【女の子たちのウィンターカップ・接戦と乱戦】(下)

前頁次頁目次

 
T高校萩尾の異常とも思えるほどの猛攻で防戦一方になり大差を付けられたN高校、最後のインターバル。ベンチでは誰も発言できずに居た。千里も頭が空白になっていた。一体全体何が起きているんだ!?
 
その時《こうちゃん》が千里に語りかけてきた。
 
『あのさ、千里』
『ちょっと試合中に私に話しかけないでよ』
『だけど、あのハギャちゃんだっけ?』
『はぎおさん』
『あの子、何か変なのが憑いてるぜ』
『え〜〜!?』
 
『あのままにしておくとあの子危険だと思う。尋常ではないエネルギーの取り出し方をしてるんだよ。さっきの4分間だけで通常の3〜4日分くらいのエネルギーを使っている。体重もたぶん10kgは落ちてる。試合が終わった頃にはあの子、そのまま死ぬかも。死なないまでも体中の神経が破壊されて、一生ベッドの上かも』
 
4分で10kg落ちたのなら、あと10分で更に25kg?萩尾さんってそもそも細いのに。あの人たぶん体重52kgくらい。それが35kg体重落ちたら17kg!?
 
『祓える?』
『俺ひとりでは無理。あれ無茶苦茶強そう』
『とうちゃん?』
 
と千里は眷属たちのリーダーである《とうちゃん》に呼びかける。
 
『やっちゃっていい?』
『お願い』
『勾陳、青龍、玄武来い』
 
と言って《とうちゃん》は《こうちゃん》《せいちゃん》《げんちゃん》の3人を連れてT高校のベンチの方に行く。
 
千里はこういうのが視覚的に見えないのだが、かなり激しい戦いが起きているのを感じた。そして千里はそれまで異様な雰囲気で立っていた萩尾がふっと気を失って倒れるのを見た。
 
T高校のコーチが慌てて彼女を介抱している。
 
「あれ?どうしたんだろう?」
と南野コーチが向こうのベンチの異変に気付いて言う。
 
「さっきのピリオド頑張りすぎて、力を使い果たしたのでは?」
と千里は言った。
 
ここで暢子が発言する。
「えー、こういう発言はキャプテンの役目かも知れないけど、僭越ながら発言する。無心になって頑張ろう」
 
揚羽が言う。
「永子・久美子を出しましょう。この子たち全くビビらないし」
 

それで最終ピリオド、N高校は永子/千里/久美子/絵津子/暢子というオーダーで出て行く。永子はウィンターカップ本戦準決勝のこんな大事な局面で自分に出番が来るとは思ってもいなかったようで武者震いしている。久美子はもとより無心だ。千里もあらためて心をリセットし、気力を充実させた。 
眷属の4人が戻ってくる。
 
『倒した。むっちゃ強かった』
と《こうちゃん》が報告した。
『みんな無事?』
『無傷じゃないけどみんな生きてるよ』
と《とうちゃん》。
『お疲れ様。ごめんね、無理言って。傷の治療してて』
『じゃちょっと2−3日出羽に戻ってるけどいい?』
と《こうちゃん》が言った。
 
『うん。お大事に』
『六合、あとを頼む』
『任せとけ』
と《りくちゃん》が言う。
 
『天空さん、ほんとに危ない時はお願いします』
と《とうちゃん》は唯一彼が敬語で話しかける相手である《くうちゃん》に言った。
『まあその時はお前らを強制召還するよ』
などと《くうちゃん》は言っている。基本的に彼は「細々としたこと」には関わらない主義である。実際彼の力は強大すぎて、彼が何かした後はしばしば「この世のバランス」に歪みが生じる。
 
ただ彼が常に作用をもたらしているものがひとつだけある。千里の眷属の存在を隠蔽することである。《くうちゃん》の作用のおかげで相当ハイレベルな霊能者でも千里に眷属がいることを察知することができない。《くうちゃん》は眷属の存在を隠すため千里の「透過映像」を自在に操っている。いわば光学迷彩のようなものなので、普通に透視能力のある天津子のような霊能者が千里の身体を見ると、あたかも普通の女性のように見えるし、子宮や卵巣も存在するかのように装えるのである。MRIやCTに子宮や卵巣を写すかどうかもその時の必要性に応じてコントロールしている。
 
・・・と、千里は《とうちゃん》から聞いていたのだが、子宮・卵巣の件については、どうも何か仕掛けもあるようで、その件について眷属の子たちはみな千里に真実を隠している雰囲気もある。まあ、いいけどね!
 
ともかくもそれで4人は出羽に飛んでいったようである。
 

T高校は萩尾が倒れて騒ぎにはなったものの、幸いにもすぐ意識を回復したようである。結局山岸/萩尾/竹宮/川原/森下というオーダーで出てくる。しかし千里は竹宮がふつうの状態に戻っていることに気づいた。
 
N高校のセンターライン横からのスローインで試合は再開される。
 
N高校の攻撃に対してT高校がまたプレスに来る。しかし永子は慌てない。彼女のプレスに来た萩尾をオーソドックスなフェイントの組合せで抜いてしまう。永子は基本的なプレイをするので、ハイレベルなプレイヤーほど考えすぎて自滅する傾向がある。
 
永子がそのままドライブインする姿勢を見せるので川原がフォローに来る。するとバウンドパスで川原の足下を抜いてボールを絵津子に送る。絵津子がミドルシュートを放り込んで2点。
 
N高校は反撃を開始した。
 

「さっきのピリオドの萩尾さん、どうしたんでしょうね?」
とP高校の選手が座っている席で秋子がひとりごとのように言う。
 
「考えたくないけど、あれ興奮剤か何かでも飲んでいたのでは?」
と徳寺翔子。
 
「萩尾さんがそんなバカなものに手を出すとは考えられないけどなあ。でも多分あの子試合が終わったらドーピング検査受けさせられると思う。ちょっと異常だったもん」
と聖子は言う。
 
「そのつもりがなくてもうっかり飲んだドリンクとかにカフェインとか麻黄とかあるいはホルモン剤とかが入っていたとか?」
「ああいう強豪チームではそのあたりの注意もしっかりやってるはずだから、そんなミスはしないと思うけどなあ」
 
