【女の子たちのウィンターカップ・最後の日】(上)

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12月28日(日)。
 
朝起きた時、千里に《いんちゃん》が言った。
 
『千里、今日は体内時計で2009年3月31日だよ』
『へー』
『つまり今日が千里が体内的に女子高生である最後の日』
『わあ、だったら明日からは私って女子大生?』
『うーん。入学式前だからただの勤労少女かな』
『はぁ。でもこれで私の高校生タイムは終わりなのね?』
『まあ性転換手術を受ける頃はまた高校生に戻るよ。その時、千里は男子高校生から女子高校生に変わるわけで』
『なるほどー』
『手術は痛いから覚悟してな』
『あまり憂鬱になること言わないで』
『あと1月3日から13日までは男子高校生に戻るから』
『え〜?何のために?』
『千里が2009年の1月の時点でもお母さんとの約束で男の子のままでいたいなんて言ったから安寿さんが悩んでここに男子高校生の時間を入れてくれたんだよ』
『ぐっ・・・・私のせいか。いやだなあ』
 

しかし自分も今日でもう女子高生生活は終わりなのかと思うと、ささやかな「卒業祝い」をしたくなった。朝練から戻って来た後、《きーちゃん》に頼んでコンビニでケーキを買って来てもらう。
 
「千里、それは何だ?」
と暢子が言う。
 
「うーん。なんかお腹が空いたからケーキ買って来ちゃった」
「いつの間に」
「千里、見付かったら謹慎もの」
「みんなの分もあるよ」
 
ということで、同室の暢子・薫・留実子で一緒にケーキを食べる。ケーキの入っていたケースは南野コーチに見付からないよう、ハサミで細かく切ってビニール袋に入れた上で捨てる。
 
「泣いても笑ってもこれが私たちの高校バスケ最後の日だからさ。もう全てを燃やし尽くすつもりで頑張ろうよ」
と千里は言う。
 
「そうだな。年明けてからの親善試合は2年生以下のチームだから」
 
今年も1月にJ学園などとの親善試合をすることになっているが、この試合にはN高校は3年生は出ずに2年生以下のチームで参加することになっている。特例による3年生の参加はこのウィンターカップまでである。
 
「暢子とサーヤはH教育大で頑張ってね」
「うん。葛美さん(M高校OGで今年の春にH教育大に入った)からセンターのレギュラー争い、負けないからね、と言われた」
と留実子が言っている。
 
「1年間手合わせしてないけど、強くなってるだろうなあ」
 
「薫はA大学で頑張ってね。今関女3部でも薫が加入したらきっと1年で2部に上がれるよ」
「いや、それが今A大学の女子バスケ部、内紛しているらしくて」
「え〜!?」
「今のままだと解散しちゃうかもという話」
「うっそー!」
「まあその時はどこかのクラブチームにでも入るよ」
「うーん。。。。」
 
「千里こそ、C大学に入ったら、C大学のバスケ部を1年で2部に上げられるだろ?」
「そうだなあ。でも私、今日でバスケはやめるつもりだから」
 
「それ誰も信じてないんだけど?」
 

4人でケーキを食べた後で朝食に行くが、この日の朝食は朝からトンカツである。「勝つように」という語呂合わせの必勝祈願だが、食の細い雪子は3切れだけ食べて「無理〜」と言い、後は揚羽に食べてもらっていた。
 
「雪ちゃんは御飯食べられないのとスタミナが無いのが今後の課題だなあ」
と南野コーチからも言われている。
 
「1年生頃までの千里に似てるよね」
と暢子が言うと
「うん、昔の千里も信じられないくらい食が細かった」
と留実子が言っている。
 
「千里ちゃんはしっかり食べるようになったよね」
と南野コーチ。
「体重も結構増えたでしょ?」
「そうですね。1年生で入った頃は50kgくらいでしたけど、今は60kgくらいかな」
と千里。
 
「その増えた10kgは全部筋肉だろ?」
と暢子が言う。
「だと思う。自分でも悲しいくらい腕も太くなったし」
「そりゃあれだけシュート打てるんだから、この程度の腕はあって当然。まだ細いくらいだと思う」
と言って暢子は千里の腕に触っている。
 
「もっともおっぱいが大きくなった分の重さ増加もあるかも」
「なるほどー」
 
「千里は結果的に中学の頃より女らしい身体つきになってるよ」
と留実子も言う。
 
「中学の頃は、やはり中性的な雰囲気があったけど、今は全体的に丸みを帯びてどこから見ても女にしか見えないもん」
と留実子。
 
「ありがとう。サーヤは男らしくなったと思うよ」
と千里が言うと
「まあ鍛えてるからね」
と留実子も答えた。
 
「サーヤ先輩は男らしいと言われた方がいいのか」
と絵津子が言うと
「えっちゃんも充分男らしい」
とソフィア。
 
「ソフィーも筋力トレーニングしようよ」
と絵津子。
「うん。でも私の場合、下半身をもっと鍛えろと言われてるから当面はひたすらジョギングかなあ」
とソフィア。
 

食事が終わってから部屋に戻る。千里は携帯で念のため新着メールチェックを掛けてみて、やはり貴司からのメールが無いのでため息をつく。
 
やや悶々とする気分だ。
 
『千里イライラしてるね』
と《きーちゃん》が言う。
『静かにしててよ』
『貴司君と連絡取れないからと言って周囲に当たるのはよくない』
と温厚な《たいちゃん》がたしなめる。
 
『ごめん』
 
『イライラするくらいなら、あの子との関係壊してこようか?そして千里が貴司君の奥さんになっちゃいなよ』
と《きーちゃん》は言う。
 
『貴司が自分であの子を振るまではこちらからは動かない』
『そんなこと言ってて、彼を完全に取られちゃったらどうすんのさ?』
『貴司がそれを選ぶならそれでもいい。私は貴司と友だちでいるつもり』
『無理しちゃって』
 
