【女の子たちのアジア選手権】(下)

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メダン市内のヘリポートを離陸し、ヘリコプターは南方に進路を取る。前の方に円錐形の山が見える。
 
「あれはシナブン(Sinabung)山」
「スマトラ富士とか名前を付けたい感じだ」
「うん。実際にこの山をスマトラ富士と呼んだ人もいる」
「おお!」
「もうひとつ、南スマトラのデンポ(Dempo)山をスマトラ富士と呼ぶ人もあるらしい。僕はこちらのほうが似てると思うんだけどね」
「へー」
 
「この山はこれから行くトバ(Toba)湖の所にあった火山のたぶん外輪山のひとつ」
「大きな山があったんですか?」
「現在のトバ湖が100km x 30kmの大きさだから。それだけのカルデラを作るだけの火山だったということだよね」
「琵琶湖より大きいですか?」
「面積で琵琶湖の2倍くらいかな。琵琶湖がだいたい64km x 22km」
「なんか凄い!」
 
「この火山が7万年前に大爆発を起こして、大量の火山灰を成層圏に吹き上げ、それから何年もの間、地球ではひたすら冬が続いた」
 
「インドネシアではクラカタウ(Krakatau)火山の噴火の時も、そのあと深刻な冷害になりましたよね?」
「うん。1883年かな。でもトバ湖を作った火山の噴火はクラカタウ噴火の更に5倍以上と言われる。広島型原爆7万発分。そしてこのトバ噴火の影響で地球は1000年もの間、氷河期に突入するんだよ」
 
「ひゃー!」
「そして、この気候変動のために、地球の人類はそれまで100万人くらい居たのが1万人以下に激減する」
 
「ひー!!!」
「生存率1%ですか!?」
「原爆7万発というのも凄すぎてよく分からない」
 
「でも火山噴火はエネルギーだけでは語れない。火山灰が空を覆い、太陽の光が地上まで届かないから植物が育たない。それを食べている小動物がエサが無くて死に絶える。そういう状態が10年ほど続く。深刻な食糧不足で人間だけでなく多くの動物が絶滅したと思う」
 
「人間もそれ事実上一度絶滅したようなものですね」
「だと思う」
 
そんなことを言っている内にそのトバ湖が見えてくる。
 
「大きな島がある」
「サモシール(Samosir)島。火山ドームだよね」
「つまりあのあたりから噴火した訳ですか」
 
「しかしその大災厄を生き延びた人たちも居たんですよね」
「人類は消滅寸前の状態からまた復活したんだよ」
 
「どうやって生き延びたんだろうね」
「想像を絶するサバイバルだったと思う」
「食べられるものは何でも食べたんだろうなあ」
 
千里はその火山ドームを見ながら「同調しない」ように気をつけた。これを「見て」しまったら自分はたぶんその悲惨さの衝撃に耐えられない。しかし生命の強さというものも千里は感じていた。
 
「なまこを食べるようになったのはその時からかも」
「あ、そうかも!!」
「軟体動物とか棘皮動物とかは、わりとその手の変化にも強いかもね」
「プランクトンがいれば何とかなるでしょうね」
 
「人間が服を着るようになったのはこの時からだと言う」
 
「そうか。寒さから身を守るのに服を着ることを覚えたのか」
「寒さをしのげるだけでもかなり違うよね」
「そうそう」
 
「当時は男女の服って違いがあったんだろうか?」
「特に無いんじゃないの?」
「最初は倒した獣の皮とかをかぶってたんじゃないの?」
「そういう地区と、木の皮とかを使った地区とがあると思う」
「ああ、そうかも」
 
「でも最初はワンピース型やスカート型だろうね」
「男でもスカートか」
「ズボンというのは乗馬のために発達した服というから」
「まあスカートで乗馬はしにくいよね」
 
「きっとスカートの裾からちんちん出して大きくして見せびらかしていたのでは?」
「なんか、やだー」
「夕方女子高生の前に現れるコートマンって、その頃の時代に昔返りしたんだよ」
「7万年前から進歩してない訳か」
 
「でも多分大きなおちんちんは力のシンボルだから、女の子たちは男の子たちのちんちんを見比べて、誰々のは大きくて格好良いねとか品評してたかも」
 
「ありそうで怖い」
 
女子たちの暴走会話に高田コーチはもう聞こえないふりをしている。
 
「でも服を着るようになる前なんて、男も女もお股出して歩いていた訳ですよね?」
「別にそれが普通なら恥ずかしくもなかったのでは?」
「性欲抑えられないよね?」
「抑えるつもりも無かったと思う」
「人間って発情期が無いから、毎日やりまくりだったのでは?」
「まあ生理なんて経験してなかったろうね、当時の女性って」
「ひたすら妊娠し続けるわけか」
「そしてひたすら出産するわけか」
「女性は寿命も短かったと思うよ。たぶん」
「だよねー」
「きっと30歳までも生きられなかったと思う」
「いや、それは多分男も同様だよ」
「かも知れないね」
 

ヘリコプターが湖岸の少し高くなった台地に着陸した。トバ湖を一望できる場所だが、湖と反対側に滝が見える。
 
「シピソピソの滝 (Air terjun si piso piso)というらしい」
「かなり大きな滝ですね」
「落差120mだって」
「華厳滝と同じくらい?」
「あれより少し大きいかな」
 
「この滝が落ちている崖は7万年前の火山爆発の時にできたものと言われているんだよ」
「ということはこの滝は7万年前からあるんですか?」
「それまではごくふつうの川だったんだろうね」
「華厳滝はいつできたんだろう?」
「男体山(なんたいさん)の噴火は1万4000年前と言われているからその時かもね」
 
「あそこ男体山と女体山があるんだっけ?」
「うん。女体山とも言うけど、近年は女峰山という呼び方で定着している」
「女のほうが峰なのか」
「高さはほぼ同じなんだけどね」
「へー!」
「女峰イチゴの語源」
「おお!」
 
「筑波にも男体山・女体山ってありますよね?」
「うん。あちらも男体山と女体山は高さがほぼ同じ」
「男女同権なんだな」
 
「世の中には女は男より弱いと考える風潮があるけど、それって間違ってると僕は思うよ。日本の男子バスケって全く世界に通用しないけど女子は昔から結構世界で活躍している。1975年の世界選手権では女子代表が準優勝したし。君たちのチームもこのアジア選手権を制して、更に来年の世界選手権も優勝しようよ。そしてロンドンオリンピックにも行こう。君たちは強い」
 
と高田コーチは熱く語る。
 
「来年のU19代表って、このチームがそのままなんですか?」
と早苗が尋ねる。
「基本的にはそう。今の12人が第1優先。出られる人は基本的にそのまま出てもらう」
と高田さん。
 
