【女子大生たちの男女混乱】(2)

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「あぁぁぁ、勝てなかったか」
「まあ、仕方無い」
「でも後半はけっこう頑張れた」
「うん。凄く大きな経験になったと思う」
 
「次の試合は何だっけ?」
「公式戦は2月に冬季クラブ大会、そして関東選手権。でもその前に12月の純正堂カップに出ることにするよ。今日中に申し込んでおく」
「いつ?」
「12月19-20日」
「了解」
「それからオールジャパンを逃したから、保留にしていた1月の栃木乙女カップにも申し込むから」
 
「とちおとめ?」
「いや、とちぎ・おとめ」
 
「それ栃木のチームでなくてもいいの?」
「うん。県外のチームにも開放しているから、関東・南東北からチームが参加するんで、わりとハイレベル」
「へー」
 
「どちらもオープン戦だから、バスケ協会に登録されてない選手も使える。ただしスポーツ保険に入る条件で」
「誰か助っ人のあてある?」
「男子はダメだよね?」
「一応女子に限る」
「まあ当日までに性転換してもらえれば」
 

お昼を食べてから午後の決勝を客席から観戦したが、ローキューツを破った赤城鐵道RRRRは、江戸娘をやぶった大学チーム相手に苦戦していた。
 
「なんか私たちとやった時より動きが鈍い気がする」
などと言っていたら
 
「ローキューツさんと結構な死闘をしたから、消耗したんですよ」
と近くで見ていた江戸娘の秋葉さんが言う。
 
「今日はあまり休憩時間が無かったんですよね」
「11時近くまで準決勝やってたのに、12時半から決勝って辛い」
「言えてる」
「とても体力回復しないですよね」
 
「でも私たちそんな死闘したっけ?」
と夢香が言うが
 
「ビデオで見たけど、後半は完璧に拮抗してたもん。相手はかなりお尻に火が付いてましたよ。向こうはあまり選手交代しなかったでしょ。主力を休ませられなかったんですよ。主力を下げたら、逆転されかねないと思って」
と秋葉さん。
 
「ビデオに撮ってたんですか!」
「だって関東選手権では絶対どこかで当たるでしょ?」
「当たるかもですね」
 
「なんかローキューツさん、関東選抜の時より選手層が厚くなってるし」
「江戸娘さんも人数増えてますよね?」
「休眠選手を掘り起こしたというか」
「ああ、冬眠から目覚めたんですね」
 

試合は結局延長戦までもつれたものの、最後は何とか赤城鐵道RRRRが1点差で勝ってオールジャパンの出場権を手にした。
 
「オールジャパンか・・・・」
「一度出てみたいね」
 
「うちもそちらも可能性はありますよね」
と秋葉さん。
 
「1月の成人式直前の東京体育館とかでやってみたいね」
「うん。やってみたい」
 
オールジャパンは成人の日に男子決勝をやるので、女子決勝はその前日に行われることになっている。
 
そんなことを言いながら、ローキューツと江戸娘のメンバーは男子の決勝に出るチームの練習が始まる中で、フロアから引き上げて行くレッド・ルーク・レイルウェイ・ロビンズのメンバーたちを見詰めていた。
 

男子の決勝が終わった後で表彰式が行われる。
 
この日試合のあった男女8チームが整列し、優勝チームには盾が贈られ、その他のチームには2位・3位の賞状が贈られる。ローキューツも浩子が前に出て江戸娘の秋葉さんと一緒に3位の賞状をもらってきた。浩子と秋葉さんとでも握手をしていた。
 
記念写真を撮った後、会場を出ようとしていたら、出口の所で拍手をしている長身の女性が居る。
 
「薫ちゃん!?」
「千里ちゃん、クラブチームに入ってたんだね」
 
それは高校の時のバスケ部の同輩、歌子薫であった。
 
「見に来てたんだ?」
「偶然会場の近くを通って、おお!と思って寄ってみた。溝口さんもいるし」
「久しぶりだね、薫ちゃん」
と麻依子も笑顔で言う。
 
「薫、大学のバスケ部とかに入っているの?」
と千里が訊くと
「ううん。フリーだよ」
と言う。
 
すると浩子が
「ね、ね、フリーならうちのチームに入らない?」
と誘う。
 
まあ176cmも身長のある女子は「ナンパ」したくなるよね。
 
「うーん。私が入ってもいいのかなあ」
と薫。
「歓迎、歓迎」
と浩子。
 
「私、男なんだけど」
「えーーーーー!?」
 

「戸籍上はね」
と薫は付け加えた。
 
「ほんとに? 女の子にしか見えないのに」
 
「性転換したの?」
と夢香が訊く。
 
「うん。フランス人から日本人に転換した」
「え? ハーフなの?」
「うん。ニューハーフ」
「えっと・・・」
 
「その子の発言の30%は嘘とジョークだから惑わされちゃだめだよ」
と千里は言うが
 
「千里の発言は70%が嘘とジョークと出まかせだな」
と薫は反撃する。
 
「私は嘘ついたことないけど」
と千里。
 
麻依子が苦笑している。
 
「でも戸籍上男でも、性転換したのなら、うちに入ってよ」
と浩子は言ってから、千里に
「この子、強い?」
と訊く。
 
「うん。凄く強い」
と千里と麻依子は一緒に答えた。
 

関東総合3位の祝勝会を兼ねてお食事会にファミレスに行く。ついでに薫も連れて行く。
 
乾杯して食事もつまみながら話す。
 
「実は私、春から男女混合のクラブチームに入っていたんですよ」
と薫が言う。
 
「なるほどー」
「でもそこ解散しちゃって。今どこか適当なところがないかと思って探しているところなんですよね」
 
「薫、大学にはバスケ部あるよね?」
「うん。でも男子バスケ部には入りたくないし、女子バスケ部は入れてくれないし」
「不便だね」
「いや、多分男子バスケ部も入れてくれないよ」
「そうかも知れんと思った。接触してないけど」
 
