【女の子たちのお勉強タイム】(1)
1 2
(C)Eriko Kawaguchi 2015-07-10
昭ちゃんは問題集を買いに町に出ていて、30歳くらいの女性に呼び止められた。
「君、高校生?」
「あ。はい」
「ね。少し時間あったら***バスケットやってみない?」
「え?バスケットですか?」
昭ちゃんは女性のことばの前半がよく聞き取れなかったので聞き返した。すると女性は「そうなの。今盛岡からキャンペーンで来てるのよ。良かったらこっち来て」などと言われて、その女性に連れられて商店街のイベントスペースに入ってしまった。
小学生の頃、ここで卓球大会に出たことあったな、などとふと思い出したが、ここにバスケットのゴールを持ち込んでゲームをするんだろうか?などと考えていたら、何だかイベントスペースには多数のテーブルが並べられ、10-20代の女の子が多数座っている。
あれ〜?机が並べられているけど、実技じゃなくてルールの説明とか有名選手の紹介とかでもするのかしら、などと思う。
「ここ座って、座って」
と言われて座る。昭ちゃんがキョロキョロしていたら、やがて前のほうに立つ講師風の女性が
「それでは『誰でもすぐ覚えられるハンギング・バスケット』の講習会を始めます」
と言った。
1時間半後、昭ちゃんの目の前にはきれいに籠(かご)に盛られた切り花の山ができていた。
「あなたセンスいいわねぇ、これ凄くきれいに出来ている」
などと言われる。
「この子、今日の準優勝でいいんじゃない?」
「うんうん。1位は7番の子で」
それで花を盛った籠を持って前の方に並ぶ。確かに1位に選ばれた人のは凄くきれいにまとめられていた。
「それでは1−3位に選ばれた人、自己紹介をどうぞ」
「7番、深川市から来ました****、19歳です」
「えっと、24番、旭川市内の湧見昭子、17歳です」
「18番、上川から来ました****、16歳です」
なんだか大型のカメラを持ってフラッシュを焚いて撮している人が何人も居る。何だ?何だ?
「それでは3人に入賞賞品として、ハンギングバスケットをデザインしたワンピースをプレゼントします」
などと言われて、渡される。笑顔で受け取るが、そこをまた写真に撮られる。
「そのワンピースに着替えた所を写真撮りたいのですが」
などと言われるので、3人で別室に入ってその服に着替えた。女の子と一緒に着替えるのは、いつもバスケ部でやっているので昭ちゃんとしては全く平気である。最近はむしろ男子と一緒に着替える方が緊張する。
そしてハンギングバスケットが描かれた白いワンピースを着て3人が各々の作品を抱えて笑顔でいる所を記念写真に撮られた。
「3人は来年6月に盛岡市で開かれますハンギングバスケットフェア2009に招待されます」
などと言ってカタログをもらった。
あはは、6月ってインターハイの予選やってるんじゃないかなあ。行けるかな?とちょっと疑問を感じた。
翌日、新聞の地方面に「旭川でハンギングバスケット・フェア開かれる」という記事が載り、そこに花柄のワンピースを着た昭ちゃんの写真が載っているのを見た昭ちゃんの父親は「うっ」と声をあげてしまった。
「そういう訳で、約1ヶ月間、こちらの学校で一緒に勉強することになった湧見絵津子君です。仲良くしてやってください」
先生に紹介された絵津子は
「北海道旭川から来ました湧見絵津子です。短い間ですが、よろしくお願いします」
と言ってペコリとお辞儀をした。予め用意してあった机の所に座るが、教室内でざわめくような声が起きていた。
休み時間になってから早速クラスメイトに取り囲まれる。
「ね、ね、湧見さんって、女の子になりたい男の子なの?」
「え?私、一応普通の女のつもりですけど」
「あ、そうだよね、そうだよね、分かる分かる」
「おっぱいは大きくしてるの?」
「取り敢えずBカップあるけど」
「すごーい。シリコンか何か入れたの?」
「え?豊胸手術とかしてないですよー」
「じゃ、ホルモンだけで?凄いなあ」
「髪の毛長いね」
「あ、これ実はウィッグなんですよ」
「あ、そうなんだ?」
「外してみようか?」
「お、外してみて外してみて。ここだけってことで」
それで絵津子がウィッグを外して丸刈り頭を見せると
「すごーい!」
「格好良い」
「女の子にしちゃうのもったいない」
「男の子のままで良かったのに」
「ほんと、ほんと。湧見さんが男の子のままだったら、私結婚したかったくらい」
などといった声が上がっている。
「でも女の子っぽい声出すのうまいね」
「えっと・・・」
「もしかして睾丸は取っちゃった?」
「えー?さすがに睾丸は無いです」
「すごーい!もう取っちゃったんだ?」
「おちんちんはまだ付いてるんでしょ?」
「おちんちんなんて無いですよー」
「うっそー!」
「すごーい! もう性転換手術しちゃったんだ?」
「高校生で性転換するって凄いね!」
「えっと、私、最初から女だけど」
「うん、分かる分かる」
「物心ついた頃からずっと自分は女だという意識だったんだよね」
絵津子はどうも自分の性別が誤解されているようだということを認識して、どう説明すればいいのか、悩んでいた。
「そういうわけで12月12日まで神野君と交換留学でこちらに合流することになった湧見絵津子君だ。みんな仲良くしてやって下さい」
と八幡監督がF女子高のバスケ部メンバーに絵津子を紹介した。
絵津子は授業中はウィッグを付けていたのだが、ここでは汗を掻くしということで丸刈り頭をさらしている。
「お世話になります。旭川N高校から来ました湧見絵津子です。1年生ですし、洗濯でも雑用でも何でもやりますので遠慮無く言って下さい。インターハイで恨みがあるという人もどんどん掛かってきて下さい。たくさん鍛えられたいです」
と絵津子も挨拶する。
すると
「いや、洗濯は免除でいいよね」
という声が一部から出る。
「いえ、遠慮せずにこきつかってもらっていいですよ」
