【女子大生たちの新入学】(下)

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翌朝。4月9日の朝。完璧に二日酔い状態だったのでコンビニに行ってオレンジジュースとアイスクリームを買ってきた。オレンジジュースは1Lの紙パックをまるごと飲んでしまい、そのあとスーパーカップを食べると結構酔いは冷める。しかし。。。
 
千里は和室の方を見て悩む。雨は一応あかっているが、畳が濡れている。 
うーん。これは雨漏り対策が必要だ。一応雫が落ちてくる場所は2ヶ所だけのようである。ここに洗面器でも置けばいいだろうかと考えてみたが、以前友人が、雨漏りする所には紙おむつを置いておくといいと言っていたのを思い出した。飛び散りにくいし吸水力が凄まじいらしい。よし、荷物を受け取ったら買ってこよう。
 
午前中に運送屋さんが来たので、荷物を運び込んでもらう。本棚や机をこちらの指示する位置に置いてもらい、段ボール箱に入っている衣類はとりあえずそのまま押入れに入れてもらった。パソコン(普段持ち歩いているものではなく音楽制作用の重装備機)と電子キーボードは取り敢えず台所に置いた小型テーブルの所に置いた。押し入れが衣類の箱で埋まっているので、その他の楽器の箱も台所に置く。
 
運送屋さんが荷物を運び入れてくれている時に、通販で買ったキッチン用品や家電店で買った洗濯機・冷蔵庫も来たので、洗濯機・冷蔵庫はそのまま置いてもらい、キッチン用品は、とりあえず箱ごと冷蔵庫の上に置く。
 
かなり遅いお昼御飯にカップ麺を食べてから近所のドラッグストアまで自転車で走り、紙おむつを買って来た。それで取り敢えず台所から片付けようと思って整理を始めた時、携帯に着信がある。見ると貴司である。
 
「はい、千里です」
と言って取る。
 
「あ、村山君。千葉まで来てるんだけど、少し時間取れる?」
 
村山君!? 何よ、その言い方! 千里はカチンと来た。
 
「時間って・・・千葉に居るの?」
とぶっきらぼうに答える。
 
「うん。今駅前。タクシーで村山君の住所言えば辿り着けるかな?」
「大丈夫だと思うけど」
 
どういう意図で貴司が自分を苗字呼びするのかは知らないが、それで大急ぎで台所だけでも何とか片付ける。さっき食べたカップ麺のからとかも片付けなきゃ! 
取り敢えずアルコールの臭いは消さなければならない。窓を開けて換気扇を回す。シャワーを浴びてからオードトワレを全身に振り掛ける。そして歯磨きしてクールミントガムを噛む。それから部屋の片付けだ!
 
パソコンや電子キーボードなどはまだ梱包を解かないままだが、取り敢えずキッチン用品だけは何とか収まるべき場所に収まった。掃除してない!と思って床掃除をしていた時、ピンポンと鳴る。
 
きゃー! もう来ちゃったの? だいたい来るなら前日に言っといてよ、などと心の中で文句を言いながらも「はーい」と少し可愛いめの声で返事して玄関を開けてびっくりする。
 
貴司はかなりセクシーな服を着た同い年くらいの女性を連れていた。
 

取り敢えずあがってもらったのだが、彼女は千里がまだ放置していた紙おむつに目を留める。
 
「赤ちゃんがいるの? まさか貴司との間の赤ちゃん?」
などと言い出す。
 
「違いますよぉ! この部屋、雨漏りが酷いんで、その対策用に紙おむつ買ってきたんです。妊娠したことはないですよ」
 
「ほんとに?」
「だいたいボク、男だし」
「えーーーー!?」
と彼女が声を上げるが、貴司は
 
「だから言ったろ?」
と言っている。
 
千里はお部屋の片付けをするのに、ポロシャツにブルージーンズという格好でいた。ウィッグも外しているので女にしては短すぎる髪だ。
 

荷物から出したばかりの電気ポットでミネラルウォーターを沸かし、今日買って来たばかりのキリマンジェロ・ブレンドのコーヒー豆を手回しミルで挽きペーパーフィルターで煎れて、白磁のカップに入れて出す。有田焼だが5個セット1000円で買ったカップである。こういう安いのは千里は大好きである。
 
貴司にはブラックで、彼女にはパルスイートとメロディアン・ノンシュガーにティースプーンを添えた。
 
「貴司がブラックでコーヒー飲むこと知ってるのね?」
と彼女。
 
「中学のバスケ部の先輩でしたから」
と千里は答える。
 
「あ、そんなこと貴司言ってたね」
と言ってパルスイートとメロディアンを入れスプーンで掻き混ぜ一口飲んだところで
 
「あ、あなたの香り!」
と言う。
 
「はい?」
 
「その香り、こないだ貴司の車に乗った時に感じた。あなた、貴司の車に乗った?」
「はい。こないだ先輩の車に乗せて頂きましたけど」
 
「これ女用の香水だよね?」
と彼女。
「母が使ってたのの古くなったのをもらってきたんですよ。汗掻いた時とかの臭い消し用です」
と千里。
 
どうも彼女は貴司の車に乗った時に香水の香りがしたので、女を乗せたのでは?と貴司を追及して、それに貴司がただの友だちだよと弁明し、本人を確認するためにわざわざ大阪から千葉までやってきたということのようである。全くご苦労なことである。
 
まあ香りが残るようにわざわざ助手席のシートに向けて10回くらいプッシュしといたんだけどね!
 
