【女子大生たちの秋祭典】(上)

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2009年10月11日(日)。
 
都内某市の体育館を、昨日千葉県クラブ選手権を制したばかりのローキューツのメンバーである、千里・浩子・麻依子の3人と西原監督が訪れた。行くと既に花園さんが来ていた。
 
「久しぶり〜」
と言って千里は花園さんとハグし、同行していた森下誠美(元東京T高校)とも握手する。もうひとり居る女性は紹介してもらった所、小杉さんという人で、大阪E女学院から兵庫のM女子大を経て、花園さんと同じチームに入ったということであった。E女学院はインターハイの上位常連校だし、M女子大は関西女子学生リーグの1部チームだ。
 
千里は7月に大阪に行った時、偶然花園さんと遭遇し、少し「お手合わせ」したのだが、その時、9月くらいにまたやりましょうと言っていたものの、お互いのスケジュールがうまく合わず、結局この日まで延期になっていたのである。 
少しウォーミングアップしてから、軽く3on3やりましょうと言って、30分一緒に体育館の周囲を走ったり、体操をしたりして、身体をほぐした。その後、西原さんが審判を務めて、花園・森下・小杉−浩子・千里・麻依子 で対決した。10分ほどやって、結果は21対27で、ローキューツ側の勝ちであった。花園さんはこの10分間にスリーを1本しか撃つことができなかった。千里は4本入れたので、その差が得点差になった感じもあった。
 

「あんたたち強〜い」
と小杉さんが言う。
 
「こないだ関東クラブ選抜で優勝したんでしょ?」
と花園さんが言う。
 
「さすが、さすが」
「昨日は千葉のクラブ選手権で優勝しました」
と千里。
 
「これだけ強いメンバーが居れば当然でしょ」
と森下さん。
 
「いや、亜津子がこんなに封じられるの初めて見た」
と小杉さんは言う。
 
「インターハイでも、あっちゃん、千里ちゃんにほぼ封じられていたもんね」
と森下さん。
 
「そう。それであの年はスリーポイント女王を取れなかったのよ。3年連続を狙っていたのに」
 
その後、千里と花園さんのスリーポイント対決をした。麻依子がボール拾いを買って出てくれて、2人で1投ずつ交替で撃つ。撃つ場所は小杉さんが指示して少しずつスリーポイントラインの線に沿って動きながらやった。
 
結果30本ずつ撃って、ふたりとも全部入れる。
 
「勝負付かないじゃん」
と小杉さんが言ったが、千里は
 
「今回も私の負けです」
と言う。
 
「ストレートで入った数の勝負でしょ?」
は麻依子が言う。
 
「うん、そういうこと」
と千里は微笑んで言う。
 
「花園さんのは30投の内27投が直接入った。バッグボードに当たったのが2投で、リングに当たってから入ったのが1投。それに対して、千里は直接入ったのは24投で、バックボードに当たって入ったのが4投、リングに当たってから入ったのが2投」
と麻依子は言う。
 
「よく数えてるね!」
「いや、多分そういう勝負になるだろうと思ったから」
 
「じゃスリー対決はまた私の勝ちということにさせてもらおう」
と花園さん。
 
「でもマッチアップ、全然勝てなかった!」
 

それで1on1を3組やってみることにする。
 
最初に森下さんと麻依子でやると、5回ずつ攻守交替してやった所、森下さんの4勝、麻依子の6勝であった。
 
次に小杉さんと浩子でやると、小杉さんの8勝、浩子の2勝。
 
最後に花園さんと千里でやると、千里の10勝であった。
 
「村山さんは、あっちゃんの天敵みたい」
と小杉さんが言う。
 
「どうしても勝てないんだよ!」
「花園さんがかなり停めちゃう、中折さん(秋田N高校→茨城県TS大学)は千里を半分近く停めるんだけどね」
と麻依子は言う。
 
「うん、こないだカップ戦でTS大学のチームと当たったのよね」
と千里。
 
「ということは、花園さん・中折さん・千里で3すくみ?」
と浩子が言うと
 
「それは新しい見解かも知れない」
と言って花園さんも森下さんも頷いていた。
 

「それで実は今日は、ご相談があって来たんですよ」
と花園さんが言う。
 
「なんでしょ?」
「そちらチームは今何人でしたっけ?」
 
「登録しているメンバーは16人なんですけど、半分近くが幽霊部員で」
と浩子は頭を掻きながら言う。
 
「実際に試合に顔を出すのは、今最大で9人かな」
と浩子は言ったが
 
「春の大会は6人、7月の大会が8人、8月のシェルカップは7人、関東選抜も7人、昨日の千葉クラブ選手権も7人」
と麻依子。
 
「むむ。今年は最大人数揃ったことなかったか」
「7人の中身が毎回違う気もするけどね」
 
「もうひとり現在入院中の子が、退院したら+1なんですけどね」
 
「入院中って病気ですか?」
「いや、この春に自動車事故にあって」
「あらぁ」
「全治半年」
「ひゃー。それは大変でしたね」
 

「でもそれだったら、まだ人数に余裕がありますね?」
と花園さんが言う。
 
「何か?」
「ちょっとこの森下と小杉をそちらで引き受けてもらえないかと思って」
と花園さん。
 
「は?」
 
「済みません。唐突に申し訳ないのですが、お願いできないでしょうか」
と小杉さんが言った。
 

花園さんたちが所属するエレクトロ・ウィッカが9月に外国人選手を2名入れたあおりで、森下さんと小杉さんの2人がメンバー枠から弾き出されてしまい、9月末で解雇されてしまったらしい。
 
「なんと・・・」
「当日唐突に通告されて呆然としました」
「プロは厳しいですね」
 
「私はこの高身長で取ってもらった面があったから、私より更に高い外人選手が入ったので、私は無用になったんだと思う」
と森下さん。
 
「私は1月に試合中に怪我して6月までまともにプレイできてなかったんですよね。それで今季の成績が悪いので切られたんだと思う。7月に復帰してからは頑張っているつもりだったんだけど」
と小杉さん。
 