今居る4人はその言葉に同様に唇を噛みしめていた。実際問題としてメンバーの中には来年のU19代表には今回怪我で離脱した竹宮星乃、インターハイ準優勝・静岡L学園の赤山ツバサ、今回は落選したJ学園の大秋メイや1つ下の学年の篠原美津江、そして千里のチームメイトでもある森田雪子あたりが入るのではといった空気があった。篠原・森田あたりは成長途中なので、来年の夏頃には今回のチームの選手レベルを凌駕する可能性がある。今回落選した富田路子もポテンシャルが高い。
 
「筑波ねの峰より落つる男女川(みなのがわ)、 恋ぞつもりて淵となりぬる」
と玲央美が言う。
 
「そうそう。陽成天皇の歌」
「小さな恋もやがて積み重ねで大きな思いになる」
「小さな練習も積み重ねていくと、大きな結果になる」
 
「そうだね。頑張ろうか」
 
4人は悠久の大地をただ轟轟と落ちる大瀑布を見ながら一様に言った。 

 
翌日。11月8日。試合が再開される。今日は準決勝の2試合が行われる。先に日本対台湾が行われ、そのあと中国対韓国が行われる。
 
日本は早苗/渚紗/彰恵/桂華/サクラというメンツで始めた。
 
実力差が大きいので、あまり叩きすぎないようにする。インド戦やマレーシア戦ほどではないが、八分くらいの力で戦う。渚紗は撃たないと調子が出ないということだったのでスリーを8本撃って6本入れたが後半に出た千里は敢えてもっと内側から撃った。センターはサクラ→華香→誠美→サクラの順に使ったが、リバウンドを8割方取っていた。
 
試合は90対53で勝った。
 
これで日本は2位以上が確定し、来年のU19世界選手権の切符を手にした。 
「世界選手権ってどこであるんだっけ?フランスかどこか?」
「来年はバンコク」
「タイかぁ」
「悪くはないけど、ヨーロッパかアメリカに行きたかったね」
「前回はスロバキアだったんだよね」
「若干微妙な場所のような気もする」
 
「招集してもらえるかどうかは分からないけど、取り敢えず手帳に日程を入れておくか」
「そうだね〜。今回のメンバーって結構気に入っているし、一緒に行けたらいいなあ」
 
そんな声に篠原監督も微笑んでいた。
 
「私、その日デートの予定入れてたけど、そちらはキャンセルしよう」
などと言っている子もいる。
「凄い先までデートの予定が決まっているんだね」
「いや、デート希望者が多くて整理番号を配ってるから」
 
「ボクは性転換手術の日程入れてたけど、延期しようかな」
とサクラが言うと
「それ、冗談と思ってもらえないから、やめときなよ」
という声が出ていた。
 
「でもサクラ、男から女に性転換するの?女から男に性転換するの?」
「うーん。どっちにしようか?」
 

着替えた後で中国と韓国の準決勝を見たが、こちらも最初から大きく点差の付く展開である。魏さんと王さんが競い合うように点を取り、第1ピリオドで既に25対12。後半中国が主力を休ませたので韓国が頑張るものの点差は全く縮まない。結局101対69と、こちらもダブルスコアで決着した。
 
王さんがひとりで32点、魏さんも26点取っている。
 
これで明日の決勝戦の相手は中国と決まった。
 

11月9日。メダンではこの日先に1部と2部の入れ替え戦が行われた。
 
11時から行われた1部5位のマレーシアと2部2位のフィリピンの対戦は70対69の1点差でマレーシアが勝ち1部残留を決めた。しかし13時からのインド・カザフスタン戦ではインドは2部1位のカザフスタンに84対67でやぶれ、インドは1期だけで2部に再転落してしまった。
 
「残念だったね」
と千里たちは彼女らに声を掛けた。
 
「悔しーい」
「今日は結構勝つつもりだったんだけど」
「またU22や世界選手権で会おうよ」
「うん。また頑張る」
 
そんな会話を交わして彼女たちと別れた。
 
15時からは3位決定戦が行われた。韓国が94対73で台湾を下して、世界選手権の3枚目の切符を獲得した。
 

 
そして17時。日本と中国の決勝戦が行われる。中国は1996年以来この大会を6連覇している。当然7連覇を狙っている。千里たちは試合前、向こうのベンチの雰囲気が予選リーグの時より随分盛り上がっている感じなのに気付いた。 
「向こう、随分テンション高くない?」
と桂華が言う。
「たぶん決勝戦に照準を合わせて集中力を高めてきたんだよ」
「横綱相撲ってところか」
 
すると篠原監督が言う。
「日本は2002年大会では4位だった。2004年大会では3位、2007年大会(*1)では2位だった。そしたら今回は?」
 
(*1)2006年の大会は日程の都合で2007年1月にずれこんだ。
 
「1位ですね」
と江美子。
 
「そして2010年大会は0位だな」
と彰恵。
 
「それって選外なのでは?」
 

凄まじく気合いが入っている風の中国ベンチに対して、日本ベンチは冗談など言い合いながら、頭の中を空っぽにして出て行く。これっておそらく国家の威信を背負って出てくるチームと、そもそも大して期待もされていないので気楽にプレイできるチームの差かなという気がした。今回全敗ではあったもののインドの子たちは自分たち以上に楽しく試合をしていた感じだ。
 
中国側は最初は馬/林/魏/王/劉というメンバーで来た。予選リーグの第2・第3ピリオドで使った布陣だ。これに対して日本は早苗/渚紗/江美子/玲央美/誠美というオーダーで始める。
 
今日は消耗が激しくなりそうなのでポイントガードは早苗と朋美が交代で行くことにしていた。そして彰恵が特命を帯びていた。
 
ティップオフ。
 
劉さん(201cm)と誠美(184cm)で争い、劉さんが取って最初中国が攻め上がる。 
中国は馬さんのドリブルで攻め上がってくるが、こちらはゾーンで守る。しかし向こうの攻撃配置の関係で、結果的には魏さんと江美子、王さんと玲央美が対決する感じになった。
 
実力が拮抗しているだけに、お互いにどんどん点を取り合う(観客にとって)好ゲームとなった。
 
こちらが江美子・玲央美の最強ペアで点を奪っていくと、向こうも魏・王のふたりが競い合うように得点する。リバウンドでは201cmの劉さんに(公称)184cmの誠美が17cmもの身長差にもめげず、ほぼ互角の戦いを演じる。ふたりはゴール下で結構ぶつかっているのだが、どちらもそれで倒れたりしない。予選の時フロッピングの警告をされたのがどちらも頭にあるのか、お互いハードな戦いをしていた。
 
