【女の子たちの交換修行】(下)

前頁次頁目次

 
 
表彰式が終わったのは16時頃である。
 
その時刻、インドネシアのメダンでは千里が3時間後に始まる決勝戦に気持ちを集中させながら軽く汗を流していた。
 
「村山さん、携帯が鳴ってるよ」
と練習に同行していた通訳の人が教えてくれるので千里はコート内から離脱して携帯を取る。
 
「はい」
「先輩。湧見です。済みません。負けました」
と絵津子の声が聞こえる。
 
千里は、え〜!?と思いながら尋ねる。
 
「L女子高に負けちゃったの?」
「違います。それは勝ちました。ですからウィンターカップには行けます」
と絵津子。
「おお、頑張ったね」
と千里は言うが
 
「それはいいんですけど、P高校に負けたんです」
「それは仕方ないよ。あそこは本当に強いもん」
「私、悔しいです」
「うん。その悔しさをバネにまた頑張ろうよ」
「私、もう女を捨てて頑張りますから」
「うーん。別に女は捨てなくてもいいと思うけど」
 
と言ってから、千里は、国際通話は料金が高いからこちらから掛け直すよと言っていったん電話を切り、再度千里の携帯から絵津子の携帯に掛け直した。 
(実際には日本国内の絵津子の携帯から海外にある千里の携帯に掛けた場合、国際通話料は千里の携帯に課金されるので、この場合掛け直す必要はなかった。しかし千里はそのあたりの仕組みが分かっていない) 
それで絵津子はP高校で同じ1年の渡辺純子という子に負けたという話をする。 
「え〜!? 丸刈りにしちゃったの」
「もう悔しくて悔しくて。ついでに昭子から男子制服をぶん取ったんで、しばらくそれを着て学校に通います」
「おばさん、びっくりしない?」
「とうとう目覚めたかとか言われるかも」
「うーん。でもえっちゃんに男子制服を取られた昭ちゃんはどうするのさ?」
「そりゃ女子制服を着て通学してもらえば」
「じゃ、制服交換みたいなもんだ?」
「ですです。もっとも向こうは元々女子制服持ってたんですけどね」
 
「でも、本人喜んだりして」
「そんな気がします」
 
「でも渡辺さんは夏にP高校とBチーム戦をした時に、素質あるなとは思って見ていた。いよいよ頭角を現してきたんだね」
 
「P高校とは本戦でもぶつかる可能性ありますよね?」
「まあぶつかるとしたら決勝戦だね」
「だったらそれまで負けないように頑張ります」
「うん。頑張って」
「それで私、自分は今まで天狗になってたと思うんです。勝手に自分は強いと思い込んでいた」
「それは誰でもあるさ。ただ強いと思い込む自分を維持するために人の倍、3倍と練習すればいいんだよ」
 
「私、無茶苦茶たくさん練習したいです」
「まあ朝練とかも頑張ろうよ」
 
絵津子は朝が弱いのか朝練の出席率はあまり良くない。
 
「もう学校をずっと休んででもひたすら練習したいです」
「それはさすがに無理だね」
「なんか手は無いですかね。私、本戦までに今の10倍強くなりたいんです」
「そうだなあ」
 
N高校女子バスケ部は特例で夜8時までの練習が認められている。毎日の練習時間は4時間以上に及ぶ。土日も本来は部活は禁止なのだが、少人数で自主的なトレーニングをすることは「お目こぼし」をしてもらっている。千里は正直これ以上練習時間を増やしてもあまり意味無いと思った。
 
その時、F女子高の彰恵が一息入れて水分補給にコート脇に来た。千里はふと思いついたので、絵津子にまた掛け直すと言っていったん切ってから、彰恵に訊いてみる。
 
「彰恵さ、F女子高のバスケ部ってどのくらい練習してるの?」
「うーん。平日は3時間くらい。だいたい16時から19時まで。土曜日は13時から16時まで、日曜は8時から14時まで。但しお昼休み1時間」
 
「意外に少ないね!」
「うーん。それメイちゃん(愛知J学園)からもレオちゃん(札幌P高校)からも言われた。どちらも練習時間がほんとに凄まじいみたいね。うちは、あとは朝練を1時間か1時間半くらいと昼休みに20分くらいかな」
「そんなんでホントに足りるの?」
 
「まあ後は、私や百合絵が所属している総合コースはだいたい5時間目で授業が終わるから、そのあと14時から16時くらいまで自主的に練習してるけど」
「だったら実質練習は毎日6時間以上あるじゃん」
「あれ?そうなるかな?」
 
「ねえ。学校同士での話し合いが必要だろうけど、うちの部からそちらに1人短期留学させられない?」
「へ?」
 

それで千里は、今日行われたウィンターカップの道予選で旭川N高校は準決勝に勝ってウィンターカップ出場は決めたものの、そのあとの決勝戦で札幌P高校に負けたこと。その時、1年生の湧見絵津子が、P高校の1年生渡辺純子にマッチアップでことごとく負けて悔しがり、自分に対して怒ったあまり、髪を丸刈りにしてしまったという話をする。
 
「インターハイでは湧見さんにうちはやられたからなあ。その湧見さんが負けて悔しさのあまり髪を丸刈りにしちゃうほどの相手か。こちらとしても要注意だな」
と彰恵は言っている。
 
恐らくこの話でF女子高は渡辺純子に関する情報を必死で集めるだろう。 
「それでさ。まあたくさん練習したいと言っているんだけど、うちのレベルではもうあの子の練習相手になれるほど強い子は居ないんだよ。かろうじて暢子が少し相手になるけど、暢子は受験勉強にも時間を使わないといけないから、そんなに練習相手になってあげられない」
 
「ふーん。それでうちの部の練習に参加させてもらえないかと?」
「そちらの2年生の椙山さんや豊浜さん、あるいは恐らく成長途中だと思うけど1年生の鈴木さんあたりに練習相手になってもらえたら、物凄く伸びると思うんだ。将来の日本代表を育てるために協力してもらえないかなと思って」
と千里は言う。
 
「将来の日本代表かぁ」
と言って彰恵は大きく伸びをする。
 
「そちらの鈴木さんも日本代表候補だよね。あの子は物凄い素質持っているとインターハイの時、対戦していて思った」
と更に千里は言う。
 
「だけど私たち、またウィンターカップで対戦するかも知れないよ」
と彰恵。
 
「私の勘なんだけど、今度のウィンターカップではF女子高とは別の山になりそうな気がする。だから多分当たるとしたら決勝戦。最悪準決勝」
 
「ふーん・・・」
 
「まあ万一4回戦までに当たっちゃったら、おわびに私が急病か何かで欠場するよ」
と千里が言うと
 
「あはは。でも千里が欠場してもうちに勝てるくらいまで湧見さんを鍛えたいということか」
などと彰恵は千里の言葉を軽く受けて言う。
 
「交換留学と行かない?」
と彰恵。
 
「へー」
「1年生で確かに鈴木志麻子は目立っているんだけど、神野晴鹿ってシューターもいるんだよ」
「ほほぉ」
「でも既にうちの左石(3年生の正シューティングガード)より上手くなっちゃったから誰もこれ以上教えてあげられなくてね。こないだ冗談で旭川N高校に留学させて、村山さんの技を盗ませたいね、なんて言ってたんだ」
 