「今Wリーグの他のチームには枠の空きが無いんですよね。愛知県や関西の実業団いくつかに打診してみたんですが、色よい返事がもらえなくて」
 
「それに実業団同士の移籍って、移籍した年は出場できないんですよ」
「あぁ・・・」
 
「それでいっそクラブチームに移籍できないだろうかと思って、その時、こちらのチームの話を聞いたので、村山さんの居るチームだったら一緒にできないかなと思って」
と森下さん。
 
「済みません。それでもし可能だったら、私もついでに入れてください」
と小杉さん。
 
「うちクラブチームだから、給料とかも出ないけど」
と西原監督。
 
「むしろ部費を毎月千円徴収している」
「大会の交通費とかは自己負担」
「他にスポーツ保険とかユニフォーム代がかかる」
 
「ええ、構いません。今までの所でも給料は月8万だったし。バイトしながら頑張るつもりなので」
「なんかどこも悲惨だなあ」
「札幌P高校出身の佐藤さんは月5万らしいんです」
「ああ、女子選手ってそんなもの」
 
「それって3月まで?」
と麻依子が尋ねる。
 
「私の方は、取り敢えずそういうことにさせてもらうと嬉しいです。4月からどこかまた実業団に返り咲けたらとは思うのですが」
と小杉さんは言うが
 
「私は再度鍛え直そうかなと思って。やはり私背丈だけに頼ってバスケ自体の技術がまだまだだったんじゃないかなと思って。大学に入ることも考えたけど、村山さんの居るチームが、関東選抜を制するほどのチームなら、そこで2−3年鍛えさせてもらってから、再度実業団に挑戦しようかなとも思うんです」
と森下さん。
 
「でも住まいは?」
「私、元々市原市なんです。東京T高校には越県通学してたんですよ」
と森下さん。
 
「私は従妹が千葉市内の大学に通っているので、その子のアパートに同居させてくれないかと言ったら、彼氏を連れ込む時はどこかで適当に泊まってくれるのならOKと言われまして」
と小杉さん。
 
「実は2人とも千葉県なら、住まいが確保できるというのもあって、頼んでみようかという話になったんですよ」
と花園さんが言う。
 
「こちらは構いませんよね?」
と浩子は西原監督に訊く。
 
「うん。じゃ、そちらの実業団との関係はもう切れてるのね?」
「はい。既に解雇されて、バスケ協会の選手登録からも削除されました」
 
「だったらこちらに登録するのは全然問題無いな。念のため、僕がそちらの元チームの関係者に照会してみるよ。それで問題ないようだったらということでいいですか?」
と西原監督が言うと
 
森下さんと小杉さんは
「はい、お願いします」
と頭を下げた。
 

「チームメイトということなら、苗字じゃなくて名前呼びの方がいいよね」
「じゃ、私は誠美で」と森下さん。
「私は来夢で」と小杉さん。
 
「ついでに私も名前呼びにして」
「じゃ、あっちゃんで」で千里。
「うんうん。それでいい」と花園さんは笑顔であった。
 
「また春くらいにスリー対決しましょうよ」
と千里が言うと
「うん。やろう。前回大阪でやった時、できすぎで全部ストレートに入ったんで、実はその後焦って練習してたんだけど今回は3本も外しちゃったからさ。また鍛え直して、次はまた全投ストレート目指すよ」
と花園さんは言う。
 
「私もまた頑張る」
と言ってふたりは握手した。
 

さて、千里は大学1年の後期になっても相変わらず男装で大学に出て行っていた。女装にしてもいいのだが「解析的延長かな」などとも思う。しかし男装していても女にしか見えない千里は、学内でしばしば混乱をもたらしていた。
 
この時期男子の中で千里と多少とも話していたのは、紙屋君や渡辺君たちである。ある日は統計論の授業の後、紙屋君・佐藤君・朱音とボース統計・フェルミ統計の話になる。佐藤君が先生の言っていた話にどうしても納得できないと言ってけっこう議論が白熱する。白熱したまま「ちょっとトイレ」と紙屋君が言うので、何となくそのまま4人でトイレの所まで行く。
 
「だからボース統計に従う粒子というのは、僕たちが普通に考えている粒子とはそのものの存在のあり方自体が違うんだよ。ふつうの粒子は1つ目、2つ目と数えることができるけど、それはフェルミ粒子固有の性質なんだ。ボース粒子には個性が無いから1個ある、2個あるとしか数えられない」
と紙屋君。
 
「しばしば私たちはA,B2個の粒子がという言い方するけど、A,Bと名前を付けられるのはフェルミだけだよね。ボース粒子が1個・2個というのは、温度が1度・2度というのと同じで純粋に数でしかないのよね」
と千里も言う。
 
「いや、そこが納得できない。A,Bと並ぶ状態とB,Aと並ぶ状態はたとえ判別できなくても区別して考えるべきだ」
と佐藤君。
 
「だからそれがフェルミの性質なんだよ。ボースだと本質的にその差は無い。フェルミだと2個あるのは1個が2つ並んでいるんだけど、ボースでは1個が2つあるんじゅなくて単に2個。だからA,Bと並んでいる訳じゃないんだよ」
 
と紙屋君は言うが、そこが佐藤君の納得のいかないところである。
 

熱い議論をしながら、トイレの前まで来てしまったので、
「ちょっとブレイク」
と紙屋君が言い男子トイレの戸を開けて入る。
「うん。俺もトイレ」
と佐藤君も言ってそれに続く。
「私も行って来よう」
と言って朱音は女子トイレの戸を開ける。
 