と絵津子が言うのだが
「でも女の子の服を男の子に洗わせるのは問題があるから」
という声。
それを聞いて彰恵が言う。
「いや、この子、男の子に見えるけど、女の子なんだよ」
「え〜〜!?」
という声があちこちからあがった。
「性転換したんですか?」
「してないです。生まれた時から女です」
「ほんとうに?」
「戸籍上も身体上も最初から女なので」
「うっそー!?」
「いや、教室でも性転換した元男だと思われて、その誤解解くのに苦労した」
などと絵津子は言っている。
「この子、インターハイに女子として出ていたから女であることは間違い無いよ」
とインターハイで絵津子にさんざんやられた2年生の椙山さんが言う。
「ほんとに最初から女なの?」
「はい」
「その頭は?」
「ウィンターカップの予選でP高校の1年生に負けたのが悔しくて衝動刈りしちゃいました」
「ひゃー!」
「P高校に負けたのならウィンターカップには出られないの?」
「いや、今年は北海道は2校出られるんですよ。それでうちもウィンターカップ出ますので、もし本戦で当たったら私の欠点を突いてギタギタにしてください」
と絵津子。
「うん。もし旭川N高校とまた当たった場合、絵津子ちゃんを抑え切れたら、うちが勝てると思う」
と百合絵が言う。
「よし。じゃ丸裸にして解剖するつもりで徹底研究しよう」
と3年生の左石さん。
「ついでに寮に行ったら、裸にして解剖して性別を確認してみたいね」
などと1年生の中尾美稔子が言った。
一方、F女子高からN高校に交換留学で来た神野晴鹿は、ごく普通に教室でも受け入れられ、ごく普通に女子バスケ部にも合流した。
普段通りのウォーミングアップ、基礎練習を経た後、千里のシューター講座を始める。参加者は、2年生の結里・昭子、1年生のソフィア・智加、そして晴鹿に講師の千里を入れて6名である。
「世の中には2種類のバスケット選手がいる」
と千里は最初に言った。
「ひとつは近くからシュートするほどゴールの確率が高まるタイプ。もうひとつは近くても遠くてもゴールの確率が大して変わらないタイプ」
そして言う。
「後者がシューターと呼ばれる選手なんだ」
「そもそもシューターが撃ったボールというのは『入る確率』といった言葉に馴染まない動きをする。それは『入る』か『入らない』というオンかオフのデジタルなんだよね。『入るかも知れない』というファジーなボールを撃つのはシューターじゃない。それはふつうのフォワードだと思う」
「まあ、そういう訳で各自10本ずつ撃ってみようか?」
それで1人ずつ順番に10本ずつスリーを撃つ。
結里が6本、昭子が7本、ソフィアが6本、智加が5本、晴鹿が7本入れた。ちなみに千里は貫禄で10本全部入れる。
「まあ入る本数は練習していれば上がるんだけど、入らなかった時って、みんな撃った瞬間に『しまった』みたいな顔をしていたね」
と千里は言う。
「それは撃った時の感触で入ったかどうかが分かるから。やはりここに来ている人たちって、シューターのタイプなんだよね。だからシューターの練習というのは、もちろん毎日たくさんシュートを撃つことも大事だけど、どうやったら、自分が思い浮かぶイメージ通りに身体が、腕が動くかということ。そのためには、やはり発射台となる下半身をしっかり鍛えておかないといけないんだよね」
「ということで、何の練習をするか分かるかなあ?」
「ジョギングですか?」
とソフィアが言う。
「正解。じゃ10kmほどロード行って来ようか」
「キャー」
「寒いからみんなちゃんとウィンドブレーカー着てね」
千里はオーストラリア合宿から帰国した9月上旬、突然学校側から3年生を3人特例でウィンターカップに出してもいいが、その代わり各々指定の学校を受けて合格して欲しいと言われ、偏差値74という超難関の□□大学医学部(東京都)を指定された。
他に暢子は道内のH教育大旭川校、留実子は札幌のH大学、薫は札幌のL女子大を指定されたものの、同レベルの東京のKS大学に変更してもらった。そして10月末、4人は共同で教頭先生に申し入れ、薫が更にレベルの高い東京のA大学を受ける代わりに留実子は元々志望していたH教育大旭川校を受けることを認めてもらった。結果的にふたりとも合格すると暢子と留実子は大学でもチームメイトになることになる。
さて、千里はこの春からバスケ部の練習をたくさんしていた上にU18日本代表にもなって合宿に次ぐ合宿をしていて、実際問題として8月までは学校の勉強なんて、ほとんどしていなかった。しかし唐突に超難関大学を指定されたので、バスケの練習の合間に必死になって勉強し始めたし、担任や他の先生たちも協力してたくさんプリントを渡してくれた。
それで千里は学校の出席日数は減っていたものの、成績はむしろ上がっていっていた。
なお、千里が高体連主催の大会に出たり、日本代表として合宿や大会に行っているのは全て公欠扱いになっている。N高校の場合、年間登校日数の3分の2以上の出席が進級・卒業には必要で、年間の登校日数は3年生の場合190日あるのだが、バスケ部の活動(国体を含む)で10日は公欠になっていて、更に千里は日本代表の活動で+21日の公欠があり、千里の登校すべき日数は159日である。その3分の2以上で106日以上出席すれば卒業できる。実際にこの年千里が休んだのはオーストラリア遠征後に新島さんの仕事の代行のため休んだ5日間くらいである。
とはいっても他の子より合計31日も出席している日数が少ないので、その分をカバーして勉強するのは本当に大変であった。
「千里、何読んでるの?」
と山駆けの同行者のひとりが千里に尋ねる。千里はアジア選手権から帰国した後の11月13日から山駆けを再開したのだが、雪に覆われた出羽の山中を歩きながら千里はずっと何か本を読んでいるのである。
「今読んでいるのは物理の参考書〜。私理科が苦手だから」