「だったら、やはりうちのクラブに入らない? 試合に出られなくても一緒に練習しようよ」
と浩子が言う。
 
「いいのかなあ」
「強い子は練習に参加してくれるだけでも歓迎」
 
「だいたい男女混合のクラブなんて、楽しみながらやってますって感じのクラブだったんじゃないの? 薫のレベルでは物足りなかったでしょ?」
と千里が言う。
 
「うん。フェイント掛けてパスすると、パスの相手がそれを受け取れないんだよ」
「まあ、素人だとそうだろうね」
 
「浩子、公式戦には出られなくても、オープン参加のカップ戦なら出られない?」
と夏美が訊く。
 
浩子は少し悩んでから訊いた。
「薫ちゃん、ストレートに訊くけど、睾丸はあるの?」
 
その質問に対して薫は微笑むと、黙ってバッグの中から1枚のカードを取り出す。バスケ選手ならみんな持っているバスケット協会の登録カードである。
 
「ん?」
 
「ちょっと見せて」
と言って千里がそれを取る。裏返して見る。
 
「女子選手として登録されているじゃん!」
「へへへ。実は金曜日にもらったばかり」
「わぁ、おめでとう!」
 
「やはり性転換したんだ?」
と夏美が訊く。
 
「性転換は実はまだ。でも去勢から一定期間経っているから女子選手として認めていいという判定をもらったんだよ。病院で裸にされてMRIも取られて検査された」
「へー」
 
「実は私が高校時代に、高校生で性転換しちゃった選手が居たんですよ。その選手の扱いをめぐって結構な議論したらしくて、その結果一定の基準ができたみたいなんですよね。私はその基準に照らして女子選手として認めて良いことになったみたい」
 
「そんな選手が居たんだ!」
「高校生で性転換って凄いね」
 
麻依子が苦しそうにしている。
 
「但し、その登録証、有効期間がちょっと問題なんですよ」
 
「ん?」
 
それで良く見てみると、2010.2.20-2012.3.31 と有効期限が刻まれている。
 
「なんで2月20日からなの〜!?」
「去勢しているという診断書もらったのが2月20日だったから。実はその半年前に手術自体は受けていたんだけどね」
 
「なぜその時、手術した病院で証明書をもらっておかない?」
「闇の手術を受けたんだよ。本来、高校生には去勢手術はしてくれない」
「ああ、それでそこの病院では診断書もらえなかったのか」
 
「ある人が診断書取っておいた方がいいとアドバイスしてくれて、取りに行ったのが2月だったんで、それでその診断書を提出したから、そういう有効期限になった。それまではこちらの登録証が有効」
 
と言って薫はもう1枚の登録カードを出す。
 
「男子のID番号だ」
「こないだまで入っていた、男女混合チームではこの登録証を使っていた」
「なるほど」
 

浩子が手帳を開いてスケジュール表を見ながら考えている。
 
「2月20日ってことは、関東クラブ選手権にはちょうど間に合うね」
「というか当日だね」
と隣に座っている夢香が言う。
 
「その前の冬季大会には間に合わない」
 
「ね、純正堂カップと、栃木乙女カップ、出られないか照会してみたら?出場資格わりと緩いから、もしかしたら認めてもらえるかも」
と夏美が言う。
 
「純正堂カップは男女混合チームでも参加できるから、それで申し込む手もある。でも、実際の手術はその診断書の日の半年前だった訳ね?」
 
「そうなんですよ」
「よし。その事情を話してみる」
と浩子は言った。
 
「ということで、うちに入ってもらえる?」
「元男でよければ」
 
「全然問題無し」
 
「このメンツには男と言われ続けて20年という子が何人も居るし」
「僕、先週も女子トイレで通報された」
「私はこないだスーパー銭湯で悲鳴あげられた」
「私、こないだ、ストリートガールさんから『お兄ちゃん1万円でどう?』と誘われた」
「私、ファッション雑誌の記者に道で呼び止められて写真撮られたら、今時の可愛い男の子という特集ページに写真が載ってた」
「私なんか成人式に出かけたら、男性用の記念品を渡されそうになった」
「私も元男だし」
 
そういう訳で薫は正式には2月20日からローキューツに合流することになり、選手登録はそれに先だって済ませておくことになった。(西原さんが薫と一緒に協会を訪問して確認した所、登録だけ先にしておけば2月20日以降の試合には出て良いという回答で、登録作業も特例になるので向こうでしてもらえることになった)
 

