれて5年生以上にしてるのよね」
「へー。でももっと小さい内から使っている所もありますよね?」
「そうなのよね〜。まだ成長段階の足にはよくないと思うんだけど」
 
「今何年生?」
と龍虎は訊かれる。
 
「小学6年です」
「あらだったら来年になったらトウシューズが履けるじゃん」
「そうですね」
 
と言いながら、龍虎は男の子もトウシューズ履くのかなあ、などと思っている。
 
「あなたがトウシューズ履いて踊った金平糖とか黒鳥とかが見たいなあ」
「あはは。でもうまい人は他にたくさんいるから」
と龍虎は言っておいた。
 

この日は教室の生徒が(群舞の子で数人欠席したのを除くと)全員ちゃんと来ていたので、ハプニング無く行くかなと思っていたのだが、フランスの踊りを踊る予定の芳絵(発表会ではフランスの踊りに加えてクララを踊った)が、会場に来てから足をひねってしまった。
 
「無理しない方がいい」
「うん。誰かフランス踊れる人?」
「私は踊れるけど時間的に無理ですよね?」
と金平糖役の和絵。
 
「フランスの次が金平糖だもんね!」
「龍ちゃん、やってくれない?」
と和絵が言った。
 
「中国だとロシアをはさんでフランスか」
「だからそのロシアの間に着換えれば」
「2分で着換えるんですか?」
「順序を変えよう。スペインの後、先に中国をやってからアラビア」
「それなら4分あるね」
「4分なら着換えられるよね?」
「はい」
「じゃ音楽の順序編集します」
「よろしく」
 
それで急遽龍虎はフランスの踊りを踊ることになったのだが、後から考えると順序を入れ替えるなら、和絵が踊っても良かった!!
 

ともかくもそういう訳でこの日龍虎は中国の踊りでスカートの衣裳を着て鈴菜の左側で踊った上で、急いでフランスの踊りのクラシックチュチュ型衣裳に着換え、井村君とペアを組んで踊った。蓮花は佐藤君とのペアである。
 
トウシューズを使わないのだが、その分井村君も女子側を支える所がほぼ形だけで済んで楽だったようである。
 
ちなみに井村君は昨年のスペインでも一緒だったが、その時は龍虎と井村君のペアではなく、龍虎と唯花、井村君と妃呂のペアであった。龍虎は夏休みには蓮花の代役で佐藤君と組んで踊っていたのだが、この日は急造ペアでも全く問題は起きなかった。龍虎をリフトする所も上手くいった。
 
「いや、どうなることかと思ったけど、田代は上手いし軽いし、女の子と全然変わらないから踊りやすかったよ」
と井村君は言っていた。
 
「まあ田代は感触も女の子だし」
と佐藤君が言っている。
 
「思った!だから最初触った時、ドキッとしちゃった」
と井村君。
 
「彼女にしたくならない?」
と佐藤君。
 
「いや、そういう道には踏み込みたくない」
「性転換手術も済んでいるという話だから女の子と何も変わらないよ」
「そんなのしてないよぉ!」
 
 
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【娘たちの衣裳準備】(3)