【女の子たちのウィンターカップ・接戦と乱戦】(中)

前頁次頁目次

 
暢子が倒れながら投げたボールは高い山なりの軌道を描く。
 
そしてバックボードにも当たらず、直接ネットに吸い込まれた!!
 
審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。スコアボードの数字が73対74になった。そして残りは4.6秒!
 
L学園はここでタイムを取らず速攻に賭けた。
 
岡田さん・赤田さん・福田さんが全力疾走している。N高校も必死で戻る。赤山さんが長いボールをスローインする。
 
時計はこのボールが味方でも敵でも誰かに触れた所から動き出す。
 
激しいキャッチ争いの末、岡田さんがボールを確保した。彼女はしっかり狙いを定めてシュートしようとする。そこに留実子がジャンプしてブロックを試みる。しかし岡田さんはそれを見越してわざとタイミングをずらしてシュートを撃った。 
が、そこに走り込んできた千里がその真のタイミングに合わせて思いっきりジャンプする。千里の指はボールにほんのちょっと触れただけであったが、ボールに横回転を掛ける結果となった。
 
そしてその回転のためにボールは本来の軌道を外れ、バックボードには当たったものの、そのまま下に落ちてくる。紅鹿・不二子・福田・赤田が必死でそのボールに飛び付く。
 
最初赤田さんがボールを確保したが、彼女がシュートしようとボールを掲げたところで、不二子がきれいにスティールした。
 
もう時間が1秒も残っていなかったので、赤田さんも相手をかわして撃つ所まで考える余裕が無かった、その隙をついたのである。
 
そして不二子がボールをしっかり胸に抱いたままの状態で試合終了のブザーが鳴った。
 

ボールを抱いたままの不二子に紅鹿が飛び付いて喜びを表す。千里と留実子も駆け寄る。暢子は実は滑って転んだ所からすぐには起き上がれずに居たのだが、何とか頑張って歩み寄り、不二子の頭を何度も叩いていた。
 
暢子は実は起き上がれずにいたことから副審が駆け寄って試合を停めるべきかどうか迷うように暢子に「君大丈夫?」と声を掛けたのだが、暢子は「大丈夫です。試合続けてください」と言ったので試合は続行されたのである。副審が笛を吹いていれば、L学園の速攻が成立していなかったので、N高校が有利になるところであったから、それで良かったのだろう。
 
主審が整列を促す。
 
両軍のメンバーが並ぶ。
 
「74対73で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!}
 
両者握手したり、ハグしたりしてお互いの健闘を称えた。
 

「結果的には福田さんがフリースロー失敗した1点のロスが効いてきましたね」
と観戦していたP高校の伊香秋子は言った。
 
「うん。あれを2本とも決めていたら、暢子ちゃんのスッ転びシュートでも同点にしか追いつけなかった」
と佐藤玲央美。
 
「福田さん、自己嫌悪に陥るくらい悔しがるだろうなあ」
と渡辺純子。
 
「そしてその悔しさをバネにインハイには強くなって戻って来るよ」
と猪瀬美苑は言う。
 
「でも暢子ちゃんのスッ転びシュートだけど、あれって普通にシュートしようとしても完全にふさがれていたよね」
と宮野聖子が言う。
 
「うん。あそこは岡田さんを抜いたとしても、その向こう側に赤山さんがフォローに来ていた。ところが転びながらシュートしたことで、シュートが通る筋が生まれたんだよ」
と玲央美。
 
「インターハイでは滑って負けたから、今度は滑って勝って。まあ神様も埋め合わせをしてくれたんですかね」
と純子。
 
「ただのうっかりさんだと思うけど」
「うん。暢子ちゃんって、凄そうで脇が甘い」
「あの子、走る時にしっかり膝をあげない癖があるんだよ。あれ直さないとまた転んだりすると思う」
 
「女子選手にはありがちなんだけどねー」
「うん。しっかり膝あげて歩くとスカート穿いてる時に転ぶから」
 
「たいていは中学生くらいで修正させられているんだけど」
「多分あの子が強すぎたから、変に修正せずにそのままのプレイスタイルを認めていたんだと思う。これまでの指導陣も」
 
「あの子、大学は関東か関西に出て行かないのかな。強い所で揉まれた方が伸びると思うんだけど」
と聖子は言うが
 
「H教育大旭川校に入学が決まったらしい」
と玲央美。
 
「うーん。道内かぁ」
「こちらとしてはまた対戦できて嬉しいけど」
と徳寺翔子は言っている。彼女は札幌市内の大学に推薦で入学が決まっている。 
「しかしこれで明日の準決勝の組合せが決まったね」
「うん。うちと岐阜F女子高、旭川N高校と東京T高校だ」
 

千里は試合が終わってから、隣のコートで同時に行われていた愛知J学園と東京T高校の結果を見るのに、向こう側のスコアボードに目を遣った。 
「嘘!?」
と千里が声を挙げると
 
「うん。T高校が勝ったんだよ」
と薫が言う。
 
「星乃ちゃんたち頑張ったんだ」
「まあ、分かる人はそう言うだろうね」
「ん?」
「多くの観客は、やはり今年のJ学園は弱いと言うだろうね」
「そんなこと無いのに」
「うん。私たちはJ学園が今年の陣容でも無茶苦茶強いことを知っている」
 
「だけど確かに結果だけ見れば、インターハイでも国体でも決勝戦に残ることができなかった。ウィンターカップはBEST8停まり。やはり弱いと言われてしまうよ」
と南野コーチは言う。
 
「加藤絵理どうだった?」
と千里は薫に尋ねる。
 
「私もこちらの試合に集中していて、向こうの経過は時々チラっと見ていた程度だからよく分からない。でも彼女、この試合で16点取ってるよ」
「来年はもっと凄くなってるだろうね」
 
「J学園は今の3年生も去年の花園・日吉とかのメンツに比べると落ちるとか言われてはいるけど充分強い。1年生にも加藤さんがいる。しかし2年生に強烈に強いメンバーがいないんだよなあ」
と薫。
 
「去年のインターハイの時は凄く成長しそうな1年生がいたんだけどな。名前は何だったっけ?今出てこない。でも彼女、その後不調に陥ってしまったのか、去年のウィンターカップにも、今年のインハイ・ウィンターカップにも出てきてないんだよね」
と千里は言う。
 