「ああ、大学受験なのか。千里、どこ受けるのさ?」
「千葉県のC大学の理学部と、東京の□□大学の医学部」
「・・・・」
「どうしたの?」
「あんた、理科が苦手なのに、理学部とか医学部とか受けるわけ?」
「そうなんだよ。浮き世の義理でさ」
「義理で受験するんだ!?」
休憩の後、次の歩行では今度は千里はずっとバスケットのボールを雪面でドリブルしながら歩いている。
「今度はバスケットの練習?」
と年配の修行者から声を掛けられる。
「そうなんですよ。12月末のウィンターカップに出ることになったから練習」
「たいへんね〜」
更に次の休憩の後は今度はフルートを吹きながら歩いている。ただ冬山で横笛など吹いていると、どうしても指先が冷える。一応美鳳さん特製(?)の凍傷防止効果のある手袋をして吹いているのだが、それでも冷たい。
それを見ていたひとりの修行者が「これで練習するといいよ」言って黒い木製のフルートを渡してくれた。黒檀だろうか。わりと重い材質で作られているが最も遠い右端の穴を除いてはキーが付いていないので穴を直接指で押さえる。
「あ、金属のフルートより暖かい気がする」
「うん。気に入ったらあげるよ」
「わあ、ありがとうございます」
と言ってから千里はその木製フルートを少し吹いてみる。
「あ。ピッチは同じだ」
「うん。現代フルートと同じピッチで作られている」
音階をおそるおそる吹いてみた。
「これ、もしかして金属製のフルートと指使い同じですか?」
「そうそう。だから現代フルートの曲の練習に使える」
「へー。面白い」
「オーケストラの方もやってるんだっけ?」
「そうなんですよ。12月14日にコンサートがあるんです」
「あんた、色々やってるね!」
「その曲聴いたことある。メンデルスゾーンか何かの曲だったっけ?」
と別の修行者が訊く。
「メルカダンテという人のフルート協奏曲ホ短調第三楽章、ロンド・ルッソ、日本語で言うとロシア風ロンドという曲なんですよ」
「聞いたことのない名前の人だ」
「生きてた頃はオペラ作者として絶大な人気があったんですけど、亡くなった後は評価が下がってしまって、彼のオペラは今日ではほとんど上演されません。でも、このフルート協奏曲ホ短調だけは、凄い人気で、今ではフルート奏者の定番レパートリーのひとつになっているんですよ」
「ああ、人の評価って、結構生前と死後で激変するよね」
11月22-24日の連休、N高校女子バスケ部は釧路に合宿に行った。釧路Z高校との対決で、Z高校の松前乃々羽が参加する最後のN高校との試合となったウィンターカップ道予選の準々決勝では、千里が海外遠征で出場できなかったので、乃々羽が千里を含めたメンバーとの対決がもう一度したかったといったことから、あらためて練習試合をしましょうということになっていた。それを発展的に解消する形で、N高校とZ高校の合同合宿をすることにしたのである。
参加メンバーは特例で延長活動が認められている3年生4人+「来年の4月以降もバスケ部の活動をする予定の者」ということになっている。2年13人・1年16人が該当する。合計33名である。
(2年生で瞳美・聖夜・安奈の3人が来年春に進学クラスに入り部活からは引退することを表明している。1年生でインターハイの時点で在籍していた21人の内それ以降に辞めた部員が3名、年末で辞める予定の部員が2名いる)
宿泊は釧路近郊の温泉旅館に両校の選手が泊まり込み、合同で実践的な練習をした上で最終日の夕方に練習試合をすることにした。
この「実践的な」練習が超ハードなものであった。
称して「勝ち抜け1本勝負」である。基本的にはN高校対Z高校の試合をするのだが、この日のために白石コーチがプログラムを組んだ、特製スコア・プログラムで選手のスコアを付けていく。オンコートしてから5分間全くゴールを決めきれなかったら次の人と交代する。ずっとゴールを決め続けて20分間コート上に居続けた上で1ゴール決めたら、大量に用意しているメダルを掛けてもらい1抜けである。
このメダルはボール紙に金色の色紙を貼り丸く切り抜いて紐を付けただけの簡易なもので、実は夏恋と睦子の手作りである。受験勉強の息抜きにと作業してくれた。
最初は雪子/千里/薫/暢子/留実子 対 松前/小寺/富士/音内/鶴山というメンツで始めるが、雪子・千里・薫・暢子・松前・富士の6人は最初の20分で「あがり」となり初日は金メダルを掛けてもらう。その後入った不二子とソフィアも20分で「あがり」となる。しかしその後はなかなかメダルを掛けてもらうに至らない。5分に1度はゴールするというのが意外に難しいのである。留実子や揚羽にしても、向こうの鶴山・福島などにしても15分くらいまでは続くものの、あと少しで交代になってしまう。揚羽も鶴山さんも1度20分間居続けたものの、そのあと1ゴール決める前に5分間経過してメダルを取れないままの交代となる。
「みんなたるんでるな」
と松前さんが言う。
「メダルたくさん用意しているのに」
と南野コーチも言っている。
「20分間ゴールし続けるためには持久力も必要だからね」
「バスケってスピードも必要だけど体力も必要」
「今年はみんな体力の付け直しだなあ」
などと言っていた時、松前さんが「あれ?」と言う。
「そちらの天然女子の方の湧見は?」
「ああ、ちょっと他の学校に留学させてるんだよ」
「へー」
そんなことを言っている内に神野晴鹿がやっとあがってきてN高校7人目のメダルを掛けてもらう。
「これ鍛えられます−」
と言っている。
「あんた新顔?」
と松前さんが訊く。
「1年生の神野晴鹿です。よろしくお願いします」
「いい動きしてると思った。それにスリーが無茶苦茶うまい。夏はいなかったよね」
「はい。まだ大会とか出してもらえなくて」
「来年のインハイではレギュラーでしょ」
「レギュラーになりたいです」
「実はこの子と交換留学なんだよ」
と暢子がバラしてしまう。
「へー!
