【女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜】(下)

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21日(日)はこの日福岡から新幹線でやってきたばかりという福岡C学園のチームと練習試合をした。福岡C学園とは別の山になっていて決勝戦まで当たらないのでお互いに練習相手にしやすい。どちらもハイレベルな相手との実戦経験を積んでおきたいのである。Aチーム戦・Bチーム戦をしたが、向こうのコーチはBチームに入っている結里や愛実・耶麻都などを見て
 
「なんでこの子たちBチームなの?」
などと言っていた。
 
「すみませーん。道大会までは枠に入っていたんですけど、こぼれてしまいました」
と耶麻都が自分で言っていた。
 
「この耶麻都ちゃんとBチームのポイントガードしてる愛実ちゃんは旭川C学園が予定通り開校していたらそちらに入るはずだったんですよ」
と南野コーチが言う。
 
「おお!」
 
「いや、でも旭川C学園だとさすがに最初の年からインターハイやウィンターカップには来られなかったろうから、N高校に入って良かったと思っているんですけどね」
と耶麻都。
 
「まあ選手枠に入れたらもっと良かったけどね」
と南野コーチ。
 
「また頑張ります」
「うんうん」
 

21日。&&エージェンシー、
 
斉藤社長はお昼過ぎ、とんでもない人の突然の来訪に戸惑った。
 
「たいへんお世話になります。呼んで頂ければ参りましたのに」
「いや、緊急事態で、少し無理をお願いしたい義があったので参りました」
 
と★★レコードの町添取締役(制作部長)は言った。
 
取り敢えず応接室に通し、コーヒーを出す。白浜さんが佐鳴さんに極上のショートケーキを買ってくるようお使いに出した。
 
コーヒーを飲みながら斉藤は考えていた。ここ数年★★レコードが新興勢力としては異例ともいうべき大きなセールスをあげるに至ったのはこの人の力が大きいと聞く。しかし若い、何歳くらいだろう? まだ30歳そこそこに見える。 
実際にはこの年、町添は38歳、一方の斉藤社長も52歳で、斉藤も随分若い経営者である。
 
「緊急事態と申しますと」
「ご存じかも知れませんが、ローズ+リリーでちょっとトラブルがありまして」
「ええ。大騒ぎでしたね!」
「まあケイちゃんの性別はささいなことなのですが、それより問題だったのが、プロダクション側がご両親と全く話をせずに芸能活動をさせていたことなのですよ」
「そうだったんですか!?」
 
「そもそもあのふたりはあのブロダクションの設営とかをするバイトだったんですよ。それがちょっとステージで歌わせてみたら、あの通り上手いものですから人気が出てしまって。デビューさせようということになったものの、その時、ちゃんと親御さんを入れて話し合うべきところを、あまりにも唐突にデビューが決まったもので、作業が後先になってしまっていて、このあたりで制作側でもお互いに思い違いがあって、私などもてっきり芸能契約は結ばれているものと思っていたのですが、実はきちんとした契約書を全く交わしていなかったことが分かりまして」
「あらら」
 
「当然ふたりの親御さんは激怒しています」
「当然でしょう」
「それで明日にも公表しなければなりませんが、ローズ+リリーの活動は契約問題がクリアになるまで停止せざるを得ません」
「仕方ないでしょうね」
 
「それで実はローズ+リリーが出演する予定だったイベントとかに大量に穴が空いてしまうんですよ」
「ああ・・・」
 
「何しろ9月にデビュー以来、人気急上昇で、先月の全国ツアーも全てソールドアウト。年明けにも再度ツアーをやる予定でしたし、あちこちのイベントとかテレビ番組にも多数出演が決まっていたんですよ」
 
「それは調整が大変でしょうね」
 

ここで佐鳴さんが入って来て、美味しそうなケーキを出す。コーヒーのお代わりを注ぐ。町添取締役は一口食べて
 
「これ美味しいですね!どこのケーキですか」
と言った。
 
「**堂というところです。**町の」
と佐鳴さんが答える。
 
「へー。メモしておこう」
「あ、ケーキの箱に貼ってある紙でもよければお渡しします」
「うん、よろしく」
 
それで佐鳴さんがその紙を持って来て、町添取締役がそれをしまってから話は続く。
 
「それで実はお願いがあってきたのは、そのローズ+リリーが出演するはずであったイベントやテレビ番組に、代わりにそちらのXANFUSを出演させて頂けないでしょうか? 確か女子高生2人組の歌手でしたよね?」
と町添さんは言った。
 
XANFUSは本来6人組のバンドである。しかし先日のデビューキャンペーンでは費用が掛かることから、ボーカルの2人だけ全国飛び回らせ、演奏はマイナスワン音源を使用した。それで逆に2人組のユニットと思い込んでしまった人もあるにはあったようである。CDジャケットも、光帆と音羽を中心に並べ、残りの三毛・騎士・黒羽・白雪はふたりを取り囲むように配置したデザインになっている。
 
しかし斉藤はこんなことを町添から言われた瞬間、この際XANFUSは光帆と音羽2人のユニットということにしておいてもいいと思った。
 
「ええ、そうなんです。女子高生2人組で。そのお話、ぜひやらせて下さい。至急スケジュールを調整しますので、ローズ+リリーの方のスケジュールを教えて下さい」
 
と斉藤は笑顔で答えた。
 

 
22日(月)はウィンターカップの開会式が行われた。
 
参加する男女50校ずつの選手が東京体育館に並ぶ。47都道府県の代表+開催地(東京)1校、それに今年からインターハイの優勝校・準優勝校が加わって50校である。つまり今年は女子では東京・北海道・静岡が2校出場している。 
全員で「君が代」を斉唱する中「日の丸」が掲揚されていくのを見て感無量の思いになった。千里はインターハイの開会式は2度経験したものの、ウィンターカップは自分がフロアに立って開会式を迎えるのは初めてである。むろん今年度で卒業してしまうからこれが最初で最後のウィンターカップだ。最終日にもまた君が代を歌いたいなと思った。できたら自分たちの校歌もね!
 
