【女子大生たちの男女混乱】(3)

前頁次頁目次

1  2  3 
 
 
翌日は誠美と来夢にも出て来てもらった。準々決勝は9時の開始である。相手は関女2部の大学生チームであった。取り敢えず浩子と来夢を温存し、
 
美佐恵/千里/薫/麻依子/誠美
 
というラインナップで出て行く。さすがに関女のチームだけあってけっこう強い。しかしこの相手なら、夏美たちも行けそうというので第2ピリオドでは夢香と菜香子を入れて千里と誠美は休んで
 
美佐恵/夢香/薫/麻依子/菜香子
 
とし、第3ピリオドでは麻依子を休ませ夏美と玉緒(前半のみ)を入れて
 
千里/玉緒/薫/夏美/誠美(後半は玉緒は夢香に交代)と、
 
として適宜主力を休ませつつ、第4ピリオドはスターティング5に戻して、54対76で勝利した。
 

男子の準々決勝をはさんで準決勝が行われる。その男子の準々決勝を客席で見ていたら、主催者の人がチームの所に来る。
 
「すみません、千葉ローキューツのキャプテンさん、監督さん」
と言うので、浩子が
「はい。何でしょう?」
と言う。
 
「すみません、ちょっとこちらへ」
 
と言うので浩子と西原さんが少し離れた場所に行く。浩子は
「はい、OKですよ」
と言って、主催者さんと一緒にこちらに来る。
 
「あのね。準決勝・決勝では、できたら男性メンバーは遠慮してもらえないかって」
 
「ああ。全然問題無いよ。私も充分楽しんだから」
と薫が言う。
「申し訳ありません。何かクレームが出ると面倒なので」
と主催者さん。
 
「気にしないで下さい」
と薫。
 
男女混合チームの参加を元々容認しているのに、こんなことを言ってくるというのは、過去に実際問題として上まで勝ち上がってきた男女混合チームが存在せず、こういう事態を想定していなかったからであろう、と千里は思った。今回も女子の部に参加した混合チームは全て1回戦で敗退している。男子の部でも2回戦までで敗退したようだ。
 
「それでは準決勝、準々決勝では20番の森下さんはベンチには座っていいですからコートインしないように自粛していただければ」
 
「いえ、森下は女性ですが」
「え・・・・?」
「女性のIDカードが2月から有効になるのは私です」
と薫が手を挙げて言う。
 
「えーーーー!?」
と言ってしまってから
「失礼しました。あの、あなた本当に女性ですか?」
と主催者が誠美に向かって訊く。
 
「バスケ協会の登録証お見せします」
と言って誠美がカードを見せる。
 
「この子、インターハイのリバウンド女王ですから。間違い無く女ですよ」
 
もしかして長身の誠美がゴール下で圧倒的にリバウンドを取るのを見て、彼女を事前に言っていた男性選手と思い込み、それで男のセンターが入っていたらアンフェアではと言い出した人がいたのかも!?
 
「大変失礼しました。では22番の歌子さんが自粛して下さるんですね」
「はい」
 
と言って薫は2月20日から有効の登録証を見せる。
 
「なるほど。でもすみません。いったん許可出していたのに」
「いえいえ。ここまで出場させて頂いただけでも嬉しいですから」
「申し訳ありません」
 
と言って、主催者さんは戻って行った。
 

「私、昨日もたくさん出たし、準々決勝もフル出場したから気にしないで」
と薫は言う。
 
「よけいな気を回す人がいるんだろうな」
と千里は言うが
「いや、オカマ嫌いが主催者の幹部の中にいたのかも」
と麻依子は言う。
 
「まあ、私はそういうの今更気にしないから。千里もでしょ?」
と薫。
「そんなの気にしてたら、今まで生きて来られなかったね」
と千里も答えた。
 

それで11:40から行われた準決勝では、浩子/千里/来夢/麻依子/誠美というスターティング5で出て行く。
 
「薫ちゃんが出なくても凄いメンツのような気がする」
と夢香が言う。
 
「うちも層が厚くなったね」
と浩子。
 
「ローキューツが発足した時も層は厚かったんだけどね」
と浩子は更に言う。
 
「ただ初期のローキューツって全然試合してないよね?」
と玉緒。
 
「そうなんだよね。確かに凄い選手は集まっていたんだけど、なんかみんな土日が忙しくしてて、5人揃わなくて全然試合に出られなかったんだよ」
と西原さんは言った。
 
「大会の日にオフィシャルだけするのに出て行ったことあったね」
などと夏美が言う。
 
「それもバスケできる友人に頼んで何とか4人そろえてね」
と浩子も笑って言う。
 
大会では相互に審判やテーブル・オフィシャルズを担当して運営されるので、不参加になってもオフィシャルだけは求められることが多い。それをする人数も揃わない場合は、迷惑料を払って他のチームの人にお願いするルールになっている場合もある。
 

準決勝の相手は多摩ちゃんずというクラブチームで昨年の東京クラブ選手権で準優勝して関東クラブ選手権にも出場しており、今年の東京総合でも江戸娘に敗れて準優勝だったという所であった。今年の選手権は3位で関東クラブ選抜(裏関)に回ることになったようだが充分強いチームだ。
 
来夢・誠美を抜いたメンツなら恐らくかなり拮抗した試合になるところだが、この2人が入っていると、こちらが優勢に進められる。特に誠美がいる限り、リバウンドはこちらが圧倒的である。
 
むろん一瞬たりとも油断はできない相手だ。実際、第1ピリオドでは、麻依子が相手のいちばん目立たない感じのスモールフォワードさんに、まんまとスティールを決められる場面もあった。
 
