【女子大生たちの男女混乱】(1)

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ある日の朝、千里が教室に入っていくと美緒が沈んだ顔をしていて、周囲に友紀・真帆・朱音が居るので千里も寄って行く。
 
「どうかしたの?」
と千里が訊くと
 
「美緒、振られたんだって」
と真帆が言う。
 
「振られたって美緒、彼氏いたんだっけ?」
「いないけど、例の元彼のセフレ君と別れたらしい」
「なんで?」
「彼女ができたんだって」
「ああ、でも別れてショック受けるくらいなら彼女になっておけば良かったのに」
 
「いや、私も恋愛感情は無いつもりだったんだ」
と本人は言う。
「でも別れたら凄い喪失感で」
 
「半年以上付き合ったんだもん。もうそこに居るのが普通になってたんじゃない?」
「そんな気がする」
「取り敢えず今夜は飲もうよ。千里も来るよね?」
「うん、付き合うよ」
 
ちなみにここにいるメンツは全員未成年である。
 
「セックスしたいよぉ」
と美緒は言う。
 
「また誰か男の子みつければいいよ」
 
「千里、セックスしない?」
「ごめーん。ボク女の子は恋愛対象じゃないから」
「恋愛はしなくてもいいよ。セックスの快楽だけ追及しない?」
 
「ごめん。実はボク立たないんだよ」
「やはりそうか」
「女性ホルモン飲んでるんだよね?」
 
「いや、むしろ千里はそもそも立つものが存在しないという説が濃厚」
「おっぱいもあるという説もある」
「無いよぉ」
「やはりおちんちん無いの?」
「それはある」
 
「ホテルに連行して確認してみたいなあ」
 
そんなことを言っていたら、教室に紙屋君が入ってくる。
 
「どうかしたの?」
と何か異様な雰囲気を感じたのか、紙屋君は声を掛けてくる。
 
「清紀、セックスしない?」
と美緒が言う。
 
「なんかダイレクトだね」
と紙屋君。
 
「私が男役でもいいよ」
「うーん。。。。それなら考えてもいいけど、美緒、ちんちんあるんだっけ」
 
「そのくらい付ければいいし。射精するのって結構気持ちいいしさ」
 
「・・・・」
 
「美緒、実は本当は男だってことは?」
「紙屋君、妊娠したりして」
 

「これ凄いリアルですね」
「見た目はこのメーカーのが最高だと思います。触った感触もいいでしょ?」
 
「うん。本物のおちんちんみたい。シリコンですよね?」
「はい、そうです」
「タマタマも中で動くんですね」
「こちらに動かない廉価版、そもそもタマの入ってない格安版もありますので、そのあたりはお好みで」
 
「タマは無くてもいいかも。普段はこれ付けておいて、女の子とセックスする時はふつうの堅いディルドーに変えればいいのかな?」
 
「はい。これはあくまで昼用です。芯を入れたり外したりして両用可能なものもありますが」
 
「うーん。あれ壊れやすいし長さも中途半端なんですよ。でもこれ、おしっこの穴がずいぶん太いですね」
 
「そこにトラベルメイト(女性用立尿器具-STP)とかを挿入できるんですよ」
「なるほど!」
「裏側にもこのようにちゃんと穴が空いています。ここの突起をクリチンに当てるとちょうどこの穴が尿道の位置に来るんです」
 
(FTMの人がクリトリスをペニスに見立てたものをクリチンという。逆にMTFの人がペニスをクリトリスに見立てたものはペニクリという。クリチンは男性ホルモンの服用で肥大化している場合がある。ペニクリは女性ホルモンの服用で萎縮している場合がある)
 
「なるほど。栗ちゃんが位置合わせの目安になるのか」
「それで付けたまま男性型オナニーもできるんです。自分で工作してバイブを埋め込んじゃう人もいますが」
「それ、いいかも」
 
「固定せずにラビアではさんで、男性用ブリーフで押さえて落下しないようにしておくことも可能ですが、医療用接着剤で固定してSTPと併用すると、落下の心配もないですし、何日も付けたまま過ごせます。バストの除去手術済みの方なら男湯パスしますよ」
 
「私おっぱいあるからそれは無理。でもいいなあ。買っちゃおうかなあ」
 
「ただ、接着した場合、そのまま女湯には入らないようお気をつけ下さい」
 
「それは痴漢で捕まっちゃいますね!」
 

清紀は手を引いてもらって、その部屋に入った。
 
「ここに椅子があります」
と言われるので、手を伸ばすと、表面が起毛されていて、座り心地の良さそうな椅子だ。
 
「服を全部脱いで、座りなさい」
という指示があるのでそれに従い、脱いで椅子に座った。
 
「目隠しを取っていいよ」
 
それで目隠しを取る。首を少し下に向けると、自分の胸に豊かなバストができているのが見える。そして自分の股間を見ると・・・嘘みたい!
 
「君のおちんちんは不要なので削除した」
 
そこには見慣れたおちんちんもタマ袋も無く、茂みの中、何も無い股間に筋が1本縦に走っている。
 
「サービスでおっぱいも付けておいた。君はもう女の子と同じだ。男ではなくなったので、お婿さんにもなれない。お嫁さんにならないといけない。洋服もスカートを穿いて、穴の空いてないショーツを穿かなければならない。ブラジャーもつけなければならない」
 
清紀は何だかそれでもいいような気もした。僕、料理とか得意だし。
 
「オナニーをしなさい」
と言われる。
 
「女の子のオナニーは栗ちゃんを揉み揉みするんだよ。栗ちゃんの所に指を当てて」
と言われるので自分の股間の割れ目を見ながらその上の方に指を当てる。
 
「押さえつけて回転運動をしてごらん」
 
それでやってみると何だか気持ちいい。おちんちん使った男の子のオナニーもいいけど、女の子のオナニーもそう悪くないかもという気になった。
 
1分もしない内に到達感があり、股間から液体が出てくる。
 
え!? 女の子でも射精するんだっけ?
 