昨年優勝した男子・京都S高校、女子・愛知J学園から優勝杯が返還される。J学園は副主将の中丸華香が前に出て返還をした。
 
大会長挨拶に立った高体連バスケット部の会長さんが「全国8000校から選ばれた君たち」などと言っていた。8000校の中から参加できるのは男女100校だけ。確率80分の1ってなんか凄いところに自分って居るんだなというのを感じる。 
その後、優勝杯を返した両校のキャプテン(J学園は大秋メイ)が前に出て一緒に選手宣誓をする。
 
J学園はオールジャパンにも出る(中部地区予選でF女子高に勝って出場を決めた)ので、オールジャパンが終わってから受験勉強するなどと華香は言っていたものの、実際には私立大学の入試は早いので、受験勉強の時間はほとんど無いだろう。
 
選手宣誓の後は、いったん開会式終了の辞があった後、女性歌手デュオのメインクーンがステージ上に上がり、今年のウィンターカップのテーマ曲『君のハートにドリブル』(ヨーコージ作詞作曲)を歌った。
 
千里は曲を聴いていた時「あれ?」と思った。
 
この曲は昨年松原珠妃がRC大賞を取った『ゴツィック・ロリータ』と似た波動を持っている。それは同じヨーコージ(ドリームボーイズの蔵田孝治)作詞作曲なのだから当然なのだが、どこかでこれに近い波動の曲を聴いたような気がしたのである。
 
どこだっけ・・・
 
と考えている内に、唐突に先週末大騒ぎになっていたローズ+リリーのケイのことを思い出す。
 
そうだ!この曲の波動はケイが書いてローズ+リリーが歌った『遙かな夢』の波動と似ているんだ。つまり蔵田孝治が書いたことにはなっているものの実際には(恐らく大半を)ケイが書いたのだろう。
 
ケイ=水沢歌月というのは千里は当然知っているのだが、水沢歌月が書いた『水色のラブレター』とは少し距離がある。恐らくKARIONの楽曲製作では、水沢歌月(らんこ)より森之和泉(いづみ)の影響力の方が大きいのだろう。 
へー。らんこ=ケイって蔵田さんとも関わりがあったのか、などと思う。らんこは以前雨宮先生に頼まれて雑用をしているのを見たことがある。そしてメジャーデビュー曲は上島雷太さんからもらっている。上島雷太と蔵田孝治ってライバル同士っぽいのにその両方と関わる人物というのは不思議だ。
 
千里はちょっと面白い発見をした気分だった。
 

「だけどメインクーンって、しばしばメイクイーンと誤記されてるよね」
「メインクーンと書いてあってもメイクイーンと読んじゃう人も多い」
「猫の名前と知っていれば読めるんだけど、人間の視覚って、自分の馴染んでいる言葉に吸着しちゃうんだよ」
「視覚だけじゃなくて聴覚もそうだよね」
「そうそう。みんな同じ事を聞いてもそれぞれ別の聞き方をしている」
 
「それでプロコルハルム(Procol Harum)の『青い影』(A Whiter shade of Pale)の冒頭は『空きっ腹にパン団子』と聞こえてしまう」
 
「あれ、その話を1度聞いてしまうと、もうそうとしか聞こえなくなってしまう」
 
「ほんとの歌詞は何だっけ?」
「We skipped the light fandango」
「やはり団子(だんご)なのか」
「いや、ファンダンゴというのは踊りの名前」
「へー」
「やはりその名前を知らないから、自分が親しんでいるものに吸着させちゃう」
「なるほどねー」
 

この日は開会式の後、さいたま市に移動して、富山県代表の高岡C高校と練習試合をした。今年のインターハイ2回戦で当たった相手であるが、こことも別の山になっていて決勝戦まで当たらないのである。
 
そこそこに強いチームではあるが、あまり本気になる必要もないので千里や雪子たち中核メンバーは最初の方で少し出ただけで、後は元気いっぱいの《新鋭3人組》を中心に運用した。試合としては60対98の大差で勝ったが、永子や久美子たちもたっぷりと出場機会をもらって、気持ち良さそうにしていた。
 

同じ22日の午後。
 
ローズ+リリーが所属(?)している△△社の津田邦弘社長は記者会見を開き、ローズ+リリーと同社の芸能契約が白紙となり、ローズ+リリーの活動再開については同社では何も言明できなくなったことを発表した。
 
「マリさん・ケイさん側が契約を破棄したんですか?」
「いえ、実はこの契約はそもそも保護者の承諾を得ていなかったのです」
と津田社長は難しい顔で回答する。
 
「じゃ、そもそも契約が成立していないまま活動していたんですか?」
と記者たちは追及し、津田さんは頭を下げて陳謝した。
 

その記者会見を見ていた卍卍プロの三ノ輪社長は、遠藤制作部長を社長室に呼んだ。
 
「今の記者会見見てた?」
「ええ。大部屋でもみんなテレビのまわりに集まって。まさかこういう展開になるとは思いもよりませんでした」
 
「これはチャンスだよ」
「へ?」
「ローズ+リリーが活動停止になった今こそドッグス×キャッツを売り出すチャンスじゃないか」
「そうですか?」
「だってローズ+リリーのライブに行きたいのに、向こうは活動していない。そのファンがこちらのライブに流れて来るに決まってるじゃん」
 