ただ千里はベンチで試合を見ていて、中国側のテンションが物凄く高く、そして動きも物凄く良いのを感じていた。予選の時とはまるで違うチームのようである。ほんとに向こうは、決勝戦に照準を合わせて調整してきていたのであろう。 
取り敢えず第1ピリオドを終えて22対16と中国側が6点のリードである。 

第2ピリオド、中国は白/孫/勝/張/黄と、オーダーを一新する。そしてここまで1度も使っていなかった勝さんを入れてきた。こちらは朋美/千里/彰恵/百合絵/華香というメンツで行く。千里以外はF女子高2人・J学園2人で、もっとも連携のしやすい組合せである。
 
すると勝(シェン)さんが出てきたのを見て、中国側応援席で「勝、勝、勝利(シェン、シェン、シェンリー)」という大きな横断幕を掲げる人たちがいる。そして物凄い歓声である。千里たちはやはりね〜という感じで頷きあった。 
オルタネイティング・ポゼッションが中国側の順番だったので、中国側がセンターライン横からのスローインでゲーム開始する。
 
この時、日本は彰恵がさっと勝さんのマークに付き、他の4人でゾーンを組む「ダイヤモンド1」のフォーメーションをする。中国側が「え?」という感じで驚いている。
 
勝さんのことを日本が知ってる!?と考えたのだろう。しかしそれでも白さんは勝さんの後ろに向けて素早いパスを送る。彰恵がカットを試みるが、遠い側なので無理である。勝さんでさえギリギリでキャッチしたが、足1本で踏み留まって、そこから勝さんの方にアプローチしてきている彰恵をほんの一瞬で抜き去った。
 
百合絵がフォローに行くが、百合絵も一瞬で抜かれてしまう。そのままゴール近くまで進入してシュート!華香がブロックを試みたものの成らず。中国側が2点取ってこのピリオドは始まった。
 

日本は朋美がドリブルで攻め上がる。千里にパスしようとするが、千里には予選リーグでもマッチアップした張さんがピタリと付いている。諦めて彰恵にパスする。彰恵(169cm)には孫さん(184cm)が付いている。彼女がなかなか手強くて彰恵は中に進入できない。フォローに来た百合絵(174cm)にパスする。百合絵がその体格を活かして中に飛び込む。
 
ところが百合絵がシュートに行った時、勝さんが百合絵の手から離れたばかりのボールを叩き落とした。
 
勝さんがそのままボールを確保して白さんにパスし、白さんがドリブルで攻め上がる。浅い位置に居た千里が必死に戻って白さんの行く手を阻む。彼女を数秒足止めしている間に他のメンバーが戻る。
 
そこで白さんはまた勝さんにパスする。勝さんには彰恵が付こうとしていた所であったが、それより早く勝さんはボールを受け取る。そしてそのまま飛び込んでいきシュート。2点。26対16。
 
試合は中国側が立て続けに点を連取した。
 

その後も中国は選手たちの長身を活かした固い守りでなかなか日本にシュートを撃たせない一方で勝さんを使ってどんどん得点していく。勝さんは守備も攻撃もずば抜けている。千里はこの人、今すぐアメリカのW-NBAに行っても活躍できるのではという気さえした。
 
ピリオド開始後3分でこのピリオドの得点が12対2と圧倒的な点差。合計では34対18で、ワンサイドゲームのようになり始める。ベンチはボールがアウトオブバウンズになった所で、彰恵に代えて玲央美を投入した。
 
玲央美が彰恵に替わって勝さんのマーカーになることにする。
 
勝さんのプレイの映像は昨夜やっと入手できた。それはたった1試合の映像であったが、日本チームに衝撃を与えるものであった。
 
彼女はゲームの支配者、ドミナントであった。
 
相手チームはかなり強豪として知られる高級中学(日本の高等学校相当)であったにも関わらず、勝さんのプレイになすすべもなくやられていた。
 
彼女の唯一?の欠点としては体力があまり無さそうということである。しかし彼女は出場している15分か20分の間に他の人が60分か80分かけて取るくらいの点数を取り、相手チームを圧倒していた。
 
昨夜日本チームは全員で彼女のプレイを何度も何度も見て、その癖をつかもうと努力した。とにかくスピード、器用さ、パワーを併せ持っているので、そう簡単には対抗できない。しかしこういう硬軟使い分けるタイプは強いて言えば日本チームでは彰恵がいちばん似ている。そこで彰恵が勝さんのマークをすることを決めたのだが、スピードでも瞬発力でも勝さんが彰恵を上回っているので、完全に圧倒されてしまったのである。
 
そこで篠原監督は、勘の良さとパワーを持っている玲央美を試してみることにしたのだろう。
 

玲央美はベンチで3分間勝さんのプレイを見ていた。それで彼女なりに考えて勝さんとのマッチングに臨んだと思う。実際玲央美は勝さんを最初の1度は停めた。しかし2度目にマッチアップした時、彼女は玲央美と微妙な距離を取ってすり抜けようとした。思わず玲央美の手が出る。
 
笛が鳴る。
 
玲央美のブロッキングが取られる。
 
勝さんは玲央美のシリンダー(自身が優先される空間)のわずかに外を通過しようとしてファウルを誘ったのである。
 
勝さんとのマッチアップではこちらの攻撃の時に百合絵もチャージングを取られた。要するに彼女は気合いやフェイントをうまく利用するソフト型、パワーとスピードで圧倒するハード型、そして知的なプレイで相手を嵌める頭脳型のどのプレイもうまいのである。
 
第2ピリオド6分が過ぎたところで26対4と完璧に一方的な試合。合計では48対20とダブルスコアだが、このまま放置するとあっという間にトリプルスコアになってしまうだろう。
 
篠原監督がタイムを取った。
 

「済みません。勝てませんでした」
と玲央美が完敗を認める。玲央美がこんなに素直に負けを認めるのは極めて珍しい。ふだんはまず弱音を吐かない子である。
 
「私も参りました」
と彰恵が言っている。
 
「んー。じゃ、もう諦めて試合放棄する?」
 
と監督が言うが、誰も妙案が浮かばない。
 
「次は私がやるしか無いですよね」
と江美子が言う。
 
「いや、ここは鞠原君を投入しても、結果は変わらない気がする」
と片平コーチが言った。
 
重い空気がベンチに流れる。実際問題として、彰恵・玲央美・江美子の実力はそんなに変わらない。総合力として玲央美が頭一つ出ているくらいだ。タイプの違う彰恵・玲央美で通じなかった相手である。江美子でも確かに大差無い結果になりそうな気もする。タイムアウトの時間は60秒である。もう既に25秒が過ぎてしまった。
 
