【娘たちの世界挑戦】(1)

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2011年7月2日、千里たちU21代表チームは、世界選手権が行われるロサンゼルスに移動した。サンフランシスコとロサンゼルスは同じカリフォルニア州内でもあるし、近いように思う人もあるかも知れないが、直線距離で500kmあり、飛行機で1時間半掛かる。東京から岡山くらいまでの距離になる。
 
ちなみにカリフォルニア州の州都はサンフランシスコでもロサンゼルスでもなくサクラメントである!
 
カリフォルニア州の面積は40万平方キロで日本の面積(38万平方キロ)より少しだけ広い。北西端から南東端までの距離は1300kmで、青森県の北東端から山口県の西端までの距離に近い。
 
カリフォルニアを本州にたとえると、サンフランシスコは栃木県の那須付近、ロサンゼルスはやはり岡山付近に相当する。
 

7月3日は会場となるStaples Center Arenaで開会式が行われた。参加する12チームの選手・スタッフが入場して整列。これには斉江・桂華・星乃もマネージャーの名目で色違いのユニフォームを着て並んだ。
 
前回の大会(2007)で優勝したアメリカから優勝カップの返還が行われる。FIBA会長のイヴァン・メニーニ(Yvan Mainini,フランス)、事務総長のパトリック・バウマン(Patrick Baumann,スイス)からの挨拶がある。そして選手代表でエジプトチームのキャプテンが選手宣誓をした。
 
そのあと選手は退場するが、アリーナでは、白いワンピース型の衣裳をつけた多数の女性たちが入り、アヴリル・ラヴィーンの『Girlfriend』のメロディーに乗せてダンス・パフォーマンスを見せ、観客の目を楽しませてくれた、
 

「あの衣裳を見た時は、もっと華麗なものを想像したのだが・・・」
「いや、こういう元気なのがアメリカっぽい」
「見てると、白人、黒人、東洋系と混じってるね」
「アメリカはそのあたり、混ぜないと叩かれるから」
「男の娘も混じっていたりして」
 
「あ、それは混じっているとアメリカチームに入った友人から聞いた」
と斉江が言う。
 
「マジ?」
「途中で3人飛び出して前の方で踊ったでしょ?あの左側の子が男の娘らしいよ」
「へー!」
 

開会式が終わってぞろぞろと会場から出ようとしていた所で、アメリカチームのユニフォームを付けた身長170cmくらいの女性がこちらに何気なく視線を向けると急に笑顔になって寄ってきた。
 
「ナリエ、ロースターに入った?」
と英語で話しかけてくる。
 
「ううん。みんな強いんだもん」
と斉江は答える。
 
「斉江がロースターに入れないなんて、日本チームかなり強いんだね」
「まあアメリカの足元にも及ばないけどね(We can't hold a candle to US)」
 
「ガル、その人を紹介してよ」
と江美子が言う。
 
「私の大学のチームメイトで、アメリカチームのシューティングガード、シャーロット・フィオリーナ(Charlotte Fiorina)さんです」
 
「おお、凄い!」
「正シューティングガードだよね?」
「そうそう。2年前はサブだったけど、この2年で追い越した」
「頑張ったね〜!」
 
彼女は千里に目をやった。
 
「Ms Murayama, 3 point world champion of Under 19, two years ago?」
「Yes. Nice to meet you, Ms Fiorina」
と千里も笑顔で答える。取り敢えず軽く握手する。
 
「Ms Murayama, Let's compete with 3 point goals」
とフィオリーナは言った。
 
「Amount of goals? success rate?」
「Of course, amount of goals」
「OK,OK. Let's fight」
 
それで千里とフィオリーナは強い握力で握手した。
 
「なんかそれ凄い握力で握ってない?」
と彰恵が少し呆れ気味に言う。
 
「まあシューターの握力は凄い」
と千里は言う。フィオリーナも笑っていた。
 

今回の参加チームは下記で、明日から5日間でABふたつの組に別れて予選リーグをおこなう。
 
A:USA(アメリカ) CAN(カナダ) ESP(スペイン) FRA(フランス) CHN(中国) EGY(エジプト)
 
B:BRA(ブラジル) RUS(ロシア) LVA(ラトビア) UKR(ウクライナ) JPN(日本) AUS(オーストラリア)
 
これらのチームは下記の予選を勝ち抜いてここに来た。
 
U20-Europe 2010 RUS ESP LVA FRA UKR
U20-Asia 2010 JPN CHN
U20-Oceania 2010 AUS
U20-Africa 2010 EGY
U20-America 2010 USA BRA CAN
 
U20ヨーロッパ選手権だけは今後も続いていくようであるが、他の地域では昨年のU20が最後の大会になった。そしてU21世界選手権もこれが最後である。これまではアメリカが第1回大会(2003)、第2回大会(2007)を連覇している。果たしてアメリカが3連覇(=全大会制覇)を成し遂げるか、どこかがそれを阻止するかが、興味ある所だ。
 
日本は2003年の大会には出場できなかった(中国と韓国が参加した)。前回は出場したものの予選リーグを突破できず9-12位決定戦に回って10位であった。この成績を上回るのが目標とされている。
 

U21チームはこの日は開会式の後、オフとなった。
 
エステで身体を揉みほぐしてもらい、ロサンゼルス市内には結構ある韓国式スパに入って、身体を温めた。
 
例によって、入場する時に日本語ができる受付の韓国人女性に
 
「ちょっと待って、あんたたち、男湯はこっちだよ」
 
と数人言われた子がいるのは、いつものことである!
 
「性別間違われるのはもう全然気にしない」
などと王子が言っているが
「むしろ女と思われたことがない」
とサクラは言っている。
 
「でもこないだ変な夢見たんですよ」
と王子が言う。
 
「朝起きてトイレに行ったら、ちんちんが付いてたんですよ。おっこれ便利と思って、憧れの立ちションをして、その後それで遊んでいたら、母ちゃんに見つかって『とうとうちんちん生えて来たのか。でもあんた女子代表にならないといけないから、切っちゃうよ』と言われて、園芸用のハサミでちょきんと切られちゃったんですよね。せっかくちんちんが出来たのに〜!と思いました」
 
「園芸用のハサミで切れるもん?」
「無理っぽい気がする」
「裁縫用の裁ちばさみなら割といけるかも」
「たぶん料理用のハサミの方が切れる」
「確かに肉を切るハサミだもんね〜」
「切った“お肉”はどうするわけ?」
「やはり焼肉にして食べるのでは?」
「私は唐揚げがいいな」
「形状が形状だし、焼いてホットドッグの具にするのは?」
「圧力鍋で煮込んでおでんに入れてもいいかも」
 
何か凄いこと言っている!?
 