「じゃどこかのホールでドッグス×キャッツのライブでもやりますか?」
「そりゃやるなら関東ドームだよ」
「え〜〜〜〜!?」
 
「だって関東ドームでやると言ったら、それ自体が物凄い宣伝になる」
「宣伝にはなるかも知れませんが、お客さんが来ます?」
「大丈夫。ローズ+リリーのファンがみんなこちらに来るから」
「それはちょっと・・・」
 
「関東ドーム、1月か2月に空いてないか確認してよ」
 
それで遠藤は気が進まないものの確認する。
 
「1月26日・月曜日が空いてます」
「それはいい。こういうのは鉄は熱い内に打てだよ。すぐ仮押さえして」
「仮押さえするのにも予約金を1000万円払わないといけませんけど」
「うん。すぐ払って」
「え〜〜〜!?」
 
「それに合わせてCDも出そう」
「レコード会社がうんと言いますかね?」
「うちで全部費用出すといえば作らせてくれるだろう」
「だってCD作るのにも500-600万円は掛かりますよ」
「うん。先行投資だよ」
 

23日(火)から試合が始まる。女子は1回戦の18試合が行われるが旭川N高校はシードされていて1回戦は不戦勝である。
 
ウィンターカップのシード枠はその年のインターハイの成績を元に決められる。インターハイのBEST8が札幌P高校・静岡L学園、旭川N高校・愛知J学園、岐阜F女子高・山形Y実業・福岡C学園・東京T高校で、この8校は全部今回のウィンターカップにも出場しているので、その8校がそのままシードされている。それ以外にも6校が(抽選により)不戦勝になっている。
 
昨年札幌P高校が2回戦で岐阜F女子高と当たり、F女子高が2回戦で消える羽目になったのは、札幌P高校が昨年はインターハイに出場しておらずシード枠をもらえなかったためである。
 
今年シードされなかった中で有力校は、愛媛Q女子高・大阪E女学院・倉敷K高校・長崎T女子高・秋田N高校・福井W高校などだが、いづれも順当に1回戦を勝ち進んだ。特に今大会の注目株・倉敷K高校は1回戦を86対39のダブルスコアで勝利。高梁王子はひとりでウィンターカップ記録に迫る48点をあげる活躍であった。
 
高岡C高校は強豪の宮城N高校と当たったのだが、接戦の末、最後はブザービーターで勝利を収めた。撮影隊で行っていた1年生の胡蝶がロビーでちょうど高岡C高校のメンバーと遭遇したので
 
「勝利、おめでとうございます」
と言うと向こうのキャプテンさんが疲れ切った表情の中笑顔を作って
 
「いや昨日そちらと対戦して凄く鍛えられたおかげです」
と言っていたという。
 
一方旭川N高校のメンバーで撮影隊以外の子はこの日は宿舎から出ずにずっとV高校の体育館で明日の初戦に向けて調整を続けた。
 

24日(水)。
 
旭川N高校はウィンターカップ初戦を迎える。この日の相手は岩手D高校である。千里は懐かしい思いを持った。1年生の3学期にゾーンディフェンスの上手い男子の秋田R工業の試合を見学に、新人戦東北大会を見に行った時、岩手D高校は中折渚紗を擁する秋田N高校と決勝戦を戦った。
 
その時D高校のセネガル人留学生が階段で手帳を落としたのを千里は教えてあげたのである。二言三言会話しただけであるが、その時の留学生も今回のメンバーに入っている。9番の背番号を付けていて、名簿によるとナミナタさんというらしい。身長は190cmと書いてある!
 
「なぎなた?」
「ナミナタ」
「なぜ、なぎなたと聞こえる?」
「自分の知っている単語に吸着しちゃうんだな」
 
「だけど彼女、2年前に見た時から身長が伸びている気がする」
「彼女のお姉さんはフランスでプロになっていて身長196cmらしいよ」
「ひぇー!」
「日本なんかにいたらしょっちゅう性別誤解されてそう」
 
前夜D高校の1回戦(相手は奈良県の高校)を分析していたのだが、ナミナタさんはゴール周辺を完全に支配していた。リバウンドはオフェンスリバウンドもディフェンスリバウンドも全部取ってしまう。彼女の前でシュートしても全部叩き落とされてしまう。
 
「この人、物凄く動体視力がいいね」
「相手フォワードがダブルクラッチで空中で体勢変えても、そこに手を伸ばして即応している」
 

「千里、例の梵字を描いてくれ」
とこの日の朝、暢子は千里に言った。
 
「OKOK」
と言って千里は暢子の掌に梵字を書いてあげる。
「千里はもう描いているんだな」
「うん。私の場合、これは必須」
 
でないと突然パワーを奪われたりしかねないからね〜。
 
「あれ?千里の掌に書いてあるのと少し違う気がするが」
「ふつうの人の場合はこちらが効果あるんだよ」
「ほほお」
 
千里の掌に書いている梵字は自分のパワーを天津子に勝手に使われないようにするための梵字なのだが(実は又貸しで青葉にも使われているのだが、その事をこの当時まだ千里は知らない)、暢子に書いてあげたのは、本人が自分の力をよりよく引き出せるようにする梵字である。但しその分疲れるだろうけどね〜。 
千里が暢子の掌に梵字を書いていたら、絵津子たちが寄ってくる。
 
「あ、それで力が出るんなら、私にも描いてください」
「いいけど、パワーが出る分たくさん疲れるよ?」
「大丈夫です。その分食べれば元気が出ます」
「えっちゃんは、そうかもね〜」
 