「なるほど。こちらの湧見を鍛えてもらうのと交換に、こちらでそちらの神野さんを鍛えると」
 
「実際にはさ、インターハイでも湧見さんはうちの椙山・豊浜を全く問題にしてなかった。あの時よりも今は成長しているだろうからあの2人では練習相手にならないと思う。むしろ私や百合絵が練習相手にさせてもらいたいよ」
 
「それは凄い」
「それと鈴木志麻子とはお互いに良い刺激になると思う」
「やはりね」
 
「ちょっとお互い学校側に打診してみようよ」
「OKOK」
 
「これP高校には内緒で」と千里。
「これJ学園には内緒で」と彰恵。
 
それでふたりは笑顔で握手した。コート上にいる玲央美が「何だ何だ?」という表情でこちらを見ていた。
 

千里はそのあと日本に電話を掛けて絵津子の意向を聞いた上で宇田先生とも話したら、向こうさんの意向さえ良ければ、それは充分検討してよいと言われる。教頭先生と話し合ってみるということであった。
 
そこまで聞いてから千里はまたコートに戻り軽く汗を流してから休憩の上、中国との決勝戦の舞台に向かった。
 

釧路から旭川に帰るバスの中。
 
絵津子は志緒から譲り受けた昭ちゃんの男子制服を着ている。
 
「丸刈り頭にその男子制服だと、えっちゃん完璧に男子に見える」
とみんなから言われて、絵津子はわりと上機嫌である。
 
「さっき男子トイレ使ってみたけど、何も言われなかったよ」
「そりゃそーだ」
「立ってしたの?」
「さすがにそれは無理」
 
「えっちゃん、立っておしっこするやり方、教えようか」
と留実子が言う。
「サーヤ先輩、いつも立ってしてるんですか?」
「うん」
 
「なんか興味あるなあ」
と絵津子は言うが
「悪い道に誘い込まないように」
と暢子が釘を刺している。
 
「でもえっちゃん、女の子からたくさんラブレターもらえるかも」
「それもいいなあ」
 
「でも昭ちゃんも可愛い女子高生になってるよね」
「きっと男の子からたくさんラブレターもらえるよ」
 
「ボクの男子制服、どうなるんですか〜?」
「これは私がもらっちゃったから、昭ちゃんはこれからは女子制服で通学しなよ」
「え〜!?」
 
「その女子制服、穂礼先輩からもらったんだよ。昭ちゃんにならあげると言われているから」
「昭ちゃん、久井奈先輩からもらった女子制服もあるだろうけど洗い替えに」
 
「そんな女子制服で通学するなんて恥ずかしいですよー」
「でも昭ちゃん、将来女の子になりたいんでしょ?」
「うん。それはそうだけど・・・」
 
「だったら、女子制服を着て女子高生として高校生生活を送って、おとなの女性になるための修行だよ」
「あ、思ってたけど、昭ちゃんって女の子になる素質はあるけど、女としての修行が足りないよね」
「自分のことも、なかなか『わたし』って言えないし」
 
するとそんな会話を聞いて絵津子が言う。
「じゃ、私は昭ちゃんの男子制服を持ったまま岐阜にバスケ修行に行ってくるから、その間に昭ちゃんは女の子修行をしてなよ」
 
「そんなあ」
「そしてそのまま女子大生になればいいよね」
「そうそう」
 
「でも、えっちゃんまさかこちらの男子制服を着たままF女子高に行くつもり?」
「だめかな?私丸刈りにしちゃったし」
「トイレなんてどうするのさ?」
「あ、女子高だからそもそもトイレは女子トイレしか存在しない。トイレ自体に男女表示が無いらしいよ」
「ああ、L女子高も体育館にはトイレが男女あるけど、校舎内のトイレには男女表示が無いよね」
「しかし、いいんだろうか」
 
「でも昭ちゃんは、大学受験も女子制服で受けに行けばいいよね」
「恥ずかしいですー」
 
「だって昭ちゃん、以前英語の試験を女の子の格好で受けたことあるよね」
「あれも恥ずかしかったです。男子トイレに入ろうとしたら、こっち違うと追い出されちゃうし」
「それでトイレどうしたの?」
「仕方ないから女子トイレに入りました」
 
「昭ちゃんは別にふだんから女子トイレ使ってるよね」
「それはそうですけど・・・」
 
「今回の遠征で私、昭ちゃんと女子トイレの列で一緒になった」
と言っている子が数人居る。
 
「女子制服を着てたら、学校でもふつうに女子トイレ使えるよ」
「でもクラスの子に何と言われるか」
 
「大丈夫。昭ちゃんと同じクラスの聖夜や夜梨子から、他の女子たちにも話を通してもらうから」
 
「え〜!? ボクどうなっちゃうんですか?」
「だからもう女子高生になっちゃえばいいんだよ」
「なんなら、もう性転換手術しちゃうとか」
「今手術したら、インターハイまでには充分回復間に合うよね」
 
「どうしよう・・・・」
「あ、悩んでる、悩んでる」
「もう一押しかな」
 

11月10日。
 
旭川N高校は月曜朝の全体集会の場を借りて、東体育館・青龍で、バスケット部のウィンターカップ道予選の結果が報告される。男子がBEST8、女子は準優勝でウィンターカップ本戦出場というのが生徒会長から報告されると、大きな拍手が送られていた。男女バスケ部を代表して揚羽が、全校生徒にみんなの支援に対する感謝のメッセージ、および東京体育館での本戦に向けての決意のことばを述べた。 
なお、千里が参加したU18世界選手権の優勝の報告もされたが、これに関しては千里が帰国して登校した時点であらためて報告会をすることが告げられた。 
壇上には釧路まで遠征した男女バスケ部員32人(雑用係で随行した来未・紅鹿を除く)が並んでいたのだが、2年5組の生徒が並んでいる付近ではざわめきが起きていた。
 
壇上に登っているのは、男子選手15人、女子選手15人、女子マネージャー2人の男15人・女17人のはずが、数えてみると男14人・女18人居るのである。 
「ねえ、あの北海道旗の下にいる子さあ」
「やはりそう思う?」
などという会話が交わされていた。
 
