【女の子たちのウィンターカップ・接戦と乱戦】(1)

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なお、この日の朝、千里が暢子や絵津子たちに梵字を書いてあげていたら揚羽たちも「力の出るおまじないなら私にも描いてください」などと言うので、今日は雪子と留実子以外の全員に書くことになった。
 
「なんで私はダメなんですか?」
と雪子が言うので
「この梵字は力を引き出す代わりに消耗も激しくなるんだよ。雪ちゃんの場合はそれでは体力が持たないから」
と千里は言う。
 
「確かに雪子ちゃんは体力が無いのが唯一の欠点」
と南野コーチも言う。
 
「もっと食べなくちゃ」
「入りませんよ〜」
 
「千里ちゃんも昔は食が細かったけど随分改善されたね」
と南野コーチ。
「まあ千里は《可愛い女の子でありたい》というので無理して我慢してたんだよ」
と暢子は鋭い指摘をする。
 
「雪子は別に男の娘でもないから気にすることないだろうに」
と志緒。
「別にスタイルを気にしてる訳じゃないよ!」
と雪子。
 
また留実子は
「僕はおまじないとか関係無しに頑張る」
と言っていた。
 

この日、女子は3回戦の8試合が行われる。
 
今日の旭川N高校の対戦相手は今大会の注目株、倉敷K高校である。昨日も大差で勝って3回戦に上がってきた。
 
今年の夏は3回戦で静岡L学園に敗れてBEST16に留まったものの、昨年のインターハイ・ウィンターカップではBEST8(各々岐阜F女子高・愛知J学園に敗れる)、そして一昨年のウィンターカップの優勝校である。今年の3年生の中にはその2年前に優勝した時のメンバーも2人入っている。それがキャプテンでセンターの愛宕さんと、ポイントガードの烏丸さんである。2人は春のトップエンデバーにも招集されていた。
 
烏丸さんは2年前にこの東京体育館で行われたウィンターカップ準決勝で愛知J学園の入野さんと渡り合った経験の持ち主である。むろん当時は控えポイントガードという立場だったので出場時間はそう長くはなかったと思うが、ともかくもK高校はその試合でJ学園を1点差で破り決勝に進出し、同様に札幌P高校を1点差で破った福井W高校と決勝戦を戦い、優勝を決めたのである。そしてその準決勝での最後の決勝点を挙げたのが今はキャプテンとなった179cmの愛宕さんであった。
 
そのウィンターカップ優勝校も昨年は振るわず、今年の夏もBEST16であった。しかし今大会この学校が注目されているのは182cm,85kgの大型フォワード・高梁王子(たかはし・きみこ)の存在だ。春からバスケを始めて全国で活躍できるフォワードに成長したことから『女桜木春道』の異名もある。天然の赤い髪を短く刈り上げている所は、容貌も桜木春道に似ている感もある。
 
ネットでは彼女の写真を見て「ワイルドだけど美人じゃね?」という書き込みもあったが、それを見て本人(と推定される人物が)「男の娘だったりして」と書き込んだことから、病院で性別検査を受けさせられたというのが、また本人(らしき人物)により書き込まれていた。
 
しかし千里たちはこの強力な攻撃陣にどう対抗するか、一週間前からビデオを見ながら色々と検討をした。
 

しかし今日勝てばBEST8に進出することになる。
 
千里は全国大会に3度目の出場をしてBEST16とBEST8とは大違いだというのを認識していた。BEST8になる学校というのは、まさにトップクラスのチームだ。まぐれでBEST16になることはあっても、BEST8は相当の実力が無ければほとんど無理。もっとも昨年のインターハイで旭川N高校がBEST4まで行ってしまったのは、まぐれと幸運と対戦チームの油断があったこと、どこもうちを未研究だったことがあったと、今になれば思う。
 
しかし今年のインターハイのBEST4は本当に実力で勝ち取ったBEST4だ。こちらをよく研究し、対策を取ってきたチームに勝って準決勝まで上がっていった。
 
そんなことを考えながら、朝1番に東京体育館のコートに入った時、千里は今日の対戦相手・倉敷K高校のベンチに思わぬ人がいるのを見て、まさに仰天した。彼女は千里と目が合うと笑顔で手を振った。
 
うっそー!?
 
それは出羽の修行仲間で、1970年代に日本代表(フル代表)として活躍した「伝説のシューター」藍川真璃子さんだったのである。
 
千里は慌てて大会名簿を見る。倉敷K高校アシスタントコーチとして田中真璃子の名前がある。結婚して田中さんになっていたのか!? でも出羽の修行では彼女は藍川を名乗っていた。それで全く気づかなかったのだ。
 
倉敷K高校のプレイの映像は、地区大会のものを一週間前から、本戦に入ってからのものも昨夜見ているが、編集されたダイジェスト版であったこともあり、コート上の選手のみ映っていた。ベンチも元映像では映っていたのかも知れないが、おそらく編集でカットされている。それで見ても気づかなかったのだろう。
 

千里の様子に気づいた南野コーチが声を掛ける。
 
「どうかしたの?」
「向こうのチームのアシスタントコーチ、私の先生なんですよ」
「え?」
「ある時期、私はあの人について随分シュート練習をしたんです。それで私のシュートの精度はものすごく上昇したんですよ」
 
「ということは、向こうは千里ちゃんのこと、千里ちゃん自身よりよく知っていると考えた方がいいね」
と南野コーチは言う。
 
「向こうのアシスタントコーチがどうしたって?」
と揚羽と別の話をしていた宇田先生が尋ねる。
 
「私のシュートの先生です。私はあの人について1万本か2万本くらいシュート練習してますよ」
 
「ああ、向こうもシューターなの?」
「結婚して苗字が田中になっていますが、元は藍川と言ったんです」
「藍川真璃子!?」
「元日本代表の?」
「ええ。そうです」
 
「前から倉敷K高校に居たっけ?」
「倉敷K高校の試合は一昨年のウィンターカップ、昨年のウィンターカップと生で見ていますが気づかなかったから、最近スタッフに入ったんではないでしょうか? 最後に会ったのがこの春ですけど、暇だ暇だとか言っておられましたし」
 
藍川さんは今冬の出羽の山駆けには参加していないのである。9月の「表の修行」(神子修行)にも参加していなかったので体調でも悪いのだろうかと心配していた。
 
「そういう相手なら村山君のことは徹底的に分析しているだろうね」
と宇田先生。
 
「たぶん私本人より詳しいです」
と千里。
 
「どうします?この試合は水嶋(ソフィア)を先発させますか?」
 
と南野コーチが尋ねるが、宇田先生は少し考えてから
 
「では村山君、その元先生の前で成長した姿を披露しておいで」
と笑顔で言った。
 
「はい、打倒してきます」
と千里は答えた。
 

千里は2年前にウィンターカップを会場まで見に行った時、倉敷K高校が優勝を決めた試合や、あるいはもっと重要だったかも知れない愛知J学園との準決勝は生では見ていないものの、準々決勝の金沢T高校との試合を生で見て「全国レベル」の物凄さを実感した。
 
