【女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜】(1)

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2008年12月15日(月)。千里がいつものように朝練に出かけてやがて久美子・ソフィアが来たので一緒に練習していたら、珍しい顔が来る。
 
「おはようございます」
「えっちゃん?」
「めずらしー」
「朝練でえっちゃんを見るなんて天変地異の前触れかも」
「うーん。確かに出席率が悪かったから。でも岐阜では毎朝6時に強制的に起こされて朝練に行ってましたよ。食事係の日は5時起きだったし」
 
F女子高の寮では朝食・夕食は寮生が自分達で作ることになっていたらしい。
 
「5時とか6時って普通じゃん」
「えー? 私いつも8時頃に起きていたのに」
「それはあまりにも遅すぎる」
 
「それで帰ってくる日にこれ買ったんですよ。みんなで見ようと思って」
と言って絵津子は雑誌を見せる。
 
「おお。月刊バスケファンじゃん!」
「もう出てたんだ!?」
「岐阜市内の某書店だけ3日早く出るんですよ。ミネちゃん(中尾美稔子)に教えてもらったんです」
「ああ、たまにそういう本屋さんってあるんだよね」
 
「昨日は荷物の奥に入ってしまって出てこなくて」
「えっちゃん、だいたい整理が悪いもん」
「うん。私けっこう生理不順」
「なんか今話が噛み合わなかった気がする」
 

「オールジャパン特集、ウィンターカップ特集、インカレ特集か」
「バスケの大きな大会が集中してますよね」
「まあバスケって基本は冬のスポーツみたいだから」
「アメリカの男子選手とか、夏は野球やって冬はバスケって人もいるみたいですね」
「ああ、夏と冬で別のスポーツをやる選手はわりと良く居る」
「スピードスケートの選手が夏は自転車をしたりとかですね」
「女子のバスケ選手は夏には何をするんだろう? 野球は男だけだし」
「うーん。テニスとかするんじゃない?」
「夏は男になって野球するとか」
「性転換?」
「冬は女でバスケして夏は男で野球ってのも悪くないかな」
「いや、それならずっと男のままでいい。バスケは男でもできる」
「でも時々、夏は女、冬は男だといいのにと思うことありますよ」
「へー」
「夏はスカートの方が涼しくていいけど、冬にスカートは寒いじゃないですか」
「それは単に女でもズボンを穿けばよいだけという気がする」
「実際、北海道・東北じゃ女子の制服で冬はズボン穿いていい学校もありますよね」
「サーヤ先輩、だいたいズボン穿いてますね」
「うん。本当はうちは女子制服にズボンは無いんだけど、あの子は特に容認してもらっているんだよ」
「なるほどー」
 

「ウィンターカップは出場校全部の写真と選手名簿が載ってますよ。うちの写真も出ていた」
と言って絵津子はそのページを開く。
 
「おお、えっちゃんの丸刈り頭はインパクトある」
「えへへ」
「丸刈りした直後にこの写真撮ったもんね〜」
「お母さんには見せたの?」
「丸刈りしたことは言ったけど写真とかは見せてない」
「これ見たらショック受けるかも」
「うん。これ月刊バスケファンのサイトにもあとで掲載されるはず」
「あはは」
 
「でもこのチーム、なんで男が混じってるんだろうと思う人もあるかも」
「いやかなりの読者がそれ思うよ」
「でもこの世界、男に見える女子選手って結構いるから」
「まあそれはあるけどね」
 

「ウィンターカップ優勝チーム大予想なんてのもある」
「優勝候補男女各10校かぁ」
「10も書けばその中のどれかが優勝しそうだけど」
「インターハイの時も10校書かれていたけど、準優勝した静岡L学園はその中には無かったんですよね」
「まあ優勝じゃないから」
「でもあそこは急成長したからね」
 
「今回の予想はこれか」
 
そこには有力校10校の名前と、一昨年・昨年・今年のインターハイ・国体・ウィンターカップの成績、及び今回の地区大会の評点がまとめられている。(◎Best4 ○Best8 △Best16 −Best32以下 ×欠場)
 
______ 一昨年 昨年_ 今年 地区
1.札幌P高校 −−◎ ×−○ 優× 80
2.愛知J学園 優優◎ 優優優 ◎◎ 90
3.静岡L学園 △△○ ○×△ 準× −
4.東京T高校 ◎◎△ ◎準準 ○◎ 80
5.倉敷K高校 ○−優 ○−○ △× 95
6.愛媛Q女子 △−△ ○×◎ △準 90
7.岐阜F女子 −◎○ 準×− ○× 80
8.福岡C学園 準○△ △◎△ ○○ 70
9.山形Y実業 −−− △○◎ ○− 70
10.旭川N高校 ××× ◎×× ◎優 70
 

眺めている内に不二子と永子・雪子も朝練に出てきたので一緒に見て行く。
 
「うちは10番手の評価かぁ」
「まあこんなところに名前が載るようになっただけでも大したもんだよ」
「それは言えるね」
 
『インターハイ優勝の札幌P高校を一番手にあげる記者が最も多かった。国体は欠場しているものの地区予選でP高校を破った旭川選抜(旭川N高校主体)が優勝していることから見てもP高校の実力は現在ひじょうに充実していると考えられる。ユーティリティ・センター佐藤玲央美を中心とする陣容はパワフルである』
 
「まあ確かに佐藤さんは敵に回すと怖い」
「私ビデオ見て佐藤さんのこと随分研究したんですけどね」
と不二子が言う。
「うん」
「それで、佐藤さんの動きはだいぶわかったんです」
「お、すごい!」
「あれは止めようがないということも良く分かりました」
「むむむ」
「だってNBAとかでもレブロン・ジェームスとか少し前だとシャキール・オニールとかを誰か止められます?分析できることと実際に止められることは違うんですよ」
 