「まあ優秀な人ほどスランプに陥ると、脱出するのに時間が掛かるからね。更にあそこはベンチ枠争いが熾烈だから。しかしそういう選手もいるのなら来年のインターハイの頃には復活している可能性もあるよね」
 
「あると思う。だからやはりあそこは手強いんだよ」
 

なお、この日のL学園との試合で千里は5本のスリーを入れて合計は28本である。一方岐阜F女子高の晴鹿は愛媛Q女子高との試合で3本のスリーを決めて合計25本となっている。そして札幌P高校の秋子は今日の福岡C学園との試合で昨日出られなかった鬱憤を晴らすかのように7本のスリーを入れて合計15本となっている。
 
試合の進行とは別にスリーポイント女王争いも静かに進んでいた。
 
その晴鹿と会場のロビーで遭遇した。
 
「晴鹿ちゃん、頑張ってるね」
と千里は声を掛ける。
 
「千里さん、準決勝進出おめでとうございます」
「そちらも、準決勝進出おめでとうございます。まあそちらは準決勝や決勝は常連だけど」
「そうでもないんですよー。昨年のインターハイは準優勝したけど、実はインターハイ・ウィンターカップでBEST4に残ったのは3年前が初めてだったんですよね」
「そうだったっけ?」
「うん。実はうちは新興勢力」
と傍に居る彰恵も言う。
 
「愛知J学園とか福岡C学園とか東京T高校とかは昔から強かったんだけどね。札幌P高校にしても、うちにしても実はトップで活躍するようになったのは割と最近なんだよ」
と百合絵も言う。
 
「結構こういう勢力って入れ替わっているんだろうね」
「旭川N高校さんも上位で定着するといいね」
「取り敢えず私や暢子たちが抜けた後、来年が勝負かな。揚羽や絵津子がどこまで頑張ってくれるか次第」
 
「うん。卓越した選手が出てくると、その高校はかなり上まで行くけど、その後続くかという問題はあるんだよね」
「逆に、愛知J学園・福岡C学園とかは凄い。長く上位に定着してるって」
「ほんとほんと」
 
「愛媛とかも昔はG商業とか強かったんだけど、ここ10年くらいはQ女子高が代表を独占してるから」
「Q女子高の田里監督って以前どこかに居たんだっけ?」
「ううん。大学を出てすぐQ女子高の先生になったらしいよ」
「それで全国上位まで連れてきたって凄いね」
 
「うちの八幡先生とかも、大学出てここの先生になって、最初はバスケ部が無かったからそれを創設して、やりたい生徒を集めてというところから始めているから」
「それでここまで来たのも凄いよ!」
 
「だけどうちの八幡先生は54歳。Q女子高の田里先生にしても、そちらの宇田先生にしてもまだ45-46歳くらい。一世代若いんだよね」
と彰恵が言う。
 
「N高校はインターハイに出られるか出られないかのボーダーラインを彷徨っていた時期が長いし」
「まあそういう高校が多いよね」
 

そんな話をしつつ別れて千里たちN高校のメンバーはJRの駅方面に歩いて行く。晴鹿や彰恵たちF女子高のメンバーは会場前からバスに乗って宿舎に戻っていった。
 
「愛知J学園も福岡C学園もバス使っていたな」
と暢子が言う。
「うーん。予算の違いかな」
と千里。
「でも、うちとかは女子バスケ部員全部公費で連れてきているけど、県立高の**高校さんとか、**商業さんとかは、出場するメンバーのみで来ていたみたいだよ」
と薫が言う。
 
「まあ公立は予算が厳しいよな」
「有力校だと交通費は生徒会や同窓会から出ているみたいだけど、交通費さえ自費って学校もあるみたいです」
と揚羽。
 
「うん。メンバー15人とマネージャー・監督・コーチと18人連れてくるだけでも交通費が50-60万円は掛かるから、その予算も出ない学校は多いと思うよ」
 
「常連校になるとお金を集める流れも確立しているけど、初出場の所とかは先生も寄付金集めが大変だろうなあ」
 
「まあインハイ・ウィンターカップのボーダーラインくらいだと同窓会もあまり盛り上がらないし」
「野球とかはメジャーだけどバスケはマイナーだし」
「特に女子は気にも留めてもらえないし」
「そうそう。男子バスケはまだマシなんだよね」
 
「うちだってインターハイに出たの自体がまだ7回目、ベスト8以上まで行ったのはわずか3回。ウィンターカップも2回目。充分ボーダーラインだけど、運良く大口の寄付者があるから何とかなっている」
 
「ボーダーラインかぁ・・・・」
と言って暢子が何か考えているよう。
 
「どうしたの?」
「いや、うちの3年生は色々ボーダーラインに乗ってる子が多いなと思って」
 
「ああ、性別のボーダーラインに乗ってる人多いですね」
「確かに!」
 
「暢子だけだね。普通にストレートなのは」
と薫が言うと
「そうだなあ」
と言って暢子は遠くを見るような目をした。
 

そんな話をしながら、千里たちは山手線方面まで出て、お昼御飯に牛丼を食べる。朝から予約して東京体育館を出る時にも再度電話を入れておいたお陰で、スタッフを増員した上に、少し早めに作り始めてくれていたようで、あまり待たずに食べることができた。それでも絵津子や不二子たちは何杯もお代わりしていた。
 
「そういえばこの牛肉はオスだろうか、メスだろうか」
などと言い出す子が居る。彼女の前には既に丼が3個積み上げられている。 
「さあ、生きてる所を見てないから何とも言えないなあ」
「松阪牛はメスしか認定しないけど、他はオスメス入り乱れてると思う。但しブランド牛として認定されるのは基本的には、未経産メス牛か去勢オス牛」
 
「松阪牛は雌だけなんだ?」
「メスの方がお肉が柔らかいから」
「あ、それは分かる気がする」
「だからオス牛はごつくならないように、速攻で去勢する」
「ああ、可哀想」
「可哀想も何もどうせ食べるんだし」
「確かにそうだ」
「お肉を柔らかくするのに女性ホルモンを投与している国もあるらしい。日本では禁止されてるけどね」
「それは世界的に禁止して欲しい気がする」
「某国産の牛肉にはかなり女性ホルモンが残留しているという話」
「それって、肉屋の娘は乳がでかいという話につながってたりして」
「よし。昭ちゃんにはそこの国の牛肉を食べさせよう」
「なるほどー」
 
「千里は牛肉食べておっぱい大きくしたの?」
「うちは貧乏だからお肉自体、そもそも食べてないよ」
「ああ・・・」
「でも豆腐の味噌汁とか、納豆とか好きだったよ」
「イソフラボンか!」
「男の娘さんには大豆製品、お勧め」
「ふむふむ」
 
お店には30分ほど滞在したが、南野コーチが伝票を見たら58杯と書かれていた。人数はコーチを入れても17人しかいないのに!
 