東体育館の舞台背景には、中央に国旗、左側に北海道旗、右側に校旗が掲げられているのだが、そのちょうど北海道旗の真下くらいに居る《女生徒》がどうも「怪しい」のである。
 

やがて全体集会が終わり、各々教室に戻る。少し遅れて、ひとりの女生徒が2年5組の教室に入ってくる。
 
「済みません。あなたは誰でしょう?」
とひとりの女生徒が(わざと)質問する。
 
「すみません。ボク、湧見です」
と消え入るような声で恥ずかしそうにして答える。
 
「昭ちゃん、とうとう女子制服で通学することにしたの?」
「男子制服を没収されて、返してもらえないんですよぉ。裸で学校に来る訳にはいかないから、これ着てきた」
と昭ちゃんは言うのだが、志緒から話を通されている聖夜が言う。
 
「昭ちゃんはこの後、もうずっと女子生徒として通学するんだよ」
「へー!」
「いいんじゃない?昭ちゃん、充分女の子らしいもん」
 
本人は真っ赤になって俯いている。
 
「昭ちゃん、恥ずかしがることないよ」
「昭ちゃん、可愛い女の子になれるって」
「お弁当いっしょに食べようね」
 
などと女生徒たちの声。
 
「でもちょっと恥ずかしい」
と本人。
 
「だって女子制服似合ってるよ」
「トイレ行く時も一緒に行こうね」
 
などと言われて本人はますます恥ずかしがっていた。
 

11月11日。
 
インドネシアで行われたU18アジア選手権で優勝し、日本に帰国した千里はその日、玲央美や桂華たちと一緒にお昼代わりのモスバーガーを食べた後、スーパー銭湯に行って遠征の疲れを癒やした。
 
16時前にお風呂からあがって一緒に羽田空港に移動する。5人の内、千里を除く4人(桂華とサクラ、江美子、玲央美)は全員ANAなので第2ターミナルに行くが、千里だけJALなので第1ターミナルである。
 
千里は旭川行き17:55の便を予約していたのだが、チケットを購入してこようと思ったら、《きーちゃん》が「千里、荷物凄いから、私が買って来てあげるよ」というので「じゃ、よろしく−」と言って、予約に使用したクレジットカードを渡す。 
それで《きーちゃん》が「買って来たよ」というのを見ると旭川行きではなく、18:20の伊丹行きである。しかも名義がホソカワ・チサトになってる!? 
「なんでこれ伊丹行きなの?」
「旭川行きも買ったよ」
と言って《きーちゃん》はもう1枚のチケットを見せる。そちらのほうの名義はムラヤマ・チサトである。
 
「旭川行きには私が千里の代わりに乗るから、千里は伊丹行きに乗りなよ」
 
千里は心がじわっとして涙を浮かべてしまった。
 
「貴司に会いに行っていいの?」
 
貴司とは9日の夜、優勝が決まったあと国際電話で1時間も話してしまった。電話代がちょっと怖いのだが、彼に会いたいという気持ちは募っていた。でも自分は来年の春までは貴司とは会えないだろうと聞いていた。それにそもそも明日は学校に出て優勝の報告をしなければならない。
 
「いいよ。一晩の想い出を作っておいでよ。ただし朝には千里を旭川に転送するから。だから貴司君は今夜のことは夢だったと思うだろうね」
 
「それでもいい! でも転送って、いつも出羽での山駆けの後旭川に戻してくれるみたいに?」
 
「あれはご主人様にしかできないんだよね〜。私にできることは私の位置と千里の位置を交換することだよ」
 
「へー!」
「私は独立して存在している時は、いつでも千里と存在位置を交換できるんだよ。この姿は千里の姿を完全にコピーしたものだから、物理学的な運動量はゼロで済むんだけどね」
 
「なんか凄い」
 
「私はその後勾陳に迎えに来てもらって一緒に空を飛んで旭川に戻るよ。千里はさっき、ちゃんとお風呂も入ったし、安心して貴司君と楽しんでおいで」
「うん」
 
と千里は頷いた。
 

その晩、貴司の彼女は貴司が練習している体育館近くのカフェで、窓際の席に陣取り、貴司の練習が終わるのを待っていた。
 
貴司にはこれまで何度か夜のデートを誘ってみたものの、何だか色々理由をつけて断られている。しかし今夜は実力行使で貴司を拉致して「自分を召し上がってもらおう」という魂胆である。それで、より美味しく思えるよう?フルーツ系のパフュームも付けてきている。軍資金も給料日までのことは考えないことにしてたっぷり持って来た。
 
20時半すぎ。
 
体育館に制服を着た髪の長い女子高生が1人入って行くのを見た。暗くてよく分からないがディズニーっぽいトートバッグを持っていた。選手の誰かの妹さんか何かかな? 塾の帰りにでも寄ったのだろうかと考えた。
 
そして21時すぎ。そろそろ練習が終わる頃だと思い、会計をして外に出た。あまり他の選手には見られたくないので、たまたま駐まっているトラックの陰に隠れた。
 
11月はもう夜になると結構寒い。貴司を刺激するため短いスカートを穿いてきたのをちょっと後悔する。せめてもう1枚着て来るべきだったかなとも思う。ただトラックの陰なので風から守られているし、トラックがアイドリングしているおかげでその熱もあり、何とかなる感じだ。そして、貴司が出てきたら何て言おう?などと考えていたらワクワクする。ハートも熱くなり、身体まで暖かくなるような気がした。
 
21時半。選手たちがひとりふたりと出てくる。彼女はドキドキしながら貴司が出てくるのを待った。
 
しかし・・・・
 
貴司が出てきた時、先ほど20時半頃体育館に入っていった髪の長い女子高生と一緒なのを見る。何よあの子?と思うが、貴司がその女子高生と手を握りあって、しかも貴司が女子高生のディズニーのトートを持ってあげているのを見て、ムラムラと嫉妬の心が燃え上がった。
 
見ているとふたりは何だかとても楽しそうに会話している。思わず出て行って声を掛けようと思ったものの、ふたりの雰囲気にはとてもそこに割って入ることができないようなものを感じた。
 
結局ふたりがすぐ目の前を通過していくのをトラックの陰からただ見つめているだけであった。
 

その日、細川千里名義の航空券で羽田発・伊丹行きJAL 133便に乗った千里は、飛行機が少し遅れて19時40分頃に伊丹空港に降り立った。預け荷物も無いので、そのまま連絡橋を渡ってモノレール駅に入る。千里中央(せんりちゅうおう)駅まで行ってから地下鉄に乗り換え、貴司が練習している体育館の最寄り駅に着いた。 
貴司からもらったスントの腕時計で見ると20:25くらいである。そこから歩いてその体育館まで行く。持っているのはこれも貴司からもらったミッキーマウスのトートバッグ。中に入っているのは化粧水やリップに歯磨きなどの入った化粧ポーチと今晩一晩分の着替え、そしてインドネシアで買って来たビカアンボンというメダン名物のパウンドケーキに似たお菓子である。他の荷物は全部《きーちゃん》が旭川に持って行ってくれた。
 
