【女の子たちのアジア選手権】(2)

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その日は遅いこともあり練習ができなかったものの、それでは身体がなまるというのでみんな体操をしたり、部屋の中でパス練習したりまた階段の上り下りなどをして過ごした。
 
10月31日は主催者側が割り当ててくれた市内の中学校の体育館で軽い練習をした。直前にあまり重い練習をすると疲れが残るというので、ここから先は疲れない程度の練習である。その中学の生徒たちが歓迎してくれて、女子生徒たちと昼食会もした。
 
「ここって女子中?」
「いや、共学みたいだよ」
「男子生徒の姿は全然見ないね」
「女子制服を着てるんだったりして」
「まさか」
 
インドネシアはイスラム国ではあるが、中東諸国よりは緩くて中学も共学が多いらしいが、日本などに比べるとやはり男女の壁は高いような雰囲気もあった。
 
「向こうの子から聞き出したよ。男子生徒は私たちが移動する間は教室の中に入っているように言われているんだって」
「ほほお」
「教室は一緒だけど男女を左右に分けているらしい」
「そういう配置は日本でもわりと最近まであったよね」
 
ここの中学の女子バスケットボールチームと「軽い」手合わせもしたが、彼女たちは凄く喜んでいた。彼女たちはバックロールターンを知らなかったので、3人の子に指導してあげたが、その中の2人がすぐに覚えて「凄いです」と日本語で感想を言っていた。将来、この中からインドネシア代表が生まれるかもねなどと千里たちは話をした。
 

11月1日は開会式が行われて前回優勝の中国から優勝旗が返還された。
 
前回は2007年1月29日から2月5日までバンコクで開催されていて日本は2位に終わっている。花園さんたちの活躍で予選リーグは1位で通過したのだが、決勝戦で予選リーグでは2位であった中国に逆転負けを喫してしまった。花園さんが第3ピリオドに5ファウルで退場になってしまったのが痛かったらしい。花園さんが居ないと背丈に劣る日本はリバウンドをことごとく中国に取られて試合をひっくり返されてしまった。その後花園さんは無駄なファウルをしないプレイをできるようにするために、ゼロから鍛え直したのだと、いつか彼女は語っていた。その成果が昨年夏のインターハイでのN高校との超クリーンな試合だったのだろう。花園さんは今回も日本を発つ前に電話して来てあらためて注意してくれた。
 
「ファウルを誘うのがうまい選手もいるからさ。日本と同じ感覚でいたら危ないから。特に千里は絶対仕掛けられるよ」
「うん。気をつける」
「何か言われたり、変な事されても平常心でね」
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
 
この日はセレモニーの後、また各国ごとに割り当てられた場所での練習となり、千里たちは昨日と同じ中学に行って、この日も軽く汗を流した。
 

同日、11月1日札幌。
 
KARIONの札幌公演が行われたので、蓮菜たちDRK (Dawn River Kittens)のメンバーは関係者枠でチケットを手配してもらってみんなで見に行った。
 
のんびりと出てきたので札幌に着いたのはお昼前である。そのままみんなで札幌ラーメンを食べてから会場まで行く。蓮菜が美空にメールをして、もし時間が取れるようなら打ち合わせたいことがあるので会いたいというと、裏口まで来てというので行く。美空がマネージャーの望月さんと一緒に出てきてくれていて、一緒に近くのレストランに入った。望月さんは自分は少し離れた席にいるのでお友達同士ゆっくりおしゃべりしてくださいと言ってふたりきりにしてくれた。
 
「初全国ツアーおめでとう」
と蓮菜は言ったが
 
「初日から遅刻して叱られちゃった」
などと美空は言っている。
 
「ああ、美空ちゃんは朝に弱いって言ってたね」
 
DRKの印税の振込先について変更する場合は自分に連絡して欲しいということを言い、またDRKの名前の権利について蓮菜・千里・花野子の共同所有ということにしておきたいと言い、美空からは快諾を得た。蓮菜が用意しておいた書類に署名する。
 
「ところで千里から聞いたんだけど、蘭子ちゃん、別のユニットでもデビューしたのね?」
と蓮菜は尋ねる。
 
「ああ。結局こちらと兼任ということになるみたい」
と美空。
 
「よく掛け持ちできるね」
「今月は向こうの全国ツアーとこちらの全国ツアーが重なるんだけど、向こうはだいたい夕方からの公演、こちらは昼間の公演なんで、両方掛け持ちするらしい」
 
「頑張るね!」
「建前上はKARIONの蘭子とローズ+リリーのケイは別人ということで」
「そんなの見たら分かるじゃん」
「DJ OZMAと綾小路翔みたいなものということで」
「なるほどー」
 

「だけどあのマネージャーさん、背が高いね」
「うん。千里さんと同じくらいの背じゃないかなー」
「バレーとかバスケとかしてたとか?」
「あ、誘われたけど1日でクビになったらしい」
「ああ」
「背が高いかどうかと運動神経はあまり関係無い」
「確かに確かに」
「むしろ身体が大きい分、筋肉をしっかり鍛えてないと小さい人にスピードでかなわないんだって言ってましたよ」
「そういうのあるかもね」
 
「私は背が低いけど、とろいと言われるけど」
と美空。
「うーん・・・」
 
「でも望月さん、背が高いから男かと思われたりすることがあって、可愛い服ばかり着ていたなんて言ってた」
「ああ、分かる分かる」
 
「でもその可愛い服を着ようとするとサイズが合わないんだって」
「そのあたりも大変そう」
 

2008年11月2日。
 
インドネシア・メダン市内のホテルで朝起きた時、千里はまたまた昨日までと自分の身体が違うことを認識する。
 
『女子高生の身体になってるんだよね?』
と《いんちゃん》に確認する。
『そうそう。これは国体本戦の時の身体の続き』
『少しお腹が重たい気がする。これって黄体期?』
『そうだよ。国体本戦の最中に排卵を起こしたから今生理周期の16日目』
『起こした?』
『あ、ごめーん。言うの忘れてた。本当は今日あたりが排卵日だったんだけど、今日排卵させると、次の生理がウィンターカップの3日目に来るんだよ』
『それはさすがに辛い』
『だから3日早く排卵を起こしたんだ』
『へー、そんなことができるんだ?』
『次の生理は12月21日、ウィンターカップの2日前に来るから』
『了解〜。でも私、ウィンターカップに行けるの?』
『それは道予選を戦う薫ちゃんたち次第だね。私たちにも未来のことは分からないよ』
『ふーん』
 

