【娘たちの世界挑戦】(3)

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オーストラリアとは予選リーグでも当たったが、あの時は向こうは負けたい事情があった。それで日本が4点差で勝ったのだが、今回は銅メダルが懸かった戦いである。向こうはマジ100%で来るだろう。しかも1度対戦してこちらの手の内もかなり把握している。
 
実際スターターはこのようであった。
 
8.スミス/7.ハモンド/6.ブラウン/5.サンディー/4.マーティン
 
向こうのベストメンバーであろう。
 
ハモンドはU19の時に大会ベスト5のシューターに選ばれている。千里の方が遙かに多くのスリーを放り込んでいたのにハモンドがベスト5に選ばれたのはオーストラリアは3位で日本は7位だったからであろう。さすがに7位のチームからベスト5を選ぶことはあり得ない。
 
日本はこういうメンツで始める。
 
11.早苗/7.千里/6.玲央美/12.江美子/10.サクラ
 

前回日本がけっこうやることを認識したろうから、今日の試合は最初から猛攻を掛けてくるだろうと踏み、冷静さを失いにくいメンバーを入れた。
 
案の定向こうは無茶苦茶気合いが入っていたが、日本は無理せずマイペースで攻撃チャンスには慎重にせめて、千里・玲央美が遠距離から得点する方式で行く。
 
すると向こうが2点ずつ取るのにこちらは平均2.5点くらいずつ取るので、勢いとしてはオーストラリアがまさっているのに、点数としては均衡して進む。結局第1ピリオドは18-19と、日本が1点リードする形で終わった。
 
千里はこの試合ではひたすらハモンドとマッチアップした。予選リーグの時はハモンドはオーストラリアの戦力調整作戦もあって、あまり長時間プレイしなかったので、あの試合ではハモンドのスリーは5本に留まっている。だが、今回は向こうもたくさんスリーを入れてやるぞ、という雰囲気で出てきていた。
 
しかし千里は彼女に全くスリーを撃たせなかった。そもそもボールを持ちにくいようにパス筋を塞ぐ。ボールを持っていても近接ガードして撃ちにくくする。ハモンドは身長が173cm, 千里が168cmで5cmの差であるが、千里の跳躍力が大きいので、彼女の精度の高い低い弾道のシュートは全てブロックしてしまった。
 
このあたり、実は前回は、千里も予選リーグだしと思って少し手を抜いていた所もある。それでハモンドは自分がそんなに封じられるとは思っていなかったので半ば戸惑っていた。
 
ジャンプシュートや高い軌道のシュートなら千里のブロックをかいくぐれるのだが、どうしても精度が落ちる。実際ハモンドは千里とマッチアップしている間、どうしてもスリーを入れることができなかった。オーストラリアチームとしても、ハモンドが千里に封じられているので、彼女を使わずに他の選手で点を取りに来る。
 
それで結局ハモンドは第1ピリオドは半分まで行った所で下げられてしまった。この試合でハモンドは1本だけスリーを入れたが、千里がベンチに下がっている間であった。
 

千里がハモンドを抑えている間に、玲央美は向こうのスモールフォワード・ブラウンを抑えていた。実は予選リーグでのオーストラリアを観察していてブラウンが様々な攻撃の起点になっていることに玲央美は気付いていたのである。
 
前回対戦した時、ブラウンもハモンド同様そう長い時間プレイした訳ではなかったものの、玲央美はしっかり彼女の動きを見ていた。
 
そしてこの試合ではその動きを読んで抑えに掛かったのである。
 
ブラウンも進攻しようとすると前に玲央美がいるし、パスしようとするとそのパス筋を塞がれるので、最初戸惑うというより驚いていたようである。それでもレベルの高い彼女なので、何とか玲央美を抜いたり、離れたりしようとする。しかしバックステップやサイドステップが巧い玲央美を抜くのは至難の技である。しかも抜いたはずが、また前に回り込まれているという、玲央美の“分身の術”に「What!?」とか「Kidding!」とか、ついには「Ninja!?」とか叫んでいて、玲央美が忍術でも使っているように見えたようである。
 
ブラウンはハーフタイムにビデオを再生してもらって玲央美の“分身の術”のタネが分かったようだが、それでも短時間にこの“術”を破るのは難しい。実際、破る方法が分からなかったであろう。
 
そういう訳でブラウンが封じられたことで、オーストラリアの得点力は大幅にダウンしてしまったのである。
 

第2ピリオド、向こうは積極的にコンビネーションプレイを仕掛けてきた。第1ピリオドが個人技の勝負で来て必ずしも得点に結びつかなかったので、戦術を変えてきたのである。
 
ところがそういう戦い方はむしろ日本が得意とする所である。
 
スクリーンに対しては、基本的に「スイッチしない」方式で対処するが、千里と江美子、玲央美とサクラのように、スイッチしても“ミスマッチ”が発生しない組合せでは一時的にスイッチして、相手にフリーな時間を作らせないようにする場合もある。これは相手に「どちらもあるぞ」と認識させて相手を牽制する効果が大きい。
 
また相手がこちらをトラップに掛けようと仕掛けて来た場合、それを逆用して相手をこちらのトラップに誘い込んでしまう。この手の駆け引きは日本国内の試合ではよくあるのだが、個人技中心の欧米の選手は必ずしも慣れていない部分も多く、オーストラリアはきれいにやられてしまった。
 
それで第2ピリオドは17-21と日本が4点もリードする展開となった。
 
前半合計で35-40と5点差である。
 

ハーフタイムの間には地元の女子高生たちのチアリーディングが披露されていた。かなりアクロバティックなものもあり、満員に近いStaples Center Arenaの客席から大きな歓声があがっていた。
 
