【女の子たちの交換修行】(1)

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2008年10月23日(木)。
 
これは千里がインドネシアに行く直前の出来事である。
(千里は24日に学校で壮行会をしてもらい東京の合宿所に移動している)
 
この日旭川N高校で教頭の前に、千里・暢子・留実子・薫の4人がやってきて「お話がしたいです」と言った。
 
教頭は4人を面談室に通した。
 
「率直に言います」
と暢子は切り出す。
 
「教頭先生からのお話で、私たちはみな当初予定してた大学より1ランク上の大学を受験することにしました。それで私はA大学の予定をH教育大旭川校というのはいいんです。そちらの方がバスケが強いから、頑張ってそちらを受けようと思っています。村山も□□大学医学部に合格できるくらい必死に勉強しています」
 
教頭は黙って話を聞いている。
 
「しかし花和の場合、婚約者が旭川市内の大学に進学予定で、ふたりは大学に進学したら在学中に結婚したいと考えています。ですから教頭先生から指示された札幌のH大学は受けたくないのです。当初の予定通り、H教育大旭川校に行きたいのです」
 
教頭はじっと話を聞いている。
 
「それでランクを交換させて欲しいのです」
 
教頭はどういう意味だろう?という感じで首をかしげる。
 
「H教育大旭川校の偏差値は54, H大学の偏差値は64で、10上がっています」
「うん」
と教頭は初めて返事をする。
 
「ところで歌子は元々偏差値40のS大学を考えていたのが偏差値50のL女子大を指定され、これを同じ50の東京のKS大学ということにしました。ここで歌子が偏差値60の東京のA大学を受けることにします」
「なるほど」
「その代わり、花和は本人の希望通り、H教育大旭川校に行かせてもらえませんか」
 
「うん。でもそれは併願する訳にはいかないの?」
と教頭が訊く。
 
「推薦入試を受けたいんです」
「そうか!」
 
「私たちはバスケ部の活動があるから推薦入試の方が有利だと思うんです。そもそも部活をしていても上位の大学に通りますよというアピールなんだとおっしゃってましたよね。だったら部活が有利に働く推薦入試を受けるのは悪くないと思うんです。でも推薦入試の場合、併願は不可なので」
 
「なるほど」
 
「それで私も花和も推薦でH教育大を受験したいんです」
 
「ちょっと待ってて」
と言って教頭は席を立った。
 
そして15分ほどの後、戻って来た。
 
「待たせてしまって済まなかった。僕にこの件の要求を突き付けた本人と話してきた」
「**先生ですか?」
 
「まあ、その件はあまり追及しないで。それで結論としてはOK」
「ありがとうございます!」
「君たちの友情に免じて向こうも折れてくれた。その友情、大事にしなさい」
「はい」
 
「推薦の書類が必要だよね?」
「はい。お願いできますか?」
「部活顧問からの推薦状は直接宇田君に頼んで。僕は校長に頼むから」
「よろしくお願いします」
 
「で、歌子君は推薦入試?一般入試?」
「実は私もできたら推薦で受験したいと」
と薫が頭を掻きながら言う。
 
「君たち、推薦の出願締め切りはいつだっけ?」
「H教育大は11月3日から10日までです。10日必着です」
「A大学は?」
「えっと実は明日必着で」
「何!?」
 
「この馬鹿、昨夜までそのことに気づいていなかったというんですよ」
と暢子。
 
「しかしそれ郵送では間に合わない可能性があるよね?」
と教頭。
「だからもし今日中に推薦状を書いていただけましたら、うちの祖母が東京まで直接持っていくと言っております」
と薫。
 
「分かった。それは何とかしよう」
と教頭は言った。
 
「でも君、男子学生として受験するの?女子学生として受験するの?」
「その件なんですけど、私は名前は男女どちらでも通じるので、改名の予定は無いのですが、できたら女子大生になりたいんです」
「うん」
「それで大学にも問い合わせてみたのですが、実態として女子高生しているのであれば、高校の書類が女子になっている場合はそのままでいいし、高校の書類が男子になっている場合は実質女生徒として在学している旨の記載を備考蘭にでも書いてもらったら、性別・女の受験票を受け付けるということでした」
 
「分かった。じゃその部分僕が確認するから」
「お手数おかけします」
 
そして教頭はふと気づいたように
「村山君も推薦入試だっけ?」
と訊く。
 
「私は□□大学医学部は受けますけど、入学しないつもりなので一般入試です」
「あ、そうだった!」
 
「だから千里は最初はK大学とかJ大学って言っておけば良かったのに」
と暢子は言った。
 

 
2008年11月7日(金)。
 
インドネシアでは千里たち日本代表が予選リーグを1位で終えてこの日は休養日であった。
 
この日、北海道ではウィンターカップの道予選が始まる。会場は釧路市の《湿原の風アリーナ釧路》。旭川N高校は男女選手15人・マネージャー(男子チームのマネージャーは今回久美子、女子チームは愛実)、及び雑用係の名目で来未・紅鹿、という面々。男子生徒15人・女子生徒19人、そして顧問の宇田先生・川守先生、南野コーチ、北田コーチ、白石コーチという総勢39名でやってきた。
 
ただし部屋割りは、男子生徒《14名》が4-5名ずつ3室、女子生徒《20名》は4人ずつ5室取り、宇田先生・川守先生・北田コーチ・白石コーチが1室、南野コーチは、暢子・揚羽・薫・留実子という《首脳部屋》に一緒に入っている。
 
ちなみに昭ちゃんは男子チームに所属しているものの扱いは女子生徒で、志緒たちと同じ部屋である。行く時のバスも女子の方のバスに乗っていた。ついでに女子制服を着せられていた!
 
