【女子大生たちの秋祭典】(2)

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それで取り敢えず、千里たちは客席に座って他のチームの練習を見ていた。多くのメンバーはあまり熱心に見ずにおしゃべりに興じていたのだが、麻依子と千里だけは、一方のコートで練習しているチームに目が吸い寄せられていた。
 
「ねえ、麻依子」
と千里は隣に座る麻依子に声を掛ける。
 
「何?」
「帰ろうか」
「私も今そう思った所」
 
それで千里と麻依子が席を立つので
「待ったぁ」
と言って浩子がふたりのジャージのズボンに手を掛けて停める。
 
「なんで?」
「だって、あれ見てみなよ。勝てる訳無い」
「同感。私たちとは格が違う」
 
「あれ、どこのチーム? 私も凄いと思った」
と千里たちと同様に今年入った菜香子が言う。
 
「千女会。教員連盟の所属」
「学校の先生たちのチーム?」
「そうそう。有力大学のOGが大量に入っている」
「千葉の女先生たちの中でいちばん強い人たちを集めたチームだよ」
 
「大会によってはAチーム、Bチームと編成して参加していることもあるよね」
 
「あそことやったら、うちは100対0だよ」
「そこまではいかないと思う。昨年の千葉クラブ選手権覇者・サザン・ウェイブスが秋季選手権では60対20くらいだったから」
 
「それは多分かなり手加減してる」
「うん。マジにやったら、サザン・ウェイブスは120-130点取られてる」
 
「でも組合せではあそこと当たるのは決勝戦だからさ。それまで楽しもうよ」
「優勝しないとオールジャパンに行けないんでしょ?」
「来年に向けての手応えを探るということで」
 

ところで千里はこの日生理が始まっていた。本当は明後日くらいに生理が来るはずだったのを、上位の試合にぶつからないように、《いんちゃん》が10月16日に強制排卵を起こしてくれたのである。
 
生理と試合がぶつかったのは、過去には、高2のウィンターカップ地区予選、高3春のインターハイ地区予選の2度があった。
 
特に高2のウィンターカップ地区予選は生理の2日目に2回戦がぶつかったのだが(1回戦はシードで不戦勝)、相手がそんなに強い所ではなかったので、千里は短時間しか出場しなかった。しかし試合後にトイレに行ってみると、羽根付きナプキンの羽が取れてずれてしまいショーツが真っ赤になっていた。「きゃ−!」と心の中で悲鳴をあげ、激しい試合でなくて良かったと思ったものであった。
 
それでその後は、生理とぶつかった時は羽根付き・多い日・夜用を使って、生理用ショーツを二重に!穿いてしっかり押さえて何とか乗り切っていたのだが、今回、《いんちゃん》はタンポンを使いなよとアドバイスしてくれた。
 
それで、今朝は、朝起きて生理が来ているのを認識してから、生まれて初めてタンポンを挿入してみた。
 
ほんとにおそるおそるだったし、1度目は実はちゃんと押し切らないまま抜いてしまったのでうまく挿入できなかった。2度目再チャレンジして思いっきり透明な筒を押したら、やっと入れることができたものの、ちゃんと取れるかな?と少し不安になった。
 
それで試合前にトイレに行き、入れていたタンポンの紐を引いて抜く。かなりの血を吸って大きくなっていたが、何とかスムーズに抜くことができた。そして交換に新しいタンポンを入れたが、2回目なので朝やった時よりは簡単に挿入することができてホッとした。
 
トイレから戻った後で、控室で念のため荷物の中からバッグに入れている生理用品入れに予備のタンポンを2本とナプキンも移していたら麻依子から声を掛けられる。
 
「千里ってタンポン使うんだ?」
「うん。ふだんはナプキンだけど、試合中はタンポンがいいかなと思って」
「降り物が多い日もあるの?」
「今朝生理が来たんだよ」
「ん?」
 
「高校時代、一度生理とまともにぶつかった時にナプキン付けただけで試合に出ていたら、試合後ナプキンがずれてショーツが真っ赤になってて、悲鳴あげたい気分だった」
 
「・・・・・」
「どうかした?」
「千里、生理あるんだっけ?」
「そりゃ、女の子だもん」
 
麻依子は腕を組んで悩んでいた。
 

さて、今年の秋季選手権の参加チームは16チームで、初日には1回戦の8試合が行われた。1回戦は過去にも当たったことのあるクラブチーム、ブレッドマーガリンであったので、千里・麻依子はあまり出ずに他の6人を中心にしてプレイしてダブルスコアで勝った。バスケの経験があまり無いなどと言っていた玉緒もかなり楽しんでいたようであった。
 
2日目は2回戦の4試合が行われる。ローキューツの相手はD大学である。今回の選手権の参加チームはクラブ8、教員1、大学6、高校1だが、2回戦に進めたクラブチームは千里たちのローキューツとサザン・ウェイブス、フドウ・レディースの3つだけで、他は教員1、大学4となっている。
 
大学生というので心して掛かる。
 
しかし相手チームのメンバーは少なくとも千里や麻依子の敵ではなかった。最初は千里・麻依子・浩子の中核3人が出たものの、前半だけで42対20とダブルスコアになったので、後はこの3人は下がって残りのメンバーで戦う。やや点差を詰められたものの、最終的に74対62で勝利した。
 

1日置いて11月3日の文化の日は準決勝・決勝が行われる。
 
午前中は準決勝であるが、相手はK大学である。試合前にコートを半分ずつ使って事前練習をしていたら、茜がボーっとして向こうを見ている。
 
「どうしたの?」
「なんか無茶苦茶強くない?」
「強いだろうね。関女(関東大学女子バスケットボール連盟)の1部チームだもん」
と浩子が言う。
 
「関女って何校あるんだっけ?」
「1部が8校、2部が16校、3部が24校、4部が50校くらい。全部で100校くらいかな」
「じゃ100校の中の頂点の一角」
「かなわないんじゃない!?」
と夢香も言う。
 