パフォーマンスが終わり、控室に戻っていた両チームの選手がフロアに戻る。
 
千里はその時、アリーナ席の日本人応援団が陣取っている席の所に、少し青い顔をした女子高生っぽい子とそのお母さんのような感じの人がいるのに気付いた。よく見ると近くに折り畳みの車椅子が置かれている。病気か怪我してるのかな?と思い、千里が彼女に握手しようと手を出すと、驚いたようにして手を握って、笑顔になった。その握力が弱いので、ああやはり病気か何かかなと思った。
 

第3ピリオド、オーストラリアはゲームを丁寧に進める戦術で来た。
 
できるだけ近くまで寄って、確実性の高いシュートを撃つ。このピリオドではハモンドもブラウンも下げられていた。出しても千里や玲央美に封じられるとみられたようである。それでこのピリオドではGFのトロが攻撃の起点を務めていた。
 
しかしそういう丁寧な攻めというのは、元々日本が最初からやっていたものである。またトロの攻撃の組み立て方はブラウンに比べて凡庸で、すぐ見抜くことができた。オーストラリアはなかなかリードを奪えない。
 
結局このピリオドは19-19の同点で終わる。ここまで54-59と5点差のままである。
 

最後のインターバル、日本では篠原監督が選手全員に目を瞑らせ、穏やかな声で語った。
 
「君たちは強い。君たちは勝てる。自分たちの力を信じて、結果は考えずに持てる力を全部出し切りなさい」
 
一方、オーストラリアでは監督と選手たちが激論していたようで、大きな声が響いてきていた。
 
フロアに出てきた時、オーストラリア側の選手たちが怒りにも似た表情であったのが、日本側はみな穏やかな表情であった。
 
ハモンドも出てきて千里とマッチアップする。しかし彼女はどうしても千里に勝てない。どんなに複雑なフェイントを入れても千里は引っかからない。一瞬反対側に動いても、すぐに反射神経でカバーしてしまう。ボールをスティールされたり、あるいは弾かれたりしてターンオーバーになってしまう。
 
ブラウンも出てきているが、どうしても玲央美に勝てない。彼女もたくさんスティールされてしまう。
 
オーストラリアは激しい攻撃を仕掛けてくるのだが、日本側の落ち着いた対応にやられて、得点に結びつかない。むしろオーストラリア側のファウルが取られる。途中でチーズマンや副主将のサンディーまで5ファウルで退場になってしまう。チームファウルがかさむので、日本はこのピリオドの後半、向こうのディフェンス・ファウルの度にフリースローを得て、それでまた得点を重ねていく。王子はどうしても狙われるのだが、このピリオドで王子は4回もフリースローを得て、8本のシュートの内5本も成功させて喜んでいた。
 
試合終了。
 
最後にボールを持っていたブラウンがかなりの距離からゴールに向けてボールを投げ、これが偶然にも入ってしまって、大観衆のどよめきが起きたが、それでもオーストラリアのこのピリオドの得点は20点。一方日本は22点をもぎとっていた。
 

「83 to 74, Japan won」
と主審が告げた。
 
AUS 18 17 19 20 | 74
JPN 19 21 19 22 | 81
 
点数の経過を見ると、どのピリオドも僅差であり、オーストラリアは負けた気がせず、どうにもフラストレーションの残る試合だったかも知れない。
 
それでも両軍の選手が握手したりハグしたりする。千里はハモンドと握手したが、彼女は言った。
 
「I lost today. But next time, I will win」
 
オーストラリア英語はアメリカ英語で"ei"と発音する所を多く"ai"と発音するので、彼女の最初のことばは千里には一瞬"I lost to die"と聞こえ、敗戦のショックで自殺するつもりか!?と驚いたが、オーストラリア英語であることにすぐ気付いた。
 
「Let's play at London」
と千里は彼女に言った。それで再度握手した。
 
こうして日本は今回で最後となるU21世界選手権で、銅メダルを獲得するという大健闘をしたのである。日本女子が世界大会でメダルを獲得したのは1995年のユニバーシアードでの銅メダル以来16年ぶりである。
 

試合が終わった後、ロビーで応援団やサポートチームの人たちと交歓する。千里や玲央美はサインを求められて何枚も書いた。王子もサインを求められ慌てていた。結局普通に《たかはし・きみこ》とひらがなで書いていた。漢字で書くよりは、少しはまともな字かもと彼女は言っていた。
 
千里はふと、ハーフタイムから戻る時に握手した少女が車椅子に乗って、こちらをじっと見ているのに気付く。サポートチームの人に
 
「色紙1枚もらえませんか?それとシャーピー貸してください」
と言って受け取ると、彼女にサインを書いて渡した。彼女は驚いた表情であったが、すぐに笑顔になった。
 
「早く元気になってくださいね」
とこちらも笑顔で言う。
 
「はい!ありがとうございます」
と彼女も笑顔で答えた。
 
その時、千里は彼女が“男性の波動”を持っていることに気付いた。
 
男の娘だったのか!
 
しかし声は普通に女の子の声である。きっと小学5〜6年生頃から女性ホルモンを飲んで声変わりを防止していたのだろう。
 
でも性転換手術でもした直後だったりしてね、などと思ったが正解だった!
 

19時から行われた決勝戦は88-64でアメリカが勝った。
 
これでアメリカはU21世界大会を3連覇(完全制覇)である。
 
フィオリーナはこの試合でスリーを10本も入れた。8日間の大会の中でこの日だけフィオリーナのスリーの数が千里を上回った(今日の千里の3Pは8本)。それでも総計では千里に及ばない。
 