「だけどあれ美味しいの?」
「海綿体組織だからなあ。あまり美味しいものではない気がする」
 
「ホルモン焼きでは豚のペニスも食べるね」
「ペニスは“きんつる”、ヴァギナは“こみち”」
 
「やはり食べられるものなのか」
「人間のおちんちんが美味しいかどうかは分からん」
「舐める分にはちょっと苦い感じだけどね。もっとも味より臭いがあるから」
と千里が言うと
 
「唐突におとなの話が出てきた!」
という声があがるが
 
「舐めるって、サンさん、あんなの舐めたことあるんですか?」
などと王子が訊く。
 
どうもこの子はその方面についてはウブな様子である。
 
江美子がトントンと王子の肩を叩き
「君には後でよく教えてあげるよ」
と言った。
 

7月4日からは試合が始まる。最初は予選リーグだが、日本はB組で、日程はこのようになっている。
 
7.4 ブラジル
7.5 ロシア
7.6 ラトビア
7.7 ウクライナ
7.8 オーストラリア
 
4日の朝、朝食後に開いたミーティングで、高田コーチは言った。
 
「今回、バスケ協会からは前回の10位を上回る成績をあげて欲しいと言われている。でも僕は優勝しようと思うんだけど、どうだろう?」
 
選手全員から拍手がある。なかなか良い反応である。
 
「そのためには、やはり予選で全勝しよう。すると決勝トーナメントの準々決勝はA組4位とだから、準決勝に勝ち上がりやすくなる。その後はもう全力を出して最後は運の勝負」
と高田コーチは言う。
 
「A組はどこどこが上がってきますかね?」
「アメリカの1位はたぶん動かない。2-3位がフランスとスペインでこの順序は分からない。4位はカナダが濃厚だと思うけど、中国が頑張るかも知れない」
 
U19の時は中国は一次リーグを3位通過、二次リーグ最下位で決勝トーナメントに進出できなかった。日本は一次リーグを2位通過し、二次リーグ4位で決勝トーナメントに進出するも、準々決勝でE組1位のオーストラリアに敗れて5-8位決定戦に回った。前回は二次リーグでアメリカと同じ組だったことから、決勝トーナメントでアメリカとぶつからずに済んだのである。
 
「まあA組の国はこちらはロシア、オーストラリア、ブラジル、ラトビアあたりが上がってくるだろうとか言っているだろうね」
 

今日の対戦相手のブラジルについて戦力分析が説明される。
 
「このチームはあまり専門化が行われていない感じで、登録されたポジションは、ガード3人、ガードフォワード1人、フォワード4人、センター4人ということになっている」
 
G 7.ベニテス170, 10.アルベス165, 13.ドゥリウス172
GF 8.リマ175
F 5.コスタ189, 9.ラモナ185, 12.ペレイラ183, 14.カロリーナ179,
C 4.カルネイロ193, 6.フランシスコ196, 11.ピント191, 15.ベルト190
 
「センターはみんな背が高いですね」
「うん。全員190cmを越えている」
 
彰恵が思わず天を扇いでいる。
 
「フォワードがだいたい180cm台、ガードもだいたい170cm台なんだけど、1人アルベスだけが165cm」
 
「その背丈で代表になっているということは物凄くうまいんですね?」
「スピードがあるし、フットワークがある。彼女を止められるかどうかが、勝敗の行方を左右すると思う」
と高田コーチが言うと、朋美と早苗の顔が引き締まる。
 
「しかし南米のスポーツ全般に言えることだが、概して身体能力の高い選手が多い。ビデオを見たけどやはり個人技で得点するパターンが多い。それを如何にしてチームプレイの勝負に持ち込むかが鍵だと思う」
 
と高田コーチは言った。
 

この日の第1試合(9:00)、ラトビアとウクライナの試合は72-70という接戦でラトビアが勝っていた。
 
11:00。日本とブラジルの試合が始まる。観客自体は少ないものの、双方に結構な応援団が来ている。カリフォルニアは日本人や日系人も多いので、その人たちが応援団を組織してくれたようだ。大きな日章旗が振られ、チアリーダーも並んでエールを送ってくれていた。
 
ここは定員18,000人の大会場である。NBAのロサンゼルス・レイカーズ、ロサンゼルス・クリッパーズ、WNBAのロサンゼルス・スパークスがここを本拠地にしている。スパークスはレイカーズの姉妹チームである。
 
両軍のスターターはこのようであった。
JPN 4.朋美/7.千里/6.玲央美/9.王子/8.華香
BRA 13.ドゥリウス/9.ラモナ/12.ペレイラ/14.カロリーナ/11.ピント
 
向こうはどうも控え組で様子を見に来た感じであった。
 
しかしこれはチャンスである。
 
ティップオフはブラジルが191cmのピント、日本は182cmの華香で争うが、華香は9cmの身長差があるにも関わらず絶妙なタイミングで飛んで、わずかな差でボールをこちらにタップした。
 
早苗が取って攻め上がる。相手はいかにも強そうに見える王子にふたり付く。それで千里が放置される。早苗が千里にパスする。千里がスリーを難無く決めて0-3.
 
日本が先取点をあげた。
 

この回は立ち上がりから日本が猛攻を見せ、一時は4-12などという凄いスコアになったのだが、さすがに向こうは選手を替えてくる。しかしこちらは手を緩めない。いきなり千里が2本もスリーを決めたので、ガードをもう1人入れて背番号7のベニテスが千里に付いたのだが、止めきれない。ガードフォワードの背番号8リマに替えるが、それでも止めきれない。そして千里に警戒しすぎると、手薄になった王子がブラジルの長身のセンターやフォワードを蹴散らしてゴールを奪う。この2人にばかり気を遣いすぎると、すかさず玲央美が得点を奪う。
 
玲央美は近くからでも遠くからでも点数を取るので、極めて守りにくい。
 
そういう訳でこの第1ピリオドは13-24とダブルスコアに近い点差で日本がリードしたのであった。
 

しかしさすがに向こうも第2ピリオド以降は反撃してくる。
 
第2ピリオドでは恐らくベストメンバーと思われる陣営を投入。王子にも厳しいチェックで対抗してくるので、王子が思わず激高しそうになって、慌てて近くにいた彰恵がなだめる場面もあった。
 