ということで、結局、絵津子・ソフィア・不二子・紅鹿・久美子にも暢子と同じ梵字を書いてあげた。
 
「千里、これ消えかけたらまた描くということにしていたら忘れるかも知れないから、本戦中毎朝描いてくれないか?」
と暢子が言う。
 
「うん、それでもいいよ」
 

試合は14:30からの第4試合なので、午前中は疲れない程度に基礎的な練習で汗を流し、少し早めに昼食を取ってから13:30頃会場に入った。愛媛Q女子高、山形Y実業がそれぞれほどほどの強さの所と試合をしていたが、Q女子高にしてもY実業にしてもあまり本気ではない感じだった。それで千里たちは見る必要も無さそうということで控室で身体を休めたり精神集中したりしていた。寝ている子もいた。
 
14時すぎに簡単なミーティングをしてからフロアの方に行く。少ししてまずはQ女子高のメンバー、そのあとY実業のメンバーがいづれも勝って外に出てきた。千里は彼女たちに手を振っておいた。
 
そしてN高校のメンバーはフロアに出ると、コート上で軽いウォーミングアップを兼ねた練習をした。
 

この日、N高校は永子/千里/絵津子/志緒/留実子というオーダーで出て行った。190cmのセンターが居るといっても全くビビらず、ごく普通のオーダーである。
 
最初に整列した時、千里はナミナタさんと目が合ったので笑顔で会釈した。すると彼女は会釈を返した後、首をかしげていた。彼女もこちらとどこかで会った気はするものの、思い出せないという雰囲気だ。
 
ティップオフは190cmのナミナタさんと184cmの留実子で争うが、6cmの身長差(手を伸ばすと8cmくらいの差)があるにも関わらず留実子はナミナタさんを越える跳躍を見せてボールをこちらにタップした。
 
それで絵津子がボールを確保して速攻で攻め上がる。行く手を阻まれると全く振り返らずに後ろにポンとボールをトスする。それを志緒が取ると、相手ディフェンダーを華麗に交わしてゴール下まで行きシュート。
 
センターサークルでジャンプポールをしたナミナタさんがゴール近くまで戻りきる前に2点先取した。
 

この試合で志緒を使ったのは彼女がフィジカルに強いからである。身長体重こそ168cm,64kgと千里とほぼ同じ背丈体重でバスケット選手としてはそんなに大きな方ではないが彼女は筋力が強く春の体力測定では握力70kg背筋180kgを出したと言っていた。彼女はまた男子チームのマネージャーとしてよく練習試合や大会にも同行したりしていて、練習試合ではしばしば氷山君や水巻君などから「ちょっと出てみ」などと言われてコートに立ったりしていて、男子との対戦を日常的に経験しており、体格のいい選手との戦いに慣れている。
 
留実子も身長184cm,78kgで握力80kg背筋200kgあり、実はこの組合せはN高校でも最強の筋力ペアなのである。
 
永子はどんな相手にも基本に忠実なプレイをするし、絵津子は本能で攻撃し勘でディフェンスして、どんどん点を取るし、千里もどんどん遠くからスリーを撃つ。どんなに背の高いセンターが居ても、落ち始めたボールには触れないからスリーには無力である。
 
そういう訳で第1ピリオドで点数は12対28とダブルスコアになった。
 

第2ピリオドでは絵津子・志緒を下げて、久美子・蘭を出す。第1ピリオドで点差が付いてしまったので、後はそんなに無理をせず点差を維持する作戦である。ただ、千里と留実子はこのチーム相手には簡単に下げる訳にはいかない。留実子以外のセンターではナミナタさんと対抗できないし、高確率で入るスリーは相手ディフェンスを無力化するのに必須である。
 
このピリオドは16対22で終えて、前半28対50である。
 
第3ピリオドでは不二子/ソフィア/海音/揚羽/リリカというオーダーで行く。今日は雪子は温存したいということで、そもそもポイントガードは前半・永子、後半・不二子で行くつもりであったし、向こうがナミナタさんを休ませる様子であったのを見てのラインナップである。
 
前半こちらは基本に忠実な永子がゲームメイクをしていたのだが、突然変幻自在な不二子が司令塔となると、相手はこちらの攻撃パターンを全く読めずに混乱の極致となる。不二子の所でもソフィアの所でも様々なバリエーションがあるのでむしろ味方の揚羽やリリカも「え?」という顔をして必死でフォローしていた。 
このピリオドはまた14対32とダブルスコア以上になり、ここまで42対82である。 
最終ピリオドでは向こうがナミナタさんを戻すがこちらは紅鹿を出してみた。不二子/千里/久美子/暢子/紅鹿 というオーダーにする。すると身長や跳躍では紅鹿は全くナミナタさんに対抗できないのだが、紅鹿は揚羽などと同様にポジション取りが上手いので3割くらいはボールを確保することができた。 
紅鹿はだいたいボールが落ちてくる付近に居るし、177cm,72kgの体格は少々のぶつかり合いではびくともしない。元々がバレー選手だったので留実子には負けるものの結構な跳躍力はある。
 
ディフェンス・リバウンドを紅鹿が取ると、久美子がだいたい良いところにいるので、紅鹿→久美子→千里→不二子あるいは暢子と高速にパスが通って、速攻になることが多かった。
 
このピリオドでは一応数的には相手側がより多くリバウンドを取ったのではあるが、一方的なほどではないので向こうの必死の反撃も勢いが弱い。更に千里はリバウンドとは全く関係無い世界でスリーを放り込む。
 
それで結局22対18で終えることができた。
 

試合終了のブザーが鳴り、整列する。
 
「100対64で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
お互い握手をするが、ナミナタさんが千里の傍に来て握手をしてから訊いた。 
「ドコカデ・オアイマシタ?」
 
彼女の日本語はイントネーションが変だ。ついでに文法も変だ!日本に来て3年くらい経っても日本語の習得には苦労しているのだろう。特に敬語は難しい。日本人だって敬語が怪しい人は多い。
 