「まあ、うちはあのチームの敵じゃ無いよね」
と浩子。
 
「あはは」
「今日の午後は久々にオフィシャルかなぁ」
 
この手の大会では、だいたい負けたチームが次の試合の審判・オフィシャルズをするものが多い。しかしローキューツはこの所、決勝以外では負けていなかったので、しばらくオフィシャルをしていないのである。
 
千里は相手チームの中に、高校時代のバスケ部の同輩である川南が居るのを見る。目が合ったので、手を振って近寄っていく。
 
「やっほー。奇遇だね」
「千里、クラブチームに入ってたんだ!」
「大学ではバスケしないつもりだったんだけどねー。なんか凄い推薦状書いてくれた人がいて」
 
「そりゃ高校生スリーボイント女王には凄い推薦状書くでしょ。大学のバスケ部ではなかったのね」
「うん」
「千里、T女子大学だったっけ?」
「まさか。私まだ戸籍が男だから女子大は入れてくれないよ」
「あれ?戸籍直してなかったんだっけ?」
「20歳になるまで直せないんだよ」
「不便だね。じゃ、□□大学に入ったんだっけ?」
「ううん。C大学だよ」
 
「うそ。□□と国立のどこだかと通ったと聞いたから、てっきり□□かと」
「お金無いから私立は無理」
「そういう冗談はよし子さん(死語)。高額納税者が何を言ってる?」
「それ内緒で。ところで川南はスターティング5?」
「まさか。そもそもベンチ枠に入っていなかったのが、突然1人病気でダウンしたんで今回はたまたま用事の無かった私を入れてもらった。普段はCチームのベンチ枠ぎりぎりなんだけど」
 
「なるほどー。そのくらい強いチームか」
と千里が言うと
「今の言い方、少しむかついた」
と川南はほんとに少し怒ったように言った。
 

ふたりが少し話していたら、向こうのキャプテン三橋さんに、こちらの麻依子も近寄ってくる。
 
「わ、溝口さんまで居る!」
と川南が驚く。
「佐々木ちゃん、お久」
と麻依子。
 
「こんにちは。知り合い?」
と三橋さんはこちらに挨拶してから後半は川南に尋ねている。
 
「高校時代の同輩の村山さんと、ライバルチームの溝口さんです。村山さんは高校の時、うちのチームが全国に行った原動力で、スリーポイントがうまいんです」
 
「へー。さすがD大学を破って勝ち上がってきた訳だ」
と三橋さんは頷くように言った。
 

「ところで、うちの監督、まだ来ないの?」
といったんフロアの外に出て休憩していたところで千里は浩子に訊く。
 
「そうなんだよね。遅いなあ。そろそろ選手名簿提出しないといけないのに」
と浩子。
 
「あと何分だっけ?」
「8:30までに出さないといけないんだよね。あと10分」
 
「浩子、名簿の用紙は持ってる?」
と麻依子が訊く。
 
「うん」
「念のため、書いておきなよ」
「スターティング5は、私/千里/夏美/夢香/麻依子でいいよね?」
「うん、うん」
 
そこで浩子が名簿を書き、ほんとに監督が来なければ先に提出しようと言っていた時、やっと監督が到着した。
 
「遅れてすまん。名簿出した?」
「まだです」
「よし、出してくる」
と監督が言ったが、監督が連れている2人を見て、千里が驚く。
 
「森下さんに小杉さん!」
 
「ふたりの登録シールを今朝受け取ったんだよ」
「今朝??」
「取り敢えず提出してくる」
と言って、監督は駆け足で本部へ行き、今日の選手名簿を提出してきた。
 
「いや、面目無い」
と監督は言っている。
 
「昨日届いていたみたいなんだけど、不在だったもんで大家さんが代わりに受け取ってくれていたんだよ。それで昨夜は僕は仕事で遅くなったもんで、今朝、大家さんがうちに持って来てくれてね」
 
「監督、お仕事お忙しいんですね」
「うん。この所ずっと残業続きで。試合日程の時は何とか開けてもらってるけど。昨日は飛び石連休の中日で仕事が溜まっていて。まあそれで受け取ってから慌てて2人に連絡して、時間取れるということだったから車でピックアップして連れてきた」
 
「お疲れ様でした!」
 
「まあ、そういう訳で今日はこの2人がやっと出られるんだよ」
 
「新人の小杉来夢(らいむ)です。よろしくお願いします。E女学院・M女子大学出身。ポジションはスモールフォワードです」
「同じく新人の森下誠美(まさみ)です。よろしくお願いします。東京T高校出身。ポジションは・・・」
 
「いや、言わなくても分かる」
「センターだよね?」
 
「高校のバスケ部に初めて顔出した時も、いきなりそう言われました」
と誠美は困ったような顔で言っている。
 
「身長いくらある?」
「184cmかな」
「すごーい」
「リバウンドよろしくね」
「私、それしか能が無いです」
 
「インターハイのリバウンド女王を2年連続で取っているから」
と千里が言うと
 
「凄い!!」
とみんなが感嘆の声をあげた。
 
「でもこれで今日の試合、勝てる可能性出て来た」
と浩子が言った。
 
「初日に帰らなくて良かったね」
と千里と麻依子も笑顔で言った。
 

K大学との試合時間となる。整列した時、向こうのキャプテン三橋さんから確認(?)が入る。
 
「済みません。大変失礼ですが、そちらの20番の選手、ほんとに女性ですか?」
 
誠美は背が高いし短髪なので、ふつうに充分男に見える。
 
審判が確認する。
「登録証をお持ちですか?」
「はい」
というので、誠美がバスケ協会の登録証を提示する。
 
「間違い無く女性ですね」
と審判。
 
「この子、インターハイに女子選手として出ていますから、女性であることは確かです」
と千里が言う。
「なるほど、インターハイくらい出るでしょうね!」
と三橋さんは言った。
 

ティップオフは誠美が取り、浩子がドリブルで攻め上がる。気合いを入れて攻めて行く。左手奥に誠美、手前が千里、右手奥に麻依子、手前に来夢という配置になる。
 
しかし相手は関女の1部チームである。ただ本来のフルメンバーではないように思われた。だいたい試合の最初から川南が出ている!
 
川南は元チームメイトなら癖が分かるだろうしということで千里のマーカーを命じられたようであった。
 
でも私が川南に負ける訳ないじゃん!
 