「だいたいこういうノンシュガーの甘味料・コーヒーフレッシュが出てくるのが女性的。男の人はカロリーなんて気にしないもん」
「私コーヒー大量に飲むから、基本的にはブラックで飲むんですけど、変化つけるのに、時々甘味料入れるんです。砂糖だとカロリーオーバーになるから」
 
「あんた、ほんとに男なんだっけ?」
「この髪にこの声を聞いて、男に見えませんか?」
 
「確かに男の声みたいに聞こえはするけど、それでもあんた女に見えるんだけど!」
 
「困ったなあ。ボク女装でもしようかな」
「うん。女装が凄く似合いそう!」
 

彼女は千里と貴司の、「千里は男である」という説明を一応は受け入れたもののまだ千里は実は女で貴司の浮気相手という疑いを完全に晴らした訳ではないようであった。
 
お茶だけで長話するのも何だし、まだ今日引っ越してきたばかりで、何も準備できないのでと言って千里はふたりを近くの和食の店に案内する。出かける時に千里は、引越で汗掻いたのでと言って奥の部屋に入り着替えた。実際汗を掻いていたので、下着を交換し、上はゆとりのあるワークシャツ、下も留萌に里帰りする時の男装用に持っているコットンパンツを穿いた。
 
お店は千里のアパートから500mほどで、10分近く歩いて到達する。
 
「ボク、北海道に居た間はこのくらいの距離を歩くって考えられなかったです。でも東京近辺の人って2-3kmは平気で歩いちゃうんですね」
と千里は言う。
 
「ああ、それ僕も大阪に出て来た時びっくりしたよ。でも都会は100mを車で移動しようとすると一方通行とか中央分離帯とかに阻まれて道のり数kmを走るはめになるから、歩いた方が手っ取り早いんだよ。駐車場も高いし路駐したらすぐ違反の紙を貼られるし。渋滞にも引っかかるし」
と貴司も言う。
 
お店に入り、
「わざわざ遠くまで来て頂いたし、今日は私のおごりで」
と千里は言ったのだが
「いや各々払った方がいい」
と彼女は言う。
 
万一にも千里が貴司の浮気相手であったなら、その浮気相手におごられてなるものかというところだろう。
 
それで各々注文する。貴司は和食膳にてんぷらの盛り合わせ、彼女はとろろ御飯膳を頼み、千里はワカメそばを頼む。
 
「あれ?おかずは?」
と彼女が訊くが
「おそばだけでお腹いっぱいになりますよー」
と千里は言う。
 
「うそ」
「こいつ、中学の頃から少食だったよ。マクドナルドのハンバーガーを半分残すし、ポテトは他の奴にゆずってたし」
「信じられない!」
 
「だからこういう華奢な身体だと思うんだけどね」
「でもそれでバスケしてたの?」
 
「ええ。中学では先輩後輩だったし、高校の時は別の高校になったから対戦して1勝1敗でした」
と千里。
 
「うん。痛み分けだったな」
と貴司。
 
「ね、やはりあんた女の子でしょ? 男の子でそんな少食ってありえないよ」
 
「そんなこと言われても困ります。だいたいボクが女なら、細川先輩と対戦する訳がないじゃないですか。何でしたら、戸籍抄本でも取り寄せて渡しましょうか?」
 
「戸籍抄本じゃ、本当にあなたのかどうか分からない。あなたのお兄さんか誰かのものかも知れないし」
 
「でも性別ってどうやったら証明できるんだろ?」
 

その内注文した品が来るので食べ始めるが、その時彼女が気付いたように言う。 
「あなた、喉仏が無いよね」
「ああ。ボクのって目立たないんですよねー」
 
「声も確かに男の声のようにも聞こえるけど、女の声と思えば思えないことも無いんだよなあ。和田アキ子の声よりは高い気がするけど」
 
「村山、裸になって、チンコ見せる?」
「いや、そんなもの女性に見せたらセクハラですよ、細川先輩」
 
貴司も千里が否定することを承知でこんなことを言っている感じだ。貴司は千里が既に性転換済みと思っている。
 
3人は一緒に御飯を食べた後、居酒屋に移動して、更に話を続けた。3人とも未成年っぽいし、千里はここの所連日飲んでいたので今夜は飲みたくなかったが、なりゆき上やむを得ずふたりと一緒にビールと日本酒を飲んだ。
 
かなり長時間の話し合いの結果、彼女はかなり疑問を残しながらも何とか、千里と貴司の説明を受け入れてくれた感じではあった。
 

居酒屋を出る。
 
「雨降ってますね」
 
「タクシーでどこかのホテルに行こう」
と貴司が彼女に言う。その『ホテルに行こう』ということばで彼女は軟化したような雰囲気もあった。
 
「じゃ私はこれで」
と千里は言う。
 
「村山、傘持ってないのでは?」
「あそこに見える。コンビニまで走って行って傘を買いますよ」
「そうか。じゃ、今日はこれで」
「では失礼します、先輩」
 
そう言って千里は走ってコンビニを目指した。かなり降っているのでお店に辿り着く前にけっこう濡れた。
 
参ったなあ、と思いつつもとりあえずコンビニで傘と暖かいコーヒーを買った。コンビニを出た所でコーヒー缶を開け飲む。しかし半分も飲めなかった。中身を溝に流して、缶はコンビニ前に置かれている缶入れに入れる。
 