 
さて、この日、アジア選手権は初日を迎える。
 
会場はGOR Angkasa-Pura(アンガサ・プーラ競技場)。「アンガサ・プーラ」というのは「空中都市」という意味で、空港などを運営しているインドネシアの国営企業らしい。
 
初日の相手は台湾であるが、夕方18時からの試合なので、千里たちは午前中に軽く練習をした後、午後は休憩し、16時すぎに再度軽いウォーミングアップをしてから会場に入った。
 
相手はこちらとだいたい似たような背丈のチームであった。篠原監督はこの相手にPG.朋美(6)/SG.渚紗(8)/SF.彰恵(5)/PF.江美子(11)/C.誠美(13)というオーダーを先発させた。様子伺いという雰囲気もある。
 
向こうは最初立て続けに得点を奪い、一時的に4点のリードを奪った。しかしすぐに渚紗の連続スリーで追いつき、その後は江美子と彰恵が競い合うように点を取り、誠美も相手の188cmのセンターに一歩も引かない頑張りでリバウンドを取り、あっという間に逆転。その後適宜選手交代しながら試合を進めたが96対67で快勝した。
 

試合が終わったのが19:20頃だったので着替えるとみんなで食事に行く。するとインドチームが食事中で
 
「ニッポン団、おはよー、おいでなさい!」
などと怪しげな日本語で声を掛けてくるので、近くのテーブルにこちらも行き、こちらも
「ナマステ、サッスリエガール、ノモシュカール」
と片言のヒンズー語とパンジャビ語とベンガル語で言っておいた。
 
その後、一昨日と同様に(英語で)おしゃべりが始まる。最初は今日の試合の話である。
 
「日本、勝利おめでとー」
「インド、今日は残念だったね」
 
「今日はいちばん勝てる可能性ある相手だったから、いっぱい頑張ったんだけど、負けちゃった」
 
今日のインドはマレーシア戦だったのだが、前半で大差をつけられ、後半必死に追い上げたものの及ばなかったのである。
 
「最初、向こうの高さにめげた」
「マレーシアも中国も背が高い選手がいるねー」
「なんか大人と子供の試合って感じだったよ」
「でも結構善戦してたのに」
「最初にあの背の高さで圧倒されて精神的に負けてしまった気がする」
「また頑張ろうよ」
「明日も長身選手の多い中国。2連敗確定」
「逆にそういう無茶苦茶強いチームからは何かを学ぶつもりで対戦するといいよ」
「ああ、そうだよねー!」
 
そのあとしばらくは日本人の女の子の恋愛観について色々質問されて
「私たちはそれやると殺される〜」
などと向こうの子たちは言っていたが、日本人やアメリカ人の恋愛感覚に彼女たちは大いに関心を持っていたようである。
 
ちなみに「殺される」というのは誇張表現ではなく、向こうの感覚でふしだらな女性はリアルに生命を奪われることがあるらしい。
 
「私、日本かアメリカに留学しようかなあ」
「それで国際結婚しちゃうのもいいよね」
 
などといった声もあがっていた。
 
その後、日本やアメリカの人気歌手に関しても結構話した。そしてかなり話したところで、唐突にパルプリートちゃんが言った。
 
「でも今日の日本・台湾戦、江美子ちゃんと千里ちゃんは1本もシュート外さなかった」
 
「よく見てたね!」
「よくあんなにちゃんと入るなあと思って見てたのよ」
「パルプリートちゃんも練習いっぱいするといいよ」
 
「ね? 練習少し見てもらえません?」
「いいよ」
 

高居さんから照会してもらったら、今回の大会の会場になっている体育館のサブコートを使っていいということだったので、こちらの千里・江美子・桂華・玲央美、向こうのパルプリート、レーミャ、パルミンダル、ステファニーの双方4人、および双方のコーチと通訳1人ずつが付き添い、そちらに入った。
 
江美子と桂華がレイアップシュートのいくつかのパターンの模範演技、玲央美がダンクの模範演技、千里がスリーの模範演技をしてみせる。それを見ながらインド側の4人は
 
「ダンクかっこいいー」
「ステファニーちゃんの背丈ならできる」
「どのくらい飛べばいいんですか?」
「ステファニーちゃん、188cmだから手を伸ばせば230cm近くになるはず。だから75cm程度飛べばだいたいゴールの高さに到達する(バスケのゴールは305cm)」
 
「ステファニー、やはりジャンプする練習だよ」
とレーミャが言っている。
 
「チサトさん、どうしてそんなに遠くから入るんですか?」
「基本的にボールをリリースする直前まで絶対にゴールから目を離さないこと。リングの少し上のポイントに当てるような感じで撃てばいいんだよ」
と千里。
 
「まあ後は練習あるのみだよね。千里は毎日何百本と練習してるでしょ?」
と桂華が言う。
「うん。だいたい1日500本から1000本くらい練習するよ」
「きゃー。そんなに練習するのか」
「練習は嘘つかない(Practice never tell a lie)って私たちは言うんだよ」
「ああ、何となくその意味分かる」
 
その日は彼女たちのシュートを見てあげて、各々の子に少しだけアドバイスした。するとレーミャのレイアップがかなり改善したし、パルプリートはスリーを3本も入れて喜んでいた。
 
「だけど、私たちとの対戦前に私たちにこんなに色々指導してくだっていいんですか?」
と向こうのコーチさんが心配そうに言う。
 
それに対して付き添ってくれた高田コーチはこう答えた。
 
「敵に塩を送る、という日本の言葉があるんですよ。敵は敵として、相手が困っていたら助け合う。日本で内戦を130年ほど続けた戦国時代 civil war pediod とでも言えばいいのかな、そんな時代があったんですが、その時に有力な領主に上杉という人と武田という人がいて、領地が隣り合ってずっと争っていたのですが、ある時、内陸の武田が塩が手に入らずに困っていた時に、海に面した領地を持つ上杉が自分の国で取れた塩を武田にプレゼントした故事があるのです」
 
「なぜプレゼントするんです? 相手が弱った方がいいのに」
「人の弱みにつけ込むのは卑怯だというのが日本人の考え方なんですよ」
 
「おお、武士道ですね」
 
「でもこんなに教えてもらって私たち強くなって日本を苦しめたらどうします?」
とレーミャが尋ねる。
 
「日本の国技、相撲では自分を指導してくれた先輩に実際の試合で対戦して勝つことを『恩を返す』repay the debt of gratitude と言います。後輩が自分を倒すほどまでに成長したことを先輩は喜ぶんです」
 