それで浩子からパスが来ると、川南を全く問題にせず、抜きもせずそのままシュートする。3点こちらが先取してゲームは始まった。
 
向こうもポイントガードの木下さんがボールを運んで来て、シューティングガードの中西さんがボールを持って中に飛び込んで行き、こちらのディフェンスの注意を引きつけた所で三橋さんがローポストに侵入。パスを受けてシュート。入って2点。
 
こちらの攻撃。
 
見るからに、誠美と来夢が凄そうなオーラを持っているので、その2人には強そうな人が付いている。誠美に向こうのセンターの吉富さん、来夢に三橋さんが付き、千里には川南が付いている。麻依子に付いているのは雰囲気的にまだあまり経験がない感じの人。
 
それで浩子が麻依子にパスしてみる。マーカーを一瞬で振り切って中に進入し撃つ。吉富さんが来てブロックするが、リバウンドを誠美が確保してトス。相手がブロックする間もなく再度シュートして2点。
 
お互いに点を取り合う形でゲームは進行するが、シュートを外した時、リバウンドはこちらが高確率で確保できた。麻依子も176cmの身長がありジャンプ力もあるので手強いが、184cmの誠美は圧倒的な存在である。向こうのセンター吉富さんは170cm前後で千里より少し背が高いくらいである。身長差が13-14cmもあると勝負にならない。
 
そもそも普通の女子バスケットチームなら千里の身長でもセンターやってと言われる所なのだが、千里は中学高校ではチームメイトに留実子が居たし、ローキューツでも麻依子が居るので、千里はセンターというポジションを経験したことがない。
 

そういう訳で、序盤は点の取り合いにはなったものの、こちらはほとんど確実に入れるのに対して、向こうは必ずしも入らない。ということで点差がじわじわと開いていく。たまらず第1ピリオドの途中でタイムを取って選手交代。麻依子に付いていた人と川南が下がり、もう少し経験のありそうな人が出てくる。
 
しかし、千里も麻依子もそもそもマッチングに強いタイプである。ふたりともマッチングにほぼ全勝で、こちらの攻撃は全く停められず、相手の攻撃はほとんど停められる、ということで第1ピリオドの終わり頃になって、相手チームはローキューツで実は最も警戒しなければならないのは、千里と麻依子であることにやっと気付いた。
 
それで第2ピリオドは、どうもそれまで温存していた風の、福原さんという8番の背番号を付けている人が出てくる。この人が千里に付き、12番を付けた山口さんという人が麻依子に付いた。
 
しかし状況はそれほど変わらなかった。要するに簡単に抜くことができていたのが、少し手間を掛けて抜かなければならなくなった程度である。麻依子の方はそれでも山口さんに4割程度停められていたが、千里は7−8割勝利する。
 
結果的には第2ピリオドになっても、こちらが優勢な状態は変わらない。点差は更に開いていく。
 

第3ピリオド、マッチングの分が悪いのを見て、向こうはゾーンディフェンスに切り替えた。但し千里のスリーを警戒して、福原さんが千里に付き、残り4人でゾーンを敷く。
 
それでも浩子・麻依子・千里のコンビネーション・プレイに相手は結構翻弄される。それでマークが曖昧になったり、ゾーンにほころびができた所で着実に点をゲットしていく。この第3ピリオドの後半では、ずっと出ていて少し疲れて来たふうの来夢を休ませて夏美を入れたものの、夏美は短時間に集中して頑張り、マッチングではかなり負けるものの、負けても根性で相手を追いかけまた貼り付くということをして、何とかほころびにならずに持ちこたえてくれた。
 
結果的には第3ピリオドもこちらがわずかに優勢なまま推移する。
 
第4ピリオドは来夢が復帰するが、浩子の消耗が激しいので休ませて夢香を入れる。この場合、ポイントガードは千里が代行する。ゲームメイクに徹するので、必ずしもスリーを撃たなくなるが、それでも麻依子・来夢がしっかり得点してくれて、誠美は充分なスタミナでリバウンドをとりまくり、第4ピリオドもこちらがリードした状態で終えることができた。
 
結果的には92対74と大差を付けて勝利したものの、激戦感があった。一瞬たりとも気が抜けない相手だという感じだった。
 

整列して挨拶した後、千里は向こうの福原さんと握手した後、川南とも握手して「また、やろうね〜」と言っておいた。
 
そのK大学のメンバーが控室に引き上げた所で、三橋さんが川南に訊く。
「なんか無茶苦茶強いチームだったね」
「そうですね。千里はインターハイでスリーポイント女王取ったから」
「・・・・・」
「そんな話、聞いたっけ?」
「あれ? 私、言いませんでした?」
 
「ね。あの超背の高い子のことは何か知らない?」
「あの人は確かインターハイでリバウンド女王になった人ですよ」
「なに〜〜!?」
 
「もしかしてインターハイのベスト5だったりして」
と福原さんが苦笑しながら言う。
 
「でも溝口さんはインターハイには行ってないです。あそこ旭川ではトップチームで、そこの部長さんだったんですけど、うちがずっとインターハイに行ってたから、あの人が居た間はあそこのチーム、インターハイに行けなかったんですよ」
「インターハイに行けるか行けないかくらいのチームの部長か!」
 
「いや、マッチングではあの人がいちばん手強かった」
「ええ、あの人には千里も随分苦戦していたから」
 
「インターハイのベスト5になる子が苦戦する相手か!」
 
「くっそー。こんな相手に当たると知ってたら木鳥ちゃんや横道ちゃんたちにも来てもらわないといけなかったな」
と三橋さんは嘆くように言った。
 

一方のローキューツの控室。
 
「ごめん。寝る」
 
と言って麻依子は控室で下着の交換だけして寝てしまう。すぐ熟睡したので、茜が毛布を掛けてあげる。千里もスポーツドリンクを2L一気飲みした後、着替えて自分で毛布をかぶって寝た。
 
浩子・誠美も眠ってしまったらしく、途中で事務連絡があったりしたのは、夏美・夢香と西原監督が話し合って処理してくれたようである。来夢も軽食を取ってから一時間くらい寝たようである。
 