その後千里は縁があって出羽での冬山修行に参加することになるが、そこで体力を徹底的に鍛え直されるとともに、藍川さんと知り合い、彼女にたくさんバスケットについて教えてもらった。月山頂上に置かれたバスケットゴールはふたりがそこで練習するのに設置してもらったものである。その藍川さんが今敵のコーチとして向こう側のベンチに座っている。千里は闘志が湧き上がってくる思いであった。
 

N高校は、雪子/千里/絵津子/暢子/紅鹿というオーダーで出て行った。一方のK高校は烏丸/山王/広瀬/高梁/愛宕というオーダーである。
 
向こうのキャプテン愛宕さんとこちらのキャプテン代行雪子で握手した後、ティップオフは愛宕さんと暢子で争う。愛宕さんが取って広瀬さんがボールを確保。彼女がドリブルして攻め上がる。この時、紅鹿がピタリと高梁さんに付いた。
 
広瀬さんは高梁さんにパスしようとするのだが、紅鹿が高梁さんにくっついていて、色々動き回るもののどうしてもマークを外すことができない、それで広瀬さんがそのまま進入を試みるも暢子に行く手を阻まれる。そこで烏丸さんに戻そうとするのだが、そこを素早く千里がカットした。
 
そのまま自らドリブルして反転。攻め上がるが、そこに向こうの山王さんが追いついてきて千里の行く手を阻む。ドリブルしながら1−2秒相手の呼吸を伺う。複雑なフェイントを入れた末に右側を抜いた。
 
と思ったら千里はボールを奪われていた。
 
今度は山王さんがドリブルで攻め上がる。
 
高梁さんを見るが高梁さんには紅鹿がピタリと付いている。山王さんはそれでも高梁さんにボールを渡そうと、紅鹿のいる側と反対側、ぎりぎり高梁さんが取れそうな位置にボールを投げる。しかし紅鹿は一瞬の瞬発力で飛び付くようにしてボールを確保した。
 
紅鹿は体勢を崩していたが、それでも雪子の前方に向けてボールを投げる。雪子が高速ドリブルで攻め上がる。
 
千里と絵津子が全力で走って雪子に先行する。それで雪子は今度は絵津子にパスする。絵津子が必死で戻って来ていた烏丸さんをうまく交わしてシュート。
 
これがきれいに決まり、この試合で序盤の激しい攻防切り替わりの末、最初に得点を挙げたのはN高校の絵津子であった。
 

第1ピリオドで旭川N高校は紅鹿が相手の中心得点源である高梁さんにピタリと付いて、そのプレイを悉く邪魔した。どうしても高梁さんの方がうまいので何度かパスが通り、ゴールも決めたが、あげた得点はわずか6点に留まる。他の選手が高梁さんに何とかパスをしようとした結果、紅鹿や千里などによるインターセプトで、高梁さんはこのピリオドだけで8個ものターンオーバー(攻撃中に相手にボールを取られた時に付けられる)を記録されるハメになる。
 
更に高梁さんは強引に紅鹿のマークを振り切ろうとして、このピリオドだけでファウルを3つも犯してしまった。
 
ところで高梁さんのマーカーを紅鹿にさせることにしたのは、何と言っても本人がやりたいと言ったからである。
 
182cm,85kgの体格の高梁さんには、それなりの体格のある選手でなければ対抗できない。小柄な絵津子や雪子にはできない仕事である。184cm,85kgの留実子なら対抗できそうだが、困ったことに高梁さんは留実子を遙かに上回るスピードを持っている。177cm,70kgの暢子、175cm,65kgの揚羽、174cm,60kgのソフィア、の3人を候補として検討していた時に、紅鹿がやりたいと言い出したのである。確かに体格的には177cm,72kgでいちばん対抗できる可能性がある。しかし技術的にはとても高梁さんにかなわない気がした。しかし彼女は地区大会の彼女のプレイをよくよく見て研究して頑張りたいと言うので、前半を彼女に任せることにしたのである。
 
そして少なくとも第1ピリオドでは紅鹿は自分の仕事を充分やり遂げた。
 
一方で倉敷K高校は山王さんがピタリと千里に付いて、このピリオドでは千里に全くまともなシュートを撃たせなかった。千里が彼女を抜こうとすると高確率でボールを奪われる。奪われないにしても進路を阻まれる。めったにファウルの無い千里がこのピリオドでは2個ファウルを取られてしまった。またシュートしようとしても、タイミングを完全に合わされてしまい、全部叩き落とされるか落とされなくても指を当てて軌道を変えられた。
 
これほど千里を封じた人は、千里はまだ男子として試合に出ていた時の1年秋のウィンターカップ道予選決勝での札幌Y高校での試合以来だと思った。自分はあれから物凄く進歩したつもりでいた。しかし自分にはまだ大きな欠陥があるのだろう。それをよく知っている藍川さんが指導していたゆえにこんなにも封じられるのだろうか。千里はそんなことを考えながらも、色々自分の頭の中のロジックを変えたりして対抗するも、このピリオドでは1度も山王さんに勝てなかった。
 
結局千里もこのピリオドでターンオーバーを8個も献上してしまった。
 
得点は向こうは愛宕さんや広瀬さんが頑張り、こちらも絵津子や暢子が頑張って18対16とほぼ互角の展開である。
 
ピリオド終了のブザーが鳴った時、千里は向こう側のベンチに座って厳しい顔でコート上を見ている藍川さんの姿が巨人のように見えてしまい、自分がとても矮小な気持ちになってベンチに引き上げた。(バーバラ・ウォーカーのタロット)の聖杯6の絵柄だなと千里は思った。
 

「千里、完璧に読まれていたね」
とマネージャーとしてベンチに座っている薫が声を掛ける。
 
「ごめーん。途中で色々ロジックを変えてみて、こないだノノちゃん(釧路Z高校の松前乃々羽)相手に試してみた方法もやってみたんだけど、それにも付いてくるんだよ」
と千里は、珍しく弱音を吐く。
 
「ああ、やはりそうか」
と薫が言う。
 
「やはり?」
「今まで使ったことのなかった方法にでも相手が付いてこれるというのは、これは千里の癖を見抜いてどちらを抜くかを判断しているんじゃない。千里、今のピリオド全部停められていたろ?」
「うん」
 
「相手の動きを予測するだけで全部停めることは不可能だよ。誰かが山王さんに千里が左右どちらで来るか教えている」
「へ?」
「恐らく、千里のことを知り尽くしている向こうのコーチが何かサインを出して、それを見て山王さんは動いているんだよ」
 
「でも角度的にベンチは見えないはずだよ」
 
「だから客席にコーチのサインを中継している人がいるのさ、きっと。それもどこからでも見られるように数ヶ所にね」
 
「えー?」
「それ応援団の誰かが旗とかで合図しているのでは?」
と南野コーチが言う。
 
「ただね。サインを中継するには、どうしてもゼロコンマ数秒掛かるじゃん」
と薫。
「だろうね」
「だから千里、どちらから行くかを決めてから、実際にそちらに行くまでの時間を短縮できない?」
 
「・・・・・」
「サイン中継のための光速と千里の思考速度との勝負だな」
と薫は言った。
 

千里はコートに出て行きながら考えた。
 
自分がどちらに行くかを決めるのは相手の呼吸などを見て実際に行動するほんの0.1-2秒前だと思う。そのわずかな時間に藍川さんが自分の動きを読んでサインを出したとしても、その短い時間で中継者を介してサインを伝達するなんて絶対不可能ではないか?
 