「まあ2杯食べた子が多かったからな」
と暢子は言うが2倍しても34にしかならないんだけど!?
 

牛丼屋さんを出てから駅に行くと、P高校のメンバーが居る。
 
「お疲れ様〜」
「勝利おめでとう」
「そちらも勝利おめでとう」
 
「でもそちらも電車で移動か。バスじゃないのね?」
「ああ。資金のある学校はバスをチャーターしてるみたいね。でも都会をバスで移動するのって渋滞に引っかかった時が怖いんだけどね」
「インターハイで愛知J学園が危なかったよね」
「もっとも公共交通機関も、東京は人身事故でしょっちゅう止まる」
「うむむ」
「あと、私たちは被害にあったことないけど、数年前、ベンチ枠外の子が制服で電車に乗ってて痴漢にあったことあるんだよ」
「ああ、都会は多いんだろうね」
「思いっきり蹴り上げてやったから、潰れたかもねと言ってたけど」
「スポーツウーマンに痴漢するのはある意味自殺行為だな」
 

「でもこれでどちらも最終日まで残ることが確定したね」
 
ウィンターカップは3位決定戦が行われるので旭川N高校にしても札幌P高校にしても、明日もし負けたとしても最終日に準決勝で負けた同士の試合をすることになるのである。
 
「うちとそちらとが対戦する確率もぐっと高まったよね」
「明日の試合でどちらも勝つか、どちらも負ければ対戦するからね」
「確率50%かな」
「どうせなら決勝戦で対戦したいね」
 
「でも秋子ちゃん、今日は頑張ったね」
と千里は伊香秋子に声を掛ける。
 
「ありがとうございます。昨日はせっかく千里さんに占ってもらったのに謹慎くらって試合に出られなかったので今日はその分頑張りました」
と秋子。
 
「まあ夜間外出は見付かると厳罰ものだから」
「見付からない自信あったんですけどねー。思いがけない事故があったし。あれひとつ間違ってたら死んでたぞ、って高田コーチから言われました」
 
「秋子ちゃんの運が強いからだよ」
と千里は言う。
 
あれは恐らく秋子の守護霊が千里に助けを求めたのではないかという気もするのである。
 
「でも取り敢えず明日は頑張らないと。晴鹿ちゃんと賭けしたんですよ」
などと秋子が言うので千里は
「し!」
と言って周囲の気配を探る。
 
「うん。それ周囲に他の人がいる所で言ったらやばいよ」
と宮野聖子も注意する。
 
「ごめんなさーい」
「処分くらうのは秋子ちゃん自身だから」
「まあ学校も巻き添え食うけどね」
 
「いや、お金とかじゃなくて、明日の試合でスリーの本数負けた方が金太郎の格好して写真撮ると」
「変な約束するね〜」
 
「いや、負けた方が女装するという話もあったんですけどね」
 
「ん?」
 

千里たちはこの日の試合が終わったのが12時半頃であったが、お昼を食べて電車で帰って宿舎にさせてもらっているV高校に戻ってきたのは15時頃だった。その後は、また練習をする。
 
今日の試合が苦戦になっただけに、明日はもっと頑張らなければということで練習に熱が入る。
 
なお滑って転んだ暢子は、現場で指圧の上手な薫にツボを押さえてもらった後で、大事を取って午後の練習を免除し、牛丼屋さんの後、薫と2人で近隣の温泉に行かせた。今夜泊まってきてもいいよということにしたが、怪しい関係になったのではと噂されたくないから、夜までには帰ってくると言っていた。
 
「女同士だから問題ないのでは?」
「薫ってもう、ちんちん無いんだよね?」
 
「ごめん。まだある」
と本人は言っているものの
「病院の先生がもうペニスは無いという診断書を書いたという噂がある」
などと言われている。
 
「それ何かの誤解だと思うんだけどなあ」
などと言いながら東京駅の方に向かっていった。
 

夕刻近くになって宿舎に大先輩の富士さんと宮原さんが来訪した。昨年と今年のインターハイBEST4を、旭川まで来て祝福してくれた先輩たちである。富士さんは関東の実業団チーム、宮原さんは東海地方のクラブチームの現役選手になっている。ふたりは12年前に旭川N高校が初めてインターハイ・ウィンターカップに行った時の主将・副主将で、インターハイではBEST8まで進出する快挙をあげた(ウィンターカップはBEST16)。そしてその後、N高校がBEST8まで行ったのは昨年のチームが12年ぶりだったのである。
 
「みんな練習頑張ってるね」
「わざわざご来訪ありがとうございます!」
 
「なんか今年のチームは無茶苦茶強いみたい」
「3回連続でBEST4って凄いね」
「このまま優勝しちゃおう」
「したいです!」
 
富士さんたちはお菓子の差し入れを持って来てくれていたが、あっという間に無くなってしまう。
 
「休憩中の子や湯治に行った暢子先輩たちに残しておかなくて良かったんだっけ」
「証拠隠滅しておけばOK」
 
「でもこういう時はほんとに勢いに乗っている時だからさ。各々自分の欠点とかはあまり考えなくていいよ。自分の長所をぶつけるような戦い方をするのがきっと勝利への道」
と富士さんが言うと、南野コーチも頷いていた。
 
「でも私たちは1回ずつ学校での報告会での表彰プレゼンターしたからね。今回は特別な人に頼むことにしたから」
と宮原さん。
 
「誰だろう?」
と言って、みんなお互いに顔を見合わせている。南野コーチや宇田先生は笑顔なので、そのあたりも含めて話し合って決めてお願いしたのだろう。
 
「じゃウィンターカップ(*1)を旭川に持ち帰ってきてね」
「はい!」
 
とみんな明るい顔で返事した。
 
(*1)全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会の通称「ウィンターカップ」の元となっている雪のように美しいガラス製のカップ。男女の優勝校に授与される。 