千里はそれで昨夜から少し心にひっかかりができていた。
 

その頃、某所。
 
『だけどいいのか?勾陳。こんな所でこんなことしてて』
と《げんちゃん》が心配そうに言う。
 
『だって、千里みたいなことしてたら、絶対この子に貴司君取られちゃうよ、すまん疲れた、青龍代わってくれ。なかなか重たい』
と《こうちゃん》は言う。
 
『天空さんなら一瞬で運んじゃうんだけどなあ』
と《せいちゃん》は言いながら《こうちゃん》と交代して「それ」を抱えた。 
『あの人は細々としたことには手を出さないから』
『フェラーリを運んだ時だけかな』
『あれは緊急事態だったからね』
 
『でも、これのためにわざわざ怪我して出羽に戻って治療してるなんて嘘までついてさ』
『いいじゃんか。怪我したのは事実だ』
『まあかすり傷だけどな』
 
『俺は結構楽しめたよ。ああいう強いのはなかなか居ないから。やはり時々実戦やってないと、なまっちまう』
と《せいちゃん》は言う。
 
『あ、すみません、騰蛇さん、その子たち、まだしばらく目が覚めないようにコントロールおねがいします』
 
『やれやれ、お前たちのお節介にも付き合ってられんわ』
と面倒そうに言いながら《とうちゃん》は眠りが浅くなりつつあったふたりの脳を再び深い眠りに導いた。
 
『いっそのこと、この女の方は海にでも放り込んだら?』
と《せいちゃん》が言うが
『それバレたら千里に叱られて一週間飯抜きとか言われそうだからやめとく』
と《こうちゃん》は答えた。
 

この日、東京体育館では女子の3位決定戦と決勝戦が行われる。(男子は準決勝の2試合が行われる。男子の決勝は明日である) 
決勝はN高校とP高校で争われる訳だが、両校が「公式戦」や「公開試合」で闘うのは今年になって7度目である。
 
1回目はJ学園迎撃戦でP高校の勝ち、2回目は全道新人大会準決勝でN高校の勝ち、3回目はインターハイ道予選の決勝リーグ(N高校の勝ち)、4回目は道民バスケット大会の決勝でP高校の勝ち、5回目は国体道予選の決勝でN高校の勝ち、6回目はウィンターカップ道予選の決勝でP高校の勝ち)。なんとここまで3勝3敗である。
 
(両者はその他練習試合で今年4回対戦しているが、いづれも実験的な戦略を試したりボーダーラインの子たちの試用をしたりしているので勝敗はノーカウントである) 
ただここまでの試合は全部道内の大会であった。全国大会で両者が激突するのは初めてである。
 
N高校のメンバーはこの日早朝からのジョギング(絵津子はまた水を掛けられて起こされた)と軽い練習をした後、シャワーで汗を流してから休憩し(不二子やソフィアたちは休めと言われているのに朝食後も練習していた)10時半頃に会場入りした。
 
「ネット見てたけど、昨日のF女子高とP高校の試合が今回のウィンターカップの事実上の決勝戦だったと書いている人が多かったですね」
などと不二子は言う。
 
「まあ言わせておけばいいよ。私たちは無心で全力を尽くすだけ」
と揚羽は言っていた。
 
「今日の試合でP高校が勝てば『ほらやはり』と書かれるだろうし、私たちが勝てば『フロック』と書かれるだろうね」
と薫は言う。
 
「まあ人間って、自分の考えているフレームでしか物事を見られないから」
と千里。
 
「だけど私、昨日の試合で前半終わった時『このまま行くと勝てますかね』と言おうとしたんだけど、言わなくて良かった気がします」
と絵津子が言う。
 
「うん。リードしている時に勝利を意識すると自滅することが多いんだよ」
「これで勝てたな、なんて発言するのは漫画とかだとだいたい死亡フラグだよね」
 
「といって負けを意識すると、だいたいそのまま負けちゃう」
「だからやはり無心にならないといけないんだ」
 
「野球なんかでも完全試合とかが成立しつつある時は、ベンチで誰もそのことに触れないようにするんだよね。本人も気づかないままってことあるから」
「大記録のこと考えちゃうと精神の平静を保てなくなりますからね」
 

千里たちが会場入りした時、センターコートでは岐阜F女子高と東京T高校の3位決定戦が行われていた。多くの部員がそれを見に行ったが、千里は人の居ないサブアリーナの客席に行って、じっと目を閉じて精神を集中した。 
他のメンバーも思い思いの時間の過ごし方をしていたようで、暢子は準々決勝と準決勝のP高校の試合のビデオを再度見ていたらしいし、ソフィアと不二子は練習しようとしたのを南野コーチに停められ、紅鹿・久美子を誘って食堂に行きジュースを飲みながらおしゃべりしていて、絵津子は控室の隅で寝ていたらしい。雪子は千里と同様に控室の隅で目を瞑ってじっと瞑想していた。揚羽は落ち着かなくて何度もトイレに行っていたようだ。
 
千里はそろそろ集まってという南野コーチからのメールで意識を戻し、メインアリーナに戻る。電光掲示板を見るとちょうど第3クォーターを終えて既にT高校90-82F女子高という点数になっている。
 
「なんか凄い試合になってるね?」
と言って千里はスコアを付けていた胡蝶に尋ねる。
 
「F女子高の(神野)晴鹿ちゃんがスリー7本、T高校の萩尾さんがスリー8本入れてます」
「凄いね!」
 
昨日のP高校−F女子高の試合とは一転してハイスコアゲームである。 
「今日のT高校は守備を軽めにして積極的に攻撃しているんですよ」
 
T高校はN高校との試合でも見せたように、元々守備が固いチームである。 
「萩尾さん、今日は10本撃って8本入れてます。昨日の試合で覚醒したんじゃないですかね?」
「あり得るね」
 
一方の晴鹿のほうは11本撃って7本入れているらしい。千里は客席から岐阜F女子高のベンチを見つめた。晴鹿と目が合った。千里はじっと彼女を見つめる。次第に晴鹿の目に闘志が湧き上がってくるのを感じた。千里がガッツポーズをすると、彼女もガッツポーズで応えた。
 
その後、最終ピリオドで晴鹿は積極的に攻撃を仕掛けた。マッチアップしている萩尾だけでなく、ポイントガードの青池からまでスティールを成功させ、速攻してほとんどフリーの状態でスリーを撃つパターンで得点を重ねる。終わってみると、彼女の活躍でF女子高は110-108でT高校に逆転勝ちし、銅メダルを獲得した。
 