3ポイント最終成績。
日本・村山 68本
アメリカ・フィオリーナ 61本
スペイン・フェルナンデス 30本
オーストラリア・ハモンド 29本
 
最終戦でハモンドは千里に完全に抑えられてしまったので、フェルナンデスに抜かれてしまう結果となった(今大会では日本とスペインの試合は無かった)。
 

決勝戦を観戦している間に、在ロサンゼルス日本総領事さんが来てくれて、日本選手団を祝福してくれた。
 
「いつ帰国なさいますか?」
「明日13時の便です」
「ああ!では大使は間に合わないか!」
「すみませーん!」
 
ワシントンD.C.からロサンゼルスまでは飛行機で6時間ほど掛かるので、朝一番の飛行機に乗っても日本選手団がロサンゼルスを離れるのに間に合わないのである。
 
「メンバーの中に15日からチリで開かれる別の大会に続けて参加する者がいるもので」
「忙しいですね!」
 

21時から閉会式が行われる。
 
現地の女子大生たちによるパフォーマンスが行われる。開会式の時はアヴリル・ラヴィーンだったが、今日はアメリカが産んだ偉大な作曲家ガーシュウィンの『サマータイム』に乗せて、美しいマスゲームが披露された。
 
見ていた千里たちもその華麗なパフォーマンスにしばし酔った。
 
「そういえば開会式の時のパフォーマンスでは男の娘が混じっていたって言ってたね」
と彰恵が言うと、近くに居たアメリカのフィオリーナが
「今日のパフォーマンスでも混じっているよ。私の知っている範囲であの中に3人男の娘(trannie girls)がいる」
と言った。
 
「アメリカは多分日本以上にそういう子たちがいそう」
と江美子。
「アメリカ人はわりと自分の身体を加工することに抵抗ない人が多いから、簡単に手術してしまうかもね」
と斉江が言った。
 
「手術してくれる病院も多いんでしょう?」
「たぶん日本よりはずっと多い。タイほどじゃないかも知れないけど」
 

やがて今日まで残った8チームが入場して式が始まる。
 
お偉いさんの挨拶の後、まずは個人表彰が行われた。
 
「Scoring Leader, Kimiko Takahashi from Japan,
Rebounds Leader, Sandy Summit from United States of America,
Blocks Leader, Irina Kovtunovskaya from Russian Fedration,
Assists Leader, Diana Greenwood from United States of America,
Three point field goals Leader Chisato Murayama from Japan」
 
王子は自分の名前が呼ばれたことに気付かず、純子に言われて慌てて前に出た。千里はアメリカのサミットとグリーンウッド、ロシアのコフツノフスカヤ、それに王子と握手を交わした。5人がひとりずつ賞状と賞品をもらう。
 
賞品はパーカー(Parker)の名が入っている、銀色の筆記具である。クリップ部分はピンクだ。3P Champion 2011 FIBA world Under-21 Championship for Women という文字が刻まれている。世界に1つしか無いものである。王子のものはScoring Championと刻まれていてクリップ部分はグリーンであった。
 
千里はこれをもらった時は、てっきりボールペンかと思ったのだが、後で万年筆であることを知って驚いた。銀色だったのは本当に銀製(スターリングシルバー)だからであった!ピンクの部分はピンクゴールド、王子がもらった緑色のはグリーンゴールドであった(サミットのがイエローゴールド、コフツノフスカヤのがホワイトゴールド、グリーンウッドのがローズゴールド)。この大会のために特別に5本だけ制作されたものらしいが、似た仕様の市販品は8〜9万円するようだ。表面は変色しにくいようにより純度の高い銀で銀メッキをした上で、宝飾品などにあるようなミラー仕上げではなく、傷が目立ちにくいサテン仕上げであり、実際に使うことを想定した作りになっている。
 
この万年筆はその後千里が多数の名曲を生み出すのに使うことになる。
 

「All-Tournament Team, Sandy Summit (C), Diana Greenwood (PG) from United States of America, Anna Kuzina(PF) from Russian Federation, Reomi Sato (SF), Chisato Murayama (SG) from Japan」
 
ベスト5に選ばれた5人が前に出る。お互いに握手する。千里とサミット、グリーンウッドの3人は個人賞とベスト5のダブル受賞である。
 
クジーナはリバウンド3位・得点4位・ブロック5位、玲央美はアシスト2位・スティール1位・得点3位・シュート成功率4位と、2人とも複数の部門で上位の成績だったことからここに選ばれたようである。王子は得点もあげているが「スティールされた数」も含めたターンオーバーが多い。コフツノフスカヤはシュート成功率が低いし、彼女もよくスティールされている。クジーナや玲央美は総合力が高い。
 
ベスト5もまた賞状と賞品をもらった。こちらの賞品はハミルトンの腕時計のようである。これは市販品と同じ仕様(但し特別色)で銘だけ刻まれたもの。同等の市販品は8万円くらいのものらしい。
 
千里はU18の時にティソの腕時計をもらっているが、ハミルトンもティソも同じスウォッチ・グループである。しかしハミルトンはアメリカ生まれのブランドなので、この大会で選択されたのかもと思った。
 
「Most Valuable Player, Sandy Summit from United States of America」
 
優勝したアメリカチームのキャプテンでもあるサミットがMVPに選ばれ、前に出て表彰された。賞状と何か賞品をもらったようだが、何かはよく分からない(後で聞いたらハミルトンの懐中時計で、20万円くらいする市販品の特別色に銘が刻まれたものだったようだ)。
 
どうも今大会はU21世界選手権の最後の大会だったことと、地元のスポンサーが付いていたことなどもあり賞品も豪華になったようだ。
 

いよいよ、チーム表彰になる。
 
横幅の長い表彰台が運び込まれてくる。
 
「Champion, United States of America」と呼ばれ、大きな歓声を受けて、アメリカ選手団が観客に手を振りながら表彰台のいちばん高い所に登る。そして優勝カップ(今大会が最後なのでこれはそのままアメリカで保管される)、賞状、ウィニングボール、様々な副賞が贈られる。そして白いドレスを着た美人のプレゼンター(ミス・カリフォルニアと言っていた)から金メダルを掛けてもらい、FIBA会長・事務総長と握手した。
 
続いて「Runner up, Russian Federation」と呼ばれてロシア選手団が表彰台の左側に乗る。多数の三色旗(*2)が振られている。賞状・楯・副賞をもらった上で、やはりミス・カリフォルニアから銀メダルを掛けてもらい、会長・事務総長と握手する。
 