「オーラを隠しているタイプだよね」
とインターバルに薫が言った。
 
「千里なんかもそうだからね。対戦相手がうちのチーム見たら、最初に来夢さんと誠美を警戒する。次いで麻依子を警戒する。ところが一番警戒しないといけないのは、実は千里なんだ」
と夢美が言う。
 
「まあ2点取られるのと3点取られるのではダメージが違うから」
と千里。
 
「千里が実は凄いオーラを持っているのは、実際にマッチアップした人だけが分かるんだよなあ」
と麻依子も言う。
 
「結構千里に気合い負けして何もできずに抜かれてしまうディフェンスは多いよ」
と浩子。
 
「千里があっちゃん(花園亜津子)とマッチアップした動画とか、いとも簡単にあっちゃんを抜いているように見えるから、なんで?と思う人も多いだろうね。あっちゃんを抜ける選手なんてWリーグにもそうそう居ないのに」
と誠美も言う。
 
「あれは相性もあると思う」
と来夢。
 
「まあ、あの6番、だてにこの強いチームのスターティング・メンバーじゃないってことだね」
 

それで第2ピリオド以降は、みんなこの選手に結構な警戒心を置いておくようになった。この選手といちばんマッチアップの機会が多かったのは来夢だが、かなり抜かれていた。フェイントの掛け方もうまいが緩急の使い分けが凄い。前半は28対40という得点差になったが28点の内の13点がこの人による得点だった。
 
第3ピリオドでは来夢を休ませて夢香を出し、第4ピリオドでは浩子を下げて代わりに夏美にポイントガードをさせたが、得点差は順調に開いていき、結局54対72で勝利した。
 

試合後男子の準決勝があっている間に軽いお昼御飯を食べる。「軽い」はずが、けっこう食べている子もいる。
 
「そんなに食べて大丈夫?」
「OKOK。1時間あればこなれる」
と誠美。
「まあ牛丼2杯くらいは普通だよねー」
と麻依子。
 
「やはり運動した後はカロリーと蛋白質を補給しておかないとね」
などと薫も言っている。
 

女子の決勝は14:20の予定だったが実際は14:40までずれ込んだ。決勝戦は静岡県から参加した、伊豆銀行ホットスプリングスというチームである。企業名は冠しているものの、組織上クラブチームのようである。
 
準決勝で茨城県から参加したTS大学メロディアンズというチームを破って勝ち上がってきた。ここはTS大学バスケ部の2年生有志で結成されたチームである。1年生の数人がシェルカップでTS大学フレッシャーズを名乗って優勝したのに刺激されて2年生で結成したらしい。コーヒーフレッシュ→メロディアンという発想のようだ。件(くだん)のメーカーからクレームが来たら名前は変えるなどと言っているらしい。
 
シェルカップでローキューツはTS大学フレッシャーズに2点差で負けている。あの時は佐藤さんが入っていた。今回は佐藤さんは居ないが、誠美と来夢が入っている。実力的にはあの時と大差ないだろうなと千里は思った。薫も出られたら違ってくるのだが。今日の相手はあの1年生チームよりもしかしたら強いかも知れない2年生チームに勝ったのだから、相当強いチームと考えるべきだろう。
 
「まあ向こうも関東クラブ選手権に出たチームを破ったチームだからこちらは相当強いだろうと言っているよ」
「お互い様だね」
「思いっきりやろう」
「自分たちのバスケを忘れないように」
 
などと言って出て行く。
 

序盤から激しい点の取り合いになる。向こうは守備は軽めにしてどんどん点を取ることに熱心な感じである。こちらもそういうスタイルは好きだし、ハイレベルな相手だとあまり交代要員も使えないので、深追いせず疲れないようなディフェンスを心がけてプレイした。
 
強さとしては先日の関東選手権準決勝で対戦した赤城鐵道RRRRに近い強さを感じた。ただあのチームは守備に重きを置いていたが、こちらは攻撃主体で、この方がやっている者として心地良い。誠美が最初から戦闘モードになっていて相手のパワーにめげずリバウンドを頑張ったのもあり、前半は46対43と3点差の接戦となった。
 
第3ピリオドは消耗の激しい来夢をいったん休ませて、前半は夢香、後半は夏美を使って、それでも20対19で持ちこたえる。ここまで66対62.
 
第4ピリオドは来夢が戻ってまた激しい点の取り合いである。残り1分を切ったところで疲れの見えてきた相手ディフェンスの隙をついて千里のスリーが決まり90対89と1点差に詰め寄る。
 
相手が攻めて来る。うまく相手のピック&ロールが成功して2点を取り92対89.残り40秒。浩子が攻め上がっていく。向こうは千里のスリーを警戒して千里にいちばん強い人が付いている。そこで来夢にパス。来夢はマーカーを強引に振り切って中に進入していくが、カバーに来たディフェンスに行く手を阻まれる。そこでローポスト側にいる麻依子にパス。麻依子が自らドライブインするのでそちらにディフェンスが集中する。そしてゴール近くからジャンプシュート。
 
と見せかけてハイポストに居る千里に速いパス。
 
千里がスリーポイントラインの外側から撃ちゴール。
 
92対92の同点!残り20秒。
 
向こうはゆっくり攻めあがって来る。24秒を切っているのでショットクロックも既に止まっている。ここで得点して時間をほとんど残さなかった場合、向こうの勝ちがほぼ確定する。万一得点できなくても延長になるから不利なことはない。それで、わざとパスを回している。時間稼ぎが明らかなので、来夢や麻依子がパスカットを試みるが、簡単にカットされるほど無警戒ではない。
 
試合時間が残り7秒となった所で相手フォワードが制限エリアに侵入してくる。誠美が目の前に立ちはだかるのでシュートはできない。そこで自分に続いて中に入って来た味方にそちらを見ないまま真後ろにパス。
 
それでその人が最初に進入した人を壁に使ってシュートする。
 
ボールはゴールに飛び込んだ。笛が鳴る。
 
しかし・・・・
 
審判は指を三本立てて腕を水平に伸ばしている。得点を認める場合はツーポイントゴールなので指を2本立てて上に伸ばす。
 
3秒ルール違反のヴァイオレーションである。
 
最初に進入した選手が壁になって留まっていたことで制限エリアに長居しすぎた形になったようだ。あそこはすぐに走って出なければならなかったのだが、実際問題として前に誠美、左に来夢、右に千里が居て、後ろからは味方が入って来たし、逃げ道が無かったのである!
 