「みなさん、体操服なのに、なんでボクだけ女子制服なんですか!?」
と本人は言っているものの
 
「君は可愛いから女子制服なんだよ」
と志緒に言われていた。
 

さて、今回の道予選に出場しているのは男女26校ずつである。
 
この中には女子でインターハイ優勝によりウィンターカップ出場が決まっている札幌P高校も含まれる。但し札幌P高校は「スーパーシード」されており、他の25校でトーナメントを戦い、勝ち上がったチームと決勝戦で対戦する。
 
そして決勝戦に出場した2チームがウィンターカップの道代表となる。つまり、この道予選で1試合だけ行われる準決勝が、東京体育館行きを賭けた勝負となる訳である。
 
7日は1回戦と2回戦が行われるが、旭川N高校は男女とも地区大会2位だったのでこの日は1回戦から出場した(地区大会1位のL女子高は1回戦不戦勝)。
 
女子の午前中の1回戦の相手は根室P商業である。永子/結里/海音/志緒/耶麻都といったメンツで始めて、その後適当に交代しながら戦ったものの、79対61で快勝した。
 
午後の2回戦の相手はわりと強豪の函館U女子高である。この試合では不二子をポイントガードとして使用してみた。不二子/結里/薫/蘭/リリカといったメンツで始める。
 
するとここのところ毎日2000回のドリブル練習をこなしていた不二子がかなり技術的に上達していて、しっかりとゲームの司令塔としての役割をこなした。彼女は元々がフォワードなので、攻撃の起点にもなれば自分でも得点できる。また171cmの背丈があるので、相手ポイントガードと対峙した時にミスマッチになって体格的な優位も出る。実際この日不二子はU女子高の3年生のベテラン・ポイントガードにマッチングでかなり勝利し、不二子に近接ガードされて相手が5秒ヴァイオレーションになってしまう事態も起きていた。
 
結果的に不二子が1学年上の「敦子的ポジション」で使えることが確認されたゲームとなった。試合はその後交代しながら進めて、72対57で勝った。
 
なお、男子の方では先日の「トライアウト」で15人目としてぎりぎり枠に滑りこんだ辻口君が1回戦でスリーポイント1本と通常のゴール2つ決めて鮮やかなデビューを飾り、2回戦では強豪との激しい勝負になったものの最後にその辻口君のフリースローで逆転勝利して明日の準々決勝に進むことが出来た。
 
「辻口君、インターハイ予選までには中核選手に成長してたりして」
「浦島が毎朝一緒にジョギングしようと誘っていた」
「浦島君も努力家だもんね」
 
もっとも1回戦でも2回戦でもチーム内でいちばん点数を取ったのは昭ちゃんだが、昭ちゃんは例によって試合前に「君、女子なのでは?」と言われて、登録証を確認されていた。
 

 
11月8日。インドネシアでは準決勝が行われて日本が台湾に勝ったが、釧路ではウィンターカップ道予選の3回戦と準々決勝が行われていた。
 
今回の道予選は毎日2試合というスケジュールである。午前中10時半からの3回戦では今回の「準優勝候補」のひとつである札幌D学園と対戦した。国体札幌選抜にも入っていた早生さんが率いるチームである。D学園は3年生はウィンターカップまでやって引退なので、早生さんが主将の背番号4を付けていた。
 
こちらは雪子/ソフィア/絵津子/暢子/揚羽と超マジなメンバーで始める。最初のキャプテン同士の握手の時、早生さんが暢子と握手しようとして
 
「あ、キャプテンはこっちこっち」
と言って揚羽を引き出すという一幕もあった。
 
暢子はパッと目立つキャプテンだが、揚羽は努力は人一倍するもののいつも控えめなキャプテンだ。
 
試合は序盤から激しい戦いとなった。向こうも1年生のスモールフォワード熊谷さんがどんどん点を取る。彼女は同じD学園2年生男子でインターハイ道予選のスリーポイント王になった熊谷君の妹である。お兄さんはやせ形でシューターだが、妹はがっちりした体格で兄より大きな身体を持っており、暢子や揚羽を吹き飛ばすような勢いで得点を重ねた。
 
「私とお兄ちゃんって、いつも男女逆だろうって言われてたんですよね」
などと熊谷さんはいつか言っていた。
「私がもらうはずのおちんちん、お兄ちゃん勝手に持って行っちゃったでしょ。返してよ、なんて冗談も言ってましたけど」
「ちなみに熊谷さん男の子になりたいとかは?」
「あ、結構思ってましたよ〜」
「お兄さんは女の子になりたいとかは?」
「どうだろう? 訊くと誤魔化すから怪しい気もしますけどね」
 
もうひとりD学園でN高校が脅威に感じたのが9番の背番号を付けている須和さんである。
 
「あんな選手居たっけ?」
という声が客席では起きていた。
「1年生なのに背番号が1桁って凄いね」
 
「あの選手1年間、アメリカにバスケ留学していたらしいよ」
「すげー」
「でも留学していた場合、インターハイやウィンターカップでの出場資格はどうなるの?」
 
「たしか19歳になる年まではOKだったはずだよ。だから留学・留年・浪人で1年遅れたまでは3年生まで出られる。ただし各学年1回しか出られない。須和さんの場合、1年生だった去年の9月からインターハイ予選直前のこの5月まで約1年留学していたらしい(アメリカは7〜8月が夏休み)。1回のみの規定で今年のインターハイには出られなかったけど、ウィンターカップには出場資格があるらしい」
 

相手が早生さん・熊谷さん・須和さんが中心になって点を取るものの、N高校側でも、1年生のソフィアと絵津子がお互い競い合うようにして点を取るし、暢子も1年生に簡単に負けたとあっては特例で3年生を出してもらった意味が無いというので頑張る。それで前半だけでも48対56というハイスコアのゲームとなった。
 
向こうの48点の内3分の1の16点が須和さんの得点。熊谷さんは14点、早生さんも10点である。しかしこちらも暢子18点、絵津子16点、ソフィア15点であった。
 
後半は不二子/結里/薫/志緒/留美子というメンツで始める。志緒がキャプテンマークを付ける。前半出番が無くてエネルギーが余っていたという不二子がポイントガードの役目を果たしながらも自分でも得点を取る。結里も調子よくスリーを打ち込むし、薫もひとつひとつのプレイを噛みしめるように丁寧な動きで着実に点を取っていく。留美子はリバウンドで絶対的である。
 
向こうの熊谷・須和という両エースが第3ピリオドで休んでいた間にかなり突き放すことができ、第4ピリオドでふたりが戻ったものの、最終的に86対108で決着した。不二子も16点、結里も15点、薫は14点取っている。
 