そして「3rd place, Japan」と呼ばれて、日本選手団がその表彰台の右側に乗る。日本応援団から凄い歓声がある。多数の日の丸が振られている。キャプテンの朋美が賞状、副主将の彰恵が記念の楯、玲央美と千里が副賞のカタログをもらう。玲央美が受け取ったのはナイキ製のウィンドブレーカー、千里が受け取ったのはアップルのiPad2(特別仕様)だった。
 
千里は、もらったカタログに印刷されている写真の物体が認識できず
「これゲーム機か何か?」
と言うので、玲央美は
「取り敢えず(静電気の凄まじい)千里は絶対に触らない方がいいものだ」
と言う。千里は訳が分からず首をひねった。
 
(このiPadはその後《きーちゃん》が使うことになる)
 
そして、ミス・カリフォルニアから、ひとりひとり銅メダルを掛けてもらい、FIBA会長・事務総長と握手をした。
 
千里もこれまでたくさんのメダルをもらったが、これまでで最高の栄誉だろう。本当は金色のメダルが欲しい所だが、今の日本の実力からすると、メダルを取れたこと自体が、幸運すぎるとも思えた。
 
事前に玲央美と「日本は何位くらいかな?」と話し合った時、ふたりとも5位を予想していたのだが、準々決勝で幸運にもフランスに勝てたおかげでベスト4になった。さすがに準決勝でアメリカに負けたものの、3位決定戦でオーストラリアに勝てたのも、幸運の部分が大きい。オーストラリアにしてもフランスにしても、日本をあまり研究していなかったことと、低い身長の相手との戦いにあまり慣れていなかったふうなのがあったかも知れないと千里たちは後で分析した。
 
しかし研究不足が今回の日本躍進の主たる原因であれば、この後が怖いと千里は玲央美や彰恵たちと話し合った。
 
日本が充分強いことをこの後の大会では他の国が認識した上で倒しに来る。
 

日本選手団が銅メダルを掛けてもらった後、国旗掲揚が行われる。
 
中央に星条旗(*1)、その左側に白・青・赤の三色旗(*2)、右側に日章旗が掲げられ、UCLAの吹奏楽団によるアメリカ国歌『星条旗』(*1)の演奏とともに高く掲揚された。
 
国旗掲揚が終わった後は、大きな拍手が送られる中、選手は退場し、ロビーでしばし様々な国の選手が混じって束の間の交歓をした。
 
(*1)アメリカ国旗は The Stars and Stripes, アメリカ国歌は The Star-Spangled Banner と呼ばれるが、どちらも日本語では『星条旗』と訳されている。スーザ作曲の愛唱歌『星条旗よ永遠なれ』は Stars and Stripes Forever で国旗の名称の方を使用している。
 
(*2)ロシアの三色旗は上から白・青・赤、フランスの三色旗は左から青・白・赤。
 
垂直分割(tierced per pale)の国。
 フランス(青白赤)、ルーマニア(青黄赤)、チャド(青黄赤)、ギニア(赤黄緑)、イタリア(緑白赤)、アイルランド(緑白橙)、マリ(緑黄赤)、ベルギー(黒黄赤)、コートジボワール(橙白緑)
 
水平分割(tierced per fess)の国。
 ロシア(白青赤)、ブルガリア(白緑赤)、ドイツ(黒赤金)、オランダ(赤白青)、ハンガリー(赤白緑)、ルクセンブルク(赤白水)、イエメン(赤白黒)、セルビア(赤青白)、アルメニア(赤青橙)、ボリビア(赤金緑)、エストニア(青黒白)、リトアニア(黄緑赤)、シエラレオネ(緑白青)、
 

閉会式が終わったのが22時すぎだが、ロサンゼルス総領事さんがお祝いにと言って、市内のレストランに招待してくれてそこでお食事を頂いた。シャンパンを開けて乾杯するが、未成年の選手もいるし、女子ばかりでお酒を飲まない子も多いので、シャンパンを実際に飲んだのは篠原監督・高田・片平コーチ・高居代表とキャプテンの朋美だけで、他はソフトドリンクを注いでもらって乾杯した。
 
総領事さんからは「大使から言われて急遽調達したものですが」と言って、補欠の3人も含めて全員に素敵な銀色のネックレスを頂いた。トップは赤白青のトリコロールの3mmくらいのボールである。
 
「大使個人からのプレゼントということにしてくれと言われました」
「ありがとうございます!」
 
「これ銀ですか?」
「ごめんなさい。ステンレスです」
 
これが銀ならどうみても400-500ドル(3-4万円)くらいはする。ステンレスなら多分100ドル(8000円)くらいか。
 
「いや、銀よりステンレスの方がいいと思う。変色しにくいし」
「特にネックレスは汗が付きやすいもんね」
「このトップのボールがバスケットボールみたい」
 
「それ家内がアクセサリーショップで見て、そんなこと言っていたんですよ。問い合わせたら15個あると聞いたので、買ってきました」
と総領事さんは言っていた。
 
お料理の方も、とても美味しかった。王子が遠慮がちに「お代わりとかできます?」と聞いたが「どんどんお代わりしてください」と総領事も言い、若手3人やサクラなどがかなりの量お代わりしてもりもりお肉を食べていた。千里や玲央美は「厨房が大変なことになっているかも」などと話した。
 

7月12日の朝、青葉は起きた時に何か違和感を感じた。それで朝は慌ただしいので、学校から帰ってみてからタックを解除し、あのあたりを指で触って調べてみた。そして結論に達した。
 
睾丸が消失している!
 