ところで関東総合が行われた数日前の平日。千里は早朝から雨宮先生に呼び出されて、学校を休んで東京に出て行った。
 
「この業界の人がこんなに早い時刻に集まるって珍しいですね」
と言ったのだが
 
「私、昨夜からずっと起きている」
という人が数名。
 
「ところでみんな、朝御飯は食べずに来たわよね?」
「食べてません」
とみんな言うが、毛利さんだけが
「昨夜からの徹夜の制作作業でさすがにお腹空いたんで、ラーメン1杯だけ食べました」
などと言った。すると雨宮先生は
 
「可哀想に」
とひとこと。
 
「え?何かうまいもんでも食いに行くんですか?」
「まあ、行けば分かる」
 
この朝、集まったのは雨宮先生、新島さん、毛利さん、高倉さん、田船美玲さんと、他にこの日初めて会った女性が3人である。北原さんのお姉さんの北原春鹿さん、新島さんの友人で福島在住の松居さん、静岡県在住の福田さん、と紹介してもらった。千里も入れて総勢9人である。
 
「俺、黒1点かな」
などと毛利さんが言っているが
 
「それは数え方による気がする」
と新島さん。
 
「男4で女5ではないかという説もあるわよ」
と雨宮先生。
 
「お風呂入ってみれば分かるかな?」
と田船さんがいうが
 
「たぶんここにいるメンツは全員女湯に入ろうとする」
「毛利君も?」
「まあ彼はそれで逮捕されるから」
「ふむふむ」
 

9人で移動するのにハイエースが用意されている。全員乗り込み、毛利さんが運転して車は首都高から中央道に向かった。どうも毛利さんはこの大きな車を運転するのが主目的で招集されたようである。
 
富士急ハイランドに9:10に到着する。本来はもう少し早く、開園前に着く予定だったのだが、毛利さんがスピードを出しすぎて、白バイにつかまり切符を切られて遅くなったのである。
 
「俺、これで累積6点になっちゃった」
「また免停?」
「毛利ちゃん、運転に向いてないのでは?」
「え? 免停くらいみんなやらない?」
 
「この中で免停くらったことある人?」
 
誰も手を挙げない。
 
「じゃ切符切られたことある人?」
 
田船さんが「1度だけネズミ取りにやられて1点切られた」と言ったが他は誰も捕まったことはないようである。
 
「なんで、みんなそんなに経歴がきれいなの〜?」
「毛利さん、勘が悪すぎるんだよ」
と高倉さんが言う。
 
「まっすぐで快適な道とか絶対警察いるしさ。土日の夕方とかはノルマ達成に警官も必死だから軽微な違反でも捕まる」
 
「まっすぐな道があったら、どこかパトカーが隠れられる場所無いかって注意するよね」
 
「できるだけ車列の先頭にはならないようにするのも大事」
「他の車の後ろに付いていれば、2台目以降まで捕まることは稀」
「先頭を走る場合は市街地は制限速度厳守、郊外やバイパスでも制限速度+14以内、できたら+5から+9以内で走る」
「15から19は微妙な線だよね」
「10から14も道によっては危ない」
「20以上はまず捕まる」
 
「交通安全運動期間中は郊外のバイパスでも制限厳守がいい」
「あと高速で追い越し車線を長時間走っていたら、通行帯違反を取られるから多重に追い越す時も前の車まで距離がある時はいったん走行車線に戻る」
 
「下り坂の終わり付近とか、高速を降りてすぐみたいな、誰でもスピード出しやすい場所は制限速度厳守」
「トンネル出た後もスピード感がくるいやすいから注意」
「警察が待ち構えている可能性高いもんね、そういう場所」
 
「白バイはしばしば捕まえる前に警告するから、その警告の段階で気付いてスピードを落とせばセーフ」
「バックミラーをちゃんと見てないと、あの警告は気付かないよね」
 
「俺、そんなの考えたこと無かったかも」
「やはりうかつすぎる」
 

それで全員で遊園地の中に入る。
 
「じゃ、担当を決めるから、このくじを引いて」
と雨宮先生が言って、ひとりずつくじを引く。このようになった。
 
毛利 グレート・ザブーン
新島 ドドンパ
醍醐 ええじゃないか
田船 鉄骨番長
北原 FUJIYAMA
松居 マッド・マウス
福田 ムーンレイカー
高倉 パニックロック
雨宮 レッドタワー
 
(注.ムーンレイカーは2010年春頃に閉鎖された模様です。高飛車は2011年7月オープンなので、この時期はまだありません)
 
「先生、これいったい何をしようというのですか?」
と高倉さんから質問が出る。
 
「各自、そのマシンに乗ってきて、その感想で曲を書いて」
「えーーーー!?」
 
「どれも行列ができやすいアトラクションだから、少しでも混まない平日に集まってもらったのよね」
 
「乗っても曲を思いつかなかったらどうしましょう?」
「1回乗っても思いつかなかったら2回乗って、それでも思いつかなかったら3回乗って、以下リフレイン」
 
みんな「いやーな顔」をするが、田船さんはこういうのが好きなのかワクワクした顔をしている。
 
「すみません。どういうコンセプトでしょう?」
と北原さんから質問が出る。
 
「『絶叫マシン』というアルバムを作るんだけどね」
「誰のアルバムですか?」
「AYA」
「AYAは、上島先生の担当なのでは?」
 
「上島がオーバーフローしてて無理だからアルバムはこちらでやってくれないかと、蔵田君から頼まれた。上島はゴーストは使わないから、各自の名前でクレジットする」
 
「なぜAYAの件を蔵田さんから頼まれるんです?」
「AYAの事務所の社長の前橋さんは、ドリームボーイズの元マネージャーだからさ。私と蔵田は、鮎川ゆまとか、ローズ+リリーのケイとか、プリマヴェーラの2人とか、共通の弟子が多いのよ。まあ上島も私がやるといえば受け入れてくれるし。具体的に話を持って来たのはケイだよ」
 