当然ゴールは認められずローキューツのボール。しかし残り時間は僅か2秒である。
 

千里が麻依子とアイコンタクトを取る。麻依子が誠美の肩を抱いて何か囁く。誠美が頷く。ふたりはさりげなくセンターライン付近まで行く。千里が審判からボールを受け取る。その時、誠美たちの動きに気付いた相手チームのポイントガードが「戻って!」と叫んだ。千里は審判からボールを受け取った瞬間から心の中で5秒を数えている。3秒まで数えた所で振りかぶる。もう麻依子はゴール近くの右側、誠美は左側まで達している。相手選手はまだ1人しか戻りきっていない。
 
千里が思いっきりボールを投げる。ボールは正確に誠美の居るゴール左側に飛んでいく。誠美がジャンプする。相手チームでただひとり戻っていた選手は誠美の方を警戒してそちらに付いていたので思いっきりジャンプするのだが、184cmの誠美のジャンプにはかなわない。誠美は空中で千里のボールを受け取ると、そのままゴールに向かって投げ込む。
 
ボールはリングにぶつかって凄い音を立てた後、ネットの中に吸い込まれる。
 
高校時代は何度かやったプレイだが、ローキューツでやったのは初めてだ。
 
背が高くて腕力もあり、シュートのうまい選手、そして正確にボールを投げられる選手が居ないとできないプレイである。千里もこのプレイで投げる役をしたのは初めてであった。
 

ゴールが認められて92対94。残りは1.2秒!
 
ホットスプリングスはタイムを取った。
 
向こうは何やら話し合っているようだ。2点差である。ここは今のようにロングスローインからシュートを撃つ以外に挽回の方法は無いのだが、できるのか?という感じで揉めている雰囲気。実際、過去にこのプレイをやった時のシュート役は、秋田N高校の沼口さん、札幌P高校の佐藤さんなど、ひじょうに体格の良いプレイヤーのみであるが、向こうにはそういうプレイヤーは見当たらない。
 
1分経過したが向こうの話し合いはまとまらないようだ。審判がコートに戻るよう促す。何だか揉めながら戻る。結局ポイントガードの人がエンドラインに立ち、他の4人は相手ゴール近くに控える。こちらは誠美・麻依子・菜香子・千里・夢香と長身の選手5人がゴール下に集まる。
 
審判が相手ポイントガードにボールを渡す。思いっきり振りかぶって投げる。
 
が、ボールはコートの左側大きく外れた方角に飛んでくる。慌てて向こうの選手がそのボールを取りに行く。ぎりぎりで叩き落として、アウトオブバウンズを逃れる。別の選手がそのボールを押さえたものの、シュートする前に笛。
 
諦めきれずにそのままシュートしたが、ボールはリングにもかすらず、向こうにすっぽ抜けた。審判もシュートした瞬間に前で手を交差させて×印を作り無効であることを示した。
 
最後のシュートをした選手が目を瞑って上を向いていた。
 

整列する。
「94対92で千葉ローキューツの勝ち」
「ありがとうございました」
 
こうしてローキューツはこの年の純正堂カップを制して、記念のカップと副賞として純正堂ケーキショップの御食事券1万円分をもらった。
 
「よし。みんなで食べに行こう!」
「試合には来てないけど、ケーキ食べるのなら出てこれる子いないかな?」というので浩子が全員宛メールを送ったら、何と入院中の国香が「行く!」という返事を送ってきた。
 
「外出許可出るのかな?」
「きっと勝手に出てくるんだと思う」
「近くのBOOK OFFにはいつも抜け出して行ってるみたいだから」
「その延長か」
 
なお、今日来ていない茜と沙也加にはクッキーでも買っておいて後で渡すことにした。
 

葛飾区内の病院に居る国香の負担ができるだけ少ないように純正堂の北千住店に移動したが、国香は既に待っていて
 
「オーダーせずに待っていた」
などと言った。頼む前なら店の前で待っている所なのだが、松葉杖をついているので、お店の人が配慮して椅子に座らせてくれていたようである。
 
「ほんとは杖無しでももう歩けるんだけどね」
「いや、まだ無理したらダメ」
 
1万円を越えた分は割り勘ということにして、各自取り敢えず好きなケーキを注文し、飲み物も頼んで、奥の方のテーブルに集まることにする。色々美味しそうなケーキが並んでいる。千里は渋皮入りのモンブランとダイエットコーラにした。
 
取り敢えず祝杯を挙げる。西原監督の音頭で乾杯した。
 
国香は来夢・誠美・薫の3人と初対面だったのでお互いに自己紹介していた。
 
「薫ちゃんも国香さんも旭川なんでしょ? 会ってないの?」
という質問が出るが
 
「私が旭川に来たのが2年生の秋だから、私が試合に出るようになった頃は、国香さんはもう引退してたんだよ」
と薫が説明する。
 
「ああ、そういうことか」
「見た試合もあるはずなんだけど気付かなかった」
「私、当時は親善試合とか練習試合とかにしか出てないから」
「なんで?」
「私、男だったもんで」
「何〜〜〜!?」
 