この日は明日の勝利を祈って夕食はトンカツであった。絵津子はトンカツを6枚食べて、更に7枚目を食べようとした所で途中でギブアップ。残りは不二子に食べてもらっていた。南野コーチから
 
「食べ過ぎて動けなかったら罰金だからね」
などと言われていた。
 
結局少しお腹がこなれた所で、不二子・ソフィア・紅鹿・久美子・海音と1年生の6人でV高校の校庭を30周走っていた。途中でそれに気づいた愛実と耶麻都に胡蝶も一緒に走っていた。
 

今年は28日が日曜なので、貴司の会社は26日(金)が仕事納めとなった。貴司たちの部門は、夕方会社で仕事納めの会をノンアルコールビールでやったが、今年いっぱいで辞める社員2人の送別会も兼ねた。
 
その会が終わってから帰ろうとしていた時、辞める社員のひとり、19歳の山本さんが貴司に声を掛けてきた。
 
「細川さん、今日も練習なさるんですか?」
「うん。7時から9時まで練習するよ。会社は今日で終わりだけど練習は明後日・日曜日までやって終了なんだよ。その後は正月開けてからになるけどね」
 
「凄いですねー。練習見学してもいいですか?」
「うん。社員なら誰でも自由に見学できるよ。山本さんもバスケするの?」
「中学の時バスケ部だったんですけどね」
「凄いじゃん」
「中体連で毎回1回戦負けでした」
「まあ、そういう所も多いよね」
 
それで彼女とバスケの話題で盛り上がりながら地下鉄で練習場所の体育館の所まで行く。
 
「あ、ちょっと用事があるんで先に体育館に入ってて」
と言って貴司は体育館に入る前に少し横手の方に行って千里に電話をした。 

「Best4おめでとう」
「ありがとう。これで参加した3大会連続ベスト4」
「今回はもうこれが最後だしベスト1を目指しなよ」
「うん。頑張る」
「応援に行きたいと思ったんだけど、28日まで練習があるから」
「うん。別にいいよ。貴司はデートしてて」
「えっと・・・」
「今もすぐそばに例の彼女いるんでしょ?」
「いや、あの子は今いないけど」
「ああ、別の女の子なんだ!」
「うっ・・・」
「貴司、あんまり浮気してると恋人に振られるよ」
「ごめーん」
 
その後はけっこうイチャイチャした雰囲気で10分ほど会話をした。
 

電話を終えてから緩んでしまった顔を引き締めながら体育館に入っていくと山本さんが入口の所で立って待っている。
 
「ごめん。客席で座っていれば良かったのに」
「いえ、待っていたかったから」
と彼女が言うと貴司はドキッとした。
 
「彼女と電話していたんですか?」
「いや、ただの友だちなんだけどね」
「ふーん」
 
そんなことを言いながら、山本さんを観客席に誘導した上で貴司は更衣室で練習用ユニフォームに着替えてきた。
 

2時間ほどの練習が終わった後、着替えて帰ることにする。
 
「単純な練習の繰り返しばかりだから詰まらなかったでしょ?」
「いえ。自分がバスケやってた頃のこと思い出したりして、楽しかったです」
「だったらいいけど。でもまたバスケやるといいよ。楽しみでやっているようなクラブチームとかもあるからさ」
「そうですねぇ・・・」
 
そんなことを言いながら駅まで来た時であった。
 
「お疲れ様、貴司」
と言って駅の入口で待っていたのは芦耶である。
 
「あっ・・」
「申し訳無いけど、あなたはひとりで帰ってくれる?」
と芦耶が山本さんに言う。
 
山本さんはじっと芦耶を見ていたが
「分かりました」
と言うと
「最後に握手してもらえますか?」
と笑顔で貴司に言い、貴司が彼女と握手をすると、深くお辞儀して、ひとりで駅の階段を登っていった。
 

「あ、えっとどうしたの?」
「あまり浮気しすぎていると、彼女からも見捨てられるよ」
と芦耶は言う。
 
う・・・さっき千里に言われたことと同じだ! もっとも千里の言う「彼女」は芦耶のことだ。
 
駅に入って山本さんと再度顔を合わせたくないというのもあり、ふたりで近くのマクドナルドに入る。貴司はクォーターパウンダーのセット、芦耶はホットコーヒーだけを注文した。
 
「そういえば貴司は車は買わないの?」
と芦耶が訊く。
 
「うーん。必要無い気がするなあ。会社も練習場も自宅も全部御堂筋線・北大阪急行で行けるから」
「無茶苦茶便利な場所に住んでいるもんね! でも休日にドライブとかしないの?」
「うーん。休みの日はバスケの練習してるし」
 
芦耶はあらためて貴司って「色気のない」男だと思った。そういうストイックな所好きだなあ。でもその割に浮気が多いよね!?
 
どうも「何度か見かけた」女子高生とだけ深い仲のようだが、それ以外でも貴司が様々な女性と手を握って一緒に歩いている所や、カフェで親しそうに話しているのを見たことがある。今日追い払った女の子は新顔だ。どうも本命以外とはデートはしてもセックスはしないポリシーのようだけど、さすがに遊びすぎなのではという気もする。まあ、自分もそういう「遊び相手」の一人なのかも知れないけどね。
 
「でも車ってある程度の頻度で運転してないと腕が上達しないらしいよ。私は完璧なペーパードライバーだから上達するつもりもないけどね。でも男の人は運転技術必要だろうし、自分の車買って少し練習したらいいよ」
 
「そうだなあ」
「見に行くの私、手伝ってあげようか?」
「え?」
「明日はバスケの練習何時から?」
「夕方からなんだけど」
「じゃ、日中は時間が取れるよね?明日一緒に見に行かない?」
 
「うーん。じゃ見るだけなら」
 
ということで貴司は芦耶と車を見に行く約束をしてしまった。結局この日は彼女とはマクドナルドで話しただけで、地下鉄駅のホームで別れた。
 

12月27日(土)。今日女子は準決勝の2試合が行われる。千里たちは早朝からの軽い練習の後、6:30に朝御飯を食べ7時半まで休憩した後、着替えてから8時にV高校を出て、9時頃会場入りした。
 
