【娘たちの年末年始】(4)

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1月7日金曜日の朝、夏恋が起きて御飯を炊かなきゃと思い、宿泊棟のキッチンに行ってみると、既に千里がお米をといで炊飯器をセットしている所だった。
 
「あれ〜?もう戻って来たの?」
「うん。昨日の最終で帰って来たよ」
と千里は笑顔で言う。
 
「北海道に日帰りって凄いハードスケジュールだね!」
 
昨日の旭川往復はこんな感じであった。
 
羽田1435-1615旭川
旭川市内で1700-1900会議
旭川2020-2205羽田
 
むろん交通費(プレミアムクラスの料金)は天津子からもらっている。それ以外に会議出席の謝礼で30万円もらっている。
 
羽田空港との往復はインプレッサを使っているのだが、さすがの千里も疲れたので昨夜は桃香のアパートで寝た。ただし桃香自身は夜間の電話受付のバイトに行っており、その日は千里と朱音が桃香のアパートに泊まった。千里は今朝は炊飯器のタイマーをセットした上で、ぶりは切り身にしてロースターで焼けばいいだけにして出てきたのだが、実際にはロースターを使うのをめんどくさがって、朱音はレンジでチンしてから、醤油を掛けて食べたようである。
 
千里が桃香のアパートに「霊的な処理」をして以降、ここはみんなの宿泊所という様相が強くなってきている。千里も結局本棚・衣装ケース・冷蔵庫をここに置いているが、朱音や玲奈もけっこうここに私物を置いている。それどころか千里の衣装ケースの段の1つが、いつの間にか朱音の服で埋まっていた!
 

N高校のメンツはP高校との合同合宿を8日午前中までみっちりやり終えると、そのP高校のメンツと一緒に代々木に出て、この日行われるオールジャパン準決勝の2試合を見学した。
 
エレクトロウィッカ×−○サンドベージュ
ブリッツレインディア×−○レッドインパルス
 
花園亜津子のエレクトロウィッカはここで消えた。亜津子はかなりのスリーを放り込んだのだが、女王の壁には届かなかった。しかしサンドベージュは連日精神を削られる試合を続けているなと千里は思った。
 
レッドインパルスにはN高校出身の川西靖子さんが事務方として入っているが、今年は彼女はベンチにも入ってスコアを付けたり色々監督からデータを尋ねられている感じであった。
 
「康子さん、スマホみたいなのでスコアつけてますね」
と司紗がその様子を見て言った。
 
「電話機でスコアが付けられるの?」
「たぶんそういうアプリがあるんだと思う。あるいは、元々あそこはコンピュータの会社だし、自社開発かも」
「なるほどー!」
 
あとで康子さんから教えてもらったが、そのアプリは敵味方の選手の出場時間や試合途中までの個人別成績、過去の試合との比較などを瞬時に表示できる優れ物らしい。アメリカで開発されたものを自社で日本語対応に改造し、取り敢えずWリーグの選手のデータベースも登録しているらしい。
 
モニタリングテストの名目でそちらにコピー渡そうか?と言われるので、ぜひぜひと言い、ローキューツで司紗が、N高校で取り敢えず南野コーチが各々のスマホにインストールしてもらっていた。複数コピー欲しかったらまた言ってねということであった。
 

準決勝を見た後、P高校は自分たちの宿舎に戻り、明日の決勝戦まで見てから北海道に戻る。N高校の部員たちは今日までなので、いったん千葉に戻り、体育館と宿舎の掃除をして、夕方、合宿所を後にした。暢子・留実子も彼女たちと一緒に旭川に帰る。そして千里も彼女たちに同行して北海道に帰ることにした。
 
しかし千里は6日に旭川まで往復して来て、今日また北海道に行くが、明日はまた千葉に戻る予定である。それを言うと夏恋が「ジャパニーズ・ビジネスマンだね」などと言っていた。
 
旭川に戻る学校のバスにも留実子・暢子ともども同乗させてもらう。そして途中の砂川SAで降ろしてもらう。
 
なお留実子は明日旭川の成人式に出るので、留萌では出ないということであった。母親からは日程がずれてるから両方出ればいいのにと言われたらしいが、面倒くさいと言ったらしい。千里は2日で出れば着付け代金も2回分必要なことを気にしているのではと思ったので
 
「サーヤ、明日は私が着付けしてあげようか?」
と言ったのだが、
「千里、それでなくても明日は忙しそうなのにいいよ」
と言っていた。
 
なお留実子の姉(元兄)は札幌で美容師をしているが、彼女は自分の美容室の着付けの仕事で手一杯で、妹の着付けまでしてあげる余裕がないようである。
 

そういう訳で千里はひとり砂川SAで降りたのだが、ここに千里の母が年代物のヴィヴィオで迎えに来てくれている。
 
「ごめんね〜。遅い時間に」
 
「父ちゃんを札幌まで送っていった帰りだし」
 
と母は言う。この週末、父は放送大学のスクーリングに行っているのである。千里は女の子モードでは実家に泊まれないし、貴司の実家に1晩泊めてもらおうかとも思っていたのだが、父不在なので安心して実家に泊まれることになった。
 
それで千里はヴィヴィオの助手席に乗り込んだ。
 
「お母ちゃん、疲れてない?私が運転しようか?」
「大丈夫大丈夫。実はこのサービスエリアで2時間くらい仮眠してたんだよ」
「だったら大丈夫かもね」
 
ところが千里が乗ってから少し走っていると、車のエンジンが異様な音を立てる。
 
「何これ?」
「ああ、こないだから時々こんな音してる」
「大丈夫なの〜?」
「どうかなあ。でも新しいの買えないし」
「これ車検いつまで?」
「今年の7月なんだけどね」
 
「それに合わせて買い換えない?さすがにこの音はやばいと思うよ」
 
などと言っていたら、エンジンが物凄く変な音を立てて停まってしまう。津気子は慣性を利用して、何とか車を脇に寄せて停めた。
 
「どうしよう?停まっちゃった?JAF呼べばいいんだっけ?でも会費払えなくて退会しちゃったから、呼んだら年会費も払わないといけないよね?」
などと母はうろたえている。
 
「高速でJAF呼ぶと警察ももれなく付いてきて、切符まで切られるからなあ」
と千里は言って車を降りる。
 
『こうちゃん、これ分かる?』
『エンジンのクーラントが漏れてる。たぶんどこかに小さな穴が空いている』
『どうすればいい?』
『取り敢えず水を入れておけばいい。水あるか?』
 