ということで、薫が自分の性別について説明する。
 
「信じられん。女の子にしか見えないのに」
と国香。
 
「でも薫、当時よりぐっと身体付きが女性的になった」
と千里。
 
「何か昔に比べて頼りない感じがする」
と本人。
 
「じゃ性転換手術したんだ?」
「実はまだ。去勢は済んでいるんだけどね」
「じゃ、ちんちんまだあるの?」
「ある」
「ちんちんあっても女子選手になれるんだ?」
 
「ちんちんでバスケする訳じゃないし。問題は睾丸があるかどうかだよ」
と麻依子が言うと
「確かに!」
と国香も納得したよう。
 
「でも性転換手術しないの?」
「それすると回復してバスケできるまで再トレーニングするのに1〜2年かかる」
「ああ、そんなに大変なんだ?」
 
「漫画とかだと性転換手術されて即稼働していたりするけど、ああは行かないよ」
「中国奥地に行って、娘溺泉に飛び込むとか」
 
「ああ、男になったり女になったりできるのは便利かも」
「試合後汗を流すのにお風呂に入ると、男に変身して大騒動に」
「冬が辛いな。夏は水のシャワーで押し切るとしても」
 

12月11日(金)。千里はこの時期は火木土曜日の夜9時から朝5時までの勤務(途中1時間休憩)だったのだが、この日は夕方のシフトに入っていた子が急病で出てこられないということで、土曜日の夜勤の代わりに臨時にシフトに入ってもらえないかと頼まれた(時給は夜勤の金額適用)。それでこの日は夕方16時半から午前0時半まで勤務して(12月12日土曜の)1時頃、深夜スタッフに「お疲れ様」と声を掛け、地下駐車場に降りていった。
 
普段は千里はこのファミレスにスクーターで乗り付けているのだが、今日は特別にインプレッサを持って来ていたのである。取り敢えず東京まで出て、新宿で雨宮先生と新島さんを拾う。
 
「ごめんねー。急にお願いして」
「いえ。ふだんは深夜時間帯の勤務なんですけど、今日は風邪で休んだ人の代りに臨時で夕方のシフトに入ったんで1時で上がれたんですよ」
 
この日の夜21時頃、ちょうど休憩中に新島さんからメールがあり、明日の朝8時頃までに京都に入らなければならないのだが、今日やっている音源製作の作業が押していて、終わるのが1時過ぎになりそうなので、雨宮先生と新島さんを送って行くドライバーを頼めないかと言ってきたのである。千里は1時に上がるので新宿に入れるのは2時くらいになるが、それでもいいか?と尋ね、それでもいいということだったので迎えに行ったのである。
 
「こちらも実は2時前にやっと何とか形になったのよ。後の作業は技術者さんにお任せ」
「大変でしたね」
「このあと夜通し作業して朝9時に工場に持ち込まないといけない」
「技術者さん大変!」
「最後の仕上げの確認は(田船)美玲ちゃんに頼んできた」
「田船さんも大変だ!」
 
「でも結果的に醍醐ちゃんとうまく噛み合ったね。いつもこの車で通勤してるの?」
「いえ。普段はスクーターで往復しているのですが、京都まで走るというのでインプを持って来ました」
 
「あら、だったら、スクーターでいったんおうちに帰ってインプを持って来てくれたんだ?」
「いいえ。今日は最初から、インプを持って来ました」
「あれ?でも夕方からのシフトって言わなかった?」
「そうですけど」
 
雨宮先生が笑いながら解説する。
 
「新島から21時に京都まで送ってくれと頼まれたから、普段は東京に置いているインプを頼まれる半日くらい前に取って来て給油も満タンにして、夕方その車でファミレスに入ったのさ。醍醐は」
 
「意味が分かりません」
と新島さん。
 
「醍醐は因果律を超越して存在しているんだよ」
と雨宮先生。
 
「醍醐が傘を持って出かけると雨が降るし、ケーキを買って帰ると友だちが来るし、ビールを買って帰ると彼氏が来るし、醍醐がネギを買っていくと、ちょうど毛利が鴨を獲ってくるのさ」
 
新島さんは訳が分からないという顔をしていた。
 
「傘くらいは分かりますが・・・」
「車が必要な時はふつうに分かるよね?」
「ええ、それで事前に近くに持ってくるんです。あと、電話が掛かる10秒か20秒くらい前に『あ、○○ちゃんから電話だ』と分かることはありますよ」
「そういう人はたまにいるね!」
 
「高校の時に奉仕していた神社の巫女長さんは、私は予定調和で動いていると言ってました。自分でなぜこんなことしてるんだろう?と思うことがよくあるんですけど、結果的にうまく収まるんですよね」
と千里は言う。
 

千里はふたりに寝ていてくださいと言い、ふたりが眠ってしまったあたりで、自分も《こうちゃん》に身体を預けて、精神を眠らせてしまった。
 
車は約4時間ほど東名・名神を走り続けて朝6時半頃に大津SAに到着する。ここで千里は覚醒したが、雨宮先生たちも車が停まったことで目を覚ましたので、トイレ休憩とする。
 
そしてそこから約30分で京都市内の放送局に到着した。着いた時刻は7:20である。大津SAから京都までは千里が自分で運転した。
 
「助かった。ありがとね」
「いえ。いつでも言ってください」
「到着30分前に起こしてもらったから、お化粧ができたし」
「それは女性の場合重要ですよね!」
「女同士だからお化粧中見られてもいいしね」
「そうだね。3人とも女ということでいいよね」
 