「それって仕返しする(revenge)という意味じゃないですよね?」
とレーミャが確認する。
 
「逆ですよ」
と高田コーチ。
 
「いや、たぶんそれも武士道なんでしょう」
と向こうのコーチ。
 
「そうですね。結構こういう考え方は日本人に根付いているんですよ」
と高田コーチ。
 
「いいなあ。私、やはり日本に留学しようかなあ」
とレーミャは言っていた。
 

 
2日目、11月3日。この日の日本の相手はマレーシアである。
 
このチームは昨日インドの子たちが言っていたように、物凄い長身チームであった。ポイントガードの子でも名簿によると178cm。他に180-190cm代の選手がずらりと並んでおり、センターの子は196cmということであった。
 
しかし篠原監督は「本気になるな」と千里たちに指示した。
 
こちらは早苗/千里/玲央美/桂華/サクラというメンツで始める。
 
千里はコート上で相手と対峙していて、常に向こうを見上げる感じであった。長身選手同士でパスを回されると、ほとんどインターセプトできない。しかしこの日千里たちはパスカットやスティールなどのプレイはほとんどしなかった。一応ディフェンスはするものの、突っ込んできたら無理には停めない。
 
向こうのシュートが入る確率があまり高くなく、リバウンド争いになるが、サクラにしても後で交代で入った華香・誠美にしてもポジション取りがうまいので190cm代の相手センターにボールを渡さない。7−8割は取ってこちらのボールにしてしまう。
 
そしてこちらは千里にしても玲央美や桂華にしても高確率でゴールに放り込む。しかし本気になるなと言われているので千里はこの日1本もスリーを撃たなかった。
 
試合はシュートの精度の差と、リバウンドの差が出て着実に点差が開いていく。千里は後半は休んで渚紗が出たし、フォワードも江美子・彰恵・百合子と交代していくが、状況は変わらない。渚紗は試運転するかのようにスリーを3本撃って2本入れていた。
 
そういう訳で試合は40対82で日本が勝った。
 

「ちょっとうちの学校の男子チームと対戦している気分だったかな」
と玲央美が言う。
 
「P高校さんの男子ってあまり聞かないね」
「3年くらい前に創設したばかりだけど、まだ地区大会で1勝もしてない」
「なるほどー」
 
「そういえば2学期から実はうちの女子バスケ部にひとり1年生の男子が入ったんだよ」
と玲央美。
 
「嘘!?」
「性転換予定の人?」
「それとも性転換済みで2年経つの待ってる人とか?」
 
「いや、別に女の子になりたい訳じゃないと思う。普通の男の子だよ」
「なんでまた?」
「出場できないよね?」
「バスケの指導者志願なんだよ」
「へー!」
「だからマネージャー扱い。彼を入れるかどうかで結構揉めて、それで入部は2学期からになった。洗濯とか雑用もやります、とは言ってたけど、さすがに女子のユニフォームとか下着を男子に洗濯させる訳にはいかないから、洗濯は免除した」
 
「それはさすがに触られたくないね」
 
「全国区のうちの女子バスケ部とその指導の仕方を見習って勉強したいという話でね。だから審判の講習会とかもに行かせているよ」
「そういう人も面白いね」
 
「本人の技術力も男子バスケ部に入れば即エースになれるレベルだと思う。基礎的な練習ではけっこう女子に混じってやってるし、AチームBチーム戦にもBチームで出してるよ」
 
「その子、実は入る高校を間違えたのでは?」
「P高校が有名だからてっきり男子も強いかと思い込んでたんだったりして」
 

 
3日目、11月4日。この日はもう最初から客席が凄い興奮である。この日は韓国戦なのである。何だか向こうのチームも凄い気勢をあげているし、客席で喧嘩しようとして警備員から退場を食らっている客までいた。
 
チーム内でも
「なんか韓国戦って燃えるよね」
などと言っている子もいる。玲央美や誠美はポーカーフェイスだし千里も心の中で「平常心、平常心」と自分に言い聞かせてコートに出て行った。
 
オーダーは相手は
PG.イ/SG.キム/SF.ホン/PF.チェ/C.ユン
こちらは
PG.朋美/SG.千里/SF.玲央美/PF.江美子/C.誠美
というメンツである。
 
なおポイントガードのイさんはユニフォームにはLeeと書かれているが韓国語では先頭の L の字は読まない(頭音法則という)ので音としては「イ」なんだよと韓国語に詳しい片平コーチが教えてくれた(但し北朝鮮では文字通りに「リ」と読まれることも多い。漢字では李)。
 
「フランス語でHを読まないのと似たようなものかな?」
「日本語でも『へ』と書いて『え』と読むしね」
「馬は振り仮名は『うま』だけど実際の発音は『んま』だよね」
と彰恵が言うと
 
「それあんただけでは?」
と百合絵。
 
「いや、馬の発音は『うま』と読む人と『んま』と読む人がけっこう拮抗してる。文字で『うま』と書いているから自分で『んま』と読んでいることに気付いてないんだよ」
と早苗が言う。
「え〜〜!?」
 
「『んま』と読むのは方言じゃないの?」
という意見も出るが
 
「馬は中国読みの『マー』が少し訛って『んま』になって、それが変形して『うま』になったものだから、実は『んま』という発音の方が古い。『うま』というのはむしろ学校教育が広めた新しい読み方。梅も元々は『んめ』」
と片平コーチが解説した。
 
「ほほぉ」
「いや、意外に字と違う読み方をしていることに気付いてないものってあるかもね」
 
なお、昨日までの成績は日本と中国は2勝、韓国とマレーシアは1勝1敗、台湾とインドは2敗である。
 

ティップオフは誠美とユンさんで争ってユンさんが取り、最初は向こうが攻めあがってきた。こちらはゾーンで守る。
 
ゆっくりとパス回しをしてやがてチェさんが進入してくる。江美子と接触。笛が鳴る。江美子のブロッキングが取られた。チェさんがもうシュート動作に入っていたのでフリースローになる。
 
1本入れて1対0。
 
試合はフリースローの得点で韓国が先取点を挙げる展開で始まった。
 

試合はお互いに燃えている選手が多い分、どちらも最初ファウルがかさみフリースローでの得点がけっこう多かったが、しだいにお互いにちゃんと無駄な接触を避けるプレイができるようになってくる。
 