青葉の睾丸は2007-2008年に掛けて機能停止させる魔法を掛け、2008年秋頃にほぼ機能停止。2008年12月頃から女性ホルモンの方が強く出るようになっていた。魔術的に言うと、青葉が空想の力で作り上げた体内の“仮想卵巣”が女性ホルモンを分泌しているのだが、物理的には体内で微量に生産された男性ホルモンがアロマターゼの作用により積極的に女性ホルモンに転換されているのである。アロマターゼは脂肪に多く存在するので、青葉はその時期敢えて身体に脂肪を付けるように調整していた。身体に脂肪を付けることで青葉はその時期、女性的な丸みを帯びた体型に変化して行っていた。
 
青葉の睾丸は恐らく2009年春頃には完全機能停止している。普通の男の子であれば小学校高学年から高校生くらいに掛けて睾丸はどんどん大きくなっていくのだが、青葉の睾丸は逆にどんどん小さくなって行った。この春に富山県内の大学病院で診察された時も、
 
「凄く小さい。無いかと思った」
と言われたのだが、それがとうとう完全消失してしまったのではないかと思われた。
 
青葉は現在受診しているGID外来に電話をしてみた。すると鞠村医師が直接電話に出てくれた。
 
「とうとう消失したか」
「サッカー選手で、睾丸を負傷した選手が、その睾丸が身体に吸収されて消失してしまった事例があるとおっしゃってましたね」
 
「そうそう。機能停止してしまった器官は身体が吸収してしまうことがあるんだよ。そのままにしておくとよくないから、身体を守るための仕組みなんだろうね。アポトーシス(細胞自死)の一種。建物でも、空き家にはよくないものが住み着きやすくて保安上危険だから取り壊してしまうでしょ?それと同じだよ」
 
確かに空き家・空き部屋には魑魅魍魎とかが住み着きやすいよな、と青葉は思った。
 
アポトーシスは「プログラムされた死」とも言われる。オタマジャクシがカエルになる時に、しっぽが消失するのもアポトーシスである。また体内で発生したガン細胞のほとんどはアポトーシスを強制的に引き起こされて排除される。青葉は医学や薬学に関する知識は物凄いので、自分のおちんちんもアポトーシスで消滅したりしないかな、とよく思っていた。
 
「今度の診察は7月14日だよね?その時にMRI取って確認しよう」
「はい、お願いします」
 

7月13日(水)。ロサンゼルス。午前中は、この10日間のU21世界選手権の間、様々な支援活動や応援をしてくれた日本人・日系人のグループと市内の体育館で交歓をした。
 
たくさんサインも書いたが、千里の美しい鳥のようなサイン、玲央美の格好いい獅子のようなサインは好評だった。王子も昨夜一晩絵津子や純子と一緒に考えたという新サインを書いていた。字が下手でも目立たない!王冠のようなデザインのサインである。もっとも適当な性格なので、王冠のギザギザ(ハーフアーチ)が書く度に4本だったり5本だったり6本だったり、バラバラになっていたようである。
 
11時にロサンゼルス空港(LAX)に入り、出国手続きをした上で昼食を取る。
 
ここで千里たち日本に戻るメンバーはこの便に乗る。
 
LAX 7/13 13:30 (JL61/AA5829 773 11h20m) 7/14 16:50 NRT
 
一方、王子・純子・絵津子の3人はバスケット協会の人が付き添ってこちらの便に乗る。
 
LAX 7/13 13:45 (AA7675/JL7620 B787 8h20m) 0:05 LIM (機内待機)
LIM 7/14 1:35 (LA601 B787 3h15m) 5:50 SCL
SCL 7/14 7:40 (LA257 A320 1h45m) 9:25 PMC
 
LAX:ロサンゼルス国際空港 UTC-7
LIM:リマのホルヘ・チャベス国際空港(ペルー)UTC-5
SCL:サンチャゴ国際空港(チリ)UTC-4
PMC:プエルトモントのエルテプアル空港(チリ)UTC-4
 
チリはUTC-4, ロサンゼルスはUTC-7 なので出発時刻は日本時刻の7/14 5:45, 到着時刻は日本時刻の7/14 22:25になり、これは16h40mの旅である。
 
ロサンゼルスからリマに飛んだ飛行機がそのままサンチャゴ行きになるので、サンチャゴまで行く人は降りずに機内で待機していればよいことになっている。(実際には3人は寝ていたようである)
 
王子たち3人は7月14日の朝プエルトモントに到着したが翌日からもうU19の試合が始まるので、到着した日は練習免除でひたすら寝ておくように言われていた。
 

一方千里たちは7月14日の夕方に成田に戻ってきた。
 
そのまま都内のホテルに行き、記者会見をした。主将の朋美、ベスト5となった千里と玲央美がメッセージを述べた。更にそのあと全員ひとことずつ発言した。なお、チリに飛んだ王子・純子・絵津子の3人のメッセージは予め作文させておいたものをキャプテンの朋美が代読した。
 
ホテルにはバスケ協会の麻生太郎会長も来てくれていて、記者会見の後、面会。全員と握手し、U19世界選手権で7位になった時ももらったオパールのブローチと金一封を頂いた。前回はこのブローチには白いリボンが付いていたのだが、今回は茜色のリボンである。
 
「金メダルを取ったら、金色のリボン付けるから」
と会長は言っていた。
 
この日はそのまま都内のホテルに泊まることになる。夕食は麻生会長の主宰でディナーとなり、美味しい御馳走が振る舞われた。
 
「いちばん食欲のある3人が来てないな」
と江美子が言う。
 
「その3人はあらためてディナーに招待しましょう」
と会長はニコニコ顔で言っていた。
 

翌15日(金)は午前中に、文部科学省、総理官邸に行き、高木文部科学大臣、菅総理に3位入賞の報告をした。それでお昼はバスケ協会持ちで和食の店で御飯を食べたあとで解散となった。
 
この後、U24のメンバー(玲央美など)は23日から合宿に入り、7.31-8.04に台湾で行われるウィリアム・ジョーンズ・カップに参加する。
 
また7月26日にはA代表の12名が発表され27日から8月3日まで第六次のA代表合宿が行われる。
 
「千里はこの後、どうすんの?」
と玲央美に訊かれる。
 
「うん。ちょっと大阪に行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい、行ってらっしゃい」
と玲央美は笑顔で送り出してくれた。
 