アルベスはビデオでもある程度プレイを見ていたのだが、実際にコート上で対決すると、かなりすばしっこい。このピリオドで対決した早苗が完璧に競り負けていた。
 
それで第2ピリオドはブラジルがリードを奪い、このピリオドを23-17として、前半合計36-41と5点差に迫った。
 

第3ピリオドは19歳トリオ、絵津子・純子・王子に、センター2人を出して、超攻撃的布陣で行く(華香がキャプテンマークをつける)。
 
しかし向こうもフォワードやセンターを並べて点を取りに来る。
 
このピリオドではお互いよくブロックしたので、なかなか点が入らなかった。結局16-16で、日本が5点リードのままである。合計では52-57である。
 
日本の応援席が興奮しているが、ブラジルの応援席は必死で声援を送っている。
 
最後のインターバル、王子が
 
「このまま勝てますかね」
と言った。
 
「うーん。。。こういう場であまり勝敗は口にしない方がいいんだけどね」
と彰恵が言う。
 
「そうですか!?」
 
「勝敗を気に仕出すと概して良くない。全力を尽くすだけ」
 

最終ピリオド。ブラジルはフランシスコ196cm, カルネイロ193cm, ピント191cm, ベルト190cm, コスタ189cm と長身の選手を並べてきた。オルタネイティング・ポゼッションがブラジルだったので、ブラジルの攻撃から始まるが、ここからが物凄かった。相手は連携プレイ無し、全部個人技で攻めてきて、全員ダンクでボールをゴールに叩き込む。玲央美や王子が止めようとするが、止まらない。こちらがファウルを取られたりする。
 
それであっという間に20点取られ、逆転される。第4ピリオドの半分を過ぎたところで20-6、合計で72-63と9点差を付けられてしまった。
 
日本側応援席が悲鳴のような声をあげ、ブラジル側応援席は物凄い興奮である。
 
日本はタイムを取って選手を落ち着かせる。
 
王子は自分を見失っている感じだったのでも、いったん下げる。ポイントガードも早苗が消耗しているのでいったん下げて休ませる。千里・玲央美・彰恵・江美子・サクラというメンツで出て行く。
 
相手の勢いを「いなして」いくプレイに徹する。まともにぶつかってもパワーで負けるので、相手が個人技で来ているのを利用して、うまくトラップに嵌めていく。早めに静止して衝突した場合は相手のファウルが取られるようにする。
 
それで相手はファウルがかさみ、得点にならない。その間に千里や玲央美のスリーで反撃する。
 
それで22-14まで挽回し、74-71と3点差まで追い上げた。
 

しかしここで向こうはピントとベルトを下げて、アルベスとリマを投入する。そして彼女たちを核に、これまで見せていなかったコンビネーションプレイで点を取りに来た。
 
これは後から考えると、本当は予選リーグでは使いたくなかったプレイではなかろうかと思われた。
 
予選リーグではあまり手の内を見せずにおいて、決勝トーナメントで初めて出すつもりだったのかも知れないが、もうそんなことは言ってられなくなったのであろう。
 
190cmの背丈でスクリーンを掛けられると、こちらはどうにもならない。それでまた点差を付けられる。78-71になった所で日本がタイムを取る。
 

「お前たち素人?」
と篠原監督が厳しい顔で言う。
 
「スクリーンに背の高さなんて関係無い。どっちみち静止しているプレイヤーの身体を包む円柱はその選手の絶対優先領域。身長140cmでも身長200cmでもそれは関係無い。相手の背丈を気にしていたら世界では戦えないぞ」
 
「じゃ相手は140cmだと思っちゃえばいいですね」
と絵津子が言う。
 
こういう時の絵津子は便利な性格だ。
 
「そういうこと。だから普通のプレイをしろ。スクリーンを掛けたプレイヤーが動いたら、向こうの反則だ」
 

それで若手3人を出す。千里/玲央美/絵津子/純子/王子というラインナップである。
 
絵津子は元々背が低いので、国内の試合でもいつも背の高い相手と戦っている。それが180cmの相手か190cmの相手かというのは、彼女の背丈からは、ある意味、大差無いことかも知れない。
 
それで絵津子がうまくスクリーンを破ると、純子も絵津子に負けじと頑張る。王子は元々びびったりしない性格だ。一度ベンチに下がったことで冷静さを取り戻している。
 
それでここから相手のスクリーンをかいくぐって何とか相手の攻撃を止める。そしてこちらの攻撃につなげる。
 
千里と玲央美のスリーが入って、あっという間に78-77の1点差である。
 
しかしそこから向こうもカルネイロが頑張って個人技でゴールを奪い、80-77と突き放す。
 
日本側は速攻から千里がまたスリーを放り込む。
 
これで土壇場で同点に追いつく。
 
残り8秒である。
 
日本応援団が物凄い歓声である。
 
しかし向こうもセンターライン付近に居たリマにロングパス。リマが制限領域の近くまで走り込み、ミドルシュートを撃った。
 
これを純子がブロックしたが、ファウルを取られる。
 

フリースローである。残り時間はわずか1秒。
 
リマは慎重にセットしてまず1本入れる。
81-80.
 
続いてもう1本も入れる。
82-80.
 
ブラジル応援団が物凄い。
 
日本はロングスローインに賭ける。
 
千里がボールを審判から受け取ると、相手ゴールそばまで物凄い球を投げる。ボールは向こうに居た純子の所にジャスト飛んで行く。
 
そして純子がシュート。
 
しかし相手フランシスコがきれいにブロック。
 
直後に試合終了のブザーが鳴った。
 

純子が悔しそうな表情で頭を両手で抱えて座り込んだ。
 
この場面、左に王子、右の少し離れた所に純子が居て、相手は王子を使うだろうと思うだろうと予想して敢えて純子を使ったのだが、相手はちゃんと両方に警戒していた。
 
整列する。
 
「82 to 80, Brazil won」
と主審が告げる。
 
挨拶して相手選手たちと握手する。
 
日本選手は皆悔しいという顔であったが、勝ったブラジル選手たちにも笑顔が無かった。
 
BRA 13 23 16 30 | 82
JPN 24 17 16 23 | 80
 
こうして日本は初戦を落としてしまったのである。
 

この日の結果
 
LVA72○−×70UKR BRA82○−×80JPN RUS89○−×72AUS
 
暫定順位 1.RUS 2.BRA 3.LVA 4.UKR 5.JPN 6.AUS
 
1.RUS(1勝) 2.LVA(1勝) 3.BRA(1勝) 4.JPN(0勝) 5.UKR(0勝) 6.AUS(0勝)
 