向こうはやはり最後はホンさん、チェさんの2人のフォワードにボールを渡してそこからゴールを狙うパターンなので、守る側もそこを集中的に警戒する。最初その付近は江美子と玲央美が守っていたのだが、江美子が2つ、玲央美が1つファウルを取られた所で桂華と彰恵を投入すると、ふたりとも比較的スティールがうまいので、ファウルにならないようにうまくボールを奪って反転するパターンが出てくる。
 
しかし向こうもPGイさんがひじょうにスティールが上手い。特に第1ピリオドではずいぶんこちらのパス回しの途中をカットされて速攻されるパターンもあった。そういう訳で第1ピリオドは22対15と韓国が大きくリードした状態で終わった。
 
第2ピリオド、早苗/千里/玲央美/百合絵/華香のメンツで出て行く。向こうはイさん以外を入れ替えてきた。イ/パク/ナム/ヨン/ファンというメンツだ。
 
このヨンさんがひじょうにパワフルで、千里たちはなぜこの選手を最初から出さなかったんだ?といぶかった。漢字で書くと『龍』らしいが、本当に龍のようなしなやかでパワフルな動きだった。
 
この試合ではヨンさんと玲央美の対決がひとつの軸となった。
 
ヨンさんはこちらから見て左手から攻めて来る。玲央美は最初右側を守っていて左側には百合絵がいたのだが、立て続けに2度抜かれた所で、百合絵が玲央美に「タッチ」と言って左右入れ替わった。それでその後この2人が対決することになる。
 
ヨンさんは179cmの長身で玲央美とほとんど背丈の差が無い。身体がひじょうに柔らかい上に瞬発力があるので、ふつうの選手だと一瞬のフェンイトで反対側を抜かれてしまう。しかし瞬発力や柔軟性では玲央美も負けていない。ヨンさんが抜いたかと思ったら次の瞬間、玲央美はヨンさんの目の前に居る。それで最初はヨンさんが抜いたつもりになってシュートしようとしてボールを玲央美に手の中から奪われたり、あるいは手から離した瞬間を叩き落とされる展開がある。
 
玲央美のスティールが成功すると、だいたい良い場所に千里がいるので、そのままパスを受け取りドリブルで速攻する。そしてスリーポイントラインの所まで到達すると即スリーを撃つ。
 
このスティールからの速攻で日本はあっという間に挽回した。
 
その後はヨンさんも慎重になったので簡単にはスティールされないものの玲央美との間に複雑なフェイント合戦が展開される。攻めあぐねて他の選手に回そうとすると、玲央美の前方に陣取っている千里がしばしばパスカットし、右側にいる早苗にパスして攻め上がった。
 
ヨンさんはどうも自分でシュートするのは得意だが、他人にパスするのは若干苦手な感じもあった。恐らくこの人は自国では、他人にパスする場面がほとんど無いんだ!と千里は思った。ボールを持ったらシュートなんだ。
 
向こうは途中でタイムを取り、ヨンさんに監督が指示を与えていた。そしてその後はヨンさんは一切パスしなくなった! とにかくヨンさんが持ったら必ずシュートに行く。しかし玲央美が簡単にはヨンさんを通さないし、何とか玲央美を抜いてもゴール下には華香がいるので外せばほぼ確実に華香が取ってしまう。
 
そういう訳で韓国側はヨンさんにボールが渡った後はなかなか点が入らない結果になる。千里はなぜこの人が先発メンバーではなかったかが分かった気がした。この人はあまりに強すぎるゆえに、相手の集中マークを受けてしまい、結果的に点を取れないのだろう。後からスコアを確認したら中国戦と日本戦以外では1試合30点くらい取っていた。
 
そしてヨンさんと玲央美の対決が続いている間に、日本は千里と百合絵がどんどんゴールを奪って、前半終了間際に日本はとうとう38対40と逆転に成功した。第2ピリオドだけ見ると16対25である。この内15点が千里の得点である。
 

「ヨンさんって、おそらくあまり強くないチームに所属していたんじゃないかな」
とハーフタイムにこちらのベンチでは声があがる。
 
「うん。他の選手が頼り甲斐がなくて、自分がひとりで頑張らないといけなかった。それでああいうプレイになっちゃったんだよ」
「ちょっともったいない素材だね」
「でもあれだけ強ければきっと大学では強いチームに入るだろうから、彼女は2−3年後が怖いよ」
「たぶん次のオリンピックでは怖い存在」
 
「次のオリンピックどこだっけ?」
「ロサンゼルス。その予選は2011年のアジア選手権。日本の大村市で開催」
「大村市って長野だっけ?」
「それは大町市。大村市は長崎県」
「どちらも県名に長が付いてる」
「町とか村とか付いてるのに市なのか」
「今市市(いまいちし)とか、市が1個多いのではと思いたくなるね」
「四日市市とかもね」
「新潟には十日町市ってあるね」
「実は広島に以前十日市町ってのがあった」
「紛らわしい!」
「それ絶対郵便物の迷子が発生する」
 

話が暴走しかかった所で第3ピリオドが始まる。
 
向こうはヨンさんがそのまま出てくる雰囲気なので、こちらも玲央美がそのまま出て実質的にヨンさんの専任マーカーになることにする。シューターは渚紗、もうひとりのフォワードは江美子に交代した。朋美/渚紗/玲央美/江美子/サクラというオーダーである。向こうはキム/キム/ホン/ヨン/ユンというオーダー。ポイントガードもシューティングガードもキムさんだ。韓国は国民の半数がキムさんらしい。ユニフォームにはポイントガードの方はY.KIM、シューティングガードの方はA.KIMと書かれていた。(キム・ユナ、キム・アランらしい)
 
前のピリオドでヨンさんを使った攻めが結果的にうまく行かなかったので第3ピリオドでは韓国はむしろホンさんの方を使った攻めを使おうとした。しかし第1ピリオドでのホンさんの動きをコート上で見ていた江美子が簡単には彼女の進入を許さない。どうにもそちらから攻められないので結果的にヨンさん頼りになるが、ヨンさんは玲央美に抑えられる。ということで韓国はこのピリオドでは24秒近くになってからシューターのキム・アランさんからのシュートに行くパターンが多くなった。しかし彼女のシュートはあまり精度が高くないようで3回に1回くらいしか入らない(普通はこれでも成功率は高いほう)。
 