「ケイって蔵田さんと関わりがあるの?」
「蔵田君の曲を歌っている松原珠妃の後輩なんだよ。同じ小学校だったんだ。それで松原珠妃の制作でも助手をしていたらしい。私も詳しいことは知らん」
と雨宮先生。
 
「へー!知らなかった」
「雨宮先生はケイとどういう関わりなんですか?」
「ローズ+リリーは私が仕掛けたんだよ」
「そうだったんだ!?」
 
「それなら、ケイにも絶叫マシンに乗ってもらいたいな」
という声が出るが
 
「蔵田君も2曲書くからというのでケイを、ええじゃないか・ドドンパ・フジヤマに乗せたらしい。但し蔵田だけは、上島プロデュースの作品に名前を出したらまずいだろうということで、蔵田孝治(くらたこうじ)ではなく時浦多久子(じうらたくこ)の名前を使うらしい」
 
「アナグラム?」
「うん、アナグラムになってるね」
「隠す気は無いということか」
「女名前を使うのは女になりたい願望があるからとか?」
「いや、あの人、純粋なホモだから女装はしないと思う」
「蔵田さんが女装したら気持ち悪そう」
「いや、意外に女装したら美人になったりして」
「うむむ。見たいような見たくないような」
 
「でもなぜ、蔵田さん自身が乗らないんですか?」
「代理だそうだ」
「よく分からん!」
 
という声が出るが、千里は新島さんと目が合った。ああ、同じことを考えたなと思う。ケイを絶叫マシンに乗せたということは、要するに蔵田さんの名前で実際にはケイが曲を書いたのだろう。
 

そういう訳で園内に散る。千里は「ええじゃないか」の所に来たが、マシンを見上げて、とっても嫌な気分になる。とりあえず列に並ぼうとしたのだが、
 
『千里。いきなりこれに乗ったら死ぬぞ』
と《こうちゃん》が言う。
『やはり?』
『先に、フジヤマに乗って、ドドンパに乗って、それからここに来い』
『それって3回死ねってこと?』
『その前にトイレ行った方がいい。漏らすから』
『逃げたい・・・』
 
それで千里は《こうちゃん》のアドバイスに従って、まずトイレに行ってからフジヤマに並んだ。フジヤマ担当の北原さんが少し前の方に居る。
 
「あれ?こちらに来るの?」
「重力の予行練習です。私、ええじゃないかにいきなり乗る勇気が持てないので、こちらで少し慣らしていきます」
「なるほどー」
 
じゃ一緒に乗ろうよということになり、北原さんが自分の並んでいる所から抜けて千里と一緒に並び直した。まだ朝早いので、そんなに待たなくても良い。10分ほどで乗車口まで来る。
 
これは何でも「天国に一番近いコースター」らしい。私、まだ天国には行きたくないけどな。北原さんと並びの席に乗り込む。激しいコースターみたいなのに腰の付近だけを留める。こんな装備で大丈夫か?車両が動き出し、かなりの高さまで巻き上げられる。巻き上げられていく時、前方に富士山が見える。ああ、だからフジヤマか・・・と思う。
 
登り切った所で、もう隣に座っている北原さんは「やめてー」とか言っている。そして下り出すと同時に「きゃー」という凄い悲鳴。
 
一瞬で坂を下りきる。そしてすぐに登り詰める。隣で悲鳴をあげられたので千里は悲鳴があげられないが心の中で「ひぇー!」と思っている。その後、左にターンするところで富士山がよく見える。ああ、なんか景色が良いなあ、と思ったが、その後は急下降・急上昇にひねりが加わる。
 
うっ。ぎゃー。ひぇー!
 
といった悲鳴が心の中で湧き起こる。やめて〜〜〜! 助けて〜〜!!!
 
千里はもう早く終わってくれという気持ちでいっぱいだった。こんなんに乗ったあとで曲が書けるか? もうそのまま動かない場所で休みたいよ!
 
頭の中が強制的に空白にされたような時間がやっと終わる。千里はもう帰りたいという気分で車両から降りたが、千里の隣でたくさん悲鳴をあげていた北原さんは
 
「楽しかった!もう一回乗ってから曲を書こう」
などと言っている。
 
「お疲れ様です。私は次行きます」
「次は、ええじゃないかに乗るの?」
「先にドトンパ行ってきます」
「なるほどー」
 
しかし雨宮先生が「朝御飯を食べずに来い」と言ったのが分かる。胃の中に何か入っていたら、胃の中が無重力になる!
 