東京体育館に行くと、フロアの様子が昨日までと違うのが分かる。
 
東京体育館はメインアリーナに4面、サブアリーナに1面のコートを取ることができる。ウィンターカップの場合、女子は準々決勝までは分割されたコートで試合が行われるが、準決勝と3位決定戦・決勝はセンターコートと言ってメインアリーナの中央に1面だけコートが取られ、周囲に仮設観客席も設置された中で行われる。このセンターコートで戦うのはウィンターカップで全国上位4チームに入った者だけに与えられる名誉である。
 
(但しウィンターカップでは男子と女子の日程が1日ずれている関係で男子は準々決勝以上がセンターコートで行われる) 
2007年唐津でのインターハイの時は、準々決勝はサブ会場の鎮西スポーツセンターのセンターコートで行われ、準決勝・決勝がメイン会場の唐津市文化体育館のセンターコートであった。今年の埼玉インターハイでは準々決勝以上がメイン会場の本庄総合公園体育館(シルクドーム)のセンターコートであった。 
千里も昨年の夏まではそんなことを考える余裕も無かったが、今年の夏の時はセンターコートに立てるってのは凄いことなんだなと思いながらプレイした。そしてまた今度もセンターコートに立つことができる。その仮設観客席に取り囲まれたフロアを見、そしてそこに昨日までより随分多い応援の人が居るのを見て、千里は武者震いをした。
 
見知った顔が随分ある。花野子や受験勉強で忙しいはずの蓮菜・鮎奈たちの顔もある。どうも準決勝進出の報を聞いて、わざわざ旭川から出てきてくれた人たちが20-30人加わっているようである。チアの人数も40人ほどに増え、昨日の試合までチアに徴用されていたバスケ部員たちも解放されて、昭ちゃんたちはバスケ部のユニフォームを着て最前列に陣取っていた。
 
(蓮菜たちは昨日の夕方の飛行機で東京に来て1泊したらしい。旭川から出てくる場合、旭川空港を使っても新千歳空港を使っても朝からの移動では10時の試合に間に合わないのである。また夜行急行はまなすでも間に合わない) 

さて今日、千里たちは10時からの第1試合で東京T高校と当たる。11:30からの第2試合が札幌P高校対岐阜F女子高である。
 
東京T高校は数年前、ウィンターカップで3年連続準優勝というのをしたことがある(優勝はいづれも愛知J学園)。今年のインターハイこそBEST8停まりであったものの、昨年はインターハイでBEST4、国体とウィンターカップで準優勝、一昨年はインターハイと国体でBEST4、ウィンターカップでBEST8。間違いなく超強豪校のひとつである。
 
ミーティングの後、今日のスターターを記した選手名簿を提出。20分前にはフロアに入って、軽い準備運動やシュート練習などをした。
 
やがて試合開始時刻になる。スターティングメンバーがひとりずつ名前を呼ばれて出て行き、コート上に並ぶ。今日の最初のオーダーはこうなっていた。 
N高校 黒木不二子/村山千里/湧見絵津子/若生暢子/花和留実子

T高校 山岸典子/萩尾月香/竹宮星乃/大島陽奈/森下誠美

 
N高校は3年生の3人に1年生の不二子・絵津子、T高校は2年生の大島以外の4人は3年生である。
 
ジャンプボールは留実子と森下で争うがふたりは最初から鋭い視線を交換していて審判からいきなり警告を受けていた。
 

審判がボールを持ち、ふたりがジャンプする準備をする。ボールが上に放り上げられると同時にふたりがジャンプする。公称は森下が184cm, 留実子が180cmであるが、実際には森下は186cm, 留実子は184cmある。更にふたりとも物凄い跳躍力を持っているので、双方ともボールより高く飛んでしまい焦っていた(審判も驚いていた)。
 
森下がタップして山岸がキャッチしたものの、トスが低すぎたということになり(ルールでは両者が届かない位置までボールをトスアップしなければならないことになっている)、やり直しになる。再度全員が周囲を囲む中、森下と留実子がセンターサークルに立ち、審判は全力でボールを高く上に放り上げた。 
今度は留実子がボールを先にタップする。森下が悔しそうな表情をする。 
ところが!
 
留実子のタップしたボールはT高校の竹宮の所に飛んできたのである。 
嘘!?
 
と竹宮も驚いたものの、遠慮するような彼女ではない。そのままドリブルして攻め上がる。千里たちは必死に戻る。竹宮と千里のマッチアップ。竹宮が一瞬右に来るが千里は一瞬だけそちらに身体を動かした後で急いで逆に手を伸ばす。竹宮はそれで停められてしまうので大島にボールを送る。彼女がミドルシュートを撃って入る。
 
試合はT高校の先制で始まった。
 
ジャンプボールに勝ったのに相手にボールを渡してしまった留実子が
「ごめーん」
と言って手を合わせてみんなに謝っていた。
 

こちらは暢子がスローインして不二子がドリブルで攻め上がる。T高校は素早く戻り、ゾーンディフェンスを敷いた。トップが山岸、両肩に竹宮・萩尾、両翼に大島・森下である。
 
これでN高校の普通のオフェンス体勢だと、だいたい山岸−不二子、竹宮−千里、萩尾−暢子、大島−絵津子、森下−留実子、というマッチアップに近い状態になるはずだった。
 
しかし
 
N高校のオフェンス陣形に観客席がざわめく。
 
N高校は5人全員を(N高校側から見て)右側に集めたのである。左側はガラ空きで、向こう側にいる竹宮・大島が「え〜!?」という顔をしている。 
この体制でN高校側は萩尾の所に千里・暢子、森下の所に絵津子・留実子という1対2の状況を作り出した。そして不二子から絵津子の所にパスが行く。森下が絵津子の進入を防ごうとするものの、そもそも164cmの絵津子は184cmの森下からすると「低い所でチョロチョロする」イメージがある上に留実子がサポートするので、まんまと絵津子に抜かれてしまう。向こう側のサイドから慌てて大島がフォローに来るものの絵津子は巧みに大島をかわして華麗にレイアップシュートを決めた。
 
2対2の同点である。
 

前夜、N高校はミーティングでJ学園を倒して準決勝に上がってきたT高校とどう戦うかを検討した。
 
こちらは実は準々決勝に勝った場合、翌日の準決勝の相手はJ学園だと思って、それを想定した検討をたくさんしていた。それで急遽3時間も掛けたミーティングと、一部実践練習もしたのである。実践練習はミーティングが終わった後も千里・暢子・揚羽・絵津子・ソフィア・不二子・紅鹿・久美子の8人でかなり遅くまでやった。雪子や志緒・蘭などもやりたいと言ったのだが、彼女らの体力を考えて今夜は休めと言った。
 