「うん。玲央美はまさにそういう選手だよ」
と千里も言う。
 
『2番手は愛知J学園。高校三冠を取った昨年よりは落ちるといってもその実力が国内最高であることは誰もが認めるところ。U18代表センターの中丸華香はゴール周辺で絶対的な力を持つ』
 
「記者さんは加藤さんを見てないのかなあ」
と千里は言う。
「誰ですか?」
「来年のインターハイでは、えっちゃんや鈴木志麻子(岐阜F女子高)・渡辺純子(札幌P高校)などと競い合うことになる選手だよ」
と千里が言うと絵津子の顔が引き締まる。
 
「そんな話、鈴木さんとかから聞かなかった?」
「いや、向こうではひたすら練習につぐ練習ばかりだったから。シマちゃんとは『私たち言葉で会話する必要無いよね。ボールが全てを語る』と言って毎日30本勝負やってましたよ」
「おお、漢(おとこ)だ」
 
『3番手には静岡L学園という意見になった。未だ成長中のチームでインターハイでは準優勝だったものの、ますます強くなっていく可能性がある。ただ戦力的に不安定なのが欠点』
 
「うん。確かに成長中のチームというのは大勝ちもするけど大負けもする」
 
『4番手は東京T高校。ここ数年の実績では愛知J学園に次ぐものがあり、そろそろ優勝杯を獲得してもおかしくないチームである。U18代表センターの森下誠美は有力校の日本人センターでは最も背が高く手堅いチームである』
 
「まあ確かにT高校は守備が固いイメージはあるね」
 
『5番手は東京T高校と僅差で倉敷K高校。一昨年のウィンターカップ優勝校でその時のメンバーもまだ残っている。昨年はインターハイ・ウィンターカップともにBEST8、今年のインターハイはBEST16ではあるが、地区大会決勝でひとりで96点を取った1年生フォワード高梁王子(たかはし・きみこ)の存在が大きく、優勝候補として急浮上している』
 
「決勝で96点は凄いなあ。相手も強い所だろうに」
「その試合のチーム得点は158対62」
「トリプルスコアに近いですね」
「相手高校の監督さんが進退伺いを書いたという噂がある。慰留されたらしいけど」
「ひぇー」
 
「でもこの人の名前、振り仮名付いてるけど、苗字より下の名前を誤読してしまう」
「おうじと読んじゃうよね」
「ついでに性別を誤解するな」
 
「この人、地元の新聞のインタビュー記事がネットに載っていたの見たけど、両親は『子』が付いているから女の子の名前に見えるだろうと思ったらしい。『おうじ』と読めることには全然気づかなかったと」
「でも王子にふさわしい人だよ。182cm,85kgの体格だから。実際この体格でよく男と間違えられるらしい」
「ああ」
「温泉で、女湯に男が入って来たと思われて何度か通報されたと」
 
「あ、私も道後温泉で通報されました」
と絵津子が手を挙げて自己申告する。
 
「私も実は1度通報されたことある」
などとソフィアも言っている。
 
「紅鹿や耶麻都もそれ経験しているみたい」
「まあ耶麻都も体格いいからなあ」
 
「ここってインターハイの時はどこに負けたんでしたっけ?」
「静岡L学園だよ」
「なるほどー」
「試合のビデオ見たけど、177cmの舞田さんが高梁さんにピタリと付いて何も仕事をさせなかった」
「やはりこういう卓越した選手がいるチームとの戦い方はそれですよね」
「うん。でもこの子高校に入ってからバスケ始めたらしいんだよ」
「え〜?」
「だからU18,U16にも招集されなかった。多分今はインターハイの時より数倍手強くなっているよ」
「きゃー」
「それで県大会決勝で96点も取った訳か」
 
なお絵津子が朝練に出てきたのは結局この日だけであった。
 

12月15日、東京&&エージェンシー。
 
「売れてないなあ」
と渋い顔で斉藤社長は言った。
 
「売れてませんね」
と困った顔で白浜さんも言った。
 
ふたりが言っているのは今年10月4日にデビューしたXANFUSのことである。
 
デビュー曲『さよなら、あなた/アロン、リセエンヌ』は名のある作曲家に依頼し結構な宣伝をしたし、キャンペーンで全国回らせた(予算の都合でボーカルの2人だけで行かせた)ものの、手応えがひじょうに良くない。
 
「レコード会社の担当さんがなんか冷たいんだよ。あまりにも売れてないので、見捨てられてしまったみたい」
「向こうはどうも最終的にParking Serviceのミッキーが参加したのでそこそこ売れると思ったみたい。10万枚プレスしていたらしいんだよね。それを廃棄すべきかどうか問い合わせてきたんで、保証金払うから在庫しておいて欲しいと申しいれた」
 
「じゃ社長はこのプロジェクト続けられるんですね?」
「もちろん。ただ麻生杏華さんは自分の責任だと思うと言って辞意を表明している」
「杏華さんはうまく彼女たちの魅力を引き出したと思うんですけどね」
「うん。それでも売れるか売れないかでこの世界は評価されちゃうから」
「厳しいなあ」
「だから、杏華さんが辞めるなら、誰にプロデュースしてもらうべきかその人選からやり直す必要がある」
 
「誰かいい人いますかね・・・」
 

同日。卍卍プロダクション。
 
「売れてないなあ」
と渋い顔で三ノ輪社長は言った。
 
「売れてませんね」
と困った顔で遠藤製作部長も言った。
 
ふたりが言っているのは今年9月27日にデビューしたドッグス×キャッツのことである。
 
そもそもデビューから躓いた。9月10日にデビューする予定が直前になって提携していたティーンズ向け化粧品に日本では使用できない成分が含まれていたことが判明し回収騒ぎになった。コンビニなどに貼られていたポスターも全て撤去され、できあがって全国のCDショップに配送していたCDも回収するので多大な損害が出た。27日に歌詞の一部を修正・録り直したものを発売にこぎつけたものの、キャンペーンもできないし、PVさえも予算の都合で作れず、人知れず発売されたような形になった。
 