もし本当に藍川さんが教えているのなら、それは伝達方法はひとつしか無い。
 
テレパシーだ。
 
その結論に達した時、千里は猛烈に怒りが込み上げてきた。
 
バスケットでコーチが試合中のプレイヤーに指示を与えることは違反ではない。ただそれは声を出して伝えるのが基本である。アメリカン・フットボールの場合はコーチとクォーターバックが無線で会話しているがバスケットボールの場合、通信機器を装着してプレイすることは許されない。
 
テレパシーでの通信はいわば無形の通信機器を使っているようなものであり、ルール上は違反ではないかも知れないが、ルールの精神を逸脱するものだし、そもそも超常的な能力をスポーツに使うべきではないのだ。千里も試合中は一切のその系統の能力を封印している。眷属たちにも試合中は絶対に介入してはいけないこと、自分に語りかけたりしてもいけないことを徹底させている。
 
第2ピリオドはオルタネイティング・ポゼッションがN高校の番だったので、このピリオドでパワーフォワードの位置に入っている揚羽がスローインのためにサイドラインに行く。その時千里は相手側ベンチに居る藍川さんを見るとニコっと満面の笑みを見せた。へ?と藍川さんが驚いたような表情をした。千里は今度は可笑しさが込み上げてきた。
 

スローインのボールを雪子が受け取り、ドリブルで攻め上がる。千里のそばに山王さんがピタリと付いた。雪子が千里にボールをパスする。それでドリブルしながら山王さんと対峙する。
 
そして千里は「右へ行くぞ」と明確に意識した。そして次の瞬間山王さんの左を抜いた。山王さんは千里が最初に意識した方向に手を伸ばして千里を停めようとしたので、やすやすと抜かれてしまう。
 
そして素早くスリーポイント・ラインの所に立ち、美しい動作でシュートする。
 
入って3点。
 
千里にとってこの試合初めてのスリーが決まった瞬間であった。
 

次の攻撃機会。
 
またもや雪子から千里にボールが送られ、山王さんと対峙する。ドリブルで相手の呼吸を見計らう。千里は「左へ行くぞ」と明確に意識し、次の瞬間、本当に山王さんの左を抜いた。またもや山王さんは千里が抜いたのと反対側に身体を動かして停めようとして、やすやすと抜かれてしまった。
 
千里のスリーが決まる。
 
チラっと藍川さんを見ると、悔しそうな表情をしている。
 
このようにして千里はこのピリオド、反撃をしていった。
 

千里の考え方はこうである。
 
自分がどちらに行くか決めた次の瞬間、その思考を藍川さんが読み取って山王さんに伝えている。おそらく山王さんは優秀なテレパスなのだろう。本人はテレパシーを受け取っているとは意識していないかも知れない。しかし手段としてはそういう手順で伝えられている。そこで千里は、どちらに行くか決めたのと無関係に本当に抜く側を選択するようにした。
 
その結果藍川さんの指示が全くあてにならなくなってしまったのである。
 
その後、山王さんは純粋に千里の動きを見て反応するようになる。恐らく藍川さんが指示するのをやめたか、あるいは頭に響いてくる左右の指示は考えないほうがいいと自分で判断したかどちらかであろう。
 
しかし瞬発力だけの勝負になれば、その遅さを1年前に暢子に指摘されて以来徹底的に鍛えている千里はそう簡単に相手に負けはしない。
 
それで3割くらいは停められるものの、停められてもボールだけは奪われないようになる。
 
千里を完全に封じることができなくなったことで、第2ピリオドでは両者の点差が開き始める。
 
新鋭三人組の成長でお尻に火が付いている感もある揚羽がこのピリオドは本当に頑張って得点を重ねる。スモールフォワードの位置に入っている志緒も積極的なプレイをして揚羽をサポートする。そして紅鹿は相変わらず高梁さんを封じ続ける。高梁さんはこのピリオドでもファウルを1つ犯してしまった。これで4ファウルで、あと1つ犯すと退場である。
 
そういう訳で、このピリオドは16対24とN高校が大きくリードする結果となった。このピリオド、千里はスリーを7本撃って4本放り込んだ(3本は山王さんにブロックされた)。前半合計は34対40でN高校6点のリードである。
 

第3ピリオド、向こうは主力を休ませる。こちらは永子/ソフィア/久美子/リリカ/留実子というメンツで出て行く。永子というオーソドックスなプレイをするポイントガードを使いつつ、様々な変化を持つソフィアというシューティングガードを使うと、向こうとしては攻撃の起点が読みにくくなる。ソフィアはそれを考えてやっているのではなくセンスで全体の空気を読みながら選択しているので、相手はそれに振り回されたようである。
 
結局このピリオドでは14対18とこちらが4点リードした状態で終えることができた。18点の内訳はソフィア8点、留実子4点、リリカ2点、久美子2点、途中から入った志緒2点である。久美子もこの強い相手に得点をあげられて随分自信を付けたようである。
 

第4ピリオド。向こうは当然高梁さんを戻す。紅鹿は前半でくたくたになっているのでこのピリオドでは暢子が高梁さんの専任マーカーとなった。雪子/千里/絵津子/暢子/揚羽という顔ぶれで出て行くが、暢子が専任マーカーなので、得点係は千里・絵津子である。
 
このピリオドでは相手はゲームメイクは第3ピリオドでも出ていた2年生ポイントガードの今出さんに任せて、正ポイントガードの烏丸さんが千里の専任マーカーになった。山王さんは前半物凄く頑張ったので体力限界なのだろう。また第2ピリオドではブロックは結構決めたものの、スピードや瞬発力ではかなり千里に振り切られていたので交代となったのかも知れない。
 
また高梁さんのそばに常にフォワードの平野さんが付いているようにして、2人で対抗しようとした。
 
これに対して千里は烏丸さんとのマッチアップで8割くらい勝利したし、高梁さんのところは揚羽が暢子のサポートに入り、2対2の状況にしたことで結局高梁さんは何も仕事ができなかった。
 