そして千里は雨を見詰めていた。
 
今貴司は彼女と一緒にホテルに向かっている。そこで当然今夜ふたりはセックスするのだろう。
 

千里の脳裏にこないだの貴司との一夜のことが蘇る。心の中にめらめらと何かの炎が燃え上がるのを感じる。
 
『千里、あの2人、邪魔してやろうか?』
と《悪い事》大好きな《こうちゃん》がまた誘惑する。
 
『いいんだよ。私と貴司はお友だちなんだから、貴司が他の女の子とセックスしても別に構わないよ。そもそもそういうことで眷属を使うのは美鳳さんとの契約に反する』
 
こないだは怒鳴りつけてしまったものの今日は少しだけ冷静になれたので、千里はそう言って《こうちゃん》を諭した。
 
『堅いこと言うなあ。そのくらい御主人様も見ぬ振りしてくれると思うけど。だいたい、ほんとにいいの?あの女が彼氏とセックスしても? 自分はあの彼氏もかなり気に入ってるから、あんな女と結ばれるの嫌なんだけど』
 
《こうちゃん》は千里の本心を見透かすかのように言った。
 
『あるべきやうは、だよ』
と千里は明恵上人の言葉を引用して《こうちゃん》に言った。
 

その日、千里はどうやってアパートまで戻ったのか覚えていない。
 
そもそも和食の店はアパートから500mほどだったし、そこから居酒屋までも300m程度だった。貴司たちと別れたのは24時前だ。しかし千里がアパートに辿り着いたのは、もう午前4時頃だった。
 
玄関を開けて中に入る。取り敢えず濡れたワークシャツだけ脱いで台所のフックに掛け、毛布をかぶって寝た。寝具は荷物の中にあるけど、とてもそれを開封する気力は無かった。
 

翌朝。4月10日。今日はクラス分けの発表の日である。千里は一応この日はライトグリーン色のレディース・スーツを着るつもりでいた。旭川のデパートで買ったもので、旭川から送って昨日受け取った荷物の中に入っているはずなので、押し入れに放り込んでいた段ボールから取り出そうとして絶句する。 
押し入れに放り込んでいた、服の入った段ボールが雨漏りで全部びしょ濡れになっていたのである。
 
うっそー!
 
と思い、千里はレディススーツの入っているはずの段ボール箱を取り出して中を確認するが、全てずぶ濡れだ。
 
えーん!せっかく買ったのに〜。これ3万円もしたんだよぉ。
 
取り敢えず着られる服が無いかと思い、他の箱も確認するのだが、段ボール箱は全て濡れていて、中の服も全て水分を吸っている。取り敢えず今日の用に間に合わないのは確かである。
 
それどころか、そもそも普通の服の着替えさえ無い!
 
入学式で着たピンクのレディス・スーツも彼女が来た時に見つからないように押し入れに放り込んでしまったので一緒にやられている。
 

千里は考えた。
 
結局の所、私が着ていけるのって、今着ている男物の服だけ?
 
やだー。こんな服着て大学に出ていきたくないよぉ。
 
お店が開いたら、飛び込んで何か適当なものを買ってくる手もある。しかし大学が始まるのは9時である。お店はまだ開いてない。
 
千里はため息を付いた。
 
雨漏りの酷いところでも構わないと言ってこのアパートを借りたことを少しだけ後悔した。
 
でも仕方無いので覚悟を決めて、千里は今着ている服のまま出かけることにした。ユニセックスなバッグに学生証と財布を入れ、靴もパンプスではなくスニーカーを履いた。昨日パンプスは靴箱に入っていた。貴司の彼女がそこを見ようとしなかったのは幸いだったな、と思ってから、いっそ見てくれてたら良かったのにと思い直した。
 
くっそー。悔しいな。
 
千里はあらためて彼女に対して嫉妬心を起こす。
 
『だから邪魔してやろうかと言ったのに』
と《こうちゃん》が言うが
『ちょっと静かにしてよ』
と千里はまた彼に当たってしまった。
 
『おぉおぉ。かなり心を乱してるね。千里らしくもない』
と《こうちゃん》は言う。
 

そういう訳で、千里はせっかく「女の子として通す」つもりの大学生活の初日に男装で出かけて行くハメになったのであった。
 
レディススーツにパンプスなら今日はバスで出かけるつもりだったのだが、ジーンズにスニーカーなら自転車でいいなと思い、自転車で大学まで出て行く。自転車置き場に駐めてロックし短く太いワイヤーを後輪に掛けた上で、長めのワイヤーで手摺りにも留める。旭川ではそもそも自転車自体のロックしか掛けたことなかったが、都会ではこのくらい必要だろうと千里も認識していた。 
掲示板を見て自分の学生番号の入っているクラスに行く。入口の所に居る先輩らしき人に名前を言ってプリンタで印刷した冊子のようなものをもらう。クラス全員の氏名が載っている。性別は書かれていないが、だいたい名前で性別の判断はつく。ふーん。女子は7人かな?と千里は思った。
 
その自分以外の6人の内、5人が固まって何かおしゃべりしている。もう1人はひとりで席に座っているが、あれ?あの子、こないだの子じゃんと思った。それは入学式の時に肩に幽霊をぶらさげていた子、つまり桃香である。 
おしゃべりしていた5人の女子が千里のそばに寄ってくる。
「こんにちは〜。女子ですよね?」
「多分、村山千里さん?」
と彼女たちから声を掛けられるが、千里は今日みたいな格好で女は主張できない気がした。それで
 