暫定順位は得失点率で付いているので、1,2,3位に負けたチームが6,5,4位になる。一方A組の方はこのようになっていた。
 
CHN62×−○88ESP FRA86○−×42EGY USA93○−×68CAN
暫定順位 1.FRA 2.ESP 3.USA 4.CAN 5.CHN 6.EGY
 
フィオリーナと言った「3ポイント競争」だが、この日の主なシューターの成績は下記である。
 
日本・村山 7本
アメリカ・フィオリーナ 6本
オーストラリア・ハモンド 4本
スペイン・フェルナンデス 4本
 

試合が終わったのが12時半頃であったが、日本チームは着換えて昼食を取ると、誰に言われることもなく、練習場所に指定されている中学校の体育館に行き、黙々と練習を始めた。
 
篠原監督も高田コーチ・片平コーチも、何も言わずに選手たちの練習をじっと見つめていた。
 
「一息入れよう」
と言って、高居代表がケンタッキーフライドチキンの差し入れを持って来てくれた。
 
「わぁ!」
と歓声があがり、みんな練習をいったん休んで集まってくる。
 
「しかしカリフォルニアにもケンタッキーフライドチキンがあるんですね」
「まあ世界中にあるしね」
 
「お茶もありますよー」
と言ってロサンゼルス在住の日本人で組織してくれた支援グループの女性が4人で大量のペットボトルを運び込んできてくれた。試合中チアリーダーをしてくれていた女性の姿もあった。
 
「おお、伊藤園のお茶だ!」
「これアメリカでも結構広く売っているんですよね〜」
 

「やはり、私が『勝てるかな』とか言ったのが、よくなかったですかね」
と王子が言うが、あの時王子をとがめた彰恵が即否定する。
 
「関係無い。私たちの実力が足りなかっただけ」
「でも最後は向こうさん、マジ本気になってましたね」
 
「うん。それを引き出せただけでも良いことにしよう。今日の所は」
「やはり最初は弱小アジアとか楽勝と思っていたんだと思うよ」
「こちらの戦力を全く分析していなかったのが明らかだった」
 
「まあ日本は前の大会で10位、私たちのU19の時も7位だけど、あれはまぐれと思われたかも」
「いや、実際まぐれだったと思う」
「うん。様々な幸運が重なって、あそこまで行けた」
 
「前回は運良く油断していたロシアに勝てたからね」
「ふつう勝てる相手ではない」
 
「さて、明日はそのロシア戦な訳だが」
「前回対戦した時のメンバーが結構いますね」
「まあ前回やられているから、今度は最初からマジ100%でくるでしょうね」
 
「それでもまた勝てばいいね」
と千里たちは言い合った。
 

7月4日、サンフランシスコ近郊のバーリンゲーム市にあるX医院で、日本人の男子高校生がこの日女の子に生まれ変わった。
 
「おめでとう。あんたはもう女の子だよ」
と意識を取り戻した元息子に母は言った。
 
「ごめんね、お母ちゃん。私、女の子になっちゃって」
「あんたがそうしたいと願ったんだもん。それでいいんだよ。痛くない?」
「痛くないけど、まだ麻酔が効いているんじゃないかな。麻酔が切れた後が怖いよ」
と彼ではなく彼女となった高校生は答えた。
 
ナースコールに呼ばれて看護婦さんが入って来た。
「目が覚めたね。痛くない?」
「今はまだ痛くないです」
「凄く痛くなるから覚悟しておいてね」
「はい」
 
看護婦さんは体温・脈拍・酸素量を計って書類に書く。そして
「そうそう。これ交換しなくちゃ」
と言って《Mr. Masao Taira》というネームプレートを取り外し、代わりに《Ms Masa Taira》というネームプレートを取り付けていった。
 
母がじっとそのネームプレートを見ている。
 
「あんたは今日から正男ではなくもう真紗なんだね」
「うん」
と高校生は答えた。
 

7月5日。日本はこの日最後の試合、19:00から、ロシアと対戦した。
 
この試合でロシアは、千里たちも言っていたように最初からベストメンバーを揃え、いきなり全開で来た。第1ピリオドで20-12と大きく引き離される。しかしこちらもやられてばかりではない。元気のいい若手3人をうまく使い、その3人と千里・玲央美というパターンで第2ピリオドを反撃する。それでこのピリオドを16-22と日本が6点リード、前半合計では36-34と2点差で折り返した。
 
ハーフタイムが終わって出てきた時のロシア選手の顔が物凄く怖かった。クジーナなどこちらを睨み付けていたが、たちまち審判に警告をくらう。相手チームの選手に対して無礼な態度を取るのはテクニカルファウルである。もっとも悪質ではない場合は、最初警告してくれる。
 
「あれ、選手たち、きっとハーフタイムに監督から殴られているよ」
「ああそんな気がする」
「クリモナがほっぺを手で押さえてるし」
 
それで第3ピリオドは最初ロシア側が猛攻を見せるものの、すぐに日本も挽回する。向こうが強気で、しかも挑発してくるのに対して、こちらは彰恵や千里など冷静さを保てるメンツでこのピリオドを運用したので、そういうプレイがことごとくファウルを取られる。
 
これでコフツノフスカヤが退場になってしまう。
 
そして結局このピリオドは18-15と互角の戦いであった。ただ点差としては5点に広がってしまった。ここまで54-49である。
 

第4ピリオド、どちらも総力戦の様相となった。
 
厳しいプレイの連続なので、今度はプロツェンコまで5ファウルで退場になってしまう。しかし日本側は篠原さんが特に激高しやすい王子やサクラなどに釘を刺しておいたので、冷静にプレイする。こちらはほとんどファウルを取られない。
 
そしてゲームの進行は均衡していた。
 
こちらは5点のビハインドを背負っているので、何とか相手より多く点を取らなければならないのだが、比較的冷静なモロゾヴァがこちらの攻撃パターンを読んでいるかのようなうまい守備で取らせない。
 
それで結局このピリオドを19-20で終わることになってしまった。
 
終了時にボールを持っていたのは絵津子でゴール目掛けて、思いっきり投げたものの、バックボードにも当たらなかった。彼女が頭を抱えて座り込む。
 

審判が整列を促す。
 
「73 to 69 Russia won」
 
どちらの選手も疲れ切った表情でお互いに握手したりハグしたりする。
 
クジーナとハグした時、彼女が厳しい顔で千里に言った。
 
「вы наши соперници(君たちは私たちのライバルだ)」
 
千里は微笑んで答えた。
 
「давайте снова сыграем(またやりましょう/また遊びましょう:掛詞)」
 
それで再度彼女とハグした
 

そういう訳で日本は今日も落として2連敗となってしまったのである。
 
RUS 16 18 20 19 | 73
JPN 22 15 12 20 | 69
 
この日の結果。
 
BRA88○−×61UKR AUS72○−×63LVA RUS73○−×69JPN
 
暫定順位 1.BRA(2勝) 2.RUS(2勝) 3.AUS(1勝) 4.LVA(1勝) 5.JPN(0勝) 6.UKR(0勝)
 