結局晴鹿はこの試合で11本のスリーを入れた。一方の萩尾は何度もスリーをブロックされたり、あるいは撃つ前にスティールされたりして最終ピリオドは1本しか決めることができず、合計9本に留まった。
 
これでスリーポイント女王争いで、萩尾は累計27本で暫定3位、晴鹿は累計38本で暫定1位となった。(伊香16 千里35)
 

貴司はふと気づいた時、自分がどこに居るのか分からなかった。
 
車の運転席に居る。車は駐まっている。エンジンも停止している。隣を見ると芦耶が助手席で眠っている。揺すってみたが熟睡しているようだ。貴司は取り敢えず車の外に出てみた。あれ?ここは見たことがある。貴司は誘われるように、建物の中に入った。
 

冬子は12月19日の大騒動以降、世間的にはずっと自宅内に籠もっていることになっていたのだが(親戚の家に身を寄せているのではという噂も立っていたもよう)、実際には若葉を身代わりにして度々外出し、22-26日にはKARIONの制作にも参加した。
 
親の説得には数ヶ月かかるかもと思っていたのだが、自分の父も政子の父も「歌手活動を高校卒業まで自粛する」という条件で、むしろレコード会社との契約自体には許容的になってくれたのが助かった。
 
(それでこのあとローズ+リリーは数年間にわたって「活動していないメジャー歌手。ただしCDは度々リリースされる」という不思議な存在になるのであるのだが、冬子もそこまでは思い至らなかった。この頃冬子は高校卒業まで自粛とは親と約束したものの半年程度で現役復帰するつもりでいた) 
27日に都内某所で冬子・政子とその両親、町添部長・松前社長・加藤課長・秋月さんが会って契約書の交換をした。
 
そしてこの日は蔵田さんから「お前しばらく引きこもりしてるだろ?だったら時間取れるよな?」などと言われて、どさくさまぎれに押しつけられた楽譜の整理作業をするつもりだったのだが、朝から若葉が来訪する。
 
母もここ数日冬子の身代わりに家の中に居てくれた若葉とすっかり仲良くなっていて
「この子が、ふつうの男の子だったらお嫁さんになってほしいくらい」
などと言って歓迎して、お茶を入れてケーキを出して歓待した。
 
「でも若葉、ほんとにありがとう。若葉がいなかったら私、どうにもならなかったよ」
と冬子も言う。
 
「学校どうするの? 冬休み明けには出てくる?」
「うん。それが学校からはほとぼりが冷めるまで自宅待機していてくれないかと言われていて。たぶん1月いっぱいくらい自宅待機になるんじゃないかな」
「謹慎?」
「いや、あくまで自宅待機。先生が時々顔出して出張授業してくれると言ってる」
 
「それはいいね。でも1ヶ月もあったら、その間に性転換手術くらい受けられるんじゃないの?」
 
「それ高校卒業するまでは身体にメス入れないってお父ちゃんと約束したから」
「黙ってやればバレないよ」
と若葉が言うと、冬子の母は笑っている。
 
「なんかテレビ局が私が性転換手術済みである証拠といって、病院の診断書を映していた。あれどこで入手したんだろうね。私おかげでお父ちゃんにまだ性転換していない証拠にあそこを見せるはめになったよ」
 
「ああ、あの診断書は私が流しておいた」
「犯人は若葉か!」
 
「実際は、奈緒がワープロで作ったニセモノなのにね。あんな名前の病院、どこを探しても存在しないし」
「若葉にしても奈緒にしても、随分私を煽るからなあ。早く女の子の身体になっちゃえよと」
 
「そうそう。新宿の○○クリニックの先生が、おちんちん切るだけなら、いつでも手術してあげるからその気になったら連絡してねと言ってたよ。今年中に切っちゃったら2月から学校に出て行く時はもう完全に女子高生になれるでしょ?」
と若葉が言うと、母はさすがに顔をしかめる。
 
「いや、高校卒業まで男子高校生でいるとお父ちゃんと約束したし」
「これだけ世間に自分の性別さらしちゃったんだし、2月からは女子制服で出ていった方が問題無いと思うけど」
「自粛する。おちんちんも切るのは高校卒業した後にするつもり」
 
「だってもう睾丸は取っちゃってるんだし、おちんちんは立たないから切っても別に影響無いでしょ?」
「まだ睾丸も取ってないんだけど?」
「そうだね。お母さんの前ではそういうことにしておこうか」
 

東京体育館。
 
岐阜F女子高と東京T高校の試合が終わり両軍のメンバーがフロアから去る。とともに1階観客席で応援していた両校の生徒・関係者も退場する。そして代わりに札幌P高校と旭川N高校の応援の生徒たちが入って来た。
 
札幌P高校からも旭川N高校からも各々数百名の応援の生徒・OGなどが集まっている。関東周辺に住んでいるOGや関係者もいるが、多くは昨夜夜行急行《はまなす》で津軽海峡を越え、新幹線に乗り継いで来てくれた人たちである。 
札幌2200(はまなす)539青森552(つがる2)648八戸655(はやて2)951東京
 
N高校の応援団は貸し切りバスで札幌まで移動して《はまなす》に乗ったらしいが、《はまなす》の車内では、チケットを交換したりして一応両校の関係者の車両を分離したらしい。それでも多少入り乱れたものの、入り乱れた箇所は結構和気藹々としたムードであったということだった。また旭川の市長さんまで来てくれたらしいが、市長さんは朝一番の飛行機(新千歳730-910羽田)で来たとのことであった。(旭川からの第1便は1050羽田着なので間に合わない) 

「なんか凄い雰囲気ですね」
とその観客席を見て、揚羽が言った。準決勝までも結構自費で北海道から来てくれた生徒や東京近郊のOGなどが応援席に座ってくれていたのだが、今日は物凄い数になっていて声援も凄い。それを見て千里も武者震いしていた。 
やがて12:00、決勝戦が始まる時刻になる。ひときわ凄い歓声である。
 