「あらあら、潮吹きしちゃったね。そんなに女の子になったのが気持ち良かったんだ」
 
その後、ティッシュで良く拭くように言われ、その後、ブラジャーを付け、ショーツを穿き、可愛いピンクのブラウスと、赤い花柄のスカートを穿いた。
 
鏡に映すと、顔の所は隠れるようになっているが、可愛い女の子の姿がある。
 

そこまでした所で流行りのアイドルの歌が流れる。清紀は微笑んでスタッフのお姉さんと一緒に部屋の外に出た。部屋の外で、ゴーグルとパワーグローブ、そして手首に付けた脈拍計を取り外す。
 
すると、ちょうど向こうの部屋からピンクのブラウスに赤い花柄のスカートを穿いた美緒が出てくる。清紀は念のため自分の服を見るが、ふつうに灰色のポロシャツに黒いジーンズのズボンを穿いている。
 
「どうだった?」
と美緒が訊く。
 
「気持ち良かった。女の子も悪くないなと思った」
と清紀。
 
「私も気持ち良かった。ほんっとに射精って気持ちいいね」
と美緒。
 
「男になった気分は?」
「最高! 私、ほんとに性転換しちゃおうかなあ」
 
「まあバーチャルだから楽しめるのかも知れないけどね。性転換手術した子から聞いたけど、あれって凄まじく痛いって」
 
清紀はその話は千里から聞いたのだが、千里との約束で千里が完全な女体になっていることは他の子には言わないことにしている。
 
「ああ、敏感な部分の手術だもん。痛いよね」
 
「だけど、視覚交換システムってけっこう面白いね。これで1人1万円は少々ぼったくりな気もするけど」
と清紀は言う。
 
「まあ普通の風俗の値段くらい?」
「僕も行ったことないから分からないけど多分そのくらいかも」
 
ふたりはヘッドマウント・ディスプレイとパワーグローブを付けて各々の部屋に入っていた。清紀が見ていた股間の映像は実際には美緒の股間である。美緒は逆に清紀の股間の映像を自分のヘッドマウント・ディスプレイで見ていた。映像の中で栗ちゃんに回転運動を掛けていた時、実際にはスタッフの女性が(感染防止用の使い捨て手袋をつけて)清紀のペニスを普通に刺激していたのである。
 
「脈拍をチェックしてピークを検出して、録画を併用して高速並列パソコンで現実の画像と合成することにより、自分が実際に逝くタイミングと逝った映像を同期させるところが画期的らしいよ。アメリカの20歳の天才プログラマーがそのプログラムを書いたんだって」
 
「天才のプログラムって凡人の半分のサイズで10倍速く動くから」
「佐藤君とか、それに近いよね」
 
「科学技術って戦争とエロで発展するというから、こういう技術もその内まじめな物へも応用されるのかも」
 
「取り敢えず僕たちがホテルに行って、こういう所に来たことも内緒で」
「OKOK。でも同性愛の男の子とのホテルでの密会なんて、二度と体験できないなあ、きっと」
「僕も女の子とホテルに行くなんて、多分最初で最後の体験」
 
と清紀は言ってから、千里と行ったのは女の子と行った内に入るのだろうかと少し悩んでしまった。
 

2009年11月15日(日)。この年は11月15日がちょうど日曜日であったため、この日神社は七五三を祝う小さな子供たちであふれていた。千里が奉仕する千葉のL神社でも、臨時の巫女さんまで入れて、忙しく仕事をこなす。昇殿祈祷も多いので、千里は何度も拝殿で龍笛を吹いていた。
 
「なんか昇殿祈祷の度に雷鳴がするのは気にならなくなった」
「結構それ口コミで広がっていて、中には期待している人もあるみたいですよ」
 
などと職員の間では会話が交わされていた。
 

「私、実は七五三って何かよく分かっていない」
などと女子高生巫女の友香ちゃんが言う。
 
「まあ、子供の成長を祝う儀式だよね」
「女の子が3歳と7歳で、男の子が5歳でいいんですかね?」
「そうそう。でも男の子は3歳と5歳とする説もある」
 
「ああ、だから小さな男の子も来ているのか」
「地域やその家の風習にもよるみたいね。男の子の3歳も祝うのかは」
「元々は3歳は男女ともだったのが3歳の男の子の祝いは省略する方式が普及したということみたい」
「まあ、男は手抜きされやすい」
 
「満年齢ですか?学年ですか?数え年ですか?」
「まあ、それもバラバラだよね」
「本来は数え年なんだけど、最近は満年齢や学年方式も増えてるね」
 
「満年齢でやる場合、11月前後に生まれた子はどちらの年でやるのか悩んじゃうよね」
「お友だち同士一緒にお祝いできること考えると、学年方式が合理的」
 
「どの方式でやるかによって対象者がかなり変わるんだよね」
 
「数え年方式だと、2007年1月〜12月に生まれた子が今年3歳のお祝い」
「ところが2007年12月に生まれ子ってまだ1歳10ヶ月だから着物着せて3歳のお祝いするにはちょっと辛い」
 