「お母ちゃん、水とかある?」
「さっき飲みかけのでよければ」
 
それで千里はボンネットを開けると、《こうちゃん》の教えてくれた場所のふたを開け、そこから水を注入した。
 
『千里、次のPAでもSAでもいいから駐めて、水を調達しておけ』
『うん』
 
千里が運転することにする。取り敢えず車はエンジンが始動して発進するが、エンジンの調子はあまりよくない感じである。すぐに秩父別PAがあるので、そこに入れて駐め、千里は車内に転がっているペットボトル3本にトイレで水を汲んできた。
 
『こうちゃん、どう?まだ漏れてる?』
『かなり減ってる。取り敢えず補充しろ』
 
それで千里はまたボンネットを開けて水を入れておいた。その分また水を汲んでおく。
 

結局、高速を降りてからも2回水を補給して、何とか自宅に辿り着いた。
 
「遅かったね。飛行機遅れた?」
と受験生のはずが、寝転がってゲームをしている玲羅が訊く。玲羅は結局、5日になって留萌に帰って来たらしい。どうも受験勉強は全くする気が無いようである。
 
「車のエンジンがオーバーヒートして。何とか騙し騙しここまで戻ってきた。このまま修理工場に持ち込まないとダメって感じ」
「あらら」
 
ともかくも、その日はお風呂に入って寝た。
 
翌朝、5時に起きる。《こうちゃん》に車を見てもらう。
 
『車の買い換え推奨』
と《こうちゃん》は言った。
 
『まあ限界かも知れないよなあ』
 
と千里も言う。この車は確か千里が幼稚園の頃に10万円で買ったものである。1992年型なので、既に18年以上走っている。しかし1992年に出た車を1995年頃に10万円で買えたということは、どう考えても事故車だ!それを買ってから15年乗り続けてきたこと自体が驚異である。ただ母はそんなにドライブする方ではないので、走行距離としてはまだ16万kmくらいである。
 
『千里、親孝行でレクサスくらい、ぽんと買ってやれよ。金はあるだろ?』
『私にお金があると分かって、両親が堕落するのが怖いと思っている。しばしばアイドル歌手の親が身を持ち崩している。子供の稼ぎに依存して金使いが荒くなって、最後は莫大な借金を背負って子供の生活と芸能活動まで破壊してしまう。私は芸能界に関わってからのこの4年間だけでもそういう例をいくつも見た』
 
『確かになあ』
 
『だから、私に経済的なゆとりがあると思われるのは困るんだよ』
『じゃ、新しい中古車でも買ってやったら?』
『そうしようかな』
と千里はため息をついて言った。
 

千里は保志絵さんに電話してみた。こちらの車がトラブルで使えないことを言うと、何とかして神社まで来てくれたら今日1日、自分の車ミラココアを貸してもいいと言ってもらった。保志絵さんは今日は朝6時から神社に入っているし、夜まで仕事が続くらしい。それで千里は(バスが無いので)タクシーを呼んでQ神社まで行く。
 
中に入っていくと、宮司さんとバッタリ会う。
 
「千里ちゃん、成人式の祈祷で今日凄く忙しいんだけど、手伝ってくれたりしないよね?」
などと言われる。
 
「すみません。私が新成人です」
「おお、そうか!それはおめでとう。だったら祈祷を受けて行きなさい」
「え〜〜!?」
 
それで昇殿することになる。朝早くから来ているお客さんと一緒にお祓いを受けて昇殿した。保志絵さんが太鼓を叩き、千里の後輩の巫女で千里も少し龍笛を指導した真理香ちゃんが龍笛を吹いてくれた。
 
「ありがとうございました」
とみんなに御礼を言う。
 
「真理香ちゃん、龍笛だいぶうまくなったね」
「ありがとうございます!」
 
それで保志絵さんからミラココアのキーを預かり、それで今日1日走り回ることになる。
 

まずは、貴司の家に行く。ミラココアで乗り付けたので、理歌から
 
「お母ちゃんが戻ってきたのかと思った!」
と言われた。
 
それで貴司が帰省する時に持って来ていた振袖のケースを受け取る。
 
「千里お姉さん、それこないだの振袖と違う柄なんでしょ?」
「そうそう」
「だったら後でその振袖でも並んで記念写真撮らせてください」
「OKOK」
 

その後、今度は街中に出て、予約していた美容室に行く。着付け自体は千里は《きーちゃん》にやってもらうつもりでいるが、髪をセットする時、実際に着る振袖を見ておいてもらった方がイメージが掴みやすい。
 
「おはようございます。済みません、朝早く」
と言って千里は美容室に入る。
 
「わあ、千里ちゃん、女っぽい!」
 
と言って、子供の頃から千里の髪の毛を切ってくれていた美容師のおばちゃんは言った。
 
今日の千里はドレッシーなジップアップセーターにロングのプリーツスカートである。ジップアップにしたのは、成人式用の髪のセットをすると、前が全面開く服以外は着脱できなくなるからである。そのため今日は下着もブラの上に前を合わせて紐で留めるタイプのアンダーシャツを着ている。
 
着る予定の振袖を見せると
「変わった柄ね!」
と言われる。
 
「私、バスケットの大きな大会に出て賞を頂いたので、それで表彰とかもあるらしくて」
「すごーい!」
 
「それならバスケットの柄の方がいいかなと思って」
 
「なるほど〜。でもスポーティーにするならアップの方がよくない?」
「それが私、コート上でもいつもロングヘアを垂らした姿でプレイしてるんですよ。だから外人選手からロングテールとかあだ名付けられているみたい」
 
「確かに尾長鶏かもね!」
 
千里は貴司が和服ケースと一緒に置いておいてくれたプレイ中の千里の写真も見せる。
 
「でももしかして千里ちゃん、女子選手なの?」
「そうですよ〜。私、男子に見えます?」
「女子にしか見えない!」
 

それでおばちゃんは、千里のプレイ中の写真とか、振袖の柄とかを見ながら、そのイメージに合うように髪をセットしてくれた。
 
「凄く可愛くなったです。ありがとうございます!」
と千里は笑顔で御礼を言う。
 
「着付けはどうすんの?」
「自分で着ますよ〜」
 
「今すぐ着てもいいなら着付けしてあげようか?」
「だったら、トイレ貸して下さい!」
 
それでトイレを借りた後で、着付けまでしてもらった。成人式の着付けは着崩れしても直せない人が多いので、そもそも着崩れしにくいようにきつめに着付けることが多いのだが、千里は崩れたら自分で直せるからといって、緩めにしてもらった。こうしておかないと、長時間着ていて本人が辛くなってくる。
 