コートの正面に向かって左側に札幌P高校・右側に旭川N高校のメンバーが並ぶ。両チームで最初に出る5人がウィンドブレーカーを脱いで他のメンバーとは別れて立っている。
 
場内アナウンスで
「札幌P高校。今年のインターハイ優勝校、北海道」
と学校が紹介されたあと、スターティング・ファイブが紹介される。
 
「4番・宮野聖子」
と名前が呼ばれると、宮野は他のスターター4人とひとりずつハイタッチ、更にそれ以外のメンバー全員ともひとりずつハイタッチしてからコートに出る。 
「5番・徳寺翔子」
と呼ばれると、徳寺は残っているスターター3人とハイタッチ、他のメンバーともハイタッチしてからコートに出る。
 
「11番・伊香秋子」
「12番・渡辺純子」
と呼ばれて各々その儀式をしてコートに出た後、最後に
「15番・佐藤玲央美」
と呼ばれ、(スターターは残っていないので)ベンチメンバー全員とハイタッチして佐藤もコートに出る。
 
佐藤はキャプテンなので本来4番をつけるのだが、今回、彼女は道予選の時にU18アジア選手権に出ていたので、道予選では副主将の宮野が4番をつけていた。それで本戦でもその番号を踏襲し、佐藤は道予選で2年生ポイントガード中島茉莉子がつけていた15番をつけているのである。従って佐藤はバスケ部のキャプテンではあるが、今大会の試合上のキャプテンは宮野である。
 
続けて
「旭川N高校・北海道代表。今年の国体を制した旭川選抜に多数の選手を出しています」
と紹介された上でこちらもスターティング・ファイブがひとりずつ紹介される。 
「4番・原口揚羽」
と呼ばれるので揚羽が他のスターター4人とハイタッチ、それ以外のメンバーともハイタッチしてコートに出て行く。
「5番・森田雪子」
「7番・湧見絵津子」
「16番・若生暢子」
と呼ばれ、最後に
「17番・村山千里」
と呼ばれて、千里がベンチメンバー全員とハイタッチしてからコートに出た。 
今日のN高校のスターターに関して、センターを揚羽で行くか留実子で行くか、若干の議論があったのだが、南野コーチが「キャプテン頑張れ」と言い、揚羽も「はい。では自分が最初は行きます」と言って先発することになったのであった。
 
このあと両軍のベンチで指揮を執るコーチが紹介される。
 
「札幌P高校・十勝広重コーチ」
「旭川N高校・宇田正臣コーチ」
と呼ばれて各々前に出て一礼をした。
 
その後、このゲームの審判3名が紹介され、テーブル・オフィシャル4名とモップを持った掃除係6名が名前は紹介されないまでも前に出て一礼する。この試合のTOと掃除係をしているのは実際には東京E学園のバスケ部員で、その中には国体で対戦した東京チームに入っていた手塚さんの顔もある。千里は制服姿の手塚さんの熱い視線を感じた。自分がこのコートに選手として立ちたかったろうなという思いを感じ取ると、本当に自分はここで全力を尽くさなければという気持ちがあらためて沸き起こってきた。
 

キャプテン同士、宮野と揚羽で握手をした後、ティップオフもするその2人がセンターサークルに入り、他のプレイヤーはその周囲を囲む。この時、P高校とN高校のメンバーがひとりずつ互い違いに並ぶのが一般的である。
 
審判がボールを高くトスする。ボールは揚羽がうまくタップし、雪子が取ってドリブルで攻めあがった。
 
P高校はマンツーマンの守備を選択している。雪子−徳寺、千里−佐藤、絵津子−渡辺、暢子−宮野、揚羽−伊香という組合せになった。
 
今日の対戦ではスターターにしても、マッチングにしても両軍とも奇策を用いることなく、最初から正々堂々と実力でぶつかり合おうという態勢である。 
雪子から暢子にパスが行く。
 
宮野との一瞬の心理戦のあと右側を抜いて中に進入する。シュートしようとするが、フォローに来た伊香がうまいディフェンスをする。そこでシュートするかのようなステップから右側に素早いパス。それを揚羽が取ってミドルシュート。
 
ボールはリングに当たったのだが・・・
 

ボールはなんとリングにはさまってしまった。
 
審判が棒を持って来てボールを下に落とす。
 
これはジャンプ・ボール・シチュエイションである。昔のルールならここで再度ジャンプボールをしていた所であるが、2003年のルール改訂でオルタネイティング・ポゼッションが適用されることになっている。先ほどのティップオフでN高校がボールを取得したので、P高校のスローインということになる。試合中、このようにボールの所有権が不明確になる度に1回交代でスローインの権利を得るのである。
 
(昔のルールならこういう場合、片方に長身のプレイヤーが居た場合、本来は公平になるべきジャンプボールが全く不公平なので、その問題を解消するために導入されたルールである。オフィシャル席の所には次のオルタネイティング・ポゼッションがどちらになるかを示す矢印(ポゼッション・アロー)が設けられている) 
揚羽に「ドンマイ」と声を掛けてから、N高校のメンバーは全員自コートに下がってディフェンスの態勢を取る。P高校が伊香のスローインから徳寺がボールを運んで攻め上がってくる。
 
徳寺から渡辺に速いパス。しかしこれを絵津子が物凄い瞬発力でカットする。ところが渡辺はカットされた次の瞬間、更に物凄い瞬発力で飛び出し、カットされたボールを再び奪い取った。
 
そして攻撃に転じようと走り出していた絵津子を置き去りにしてそのままドリブルで中に進入する。フォローに来た暢子を華麗にかわしてシュート。渡辺のシュートは物凄い速度でリング内側に当たりネットが激しく揺れる。ボールはいったん小さく上に跳ね上がったものの、落ちてきて・・・・
 
リングの所でそのまま止まってしまった!
 