一方日本は渚紗が7割くらいの確率で入れるし、江美子もどんどん点を取るし江美子がマークされていたら玲央美も自ら得点していく。そういう訳で点差はじわじわと開いて行く。このピリオドを終えて53対61と8点差がつく。
 

最後のピリオド、向こうはいったんヨンさんを下げてチェさんとナムさんで来た。こちらも玲央美をいったん休ませて桂華と百合絵で行く。シューターは千里が戻る。桂華と百合絵は相手の2人のフォワードを完全に押さえ込んだ。一方で千里がどんどんスリーを入れる、桂華・百合絵も競い合うようにゴールを奪う。あっという間に12点差となるので向こうは再度ヨンさんを入れる。こちらも桂華の代わりに玲央美を入れる。
 
再度ふたりの対決が続くが、やはりヨンさんはなかなか玲央美を抜けない。それでも第四ピリオド前半よりはマシで、この5分間にヨンさんは2度のゴールを奪うことができた。また向こうもシューターのパクさんがスリーを3つも入れて韓国側応援団が物凄く興奮していた。彼女は後から聞くと国内ではあまり実績が無かったらしく、どうもこのアジア選手権で開花したようである。
 
試合は最後、そのパクさんのスリーが惜しくも外れた所を向こうのセンターのユンさんがタップで放り込んで結局70対83で終了した。
 

両軍整列する。中東系の主審さんが「83 to 70, Japan won」と言って日本の勝利を告げる。お互いに握手して健闘を称えた。
 
しかし最初はやや不穏な雰囲気もあったのでファイティングなどが起きなくて良かった! とりあえずどちらも退場者は出なかった。でも興奮している観客がいるので、ということで控え室に向かうとき、また会場から出る時はずっとスタッフの人たちが付いていてくれた!
 
「だけど韓国とはまた決勝トーナメントでやる可能性もあるよね」
「トーナメント、どういう組合せになるんだっけ?」
「準決勝が予選1位対4位、予選2位対3位なんだよね」
「今日の日本の勝利で、日本はたぶん1位か2位、韓国は上位との対戦が終わって1勝2敗だから残り2つ勝つ前提で3位濃厚」
 
「それって決勝戦まで考えると当たる確率が6−7割あるんじゃないの?」
「準決勝で当たるかどうかはうちの中国との勝負次第だね」
 
(単純計算すると日本が1位か2位、韓国が3位確定の前提で、準決勝で当たる確率0.5 と決勝で当たる確率 0.125、3位決定戦で当たる確率0.125 を加えて 0.75である)
 

 
翌日、11月5日はインド戦である。
 
この日の試合は和気藹々としたものとなった。インドチームとは最初にメダンに着いた日に食事の席で一緒になり、あれこれ話したが、その後2度も食事のタイミングが合ったし、一度は一緒に練習したりもした。お互いに仲良くなっているので、整列した段階でお互いに手を振り合ったり笑顔であった。
 
スターターはインド側は
PG.ジョーティー/SF.パルミンダル/SF.レーミャ/PF.アルカ/C.ステファニー
 
と背番号4-8の選手を並べてきた。恐らくベスト5なのだろう。シューターが居ないが、向こうのメンバー表にはそもそもシューティングガードが登録されていない。単にガードとして登録されているのが161cmのジョーティーと159cmのラースラーだけで、ふたりとも実質ポイントガードのようである。日本側は
 
PG.早苗/SG.千里/SF.玲央美/PF.桂華/C.誠美
 
というマジなオーダーで始める。
 
誠美とステファニーでティップオフ。誠美が取って早苗がドリブルで攻め上がる。千里にパスしていきなりスリーを撃つ。入って3点。日本の先制で試合は始まった。
 
実力差が明確なので、こちらとしても無理はしない。むしろ基本を再確認するようなプレイを心がけた。マッチアップした時も、軽くどちらかに1回フェイントを入れてから反対側を抜く。ディフェンスもマンツーマンで付く。無理なパスカットもしない。千里もあまり変則的なシュートの撃ち方はせずに基本に忠実な撃ち方をしたので、それでマッチアップしたレーミャがブロックに成功してインド応援団から歓声があがったりもしていた。
 
それでも第1ピリオドで既に36対8である。
 

「この戦い方は結構良い気がする」
と第1ピリオドに出たメンバーから声が上がる。
 
「うん。ふだん物凄い欺し合いとかしてるから、たまにこういう基本に立ち返るりのもいいんじゃないかという気がした」
 
「じゃこの後も同じ路線で」
 
第2ピリオドは朋美/渚紗/彰恵/江美子/サクラというメンツで始める。向こうも5人全員入れ替えてきた。実力差は第1ピリオド以上にあった感じではあったものの、向こうの控えポイントガードのラースラーさんが結構な得点能力があり、ピリオド開始早々6点1人で取る。彼女はポイントガードなのだが、自分にマーカーが付いていないのを見て自ら進入してきた。こちらはサクラをゴール下に置いて他の4人でPG以外の4人をマークしていたのだが、この攻めを見てサクラは相手センターのアーラーサーナーさんに付き、彼女に付いていた彰恵がラースラーさんに付く、完全マンツーマンにすると、さすがにラースラーさんも《ややマジ》の彰恵には歯が立たず、その後は向こうも攻めあぐねる展開になり、24秒近くになると、フォワードのパルプリートさんが入っても入らなくても構わないという雰囲気でスリーを撃った(でも1本入った)。
 
それで前半が終わって68対23となる。
 

第3ピリオドでインドは前半に出ていなかった2人を出して来た。これで全員出場である。向こうはピリオド途中での交代はせずに、どうも各メンバーが1ピリオドはずっと出ている方式のようである。こちらはタイムは取らないものの、ファウルやヴァイオレーションで試合が停まったタイミングで適宜交代させながらプレイをしていた。
 
第4ピリオドは向こうは第2ピリオドと同じメンツにしてきた。するとラースラーさんは、彰恵との3度目の対決で初めて彰恵を抜くことに成功する。彼女が得点すると随分客席が沸いていた。しかし抜かれたことで彰恵は《少しマジ》になったので、その後はラースラーさんは1度も彰恵を抜けなかった。結果的にまたパルプリートさんがスリーを撃って攻撃を終えるパターンになるが、このピリオドでは彼女はスリーを2本入れた(通算で彼女は11本スリーを撃って3本入れたので、充分シューターを名乗れる成績である)。
 