「Nous avons rencontre en fevrier l'an dernier, sur le site Tohoku jeunes joueurs reunion」
 
新人大会がjeunes joueurs reunionでいいかどうかはちょっと自信が無かったが、意味は通じたようである。そして千里がフランス語で答えたことで彼女の記憶が蘇ったようである。
 
「Ah! Vous m'avez dit que j'avais tombe le carnet!」(手帳を落としたと教えてくれた人だ)

「Oui Oui」
 
それで私たちは再度笑顔で握手した。
 
「Mais, Vous etes tres forts」(あなたはとても強い)

「Soyons plus forts!」(お互い強くなりましょう)

 
それで彼女とは再度握手して別れた。
 

「今あの外人の子とお互い頑張ろうとか言ってたの?」
とベンチに戻ると薫が訊く。
 
「うん。お互いもっと強くなろうよと言った」
と千里は答える。
 
「つまり、千里はやはり今大会でバスケをやめたりはせずに、もっともっと頑張るんだ?」
「あ・・・・」
 
暢子が隣で息を殺して苦しそうに笑っていた。
 

控室で着替えた後、帰ろうとしていたらロビーでバッタリとP高校の佐藤玲央美伊香秋子に会う。
 
「勝利おめでとう」
「そちらも勝利おめでとう」
 
P高校はN高校と同じ時間帯に隣のコートで試合をしていたのである。 
「わあっと隣のコートで声が上がるからと思ってチラっとそちら見ると秋子ちゃんがスリーを入れた所だった」
「私も同様ですけど、たぶん私がN高校側を見た回数の方が千里さんが私の方を見た回数の倍くらいあります」
と伊香は言う。
 
そこでこちらの千里・暢子・絵津子、向こうの玲央美・秋子に途中で寄ってきた渡辺純子の6人でしばし立ち話をした。
 
「湧見さん、少し髪伸びたね」
と渡辺が言う。
「丸刈りしちゃったらさぁ、なんか割と便利なんだよね。頭も簡単に洗えるしさ」
と絵津子。
「それでまた丸刈りしようかと思ったら停められた。女子の丸刈りは校則違反だとも言われたし」
「まあ女って面倒くさいよね」
 
渡辺淳子と絵津子はこの日言葉を交わしたことで、結構意気投合したような感じもあった。
 
「決勝で当たるまでもっともっと強くなるから」
「うん。こちらも頑張って強くなる」
そう言ってふたりは固い握手をしていた。
 
「握手したし、お互い名前呼び・ため口にしようか」
「うん。そうしよう」
「じゃ、絵津子準決勝までに負けるなよ」
「そちらこそ、純子、ちゃんと決勝戦まで上がって来いよ」
 
それでまたふたりが握手するのを他の4人は微笑んで見ていた。
 

その時、会場の入口の方からひとりの女性(?)が入ってくるのを千里は目の端で認めた。彼女はこちらに気づいたようで、近寄ってくる。逃げようかと思ったものの諦めた。
 
「あら、千里奇遇ね」
とその人物は千里に声を掛ける。
「おはようございます、雨宮先生」
千里は開き直って笑顔で挨拶する。
 
「あんた携帯切ってたでしょ?それであんたの伯母を名乗って学校に電話したらこちらに居るって言うからさ」
「詐称ですか?」
「緊急だからよ」
 
「あれ?もしかして元ワンティスの雨宮三森さんですか?」
と渡辺が訊いた。
「あんた、体育館の周り10周」
「え〜〜〜!?」
「純子ちゃん、ワンティスは解散していないから『元ワンティス』と言ってはいけない。ふつうに『ワンティス』と言わなきゃ」
「ごめんなさい。でも10周走ってきます」
それで渡辺淳子が走りに行くが
「あ、私も付き合う」
と言って絵津子も一緒に走りに行く。
 
千里はいいライバルだなと思って微笑んでふたりの背中を見送った。
 
「ところでそのワンティスの雨宮三森先生がどういうご用件でしょう?」
「ローズ+リリーの騒動の件は聞いているよね?」
「テレビとかで報道される範囲では」
「まあそれで今日発売予定の『甘い蜜/涙の影』は発売中止になった」
「やむを得ないでしょうね」
「それでこのプレスしていたCDをどうするかで今揉めているのよ」
「どうしてです? ほとぼりが冷めてからあらためて発売するんでしょ?」
 
「ふたりの契約が白紙になったことは聞いてない?」
「そうだったんですか?すみません。それまでは知りませんでした。どうしてですか?」
「白紙になったというより、実はそもそもふたりは契約をしていなかった」
「なんでです?」
「プロダクションの担当者がどうもいい加減な人だったみたいでさ。親と何も交渉しないままふたりを活動させていたんだよ」
「それはひどい」
 
「一応本人たち自身の署名のある契約書は存在したけど、保護者の署名捺印が無かった」
「それは無効ですね」
「そうなる。双方の親はその契約書への署名を拒否したんで、結果的に契約は最初から存在しなかったことになる」
「どうするんです?」
「今町添さんが双方の親に謝罪して、レコード会社主導で新たな契約を結ぶべく交渉をしている。どちらもプロダクションとは交渉したくないようだし」
「そりゃそうでしょうね」
 
「今の所レコード会社が双方の親と妥結して契約を結べるかどうかは半々だと思う。最初かなり怒っていたのが、やっと交渉のテーブルに就いてくれたんだよ」
「町添さんはやり手だから、何とか契約にこぎつけるでしょ」
 