「デビューCDを発売したのがちょうどローズ+リリーと同じ日だったのも不運でした」
「向こうも女子高生2人組だからなあ」
「どうもリサーチしてみると、コンビニに貼られていたポスターを見たのでそれを買いに来て、間違ってローズ+リリーを買っていった人たちがかなりあるみたいですよ」
 
「しかしあんなペアがデビューするなんて全然情報が無かったのに」
「ええ。知っていれば日付をずらしていました」
 
「あちらはインディーズで人気だったので急遽メジャーでも出すことにしたらしいんだよね。それで日程決めるのに似たアーティストのデビューは無いか向こうのレコード会社でも事前に確認はしたらしいんだけど、ドッグス×キャッツは9月10日にデビュー済みだったものと思ってました。すみません、と言ってたらしい。こちらが日付を変更しているから文句もいえない」
 
「このあとどう展開しますかね」
 
「レコード会社からは大量にプレスした在庫をどうするか尋ねてきた」
「何枚プレスしたんです?」
「5万枚プレスしていたんだよ」
「きゃー」
「化粧品会社とのキャンペーンでプレスして結果的に廃棄になったものが10万枚。この廃棄に関しては不可抗力ということでレコード会社が費用をもってくれた。しかしあまり宣伝できない状態で発売するにしても、一度コンビニとかに大量にポスターが貼られていたから、まあ5万枚は売れるだろうと見てプレスしたらしいんだよね」
 
「でもその客がローズ+リリーに流れちゃったんですね?」
「そうなんだよ。向こうは全国キャンペーンやってるし、スポットも打ってるし、youtubeにもちょっと素人っぽいPVが流れてる」
「あれ凄く素人っぽいので、彼女たちが自分で作ったのではと噂になってそれで好感度があがっているらしいですよ」
 
「あんなもんでもよければうちでも作れば良かったなあ。でもだぶついているCDに関しては在庫しておくためには費用が掛かるから仕方ないので廃棄してもらうことにした。うちも廃棄費用の半額を負担する。大損害だよ」
 
「わあ・・・」
「当然次のCD製作の話とかも出しにくい」
「困りましたね」
 
「何か起死回生の手段は無いもんかなあ」
と三ノ輪はつぶやいた。
 

2008年12月19日(金)、朝のSHRが全体集会に切り替えられウィンターカップに出場する女子バスケット部の壮行会が行われた。15名の選手、マネージャーの薫、宇田監督、南野コーチの18名が壇上にあがり、校長・生徒会長からの激励の言葉、チアリーダーの激励のエールを受け、部長の揚羽が決意のことばを述べた。
 
授業が終わった後、17時まで練習をした上で旭川空港に移動する。例によって女子バスケット部員は基本的には全員連れていくことになっている。但し既に引退している3年生、また1−2年生で今年度いっぱいまでの引退を表明している部員はお留守番になる。
 
遠征組は3年4人・2年13人・1年16人の部員33名。それに宇田監督、南野コーチ・白石コーチ、引率責任者として教頭先生、医療スタッフとして保健室の山本先生が同行してくれる。総勢38名である。
 
なお遠征に参加しない1−2年生女子部員(5人)は男子と一緒に北田コーチの指導のもと練習をしている。1年生の2人は年末いっぱいでバスケ部を辞めるのでウィンターカップ遠征組が帰って来た所で最後の練習をすることになるだろう。
 
ちなみに遠征メンバーの2年生13人にはしっかり昭子も入っている。昭子が冬季の男子の練習に参加せずに女子の遠征に参加することを数日前に昼休みの職員室で宇田先生から聞いて、水巻君と大岸君が渋い顔をしていた。
 
「湧見、性転換して女になったりしないですよね?」
などと水巻君が独り言のように言うと
 
「え?私は元から女ですけど」
とちょうど近くに居た、絵津子が言う。
 
「ああ、君はホントの女だから仕方ない」
と水巻君。
「もし湧見昭一が女になってしまったら、湧見絵津子が男になって男子チームに参加したりしない?」
と大岸君。
「あ。俺はそれでもいい」
と水巻君。
 
「私個人的には男になってもいいですけどねー。昭ちゃんから男子制服を巻き上げちゃったし、ちんちんも巻き上げてお股にくっつけちゃうのも悪くない気はするけど、私が男になっちゃったら教頭先生が始末書書かないといけないらしいからやめときます」
 
などと絵津子が言うので、少し離れた席にいる教頭先生が笑っていた。絵津子と晴鹿の1ヶ月間の交換留学では、学校側も事前交渉なども含めて結構な費用を注ぎ込んだはずである。
 

遠征メンバーはこの日、旭川空港に行くと南野コーチが全員に忘れ物が無いか、特にユニフォーム濃淡2種・バッシュ、バスケ協会の登録証、生徒手帳などについて全員出させて確認していた。インターハイの時は暢子がバッシュを忘れていて家の人に持って来てもらう騒ぎなどもあった。着替えなどは最悪現地で買うことが出来るが、ユニフォームやバスケ協会の登録証を忘れると下手すると試合に出られない事態もあり得る。
 
今回は誰も大きな忘れものは無かった。
 
チェックインした後、荷物を預けてから空港内の飲食店で夕食を取る。もうここからは遠征の一部で団体行動である。千里は暢子・薫・留実子・揚羽・雪子・リリカと一緒にテーブルを囲んだのだが、揚羽が今日発売の週刊誌を持っていた。
 