「みんな性転換して女を廃業して逃げだそうか」
と誠美が言ったので緊張がほぐれる。
 
高田コーチが言う。
 
「これはトバ火山爆発並みの衝撃だね」
「何ですか?その鳥羽なんとかって?」
という質問が出る。分かるのは先日の遊覧飛行に出た、千里・玲央美・江美子・早苗の4人だけだ。
 
「今人類を滅亡させるほどのトバ火山級の噴火があった時、このメンツの中でいちばん生き残りそうなのは誰だと思う?」
と高田コーチは質問した。
 
メンバーが顔を見合わせる。
 
その時早苗が言った。
 
「千里だと思う。千里って、他の子に比べたら身体的な能力は落ちるかも知れないけど、なぜかいちばん良い場所に居るんだよね。きっと千里は他の人が残したごはんを見付けたり、偶然崖から落ちて死んだウサギを見付けたりして、のらりくらりと生きて行きそう」
 
江美子も玲央美も頷いている。
 
「ということで、村山君、シェン君を封印したまえ」
と高田コーチが言った。
 
千里は敬礼した。
 

日本チームは、早苗/千里/江美子/桂華/サクラというメンツで出て行く。千里以外の4人を入れ替えた。メンバーを一新して気分を新たにしようということである。中国は特にメンバーは変更せずにそのまま出てくる。
 
中国側が攻めて来る。
 
千里はセンターライン付近でもう勝さんにピタリと付く。そのままこちらのコートにボールは運ばれてくる。千里は勝さんの至近距離でマークしている。しかし白さんは構わず勝さんの後ろに向けてボールを投げる。勝さんがボールを取るためにバックステップしたが、千里は無理して彼女を追わない。彼女との距離が開く。
 
彼女はボールを持つとドリブルしながら千里の前に進むと複雑なフェイントを入れて千里の左を抜こうとした。
 
その瞬間、千里は腰を落として正確に彼女がドリブルしているボールの途中を左手で掠め取る。
 
動体視力と反応速度の勝負である。
 
そして身体を伸ばしながらジャンプして、身体を4分の1回転させ、取った左手からそのままボールを早苗に投げる。早苗がドリブルで走り出す。他の4人もフロントコートめがけて全力疾走する。
 
白さんと孫さんが素早く戻る。
 
早苗の行く手を孫さんが阻むが、素早く江美子にパス。江美子が華麗にシュートを決めて2点。日本は反撃の烽火を上げた。
 

千里はひとつの仮説を立てていた。
 
確かに彼女は素早いし瞬発力もある。瞬発力を支えるのは白筋、走り続けるのに使うのは赤筋である。彼女の場合、いきなり走り出したり、突然変化を付けるのに使う白筋は凄いのだが、赤筋はそれほどでもない気がしたのである。つまり変化した瞬間は素早いのだけど、そこからトップスピードになるまでに掛かる時間は意外に長い。
 
ということは彼女にはあまりピタリと付くより、少し間を開けて守った方が守りやすいのでは、と。
 
彰恵も玲央美も勝さんにはピタリと付いていた。しかしボールを受け取る瞬間は「後ろ向き」にステップする。そこでボールを受け取ってから彼女の白筋の凄さで逆に「前向き」に走り出す。すると動きが逆方向になるから、赤筋の(相対的な)弱さのため実際に速度が乗るまで少し時間が掛かる。時間がかかるといってもほんの0.4-5秒なのだが、その0.4-5秒あればスティールするには充分である。 
昨夜ビデオで見た中国の大会で勝さんと対峙した選手にしても、彰恵・玲央美にしても、みんな瞬発力があるので勝さんがバックステップした瞬間、彼女との間を開けるまいと踏み込んでいた。しかし踏み込むことによってこちらの次の反応が遅れる。そこで千里は敢えて踏み込まずに、距離を置くことで相手が結局どちらを抜こうとするのかを見極める時間を確保するとともに、スティールのための動きをする余力を残したのである。
 

次の中国側の攻撃。
 
さっきスティールされたことで勝さんも少し考えたようである。今度はボールを受け取る時に、左斜め後ろにステップした。それを見て千里は左真横に動いて彼女の正面に入る。そのあと複雑なフェンイト合戦の末、今度は千里の右を抜こうとした。その瞬間、やはり千里が今度は右手を伸ばしてボールを奪い取る、 
そのまま今度はジャンプせずに右足1本で立ったまま、ボールを盗った右手からそのまま桂華にトスするようにしてパスする。桂華が早苗にパスして日本の攻撃に移る。
 
相手にうまく阻まれて速攻はならず相手は防御態勢を整える。ここで千里には孫さん、桂華に張さん、江美子に勝さん、サクラに黄さん、早苗に白さんが付いている。
 
すると早苗は目の前にいる白さんの右側を抜くような動作をする。白さんが左手を伸ばして停めようとするが、彼女は中国チームの中では最も身長が低い(勝さんより低い)ので、わずかに届かない。張さんが急いでフォローに来る。そこでその走り寄る張さんのそばでバウンドするようなバウンドパスでボールを桂華に送る。桂華がボールを受け取り中に飛び込んでシュートする。黄さんがブロックしようとしたが、桂華はダブルクラッチでそのブロックをかいくぐり、きれいにボールをゴールに放り込んだ。
 
日本側の連続得点で48対24。
 

千里は一応右利きであるが、握力などは実際には左手のほうが強いし、右手に比べると品質は落ちるものの左手でも文字が書ける。右利きに矯正された覚えはないのだが、暢子には「隠れ左利きでは?」などと言われている。
 
それで千里は左手でも右手でもきれいにスティールを決め、そのまま左手でも右手でもボールを正確に投げることができる。ボールを持ち替える時間が掛からない分、千里の所で反転が起きると、日本側は速攻気味になった。
 
そしてともかくも千里はこのあと勝さんを8割方停めることに成功する。勝さんはプレイしていて、次第にイライラしてきているようだった。千里が一見大したことがないように見えて抜けそうなのに抜けないし、無理に抜こうとするとボールを盗られてしまう。
 
それでも中国は勝さんにボールを集めて得点しようとする。それが8割の確率で日本側の高速反撃につながる。
 
そのため第2ピリオド後半ではどんどん日本が追い上げ、52対30とかなり改善した点数で前半を終えることができた。第2ピリオド自体の点数は30対14である。 
中国が大量リードをしているので中国の応援席はかなり盛り上がっている。既に「恭喜第一名」(第一名は第一位、つまり優勝の意味)なんて旗を振っている人たちもいる。一方の日本側応援席も一時は一方的な試合になりかけたのを何とか踏みとどまったので、必死に声援を送ってくれる。
 