それで千里が
「じゃボクも」
と言って、佐藤君に続こうとしたら、その前に居た紙屋君がギョッとした顔でこちらを向き
 
「千里、何やってんの? ここは男トイレ。女はそっち」
と言って千里の身体を押して、男子トイレから追い出す。紙屋君の手が千里の軟らかい胸に触れてしまい、千里はちよっとドキっとした。そして紙屋君は自分で女子トイレのドアを開く!と、千里の背中を押して中に押し込んでしまう。紙屋君の手は背中で千里のブラストラップの付近に触った。
 
「いい加減、女としての自覚を持てよ」
と言って紙屋君は男子トイレに戻る。
 
清紀君って女子トイレのドア開けるの抵抗ないの!?と千里は紙屋君の実態にある種の疑惑を感じた。
 
女子トイレの中では、行列の最後尾に並んでいた朱音が
 
「女子トイレへようこそ」
と千里を見て言った。
 

10月下旬。C大学では学園祭が行われる。
 
千里たちのクラスでは模擬店の飲食店をすることになる。
 
「飲み物は、コーヒー、紅茶、オレンジジュース、コーラ、ウーロン茶、といった感じでいいかなぁ」
「コーヒーはホットとアイスが欲しい」
「紅茶もアイスが欲しい」
 
などと、運営委員になった、友紀、紙屋君、高橋君の3人で話し合う。 
「コーヒーはインスタント?」
「レギュラーでもいいと思う。ペーパーフィルターだと大して手間は掛からないし、短期間で使い切るから香りが飛ばなくて済む」
 
「食べ物は、焼きそば、お好み焼き、クレープ、カレーライスあたりかな?」
「たこ焼きが欲しい」
「誰か作れる?」
「誰か大阪出身の人は?」
「女子には居ないな」
「山下が姫路だけど、作れないかな?」
「ちょっと聞いてみて作れそうなら」
 
「カレーライスの御飯はどうするの?」
「炊飯器持ち込んで炊くよ」
「御飯があるなら、おにぎりは?」
「ああ、いいと思う」
 

「お店のスタッフは誰々がいいかな?」
「女子はみんな入れる?」
「高園(桃香)ちゃんは寝坊だし、土日は何だか忙しいみたいだから期待しない方がいい。水上(玲奈)ちゃんも土日はふさがっていること多いんだよね」
と友紀は言う。
 
「じゃあとの5人は行けるかな?」
と紙屋君が訊く。
 
「5人? うちのクラスの女子って6人じゃないの?」
 
と高橋君が言うが、友紀は紙屋君の言葉に微笑みながら
 
「岡原(朱音)ちゃんはこういうの好きだからやると思う。春日(美緒)ちゃんも今の所は彼氏が居ないから誘えば来そう。田代(真帆)ちゃんは他の子もすると言えばすると思う。村山(千里)ちゃんは少し強引に言えば大丈夫」
と答えた。
 
「じゃウェイトレスは5人ということで」
と紙屋君。
「5人居れば、1人か2人居ない時間帯も何とかなるよね」
と友紀。
 
「村山って、あの村山?」
と高橋君が訊く。
 
「うん」
「でも男じゃないの?」
 
「本人は男と主張してるけど」
と友紀。
「村山は間違いなく女」
と紙屋君。
 
「え?そうなの?」
「少なくとも、おっぱいはあると思う」と友紀。
「ソースは言えないけど、それ確定済み」と紙屋君。
「たぶん、もうおちんちんは無い」と友紀。
「ソースは言えないけど、まず確実」と紙屋君。
 
「知らなかった!」
と高橋君が言う。
 
「どこまであの子が女性化しているのかは、若干の議論があるんだけどね。少なくとももう男の子ではないことは確かだと思う」
と友紀は言う。
 
「ただ、ウェイトレスの衣装を着せるのは少し抵抗されるかも」
と紙屋君。
 
「ああ、それは任せて」
と友紀は言った。
 

「へー。お客様係をすればいいの?」
と千里は友紀に訊いた。
 
「そうそう。千里、ファミレスにも勤めてるし、元々人あたりが軟らかいから行けると思うんだよね」
と友紀。
 
「うん、まあやってもいいかな」
「それでさ、雰囲気出すのに、お客様係はユニフォームを着ようということになったのよね」
「ふーん」
 
「これなんだけど、ちょっと着てみてくれる? 千里は背は高いけど細いから多分Sでいいと思ったんだけど」
 
「じゃ着てみようかな」
と言って千里は友紀に渡された服を手に取り、衝立の陰に行く。
 
「ね、この上着ってボタンが左前に付いてるんだけど、女の子用じゃないの?」
と千里が衝立の向こうで言う。
 
「男子でも左前の服を着るの流行りなんだよ。アメリカの人気俳優ジャン・マクベイン(友紀のでまかせネーム)が着て、メンズファッション雑誌とかでも随分取り上げられていたよ」
 
「へー。ボク、メンズファッション雑誌とか読まないから全然知らなかった」
 
まあ、千里は女の子向けのファッション雑誌なら読んでるみたいだよな、と友紀は思う。
 
それで千里は上着を着たようだが、更に声をあげる。
 
「ねぇ、このボトム、キュロットみたいなんだけど?」
「それはショートパンツだよ」
「ほんとにショートパンツなの? なんだか裾がふわっと広がってるけど」
「最近、そういうショーパンも流行りなんだよ」
「ほんとに〜?」
 