「でも彼女、このピリオドでは普通になってますね」
「というか普段よりトロい気がする」
「さすがにさっきのピリオドのプレイで疲れきったのでは?」
 

萩尾の動きが良くないので、T高校はうまくボールが外に出たタイミングで交代させ代わりに吉住を入れた。ベンチに戻った萩尾はやはり疲れていたようで横になり、アイスバッグを額や膝などに当ててもらっている。低血糖になっていたようで、チョコレートも食べている。カロリーメイトのドリンクまで飲んでいる。
 
一方このピリオドではN高校が猛攻を見せていた。永子・久美子が基本に忠実なプレイをする一方で千里・暢子・絵津子は頑張ってコートを走り回り相手の固いディフェンスに穴を開けては得点を重ねていく。
 
6分経過した所で得点は69-65とわずか4点差まで縮んでいた。
 
ここで萩尾は起き上がり、再度自分を入れて欲しいと監督に訴えたようである。 
絵津子のシュートを止めようとして森下がファウルをおかしたタイミングで彼女と交代でコートインする。森下は今のが4つめのファウルなのでいったん下げる意味もあった。N高校側もここで永子・久美子を下げて雪子・不二子を入れる。雪子が入る時は不二子は本来のフォワードに徹すればいい。
 
絵津子がフリースローを2本とも入れて点数は69-67。N高校が2点差に詰め寄る。T高校のメンバーに焦りの色が濃くなっている。しかし萩尾はみんなに声を掛け、気持ちを再構築して攻めていく。第3ピリオドで物凄く頑張った彼女が戻ってきただけでもT高校は心強いであろう。
 
山岸からのボールを萩尾が受ける。暢子とマッチアップ。複雑なフェイント合戦の末、萩尾はスリーポイントシュートを選択したかに見えた。大きくジャンプしながらシュート!
 
と思ったものの、彼女は空中で反対側のサイドに居る竹宮に鋭いパスを投げた。 
千里がカットを試みるも、竹宮は千里を押しのけるようにしてボールを受け取る。千里が超絶反射神経で彼女の前に回り込んでブロックしようとしたが、千里のタイミングをうまく外してシュートを撃つ。
 
これが入って71-67.
 

N高校が攻め上がる。T高校はもはやゾーンプレスもゾーンディフェンスもせずに通常のマンツーマンのハーフコートディフェンスである。萩尾以外の選手もやはりゾーンプレスではかなり消耗したようである。
 
雪子から千里にパスが来るが、竹宮が必死のディフェンスをする。そこに不二子が走り込んできてスクリーンを掛ける。千里が彼女の向こう側に走り込むが、すぐに不二子にパスする。ここまでは普通のピック&ロールである。T高校はスイッチと声を掛けて、不二子を竹宮が追い、千里のそばには不二子に付いていた川原が来る。
 
ここで不二子はボールを再度千里にパスで戻した。川原がブロックを試みるも全然構わずに高い軌道のスリーを撃つ。
 
入って3点。71-70.
 

このあと両者点を取り合って、残り1分で77-76と1点差のままである。 
T高校の攻撃だが、ここでN高校は強烈なプレスを掛ける。もう疲れがピークに達しているポイントガード山岸が今日は充分休ませてもらっている雪子の強烈なプレスにたじたじとしている。
 
萩尾が暢子に追われるまま山岸のそばまで駆け寄り、スクリーンプレイのような感じでボールを受け取り、そこからいきなりシュートを撃つ。距離は16mくらいある。
 
これが信じられないことにゴールのリングに当たって跳ね上がる。さすがに入らなかったものの、そのボールが落ちてきた所に不二子と川原が走り寄る。一瞬不二子がボールに触ったものの、川原が横取りした。川原がボールを確保したのがゴールの真下だったので、さすがにそこからはシュートできない。全力で走り寄ってきた萩尾にパス。萩尾はボールを受け取るとスリーポイントラインの所で立ち止まり、シュート動作に入る。
 
しかしそこで必死で戻って来た暢子が彼女の前に回り込むと、彼女がシュートを放つ直前、思いっきり飛び上がってきれいにブロックを決めた。
 
そのこぼれ球を千里が確保する。
 
自らドリブルで攻め上がる。吉住が前方に居るのを一瞬でかわす。
 
そしてスリーポイントラインの手前で停まると、きれいな動作でシュートを放った。
 
入って77-79。逆転! 残り42秒。
 

ここでT高校は川原を下げて森下を再投入した(最終ピリオドで残り時間が2分を切った場合、得点を取られた側は選手交代が出来る。得点を取られた側が実際に選手交代をした場合は、得点をあげた側も同時に交替できる)。 
T高校の攻撃だが、再びN高校はプレスを掛ける。しかし今度は山岸がもう最後の力を振り絞って雪子を何とか抜き、8秒ギリギリでフロントコートにボールを進める。N高校は通常のディフェンスに切り替える。
 
例によって竹宮のそばにはピタリと千里が付いている。しかし山岸は敢えて竹宮にボールを送る。千里と激しいキャッチ争いをするが、竹宮は千里をもう無理矢理肘で押しのけるようにしてボールを確保した。
 
その後も千里は両手を広げて凄まじいディフェンスをする。普通の選手ならとてもシュートできないと思う所だ。しかし竹宮は千里のシリンダーのギリギリ外側を通り抜けて制限エリアに進入した。
 
絵津子がフォローに来る。しかし構わず竹宮はレイアップシュートに行く。絵津子がジャンプしてブロックを試みる。が竹宮は空中でダブルクラッチで体勢を変えて絵津子のブロックをかいくぐろうとする。しかし絵津子も空中で体勢を変えて、シュート筋を塞ぐ。物凄い空中戦である。
 
それで竹宮も諦めて着地する前に身体をひねってボールを萩尾に送る(ボールを持ったまま着地すればトラベリング)。萩尾は暢子をファウルを取られても仕方ないくらい激しく押しのけてボールを確保した。暢子はそれでも倒れたりせずにすぐ彼女をディフェンスする。接近してガードしているので、とてもシュートできないように見える。
 
しかし萩尾はいったん暢子の脇を抜くかのような動作から一瞬のバックステップをし、そこから後ろ向きにフェイドアウェイしながらジャンプする。そして身体が斜めになったままスリーを撃った。
 
これがきれいに入って80-79。また逆転! 残り20秒!
 