松前さんがじーっと晴鹿の顔を見る。
「あんたF女子高の人だ」
「すごーい。私、まだ大きな大会には出てないのに」
「F女子高を取材した雑誌の記事に写ってた」
「よく覚えてますね!」
「なんかオーラの強い子だと思ったからね」
「そんなことは時々言われるのですが、期待に添えるよう頑張りたいです」
やがてZ高校の3人目で3年生の音内さん、4人目で1年生の三島さんとあがってくる。そしてN高校の8人目で上がってきたのは、なんと久美子であった。
「あんた凄い。やるじゃん!」
と南野コーチが褒める。
「ありがとうございます。でも疲れました」
「朝練の成果が出たね」
と千里が声を掛ける。
久美子は朝練で毎回千里の次にやってきて、結果的に最もたくさん練習をしている。
少し休んだ所で「あがり組」はあがり組だけで別途練習をする。こちらは主としてスクリーンプレイとその対抗策を暫定ABチームに分けて練習した。どうしてもあがり人数に差があるので両校ミックスのチーム編成となったが、松前さんと不二子が絶妙のコンビネーションを見せて
「あんた、うちに転校してこない?」
などと勧誘(?)されていた。
結局初日に金メダルをもらうことができたのは、Z高校では他に3年の小寺・2年の船引、1年の伊東で、合計7名、N高校では他に揚羽・留実子・志緒・紅鹿の合計12名であった。
「リリカ・結里・昭子・来未・蘭・海音・愛実・耶麻都・永子以上9名は10kmジョギング」
と南野コーチから言われている。
「え〜!? もうクタクタなのに」
このメンツは皆14-15分くらいまでは続けられるのだが最後あと数分のところで何度もアウトになっていたのである。
「引率者として部長の揚羽も行ってくるように」
すると永子以外の「銀河5人組」の残りのメンツも
「私たちも行きます」
と言って一緒に走って行っていた。結果的に2年生でメダルをもらえなかった子は全員10kmのジョギングに行ったことになる。
Z高校側もやはり14-15名ほどジョギングに行かされていた。
なお10km走に行かなかったメンバーは体育館でパスやドリブル、シュートなどの練習をして彼女らの帰りを待っていた。
「10km走きつそうだから行かずに済んで良かったと思ってたけど、こちらの練習もきつい」
などと1年生の可穂子が言う。
「そりゃ合宿だもん」
とソフィアが言っていた。
泊まった旅館はひじょうに広い大浴場を持っているので、時間帯とかも決めずに両校選手入り乱れてお風呂に入り、修学旅行のような騒ぎになっていた。例によって、昭子はN高校の選手だけでなく、Z高校の選手からもたくさんいじられていた。本人としても、どうもいじってもらいたい感じだ。
「昭子君、君について少し噂があるのだが」
と言い出したのはなぜかZ高校の鶴山さんである。
「なんですか?」
と昭子は少し恥ずかしそうに答える。
「君は既に睾丸を取ってしまったという確かな筋からの情報なのだよ」
「実は手術を受けに行ったんです」
「おぉ!やはり」
「でも未成年はダメだって言って取ってもらえなかったんです」
「え〜〜!?」
「じゃ、まだ玉は2個ともあるんだ?」
「実は1個はとってもらったんです」
「なんで1個だけ?」
「先生はしてくれそうだったんですよ。それで手術室に入って1個取ってもらって、次2個目という時にうるさ方の年配の婦長さんが手術室に入ってきて、この子、未成年でしょ?と言って手術中止になって」
「じゃ1個だけ残ってるんだ?」
「1個取ってから変わった?」
「女性ホルモンの効きが良くなったような気はします」
「ほほお」
「もう1個も取っちゃったら、女子の試合に出られるんだっけ?」
「去勢から半年経ってたら地区大会、1年経ってたら道大会までは出られるそうです。2年経ってて性転換手術も終えていたら全国大会や国際大会にも出られるのだとか」
「ほほお」
「じゃ千里っちは性転換まで終えているんだっけ?」
と突然千里の方に話が飛んでくる。
「それはとっくに終わってるかな」
「なるほどー」
「昭ちゃんも、もう1個取ってしまったらインターハイの地区予選には出られるのでは?」
「さすがにこれ以上男子選手を女子チームに取ったら、男子チームから苦情が出るかも」
「でも11月くらいまでに去勢しておけば、大学2年のインカレに女子として出場できたかも知れないのに」
「いや、昭子の場合、女性ホルモン飲んでて既に化学的には去勢済みと考えるとそれ行けるかも知れない」
「ただそういう診断書が出ている必要あるけどね」
「そういう検査とか受けてないの?」
「受けてません」
「それは早急に受けた方がいい」
「うん。この合宿終わったら一度病院で検査受けてきなよ」
そんなことを言われながら、昭子はあの中断した去勢手術の前に松井医師から去勢手術の証明書をもらっちゃって、そのまま持ち帰ってきていることを思い起こしていた。
お風呂が終わった後、大広間に両校の生徒60名ほどが入り夕食となるがこの席で宇田先生は衝撃のことばを言った。
「今日はみんなお疲れさん。あの勝ち抜き戦はけっこうハードでしょ。明日もあれやるから。明日は勝ち抜けた人は銀メダルね。それで金メダルと銀メダルの両方を取った人はウィンターカップの選手登録確定」
「え〜〜〜!?」
「ウィンターカップの選手枠って道大会前のトライアウトで決まってたんじゃないんですか?」
と不二子が尋ねる。
「うん。でもあれからどうも戦力が変動しているみたいだから再選考した方がいいのではないかと。だから今回の合宿の成果をもとにメンバー表を提出する。でもウィンターカップって、大会前日まではエントリー変更可能だから、最後まで分からないかもよ」
「わあ・・・」
「ちなみにうちも金銀両方を取った人は新人戦の枠確定ね」
とZ高校の尾白監督も言う。
「片方だけ取った人はどうなるんですか?」
「金銀両方取った人の残りの枠を決めるのに参考にする」
「3日目はこれしないんですか?」
「午前中だけやって銅メダルを渡す。銅メダル取った人も参考にするね」
「よし。明日頑張って、選手枠に食い込もう」
と2年生の「銀河5人組」のひとり夜梨子が言うと
「私やばい。頑張らなきゃ」