それでドドンパに並ぶ。ここには新島さんが来たはずだが、時間が経っているのでもう乗った後だろうか。彼女の姿は見ない。フジヤマは割とすぐ乗れたのだが、こちらは列が長い。入園者が増えてきているせいもあるだろう。結局20分ほど並んで、やっと乗ることができた。
 
こらちはフジヤマと違って、しっかりした器具で身体を押さえられる。足首まで押さえられる!そして、このコースターは、普通のコースターのように巻き上げて上から落下するのではなく、水平に発射!される。わずか1.8秒で時速172kmに達するというコースターである。
 
発射された瞬間、そんなに凄いという感じはしなかった。ただこれは味わったことのない感覚だと思った。飛行機の離陸の時の感覚を少し強くした感じ?右に曲がった後、一気に垂直に上昇する。結構重力を感じる。そして垂直に落下。無重力! しかしその後はわりとイージーな感じだった。
 

なんかこの時点で頭の中にメロディーが浮かんだので書き留める。もうこれでいいことにしちゃいけないかな、などとも思うが、そういうズルがばれたら、雨宮先生怒るだろうなあ。あんなことも、こんなこともバラされるかもと思うと、やはりサボる訳にはいかない。
 
『だいたい千里、不正行為が大嫌いなくせに』
と《りくちゃん》からも言われる。
 
それで思いついたメロディーを書き留めた後、いったんトイレに行き!覚悟を決めて、ええじゃないかに行く。
 

座席?に乗り込むと、上半身を厳重に締め付けられる。が、足はブラブラである! もうこの時点で脳内は「やだ、やだ、やだ、やだ、逃げたい」という気分。
 
スタートするといきなり座席が縦回転して逆立ち状態にされる。そして仰向け状態で頭の方を上にして巻き上げられていく。頂点に達するとまた逆立ち状態にされて、落下!
 
で、その後は訳が分からなくなる!?
 
とにかくジェットコースターの走行と座席の回転が絡みあって複雑な感覚。もう身体がバラバラになってしまうような感じで「もう殺して〜!」と叫んだら《こうちゃん》が『千里、死にたいなら殺してやってもいいが』というので『まだ80年くらい先にして』と言っておいた。
 
もう上も下も左も右も訳が分からない状態で到着。
 
三半規管がおかしくなって、座席から降りても最初歩けずに座り込んでしまい、スタッフさんから「大丈夫?」と声を掛けられた。いや、もうこれって臨死体験じゃないか?と思ったほどであった。
 

取り敢えず降りてから近くの、あまり邪魔にならない所にしゃがみ込み、しばらく重力の方角を身体に再認識させる。そして千里は五線紙を取り出してそこにひたすら音符を書き込んでいった。
 
でもこれ・・・・メロディーラインが前後上下に回転してる!?
 
ひととおり書いてから推敲していた時、雨宮先生が回って来た。
 
「できた?」
「だいぶ出来ました。推敲中です」
「見せて」
 
というのでお見せすると、頷いている。
 
「最近、千里は曲が若くなった」
などと言う。
 
「それ、下手になったということですか?」
「2年くらい前の、作曲を頼み始めた頃にあったフレッシュさが戻ってきたんだよ。技術的には向上しつつ、初々しさも持っている。凄く良い状態。最高」
 
「最高ということは、この後は落ちていくとか?」
「褒めてんだから、素直に喜びなさい」
「御意」
 

だいたいできあがった人は観覧車の前に集まってというメールを、今日来ているメンツが受信できるメーリングリスト宛てに送る。それで千里たちもそちらに向かう。千里と雨宮先生が観覧車前に行った時、北原さんと新島さんは既に来ていて、ほかの人も徐々に戻ってくる。田船さんは来たついでに、自分の担当の鉄骨番長の後で、フジヤマ、ドドンパ、ええじゃないかにも乗ったらしい。ええじゃないかは「楽しかった」から2度乗ったと言っていた。
 
しかし楽しんだのはどうも田船さんと北原さんの2人だけのようである。新島さんも疲れた顔をしている。彼女は昨夜徹夜だったらしいので、それでこんなのに乗ったら死にそうな気分だったろう。
 
「私降りたあと30分くらい立てなかった。内臓を荒っぽく掻き混ぜられた感じ」
などと福田さんは言っていた。
 
だいたい集まった所で、毛利さんがまだ来てないということになる。新島さんが電話を掛けるが・・・・
 
「電源が切れているか電波の届かない所、と言ってる」
「バッテリー切れ?」
「なってないなあ」
 
「彼はどこでしたっけ?」
「えーっと誰か覚えてる?」
「確かグレート・ザブーンだよ」
「メールも受け取れていなかったりして」
 
「一応終わった後ここに集まるというのは最初に言ってたけど、毛利はいつもボーっとしているから、ちゃんと聞いてたかどうか心配だ」
 
「私、見て来ます」
と千里が言った時、向こうからずぶ濡れの毛利さんがやってくる。
 
「済みません。気持ち悪くなって、降りた後吐いてしまって。休んでたら遅くなりました」
などと言っている。
 
「吐いた所はちゃんと掃除した?」
「吐く前にスタッフの可愛い女の子がビニール袋を渡してくれたので、そこに吐きました」
「可愛いというのを見ているのは余裕がある」
「でもまだ地球が回ってる」
 
「でもグレートザブーンって、そんなに目が回るような乗り物だっけ?」
「すみません。グレードザブーンに並んだつもりが、ええじゃないかだったので」
「それでええじゃないかに乗ったんだ?」
「なんか体中が回転してる感じです。きんたままで回転してる」
「毛利君のタマタマって回転するの?」
「それもう、ちぎれているのでは?」
 