終わってみると45対125と、まあまあの得点での決着となったが、結果的にはパルプリートさんはチーム得点の半分近くをひとりで稼いだ。
 
彼女はまだ16歳ということで、2-3年後は優秀なシューティングガードになっている可能性もあるね、などと千里たちは言い合った。
 

 
11月6日。アジア選手権は予選リーグの最終日を迎える。対戦相手はここまで日本同様4勝0敗の中国である。この試合に勝った方が予選リーグの1位ということになる。向こうの登録メンバーはこのようになっていた。
 
PG 馬(4.マー176) 白(9.パイ171) SG 林(5.リン187) 孫(10.スン184)
SF 魏(6.ウェイ182) 張(11.チャン182) 勝(15.シェン174)
PF 王(7.ワン196) 陳(12.チェン193) 宋(14.ソン192)
C 劉(8.リュウ201) 黄(13.ファン198)
 
センターの2人はどちらも見上げるような感じである。女子でこの身長は凄いと千里は思った。男子でもこんなに背の高い人はめったに居ない。実際、こんなに背の高い選手はオーストラリア遠征でも出会わなかった。強化合宿の過程で一度東京の男子プロチームに練習相手になってもらった時に経験したことがあるだけである。
 
最初は中国は馬(4)/林(5)/張(11)/宋(14)/黄(13)、日本は朋美/千里/玲央美/江美子/誠美と、日本側はマジ度120%のオーダーで始める。中国はやや様子見の感じもあった。
 
ティップオフは黄さんが取って馬さんがドリブルで攻め上がってくる。日本はゾーンで守る。千里はいつものように左前方を守っているのだが、その付近には向こうの張さんがいて、この試合では最初の内彼女や、その後交代で入った魏さんとの対峙が多かった。
 
背の高いチームということでいえば、2日目に対戦したマレーシア・チームも背が高く、平均身長で言うと向こうの方が凄かったのだが、中国チームはさすがにみんな鍛えられており、背が高い上に巧い。これは大変な相手だぞ、と千里は思った。
 

試合は序盤、中国側が優勢で進む。やはり長身の選手同士でパスを回されるとけっこうきつい。また誠美も頑張るのだが、身長で10cmの差があるとリバウンドはどうしても中国側が有利である。
 
しかしこの夏のインターハイ・国体で長身のQ女子高との対戦で「スピード・バスケットボール」をやった玲央美と千里がそのスピードでやられた江美子も含めて3人で高速なパス回しを始めると中国側の選手はボールの動きに付いていけなくなる。
 
それで相手ディフェンスにほころびが出てきた所に玲央美が進入してシュートを放つと、相手はブロックが間に合わない感じであった。向こうは最初中国選手とも引けを取らない長身の誠美に警戒していたので、玲央美への防御がやや弱くなっていた。しかし玲央美が立て続けに点を取ったので、そちらに警戒していくと今度は江美子が相手の手の下をかいくぐるようにして中に入っていき、華麗にシュートを決める。
 
長身の玲央美と背の低い江美子のどちらからでも攻撃が来るとなると向こうのディフェンスはやや混乱した。結局朋美・千里を半ば放置して、玲央美と江美子に2人ずつ付くディフェンスになる(もうひとりが誠美に付く)。そこで朋美は千里にボールを送る。ノーマークなので千里は美しいフォームからスリーを決める。
 
このスリーを中国側は「攻めあぐねてやむを得ず撃って偶然入っただけだろう」と最初思った感じであったが、このパターンで千里が3本連続でスリーを入れると、これはやばいという感じになって、192cmの宋さんが千里にマークについた。
 
しかし長身の選手との対峙はけっこう慣れっこである。千里は緩急を付けた動きで相手のマークを外してブロックできない位置からスリーを撃つ。結局このピリオドだけでも千里は5本のスリーを放り込み、これも含めて、第1ピリオドは後半で日本が頑張ったので、20対23という、日本が3点リードする展開で終了した。
 

「いや、こないだは弱い男子チームとやってる感じだったけど、今回は男子の強豪を相手にしている気分だ」
 
などという声がインターバルの間に選手の中から出る。
 
「うーん。いっそみんな性転換して男になったつもりで頑張ってみる?」
などと高田コーチが言う。
 
「ああ、それもいいかもね」
「何かの間違いで性転換手術されちゃってもボクは生きていける気がするなあ」
などと言っている子もいる。
 
「千里、せっかくちんちん取ったのに、また付けないといけないよ」
「うーん、面倒くさいなあ」
 

第2ピリオド、向こうは馬(4)/林(5)/魏(6)/王(7)/劉(8)というオーダーで来た。本気っぽいオーダーである。こちらは江美子・玲央美を休ませて、彰恵・百合絵のF女子高コンビで行く。センターはサクラに交代する。
 
このピリオド、中国は林・魏・王の3人が入る入らないを気にせずどんどんシュートを撃ってくるという作戦で来た。外れたら201cmのセンター劉さんがリバウンドを取って放り込めばいいという考え方である。
 
普通なら201cmのセンターには誰も対抗できないので、これはある意味開き直った強烈な戦術だ。ところが劉さんとリバウンドを争う(自称)180cmのサクラが21cmもの背丈のハンディにも関わらず、絶妙なポジション取りで、結構なリバウンドを取る。ディフェンスリバウンドの3割くらいをサクラは取った。
 
第2ピリオド7分ほど経ったところでリバウンド争いでサクラが取ったのだが、隣で劉さんが倒れた。笛が鳴る。
 
審判はサクラのブッシングを取った。サクラは一瞬首をひねったものの素直に手を挙げてファウルを認める。そして倒れていた劉さんに手を差し伸べて立たせてあげる。「プーハオイーシー(済みません)」と声を掛けたら、劉さんが何だか焦ったような顔をした。
 
その表情を見て彰恵が千里のそばに寄ってきてささやいた。
 
「今のは多分フロッピング(当たった振りをして派手に倒れること)だよ。素直に謝られたんで、彼女もちょっと罪悪感を感じたんじゃないかな」
 
「なるほどー」
「千里も絶対仕掛けられるから気をつけなよ」
「分かった」
 

向こうはその後、こちらの攻撃の際のゴール下の密集地帯で百合絵がシュートを放ったそばで林さんがまるで押されたかのように倒れた。百合絵が撃ったボールはゴールに飛び込んだものの、ファウルが取られてノーゴール。向こうのスローインから再開される。
 
相手はまたかなり遠くからゴールを狙い外れる。リバウンドをサクラと劉さんで争うが、さきほどファウルを取られたのでサクラが少し消極的になった。それで劉さんがボールを確保して自ら放り込む。このゴールで中国はとうとう逆転して35対34とした。
 