着付けまでしてもらったのが8時半である。いったん貴司の家まで戻り、この振袖で、理歌・美姫・淑子と記念写真を撮った。
 
「でも最近、千里姉さんと貴司兄さんって、留萌で完璧にすれ違いになってません?」
「そうなのよね〜。礼文では一緒になったけど、留萌ではなかなか会えないのよ」
 
ここに2時間ほど滞在してから、ミラココアを運転して市役所まで行った。指定されていた生涯学習課まで行くと、
 
「わざわざ済みません」
と言って、まずは会議室に案内される。
 
「これ新成人の誓いの原稿書いてきたんですが」
と言ってみせると読んでいたが
 
「素晴らしいですね。それではこれでお願いします」
と言われ、無修正になった。実は玲羅が例文サイトでサンプルを調べてくれたので、それに少し独自のアレンジを加えたものである。
 

市長室に案内される。
 
「おお、村山さんですか。あなたはうちの町の誇りですよ」
と言われて、笑顔で握手を求められた。
 
U20アジア選手権でもらった金メダル、優勝の賞状(メンバー全員に配られたカラーコピー)、ベスト5でもらった時計、スリーポイント女王でもらったスタールビーのペンダントを見せる。
 
「スタールビーとは豪華ですね!さすが国際大会だ」
とほんとに感動しているようであった。
 
市長からの表彰ということで表彰状をもらい、記念にといって「ルビーのペンダントに比べたら安いもので申し訳ないですが」などと言って、真鍮製の四角いメダルに留萌市の紋章が浮き彫りになったものを頂いた。
 
「高校時代も学校からこんな感じのメダルを頂きました。でもひとつひとつが良き想い出です」
と千里が笑顔で言うと
 
「ではこれも良い想い出にしてください」
と言われた。
 
その後、市長さんと市長室で早めのお昼ごはんを食べながらお話しした。お昼は市内の料理店で作られた新鮮なお刺身の入った仕出しであった。お魚の鮮度がいいので、おそらく1時間以内に作られたものかなと千里は思った。
 
「この後はまた大会とかあるのですか?」
と市長さんから訊かれる。
 
「今年6月にU21世界選手権があります。この大会で日本は2003年は参加できず、2007年は12国中10位だったのですが、この大会は今回が最後で廃止されてしまうので、何とかその最後の大会はもう少し上の成績をあげたいです」
と千里が言うと
 
「ぜひ頑張ってください。期待してますから」
と市長さんは言っていた。
 

市役所から文化センターまでは車で2-3分なのだが、会場の駐車場は車が多いですからということで、千里の車は市役所の方に駐めたまま、市職員の人の車で会場入りした。14時半から受付で15時開始ということで、それまで敷地内を散歩していた。
 
すると中学の時の音楽の先生・藤井先生とバッタリ会う。
 
「もしかして、村山さん?」
「はい。ご無沙汰しております」
と挨拶する。
 
「今日成人式?」
「そうなんですよ」
「なんか格好良い振袖着てるね!」
 
「これ自分でお絵描きしてプリントしてもらったんです」
「すごーい。プリンタなんだ!でもよくこういう可愛い絵を描くね!」
「絵はわりと得意でしたから。先生、もしかして成人式で演奏ですか?」
 
「そうそう。私、今C中学に居るんだけど、今日はうちの中学の吹奏楽部を率いて、成人式のお祝いの演奏。なんなら、千里ちゃん振袖のままでいいからフルートでも吹かない?トランペットでもいいよ」
 
「すみませーん。私、新成人を代表して『新成人の誓い』を言わないといけないので遠慮しておきます」
 
「おお、凄い!頑張ってね」
と言ってから、藤井先生は小さい声で言う。
 
「でも千里ちゃん、女の子の格好で良かったんだっけ?」
「いや、そもそも私、女子バスケット選手として国際大会で活躍したというので、代表をすることになったんですよ」
 
と言って、千里はバッグから FIBA Asia Under 20 Championship for Women の刻印が入っている金メダルを出してみせた。
 
「すごーい!金メダルだ。ちゃんとwomenって刻印されてるね」
「こんなのもあります」
 
と言って Best5 2010 FIBA Asia U20 Women という文字が文字盤に描かれている時計を出してみせる。
 
「ベスト5って、上位5人ってこと?」
「バスケットだからベスト5ですね。野球ならベスト9ですよ」
「なるほどー。これかなり凄くない?」
 
「まあたまたま私より強い人が4人しかいなかったということで」
「でもたくさん選手いたんでしょ?」
「そうですね。1部リーグ6ヶ国72名かな」
「2部もあるの?」
「2部が4ヶ国です」
「その10ヶ国の、でもそもそもそこに選ばれた選手が各国のトップクラスなんでしょ?」
「まあインターハイとかでいい成績あげたのが評価されたかな」
「インターハイなんて出て行くだけでも多くの選手からしたら憧れだもん。これは何十万人もの選手の頂点だよ。そりゃ、新成人代表くらいしてもらわないとね」
「あははは」
 

「もしかして戸籍上の性別も変更した?」
「それは来年くらいに申請するつもりです」
「ああ、あれって色々手続き大変なんだろうね」
 
「けっこうハードルが高いですよね。条件が厳しすぎて変更を諦めている人たちもいますよ。昔はそもそも変更がほぼ不可能だったから1歩前進なんでしょうけどね」
 
「だよね〜。私の古い友人にも、戸籍上は男なんだけど、凄く女らしい人がいたんだよ。あれ?この話したっけ?」
「はい。中学時代に聞きました」
 
「主婦としてけっこう埋没してたんだけど、戸籍が変えられないから旦那ともずっと内縁のままだったのよね。でももしかしたら、もう戸籍変更したかもね」
「それで法的にも結婚できているといいですね」
 
もしその2人が純粋に内縁関係を続けていたのなら、性別変更することによって結婚できているよな、と千里は思った。もし思いあまって養子縁組によって戸籍をひとつにしていた場合は、いざ性別変更しても法的に「親子」なので結婚することができない。いったん養子縁組で親子になったものは、たとえ離縁しても結婚はできない(民法736条)。
 
養子縁組をするというのは本来そのくらい重い、親としての責任が生じるものである。養女にした女の子に懸想して自分の妻にしようなどと考える養親がいたら、子供は安心して養親の許で過ごせないであろう。
 
しかし同様の問題は、普通の同性愛カップルの場合でも、将来同性婚が認められた場合に問題になることが予想される。
 

結局受付時間になるまで藤井先生や演奏する吹奏楽部員と一緒に過ごした。
 
「でも千里ちゃん、楽器とか持って来てないの?」
と先生から訊かれる。
 
「うーん。念のため1本持って来たんですけどね」
と言って、千里はパソコンを入れている大型バッグから愛用のフルートを取り出した。このパソコンと通信設備にMIDIキーボード、フルートのセットは常時持ち歩いていないと雨宮先生から叱られる。重いが仕方ない。
 