この時点ではまだ全てのチームに決勝トーナメント進出の可能性があり、また全てのチームに落選の可能性もある。
 
一方A組はこのようであった。
ESP83○−×41EGY CAN69×−○83FRA USA91○−×51CHN
暫定順位 1.ESP(2勝) 2.USA(2勝) 3.FRA(2勝) 4.CAN(0勝) 5.CHN(0勝) 6.EGY(0勝)
 
3ポイント成績
日本・村山 13本
アメリカ・フィオリーナ 12本
オーストラリア・ハモンド 8本
スペイン・フェルナンデス 7本
 

昨日は午前11時の試合だったので、その後練習したのだが、今日は19時の試合だったので、もうホテルに帰ってシャワーを浴びて夕食を取ったら寝ようということになった。
 
この日は気分を変えようということで、ホテルの外に出て、ステーキハウスで夕食を取った。
 
「あと4点だったんだけどなあ」
「その4点がやはり実力差なんだよ」
「まあ向こうが調子悪かったら、ひょったしたら勝てたかもというレベルかもね」
「実際2年前は勝っちゃったしね」
 
「とにかくお肉食べよう」
「うん。このお肉、柔らかくて美味しい」
 

この日は夕食後は早めに寝て明日の試合に備えなさいという指示であった。実際問題として、練習場に割り当てられている中学校の体育館は夜間は使用することができない。ロサンゼルスの夜間は危険なので外出自体が禁止である。
 
しかし、絵津子と純子に王子が千里の所に来た。
 
「千里さん、例の場所ってアメリカからも使えますよね?」
「使えるよ」
「練習したいんです」
 
「だったら、あと2人呼ぼう」
それで千里は江美子と玲央美を呼び出した。
 
「またあそこで練習か?」
と玲央美が言う。
 
「むろん、寝ていた方がいいと思う」
「いや、今日の試合はスッキリしなかった。少し汗を流した方が気持ち良く眠れる気がする」
 
それで千里は美鳳さんに頼んで、この6人を月山頂上のバスケットコートに転送してもらった。
 
ここは普通の人には単にバスケットのゴールが1個置かれているだけにしか見えない。しかし特殊な方法でここに来ることにより、バスケットコート(片側だけのハーフサイズ+シュート練習用のゴール3つ)が出現するのである。これは美鳳さんと京平が共同で作ったものである。
 

6人なので千里・江美子・絵津子vs玲央美・純子・王子で3on3をかなりやった。千里たちが168, 166, 164cmで、玲央美たちは181, 180, 183cmということで、この対決は小型選手と大型選手の対抗戦なのである。
 
これが千里・江美子・玲央美vs純子・絵津子・王子の対決なら、千里たちの圧勝になる所だが、玲央美が向こう側に入っているので、かなりうまくやられてしまう。それでこれはかなり良い勝負になった。
 
更に江美子や絵津子にとっては大型選手に対抗する練習になるし、純子や王子にとっては、シューターの千里、変幻自在の江美子、スピードのある絵津子という全く違ったタイプの相手を如何にして同時に止めるかという難しい練習になるのである。
 
それでお互い工夫も出てくるし、不用心だった所を修正して行く。2時間、3時間と練習している内に、今日の試合で不完全燃焼だった部分がスッキリしていくし、感覚も研ぎ澄まされて行った。
 

バーリンゲームの病院に入院している平良真紗はこの日、医師の診察と包帯交換で初めて手術後の自分の股間を見た。
 
「わぁ」
と思わず声が出る。真紗はこの時、物凄く感動していた。
 
余計なものは全て無くなってスッキリした形になり、美しい縦のグランドキャニオンができている。まだ手術直後なので、その左右に1本ずつ縫い目の跡もある。ヴァギナの詰め物も交換するが、こんな大きなものが自分の身体の中に入るのかと、意識革命が起きる気分だった。
 
なお、性転換手術の後で左右に1本ずつ縫い目ができるのは、最初会陰部を切開して睾丸を摘出、陰茎海綿体を切除した上で、陰茎付近の皮膚を下に引っ張っていき、陰茎皮膚を反転して体内に押し込みヴァギナとするためである。つまり切開した所に前の方の皮膚を填め込んで女性の陰部を形成するので、切開部分に割り込ませたことで、縫い目が2つできるのである。
 
「後悔したりはしてない?」
と念のため女性の医師が訊く。この医師も実は元男性である。自身が性転換した後、性転換手術をする医師になったという人は割といる。
 
「とんでもないです。嬉しくて涙が出そうです」
「女の子になれて良かったね」
「はい。ありがとうございます。先生のおかげです」
 

7月6日(水)。U21世界選手権は予選リーグ3日目を迎える。
 
ここまで2日続けて僅差の試合を落としているだけに今日はそろそろ1勝をあげなければ決勝トーナメント進出がかなり厳しくなる。
 
この日9時,11時はA組の試合だったので、日本−ラトビア戦は13時からの試合になった。午前中7−9時に軽い練習をした上で休憩を取り(仮眠した子が多かった。千里や玲央美も寝ていた)、そして軽食を取ってから会場に入った。軽いウォーミングアップや柔軟体操をしてからフロアに入る。
 
現在ラトビアは暫定4位、日本は暫定5位で、決勝トーナメントに進出するには、どちらにとっても負けられない試合である。
 

ラトビアの選手登録はこうなっている。
 
PG 7.ラクサ166, 12.アガレ170
SG 8.アンティピーナ167, 9.クレスリーニャ184
SF 5.チュミカ176, 13.タラソバ173
PF 6.クラスティーニャ184, 14.ヴァシレフスカ182, 15.イブラギモヴァ181C 4.ロチャーネ196, 10.マティーサ194, 11.オーズメナ192
 
「ここもセンターは3人とも190cm越えか」
「まあ世界に出てきたら、そんなチームばかりさ」
 
「シューティングガードとパワーフォワードに同じ名前の人がいるのは姉妹ですか?21歳と19歳だし」
という質問があるが
 
「姉妹ではないよ。似ているけど違う名前だよ」
と高田コーチが言う。
 
じっと見ていて「クレスリーニャ」と「クラスティーニャ」で微妙に違うことが分かる!
 