第3ピリオド、向こうは馬/勝/魏/王/劉とシューターを外してフォワードを3人並べる方式で来た。こちらは朋美/千里/玲央美/江美子/誠美というオーダーで行く。
 
中国は前ピリオド後半に勝さんが完璧に抑えられたため、3人のフォワードを使い分ける作戦で来た。
 
それでもこちらは千里が勝さんにピタリと付き、残りの4人がダイヤモンド型のゾーンで守る態勢を変えない。
 
勝さんにボールが送られた場合は高確率で千里が停める。王さんや魏さんが進入を試みてもゾーンで阻止する。王さんも魏さんもそれでもかなり強引に進入を試みるが、全て中国側のチャージングを取られた。
 
それにこのピリオドでは中国側はシューターが居ないので、どうしてもうまく進入できない場合に、スリーを撃つという選択肢がとれない。何度か王さんがスリーを撃ったものの全て失敗した。
 
一方日本の攻撃の際は千里に勝さんが張り付いているのでスリーは狙えないものの、逆に勝さんを千里が引きつけている間に玲央美か江美子のどちらかがうまく進入し、得点を挙げていく。
 
それでこのピリオドは日本側がわずかにリードし、20対24のスコアで終えることができた。ここまでの点数合計は72対54である。
 

点差としては18点あるのだが、日本側ベンチでは追い上げムードなので、あまり焦る気持ちは無かった。このくらいは充分射程距離という意識が選手たちの間にはあった。
 
最後のインターバル、水分補給しながら話し合う。
 
「向こうはさすがにファウルがかさんでいるね」
「うん。王さんがもう4つ、馬さんと勝さんが3つ。魏さんと林さんが2つ」
「ゾーンを破るのにかなり強引な進入してるからね」
 
「こちらは朋美ちゃん、彰恵ちゃん、百合絵ちゃんが2つずつ、玲央美ちゃん、誠美ちゃん、華香ちゃんが1つ」
「百合絵と玲央美のファウルはうまく勝さんに嵌められたんだよなあ」
「でも勝さんも千里を嵌めようとして逆に自分がファウルになってる」
「シリンダーを早い時期に移動させておくんだよ」
と千里。
「玲央美もうまく勝さんのブロッキングを引きだしたね」
「相手のシリンダーのぎりぎりを通過する技をやられたから、こちらも同じことをしてみせた」
と玲央美。
 
「江美子ちゃんはゼロだったんだね」
「見てると相手の手の届く範囲をギリギリ避けながら侵攻してるんだよね。凄くフットワークがいい」
と百合絵。
 
「そうそう江美子ちゃん、最近凄くフットワークが良くなっているんだよね」
と朋美も言う。
 
「うん。ちょっと特訓してるんだよ」
と江美子が言い、玲央美が頷いていた。
 

第4ピリオド、中国は勝さんを下げて、馬/林/魏/王/劉という第1ピリオドと同じメンツで来た。
 
「たぶん体力の限界なんだろうな」
 
実は昨夜彼女のビデオを送ってくれた人からの情報でも、中国の国内大会で彼女はだいたい前半のみ、あるいは後半のみという使われ方をしているらしい。しかも1試合おきとかにしか使わない。恐らくあまり体力が無いのではないかと想像した。だからこそ情報を与えないというのも兼ねて、決勝戦のみに使うことにしたのだろう。実際彼女は第3ピリオドの最後の方ではフットワークが初めの頃からするとかなり疲れた感じになっていたのである。
 
こちらは早苗/千里/彰恵/桂華/サクラというオーダーで行く。
 
千里は第2ピリオドからずっと出っ放しであるが、体力はまだまだ充分であった。そしてこのピリオド、やっと勝さんのマーカーというお仕事を完了した千里が本来のシューティングガードのお仕事に戻った。ピリオド開始早々スリーを打ち込み、追撃の烽火(のろし)を上げる。
 
千里のマークは王さんがしているのだが、彼女のほうは疲れが出てきていて、どうしても反応が遅れる。それで千里の瞬間的な変化で置いてけぼりになる。2個続けてスリーを入れられたので、3度目はかなり強引に千里のシュートを止めようとして、千里の腕にぶつかってしまう。
 
これで王さんは5ファウルで退場になってしまう。むろん千里は腕を当てられようともきれいに決めており、フリースローも入れて一気に4点である。中国は代わりに張さんを入れてくる。
 
千里は予選リーグの時も王さん・張さんの両方とマッチアップしているが、やはり張さんは王さんほど凄くない。体力は充分あるのだろうが、千里の難しいフェイントや、激しい左右の動きに完全には付いてこられない。それで千里の勢いは止まらない。
 
そして第4ピリオド4分が過ぎた所で日本は80対69と、かなり点差を縮めていた。
 
中国は魏さんを下げて勝さんを再投入する。
 
すると彰恵が「ここは私に任せて」と千里に言った。
 
彰恵は千里が第2ピリオド後半からずっと勝さんを停めるために色々考えた動きをしているのを見ていた。そこで彰恵も彼女流に勝さんを停めにかかったのである。基本は千里がやったように、敢えて少し距離を置いて守ることである。それによって相手の初動に惑わされずにしっかり相手の確定した動きを見て防御することができる。このあと彰恵は一切勝さんに仕事をさせなかった。そして彰恵が勝さんを抑えている間に千里は得点を重ねる。千里に警戒しすぎると、その間に桂華がゴールを狙う。
 

そしてここから2分で日本は中国に全く得点を許さないまま千里の3連続スリー成功を含む猛攻で80対79と1点差まで詰め寄る。
 
中国は勝さんを諦めタイムを取って選手交代。白さんを投入してきた。馬/白/林/張/劉というオーダーである。白さんは千里のマーカー役だ。日本もフォワードを玲央美と江美子に交代する。早苗/千里/玲央美/江美子/サクラというメンツである。
 
確かにポイントガードの白さんはマークがうまい。第2ピリオドに出ていただけなのであまり疲れてない。それで何とか千里をしっかりマークすることができた。しかし千里が使えなくても玲央美と江美子という日本側の中核フォワード2人が頑張って得点する。しかし中国側も必死である。張さんと劉さんが少々のファウルは覚悟でどんどん突っ込んできてゴールを狙う。
 