「何それ?」
「昼休みにクラスメイトがイオンまで行って買って来たんですよ。コンビニとかではどこも売り切れになってるらしいです。どうもあまり多くの人の目に触れないように組織的に買い占めされているみたい」
 
「ローズ+リリー・仰天の正体って?正体って何さ?」
と暢子。
「何だと思います?」
 
「実は宇宙人だったとか?」
「だったらそれも凄いです!」
「韓国人や中国人、あるいはハワイ出身のアメリカ人だったとしても、そういう歌手多いから驚かないけど、フランス人やロシア人だったら少しは驚くかな」
「でも国籍では仰天しないなあ」
「黒人だったら驚くかも」
「でも白い肌の黒人もいるし」
「アメリカの推理ドラマでたまにそういうの出てくるよね」
「実は80歳のペアだったとか」
「それは完璧に驚く!」
 
「実はこれなんですよ」
と揚羽がそのページを開いて見せる。
 
「あ、本名が載ってる」
「確かにふたりのプロフィールは今まで公開されていなかった」
「写真とかも出回ってなかったもんね」
 
などと言っていたのだが、「え!?」と声を出したのは暢子だった。
 
「ケイちゃんって男の子だったの!?」
と暢子がほんとに仰天したような声を上げた。
 
ところが反応が悪い。
 
実際この時、驚いたような表情を見せたのはこのテーブルでは暢子だけだったのである。
 
「ちょっと待て。なんでみんな驚かないの?」
と暢子。
 
「うちのクラスでは昼休みから大騒動でした」
とリリカ。
「右に同じ」
と雪子。
 
「私は多分そうだと思ってた」
と薫が言う。
「女の子歌手には興味無い」
と留実子。留実子はFTM(ぎみのFTX)ではあるものの、恋愛対象は男性である。本人は「僕はオナベのホモ」などと言っている。
 
「私は知ってた」
と千里。
 
「そうか。千里、芸能界に色々関わっているみたいだから、内輪では知られていたの?」
「うーん。本人は隠してなかったと思う。でも知らない人も多かったと思うよ。あの子、完璧に女の子で、全然男には見えないから」
 
「ああ、それは千里も同じだな」
「雨宮先生の関係者っぽいんだよね。詳しい関係は聞いてないけど」
「千里同様、雨宮先生の男の娘コレクションのひとりか」
「私ってコレクションなの??」
 

夕食後、搭乗を待つ間出発ロビーでくつろいでいたのだが、テレビで今日行われたローズ+リリーのケイの記者会見が録画で流れていた。
 
「ケイちゃん、堂々としてるなあ。同じ女子高生とは思えん」
「いや、だから実際には男子高校生だったと」
「というか年齢も詐称してないよね?」
「17歳の女子高生かと思ったら27歳の男性だったとか?」
「27歳の男性が17歳の女子高生の振りできるんだったら、私、あらためてファンになってもいい」
 
「でも凄い可愛い格好して記者会見に出てきてるね」
「この格好見て、男と思えというほうが無理だよ」
 
ケイが「レーナ・ニーセー・コシヨジ」という呪文で放課後になったら男子高校生から女子高生アイドルに変身します、と発言した時は、本人がネタバレする前に何人かの子が「あ、この呪文、逆読みだ」と指摘した。漫画などではよくあるパターンである。
 
ケイが水着姿について訊かれて「中の人は男の子だから女子水着を着るのは無理ですけど、『ケイ』は女の子だからふつうに女子水着を着れる身体ですよ」と発言したことについては、昭ちゃんの「処置」をみんな知っているので
 
「あ、タックしてたのか」
とみんな言っていた。
 
この発言が流れた後、テレビは都内の有名美容外科医にインタビューしていた。
 
「男の子の身体なのに、女の子の身体も装えるとか可能なのでしょうか?」
と女性リポーターが質問すると
「着衣であれば、バストパッドを入れたり、ガードルで男性器を目立たなくしたりして何とかごまかせないことはありません」
と美容外科医は答える。
 
「でもガードルで押さえたくらいで、勃起した時にもごまかせますか?」
「普通は無理ですね。ひょっとしたら睾丸を既に取っているのかも知れません。そしたら勃起しないので、ガードルで押さえておけば何とかなります」
 
「なるほどー。とするとケイちゃんは既に睾丸を取ってる可能性があると?」
「いえ、それはあくまで可能性のひとつで」
と医師は言うが、どうもテレビ局はそちらに誘導したいようだ。
 
「こちらがケイちゃんの水着写真なのですが、これパッドとかガードルを使ってごまかせる範囲なのでしょうか?」
と言って、どこかのプールで水着で歌っているケイの写真が出てくる。
 
この写真については、ロビーでテレビを見ていたみんなが
「すげー!」
「スタイルいい!」
「ってか、これかなり胸あるじゃん」
と言う。
 
「これバストパッドでごまかしてるものとは思えん」
という意見だったが、美容外科医も同じことを言う。
 
「これは最低でもBカップ程度のバストはありますよ。水着で目立たないように下から押し上げるバナナ型のパッドなどもありますが、それにしても元々の胸がある程度なければ不可能です。この子、間違い無く豊胸手術済みかあるいは女性ホルモンを最低でも3〜4年は摂取してますね」
 
「なるほどー。だとするとケイちゃんはおっぱいは大きくしているんですね?」
「それは間違い無いと思います」
と美容外科医は断定する。
 
しかしテレビを見ていた薫が指摘する。
「あれ、実はブレストフォーム付けてるんじゃない?」
千里も同意する。
「うん。その可能性もあると思う。このくらいの距離からの写真だと、上手に肌の色に近いものを使うと目立たないんだよね。境目は耐水ファンデーションをグラデーションで塗ればごまかせる」
 