女の子の間ではね、と友紀は心の中で付け加えた。
 
「こんなんでいいのかなあ」
と不安げに、ウェイトレスの衣装を着けた千里が衝立から出てくる。
 
「おぉ、可愛いじゃん!」
と紙屋君が言う。
 
「え?そうかな?」
と千里は、紙屋君に可愛いと言われたので、少し赤くなった。
 

「村山、足の毛は剃ってるの?」
と高橋君が訊く。
 
「ボク、足の毛は薄いみたい」
「ってか、全く無いよね」
 
「髪がもう少し長ければいいんだけどねぇ」
などと真帆が言うと
 
「千里は長い髪のウィッグを持っている」
と紙屋君がバラしてしまう。
 
「え、そうなんだ?」
「たぶん今でも持ってるよね?」
「うん、まあ」
「じゃ付けてみてよ」
 
というので千里は衝立の後ろに行って、セミロングヘアのウィッグを着けてきた。 
「可愛い!」
 
「髪飾り付けてあげるね」
と言って、友紀は千里の髪にメイドさんのようなホワイトブリムを付けてあげた。 
高橋君は、千里がもはや美少女にしか見えないので、呆気にとられていた。 

実際のウェイトレス陣だが、友紀がいちばんあてにしていた朱音が実家から呼ばれて帰省するということだったので、ちょうど近くを通りかかった生物科の由梨亜を徴用して、5人体制にした。
 
「そちらのクラスは何も出し物しないの?」
「うちはミスコンやるんだって」
「じゃ、由梨亜も出るのでは?」
「ってか、そちら女子は5人しか居ないのに」
 
「男子のみでやるんだよ。全員強制参加」
「・・・・」
「そういう趣旨か!」
「優勝者にはドクター・プリーチャーの病院の割引券プレゼントだって」
「まじで!?」
「ほんとに女の子になっちゃおうかという子出たりして」
「いや、そういうのやれば絶対女装に目覚める子いる」
 
「でも私、数人の女装見て気分悪くなったんで、逃げ出してきた」
「まあ女装させて美少女になる男の子はレアだよ」
 
「千里くらいか」
「千里は元々女の子」
「ふむふむ」
 
「うちの女子結束悪いからなあ。香奈と優子は審査員することになったけど、亜矢は自分たちで組んでるバンドでステージに出るってんでクラスのイベントは欠席。聡美はバイトが休めないと言って欠席。私も用事あるから途中で抜けるとは言っておいたんだけどね。それでここに居るの見つかると、後で追及されるかも」
 
「ヌード写真を撮られて脅迫されたとでも言っておけば」
「それ、めっちゃヤバイじゃん!」
 

「こちらは、桃香は土日は電話オペレータの仕事をしているみたいね」
「コンサートの受付とか?」
「それも何度かやったらしいけど、通販の受付が多いらしい」
「あの子、言葉がハキハキしてるから、電話応対はいいかもね」
「遅刻さえなければね」
 
「理系女子は、だいたい男勝りとか言われてきた子多いだろうけど、桃香ってむしろ男らしいよね」
と由梨亜が言う。
 
「結婚したら、教育ママになるかも知れん」
 
「うーん。。。そもそも結婚するんだろうか?」
と真帆が心配そうに言う。
 
「あまりお嫁さんには行きたくないみたいなこと言ってたよ」
 
「あの子、むしろお嫁さんをもらうよね?」
と美緒。
 
「ああ。可愛い女の子をお嫁さんにするかも」
と友紀まで言う。
 
「嘘?女同士で結婚するの?」
と由梨亜。
 
「桃香はそういう志向だと思うよ」
と美緒が言うと、千里も納得するように頷く。
 
「千里も同意見?」
「うん。桃香は女の子が好きだから」
と千里。
 
「本人もレスビアンというの認めていたよね」
「あれジョークじゃなかったんだ?」
「私桃香が女の子とデートしてるところ何度か見たよ」
「ほほぉ!」
「それ女の友人と散歩してたとかじゃなくて?」
「あれ間違い無く恋人だと思った」
「ボク、桃香が女の恋人と別れ話で揉めてるところ見たことある」
「おぉぉ!」
 

「だけどこないだ桃香、子供は欲しいって言ってたよ」
 
「ああ、子供の人数の議論したな」
「みんな2人とか3人という意見が多かったけど」
 
「私くらいかな。6人欲しいなんて言ったのは」
と由梨亜。
 
「6人も産むの?」
と千里がびっくりして言う。
 
「バレーボールのチーム作りたいらしい」
「なるほどー」
 
「バスケなら5人でいいな」
「野球なら9人」
「9人産むのはさすがに辛い」
「桃香は3−4人欲しいと言ってたね」
 
「でも女の子が好きなのなら、種が調達できないのでは?」
「桃香はきっとお嫁さんに子供産んでもらうんだよ」
「ほほぉ」
 
「それって桃香が性転換して男になって子作りすんの?」
「いや男に性転換しても精子が作れん」
「そうなんだっけ?」
「性転換はあくまで形だけだよ」
 
「千里なら女に性転換したら、子供産めそうだけど」
「千里は既に性転換してるよね?」
「まだだよ」
「別に隠さなくてもいいのに」
「ってか男の振りするのやめたらいいのに」
 
「男に性転換して精子作れないなら、やはり卵子同士を融合させて」
「コモドドラゴンみたい」
「精子同士の結合よりは見込みがありそうだ」
 

「でも種くらいはどうにもでもなる気がするよ」
「うん。妊娠しても認知とかしなくていいし子供できても養育費要らないからと言えば生でセックスしてくれる男は居ると思う」
 
「桃香自身は男とセックスしたくないみたいだから、お嫁さんに誰か男性とセックスしてもらえば子供は作れるはず」
 
「そうだ。紙屋君、種だけくれない?」
と唐突に訊かれて、紙屋君は
「女の子とセックスはできないけど精子だけ渡して人工授精ならいいよ」
などと言う。
 
「ああ。人工授精なら、もっと応じてくれる人あるかも」
「人によるかもね。生でやりたいという人と、精子渡しがいい人と」
 
「俺、生でやりたい。誰かやらせて〜」
などと渡辺君が言ったら
「コンちゃん付けるなら、してもいいよ」
などと美緒が大胆に言う。全くこの子は・・・。
「ほんとに?」
「一流ホテルで、ディナー付きなら考えてもいい」
「え?どうしよう」
と渡辺君は美緒がジョークで言っているのか本当にマジなのか戸惑っている。 
「そのあたりの交渉は後で個別に」
と友紀が言っておく。
 