女子の準決勝2試合は隣り合うコートで9:00から10:10くらいまでの時間帯で行われた。その後、男子の準決勝が10:30-12:00に行われ、その後更に3時間の休憩を経て女子の決勝は15:00からであった。
 
浩子は途中で起きたようだが、千里・麻依子・誠美の3人はその直前まで、約4時間ひたすら寝ていた。
 
「あんたたちお昼はどうする?」
と夢香が訊くが
 
「要らない」
「さすがに今食べたら試合中に腹痛を起こす」
 

決勝戦の相手は初日に千里と麻依子が「格が違う」と言った教員チーム千女会である。準決勝でサザン・ウェイブスを100対18のクィンタプル・スコアで破って決勝に上がってきている。
 
こちらの試合と並行して見ていたという茜によれば準決勝では強そうな人がベンチに居たままだったらしいので、主力を温存しての勝利であろう。
 
「初日に逃げ出さなくて良かったね」
「でもかなり手強そう」
「こちらは午前中の試合の疲れがまだ取れてないからなあ」
 
などと言いながらも整列して挨拶する。
 
ティップオフはさすがに誠美が勝って、浩子がボールを確保して攻めて行くのだが、向こうは最初からプレス気味のマークをしている。油断すると即パスをカットされそうな雰囲気だ。
 
麻依子と千里が同時にマーカーの前からダッシュして一瞬フリーになる。麻依子に付いているマーカーの方が、くみしやすそうと見た浩子はそちらにパス。麻依子はパスを受けるとすぐにジャンプシュート。外れるものの、そこに誠美が飛び込んでリバウンドを取り、そのまま空中で高い所からゴールに叩き込む。
 
取り敢えずこちらが先制してゲームは始まった。
 

午前中に対戦したK大学も無茶苦茶強かったが、千女会のチームは強さの質が違うと千里は思った。
 
やはりスピードと瞬発力が物凄い。相手チームはほとんど体育の先生ではと思われたが、身体付きがいいし、身体能力自体が物凄く高い感じだ。
 
大学生チームの場合、正直、インターハイの上位のチームとそんなに差は感じなかったのだが、この決勝戦の相手は、まるで男子とやっているかのような手強さを感じた。体格の良い誠美が相手ディフェンスに吹き飛ばされる場面が最初の方は結構あった。すぐに誠美が戦闘モードになって気合いが入りまくり、簡単には吹き飛ばされなくなったものの、向こうは身長で負けても体力で対抗する感じでリバウンドはフィフティー・フィフティーになっていた。
 
相手のガードもブロックも強烈(巧いのではなく強い)で、千里も簡単にはスリーを撃てないし、撃ってもブロックされる。どうやら、準決勝の試合を試合に出ていないメンバーに撮影させて研究していた感じもあった。
 
ただ、向こうには卓越した選手は居ない雰囲気である。誰かを特に警戒しなければならないということはないのだが、ひとりひとりが強いので、言わば全員を警戒する必要がある。
 
それで第1ピリオドは、最初はこちらが先制したもののすぐ逆転されて22対16で終えた。
 

「強ぇ〜〜〜!」
と来夢がインターバルに言う。
 
「でもWリーグはもっと強いのでは?」
「いや、Wリーグの感覚を呼び起こされた」
「私もWリーグの試合に出ている気がした」
と誠美も言う。
 
「だけど今日は杉本さんが来てないよね?」
と夏美が言う。
 
「誰それ?」
「凄い体格のフォワードの人」
「柔道やってますと言っても信じられる。でもその体格なのに凄いスピードなんだよね」
「ほほぉ」
 
「ベストメンバーじゃないのかな?」
「あまり研究はしてないから分からないけど」
「学校の先生って、土日も休めないことあるから、出て来られなかったのかも」
「部活の顧問とかしてると、土日こそ試合があるもんね」
「いや、この人たちはみんな何かの部の顧問してると思う」
 
「まあベストでなければ、急造チームのうちでも何とかなるかもね」
 
「スピードとパワーが凄いから、男子チームとやってるつもりになった方がいいかも。このメンツはみんな男子チームとの練習試合なんて過去にたくさんやってるでしょ?」
 
メインの5人だけではなく、夏美・夢香も頷く。
 
「よし、男とやってるつもりでやろう」
「うん。そのくらいの気持ちでやらないと、この相手には勝てないよ」
 

それで気合いを入れ直して、第2ピリオド出て行く。
 
向こうもこちらをかなりの強豪とみて、選手のラインナップから少し調整してきたようだし、気合いが入りまくっていたが、こちらも気合いを入れていく。すると第1ピリオドほど相手の好きなようにはさせなくなる。
 
リバウンドも、誠美も麻依子も積極的に取りに行き、両者のコンビネーションでボールを確保したりする。千里もスリーにはこだわらずに相手の影響をできるだけ排除できた位置からシュートを撃ち込む。
 
それでこのピリオドは24対24の同点となった。前半合計で46対40である。
 

「でもさすがにみんな消耗してるね。大丈夫?」
と夢香がハーフタイムに訊く。
 
「私と千里はスタミナあるから平気。誠美ちゃんは?」
と麻依子。
「僕も大丈夫」
と誠美。
 
「あれ?誠美ちゃんってボク少女?」
「さっきまでは少し遠慮してたけど、ふだんのペースで行くことにする」
「誠美ちゃんの体格でボク少女は似合いすぎるけど」
「性別を疑われるから、あまり地は出したくなかったんだけどね」
 
「大丈夫だよ。私なんかも中学の頃、男子の同級生から、お前ちんちん付いてるだろ?と言われてたから」
と浩子。
「女子中に男が居ると言われてたよ」
と麻依子。
「私なんかほんとにちんちん付いてたから」
と千里。
 
「何か安心した。もう僕少女で行こう」
と誠美。
 
「よし、第3ピリオドは玉緒出て」
と浩子が言うと
 
「えーー!?」
と本人は驚いていた。
 

それで第3ピリオドは玉緒がポイントガードのポジションに入って出ていく。彼女はドリブルもちょっと心許ない。パスの精度も悪いので、こちらからボールの飛んでくる場所に移動して受け取る必要がある。
 