「満年齢方式なら、2005年11月16日〜2006年11月15日に生まれた子が今年3歳」
「但し11月生まれの場合、実際にお参りに来る日との兼ね合いが微妙」
 
「学年方式なら、小学1年生が7つのお祝いだから2002年4月〜2003年3月の子。そこから考えると3歳のお祝いの対象者は2006年4月〜2007年3月の子」
 
「満年齢方式で7歳の対象者は2001年11月16日〜2002年11月15日ということになるけど、2001年11月16日生まれは小学2年生なんだよね。小学2年生で七五三というのは、違和感がある」
 
「7歳は数え年方式で年長さんか、あるいは学年方式で小学1年生でしょうね」
 
「まあ親のふところ具合で後の年になることもある」
「ああ、それは大きい」
 
「でもそもそも3歳だけやってあとは放置という家も結構ある」
「ああ、あるある」
「男の子はそもそもやってもらえないケースもある」
「ああ、あるある」
 
「子供が生まれた時は親もテンション高いけど、段々落ちていくんだよ」
「子供の写真も年齢が高くなるにつれて少なくなっていくよね」
 

「男の子と女の子で祝う年齢が違うのはなぜなんでしょうね」
「女の子の方が生存率が高いからという話はあるんだけど、それなら女の子が5歳で男の子が7歳になりそうな気もする」
「まあ、よくは分からない」
 
「男の娘はどうするのかな?」
「ん?」
「男女の双子で、ふたり一緒に3歳・5歳・7歳と3回やったという人を知っている」
 
「双子なら、片方だけお祝いするの可哀想だもんね」
 
「じゃ男の娘も3回ということで」
「ふむふむ」
「男の娘はやはり女の子の服を着せるんですか?」
「本人はそちらを着たいと思うな」
 
「3歳の時はまだ分からないだろうけど、7歳だともう本人も母親も分かっているよね」
 

この日は子供と一緒に昇殿祈祷というのが多いので、通常は巫女2人でやる所を3−4人体制でやって、途中で泣き出したり母親の制止を振り切って走り回ったりする子の対応をしていた。
 
祈祷の希望者が多いので、一度にまとめて10組15組と入れるのだが、数が多いと祝詞(のりと)で読み上げる名前の数が増えて、奏上時間も長くなる。すると子供は確実に飽きる。それで更に大変になる。
 
その回の時も走り出す子を捕まえて、座っていようねと言って母親の所に戻すというのを何度かやりながら、祈祷をしていたのだが、その時、立っている子を2人捕まえた友香ちゃんが、キョロキョロとしている。
 
千里はまだ龍笛を吹き始めるまで少し時間があったので寄って行って
「どうしたの?」
と訊く。
「この子たちのお母さんはどこだろ?」
と友香が困ったように言ったのだが、友香に確保されている子の1人が千里を見て
 
「お母さん」
と言う。
 
「あれ、京平じゃん」
と千里はちょっと微笑んで言う。
 
「お母さん!?」
と友香は戸惑っている感じ。18歳の女子大生に9-10歳の子供がいたら8-9歳で産んだことになる。
 
「そちら友だち?」
と千里は京平に訊く。
 
「うん。大光円龍王様が連れて来てくださったんだよ。何かここに龍王様たちが集まっていたから、ちょっと降りた」
 
「今御祈祷中だから、おとなしく座ってなさい」
「はーい」
 
それで友香がふたりを昇殿している人たちの列の端に座らせ、祈祷は続いた。神職の祝詞は続いている。やがて別の神職が太鼓を打ち、千里は龍笛を吹く。女子大生巫女の美歌子さんが鈴を鳴らしながら舞を舞う。祈祷は神秘的な雰囲気で続いていく。そして祝詞のクライマックスで太鼓も龍笛も舞も盛り上がってきたところで例によって雷鳴が響く。
 
神職さんたちは慣れたものだが、昇殿しているお客さんたちの中にはビクッとしている人たちも居た。京平たちは何だか上空を眺めていた。
 

祈祷が終わって、昇殿したお客さんたちに御神酒を勧めるが、子供たちにはカルピスである。京平たちもちゃっかり友香からカルピスをもらって美味しそうに飲んでいる。
 
「これ美味しい。何て言うの?」
と千里に訊く。
「それはカルピスだよ」
「へー。伏見にもあるかなあ」
「じゃ、今度持っていってあげようか?」
「わあ、嬉しい!」
と言ってから京平は、神社の庭に走り出した友だちを追って自分も走り出す。
 
「じゃお母さん、またね!」
「うん。京平も元気でね」
 
お客さんたちがみんな行ってしまった後で、友香から訊かれる。
 
「千里さんの息子さんですか?」
「まあ息子みたいなもんだね」
「千里さんが産んだんじゃないですよね?」
「さすがに産むのは無理かな」
「びっくりしたー。何歳の時の子供だろうと思った」
 