「でもお嫁さんが他の男の精子で妊娠したら、それ桃香の子供になるわけ?」
「お嫁さんが産んだ子は自分の子供だと思う」
「結婚というのは妻が産んだ子は自分の子供にするという契約だよ」
 
「そうなんだ!?」
 
「聖徳太子と蘇我刀自子の子供って、実際は刀自子が他の男と寝て作った子なんでしょ?」
「いや、それは日出処天子の読み過ぎ」
 

「でもそういう夫婦っているよ、多分」
 
「昔は男性不妊の夫婦って、そうやって子供を作っていたんだと思うな」
「うん。だから昔は不妊治療の必要性は少なかった」
「夫婦のどちらも不妊という場合以外は、子供がちゃんとできてたろうからね」
「女性不妊の場合、めかけさんの子供を籍の上では本妻の子として育てるというパターンも割とあったみたいだしね」
 
「子供はおじ・おばに似る、という話は不倫の言い訳っぽい」
「兄嫁とやっちゃうとか、息子の嫁とやっちゃうって、元々結構あるパターンだよね」
 
「お嫁さんというのは村の共有物という考え方もあったという説もある」
 
「要するに村全体で結婚しているようなものか」
「今でも昔のなごりで、○○家・○○家結婚式、なんて式場には書かれる」
「あれってそんな深い意味があったの!?」
 
「昔は恋愛結婚じゃなくて、勝手に親とか親戚が結婚相手を決めてしまっていたから、結婚した後、その村の中の誰かと思いを通じて、その人の子を産むというのも、結構ふつうだったかもよ」
 
「男としては自分の妻が自分の跡継ぎを産んでくれたら、本当の種についてはあまりうるさく言わない」
「自分も他んちの嫁さんとよろしくやっていれば、お互い様かもね」
 
「日本人って性については、かなりおおらかだもんね」
 
「現代は血液型とかDNAとかでほんとの親子関係が分かっちゃうから気になる」
「昔は父親と子供の関係なんて信仰のようなもんだったからね」
「あなたの子供よ、と言われたら男は信じる以外にない」
「まあ、うすうすは感じてたかも知れないけど」
「昭和40年代の出稼ぎブームの頃は、出稼ぎに東京に出ている間に田舎の妻が妊娠するって多かったらしい」
「あからさまだな」
「でも奥さんも寂しいだろうし同情するなあ」
「都会の妻だと、電気屋さんとか水道屋さんとかガス屋さんとかが相手」
「それって三流ポルノの見過ぎ」
「男の方も、生命保険の外交とか、近隣農家の卵売りのおばちゃんとか」
「枕営業だな」
「卵売りって意味深だな」
 
女子たちの暴走トークに、自分の子供ができることはないだろうなどといつか千里に言っていた紙屋君は頷いていたし、恋愛経験があるらしい渡辺君はまだ笑っていたが、ややうぶな感じの高橋君は顔をしかめていた。
 
そして千里がその暴走トークに普通に乗って他の女子同様に過激なことを言っていても誰も違和感を持っていなかった。
 

やがて模擬店がオープンするが、女子は美緒以外の4人が料理も得意だし、紙屋君や渡辺君が男子でも料理のセンスがいいので、そのあたりで調理をしつつ千里を含む5人の女子で配膳や注文取りに会計とこなしていた。 
宮原君も顔を出す。
 
「お久〜」
「ちょっと近くを通りかかったんで、あ、学園祭やってると思って寄ってみた」
「受験勉強どう?」
「春の間にかなりさびついてた。やはり継続してやってないとダメだなあ」
「大変そう?」
「先月の模試ではここの医学部A判定、医科歯科大にB判定」
「頑張ってるじゃん!」
「でも本番では調子が悪かったり、不得手な問題が出ることもあるから」
「油断できないよね」
 
などと、入口付近に居た友紀・紙屋君と話していたのだが、そこにお客さんのオーダーを取ってきた千里が通りかかる。
 
「文彦君、久しぶり〜」
「おお、千里ちゃんは、もう女の子してるんだね?」
「え? 別にボクはふつう通りだけど」
 
「うん、普通に女の子だよね」
と宮原君は言ってる。
 
「やはり、この衣装女の子っぽいかなあ。お客さんがみんなお姉ちゃんとかウェイトレスさんって言うんだけど」
と千里。
 
「それウェイトレスの衣装だよね?」
と宮原君は友紀に訊く。
「ううん。男女共通のお客様係の衣装だよ」
と友紀。
「なるほど。でも男女共通といっても、お客様係は全員女子みたいだし」
と宮原君。
 
「まあ、千里も女子だからね」
 

模擬店のお客さんはC大学の学生が多いのだが、近隣の医科歯科大や経済大、敬愛大などの学生、また近くに住む一般の人なども結構来る。この日は何組かのアイドル歌手もステージに来訪していたので、それ目当てのファンなども来ていた。
 
そういった一般のお客さんの中に思わぬ顔がある。
 
「あら、こんにちは」
「やあ、奄美で会ったね!」
 
入って来て、ちょうど入口近くに居た千里とそんな会話をした男性2人組は奄美で日食の時に会った、秋月さん・大宅さんであった。
 
「この近くにお住まいなんですか?」
「神奈川なんだけどね。ちょっとお目当ての歌手がいたので」
「へー! AYAか誰かですか?」
 
この日のステージの超目玉はAYAである。
 
「いや、もっとマイナーなところでチェリーツイン」
「へー!」
 
取り敢えず席に案内する。
「じゃ、ミルクティーとカレーライスにしようかな」
「僕はオムライスとホットコーヒーで」
「かしこまりました」
 
オムライスを作れるのは千里と紙屋君の2人だけなので、2人は同時には店を離れないようにしていた。この時間帯は紙屋君が出かけていたので、千里が自分でオムライスを作る。
 