ところが、これがけっこう良い効果をもたらす。
 
パスがどこに飛んでくるか分からないということは、相手チームの選手にとってもパス筋の予想がつかず、パスカットしにくい。何しろ腕を振った向きとボールの飛んで行く方向が違う! 中学高校での千里のチームメイト雪子はそれを意識して「技」としてやっていたのだが、玉緒の場合は天然である。
 
また玉緒の動きはバスケットの理論に反することが多く、彼女の動き自体が予測できない。ところが彼女は元陸上選手で足は速いので、意外性のある動きに向こうは全く付いていけない。
 
そしていちばん重要なのは、彼女はバスケの素人なので、千女会の強さが全然分かっておらず、雰囲気にも飲まれず、のびのびとプレイしている。
 
それでこのピリオドは、予測不能な玉緒のゲームメイクで相手は混乱し、おかげで千里はたくさんフリーになることができて、スリーを3本放り込むことができた。
 
結局このピリオドは18対23とこちらがリードを奪い、ここまでの合計は64対63と1点差まで詰め寄ることができた。
 

「バスケットって楽しいですね!」
と玉緒はインターバルでほんとにニコニコ顔で言う。
 
「ここまで強くない相手なら、かえって玉緒ちゃん封じられていたかも」
「言える言える。強い人とばかり対戦してきた選手たちだから調子がくるう」
「センターライン近くからいきなりシュート撃つなんて、普通考えない」
「だけどあれバックボードには当たったからね」
「びっくりした」
 
「意外性の玉ちゃんだな」
「私も休めて助かった」
と浩子。
 
「まあこういう手が使えるのは1度だけだけどね」
 
「よし。第4ピリオド頑張ろう」
 

第4ピリオドは激戦である。リードも点数が入る度にコロコロ変わるシーソーゲームとなる。千里・麻依子・誠美は体力が持っているし、浩子は前のピリオド休んで元気を取り戻しているものの、来夢はもう体力の限界を越えている。それでも精神力で何とかもたせて頑張っていた。
 
彼女を少しでも休ませるために4分経ったところで1度タイムを取る。マッサージの上手い夏美が来夢のふくらはぎや腰などを指圧する。
 
「ありがとう。少し楽になった」
「交替しなくていい?」
「もう根性で頑張る」
 
「こんなに長時間プレイするのは高3のウィンターカップ以来」
と誠美が言う。
 
「Wリーグでは40分間フル稼働なんて、あり得なかったもんね」
 

しかし体力の問題では、むしろ千女会の方が辛かったようである。こちらが予想外に強豪であったため、あまり交代要員を使えない。するとどうしても主力が体力的に消耗する。
 
すると、来夢以外は18-19歳というローキューツに対して平均年齢推定26-27歳の相手チームのコート上のメンバーは分が悪くなってくる。
 
一瞬向こうの選手の集中が途切れるような場面が出て来て、その隙に千里や麻依子が相手を突破してゴールを奪う。リバウンドでも誠美の勝率が高くなる。
 
それでとうとう向こうも7分経った所でタイムを取り、メンバーを少し休ませるとともに、2人入れ替えてきた。
 
しかし交替で入った2人はそれまで出ていた人よりどうしても技術的に落ちる感じがあった。心理的なフェイント合戦での勝率が高くなる。完全に相手の逆を付いて突破できるし、うまくシュートのタイミングを騙して向こうがブロックにジャンプした後でシュートしたりする。
 
結果的に第4ピリオドはじわりじわりとこちらが優勢に傾いて行った。
 

残り1分となった所で70対72でこちら2点のリード。
 
向こうが攻め上がってくるが、センターライン近くまで来た時に、千里がさっと死角から忍び寄って、相手ポイントガードからボールをスティールしてしまう。
 
「嘘!?」
と相手は驚いている。
 
この技はこの日これまで全く使っていなかったのだが、相手の集中力が切れかかっていると見て仕掛けたら、うまく行った。
 
そのまま高速ドリブルで走って行き、スリーポイントラインの手前からシュート。この時、思わず相手選手が無理に停めようとして千里の腕に手が当たる。むろんボールはゴールに飛び込み、ファウルによるフリースローも入れて一気に4点。70対76と突き放す。
 
相手が再度攻めあがって来る。残り時間は53秒。ここでローキューツはゾーンを作って守る。すると相手は中に進入することができず攻めあぐむ。パスを回すものの、突破口がつかめない。やむを得ずスリーを撃つが外れてリバウンドを誠美が押さえる。
 
そしてまたローキューツが攻めて行く。残り時間33秒。
 
敢えてゆっくり攻める。向こうは最後の気力を振り絞ってパスカット狙いに飛び出してくるもののこちらは冷静である。そして20秒近く掛けてから千里にボールが来た所で相手ディフェンダーをかいくぐってスリーポイントラインの内側から確実性を狙ったシュート。
 
きれいに入って70対78。残り13秒。
 

勝負あったかに思えた千里の得点だったが、向こうはまだ諦めない。ロングスローインからの速攻でキャプテンの人が、こちらの守備体制が整っていない間にゴール近くまで走り込んでシュート。
 
入って72対78。残り9秒。
 
こちらがスローインするが相手は何とかボールを奪おうと果敢に仕掛ける。しかし、こちらは麻依子がガードの強いドリブルでしっかりとボールをキープして相手に奪わせない。しかし8秒以内に相手コートにボールを運ぶ必要がある。そこで来夢がうまくスクリーンになる場所に立ち、おかげで麻依子は7秒経ったところで何とかセンターラインを越えることができた。
 
そしてそのまま試合終了の笛が鳴る。
 

相手選手たちが天を仰いでいた。
 
整列する。
「78対72でローキューツの勝ち」
「ありがとうございました」
 
メンバーは皆、向こうの主力から握手を求められ
「今度練習試合とかもやりましょう」
 
などと言って別れた。
 
こうしてローキューツは、この日から参加した誠美と来夢のおかげで何とか秋季選手権(関東総合選手権の県予選)を制したのであった。
 
「関東総合は11月28-29日だからよろしく」
「場所はどこ?」
「私たちがいつも練習しているスポーツセンター」
「何とまあ」
「慣れてる場所だな」
「慣れすぎてて問題かも」
 