「ちょっと見せて」
と言って藤井先生が千里のフルート借りて見ている。
 
「これ凄いいいフルートじゃん!」
「私、けっこうCDの制作とかに呼び出されたりするから、それ用なんですよ」
と千里は言う。
 
「スタジオミュージシャンみたいな?」
「それに近い状態ですね。名前は出せませんけど、ある大物作曲家の先生の助手に近い状態になっているもので」
「それも凄いね!」
 
そういう訳で今日千里が持って来ているのは、サンキョウの総銀フルート、Handmade ST inline Ring-key New-E Ag925 である。税別73万円のところを雨宮先生の“顔”で、とてもここに書けないほどの割引価格で購入している。
 

ST=Soldered Toneholes. 姉妹品で少し安価なDT=Drawn Toneholes製品もある。Ag925は92.5%の銀純度で、銀のアクセサリーなどもだいたいこの純度が使用される。純銀(Ag1000)に比べて変形しにくいのが利点。スターリングシルバー(sterling silver)ともいう。
 
Ag900 = Coin Silver Ag925 = Sterling Silver Ag958 = Britannia Silver Ag1000 = Pure Silver
 

取り敢えず千里がそのフルートで通称『バッハのメヌエット』(本当の作者はクリスティアン・ペツォールト)を吹いてみせると「格好いい〜!」という声があがっていた。
 
「ね、ね、ロンド・ルッソ吹ける?」
と藤井先生が言うので、メルカダンテ『フルート協奏曲第2番ホ短調Op.57』の第3楽章冒頭を吹いてみせる。この曲は高校3年の時に旭川の市民オーケストラと一緒に吹いている。
 
「うまーい。本当に合奏やろうよ」
「え〜〜!?」
 

やがて14:30になり、受付が始まる。千里も記名したが
 
「村山様はこちらへ」
と言われて別室に案内された。ここでお茶とお菓子を頂きながら、誓いの言葉を述べる時の手順が説明され、実際にその場でシミュレーションしてみた。
 
やがて成人式が始まる。千里は会場の最前列・階段前にリザーブされていた席に就いた。
 
オープニングは地元の保存会の人たちによる留萌黒潮太鼓の演奏であった。威勢の良い太鼓の演奏に会場の雰囲気は盛り上がった。
 
その後、実行委員長の挨拶に続いて、市長の祝辞、県会議員の祝辞、市会議長の祝辞、と続いた後で祝電が披露される。それでやっと千里の出番である。
 
「新成人の誓いの言葉、新成人代表、留萌S中学出身で、アンダー・トウェンティ・アジアバスケットボール選手権、日本女子代表で優勝し、スリーポイント女王とベスト5に輝いた、村山千里さん」
と紹介されたので、千里は席を立ち、ステージにあがった。
 
会場内に小さなざわめきがあるのは気にしないことにする。
 
原稿を広げて誓いの言葉を読み上げ、その原稿を市長さんに手渡した。大きな拍手が贈られた。一礼して下に降りようとしたら、司会の女性が近づいて来た。
 
「村山さん、その掛けておられるのが優勝の金メダルですか?」
「はい、そうです。アンダー18の時に続いて優勝できたので嬉しかったです」
「すごいですね〜。アジアの大会で金メダルって。次は世界大会ですね」
「はい頑張ります」
 
「でも村山さん、素敵な振袖を着ておられますね」
「これ自分で絵を描いてプリンタで印刷してもらったんですよ」
「ああ、プリンタ染めなんですか!」
「最近の振袖はほとんどプリンタ染めですよね。でもここのは自分で描いた絵で作ってもらえるのがいい所なんですよ」
 
「絵の描ける人にはいいですね!大きな格好良い鳥がバスケットボールで遊んでいるんですね」
「はい。鳳凰の夫婦と子供の鳳凰です。子供は男の子と女の子。私もこんな家庭を作れたらなあと思って描きました」
と千里。
 
「幸せそうでいいですね。ところで村山さんがスリーポイントの達人とお聞きしたので、ゴールを用意しました」
と司会者の女性が言う。
 
バスケットのゴールを抱えた実行委員の男子が3人入ってくる。千里は微笑んで渡されたボール(ミニバス用の5号ボールだった)を持つとかるーい感じでシュートする。
 
きれいにゴールに飛び込む。
 
凄い歓声と拍手がある。
 
「素晴らしいですね。さすがアジアのNo.1シューター!それではもう一度拍手を」
 
というので拍手をもらって下に降りた。
 

その後、新成人への記念品贈呈とアナウンスされ、これも千里が壇上に登り、代表で記念品の目録を受け取った。実際の記念品は会場を退場する時に全員に渡されることになっているが、気分が悪くなったり急用などで途中退場する人には玄関の所にいる実行委員の人が渡してあげることになっているらしい。
 
その後、一応閉式のことばがあった上で、VTRの上映がある。留萌の自然やお祭りに漁業、昔のニシン御殿などがあった時代の映像も織り込まれている。この世代の子たちの小学校や中学校での運動会などの映像まで入っていた。20分ほどにコンパクトにまとめたものであった。このVTRはCDに焼いて今日の出席者全員に記念品と一緒に配るとアナウンスされた。
 
その後、C中学の吹奏楽部が入り、藤井先生の指揮で記念の演奏が行われる。
 
『クワイ川マーチ』(ボギー大佐)に始まり、『旧友』『ラデツキー行進曲』とマーチ系の曲を演奏していく。そして最後にザ・スクエアの『TRUTH』を演奏する。クラリネットの安東さんが冒頭のラドミ・ドミシソ・ラミソレ・ファレミラという細かい音符の演奏(前奏というよりAメロ)を入れた所で、千里がフルートを構えてステージに上がり、ミソレード・シドシラファーという主メロディー(Bメロ)を吹き始める。大きな拍手がある。その後、千里のフルートと安東さんのクラリネットが掛け合いのようにして進む。
 
実はこの曲は現在高校受験のために抜けてしまった3年生の人のフルートと安東さん(2年生)との掛け合いでアレンジしていたものの、今いるフルート担当の子にはまだ吹けないので、現在演奏できない状態になっていた曲らしい。千里が来ていなかったら、この曲ではなく『エルクンバンチェロ』で締める予定だったということだった。
 
Cメロの所をトランペットとトロンボーンが吹いた後、アドリブっぽいDメロ部分は千里がフルートで演奏する。そしてクラリネットによるAメロに戻ってここまでの演奏を繰り返し、最後はフルート・クラリネット・トロンボーンが一緒になってAメロを演奏して最後はオーケストラヒットで終了する。
 