と蘭が言う。
ボーダー組にとっては明日は真剣勝負になる感じであった。
その日の晩、旭川の千里の下宿先に訪問者があった。
「あら、貴司さん、こんばんは。でも千里は合宿に行っているのよ」
「あ、そうでしたっけ?」
「聞いてなかった?」
「あれ、そういえば聞いてたような。連休もひたすら練習だ、とは聞いていたんですが」
「せっかく来てくれたのに悪いね。里帰りしてたの?」
「ええ。この連休、うちのチーム試合が無かったので、春に亡くなった祖父の仏檀に線香もあげてなかったからと金曜日の夜の便で稚内まで行って今朝1番の便で礼文に渡ってお線香あげて、それから午後の便で稚内に戻って、今レンタカー運転して旭川まで来たところだったんですよ。今晩こちらに泊めてもらおうかなと思ってたんだけど、千里居ないならこのまま帰ります」
「あらら、千里には言ってなかったの?」
「サプライズのつもりで。変なこと考えずにちゃんと言っておくべきでしたね」
「まあとりあえずあがって。御飯でも食べて行きなさいよ」
「あ、すみません。じゃ、おじゃましようかな」
「実業団のほう、調子良いみたいって言ってたね」
と美輪子は言う。
「おかげさまで。今の所6勝0敗です」
「凄いね」
「来週、同じ6勝0敗のチームと事実上の決勝戦をやります」
「それは凄い。優勝したら1部昇格?」
「ええ。そうです。もし負けたら1部で7位のチームとの入れ替え戦になります。すんなりと来週勝って昇格を決めたいですけどね」
「チームの中心選手なんでしょ?」
「背番号は今年はずっと15番で最後の番号だったんですが、おかげでほぼ毎回スターターにしてもらってました」
「凄い凄い」
「2部のアシスト王を取れるかも知れないです。僅差で争っている人がいるので最終戦次第ですけど」
「そちらも頑張ってね」
「はい」
「まあ千里と貴司さんの関係については一応千里から聞いているけどね」
と美輪子が言うと、貴司が緊張した面持ちで
「はい」
と言う。
「お互い若いんだから、色々なことがあっていいと思うし、お互い色々なことを考えるといいと思う。でもきっと最後はなるようになるよ」
「そうですね・・・・。今何となく思っているのですけどね」
「うん」
「3月までに千里と会えたら、もしかしたら・・・」
と言ったまま貴司は言葉を飲み込んでしまった。
「もしかしたら?」
「いや。僕の妄想かも知れないし」
そんなことを言ってから貴司は
「そうだ。これ千里に早めのクリスマスプレゼントに持って来たんです。悪いですけど渡してもらえませんか?」
と言って貴司は赤い包みを渡した。
「うん。預かっておくね」
「じゃ済みません。お邪魔しました。帰ります」
「大丈夫?何ならここで千里の部屋で仮眠してから帰ってもいいよ」
「え?でも留守の間に勝手に入るのは」
「あなたと千里の関係だもん。千里はむしろ嬉しがると思うよ」
「じゃ済みません。1時間くらい仮眠してから帰ります」
「うんうん」
それで美輪子は貴司を千里の部屋に案内して、《千里の布団》を敷いた。
「あ、それは・・・・」
「うん。貴司君がここにいつも泊まる時に寝ている布団じゃなくて、千里がいつも寝ている布団。こちらの方がきっと寝やすいよ」
「寝れなくなったらどうしよう・・・」
「朝まで寝ててもいいよ。どうせこの付近、夜中に駐車違反の取り締まりなんてしないから」
一方千里はその晩は合宿の疲れで熟睡していて、貴司からの電話着信にも美輪子からのメールにも気づかなかった。朝起きてから「あら〜」と思ったが、朝からボーイフレンドと電話などしていたら他の部員に示しがつかないので短文メールだけ返信して、2日目も合宿の練習に出ていく。
この日は昨日と同様にウォーミングアップ、基礎練習のあと、「勝ち抜け戦」を実施する。この日のN高校のスターターは不二子/晴鹿/ソフィア/志緒/揚羽とした。一応昨日金メダルを取れたメンツである。
この中で不二子・ソフィア・晴鹿の3人はストレートに20分であがることができたが、志緒は15分で、揚羽は18分で交代になってしまう。その後入った暢子、雪子、千里、薫はストレートにあがることができて、結局昨日最初にあがった7人が今日も最初にあがった7人となった。全員銀メダルを掛けてもらい、これでこの7人の内、出場資格の無い薫以外の6人がウィンターカップ枠当確である。
今日8人目であがってきたのは紅鹿であった。昨日は最後に12番目の金メダルを取ったのだが、今日は早めに取ることができて、彼女もウィンターカップ枠当確である。
「嬉しい〜!先月のトライアウトでは点数があと少し足りなくて入れなかったから」
と純粋に喜んでいる。
Z高校も松前・富士・鶴山・三島と4人あがってきているので、ここであがり組の練習を始める。今日もやはりスクリーンプレイ、ピック&ロールなどのコンビネーションプレイとその対策について、南野コーチが理論的なことを説明しつつ実際の動きを、特にこういうのに強い雪子・千里・薫・ソフィアの4人を使って模範演技をさせ、他のメンツにも練習させる。
「でもこういうの私たちに教えてもらっていいんですか?」
とZ高校の富士さんが心配するが
「エンデバーに行けば教える程度のこと」
と南野コーチは言う。
「富士さんはたぶん来年のブロックエンデバーには招集されるよ」
「わあ、勉強してこなくちゃ」
そんなことをしている内にN高校では9人目に揚羽があがってくる。
「揚羽は上がってくるのが当然だけど、遅い」
などと言われて
「すみませーん」
と謝っていた。その後N高校の10人目留実子、Z高校の5人目音内さんとあがってきて少し練習したところでお昼でブレイクである。
午後は長身の外国人対策の練習をするが、身長182cmの白石コーチが厚底靴を履いて、外人選手役をするが、コーチは何度かバランスを崩して倒れていた。
「やはり留実子にこの役をさせなくて良かった」
「今サーヤに怪我されちゃ困るからね」
などとみんな言っていた。午後は「勝ち抜け戦」の方ではZ高校で2人、N高校で3人あがることができた。N高校であがってきたのは、蘭、海音、永子の3人である。