残り1分で87対87と同点になっている。
 

中国は林さんがわざとファウルをしてゲームを停め、馬さんを下げて代わりに陳さんを入れて来た。白/林/張/陳/劉というオーダーになるが、この最後の時間のゲームメイクはスモールフォワードの張さんが中心になった。白さんは千里の専任マーカー、林さんはシュート係である。その林さんのスリーが最初決まって中国は残り40秒で90対87と3点のリードを確保する。中国側の応援席が興奮する。走り出して警備員に取り押さえられる人まで出ていた。
 
日本側が早苗のドリブルで攻め上がる。千里には白さんがピタリとマークに付いている。しかし早苗がこちらにパスの構えをするので、それを取ろうと千里はダッシュする。白さんがそれを追ってパス筋に入ろうとする。それを見て千里は急速反転してエンドライン方向に走る。しかしエンドライン近くのスリーポイントライン付近に陳さんが走り込んできてカバーする。
 
千里はその陳さんの顔をしっかり見た上で、彼女が外側に出てきたことで空いた制限エリアの中に突っ込んだ。
 
慌てて陳さんがゴール下に戻る。
 
が千里は1歩で急停止して、次の瞬間後ろ向きに2歩ステップしてスリーポイントエリアの外に出る。
 
陳さんの顔を敢えてしっかり見たのが心理的な引っかけになっている。反転した時、貴司がくれた新しいバッシュが凄まじい衝撃を吸収してくれた。千里は一瞬、これ古いバッシュだと無理だったなと思った。
 
早苗は千里が反転した次の瞬間、矢のようなパスを投げている。それを飛びつくようにして取る。白さんが全力でこちらに戻ってるのを横目で見ながら、着地し、そのバネを利用してシュート!
 
ボールはダイレクトにネットに飛び込む。
 
90対90の同点!
 
日本側の応援席から物凄い歓声。
 
中国側が攻めて来る。残り27秒。日本はプレスに行く。
 
しかし何とか張さんがボールをフロントコートに運ぶ。ここで中国はパスをゆっくり回し始めた。24秒をギリギリまで使ってからシュートしようという魂胆である。残り3秒では何もできないだろうから、確実にゴールを決めて勝ち逃げしようという考え方だ。万一失敗しても同点で延長だから悪くない選択である。
 
これに対して日本側客席からも中国側客席からもブーイングが入る。確かにここで攻めないのは観客には納得できないだろう。しかし中国側は20秒近くまで使ってから陳さんが中に進入してきた。江美子のそばを通過し、ゴール近くからレイアップシュート・・・・
 
と思ったのだが、陳さんはボールを持っていなかった。
 
本人がジャンプした後で「あい?」と声を出した。なぜボールが無い?と戸惑っているような表情。
 
そしてその時既に江美子がボールをドリブルして物凄い速度で反対側ゴールに向けて走り出していた。
 
残り6秒。
 
江美子のスティール成功を信じて早苗と千里が既に全力疾走している。江美子の行く手を林さんが阻む。江美子は反対側のサイドを走る早苗に素早いパス。早苗は飛びつくようにしてパスを受け取るとそのまま2歩で踏み切って、かなり遠い距離からシュートを撃つ。
 
しかし入らず、ボールはバックボードで跳ね返ってくる。
 
そのボールに千里と張さんが飛びつく。一瞬の差で千里が取るが体勢が崩れていてさすがにシュートはできない。倒れながら後方に居る玲央美に床を這うような速いパス。そして玲央美は受け取ったら即シュート体勢に移る。近くに居た劉さん(201cm)が、ほぼタックルに近いホールディングをしたが玲央美(182cm)の体勢は全く崩れない。このあたりがさすが物凄い筋力を持っている玲央美である。
 
美しいフォームでシュート。
 
直後に試合終了のブザーが鳴る。
 
ボールはきれいな軌跡を描いてゴールに飛び込んだ。
 

審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。得点掲示板に90対92の表示。日本側の客席が物凄い歓喜に包まれた。
 
千里は大きな笑顔で玲央美に抱きつく。そのあと江美子が玲央美に抱きつくが、江美子は興奮のあまり玲央美にキスしてる!
 
日本側の5人がお互いに抱き合ったりしている内に審判が整列を促す。双方の選手が(だいたい)整列する。審判が「92 to 90, Japan」と言って日本の勝利を告げた。最後にキャプテンマークを付けていた早苗と白さんとで握手してお互いの健闘をたたえ合った。
 
こうして日本女子はU18アジア選手権を初制覇したのであった。
 
両軍の選手がベンチに座っていた選手も含めて相手ベンチに挨拶に行く。そして日本チームは大きな日章旗を振る客席に手を振って答えた。花束や人形を投げ込む客も居る。千里は思わず飛んできた人形を受け止めたが、藤咲なでしこの人形だ。 
「よりによって」
とサクラ。
「男の娘の人形を千里に命中させるとは凄い」
と桂華。
 
千里は苦笑いしながら投げてくれた人に手を振った。
 

日本と中国の選手が汗を掻いた服を着替えるために退場するが、アリーナではすぐに表彰式が始まる。千里と玲央美はスタッフさんに呼ばれて、まだ着替え前ではあるが出て行った。
 
韓国のイさん、中国の王さんと劉さんがいたが、劉さんはゲーム最後のホールディングについて玲央美に「Ms Sato, Excuse me about that holding」と英語で謝っていた。玲央美は「OK, OK」と返していた。
 
「Best Five. Point Guard Lee Korea, Shooting Guard Murayama Japan, Small Foward Sato Japan, Power Foward Wang China, Center Liu China」
と発表される。
 
それで5人でアリーナ中央に出て行き、お互いに握手したりハグしたりしあう。インドネシアの民族衣装を着た女子高校生っぽい子からひとりひとりTISSOT(ティソ)製の銀色の腕時計をもらった。スポーツ用のPRC200というタイプのようで《Best5 - 2008 FIBA Asia Under-18 Championship for Women》という刻印が入っている。これはこの世に5個しか存在しないものだ。
 
5人がいったんアリーナの端まで下がった所で「MVP Sato Japan」と呼ばれる。玲央美が腕時計を千里に預けて出て行き、地元の女子高生プレゼンターから同じTISSOTの金色のペンダント・ウォッチをもらった。大会長と再度握手してから高く掲げて観客に示していたが、こちらに戻って来てから「時計ばかりいくつももらってどうしよう?」などと言っていた。見せてもらったが《MVP - 2008 FIBA Asia Under-18 Championship for Women》の刻印が入っている。この世にただ一つしか存在しないものである。
 