などと言って千里はふたりを降ろしてから名神に戻り、桂川PAで仮眠した。
 

目が覚めたのは(土曜日の朝)10時である。千里は車をそのまま大阪方面に向ける。千里は勘に頼って車を走らせている。やがて吹田JCTに到達する。大阪に来る時はここで大阪中央環状線(府道2号)の西向きに入り、千里(せんり)ICで降りて貴司のマンションに行くことが多い。しかし今日は中央環状線の東向きに入って、一津屋で降り、摂津市内の道を走る。ガソリンスタンドを見かけたので給油して満タンにする。それで更に走っていると、やがて見知った人影を見て車を停め、声を掛けた。
 
「こんにちは」
 
その人物はびっくりしたようにしてこちらを見る。
 
「こないだのファミレスのウェイトレスさん?」
「覚えてくださってましたか。研二さんとおっしゃってましたよね?」
「うん。僕は美人は覚える。でも僕今日はこういう格好なのに」
 
研二は可愛いブラウスに膝丈スカートを穿いてOL風である。足にも可愛いミュールを穿いている。お化粧もしているし、ウィッグだろう、髪も長い。でも言葉は男言葉だし、声も男声だ。
 
「女性同士って、服装やお化粧で雰囲気が大きく変わるのに慣れてるから認識能力を鍛えられるんですよね」
「ああ、そうかも知れない」
 
「どちらに行かれます?」
「阪急の駅まで行ってから大阪市街に出て、ブティックとかアクセサリーショップとか見て、ご飯でも食べようかと思っていた」
「じゃ、ちょっと乗られません?」
「え?いいの?」
「袖振り合うも多生の縁で」
 
向こうは千里が日常生活圏の外の人物なので恥ずかしがらずに気を許した感じもあった。
 

さすがに助手席は遠慮して後部座席に乗り込む。それで車を出して少し会話する。
 
「申し遅れました。私、村山です」
「僕は沢居。君、あのふたり、両方知っていたみたいだった」
「どちらもお友だちですよ」
「へー。じゃ、あれ元々緋那と桃香が会っていたの?」
「お互いは面識なかったようです。別々にご来店なさって、混んでいたので相席をお願いしたんですよ」
 
「物凄い偶然だね!」
「沢居さんも、ご出張か何かだったんですか?」
「そうそう。仕事の打ち合わせが深夜に及んで。12時過ぎると飯食う所が激減するからね。かなり探した末にあそこに辿り着いた」
 
「それはお疲れ様でした」
 

その後少し世間話をしていたが、沢居は基本的に男性的な話し方をする。この人はMTFという訳ではなく単に女装趣味なのかなと千里は思った。それにしては、お化粧もうまいし、不自然さが無い。多分女子トイレに入っていっても誰も変には思わない。
 
「ところで、この車、どこ向かってんの?」
「え? あれ? 私、どこに行ってるんだろ?」
「取り敢えずどこか阪急かJRの駅にでも行ってくれると」
「すみませーん」
 
バックミラーで見ると、沢居は女ドライバーって全く!みたいな顔をしている。あはは。そういえば私って、ふだんはあまり目的地意識しないで運転しているかも!?
 
ところがその千里の目の端に、チラリと見覚えのあるアウディA4が映る。ん?と思ってナンバープレートを見ると、貴司の車である。千里は静かにインプをそのアウディの真後ろに停めた。ここはモノレールの南摂津駅である。
 
「ごめん。モノレールだと市街に出るのが不便だから、できたら阪急かJRの駅が助かるんだけど」
と研二が言うが、千里は
 
「沢居さん、ちょっと降りません」
と言う。
 
「うん。いいけど」
と言って、ふたりは車を降りた。
 
千里がアウディの運転席の窓をトントンとする。貴司がびっくりしたような顔をして運転席から降りる。
 
「千里、どうしたの!?」
と貴司は言うが、千里は
「その質問はそのまま貴司に」
と答える。
 
その時、研二がふと駅の方を見た。駅から、ライトグリーンの可愛いワンピースを着た女性が出てくる。そしてこちらを見て、びっくりしたような顔をする。
 
しばらく4人とも声が出なかった。
 
「緋那、可愛い服着てるね」
と最初に研二が声を出した。
 
「研二も可愛い格好してるじゃん。女装はやめたと言ってたけど、まだやってたんだ?」
と緋那。
 
「高校時代だけで卒業するつもりだったんだけどねー。女の格好して外を歩くのって、ストレス解消にいいんだよ。女子トイレに籠もってちょっとおいたするのとか病みつきになりそうだし」
 
「今度、研二が女子トイレに居る時に通報しよう。でも女装を唆したのは私だからなあ。少し責任は感じるけど。でも、今日はどうしてこういうメンツが集まっているのよ?」
と緋那。
 
「偶然。緋那さん。私のインプ使っていいよ」
と言って千里は自分の車のキーを緋那に渡す。
 
「ガソリンはさっき満タンにしたから大丈夫と思うけど、足りなかったら適当に入れて。ETCは差したままだから、高速代はあとで貴司に適当な額を渡しておいて。車は貴司のマンションの来客用駐車場に返しておいて。合い鍵持ってるから、車庫に入れられるよね?」
「あ、うん」
 