萩尾はこれで10本目のスリー成功である。
 

N高校が攻め上がる。
 
T高校はここでゾーンプレスを掛けずに通常のディフェンスを選択した。ゾーンプレスは突破された場合に速攻されるのでその危険を避けたのであろう。雪子がドリブルしながら全体の状況を見ている。目の端でチラっと残り時間も確認している。
 
千里の所は竹宮がしっかり付いている。暢子の所も萩尾が本当に最後の力を振り絞ってマークしている感じだ。絵津子の所には森下、不二子の所に吉住がいる。 
雪子は不二子にボールを送る。不二子は一瞬の心理戦を制して吉住を抜いてゴール近くまで走り寄る。そこに森下がフォローに来て、高い壁でガードする。不二子はシュートするかのように見せてジャンプし、空中でシュートの体勢からパスに切り替えて絵津子にボールを送る。萩尾がフォローに来る。しかし絵津子はボールを受け取るとその勢いを利用してそのままボールを暢子に送った。 
暢子は今萩尾が絵津子の方に向かって走っていったことによって一瞬フリーになっている。そこから不二子の前までドリブルで走り込む。そして不二子を壁に使ってシュートを放った。
 

ところがこれを森下が物凄いジャンプを見せて叩き落とす。
 
萩尾と絵津子がそのボールに飛び付く。
 
一瞬早く絵津子がボールを確保するも体勢は崩れている。暢子にボールを送るが暢子はそれを雪子に戻す。そして雪子は受け取るとすぐに千里に送った。 
ゴール近くで激しい動きがあったにも関わらず、竹宮は千里を警戒して千里のそばから動かずにマークし続けていた。千里は竹宮を押しのけるようにしてボールを受け取る。試合の残り時間はもう3秒を切っている。
 
千里は一瞬のフェイントで竹宮を抜いて制限エリアの中に飛び込んだ。向こうから萩尾が物凄い顔をしてフォローに来る。
 
しかし千里はそのままVカット気味にエリアの外に走り抜けると、制限エリアの外からジャンプしながら長めのミドルシュートを放った。
 
千里がシュートを撃った瞬間、試合終了のブザーが鳴った。
 

ボールはバックボードに当たってからきれいにゴールに飛び込んだ。
 
審判が2点ゴールのジェスチャーをする。スコアボードの点数表示が80-81になった。
 
暢子が万歳の姿勢からそのまま千里に飛び付いた。続けて絵津子と不二子も千里に飛び付く。千里は思わず「重いよ」と言った。雪子も駆け寄ってきて彼女にしては珍しく千里に抱きついた。いつもクールな彼女もこの勝利は物凄く嬉しかったのであろう。
 

審判が整列を促す。
 
が萩尾はその場に倒れてしまっていた。会場に待機していた医師が出てきて彼女の様子を見、動かしても大丈夫そうということで担架でとりあえずベンチの所に運ぶ。それで彼女以外の4人とN高校の5人で整列してから主審が 
「81対80で旭川N高校の勝ち」
と告げる。
 
こうして旭川N高校は2試合連続の1点差勝負を制して、ウィンターカップ本戦の決勝戦に進出することができたのである。
 
「ありがとうございました」
と挨拶した後、N高校のメンツも一緒に萩尾さんの様子を見に行く。
 
看護師が体温・脈拍と血圧を測っている。
 
「大丈夫ですか?」
と千里が声を掛ける。
 
医師が「脈拍はしっかりしているし、単純な疲労のように見えますね」と言う。看護師に血糖値の測定をするよう指示している。看護師がキットを取り出そうとしたが、測定用のチップが切れている。「済みません。取ってきます」と言って医務室に走って行った。
 
『びゃくちゃん、この子大丈夫?』
と千里は後ろの子に尋ねる。
 
『純粋に力を使い過ぎただけ。意識は30分もあれば回復すると思うし、この程度なら、この子、元々の体力があるみたいだから2〜3日も休めば体力も元に戻ると思う。ショックで生殖機能が一時停止してるけど・・・OK。リスタートさせた。でも千里右手で彼女の手を握ってあげなよ』
 
と《びゃくちゃん》が言うので千里は言われた通り右手で萩尾さんの手を握る。恐らく左手には封印の梵字を書いているので、そちらからはパワーを渡せないのだろう。千里は彼女の手を握っている間、自分のパワーが彼女の方に流れ混んでいくのを感じていた。逆に言うと自分が彼女の疲れの一部を引き受けているようなものだ。
 
するとそれが効いたのか、千里が彼女の手を握って1分もすると萩尾さんは意識を回復した。
 
「あ、気がついた」
「萩尾、病院に行こうか」
「大丈夫です。少し休んでいたら治ると思います」
 
その時、やっと看護師が戻ってきた。耳たぶの所を少し切って血糖値を測定する。血糖値は一応90ある。千里は手を握ってあげた効果かなと思った。
 
「大丈夫とは思いますが、しばらく医務室で休みませんか?」
と医師が言う。
 
「そうします」
 
取り敢えずブドウ糖を1包食べさせる。むろんこれはチョコレートより即効性がある。
 
「でも今日はどうしたんですか?」
と千里が尋ねる。
 
「いや面目無いです」
と萩尾さんが言う。
 
「ハーフタイムに控室でトイレに入ってて、ちょっとお腹の調子が良くなかったんで少し籠もってたら、その間にみんな控室を出て行ってしまっていたんですよ。それで鍵が掛かっていて」
 
「ああ」
「いや、盗難とかの心配があるから選手が出たら鍵を掛けるでしょ?その時、誰もいないのを確認したつもりだったんだけど、トイレにこいつが入っていたとは気づかなくて」
と向こうのコーチが申し訳無さそうに言っている。
 
「それで私、窓から出られないかなと思って窓を開けてよじ登ろうとしたら足が滑ってしまって」
と萩尾さん。
 
「それで私が控室に入って行った時、こいつが倒れているんでびっくりしたんですよ」
「それで介抱されて気がついたんだけど、もうゲーム始まっていると聞くと、恥ずかしいのを通り越して怒りの感情が湧き上がってきて、それでもうこの自分に対する怒りをそのまま試合にぶつけてN高校を倒すぞと思ったんですけどね」
 