「金色のペンダント・ウォッチって金メダルみたいだね」
「うん。だけど付けて行く場所に悩むよ」
「確かに!」
 
そばにいる韓国のイさんが「いいなあ。見せて見せて」と日本語で言って「すごーい」と声を挙げていた。
 
「次はU21か22かで自分がこういうの取れるように頑張ろう」
などとも言っていた。
 
千里たち5人は再度握手をしてからアリーナから出た。
 

成績部門での表彰も行われる。
 
「Scoring Leader Sato Japan, Three point Leader Murayama Japan, Rebound Leader Liu China, Assist Leader Ma China」
 
中国の控え室から馬さんが急いで出てきて王さんとタッチして、日本の2人とも握手し、馬・劉・千里・玲央美の4人でアリーナに出て行く。プレゼンターから表紙付きの賞状をもらい、また大会長さんと握手した。賞状の中身は英語で書かれているが、表紙には「Sertifikasi」と書かれている。中国の2人が小声で何か話していたので、佐藤さんが隣り合っている劉さんに話しかけている。それで千里に「インドネシア語で認定証という意味らしい」と教えてくれた。 
そのあとチームの表彰に移りますと言われたので千里・玲央美も中国の2人も急いで控え室に着替えのため戻った。
 
汗を掻いた下着を交換し、今日試合で着なかった方のユニフォームを着て、その上におそろいのウィンドブレーカーとロングパンツを穿く。それで全員で出て行く。アリーナ中央に、横長の表彰台が設営されている。日中韓の3チームが全員その後ろに並ぶ。
 
最初に「3rd place, Korea」と呼ばれ、韓国チームが右側の表彰台に乗り、全員インドネシアの民族衣装を着た女子高生プレゼンターから銅メダルを掛けてもらう。その次に「Runner up, People's Republic of China」と呼ばれ、中国チームが左側の表彰台に乗る。全員銀メダルを掛けてもらう。そして「Champion, Japan」と呼ばれ、千里たちは観客席の声援に手を振りながら表彰台中央の最も高い所に登った。全員プレゼンターから金メダルを掛けてもらう。千里は首に掛けられたずっしりと重いメダルの感触を歓喜の中で噛みしめていた。そして優勝のトロフィーを主将の朋美が受け取る。ひときわ大きな声援が送られ、千里たちは両手でたくさん手を振った。
 
そして国旗掲揚である。君が代の音楽がこのメダンGORアンガサ・プーラに流れる。千里は大きな声で歌った。
 
「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」
 
君が代の歌に合わせて会場に大きな日の丸が登って行く。
 
感無量だ。
 
歌が終わり、日章旗がいちばん上まであがった所で会場全体から大きな拍手があった。
 
そのあと退場するが、ロビーに出てから日中韓の選手はお互い入り乱れて握手したりハグしたりして、お互いの健闘をたたえ合った。
 

決勝戦が始まったのが17時、終わったのが18時すぎであった。それから表彰式が行われて終了したのは19時半くらいである。ホテルに戻ってから夕食を兼ねた祝勝会をする。在メダンの日本国総領事も来てお祝いのメッセージをくれた。 
この日の料理はルンダン(牛肉のカレー煮)の食べ邦題である。付け合わせにラマン(御飯)と豆のスープもある。
 
「美味しい美味しい」
「やはり疲れた後はひたすらお肉だよね〜」
「サテもいいけど、ルンダンもいいね」
となどといった声が出ていた。
 
「だけどひたすらカレー味なんだね」
「インドネシアは香辛料王国だから」
 
どんどんお肉を食べ続けている子もいたが千里はある程度食べたところでそのテーブルを離れ、一息ついてコーヒーを飲む。
 
「このコーヒーはちょっと癖がある」
と20分ほどでルンダン戦線から離脱してきた早苗が言う。
 
「マンデリンだよ」
「インドネシアはジャワコーヒーかと思った」
「ジャワ島はね。あとスラウェシ島で栽培されているのがトアルコ・トラジャだけど、スマトラ島で栽培されているのはマンデリン」
 
「なるほど、なるほど」
「他に実はニューギニア島ではブルーマウンテンが栽培されている」
「へー!」
「でもジャマイカのブルーマウンテンとは味が違うらしいよ。向こうから持ってきた苗木を植えたのに」
「環境が違うと育ち方も違うだろうね」
 
「このホテルで出ているのは、マンデリン・トバコ。例のトバ湖の近くで栽培されているものだって」
 
「『トバ湖』って日本語?」
「まさか。たぶん『トバの』とか、そんな感じの意味では?インドネシア語は分からないけど」
 
「かもねー」
 
「でもヘリコプター代2万円もタダになったし」
「あはは。高田コーチは自分の首をしめたけどね」
 

翌日、11月10日。
 
昨日は駐メダンの日本総領事が来てくれたのだが、この日は午前中にジャカルタから、日本の駐インドネシア大使も来てくれて、お祝いをしてくれた。記念品ということで、バティック(ジャワ更紗)のハンカチを全員に頂いた。
 
お昼前にホテルをチェックアウトし、練習場所を提供してくれた中学校に挨拶に行った。みんな祝福してくれて、優勝のお祝いにといわれて、その子たちからは日本語(ひらがな)や英語で書かれた寄せ書きをもらった。こちらも英語で寄せ書きを書いて贈った。そこの女子生徒たちと一緒に昼食会をしたのが、インドネシアでの最後の御飯となった。
 
少しだけ観光しようということで、バスでメダンの観光スポットとして人気のマイムーン宮殿(Istana Maimun)と、2005年に建てられたGraha Bunda Maria Annai Velangkanni教会(健康マリア教会?−キリスト教の教会)、更にこの8月に建立されたばかりのマイトレーヤ(弥勒菩薩)大寺院(Maha Vihara Maitreya, 仏教寺院)を駆け足で訪れた。メダンは交易都市で外国からの移住者も多く、キリスト教徒や仏教徒も多いらしい。何でも受け入れてしまうのはある意味日本的かも知れない。このキリスト教教会は夜になると派手な電飾が付くことでも知られている。日本に建っていたらディスコか何かと間違いそうである。
 
ポローニャ国際空港に移動し、お土産などを買った。この半月ほどひたすら食べたスマトラのカレーの香辛料セットが売ってあったのを「ジャワカレーがお土産に欲しい」などと言っていた竹宮星乃へのお土産にする。
 
なおこの空港はメダンの市街地にあるのだが、さすがに町中の空港はやばいということになったのか、2013年7月、メダンから20kmほど離れた所に建設されたクアラナム国際空港に機能移転している。
 