そんな会話をしていたら、女子大生巫女の美歌子さんが不思議そうに声を掛ける。
 
「あんたたちさっき、拝殿で何か会話してたけど、何かあったの?」
 
「あ、すみません。親と一緒じゃない子供が2人紛れ込んでいたんですよ」
と友香さん。
 
「ごめんなさい。私の関係者です。私を追って来ちゃったみたい」
と千里は言う。
 
「へ?そんな子供いたっけ?」
 
「国宝の宝剣とかにも触ろうとするから停めたんですよね」
と友香。
 
「そんな子供、私見てないけど」
と美歌子。
 
千里は笑って
「まあ、あの子、誰にでも見える訳じゃないし」
と言う。
 
「えーーー!? まさか幽霊?」
「座敷童みたいなもんだよ」
「そういう系統か!」
 
「でも友香ちゃん、霊感あるんだな、と思った」
と千里。
 
「それ自分では意識したことなかったんですけど、辛島巫女長からも言われました」
と友香。
 
「ああ、私は全く霊感無いもんなあ。私、蛇とかも見ないんだよね」
と美歌子は言った。
 

ところで、千里が5曲、冬子が5曲、楽曲の「リアセンブル」をしたチェリーツインの楽曲(紅ゆたか作詞・紅さやか作曲)について、雨宮先生を中心とするチーム(雨宮・新島・田船)と紅紅(紅ゆたか・紅さやか)および伴奏バンドのドラマー桃川さんにζζプロの青嶋部長、★★レコードの加藤課長とで、11月中旬に検討会を持った。
 
「物凄く洗練された改編を掛けてあって、びっくりしました」
と紅さやかさんが言う。
 
「かなり改編されているのに僕たちらしさはそのままなので、凄いなと思いました」
と紅ゆたかさん。
 
「私、むしろオリジナルよりも、より紅紅らしくなっている気がしたよ」
と桃川さん。
 
「私もそれ感じた」
と青嶋部長も言う。
 
「全体的な傾向として、ターゲットが不明確で、それぞれの曲の世界観も不明確だった。それを純化させてもらった」
と雨宮先生は言った。
 
「じゃ、ひとつひとつ見ていこうか」
 
ということで、10曲の内、5曲について8人で議論しながら、曲を確定させていく(残り5曲は雨宮版をそのまま使用することになった−実際には冬子や千里が作った版から主として歌唱や演奏を易しくする変更を多少したもの)。千里は秘書兼操作係と言われて、パソコンの前に座り、話し合いの結果をDAWに反映させていった(画面はプロジェクターでみんなが見られるようにしている)。最初試唱もしていたが「あんたはいい」と言われて途中から桃川さんが試唱係になった。
 
紅紅のふたりも積極的に意見を出していくが
 
「なぜここは、こちらのメロディーを先に出すんですか?」
という紅さやかさんの質問に
 
「私のセンスでその方が良いと断言する」
と雨宮先生が言う場面も多々あった。
 
そういう時にしばしば桃川さんが「私もそちらがいいと思う」と言っていた。
 
「絵を描く時に、この人物はなぜこの位置に立っていなければならないのか、みたいな議論だよね」
と加藤課長は言う。
 
「まだ僕たちも勉強不足ってことなんだろうな」
と作詞者の紅ゆたかさんは言っていた。
 
「むしろ自分たちの世界観を明確にすることが大事。それから主と従を明確にする。君たちの曲は、活け花でいえば、メインの花が何本も乱立している状態。それは結局とっちらかった感じにしかならない。メインは1本、どーんと存在して、他はそれを支えるものであればいいんだよ」
 
「私、活け花の先生に『山』の字を考えろって言われました。山の字は真ん中に1本高い棒があって左右の棒はそれより低い。活け花はそういう形に活けるんだって」
と桃川さんが言う。
 
「ちょっと活け花教室に通ってみようかな」
「うん。センス鍛えられると思うよ」
 
「絵画教室もいいですよね?」
と桃川さんが言うが
 
「油絵や水彩画より、実用イラスト講座みたいなのがいいんじゃないかな?」
と青嶋部長が言う。
 
「そうそう。そのあたりが役に立つと思う」
と雨宮先生も言った。
 
作業は毎日夜10時から朝4時頃まで(こういう時間帯でないと、メンツのスケジュールが空かなかった)5日間ぶっ通しで続けられ、この一週間は千里もファミレスのバイトを休ませてもらった。
 
「今から録音してリリースとなると、発売は年末か年明けだよね」
「さすがに『秋祭典』はまずいな」
「それ歌詞を改変して『冬祭典』にします」
「うん、よろしくー」
 

最終日の作業が終わった後、雨宮先生、新島さん、千里の3人で早朝のファミレスに行き、束の間の休憩をする。田船さんは子供を起こして学校にやらなきゃと言って先に帰った。
 
「今回の5日間は私も凄く勉強になりました」
と千里が言う。
 
「まあ新島とふたりで事前にかなり検討したから、それで紅紅に言い負かされずに済んだね」
「ああ、その議論の場にも居たかったです」
 
「いや、千里ちゃんや美玲ちゃんが居たら言えないようなこと私言ってたから」
と新島さん。
 
「まあ、愛する私たちふたりの秘密ということで」
と雨宮先生。
 
「私、別に愛してませんけど」
「ホテルへの遠回しのお誘いなのに」
「ホテルまで行くタクシーに乗せてあげますから、セルフサービスで」
「つれないわね」
 

「そうだ。北原君のお姉さんが、帰国したんですよ」
と新島さんが言った。
 
「元々北原とのつながりは、そのお姉さん経由だったんだよね?」
と雨宮先生が言う。
 
「私が高校で合唱部に居た時の外部指導者だったんですよ。フランスでだいぶ鍛えられてきたみたいです。それで取り敢えず食い扶持が無いので、後輩を頼るのも悪いけど、どこかの伴奏とかの仕事でもないだろうかと言われたんですけど」
 