日本が攻め上がる。朋美がセンターライン付近から先行する千里にパスを送る。ボールを受け取った千里はそのままドリブルで相手陣地へ急速に進入する構え。そこに王さんが猛然とチェックに来る。マッチアップ。
 
と思われた所で千里は急停止してボールを胸に抱えた。その時、王さんが派手に転んだ。
 
笛が鳴る。
 
が、王さんと千里の距離はまだ1m以上あった。むろん千里が急停止していなければ、あのタイミングくらいでふたりは超接近していたはずである。
 
ふたりの審判が顔を見合わせて何か話し合っている。千里はじっとその話し合いの結論を待った。
 
審判は王さんの背番号を示した上でテクニカルファウルのジェスチャーをした。あわせて審判は選手に集まるように言い
 
「今後、どちらのチームもフロッピングと見られる行為をした場合は厳重に処置する」
 
と警告した。この判定に向こうのキャプテンの馬さんが「今のは王はすべっただけだ。なぜそんなのがテクニカルファウルになる?」と抗議した。
 
即、馬さんにもテクニカルファウルが宣告される。中国チームの監督が頭を掻いていた。
 
バスケットでは審判に抗議する行為は禁止されている。審判の判断は絶対かつ最終的であり、コート上では審判がルールのようなものである。しかしそれでこの後、中国側は大袈裟に倒れる演技はしなくなった。結果的にこの後は日本側の攻撃がスムーズに行くようになったし、サクラも積極的に劉さんとリバウンドを争い、気合いで残り時間はリバウンドの半分を確保した。
 
それで前半が終わってみると41対51と点差は開いてしまった。
 

「千里、ナイス・逆フロッピング」
と彰恵がベンチで言った。
 
「まあファウルを誘うのはよくあるプレイ。ファウルされたかのように演技するのもまあ結構あるプレイ。だからフロッピングを誘ってみた」
と千里。
 
「あれは向こうは転び損になったね」
と百合絵。
 
「急激に進入しようとすれば、絶対仕掛けてくると思ったからわざと急停止したら、案の定だった」
と千里。
 
「要するに欺し合いなんだ!」
とこういう問題にいちばんナイーブっぽい早苗が呆れたように言う。
 
「バスケットは頭脳戦だよ」
と千里。
 
「審判を味方につけることが大事なんだよ。さっきの判定で向こうはもう演技することができなくなった」
と玲央美は冷静にコメントした。
 
「その代わり強烈に当たってくるかもね。こちらも簡単には倒れられないから」
と桂華。
 
「まあ、そういう試合にはみんな慣れてるよね」
「バスケットは格闘技だもん」
 

ハーフタイムの間、中国ベンチは何やら選手と監督がやや険悪?と思われるくらい議論していた。
 
そして第3ピリオド、何と第2ピリオドと同じメンツで出てきた。こちらは桂華と玲央美で行く。ポイントガードは早苗、センターは華香に交代する。
 
千里は中国チームの気合いが第2ピリオドとは全く違うのを千里は感じた。物凄く気迫あるプレイをする。どうも選手たちが監督の方針に反発して小細工無しで実力勝負に来たようである。王さんとマッチアップしていても、前ピリオドではややフラフラしていた視線がしっかりとこちらに向けられて、視線の圧力を感じるほどである。自分の力と技でこちらを圧倒したいという気合いが伝わってくるかのようであった。
 
その中国勢の勢いがあらわれて、当初立て続けに得点していったん51対51の同点までたどり着く。しかしその後は千里が積極的にスリーを撃ち、突き放しに掛かる。玲央美と桂華もどんどん点を取り、万一外れた場合は華香が前に出ていたサクラ・誠美に負けるものかと頑張ってリバウンドを取る。劉さんとサクラはかなり激しくぶつかりあっていたが、どちらも倒れなかったし笛も吹かれなかった。
 
それでこのピリオド後半には点の取り合いという感じになり、最終的には66対72で第3ピリオドを終えた。このピリオドだけ見れば25対21と中国がリードしている。
 

第4ピリオド。千里は休んで渚紗が出て行く。フォワードは江美子・彰恵で行き、センターは誠美である。向こうは白(9)/孫(10)/魏(6)/王(7)/黄(13)というメンツできた。馬さんと林さんはずっと出ていたので、さすがに限界だろう。しかしフォワードの2人は第2ピリオドからずっと出たままだ。恐らくこの相手には魏・王の主力2人は外す訳にはいかないという判断なのだろう。
 
このピリオドも基本的には点の取り合いという感じにはなる。ただ、向こうはある程度外れて、そのリバウンドを取る前提で戦っているのに対して、こちらは最初から直接ゴールに確実に入れるつもりで戦っている。またリバウンドでは誠美が落下点にうまく陣取っていることもあり、向こうが背丈の差だけではこちらを圧倒できず、オフェンスで3割、ディフェンスで6割くらいしか取れない。両軍の点数の差はじはじわじわと開いて行く。
 
また渚紗は相手に妨害されても積極的にスリーを撃ち、7割くらい成功させる。しかし孫さんのスリーは3割くらいしか入らない。
 
最終的には90対102で決着した。
 

両軍が並んで審判が日本の勝利を告げる。試合後はお互い笑顔で握手しあった。
 
こうして日本代表は予選リーグを5勝0敗。1位で終えることができた。これで1日置いて8日の準決勝の相手は4位のチームということになるので台湾かマレーシアである(もうひとつの準決勝は2位の中国対3位の韓国で確定)。
 

「ところで中国側は15番の勝(シェン)さんを使わなかったね」
「秘密兵器とか?」
「いや秘密兵器なら、リードされた展開で投入するでしょ」
 
篠原監督がiPhoneでスコアを確認していた。
 
「勝さんはマレーシア戦とインド戦で1ピリオドずつ使っているね。でもどちらでも4点しか取ってない」
 
「じゃ純粋に実力の問題かな」
「背丈も低いしね」
「そうそう。正ポイントガードの馬(マー)さんより低いよね」
 
中国選手は背が低い方から、控えPGの白さん、勝さん、馬さんの順である。この3人だけが170cm台である。
 
「強い相手には使えないということなのかもね」
 

試合が終わった後、着替えてから、その準決勝で当たる相手が決まることになる台湾・マレーシア戦を見る。韓国は3勝2敗で既に予選リーグを終えていて3位確定である。台湾とマレーシアはここまで1勝3敗なので、この試合に勝った方が4位になり、明後日の日本の対戦相手になる。
 