「まあでも本当に大きくしている可能性はあるけどね」
「そのあたりは分からないよね」
 
リポーターのインタビューは続く。
「お股の所もスッキリしているのですが、どう思われますか?」
「そうですね。ペニスが付いている人が女子用水着を着る場合、多くはパレオとかで隠してお股の付近のラインが目立たないようにするんです。でもこの子はそういうものが全く見えません。これはペニスが存在しているとは思えませんね」
「だとすると、実はペニスも既に除去済みであると?」
「その可能性もあります」
「でもその場合、男子高校生として生活することはできませんよね。ペニスを除去していたら、立っておしっこできないでしょ?」
 
「そうですね。あるいはペニスを体内に埋め込む手術とかをしている可能性もあります」
「埋め込むんですか?」
「ペニスというのは身体の外に出ている部分だけではないのですよ。恥骨結合の所から始まって、普通の男性ですと体内に埋まっている部分が4-5cmあって、外に出ている部分が7-8cmあります。それでしばしばペニスを長くして欲しいという患者さんがいて、この埋もれている部分を外に出す手術をすることがあるんですよ」
 
「するとおちんちんが4-5cm長くなるんですか?」
「全部出すのは無理ですがだいたい2-3cmは長くすることができます」
「するとその逆をやると短くできるんですか?」
「そうです。そのほとんどを体内に埋め込んでしまって外に出ている部分を3-4cmにしてしまえば、女性用のショーツとか水着を着ても外には響かない程度になりますし、ギリギリ立っての排尿も可能だと思います」
「それ勃起したらどのくらいになるんですか?」
「体内4cm+体外8cmだったペニスを5cm分体内に埋め込んで体外3cmにした場合、計算上は勃起した場合は10cmくらいになると思います」
「じゃセックスも可能ですね?」
「勃起した状態で体外に出ている部分が6cmあれば性交は可能です」
「勃起して6cmって、勃起していない場合は何cmですか?」
 
テレビで見ているこちらでは
「テレビ局もなんでこういうインタビューを女にやらせる?」
という声が出ている。
「いやだから女にやらせてるんでしょ」
「可哀想」
「あのレポーター、女を忘れて頑張ってるね」
 
「勃起して6cmの場合、ふつうは勃起していない時は3cmですけど、埋め込み部分を長くしている場合は1-2cmというのもあり得ると思います」
「それでは立っておしっこできませんよね?」
「できません。女性と同じように座ってする必要があります」
 
「その場合は女湯に入れるのでしょうか?」
「睾丸が付いていれば無理です」
「あ、そうか。睾丸も取っていたら?」
「それなら、男湯に入ろうとしたら追い出されると思います」
 
「じゃ女の子水着を着たい男性は、そういう手術でペニスを小さくするといいんでしょうか?」
「どうでしょう? そんな手術をするくらいならもうペニスを切断してしまいたいという人も多いですけどね。ただもうひとつの」
 
というところでインタビューは切れてしまった。
 
「この先生、今タックのこと言おうとしたよね?」
と薫が言う。
「うん。だと思う」
と千里も言う。
 
どうもこのテレビ局は美容外科医とのインタビューで、ケイは既に睾丸もペニスも取ってしまっているのでは?という方向に誘導している感じであった。
 

美容外科医とのインタビューが終わった後、テレビはケイの記者会見の録画の続きをやっていたが、飛行機の搭乗案内が始まったので、みんな荷物を持って19:50発のエアドゥ機に乗り込んだ。みんなが立った後を南野コーチが座席の下などまで覗き込んで忘れ物がないか確認していた。
 
機内では寝ている子が多かったようである。飛行機は予定より少し遅れて21:45に羽田に到着。電車で移動して夜0時前にまたまたお世話になることになったV高校の宿泊施設に入った。
 
昨冬のオールジャパンに伴う東京合宿、今夏のインターハイに続いて3連続で施設を借りることになったが、来年の夏のインターハイは大阪なので取り敢えず来夏にここに来ることはないだろう。
 
「だけど高校の全国大会は3度目だけど毎回キャプテンが違いますね」
と雪子が言う。
 
「ああ、確かに」
「昨年のインターハイは久井奈主将、今年のインターハイは暢子主将、今回のウィンターカップは揚羽主将」
 
「来年のインターハイは揚羽ちゃんが主将で初めて2回連続になるね」
と南野コーチが言う。
 
「もちろん出られたらの話ですよね」
「君たち当然出るよね?」
「出ます!」
 
「来年のウィンターカップの時は主将は誰だろう?」
などと絵津子が言うが
 
「まあ、既に決まっている気がするね」
と不二子。
「うん。決まっているよね」
とソフィア。
 
「え?誰?」
と絵津子が本当に分からないようで尋ねているので、不二子とソフィアが手で口を押さえて笑っていた。
 

翌日20日(土)。
 
朝6時に起床してまずは全員6km(片道3km)のジョギングに行く。朝が弱いのが唯一の欠点ともいうべき絵津子は、なかなか起きられなくて不二子から水を掛けられてやっと目を覚ました。
 
「布団がびしゃびしゃ」
「干しとけばいいよ」
「おねしょしたみたい」
「さすがにこの年でおねしょはしないだろうし」
 
「おねしょするとちんちん切っちゃうぞとか小さい頃言われてなかった?」
と絵津子が言うが
 
「いや、そもそもちんちん無いから」
と不二子。
 
「うちの弟、しょっちゅう言われていた。それでお姉ちゃん見てごらん。おねしょしてたから、ちんちん切られちゃったんだよとか言うからさ、あ、それで私にはちんちん無いのかと思ってたよ」
 