「じゃ、後はよろしく〜」
と言って千里は貴司の腕を引っ張ると、自分はさっさとアウディの助手席に乗り込んでしまう。
 
貴司が慌てて運転席に座り、アウディは発進した。
 
緋那と研二が取り残される。
 
「あ、えっと・・・」
「取り敢えずどこかで御飯食ぺない?お昼にはまだ早いけど」
 
緋那はチラっとインプの車内を見る。
 
「私、MTは教習所出たあと運転してない。研二、運転できる?」
「うん。大丈夫だよ。助手席に乗りなよ」
「うん」
 
それでふたりも千里のインプレッサに乗る。研二はミュールなのでそれを脱ぎ裸足でペダルを操作して車を発進させた。
 

一方のアウディの車内。
 
「もう緋那は室内には入れてないからも何もあったもんじゃないね。外でデートしてるんなら、そりゃ室内に入れる必要ないかも知れないけど。指輪返すよ」
 
と怒ったように言って千里は自分のバッグの中から先日もらったアクアマリンの指輪を出すと貴司の膝の上に乱暴に置く。
 
「ごめん。本当に緋那とはもうデートも何もしてない。今日は折り入って相談があると言われて、相談だけならといって会うことにしたんだよ」
 
「もう少しマシな言い訳考えたら?二股男さん。緋那にも指輪買ってあげたんじゃないの?今日は素敵なホテルに行くつもりだった?」
 
「そんなことない。決して二股はしてない。僕が結婚したいと思っているのは千里だけだよ。誓って、ほんとに緋那とは何もないんだから」
 
千里は貴司を殴りたい気分なのをぎりぎりで抑えていた。
 
「だったらマンションの鍵は返させなよ。それとも私が鍵を返した方がいい?」
「分かった。返してもらう。千里は持っていて欲しい」
「携帯に着信拒否を掛けてよ」
「うん。そうする」
 
「ついでに**ちゃんとも**ちゃんとも別れて欲しいんだけど」
「なんでその名前を知ってるの〜!?」
 
「新大阪駅まで送って。私、帰るから」
「だけど千里、さっき自分の車を緋那に貸したじゃん。それを受け取らないといけないのでは?」
 
くっそー。レンタカーにすべきだったか?
 
「だったら後で連絡してよ。車だけ取りに来るから」
「それ大変すぎる。今夜どこかに泊まる? ホテル代は僕が出すからさ」
 
何だか物事が全然噛み合ってないぞ。だめだこりゃ。一度自分を冷静にしないと、とんでもないことを言ってしまいかねない。
 
「どこのホテル?」
「じゃ奮発して帝国ホテル大阪」
「緋那と行くつもりだったの?」
「そんなことしてないって」
 
「大阪帝国ホテルじゃないよね?」
「さすがにそこまではケチらないよ!」
 
帝国ホテル大阪は東京の帝国ホテルと同系列で1泊5〜6万円くらいする。大阪帝国ホテルは安いビジネスホテルで6000円くらいで泊まれる。
 
「ホテル代もったいないから、貴司んちに泊めてよ。その代わり豪華松阪牛のロースでも買って来て。それ焼いて私ひとりだけで食べる」
 
千里は《ひとりだけ》というのを強調して言った。
 
「分かった。じゃマンションに寄せるよ」
 
それで貴司がアウディを自宅マンションに向ける。そして中に入ると千里はベッドに入って「寝る」と宣言して布団をかぶって眠ってしまった。
 

目が覚めたらもう夜の12時近くである。半日以上寝ていたことになる。
 
起きてトイレに行くと、居間で貴司がバスケ雑誌を読んでいる。貴司ってもう少し色気のある雑誌は読まないのかね〜。メンズ・ノンノとか読んでもいいだろうに。服装はいつも適当だもんな。きっと頭の中の95%くらいがバスケのことなんだ。でも女の子に対して無防備すぎるんだよね。言い寄られると取り敢えずお茶飲んだりしてしまう。
 
「お早う。牛肉買って来たけど」
と言って貴司が見せるのは、グラム3000円のお肉、300gである。まあ良さめのビジネスホテルに1泊するくらいの値段か。
 
「御飯あるんだっけ?」
と言ってジャーをのぞく。御飯はあるが・・・
 
「これいつ炊いた御飯?」
「忘れた」
 
うむむ。見た感じ、とても人間が食べられる代物ではなくなっている感じだ。ひからびすぎて、もう糊にでもするしかない感じ。
 
「じゃ、御飯炊こう」
と言って千里はお米を3合研ぐと、炊飯器に入れ、早炊きでスイッチを入れた。
 
「付け合わせの野菜あるかなあ」
と言って冷蔵庫や棚を見るが、何にも無い。
 
「ちょっとコンビニまで行ってサラダでも買ってくる」
「うん」
 

それで鍵を持っていることを確認してマンションを出て近くのコンビニに行く。そしてサラダとティラミス2個入りに冷凍ピザを買う。それで戻ろうとしていたら、千里のそばに車が駐まる。
 
自分のインプだ!
 
緋那が運転席の窓を開けて
「ちょっと乗りません?」
というので、千里はインプの助手席に乗り込んだ。緋那が車を出す。千里ICに乗る。中央環状線を西行する。
 
「今夜泊まるんですか?」
と緋那が訊く。それ答える必要無いんだけど。
 
「泊まるけど私がベッドで寝て、貴司は居間のソファかな」
 
緋那が笑っている。
 
「研二さんとは?」
「広島まで行って、牡蠣フライとお好み焼き食べてきた」
「ああ、牡蠣もいいなあ」
「女同士で行動するのって便利なのよー。トイレにも一緒に並べるし」
「それは確かに女同士なら便利かも」
 
といいつつ、千里は貴司が緋那に惹かれた理由が少し分かった気がした。
 
「ついでにMTの運転の仕方も習って、帰りは交互に運転してきた。私教習所出たあと、きれいに忘れてたんですよ」
「ああ、使ってないと忘れますよね」
 
「恋人になってくれと言われた」
「どうするんですか?」
「こないだ千葉で会った時も言われたけど、あれは2年ぶりに会って突然だったから拒否したんだけど」
 
「けど?」
「今日は、自分には好きな人がいるから受け入れられないと返事した」
「そうですか」
「研二は諦めないと言った」
「それ、高校時代からずっと緋那さんのこと、思っていたのでは?」
 