ところで平良真紗は千里たちより少し遅い便に乗り、14日の19:15に成田に戻ってきた。その日は都内にホテルに泊まり、翌日夕方の寝台特急・サンライズ出雲で米子まで戻り、その後、迎えに来てくれた真紗の父の車で羽合(はわい)の実家に戻った。
 
「お疲れ様。どうだった?」
と父は訊いた。
「うん。生まれ変わった気分」
と真紗は答える。
 
「まあ本当に女に生まれ変わったんだからな。俺も手術受けた時は感動したもん」
と父。
「あれは感動だよね」
と真紗は言った。
 
「あ、そうそう。これ学校の先生が持って来てくれたぞ。夏休みの宿題」
「わぁ。頑張らなくちゃ」
 
「お姉ちゃん、お帰り」
と友紀が言う。
 
「ただいま」
「ディズニーランド行った?」
「無理〜。とてもそんな体力無かった。でもバスケットの試合を見たよ」
 
「へー。向こうはバスケットも本場だもんね。NBA?」
 
凄く可愛いスカートを穿いた、まだ中学生の友紀は訊く。
 
「いや見たのは何とか選手権の日本対オーストラリア」
「アメリカじゃ無いんだ!」
「でもサインもらったよ」
と言って、千里からもらったサインを見せる。
 
「何か美しい!」
 

千里は、玲央美と別れた後、新幹線で新大阪まで行き、御堂筋線(北大阪急行)で千里中央まで行く。まだ貴司は帰っていないので荷物を置いてから買物に行き、牛肉、野菜、ビール、切れていたお米などを買ってくる。
 
そしてお米を研いでタイマーをセットし、ビーフカレーも野菜やお肉を煮込んでこちらもIHヒーターのタイマーをセットしてから、シャワーを浴びて“裸で”ベッドに潜り込み寝ていたらドアの開く音がする。それで目を覚ます。
 
「千里?」
という声がする。鍋の匂いがしたので気付いたのだろう。
 
「おかえり、マイハニー。私はここよ」
と声を掛ける。
 
「千里?」
と言って、寝室に入ってくる。
 
千里はベッドから抜け出して、裸のまま貴司に抱きついた。
 
強いキスをする。
 
「こないだは御免ね、御免ね」
と謝る。
 
「誤解が解ければいいんだよ」
と貴司は再度キスして言う。
 
「取り敢えず脱がせちゃおう」
と言って貴司の服を脱がせようとするが
 
「待って。自分で服を脱いでシャワーを浴びてくる」
「うん」
 

それで千里が待っていると3分ほどで貴司は戻ってきた。多少濡れているが気がせっているからしっかりと拭かなかったのだろう。しかしあの部分は準備万端のようである。
 
「そうだ。お詫びに駅弁してあげようか?」
「え!? 悪いけど、練習の後で疲れているから、そういうハードなのは体力が・・・」
「違うよ。私が抱き抱えてあげるから」
「え〜〜〜!?」
 
それで千里は貴司に両腕を千里の首の後ろに回すように言い、貴司の身体をぐいと抱き抱えると、ちょうどあの付近とあの付近がミートするような位置に調整する。男女の“取り付け場所”が違うので腰を突き出す感じにする必要があり、結構苦しい体勢だ。
 
「ひゃー!」
「行ける?」
「やってみる」
 
と言って貴司はそっと入れて来た。千里の方は貴司がシャワーを浴びている間にセルフサービスで昂揚させておいたので、もう充分濡れて臨戦態勢である。貴司がそっと入れてくる。それで貴司は身体をゆするようにしてやってくれた。興奮度が高かったせいだろう。貴司はすぐに逝ってしまった。
 
千里が貴司を下に降ろす。
 
「どうだった?」
「あまり楽しくない気がする」
「私もー!」
「一休みしてから普通にやろうよ」
「OKOK」
 

それでカレーの鍋を再加熱し、カレールーを入れる。ルーは「こくまろ」と「熟カレー」を混ぜて入れる。カレーは“美味しいもの”を2種類混ぜるとより美味しくなるのである。
 
弱火で煮込んでいる間に取り敢えず服を着て!ビールの缶を開ける。ヱビスビールであるが
 
「こないだはこれぶつけちゃって御免ね」
と再度謝る。
 
「ううん。あれはこちらも虚を突かれたから気絶しちゃって」
「気絶しちゃったの!?ほんとに御免ね」
 
ともかくも乾杯して1人1缶ずつ飲んだ
 
やがてカレーのタイマーが鳴るのでごはんを盛り、カレーを掛けて食べる。
 
「あれ?この皿は?」
「うん。ロサンゼルスで買ってきた」
「可愛いね!」
 

御飯を食べてお茶を飲んでひといき付いた後は、どちらからともなく誘い合い、寝室に行く。そして普通のやり方で久々の愛の確認をした。今夜は1月に会った時以来半年ぶりになったので、明け方近くまでやっていた。
 
16-17日の土日も、千里は貴司と一緒に過ごし、束の間の“夫婦生活”を楽しんだ。この2日間はあまりお出かけもせずに、ずっと家の中に居た。
 
「しかし世界選手権の銅メダル凄いなあ」
と言って貴司は千里が持って来た銅メダルを触っている。
 
「まあアンダーエイジだけどね」
「でも去年U17でも世界5位になったし、女子はきっと2016年のリオ・オリンピックあたりではメダル取るかも知れないよ」
 
「そうなるといいね。貴司もプロに行きなよ。そしたら貴司の力なら日本代表候補くらいまで行く可能性あるよ」
「ちょっと無理だと思うけどなあ」
 

チリのプエルトモント( Puerto Montt)で行われているU19女子世界選手権は、15-17日の3日間、ABCD 4つの組に別れて予選一次リーグが行われて、各組で次のような結果になった。
 