「私キャプテンマーク付けてたのに8点しか取れなかった!」
と志緒が言っていたが
 
「キャプテンはみんなをまとめるのが仕事だから」
と雪子が言っていた。
 
「私、出番が無かったー」
と蘭が言っていたが、南野コーチは
「午後の試合は先発ね」
と言われて
「頑張ります!」
と張り切っていた。
 
そして客席ではアメリカにバスケ留学してきた選手まで擁するD学園が大差でN高校に負けたことで「N高校強ぇ〜」という声があちこちからあがっていた。
 

 
午後3時からの準々決勝(事実上の準決勝)の相手は釧路Z高校である。N高校相手だと異様に燃えるチームで、国体道予選でもあわやという試合を演じたが、今日も向こうのキャプテン松前乃々羽のテンションは異様に高かった。
 
思えば彼女が初めて中心選手として臨んだ1年生の新人戦でZ高校はN高校がテスト運用したゾーン・ディフェンスに大敗して、そこから彼女のリベンジは始まったのである。
 
こちらは雪子/結里/薫/蘭/揚羽というメンツで始めたが、キャプテンの揚羽と握手した後で、「暢子は出ないの?」と薫に訊く。
 
「若くて威勢のいいのが多いから、おばあちゃんは後半に」
と薫が答えると
「じゃ前半ダブルスコアにして、焦らせてやろう」
などと乃々羽は言っていた。
 

試合はZ高校がゾーンを敷いてこちらの進入を簡単には許さない体制で来た。それを見てN高校は早々に薫を下げてソフィアを投入する。それでソフィアと結里の「ダブル遠距離砲」で攻めると相手はシステムを崩されないのに点はどんどん取られるという感じになる。第2ピリオドは結里を下げて絵津子を投入すると、ソフィアや揚羽とのコンビネーションプレイで強引にゾーンに穴を開けて中に進入しゴールを決める。
 
結局前半を40対46とこちらがリードした状態で折り返す。
 
後半は不二子/ソフィア/絵津子/暢子/リリカというメンツで始めた。「新鋭3人組」のそろい踏みである(キャプテンマークはリリカ)。するとこの3人が本当に競い合うように点数を取りまくる。
 
Z高校も乃々羽自身も含めて2年生の鶴山さん、1年生の富士さんなどが頑張るものの、点差は次第に開いて行った。
 
「だけど私、松前さんをお手本にしたい」
と最後のインターバルで不二子が言っていた。
 
「うん。不二子ちゃんをポイントガードの位置に入れた場合、松前さんと似たような役割になるよね」
と南野コーチも言う。
 
「司令塔兼点取り屋だから」
「じゃ最後は向こうに敬意を表して」
と南野コーチは言い、第4ピリオドは雪子/絵津子/薫/暢子/留美子というメンツで始めた。Z高校と散々やったオーダーから千里の代わりに絵津子を入れたパターンである。恐らく千里不在中でのN高校の最強オーダーだ。
 
この強力なオーダーで最終ピリオドは猛攻を掛ける。Z高校は防戦一方になるものの、乃々羽は物凄く嬉しそうな顔をしてプレイしていた。N高校の凄まじい攻撃に頭が空白になっていたっぽい鶴山さん船引さんを叱咤激励して試合を何とか持たせる。1年生の富士さんは黙々と点を取る。
 
終わってみると82対110の大差で決着していた。
 
試合終了後の握手をしてから、乃々羽は
 
「こいつ新人戦以降のキャプテンだから」
と1年生の富士さんを紹介する。
 
「嘘?私、1年生なのに」
と本人は驚いているが
 
「いや、それでいい」
と2年生の鶴山さん・船引さんが笑顔で拍手していた。
 
「(富士)咲耶、あんたがN高校を倒して今日のリベンジをしろよ」
と彼女は言っていた。
 
「しかし千里っちともう一度対決したかった」
と乃々羽が言うので
 
「よかったら北海道総合の後ででも練習試合しませんか?」
と雪子が提案する。揚羽も頷いている。
 
「あ、それもいいかもね」
と乃々羽。
 
釧路Z高校はインターハイ予選でベスト4になったので、来週末に行われる今年の北海道総合(オールジャパン予選)に出るのである。それが乃々羽にとっては恐らく高校最後の大会になる。
 
「私たちは総合には《出ないつもり》ですが、お互いの壮行試合を兼ねて」
と雪子。
「そうだね。君たちは《出ることに》ならなければいいね。わっちらの皇后杯出場記念の練習試合にさせてもらおうかな」
 
そんなことを言って乃々羽は雪子と握手した。
 
北海道ではウィンターカップに出る高校はオールジャパン(皇后杯)予選には出ないことになっている。
 
「じゃそのあたりはまたあとで打ち合わせを」
「了解了解」
 

なお男子のほうでは、N高校は午前中の準々決勝で敗れてしまい。今回はBEST8停まりとなった。宿はキャンセルして旭川に帰ることになるが、例によって昭ちゃんに関しては、元々女子の部屋割り(蘭や志緒と同室)に入っていたこともあり、残留して明日の女子の試合は来未たちと一緒に客席から応援することになった。
 
その日の宿の大浴場。
 
「昭子先輩、試合が終わって整列の時、少しぼーっとしている感じでしたけどやはり今日は不本意だったんですか?」
と男子チームのマネージャーを務めた久美子が湯船の中で訊く。
 
「ああ、あれね。相手選手を見てて、あれ?なんでこの人、こんなにバストが無いんだろうと思っちゃって」
 
「男子選手にはバストは無いのでは?」
と紅鹿が突っ込む。
 
「うん。自分でもそれに気づいてから今度は、なんで自分はこんな変なこと考えてたんだろうと思った」
 
「やはりバストがあるのが標準という感覚になっているんだな」
と志緒が言う。
 
「でも昭子先輩、これ充分女の子でも通るくらい胸が膨らんでますよね。女性ホルモン飲んでるんですか?」
などと言いながら久美子は昭子の胸に触る。
 
「飲んでないよぉ。これはエステミックスというサプリを飲んでるんだよ」
「へー。サプリでこんなに胸が大きくなるんだ?」
 
「だけど昭ちゃん、最近は強引に連行しなくても、自主的に女湯に入るようになったね」
などと永子は言っている。
 
「こないだひとりでスーパー銭湯に行った時、みんなと一緒じゃないとやはり女湯は無理かなあと思って男湯に入ろうとしたんですけど『あんたこっち違う』と言って追い出されました」
と昭ちゃん。
 