しかし両者の実力差は明白だった。序盤から台湾が大きくリードする展開である。第2ピリオドで台湾が主力を休ませている間にマレーシアも頑張ったが、後半は台湾が一部の主力を戻して、突き放した。
 
これで準決勝の日本の相手は台湾と決まった。5位のマレーシアは6位インドとともに、2部リーグとの入れ替え戦に出ることになる。
 
「しかし勝てば決勝トーナメント、負ければ入れ替え戦ってのは天国と地獄だね」
「まあ、インドもマレーシアも前回のアジア選手権で2部の1位2位になって、入れ替え戦で上に上がってきたんだけどね」
「1回だけで2部に逆戻りにならないといいけどね」
 

試合が終わってからホテルに戻り、食事に行くと、またまたインドチームの子たちと遭遇した。
 
「はーい。おはこんばんちはー」
などとネット用語で挨拶してくる。
 
「ハローハロー」
などと言ってこちらも近くのテーブルに陣取って、多少入り乱れながらおしゃべりした。
 
「1位おめでとー」
「ありがとう」
 
「今回は1勝もできなかったよー」
とインドチームの子たち。
 
「残念だったね。入れ替え戦頑張ってね」
「相手はカザフスタンかフィリピンになりそうだけど、どちらも強そー」
「まだ3日あるから練習、練習」
 
「せっかく日本の人たちにシュートの指導とかしてもらったのに」
「だけどパルプリート、今日の韓国戦でスリーを5本入れた」
「優秀、優秀」
「やはりパルプリートは次からはシューティングガードの登録でいいかも」
 
「もし良かったらまた少しシュート見てもらえませんか?」
「いいよ」
 
ということで、その日もこちらの4人(千里・玲央美・江美子・桂華)と向こうの4人(パルプリート、レーミャ、パルミンダル、ステファニー)と、各々のコーチ・通訳付きで、夜の体育館に入って一緒に練習した。こちらは高田コーチが付き合ってくれた。
 
「パルプリートちゃん、少し体勢が違う。ここでね腕を伸ばす方向が身体の重心移動と違うんだよ。だから、きちんと身体のバネがボールに伝わってない。もう少し下を狙う感じがいい」
 
「え〜? でもそんなに下だと届かない気がして」
「大丈夫。欺されたと思ってやってごらん」
 
と言ってやらせてみると、ボールが速い速度で飛び出して、ダイレクトにゴールに飛び込む。
 
「すごーい。入っちゃった」
「低い弾道でもスピードが乗れば入るんだよ」
「そうだったのか」
 
この日はパルミンダルが桂華に、レーミャが江美子に、ステファニーが玲央美にと各々個別指導してもらう感じになったものの、彼女たちは「なんか自分がたくさんできるようになった気がする」などと言っていた。
 
1時間半ほど練習したところで
 
「じゃそろそろ引き上げようか」
 
という話になる。
 
「決勝トーナメント頑張ってくださいね」
「そちらも入れ替え戦頑張ってね」
 
「そうだ。たくさん教えてもらったから、こちらもとっておきのこと教えてあげる」
とレーミャが言い出した。
 
「何?」
 
「中国のね。15番のシェンさん、要注意だよ。マッチアップして、この人凄くうまいじゃんと思った」
 
千里たちは顔を見合わせた。
 
「私たちが言ったことは内緒ね」
「うん。聞かなかったことにしておこう」
 

「どう思う?」
 
千里たち4人は高田コーチと、レーミャの情報について話し合った。
 
「あり得る話だと思う。決勝トーナメント用の隠し球なんだよ」
「今日の試合で使わなかったのは?」
「予選リーグは4位以上であれば問題無いと割り切っているんだと思う。決勝で勝つことが大事。だからそれまでは使わない」
 
「インド戦・マレーシア戦でゴール2回しか入れなかったのは、注目されないようにするためかもね。試合感覚を忘れないようにするため、調整を兼ねて出したんだよ。強いチーム相手に出たら実力あるのバレるから」
 
「おそらく巧いけど体力とかに問題があるんじゃないかな」
「あるいは何か欠点があって、バレると使えないんだろうね」
「あるいは何か資格に問題があって出場に制限がかかっているとか」
「資格というと?」
「それは国籍とか年齢とか性別とか」
「国籍はたまにトラブるよね」
「年齢は18歳越えてたら出られないでしょ」
「性別はこの世界、男みたいに見える女はふつうに多いから分からんなあ」
「むしろ女みたいに見える男なのでは」
 
「いや、そういうのでもし特別に許可がでてたとしても、むしろ予選リーグだけ出場できて、決勝トーナメントには出場できないと思う。それなら予選リーグでフルに使ったはず」
 
「ちょっと日本の本部に連絡して、彼女が中国国内の試合とかでプレイしている所の映像が無いか調べさせるよ」
と高田コーチが言った。
 

11月7日。
 
一部リーグは昨日までで終わり、決勝トーナメントは明日からである。この日は二部リーグの試合が行われていたが、一部リーグの選手は休養日になる。一応朝から軽く(?)3時間ほど汗を流したのだが、午後は本当にお休みとなる。サクラや朋美などは「寝てる」と言って部屋に戻って本当に寝ていたようだが、高田コーチが「観光でもする?」と言う。
 
「どこに行くんですか?」
「実はトバ湖を見ておきたいと思ってたんだよね。それでヘリをチャーターしてるんだ。もし行く人がいたら一緒にどうかなと思って」
 
「それって自費ですか?」
「ヘリが6人乗りなんだよ。操縦士以外に5人乗れる。僕は2000アメリカドルでチャーターしたんだけど、もし行く人がいたら1人200ドルくらいでどうかなと思って」
 
つまり4人が200ドル払えば、高田さん自身の負担は1200ドルで済むことになる。
 
「200ドルって何円だっけ?」
「今100円を切ってる。だいたい98円くらいかな。だから19,600円」
「優勝したらタダになりませんか?」
と江美子が言う。
 
高田さんが苦笑する。
 
「いいよ。じゃ優勝したら全員タダにする。でも優勝できなかったら払ってね」
と高田コーチは言った。
 
それで先着4名ということで、玲央美、千里、江美子、早苗が行くことにした。
 
「よし2万円がかかっているから優勝するぞ」
などと江美子は張り切っていた。
 
 
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【女の子たちのアジア選手権】(2)