そしてそろそろ「勝ち抜け戦」も終わりかな、というところでN高校最後14人目の通過者となったのが久美子であった。
「久美子ちゃんもこれでウィンターカップ当確」
と南野コーチから言われ
「本当ですか? すごーい!夢みたい」
と言っている。彼女は先月のトライアウトでは合格点に遠く及ばなかったのだが、レイアップシュートは全て決めて南野コーチから褒められていた。あの時はマッチアップが全滅だったのが痛かったが、そのあたりを最近の練習でかなり進歩させての成果である。
「これで当確は何人ですか?」
と揚羽が南野コーチに確認する。
「3年生の暢子・千里・留実子、2年生の揚羽・雪子、1年生の不二子・ソフィア・紅鹿・久美子の9人。これに留学中の絵津子は当然入れるものとして、残りは5人」
「昨日か今日どちらかだけのメダルを取っている子で明日のメダルを取った子は当選確率高いですよね?」
「うん。でもポジションバランスの問題があるんだけどね」
と南野コーチは言う。
現在確定したと考えられる10人の内訳は PG 1 SG 2 SF 2 PF 2 C 3 である。バランス的にはガード2名・フォワード2名・センター1名くらいの選択になるだろう。
その枠を、昨日と今日の1日だけ勝ち抜けした永子(PG),志緒(PF),蘭(PF),海音(SF)および勝ち抜けはしていないものの、ある程度の健闘はしているメンバーの、愛実(PG)・結里(SG)・来未(PF)・リリカ(C)・耶麻都(C)あたりで争うことになる。
南野コーチが
「今日勝ち抜けできなかった子で・・・」
と言いかけると
「10km行ってきます」
とリリカが手を挙げる。誰もが彼女をレギュラー枠と思っているのに2日とも勝ち抜けできなかったのをかなり本人も悔しがっているはずだ。
「私も行ってきます」
と結里・愛実・智加・未来・耶麻都が手を挙げる。
「部長なので行ってきます」
と揚羽。
「今日は勝ち抜けできたけど行ってきます」
と永子。
「私たちも行ってきます」
と銀河5人組の葦帆・司紗・雅美・夜梨子。
「うん。じゃその12人で頑張ってきて。残りのメンバーは体育館でマッチアップの練習」
ということでジョギングに行かないメンバーも1on1の練習で汗を流した。
合宿の1,2日目は10時くらいまで基礎練習をした後、10時から15時くらいまで「勝ち抜け戦」をしたのだが、最終日はウォーミングアップの後すぐに始めて13時終了とする。また20分ではなく15分で勝ち抜けということにした。
この日は愛実/結里/智加/来未/耶麻都というメンツで始める。するとこの中ですんなりと結里と来未がストレートに勝ち抜けすることができた。更に交代で耶麻都の後に入ったリリカもストレートで勝ち抜けする。彼女は「OK」と言われた後、特に自分は20分基準でやりたいと主張。それで更に5分プレイさせたところ、ちゃんとその間に2回得点した後、21分にゴールして1,2日目と同じ基準で勝ち抜けになった。
その後、志緒・蘭・永子も1発クリア。永子は愛実という強力なライバルが存在することで夏以降ほんとによく練習していたので、その成果が出た感じである。高校に入るまでバスケのキャリアが全く無かった彼女がここまで頑張るというのは、南野コーチも宇田先生も嬉しい誤算だったろう。
その後主力が投入されていくが、雪子・千里・薫・暢子・不二子・ソフィア・晴鹿といった面々は当然一発クリアする。揚羽・留実子も15分なら簡単にクリアする。そしてそろそろ終わりかな、という頃になって久美子と紅鹿もクリアした。しかし愛実と海音はこの日あがることができなかった。また昭子は結局3日ともアウトである。それで
「昭ちゃん、男子チームの方でやってて少しなまってない?」
「もう男子チーム辞めて女子チーム1本にして鍛え直しなよ」
などと言われていた。
「そんなこと言ったら水巻君に叱られる」
などと本人は言っていた。
「では昼食を取ったあと1時間休憩して14時から両校のAチーム・Bチームによる練習試合をします」
と宇田先生と尾白先生が発表する。
N高校のA,Bチームはこのように発表された。
Aチーム(12名)
PG.雪子 不二子 SG.千里 ソフィア 晴鹿 SF.薫 久美子 PF.暢子 志緒
C.留実子 揚羽 紅鹿
Bチーム(21名)
PG.永子 愛実 胡蝶 SG.結里 昭子 智加 SF.海音 葦帆 司紗 一恵 紫苑 PF.蘭 来未 可穂子 雅美 夜梨子 鶴代 亮子 安純美 C.リリカ 耶麻都
「1,2日目の両方であがることのできたメンバーをAチーム。それ以外をBチームに入れている。Aチームは基本的にウィンターカップ本戦登録の有力候補ではあるけど、この練習試合での動きが悪ければ外す可能性もある。ボーダー組の人の場合、かえってAチームに入った人よりBチームに入った人の方が主力が居ない分、出場機会が多くてアピールしやすいかも知れない。だから頑張って欲しい。なお練習試合での動きは単純な得点数だけではなくチームプレイをどれだけしたかというのもポイントになるので、チームの得点に結びつくプレイ、失点を防ぐプレイに心がけて欲しい」
「Aチームの人が順当に登録者になった場合、Bチームからの登録者は4名ですよね?」
と揚羽が確認する。
「うん。歌子君は本戦出場資格が無いので最低4名はBチームから登用されることになる。その時、この試合での評価と、合宿2,3日目の「勝ち抜け戦」での評価を総合的に判断してメンバーを決定する」
と宇田先生は言った。
食事の後は1時間休憩だったはずが、不二子・ソフィアが自主的にシュート練習し始めたのを見て、晴鹿・久美子・紅鹿・永子といった面々がそれに加わった。他のメンバーも参加しようとしたが、南野コーチが
「あんたたち、試合の前に疲れるようなことはやめなさい」
と言ってやめさせる。
「あの6人は?」
「異常な人たちだから放置」
などと南野コーチは言ったが、Z高校1年の富士・三島・来宮・下田も加わって結局最後は5人対5人の勝負をしていた。永子がZ高校側のPGを務めたのだが、永子のオーソドックスなプレイに、富士・三島という1年生の中核選手ふたりや休憩しながら見ていた1年生ポイントガードの白浜が「あっそうか」といった顔をする場面が度々あった。Z高校の松前乃々羽は野性的なポイントガードなので、うっかり基本を忘れてしまうこともあったのである。