「私もそうだとは思うんだけどね。問題はプレスしたCDの処置なのよ」
「うーんと・・・」
「このCDを2ヶ月後くらいにでもそのまま再発売できるなら、保管料はかかるけど倉庫にストックしておけばいい」
「ええ」
「しかし契約が結べなかった場合、結べたとしても大幅な修正などを要求された場合は、廃棄しなければならない」
「何となく事情は分かりました」
「廃棄するのなら今月中に廃棄を完了したいのよ。四半期単位の損益の問題があるからさ」
「何枚プレスしたんです?」
「60万枚らしい」
「それはまた頑張りましたね」
「町添さんは契約に成功するか、CDは保管しておくべきか廃棄すべきか、あんた占ってよ」
 
「私の占いでいいんですか?」
「あんたの占いの的中率が高いことは、春風アルトの問題、ラッキーブロッサムの問題で確認済み」
 
それで千里はバッグの中からタロットを取り出した。
 
「千里、そんなもの持ち歩いているんだ?」
と暢子が驚いたように言う。
 
「パソコンも持っているよね?」
と雨宮先生が言うので
「もちろん」
と言って千里はバッグの中から取りだしてみせる。
「よしよし」
 
千里はタロットを5枚、ギリシャ十字の形に並べた。
 
「過去:太陽−踊るふたりの子供、現在:金貨9−妊娠した摩耶夫人、未来:金貨の王子−塔に閉じ込められたマーリン、潜在:聖杯の4−ヘロデ王の前で踊るサロメ、顕在:棒の5−犠牲の儀式」
 
「なんか物語の世界みたいな絵柄ですね」
と伊香が言う。
「これバーバラ・ウォーカーのタロット」
と千里は説明する。
 
「過去はまさに2人がペアで歌っていた状況を表します。現在は摩耶夫人。これは産みの苦しみを表します。子供は産まれるけど母は死ぬかもしれない。つまりローズ+リリーは生き残るけど、誰かがたぶん犠牲になる」
というところで千里は言葉を切る。
 
「聖書のサロメの話はご存じですか?」
「ヘロデ王の前でサロメが踊り、踊りを褒められたサロメは洗礼者ヨハネ(キリストの師)の首を所望する。それでヨハネは捕らえられて処刑される」
「要するにこれは誰かが悪意をもって仕掛けた事件なんですよ」
 
「やはりそうか。ちょっと怪しい所があるんだよな。犯人分かる?」
と雨宮先生が言うので千里は補助カードを開く。
「運命の輪。これってケイかマリかの関係者ですよ」
「嘘!?」
「彼女たちの成功に嫉妬したんじゃないですか?あるいは恋敵か」
「よし。そのあたりは調べさせよう」
 
「顕在は犠牲の儀式。これは白い服を着た5人の人物に中央の人身御供に捧げられる人が取り囲まれていますが、この人物は儀式でいったん殺された後、黄金の霜を掛けられることで蘇生するんですよ」
「へー!」
「つまり今ローズ+リリーは殺され掛けているけど、いったん死んだ後再生するということです」
「なるほどね」
 
「そして未来がマーリン。これはマーリンが若い頃、塔に幽閉されていた時代のことなのですが、マーリンは閉じ込められていてもこの絵に描かれているように精霊を呼び出して、自由に動き回っていたんです。ローズ+リリーはやはりしばらくの間封印されることになるかも知れませんね。でも必ず解放される時が来ます。もしかしたらライブ活動の前にCDリリースの形での活動を再開するかも知れない」
 
「どのくらい封印される?」
「補助カードを引いてみます」
 
千里がカードを6枚展開すると、審判・力・聖杯8・剣王子・剣A・聖杯3である。
 
「1ヶ月でCD制作には復帰しますよ」
「ほほぉ!」
「そのあと活動はしばらく限定的になりますが、半年後にはかなり復活ですね」
 
「だったらプレスしたCDはそのまま発売できるね?」
 
千里は再度カードを1枚引いた。
 
「カップの5です。ダメです」
「え〜〜〜〜!?」
「そのままだとダメということです。何か変えなければならない」
「何を変える?」
 
千里はもう1枚カードを引く。
 
「聖杯の女王。彼女たちの写真か何かを添付できませんか?」
「そのくらいは対応できると思う。ありがとう。それで町添さんと話してみる」
 
それで雨宮先生は行こうとしたが、ふと思い出したように
「あの体育館のまわり走ってる子たちに、頑張ったお駄賃でこれでも渡して」
と言って何かクーポンのようなものをくれる。
 
「わあ、ケンタッキーの株主優待券ですか」
「5000円分ある!」
「まああの子たちなら一瞬で食べてしまうな」
 
それで雨宮先生は手を振って去って行った。
 

「だけど千里さん、占いができるんですね?」
と秋子が感心したように言う。
 
「まあ余技だけどね」
と千里。
「千里は巫女さんなんだよ」
と玲央美が言う。
 
「じゃ私の運勢とか占えます?」
「何の運勢?恋愛運とか?」
「恋愛には今のところ興味無いなあ。そうだ。明日活躍できるか」
 
千里は黙ってカードを1枚引いた。
 
内心ギョッとした。
 
剣の王−閻魔。
 
この子・・・・。
 
千里は平然とした顔で答える。
 
「剣の王が出ているからね。めっちゃ相手をたたきのめせると思うよ」
「やった!明日も頑張りますね」
「うん」
 
喜ぶ秋子だったが、玲央美は考えるようにその千里が出したカードを見つめていた。
 

千里は帰りの電車の中で考えていた。そして《りくちゃん》に言う。
 
『お願いがあるんだけど』
『あの子を守ってあげてとか?』
『悪いけど頼める?』
『まあ千里はそう言い出すだろうと思ってたからね』
と《りくちゃん》は言うが、《こうちゃん》などは
『あの子が消えたら、勝利間違い無いんじゃないの?』
などと言う。
 