「ええ、村山千里ですけど、ボク男ですよ」
と言っちゃう。
 
「あ、ほんと?ごめんねー」
と言って彼女たちは離れていった。
 
それと入れ替わりに、男の子が3人話していたのが近づいてくる。
 
「あれ、君男だったの? ごめーん。女の子かと思ってた」
 
この時声を掛けてくれたのは宮原君という子である。それでオリエンテーションが終わった後、男子だけで飲みに行こうよと誘われる。
 
「未成年だからお酒飲めないです」
 
実際問題として今日も飲んだら3日連続の未成年飲酒だ。その2日前にも飲んでる。 
「堅いこと言わない。バレないって」
「だいたい大学1〜2年が飲まなかったら、大学の周辺の飲食店、半分潰れるから」
 

担当教官からのお話の後、全員自己紹介をする。桃香は
 
「富山県から来ました高園桃香です。私ひとりで居るのが好きだからあまり声は掛けないで下さい」
などと言った。うーん。こういう我の強い子好きだなあ、と千里は思う。 
千里は
「北海道から来ました村山千里です。高校時代はバスケしてたんで髪も五分刈りだったんですが、少し伸ばしてもいいかなと思って今放置育成中です」
と言った。
 
「どのくらいまで伸ばすの?」
とひとりの女の子(玲奈)から声が掛かったので
「そうだなあ。5メートルくらいかな」
と千里が答えると、教室が爆笑になった。
 
全員の自己紹介が終わった後、1学年上の先輩からの話、それに生協のスタッフの人の話などがあった後、解散となる。授業は週明けの月曜日からである。 
それで他の男子たち20人くらいに誘われて千里は大学を出て町の方に行く。女子の方はおしゃべりしていた5人が別途どこかに行くようである。桃香はひとりで帰る態勢だ。多分ほんとに群れるのが嫌いな性格なのだろう。男子の半分くらいはバラバラに帰ったり、あるいは数人で固まってどこかに行くようであった。千里が誘われた集団がいちぱん多人数であった。
 
大学近くの居酒屋に入る。
「取り敢えずビール」
「俺、焼酎、芋で」
などとオーダーが入るが、千里は
「ボクは烏龍茶で」
と言う。
 
「飲めないの?」
「飲むのに慣れようよ」
「焼酎も美味しいよ。ジュースみたいだから」
などと言われたが
「ごめーん。20歳になる前にお酒飲んだら勘当だって親から言われてるから」
などと千里は言って、烏龍茶というオーダーを押し通した。
 
「まあいいや、乾杯」
と言って、みんなでグラスを合わせる。千里も近くの男の子たち数人とグラスを合わせた。
 
それで会話が始まるが、千里は正直参ったと思った。
 
サッカーの話題が出ていた。あいにく千里はサッカーにはあまり興味が無かったので話題について行けない。どうやら今「最終予選」というのが行われているようであるが、何の予選なんだろうと疑問を感じながら話を聞いていた。
 
車の話も出る。
「村山君は免許取った?」
と、千里が全然会話に加わってないのを心配したのか、千里を最初に誘ってくれた宮原君が話を振ってくれた。
「うん。春休みの間に取ったよ」
「AT限定? MT?」
「どちらも乗れるやつ」
「車買った?」
「そんなにお金無いよー」
 
「俺ローンで買った」
という子がいる。
「何買った?」
「モビリオスパイクの中古。30万円だった」
「すごっ。現金?」
「まさか。3年ローンだよ。毎月9000円弱」
「月9000円でも学生にとっては結構きつい」
「うん。バイト頑張らなきゃ」
 
そうか。みんな普通そんなものだよなと思い、千里は少しだけ彼らに親近感を持った。車を買ったという子が3人居たが全員長期のローンを組んだようである。
 
お酒が進んでくる。自然と話が猥談になってくる。千里は内心きゃーっと思う。 
千里は小学校でも中学高校でも、女の子の友人たちとしか付き合った経験が無い。貴司などはけっこう千里とのデート中にHな話もしていたが、その日の飲み会で千里がその男子たちの口から聞いたのは、そんな生やさしい話ではなかった。
 
うっそー!と思うような話がポンポン飛び出してくる。その内何やら怪しげな雑誌が回ってくる。何気なく開いたが、げっと思う。その雑誌に載っているエロマンガは千里の感性では耐えられないものだった。男の子ってこんな雑誌を読んでるの? 千里は見てはいけない男の子の舞台裏をうっかり覗いてしまったような気分だった。
 
会話の方もオナニーの話からいわゆる「おかず」の話まで出てくる。何やら女性の名前が出てくるがどうもAV女優さんの名前のようだ。
 
「村山はどんなおかず使う?」
「えっと、そういうの経験無いかも」
「あ、村山ちょっとその方面弱そうだもんなあ」
「オナニーは毎日するだろ?」
「ごめーん。したことない」
「うそ!?」
 
それでそのあたりの話をしている内に、彼らはどうも千里は「違う」ようだというのを感じ始めたようであった。やがて誰も千里に話を振らないようになってくる。千里は潮時かなと思った。
 
「少し眠くなってきちゃった。先に帰るね」
と言って、千里は宮原君に多分このくらいあれば足りるかなという感じで千円札を6枚渡すと
「余ったら寄付ということで。足りなかったら月曜日に言ってね。悪いけど失礼します」
と言って席を立ち、居酒屋を出た。
 
ふっと大きく息を付く。
 
だめー。私ってやはり男の子を装うことはできないみたい。
 

無理矢理男を装った時間を昨日、そして今日と過ごしてしまったので千里はその「補償」をしたくなった。町中心部で遅くまで開いているお店に行き、可愛いチュニックとプリーツスカートを買った。試着室を借りて着替えてしまう。 
その格好を鏡に映してみると何だかホッとする。
 