そして第4ピリオド開始から3分ほど経った時、高梁さんはとうとう5つめのファウルを犯してしまった。退場である。
 
凄く悔しそうな表情をして彼女はベンチに下がった。
 
そして高梁さんが抜けてしまうと、愛宕さんや広瀬さんがどんなに頑張ってもN高校の強力なフォワード陣とは破壊力に差がある。絵津子も暢子も揚羽もどんどん得点するし、千里も調子良くスリーを撃ち込む。
 
それで結局12対21で決着した。
 
後半の得点だけ見ると25対39となる。
 

整列する。
「79対59で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
それでお互い握手して健闘をたたえ合う。その後、下がっていたメンバーも一緒にお互い相手のベンチの所に挨拶に行く。その両軍がコート上で交錯した時のことであった。
 
高梁さんが紅鹿の所に近づいてくるので、紅鹿は握手を求められるのかなと思い手を伸ばそうとした。ところが高梁さんはいきなり紅鹿を殴ったのである。
 
千里は危ない!と思った瞬間《こうちゃん》を飛び出させて紅鹿を守った。それでも紅鹿は殴られた勢いで倒れてしまう。
 
慌てて愛宕さんが高梁さんを後ろから押さえる。審判が笛を吹いて駆け寄る。
 
「大丈夫?」
と言って千里も紅鹿のそばに駆け寄る。
 
「ええ。大丈夫です」
と言って紅鹿は自分で立ち上がった。
 
「申し訳ありません!」
と高梁さんを取り押さえている愛宕さんに代わって烏丸さんが紅鹿に謝った。
 
「いや大丈夫ですから気にしないで下さい」
と紅鹿は言っているがさすがに顔色が青くなっている。
 
それで愛宕さんも高梁さんに「お前も謝れ」と言うのだが、高梁さんはもっと困ったことを言ってしまう。
 
「お前のせいで全然点数取れなかった。あんなにピタリと付いて邪魔するなんてずるい。それでもお前女か?おかげで退場もくらうし、賭けにも負けたし」
 
「賭け?君、賭けをしてたの?」
と審判が厳しい顔で尋ねる。万一トトカルチョでもやっていたら永久追放ものである。
 
「BEST4以上になったら本田圭佑選手のサイン、友だちから譲ってもらう約束だったのに」
 
紅鹿の顔が一瞬緩むが審判は相変わらず厳しい顔をしている。
 
そんなことを言っている内に向こうの監督が駆け寄ってきて「そいつ連れて行け」と部員に指示するので、結局愛宕さんと広瀬さんのふたりがかりで高梁さんをフロア外に連れ出した。愛宕さんも監督もたぶん自分が高梁さんを殴りたい気分だったかも知れないがこんな所で殴ったりしたら、チームが除名処分になりかねないからひたすら我慢である。
 
「部員の教育がなってなくて、大変申し訳ありません」
と監督が深々と頭を下げて謝る。
 
「このことはスコアシートの裏面に記録して提出しますから。相応の処分があることは覚悟してください」
 
と主審は監督に宣告した。
 
ゲーム中にエクサイティングしてしまって喧嘩になるのはままあることだが、試合終了後の暴力行為というのは罪が重い。
 
ゲーム時間が終了した後もスコアシートに主審がサインをするまでは、まだ試合中に準じる時間である。また試合が完全に終わった後であってもスポーツマンらしくない行為があった場合は処分の対象になる。過去におとなの試合で、ゲーム修了後に選手が控室のロッカーを壊したので罰金と出場停止処分をくらった事例もある。そして高校生の場合はこの手の行為に対してはおとなの場合より更に厳しい。
 

「結局卓越した選手が1人居て、その人の力で勝ち抜いていくチームって、その人さえ押さえてしまうと得点力がガタ落ちするんだよね」
と控室に戻ってから薫が言う。
 
「うちも第1ピリオドでは千里を随分押さえられたね。その後何とか自力で突破したみたいだけど」
と暢子。
 
「うちの場合は千里が押さえられていても、暢子も揚羽も絵津子もいるから」
「まあでも絵津子の成長は大きい。岐阜でほんとによく鍛えられてきているみたいね」
と薫は言う。
 
「うん。学校側もよくこういう思いつきに対応してくれたと思う」
「晴鹿ちゃんも爆発しているみたいだしね」
「あの子、凄いね!」
 
千里は岩手D高校との2回戦でスリーを15本、今日の3回戦では8本入れた。これに対して岐阜F女子高の晴鹿は2回戦で12本、3回戦で10本入れて、今のところ2人のスリーポイントの数は1本差なのである。
 
「今のところこの2人でスリーポイント女王争いしている感じかな」
「1回戦から出ているチームでもっと入れてる人いないのかな?」
「3位はたぶん札幌P高校の伊香さんで2回戦で8本入れてるけど今日の3回戦は1度もコートに立たなかったんだよね。明日のために温存したのかなあ。正確なスコア確認してないけど、他のチームのシューターはもっと落ちると思う」
 
と客席で情報を集めていた白石コーチは言った。
 
千里は今日伊香秋子が出なかったのは、昨日の件で謹慎を命じられたんだろうなと思った。
 

「だけどあの高梁さん、パワフルなプレイをするけど少々プレイが荒っぽいよ。確認したら、地区大会で3回、県大会でも2回退場をくらってる。インターハイの時も1度退場になっているみたいね」
 
と宿舎に戻った後で薫は言った。
 
「女桜木花道の異名があるらしいけど、花道と同様に退場の常習犯にならなくてもいいのにね」
と暢子。
 
「自分が重要な戦力の中心だという意識が無いよね。退場してしまうとその後の戦力が落ちるんだから、自粛すべきだよ」
と千里も言った。
 
なお殴られた紅鹿本人はショックを受けてトラウマになったりしないかと心配したのだが、全然平気な様子である。
 
「いや中学時代に助っ人で出てたソフトボールの試合でも乱闘とかやったことあるし、喧嘩では小さい頃から男の子にだって負けたことないから平気ですよ」
 
「それはいいけど、コート上でファイティングはしないようにね」
「はい、それは自粛します」
 

さて25日の結果は下記の通りである。
 
○旭川N高校─倉敷K高校×
○札幌P高校─福井W高校×
○東京T高校─大阪E女学院×
○静岡L学園─熊本S実業×
○愛知J学園─秋田N高校×
○岐阜F女子─佐賀C高校×
○愛媛Q女子高─山形Y実業×
○福岡C学園─金沢W高校(神奈川)×
 
50校あった参加校も3日間の激戦を経て8校まで減ってしまった。
 
ここで有力校の中で山形Y実業・大阪E女学院・秋田N高校などが消えることとなった。3回戦で愛媛Q女子高と山形Y実業がぶつかってしまったのは、愛媛Q女子高がインターハイで札幌P高校に3回戦で敗れてしまっていたのでシード権を取れなかったためである。そのインターハイで愛媛Q女子と札幌Pが3回戦でぶつかったのは、昨年のインターハイに札幌P高校が出られなかったので札幌P高校はシード権を取られなかったためである。
 