「どこかの大学の先生になるとかは?コンクールで結構優勝したんじゃないの?」
「ひたすらクラシックやってたら、反動でロックやりたくなったそうです」
「じゃ、次はアメリカに留学してくるとか」
 
「フランス留学で2000万円使って、お金が無くなったそうです」
「お金が掛かるものなのね」
 
「学生ビザだからバイトできなかったんですよね。でもそもそもバイトなんかしてたら勉強の時間がとれなかったはずです。アパルトマンは最低家賃の所にしたけど、音楽自体の勉強にはお金を惜しまなかったみたいですね。だから、できた友だちがアフリカや中東からの出稼ぎ労働者の人たちと、フランスやスイスのお金持ちのお嬢様たち」
 
「両極端ね。まあいいよ。音源製作の仕事、どこかにねじこんであげるよ」
「ありがうございます」
 
結局、翌週から半月ほど掛けて行われたチェリーツインの音源製作で北原さんのお姉さん(北原春鹿さん)はキーボード演奏で参加し、雨宮先生の助手も務めたようであった。年明けに発売されたチェリーツインの新譜は12万枚売れて、チェリーツイン初のゴールドアルバムとなる。その後も春鹿さんは1年ほどチェリーツインのアドバイザーのような立場にあった。
 

年が押し迫ってくると、ファミレスも忙しい。千里は本来、火木土の夜にシフトを入れているのだが、この時期はそれ以外の日でも臨時に頼むと言われることが多々あった。しかし千里は夜勤していても、お客様から呼ばれた時以外は眠っているので、あまり体力を消耗せずに済んでいた。
 
この時期、クリスマスが近いということで、フロア係の制服もクリスマス仕様の特別なものになる。男女ともサンタクロースなのだが・・・
 
「店長、これ広瀬さんが着てるのと同じ仕様じゃないですか?」
「ああ、これはユニセックスなんだよ」
「ボトムはまるでタイツみたい」
「それは靴下付きのレギンスだよ」
「そうですか? それにこの上着、腰まであって裾がふわっと広がっていて、ワンピースのスカートみたいだし」
 
「サンタクロースの服って、外側のコートの裾が広がっているでしょ」
「ああ、そういえばそうかな?」
 
まあ、男子の場合はボトムはズボンを穿くんだけど、村山君の場合は女子と同じタイツでいいよなあ、と店長は内心思っていた。
 
ということで千里は他のフロア係さんと同様のサンタガールのコスチュームを着て、この時期、レストランで働いていた。
 

ある土曜日の晩は、桃香が疲れたような顔で出てくる。取り敢えず奥の壁際の席に案内すると
 
「千里〜。何でもいいから栄養のつくもの持って来て」
などと言うので
「お客様、牡蠣雑炊でよろしいですか?」
「うん。それで」
などと言って、テーブルに顔を伏せて眠ってしまう。
 
『この子、どのくらい眠るだろう?』
『30分は目が覚めないよ』
『じゃ30分後にオーダー入れるか』
『それがいいかも。俺がその時刻になったら教えてやるよ』
『さんきゅ』
 
ということでそのまま放置して寝せておく。
 
それで他のお客様の対応をしていたら、玄関から入ってくる客がいるので飛んで行く。
 
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
と言ってから、目を丸くする。相手も目を丸くしている。
 
「緋那さん」
「千里さん、ここで働いてるんだ?」
「うん。夜間のバイト。私学生だから、昼間のバイトだと授業出られないから。こちらは出張か何か?」
「そうそう。ビジネスフェアのキャンギャルで来たけど、やっとさっき片付けが終わって。席空いてる?」
 
ふーん。私が働いている店でもいいのかと思い、店内を見回すがあいにく全席ふさがっている。うーん。桃香を更衣室にでも放り込んじゃうかな、などと思ったら《こうちゃん》が肩をトントンとする。まあ、それでもいいけどね。
 
「禁煙席の相席でもよろしいでしょうか?」
と緋那に訊く。
「うん、いいよ」
 
というので案内する。
 
「こちらでよろしいでしょうか?」
「いいけど、この子、なんか熟睡してるね」
「たぶんあと30分は起きないと思いますから、放置しておいてください」
「もしかしてお友だち?」
「そうそう。同級生」
「へー」
「ではご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい」
「うん」
 
と言ってメニューを取って眺め始めた。
 
厨房の方に行きかけたら近くの席から
「お姉ちゃん、追加オーダー」
と声が掛かるので、エプロンのポケットから端末を取り出してご注文をお聞きする。
 

緋那が入って来た頃がちょうどピークだったようで、その後、席が空くまで玄関の椅子で待たせたりなどという対応をとるまでもなく、客は、はけて行く。桃香も無事30分後に目が覚めたので、ちょうど仕上げた牡蠣雑炊を配膳していった。緋那の方もキャンペーンで疲れたようで、頼んだハンバーグステーキをゆっくり食べながら半分ぼーっとしているようだ。
 