「いや、もう負けそうだった」
と暢子。
「凄い勢いでしたね」
と千里。
 
「スーパー萩尾になってた」
と竹宮さんも言っている。
 
『その倒れた時に変なのに取り憑かれたんだろうな』
と《りくちゃん》は言っている。
 
それで結局萩尾さんは「貧血気味だから頭を上げない方がいい」ということで担架に乗せられたまま医務室に運ばれた。その後であらためて両軍が全員でお互い相手ベンチに挨拶し、応援席にも御礼をしてから、フロアから引き上げた。 

控室に戻る前、千里はトイレにでも行くような顔をしてみんなから離脱し、ロビーの柱の陰で「決勝進出おめでとう」とメールしてきていた貴司と話した。 
「おめでとう。やったね。凄いね」
「ありがとう。浮気者さんのこと忘れて無心で頑張ったから勝てたのかもね」
「千里、言葉がきつい」
「別に私たちは今夫婦でも恋人でもないから、貴司が誰とデートしようと自由だけどね」
 
貴司はギクっとする。今日これから自分が芦耶と一緒に車を見に行くのがバレてる?
 
「あ、えっと・・・・千里って何か好きな車ある?」
「車の車種?」
「うん」
「そうだなあ。私あまりよく分からないのよね〜。フェラーリとか気持ち良かったなあ」
と言って千里は雨宮先生のエンツォ・フェラーリを運転した時のことを思い出す。 
貴司はさすがにフェラーリなんて予算オーバーなので焦る。
 
「もう少し安い車で好きなのは?」
「フェラーリって高いんだっけ?」
「うん」
「あ、もしかして貴司車を買うの?」
「取り敢えずちょっと見てこようかと思って」
「ふーん。彼女と一緒に?」
「う・・・」
 
なんだ。図星か。
 
「まあいいけどね。でも私、車のことはホントさっぱり分からないのよね〜。あ、ボルボとかは?」
 
ボルボは旭川から札幌まで運転したことがある。
 
「少しは安いかな」
「外車はやはり高いのかな。あ、そうだ。国産車ならクラウン・マジェスタとかも(運転した時)気持ち良かったよ」
 
千里はマジェスタで紀伊半島の海岸沿いの道を串本から紀伊長島まで100kmほど運転している。実はあれが運転初体験だ。
 
「それも高い!」
「ごめーん。ほんと私そういうの分からないのよ」
 
などと言っていた時、千里は背中に突然熱いものが接触するのを感じて「あち!」
と声を挙げた。
 
見ると絵津子がニヤニヤして立っている。売店で買ったのか肉まんの袋を持っている。
 
「千里さん、南野コーチが探してましたよ」
「ごめーん」
と絵津子に言ってから、貴司には
 
「ごめん。呼ばれているから行くね。また」
と言って電話を切った。絵津子が肉まんを1つ取り出して
「私、お腹空いてお腹空いて。千里さんもひとつどうぞ。資金源は教頭先生ですから」
と言って渡した。
 
「ありがと」
と言って千里も笑顔で肉まんを受け取った。
 
一方、貴司は千里の最後の言葉を考えていた。
 
今千里は何て言った?アディとかと聞こえたような気がしたけど・・・・ 
と思った時、ちょうどそばに置いていたパソコンの画面にアウディのCMバナーが表示されている。
 
あっそうか!アウディか! それなら車種によっては行けるかなあ。千里ってやはりパワフルな車が好きなんだろうな、と思い、貴司はアウディのサイトを開いてみた。
 

千里たちが控室で汗をかいた服を着替えてから客席に行くと、既に札幌P高校と岐阜F女子高との試合が始まっていた。
 
試合はロースコアで進んでいた。どちらもよく攻めるのだが、よく守るのでなかなか点数が入らないのである。伊香秋子と神野晴鹿、渡辺純子と鈴木志麻子はお互いマーカーになってしのぎを削っている。P高校の佐藤玲央美にはF女子高の大野百合絵が付いているのだが、ここも激しい戦いである。
 
第1ピリオドで13-12、第2ピリオドで11-11とロースコアで進行して前半は24-23で岐阜F女子高が1点のリードである。第3ピリオドでもお互いに攻めあぐねる展開。9-10でP高校が1点多く取り、これで33-33の同点になってしまった。 
第4ピリオド、晴鹿がスリーを撃ち込む。しかしすぐに秋子もスリーを撃ち込んで対抗する。ところがここでF女子高の攻撃中に純子がきれいに志麻子からスティールを決める。速攻で攻めて行くものの、前にF女子高の彰恵が立ちはだかる。すると彼女は後ろにボールをポーンと放り投げる。それを玲央美が取ると純子を壁に使ってスリーを撃つ。これで3-6でP高校がリードを奪う。
 
そしてこの後両軍とも点を入れることができず、結局P高校の玲央美のスリーが決勝点となり、39対36という「それ20分の試合ですか?」と言われそうな低い点数でこの試合は決着したのであった。
 
これでP高校が決勝進出。F女子高はあと少しの所で涙を呑んだ。
 

そういう訳で、明日の3位決定戦は東京T高校と岐阜F女子高で争われ、決勝戦は旭川N高校と札幌P高校という北海道勢同士の対決となることになった。 
なおスリーポイント女王争いでは、千里は今日7本入れて合計35本、晴鹿は2本入れて合計27本、秋子は1本入れて16本である。またT高校の萩尾が今日10本も入れたことで合計19本となり、秋子を抜いて3位に急浮上した。
 
ちなみに萩尾は医務室で寝ている間に血液と尿を取られドーピング検査を受けさせられたものの、変な薬物は検出されなかったし血液組成にも異常は見られなかったということであった。ただ乳酸が極めて多くphも強く酸性に傾いていて、激しい疲労をしていることがうかがわれた。
 
彼女は検査を受けた後でブドウ糖の点滴をしてもらい、夜10時頃まで医務室でほぼ半日寝ていたらしい。森下さんとメール交換している留実子によれば、医務室では教頭先生が付いていてくれた他、両親も駆けつけて来て付き添っていたらしいが、目が覚めてから、お父さんの車で一度自宅に戻りたくさん御飯を食べて(鶏の唐揚げを1人で2kgぺろりと食べてお母さんが今度は胃は大丈夫?と心配していたらしい)、夜12時過ぎに学校内の宿舎に戻ったということだった。 
T高校は地元ではあるが、チームの一体感維持のため、ウィンターカップ中は校内の研修施設に部員全員で泊まり込んでいる。
 