T高校とJ学園の試合のビデオを詳細に検討した結果、結局T高校のゾーンディフェンスがひじょうに固くて、J学園は攻めあぐねて点数をあまり積み上げることができずに敗れてしまったと考えられた。大秋・道下・篠原・加藤らの強力なフォワード陣が、各々詳細に分析されていたようで、各々の癖に応じたゾーンの連携的な動きで完璧に封じ込まれていたのである。唯一、成長盛りの加藤だけがT高校側も完全には対応できずに16得点を許しているが、中心選手でもあるキャプテンの大秋はわずか2点、副主将でセンターの中丸も4点しかあげることができなかった。この2人については特に強烈なシミュレーションが行われていたようであった。
 
「千里、暢子、揚羽、絵津子については完全に分析済みと考えた方がいいね」
「恐らく仮想千里、仮想絵津子とかを誰かにやらせて、相当の練習をしていると思う」
 
「どうする?」
「なんか逃げ帰りたい気分だ」
「暢子ちゃん、帰るなら青森までの夜行バスの切符買ってあげるよ」
「バスで帰るんですか?津軽海峡は?」
「泳いでもらおうかな」
「それも大変そうだ」
 

それで悩んだ末にN高校が考えたのがこの「オーバーシフト」戦略であった。実はゾーンディフェンスに対する代表的な対抗策のひとつなのである。ゾーンは各ディフェンダーの場所が固定されているので、N高校がしたように片側に選手を集めてしまうと、オフェンス選手が集まっている側は数的優位になり、オフェンスの居ない側で守っているディフェンダーが無駄になってしまうのである。
 
N高校は自分達のディフェンスの時はふつうにマンツーマンで守る。T高校はポイントガードの山岸から竹宮−大島と繋いでシュートしたが外れたのを森下がリバウンドを取り、いったん萩尾に送り、彼女が壁になって竹宮がシュート。しかしこれを森下と争った留実子が何とか確保する。
 
T高校のメンバーが急いで戻る。それを見て不二子は速攻ではなく通常攻撃を選択するサインを出す。
 
そして再びN高校はオフェンスを全員右に集めた。
 
ちなみにN高校が「右側」を選択したのは、中心選手の竹宮が左肩を守っているので、彼女が居ない側を選んだためである。
 
このオフェンスに対して、T高校側もディフェンダーを(N高校から見て)右側に集めた。トップの山岸、ミドルに竹宮・萩尾、エンドライン側に大島・森下と並べる。結果的に両軍の選手が全員右側に居るという異様な光景となる。 
すると不二子からいったん暢子にボールが渡り、そこに竹宮・萩尾が共同で守ろうとするのだが、暢子はボールを受け取ると即、反対側左側のコートにポーンとボールを放り投げた。
 
そこにハイポストに居た不二子が走り込むと、そのまま華麗にランニングシュートを決めた。
 
これで2-4と逆転。
 

再びT高校の攻撃。N高校はやはりマンツーマンで守る。山岸から竹宮にボールが来て、竹宮と千里が対峙する。ここにエンドライン側に居た大島が走り込んできてふたりのすぐそばで停止する。スクリーンプレイだ。竹宮は大島をスクリーンに使って中に進入するも、前には留実子が頑張っている。すると竹宮はそこからボールを外側に抜けた大島に送り、彼女がミドルシュートを狙う。結果的にはピック&ポップになる。
 
しかしフォローに入った暢子がきれいにブロックする。
 
こぼれ球を不二子が取るとドリブルで攻め上がる。向こうは急いで戻ると、今度は、櫛刃型の陣形を取った。
 
トップに山岸、ミドルに萩尾、ローに森下が並ぶが、竹宮は山岸と萩尾の間の少し後ろ、大島は萩尾と森下の間の少し後ろ。こうすることで先ほどのように誰かが反対側に走り込んで攻めて来るプレイを防ごうというものである。 
しかし不二子は千里の背中付近に速いボールを送る。
 
千里がバックステップしてそのボールを掴む。
 
萩尾がブロックに行こうとしたものの暢子に阻まれる。
 
そして千里はスリーポイントラインのすぐ外から美しいフォームでスリーを決めた。
 
これで2-7。
 

結局N高校としては、相手が本来の陣形でゾーンを作っていたら右側に選手を集めて数的優位を作り出してしまうし、相手が陣形を崩して対抗してきたら、それによってできたスペースに不二子が走り込んでそこから攻撃すればいい。 
そして今のような中間的な防御態勢を取ったら千里がスリーを撃てばいい。 
これは不二子というポイントフォワード的な選手と、千里という優秀なスリーポイントシューターがいる故に取れる戦略である。
 
T高校はタイムを取った。
 
そしてかなり激論していたようであるが、その後向こうはマンツーマンに切り替えてしまった。並みのチームならそのままゾーンでも頑張れないことはないものの、この相手には無理だと判断したようである。
 
結局、山岸−不二子、竹宮−千里、萩尾−暢子、大島−絵津子、森下−留実子、と「当初の予定通り」のマッチアップになる。
 
ここで千里がボールを持った状態で竹宮と対峙した時、千里は軽く右に行くフェイントからさっと左を抜いた。竹宮が一瞬「え?」と声を出した。次に彼女と対峙した時は、千里は左に行くフェイントから、結局そのまま左を抜く。竹宮が悔しそうな顔をしていた。
 

自分たちの試合を待ちながら観戦していたP高校の徳寺さんが言う。
 
「ああ、やはりあれは修正してきたね」
「多分昨日の試合中に本人も気づいていたと思う。でも昨日は敢えて放置していたんだよ」
と宮野聖子は言う。
 
「どうしてですか?」
と渡辺淳子が訊く。
 
「前原さんの運動能力なら、村山さんは強引に突破できる。だから敢えてあの形は放置していたんだな。今日、竹宮さんを引っかけるために」
「今日の試合のための布石でプレイしていたのか・・・」
 