「そう研二は言ってたよ」
「男の人って、相手と離れていても思いを持続できるみたい」
 
「女はそれ苦手だよね」
「そうですね」
 
と言って、笑ったら、少し緋那と親近感が出た。
 

「私ね・・・」
「はい」
「今夜、研二と夕食取ったあと、ホテル行っちゃった」
 
千里は返事をしなかったが、彼女が自分の返事を求めているようなので言う。
 
「別にホテルに行くくらい、いいんじゃないですか? 私もこの春に新しい彼女ができたから別れてくれと貴司から言われた後、他の男の子とホテル行ったりしてましたよ」
 
「そうだよね? ホテルくらいいいよね。それにちょっと私、確かめたかったんだよ」
「何を?」
 
「私、セックス下手なのかなと思って。高校時代に研二と何度かした時は凄くうまく行った。お互いに気持ち良かった。でも貴司と結局3回セックスしたけど、3回とも貴司は逝けなかった。2度目は、私、締めが弱かったかなと思って、かなり頑張ったんだけど。3回目は、なかなか立たないのを頑張って立たせたんだけど、入れたらすぐ縮むんだよね。私もセックスに自信なくしてたから、ちょっと他の男の子で試してみたい気分だったのよ」
 
「たぶんセックスって相性があるんですよ。私と貴司はふつうにしてますよ」
「そうかも知れないと思った。研二とはふつうにできた。何だか研二、感激してて、エンゲージリング買ってあげるからと言われたけど、自分の返事は変わらないと言った」
 
「男の人って結構単純ですね」
「言えてる」
 

千里と緋那のドライブは府道2号(中央環状線)をぐるりと半周り、約30分の旅となり、その間に貴司の「他のガールフレンド」に関する情報交換などもした。これ以上ライバル増やされてはたまらんということで、兆候に気付いたら早めに情報交換して、共同で排除することで合意した。
 
堺市まで来たところでいったん中環を降りて、コンビニの前に寄せる。
 
「私ここからタクシー呼んで帰るから、悪いけど、あとは千里さんが貴司んちまで車は持っていって。私、鍵はもらってたけど実は車庫を開ける暗証番号を知らないのよ。貴司が開ける所いつもボーっとして見てたから番号見てなくて」
 
ああ、知らぬが仏かも。
 
「コンビニなら襲われたりする心配も無いかな」
「おやつでも買って帰る」
 
「あ、じゃこれ。ぬるくなっちゃったけど、持って帰らない?」
と言って、さっコンビニでした買物の袋から自分が食べたいサラダだけ取って緋那に渡す。
 
「袋は返さなくていいから」
「うーん。夜だし、ピザだけもらおうかな。ケーキ2個も食べきれないし」
と言って、緋那はピザだけ取って自分のトートバッグに入れ、ティラミスの入った袋は千里の方に渡す。
 
「なんならタクシーが来るまで、私たちで食べちゃう?」
「あ、それでもいいかも」
 
ということで緋那がタクシーを呼ぶ間に千里がコンビニに行ってコーヒーを買って来た。それで何となくコーヒーで乾杯して、ティラミスを食べてしまった。
 
「そうだ。これ千里さんに返しておこう」
と言って緋那は鍵を千里に渡す。
 
「マンションの鍵?」
「うん。これ純粋に朝御飯を届けるためだけにもらってたんだよ。本当に9月以降は貴司の部屋の中には入ってない。でも鍵を持っているといろいろ誤解を招くし。それに実は毎朝早く起きて朝食をデリバーするの、少し疲れて来ていた」
 
「疲れるよね。自宅から貴司んちまで1時間半かかるって言ってたっけ?」
「実は2時間かかる」
「きゃー」
「車なら1時間かからないけど、朝は特に電車の連絡が悪いのよ。だから毎朝3時に起きて御飯作ってた」
「それは大変だ」
 
「実は1度朝御飯作って持っていったらさ、美味しかったと言われたもんで、つい何なら毎日作ってこようかと言ったら歓迎なんて言うからさ」
「ああ、貴司らしい。でもそれきっとさ」
 
「うん。私を受け入れているんじゃなくて、単に朝御飯を受け入れているだけではないかという気がして来て」
「貴司ってそういう奴なんだよ。実は誰でもいいんだ」
「私もそんな気がしてテンションが少し落ちてきてたのよね」
「正直、私も、なんでこんな奴を好きになったんだろうと思うことあるよ」
 
「全く全く。でも私はまだ貴司を諦めないから」
と緋那。
 
「うん」
と言って千里は頷いた。
 
「研二さんとは?」
「あいつとは当面女友達」
「なるほど!」
 
それで何となく握手をした所でタクシーが来たので、緋那は
「またね」
と言って手を振ってそちらに乗り込んだ。
 
千里はそこのコンビニであらためてプリンを買って車に戻ると、貴司のマンションに向かった。
 

マンションに戻ると、貴司はソファで眠っていた。毛布を掛けてあげてから、
 
「よし、作るぞ!」
と自分に言って、松阪牛のお肉を焼いてステーキを作った。コンビニで買ってきた大根おろしドレッシングなどを掛ける。
 
それで御飯も盛ったりしていると貴司が起きる。
 
「あ、お帰り」
「ちょっとドライブしてきたら気持ちが少し晴れた」
「あれ?アウディ使った?」
「ううん。私のインプを緋那さんが持って来てくれたから、それで中央環状線を一周してきた」
「あ、それで時間掛かったのか」
 
