【続・サクラな日々】(1)

前頁次頁目次

1  2  3 
 
大学2年生の私は、学資稼ぎに出会い系サイトのサクラをしていたのだが、男性会員さんがどうしても会いたいと言ってきた時に、たまたま対応できる女性スタッフがいなかったことから、女装して相手の女の子の振りをして会ってきたのを機会に、女装の味を覚えてしまい、結局24時間女装しているようになって、学校にもバイト先にもその格好で行くようになってしまった。
 
学校で同じクラスの女子、莉子(りこ)・涼世(すずよ)・妃冴(ひさえ)とは凄く仲良くなっていつも一緒にお昼を食べていたし、映画に行ったり、ファミレスに行って勉強会をしたりもしていた。またバイト先の先輩レモン(清花:さやか)には可愛がってもらい、よく一緒に夕食を取ったり、また相談事に乗ってもらったりもしていた。
 
そんな中、男の子時代からの友人・進平とちょっとしたきっかけで恋愛感情が芽生え、私達は恋人として付き合うようになる。一時、進平は私の他に普通の女の子の恋人も作っていたが、私にバレるとそちらとは別れてくれて、その事がきっかけで、私と彼の仲は更に深いものへと進展したし、私は自分が女の子であること、そして彼の恋人であることに自信を持つようになった。
 
進平は高校時代からの友人達と4人でよく深夜のドライブをしていて、各々の恋人を助手席に乗せていた。その相手である花梨(かりん)・麻耶(まや)・美沙(みさ)とも私は仲良くなった。彼女たちとは何度も温泉に一緒に入った。
 
私の女装生活は上京してきた母にバレてしまったが、母は私の生き方を理解してくれて、成人式にもまた来てくれた。そして振袖を着た私を可愛いと言ってくれたし『娘の成人式で振袖姿を見るなんて不可能な夢と思ってたから嬉しい』
とまで言ってくれた。
 
成人式の翌週、私はまた振袖の着付けをしてもらい、写真館で成人式の記念写真を撮った。成人式が終わってからの方が写真館も空いているということもあったのだが、成人式の日に進平に(彼が同じ日に別の会場で成人式だったため)振袖姿を見せることができなかったので、それを見せたいというのも大きな理由だった。
 
彼は写真館にも付き合ってくれて、私の撮影を見ていた。写真屋さんが
「何でしたら、お持ちのカメラで彼と並んでいるところも撮りましょうか?」
などと気を利かせて言ってくれたので、好意に甘えて撮ってもらった。進平も、最初から自分たちのデジカメで並んだ所をどこかで撮るつもりで今日はスーツを着てきていた。
 
ファミレスに移動してお昼を食べる。今日は自前でエプロンを持参してきていたので、食事も安心である。とはいっても、汁などが垂れる可能性のある品は全部進平に押しつけた。
 
「じゃ、代わりにこれ食べる?あーん」
などといって進平が唐揚げを食べやすいサイズに切って、フォークで刺してこちらに手を伸ばしてきた。私が口を開けると、彼は唐揚げを私の口に入れた。
「美味しい、ありがと」
「なんかこういうの楽しいよね」「うん」
 
「ハルちゃんとはなんか付き合い出した頃から、こんなことしてるけどさ、実は俺、他の子とこういうことしたことない」
「朱実ちゃんともしなかったの?」
「あの子とは何だか政治の話ばかりしてた」
「わー、そういう系統の子か」
「おかげで学生運動のセクトの名前には詳しくなったけど。夕子とは、なんかピカソがどうのとか、歌舞伎がどうのとかばかり話してた。ゲルニカのことだけで6時間しゃべり続けられた時は参ったと思ったね。横浜にハルちゃんが来た時も実は2時間くらい棟方志功論を拝聴していた」
「。。。。ねー、進ちゃん、ひょっとして女の子の選び方が変?」
「あはは、そうかもな。ハルちゃんもちょっと変な子だし」
「うふふ」
 
「でもハルちゃんはちょっと他の女の子と違った子だけど、俺は好きだよ」
「ありがと」
「それで思ってたんだけどさ」
「うん」
「前、ハルちゃんが言ってたことで訂正して欲しいことがある」
「何だろ?」
 
「例の横浜までハルちゃんが来た日、ハルちゃん、東名を走りながら言ってたろ?自分に飽きたから別れてと言ったら別れてあげるとか、自分が子供を産めないから別れてと俺が言ったら別れてあげるとか」
「うん・・・・」
「それを訂正して欲しい。そんなんで簡単に別れてくれるような愛では困る」
「進ちゃん・・・・」
「俺、真剣にハルちゃんのこと好きだから、ハルちゃんも真剣に俺を愛して欲しい」
 
「ありがとう。そのことば、私、取り消す。実はさ、あの後自分ではあんな事言ったけど、ほんとに別れてと言われて、私素直に身を引けるかなと考えてたら、やっぱり無理だと思った」
 
「うん」
「私も進ちゃんのこと、真剣に好き。もう結婚しちゃいたいくらい」
「俺、ハルちゃんと結婚したいと思ってるよ」
 
私は無言で笑顔のまま頷くと、さっき写真屋さんで自分のデジカメで撮ってもらった画像をモニタに呼び出した。
「この写真、まるで結婚写真みたい」
「実は俺もあの時思った。振袖とスーツだもんな」
「うふふ」
 
「ね、指輪買ってあげようか?」
「えー!?」
「本式のエンゲージリング買ってあげるほどはまだお金無いから、ファッションリングでも良ければ。誕生石はエメラルドだったっけ?」
「うん」
「じゃ、ちょっとこの後、宝石屋さんに行こうよ」
「ほんとに〜?」
 