ボールは一見リングの上で停まっているかのように見える。
 
審判が脚立を持って来て登り、ボールの状態を確認する。審判はいったんそのまま下に降りてから、ゴールが有効であるというジェスチャーをした。念のため言葉で説明する。
 
「ボールの下部1cmほどリングの下に出ているので、ゴールを認める」
 
バスケットのボールは「ボールの一部が少しでもリングの内側の上面より下にかかっている場合」はゴール成功とみなされるルールである。
(JBA競技規則16.1)
 
スコアボードのP高校側に2点が表示された。場内アナウンスも「2ポイントゴール、札幌P高校・渡辺純子」とアナウンスする。
 
あらためてボールをゴールネットから外し、ついでにネットの状態も調整した上でゲームはN高校のスローインから再開された。
 

こうしてこのゲームはボールがゴールリングの所で停まるハプニングが2度続けて起きるという珍事から始まった。波乱を予感させる幕開けであった。 
N高校が攻め上がる。
 
雪子から揚羽の所にパスが行く。揚羽には伊香がマッチアップしている。伊香は優秀なシューターだが、マッチングに関してはまだ発展途上である。普段なら揚羽の敵ではないのだが・・・
 
ここで揚羽は伊香の左側を抜こうとして、きれいにスティールされてしまう。伊香は自らドリブルで走り出すが、前方に絵津子がいるのを見て、高いパスで徳寺につなぎ、徳寺のドリブルでP高校が攻め上がる。雪子と千里が必死で戻り、速攻を食い止める。
 
徳寺も無理せずに雪子を前にドリブルしながら味方が上がってくるのを待つ。宮野にパスするが暢子が厳しいディフェンスをしていて、進入するどころか何もできない雰囲気。そこで伊香にパスする。揚羽が伊香の前でシュートを警戒するような態勢で対峙している。伊香がシュートの構えをする。揚羽はジャンプしてブロックしようという体勢。しかし伊香はそこからシュート・フェイントを入れたあと揚羽の右手を抜き中に進入する。そして抜いた次の瞬間シュートを放った。揚羽は焦って伊香の前に回り込もうとして、彼女の腕に触れてしまう。 
笛が吹かれる。
 
伊香のシュートはきれいにゴールに飛び込む。
 
当然ゴールは認められる。場内アナウンスが「2ポイントゴール、札幌P高校・伊香秋子」と言う。そして更に揚羽のファウルで伊香はもう1本フリースローをもらう。
 
伊香がフリースロー・ラインに立つ。その前方左側に佐藤と揚羽、右側に絵津子・渡辺・暢子と並ぶ。
 
外側で待機する千里はその時、揚羽が妙に引きつった顔をしているのを見て心配した。ベンチを見ると、宇田先生も口の所に手を当てて少し考えている様子。

 
最近のN高校の試合では留実子が先発センターになることが多い。しかし今日はキャプテンの責任感で揚羽が先発した。しかし試合開始早々撃ったシュートはリングで引っかかり、その後伊香にスティールされ、更にファウルまでおかしてしまう。現在得点は4対0で、伊香がこのフリースローを入れれば5対0になる。シューターの伊香がフリースローを外すとはまず思えない。揚羽は自分の責任をかなり感じているだろう。
 
審判が伊香にボールを渡す。
 
セットする。
 
撃つ。
 
ボールがきれいにゴールに飛び込む。審判はゴールを認めるジェスチャーをしている。そして笛を吹いた。
 
「1ポイントゴール、札幌P高校・伊香秋子、チャージド・タイムアウト、旭川N高校」
 
という場内アナウンスがある。
 
宇田先生がタイムを要求したのである。
 
千里たちはベンチの所に戻って宇田先生の前に立った。
 
揚羽が沈んだ顔で発言する。
 
「申し訳ありません。なんか会場が凄い雰囲気で浮き足立ってしまって。交代ですよね。サーヤ先輩、お願いします」
 
ところがそんなことを言われた留実子は揚羽の前に立つと、いきなり揚羽を抱きしめて唇にキスをした!!
 

応援席の最前列に陣取っていた結里や昭子がキャー!という表情をしている。留実子は今更であるが、揚羽までレズらしいなんて噂が立ったりしなければいいがと千里は少しだけ心配した。
 
(この様子は一瞬全国放送のカメラに捉えらえられたものの、カメラはすぐに切り替えられてP高校のベンチの方の映像が放送には流れたらしい) 
「キャプテン、落ち着けよ」
と留実子は言った。
 
揚羽は唐突にキスされて目を大きく開いてびっくりしていたが、留実子の言葉にキリッと顔を引き締めた。
 
「済みません。舞い上がってました。頑張ります」
と言う。
 
宇田先生が頷く。
 
「全国大会の決勝戦なんて、みんな初体験だし、緊張するのは当然。応援の歓声も物凄いから、それがかえってプレッシャーになったりもする。でもそういった緊張感を自分への励ましと思おう。今年の旭川N高校のバスケットの集大成だ。みんなP高校との試合は今年10回以上してるじゃないか?いつものように走って走って投げて投げて撃って撃って、点取りまくろう。特別なことは必要無い。普段通り自分のペースで。5点くらいの点差は気にするな。スリーが2回入ったら逆転できるぞ」
 
と先生は言った。
 
「はい!」
と5人が一緒に声を出した。
 

タイムアウト終了のブザーが鳴り、揚羽も含めたスターター5人がコートに戻る。P高校も選手交代などはせずにそのまま最初の5人がコートに戻る。試合はN高校のスローインから再開である。P高校のメンツは既に自コートに戻ってディフェンス態勢だ。
 
揚羽は審判からボールをもらうと
「みんな走って走って!」
と声を出して絵津子にボールを送った。
 
絵津子から更に雪子にボールが送られ、雪子はドリブルしながら全員が上がってくるのを待ってから千里にパスする。佐藤とマッチアップ。
 
絵津子がスクリーンをセットしてくれたものの、佐藤は物凄い速度で回り込み、再度千里の前に出る。しかしさすがにふたりの間の距離は離れたので、佐藤が寄ってくる前に千里は高い軌道のスリーを撃つ。佐藤はジャンプしたものの届かなかった。これがいつもの低い軌道のシュートならブロックされていたなと千里は思った。
 
ボールはダイレクトにゴールに飛び込む。
 
「3ポイントゴール、旭川N高校・村山千里」
と場内アナウンスがある。電光掲示板は5-3の表示になる。
 
旭川N高校も反撃の烽火を上げた。
 

P高校が徳寺のドリブルで攻め上がってくる。
 
何人かにボールを回した後、伊香の所に行くが、攻めあぐねて徳寺に戻そうとする。ところがここに揚羽が全力で飛び出してそのボールをカットした。そのままドリブルに変えて走って行く。
 