そこに20歳くらいの男性が入ってくる。禁煙席がよいというのでお冷やを持って案内する。ちょうど桃香と緋那がいるテーブルの横を通る。
 
その時であった。
 
「ひいちゃん!」
とその男性が声をあげた。
 
ここでテーブルは入口側から行くと、桃香は背中向き、緋那はこちら向きに座っている。
 
「けんじくん!?」
と緋那もびっくりしたような声を挙げる。
 
それで桃香はつられてその男性を見た。
 
「けんちゃん!?」
と桃香が声を挙げる。
 
するとその男性は
「ももちゃん!」
と更に驚いたような声を挙げた。
 

席に余裕があるので、U字型に席があるテーブルの所に3人を案内移動させた。男性がU字の底の位置に座り、向かい合う位置に桃香と緋那が座る。
 
「お知り合いだったんですか?」
と千里は尋ねる。
 
「高校の同級生」
と緋那。
 
「中学の同級生」
と桃香。
 
「僕、中学まで富山で過ごして、そのあと父の転勤で大阪に出てそちらの高校に行ったんですよ」
と研二は言う。
 
「同じテーブルに案内しちゃったけど、よかったのかな?」
 
「僕はこれでいい」と研二。
「私はどうでもいい。そちらの子とおしゃべりするならどうぞ」と桃香。
「私は無視しておく。そちらの子を口説くならどうぞ」と緋那。
 
「ではごゆっくり」
と言って千里はテーブルを離れた。伝票立ては研二側に2本とも寄せておいたが、後で研二の注文を取りに行ったら、2本とも反対側に移動されていた。研二の伝票は別の伝票立てに立てた。
 
3人は最初は世間話などしていたようだったが、やがて桃香が自分の伝票を持って席を立ち「アパートで寝直す」と言って帰って行った。その後、研二と緋那は明け方まで何やら話していて、結局5時半頃ふたりで一緒に店を出て行った。会計は研二がまとめて払った。
 

「ちんちん付いてるんだ!?」
「うん。だから君とはセックスできない」
 
「可愛い君にこんなもの似合わないよ」
「でもあると色々便利なんだよ。女の子は喜んでくれるし」
 
「そんなことはない。君自身がとても可愛い女の子なのに」
「でもちんちん付いてるよ」
 
「こんなの切っちゃえばいいんだよ」
「そう簡単に言わないで」
 
「でも僕は君とセックスしたいから、これ切っちゃうもんね」
 
そう言うと彼は自分の荷物の中からガッシリしたカッターを取り出すと、そのおちんちんの根元に刃を当てて、すぱっと切り落としてしまった。
 
「これで君はもう女の子」
 

連休明け。珍しく桃香が朝から出て来ていた。桃香は前期には1日中出て来ない日がよくあったものの、後期になると、取り敢えず出ては来るようになった。それでも朝には間に合わないことが多いので、だいたい1時間目は真帆や朱音が代返してあげている。
 
千里が
「桃香、朝から居るって珍しい」
と声を掛けると、
「いや実は昨夜からずっと起きてた」
などと言う。
 
「明日が危ないね!」
「うん。実は心配している」
「今日は早めに寝た方がいいよ」
「私、寝るのが下手なんだよねー」
「それで朝が苦手な訳か」
 
「でも不思議なんだよ。夏頃までは何だか凄く疲れて朝どころか夕方くらいまで寝ていることもあったのに、10月の下旬くらいからかなあ。そんなに疲れることが無くなった」
 
「関東に出て来て、北陸と色々習慣の違いで疲れていたのかもね」
 
桃香は少し沈黙していたが
「ちょっといい?」
と言って、千里を連れて外に出る。隣の教室が空いているようなのでそこに2人で入る。
 
この日はまだ他の女子が来ていなかった。
 
「研二のことでさ」
「あの人と何かあったの?」
「まあ、わが人生唯一の汚点というか」
「恋人だったんでしょ? そんな感じに見えたけど」
 
「まだあの頃は自分がビアンだという認識が弱かったんだよ。他の女の子同様、男の子と恋をする自分をイメージしていた」
「それで恋人になったんだ?」
 
「でも思っていたのと違ってさ。恋愛ってこんなものだったの?とか思って」
「それで自分の恋愛指向を再認識したと?」
「そんな感じ」
 
「彼から口説かれた?」
「実は昨日デートした」
「朝まで一緒に居たんだ?」
「うん」
「どうだった?」
「4年ぶりにしてちょっと懐かしい感覚だったけど、やはり、私は女の子とする方がいい。私はバイではないようだ。研二にもそう言って、彼は納得してくれたと思う」
 
「それでいいんじゃない? でも桃香、タチだよね?」
「私がネコな訳ない」
「男の子相手が合わなかったんじゃなくて、ネコ役したから違和感あったのだったりして」
「う・・・」
 
と声を挙げて桃香は悩んでいた。
 
「だけどちんちん付いててネコ役になる男の子っているのか?」
「うーん。ボクも分からないなあ」
と千里もイメージがつかめなかったので答える。
 
「でも研二さん、緋那さんとも関わりあったみたいね」
と千里は気になっていたことを尋ねる。
 
「私が中学の時の恋人で、あの子が高校の時の恋人っぽい」
「ふーん」
「実はあの子をデートに誘ったけど振られたと言っていた。土曜日というか、既に日曜になっていたけど、あの日はホテルの前までは行ったものの、そこから逃亡されたらしい」
「ははは」
 
「千里、あの子と関わりあんの? 元恋人とか?」
「恋のライバルだよ」
「あ、そうなんだ」
 
と言ってから桃香は少し考えている。
 
「どうすれば男と女で恋のライバルになるんだ?」
「それは桃香なら分かるはず」
 
うーん・・・・と言って桃香はまた悩んでいた。
 

「そういえば、千里、土曜日はなんで女の子のコスチューム着てたの?何かの罰ゲームとか?」
「え? あれはクリスマスのサンタの衣装だよ」
「うん、サンタガールだよな?」
「男女共通だけど」
「いや、私には女の子のサンタにしか見えなかったが」
「そうだっけ?」
 