「上手に作るね〜。形がきれーい」
と真帆が隣でクレープを作りながら言う。
 
「メイド喫茶でバイトしたら、凄く評価されそう」
「え?でもメイド喫茶って女の子だけじゃないの?」
 
と千里が尋ねると、真帆は何だか悩んでいた。
 

作ったオムライス、同時進行でペーパーフィルターで煎れていたコーヒーに紅茶をトレイに乗せ、更に御飯を盛ってカレーを掛け、スプーンなどを乗せる。 
「なんか千里って手際がいいよね」
と真帆が言う。
 
「ああ、物凄く効率がいいんだよね。動きに無駄が無いというか」
と少し離れたところにいた友紀も言う。
 
「そうかなあ。全部ができるだけ同時に仕上がるようにしてるだけだけど」
「いや、それが普通、頭の中でそこまで計画できない」
「ファミレスの作業で慣れてるからかも」
「だとしたら、10年のベテランって感じだ」
「ボク、まだ1ヶ月半だけど」
 

「お待たせしました」
と言って、料理を秋月さん・大宅さんの所に運ぶ。
 
「わぁ、美味しそう!」
「オムライスの形がきれい!」
「コーヒーの香りがいい」
「何だか模擬店だけで終わらせるのがもったいないくらいだね」
「いや、短期間だからできるんだと思います」
 
「ね、ね、あとで考えたんだけど、あの時居たの、君の両親じゃないですよね?」
「ちょっと色々指導してくださっている方々なんです」
「やはり」
「その件で、あとでちょっと話せません?」
 
「そうですね。今日は3時頃、休憩することになっているので、その時でもよければ」
「どのくらい休めるの?」
「1時間休むことにしています」
 
「じゃさ、2:50から3:20まで、ステージでチェリーツインの演奏があるんだけど、その時にステージの所まで来られません?」
「いいですけど」
 

それで3時すぎた所で
「じゃ休憩するね〜」
と言って、店を出る。3時を少しすぎてしまったので着替えてたら遅くなるかなと思って、ウェイトレスの衣装のまま出たが、この日はいろいろなコスチュームの人が校内を歩いているので、全然目立たない感じだ。
 
千里がステージの所まで行くと、チェリーツインの演奏の最中であったが、見ると、ステージ上で伴奏のギターを弾いているのが秋月さん、ベースを弾いているのが大宅さんで、もうひとりドラムスを叩いている女性がいる。 
なるほど! ファンかと思ったら伴奏者だったのか!
 
千里と秋月さんの目が合う。千里が会釈すると向こうは伴奏の切れ目の所でピックを持っている手を軽く振ってくれた。
 

やがて演奏が終わる。3:15くらいに最後の曲の演奏を終えてチェリーツインの2人はステージから降りる。伴奏者3人とコーラスの2人、更にスタッフらしき人も入って協力して楽器・機材を撤収した。千里がバックステージに行くと
 
「済みませんね、お忙しいところ。良かったら、こちらへ」
と言われて、今楽器などを運び込んでいる最中のハイエースの2列目に千里が乗り、前の座席に大宅さんと秋月さんが乗る。
 
「まあコーヒーでも」
と言って缶コーヒーをもらうが
「すみませーん。私、ブラックしか飲まないので」
と言うと
「あ、ブラックもあったはず」
と言って、探し出して渡してくれた。
 

「それでですね。あの時会った人のこと考えていて、ひょっとしてあの2人、元ワンティスの上島雷太と雨宮三森じゃないかという気がして」
 
「不正解ですね。ふたりとも罰として40kmくらい走ってきてください」
「えーーーー!?」
 
「ワンティスは解散していないので『元ワンティス』じゃなくて『ワンティス』と言わないと、叱られますよ」
 
「そうだったんだ! ごめんなさい!」
 
「まあ私で良かったですね。雨宮先生だったら200km走らされてます」
「ひぇー」
「1晩付き合うという手もありますが」
 
「・・・・・」
「あの人、やはりバイなの?」
「女の子でも男の子でも行けますよ」
「その時は200km走ろう」
「あはは」
 

「おふたりは、チェリーツインのソングライト・ペアの紅ゆたか・紅さやかさんかな?」
と千里が尋ねる。
 
「そうです」
と言ってふたりは名刺を出す。
 
「でも私、紅さやかさんって女性かと思った」
「実は僕は女なんです」
と大宅さんが言うので、千里も
「あら、私は男なんですよ」
と返す。
 
「最近の世の中、どうも性別が良く分かりませんね」
などと秋月さんは言っている。
 
「城島ゆりあって、てっきり女性と思っていたのに、男性らしいですね」
と大月さんは言うが
「あれジョークだという説もありますよ」
と千里は言う。
 
「え!? やはり女ですか?」
「作品は女性的ですよね。声は中性的でどちらとも取れるし。私もよく分かりません」
「うーん・・・}
 
「では、私も名刺を」
と言って、千里は醍醐春海の名刺を出す。
 
「わあ、醍醐春海さんだったのか」
「いや、実は醍醐春海も男だろうか、女だろうかと議論してました」
「そうか。女性だったのか」
 
「醍醐春海さん、雨宮三森のお弟子さんですか?」
「そうです。よく分かりましたね」
 
「いや、上島雷太は弟子を取らない方針みたいだから」
「実際、弟子を指導する時間無いと思います。ひたすら曲を書いているみたいですよ」
「あれ、ほんとに上島さんが書いてるんですか?」
「そうですよ。実際に本人が書いているとこ見ないと信じられないでしょうけどね。先日の日食でも奄美に居た2日間に10曲書いてますから」
「すげー!」
 