月曜からはこんな感じで学校に出て行こうかなあ。でも今日は男ですなんて言っちゃったし、月曜日に女の子の格好で出て行ったら仰天されるかな、などと考えると、むしろ楽しい気分になった。
 
自転車を大学に置きっ放しにしてきてしまったので、今日はバスで帰宅する。バス停から歩いてアパートに向かったら、ドアの前で貴司が座っているのを見た。
 
「どうしたの?」
「振られた」
「へ?」
「いや。昨夜さ、彼女と一緒にホテルに行ったんだけど」
「うん」
「僕こないだ、千里にあそこの毛を剃られちゃってたろ?」
「あ」
 
貴司が千里をレイプしたので千里は罰として貴司を《去勢》した。実際は接着剤でタックして女の子の股間にしてしまったのだが、それをするには、当然陰毛を全部剃ってしまう必要がある。
 
「それを指摘されたんだ?」
「うん。これはどういうことなの?と聞かれて」
「ケジラミとかにやられたから剃ったと言うとか」
「その方が更に問題だよ!」
「貴司、風俗とか行かないんだっけ?」
「行かない。同僚に誘われたことあるけど、好きでもない女の子とHなことしたくないもん」
 
そのあたりって貴司って少し女性的な部分があるのかも知れないなと千里は思う。それは彼と付き合い始めた頃から時々感じていたことだ。
 
「で、危険なプレイをしたことを告白したのね」
「うん。千里に剃られたと言っちゃった」
「剃るってことは、相応のことをしたってことだもんね」
「うん。それで千里が男か女かは知らないけど、そういうことをしあう関係にあるなら、もう知らない、と言われてホテルから追い出された」
 
「貴司が追い出されたんだ?」
「だって彼女大阪から出て来て疲れてるから寝たいと言うし。ホテル代と帰りの新幹線代を置いて出て来た」
「そんなのまで置いて出て来てしまうのが貴司の優しい所だね」
「真夜中にホテルから外に出されて、明け方まで辛かったよ」
「ああ。まだ夜は寒いよね」
 
「それで明るくなってからここを探してやってきて千里を待ってた」
「彼女に振られたから、その代わりに私を求めるの?」
「違う」
と貴司は言う。
 
「千里のことはずっと好きだった。去年の春に別れたことを後悔していた。留萌と旭川に別れて住んでいても交際できてたんだもん。大阪と北海道でも工夫次第では交際できたんじゃないかという気がして」
 
そういう貴司は自分の携帯に付けた金色のリングが付いたストラップを見せる。それは千里と貴司のマリッジリング代わりであった。千里は心が暖まるような思いだった。
 
「でも私、もう恋人作っちゃったよ」
と千里は言う。
 
「え?ほんと?」
「だから貴司とは恋人にはなれない。友だちとしてなら付き合えるけど」
 
「分かった。でも今夜は泊めてよ」
「そのくらいいいよ。友だちだもん」
 

鍵を開けて中に入る。雨漏りで衣服が全滅したことを言うと、明日ふたりで一緒にコインランドリーに持って行って洗っては乾燥させて、というのをしようと提案してくれた。
 
「でも1階でそこまで雨漏りするって凄いよ。ね。2階の床に養生シートか何か敷いたら少しは違わない?」
と貴司が言うので、大家さんに提案してみることにした。
 
その日は取り敢えず使いたい分の着替えを貴司がコインランドリーに持って行ってくれた。それで明日・明後日くらいは着る服ができた。
 
夕食は御飯を炊き、貴司がコインランドリーに行っている間に千里がカレーライスを作った。貴司は美味しい美味しいと言ってたくさんお代わりしてくれた。 
「千里の手料理食べたのも1年ぶりだ」
「私より料理の上手な女の子もたくさんいるから、そういう子を捕まえるといいよ」
 
御飯の後、お茶を飲んで一服してから、千里は貴司にシャワーを勧めたが貴司は千里に先にシャワーして欲しいと言った。
 
「そうだね。じゃ先にしちゃお」
と言って先にシャワールームに入る。台所にお布団を敷く。そして少し考えたが、千里は裸になってお布団に入った。
 
やがて貴司がシャワールームから出てくる。裸のままだ。
 
「千里、もう寝た?」
「起きてるよ。布団がさ、1組しかないから悪いけど私と一緒に寝てくれる?襲ったりしないから」
と千里は目を瞑ったまま答える。
 
「セックスさせてよ」
と貴司は言う。
 
「ダイレクトな言い方だなあ」
「僕、婉曲的に言うとか苦手だから」
「まあ友だちだし、セックスくらいしてもいいよね」
「うん」
 
それで貴司は布団の中に入り千里にキスをした。この日は千里も貴司を抱きしめた。
 
「千里の新しい恋人って男の子?」
「どうかな」
「それとも千里レスビアンに目覚めた?」
「どうかな」
「千里、ヴァギナあるよね?」
「私男の子なんだから、そんなのある訳無いじゃん」
「いや、千里は女の子だ」
「確かめてみる?」
と言って千里は貴司に抱きつくようにしてキスをした。
 

「あ・な・た、お・き・て」
という声で貴司は目を覚ます。朝までぐっすり寝ていたようである。まあ昨日はさすがにしんどかったかなと思う。
 
「お味噌汁が出来てるわよ」
と言って千里は貴司にキスをした。貴司は微笑んで起き上がり、トイレに行ってきてから服を着て食卓に就く。テーブルの上に千里の携帯がある。その携帯には自分のとお揃いの、金色のリングのストラップが取り付けてあった。
 