「だけど、なんでずぶ濡れなの?」
「グレートザブーンって、水の中に飛び込むんですよ。iPhoneもダウンして電源が入らない」
 
「ああ壊れたかもね」
「水没したようなもの」
 
「ずぶ濡れになるって知らなかったの?」
「知りませんでした」
「カッパ着なかったの?」
「確か100円で売ってたはず」
「他の人は着てました。なんでそんなの着てるんだろと思ってた」
 
「まあ、着ない人もあるかも知れないけど」
「その場合はちゃんと着替えを持って来ている」
 
「毛利君、着替えは?」
「まさか濡れるとは思わなかったので、持って来てません」
 
「そのままじゃまずいよね」
「うん。車の座席が濡れる」
 
「そっち心配するのかよ?」
 
「毛利君は風邪とか引きそうにないし」
「何とかは風邪引かないというよね」
 
千里はこの時、毛利さんが雨宮グループで大事にされている訳が分かった気がした。
 

「でも風邪引かれて楽曲ができないと醍醐が困るわね」
などと雨宮先生は言う。
 
「なぜ私が困るんです?」
「だって毛利が書けなかったら醍醐が3曲書くことになるから」
 
「その計算はよく分かりませんが、私の着替えでよければお貸ししますが」
「醍醐は身長いくらだっけ?」
「168cmくらいですよ」
「さすがバスケット選手ね。毛利は172cmくらいだよね。じゃ、悪いけど貸してあげて」
「はい」
 
それで千里はバッグの中から着替えをワンセット出す。
 
「毛利さん、これ返さなくていいですから。不要でしたらそのままゴミに出して下さい」
「ああ。毛利が着たあとのは着たくないかも」
 
そんなことを言われながら服を受け取る。
 
「さんきゅ。じゃ、ちょっと着替えてくる」
 

それで毛利さんは着替えを持って近くのトイレに入っていく。
 
そして15分後に出て来た毛利さんを見て、みんなが眉をひそめる。
 
「毛利君、なんでスカート穿いてるのよ?」
「だって醍醐君が貸してくれた着替え、スカートだったんだもん」
 
「ね、もしかして下着も女物だよね?」
「身につけただけで、俺ちんこ立っちまった」
 
「それスカートのファスナー、上まであがらないの?」
「無理。穿くだけでも苦労した」
 
「千里、ウェストいくつだっけ?」
「59ですけど」
「毛利君、ウェストは?」
「85です」
 
「まあ物理的に入るわけないね」
 
「とりあえずロングスカートだから、足のすね毛は隠れているか」
 

それで帰ることにする。楽曲は各自まとめて週明けまでに新島さんの所に送るということになった。
 
「誰か帰りは運転してくれない? 俺運転してたら今日はもう一度捕まりそうで」
とスカート姿で、あまり見詰めたくない感じの毛利さんが言う。
 
「んじゃ、醍醐運転して」
「了解です」
 
それで千里がバッグから初心者マークを出してハイエースの前後に貼り付けていると、ツッコミが入る。
 
「醍醐ちゃん、初心者だったんだっけ?」
「免許はこの春取ったばかりです」
 
「うそ。あんた2年くらい前に運転してた」
「ごめんなさい。無免許です」
 
「まあ犯罪者だね」
などと雨宮先生は言っている。もう!
 
「でも若葉マーク持って来たのは、最初から運転するつもりだったんだ?」
「いえ。そのつもりは無かったんですが、持っていったほうが良い気がしたので」
 
「まあ、何でも用意周到すぎるのが醍醐だね」
と雨宮先生は言った。
 

一部から「御飯食べる?」という声も出るが、大半は「無理。内臓が落ち着くまでは飲み物も入らない」という意見である。それでそのまま車は中央自動車道に乗り、東京を目指すことになった。
 
「みんなどこで降りるのが便利なんだっけ?」
「私は羽田だけど、東京駅でいいですよ」
と熊本在住の高倉さんが言うほかは、だいたい東京駅や新宿駅などが便利なようである。
 
「じゃ、新宿と東京で人を降ろして、高倉を羽田まで送ってやって」
と雨宮先生が言う。
「了解です。この車はどこに?」
 
「都内のどこかに乗り捨ててくれれば後で回収に行かせるから」
「じゃ、江戸川区の私の車の駐車場に駐めておきます。私はそれで自分の車で帰宅しますから」
「んじゃそれで」
 
「醍醐ちゃん、悪いけど、俺の自宅まで送ってくれない? 俺、この格好で電車に乗ってたら警察につかまりそう」
と毛利さんが言う。
 
「ああ、それはまずいわね」
「充分変態に見えるからね」
「まあ女子中生が、その格好の毛利君見たら悲鳴あげるレベル」
「女の子の服を着て可愛くなる男の人もいるのに」
「女の子の心を持っているんだと思うよ、そういう人は」
 
「じゃ、高倉さんを羽田まで送った後で、お送りします」
「助かる!」
 
しかしここで高倉さんが言う。
 
「可愛い女子大生を毛利君と2人きりにするのは問題あるから、先に自宅に送ってあげてよ。私は最終便までに乗れたら大丈夫だから」
 
それで新宿駅・東京駅の後で、毛利さんの自宅に寄ってから羽田に向かうことになった。
 

千里が運転するハイエースは中央道の富士吉田線を走り、大月JCTから中央道本線に乗って東京方面に向かう。首都高を通って、約1時間のドライブで新宿駅西口に到達する。そこで降りる人たちを降ろした後、また首都高に乗って次は東京駅で人を降ろす。千里と毛利さん・高倉さん3人だけになって、横浜まで走り毛利さんを自宅アパート前で降ろした。
 