ところで貴司は芦耶と13時に梅田で待ち合わせていた。阪急三番街でお茶を飲んでおしゃべりした後、地下鉄でアウディのショップに行ってみた。 
「へー、アウディが好きなの?」
「うん。わりと気に入ってるんだ」
「ふーん」
と答えてから少し芦耶は考える。
 
「例の女子高生の好み?」
「え?そんなことないよ」
と言って焦ったふうの貴司を見て、芦耶は「まいっか」と思った。メーカーは彼女に任せてあげるよ。でも私の好みの車種を選んじゃおっと。
 

この日千里たちは自分たちの試合は11時過ぎ、札幌P高校と岐阜F女子高の試合も12時半すぎには終わったので、午後からはV高校に戻って黙々と明日に向けての練習をしていた。
 
14時半頃、合宿のサポートをしてくれている靖子さんが
「千里ちゃん、親戚の人が面会に来ているよ」
と言うので、誰だ?と思って出て行くと、雨宮先生である。
 
「おはようございます。またもや詐称ですか?」
「まあいいじゃん」
「それとも先生って、どこかで私と血のつながりか姻戚関係でもありましっけ?」
「あんた、私のお嫁さんになる気はない?」
「重婚じゃないですか」
 
「・・・・・」
「どうしたんですか?」
「それってどちらが?」
と雨宮先生は訊く。
 
「お互いにですよね?」
「ああ、あんた結婚してると言ってたね」
「形式的にはいったん別れたんですけど、意識としては夫婦の意識を持ち続けているつもりです」
「ふーん。でも私も重婚だと言うの?」
「雨宮先生、奥さんがおられますよね?別居なさっているみたいだけど」
「なんで知ってんのさ?上島でさえ知らないのに」
 
「私、巫女ですから。結婚している人と独身の人の区別はつきます」
 
「参った、参った。あ、それでさ。つい先ほど、ケイとマリの父ちゃんが町添さんと契約書を交換したよ」
 
「よかったですね!」
「あんたの言ってた写真の添付については、両親側は新たに撮影するのでなければ構わないと言った。ケイの父ちゃんもややしぶしぶだけど、女装写真でも良いと了承した。実は『甘い蜜』のCDのジャケ写は蜂蜜を入れた壺の写真で中も歌詞カードだけ。ふたりの写真はどこにも使用されていなかったから、寂しいという意見もあったんだよ。東京公演でふたりが歌った時の写真を期間限定で購入者全員プレゼントとして付けることにした」
 
「ああ、おしゃれしたスナップよりそういうのがいいと思います。あの子たち多分アイドル系よりアーティスト系になりそうだし」
 
「うん。そのあたりはスタッフ間に意見の相違があるけど、私や町添さんはそういう意見だよ」
 
「でも早かったですね!」
「ケイが自分の父親だけじゃなくて、マリの父親も説得してくれたらしい」
「まあ、あの子はもっとさっさとどこかの事務所と契約していれば良かったんですけどね」
「全く、全く」
「KARIONの方はどうするんですか?」
「もちろん掛け持ち。ドリームボーイズも掛け持ち」
「ドリームボーイズにも関わってるんでしたっけ?」
「そもそもそれが一番古い」
「へー!」
 
「それでさ。レコード会社の契約の方はいいんだけど、プロダクションとの契約は現在白紙状態でさ」
「うーん。それは別に必須ではないでしょ。レコード会社と契約できてるなら」
 
「うん。そもそもケイはどこの事務所とも契約しないまま既に5年も芸能活動してきているからね」
「あの子、そんな前からやってるんですか!」
 
「うん。という訳で、あの子、KARIONの2月の全国ツアーに全部参加させるから」
「いいんですか?」
「まあその辺りはうまくやるよ。ただ、あの子はKARIONでボーカル兼ピアニスト兼ヴァイオリニストだからさ。ピアノ弾きながらヴァイオリン弾きながら歌を歌ってくれと言ったら無理だと言われてさ」
 
「それはさすがに無理です」
「仕方ないからヴァイオリニストは、上手い具合に男の娘のヴァイオリニストがいるんで、その子に代理で弾いてもらうことにした」
 
「へー」
「ちょっと可愛い子だよ。ベッドの上で押し倒して、あの子の***を揉んで***を攻めてみたい」
 
「あまりノンアダルトサイトに書けないような発言しないでください」
「だから千里、ピアノ弾いてよ」
 
千里は、そこに来たかと思った。
 
「ツアーいつと言いました?」
「1月31日から3月14日」
「無理です。私は受験やってます」
「あんたなら推薦でしょ?もう試験は終わってんじゃないの?」
「世俗の義理で一般入試を受けないといけないんですよ」
「日程は?」
「センター試験が1月17-18日、□□大学一次試験が2月21日、C大学の試験が2月25日、□□大学の二次試験が2月28日です」
と千里は手帳を見ながら答えた。
 
「あんたバスケばかりしてるでしょ? 勉強する時間なんてあるの?」
「頑張ってますけど」
「取り敢えず2月28日の沖縄以外は日程がぶつかってないな」
「私、ウィンターカップが終わったら受験勉強に専念したいです」
「2時間くらいライブに出る程度いいじゃん」
「旭川からの移動に時間がかかります!」
「あんたどこでもドアとか持ってないの?」
「そんなの持ってません」
「2月28日は試験は何時からさ?」
「朝からですが」
「だったら昼過ぎには終わるよね?」
「うーん。受験番号にもよると思いますが」
 
雨宮先生は鞄からJTBの時刻表を出して調べ始める。
 
「羽田を15:30の飛行機に乗ってもらえたら18:15に那覇空港に着く。間に合う。それでもう試験は終わりなんだから、受験には影響無いよね?」
「先生のこと鬼と呼んでいいですか?」
 