要するに昨年夏の旭川M高校のインターハイ道予選決勝リーグでの快挙が、回り回ってこんな所に影響してきているのである。
 
また一昨年の優勝校(倉敷K高校)と準優勝校(福井W高校)も今日で消えてしまった。
 

そして明日の対戦相手はインターハイ準決勝で旭川N高校に勝ったインターハイの準優勝校・静岡L学園である。その日千里たちは夕食の後で、事前検討会を開いた。
 
「基本的な陣容はインターハイの時と変わっていない。ただひとりひとりがそれぞれ成長しているから、前回と同じ相手だとは思わない方がいい」
と白石コーチは言った。
 
「基本的にラン&ガンのチームという性格は同じだと思う。ただ岡田君のシュート精度がかなり上がっているみたいだね」
「やはりインターハイの準決勝のうちとの試合で最後に決勝点を決めたのが凄い自信になったんじゃないでしょうかね」
 
と薫が言うが、その件では暢子が渋い顔をしている。そのプレイは暢子が滑って転んでボールをこぼしてしまったことから生まれたプレイである。暢子はあの時の自分のミスの分を取り返すためにウィンターカップに出ることを目指したと言っても過言では無い。
 
「村山君は当然厳しくマークされると思う」
「そんなのは気にしません。振り切るだけです」
「うん。頑張って」
「誰が千里をマークしますかね?」
「インターハイの時と同様に赤山さんなんじゃないかなあ」
「中途半端な選手を使ってもどんどん振り切られるから結果的には4人対5人で試合しているような雰囲気になってしまう。すると強い人が千里をマークするしかない」
「その分、得点能力が落ちるのはやむを得ないという考え方ですよね」
 
そんなことを話しながら、今日の静岡L学園の試合のダイジェストビデオをみんなで見て更に細かい検討をした。(選手たちがお風呂に入り夕食を取っている間に白石コーチが編集してくれたものである)
 

このミーティングが終わった時、千里は玲央美からメールが入っているのに気づき、電話をしてみた。
 
「千里の占い凄いね」
と玲央美は言う。
「え?」
「あのタロットカードを見た時、これは事故が起きる予兆だと思ったんだよ。そしたら昨夜、まさに危ない事故があってさ」
「もしかして秋子ちゃん、怪我した?」
 
千里は彼女たちが腰を抜かした時にどこか痛めたりしてないかと心配した。
 
「幸いにも怪我は無かった。夜間お腹が空いたといってコンビニにチキン買いに出ててさ、ホテルの前の道路を渡ろうとしていた時に、向い側の工事現場から巨大な鉄骨が落ちてきたんだよ。しっかり固定されていなかったみたいで」
「きゃー」
 
「幸いにもギリギリ当たらなかったんだけど、当たってたら死んでたと思う」
「怖いね!」
「千里、実はあの後、祈願か何かしてくれたのでは?」
「うーん。まあちょっとね」
「やはり。おかげで秋子も月絵も命拾いした」
「良かった良かった」
「ふたりとも夜間外出・門限破りで今日は謹慎させてゲームに出さなかったんだけどね」
 
「まあ場合によっては強制送還だよね」
「1年生全員で嘆願書書いてきたんで、1日謹慎で済ませた。どうも1年生全員で、あみだくじやって、それで負けて買い出しに行ったみたいでさ」
「なるほどねー」
「それで当人たちも含めて昨夜は1年生全員、夜中に10kmジョギング」
「まあトレーニングだね」
「私も部長責任で付き合わされたけど」
「お疲れ様」
 
「でも千里が何かしてくれたみたいだなと思ったから、御礼言っておこうと思って」
「まあ私は大したことしてないよ。基本的に秋子ちゃんの運が強いんだと思う」
「そうかもね〜」
 

ところで今日の試合後に暴力行為をした高梁さんは、運営側から事情聴取をされ、老齢の審判委員さんから無茶苦茶叱られたらしい。更に監督からは「もうお前バスケット辞めろ」と言われたらしいが、本人もそれはまだ辞めたくないということで少しは反省する気になったようであった。
 
それでその日の21時過ぎになって、キャプテン・監督・コーチに急遽地元から駆け付けてきた校長まで一緒になってN高校の宿舎を訪れ、今度は本人がちゃんと紅鹿に謝った。
 
「本当に女か?なんて言ってごめんなさい。山下さん充分女らしいと思う」
と高梁さん。
 
「いや、お前男だろ?なんて言われるのには慣れてるし」
と紅鹿。
 
「私なんかは小さい頃よく、お前チンコ付いてるだろ?って言われてたけど」
「あ、それは私もだ」
 
などと言って、一瞬ふたりは和んでいた。
 

彼女たちがV高校を訪れた時、暢子・千里・揚羽・雪子も同席した。その時、藍川さんが千里に《心の声》で語りかけてきた。
 
『今日は負けた。あんたは偉い』
と藍川さん。
『テレパシーでの通信はルール違反のボーダーラインだと思いますけど』
『テレパシーで話してはいけないというルールは無いはず』
『でもルールの精神に反します』
『ふふふ。あんたってアンフェアってのが嫌いだもんね』
『でも高梁さんが主張した<ずるい>は少しおかしいです』
『うんうん。この子まだルールとかゲームの機微とかが分かってないのよ。ちょっと鍛え直すわ。ごめんねー。ちなみに山王は私からのテレパシーを受けているという意識は無かったと思うよ。あの子感応しやすいんだ』
『やはりねー』
 
『だけど面白いことしたね。あれ私とあの子との交信自体を遮蔽しちゃう手もあったろうに。あんたならできるでしょ?』
『バスケットは超能力バトルではなく、人間の戦いです』
『ふふふ。そうだよね。またどこかでやろうよ』
『人間同士の戦いでしたらいつでもお受けします』
 
『そうだね。私はもう人間じゃないけどね』
『え〜〜!?』
『私の肉体は実は10年ちょっと前に死んだんだよ。航空機事故でね』
『嘘!?』
 
『もう少し生きたかったけどね。飛行機が着陸に失敗して炎上。乗員乗客の大半が死亡した凄い事故だったよ。まあ私は焼け死ぬ前に肉体を放棄して霊体だけ飛行機から逃げ出したから、こうしていられるんだけど』
『大変でしたね。こういう場合、ご愁傷様でしたというべきなのかな』
『うーん。それは遺族に言うことばじゃない?私は死んだ本人だし』
『確かに』
 
『でも精神が肉体から解放されるのも悪くないよ。あんたも肉体捨てない?』
『遠慮しておきます。でも霊体でもバスケのコーチになれるんですか?』
 
と言いつつ千里はあらためて藍川さんを見る。物凄い存在感だ。少なくとも幽霊(?)には見えない。ふつうに肉体を持った人間に見える。彼女の霊的なパワーが物凄いので、あたかも実在しているかのようにみんなに見せることができるのだろう。おそらく写真を撮ればふつうに写るはずだ。
 