「上島さんはメロディーライターだから。編曲は下川工房任せですけどね」
「そうか。だからあの数をこなせるのか!」
 

「ところで相談なんですけど」
と秋月さんが言う。
 
「チェリーツインもデビューして1年半くらい経って、それなりのファン層は獲得しているのですが、今ひとつスマッシュヒットが無くて」
 
「いや、充分売れている部類だと思いますよ。ライブ動員も結構ありません?今のライブも1000人近く集まっていたでしょ?」
「ええ。ライブの成績がいいので、事務所にもレコード会社にもよくしてもらっているんですよ。8月のツアーは全国30箇所で8万人動員しましたから」
 
「ビッグアーティストだと思う」
「でもいまだにゴールドディスクが出ない」
「アイドルってそれでいいかも」
 
「それでですね。事務所の社長の許可は得られたんですが、一度僕たちの歌を大家(たいか)に添削してもらえないかと思って」
 
千里は少し考えたが言う。
 
「高いですよ」
「2000万円払っていいです」
と秋月さん。
 
千里は無言だが、まあ多分1000万円くらい出せと先生なら言うかなと内心は思っていた。
 
「いや、実は今ほんとにいちばんしっかりした曲、ヒット性のある曲を書いているのは誰だろうと思ってですね。東郷誠一とか木ノ下大吉ってたくさんヒットを飛ばしているけど、あれ、実際には本人の作品じゃないですよね?」
と大宅さん。
 
「さあ。私は関わっていないし知りませんが」
 
「それで言っていたんですが、多分ちゃんと本人が書いていて、クォリティの高い仕事をしているのは、雨宮三森、蔵田孝治、鴨乃清見、後藤正俊、田中晶星あたりじゃないかと思って」
 
「中堅どころですね」
 
「上島雷太も悪くないのですが、あのクォリティを維持しているのは多分編曲をしている下川工房の若いアレンジャーさんたちじゃないかと思うんです」
 
「そのあたりは私も良く分かりませんが」
 
「事務所の社長から打診してもらったのですが、後藤さんは人の添削するほど偉くないからと断られたということ。田中さんは弟子以外の指導はしないということで。蔵田さんは事情があって春まであまり活動できないらしいんです。鴨乃さんは接触を試みたものの、どうしてもコネクションが取れなかったらしいんですよ。あの人、マスコミとかにも全く出てきませんしね。音楽賞の授賞式もだいたいレコード会社の人が代理出席だし」
 
「へー。でも作曲家にはそういう人、けっこう居ますよ。元々ロックやフォークなどでシンガーソングライターしていた人なら露出しますけど。水沢歌月とか山上御倉とか浜名麻梨奈とかも全然出て来ないし」
 
「確かに」
と言ってから秋月さんは少し小さな声になって
「水沢歌月って、あれ多分誰か有名作曲家の変名ですよね?」
などと訊く。
「水沢歌月は水沢歌月でしょ?」
と千里は答える。
「有名作曲家じゃないんですか?」
「えーっと。誰でも知っているかと思ったけど、ご存じないなら言いません」
と千里は少し焦りながら言う。
 
「えーーー!?」
「誰でも知ってます?」
「いや、済みません。その件はノーコメントで」
 
「いや、こちらこそ済みません。あ、それで最後の望みで雨宮三森さんに接触を試みたものの、あの人、どうにも所在がつかめないらしくて」
 
千里は苦笑した。それは弟子の私たちでも同様だ!
 
「雨宮先生はこちらから連絡するのはほぼ無理です。向こうから接触してきた時を狙うしかないです」
 
「お弟子さんでもそうなんですか!」
 
「でもいいですよ。近い内に連絡あるはずだから、その時話してみますよ」
「助かります!お願いします」
 
会う時はどの程度のお土産とかを持参すればいいかというのも相談されたが、ふつうに友人と会う時に持っていく程度のものでいいですよと千里は答えておいた。
 
この件以外でも色々お話がしたいということだったので、近い内にまた時間を取りましょう、などと言ってその日は別れた。つまらないものですが、と言って虎屋の羊羹をもらったので、「これ大好きです」と言ってもらっておいた。 

ふたりと別れてから新島さんに電話して相談したら、向こうでも雨宮先生をキャッチできたら、その件伝えておくと言ってくれた。もらった羊羹については、食べちゃって大丈夫だよということだったので、模擬店に持ち帰って、 
「お土産〜」
と言って出す。ちょうどお客さんが少ない時間帯だったので、友紀が
「いただきまーす」
と言って切り分けて、みんなで食べる。
 
「どこか行ってきたの?」
「ううん。さすがにこの格好では外出できないよ。学内でちょっと人に会っていて、これは賄賂でもらった」
 
「おお。賄賂はいいなあ」
 
そんなこと言っていたら、桃香が顔を出した。
 
「ごめーん。今、仕事終わった」
「虎屋の羊羹食べてた所」
「あ、ちょうだい、ちょうだい」
と言って早速つまんでいる。
 
「この後はここ手伝える?」
「うん。行ける」
「よし。ウェイトレスさんしてもらおう」
と言って友紀が衣装を出してくる。その場に居たのが、真帆を除く女子4人と紙屋君だけだったので、桃香はその場で着替えちゃう。
 
「衝立の向こうででも着替えられるけど」
「めんどくさい」
「紙屋君がいるけど」
「紙屋君は女の子には興味無いはず」
 
「高園と僕って、お互いに全く接触点が無いよな」
と紙屋君が言う。
「ホモとレズでは、お互い異世界だよね」
と桃香も言う。
 
「あ、そういえばもうひとり男子で千里が居るけど」
と美緒が言ったが
「へ?」
と言って、桃香はキョロキョロしている。それでも認識できないようで、その場にいるメンツをじっと見ていたが
 