ここで手帳を見ていた夏美が
「どうしよう。私、まさか行けると思ってなかったからバイト入れちゃってた」
と言い出す。
 
「頑張って変更してもらおう」
「あるいは誰か交代要員を連れて行くか」
 
「夏美ちゃん、何のバイト?」
と玉緒が訊く。
 
「マクドナルドなんだけど」
「私の友だちで以前マックでバイトしてた子いるんだけど、話してみようか?あの子、今はバイト何もしてなかったはず」
「助かる。経験者の交代要員がいれば何とかなるかも」
 
「しかし交替要員か。。。今日は何とか勝てたけどそれ課題だよね」
「うん。今歩くのも辛い」
と言って来夢は座り込んでいる。
 
「やはり夏美と夢香に月末までにレベルアップしてもらって」
「そんなの無理〜!」
 
「意外と玉緒が伸びるかも」
「私、実はルールが分からない。最後の8秒とか言ってたの何だっけ?」
「ああ。ルールは一度、たまに出てくるメンツも入れて勉強会でもしようか」
 

試合前は慌ただしくてお互いに自己紹介もできなかったということで近くのファミレスに入って軽食を食べつつ自己紹介をした。最初スタバでもと言っていたのだが、お腹が空いたという声が多数だった。
 
「キャプテンの石矢浩子です。長崎S学院高校出身で現在千葉市内のJ大学に在学中。高校時代は1度だけインターハイに行ったんですが、1回戦で負けて帰って来ました。ポジションはポイントガードです」
 
「どういう順で自己紹介すんの?」
「じゃ背番号順」
 
「ということは?」
「私か!」
と言って茜が自己紹介する。
 
「背番号7.パワーフォワード登録の長居茜です。千葉市内のQ高校出身で、市内の会社でお茶汲みOLしてます。一応高校時代はバスケ部だったんですけど、いつも地区大会の3回戦くらいで負けてました」
 
「背番号8.スモールフォワードの弓原玉緒です。茜ちゃんと同じ高校で同級生だったんですけど、私はバスケは体育の時間しかやったことないです。私も安月給のOLやってます」
 
「背番号9.スモールフォワードの愛野夏美です。静岡L学園出身で浩子ちゃんと同じJ大学に在学中」
「インターハイの常連校だ!」
「でも私、インターハイには行ったことないんです。県大会のベンチには3年生の時に座ったんですけど、県大会は15人だけどインターハイは12人だから落とされちゃったんですよね」
 
「ああ、それはうちでもある」
と千里は言う。
 
「どちらかというと、客席で応援したり他校の試合を偵察していたことが多かったです。県大会の2〜3回戦までとか、トップチームが忙しい時のカップ戦とかは出てましたけど」
 
「強豪校にはそういう部員もたくさんいるよね」
 
「背番号14.パワーフォワードの麻取夢香です。成田市のZ高校出身で市内のS大学に通っています。偶然練習場所で浩子ちゃんたちと遭遇して、このチームに合流にすることになりました。高校時代は県大会まではいくんですけど全国は遠くて、県BEST4が最高でした」
 
「県BEST4は立派な成績」
「夢香は多分私より鍛えられてるし修羅場くぐってる」
と夏美。
 
「背番号17.パワーフォワードの白城菜香子です。千葉市内のV高校出身で、J大学在学中です。高校時代はバレー部だったんですけど、バスケ部の人数合わせで、結構バスケの大会に出ていたんですよ。最高で地区大会の準決勝まで行きましたが、県大会には出たことないです。この春に大学に入って入学手続きして校内を歩いていたら、浩子ちゃんに、背が高いね、バスケットしてみない? とナンパされて」
 
「ナンパだったのか」
「背が高い子は貴重」
「結構コンプレックスだったんですけどねー。中学の頃はよく男扱いされてたし、女子トイレや女湯の脱衣場で悲鳴あげられたこともあるし」
 
「それは僕はいつも」
と誠美が言う。
 
「私、バイトしないといけないから部活はできないと言ったんですけど、大学の部活じゃないからということだったから。実際、マイペースで活動できるから結構楽しんでます」
と菜香子。
 
「背番号18.一応センターで登録されていますが、誠美ちゃんが来たから私はパワーフォワードでいいかも。溝口麻依子です。サボりが多い不良OL。北海道の旭川L女子高の出身」
 
「そこ、インターハイの常連校ですよね?」
と来夢は言ったが
 
「私が居た時期は、同じ旭川にとっても強い高校があったので、私、一度もインターハイには行けなかったんですよ。そこと地区大会2回戦で当たっちゃって道大会にも行けなかったことあるし」
と麻依子は言う。
 
「へー」
「ということで、そのとっても強い高校に居た、千里ちゃん、どぞー」
 
「背番号19.シューティングガードの村山千里です。旭川N高校出身です。現在C大学に在学しています。私も体育館で練習していたら浩子ちゃんたちに声を掛けられて、このチームに合流することになりました」
 
「まあインターハイのスリーポイント女王ですね」
 
「スリーポイント女王にリバウンド女王が入って、うちって実は凄いチームだったりして」
 
「以前、得点女王もいたんだけど、辞めちゃったんですよ」
と浩子が言う。
 
「監督は元日本代表だし」
「いや、代表に1度だけなったけど、ベンチに座ってただけでコートインしなかったんだよ」
などと西原さんは頭を掻いて言っている。
 
「それでも日本代表になったのは凄いです!」
と千里。
 
「ほんとに凄いチームなんだ!」
と来夢が感心したように言った。
 

ファミレスで結構御飯を食べた後解散するが、千里・麻依子・浩子に西原監督を入れた4人は東京に出て葛飾区にある大学病院を訪ねた。
 
「こんにちは〜、元気ですかぁ?」
などと麻依子が、病室で入院患者に尋ねるとは思えないセリフを言う。
 
しかし本人は
「元気ありあまってしょうがない。もうBOOK OFFの漫画まるごと読み尽くした感じだ」
などと言っている。
 
「でも入院期間、随分長くなりましたね」
「いや、車にはねられた時は『ああ、これで春の大会に出られない』と思ったんだけどね」
 
「春の大会だけじゃなくて、秋季選手権まで出られなかったね」
と浩子が言う。
 
「国香、まだ入院長引きそう?」
「うん。それが今月いっぱいで退院していいと許可が出た」
「良かったね!」
「リハビリに数ヶ月かかるだろうけどね」
「じゃ春くらいからは稼働できる?」
「うん。そのつもりで頑張る。でも仕事探さなきゃ」
 