体育館に入って行き、2階席に上がって練習の様子を見た。
 
Aチーム・Bチームに別れて練習試合をしているようだ。貴司は15番の背番号を付けてはいるもののAチームに入っている。それも全体の中核的な仕事をしている。千里がじっと見ていたら、その貴司がふとこちらを見上げた。そして千里の顔を見て驚いたような顔をする。千里が手を振ったら、物凄く嬉しそうな顔をした。そしてその貴司の笑顔を見て千里も心躍る思いだった。
 
やがて練習が終わる。ロビーに降りて待っていたら、背広に着替えた貴司が出てきた。
 
「お疲れ様」
と声を掛ける。
 
「千里、どうしたの?」
と貴司は半分戸惑っている。
 
「アジア制覇の喜びを貴司と共有したかったから。はい、これお土産」
と言って、ビカアンボンの箱を渡す。
 
「じゃ、私帰るね」
と言って千里はバイバイして体育館を出ようとする。
 
「ちょっと待って。今から帰る便あるの?」
と貴司が慌てて追いかけて千里の肩を掴んで言う。
 
「ああ。トレーニング代わりに旭川まで走って帰るよ」
と千里。
 
「それ無茶だよ!ね、今夜泊まれないの? 明日の朝、伊丹空港まで送っていくよ」
と貴司が言う。
 
「そうだなあ。まあ元夫婦のよしみで一晩くらい一緒してもいいかな」
「僕はまだ千里と夫婦のつもり」
「ふーん。私とは夫婦で、あの子とは恋人なんだ?」
「その話、今夜は勘弁してよ〜。だって半年ぶりに会ったんだから」
「そうだね。今日だけは勘弁してやるか、浮気者さん」
 

それで貴司が千里のトートバッグを持ってくれて、手を繋いで体育館を出た。同僚の人だろうか
 
「お、細川の彼女さん? ハメを外しすぎるなよ」
 
などと声を掛けて先に行く人がいる。千里(ちさと)も笑顔で会釈した。地下鉄に乗って千里中央(せんりちゅうおう)駅まで行く。それから10分ほど歩いて貴司のマンションに入った。部屋は33階の31号室である。
 

部屋の中に入るなりふたりは濃厚なキスをした。貴司はその場で千里を押し倒してしまうが、制服を脱がせようとしたら、千里が「せめてベッドに行こうよ」というので、寝室に移動してから仕切り直す。
 
貴司が背広を脱ぎネクタイを外すと、飢えたように千里の服を脱がせるので、千里はされるままに任せていた。やがて裸になってしまう。
 
「千里、いい匂いがする」
「日本に着いてから、日本のお風呂が恋しいねといって、みんなでスーパー銭湯に行ってきたから。これは石けんの匂いだよ」
「そうか。してもいいよね?」
「どうぞ。私の旦那様」
「うん」
 
貴司は自分も急いで服を脱ぐと、千里を強く抱きしめた。その時、自分のアレが物凄く熱く硬くなっていることに気づく。凄い、この感触、久しぶりだ!やった。俺、やはりEDじゃなかった。そう思うと貴司はいきなり千里に入れようとするが「ちょっとせめて少し濡らしてからにしてよ」と千里から言われる。
 
「ごめんごめん」
と言って千里のクリちゃんを揉む。千里が気持ち良さそうにしている。貴司は1分くらいやっていた。下の方に指をずらしてみる。結構濡れてる?
 
実際問題として千里も7ヶ月ぶりなのですぐ身体が反応してしまったのである。それで貴司はおそるおそる入れてきたが、ちゃんと行けそうだと分かると頑張って行為を始めた。千里は頭の中が快楽物質で満たされる思いだった。やはり私って貴司の奥さんということでいいよね? 千里はそう思っていた。 
貴司はあっという間に果ててしまう。千里は貴司の背中を優しく撫でていた。 

「あっ」
と貴司が思い出したように言った。
 
「どうしたの?」
「ごめーん。あまりにも興奮してて、コンドーム付けるの忘れてた」
 
それは千里も思ったものの、久しぶりだし、私たぶん妊娠しないだろうからいいことにしようかなと思ったのである。
 
「まだ生理が終わってすぐだから大丈夫と思う」
と千里。
 
この身体はアジア選手権が終わった後、また女子大生の身体に戻っている。《いんちゃん》に確認したら、昨日が生理周期の5日目だったらしい。千里はインドネシアに行く直前の合宿中、10月28日に生理が来ていた。そのあと、11月2-9日が女子高生の身体になっていた。だから29,30,31,1,10,11と数えて今日は生理周期の6日目のはずである。
 
「ごめんね。次会った時はちゃんと付けるから」
 
「次会った時って、まさか今夜これで終わりじゃないよね?」
「もう一度やっていいの?」
「何度でもどうぞ」
 
「コンドーム買ってくる!」
と言うと貴司はいそいでそこら辺に落ちてる!トレーナーとジーンズを身につけ飛び出して行った。コンビニにでも行ったのだろう。
 
10分ほどで戻って来る。
 
「コンドームと、それからおやつにストロベリーショートケーキ買って来た」
「お、貴司にしては優秀だね。じゃそれ食べてから2回戦しよう」
 

それで千里が紅茶を入れて、ふたりで飲みながらショートケーキを食べた。 
「ふふふ。これここに来るのに使った飛行機の券」
と言って千里は伊丹便に乗った時の搭乗券を見せる。
 
「おぉ!細川千里になってる」
「おじいさんの葬式のお花とかも細川貴司・千里の名前で送ったよ」
「ああ、あれありがとうね。こちらもなかなか里帰りができなくて。まだ礼文まで行ってないんだよ、実は」
「あそこ行くの大変だもんね。それにお祖母ちゃんがこちらに出てきてるし」
 
「あれびっくりした。ばあちゃんが留萌に引っ越してきたというからさ」
「動物の森をしたいから本土に出てきたんだって。理歌ちゃんと電話で話したけど、朝散歩に行ったり、午後買物に行ったり、あと家の掃除や洗濯をしてくれたりするの以外は1日中夢中になってやってるらしいよ」
 
「ああいうの、やったことがない人が始めるとハマるんだろうなあ」
 
千里はインドネシアでのこと、そしてこの半年のことをたくさんたくさん貴司とおしゃべりした。
 
「急速反転した時、貴司がくれたバッシュが衝撃を吸収してくれたんだよ。この靴、凄って思ったよ」
「それは良かった。あのシリーズはエアクッションがしっかりしてるんだよ」
 