『私身寄りが無かったから、私の死亡届は出てないんだよねぇ。遺体は身元不明ということで処理されちゃったみたいだし』
『じゃ戸籍上は生きているんですか?』
『そういうこと。まあ戸籍って必ずしも実態を反映してないよ。あんただって本当は女なのに戸籍には男と記載されているし』
『まあそういうこともあるかも知れませんが』
 
『ところで山王に右か左か教えていたのはお遊びだけどブロックはマジだから』
『え?』
『今日の山王のプレイを見た前原さんは明日千里のシュートを全部ブロックするだろうね』
 
千里はじっと藍川さんを見つめた。藍川さんは千里にニコッと微笑みかけた。
 

高梁さんが紅鹿を殴った場面はその場面を納めた録画が速攻でyoutubeに転載され、バスケ協会の申し入れで削除されたものの、かなりの人数が高梁さんの「悪行」を見てしまっていた。協会には処分を求める電話やメールが随分来ていたらしい。
 
しかし旭川N高校側は、この日の正式な謝罪を受けて、殴られた紅鹿自身に主将・監督・校長の連名で処分の軽減を求める上申書を協会に提出した。
 
それで倉敷K高校は本来なら向こう半年程度の対外試合禁止の処分が下されかねない所を1ヶ月の対外試合禁止と、高梁さん本人の3ヶ月間の部活動禁止で負けてもらった。ついでに学校からも一週間の謹慎をくらった。1ヶ月という対外試合禁止の期間は2月に行われる新人戦中国大会には出られる温情処分だが、結局高梁さん自身はその大会には出場できない。監督さんも進退伺いを学校に出したらしいが慰留されたとのことであった。
 
この件で千里が
「なんか後味悪いなあ」
などと言っていたら
 
「気にすることないですよ。本人きっとインターハイでは元気になってまたやってきますから」
などと紅鹿本人が言う。
 
「その時はまた手強くなっているんじゃないの?」
「大丈夫です。またマーカーになってきれいに押さえてやります。今回は結構マーク外されたけど、次は1本もシュート撃たせません」
「うん。頑張ってね」
 
と千里も笑顔で答えた。
 
千里はこの子、このウィンターカップ本戦に出ていて、凄く成長したなと思った。今大会では何といっても絵津子の成長が心強いのだが、紅鹿も完全に戦力になってくれた。
 
なお、高梁さんは2-3月のエンデバーおよび来年のU19世界選手権の代表に招集しようという話もあったようであるが、この暴力行為でその話も消えてしまった(そもそもエンデバーが行われる時期はまだ本人が部活禁止中。また世界選手権の日程とインターハイがぶつかるため高校生選手でインターハイに出場する学校に所属している選手は世界選手権には出られない)。
 

この日、藍川さんたちが帰った後、千里は撮影係の智加に「今日のうちの試合のビデオ見せて」と言って自分のプレイの、特に山王さんにブロックされてしまったシュートを熱心に見た。
 
熱心に見ていたら、薫が寄ってきて一緒に見てくれる。
 
「ああ。分かった。千里ってさ、シュートのタイミングはバラけさせてるけど、シュートの軌道はいつも同じなんだよ」
と薫が言った。
 
「う・・・・」
「だから千里より背丈があって、ジャンプ力はかなりある山王さんなら、敢えて少し遅れて飛ぶことによって全部叩き落とせるんだな」
「うーん・・・」
 
「そもそも千里のシュートって低軌道でしょ?」
「うん。高いシュートは精度がぶれるから低い軌道のが好きなんだよ」
「低い上に軌道が予測しやすいから叩き落としやすいんだな」
 
「そうだったのか・・・・」
「去年くらいはまだそのあたりの軌道が不安定だったんだよ。でも千里、下半身が安定してきて、その結果軌道も安定するようになった」
「その結果実はブロックしやすいシュートになってしまった訳か」
「そういうこと」
 
「ところで静岡L学園に前原さんっていたっけ?」
「知らないなあ。ちょっと調べてみよう」
 
と言って薫はハードディスクの中に入っている静岡L学園と熊本S実業の試合の未編集生データを呼び出す。先ほどの検討会で見たダイジェスト版にはその選手は映っていなかった気がしたのである。それで薫が早送りで彼女の出ているシーンを探してくれた。
 
前原さんというのは選手名簿で見ると17番の背番号を付けた1年生のようである。名簿上のポジションとしても単にFと書いてある。
 
「この人、マーカー専門で鍛えられているみたいね」
「うん。相手の4番にピタリとついて、かなりプレイを防いでいる」
 
彼女が出たのは第3ピリオドの前半、わずか5分だけであった。それで検討会でもこの選手のことは話題に上っていなかった。やはり検討会で議論したのは赤山・舞田の両エース、成長途上のシューター岡田対策である。何と言ってもインターハイでは岡田さんに決勝点を入れられてN高校は負けたので、彼女を抑えるのも勝利のためには必須である。
 
「この前原さんが千里のマークをする訳?」
「ある筋からの情報でどうもそうらしい」
「今日、山王さんが千里を抑えたプレイを凄く研究しているだろうね」
「うん。だからそれを突破するのが必要だよ。薫、今からちょっと練習に付き合ってくれない?」
「いいよ」
 

それで南野コーチに言って体育館の方に行こうとしたら、コーチも付き合ってくれた。
 
取り敢えず今日のプレイを再現してみようということで薫が山王さん役をする。千里がタイミングを色々変えてシュートを撃っても薫はその7−8割をブロックした。
 
「薫ちゃん、なんでそんなにブロックできるの?」
と南野コーチが驚いている。
 
「今日の山王さんと同じプレイをしただけです」
「それやばいね」
「それでこの時間に練習してるんですよ」
 
それで千里は自分のシュートがなぜ山王さんにブロックされたかその原理を説明した。
 
「その癖に気づいた薫ちゃんも偉い」
と南野コーチは言う。
 
それでこの夜は1時間ほどにわたり、千里が軌道をランダムにバラけさせて撃つ練習をした。これでかなりブロックされづらいシュートになった。
 

3人での練習が終わってから薫は1・2回戦での前原さんのプレイも抜き出しておくよと言っていたので、それはお願いすることにした。千里がこのビデオを見たのは結局翌日の朝である。千里は薫とコーチが引き上げた後も、黙々と遅くまでひとりでシュート練習を続けた。誰も体育館に居ないのをいいことに《すーちゃん》にボールを返す係をしてもらった。
 

26日(金)。この日は準々決勝の4試合が行われる。
 
千里たちは11:30からの試合なので朝食のあと軽く汗を流してから会場入りした。ロビーにチアチームが既に来ていてアクションの練習をしていたが、千里たちの到着を見てエールを送ってくれる。
 