プレイヤーは全員N高校側のハーフコートに入っている。しかもP高校のオフェンスの態勢であった。結果的に誰も揚羽を追うことができない。
 
揚羽は独走して相手陣地までドリブルしていく。そのままゴール下まで走って華麗にレイアップ・シュートを決める。
 
「2ポイントゴール、旭川N高校・原口揚羽」
と場内アナウンスがある。電光掲示板は5-5の表示になる。
 
揚羽は自らのミスで失った点数を少し挽回し、N高校は何とか同点に追いついた。ゴールを決めた揚羽が物凄く嬉しそうな表情をしている。これで揚羽は平常心になれたな、と千里は笑顔で思っていた。
 

その後両者は互角の戦いを演じる。リードはめまぐるしく替わった。
 
絵津子がF女子高留学を経験し、その後このウィンターカップ本戦でも強豪との戦いを経験して物凄くレベルアップした技を見せれば、ライバルの渡辺もその間に彼女なりにひたすら鍛えていた技で対抗する。ふたりのマッチングは道予選の時は渡辺の圧勝であったものの、今回はほぼ互角の戦いとなり、絵津子に停められて渡辺が悔しがる表情が何度も見られた。結局、第1ピリオドでは絵津子も渡辺も6点ずつ取っている。
 
また千里は佐藤とのマッチアップで苦しみ何度もブロックされたり停められたりしながらも絵津子がスクリーンを仕掛けてくれるのを頼りにスリーを2本撃ち込んで6点を奪うが、伊香も揚羽とのマッチングに苦しみながらも1本だけスリーを成功させて最初のバスケットカウント・ワンスローと合わせて6点取った。揚羽は実際伊香の攻撃を何度も停め、シュートを4度もブロックした。揚羽もタイムアウトの後では平常心に戻り気合いが入りまくっていた。
 
この他、暢子が4点、揚羽が4点、佐藤が10点、宮野が4点取って、第1ピリオドは26-20 とP高校6点のリードで終了した。
 
110対108という両軍100点越えの勝負になった3位決定戦に続き、今日は決勝戦もハイスコア・ゲームの様相である。
 

束の間のインターバル。P高校ベンチでは十勝監督が選手たちにお話をしているようだが、N高校ベンチは宇田監督は「まあ6点差くらい特に気にするな」と言っただけで、後は南野コーチと一緒にスコアを確認しているだけである。後は選手たち同士でたわいもないおしゃべりをしている。インターバルはリラックスした方がいいという監督の方針である。あまりにくだらない話をしているので、放送局の人が「マイク切りますね」と言ってスイッチを切ってしまった。するとマイクが切れているのをいいことに話はふだんの女子更衣室モードになってしまう。
 
「でもサーヤ先輩は恋愛対象は男の人ですよね?」
と揚羽は確認した。
 
「うん。僕はホモだから」
と留実子は言う。
 
揚羽は一瞬「えーっと」と考えていたが、すぐに納得したようなそぶりを見せる。 
「サーヤ先輩の彼氏は旭川B高校の人だよ」
とリリカが言う。
 
「あ、そうか。向こうもバスケットしてるんでしたね。でもサーヤ先輩が彼氏と会ったり電話している所は見たことない」
と揚羽。
 
「だいたい携帯はいつも電源切ってるから」
と留実子。
 
「千里は、彼氏とデートしているところや電話している所をよく目撃されているけどね」
と薫。
 
「それどころか80万人の前で熱く抱擁してキスしたこともあるからな」
と暢子。
 
いつの間にか80万人に増えてる!? そんな人数が入る競技場は日本国内には存在しないはず!
 
「あれ?」
と絵津子が悩むような声を挙げる。
 
「どうした?」
 
「サーヤ先輩は男の子になりたい女の子で、でも男の人が好きで、千里さんは女の子になりたかった元男の子で、でも男の人が好きなんですね」
と絵津子。
 
「自分の性別認識と恋愛傾向は別だから」
「そうなのかぁ。難しいんですね」
「えっちゃんは、男の子が好きなの?女の子が好きなの?」
と志緒が訊く。
 
「うーん。。。。男からラブレターもらったことは一度も無いなあ」
と絵津子。
「えっちゃんにラブレター渡した女の子を2回目撃した」
とソフィアが言うと。
「私は3度目撃した」
と不二子は言う。
 
「女の子からのラブレターは昔から時々もらうし、岐阜でも持って来た子いたけど、別に女の子との恋愛には興味無いよ」
と絵津子は言っている。
 
「やはり男の子の方がいいの?」
「バスケットで私に勝てるイケメンでお金持ちの頭の良い浮気をしない男の子がいいな」
 
「そんな人は存在しない気がする」
 

第2ピリオド、向こうは伊香・渡辺・佐藤を下げて、横川・猪瀬・歌枕で来る。ポイントガードも1年生の江森月絵に交代するが、宮野以外全員交代である。N高校はポイントガードを不二子にし、暢子・千里の代わりにソフィア・紅鹿を入れた。絵津子と揚羽はそのままで、新鋭三人組が揃い踏みする。
 
このピリオドでは1年生ポイントガード同士、江森と不二子の対決が軸となった。 
江森は最近では少数派になった「純粋なポイントガード」で、ドリブルやパスなどは小さい頃から、現在は関女有力校に行っているお姉さんに教えられていてうまいものの、シュート能力は低い(昔のポイントガードは自分でシュートしたらPGがシュートするなんて、と非難されていた)。これに対して不二子は元々がスモールフォワードなので、ポイントガード役をする場合も、ゲームメイクもすれば自分でも点を取る「ポイントフォワード」になる。
 
江森がドリブルしながら間を取っていたら、不二子が果敢にスティールに来る。しかし江森はドリブルに関してはとっても上手いので、簡単には盗られたりしない。かえって不二子が踏み込んできたのを逆用して中に進入して攻め筋を作り出す。
 
それを2〜3回やって懲りたかと思ったら、不二子はそれでもスティールに来る。江森としては不二子が技術的には「下手くそなポイントガード」に見えるので、かなりイラつく。あんまりイラついていたら、死角から気配を殺した千里が忍び寄ってスティールしてしまい「うっそー!」と叫んでいた。
 
一方で、不二子はドリブルがとっても下手である。あまりに下手くそなので秋から猛練習を重ねて、それで何とかポイントガードを務められる程度まではなったというレベル。そのあまりにも隙があるドリブルを見ていると天才の江森としてはそれがまたイライラしてしまう。しかしそこは「平常心平常心」と猪瀬に言われたことから気持ちを抑える。
 