「あんた、千里?」
と尋ねるので
「そうだけど」
と千里は笑って答える。
 
「髪どうしたの?」
「これウィッグ」
「今日は女装してウェイトレスさんなんだ?」
「女装じゃないよぉ。男女共通のお客様係の衣装だって」
「だってスカート穿いてるじゃん」
「これショートパンツだよ」
「私にはスカートにしか見えん」
 
友紀が苦しそうにしている。
 
「でも女の子の服を着ても、千里って違和感無いよね」
と由梨亜が言う。
「これやはり女の子の服なの?}
と千里が訊くが
「いや、男女共通のお客様係の衣装だよ」
と友紀はあくまで主張する。
 
「試しに紙屋君に着せてみる?」
「えーーーー!?」
 
紙屋君は抵抗したものの、その場のノリで着せてしまう。紙屋君は前開きのないビキニブリーフ(一応男物)に、女の子仕様のスリーマーを着ていた。まさか下着姿を見せることになるとは思わず、普段の下着で出て来ていたのだろう。しかし女の子用のMサイズの衣装をちゃんと着れてしまうのが紙屋君の凄い所だ。ウェスト66である。
 
「恥ずかしいよぉ、これ」
と紙屋君は情けない顔をしている。女装はあまり経験無いのかな?
 
「さすがに男にしか見えん」
「千里は女に見えるのに」
「誰でもこの衣装着せたら、女の子に見えるかなと思ったのになあ」
 
「ねえ、やはりこれ女の子の服なの?」と千里。

「いや、男女共通」と友紀。

 
桃香は紙屋君に「面白い。それで接客してみよう」などと言ったが、これではお客さん逃げ出すよという本人の主張を受け入れて、ショータイムは15分ほどで終了した。でも女の子たちは、面白がって携帯で紙屋君のウェイトレス写真を撮っていた。
 

 
2009年10月31日。千里たち千葉ローキューツのメンバーは県スポーツセンターにやってきた。その日行われる「千葉県秋季選手権大会」に出場するためである。この日来たメンバーは、浩子・千里・夏美・夢香・麻依子・菜香子・茜・玉緒の8人である。麻依子が毎回来るメンツが違うと言っていたが本当にそうだ。浩子・千里・麻依子・夏美の4人は毎回来ているのだが、その他は
 
7月の大会  夢香・美佐恵・菜香子・沙也加

シェルカップ 玲央美・茜・美佐恵

関東選抜   夢香・美佐恵・菜香子

クラブ選手権 夢香・菜香子・沙也加

秋季選手権  夢香・菜香子・茜・玉緒

 
となっている。夢美は用事があって出られなかったシェルカップ以外出席。今年入ったばかりの菜香子もシェルカップ以外来ている。美佐恵は夏頃から始めたバイトが忙しくて、ここの所なかなか出て来られないようである。茜と沙也加は気分の問題のようだ。
 
「玉緒ちゃん? 私、7月から入った千里です。ポジションはシューティングガードです。よろしくお願いします」
と千里はこの日初めて会ったメンバーの玉緒に挨拶する。
 
「あ、いやこちらこそ。今年出て来たの2度目かな。玉緒です。よろしくです。ポジションは私何だろ?」
と玉緒。
 
「取り敢えず登録はスモールフォワードでしている」
と浩子。
 
「ああ。スモールフォワードって器用な人多いから、いろんなポジションに回されたりしますよね。その時コートインしているメンツによって」
と千里は言ったのだが、
 
「いや、私は何もしたことないから、ポジション分からないということで」
と言って玉緒は頭を掻いている。
 
「玉緒ちゃんはバスケは体育の時間しかやったことないらしい」
「茜に誘われて、人数合わせにと言われて」
「なるほどー。茜ちゃんのお友だちですか。スポーツは何かしてたんですか?」
「中学の時は陸上部やってたんですけど、高校の時は帰宅部で」
「わあ、足が速いんだ!」
「いや、足が遅いもんで、長距離ばかり走ってたんですよ」
「スタミナがあるんだ!」
「そのあと4年間走ってないから、スタミナ落ちてるかも」
 
「いや練習サボっていても、足のスピードは落ちるかも知れないけどスタミナはあまり落ちない」
と麻依子が言う。
 
「だよね?」
と千里に訊く。千里も
 
「うん。私も経験上そうだと思う。受験勉強で4ヶ月くらい全然練習してなかった間、シュート精度とかは落ちてたけど、スタミナはほとんど落ちてなかった」
と答えた。
 
「例の手術の後もじゃない?」
と麻依子は訊く。
「うん。あの時は5ヶ月間静養したあと練習再開して感覚取り戻すのに更に3−4ヶ月かかったけどスタミナは結構もったよ」
と千里。
 
「へー。そんな大病したんだ?」
「まあ、生まれつきの持病というか」
「たいへんだったね」
 
麻依子は微笑んでいた。
 

「まあそれで、今日の試合は関東総合選手権大会予選会を兼ねているから」
と浩子は説明する。
 
「へー。そこで勝ったらどうなるの?」
「全日本総合選手権。つまりオールジャパン」
「まさか皇后杯?」
「そうそう」
「その予選なのか!」
 
「クラブチームがオールジャパンに出場する道は2つ。ひとつはこないだ優勝した千葉県クラブ選手権大会で2位以内に入り、関東クラブ選手権大会に出場してそこで6位以内に入ると、全日本クラブ選手権。そこで3位以内に入ると全日本社会人選手権。そこで2位以内になるとオールジャパン」
 
「ステップが多い!」
「もうひとつが、この千葉県秋季選手権で優勝して関東総合選手権に行き、そこで優勝するとオールジャパン」
「単純だ!」
 
「クラブ選手権はステップが多いけど優勝しなくても上に行ける。総合選手権はステップが少ないけど、優勝しなきゃだめ」
 
「なるほど」
 
そういえば北海道総合選手権にも出たよなあ、と千里は高校時代のことを思い出していた。
 
 
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