志緒がチアの衣装を着けた昭ちゃんに尋ねている。
 
「お母さんやお父さんに何か言われなかった?」
「お父さんは気づかなかったみたいです。お母さんはチアガールの中にボクがいたの見て、可愛かったよと言ってくれました」
「良かったじゃん」
「恥ずかしいです」
「でも昭ちゃん、いい加減自分のこと『わたし』とか『あたし』と言えるようにしようよ。女の子でボクはないよ」
「恥ずかしいです!」
 
などと言っていたら、留実子が「別に女で僕とか俺でもいいじゃん」などと言っていた。
 

フロアでは10:00からの試合があと少しで終わる所であった。
 
福岡C学園と札幌P高校の試合は札幌P高校が10点差で勝った。愛媛Q女子高と岐阜F女子高の試合は1点を争う激しい戦いであったが最後に愛媛Q女子高が江美子のゴールで2点差つけて勝負あったかと思われたものの、残り5秒から岐阜F女子高の速攻で晴鹿がスリーを撃ち込み逆転。岐阜F女子高が勝った。そのスリーを成功させた後晴鹿と千里は目が合った。晴鹿がガッツポーズをするのに千里も笑顔で手を振ってあげた。
 
コートの清掃が終わった所でフロアに出て行く。今日の試合の相手はインターハイの準決勝で戦った静岡L学園である。同じ時刻に隣のコートで行われるもうひとつの準々決勝は愛知J学園と東京T高校の試合である。
 

スターティング・ファイブがコート上に出て行く。両校のオーダーはこうなっていた。
 
N高校 PG雪子/SG千里/SF絵津子/PF暢子/C紅鹿
L学園 PG竹下/F前原/SF赤山/SF赤田/PF舞田
 
スターターに紅鹿を使ったのは昨日、嫌な形で試合を終えたので気を取り直してプレイに集中してもらうためである。ティップオフは紅鹿と舞田さんで争ったが紅鹿が取って雪子がボールを確保。そのまま攻め上がる。
 
果たして前原さんがピタリと千里に付いた。雪子は敢えて千里にボールを供給する。スリーポイント・ラインの近くで前原さんと対峙する。ここはシュートを撃つ場面である。千里はドリブルしながら相手の呼吸を伺う。相手にはここを抜いて内部にドライブインするというオプションも提示しておく。
 
そして複雑なフェイントを入れて抜くか・・・と思わせて千里はシュートを撃った。千里がシュートを撃った直後前原さんが思いっきりジャンプする。しかし千里が撃ったボールは高い弧を描いてゴールに飛び込んだ。
 
ゲームはこちらの3点先取で始まった。
 

「あぁあ、千里さん気付いちゃったみたい」
と客席で見ていたF女子高の晴鹿は言った。
 
「晴鹿が言っていた千里の癖ね?」
と彰恵は答える。F女子高は第1試合の激戦に勝って、第2試合を観戦していた。
 
「間近で千里さんのシュートをたくさん見ている内に気づいたんですよ。千里さんのシュートって物凄いスピードで飛んで行くからブロックしづらいように感じるけど、実は軌道がほぼ一定していると。だからシュートを撃つまで待っていてその次の瞬間ジャンプすれば、ある程度の背丈とジャンプ力のある人ならブロックできるんじゃないかと」
と晴鹿。
 
「実際には晴鹿に仮想千里を務めてもらって実験したら、シュートするために腕を縮めた次の瞬間くらいに飛び上がる感じがいちばん撃ち落としやすいみたいだったね」
と百合絵も言う。
 
「それを倉敷K高校の山王さんがやってたんで、あ、うち以外にもこれに気づいたところがあったのかと思った」
と晴鹿。
 
「あそこは旭川N高校の試合を随分詳細に分析したんだろうな」
「やはり強豪同士の戦いは情報戦だよね」
 
「たぶん千里は、昨日の試合で山王さんにたくさんブロックされたんで、なぜかというのをビデオとか見ながら研究して、自分の癖に気づいたんだよ」
と彰恵。
 
「でもそれを一晩で修正してくるところがさすがだね」
と百合絵。
 
「静岡L学園の前原さんも昨日の試合で気づいたみたいで、同じことしようとしているけど、千里が改良しちゃったから、このやり方ではブロックできないね」
と彰恵。
 
「しかし彰恵や私の癖もきっと絵津子ちゃん気づいて向こうで対策練ってるよ」
と百合絵。
 
「まあそれはお互い様だね」
と彰恵は言った。
 
「でも暢子さんはまだ自分の癖に気づいていないみたい」
「うん。決勝戦でぶつかったら、完璧に封じてあげよう」
 

前原さんは結構千里に食らいついてきた。その点は観戦していた多くのバスケ関係者が認めたところであろう。千里が攻撃してくる時に何度か千里を停めることに成功する。但し千里は1度もボールを盗られることはなく、自分がダメと思ったら絵津子や雪子にボールをパスしていた。
 
前原さんが何とか千里の猛攻を防いでいる間に向こうの主力・赤山さん・舞田さんが積極的に攻める。一方でこちらの暢子・絵津子も頑張るので第1ピリオドは20対17と向こうが3点リードした状態で終わった。一応千里は2本のスリーを放り込んでいる。
 
第2ピリオド、向こうはフォワードの赤田さんを下げてシューティングガードの岡田さんを入れてきた。インターハイでN高校との試合の決勝点を入れた選手である。こちらは絵津子を下げてソフィアを入れる。
 
するとソフィアは岡田さんの動きを完璧に封じた。パスも甘いパスは全部カットしたし、何度か岡田さんがスリーを撃ったのは全部ソフィアがブロックした。
 
一方、千里は前原さんと対峙していて、彼女がどうやって自分を停めようとしているのかを分析していた。強引な突破は可能だとは思ったのだが、それ以前に彼女の動きを通して自分の「見抜かれている癖」を見出そうとしていた。それは第1ピリオドの間は曖昧だったものの、第2ピリオドではかなり明確に分かってきた。
 
しかし、千里はその癖を修正せずに、第2ピリオド後半からは強引に突破する作戦に切り替える。
 
それでこのピリオド後半で千里はスリー2本と通常のゴール1本で合計8点を奪う猛攻を見せる。また暢子も前回してやられた岡田さんがコートインしていることから発憤して彼女もピリオド通して4本のゴールを奪い8点。それ以外にソフィアが4点取って、このピリオド16-20とリードを奪い、試合をひっくり返す。前半の合計は36-37である。
 

第3ピリオドでは、不二子/ソフィア/絵津子/揚羽/リリカと「新レギュラー組」を先発させる。やはり1年生のこの3人はお互い強いライバル意識を持っているだけに同時に出すと対抗心を燃やしてワザがブーストするようである。
 
この3人の変幻自在の攻めに相手は翻弄される。向こうは赤山・舞田が休んでいたこともあり、大きくバランスが崩れてこのピリオド、12-20と大きくリードを奪った。ここまで48-57である。
 