 
2009年11月28日(土)。千里たちローキューツのメンバーは、いつも練習をしている千葉市内の体育館に集合した。ただし今日は練習ではなく、関東総合バスケットボール選手権大会という大会である。
 
これは1月に行われる全日本総合選手権、通称オールジャパン(天皇杯/皇后杯)の予選であり、今日・明日の大会で優勝すれば、そのオールジャパンへの出場権を獲得できるのである。
 
千里はオールジャパンの予選に参加するのは2年ぶりである。高校1年と2年の時に全道総合選手権に出ているが、高1の時は男子チーム、高2では女子チームに参加した。高1の時は「性別審査中」であったのでベンチには入っていない(メンバー表には入っていた)のだが、男子と女子の両方に参加した人ってさすがに少ないだろうなと千里は思った。
 
今回の大会参加チームは関東8都県(東京・千葉・茨城・栃木・群馬・埼玉・神奈川・山梨)から1チームずつである。男子の方は企業チームと大学生チームばかりだったが、女子の方はクラブチーム2、大学3、高校2、企業チーム1という構成だった。やはり女子の企業チームが少ないからだろうが県予選を勝ち上がった高校チームは凄いなと千里は思う。2校ともインターハイの常連校である。
 
なお、ローキューツ以外に出て来たクラブチームというのは東京の江戸娘である。激戦区の東京で勝ち上がってきたのが凄い。江戸娘とはシェルカップ、関東選抜でも対戦しているが、恐らく前回より更にパワーアップしているだろうし、多分メンバーも増えているのではと千里は想像した。
 
関東選抜で対戦した時は「次は関東総合か関東選手権で」と言って別れたのだが、そのことば通り、関東総合に上がってきたし、既に関東選手権の出場権も獲得しているので、2月にもまた会うことになる。
 
「おお、そちらも上がってきたね」
と言って、ロビーで向こうのメンバーと遭遇した時、お互いを称え合った。
 

「今日は出席率がいいね!」
とキャプテンの浩子がご機嫌である。
 
「いや、関東総合に出るというから嘘!と思ってバイトを代わってもらって出て来た」
などと最近出て来ていなかった美佐恵が言う。
 
「何か新メンバーも入ったというから顔を見なきゃと思ったし」
 
そういう訳で、今日の出席者は
6.浩子ひろこ(PG) 7.茜(PF) 8.玉緒(SF) 9.夏美(SF) 10.沙也加(SF) 14.夢香(PF) 15.美佐恵(PG) 17.菜香子(PF) 18.麻依子(C) 19.千里(SG) 20.誠美(C) 21.来夢(SF)
 
と12人も居るのである。他に在籍はしているメンバーが6人居るものの入院中の国香以外は実質幽霊部員であり、今日は稼働できる部員が全員出席していることになる。
 
「関東選抜は7人で戦ったからね」
「それで優勝したのが凄いね」
「だけど今回は大会の名前は似てるけどレベルが全く違う」
「まあ、やれるだけやるしかないね」
 

1回戦の相手は埼玉の大学チームであった。
 
例によって最初に向こうのチームから「すみません。大変失礼ですが、そちらの20番の選手は女性でしょうか?」という質問が入るので、誠美が登録証を見せて性別を確認してから試合を始める。
 
ティップオフは貫禄で誠美が取り、浩子が攻め上がる。相手の守備体制が整う前に麻依子が華麗にレイアップシュートを決めてローキューツが先制する。
 
向こうが攻めてくる。こちらは取り敢えずマンツーマンで守る。取り敢えず近くにいる選手に付く。誠美がマッチアップした人(何だか体格が良い)が、小さなフェイントを入れてから、ほとんど強引に誠美を押しのけるようにして中に進入してシュートを撃つ。麻依子がフォローに来てジャンプしたもののブロックはならずゴール。
 
2対2の同点。
 
序盤は点の取り合いで始まった。
 

向こうは最初はマンツーマンで守っていたものの、どうもこちらがかなり強そうだとみて、すぐにゾーンディフェンスに切り替えた。ゾーンはかなり練習しているようで、連携がうまい。
 
そこで浩子は千里にパスする。即撃つ。
 
きれいに決まる。
 
このあと千里がスリーを撃つパターンを更に2回やって千里は2本とも入れる。それで向こうはセンターの人がローポストから離れて、千里のマークに付き、残りの4人でゾーンを作る体制に変更する。
 
しかし千里は背の高いに人にガードされるのは慣れている。タイミングを外してシュートを撃つので、相手のガードはほとんど効かない。状況によっては相手を抜いて内側からも撃つ。
 
更にセンターの人が千里に付いていると、誠美が内側に侵入してシュートする場合に誰もブロックできない。
 
そういう訳で、第1ピリオドの後半は、千里と誠美が点を取りまくり、16対29と大差を付けた。
 

第2ピリオドになると、千里にはいちばん器用そうなスモールフォワードの人が付き、センターの人は誠美がだいたい居る(こちらから見て)左側のローポストを守る方式に切り替えた。
 
この人はかなり千里のシュートタイミングを読み、最初2度続けてブロックを成功させた。しかし千里もすぐ「ロジック」をランダムに変更するようにする。すると相手はこちらのシュートタイミングを読めなくなってしまう。それでその後は向こうは千里のシュートを2割くらいしか停めることができなくなった。
 