「竹宮さんは直前に怪我さえしてなければU18日本代表になっていたはずの選手だもん。瞬発力や筋力に限って言えば村山さんを大きく上回る。そういう相手に少しでも有利になるようにする心理戦。むろん竹宮さんの方も村山さんが敢えて放置した可能性は考えていたろうけどね。だから前原式の防御法にこだわらず、すぐ自分のやり方に戻した。戦いはもう試合の前日には既に始まっていたんだよ」
 
と聖子は解説する。
 
「でもバスケって難しいですね。最良のプレイをしようと究めていくと、結果的にプレイの型が固定化してしまい、それで相手は防御しやすくなる」
 
「プレイの方法に最大の良いプレイというのは無いんだ。極大はあるけどね。そして多数の極大を使い分けることができないと、相手の優位には立てない」
 
「しかしN高校はみごとにT高校のゾーンを破ったね」
と河口真守が言う。
 
「N高校らしい破り方だよね。うちだと少し違う破り方になる」
と聖子。彼女たちもT高校のゾーン対策は考えていたようである。
 
「まあ、こういうハイレベルな所同士の戦いでは、単純な攻撃も単純な防御も通用しないけどね」
「でもJ学園はあのゾーン破れなかった」
「シューターが居ないからだよ。J学園のシューター桑名さんは村山さんやうちの秋子ほどの精度を持っていない。ゾーンは、シューターがいるかどうかで全くその防御力が変わる」
 
「最初の陣形を見ると純粋なゾーンというよりはマッチアップゾーンに近い戦略で村山さんのスリーに対抗しようとした雰囲気もあったけど、それ以前にあのオーバーシフトにやられてしまったね」
 
「それにJ学園は攻めの駒不足もあったよね」
「まあそれは仕方ない。J学園の大秋・道下・佐古・篠原・加藤・夢原といった所はみんな普通のチームにいれば絶対的なエースになる人材だけど、昨年の日吉みたいな超絶な破壊力までは持っていないから。今のN高校は村山・若生・湧見という超絶点取り屋が3人揃っている」
 
「加藤絵理は来年は怖いですよね」
と渡辺純子が言う。
「まあ、純ちゃんが絵理ちゃんより大きく成長すれば問題は無いけどね」
と聖子が言うと、純子も顔を引き締める。
 
「絵津子ちゃんには負けないよね?」
「頭を丸刈りするだけじゃなく、女を辞めたくなるくらい叩きのめしますよ。実は決勝で当たった場合に負けた方は丸刈りにする約束したんですけどね」
「あんたたちよくやるね!」
 
「いっそ女を辞めて男になっちゃったりして」
「その時は私も男になって叩きに行きます」
「純子が男になったら、男子チームが喜ぶだろうなあ」
「十勝先生はショックだろうけどね」
 
「でも男になるのってどうするんだっけ?」
「おっぱい取って、おちんちん付けるのでは?」
「取るのは分かるけど、おちんちんはどうやって調達する訳?」
「さあ。おちんちん取りたがってる男の子って結構いるから、そういう人からもらうとか?」
「ああ、どうせ要らないものならもらえばいいかもね」
 
そんな会話をしていたら近くにいる男子マネージャー稲辺君が嫌そうな顔をしている。どうも男の子たちはちんちんを取るなんて話は苦手な様子である。 
「男から女になりたい人は、女から男になりたい人の5倍くらい居るらしいから、供給としては足りるかも」
「ほほお」
 
なお佐藤玲央美は彼女たちのおしゃべりには加わらず、ずっと控室で精神集中をしていた。
 

結局この第1ピリオドは16-22とN高校が大きくリードした状態で終了した。 
第2ピリオド、T高校はPG.青池/SG.千道/SF.甲斐/PF.大島/C.吉住、と陣容をガラリと変えてきた。大島以外の4人交代で3年生の中核メンバーを下げてしまった。N高校は雪子/ソフィア/志緒/揚羽/リリカというメンツで行く。こちらも大きくメンバーを変えている。
 
どうも向こうとしてはN高校がT高校のメンバーの各々の癖をかなりよく分析しているので、あまり分析されていなさそうなメンバーを使ってみたようであった。
 
しかし雪子、ソフィアといったあたりは相手が初顔であっても全然問題にしない。ふたりの共同ゲームメイクでN高校は変幻自在の攻めで得点を重ねていく。それでこのピリオドは14-18と4点差を付け、これで前半は30-40と大差が付いてしまった。
 

バスケットの試合は10分ずつ4つのピリオドから成り、各ピリオドの間には休憩時間がある。この内、第1ピリオドと第2ピリオドの間、第3ピリオドと第4ピリオドの間はインターバルと言って時間は2分間であるのに対して、第2ピリオドと第3ピリオドの間はハーフタイムと言ってウィンターカップ本戦では10分間ある(FIBAルールでは15分)。チアチームなどによるハーフタイムショーが行われる場合もある(地区大会などでは次の試合のチームの練習時間になっている場合もある)。
 
これは元々バスケットの試合は20分ハーフ制だったのが10分クォーター制に変更された名残である。NBAで放送の間にCMを入れる都合からこのような改訂が行われたのが実際の主たる改訂理由ではあるが、バスケの試合は激しい運動なので、20分間も走り続けるのは体力的に辛かったというのもあった。疲れ切ってクタクタの状態ではなく、より良いコンディションで戦って、より高いレベルの試合をしようという精神もある。
 
さてインターバルの場合は時間が短いので、ずっとベンチの所にいるのだが、本戦のハーフタイムの場合は時間があるので、いったん控室に戻り軽いミーティングをする場合が多い。汗を掻いた下着を交換する選手などもいる。 
千里たちはこの日はリードしていたこともあり、控室での監督やコーチの指示も簡単なもので、後はスポーツドリンクを飲んだりストレッチをしたり、アンメルツを塗ったり、薫が数人の選手に指圧やマッサージをしてあげたりしていたのだが、そろそろ後半が始まるというのでフロアに出て行く。
 
コート上ではこの日は対戦しているT高校とN高校の各チアチームによるアクションのパフォーマンスが4分間ずつ行われていた。T高校が先にやっていたので千里たちはN高校チアチームの演技の最後の方を見ることになる。2年生いっぱいでバスケ部を辞めたものの、その後チア部に非公式参加していた明菜の姿を認める。彼女たちにもこれは晴れ舞台だ。
 