第4ピリオド。
 
こちらは不二子/千里/揚羽/暢子/留実子というオーダーで行く。向こうは竹下/前原/赤山/福田/舞田というオーダーで来た。福田さんは初めてのコートインである。この人がこういう所で出てくるというのは、こちらとしては想定外だった。彼女はウィンターカップ本戦でまだ1度も出てきていなかった。
 
ピリオドが始まってから3分経ったところで宇田先生がタイムを取る。
 
「なんであんな選手をL学園はここまで使ってなかったんですか?」
と言ったのは不二子である。
 
この3分間に福田さんが1人で8点も取り、舞田さんの得点と加えて10点、58-61と猛追されているのである。
 
「多分体力が足りないんですよ。だからここぞという時に使うつもりがこれまで、そういう場面が無かったんだと思う」
と薫が言う。
 
「村山君は前原さんに勝てるよね?」
と宇田先生は確認する。
 
「勝ちます」
「だったら山下(紅鹿)君、福田さんを封じて」
と宇田先生。
「はい。封じます」
と紅鹿。
 
「では突き放して明日の試合に進もう」
と宇田先生。
「はい!」
「勝って女になろう」
と暢子。
「そうですね。こないだはその話から負けたけど今回はちゃんと女になりましょう」
と揚羽も言った。
 
それで円陣を作って「ファイト!」と気合いを入れて出て行く。向こうは竹下さんを下げて岡田さんを入れて来た。向こうも猛攻を掛けようという態勢だ。
 
N高校 不二子/千里/紅鹿/暢子/留実子
L学園 岡田/前原/赤山/福田/舞田
 
というオーダーである。
 

結果的に、岡田−暢子、前原−千里、福田−紅鹿、赤山−不二子、舞田−留実子というマッチアップになる。
 
試合再開後、いきなり岡田さんがスリーを決め、L学園は同点に追いついた。L学園の応援席が物凄く盛り上がる。しかしその後は暢子が岡田さんに食いついて、そう簡単には仕事をさせない。千里は前原さんをパワーで振り切ってシュートを撃つ。紅鹿はもうファウル覚悟で必死で福田さんの猛攻を防ぐ。この試合、ここまでファウルは絵津子が1個、ソフィアが1個取られただけであったが、紅鹿はこのあと2個ファウルを取られ、福田さんはフリースローを得て1回目はきれいに2個とも入れた。
 
そして2度目の福田さんのフリースローの時であった。
 
両チームのメンバーが左右に並ぶ中、審判が福田さんにボールを渡す。福田さんがボールを構えて撃とうとした時、彼女はボールをファンブルしてしまった。
 
ボールがポトリと落ちて下に転がる。
 
福田さんは慌ててそのボールを拾って再度フリースローラインの所に立とうとしたのだが、・・・
 
審判が笛を吹く。そして首を振っている。
 
どうも今のファンブルが「シュート」とみなされてしまったようである。
 
福田さんがえ〜!?という感じの表情になるが、こんな所で抗議すればテクニカルファウルを取られるくらいのことは分かっている(それが分かっていなかった感じなのがK高校の高梁さん)。
 
不満そうな顔だが、ぐっと我慢していったん審判にボールを返し、再度ボールをもらって2投目を構える。
 
今度はきれいに決めて1点。
 
しかしこのフリースローでL学園は66対65と1点のリードを得ることができた。
 

激しい攻防が続く。N高校も取られたら取り返すという感じで、千里のスリー、暢子の通常のゴールが決まって70点まで点数を積み上げるが、L学園も赤山さんが経験の差で不二子を振り切って通常ゴールに加えてスリーも決めてこちらも71点まで点数を積みあげる。残り1分の所で71対70と1点差のままである。
 
N高校が攻めて行く。複雑なコンビネーションプレイから不二子がシュートしようとした所を舞田さんが停めようとして舞田さんはファウルを取られた。彼女はこれが5つ目のファウルで退場になる。
 
L学園にとって攻防の要である彼女の退場は痛いはずだが・・・・
 
むしろ嫌〜な顔をしていたのはN高校の暢子や千里である。インターハイの時は舞田さんの退場後にこちらが負けの展開になったのである。
 
気を取り直して声を掛け合う。
 
不二子はフリースローを2本ともきっちり決めて71-72と逆転する。
 
向こうが攻めて来る。舞田さんの代わりには赤田さんが入っている。向こうは岡田さんがスリーを撃ったのだが、暢子が指で弾いて軌道を変えたので入らない。そのリバウンドを留実子と赤山さんが争い、赤山さんが確保して福田さんにパスする。しかしこれを紅鹿が根性でカットする。
 
転がったボールに不二子と赤田さんが飛び付く。一瞬の差で赤田さんがボールを確保。そのままレイアップシュートに行くかに見えた。その前に暢子が立ちはだかる。
 
そこで赤田さんはシュートするかに見せて空中で赤山さんへのパスに切り替える。赤山さんのすぐ前に留実子が居る。
 
すると赤山さんは留実子の右側に右足を1度ステップしてそこからシュートを撃つ姿勢を見せる。そこで留実子がジャンプする。ところが赤山さんはその足を軸にして反転し、留実子の左側に左足を再度ステップする。そして留実子がジャンプした裏側からきれいにシュートを決めた。
 
彼女の物凄い反射神経と筋力がなせる技巧的なシュートである。千里は彼女のワザを見て純粋に「すげー!」と思った。
 

これでまた73対72とL学園のリードとなる。しかしN高校のボール。但し残りは27秒! こちらが得点を取って逆転しても相手が1度は攻撃できる。だからここは出来るだけ相手に時間を残さないようにゆっくり攻め、そして確実に得点を挙げたいところだ。
 
インターハイの時と本当に似た展開なのだが、あの時はこちらが1点リードしている状況だった。今回は1点ビハインドである。
 
不二子のゆっくりした攻めから千里にボールが来る。前原さんをスピードで振り切って中に進入し、シュートしようとするが、向こうは赤山さんと赤田さんがふたりで千里に覆い被さるようにする。これではさすがに撃てない。そこで暢子にボールを送って、千里は制限エリアから抜ける。
 
ボールを受け取った暢子は前に居る岡田さんの呼吸を伺う。
 
まさにインターハイの時と同じパターンである。そして攻めに時間を使っているので、24秒計の残りが少ない。暢子は複雑なフェイントから岡田さんの右を抜こうとした。
 
そしてその時。
 
暢子はまた滑ってしまったのである!
 
暢子は「やだー!この展開!!」と一瞬神様を呪いたくなったと後から言っていた。しかし暢子は倒れながら「絶対に負けるのは嫌だ!!!!!」と思い直した。そして、体勢を完全に崩しながらもボールをゴールめがけて思いっきり投げた。
 
 
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【女の子たちのウィンターカップ・接戦と乱戦】(1)