「ケイの腕がないとどうしても弾けないピアノやヴァイオリンがあるんだよ。ちょっとこれ見てみ」
 
と言って雨宮先生は『優視線』のスコアを見せる。
 
「こんなの誰が弾けるんです?」
「ケイじゃなかったら、世界的なコンテストで上位入賞できるレベルのピアニストでないと無理」
「少なくとも私には無理ですね」
 
「だからこういう曲はケイに弾かせる。でもできるだけ多くの曲でケイはボーカルとして参加させたい。だから、そういう曲ではピアノやヴァイオリンの代理演奏者が必要なんだよ。だけど、ケイの代理には男の娘を使わないと、演奏者のすり替えがバレやすい。でも特にあんたはケイと身長も近いし、小学生の内に性転換したのも同じで雰囲気が似ているから影武者として貴重なんだ」
 
「ケイって小学生のうちに性転換したんですか?」
「あんたもでしょ?」
「私は高校1年の時ですが」
 

貴司は芦耶とともに販売店のスタッフに色々説明を受けていた。芦耶は最初900万円するTT RS plus Coupeに興味を示したものの「ごめん。さすがに払いきれない」と貴司が言う。
 
それで芦耶が「そうだなあ」と思って見ていた時、誰かに肩を触られたような気がして、そちらを見る。誰も居ないのであれ〜?と思ったものの、そちらに何か良さそうな車があるのに気づく。
 
「あ、これなんかどう?」
と芦耶が言ったのは450万円のA4 Avantである。
 
貴司は
「それもきついなあ」
と言って貴司は反対側の方に置いてある、250万円のA1と350万円のA3 Sedanに興味を示している。
 
するとスタッフが
「ちょっと試乗してみられませんか?」
と言った。
 
それで最初A1に乗って近くの道を1周してきた。
「ちょっと狭い気がする。それに非力だと思う」
と芦耶が言う。
 
貴司もそれは感じた。このくらいの車ならヴィッツかフィットでもいい気がした。それでA3 Sedanの方にも乗ってみる。それでまた近くを一周走ってきた。 
「微妙だなあ」
 
それでスタッフさんは「やはりA4 Avantに乗ってみられます?」と言う。芦耶は気に入っているようだが、450万円というのは払えないこともないが、きついなと思っていた。芦耶は「せっかくアウディ買うならこのくらいのがいいよ」などと言っている。するとスタッフさんが言う。
 
「これは実をいうと来月発売のモデルなんですよ。ですからお売りできるのも1月以降になるのですが。うちにもつい昨日入って来たばかりの品で。まだどなたも試乗なさってないんですよ。1人目の試乗者になられませんか?」
 
「じゃちょっと試乗してみようか」
と言って貴司は芦耶を助手席に乗せて、そのA4 Avant 1.8TFSI を発進させた。 
「やはりこの車いいよ。室内も広くてなんか快適だし、パワーもある感じ」
「室内はこれオプションのシート使われているみたい」
「それにステーションワゴンだと荷物載せるのにも便利なんじゃない?貴司大会であちこち遠出もするでしょ?」
「まあそれはあるけどねー」
 
そんな会話をしながら貴司は走ってきた道を左折してショップに戻ろうとしたのだが、そこに左側に強引に割り込んで来たバイクがあった。危ない!と言いながら右車線に避ける。ところがその後、後ろからどんどん車が来て貴司はなかなか左車線に戻れない。このあたりが運転初心者たるゆえんである。そして貴司の車は阪神高速の入口に入らざるを得なくなってしまった。 
「仕方ない。次の出入口から降りよう」
と言って貴司は料金所で料金を支払い本線に入った。
 
しかし・・・・阪神高速を使ったことのある人なら分かる所だが、阪神高速は初心者にはとっても厳しい道路である。路線図を頭に入れた上で、早い時期に車線変更しておかなければならないのに、貴司の場合、路線図や線形も分からない上に、そもそもその車線変更自体が下手だという問題がある。それで貴司は思う方向に行けず悪戦苦闘する。貴司が「うっそー」とか「だめだー!」などと叫びながら運転しているので、芦耶もひょっとしたらどこかで脇に緊急停止させて、運転代行でも呼んだ方がいいか?と思い始めていた。30分ほどの必死の運転の結果、貴司の運転するAUDI A4 Avantはとうとう名神の上り線に乗ってしまっていた!
 
その間、貴司の携帯に着信があった。むろんショップからである。それには芦耶が出て
 
「済みません。運転初心者なもので、間違って高速の入口に入ってしまって。そのあと降りるのに苦労しているんです。何とか頑張って下に降りて戻りますので」
 
と答えておいた。しかしショップの人もまさか名神に乗ってしまったとは思いもよらないだろう!
 
芦耶が貴司に言う。
 
「多分名神の方が阪神高速より楽だよ。すぐ先にSAがあったと思うからそこで一度休憩してさ。それから次のインターで下に降りてショップに戻ればいいよ。場合によってはショップの人に迎えに来てもらおう」
 
「うん。そうしよう」
 
それでちょうど吹田SAの入口が見えてきたので、貴司は中に入って車を駐めた。そして、貴司と芦耶のこの日の記憶はここで途切れている。
 

一方この日、千里たちは明日の決戦にそなえて、練習は夕食前で切り上げ、夕食は縁起担ぎでカツオ(勝つぉ)のタタキを含むお刺身を載せたちらし寿司を食べた後、みんなで今日のP高校とF女子高との準決勝の試合をビデオで見た。 
そしてその後、ベンチ枠の15人と薫は都内のエステに行き全身マッサージをしてもらった。ショッピングモールの中に入っているので順番待ちするのも安心である。単独店舗の場合はこの人数が待合室に入らない場合もある。お昼頃予約していたので、エステティッシャンを増員してくれていたようで一度に5−6人ずつ施術できるようであった。
 
「女性専科と書いてあるぞ。男は外に出てろよ」
「あんた男じゃないの?」
「あんたこそ、ちんちん本当に付いてないの?」
などとジャブの応酬があるのはいつもの風景だ。
 
「私、選手じゃないけどいいのかなあ」
と薫が言っていたら
「練習にたくさん付き合ってもらっているし」
と暢子が言う。
「ただ、本当に女の身体かどうかに疑惑があるが」
と言う。
「それはお目こぼしして〜」
「いや、実際に既に女の身体なんだろ?」
「え、えっとぉ・・・」
 