「よくない教育の仕方だ」
「女は悪いことした罰としてペニスを喪失したという概念をすり込まれた男は男女差別的になりやすい」
「うちの弟は私に服従してるけど」
「そりゃえっちゃんには勝てないよ」
 
「うちのお母さんが言ってたのではね、神様は最初女を作ったけど、その時は女にはちんちんがあったんだって。でもひとりで寂しそうにしてたから、女のお股からちんちんを切り取って、そのちんちんを元に男を作ったんだって。だから女にはちんちんが無くなったんだと言ってた」
 
「なんかどこかのエロ小説家かエロ漫画家が書きそうなネタだ」
「いや、その神話は物凄く意味深な気がする」
「そして男は自分が元あった場所に戻りたがるのね」
「きゃー!!」
 
「でもちんちんさえあれば身体の他の部分は無くなっても構わんみたいに思ってる男っているよ」
「うん。だからそのちんちんを取ってしまいたがるオカマちゃんを理解できない。すごくオカマちゃんを嫌う人っているよね」
 
「やはりそれって心理学的には去勢不安を刺激されるからだと思う」
「小さい頃、悪いことしたらちんちん切るぞと警告されたのを思い出すからだよね」
「結局その話に戻って来るのか」
 

ジョギングから戻ってからシャワーで汗を流した上で朝食である。今回食事を作ったり買い出しなどをしてくれているのは、例によって東京近辺に住んでいるN高校バスケ部のOGたちであるが、千里はその日その中に自分たちより1年先輩の靖子さんがいるのを見て尋ねた
 
「ご無沙汰しておりました。靖子先輩、今どこにおられるんでしたっけ?」
 
「舞通だよ」
と靖子さん。
 
「レッドインパルスの会社だ!」
と暢子。
 
「私、そのレッドインパルスの事務をしているんだ」
「すごーい!」
 
レッドインパルスは日本の女子プロリーグ「Wリーグ」で最近実力が急上昇してきたチームである。以前は一部と二部を行ったりきたりしていたのだが、常勝チームのビューティーマジックにいた田原コーチが4年前に移籍してきたのを契機に上位で定着するようになり、2006年から2008年までオールジャパン三連覇を達成している。
 
「この春に、ふつうに舞通の社員として入ったんだよ。でもちょうどレッドインパルスの部門にこの夏、欠員が数人出来てさ。それで私がよくレッドインパルスの練習を見に行っていてコーチにも顔を覚えてもらっていたもんだから、転属させてもらったんだ。練習に付き合ってボール拾いすることもあるよ」
 
「それ美味しい気がします」
「ボール拾いの分は給料出ないけどね。仕事も超絶たいへんだけど、すごくやり甲斐があるよ。私、県公認審判とD級コーチライセンスも取ったんだよ」
「頑張ってますね!」
 
永子たち「躍進5人組」が靖子さんにわざわざ挨拶しに行っていた。彼女たちは靖子と、もうひとり旭川のA短大に進学した美々さんの2人にバスケットの基礎から教え込まれたのである。
 

午前中は全員一緒に基礎練習をした上で、お昼過ぎからはポイントガード組・フォワード組・シューター組に分かれて練習をする。そして15時になった時、宇田先生は「1時間休憩」と宣言した。
 
ジュースとハンバーガーが配られる。1人1個だったのだが「お代わり無いですか?」などと言い出す子もいる。それを見越していたのか若干のお代わり用が用意されていたようで、絵津子などハンバーガーを3個も食べていた。
 
少しみんな落ち着いてきたところで宇田先生が言う。
「じゃ休憩が終わったらウィンターカップの選手最終選考ね」
 
「え〜〜!?」
という声もあがるが
 
「いや、20日に練習試合をして、最終選考をするというのは最初から言われていた」
と志緒が言う。
 
「あまりたくさん出しても試合にならないので、こちらで20人に絞らせてもらった。その中から15人を選考する。公平になるように5人ずつ1クォーターだけ出場する」
 
と宇田先生は説明し、各クォーターで出て行くメンバーを次のように発表した。
 
1. 不二子/ソフィア/絵津子/揚羽/リリカ
2. 愛美/智加/久美子/紅鹿/耶麻都
3. 永子/結里/志緒/来未/蘭
4. 雪子/千里/海音/暢子/留実子
 
「取り敢えず、新レギュラー組、フレッシュ1年組、中堅2年組、最後は真打ちで旧レギュラー組ということで」
 
と南野コーチが補足する。
 
本当にそういうことであれば海音は第2ピリオドのメンツに組み込まれるはずだが、第4ピリオドに本来組み込まれるべき絵津子を、不二子・ソフィアと一緒に出した方がいいだろうということで、代わりに組み込まれたのだろう。
 
「あと《くみちゃん》がダブらないように、《杉山さん》がダブらないように分けた」
などと南野コーチは言っている。来未も久美子も「くみちゃん」だし海音も蘭も杉山である。
 
「では対戦相手を紹介します」
 
と宇田先生が言うと、靖子さんが体育館のドアを開ける。それで入って来たメンツを見てみんなが「うっそー!?」と声を挙げた。
 
レッドインパルスのユニフォームを着た選手たちであった。
 

 
「インターハイ2年連続BEST4のチームと聞いたから、少しはうちの選手たちを遊ばせてくれるかな?」
 
と向こうのキャプテン・簑島さんは言った。日本代表(A代表)にも何度も選ばれている人である。他に10番の背番号を付けている広川さんも昨年のアジア選手権では日本代表になった。
 
見ると人数が20人ちょっと居る。Wリーグのチームの登録人数は16人までなので、二軍の選手も若干連れてきたなと千里は思った。もっとも二軍の選手でも多分大学生よりずっと強い。
 