不二子がパスを出そうとしてドリブルしながらパス相手の方を見る。あまりに無警戒なドリブルをしているので、つい飛び出してスティールしようとした。 
ところが、江森がスティールする前に不二子はドリブルに失敗してボールがコロコロと横に転がってしまった! そこにソフィアが走り込んでボールを確保。そして江森が飛び出してしまったスペースに走り込んでミドルシュートを撃った。
 
こうしてこのピリオドは、「下手な不二子」が「上手な江森」を結果的に翻弄してしまい、江森は「こんなの理不尽だ」という思いに駆られながら悔しい表情をする姿が何度も見られ、結局途中で北見と交代してベンチに下がることとなる。
 
結局このピリオドはN高校の新鋭三人組が、絵津子8点・ソフィア5点・不二子6点と取り、揚羽の2点・紅鹿の2点と合わせて23点取ったのに対し、P高校は横川5点・猪瀬4点・宮野2点・歌枕2点・北見2点、途中から宮野と代わった河口4点で19点に留まった。前半合計では45-43で、P高校のリードは2点に縮む。結果的にはポイントガード同士の対決で不二子が優勢であったことからそれが点差にも響いた感があった。
 
応援席は強豪のP高校相手に善戦しているというので、随分盛り上がっていたようである。
 

P高校相手に接戦を演じていることでハーフタイムのN高校控室は明るかった。 
「でも次のピリオドは仕掛けてくるでしょうね」
「このままもつれたままというのではチャンピオンである向こうが苦しくなる。突き放す策を打ってくるはず」
 
「まあ何をされても焦らないことが大事。無理な作戦は絶対歪みも来る。そこを狙って反撃すればいいんだ」
と宇田先生は言っていた。
 
「バストパッド沢山入れて作った胸は、歩いている最中にパッドを落っことすのと似たようなもんだな」
と暢子。
「僕もおちんちん落としてしまったことあるな」
と留実子。それは周囲がパニックだったろう!
 
そろそろ時間だというのでフロアに戻る。コート上では東京I学園のバレエ部の生徒たちによる美しい舞が披露されていた。
 
「きれーい」
と言って絵津子が見とれている。
 
「私も小学2年生の頃までバレエ習ってたんだけどな」
とソフィアが言う。
 
「へー。すごい」
「でもあんたはバレエよりバレー向きじゃないかと言われたから辞めた」
「ソフィーの詰まらないダジャレが出る時は調子がいい時だな」
 
「千里さんもバレエ習ってたんでしたっけ?」
「うちは貧乏だから、そんなの習ってないよ」
「でも小学3年生の時に女の子のチュチュ着て白鳥の湖を踊ったと聞きましたけど」
「どこでそんな根も葉もない噂が」
 

バレエ部の生徒達のパフォーマンスが美しく終了した後、大きな拍手が送られて彼女たちが退場する。N高校とP高校の生徒がベンチに座りゲーム後半の開始を待つ。
 
その時、千里はふと視線のようなものを感じて観客席を見た。
 
嘘!?
 
そこには貴司の顔があった。
 
うっそー!? 今日まで練習があるから来られないけど頑張れとか言ってなかった? 来てくれたんだ! 千里は心のタガが外れて自分の思いが全部表情に出てしまうのを停めきれなかった。
 
「そこな非処女は何、恋する乙女のような顔をしている?」
などと暢子から言われる。
 
「えへへ。私頑張るね」
と千里。
「千里さん、彼氏が見に来てるんですか?」
と絵津子。
「全然そんな話聞いてなかったんだけどなあ」
と千里。
「恋人観戦はいいが、腑抜けにならないように」
と薫。
「いや、千里はとっくの昔に腑は抜いていたはず」
と暢子。
 

第3ピリオド。
 
P高校は180cmトリオを揃い踏みさせた。徳寺/渡辺/河口/宮野/佐藤というラインナップである。渡辺純子も178cmの背丈があり、162cmの徳寺を除くと見上げるような背丈のチームである。
 
N高校は雪子(158)/千里(168)/蘭(168)/リリカ(175)/留実子(184)というメンツにする。揚羽は前半ずっと出ていたので、取り敢えずこのピリオドはお休みとする。
 
オルタネイティング・ポゼッションがP高校の番だったので、センターラインからP高校のスローインでゲームは開始される。宮野がスローインして徳寺がドリブルして攻撃の筋を伺う。
 
N高校はマンツーマンで守備をするので、徳寺−雪子、渡辺−蘭、河口−リリカ、宮野−留実子、佐藤−千里というマッチアップになる。ここで渡辺の所が突破しやすそうな気がするので渡辺にボールを送るが、蘭が物凄いガードをする。たまらず徳寺に戻し、宮野にパスして、宮野が留実子を抜き、まず2点。 
N高校の攻撃となる。雪子がドリブルで攻め上がり攻撃態勢を整えるが、P高校はさっとゾーンディフェンスを敷いた。但し佐藤だけが飛び出して千里の傍に付く。ダイヤモンド1のシステムである。
 
雪子は普段と変わらない表情でパスを回すが、ボールマンに対して相手は隙間を詰める運用をするので、どうにも進入が困難である。そこで千里にボールを送るものの、佐藤が激しいガードをするのでシュートさえ撃てない。やむを得ず雪子に戻すが、攻めあぐねている内にショットクロックはどんどん消費される。 
リリカと留実子がディフェンスとの身体の接触覚悟で制限エリアに同時に走り込む。雪子がボールを投げる。いったんリリカが掴み掛けたのだが、河口が素早い動きでそのボールを叩き落とすように奪う。こぼれたボールに徳寺が飛び付きターンオーバー。徳寺はそのまま高速で走って行き、速攻の姿勢である。 
しかしN高校も蘭が必死に戻って速攻だけは何とか防ぐ。徳寺と蘭が対峙している間に他の4人も戻る。
 
徳寺に蘭が付いているので、(こちらから見て)左肩に佐藤−千里、右肩に渡辺−雪子、左底に河口−リリカ、右底に宮野−留実子という変則的なマッチアップになっている。
 
ここでP高校は今年の同校の「お家芸」であるスピード・バスケットを仕掛けた。全員が素早く動き回ると同時に物凄い速度でボールがパスされる。これにあまり慣れていない蘭やリリカがボールの場所を見失っているので千里が声を出して注意する。それでも一瞬リリカがボールを見失った瞬間、そこから河口が飛び込んで来る。あっという間にシュート。
 