マッサージは気持ち良く、本当にここ数日の疲れが取れる気分であった。やはり足の筋肉はかなり凝っているのが、揉まれているとよく分かる。胸も揉まれたが、そんな所を揉まれていると、私おっぱい大きくして良かったなとあらためて思った。
 

千里はスターターの特権で最初に施術してもらい、その後他の子の施術が終るのをお店の近くにあるフードコートでお茶を飲みながら待っていたのだが、その待ち時間にトイレにでも行くような顔をしてひとりみんなの所から離れ、貴司に電話をしてみた。しかし電話はつながらなかった。忙しいのかなあと思いメールを送ったものの、そのメールの返事もその日は無かった。
 
みんなの所に戻ろうとしていたら、バッタリと佐藤玲央美と出会う。
 
「奇遇だね〜」
「食事?」
「うちはエステでマッサージしてもらった」
「あ、私たちは試合が終わった後すぐにしてもらったんだよ」
「じゃ同じ店使ったんだ!」
「宿舎が同じ市内だしね」
「確かにね〜」
 
「うちのチームは今日はここで回転寿司を思いっきり食べてきた」
「回転寿司もいいね〜」
 

何となく近くにあったベンチで会話する。
 
「まあ泣いても笑っても明日で最後。お互い全力投球だね」
「うん。もうこちらも隠し球は無いし、お互いの手の内もよく分かっているし、実力と実力の勝負だよ」
 
「私さ」
と千里はその心情を彼女の前で告白する。
 
「インターハイが目標だったし、あそこで負けた時に、自分の目標を見失ってしまってね。それでこの後何をすればいいんだろうと思っていた時、国体の本戦をやっている最中に、このウィンターカップをあらためて最後の目標にしようと思ったんだよ。明日の試合に私は自分のバスケ人生の全部を注ぎ込むつもり。だから、明日の試合が終わったら、私はもうバスケガールではなくて、ただの17歳の女の子かな」
と千里は言う。
 
「それはある意味、私も似た心情かも」
と玲央美は言う。
 
「1年生の時はあまり何も考えずにインターハイ、国体、ウィンターカップと行ってきた。でも2年のインターハイに行けなかった時、自分の中で何かが変わったんだ。それまでは自分は何となく高校でバスケして、大学なり実業団なりでバスケして、大学出たらプロになって、というのを漠然と考えていたんだけど、もっとひとつひとつの試合を大事にしなければいけないと思った。だからあの後、私はどんな所との試合にも全力投球するようになった。でも、毎回全力投球って、無茶苦茶エネルギー使うじゃん。それで自分なりにこういう戦い方をする期限を決めようと思った。それが私の場合、このウィンターカップだったんだよ。だからその先は今の所なーんにも考えていない。実は誰にも言ってないけど、ウィンターカップとその後のオールジャパンまで終わったら、私、バスケ辞めちゃうかも」
 
と玲央美は言った。
 
札幌P高校はインターハイ覇者なのでオールジャパン(皇后杯)にも出場する。 
千里と玲央美はしばらく無言であった。
 
千里がコーヒーを飲む。玲央美もコーヒーを飲む。
 
「でもレオちゃんがバスケ辞めるなんて世間が許さないよ」
「千里こそ。フォワードは捨てるほどいるけど、シューターは稀少だもん」
 
そんなことを言ってから千里と玲央美は笑った。
 
「でもとにかく、明日の試合、お互い全開で頑張ろうよ」
「うん。全身全霊投入」
「手抜きとかするなよ」
「そんなことしたら罰として女装だな」
 
「女装って私たち女だよね?」
 
と千里が訊くと玲央美は「くっくっくっくっ」と凄くおかしそうに笑った。 
「参考までに、これ去年のインターハイ道予選で負けた後の太平キャプテンの女装写真」
と言って玲央美は携帯を開いて見せてくれた。
 
「これは恥ずかしい!!!!」
 

「だけど去年の札幌P高校キャプテンの太平さんって、あまりゲームには出てなかったよね」
「そうそう。背番号は4を付けてるけど、めったにコートには出ないから大抵5番付けてる副将の片山さんがキャプテン代行をしていた」
「そういうキャプテンもあるんだね」
 
と言いながら千里は、うちも4番の揚羽の出番が少なく、5番の雪子がキャプテン代行していることが多いなと思っていた。しかし世話好きの揚羽に対して孤独を好む雪子という対照があるので、キャプテンとしては揚羽の方が適切なのである。揚羽は全校生徒15人などという僻地の小学校を出ているので他人と連帯感を持ちやすく、雪子は小さい頃いじめられていたことから他人との交流を拒否する傾向がある。雪子は5年生になってミニバスのチームに入って初めて友だちを得たのである。
 
「キャプテンのあり方も色々なんじゃない?」
と玲央美は言う。
「私はあまりリーダーシップ無いんだよね。ひたすら自分が努力するだけ。聖子がいるから私は気楽にしてられる。ほんとうは私は副将やって聖子に主将して欲しかったんだけど、U18,19日本代表をキャプテンにしない訳にはいかないとか言われて、やらされたんだよ。でも実はほとんどキャプテンとしての仕事はしてない」
 
玲央美は高校1年の時もU18日本代表に選ばれ、花園さんたちと一緒にU18アジア選手権を戦っている。高校2年の時はインターハイを欠場したおかげでスロバキアで開かれたU19世界選手権(2007.7.26-31 *1)に高校生トップクラス選手では唯一人参加した。
 
「確かにキャプテンが中心選手でなくてもいいのかもね」
と千里も言う。
 
「太平さんは、みんなをまとめるのが凄くうまかったよ。劣勢になった時もみんなの気持ちを鼓舞してくれたし」
「確かにそれがいちばん大事なのかもねー」
 
(*1)2007年U19女子世界選手権は8月5日までだが、日本は玲央美以外の高校生トップ選手が参加できなかったこともありグループC最下位で、決勝トーナメントに進出できなかったため、7月31日で試合日程が終了してしまった。玲央美は翌8月1日に単身帰国してインターハイの準決勝と決勝(8.2-3)を観戦した。 