「ウィンターカップに出ることになったから、オールジャパンには出ないし。今年いっぱいしか使わないからもったいないけどね」
 
「ほんとに千里、高校だけでバスケやめるつもり?」
「みんな私がバスケやめる訳無いって言うけどね」
「僕もそう思う」
「U18の監督やコーチからは今回のメンバーに、このメンツのままで来年の6月、U19チームとして再招集するからよろしくと言われたし」
 
「今回のメンツは実際凄いと思うよ。世界選手権でもきっとBEST4は行く」
「そんなに通じるかなあ。世界のレベルはまた違うよ」
「いや、千里や佐藤さん、鞠原さんとかが居れば行ける」
「うーん」
「まあウィンターカップが終わってからまた考えなよ」
「うん」
 

ふたりはそのあと2回戦目を今度はちゃんとコンドームを付けてした後、またお茶を入れて、千里がインドネシアで買って来たビカアンボンを一緒に食べた。 
「ちょっと渋い味だね。昔風の味付けというか」
「これメダンのお土産としては定番らしいよ」
「へー」
 
その後、お口でしてあげたら物凄く嬉しそうにしている。千里もとても幸せな気持ちになった。私、今日大阪に来て良かった。心底そう思った。最後にバックでしてから、並んで寝て手でいじってあげていたら、さすがに疲れたのか眠ってしまう。千里は彼とこのままずっと何日も一緒に居たい気分になった。 
でも・・・・
 
まだそれは私には許されないもんね。
 
ごめんね。私行くね。また半年後に会おうね。
 
千里はそう貴司に心の中で話しかけると、そっと貴司にキスした上でベッドから出た。うがいをしてシャワーを浴びてから、用意していた着替えの服を着る。着て来た服は少し迷ったものの自分のトートバッグの中に放り込んだ。 
そして再度熟睡している貴司の唇にそっとキスをすると
 
じゃね。
 
と心の中で言ってから部屋を出た。
 
『きーちゃん。起きてる?』
そう心の中で語りかけると、次の瞬間、千里は旭川の美輪子のアパートの自分の部屋に居た。
 
まだ貴司に抱かれた感触の記憶が残っている。
 
寂しいよぉ。
 
そう思いつつも千里は布団の中に入って寝た。
 

朝4時に起きると、冷蔵庫の中身を確認してお弁当を作る。4時半頃美輪子が起きてきた。
 
「早いね。疲れ取れた?」
「うん。飛行機の中とかでぐっすり寝たから」
「昨夜もそんなこと言ってたね」
 
「そうそう。優勝してもらった金メダル見せてあげるね」
と言って千里は《きーちゃん》が持ち帰ってくれていたスポーツバッグの中からアジア選手権の金メダルを出して美輪子に見せる。もらった時計や3P女王の賞状も見せる。
 
「うん。凄いよね。でも昨夜も見せてもらったけど」
「だって嬉しいんだもん。そうだ。お祝いにおばちゃんが買ってくれていたケーキ食べようよ」
と言って千里は冷蔵庫からケーキの箱を出してくる。
 
「うん。いいけど、昨夜も食べたじゃん」
「だって嬉しいんだもん」
と言って箱を開けて、ティラミスを美輪子の前に出し、自分はモンブランを取る。
 
「そうか。朝にも食べることになるから私は4個買ったのか。買った後で何で私4個も買っちゃったんだろうと悩んだんだけど」
 
「そういうことってあるものなのよ」
 
と言って千里は笑顔でモンブランを食べていた。
 

朝練に出てひとりでシュートの練習をしていたら久美子が出てくる。
 
「先輩おはようございます」
「久美ちゃん、頑張ってるね」
「いつも千里先輩と一緒に練習してたから、この半月ほど自分が朝一番になるのが変な気分でした。ソフィアが出てくるまでは練習も寂しいし」
 
朝練に出てくる順番はだいたい千里が1番、久美子が2番、ソフィアが3番という感じである。ただし千里と久美子でやっている時間が20分くらいある。 
「私も年内までだから、そのあとはひとりで頑張ってね」
「はい。たくさん頑張ってインターハイのベンチ枠目指します」
「うん」
 
と笑顔で答えてから、これからの世代はインターハイに行くことより、インターハイのベンチ枠の争いが主になっていくのかな、などとも思い、いつか玲央美が「自分たちがインターハイやウィンターカップに行くのは当たり前だと思っていた」と言っていたことを思い起こしていた。
 

その日の朝、貴司が目を覚ましたのはもう7:40だった。
 
「大変だぁ!遅刻する」
と思って飛び起きて、とりあえず顔を洗う。
 
「千里?ごめーん。寝過ごしてしまった。申し訳ないけどひとりで帰ってもらえる?」
と貴司は声を掛ける。本当は早起きして千里を伊丹空港まで送っていく約束をしていたのである。
 
「千里?」
 
貴司は千里がどこに居るのだろうと思って探すが見当たらない。玄関に出てみると千里のものらしき靴は見当たらない。
 
あれ〜?もう帰っちゃったのかな。ごめんねー。僕が起きなかったからかなと思って、携帯をハンズフリーのセットにつないで着替えながら電話する。 
「あ、おはよう、貴司。どうしたの?」
「千里、ごめーん。寝過ごしちゃって。ひとりで伊丹に行けた?」
「伊丹?私別に伊丹には行く予定無いけど」
「え?じゃ新大阪駅?」
「え?ごめーん。私、大阪にも寄りたかったけど、たくさん学校休んでしまったから、これ以上休めなくて旭川に直接帰ったんだよ」
 
「え?でもゆうべ、来てくれたよね?」
「ゆうべは私、羽田からそのまま旭川空港に飛んだんだけど」
「嘘!?」
 
貴司は遅刻ギリギリなので、バタバタと着替え終わると、朝ご飯も食べずにマンションを飛び出し、駅に向かって歩きながら話す。それで貴司が千里が昨夜練習場所の体育館まで来てくれて、そのあと一緒にマンションに行き、熱い夜を過ごしたということを言うと
 
「貴司、私に会いたい気持ちがつのりすぎて、夢でも見たのでは?」
と千里に言われる。
 
「え〜?あれ夢だったのかなあ・・・」
と貴司も突然自信が無くなる。
 
「でも、そんなに夢にまで見てくれるってありがと。私は今でも貴司のことが好きだよ」
と千里は言った。
 
その千里の「好きだよ」という言葉が貴司の脳内に何度もこだましている内に、携帯は地下に入って圏外になり、切れてしまう。
 
しかしその日貴司は1日、仕事の調子がとても良かった。
 

一方の旭川。
 
その日は水曜日ではあるが、朝のHRが全体集会に切り替えられ、千里のアジア選手権制覇が報告された。
 
千里がもらってきた優勝の金メダル、ベスト5記念の腕時計、3ポイント女王の表彰状を披露する。
 
「この素晴らしい成果に対して、本校理事会は、N高校現役生徒としては初の、N高校名誉賞を贈ることを決定しました」
 
と校長が言う。
 
わあ!という声が上がるが、千里もそんな大それたものがもらえるとは思ってもいなかったのでびっくりする。この賞はこれまでこの学校始まって以来、まだ5組8人しかもらっていないのである。
 
理事長から燦然と金色に輝くメダルを掛けてもらう。ずっしりと重い。金色の女神像がレリーフされたメダルには小さなダイヤもちりばめられている。そしてNO.9 MS CHISATO MURAYAMA 2008 という刻印もされている。9枚目ということなのだろう。しかしキラキラと輝く金のメダルを見て、すごーい。これ高そう!などと千里は思ってしまった。
 
でも取り敢えず MR. じゃなくて MS で良かった!!
 