入って2点。
 
第3ピリオドはP高校が立て続けに点数を取って始まる。
 

P高校がゾーンを敷いているので、N高校はT高校戦でやったように右側にプレイヤーを集めるオーバーシフト戦略を用いてみたものの、P高校は千里に佐藤が付いているほかは他の4人を右側に全員集める。千里が佐藤に厳しくマークされているので、「引いて守っているゾーンをスリーで崩す」戦略が使えない。
 
反対側にボールを放り込むと同時に雪子や蘭が走り込む作戦も採ってみたが、すぐに渡辺がカバーに走って行き、行く手を阻む。そういった向こうの動きがとてもスムーズである。どうもP高校は昨日の準決勝T高校戦の後で、N高校がオーバーシフトをしてきた時の対処をかなり検討し実践練習もこなしていたようである。
 
結局攻めあぐねている内にショットクロックが鳴ってしまう。24秒ヴァイオレーションでP高校のボールとなる。
 

P高校が4回続けてゴールを奪い、このピリオドの点数が8-0となった所でN高校はタイムを取った。放送局の人にベンチ・マイクのスイッチを切ってくれるよう頼む。
 
「済みません。ボールの動きに目が付いていきません」
とリリカが弱音を吐いた。
 
「あれはボールに気を取られすぎると、マークを外されるんだよ」
と千里が注意する。
 
「あ、そうですよね!」
「だから声を出し合おう。とにかく自分がマークしている相手に置いて行かれないようにしっかり走って。それで今目の前にボールがあったら、声に出して『ボール!』と言うこと」
「はい!」
 
「相手のゾーンはどうやって攻めましょうか」
と揚羽が訊いたのに対して、宇田先生は
 
「攻めなくてもいい」
と言った。
 
「え〜〜!?」
 
「どんどん走ろう。こちらが走り回れば向こうはそれ以上に走り回らなければならない。向こうはわざわざたくさん走り回ってくれている。だからもっと走り回らせればいいんだよ」
と宇田先生は言った。
 
「昔アニマル1というアマレス漫画があってね」
と先生は言う。
「ローリングストーンという大技が出てくる。相手の身体と一緒になってグルグルと転がり回るんだけど」
「それ、どういう意味が?」
「うん。意味不明。でも必殺技ということになっていた。その技を掛けられた主人公がその技を破るのに使ったのが、相手と一緒に更に転がるという対処法だったんだよね」
「意味が分かりません」
「うん。当時の読者もみな意味不明だったと思う」
 
「でも何となく分かります」
と暢子が言う。
「相手が走り回るバスケを仕掛けているんだから、こちらはもっともっと走り回ればいいんですね」
「そういうこと。そして走り回れば疲れるよね」
 
「あ」
 
「じゃ私たちの役目は相手を疲れさせることですね」
とリリカが言う。
「うん」
 
「じゃ、待って。それならみんなの左手の梵字を消す」
と千里は言い、近くに置いている自分のバッグの中からインククリーナーを染み込ませた脱脂綿(個包装)を取り出し、蘭とリリカに渡す。
 
「激しく動き回るんなら、梵字を消しておかないと体力がもたない」
「わあ、これで消えるんですか?」
「うん。緊急に消したい時のために持っているんだよ。本来筆の洗浄や衣服に付いた時のために作られたものなんだけどね」
「へー」
 
「森田(雪子)は交代させましょうか」
と南野コーチが言う。
 
「ああ。体力が足りないよね。じゃ越路(永子)君で」
と宇田先生。
 
「え〜〜〜〜!?」
と本人がびっくりしていた。
 
「じゃ、永子ちゃんにも」
と千里は言ってインククリーナーを渡した。
 

タイムアウトが終わり、雪子だけ永子に交代して出て行く。向こうはこちらが不二子を出してくると思っていた雰囲気で、対不二子用に落ち着いたプレイをする3年生の北見幸香を出そうとしていたようであるが、こちらが永子というのに気づき交代を取り消した。さっきと同じメンバーで出てくる。スピード・バスケットを仕掛けるにはさきほどのメンバー、あるいは猪瀬・歌枕あたりで構成する必要がある。
 
ゲームが再開される。
 
永子がゆっくりとドリブルで攻め上がる。
 
しかしこの場面で永子というのは意外に正解かもと千里は思った。彼女は決して慌てたり焦ったりはしないので、どんな状況でも平常心で自分ができるだけのプレイをしてくれる。また彼女は練習の鬼で、いつも人の倍くらい練習している。おかげで技術力は低くても体力だけはある。
 
そしてその永子も、千里・リリカ・蘭・留実子もこのタイムアウトの後では、ひたすら走り回った。細かいダッシュを繰り返すので、相手ディフェンスはゾーンにほころびが出ないよう同様にダッシュをする必要がある。元々ゾーンというのは運動量が多くなりがちなディフェンスなのだが、それを更に走り回らせる。 
むろん相手の足が付いてきていないとみたら、そこから進入してゴールを狙うことができる。
 
それでタイムアウトの後、最初はN高校が何とか留実子で2点取って(これでみんな随分心に余裕が生まれた)、その後、P高校が2回ゴールを決めて12-2になったものの、その後向こうのゾーンに穴が出来てリリカが2点取る。リリカもさっきベンチで弱音をはいたものの、得点をあげられてかなり自分を取り戻せたようである。
 

コート上では実は激しい戦いが繰り広げられているのだが点数だけ見ると、このピリオドは一方的ともいえる展開になっていた。
 
7分経過したで24-6である。
 
こちらの6点は、留実子・リリカに、途中から蘭と代わった志緒が2点ずつ取ったものである。蘭と志緒を交代させたタイミングで留実子も疲れ切っているので紅鹿に交代させる。向こうもずっと出ていた宮野を歌枕に交代させている。
 
会場ではこの一方的な展開を見て
 
「ああ、やはりP高校が本気を出したらN高校は全然かなわないね」
などという声があちこちでささやかれていた。
 
 
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