白石コーチが主審、靖子さんが副審をすることにして試合が始まった。ティップオフは向こうのセンターと揚羽で争うが、向こうがプロの貫禄でボールを確保して攻め上がってくる。
 
しかし千里はこんなとんでもない人たち相手に第1ピリオドに出て行くメンツは最適だと思った。1年生の伸び盛りの3人が中核で、2年生の2人がそれをバックアップする。1年生の《新鋭三人組》は怖い物知らずなので、相手がトッププロと言っても、全く萎縮せずに戦っている。
 
向こうは様子見で若いメンバー中心で来たものの、彼女たちの顔が最初笑顔であったのが次第に厳しい顔に変化して行くのを感じていた。
 
絵津子がどんどん相手選手を抜いてはゴール下まで進入して得点する。相手がブロックしようとしても空中でうまい変化を見せてブロックをかいくぐる。
 
絵津子がハードタイプだとすれば不二子はむしろソフトタイプである。司令塔としてボールをうまく警戒の弱い所に供給するかと思えば自らもドリブルで切り込んでいきシュートする。そしてシュートするかと見せて絵津子や揚羽にボールを出したりするので、相手選手は不二子のそばに寄りすぎると他の選手にフリーで撃たれてしまう。
 
そして彼女たちに警戒しすぎるとソフィアが遠距離砲で放り込む。ソフィア自身、スリーも撃てば中に飛び込んでいく展開もあるので、相手選手は先が読めないようで完璧に翻弄されてしまう。
 
第1ピリオド終わってみると、16対19と、なんとN高校がリードしていた。
 

第2ピリオドはこちらも実質ボーダー組だし、向こうも先ほどより強い人たちが出てきたこともあり、試合はワンサイド気味になる。それでも紅鹿と耶麻都が競い合うようにリバウンドを取るし、智加は3本もスリーを決めることができたし、久美子は1度相手選手を2人も抜いてゴールを決めることができた。愛美も司令塔として頑張っていた。もっとも向こうはとても強いので点数としては30対18とダブルスコアに近い結果になった。
 
第3ピリオドでは、向こうは第1ピリオドとほぼ同じメンツで来た。どうも名誉挽回してこいということのようだ。しかし彼女らは最初永子のオーソドックスなゲームメイクに戸惑ったようであった。変幻自在な不二子、天性の勘でプレイする愛美とは全く違うタイプの基本に忠実なポイントガードなので、本当は最も対抗しやすいはずなのに「ここは当然変化してくるだろう」と思うところで変化せずに普通の動きをするので、相手は考えすぎで自滅してしまうのである。そして逆転出場を狙う結里・来未が必死にゴールを狙う。それで一時は8対14とこちらが大きくリードする展開もあったが、向こうもまた高校生に負けては自分たち自身の首がマジでやばいというので本気で反撃してくる。それで後半猛攻をして最終的には24対18で決着した。
 
ここまでの合計は70対55である。
 

第4ピリオド、最初出てこようとしていたメンツを主将の簑島さんが呼び止めた。そして広川さんに「あんた行ってきて」と言ったようである。正ポイントガードの由良さんまで出てくるようである。もっとも主将の簑島さんや183cmの副主将・黒江さんなどはこの試合はベンチから様子眺めと決めているようで、結局最後までオンコートしないつもりのようだ。彼女らが出なければならないはめにならないよう広川さんにはピシッと決めてこいということなのであろう。
 
しかしキャプテンたちは入っていないものの、恐らくチームで次世代のトップを狙う選手たちだ。その人たちが最初から全開で来る。雪子も千里も相手から何度もボールをスティールされた。最初16対2などという物凄い点差になるのだが、ここからN高校は声を掛け合って体勢を立て直す。
 
こちらの攻撃の時は暢子と千里がうまくコンビネーションで動いてディフェンスの穴を強引に作り出して中に進入する。リバウンドに関しては留実子はプロ相手に一歩も引かない。リングで跳ね上がったボールを上空でつかんでそのまま放り込んだりする。向こうのセンター稲原さんは180cm, 留実子も公称180cmだが本当は184cmあり、ジャンプ力も凄まじいので留実子は完全にゴールそばの空中を支配した。
 
また守備の時、相手は海音の所が明らかに穴であることをすぐ見抜く。そこでそこから攻めてこようとするのだが、N高校は逆に海音を罠に使った。そこから攻めて来ると、千里や雪子がきれいにスティールを決めたり、留実子が行く手を阻んだりする。
 
そして千里はスリーを積極的に撃つ。
 
それで残り1分を切った時、24対16と8点差まで追い上げていた。由良さんがドリブルで攻めあがってくる。向こうはかなりマジである。雪子が突進してマッチアップ、と思わせて実は千里も同時に死角から迫っていた。千里の美事なスティールが決まる。
 
うっそー!という顔を由良さんがしていた。
 
千里はそのまま自らドリブルして向こうのスリーポイント・ラインの所まで行く。美しいフォームでシュート動作に入る。相手シューターの加茂さんが戻って来る。
 
しかし彼女は千里を邪魔しなかった。
 
千里のスリーがきれいに決まる。24対19.
 
千里のそばまで戻って来て手を出さなかった加茂さんがニヤニヤしながら千里を見る。千里はペコリとお辞儀をした。バスケットカウント・ワンスローを狙ったプレイだが、さすがにプロはこういうのには引っかからない。
 
相手が速攻で攻めて来る。きれいに2点取る。26対19.
 
N高校側の攻撃だが、相手は強烈なプレスに来る。N高校はフロントコートにボールを進めることができず8秒ヴァイオレーション。
 
残り30秒でレッドインパルスのボールになってしまう。ややゆっくりとした攻めから広川さんが華麗にゴールを奪う。28対19.
 