大きな拍手が送られて成人式は幕を閉じた。
 

記念品のボールペンをもらって会場を出た所で、中学の友人たちに呼び止められる。一緒に写真撮ろうよと言われて、たくさん記念写真を撮った。みんな千里の機械音痴を知っているので、千里には絶対カメラを触らせず、逆に千里の携帯を使っても写真を撮ってくれたりした。
 
「でも千里のための千里による成人式だった」
「ごめーん。目立ち過ぎた?」
 
「いや、出席者も少ないし、それで退屈な挨拶が続いて眠くなりかけていた所で派手なバスケット・パフォーマンスがあって結構目が覚めた。最後の吹奏楽との合奏もうまかったし。あれ、事前にかなり練習したの?」
 
「ううん。本番前に1回合わせただけ」
「それであんなに掛け合いがきれいにできるって凄いね」
「音楽やる人はけっこうセッションやるよ」
「へー。私ならタイミング外しまくりそう」
 
「ところで市のお偉いさんは千里の性別知っているんだろうか?」
「たぶん気付いてない」
「だろうなあ。でも、そもそも千里を知っている人の中でも半分以上が千里は最初から女の子だと思っている気がするよ」
「うん。それで開き直ってる」
 
彼女たちとは結局そのまま商店街の方まで歩いて行き、カフェでお茶を飲んでから別れた。そのまま市役所まで歩き、保志絵さんのミラココアに乗って満タン給油してからQ神社まで行った。そして保志絵さんに御礼を言って鍵を返すが
 
「その振袖、こないだのと違うんだ!」
と言われて、保志絵さんと並んで男性のスタッフの人に写真を撮ってもらった。
 
結局神社内で普段着に着替えさせてもらい、振袖は神社内の適当な部屋に掛けておいて軽く虫干しした上でケースに収納してもらうようお願いする。
 
「でも明日も千葉で成人式に出るんでしょ?」
「そちらはこないだお目に掛けた振袖を着ます」
「なるほどー!」
 

千里はタクシーで留萌駅まで行こうと思ったのだが、手の空いたスタッフの男性が深川駅まで送ってくれた。留萌駅まででいいと言ったのだが、この時間帯は深川方面に行く列車が無いのである。千里は送ってくれた人によくよく御礼を言って別れた。
 
しかしおかげで千里は札幌−青森間の夜行急行《はまなす》に間に合うことが出来た。
 
深川2047-2150札幌2200-539青森552-648八戸655-951東京
 
それで《こうちゃん》にインプレッサで迎えに来てもらい、千葉に帰還した。
 

1月10日(祝)。
 
桃香は9時すぎにホテルの一室で目が覚めた。この時刻に目が覚めるというのは桃香にしては、なかなか優秀である。一緒に寝ていた藍子(この子がまたかなりのお寝坊さんである)を起こし、ラウンジに降りて行って一緒に朝御飯を食べる。それからチェックアウトし、各々振袖を持っていることを確認して予約していた美容室に行く。髪をセットしてもらってから、振袖を着付けしてもらった。
 
「じゃ、また後でね〜」
と言って別れる。
 
桃香は稲毛区だが、藍子が住民票を置いているのは中央区なので成人式の会場が違うのである。桃香は会場まで行くのに、バスで行くと混んでいた時に振袖が乱れそうだし、といってタクシーに乗るのはもったいない。歩いて行くのはけっこうきつい。ということで、どうしようと少し悩んだ。
 
ところがそこに車のクラクションの音がする。
 
「桃香、今から成人式行くの?」
「千里、千里は成人式はどこだっけ?」
「私は稲毛区だから、スポーツセンターだよ」
「おお!同じ場所だ。乗せてってくれる?」
「OKOK」
 
それで千里が運転するインプレッサの助手席に乗り込んだ。
 

「しかしよく和服で運転できるな」
「平気だよ。但し、靴は運転中はローファーを穿く。草履で運転するのは違反」
「あ、そうなんだっけ?」
「条例で定められているから、どこまでOKかは地域によって違うけど、バックベルトの無いサンダルとか、草履とかは間違い無くNG。急な操作しようとした時に脱げて失敗する危険があるからね」
「確かに危ないよな」
 
会場の駐車場は混んでいたものの、幸い2つ空きがあって、その1つに千里は車を駐めた。ふたりが車から降りて入口の方に行こうとしていたら、最後の1つの空きに駐めたフィットから美緒と紙屋君が降りてくる。
 
美緒は振袖、紙屋君は結局羽織袴である。
 
「あ、一緒に来たんだ?」
と美緒が声を掛けてくる。
 
「ちょうど一緒になったからね」
と桃香。
 
「昨夜はホテルに泊まったの?」
と美緒は桃香に訊く。すると桃香は
 
「え、えーっと・・・」
と焦ったような言葉を発した。
 
「へー」
と紙屋君が感心したような声を挙げるが、千里は
「桃香、ホテルってどこかに行ってたの?」
などと訊く。
 
「ん?」
と美緒と紙屋君が顔を見合わせる。
 
「桃香、昨夜はホテルに誰と泊まったの?」
と美緒は訊き直した。
 
「えっと、その・・・藍子だけど」
「なぁんだ!」
「千里と泊まったんじゃなかったんだ?」
「私は昨日は北海道の方で成人式に出て、夜行で戻って来たんだよ」
と千里が言う。
 
「頑張るなあ!」
「この髪は昨日の朝からずっとこのまま」
「大変でしょう!」
「うん。この髪している間は、かぶるタイプの服は着脱できないんだよ」
「だよねぇ!」
 
「ちなみに清紀と美緒は昨夜一緒にホテルに泊まったんだっけ?」
と千里は訊いた。
 
「一緒だったよぉ」
と美緒は笑顔で言った。
 

受付開始まで時間があるので、会場近くのミスドに入って待つ。ここで紙屋君が紙のエプロンを全員に配った。
 
「ありがとう!」
「10人分持って来たからあと6人はOK」
「でも紙屋は振袖じゃなかったんだ?」
と桃香が言う。この4人の中で、紙屋君を苗字で呼ぶのは桃香だけだ。
 