A 1.Canada 2.Italy 3.China 4.Egypt
B 1.USA 2.Japan 3.Russia 4.Argentina
C 1.Australia 2.France 3.Chile 4.Nigeria
D 1.Brazil 2.Spain 3.Chinese Taipei 4.Slovenia
 
日本はアメリカには負けたものの、ロシアを破る殊勲の星を挙げ、アルゼンチンにも勝ってリーグ2位で2次リーグに進出した。
 
ついでEF 2つの組に別れて18-20日の3日間おこなわれた2次リーグではイタリアには勝ったものの、中国・カナダに敗れてしまった。しかし1次リーグ・2次リーグの通算3勝3敗、リーグ3位で決勝トーナメントに進出した。
 
E 1.Canada 2.USA 3.Japan 4.Russia 5.Italy 6.China
F 1.Brazil 2.Australia 3.France 4.Spain 5.Chines Taipei 6.Chile
 

18日(月)の朝、千里は朝起きてトイレに行きギョッとした。
 
『また男の子になってる!なんで?』
と千里はため息をつく。
 
すると《いんちゃん》が言った。
 
『千里、明日19日に去勢手術することになっているだろ?だから男の身体に戻ったんだよ。男の身体は明日で終わりだから、男のオナニーするなら今日が最後だよ』
 
千里の顔が引き締まる。
 
『別に男のオナニーとかしたくない』
『まあ千里はそうだろうね』
 
と言って《いんちゃん》は優しく微笑んだ。
 
『千里、男湯にでも行く?』
と《りくちゃん》が言う。
 
『それはおっぱいあるから無理』
 
『確かに』
 

貴司は出かける前にもう1度セックスしたいようであったが、今はできないので「また今度の楽しみにね〜」と言って、朝御飯を作り、お弁当も持たせて会社に送り出した。
 
その後で少し料理のストックを作り、お掃除・洗濯もしてお昼過ぎに新幹線で東京に帰還した。
 
葛西のマンションで少し作曲作業していたら、桃香から
「お腹空いたぁ、千里、今夜は戻らないの?明日は楽しい楽しい去勢だよ」
 
などというメールが入っている。去勢が楽しいのか!?
 
取り敢えず千葉に戻ることにする。食材をたくさん買い込んでいき、ビーフストロガノフを作ったら、桃香は美味しい美味しいと言って食べてくれた。何か私って、貴司のマンションでもこのアパートでも主婦してるなあ、などと思う。貴司は大阪の夫で、桃香は千葉の夫だったりして!?
 
その日は今になってアメリカ遠征の疲れが出たようで、熟睡してしまった。ふと夜中目が覚めると、繋がってる!?
 
「ちょっと、桃香!?」
「今夜が千里、男の子としての最後の夜だからさ、記念にいいじゃん」
などと言う。
 
「でも精子の採取もするのに!」
「いいじゃん、いいじゃん、精子は何とかなるよ」
 
その夜は確かに自分が男の子であるのはこれが最後だしと思うとなぜか許容的になってしまった。それで桃香の中で逝ってしまった。千里は成人式の翌日にも一度桃香と結合しているのだが、あの時は嫌で嫌でたまらなかったのが、今日はそれほど嫌でも無かった。多分男の子の快感を味わったのはこれが最初で最後だ。
 
ああん、でも私浮気しちゃったよと思うと少し心が痛んだが、まあ無かったことにしようと思った。
 
「でも桃香、もし妊娠したらどうするの?」
「認知してくれなんて言わないから大丈夫だよ。養育費よこせとも言わないし」
「悪いけど認知はできない。認知してしまうと私性別変更できなくなるから」
「そうだよな。でもあれ変な規定だね」
「うん。訳が分からない規定だよ」
 
「ところで桃香、前回の生理はいつあった?」
「うーん。。。2週間くらい前かなあ」
「超危険日じゃん!」
 

いつもは長野の産婦人科で精子採取をするのだが、今日は去勢をするので、その病院で一緒に採取してもらうことにしている。
 
都内の病院に行き、精子の採取を行う。桃香は朝方やっちゃったので出るかなと心配したようだが本当に精子を出すのは千里ではなく武矢なので!問題無く濃いのが採取できた。そのままこの病院で冷凍してもらい、追って手術終了後長野に持っていくことにしている。
 
「ねぇ、摘出した睾丸ってどうするの?」
と桃香が訊く。
「え?普通に捨てるんじゃない?」
「なんかもったいない。私、もらってもいい?」
「桃香、睾丸を移植するの?」
「いや、私は男になるつもりはない。もらって冷凍してとっておくとか」
 
「何のために〜〜? それに冷凍保存って年間5万くらい掛かると思うよ」
「うちの冷蔵庫に入れておこう」
「それでは全然保存にならないと思うけど」
 
ともかくも桃香が摘出した睾丸を欲しいというので、医師はいいですよと言い、桃香が持ち帰ることになった。
 
「たまに持ち帰りたいという人もいるんですよ」
「へー。どうするんでしょうね?」
「まあ使い道は無いとは思いますが」
 
手術は10時から行われた。
 
「もうこれで千里も男の子卒業だね。何か思い残すことは?」
「別に死ぬ訳でもないし」
 
桃香は手術を見たいと言ったので、手術着を付けて一緒に手術室に入った。そしてずっと千里の手を握っていた。
 
「はい、これでもうあなたも男の子を卒業しましたよ」
と医師が言う。
 
「ありがとうございます」
と千里はホッとして言った。これでもう男の子に戻されることはなくなった。もっともペニスの方はまだ付いたままである。これは来年手術することになるはずだ。
 

30分ほど病室で休んでいて、その後医師が診察して傷跡を確認する。
 
「お風呂は傷が治るまで1週間程度は避けてください。シャワーは今夜から構いません」
「分かりました。ありがとうございます」
 
それで精算して病院を出る。そのまま東京駅に向かい、北陸新幹線に乗る。終点の長野で降りて、水浦産婦人科に行き、持参した保冷容器に入れた精子のアンプルの冷凍保管をお願いした。
 