「今の会社は休職扱いじゃないの?」
「いや、健康保険の関係で籍を置いてもらっているだけだから、実質クビだと思っている。それに、私が配属されていた営業所、夏に閉鎖されちゃったし」
「あらぁ」
「だから書類の上ではあの営業所の職員、今は私ひとりなのよ」
「なんとまあ」
「所長さんだったりして」
「ペーパー所長かも」
 
「いっそ大学生になる?」
「今更受験勉強なんて無理」
「九九ができるなら合格する程度の大学はあるよ」
「ああ。私の知ってる子で、そういう大学受けて落とされた子がいる」
「まじ?」
「あの子、引き算の繰り下がりが分かってなかったから」
「よく高校に入れたね!」
「計算なんて電卓があるんだから出来なくてもいいとか豪語してたけどね」
「まあ特待生にはありがち」
 
ん?と思って麻依子を見たら、麻依子もこちらを見た。
 
「それって、もしかして私や千里が知ってる人ですか?」
と麻依子が尋ねる。
 
「当時、私も含めて旭川の四大馬鹿女と言われたんだよ」
と言って国香は笑っている。
 
「あぁ」
「だいたい分かった」
と千里と麻依子は言った。
 
「うまい人?」
と浩子が訊く。
 
「まあバスケはうまいよね」
「あの人、どうしてるんでしたっけ?」
 
「こちらの大学に出てくるつもりでいたから。気持ちが押さえられなくなって結局東京に出て来たのよ」
「バスケしてないの?」
「なんかブラック企業っぽい所に入ってしまったらしくて、仕事が辛いと言ってる。とても練習までできないみたい」
「あらあら」
 
「一度お茶にでも誘ってみようか」
「連絡先分かる?」
「ああ。連絡してみるよ」
 

「ふーん。作曲とか編曲について指導して欲しいという訳ね」
と雨宮先生は、秋月さん・大宅さん(紅ゆたか・紅さやか)の前で言った。
 
「はい、可能でしたらお願いできないかと」
「作品、何か見せてもらえる?」
 
それで大宅さんが譜面をひとつ差し出す。雨宮先生はしばらくスコアを見ていた。
 
「何でこれが売れないのさ?」
と雨宮先生。
 
「先生、チェリーツインを見たことあります?」
と千里が訊いたら
 
「知らん」
と言う。
 
それで大宅さんが、チェリーツインのライブ映像をパソコンで再生する。
 
「面白い」
とビデオを見て雨宮先生は言う。
 
「後ろのふたりさ。こんなマスク付けて踊ってるんじゃなくて、もっと目立たなくすればいいのよ」
 
「えーーー!?」
 
「例えば電信柱にしちゃうとか、岩にしちゃうとか」
「あぁ・・・・」
 
「中途半端なんだよ。メインは前に立ってる2人だけと割り切る。あんたたちの演出って、ゴジラの中の人を映してるの。文楽なら人形遣いが堂々と裃着て立ってるけどさ。後ろの人は全部黒子(くろこ)の方がいいの」
 
「そうかも知れない」
 
「でもなんでこの2人、顔出してないの?」
「ちょっと身分が明かせない事情がありまして」
「だったら徹底的に隠したほうがいい」
 
「それ行ける気がしてきました」
 
「まあそれじゃ楽曲も修正しようか?」
 
「あのお。もしよろしかったら、次のアルバムで出す曲を全部見て頂けたりしないでしょうか?」
 
「ああ。アルバムにするのね。タイトルは?」
「『秋祭典』で」
「もう秋も終わっちゃうじゃん」
「済みません。計画がずれこんでしまって」
 
「何曲のアルバム?」
「8曲のつもりなんですけど」
 
「少ない。10曲にしなさい」
「ではします」
 
「それ10曲まとめてプロデュース料込みで料金は8曲分の800万円でやってあげるからさ」
「はい」
「私の名前を出さないことが条件」
 
「それは構いませんが・・・・・」
 
「私の名前出したら、結局雨宮プロデュースということで売れるかも知れん。それより、あんたたち自身も売り込んだ方が、この後の戦略でいいからさ」
 
「それは願ったりですが」
「じゃ来週までにその10曲の譜面、MIDI付きでちょうだい」
「はい。今すぐ用意している8曲はお渡しします。残り2曲は来週までに・・・」
「醍醐に送って」
「分かりました」
 
やれやれ。これは多分・・・・。
 

「まあそういう訳でさ、千里」
と雨宮先生は秋月さんたちと別れてから近くのファミレスに入って千里に言った。
 
「これとこれとこれ。この3曲と、あの人たちが来週送ってくる2曲を、あんたの感覚で組み立て直して、私に送って。曲の構成自体を変えていい。場合によっては一部のモチーフを捨ててもいい」
 
「分かりました。それで先生の感覚で再度組み立てられるんですね?」
「この2人は、少々やっかいなセミプロなんだよ」
 
「私は素人ですけど」
「だからいいのさ」
と言って、雨宮先生は大きく両手を斜めに広げて伸びをした。
 
「素人は購買層と等身大で歌を見ることができる。プロはちゃんと購買層のことを考えて歌を作る」
 
「セミプロは?」
「レコード会社とか、プロダクションしか見てないのさ」
と言って雨宮先生はコーヒーのお代わりをしに席を立った。
 

千里はスコアを読んでみる。雨宮先生の言ったことを考えてみる。「どこを見て作っているのか」という話は千里には良く分からないが、そのスコアに千里は確かに違和感を感じた。何と言えばいいのか・・・ステーキと刺身を並べて盛ったようなというか!?
 