「振袖着た記念写真は撮ったよ」
「おお。凄い!」
「私が貸してあげたんだよ。それで知り合いの美容師さんに着付けしてもらった。先週だけどね」
と美緒が言う。
 
「今週は美容師さんも忙しいもんね」
 
「でも本番は振袖はさすがに恥ずかしいから、羽織袴にした」
「何を今更」
と全員から言われている。
 
「でも千里はちゃんと振袖で安心したよ」
と紙屋君。
「普段着でもいいかと思ったんだけどねー。何か周囲からうまく乗せられた感じはある」
と千里は言う。
 
「まあ女子も積極的に振袖着たい子と、流れで振袖にする子と居るよ」
と美緒は言った。
 
やがて、ミスドに玲奈、友紀、朱音、香奈、なども集まってくる。みんな紙屋君から紙エプロンをもらう。
 

「でも、千里も振袖着てきたんだ!」
 
と玲奈は嬉しそうに言った。
 
「可愛い、というか綺麗な振袖だね。友禅?」
と友紀が訊くと
 
「友禅風」
と千里と桃香が一緒に言った。
 
「何故桃香も答える?」
「私が見立てたからね」
と桃香は得意そうに言った。
 
「まあ私と玲奈で千里は何着て来るか賭けてたんだよ」
と美緒は言った。
 
「どっちが何に賭けたの?」
「玲奈が振袖、私はドレス」。
 
「最初振袖か背広かという賭けだったんだけど、どちらも背広に賭けないから仕方ないから振袖とドレスにした」
「じゃんけんで勝った方が振袖を選んだんだけど、じゃんけんで既に勝敗が決していたな」
 
と玲奈は笑っていった。
 

やがて時間になるのでミスドを出て会場に入る。
 
受付で千里が招待状を渡すと受付の人が
「あら?」
と言った。
 
「女の方ですよね。すみません。こちらの名簿が間違って男性になってました。あやうく男の人向けの記念品をお渡しするところでした。こちらをどうぞ。名簿修正しておきますね」
 
といって赤い袋に入っている記念品を渡してくれた。
 
「あ、はい。よろしくお願いします」
 
中に入ってから記念品を見せ合う。女子がもらった赤い袋の中身はポータブルの裁縫セットと、折りたたみ傘、男子がもらった青い袋の中身はネクタイと折りたたみ傘のようであった。女子の折りたたみ傘は、赤・黄・青・ピンク・水色・グリーンなど色々だが、男子の方は黒一色のよう。
 
結局「私、この色が好き〜」などと言って交換会になってしまう。紙屋君などは「紙屋君、可愛いピンクにしなよ」と押しつけられていた!桃香が黒が好きといって、紙屋君がもらった傘を取っていた。千里は赤をもらったのだが、交換会が終わると水色になっていた。
 
「高園、ネクタイも要る?」
「いや、男物のスーツは着ないからいい」
「桃香って男装しないんだっけ?」
「私はレズの男役であって、FTMではないから男装はしない」
「紙屋君はゲイだけど、女装も好きだよね?」
「嫌いではないけど、日常的にはしない」
 
「そのあたりの傾向って人により様々だよね〜」
「うん。性別って人間の数だけあって、分類しようとするのがナンセンスという意見もある」
「なかなか奥が深い」
 

式典が終わった後は、会場前で写真を撮り合う。紙屋君が結構高級そうなカメラで全員分の写真を撮る。紙屋君も入った写真は、玲奈の彼氏が撮影してあげていた。写真はネットにパスワード付きでアップして、ここにいるみんなでシェアすることにした。
 
彼氏と一緒に来ていた子たちが各々このあとのデートのために去る。美緒と紙谷君も仲よさそうにしてどこかに行っていった。
 
「あのふたりもう完全に恋人の領域だよね?」
「本人たちは恋愛要素は無いと言っているけど、第三者的にはそういうレベルだ」
「桃香と千里も第三者的には恋人の領域ではないかという意見もあるのだが」
「まさか」
「それはあり得ない」
と桃香も千里も言うものの、他の子たちは納得しないようである。
 
ともかくもカップル組が去った後に残った、千里と桃香、朱音と香奈の4人でマクドナルドに入る。中央区なので、ここではなく千葉ポートアリーナの方に行っていた真帆もこちらに合流するという連絡があった。
 
「朱音、結局今日はどちらの振袖着たの?」
「これ母ちゃんが買ってくれたやつ。そうだ、桃香写真撮ってよ」
と言って、朱音は片手にシェイクを持ち、テリヤキバーガーをほおばっているところを写真に撮ってもらった。
 
「これ母ちゃんに送信しよっと」
 
むろん4人ともさっき紙谷君からもらった紙ナプキンをつけた上で食事をした。落とさないつもりでいても、うっかりこぼれてしまうことはよくある。実際、桃香は既にミスドでもコーヒーを2滴落としている。
 

真帆が来た後は、カラオケ屋さんに移動し、ここで
 
「きついし」
ということで振袖を脱ぐ。たたみ方が分からないようなので千里が全員分畳んであげた。
 
2時間ほど歌いまくったが、その後、真帆は家族と食事をするというので離脱、香奈はバイトに行くといって離脱、結局千里・桃香・朱音の3人になり、
 
「ビール買って桃香のアパートで飲み明かそう」
などという話になる。
 
それで「20歳のお祝いだから贅沢に行こう」と言って、ヱビスビールのザ・ブラック24缶パック2つに、色々おつまみなども買ってくる。
 
「なんか、この日のためにあれこれやってきた割には、あっさり終わっちゃったね。成人式」
と朱音が言う。彼女は母親との確執の問題で随分悩み抜いたようだ。
 
「結局、ここに至る過程というのが『成人式』の本体なのかもね」
と桃香。
 
「確かに夏からここまで、お互いにいろいろあったよね」
と千里も言う。
 
「実際、千里はこの1年で随分変わったと思うよ」
と朱音は言う。
 
「1年生の頃は男装の日と女装の日があったけど、ここ1年はもう女装しかしてないでしょ?」
 
「私、去年女装してたっけ?」
 
「何度か見た」
と朱音。
「そうだったのか。私は見てないかも」
と桃香。
 
「でも秋以降はもう女装しかしてないかもね」
と千里も認める。
 
「桃香も随分女らしくなった気がする」
と朱音は指摘する。
 
「さっきは自分はFTMではなくてレスビアンと言ったけど、実は自分でそれを言えるようになったのがここ1〜2年の自分の変化だと思う」
と桃香はしんみりと言った。
 
「心理学の先生が言ってたじゃん。私たちの年代って、自分の自己同一性を確立する時期なんだって」
と朱音。
 
「それ、自己同一性と、性的同一性があるとも言ってたね」
と千里。
 
「千里も性的同一性は固まったでしょ?」
「うん。固まった」
「だったら、きちんと身体も改造した方がいいね」
「そのつもり」
 

「でも桃香も千里もほんとに自由に生きている気がする。いちばん女というものに囚わらわれているのが私という気もするよ」
と朱音は言う。
 
「私たちは目に見えないロープでたくさん縛られている。それを1本ずつ解いていくことで、自由になれるんだよ」
と桃香。
 
「男の娘って、男であれというロープで縛られているから、本人は女の子になりたいのに、無理して男として生きようとして社会的不適合を起こす。希に親が寛容的で性別に囚われない生き方をさせてくれている場合があって、そういう子はわりと早めに女性化しているんだよね」
 