『あの子は私がコート上で倒すから』
と千里は答えた。
 
それで《りくちゃん》は伊香秋子の所に飛んで行ってくれた。
 

この日はクリスマス・イブであった。
 
旭川N高校の宿舎では夕食はフライドチキンでモンブランケーキ付きであった。シャンメリーで「メリークリスマス」と言って乾杯してから食べ始める。 
「モンブランを選んだのは、山の頂点を目指して欲しいということね」
と宇田先生が言うと
 
「高校三冠目指しますからモンブラン3個下さい」
と絵津子が言い、お代わり用のモンブランを2個追加してもらっていた。不二子とソフィアも3つ食べたが、食が細い雪子などは「あんたたち良く入るね!」と言っていた。
 
フライドチキンは大量に揚げてあり、お代わり自由なので10本20本と食べている子もいた。
 
「これ残ったら明日の朝食べられますよね?」
「今の勢いだと残らないかも」
「じゃ今夜食べよう」
 
などと言って、結局全て無くなってしまったようである。
 

千里は食事が終わった後、お風呂タイムとなった時間帯に宿舎の外に出て貴司に電話をした。ふたりの関係は現在「友だち」ということになってはいるものの、友だち同士電話するのは別にいいよね〜などという建前でふたりは頻繁に電話している。昨夜も「初戦前の緊張を解きたいから」などと言って電話したのだが、今夜は「クリスマスイブだから」ということで電話する。
 
「初戦突破おめでとう」
「ありがとう。まあ取り敢えずこれでBEST16」
「BEST1を目指しなよ」
「うん。頑張る」
「恋人じゃなくなったからセックスはしてあげられないけど」
「ふふふ。本当は私とセックスしたいんじゃないの?」
「あ、えーっと。。。」
「今夜は彼女とデートしなくてよかったの?」
「うーん。彼女とは別れるかも」
「『別れるかも』では私は動かないからね。私との仲を復活させたかったら彼女とちゃんと別れた後で言ってよね」
「そのあたりはまた改めて」
「そうだね」
 

「今日はこちらはシャンメリーにフライドチキンにモンブランだったんだよ」
「去年も確かそんなこと言ってたね」
「去年は鶏の唐揚げに、ミルフィーユだったかな。努力を積み重ねて行こうということで」
「そういう理由付けもいいね。僕はチョコレートケーキ2個、ケンタッキーのオリジナルチキンを2本買って来て、千里の分を陰膳にそなえてから自分の分を食べた」
 
「陰膳って私まだ生きてるけど」
「旅行中の人の無事を祈って供えたりもするよ」
「あ、そういうものか。でもケンタッキーも食べたかったなあ」
「そちらに持って行けたら良かったのだけど」
 
と貴司が言った時、貴司は目の前にあったはずのケーキとチキンが無くなっていることに気づく。あれ〜? 僕いつの間に食べちゃったっけ??と考える。 
一方の千里は《こうちゃん》が千里にチキンとケーキを渡すのでびっくりする。 
「あ、このケーキ、チョコレートの味がちょっと渋いね。少し洋酒も入っているみたい」
「そうそう。チョコレートがなんか本格的な味だと思った。 って千里、もしかして今そのケーキを食べてる?」
 
「まさか」
などと言いながら千里は《こうちゃん》が貴司のマンションから取ってきてくれたケーキを2〜3口食べて『美味し〜い』と思った。
 
貴司は深く考えないことにして千里とおしゃべりを続けた。
 

貴司は夜7時過ぎに千里と15分くらい電話で話した後、火照った気持ちを落ち着けるべく、ベッドの中で裸になって(正確には千里と電話した時既に裸になっていた)アレをいじっていた。
 
もうこれが立たないことには慣れた。11月11日に千里と会った(?)時以来射精もしていない。しかし多分千里とする時はちゃんと立つし射精できるだろうという確信があった。立たないままずっといじっていてピークに向かわない気持ちの良さが継続するのも悪くないなという気分だ。貴司はこの感覚が女性の性感に似ていることを意識していない。
 
この日はチームの練習が休みなのできっちり5時まで仕事をした。しかし貴司が5時ジャストにそわそわした雰囲気で帰るので「クリスマスデートかい?」と同僚からからかわれた。実際には貴司はショートケーキ2個、ケンタッキーを2個とワインを買って帰り、千里の分を陰膳にして、ワインを開けて乾杯し、ケーキ1個・チキン1本を食べた。その後、千里からの電話を(絶対あると思い)待っている内につい裸になり「裸待機」していたのである。
 
その後いつの間にか眠ってしまっていたのだが、10時頃、インターホンが鳴るので起こされる。ん?と思ったら例の彼女・芦耶である。
 
「ね、終電で帰るからちょっと入れて」
と言う。
「あ、うん」
と答えて、急いで服を着ると彼女を中に入れた。ケンタッキーの箱は見付からないように台所のゴミ箱に捨てる。
 
芦耶は赤いセーターに黒いロングフレアスカートを穿いていた。最初彼女を見た時、まるでサンタクロースみたい、と思った。
 
「これ仕事が終わった後買って来た」
と言って彼女はケンタッキーのスモークチキンを2本出す。
 
「これ買うの大変だったでしょう?」
「予約しておけば良かったんだろうけど、してなかったもんだから3時間待ちだった」
「わあ、たいへんだったね」
「ううん。私待つのには慣れているから」
 
と言ってからテーブルの上に皿が2つあり、ひとつの皿にケーキを載せていた紙があるのも見る。
 
「例の女子高生と一緒にケーキ食べたの?」
「うん・・・まあ、一緒にというか」
「彼女はもう帰ったんだ?」
「そうだね」
 
「でもそこのパンティは片付けておいた方がいいよ」
と彼女が言うので見ると、千里のパンティが落ちている!
 