ホームルームに戻ると、千里は担任から「宿題したか?」と訊かれる。 
「はい、頑張りました」
と言って、渡航前に担任から渡された「宿題セット」を提出する。
 
「どれどれ」
と言って担任はぱらぱらと中を見るが、ちゃんと全部やってあるようである。 
「向こうでは夜はネットもテレビもなくて、することがないのでずっと勉強してました」
と千里は言う。例によってネットのつなぎ方が分からなかったのだが! 
「おお、頑張ってるな。採点は何日か待ってくれ。頑張って手分けして採点して返すから」
と先生。
 
そして「はい、これ次の宿題」と言って、またどーんとプリント類を渡された。 

その日の夜。
 
貴司はいつものように21時半くらいまで練習をしてからマンションに帰る。今日は仕事も順調に進んだが、バスケの練習も調子良く
 
「細川今日はなんか凄い」
とチームメイトたちに言われていた。
 
それで帰宅してからシャワーを浴び、台所に行って晩御飯を作ろうとした。 
その時ふと貴司はテーブルの下に落ちている Bika ambon という文字が書かれた黄色い箱に気づく。
 
これは・・・千里が持って来てくれて、一緒に食べたお菓子だ!
 
だったら、だったら、やはり千里は昨夜うちに来てくれた?
 
それでゴミ箱を漁ってみると、自分がコンビニで買ってきて千里と一緒に食べたショートケーキの箱とケーキを保護していた透明シートも見付かる。更に寝室に行ってみると、ゴミ箱の中に使用済みのコンドームが落ちている。中を確認するとあきらかに精液が入っている。
 
自分はここ1ヶ月半ほど射精ができずに居た。でもこれって間違いなく自分が射精した跡だ。
 
(少なくとも貴司はホモではない(と本人は思っている)ので、他人の精液が入ったコンドームがここに落ちている訳が無いと考えた) 
ということはやはり自分は昨夜間違い無く千里とセックスしたんだ。そしてちゃんと自分はチンコを大きくして射精もできたんだ。
 
しかし・・・
 
千里は今朝の8時には旭川に居た。千里の電話の背景にバスケットのボールが床でバウンドする音、何人かの女子高生の声が聞こえたから、たぶん千里は朝練に出ていたのだろう。
 
貴司は考えてみた。それで時刻表を開いて、深夜に大阪を出て、朝8時までに旭川に到着する便が無いか調べてみる。
 
旭川空港に最も早く到着する飛行機は羽田発で旭川空港着9:20のようである。これは間に合わない。新千歳だと羽田から8:00に到着する便がある。しかしそこから旭川まで移動するのに2時間近くかかる。
 
夜中に津軽海峡を越える場合を考える。青森→函館のフェリーは2:00→5:50, 2:40→6:30という便がある。函館に6時に着いた場合、どうやっても旭川に着くのはお昼だ。そもそも自分は昨夜たぶん2時すぎまで千里とセックスしていた。それが青森2:00とか2:40のフェリーに乗れる訳が無い。
 
夜行急行《はまなす》を使う手を考えてみる。これだと札幌に6:07に着くのでそこから高速バスに乗り継ぐと、ひょっとしたら8時頃に旭川に着く便があるかも知れない。しかし《はまなす》が青森を出るのは22:42なので、そもそもこれに乗ること自体が無理だ。
 
貴司は時刻表を放り出した。
 
だめだ〜!
 
絶対不可能。やはり千里と熱い一夜を過ごしたのは夢だったのだろうか?夢を見ながら自分はコンドーム付けて射精した?? ケーキもひとりで2個食べちゃった???
 
でも、それにしてもインドネシアのお菓子の箱はどうしたんだ?
 
貴司は考えるのをやめることにした。
 
「結局、俺は千里のことが好きなんだろうなあ。きっと千里とならちゃんとセックスができるんだ」
 
そう独り言のように言うと、例の彼女とはしばらくデートも控えようと思ったのであった。
 

さて、旭川。
 
絵津子とF女子高の神野さんとの「交換留学」については、N高校の教頭先生が月曜日に向こうの教頭と概略電話で打ち合わせた上で、火曜日に岐阜まで日帰りで行って話をまとめてきてくれていた。ほんとにご苦労様である。 
千里が戻ってきた水曜日の昼休み、会議室に、絵津子、および(話を出した)千里・(部長の)揚羽、そして宇田先生を呼んで、まとまった内容を話してくれた。
 
・留学は来週の月曜、11月17日からウィンターカップ直前の12月12日までの26日間とすること。
・滞在中は各々の学校の寮で生活すること。寮費は食事代のみで良い。
・制服は留学先の制服を着用する。
・留学先の委員会活動や学校行事にも参加させ、基本的に自校の生徒と同様の扱いとすること。
・単位に必要な授業時間は基本的に読み替えることにするがどうしても不足する分は冬休み等に補習を受けさせること。
・教科書は備品で対応するが、副教材の問題集などは自己負担とする。
・授業料・部費は相殺とするが、各々スポーツ保険の保険料は自己負担とする。
 
「それで午後に業者さんに来てもらうから、それで採寸して、向こうの業者さんに依頼してF女子高の制服を作ってもらう。神野さんの方も向こうの業者さんに今日中に採寸してもらってこちらの業者さんにN高校の制服を作ってもらう」
 
「分かりました!」
と言いながらも絵津子は話の急展開に驚いている。
 
「その制服作成の費用は部費で出せると思う」
と宇田先生が言う。強化合宿に準じるものという考え方ができるという。交通費もやはり部費から出すので、個人負担は、食費などの日常的な費用を除けば、スポーツ保険の分と授業の副教材の分で合計1万円、あとは荷物の輸送料金や寮から学校までの定期代くらいではないかと宇田先生は言う。
 