千里が作ったワカメと豆腐の味噌汁を炊きたての御飯と一緒に頂く。物凄く幸せな気分になる。
 
「僕、彼女には手料理どころか手作りクッキーとかも一度も作ってもらったこと無かった」
「女の子がみんな料理得意とは限らないよ」
 
と言いながら中学高校時代、けっこう手作りクッキーを貴司にあげたよな、というのを思い出していた。
 
「彼女、そういうタイプみたい。愛妻料理とか言うけど下手な手料理より一流シェフの上手な料理の方がいいに決まってるとか、よく言ってたし」
 
「ああ、それは料理不得手な女の子のよくある言い訳。でも貴司にはそういう子合わないかもね」
「うん。彼女と結婚したら、御飯作るのは主として僕になるかなという気はしていた」
「それもいいかも知れないけどね」
 
「でも千里の味噌汁も久しぶりに食べたけど、この味、僕の好みだよ」
「貴司のお母さんの味付けに似た感じかな」
 
千里は何度か貴司の家に泊まって、貴司のお母さんの作る朝御飯を一緒に食べたりもしている。
 
「これからもずっと僕のために味噌汁を作ってくれない?」
「何それ〜?」
「だめ?」
「そういうことは、結婚したい女の子に言いなよ」
と言って千里は貴司にキスをした。
 

貴司は千里の《兄》と称して大家さんに2階に養生シートか何かを敷いてもらえないかと言ってくれた。大家さんもそのくらいならすぐできるということで、すぐに2階の全部屋の床にビニールシートを敷いてくれた。つなぎめの所はビニール製の荷造りテープで留める。これで実際、かなり雨漏りは減少した。また貴司は千里の部屋自体にも押し入れなど数ヶ所の天井にビニールシートを貼ってくれた。
 
夕方くらいまで掛けて千里の衣類の大半をコインランドリーで洗濯・乾燥させた。一部の上等な服はクリーニングに出した。
 
「パソコンが無事だったから良かったね」
「龍笛と篠笛も無事だった。これ痛んだら嫌だもん」
 
結局、居室側はガス爆発の直撃を受けているためどうしても雨漏りが避けがたいものの、反対側にある台所は雨漏りは無事っぽいということで千里はこの後、このアパートでは主として台所で生活することになる。机は居室に置いたままにしたものの本棚は台所に置く。台所のスペースをできるだけ確保するため、本来は台所に置くようになっている洗濯機・冷蔵庫も居室に置くことにし、貴司が下に敷く板をホームセンターで選んでくれて、洗濯機のホースも延長ホースを買って来て、長く伸ばして給水・排水するようにした。また水道がそのままでは飲用に適さないので、浄水器を水道に取り付けるのも、ちゃんといったん水道の栓を閉めてから、やってくれた。
 
「こういうのはやはり男の子がいると違うなあ」
「うちのチームの試合と練習の日程はホームページに掲載されているからさ、試合の無い日は呼び出してくれてもいいよ。すぐ大阪から来るから」
「呼び出しちゃうかも」
 
貴司は土曜いっぱい、この千里の新居の生活準備を手伝ってくれて日曜日に大阪に戻ることになる。着替えなど持って来ていなかったので貴司の着替えも少し買った。
 
「僕の着替えここに置かせといてよ」
「いいよ。じゃこの整理ダンスの大きな引出の一番上の段は貴司の服ということにする」
「OK。なんなら千里着ててもいいけど」
「そうだなあ。男装する時に借りようかな」
「ふふふ」
 

スパゲティ・ミートソースを作ってお昼にした。貴司はまた美味しい美味しいと言ってたくさん食べてくれた。ちょっと新婚みたいな気分だと千里は思った。それで食器を洗っていたら携帯に着信する。
 
「おはようございます、雨宮先生」
と言って取る。
「おはよう、千里ちゃん。例の車を受け取ってきたから。今千葉市内まで来てるんだけど、おうちはどこ?」
「早かったですね!」
と言ってこちらの住所を伝える。それでカーナビにセットしてこちらに来てくれるようである。
 
「先生?」
と貴司が千里に訊く。
「うん。高校時代から色々音楽のことで指導してくださってる先生」
「へー。そういえばバンドやってたね」
 
「それでその先生に唆されて車買っちゃったんだよ」
「おっ、凄い。何買ったの?」
「スバル・インプレッサ・スポーツワゴン」
「WRX?」
「ううん。5ナンバーのやつ」
「MT?」
「うん。5MT」
「それにしてもインプなんて、千里飛ばす気だ」
「安全運転するよー」
 
「でもいくらしたの?」
「53万円」
「安すぎる。何km走ってた?」
「7万kmだよ」
「それなら買い取り価格でも100万以上するはず。事故車ってことない?」
「事故は起こしているけど、事故車ではない。修復歴無しだよ」
 