「で女湯に入った?」
「男湯には入れないみたいだったから仕方なく」
 
「って、そもそもおっぱいがこれだけ膨らんで来たら、もう男湯に入るのは無理だよねぇ」
と来未が言う。
 
「だいたいそれで女湯に入れたってことはおちんちん隠してたんでしょ?」
「いつも仕舞い込んでますよ〜」
「だったら、おちんちんが無い以上、男湯じゃなくて女湯に入らなきゃ」
などと蘭は言っている。
 
「でも今回は制服で集合なんて言われたから男子制服着て集合場所に来たら、志緒ちゃんから女子制服渡されるんだもん」
と昭ちゃん。
 
「川南さんから、昭ちゃん女子教育係を受け継いだから」
と志緒。
 
「でも志緒ちゃん、男子制服はいつ返してもらえるの?」
と昭ちゃんが志緒に訊く。
 
「ああ、あれは廃棄したから、昭ちゃんはこの後、学校には女子制服で通学してね」
「え〜〜!?」
 

 
そして翌11月9日。インドネシアも釧路も最終日である。
 
インドネシアでは17:00(日本時刻19:00)から決勝戦だったのだが、同日、北海道釧路では日中、ウィンターカップ道予選の準決勝(事実上の決勝)と準決勝の勝者と札幌P高校とによる名目上の決勝戦が行われた。
 
9時からの準決勝で旭川N高校の相手は同じ旭川の旭川L女子高である。帯広C学園を昨日の準々決勝で倒して上がってきた。同じ旭川代表なのでトーナメントの反対側の山に割り振られていた。それでここで当たることになったのである。
 
普通トーナメントの準決勝は2試合だが、この大会では1試合のみである。そしてこの準決勝に勝った方がウィンターカップに行くことができる。
 
麻衣子たちにとっては最後のウィンターカップへの挑戦であるし、もし勝てば旭川L女子高は初出場、N高校が勝てば12年ぶりの出場になる。両軍はこのようなオーダーで始めた。
 
L PG.矢世依/SG.宏美/SF.布留子/PF.明里/C.麻依子
N PG.雪子/SF.絵津子/SF.薫/PF.暢子/C.留美子
 
N高校といえば、ここ2年ほどシューターの千里の存在感が大きかったのだが、千里がインドネシアに外征中なので、逆にシューターを入れずにフォワードを3人入れたオーダーで始める。SGとしてソフィアを入れる手もあったのだが、先発に自らは入らなかった主将の揚羽が「最強の5人で行くべき」と主張し、こういうラインナップにしたのである。L女子高は明里をPF, 麻衣子をC として登録しているが実際には麻衣子はフォワード的だし、明里はセンター的である。
 
「国体代表対インターハイ代表だな」
などと先発メンバーを見て暢子が言った。
 
「お互い手の内は充分知っている相手だし、もう力と力の勝負だね」
と薫。
 
キャプテンの布留子とキャプテン代行で副主将の雪子で握手して試合を始める。ティップオフは留美子が取ってN高校が攻め上がる。L女子高は国体本戦でも見せたマッチアップゾーンで守るが、絵津子・暢子のスクリーンプレイから更に薫にパスするという変則プレイで、薫がボールをゴールに放り込む。
 
試合はN高校の先行で始まった。
 

絵津子・薫・暢子というエース級のフォワードを3人並べたN高校のシステムに対してL女子高が敷いたマッチアップゾーンというのは、確かに有効な防御法である。向こうとしては誰を使って攻めてくるかが分からないので、とにかくボールを今持っている人に警戒していれば、そう簡単には得点できないはずだ。
 
しかしN高校もそう簡単な攻撃の仕方はしない。この3人と雪子を含む4人がサインプレイで複雑な動きをして、相手をどこかに集中させては結果的に弱くなったところから攻めて来る。この3人にしても雪子にしても得点能力は高いし、留実子だってあなどれない。
 
試合経過4分経ったところで8対14と既に点差が開き始める。
 
瑞穂監督はタイムを取った。
 
1分間のチャージドタイムアウトが過ぎて、向こうはシステムをマンツーマンに変えてきた!
 
雪子に矢世依、暢子に麻依子、絵津子に布留子、留実子に明里、薫に宏美が付く。
 

「あの配置って、L女子高としては若生(暢子)さん、湧見(絵津子)さん、歌子(薫)さんの順に脅威だと考えたということでしょうね」
 
と観戦していたP高校の1年生・渡辺純子が言う。
 
1年生なのにキャプテンの宮野聖子の隣に陣取っているのは、なかなかの根性であるが、宮野も同意する。(佐藤玲央美は千里同様インドネシアに外征中なので、道大会では宮野がキャプテンの背番号4を付けている)
 
「あと2ヶ月したら湧見さんの方が怖い。でも今はまだ若生さんの方が上だろうね」
 
「それって、つまりウィンターカップ本戦で当たった時は怖いってことですか?」
と渡辺。
 
「まあ、それは純子も同じだよ」
と宮野が言うと彼女は顔を引き締める。
 
「私に彼女とやらせてください」
と渡辺が言う。
「うん。頑張って。えっちゃんと純ちゃんは多分再来年のウィンターカップまでライバルだよ」
と宮野キャプテン。
 
「今度の北海道エンデバーでも顔合わせするだろうけどね」
「いや、ふたりともトップエンデバーまで招集される可能性があると思う」
 
「でも歌子さんもけっこう怖いのに」
とP高校初の《男子マネージャー》稲辺浩輔が言う。
 
「歌子さんはまだ男子だった頃の癖が抜けてないんだと思うけど腕力に頼ったプレイが多い。技術面では湧見さんの方が上だと思う」
と今回副主将の背番号5を付けている徳寺翔子は言う。
 