残り9秒でN高校側の攻撃。千里から暢子へのロングスローイン。暢子がそのまま進入してシュートを放つも稲原さんにブロックされる。しかしこぼれ球を海音が飛び付くようにして確保。体勢を崩しながら留実子にトス。シュートするが入らない。落ちてきたボールを加茂さんがいったん確保するも、パスしようとした所を雪子がスティール。やっとこちらのコートまで走ってきたばかりの千里にパスする。
 
千里はスリーポイントラインの所からシュートしようとする。近くに居た広川さんがブロックしようとするも、タイミングを外して撃つ。
 
直後にブザーが鳴った。
 
千里のシュートは入って28対22でこのピリオドは決着した。
 

「98対77でレッドインパルスの勝ち」
「ありがとうございました」
 
「あんたら強ぇ〜」
と言って広川さんが最後に出ていた5人全員と笑顔で握手した。
 
「8割くらいマジになったね」
などと加茂さんも言っている。
 
まあさすがに本当の本気ではなかったのだろう。第四ピリオド最初の3分間を除いては。
 
「村山さん、あんた凄いね。3年生?」
「はい」
「大学進学?」
「一応」
「4年後に欲しい」
と広川さんは言うが
 
「むしろ来シーズンからうちに欲しいと思わない?」
と由良さんが言う。
 
「どこの大学行くの?」
「えっと千葉のC大学を受けようかと」
「バスケ部あったっけ?」
「関女の3部にいるみたいです。でも私、高校でバスケットは辞めるつもりなので」
 
「嘘!?」
「いや、それはさすがに世間が許さん」
 
「私たちは村山がバスケットを辞める訳ないと言っているんですけどね」
と暢子が言うと
 
「うん、同意同意」
と広川さんも笑って言っていた。
 

レッドインパルスのメンバーが康江さんと一緒に帰って行くが、教頭先生がそれに付いていった。おそらく食事か何かに連れていくのかなと千里は思った。
 
練習試合が終わった後は、少し自主的に練習しているように言われて、宇田先生・南野コーチ・白石コーチの3人は別室に消えた。各選手の評価を再確認しているのだろう。
 
3人は15分ほどで出てきた。3人とも厳しい表情である。激論したのではないかという雰囲気があった。
 
「ウィンターカップの選手登録ですが、先日提出したメンバー表の通りとします。入れ替えはありません」
と宇田先生が言う。
 
部員たちの間からため息が漏れた。
 
「ボーダラインの子たちはみんな頑張っていた。でも入れ替えなければならないほどの差異は認められないという結論に達しました」
と先生は補足した。
 
恐らく単純にこの試合で見た評点だけでは逆転する者もあったのだろうが大きな差ではないとして入れ替えまでするほどではないということになったのだろう。コーチ陣としても本当に悩ましい所だ。
 

夕食後千里は貴司と電話するのに宿舎の外に出ていたのだが、通話を終えて戻ろうとしていたら、ばったりと薫に出会う。
 
薫は誰か同年代くらいの女の子と会っていたようである。
「じゃ、また」
「うん、また」
と言って別れて彼女は帰っていった。
 
「ごめん、デートの邪魔した?」
「さすがに私は女の子には興味無いよ。ただの友だちだよ」
「あ、やはりそうだよね?」
 
薫はちょっと悪戯っぽい目をすると言った。
「もっとも今の子は男の娘なんだけどね」
「嘘!?」
「可愛かったでしょ?」
「うん。女の子だとばかり思った」
「でもあの子、いまだにカムアウトできずにいるんだよ。高校に男子制服を着て通っているし、実は昼間は女装で出歩く勇気が無いと言ってる。だから夜間外出しかしたことがないらしい」
 
「夜間外出は危険だよ」
「うん。私もそう言うんだけどねー」
 

「今日の試合でさ、やはりコーチたちが揉めたのは結里と智加だよね?」
と薫は言った。
 
「そうなの?」
と千里は訊き直す。
 
「今日の練習試合で智加はスリーを3本放り込んだ。10分間に3本入れるというのは物凄い成績だよ」
「そうだっけ?」
「千里のスリーは非常識すぎるから比較の対象にならないけど世間的にはこれはとっても良い成績。しかもプロ相手に」
「ふーん」
「結里も2本入れた。たぶんコーチたちはこのどちらかを枠に入れるべきではないかというので揉めたんだと思う」
「・・・」
 
「結里は道大会には出ていたけど、実際問題として上位の試合ではほとんど押さえられてしまってあまり得点できなかった。スリーを撃ってもかなり外した。本人自身もこれまであまり練習には熱心じゃなかった。ところがこの1ヶ月で随分変わった。それが智加の成長のせいだと思うんだよ」
 
「確かに智加は成長した」
 
「今まで千里という天才シューターの傍にいても、千里が偉大すぎるから目標とかにはできなかったんだよ。ソフィアはこの春から活躍してたけど純粋なシューターじゃない。いわゆるスラッシャーに近い。ところが夏過ぎから智加が成長して来て、今回晴鹿がきたことで開催したシューター教室でも智加は物凄く伸びた。それで結里も刺激されて負けるものかと頑張ったんだと思う」
 
「それはあるかもね〜」
「正直、結里は来年になったらレギュラー枠に自然に入れると思い込んでいたんだよ。そういう意味でも今回落とされたので目覚めたと思う」
 
「うん。人は挫折することで強くなるんだよ」
「まあ来年のインターハイ、正シューティングガードは当然ソフィアとして、2人目の座を巡る結里と智加の争いは激しいものになるだろうね」
 
「私はそういうのよく分からないや」
「千里は無欲すぎるのが欠点なんだよ」
「そうかもね」
 
 
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【女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜】(1)