「違う名前だったのか!」
と声をあげた子が何人も居た。
 
「見間違いそー」
「番号も6と9か」
「ちなみにこの2人、体格も似てるよ」
「うむむむ」
 
ちなみにラテン文字で書くとKreslinjaとKrastinjaである。
(セディーユ付きのn(エニュ)をnjで表現した。なお本当はeはマクロン付き(ガライス・エー)である)
 
「体格のいいシューティングガードということは、スラッシャータイプですか?」
「そうそう。この子に安易に侵入されると辛いよ」
「もうひとりのアンティピーナは背が低いですね」
「そちらは完全なシューター型だね。この子から離れて守ると即スリーを撃たれる」
 
「違うタイプのシューティングガードを備えているのは、気をつけないといけないですね」
「うん。どちらが出てきているかによって、相手の攻め方ががらりと変わる」
と高田コーチは言った。
 

試合の冒頭、ラトビアはそのスラッシャー型のクレスリーニャを入れてきた。フォワードのクラスティーニャも入っているので、確かに紛らわしい。最初日本側の守備が混乱して10-4まで行くが、そこから挽回していく。
 
「髪の色が違う」
「うん。どちらもブロンドだけど、色の濃い方がSGで、薄い方がPFだ」
 
そのあたりは今朝見た映像ではよく分からなかったのである。実地に見て判別が付いた。
 
それで2人の区別がちゃんと付くようになってからは混乱も収まり、ちゃんと対処できるようになる。そして千里・王子・玲央美が遠近両方から得点を挙げ、何とか追いつく。
 
結局日本は最終的に1点差まで迫り、19-18の1点差で第1ピリオドを終えた。
 

第2ピリオド、向こうは今度はシューター型のアンティピーナを入れてきた。しかしこのタイプのシューターには、日本側も日々千里と一緒に練習しているので対処法が分かる。瞬発力もスピードもある絵津子が付いて、絶対に離れないようにして守る。アンティピーナがなかなかフリーになれず、イライラしているのが見て取れた。
 
もっとも彼女を抑えていても190cm代のセンターの破壊力は大きい。向こうもしっかり“屋上パス”でつないで、ダンクで確実にゴールを奪う。
 
それで第2ピリオドも拮抗した点数になり、このピリオドは15-17と日本が2点リードする形で終えた。前半合計は34-35である。
 

第3ピリオド、ラトビアはスラッシャー型のクレスリーニャ(濃いブロンド)とシューター型のアンティピーナ、更にフォワードのクラスティーニャ(薄いブロンド)も投入してくる。
 
的を絞らせない攻撃で、様々なパターンから得点を奪う。
 
日本側はこの攻撃に対処のしようがなく、途中1度タイムを取って作戦を練ったものの妙案は出ず、結局このピリオドで21-14と7点差を付けられた。
 
ここまでの合計得点は55-49と6点差である。ラトビアの応援団が興奮している。日本の応援団も必死に応援してくれる。
 

千里は最後のインターバルの2分間、じっと目を瞑っていた。実は監督の話も聞いていない。それで監督から
 
「村山聞いてる?」
と訊かれる。
 
千里は目を開けて答えた。
「要するに勝てばいいんですよね?」
 
「うん。勝とう」
 
「1人1人が相手に勝てばいいと思うんです」
と千里が言うと、玲央美も似たことを考えていたようで、こう言う。
 
「結局作戦とか考えても、向こうは思わぬコンビネーションで攻めてきます。1人1人が相手の1人1人を抑えるしかないという気がします」
 
片平コーチが言った。
「シューターのアンティピーナは村山(千里)、スラッシャーのクレスリーニャは佐藤(玲央美)、フォワードのクラスティーニャは高梁(王子)、もうひとり多分入ってくるフォワードのチュミカは湧見(絵津子)、センターのロチャーネは熊野(サクラ)で、各々相手を抑えてしまえば勝てるね」
 
「それって、こちらは全員、本能型ですね」
「そうそう」
 
正確には玲央美以外が本能型だ!
 
「相手の方が実力が上なんですよ。こういう相手には頭で考えても勝てないです。本能で何とかするタイプが有効だと思います」
と彰恵も言った。
 
「よし、それで行こう」
と篠原監督も言い、その5人で出て行く。
 

ラトビアはやはり最後のピリオド、突き放そうというのでポイントガードを入れずに、こちらの予想に近い陣営で出てきた。但しスモールフォワードはチュミカではなく、タラソバが出てきている。絵津子にそのままタラソバに付くよう、キャプテンマークを付けている玲央美が指示を出す。
 
それでゲームが再開されるが、このピリオドではコンビネーションは考えずに各人がそれぞれ自分の相手に仕事をさせないように動いた。
 
最後は個人vs個人で勝つしかないというスポーツでの究極の原理である。
 
千里・玲央美・王子は、アンティピーナ・クレスリーニャ・クラスティーニャをほぼ止める。絵津子とサクラはタラソバとロチャーネにやや負ける。でも他の3人は原則としてフォローしない。絵津子とサクラ自身に頑張ってもらうしかない。
 
しかしこれで一時的に4-8となり合計59-57と2点差まで迫る。すると向こうは日本のディフェンスを見て、スクリーンを掛けてきた。
 
日本チームはこれまでスクリーンを掛けられていたら、概してスイッチしていた。
 
つまりマッチアップする相手を変更して、スクリーナーに付いていた選手がボールマンを追いかけるようにしていた。しかしこのピリオドではスイッチせずに元々のマッチアップしていた選手がファイトオーバー(そのままスクリーンの外側を無理矢理追いかける:後ろから追う形になる)あるいはスライドスルー(スクリーンの内側をショートカットして追いかける:運がいいと相手の前に回り込めるが相手を一瞬フリーにしてしまう)して、とにかく相手に付いていくようにした。
 
すると、結果的に相手にシュートを撃たれたとしても、その精度が大きく落ちる結果となった。
 
リバウンドになった場合、相手センターのロチャーネは196cmに対してサクラは182cmしかない。14cmの身長差はリバウンド争いには絶対的に不利である。しかしサクラは勘の良い選手で、ボールが落ちてくる所にジャスト居ることが多い。それでこの身長差のハンディを補うので結局4割くらいサクラがリバウンドを取ってくれた。
 
結局この後、試合は互角の戦いとなった。
 
第4ピリオド初期の日本側の猛攻の結果がそのまま保たれる形になり、日本が追いつくとラトビアが2点入れ、という形で予断を許さない状況でゲームは進行した。
 
残り2分になって相手はタラソバに代えて長身のマティーサを入れて来た。日本は背が低くスピード型の絵津子に変えて長身の純子を入れる。疲労しているサクラを華香と交代させる。それ以外のマッチアップはそのままにしてゲームは進む。相手チームはなかなか日本選手を振り切れないのでイライラしている感があった。
 