一方でこの器用な人が千里に付き、センターの人は誠美を警戒していると、実質麻依子がフリーになってしまう。それで第2ピリオドでは麻依子を使っての攻撃が、かなりうまく決まった。
 
結果的には第2ピリオドも14対23とこちらがリード。前半で30対52である。
 

第3ピリオドでは、誠美と浩子を休ませ、夢香と菜香子を入れる。長身の菜香子がセンターで、来夢がポイントガード役を務める。
 
しかし184cmの誠美が下がっていても、176cmの麻依子、173cmの菜香子、169cmの千里が居ると、向こうはなかなか空中戦で対抗できない。夢香だって165cmあり、彼女は高校時代はセンターであった。それでリバウンドは7割菜香子と麻依子で押さえていた。結局このピリオドも18対19とこちらの1点リードで持ちこたえ、ここまで48対71である。
 
最終ピリオドはここまで頑張った来夢はお疲れ様でしたということで下げて、夏美を入れる。誠美と浩子が戻り、浩子から千里または麻依子を使ってシュートして、リバウンドは誠美が押さえるパターンを多用する。
 
結局このピリオドは16対26と圧倒して、合計64対97でローキューツは1回戦を制した。
 

「凄い、凄い。勝っちゃった」
とずっとベンチに居た茜が拍手する。
 
「ごめんねー。コートインさせてあげられなくて」
と浩子。
 
「いや、私とか玉緒が出たら、そこが穴になっちゃう。とてもこのレベルの相手には出られないよ」
と茜。
 
「いや、こういうハイレベルな試合をベンチで見られるだけでラッキー」
と沙也加も言う。
 
「右に同じ。バイトをキャンセルして出て来た甲斐があった」
と美佐恵。
 
「何かよく分からないけど凄いんだよね」
と玉緒は言っている。
 
「しかし次は厳しいかもなあ」
と浩子は言った。
 

翌日11月29日。この日は準決勝と決勝が行われる。
 
昨日1回戦を勝ち上がったのは大学1、企業チーム1とクラブチーム2である。江戸娘は高校チームと当たって圧勝して準決勝に上がってきた。そしてこの日千里たちが午前中の準決勝で対戦するのは、群馬県の企業チーム・赤城鐵道・レッド・ルーク・レイルウェイ・ロビンズ(Red Rook Railway Robins)であった。RRRRというロゴが四連の電車のような形になっていて格好いい。
 
Wリーグ/W1リーグには属していないものの、来夢が「あの人と、あの人と、あの人と、あの人は、元Wリーグ」などと言っていた。プロレベルに近いチームのようで、1回戦は大学チームをダブルスコアで破って勝ち上がってきている。
 
(名称が分かりにくいがW1はWリーグの二部リーグ相当である。男子サッカーで言えばWリーグがJ1で、W1リーグがJ2になる。1999年に発足したが、その後、参加チーム数が減ってW1は2012年度以降は開催されていない)
 
「向こうもこちらにWリーグの選手が2人入ってると言ってるかも」
 
「向こうは全開で来るだろうな」
「まあ大学生チームに勝ったチームに油断はしないよ」
 

試合を始める。
 
ティップオフでは誠美が取ったものの、その後攻め上がると、素早く防御態勢を整える。浩子からのパスを受けて麻依子が侵入するのだがガードがむちゃくちゃ堅くて、シュートが撃てない。たまらず外に居る来夢にパスする。来夢はさすがに貫禄で相手ディフェンスを押しのけて!中でシュートを撃ったもののブロックされる。誠美がリバウンドを取りに行ったのだが、ポジション取りで負けてしまう。
 
それで結局相手ボールとなる。
 
向こうが攻めあがって来る。こちらはゾーンで守る。しかし相手はゾーンなど全く問題にせず強引に突破して中に入って来て華麗にジャンプシュート。入って2点。
 
試合は向こうが優勢の状態で始まった。
 

ディフェンスがひじょうに堅いので、中に入ってシュートを撃つのがなかなか厳しい。Wリーグで揉まれてきた来夢や誠美でも、そう簡単に進入を許してくれない。そうなるとこちらは千里のスリーが頼りなのだが、こちらにスリーがあるとみると、向こうのいちぱん強そうな人がすぐ千里に付いた。
 
ファウルすれすれの厳しいチェックをする。正直ここまで厳しい相手との対戦は千里も初めてであった。それでも千里は相手との心理戦を制してかなりスリーを放り込んだ。しかし千里以外を使っての得点が抑えられていると、どうしてもこちらは不利であった。
 
前半だけで36対24と大差を付けられる。
 
ここで試合中も練習中もあまり発言しない!?西原監督が言う。
 
「おまえら、勝とうと思うな。勝敗忘れて全力で行け。目の前の攻撃機会をひとつずつ確実に取っていけ。相手も無理なガードしたらブロッキングとかになるんだから、堂々とプレイしろ」
 
それで後半は麻依子にしても浩子にしても開き直りができる。それで前半より積極的に突撃して、何度かはこちらのチャージングが取られたものの、相手のブロッキングが取られたり、シュートを停められてフリースローをもらうケースも出て来た。
 
それで後半だけ見ると、結果的には 28対26というかなり良い勝負をした。それでも合計64対50で敗れてしまった。
 
 
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【女子大生たちの男女混乱】(1)