なお、今日の準決勝・F女子高−P高校戦で、スリーの本数で負けた伊香秋子は約束通り、金太郎の格好をした写真を撮り(撮影したのは江森月絵)、晴鹿に送ったほか、千里にも送ってきてくれた。本人の名誉のため、他の人には見せなかったが、千里は思わず「可愛いじゃん」とつぶやいた。
 

マッサージしてもらって宿舎に戻った後は、やはり外が寒かったのであらためてトイレに行ってくる子が多い。むろんみんな女子なので女子トイレに行く訳だが、ひとりだけ男子トイレに行ってきた留実子が
 
「座っておしっこすると女になってしまったみたいで変な気分だ」
などと言っていた。
 
「ああ、個室使ったのね?」
と千里が訊く。
「うん。ちんちんが無かったから」
と留実子。
 
「ああ、エステしてもらうのに外してたのね?」
「そうそう」
 
すると近くに居た絵津子が訊いた。
 
「こないだから1度聞いてみようと思ってたんですけど、サーヤ先輩、よく男子トイレ使ってるみたいですけど、いつも個室に入るんですか?」
 
「立ってするよ」
と留実子。
 
「それをどうやってしてるのかなと思って」
「見せてあげようか」
「いいんですか?」
 
それで興味津々の絵津子・ソフィア・不二子・紅鹿の4人が留実子や千里たちの部屋にやってくる。
 
「エステしてもらうのに付けてちゃまずいだろうと思って外してたんだよね」
と言って、留実子は《おちんちん》を彼女たちに見せていた。留実子は高校1年の頃から日常的におちんちんを取り付けていたようであるが、インターハイで注意されたことから、ウィンターカップでは、道予選でも本戦でも試合中は、取り外しているようである。
 
「きゃー、おちんちんだ!」
と紅鹿が悲鳴(?)をあげる。
 
「すごーい。たまたまも付いてるんですね」
「付いてなきゃ男湯パスできない」
「サーヤ先輩、男湯に入るんですか?」
「残念ながら胸があるから男湯には入れないんだよ」
「そっかー」
 
「でも紅鹿ちゃん、おちんちん似合いそう。1本お股に付けておかない?」
と留実子。
「悪くないな。それで男の子になっちゃおうかな」
「男の子になるのなら、昭ちゃんからまきあげた男子制服、紅鹿に譲ろうか」
「あ。一度貸して」
「OKOK」
 
「でも男の子のおちんちんって取り外し可能だったのね」
と絵津子が言うが
「いや、取り外せるってのは実は男の子ではなくて女の子の身体である気がする」
と不二子は常識的なことを言う。
 
「雪子さんから聞いたのでは、千里さんは、中学時代女湯に入っている所を見付かると、おちんちんは部屋に忘れてきたとか言ってたらしいですよ」
 
「要するにその時点で、もう本物は除去済みだったということだな」
と暢子が言う。
 
「千里は本当は小学3年生頃におちんちんもタマタマも取ってしまったんだと思う」
などと留実子が言う。うーむ。。。
 
「すごーい!」
 
「でもこれ、なんかリアル〜」
「リアルって、ソフィー、本物見たことあるの?」
「お父さんがよくお風呂入ったあとぶらぶらさせてたけど、さすがにじっとは観察したことない」
「私は弟を解剖してつぶさに観察した」
と絵津子。
 
「えっちゃんの弟はかなりセクハラされてるみたいだ」
「男の子のままだともっとセクハラされるというので女の子になりたくなったりして」
「弟が妹になっちゃったら、さすがに解剖はしないよね?」
「女の子を無理矢理裸にしたら犯罪だよ」
「男の子を無理矢理裸にするのも充分犯罪だと思う」
「あいつ何度かスカートも穿かせてみたけど、あまり可愛くなかったなあ」
「いろいろやらされているようだ」
 
「でも弟のは先がかぶっていたよ。大きくなると出てくるんだけど」
「伸び縮みするタイプもあるよ、僕は使ったことないけど」
「すごーい!」
 
留実子は恋人が男の子なので、大きくなったサイズは不要のはずである。絵津子たちに今見せているものもサイズは見た感じ6-7cmのようだ。
 
「で、実際にはこれ、このシリコン製のおちんちん本体と、このSTPという道具との組合せなんだよ」
と言って留実子は《トラベルメイト》をおちんちんから取り外してみせる。 
「ああ、これでおしっこをもらさずに出せるわけか」
「口が広くなってるんですね」
「そうそう。これはプラスチック製で再利用可能だけどマジックコーンとか言って紙で出来ていて使い捨てのもある」
 
「でも取付位置がずれたりしませんか?」
「おちんちんのこの突起がちょうど、あそこに当たるようにすればいいんだよ」
「それが目印な訳か」
「あれ?でもそうしたら、おちんちんをいじったら、あそこも気持ち良くなるんですか?」
「そうそう。だから付けたまま男の子みたいにオナニーできるんだよ」
「きゃー」
 
「千里さんは小学生の内におちんちん取っちゃったのなら、やはりこういう感じので誤魔化してたんですか?」
 
突然話がこちらに飛んできて千里は焦る。
 
「私は立っておしっこしたことないから、FUDは使ってなかったよ」
と取り敢えず言っておく。
 
「なるほどー」
「確かに小学生の頃、男子のクラスメイトとかに訊くと、千里はいつも個室に入っていたらしいから」
「へー、その頃は男子トイレ使っていたんですか?」
 
「私、中学までは男子トイレ使っていたけど」
「それはさすがに嘘でしょう」
「だって千里さん、中学はセーラー服で通学していたんですよね?雪子さんから聞きましたよ」
 
うーん。雪子から聞いたのに、なぜそういう話になっているんだ?
 
「薫も既に本物は取ってしまって、親とかにはニセモノで誤魔化してるんだろ?」
と暢子。
 
「いや、逆にまだ付いているのを、あたかも付いてないようにして誤魔化してるんだよ、ここだけの話。玉は取っちゃったけどね」
と薫。
「付いているのなら、見せてごらんよ」
「さすがに女の子の前で見せるようなものではないし」
「みんなで薫を取り押さえて解剖しようか」
「勘弁して〜」
 
「でもそういう誤魔化しはお医者さんには通用しないはずだもん。薫、女子選手としての出場許可が出たんだから、既におちんちんも無いんだと思うんだけどなあ」
と千里にまで言われている。
 
 
前頁次頁目次