この日はそれを渡すだけなので、ふたりは夕方には千葉に戻った。
 
ちなみに摘出した“千里の睾丸”の方は冷凍も何もしていない。ビニール袋に二重に入れて口を縛り、そのまま桃香のバッグの中に放り込んでいるだけである。桃香はそれを本当にそのまま自宅の冷蔵庫の冷凍室に入れた。
 

ところでスリファーズの春奈は先週木曜日に都内の病院で去勢手術を受けた。(実は千里が去勢したのと同じ病院である)
 
19日の夕方、春奈の家に“千里”が訪問する。
 
「あ、どうも〜」
「手術の跡、傷まない?」
「もう痛みは無いんですけど、何か結構変な気分です」
「ホルモンバランスが崩れているんだろうね。睾丸は機能停止していても、やはり何かの作用はしているから」
「ああ」
「そのあたりも調整してあげるよ。ちょっと見せてくれる?」
「はい」
 
それで春奈はベッドの上で横になり、スカートをめくってパンティを下げた。
 

千里は青葉に電話して去勢したことを言おうと思ったのだが、桃香が私が言うと言って、千里の携帯を取って自分で青葉に電話した。すると青葉が、実は私も睾丸が消失して、それを14日に実際にMRIで確認してもらったと言った。
 
「おお、青葉も睾丸消失おめでとう!」
「これまでも機能停止していたはずなのに、無くなると結構感覚が違うんだよね〜」
「へー。そういうものか。私は睾丸付けたことないから、そのあたりが想像できないなあ」
と桃香。
 
「それでさ、青葉、もしよかったら、私もう男性器は使わないから、私の気の流れをペニスには流れないようにしてくれない?」
と千里は言う。
 
「いいけど、それやるとペニスは2度と立たないし、最悪壊死したりする場合もあるよ」
「壊死するのは全然構わない」
「だよね〜」
 
それで青葉はリモートで“千里”の股間付近の気の流れを確認し、それが一部摘出した睾丸にも流れているのを流れを変え、ペニスにも流れないようにし、むしろ女性の陰部の形状に流れるように強制変更した。
 
「これでもう感覚はむしろ女性器の感覚になるはず」
「ありがとう。なんか確かに感覚が変わったよ。ついでに私の身体自体の気の巡りを女性型の回転に変えられる?」
 
「できるよ。ちょっとショックが来ると思うけど大丈夫?」
「全然平気」
 
「じゃやるよ」
 

その頃、春奈の自宅に居る“千里”は、春奈に言った。
 
「お股の付近の感触が変わったでしょ?」
「はい。まるでおちんちんが無いみたい」
「触ってごらん」
「まるで自分のものじゃない感じです」
「気の巡りや感覚を遮断しちゃったからね。今、春奈ちゃんの気の巡りは女性の陰部の形に流れているんだよ」
「なんか本当に割れ目ちゃんがあるみたいに感じる」
「バーチャル・女性器だね。じゃ、次は身体全体のチャクラの回転を逆転させるけど、ちょっとショックが来るよ」
 
「はい、構いません。お願いします」
 

青葉は慎重に“千里”のチャクラの回転を確認すると、それと自分のチャクラの回転を一時的に繋ぐ。
 
一時的に物凄く強烈なチャクラが生まれる。これはふたりが合体したようなものなのである。
 
ちー姉のチャクラやはり凄いなと青葉は思った。そしてそれを強制的に自分と同じ方向の回転に変える。その上で自分のチャクラと切り離した。
 
「終わったよ」
「ありがとう。何か生まれ変わったみたい」
 
これは施術者のチャクラのパワーが被術者のチャクラよりも強くなければできない操作である。青葉はこれ結構たいへんだったと思った。
 

「終わったよ」
と“千里”は言った。
 
「ありがとうございます!なんか生まれ変わったみたいです」
と春奈は言った。
 

こうして千里のチャクラの回転は「女性型に変えられたので」それ以降、青葉の前に姿を見せる千里はちゃんと女性型のチャクラを持つようになっていたのである。
 
なお春奈の前に現れた“千里”は実際には小春のエイリアスである。小春は自分のエイリアスを千里に擬態させて春奈の所に行かせる一方で、自分自身は青葉の操作を春奈の身体に《中継》した。この頃は、小春もまだこのような大規模な操作ができるほどの力を持っていた。むろんその操作に必要なエネルギー自体は千里本体から吸い上げている!
 
千里は、12人の眷属、小春、青葉のエネルギー電池である。より正確には変電所のようなものである。この時期青葉は千里が渡したローズクォーツの数珠を媒介としてエネルギーを受け取っていたのだが、こういうのに疎い青葉はそのことに全く気付いていなかった。
 
青葉がこの時期物凄くパワーアップしていったのは、ひとつには彪志との関係が本格的な恋愛に発展して自立心が育って行ったことと、もうひとつは千里から直接エネルギーを得られるようになったことがあった。
 
昨年末に名古屋で春奈と会った時、千里は何かそういう機会がありそうという予感のもと、春奈のチャクラを女性型に変えてあげるよと言っておいたのだが、震災の後に青葉に会った時、そうか私はこの子を利用して春奈の“内面的性転換”をしてあげられるのかと思った。それと同時にそのことを利用して、千里は自分の“素性”を当面青葉に隠し通せることに気付いて、小春と一緒にこの計画を練ったのである。春奈が去勢手術を7月に受けることは早い時期に分かっていたので、うまく自分と春奈のスケジュールを調整して、去勢の時期を合わせたのであった。
 
千里がこの日手術で摘出してもらった睾丸の由来については『少女たちの』の方で書くことになるだろう。
 
 
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【娘たちの世界挑戦】(3)