ロチャーネが強引に華香を突き飛ばすようにしてゴールを決めるがファウルを取られる。これが5つ目のファウルとなり、キャプテンのロチャーナが退場になる。ラトビア側が動揺しているのが明らかに分かった。
 
しかしそういう時こそ遠慮無く攻める。
 
残りは1分ほどである。
 
相手はロチャーナに代えてもうひとりのセンター・オーズメナを投入するかと思ったのだが、スモールフォワードのチュミカを投入してきた。日本は華香に代えて彰恵を投入する。彰恵がチュミカに対抗する。
 
この時点でマッチアップはこのようになっている。
 
千里−アンティピーナ
玲央美−クレスリーニャ
王子−クラスティーニャ
彰恵−チュミカ
純子−マティーサ
 
日本はこの攻撃のチャンスをしっかり決めて65-65の同点とする(45秒)。
 
そして相手の攻撃だが、向こうは速攻で来た。チュミカ、タラソバからアンティピーナにつないだものの、千里がピタリとマークしているので、どうにもシュートができない。
 
バウンドパスでマティーサにつなごうとしたが、純子がうまくカット(38秒)。こぼれ球を彰恵が拾って速攻。彰恵から王子につないだのだが、王子のシュートは入ったように見えたのがボールがゴールから飛び出してしまった(32秒)。
 
「うっそー!?」
と王子が叫んだが、リバウンドを取ったのはクラスティーニャである。
 
ラトビアはゆっくりと攻め上がる。ゴールを決めた後、日本にできるだけ時間を残さないためである。結局23秒掛けてマティーサがダンクでゴールを決めた。純子とノーチャージ・セミサークルの“わずかに外側”で激突したものの、審判はファウルを取らなかった。
 
得点は有効で残り9秒で67-65である。
 

ラトビア側は全員急いで戻っている。
 
日本も急いで攻め上がるが、相手はここでゾーン・ディフェンスを選択し、がっちりと制限エリアを守り、ひとりアンティピーナだけが、怖いスリーのある千里に付いている。
 
司令塔役の彰恵が玲央美にパスする。
 
玲央美がスリーを撃つ体勢に入る。
 
玲央美はこの試合2つスリーを決めている。
 
そうだ!こいつも危なかったと思い出したかのように慌てて近くに居たマティーサが玲央美に突進してプレッシャーを掛ける。マティーサが飛び出して出来た穴を、アンティピーナが埋めに走る。
 
玲央美はジャンプシュートをするかのように見せて、空中でパスに切り替え、アンティピーナが離れて一瞬フリーになった千里に送った。
 
千里がシュートする。
 
千里に駆け寄ったクレスリーニャが思い切りジャンプしてブロックを試みる。
 
同時に試合終了のブザーが鳴る。
 

全員が千里の撃ったボールの行方を見る。
 
千里のシュートはブロックを避けるように高い軌跡を描き、ダイレクトでゴールに飛び込んだ。
 
千里の近くにいた純子が千里に飛びつく。
 
ラトビアの選手が天を仰ぐ。
 
日本側の他の選手もみんな千里に飛びついた。
 

「68 to 67, Japan won」
と主審が告げた。
 
お互いに握手をして健闘を称え合ったものの、ラトビア選手たちが本当に悔しそうであった。日本選手はみな歓喜に沸いており、ベンチにいた選手たちからたくさん叩かれる。特に最後にゴールを決めた千里とアシストした玲央美は袋叩きされる感じであった!
 
こうして日本は貴重な1勝をもぎ取ったのである。
 
Japan_ 18 17 14 19 |68
Latvia 19 15 21 12 |67
 

3日目の結果。
 
LVA67×−○68JPN AUS81○−×61UKR RUS82○−×68BRA
 
暫定順位 1.RUS(3勝) 2.BRA(2勝) 3.AUS(2勝) 4.JPN(1勝) 5.LVA(1勝) 6.UKR(0勝)
 
日本とラトビアは同じ1勝だが、直接対決で日本が勝ったのでラトビアを上回って4位に浮上した。
 
また今日の時点でロシアの決勝トーナメント進出が確定した。ロシアは残り2試合に負けても4位以下になることはない。
 
・ウクライナは最大勝っても2勝である。
・日本は3勝になってもロシアとの直接対決に敗れている。
・ラトビアがもしあと2勝して3勝になった場合、ブラジルは最大3勝にしかなれず、ブラジルはロシアに負けている。従ってラトビアとブラジルの双方がロシアを上回ることはできない。
 
つまりロシアより順位が下のチームが確実に3つあるので、3位以上であり、ロシアの決勝トーナメント進出が決まったのである。
 
A組の結果。
CHN88○−×65EGY CAN83×−○88ESP USA85○−×82FRA
 
暫定順位 1.ESP(3勝) 2.USA(3勝) 3.FRA(2勝) 4.CHN(1勝) 5.CAN(0勝) 6.EGY(0勝)
 
A組ではスペイン・アメリカの決勝トーナメント進出が確定した。エジプトとカナダはもう3勝以上になれないので、現時点で3勝しているチームは4位以上が確定である(実際にはアメリカは3位以上が確定している)。
 
フランスは残りスペインと中国に敗れ、カナダが中国とエジプトに勝った場合、2勝で3チームが並んで得失点率の勝負になる可能性がある。
 

日本チームは自分たちの試合が終わると、残りの試合は見ずにすぐに練習場所に指定されている中学校の体育館に行き、かなり濃厚な練習をした。
 
個人対個人の勝負というのは、明日・明後日の試合でも恐らく要求されるので今日相手に負けていた絵津子とサクラが、玲央美と彰恵を相手に練習する。純子、華香も江美子、星乃を相手に練習する。王子は百合絵や海島斉江などとやっていた。他の面々も各自マッチングやシュートの練習を重ねた。
 
今の日は少し気分を変えて、郊外のキャンプ場に行き、バーベキューをした。
 
「自分はもっともっと強くなりたい」
と王子(きみこ)が言っている。
 
「キーミンは、高校卒業したら、またアメリカに留学するといいかもね」
と玲央美が言う。
 
「それやりたいです」
「多分藍川さんも賛成してくれると思うよ」
 

「でも私、たくさん藍川さんに支援してもらっているのに、いいんですかね?」
 
「全然問題無い。藍川さんは、強いバスケ女子を育てたいんだよ。ジョイフルゴールドを作ったのも、それが目的。だから、キーミンは高校卒業したら、籍だけうちに置いて給料もらって、夏の間は代表活動、冬の間はアメリカの大学リーグNCAAとかで鍛えるといいと思う」
と玲央美は言う。
 