と朱音は言う。鋭い分析だと千里は思う。
 
しかしその親が寛容的というと、横田倫代とかスリファーズの牧元春奈とかのケースだよなあと千里は思う。多くの男の娘たちは女物の服を隠し持っていただけで父親から殴られたりして辛い少女時代を送っている。
 
「でも朱音も成長したじゃん。母親の買った振袖を着てあげたし、その写真も送ってあげるとか。やはり妥協を覚えるのは大事だよ。妥協することで揉め事を減らすことができる」
と桃香は言った。
 
「まあ人生なんて妥協の積み重ねだよね〜」
 

「でもさ、振袖も悪くないし、毎年集まれる子で集まって振袖会しようよ」
と朱音は言い出した。
 
「それって何歳になってもやるってこと?」
「そうそう。30歳になっても、結婚しても年に1度は振袖着て集まるとか、よくない?」
「ああ、それも楽しい気がする」
と桃香も言った。
 
「でも振袖着て、観劇にでもいくの?」
と千里が尋ねると
「それはやはり振袖着てカレーを食べに行くんだよ」
「いや、それはさすがに反対意見が多いと思う」
 

結局この夜は、朱音はヱビスビールを18缶飲んでダウンした。千里と桃香で布団に寝せてあげた。ちなみに桃香は20缶、千里も10缶飲んでおり、48缶のザ・ブラックがきれいに無くなる。そのあとストックのバーリアルも桃香が6缶、千里が4缶飲んだのだが、桃香も千里もほとんどシラフ同然である。
 
「妹よ、君はかなりお酒が強い」
「あら、お姉様には負けますわ」
 
結局残ったお総菜を2人で夜通しおしゃべりしながら食べ尽くして、明け方頭痛がすると言いながら起きてきた朱音と一緒にファミレスのモーニングを食べに行ってから解散した。千里は朱音の足取りがまだ微妙に心配だったので、彼女をタクシーに乗せ、運転手さんにタクシーチケットを渡して帰した。
 

成人式の翌日、1月11日(火)。
 
一応この日は授業がある。
 
しかし出席率が悪い。1時間目と2時間目の教官はそれでも授業をしていったが、3時間目の教官は教室の中を見渡して、
 
「今日は休講」
と言って帰ってしまった。
 
それで教室に出ていた、桃香、千里、朱音、高橋君の4人は
 
「お茶でも飲もうか」
と言って、学食に行き、お茶など飲みながらおしゃべりしていた。
 
「そうか。村山は振袖で成人式出たのか。それでいいと思うよ」
と高橋君は頷くように言っていた。
 
なお朱音は午前中休んでいたのを午後から出てきたのだが、結局休講で無駄足になってしまった。
 
ところがそこに千里の携帯に雨宮先生から電話が入る。
 
「分かりました。参ります」
と千里は答えて電話を切る。
 
「バイト?」
「行って来なきゃ」
「村山、悪いことは言わない。タクシーを使え。村山どう見てもアルコールがまだ抜けてない。今運転すると捕まるぞ」
と高橋君が言った。
 
「そうしよう。交通費は請求すればいいし」
と言って千里は手をふって学食を出た。
 
それでその後、高橋君と桃香・朱音の3人でおしゃべりしていたのだが、藍子から電話が入る。
 
「デート?」
「行かねばならぬようだ。大事な話があると言ってるし。じゃ、また」
と言って桃香が学食を出た。
 
「えっと・・・」
と言って高橋君が朱音と顔を見合わせる。
 
「私、お昼食べてなくて。今頃になってお腹空いて来ちゃった。ラーメンでも食べようかなあ」
などと朱音が言う。
 
すると高橋君が言った。
 
「バイト先の先輩からもらったニューオータニ幕張のレストランのペアお食事券があるんだけどさ、もし良かったら食べに行かない?1人では使えないしと思って困っていたんだよね」
 
朱音は少し考えてから答えた。
 
「そういう所ってめったに入れないし、食べてみたい気もするね」
 
それでふたりは学食を出て、一緒に校門の方に歩いて行った。
 

千里がスタジオに入ると、いきなり楽譜を渡され
「5分後に合わせるから」
と言われる。
 
「済みません。どのパートを演奏すればいいんですか?」
「バンドゥーラのパートをよろしく」
 
バンドゥーラというのはウクライナの撥弦楽器でギターと竪琴のハーフのような楽器である。近年、カテリーナの演奏で知名度が上がった。
 
「そういう楽器を示す記号が見あたりませんが」
「仕方無いわね。じゃフルート吹いてもいいよ」
「分かりました」
「あんた今日はどのフルート持って来てる?」
「サンキョウのハンドメイド、スターリングシルバーのソルダードです」
「割といいのを持って来ているな。OK。それで吹いて」
「はい」
 
ハイレベルなスタジオミュージシャンが集まっていたので合わせると1発で合う。それで結局1時間でOKが出た。
 
「あとは歌手の声を乗せるだけなので、朝までにやりますよ」
などとプロデューサーさんが言っている。歌手は千里と同世代っぽい感じの女の子だったが、なかなかハードなお仕事のようである。
 
(後で先生から聞いたのでは、手配していたフルート奏者があまりに下手だったのでクビにして、雨宮先生が千里を呼び出したらしい)
 

ギャラを現金でもらった上で、雨宮先生と一緒にスタジオを出る。
 
「そうだ、千里、あんた成人式だったんだっけ?」
「覚えていてくださってありがとうございます」
「じゃお祝いに飲みに連れてってやるよ」
「そんなにお気を使って頂かなくても、ダイヤのネックレスくらいでいいですけど」
「そんなのあげたらイク(三宅先生)に裸で縛り上げられて銀座の路上に放置される」
「難儀ですね〜」
「まあ、取り敢えず付き合いなさい」
「はい、ありがとうございます」
 
まあ、要するに飲む口実が欲しいのだろう。
 
それで雨宮先生はタクシーで千里と一緒に銀座に移動し、30-40人入るかなという感じのお店に入る。
 
「いらっしゃいませ、モーリーさん」
と入口近くにいたボーイが言う。
 
「長居したいんだけど、いい?」
「では特等席にご案内します」
と言って、千里たちは店の奥の模造暖炉のそばにあった「予約席」と書かれた札の立っている席に案内された。
 
「ここ本当に特等席なのでは?」
と千里が言う。
「お世話になっておりますから」
とボーイさん。
 
「この子、昨日は成人式だったのよ」
と雨宮先生。
「それはおめでとうございます」
とボーイは言った。
 
「お祝いしたいから、ドンペリの黒を持って来て。それと子羊のエストラゴン風味のコースを2人前」
と雨宮先生が言うと
 
「かしこまりました。それでは黒龍の大吟醸・龍、石鯛の活き作りの会席料理をお持ち致します」
とボーイは事も無げに言うと、一礼して去った。千里はつい吹き出してしまった。
 