取り憑いてた霊は《こうちゃん》が処分しちゃったしね〜。
 

ほどなく雨宮先生が到着する。
 
「こんにちは」
と貴司も挨拶するが、ワンティスの雨宮三森とは気付いていないようだ。ただの普通のおばちゃんくらいに思っているだろう。
 
「でも真っ赤なインプか。これ絶対警察に目付けられる」
「うん。だから安全運転」
 
「駐車場も契約しといたから。カーナビに登録してる。ここね」
と言って先生は千里に登録場所を見せる。
 
「現金で払ったおかげでサービスでカーナビのデータは最新版に更新してくれてたよ」
「それは助かります」
 
カーナビのデータ更新は結構お金が掛かる。が、それより千里は自分で更新する自信が無かった。千里は理系なのにパソコンソフトのインストールなども大抵誰かに頼っていた。
 
「それで千里ちゃん、私夕方静岡でお仕事があるのよね。送って行ってくれる?」
「はい、お送りします」
 
とは答えたものの、運転免許をもらって最初の運転だというと、貴司が最初は自分が運転すると言った。
 
「東京都区内とか大阪市内って特別だから。ある程度慣れてからにしないと怖いよ。それに首都高がまた戦場みたいな場所だから」
「戦場〜?」
 
雨宮先生も頷いている。
 
それで東名に入って最初のSAまでは貴司が運転することにする。そして静岡で先生を降ろしてからそのまま大阪まで貴司を送っていくことにする。
 

貴司が運転席に就く。千里は若葉マークを持って助手席に乗り込む。雨宮先生が後部座席に乗って出発する。なお貴司は高3の夏休み、インターハイ終了後に免許を取りに行ったので既に若葉を卒業している。
 
「千里、助手席で自分で運転しているつもりになってよく見てて」
「うん」
 
貴司は千葉北ICから高速に乗ると、そのまま首都高に入り、有明JCT/谷町JCTを通過して東京ICから東名に乗る。しかし首都高で千里はカルチャーショックを受ける。
 
「貴司、車間距離短いよ」
「いや。これでいい。試しに開けてみようか?」
と言って貴司が前の車と適正な車間距離を取ろうとしたら、すぐ他の車が飛びこんできて、また前と同様の車間距離になってしまう。
「ね。開けようとしても無意味でしょ?」
「だってこれ急ブレーキ踏んだら追突するよ」
「だからしょっちゅう、そういう事故が起きてる」
「うーん」
 
それでも貴司は前の車との距離は比較的大きめに取っている。そこにまた強引に車が飛び込んで来た。
 
「何今の? ウィンカー点けるのと同時に飛び込んで来た」
「だから首都高は戦場なんだよ。銃弾の飛び交う前線に居るくらいの気持ちでいないと事故に巻き込まれるよ」
「分かった」
と言って千里も臨戦態勢になる。
 
「それでも下道よりはずっとマシなのよね〜」
と後ろから雨宮先生が言う。
 
「都会の下道はもうカオスですよね」
「そうそう」
 

やがて車は海老名SAに着く。ここでトイレ休憩した後、今度は千里が運転する。教習所を出てから初めての運転だ。2週間しか経ってないから充分覚えているだろうと思ったのだが甘かった。最初発進の仕方を忘れていて貴司に教えられる。 
「ごめーん」
「気にせず慎重に」
「うん」
 
高速教習もやったし、貴司のアウディA4アバントを無断運転で高速を走ったりもしていたし大丈夫だよね、と思ったのだが、貴司は心配して言う。
 
「無理しないで。左車線に入って80km/hで走ろう」
「うん、そうだね」
 
それでも30分も走っているとだいぶ感覚が戻ってくる。
 
「行けそうな気がする」
と言って千里は2車線目に移動するとともに100km/hに加速した。
 
「前だけを見るんじゃなくて、バックミラーとかサイドミラーも定期的に見るようにしよう」
「うん。そういえばそんなこと言われたんだった」
 
「あれって見る癖のできてない人は何年運転しててもダメよね」
と後ろから雨宮先生も言う。
 
「車線変更する時は必ず目視確認」
「それも言われてた!」
 
やがて東名名物の左右ルートに分かれる区間が来る。
 
「左ルート・右ルートって何?どちらに行けばいいの?」
「どちらでも好きな方を」
「よし。右に行こう」
「ほほぉ」
「左が良かった?」
「いや。どちらに行くべきか迷った時は左を選ぶ人が多い」
「へー」
「さすが私の弟子だわ。変わってる」
「はい、私、変人なことには自信あります」
 
貴司が何気なく疑問を呈する。
「先生も変人なんですか?」
「そうよ。私かなりの変人のつもりだったのに、この子見てたら自信がぐらつくわ」
「なるほどー」
「そもそも女に見えるけど実は男だってのも同じだしね」
「えーーー!?」
と貴司が驚く。
 
「先生、男性なんですか?」
「そうだけど」
「女性に見えます!」
「そうね。女に見られることが多いわね。
 
「ってか、女にしか見えないよねー」
と運転席で千里も言う。
 
「ちなみに性転換手術はしてないってのも同じだよ」
と千里は追加したが
 
「それは嘘だ。千里は性転換済み」
と貴司。
「あら、あんた性転換したんだ?」
と先生。
「してません。私、身体はまだ男です」
と千里は言ったが
 
「いや。こいつ既に高1の時に医師の診察受けて女性と診断されて、それで女子選手の登録証をもらったんだから、既にその時点で性転換済みだったのは間違い無いです」
と貴司は言う。
 
「ああ。そうだったわね」
と言って先生は苦しそうに笑っている。もう!
 