14時になり、体育館で2面取ったコートで、Aチーム戦・Bチーム戦が始まった。ここで宇田先生も南野コーチもBチームの方に付いた。要するにボーダーラインの選手の見極めをするということなのだろう。Aチームの指揮は白石コーチが執ってくれた。
Z高校は松前/白浜/富士/三島/鶴山、N高校は雪子/千里/晴鹿/暢子/留実子というメンツで始める。
Z高校1年の富士・三島にしてもN高校側の晴鹿にしても休憩時間を全然休まずにずっと練習していて疲れているだろうに、その疲れを感じさせない激しいプレイをする。
第1ピリオドで松前はゲームメイクは白浜に任せて、自分は千里の専任マーカーとなった。実をいうと千里にとっては彼女のような理屈も無く、こちらの動きを見るのでもなく、ただ勘だけで対抗してくるタイプの選手はいちばんやっかいである。最初の内3回立て続けに停められてしまい、珍しく千里が自分の頬を数回叩いて気合いを入れ直す場面が見られる。
しかし続けて停められても雪子は敢えて千里にボールを出す。N高校は千里を使わなくても晴鹿でも暢子でも得点できるし、そもそも千里・晴鹿とシューターが2人入っている構成は「ダブル遠距離砲」で攻める王道戦術があるのだが、それをせずに敢えて全て千里で行くのが雪子らしいところである。ここは打破してくれないと困りますよという先輩に対する強烈なメッセージである。
ここで千里は相手を抜こうとする前に時計に目をやった。時計の秒数が奇数なら左、偶数なら右と決めて行動してみたのである。すると美事に松前を抜くことができた。
このあと攻撃の度に千里は「時計方式」を使ってみる。すると最初の4回は2勝2敗だったが、これで向こうが混乱したようで、その後その混乱に乗じて残りは全勝することができた。
こうしてこのピリオドの攻防の鍵となった千里対松前は千里の勝利となり、両軍の点数も18対21とN高校のリードで終えることができた。
第2ピリオドは不二子/ソフィア/薫/志緒/揚羽とメンバーを一新して出ていく。しかしこれがひじょうに強い。不二子は松前と同様に自分でも点を取るポイントガードである。Z高校と対戦するチームは、しばしばその両用プレイに虚をつかれるのだが、不二子はこの3日間の合宿の間に彼女のプレイを相当盗んでいる。変幻自在のゲームメイクにZ高校は振り回されて、このピリオドは16対23と大きく点差が開いた。前半合計で34対44である。
「パスを出すのか自分でシュートに行くのか読めないのって結構守りにくいね」
などと乃々羽自身が言っていたが、隣に居た暢子が
「まあそれでうちはいつも苦労していたんだけどね」
と答えていた。
第3ピリオドでは不二子/千里/久美子/暢子/紅鹿と「ボーダー組」の2人を使うラインナップで行く。向こうも第3ピリオドは1年生のメンバー中心で来たが、白浜vs久美子、富士vs不二子、三島vs紅鹿といったフレッシュ対決が軸となる展開となった(本来はPGの白浜にはPGの不二子がマッチアップすべきだが、富士がひじょうに巧いので久美子では歯が立たず、不二子がマッチアップしたのである)。
これがどれもいい勝負となり、お互いに良い経験になったようではあるが点数としては3年生の千里・暢子が頑張って14対18という点差になる。
そして最終ピリオド、Z高校は松前/小寺/福島/音内/姉崎、N高校も雪子/千里/薫/暢子/留実子と3年生中心のメンバーで対決する。Z高校の5人にとってはこれが高校生最後のプレイである。みんな全力を出し切るようなプレイをするので、こちらも妥協しない厳しい戦いで応じる。変な揺さぶりも仕掛けも無しで力と力の勝負である。防御にあまりこだわらず得点を競うような展開になったので、このピリオドは24対30とかなりの得点になった。
ともかくも試合は72対92で決着した。
試合終了後両軍の選手がハグしあう。千里は松前・小寺と、松前も千里・暢子・雪子と、揚羽と鶴山もハグしていた。
「ノノちゃん、大学でもバスケやるよね?」
と千里が言う。
「本当はもう高校だけで燃え尽きてしまった気分なんだけどね。バスケ選手としても女としても燃え尽きて、バスケも辞めて女も辞めていいくらいの気分」
「女を辞めるって性転換するの?」
「うーん。性転換も一度してみたいな」
「男も面倒だよ」
「だよね〜。大学でもバスケやるかは合格してから考える」
「どこ受けるの?」
「茨城県のTS大学」
「それは本気でバスケやろうという選択じゃん」
なおBチームの方は60対94でN高校が勝った。この試合では結里が15点、昭子が12点、蘭が14点、リリカが12点、来未が10点、海音が8点取っている。結里と昭子はスリー以外撃つなと言われている。また永子と愛実は15分ずつ出してもらったのだが(残り10分は胡蝶がPGをした)は自分ではシュートせずにアシストに徹しろと言われていて、永子が5アシスト、愛実が7アシストを記録した。しかし白石コーチ特製ソフトでカウントしていた「アシスト記録にはならない実質的なアシスト数」では、永子が15, 愛実は12とふたりの成績は逆転している。これはパスを受けた選手が更にドリブルでゴール近くまで寄ってから撃って得点したようなケースまでカウントしたものである。
Aチーム戦・Bチーム戦が終了したのは15時過ぎである。このあと今日は全員で10kmのロードを走ってきた後、整理体操をして合宿のメニューは終了となる。全員お風呂に入って汗を流した後で、各チームごとに集合した。
「それではウィンターカップの選手登録者を発表します」
と宇田先生が少し厳しい顔で言うと、部員たちの顔が引き締まる。
「背番号順に発表しますが、3年生の3人は後ろの番号を使用します。これは予定通り、16番若生暢子 17番村山千里 18番花和留実子。この3人は特例出場のレベルに恥じないプレイを見せたので、そのまま確定とします」
「それでは1−2年生のメンバーを発表します。4番主将・原口揚羽 5番副主将・森田雪子。このふたりはチームのまとめ役としてもまた試合の主力選手としても期待しています。その期待の重さに耐えるのも大変だろうけど頑張って下さい」