ただ教頭先生は言った。
 
「でも湧見君、さすがにその頭は何とかしない?」
 
それで千里が自分でも一時期使用していた、簡単に洗える人工毛髪のウィッグを作っているお店を紹介し、すぐにそこに注文を入れた。
 
「私が言い出しっぺだし、このウィッグの料金は私のプレゼントということで」
と千里は言う。
 
「済みません!」
と言って絵津子は恐縮している。
 
「金曜日に届くと思うから、それを付けて岐阜に行こう」
と千里。
 
「だけど、その頭、おばちゃんは何か言わなかった?」
と揚羽が訊くと
 
「最初私がただいまって帰って行った時、『どなた様でしょう?』と言われた」
と絵津子は答える。
 
「まあ、言われるだろうね」
「私だと分かると、腰を抜かされた」
「ああ、可哀想に」
「お母さんならショックで心臓麻痺起こしてたかも」
「お母さんには見せるなと言われました」
「それがいいね」
 

「ところで昭ちゃんのほうはどうなってるんだっけ?」
と千里は訊いた。
 
「ちゃんと女子制服を着て通学してますよ」
と揚羽。
 
「へー」
「同じクラスの女子生徒の中に埋没してるみたい」
「なるほどねー」
 
「あの子、このままトランスするの?」
と教頭が尋ねる。
 
「あれはうちの女子部員たちに乗せられてやってるだけなので、申し訳ありません。コスプレのようなものということで、今は取り敢えず大目に見てやってもらえませんか」
と揚羽が言う。
 
「本人としてはやはり女の子になりたいの?」
「それはそうみたいです」
「それとどうも、こっそり睾丸は取っちゃったみたいですよ」
と絵津子が言う。
「へー!」
 
「なんか怪しいんで、訊いたんですよ。で、なかなか素直に言わないから、くすぐりの刑に処したら去勢手術受けに行ったこと認めました。でも親には知られたくないみたいだから、ここにいるメンツだけの話にしてもらえませんか?」
と絵津子。
 
「とうとう後戻りできない所に行っちゃったのか」
「でもそもそもあの子、間違いなく女性ホルモンをかなり飲んでますよ」
「ああ、それは多分そうだろうと思ってた」
「でも睾丸取っちゃったのなら、むしろちゃんとホルモン飲んでないとまずい」
 
「でもまだ完全に性転換するかどうかは決断できないみたいですね」
と絵津子が言うが
 
「その決断は焦らなくていいと思うよ」
と千里は言う。
 
「村山君は性転換したことを後悔していない?」
と教頭が訊く。
 
「女の子になれて幸せだと思っています。でもこういうのは個人差が大きいから、人それぞれ充分考えて決断すべきなんですよ」
と千里。
 
「うん。そうだろうね」
と教頭。
「あの子は、性転換手術を受けるにしても高校を出た後で考えたほうがいいと思います」
と千里。
 
「僕もそう思うよ」
と宇田先生が言った。
 
「じゃ、とにかく彼、いや彼女と言うべきなのかな。湧見昭君については、女子制服を着ていても男子制服を着ていても、不問にするように生活指導の方には言っておくから」
と教頭は言ってくれた。
 

金曜日。川南が千里に話があるというので女子寮の彼女の部屋に行くと、他に葉月・夏恋・暢子もいる。話は夏に渋川で会った少年、龍虎のことであった。 
「あの子、何とか今月いっぱいで退院できるみたい」
「今までかかったんだ!」
「凄く強い薬を使っていたのを少しずつ軽い薬に変えていったりとか経過観察の必要もあったみたい」
「ああ、川南、ずっと連絡取ってたのね」
 
「でさ、龍虎にいちばん関わったのがこの5人だと思ってね。退院の日取りは12月1日・月曜日になりそうということなんだけど、その直前の11月29-30日にさ、私たちを代表して誰かが退院祝いに行ってあげない?」
 
「なるほどー」
「あの子さ、両親が居ないでしょ。結構心細いと思うんだよ」
と川南が言う。
 
「あの子、だいぶ入院していたんだっけ?」
「病院を出たり入ったりだったみたい。あの子の叔母さんともずっとメール交換してたんだけど、実際問題として幼稚園の年長の時から1年半ほど、ほとんど病院の中だったんだって。だから友だちとかも居ないんだよ」
 
「それはホントに寂しいかもね」
 
「両親が亡くなってたんだよね?」
「うん。2歳の時に交通事故で亡くなったらしい。でもあの子、それ以前から亡くなったお父さんの友達夫婦の所に里子に出されていたんだって」
「へ?」
「その里親のお父さんも去年亡くなっているんだよ」
「大変だね」
 
「そんな時に龍虎が大きな病気して、里親のお母さんひとりだけではとても病院代も出せないんで、いったん叔母さんが引き取ることにしたらしい。叔母さんは詳しくは言えないけど、わりと収入があるんだよ」
 
「へー」
「ただ仕事が物凄く忙しい」
「ああ・・・」
「だから龍虎が入院している間は良かったんだけど、退院するとなると、どうするか悩んでいたみたいなんだけどね」
「うん」
 
「それでたまたま、病院内で龍虎と知り合って仲良くなった20代の夫婦が自分とこで暮らさないかと言っているらしい」
「どういう人なの?」
「ふたりとも学校の先生なんだって」
「ふーん」
 
「そしてさ。ここだけの話」
「うん?」
「この夫婦、性別を変更しているんだよ」
「は?」
 
「つまりこの夫婦の夫の方は元女で、妻の方は元男」
「え〜?」
「どちらも性転換したあとで知り合って仲良くなって結婚したんだって」
「ちょっと待ってくれ」
「今若干、話に付いていけなかった」
 
「結婚したのが5年前なんだよ」
と川南が言う。
 
「あ!当時は戸籍上の性別を変更できなかったんだ!」
と千里が言う。
 
「そうなんだよ。でも偶然にもふたりは戸籍上も男と女だから、そのままの性別で入籍することができた」
 
「要するに旦那は戸籍上は妻で、奥さんは戸籍上は夫なんだ?」
「そういうこと」
「性別交換・夫婦交換か」
 
「この件、他の人には言わないでね」
「うん。分かった。言わない」
 
ここに集まっている5人はみな口は硬い子ばかりである。
 
「でも学校の先生って言わなかった? よく性別を変更しているのに採用してもらったね」
「うん。どちらも完璧に新しい性別でパスしているから、これならいいだろうと認めてもらったらしい。名前は経年使用を理由に20歳になってすぐ変更しているから、実際、同僚の先生たちも性別変更のことは全く知らないらしいよ」
 