「だけど、歌子(薫)さんと湧見(絵津子)さんが並んでいて、どちらかが元男だって聞いたらみんな湧見さんの方が元男だと思いますよね」
と2年生の猪瀬美苑が言う。
「と美苑が言ってたと言ってみようか?」
「やめてー!」
 
「いや、湧見さんって男らしくて魅力的ですよ」
「うん。同級生だったら、思わずラブレター書いちゃうかも」
などという声も上がっている。
 
「でも高校生で性転換しちゃうって凄いなあ」
と稲辺君が言うと
「ヒロちゃんも性転換したら女子の試合に出られるよ」
と今回は6番の背番号を付けているシューターの横川朝水が言う。
 
「その手の誘惑はもう勘弁してくださいよ」
「女子制服着てもいいからね」
「だから、僕はその手の趣味は無いですから」
 
「でもこの対応でN高校を停められますかね?」
と1年生の伊香秋子が素朴な疑問を投げかけた。
 
「まあ、無理だと思うよ」
と徳寺は言った。
 

実際、このマッチアップで何とか勝負になったのは、麻依子と暢子、絵津子と布留子という現エース対決・新エース対決の所だけであった。雪子は矢世依とのマッチアップにほぼ勝つし、薫は宏美をスピードで圧倒する。留実子と明里のリバウンド対決も留実子が7割くらい勝つ。
 
ということで、N高校はじわじわと点差を広げていく。
 
第1ピリオドを終えて16対28と大きな点差が付いている。
 
第2ピリオド、N高校は新鋭トリオを出して、不二子/ソフィア/絵津子/揚羽/リリカというラインナップにする。L女子高は登山宏美と鳥嶋明里を下げて、黒浜玲麻・風谷翠花の1年生コンビを出す。PG.矢世依/SF.布留子/SF.玲麻/PF.翠花/C.麻依子というオーダーである。
 
このラインナップでは麻依子は純粋にセンター的なお仕事をする。守備は普通のゾーンに切り替えた。結局マッチアップ・ゾーンはほころびが出やすいし、マンツーマンでは個々の相手に対抗できないと見て、オーソドックスなゾーンに変更してみたのである。
 
そうすると第1ピリオドよりは随分と防御効果が出る。しかしN高校の新鋭トリオの破壊力は大きい。そう簡単には追いつけない。結局第2ピリオドを終えて34対52である。
 

「これだけ点差が付けば後は主力を温存した方がいいですかね?」
と南野コーチが宇田監督に確認する。
 
「そうだね。じゃ、黒木(不二子)君・湧見(絵津子)君・水嶋(ソフィア)君はこの後、お休みということで」
と監督。
 
「え!?」
と言ったのは絵津子である。
 
「じゃ、控組の私たちで後はやろうか」
と暢子が言って、後半のゲームに出て行く。
 
結局第3ピリオドは、志緒/結里/薫/暢子/留実子というオーダーである。L女子高は消耗の激しい矢世依を休ませて2年生PGの馬飼凪子を出すが、他の4人は第2ピリオドと同じである。
 
第3ピリオド、N高校はシューターの結里がいるので、薫・暢子のコンビネーションによる近距離攻撃と、結里による遠距離攻撃の使い分けをする作戦で行く。実はこれはゾーンディフェンスに対する強烈な対抗策でもある。これを見たL女子高は布留子が結里の選任マーカーになって、他の4人でボックス型のゾーンを敷く方式に変更した。
 
それでもN高校の勢いは止まらない。点差は更に開いていく。
 
結局第3ピリオドを終えて52対74である。
 

「L女子高もいい勝負してるんだけど、どうしてもN高校を上回る点を取れないから点差は開いていく」
「負けている気がしないだろうけどね」
「まあバスケは点数が全てだから」
 
「しかしN高校は層が厚いですね」
と稲辺君。
 
「今回マネージャーとしてベンチに座っている1年生ポイントガードの広尾愛実もかなり凄い素材だよ。来年のインターハイでは今回控えPGとしてベンチに座った越路永子と熾烈な2番手ポイントガード争いをすることになるだろうね」
と宮野は言う。
 
「うちもベンチ枠争いは熾烈だからなあ」
と今回はベンチ枠から漏れてしまったもののキャプテンの真後ろに陣取っている1年生の並木貴穂が言う。
 
「まあ貴穂ちゃんも今回ここに来てない佐藤部長を蹴落してレギュラーになるくらい頑張りなよ」
と宮野。
 
「さすがに部長には勝てません!」
と貴穂は言った。
 

第4ピリオドでN高校はポイントガードを永子、センターを耶麻都にして、永子/結里/薫/暢子/耶麻都というオーダーで行く。
 
「N高校、手を緩めませんね」
と猪瀬さんが言う。
 
「盟友への義理を通しているのもあると思う」
と徳寺さんは言った。
 
L女子高は矢世依を戻すが、布留子はもう限界なので代わりに宏美を戻す。しかし麻依子は第1ピリオドからずっと出たままである。麻依子としてはこれがウィンターカップへの最後の挑戦なので、その気持ちに配慮して瑞穂監督も彼女に最後までやらせるのだろう。
 
結局試合は66対96で決着した。
 
試合終了後、お互いに握手したりハグしたりしあう。旭川地区でL女子高・N高校・M高校の3校は昨年の春からずっと毎日のように練習試合をしてお互いを切磋琢磨してきた。ほとんどチームメイトのようなものである。
 
麻依子が暢子に
「最後まで手抜きせずに戦ってくれてありがとう」
と言ったが、暢子は
 
「絶対に気を抜けない相手だからこちらも必死で頑張った」
と答えた。
 
ふたりは再度ハグしあった。ふたりとも汗が凄かった。
 
「ウィンターカップ、優勝しろよ」
と麻依子が言う。
「うん。金メダル取ってくる」
と暢子も答えた。
 
こうして旭川N高校は12年ぶりのウィンターカップ出場を決めたのである。
 

 
10時半から男子の準決勝2試合が同時に行われ、そのあと12時から女子の決勝となる。
 
本当は札幌P高校は最初からウィンターカップ出場が決まっているので道予選に出る必要も無かったのだが、やはり北海道ではそのレベルが卓越しているP高校のプレイを見たいという声が多くの高校からあがったことから、今回の「スーパーシード」方式で決勝戦をすることになったのである。
 