「6番水嶋ソフィア 7番湧見絵津子 8番黒木不二子。この新鋭三人組はお互い刺激しあって伸びて行っている。湧見君が今不在だけど彼女が頭を丸めた覚悟は買いたいし、その覚悟に恥じない努力をしていることを期待している。そしてその不在の湧見君に負けじと頑張っている水嶋君・黒木君の努力も買いたい」
「9番北本志緒。道大会でも頑張っていたし今回の合宿でも3日間とも勝ち抜けすることができた。北本君は随分男子チームのマネージャーとしても男子の大会に同行して、男子のパワフルなプレイをたくさん見たのが良い刺激となったようだね」
実際志緒はかなり筋力トレーニングを頑張っているし、マッチングでは2年生では雪子の次に巧いのである。
「10番山下紅鹿。先月のトライアウトでは次点だったのだけど、その後ほんとによく努力して、特にこれまで苦手だったマッチングでフェイントの入れ方がかなり進化したのを評価している。1ヶ月前とは別人のようにうまくなっている。本番でも頑張って欲しい」
「11番町田久美子。朝練をとっても頑張っていることを聞いている。その成果があがってこの1ヶ月でかなり進歩したね。町田君の場合もマッチアップでかなりの進歩が見られたしパスも色々なパスの仕方を覚えたね」
さて、ここまでは合宿初日の夕食の時に宣言された通りである。1,2日目で金銀両方のメダルをもらうことのできたメンバーが順当に登録選手となった。残りは4名である。
「12番越路永子。今回の合宿で銀銅のメダルを取ったこと、練習試合でも充分良い動きをしたことで選ばせてもらった。越路君は1年生の1年間でも物凄く進歩したのだけど、2年生になってからも更に大きく進歩している。もう補欠の星などというのは失礼な感じだ。僕から『躍進の星』の称号を贈りたい」
「じゃ『銀河5人組』も『躍進5人組』と改名しましょうか?」
と暢子が言う。
「うん。そうしよう、そうしよう」
と宇田先生は楽しそうである。
「13番杉山蘭。北本(志緒)君とは良きライバルとして1年の時から競い合いながら進歩はしていたのだけど、あと少しのところで2人ともボーダーラインを彷徨っていたね。そろそろふたりともレギュラーに定着して欲しい所だ。今回の合宿での成果も良かったので登録」
ここまでは今回の合宿の結果を見れば順当である。残り2人が恐らく先生たちも迷った所だろう。
「14番常磐リリカ、15番杉山海音」
と残り2人を先生が一気に読み上げると、部員たちの間からため息が漏れた。選ばれた2人も単純に喜びは表現せずに神妙な顔をしている。
「ほか数人のあと少しの選手との差は正直微妙だった。最後のZ高校Bチームとの練習試合で非常に良いプレイをしていたので登録。それからマネージャーなのだけど、これは実は2年生数人からの進言があって、歌子君を登録することにしたいと思う」
「え!?」
とこれは薫も寝耳に水であったようで驚いている。
「要するに歌子君は戦況を分析したり、相手選手の癖を見抜いたりするのがとても巧い。本戦で参謀として最も力を発揮するのが歌子君ではないかというので、選手枠に漏れた子を勉強のためにベンチに座らせるのではなく、一番マネージャーとして役立つ人を連れていくべきではないかということなんだよ」
「分かりました。頑張ります」
と薫は緊張した顔で答えた。
「一応これで今夜中に名簿を提出する。しかしウィンターカップは大会前日までエントリー変更は可能だから。選ばれた人も心して練習に励んで欲しいし、選に漏れた人も、ひょっとしたら逆転出場もあるかもという気持ちで緊張感を保って欲しい。最終的な決定は12月20日に予定している某チームとの練習試合で決めることになると思う」
と宇田先生は言った。
「某チームってどこですか? ウィンターカップに出場するどこかですか?」
「詳細については後日発表する」
「それとみんな怪我に気をつけてよね。今怪我したら、せっかく選手に選ばれていてもダメになるし、今回漏れた子も本戦前の復活は不能になるからね」
と南野コーチが言った。
そういう訳でウィンターカップの登録メンバーは下記のようになることになった。
PG.雪子(5) 永子(12) SG.ソフィア(6) 千里(17) SF.絵津子(7) 久美子(11) 海音(15) PF.志緒(9) 蘭(13) 不二子(8) 暢子(16) C.留実子(18) 揚羽(4) リリカ(14) 紅鹿(10)
道大会のメンツからは、薫の代わりに千里が入り、結里と耶麻都が落ちて代わりに久美子と紅鹿が入った形である。
主な落選者 結里(2年) 来未(2年) 耶麻都(1年) 愛実(1年)
「道大会の選手だったのに今回落ちた人は悔しいと思うし頑張っていたのに何で?と思うかも知れない。確かに今回落ちた人たちもこの1ヶ月間に進歩した。しかし代わりに入った2名がそれを上回る進歩を遂げたんだ」
と宇田先生は補足した。
「本戦直前にはまた分かりませんよね?」
と揚羽。
「うん。この後はできるだけ入れ替えは避けたいとは思うけど、これからの1ヶ月で物凄く進歩した人が現れた場合は分からない」
と宇田先生。
「ただし頑張りすぎて怪我したり筋を痛めたりしないように」
と南野コーチ。
「悔しいので10km走ってきていいですか?」
と言ったのは2年生の中堅選手の中で唯一落ちた来未である。
すると南野コーチが
「さっきも10km走ってるからもう一度10km走るのはやりすぎ。5kmにしなさい」
と言うので、来未も素直に「分かりました。5kmにします」と答える。
「私も付き合うよ。私もボーダー組」
と志緒が言うと蘭、結里、リリカ、それに1年で落ちた耶麻都・愛実、それに「躍進5人組」が同行すると言い、結局引率者ということで揚羽も一緒に走ってくることにする。
彼女たちが行っている間、他のメンバーもただ待っているだけはもったいないと言ってパスやマッチング、シュートなどの練習をする。そして5km組が戻って来たところでみんな再度お風呂に入り、夕食を食べてから帰途に就いた。
1 2
【女の子たちのお勉強タイム】(1)