夕方の便でシンガポールのチャンギ国際空港に移動する。空港内で夕食を取ったあと、ラウンジで休むが、ひたすら寝ている子もいた。
 

深夜23:55の便で成田に向けて飛び立つ。
 
11月11日の朝8時に成田に到着する。時差が1時間あるので実際には7時間のフライトである。成田にバスケ協会の幹部さんたちが迎えに来てくれていてお祝いのことばをもらう。
 
都内に移動してから文部科学省に行き、文部科学大臣からもお祝いのことばをもらった。その後、解散式をした。
 
「お疲れ様でした〜」
「次はみんなウィンターカップで会おう」
 
と言って別れた。この時点でまだウィンターカップ出場が決まっていないのが渚紗だけだったので「秋田県予選がんばってね」とみんな声を掛けていた。 
何となく、千里・玲央美・桂華・サクラ・江美子の5人がたまたま近くにいたので声を掛け合って、お昼を兼ねて近くのモスバーガーに入った。
 
「あちらは全てカレー味だったから、今朝成田で食べた日本食が凄く新鮮に感じられた」
「漬け物もいいね〜」
「あちらは野菜が少なかったね」
「なんか肉ばかり食べていたから身体が少し酸性になっている気はする」
「たぶん暑い地域ではああいう料理でないと身体がもたないのかも」
 
「私は温泉に入りたい気分だ」
と江美子が言う。
 
「そちらは道後温泉があるね」
「北海道だと登別温泉とか?」
「登別は札幌から割と遠い」
「札幌の近くだと定山渓(じょうざんけい)温泉とかあるよ」
「あ、その名前も聞いたことがある気がする」
「旭川だと層雲峡とか近いんだっけ?」
「近くはないけど、バスケ部で何度も層雲峡温泉で合宿したよ」
 
「温泉での合宿は筋肉をほぐせるし、新陳代謝を高められていいよね」
「福岡だと別府温泉とか?」
「ちょっと遠い。近くには二日市温泉ってあるよ。菅原道真公ゆかりの地」
「学問の神様だっけ?」
「そそ」
 
「よし、温泉に行こう」
と桂華が言い出す。
「いつ?」
「今から」
「え〜!?」
 
「みんな帰りの便は何時?」
「私は羽田19:00の松山行きを予約してる」
「私は羽田17:55の旭川行き」
「私は羽田18:50の新千歳行き」
 
「私たちは何時だったっけ?」
と桂華がサクラに確認する。
「私たちは羽田19:15の福岡行き」
 
「じゃ16時くらいまではお風呂に入っていられるね」
「どこに行くのさ?」
「うーん。ビッグファン平和島かな」
「なるほどー。羽田の近くなら比較的安心」
 

フロントでチケットを買うが、江美子が166cm, 千里が168cm, 桂華が172cm, サクラが180cm, 玲央美が181cmである。それを見た受付の女性は
 
「すみません。男性何名・女性何名でしょう?」
と尋ねた。
 
「女性5名です」
と千里が代表して答える。
 
「あ、ごめんなさい」
と受付の人は謝ったが、サクラなどはむしろ何も言われずに男性用ロッカーの鍵を渡されることも多いらしい。
 
みんな荷物が凄いので、それを見た受付の人が別途預かったくれた。タオルと着替えだけ出してサブバッグに入れロッカールームに持っていく。小さな袋を持っていなかった桂華にはフロントの人が平和島のロゴの入ったビニール袋を1枚くれた。
 
ロッカールームでおしゃべりしながら服を脱いでいたらさっき受付の所に居た女性が入って来て、掃除をしたり片付けをしたりしていた。私たちは浴室の方に移動してから
 
「きっと私たちが本当に女なのかどうか確認しにきたんだよ」
と小声で話し合った。
 
「取り敢えず胸の付近に視線を感じた」
「お股の付近にも視線を感じた」
 

「でも取り敢えず千里は間違い無く女であるようだ」
と桂華が言う。
 
「何を今更」
「ちんちん付いてないみたいだし」
などと言って、あそこを触ってくる!
 
「付いてたら大変だよ!」
「千里が万一男だなんてことになったら、凄い騒動になるな」
「インターハイの2007,2008のBEST4,スリーポイント女王, 皇后杯の成績、国体の優勝が全部取り消される」
 
「昔はオリンピックで金メダル取った後でセックスチェックで君は男だと言われてメダル剥奪、記録取消しなんて騒動もあったみたいね」
「世界中に名前を知られてからそれやられると辛すぎる」
 
「昔のオリンピックのセックスチェックって、裸にして観察したらしいね」
「裸で歩かせたらしいよ。はさんで隠していても、歩かせたらぽろりと出てくるだろうということだったらしい」
「とりあえず人権は無視されてるな」
 
「でもドーピング検査もかなり人権無視と思わない?」
「うん、あれ恥ずかしいよね」
 
この5人は全員一度はドーピング検査を受けているという。
 
「だけどその程度なら、とりあえずおちんちん切って、睾丸は体内に埋め込んでしまえば外見上は女だし、裸で歩かせる程度ではバレないよ」
と千里は言ってみる。
 
「千里は睾丸無いんだよね?」
「さすがに無いよー」
と千里。
「いや千里は多分卵巣がある」
と玲央美。
「嘘?」
「千里、実は半陰陽だったの?」
「それは違うと思うけどなー」
「千里は元男だという話自体が嘘の可能性がある」
「うーん・・・」
 
「でも睾丸があれば、現代ならドーピング検査で引っかかるよね」
「うん。睾丸が温存されていれば当然男性ホルモンが女子としてはあり得ない高濃度になってしまう」
 

「でも性転換する人ってさ、だいたいおっぱいを大きくした後で、おちんちん取るんでしょ?」
 
「まあ、豊胸のほうが手術として容易だというのがあると思う。ホルモンだけで大きくなっちゃう人もいるし」
 
「そういう人って男湯に入るわけ? 女湯に入るわけ?」
「ちんちん付いてたら男湯では?」
「でも男湯におっぱい大きい人が入って来たらパニックだよね」
「レイプされたりして」
 
「千里のおっぱいってシリコンとか入れてるの?」
「ううん。ホルモンだけだよ」
「ちょっと羨ましいな」
と江美子が言っている。
 
「千里はいつから女湯に入ってたの?」
「うーん。。。。私はまだ身体に何も手を入れる前から女湯に入ってたかも」
「なんて悪い奴だ」
「騒ぎになったことはない?」
「小学生4年生頃に男湯に入ろうとして追い出されたことなら。仕方ないから女湯に入った」
と千里が言うと
「ほほぉ」
と声があがる。
 
「ボクは小学4年生頃に女湯に入ろうとして追い出されたことある。仕方ないから男湯に入った」
とサクラが言うと
「ほほぉ!!」
という声があがっていた。
 
 
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