「これ返しておいてって」
と言って、千里は貴司に、緋那から預かった鍵を返す。
「え?」
 
「緋那さんの朝御飯も終了らしいから、明日からは貴司自分で朝御飯を作ってね」
 
「彼女、どうしたの?」
「鍵は返すけど、諦めないって言ってた。まあ、私たちの戦いは続くね」
 
「千里、やはり僕たち、婚約だけでもしない?」
「それは緋那さんと貴司が完全に切れるまでダメ」
「緋那、何か言ってた?」
「私と貴司が結婚するまでは諦めないって」
 
「デッドロックじゃん!」
「まあ、その内解決するよ」
 
と言って千里は少し寂しそうな顔をしたが、千里はなぜそんな表情を自分がしたのか分からなかった。
 

それで千里は御飯を食べ始める。
 
すっごーい! さすが松阪牛。美味し〜い。
 
そんなことを思って食べていたら、貴司が寄ってくる。
 
「ね、それ僕にもひとくち」
「浮気男さんに食べさせるお肉は無いなあ。そうだ、これでも食べててよ」
 
と言って千里はプリンを出す。
 
「プリンもいいけど、松阪牛なんてめったに食べられないし」
「しょうがないな。じゃ一口」
 
といって千里はステーキを切り分けたものをひとつフォークでさすと
「あーん」
と言って、貴司の口の所に持って行く。
 
「美味しい!」
「美味しいよね」
 
そんな感じで戯れながら、食事は進んでいった。
 

ベッドの中で目が覚める。携帯を見ると4時だ。そろそろ行かなきゃ。
 
貴司にキスすると貴司も目を覚ました。
「私、帰るね」
「うん」
 
それで千里が服を着ていると、貴司は指輪の箱を持ってくる。
 
「誤解を招くようなことして申し訳なかった。もう浮気しないから、これ再度受け取ってくれない?」
 
「いいよ。じゃ、次貴司に新たな恋人ができるまで預かっておくよ」
 
そう言って千里はケースを開けて指輪を自分の左手薬指にはめた。
 
「そうだ。ちょっと付き合わない?」
と千里は言った。
 
「どこに?」
「バスケットボール持って」
「手合わせするの?」
 

お風呂に入ってから服を着替え、千里のインプに乗って出発する。名神を走って、朝6時頃に京都の伏見稲荷に着いた。天文薄明にはなっているが、まだ夜明け前である。
 
「高校の修学旅行で来たなあ」
「私も修学旅行で来たのが最初」
 
「ところでそのカルピスウォーターは?」
「ここで会う人へのお土産」
「誰と会うの?」
「会えば分かるよ」
 
貴司の方は自宅からバスケットボールを1個持って来ている。
 
ふたりで日の出(6:56)とともに麓の拝殿でお参りし、千本鳥居を通って、三つ辻・四つ辻へと山を登っていく。ふたりともスポーツマンなので、わりと楽々と歩いていくが、途中で、へばっている人を結構追い抜いた。
 
四つ辻で近くに居た「観光客」に頼んで2人並んでいる記念写真を撮ってもらった。そして四つ辻を右に折れて、三ノ峰方面に行く。そして二ノ峰を経て、一ノ峰まで来た時、
 
「お母さん」
と呼ぶ声がある。振り向くと京平であった。
 
「京平、おはよう」
と千里は笑顔で言う。
 
「貴司、こちら京平君」
「おはよう」
と貴司も挨拶したが、ん?という顔になる。
 
「ね、京平って・・・」
「私と貴司の息子だよ」
「・・・・・」
 
千里は京平に向かって笑顔で
「これは京平のパパだよ」
と言う。
 
「え?ほんと? パパおはよう」
「うん、おはよう」
 
「京平、パパはバスケットが凄くうまいんだよ」
「へー!習いたいな」
 
「教えてやろうか」
 

それで京平がこちらで教えてよという方向に付いて行くと、20m四方くらいの広場があった。そこで千里と貴司はパスしたりドリブルしたりのパフォーマンスをしてみせる。
 
「そのドリブルって面白い」
と京平が言うので、貴司は教えてやる。
 
3人のバスケット遊びはおそらく1時間ほど続いた。
 
「このボールあげるから自分で少し練習してごらんよ」
「うん」
「シュートも覚えるといいな」
 
「それどうやるの?」
「ゴールがないとできないなあ」
 
「ゴールってどんなの?」
と京平が訊くので、千里が写真を見せる。
 
するとその広場にゴールが出現する。
 
「これって夢?」
と貴司が訊くので
 
「夢だと思ってた方が精神衛生上良いかも」
と千里は答えた。
 
それで千里がゴールに向けてシュートをしてみせる。貴司もレイアップシュートのパフォーマンスをする。
 
「すごーい。格好いい」
と京平は言っている。
 
「まあ練習するといいよ」
「うん。僕頑張る」
 
練習が終わってから、京平が喉がかわいたというので、千里はカルピスウォーターを渡す。
 
「美味しい!」
 
「でも甘いものばかり飲んでると身体によくないからね」
「まあ普通は水を飲んでる方がいい」
「じゃたまに飲むといいんだね」
「そうそう」
 

京平と別れて道を歩いていると、いつの間にかふたりはもう長者社の付近を歩いていた。
 
「今のってキツネにばかされたということは?」
「ここはおキツネ様たちのホームグラウンドだよ」
 
「僕たちが結婚して、京平が生まれるの?」
「それは無理なんじゃない? 私、卵巣も子宮もないから子供産めないよ」
 
「ほんとに産めないんだっけ?」
「私、男の子だもん」
「それが大嘘で実は千里って元々女の子なんじゃと思うこともあるんだけど」
 
「それは妄想という奴だね」
と千里は断言した。
 
前頁次頁目次

1  2  3 
【女子大生たちの男女混乱】(3)