「毛利君、なんか安アパートに住んでるね」
と高倉さんが言う。
 
何だか今にも崩れそうな感じの木造アパートだ。
 
「儲かってないですから」
「お酒とか風俗とかでお金が消えているのでは?」
「俺、風俗は行かないですよ」
「だけど毛利君、年収は1000万以上あるでしょ?」
「そんなに稼いでないです。昨年の申告所得は400万円くらいだったし」
「400万でも、もう少し良いマンションに住めそう」
「俺、あまり無駄遣いしてるつもりないけど、なんかお金が無いんですよね。国民健康保険も滞納してるし」
 
「毛利さん、お金の管理の仕方を見直した方がいい」
「新島からも言われました!」
 

それで毛利さんはスカート姿でアパートの2階に消えていった。千里たちがアパートの前で会話している間に《こうちゃん》は《せいちゃん》まで誘って勝手に一仕事してきたようで、何だか満足そうな顔をしていた。
 
その後、高倉さんを羽田まで送るが
 
「だけど醍醐ちゃん、ほんとに運転うまいね」
などと言われる。
 
「ありがとうございます」
「行く時の毛利君の運転は荒っぽかったからね。正直、ドライバー交替するというのでホッとした」
「あはは」
 
「でも初心者というからどうだろうと思ったけど、凄く乗っている人に優しい運転だった。私もかなり内臓が落ち着いてきた感じだよ。さすがベテランだね。実際は何年くらい運転してるの?」
 
「免許取る前に運転したのは数回ですよ。雨宮先生、面白がって私が運転せざるを得ない状況にするんだもん」
「ああ、だいたい分かる」
 
「でも春に免許取ってから12000kmくらいは運転しているから」
 
「すごーい。半年でそれだけ運転していれば、上手くなる訳だね! ドライブが趣味なの?」
「実は私、彼氏が大阪にいるんです。毎月2回くらいそれで大阪まで往復してるんですよね。他に雨宮先生に言われて、新潟とか福島とか、先日は鹿児島まで運転しましたし」
 
「なるほどー。遠距離恋愛か。私も雨宮先生が九州に来た時はかなり運転してるからね。私、熊本だから福岡にも鹿児島にも呼び出しやすいなんて言われる」
 
「ドライバーが欲しいから全国各地に弟子を作っているんだったりして」
「そうかも。雨宮先生、あまり自分では運転しないもんね。フェラーリとかも人に見せるのが主目的みたいだし」
 
「無事故無違反になるいちばんのコツは運転しないこと、なんて言ってました」
「ある意味正解だな」
 

年が押し迫ってくると神社は参拝客が増える。千里が奉仕しているL神社でもアルバイトの巫女さん(大半が女子高生・女子大生)を入れて、対応に追われる。千里は龍笛の名手なので、昇殿祈祷に、儀式に、結婚式にと大忙しであった。11月23日の新嘗祭でも龍笛を吹いたし、何度かバスケの練習中に呼び出されて神社に行ったこともある。
 
またこの時期、お正月にたくさん絵馬が奉納されることから、事前に一定期間経っている絵馬を回収してお焚き上げした。
 
「色々な願い事を書いていく人がいるんですね」
と友香が言う。
 
「その願い事がここに絵馬を掛けに来た人たちの目に触れる効果も大きいと思う。ひとりの願いが、多くの人の願いになるから」
と副巫女長の田口さん。
 
「病気平癒とか、受験の祈願が多いですね」
「もうセンター試験は目の前だからね」
「かわいい字でチョコレートたべたいと書いてある」
「願いがかなったらいいね」
 
「ん?」
と言って同い年の巫女、美歌子が手を停める。千里もその絵馬を見る。
 
「女の子にしてくださいと書かれている」
「女の子になりたい男の子なんだろうか」
「病気平癒とかは神様頼みから知れないけど、これはむしろお医者さん頼みかな」
「そうだね。朝起きたら女の子になってた、ということはないだろうし」
 
と千里は言うが、それ自分にはよく起きてたよなあと思う。もう男の子にはなりたくないとは思うが、この後まだ何度か男の身体を体験しなければならないことになっている。
 
『次はいつだっけ?』
と《いんちゃん》に訊いてみたら
『来年の9月18日』
と教えてくれた。
 
「でもあの手術って高いんでしょう?」
「男を女にするのは100万円くらい、女を男にするのは200万円くらい」
「高いなあ。あれ?女を男にするのもできるんだっけ?」
「みかちゃん、男になりたい?」
「なってみたい気もするなあ。でも男を女にするのより高いのね」
 
「男を女にするには、余分なものを切っちゃえばいいけど、女を男にする場合はその余分なものを作らないといけないから大変なんだよ」
 
「余分なものですか」
と友香が少し考えるようにして呟いた。
 

 
12月19日(土)。ローキューツのメンバーは東京都内の私立高校の体育館に集合した。この日と明日の2日間掛けて、純正堂カップという洋菓子屋さん主催のオープン戦があるのである。参加チームは、東京・千葉・埼玉・神奈川など主として南関東の中学・高校・大学・クラブチームなど。バスケ協会に加盟していないチームも参加可能だし、男女混合チームも参加できる。
 