「その奥さんの方、随分早い時期からトランスしたんだろうね」
と千里は言う。
 
「うん。女から男になるのって後からでも結構いけるんだけど、男から女になるのは遅くても17-18歳くらいまでにはやらないと、もう女らしい身体にはなれないらしいね」
 
「だからMTFの悩みは大きいんだよ。声変わりの問題もある」
「この奥さんは小学生の時に自分で玉を切り落としたらしい」
「きゃー」
「勇気あるー」
「それで声変わりをキャンセルできたんだよ。だから音楽の先生してるんだけど、ソプラノボイスなんだよね」
 
「凄いね」
 
「それでこの夫婦、生殖機能を放棄してしまっているから、医学的に子供が作れないんだよね。それもあって、龍虎を自分たちの子供として育てられたらという希望らしい。龍虎の叔母さんや、龍虎の亡くなったお父さんのお友だちとかが何度もその夫婦と会って話したけど、人格的にも全然問題無いということで、その夫婦に託すことにしたらしい」
 
「へー」
「だから龍虎には新しいお父さん・お母さんができることになる」
「それって養子にするの?」
「いや、単に預かるだけ。だから龍虎の親権は叔母さんが引き続き持つ」
 
「その方がいい気がするよ。龍虎について責任を持つ人が複数居た方がいいと思う」
と夏恋が言う。
 
「まあそれで退院祝いに少し洋服を買ってあげようと思ってさ。これ買い込んできたんだよ」
 
と言って川南が服を見せるが・・・
 
「女の子の服ばっかりじゃん」
「だってあの子、女の子になりなよとか、龍虎のコの字は子にして龍子ちゃんになったらとかからかうと、反発して面白いんだもん」
 
「悪趣味な」
「だから、これプレゼント」
「まあいいけどね」
「着る着ないは本人の自由ということで」
 
「でも代表で誰かというけど、そんなに川南かかわっているなら、川南が行っておいでよ」
と葉月が言う。
 
「うん。私もそれがいいと思う。私は退院祝いにお菓子でも送ろう」
と夏恋も言う。
 
「そうかな、やはり」
と川南。
 
「バスケ部員に色紙をまわして寄せ書きも書いてあげよう」
と暢子。
 
「ああ、それいいね」
 
「じゃ、私が行って来ようかな」
などと川南は言っているが、最初からそのつもりだったようである。
 
「たださ、私、あんまりたくさん洋服買いすぎて」
「ああ、荷物多いから宅急便で送ればいいよ。こんな大きな箱持って行けないし」
と千里。
 
「宅急便送る時は言って。私少しお菓子買ってくるから一緒に入れさせて」
と夏恋。
 
「いや、それはいいんだけど、旅費が無くなっちゃって・・・」
と川南が言いにくそうに言う。
 
「そりゃ、これだけお洋服買えばね!」
と葉月が呆れて言う。
 
「じゃ、みんなでカンパするか」
と暢子。
 
「ごめーん」
 
それで、川南は急行はまなすを使って往復して4万円くらいなんだけどと言うが「それきついよ。飛行機使いなよ」と言い、経済的に余力のある千里が4万出して、暢子・夏恋・葉月が1万円ずつ出すことで話が付いた。川南は飛行機なら、土曜日の朝の便で行って龍虎に会い、向こうで1泊してから日曜日の飛行機で戻ることにすると言った。
 

11月14-16日(金土日)。第63回全道総合選手権大会(兼オールジャパン予選)が行われ、釧路Z高校と旭川L女子高が出場した。
 
L女子校は1回戦は突破したものの、2回戦で札幌のクラブチーム・クロックタワーに敗れてしまった。釧路Z高校は決勝戦まで進出する快進撃を見せたものの、最後は札幌S大学に激戦の末敗れてしまった。これで麻依子たちの高校バスケも乃々羽たちの高校バスケも終了となった。大学進学する部員は、もうこのあと受験勉強一色となる。
 
日曜日の午後、F女子校の制服を着た絵津子がセントレア行きの飛行機に乗り、1ヶ月間のバスケ留学に旅立つ。千里や揚羽など多数のバスケ部員、宇田先生・南野コーチ・教頭、担任、絵津子の叔母(絵津子の下宿先)、そして従兄?従姉?の昭ちゃんと、数人の彼女の友人が見送った。
 
絵津子が女子制服なのに丸刈り頭なので質問が出る。
 
「えっちゃん、ウィッグは?」
「持ってますよ。向こうの学校に入る前には付けます」
と言って、バッグの中から出してみせる。
 
「いや、付けてたらウィッグの金具がセキュリティに引っかからないかなと思って、取り敢えず外しておいた」
などと言っている。
 
「その頭で女子制服着てて、トイレで咎められなかった?」
「悲鳴あげられて警備員さんが飛んできたけど、ちんちん付いてないこと確認してもらった」
「ちんちん無くて良かったね」
「昭ちゃん、要らないんでしょ?ちょうだいよと言うのにくれないから」
 
「そんな簡単に取り外せないし」
などと結局N高校の女子制服を着ている昭ちゃんは言っている。
 
昭ちゃんが女子制服を着ているのを見て、絵津子の叔母(昭ちゃんの叔母でもある)が驚いていたが
「昭ちゃん、小さい頃から可愛いから女の子にしてあげたいとよく言われてたもんね」
などと言っていた。
 
「でも、えっちゃん、ボクの男子制服は?」
「あれは向こうに転送する宅急便に入れちゃったからなあ」
「え〜!?」
「昭ちゃんは女子制服似合っているからそのままで問題なし」
「まだ1ヶ月もこれで過ごさないといけないの?」
「そのまま卒業までそれでいいと思うけどなあ」
 
「昭ちゃん、ご両親は何て言ってるの?」
と千里は尋ねる。
 
「何も言わないんですー。それどころかこのトート買ってくれたし」
 
と言って見せるのは可愛いリトルツインスターズのミニトートバッグである。 
「まあ、認めてくれているってことだよね」
「そうなのかなあ」
「きっと昭ちゃんが女の子になってくれて嬉しがってるんだよ」
「え〜!?」
 

結局ロビーで30分近く立ち話していたが、そろそろ行かないとという話になる。 
「じゃ頑張って日本一の学校のワザを盗んできますね」
と言って手を振って絵津子は手荷物検査場の列に並んだ。
 
でもいきなり「お客様チケットが違います」と言われて、南野コーチが近くまで行き「この子、間違いなく女の子です」と証言していた。
 
絵津子はたとえスカートを穿いていても充分男に見えるので、頭が丸刈りだと尚更である。
 
「えっちゃん、混乱の元だから、検査通ったらすぐウィッグつけときなよ。また搭乗口で言われるよ」
と南野コーチは言っていた。
 
「昭ちゃんは最近男子制服を着ていても女の子に見られていたから、女子制服を着るので混乱が無くなったね」
などとこちらで志緒が言っていた。
 
前頁次頁目次