コートに札幌P高校と旭川N高校の選手が入る。
 
今回の両チームのメンバー表はこうなっていた。
 
4.宮野聖子(3 PF 180) 5.徳寺翔子(3 PG 162) 6.横川朝水(3 SG 164)
7.河口真守(3 PF 180) 8.猪瀬美苑(2 SF 172) 9.歌枕広佳(2 C 178)
10.岩本栗実(2 C 178) 11.伊香秋子(1 SG 168) 12.渡辺純子(1 SF 178) 13.江森月絵(1 PG 158) 14.北見幸香(3 SF 167) 15.中島茉莉子(2 PG 164) 16.赤坂正枝(2 PF 176) 17.工藤典歌(1 C 180) 18.小平京美(2 SF 168)
 
(PG=3 SG=2 SF=4 PF=3 C=3, 3=6 2=5 1=4)
 
4.原口揚羽(2 C 176) 5.森田雪子(2 PG 158) 6.水嶋ソフィア(1 SG 174) 7.湧見絵津子(1 SF 164) 8.黒木不二子(1 PF 172) 9.常磐リリカ(2 C 175) 10.北本志緒(2 PF 168) 11.川中結里(2 SG 162) 12.杉山蘭(2 PF 172) 13.杉山海音(1 SF 173) 14.越路永子(2 PG 161) 15.中井耶麻都(1 C 179) 16.若生暢子(3 PF 177) 17.歌子薫(3 SF 176) 18.花和留実子(3 C 180)
 
(PG=2 SG=2 SF=3 PF=4 C=4, 3=3 2=7 1=5)
 
インドネシアで行われているU18アジア選手権に千里と佐藤玲央美が出ているため、どちらもそれを抜いたオーダーになっている。
 
札幌P高校で最後の番号を付けている小平は2年生で昨年はウィンターカップのベンチ枠(15人)に入っていたものの、今年のインターハイでは1年生の有力選手(特に伊香・江森・並木の3人)加入もあってベンチ枠(12人)に入ることができなかった。しかしその悔しさをバネに練習に励み、復帰を果たしたのである。結果的に国体予選にも出ていた3年生の大空媛乃が弾き出されてしまった。P高校は完全実力主義なので、3年生であろうと最後の大会であろうと容赦ない。また1年生同士の争いでも、渡辺の成長でインターハイに出ていた並木は弾き出されてしまっている。
 
そしてウィンターカップ本戦では佐藤玲央美が復帰するので、この15人の中で誰かひとりは確実に落ちることになる。ボーダー組にとっては、かなり必死にならなければならないゲームである。一方のN高校の場合は薫が道大会までしか出られないので、本戦では薫が抜けて千里が入る形になる予定だが、本戦に出るメンバーは11月下旬のメンバー登録の時点まで確定していない、と宇田先生は部員たちに言っている。
 

その宇田先生は試合前にみんなに言った。
 
「あらためてみんなに言うけど、とにかく怪我しないこと、怪我させないこと。既にウィンターカップ出場は決まっているわけだから、絶対無理しないこと。ボーダーラインの子としては、ここは無理してでもこの強豪相手に自分のプレイをアピールしておきたいだろうけど、無理して怪我したら意味ないからね」
 
「昨年は私とサーヤが次々と離脱してしまって、本当に申し訳なかったです。みんな、絶対に気を抜いたプレイをしないこと。それから体調が悪い時は早めに申告すること」
と暢子が言う。
 
「自分で言うのも何だけど、気が抜けていると怪我しやすいんですよ。気合いが入っていれば少々のぶつかり合いでも平気なんだけどね」
と留実子。
 
「今ここに居ないけど千里はインターハイで相手選手から意図的なボディアタックをくらったけど、気合い充分だったから、軽いかすり傷程度で済んでいるからね」
と薫が言う。
 
「あれは下手したら入院コースだったね」
と暢子も言う。
 
「インドネシアの方も頑張ってますかね?」
「17時試合開始と言っていたから、日本時刻では19時だな。この試合でP高校を倒してから、のんびりと優勝の美酒に酔いながらネット中継で向こうの試合の様子を見よう」
と暢子は言うが
 
「アルコールとか飲んだら退学だからね」
と南野コーチが釘を刺しておく。
 
N高校はお酒とタバコには厳しい。見付かればどんな優秀な生徒であろうと、一発退学である。
 
「さあ、勝って女になろう」
と暢子が言うので
 
「先輩、男なんですか?」
と質問が出る。
 
「いや、ほら勝負所で『私を男にしてください』なんてセリフあるじゃん。私たちは女だから、女にならなきゃ」
 
「いや、既に今女だから」
「薫先輩は若干の疑惑がありますけど」
「薫も既に完全な女になっているんじゃないかという疑惑だよな」
「ちんちんはもう無いんだよね?」
「ちょっと、試合前に話すことじゃないじゃん」
「誤魔化そうとしている」
「付いてるなら否定すればいいんだから、誤魔化そうとしているということはやはりもう取ってるんだ?」
「だから、そんなことより試合に集中、集中」
 

試合開始である。
 
スターターは、P高校が徳寺/伊香/渡辺/河口/歌枕と1年生を2人入れてきた。N高校も雪子/ソフィア/絵津子/暢子/揚羽と1年生を2人入れる布陣で始める。
 
2年生センター同士、歌枕と揚羽でティップオフを争い、歌枕が勝ってP高校の徳寺がドリブルで攻め上がってくる。N高校はゾーンで守る。すると伊香がいきなりスリーを撃つ。
 
これがきれいに決まってP高校が3点先取して試合は始まった。
 

激しい攻防になる。第1ピリオドではどちらもゾーンでの守備を選択したのだが、お互いコンビネーションプレイでゾーンに無理矢理穴を開けて、そこから攻めて行く。そのハイレベルな攻防に、客席で見ている旭川L女子高、釧路Z高校(昨日で敗退したものの今日まで居残りしたようである)、札幌D学園(昨日の午前中で負けたものの、やはり残っていたようだ)のメンバーたちの熱い視線が振りそそがれていた。恐らく他の都府県からも偵察隊が来ているだろう。
 