「私ホントに手術とかしてないんだけどなー」
と千里は言うが、信じてもらえないようだ。
 
「だけど千里、免許取って初めての運転にしては上手いよ」
「褒めて、褒めて」
 
「あんたたち、キスくらしいてもいいわよ」
「いや、私たち友だちだから」
「ふーん。友だちねぇ」
と言って、先生はまた苦しそうにしている。
 

下道の都市部は大変だしということで日本平PAでまた運転は貴司に代わり、それで先生の行き先を確認してカーナビをセットし、静岡ICで降りて先生を目的地に送り届ける(静岡までの高速代は先生が出してくれた。ついでにガソリン代と言われて1万円もらった)。
 
下に降りたついでに静岡市内のファミレスで夕食を取り、ゆっくり休んでからまた出発する。今度は千里が最初から運転した。
 
「この高速のチケット取ったり精算するの結構面倒だね」
「ETCカードを作るといい。割引にもなるし」
「ふーん」
「この車はETC取り付けてあるからカードだけ作ればいい。ETCで夜間に高速を走ると確か3割引とかだよ」
「それは作らなければ!」
 
「結果的にクレカを作ることになるけど、学生は結構簡単に発行してくれるんだよ」
「へー。それどこで訊けばいいんだっけ?」
 
「車を買ったディーラーとかカー用品店とかでも取り次いでくれると思う。僕は銀行の人に勧誘されてそれで作ったんだけどね」
「へー。オートバックスにでも行ってみようかな」
「女の子には親切に教えてくれるよ。口座の通帳印鑑とか持って行ってね」
「うん」
 

結構休み休み走ったので滋賀県付近まで来たのは既に夜9時頃である。千里は菩提寺PAの表示を見ると車を中に入れる。カーナビの表示は残り70kmを切った。千里は車を建物から結構離れた場所に駐めた。
 
「トイレ休憩?」
「うん。行って来ようよ」
 
ふたりで一緒にトイレに行くが、男女表示のところで当然別れる。貴司は男子トイレに行き、千里は女子トイレに行く。千里が出てくると、貴司はトイレの前で待っていてくれた。
 
「コーヒーでも飲もうよ」
と言って、ブラックコーヒーを2缶買って1つは貴司に渡す。飲みながら車に戻る。ロックを解除するが千里は後部座席のドアを開けた。
 
貴司が千里を無言で見詰める。
 
「しない?」
と言って千里は貴司を見て微笑む。
「する」
と言って貴司もドアを開けて中に乗り込んだ。
 

結構運転で神経を使っていたせいか、セックスしたままお互い眠ってしまっていた。目を覚ますともう夜11時である。
 
「この後うちの近くの道は一方通行とかあって入り方が難しいから僕が運転するよ」
「うん」
 
それで貴司の運転で京滋パイパスを通り再度名神に合流して、吹田ICで名神から府道2号に入る。千里(せんり)ICを降りて少し走ると貴司のマンションだ。 
「ここの住所書く時、私、何だか自分の名前を書いてるような気がする」
「だからそこに住んでいるのさ」
 
その言葉に千里はドキッとした。貴司は帰りが分かりにくいと思うと言い、運転席を交代した上で、マンションから千里(せんり)ICまでの道を千里(ちさと)に運転させて出てから、再度自分のマンションに戻った。マンション前で車を停める。ふたりはしばらく車の中で沈黙していた。
 
「私たちの関係だけど友だちということでいいんだよね?」
と千里は訊いた。
 
「うん。いいんじゃない。セックスしちゃうかも知れないけど」
「そうだね。気分次第では。でもこないだみたいに、嫌だと言ってるのに無理にしちゃうのはNGだからね。お互いに同意できる時だけだよ」
「あれはごめーん」
 
「じゃ、また」
「うん。帰り気をつけてね」
と言ってキスをしてから、貴司は車を降りていった。
 
『千里、どこかで少し寝てから帰った方がいい』
と《りくちゃん》が言う。
『うん。桂川PAあたりで一眠りしてから帰るよ』
と言って、千里はインプレッサを発進させた。
 

結局千里が東京まで戻って来たのは朝6時である。カーナビに設定されている駐車場に行ったのだが。。。
 
「え?」
と思う。駐車場は都内である。
 
「嘘。だったら、私アパートからここまでどうやってくればいいのよ!?」
 
しかし車を路上に放置したりもできないので、そこに駐めて千里は電車で千葉に戻った。
 
軽くシャワーを浴びてから、ポロシャツとセーターにスリムジーンズという格好で学校に出て行く。
 
教室で金曜日に飲み会に行った男の子と顔を合わせたので
「おはよう」
と言ったが、向こうは
「あ、おはよう」
と少し困ったような顔をする。
 
ああ、やはりあの飲み会での言動で、私、男の子の仲間からは外れたかな、と思う。まあ、その方が気楽でいいけど。男の子と話すのは緊張する。貴司だけが例外だなぁ、などと考えていた。
 

1時間目の英語の授業が終わり、教室を移動して2時間目は線形代数の授業だ。教室移動といっても、大半の学生は一緒に移動している。
 
教官が来るのを待っていると、突然後ろから耳に触られる。
 
え?
 
「あ、動かないで。じっとしてて」
と女の子の声がする。
 
「イヤリング付けてあげたよ」
というので、バッグから手鏡を出して見る(普通男子学生はそんなの持ってない)。 
「わ、可愛い」
と千里は言ってしまった。イルカのイヤリングだ。
 
「気に入ったのなら、それあげる」
と言ったのが朱音であった。
 
「村山君、今日の授業終わった後、予定ある?」
「ううん。無いけど」
「和菓子のバイキングあるんだけど一緒に来ない?」
「あ、行く行く。ボク和菓子大好き」
 
そんな感じで千里は同じクラスの女子たちと仲良くなっていったのであった。 
 
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