嘘!?僕こんなの持ち出したっけ?? (実は《こうちゃん》の悪戯である)慌てて拾って片付けてきた。
 
「彼女のだよね?」
「あ、うん」
「それとも貴司が穿いてたんだっけ?」
「いやそういう趣味は無い」
「貴司なら女装も似合いそうだけど」
「勘弁して〜」
 
「貴司が浮気症だってのは私もだいぶ認識できてきた。それでも私は貴司が好き。今もしかしたら、その女子高生が貴司にとっては本命なのかも知れないけど、本命ではない私の身体には手を出さない貴司の性格っていいなと思う。だから私は貴司が私を好きになってくれるまで待つから」
 
芦耶はそんなことを言うと
 
「せっかくだから食べようよ」
と笑顔で言ってスモークチキンの箱を開けた。
 
その時、貴司は「この子、可愛い!」と本格的に思ってしまった。
 

夜8時すぎ。札幌P高校の宿舎から、秋子・月絵のふたりがこっそり抜けだしていた。この日、P高校の宿舎でもクリスマスイブということでチキンとケーキが出たのであるが少しお腹がこなれてくると、「なんか食べ足りないよね」という話になったのである。
 
それで1年生の数人で「あみだくじ」をして、この2人が買い出し係になった。見付かると叱られるのは確実なので、そっと抜け出してコンビニを目指した。チキンを30個などと注文したのでコンビニでは揚げるのに待ってと言われて15分くらい滞在した。あまり時間がかかっていると、コーチに見付かる危険が高まる。それでやっと揚げあがったものを受け取りお金を払ってお店を出たあと、2人は気もそぞろに小走りに宿舎のほうに戻る。そして宿舎の前の道路を渡ろうとした時であった。
 
「済みません」
という声が聞こえるので秋子はそちらを見た。
 
男性の声だったのでややドキリとしたのだが、見た感じきちんと背広を着ていて紳士的な感じ。こういう人なら大丈夫かなと思い、
「何でしょう?」
と尋ねる。
 
すると彼は、いきなりズボンを下げた。
 
お股に屹立するものが見える。
 
「ぎゃー!」
と秋子も月絵も叫んで、その男から逃げるように歩道を走る。そしてふたりがその場から5mも離れたとき、ズシン!という凄まじい大きな音がした。 
ふたりは何が起きたか分からないまま、腰を抜かしてその場に座り込んだ。 

向かいのホテルから多数の人が飛び出してきた。
 
「何だこれは?」
「ひでー。門も玄関も無茶苦茶」
「軍手持って来てガラス片付けて!」
「怪我人は居ないか?」
と大騒ぎになっている。
 
秋子と月絵が腰を抜かしているのを見て
「あんたたち大丈夫?」
とホテルの人が声を掛ける。
「何とか・・・」
と言って、ふたりは助けてもらいながら起き上がった。
 
そこに高田コーチが出てきた。そしてふたりを見ると
「お前ら、なんでこの時間に外に出てるの?」
と言った。ふたりは目の前が真っ暗になった。
 

『どうやってふたりをその場から逃がしたって?』
と千里は《りくちゃん》に訊き直す。
 
『他に方法を思いつかなかったんだよ』
 
千里はやれやれと首を振った。
 
『でも危なかったんだぞ。工事現場の大きな鉄骨が落ちてきてさ。ホテルの門とか街灯が完璧に破壊されていた。道路も一時閉鎖。当たっていたら即死だったよ』
『でもお疲れさん。占ってあげた人がその直後に事故死したら私も夢見が悪いし、そして何よりも秋子ちゃんは将来日本代表とかにもなれる素材だと思うしね。(江森)月絵ちゃんもプロになると思う』
 
『だけど同じシューターなら千里のライバルになるぞ』
『ライバルだからこそ生きててもらわなくちゃ』
『そのあたりの人間の心情ってのが俺はいまひとつ分からない』
『そうだね。あと1000年も生きたら分かるかもね』
 

25日(木)。
 
この日、旭川からチアリーダーの人たちが来てくれた。インターハイの時は10人であったが、今回は16名来ている。それにバスケ部のベンチ枠外の子も7名現地徴用されてチアの衣装を着た。23名の応援団である。
 
「ん?」
と言って千里がチアの衣装を着た子のひとりを見る。
 
「昭ちゃ〜ん?」
「恥ずかしい。見ないで〜」
 
とチア姿の昭ちゃんは言う。
 
「見ないでといっても、この試合はどうせ全国放送されるんだけど」
「え〜!? うちのお父ちゃんが見たらどうしよう」
「自分の娘のチームの試合だもん。見るかもね」
「娘?」
「昭ちゃん、あんたお父さんの娘だよね?」
 
「あ・・・そうなるのかな」
などと言って昭ちゃんは真っ赤になっている。
 
昭ちゃんはどうもこのあたりの心構えが未熟なようである。
 
そういう訳で現地徴用されてチアの衣装を着たのは、2年生の昭子・葦帆・雅美、1年生の一恵・鶴代・亮子・安純美である。
 
また撮影係として全試合を撮影しているのが2年生の来未・結里・司紗、1年生の智加・胡蝶・可穂子・愛実・耶麻都である。機器のトラブルが起きた時のために多くの試合を2人ずつで撮影している。
 
他に2年生の夜梨子と1年生の紫苑は客席に居る白石コーチと教頭先生・山本先生の傍に付いていて細かい雑用を引き受けている。
 
この分担を決める時、部長の揚羽は(撮影係は基本的には特に勉強してもらいたいメンツなので)最初昭子を撮影係にしていたのだが、志緒が昭子と司紗を入れ替えてしまったのである。理由はもちろん昭ちゃんにチアの衣装を着せてみたかったからである!
 
 
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