どちらもそういう中に入って行く方法と、P高校は伊香、N高校はソフィアが外から撃つ方法とを使い分けている。伊香にしてもソフィアにしても、撃てたらいつでも撃っていいと言われているので、速攻からスリーというパターンも双方何度か見られた。伊香は6−7割、ソフィアも半分くらいは入れている。外れた時のリバウンド争いも、河口と揚羽でかなり良い勝負をしていた。宮野が180cmに対して揚羽は公称174cmだが、実際にはもう少しある感じである。
 
またソフィアは外からも撃つが、体格が良いので相手がスリーに警戒して広く守っていたら、敢えて結果的にできている隙間から中に飛び込んで行ったりもする。その場合相手が無警戒ならそのまま自ら撃つし、ディフェンスが寄ってきたら、そこから更に絵津子や暢子にパスする展開もある。つまりソフィアがボールを持つとその先様々な展開があるので、P高校はかなり翻弄されていた。
 
それでもP高校は地力に勝るので、取り敢えず第1ピリオドは24対20とP高校が4点リードする展開である。
 
第2ピリオドでは、P高校が徳寺/横川/猪瀬/宮野/岩本、N高校も雪子/結里/薫/暢子/留実子と、どちらも夏のベストオーダーに近い布陣で始める。
 
このピリオドではどちらもマンツーマンのディフェンスを見せた。徳寺−雪子、横川−結里、猪瀬−薫、宮野−暢子、岩本−留実子の組合せになる。結里も以前はこういうマッチアップに弱かったものの、2月にエンデバーに行ったのをきっかけに上達し始め、最近はマッチアップの上手い志緒に練習相手になってもらってかなりの練習を積み、随分腕を上げている。それで横川の攻撃を3回に1回くらいは停めていたし、一度はきれいにシュートのブロックに成功し喜んでいた。
 
この組合せでは徳寺−雪子は雪子が圧倒的、横川−結里は横川優勢だが、他の3組はわりといい勝負となった。しかし、やはり全体的にはP高校がやや勝っている。
 
それでこのピリオドは23対18で終えることになる。前半合計で47対38である。
 

第3ピリオド。雪子と暢子を休ませ、不二子/ソフィア/絵津子/揚羽/リリカというラインナップで行く。向こうも中島/北見/小平/赤坂/歌枕という控組中心のオーダーにして、主力を休ませる。
 
するとこのピリオド、N高校の「新鋭トリオ」のパワーが炸裂する。この3人が複雑なコンビネーションプレイを見せると、P高校の控組はきれいにひっかかってしまう。3人の動きは実際にはサインでやっている部分と相手の動きを見て変化を付けている部分があるので、強豪と戦った経験の少ない選手中心だとどうしても防御するのが難しい。
 
それでこのピリオドでN高校はここまでの劣勢を一気に跳ね返し16対24として、合計で63対62と1点差にまで迫る。会場内が物凄くざわめいていた。
 

第4ピリオド。雪子・暢子を戻し、雪子/絵津子/薫/暢子/耶麻都というメンツにする。薫は本大会には出場できないのでこの試合の第4ピリオドでは10分間出すことにしていた。本人も気合いが入りまくっている。
 
対するP高校も徳寺・宮野が戻る。徳寺/渡辺/猪瀬/河口/宮野という並びである。このピリオドでは、絵津子と渡辺の1年生対決がひとつの軸になった。
 
ふたりは第1ピリオドでも顔を合わせているのだが、その時はお互いゾーンディフェンスだったし、まだ様子見の感もあった。しかしこのピリオドではマンツーマン・ディフェンスを選択したこともあり、お互いマーカーになって、かなりシビアなマッチアップをする。(他の組合せは徳寺−雪子、猪瀬−薫、河口−耶麻都、宮野−暢子)
 
絵津子は夏のインターハイにも出てかなり活躍しており、暢子の次のエースだなどとみんなから言われて本人としても随分自信を持っていたのだが、この日の渡辺との対決で、その自信を完全に打ち砕かれることになる。
 
絵津子が攻撃する側では渡辺は8割くらい絵津子を停めたり、何度かスティールされたりもする。逆に渡辺が攻撃する時、絵津子は彼女を半分も停めることができない。
 
河口−耶麻都の対決で河口が圧倒するのは経験の差でやむを得ないのだが、渡辺−絵津子の対決でもN高校側が負けてしまうのは痛かった。雪子は徳寺に負けはしないものの、肝心のゴールを狙う所で、さすがの暢子も宮野相手には圧倒するまではいかず、暢子6:宮野4くらいの勝負、猪瀬と薫は五分五分くらいである。しかし、絵津子のところが完全に穴になってしまったことから結果的にこのピリオド前半はN高校は防戦一方になった。
 
一時的に83対68となる。ここまでの点数は20対6とトリプルスコア以上である。
 
そこでN高校側は途中ゲームが停まった所で耶麻都を下げ揚羽を投入する。すると揚羽と河口とのリバウンド対決が何とか改善されたことから、その後は両者互角に近い戦いに転じる。
 
特にこれが高校最後の公式試合になることがほぼ確実な薫が必死に反撃する。それで両者の点差が少しずつ縮んでいく。
 
その中で絵津子はひたすら渡辺に負け続けていた。しかし宇田先生は絵津子を替えなかった。
 
この勝負で負けることが絵津子の成長に必要だと宇田先生は判断したのである。
 
絵津子が一度心細そうに宇田先生を見たが、宇田先生は黙って絵津子を見つめ返した。それで絵津子も自分の頬を手で数回打ち、気合いを入れ直して渡辺に対抗する。しかしそれでも負け続ける。
 

試合終了を告げるブザーが鳴る。その時ボールを持っていた薫が遙か離れたゴールに向けてボールを投げるが、かろうじてバックボードに当たっただけでそのまま跳ね返って床でバウンドしている。
 