ローキューツは薫の参加資格について男子ということにして混合チームとしての参加にする手もあったのだが、事務局と交渉した結果、来年2月から女子選手扱いになるのであれば、この大会も女子として参加してもらって良いという回答が得られたので、女子チームとしてエントリーしている。
 
この大会は、直前まで参加チーム数が不明確だったが、この日の朝のアナウンスで女子の部は46チームであることが発表された。参加チームが多いのでこの日行われる1回戦から3回戦までは10分ハーフの20分の試合という特別ルールになっている。
 
ローキューツはチームの戦績から1回戦は不戦勝となり、2回戦からである。試合は12:10からということだったので、いったん会場を出て地下鉄で2駅ほど移動した所にあるモスバーガーに入って休憩する。
 
この日来ているのは、浩子・千里・麻依子・夢香・夏美の常連5人のほか、美佐恵・菜香子・玉緒・薫の4人である。誠美と来夢については今日はたぶん出番が無いから明日だけでいいよと言ってある。
 

取り敢えずドリンクだけ頼んで話していたのだが、数人、朝御飯食べてなかったといってバーガーのセットを頼んでいる子もいた。
 
「玉緒ちゃんルールが分からないということだったから簡単に説明するね。ダブルドリブルとか、トラベリングは分かるよね?」
「うん。それは分かる。だからパス受ける時は両足を床につけておけって言われてた」
 
「そうそう。両足がついていれば、どちらを軸足にしてもいい」
「その足が動かない限りはトラベリングは取られない」
「空中でボールを取った場合は両足着地」
「空中でボール取るなんて私無理〜」
「まあ初心者の内は知識として覚えておくだけで」
 
「ゴール近くの制限エリア、あるいはペイントエリアというのは分かる?」
「台形状に囲まれた所でしょ? 良い会場だと色分けされてる」
「そうそう。中学や高校の体育館だと枠だけ囲ってある」
 
(制限エリアの形が台形から長方形に変ったのは2010年9月で日本では2011年4月から適用された。ただし2013年3月までは猶予期間であった)
 
「そこには攻撃の選手は3秒しか居てはいけない」
「3秒って測られるの?」
「無理。審判の感覚」
「細かく出入りしてると、あまり取られない。じっとしてると取られる」
「なるほどー」
 
「ボールをコントロールしたチームは24秒以内にシュートを撃たないといけない」
「シュートって成功しなくてもいいの?」
「リングには最低当たらないとシュートとはみなされない」
「バックボードとかに当たっただけではダメ?」
「だめ」
「結構厳しいね」
 
「シュートなのか、パスやドリブルなのか曖昧なのが結構あったからね」
 
「バックコートでボールをコントロールしたチームは8秒以内にボールをフロントコートに進めなければならない」
「バックコートって、センターラインより手前?」
「そうそう」
「ちなみにフロントコートからバックコートにボールを戻すのも禁止」
 
「要するにちんたらと試合してはいけない。さっさとやりなさいということ」
 
「他に5秒ルールというのもあるけど、取り敢えず3秒、24秒、8秒の3つは覚えていて欲しい」
 

その他、結構細かい点について質疑応答していたが、実際には半分くらいしか頭に入っていない感じもあった。
 
「試合中によく分からないことあったら、試合が終わった後で誰かに訊けば教えてくれると思うから」
「たくさん訊くと思う!」
 
10時頃に少し早めのお昼ということで、バーガーやチキンを頼み、それを食べてから会場に戻る。千里も焼肉ライスバーガーとオニオンリングを頼んだ。
 
(モスの焼肉ライスバーガーは2012年11月12日で販売終了したようです)
 

2回戦は高校生のチームである。1回戦で中学生チームに勝って上がってきているが、さすがに中学生のチームは1回戦で全て消えたようであった。また、男女混合チームはオンコート男子1名までなら女子の部、2人以上入るなら男子の部に出てということだったが、この混合チームも1回戦で全て消えたようであった。
 
高校生と言っても実力はいろいろあるので、最初は警戒して取り敢えず浩子/千里/夏美/薫/麻依子、という今日来ているメンツ内での最強ラインナップで出て行く。しかし最初の5分で6対18になってしまったので、ここでちょうどボールが外に出てゲームが停まった所で選手交替。
 
美佐恵/夏美/玉緒/夢香/菜香子というラインナップでその後はプレイした。それでも最終的に28対46で勝利した。玉緒はゴールを2つ決めて嬉しがっていた。
 
3回戦は14:50からの予定だったが、予定がずれこんで15:10の開始になった。相手は神奈川のクラブチームであるが、昨年は裏関(関東クラブ選抜)に出ていたチームというので、浩子/千里/夢香/薫/麻依子というスターティング5にした。夏美は前の試合20分間出ていたので、取り敢えず休ませておく。
 
確かに強いチームではあったが、全力で戦うほどではない感じだったので軽く流していく。それでも前半10分だけで18対24と6点差が付いたので、後半は千里と麻依子が下がって、浩子/美佐恵/夢香/薫/菜香子というラインナップにした。薫が気持ち良さそうに得点を重ね、菜香子もリバウンドを頑張って、最終的に32対42で勝利した。
 
 
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【女子大生たちの男女混乱】(2)