「全く、常連になっている店は理解力がありすぎる」
などと雨宮先生は文句(?)を言っている。
 

黒龍というのは福井の永平寺町にある酒蔵のお酒らしかったが、フルーティーでなかなか美味しかった。しかし昨夜かなりヱビスビールを飲んでいるので、完璧に迎え酒である。お料理も、このお店は生け簀を持っていて調理の直前にしめているということで、新鮮でお刺身がとても美味しかった。
 
その日は雨宮先生の「08年組論」を拝聴することになった。
 
「08年組って何でしたっけ?」
「2008年にデビューした1991年度生まれの女の子ユニット」
「具体的には?」
「ローズ+リリー、XANFUS、KARION、AYA」
 
千里は3秒くらい考えてから言った。
 
「私、その4組全部に関わってますよ」
「実は私もそうだ。あんたとXANFUSの関わりが分からん」
「XANFUSの曲を数曲、仮名で書いています。一般には内緒ですけど」
「それは知らなかった」
「新島さんには言ってますが」
「うん。あいつに言っておけばOK。私はどうせ忘れるから」
 

「AYAは私たちでインディーズ・デビューもメジャーデビューもさせたようなものだしね。あんたKARIONにはけっこう曲を提供しているし、ローズ+リリーはまあ、あんたのライバルのようなものだ」
 
「先生が随分ライバル心を煽ってますよね」
「これあげるよ」
と言ってCDを1枚もらう。
 
ローズ+リリー『神様お願い』とプリントされている。
 
「ローズ+リリーの新譜ですか?そういうのが出るとは知らなかった。じゃ、いよいよ活動再開ですか?」
「新譜なんだけどプレス予定数はゼロ」
「どういうことです?」
「私もよく分からん。でもラジオのリクエストとかがあれば掛ける。それでこれは放送局とかだけに配布することになっている。一般発売は無し」
 
「それ海賊版が出ますよ」
「出るだろうね」
と言って雨宮先生は笑っていた。どうも何か「裏」があるようだ。
 

「でも今はローズ+リリーは雌伏しているけど、今年の夏頃にはケイは性転換手術受けるらしいから、その後、活動が本格化すると思う」
 
「待って下さい。ケイはとっくに性転換してますよね?」
「それがまだしてない。今年の夏、タイに行って手術してくると言ってる」
「それ、国内で闇の手術しちゃったから、辻褄合わせでタイに行ってくるだけなんじゃないですか?誤魔化しやすいようにわざわざタイまで行くんでしょ?日本国内にだって手術してくれる所あるのに」
 
「そのあたりはどうもよく分からん。でもケイが女になってしまえば、あの子たちが活動再開する障害はほぼ無くなる。まあ障害になっているおちんちんを切り取ってしまうというか」
 
「まさに邪魔者というやつですね」
「そうそう」
「先生もおちんちん取っちゃいます?」
「それやると、女を抱けなくなるのが困る」
 

結局、2軒ハシゴして、終電近くまで雨宮先生と付き合うことになる。それで千里は完璧に二日酔い状態で、電車で千葉駅まで戻った。
 
とても自分のアパートまでは戻れないので桃香のアパートまで歩いて行く。途中のコンビニでお茶のペットボトル2本、オレンジジュース、アイスクリームを買って帰った。
 
桃香は居ないようだったが、勝手に鍵を開けて入る。アイスを食べ、オレンジジュースを飲み、トイレに行ってから、布団をかぶって寝た。
 

深夜、誰かが玄関を開けて入ってくる。どうも桃香のようである。千里は布団の中から声を掛けた。
 
「桃香、お帰り。勝手に入って寝てるよ」
「あ、千里か。うん。寝てて」
 
と言って桃香はキッチンのテーブルに座り、どうもお酒を飲んでいるようだ。
 
「桃香、迎え酒?」
と千里が言うと桃香はひとことポツリと言った。
 
「振られた」
 
千里は起き上がって訊く。
 
「藍子ちゃんに?」
「うん」
「なんで?」
「恋人ができたから別れてと言われた」
「あらぁ」
 
「さすがにショック。今夜は飲み明かす」
「身体大事にしてね〜。私は飲み過ぎてきついから寝てる」
「うん」
 

それで千里は目を瞑ったが、やはり疲れていたのだろう。深い眠りに落ちていった。
 
ふと気付いたのは、身体に触られている感覚でである。
 
「桃香?」
「千里。成人式の日にやらせてと言ってたじゃん」
「成人式は過ぎたよ」
「昨夜は朱音がいたからできなかった。だから今夜は代わり」
「待って。私、恋人がいるから、そういうのには応じられない」
 
「千里、彼氏との貞操は守らないといけないだろうけど、それって女の子としての千里の貞操だろ? だったら男の子としての千里の部分が他の子と気持ちいいことしても、裏切りじゃないよな?」
 
「何その理屈〜?」
 

その時、千里は自分に《男の子の器官》が付いていることに気付いた。
 
うっそー!? なんでこんなのが付いているのよ!??
 
そして桃香は千里のその《男の子の器官》をいじっているのである。それは少し反応して、やや太くなっているようだ。こんな感覚って生まれて初めて!
 
そして・・・・気持ちいいじゃん!
 
男の子ってこういう感覚を毎日オナニーで味わっているのだろうか、と新たな発見をした気分だった。
 
「これ今夜1日限りで、このことはお互い忘れるということでさ」
などと桃香は千里を口説いたが、その時、千里は、桃香が泣いていることに気付いた。
 
藍子ちゃんのこと好きだったんだろうなあ。
 
そう思うと、千里は桃香に同情する気持ちが出てきた。それで桃香の背中を撫でてあげる。しかし桃香はその千里の仕草を、性行為への同意と思ってしまった感じもあった。
 
「千里、好きだよ」
と桃香は言って、いきなり千里の《男の子の器官》が自分の身体に入ってしまうように、千里の身体の上に馬乗りになった。
 
いやー! こんな結合の仕方はしたくないのに!!
 
抵抗しようとしたが、桃香はうまく千里の身体を押さえつけていて身動きが取れない。さすが女の子キラーである。そしてそもそも今夜の千里は、飲み過ぎであまり力が入らない。
 
貴司ごめーん。私、浮気しちゃったよ。
 
千里は頭の中が混乱しながら、腰を動かして千里と行為を続ける桃香の背中を何となく撫で続けていた。
 
 
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【娘たちの年末年始】(4)