コート上の10人はみな激しく息をしていた。
 
審判が整列を促す。みんなセンターライン付近に集まる。
 
「93対85。札幌P高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
お互い握手したりハグしあったりする。しかし絵津子は呆然としていた。実際彼女はもう頭の中が空白になっていた。渡辺が握手を求めてきたのにも気づかずベンチに引き上げる。その渡辺が差し出した手は揚羽が握って握手した。そして
 
「また本戦でやりましょう」
と笑顔で言った。
 
「はい!」
と渡辺純子も笑顔で答えた。
 

女子の決勝のあと、13時半から男子の決勝が行われた。その間、N高校のメンバーは休憩していたのだが、その時、志緒が絵津子の姿が見当たらないことに気づく。
 
「どこ行ったんだろ?」
「トイレじゃないの?」
 
志緒が気になると言うので、念のため何人かで手分けして会場内のトイレを探すが居ないようである。
 
「まさか負けたショックで自殺したりしないよね?」
と蘭が心配して言う。
 
「え〜!?」
 
部員総出で絵津子を探す。それでも見付からないので、宇田先生と南野コーチはこれは捜索願いを出す必要がないかといって話し合い始めていた。その時
 
「すみませーん。席外してて」
と言って、丸刈り頭の男の子が控室に入ってくる。
 
「済みません。ここ女子選手の控室なので、男性の方はご遠慮頂けませんか?」
と揚羽が言う。
 
「あ、部長。湧見です。どもー」
「えっちゃん!?」
「うっそー!!」
「どうしたの、その頭?」
「男の子かと思った!」
 
「いや、試合前に暢子先輩が勝って女になろうなんて言ってたじゃないですか。でも負けちゃったから、女になれなかったんで男になることにしました」
と絵津子は言う。
 
「はぁ!?」
「志緒先輩、昭子先輩から巻き上げた男子制服あるでしょ?」
「あ、うん」
「私にくれませんか? それ着て帰りますから」
「いいけど、その前に表彰式があるよ」
「あ、そうか」
 

絵津子は負けたあと呆然としていたが、取り敢えず汗を掻いた服を着替えた後、気分転換しようと思って会場の外に出た。それで何気なく歩いていたら、床屋さんがあったので、入って「五分刈りにしてください」と言ったらしい。
 
「それ、ほんとにいいんですか?とか訊かれなかった?」
「別に」
「でも女の子を確認無しで五分刈りにするかな」
「いや、きっと男の子だと誤認されたのではないかと思う」
「あ、そうかも。私、ちんちん付けちゃおうかな」
「だったら、昭子から1本ぶんどればいい」
「そうしようか。後で鎌でも買ってこよう」
 
「鎌を買って、鎌で刈るのか」
などとオヤジギャグを言っているのは当然ソフィアである。
 
「でも丸刈りの頭ってスッキリしていいよ。切った後洗われていてさ、なるほどー、これが『髪を洗う』じゃなくて『頭を洗う』という感覚なのかと新しい発見をした思い」
 
絵津子がそんなことを言っていたら
「僕も丸刈りにしようかな」
などと留実子まで言っている。
 
「頼むからこれ以上性別が不明確な人を増やさないで〜」
と南野コーチが言っている。
 

やがて男子の試合が終わって表彰式に移る。
 
取り敢えずフロアに入り、表彰式の準備が進むのを見ていたのだが、丸刈り頭の絵津子がN高校のメンバーの中に居るので、運営の人が寄ってきて
 
「あなた、マネージャーさんか何か?」
と訊く。
 
「いえ、選手です」
「でもあなた男子でしょ?」
「すみませーん。取り敢えず今の所戸籍上は女子です」
などと絵津子が言うと、
 
「もしかしてFTMさん?男性ホルモン飲んでる?」
などと訊かれる。
 
「いえ、そんなのは飲んでないですけど」
と絵津子は言ったものの
「念のため確認したいので、こちらへ」
などと言われて、連れて行かれてしまった!
 
10分ほどで戻って来たが「血を取られた」などと言っている。
 
そして表彰式はこの絵津子の血液検査の結果が出るまで延期されてしまう!!当初は15時から女子の表彰式をやった後で15時半から男子の表彰式をやるはずだったのが
 
「都合により、予定を変更して先に男子の表彰式を行います」
などというアナウンスが流れ、今試合が終わったばかりの2校が慌ててフロアに駆け付ける。男子の表彰式は結局15:10頃始まった。
 
「もしかしてこの『都合により』って私のせい?」
と絵津子。
 
南野コーチが
「あまり不審な言動はしないようにね」
と呆れたように言っていた。
 

幸いにも男子の表彰式が行われている間に絵津子の検査結果が出たようで
 
「問題ありませんでした」
という報告をもらい、本人もN校メンバー一同もホッとする。
 
「だけど、あなた鉄分が低いって。ホウレンソウとかひじきとか食べてる?」
などと運営の人から言われ
 
「すみませーん。その手のものって嫌い」
と言うと
「好き嫌いせずに食べなきゃね。女性はどうしても鉄分が不足しがちだから」
と言われていた。
 
男子の表彰式が終わった後で、15:35頃から女子の表彰式となる。札幌P高校と旭川N高校のメンバーが整列する。
 
「優勝、札幌P高校」
と呼ばれ、宮野聖子が優勝旗を、徳寺翔子が賞状を受け取った。
 
続いて
「準優勝、旭川N高校」
と呼ばれ、揚羽が賞状を受け取る。前に出ている宮野・徳寺と握手をした。
 
札幌P高校の校歌とともに、校旗が掲揚されるのを見て、丸刈り頭の絵津子はあらためて悔しい表情を浮かべていた。
 
そしてその丸刈り頭の絵津子を、物凄く怖い顔で見ていたのが渡辺純子だった。
 
「純ちゃん、顔が怖い」
と同学年の江森月絵が言う。
 
「あの丸刈り頭が湧見さんの決意のほどを示している」
「あ、あれは湧見さんか! 向こうも男子マネージャーだったっけ?とか思って見てた」
 
P高校の男子マネージャー・稲辺はP高校のメンバーの最後尾に少し居心地が悪そうな顔をして立っている。
 
「あの子、きっと本戦までに物凄く強くなっていると思う。私も鍛え直す」
と渡辺は言った。
 
 
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【女の子たちの交換修行】(1)