「先生、残りの5曲は誰か他の人に組み立て直させるんですか?」
「私の言う意味でのプロの子に見させる」
「へー」
 
「あんたより若い子だよ」
と雨宮先生が言うと、千里の顔が引き締まった。
 
「凄い子ですか?」
「うん。作曲家として5年くらいのキャリアを持っている」
「5年のキャリアがあるのに私より若いんですか!?」
「もっともプロ作曲家としてはまだ1年だな」
「それなら少しは納得できます」
 
「4年間の下積みがあってプロとして開花したって感じだな」
「頑張っている子がいるんですね」
「千里も頑張れば一流のプロになれるよ」
 
千里は微笑んで答えた。
「私は永遠の素人ということで」
 
雨宮先生も微笑んで答える。
「あんたにはそれが似合ってるかも知れないね」
 

「まあそういうわけでさ、ケイ」
と雨宮は冬子を居酒屋に呼び出して言った。雨宮先生は、まあビールでもと言ったが、拒否して冬子はコーラを飲んでいる。
 
「この5曲がなってないからさ、あんたの感覚でいったんモチーフにばらした上で、まともな楽曲として組み立て直してよ。あんた組み立てるのは得意でしょ?」
 
冬子はスコアを読みながら答える。
「これは、チェリーツインの曲ですか?」
 
「よく分かるね」
「伴奏の作り方が凄くそれっぽいです。彼女たちの曲でよく使用されているフレーズが・・・ここと、ここと、・・・・ここにあります」
 
「この曲をそのまま出したらどのくらい売れると思う?」
「そうですね・・・・3万枚かな」
 
「あんた甘いよ」
「そうですか?」
「私は1万と見たね。実際、チェリーツインの曲はこれまで毎回その程度しか売れてない。福祉団体とかが買ってる分を除けばね」
 
「いつまでに作業すればいいですか?」
「来週の月曜まで」
「私、受験生なんですけど」
「どこ受けるんだっけ? 東大?」
「△△△ですが」
「医学部?」
「いえ。文学部です」
 
「なんでそんな所に行く」
「マリと同じ所に行きたいんです」
「マリちゃんの頭じゃ、それが限界か」
「まだB判定です」
 
「△△△なら、あんたの成績ならそもそも受験勉強の必要もないでしょ。来週までにやってよ」
 
「済みません。実は同じ事あちらからも言われて、来週の月曜までに5曲組み立てないといけなくて」
 
「ああ、あの人か」
「すみません」
 
「じゃ来週の土曜日まででいいよ」
「うーん・・・・・」
 
「じゃよろしく」
「これ5曲のミニアルバムですか?」
「10曲のフルアルバム」
「残りの5曲は?」
「あんたと同い年の作曲家に頼んだ」
 
ケイの顔が引き締まった。
 
「どういう人ですか?」
「ふふ。嫉妬してる?」
「先生、その子にも私のことほのめかして、嫉妬心を煽ったでしょ?」
 
「なんで私の弟子はそういう方面に勘の良い子ばかりなのかねぇ」
「私、雨宮先生の弟子ではないですけど」
 
「向こうもあんたと同様に高校生の内に性転換手術受けたのよ」
「私、まだ性転換してないですけど」
「そういう嘘つくところもあの子と同じだなあ」
 

「私、緋那さんとのことが決着つくまで、指輪は受け取れないと言ったつもりだけど」
と千里は貴司を前にして言った。
 
千里の前には青い指輪ケースが置かれている。
 
最近緋那は毎日朝御飯を作って朝6時頃、貴司のマンションのドアの所に掛けていくらしい(一応貴司は緋那を部屋には入れないようにしていると言っているが、マンションのドアの所まで来れるということはマンションのエントランスを通過できるということであり、貴司が合い鍵を渡しているということに他ならない。貴司は全く隠し事が下手である)。
 
「エンゲージリングは受け取れないと言うからさ。これはファッションリング」
と貴司は言う。
「ふーん」
 
「指のサイズは大丈夫だと思ったんだけど、念のため填めてみてくれない?」
 
「まあ、ファッションリングなら」
と言って千里はケースを開ける。
 
美しいアクアマリンの石を載せた銀色のリングだ。千里はそのリングに触ってみる。
 
「これプラチナだ」
「うん」
「石も大きいし、高かったでしょ?」
「今月の給料飛んだかな」
 
「じゃ貴司が結婚するまで預かっておくよ」
と千里は言った。
 
「千里と結婚したい」
「私、男だから無理だよ」
「20歳になったらすぐ戸籍の性別は女に直すよね。直したらすぐ籍を入れない?千葉と大阪で遠距離夫婦でもいいじゃん」
 
「そうだね。それまで貴司が1度も浮気しなかったら考えてもいい」
と千里が言うと貴司の顔が緊張する。
 
その時、貴司の携帯が鳴ったが、貴司は何だか焦っている。
 
着メロはAKB48の言い訳Maybeだ。
 
「取らなくていいの?」
「いや、その・・・・」
 
「**ちゃんとはどこまで行ったの? A?B?C?D?」
「セックスはしてないよ。って、何で名前知ってんの?」
「貴司、言い訳が下手すぎる。取り敢えず今の話はキャンセルになったみたいね」
 
その子の存在は千里が最初気付き、緋那が少し調べてくれた。共同で排除しようという協定が緋那と成立している。
 
「ごめーん。もう浮気しないから」
「全く信用できないな。でもこの指輪は預かるよ」
と言って、千里はその指輪を左手の薬指に填めた。
 
心が躍る気分だ。
 
「ね、明日の朝まで一緒に居られるよね?」
「いいよ。緋那さんの朝御飯、私が食べちゃおう。貴司にはホカ弁でも買ってこようかな」
「千里の朝御飯が食べたい」
「ふーん。たまには私の朝御飯も食べたい訳か」
 
「そういじめないでよ。セックスもできるよね?」
「じゃ0.5回」
「0.5?」
「立たせる所まで手や口でしてあげるから、そのあとはセルフサービスで」
「それやだ。入れさせてよ」
「だって私、男の子なんだから、入れるような所無いし」
「またそういう嘘をつく!」
 
 
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【女子大生たちの秋祭典】(2)