やがて彼女たちがパフォーマンスを終えて退場し応援席に戻った後、掃除係の子たちがモップを持って並び、号令を掛けて走って床掃除をする。これもとても美しいパフォーマンスで思わず会場から拍手が起きていた。
 
掃除係の子たちの作業が終わると、もうすぐ後半開始である。それで第3ピリオドに出て行く選手に南野コーチが指示を与えていた時のことであった。
 
「あれ?T高校さん、どうしたのかな?」
と暢子が声を出した。
 
何か様子がおかしいのである。監督・コーチが焦ったような顔で何か言っていて、まだ今日の試合に出ていない1年生の17,18を付けた選手が急いでフロアの外に走り出して行く。
 
「もしかして誰か居ないとか?」
「あ、萩尾さんが居ない」
 
確かに向こうのベンチに正シューティングガードの萩尾の姿が見当たらないのである。こちらは南野コーチの指示を聞きながら、向こうの様子も目の端で見ていたのだが、とうとう向こうのコーチ自身がフロア外に走り出していった。 
「トイレに行ったまま迷子になっているとか」
「方向音痴の子なら、あり得るな」
「森下さんなら、女子トイレで痴漢と間違えられて捕まっているという可能性もあるのだが」
「それ、サーヤも気をつけてね!」
 
留実子はこの大会の会場ではトラブル回避のため、控室内のトイレか男女共用の多目的トイレを使っている。
 

試合再開の時刻である。こちらは不二子/千里/絵津子/暢子/紅鹿というメンツで出て行く。向こうは何だか揉めていたが、結局控えシューター1年生千道が入って山岸/千道/竹宮/大島/森下 というメンツで出てきた。 
それで試合が再開されるが、萩尾が居ないので暢子のマークに大島が付くかとも思ったのだが、大島はそのまま絵津子のマークをして、千道が暢子のマークに入る。不二子−山岸、千里−竹宮、絵津子−大島、暢子−千道、紅鹿−森下という組合せになる。何だか向こうは暢子より絵津子の方を脅威に感じているようなマッチングだ。
 
試合はT高校のスローインから始まるが、これで暢子が発憤してピリオド開始早々相手のパスカットからの速攻と、紅鹿とのコンビネーションプレイからのゴールで、2連続得点を挙げる。更に不二子も1ゴール挙げて、2-6と点差が更に広がり掛けた時。
 
やっと萩尾月香がフロアに戻ってきた。コーチと一緒である。それを見て監督が選手交代の要求を出す。
 
ところがなかなかゲームが停まらない。両軍得点はするのだが、ボールがアウトオブバウンズになったりしないので交代のタイミングが来ないのである。T高校の監督がイライラしている。点差は千里のスリーが入って6-11まで広がっている。 
それで不二子がドライブインしてきた所を山岸が後ろから捕まえるようにして停めた。
 
笛が鳴る。山岸がファウルを認めて手を挙げる。N高校のスローインからの再開になるが、ここで選手交代。千道が下がって萩尾がコートインする。その時千里は萩尾の目が異様に輝いているのを見てギクッとした。
 

不二子がスローインしたボールを暢子が受け取ると即ミドルシュートして2点獲得し、6-13.
 
向こうは大島がスローインして山岸がドリブルで攻め上がる。千里は竹宮に付いている。千里のマークがきついのを見て山岸は今コートインしたばかりの萩尾にパスする。暢子がガードするが萩尾は素早くサイドステップすると暢子が追いつく前に速いモーションでシュートを撃った。
 
きれいに入って3点。9-13.
 
この時、暢子が何か首をかしげていた。
 
N高校がスローインして攻め上がる。ところが萩尾がボールを運んでいる不二子の前に行くと、あっという間にボールを不二子から奪ってしまう。え〜!?と思っている間にひとりでドリブルして攻め上がり速攻。そのままスリーポイントラインの所から、またクイックモーションでシュートを撃つ。
12-13.
 
再びN高校のスローイン。また萩尾が不二子の前に行く。さっきスティールされたので不二子としても慎重だ。萩尾が激しいプレスを掛ける。それで不二子はフォローに来た暢子にボールを送る。ところが物凄い反射神経で飛び出して萩尾はそのパスを途中カットしてしまった。
 
弾いたボールをそのままドリブルに変えて速攻。またもやスリーポイントラインの所で超停止すると、暢子が回り込んでブロックを試みる前にシュートを放つ。入って3点。15-13。合計では45-53.
 
宇田監督がタイムを要求した。
 
ベンチの所に集まって話し合う。
 
「あれ、どうしたの?」
「なんか普通じゃないです」
「薬でもやってんじゃないよね?」
「とにかくちょっとこちらも気合いを入れ直そう」
「うん、頑張ろう」
 
ボール運びを不二子だけでなく千里がそばに付いてふたりで攻め上がろうと話し合う。また萩尾が尋常な状態ではないようなので、彼女が攻めてきた時も絵津子と暢子のふたりで付こうということにする。大島は紅鹿と千里で分担してフォローすることにする。
 

試合再開である。
 
第3ピリオドの残りは4分だ。
 
しかしそこからの4分間はN高校にとって悪夢とも言える4分間であった。 
萩尾が戻ってきた直後は萩尾ひとりだけのスタンドプレイだったが、このタイムアウトで向こうも話し合ったようで、全員でゾーンプレスを掛けてきた。 
これは実はあり得る戦術である。大きく負けている場合、それを挽回するため体力を激しく消耗することは覚悟でこの戦術を使うことはある。
 
そしてこの試みは「スーパー萩尾」の存在のおかげで成功した。T高校はN高校がボールをフロントコートに運ぶ前に激しいプレスを掛けてボールをどんどん奪ってしまう。そして萩尾はどんどんスリーを撃ち込み全て入れてしまう。千里はこんなに1発も外さずにスリーを撃ち込むのを見たのは昨年インターハイでの花園さんとの対決以来だと思った。
 
そして第3ピリオドが終わった時、スコアボードには63-53という信じがたい点数が灯っていたのである。
 
このピリオドだけの点数では33-13である。第2ピリオドまでに10点差を付けていたのに、逆転され反対に10点差を付けられてしまった。結局、萩尾が戻ってきた後、N高校は1点も点数を挙げることができなかったどころか、そもそもフロントコートにボールを運ぶことさえできなかったのである。そしてその間に萩尾は9本連続スリーを決めていた。
 
 
前頁次頁目次