「全然ジョイフルゴールドの試合に出なくてもいいんですか?」
 
「キーミンが活躍していれば、それがちゃんと会社の広告塔になるから問題無い。キーミンがユニフォーム姿で、笑顔で写っているポスターが銀行の支店内に貼られて、キーミンのグッズが定期預金してくれた人に配られたりして」
 
「あ、それいいなあ」
と王子。
 
こういうのを恥ずかしがる子と、そういうのがむしろ好きな子がいるが、そういうのが好きな子の方が“スタープレイヤー”向きである。
 
「サインの練習しなくちゃね」
と絵津子が言うと、王子は不安そうな顔になる。
 
「私、字が凄い下手なんですけど、どうしましょう?」
「ボールペン字講座でも受講する?」
「ちょっとやってみよう」
 

「まあタイミング合えば、オールジャパンにだけ出るとか」
と玲央美。
 
「オールジャパンだけに出るというのは横綱相撲だな」
と高田コーチが言う。
 
「いや、そのくらいやった方がいいと思う」
と千里も賛成する。
 
「日本のリーグにこだわっていたら、世界に通用する選手はなかなか育たないよ。きみちゃんは、強い所で揉まれた方がいいと思う」
 
「まあNCAAの男子リーグに行くか女子リーグに行くかが問題だな」
などと純子がおちょくる。
 
「男子とやりてぇ」
と王子。
 
「性転換する?」
「性転換したーい。生理も面倒くさいし。でも性転換したら、母ちゃんに泣かれそう」
「諦められていたりして」
 

千里は食事が終わってホテルに戻った後、今日の試合成績を見て、フィオリーナが今日は2本しかスリーを決めていないことに驚いた。
 
3ポイント成績
日本・村山 19本
アメリカ・フィオリーナ 14本
オーストラリア・ハモンド 13本
スペイン・フェルナンデス 11本
 
フィオリーナは昨日までは千里と1本差だったのだが、今日の試合で千里がスリーを6本入れたのに対して、フィオリーナは2本しか入らなかった。それで今日は5本差になってしまったのである。
 
千里はフィオリーナに電話してみた。
 
「ハイ!シャーロット。今日は体調でも悪かったの?」
「ハイ!チサト。それがさあ。今日はどうにも不可解(beyond my understanding)でさあ」
「不可解?」
 
フィオリーナは少し考えていたようだが、千里に訊いた。
 
「もし良かったら、私のシュートを見てくれない?今から」
「今から?OK。どこに行けばいい?」
 

夜間の外出は禁止されているが、ライバルの失調は千里としても放置できないので高田コーチに相談したら、高田コーチが付き添って、指定された体育館まで一緒に行くことにした。
 
もう22時近いのに、アメリカチームはまだ練習していたようだ。さすがチャンピオンはそれなりの努力をするもんだなと思った。
 
それでフィオリーナがシュートするのを千里は見ていたのだが、彼女は練習で撃ったシュートは100%入れてしまう。
 
「どこもおかしくない。フォームも腕の使い方も正確」
と千里は言った。
 
「やはり?何で試合中全然入らなかったんだろう」
 
「ビデオとか撮っていますか?」
と高田コーチが訊く。
 
アメリカチームのスタッフさんが、今日の試合を録画したビデオを再生してくれた。
 
千里はそのビデオをじっと見ていた。
 
「シャーロットが外した時って、いつも近くに相手チームのガスレスタがいましたね」
 
アメリカチームの数人の選手が顔を見合わせた。
 
「こんなこと言ったら、頭おかしいのではとか言われそうだけど、ガスレスタって何か魔法の類いを使ってない?」
とキャプテンで千里とも顔見知りのサミットが言う。
 
「あ、それ私も感じた」
と副キャプテンのカーター。
 
「私も外す筈の無いランニングシュートが外れた時に、近くにガスレスタが居て、こちらをじっと見つめていたんだよ。その視線がちょっと気味悪かった」
 
「今日はとにかく全員シュートの精度が極端に悪かったんですよね。それでも充分な力の差があるから何とか勝ちましたけどね」
とアメリカのコーチは言っている。
 
今日のフランスとアメリカのスコアは82-85である。アメリカにしては随分苦戦した感じである。
 
「ガスレスタって2年前のU19の時もいましたっけ?」
「いや、居なかった。実は今大会に登録されるまで、全然知らなかった」
「ここ1年で急成長したみたいですね」
 
千里は高田コーチに訊く。
「うちもフランスと当たる可能性ありますよね?」
「準々決勝で当たる可能性があると思う。向こうがA組2位、こちらがB組3位とかになった場合」
 
「まあ急成長は、うちのフィオリーナとかもそうだけど、ガスレスタの場合はひょっとしたら何か別の要素があるかも知れませんね」
 

この日はせっかくここまで来たからというので、フィオリーナと千里がスリーポイント勝負をやってみた。
 
1本ずつ交代で撃って、30本撃った時の入った本数の勝負ということにしたのである。
 
ところが30本撃っても、千里もフィオリーナも全く外さない。
 
「これこのまま続けたら200-300本撃つハメになるよ」
と高田コーチが言う。
 
「じゃ強制的に精度を落とさせよう」
 
それでスモールフォワードのジンジャーとペパーが出て、その2人がディフェンスしている状態でシュートする方式に変える。するとさすがに2人とも全部入れるということはできなくなる。
 
30本撃った結果、千里が22本、フィオリーナが19本であった。
 
「負けた!」
とフィオリーナが素直に敗北を認める。
 
「でも私はそちらの選手に未知だったアドバンテージがあったと思う」
と千里。
 
「未知だったのをかなり知ることができた」
と向こうのコーチは言っている。
 
「いや2年前に見た時より遙かに巧くなっている」
とサミットが言う。
 
これに対して千里は
 
「少しくらいネタバレした所で、日本とアメリカがぶつかった時の試合結果がひっくり返るとは思えないから全然問題無いです」
 
と言ったので、高田コーチが苦笑していた。向こうの選手やコーチたちはどんな顔をしていいのか分からず困ったような感じであった。
 
しかし千里は最後に
「今年まではですね」
と付け加えた。
 
それでアメリカの選手たちの顔が一様に引き締まった。
 
アメリカと日本がユニバーシアードで延長戦にもつれる接戦を演じることになるのは、4年後、2015年7月である。
 
「決勝戦で会いましょう」
「ええ、それを楽しみにしましょう」
 
と言って高田コーチと向こうのコーチが握手してこの日は引き上げた。アメリカのスタッフが2人をホテルまで車で送ってくれた。
 
 
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【娘たちの世界挑戦】(1)