そうして私達はファミレスを出た後、振袖とスーツ姿のまま、銀座の宝石店に行った。お店の人からいきなり○十万とかの指輪を勧められたりするが、そんな予算ありません、と言って、進平は3万9千円のエメラルドのリングを選んだ。一応エメラルドカットでリングはホワイトゴールドである。彼が私の左手薬指にそれをはめてくれた。
 
お店の人が「エンゲージリングですか?おめでとうございます」と言ったが、進平は「いえいえ。エンゲージリングはまたあらためて、お金を貯めてからダイヤのプラチナリングを買いに来ますよ」と言った。でも宝石屋さんは私達が振袖とスーツで並び、私がその左手薬指の指輪を見せているところの写真を撮ってくれた。
 
私達はその日の午後はホテルに行き、たくさん愛し合った。
 
「振袖って可愛いけど、脱がせちゃうと着せられないのが難点だな」
「脱がせるの楽しそうだったね」
「和服の下着ってまた構造が違うから少し楽しかった」
「進ちゃん、着付け覚える?」
「無理〜。俺、着物と浴衣の区別も付かないから」
「私もこの振袖買いに行く直前まで、そうだった。これが振袖かなって思って訪問着見てたんだから」
 
その日は夕食を一緒に取ってから別れる予定だったのだが、椎名君から進平に電話が入った。椎名君がなんと10万円の宝くじを当てたということで、通行料を全員分おごるから、夜のアクアラインを走ろうということだった。
 
いったん進平の家まで電車で一緒に戻り、愛車のRX-8を出して集合場所へ行く。椎名君が1万円札を全員に配る。
「おい、これは多すぎないか?」
「アクアラインを渡った後、館山道、東関東道をまわって東京に戻り、最後にレインボーブリッジを渡る」
「なるほど。走り甲斐があるね」
「海ほたるUターンじゃ詰まらないだろ?」
「じゃ、海ほたると、幕張あたりで休憩するパターンかな」
「うん、そんなところだろうな」
 
川崎側からずっとトンネルを走る。海の中を通っている感覚は無い。これはふつうのトンネルみたいな感じだ。私達は今日最初の先導役を務める高梁君のGT-Rの後、全員法定速度で左車線を走っていく。どんどん右車線から後続車が私達を抜いていくが気にしない。やがて、その長いトンネルを抜け、海ほたるで休憩する。
 
食堂で軽い食事を取ったが、車から降りて建物の方に行く段階で早速花梨たちから左手薬指のリングを指摘された。
 
「ただのファッションリングだからね」と私。
「でも左手薬指だよ」と麻耶。
「エンゲージは俺が金貯めてから」と進平が補足する。
「へー。でもおふたりさん、かなり仲が進展してるみたいね」と花梨は楽しそうだ。
 
「どっちみち、結婚できるのは大学卒業して就職してからだろうからなあ」
「私もそれまでには戸籍の性別を変更し終えてるつもり」
「え?そうなの?」と進平も驚いた様子で訊く。
 
「おお、とうとう性転換を決意したか」と花梨。
「うん。性転換する!手始めに私、もう女性ホルモン飲んじゃう!」
と私は高々と手を挙げて宣言した。
「よしよし、行け行け」と花梨。
進平はどう反応していいか分からないような表情をしていたが、やがて私の手を握った。
「何?キスして欲しいの?」と言って、私はみんなの前で進平にキスをする。
 
「あ、えっと。お熱い人たちもいるし、幕張では2時間くらい休憩しようか?」
と椎名君。「お熱い人たちは降りずに車の中で休んでいればいいから」
「じゃ、幕張では出発するまで声掛けないからねぇ」と花梨。
「うん、ありがと」と私は笑顔で答えた。
 
海ほたるでの休憩を終えてから、私達は今度は深谷君のインプレッサが先導役となってアクアブリッジを渡り、木更津側へ向かった。物凄く美しい。真っ暗な空間に道路の明かりがずっと続いている。
 
「きれい・・・・」
「景色が見られないのは残念だけど、これはまた別の美しさがあるよな」
「うん。凄くきれい。感動」
私は助手席から身を乗り出して進平の頬にキスをした。
 
この日を境に、私と進平はいわゆる「週末同棲」状態に移行した。金曜日の夜私のバイト先の近くまで進平が車で迎えにきてくれて、短いドライブを楽しんでから私の自宅に戻るか、あるいは椎名君たちと落ち合って少し遠出をしてから土曜の朝に私の自宅に戻る。それから月曜の朝まで、ほぼ一緒に過ごすのである。
 
土曜と日曜の夕方にも私はバイトに行くので、それは彼が送り迎えをしてくれた。私がバイトに行っている間は、彼は買物などをしておいてくれたり、ゲームで遊んでいたり、あるいは勉強しているようであった。日曜日はしばしば電車で町に出て、古本屋さん巡りをしたり、スタバなどで過ごしたり、時には彼がカー用品やパソコン用品を買うのに付き合ったりもした。
2月の初旬頃、私は春物の服を少し仕入れようと比較的安いお店がたくさん入っているファッションビルで、洋服を物色していた。すると「あれ?」と声を掛ける子がいる。
「あ。マーヤも買い物?」
「眺めてるだけ〜」と笑って麻耶。
「あ、時間あったらお茶しない?」「うんうん、しよう」
 
「でも寺元君の浮気の件では、私ここまで言っちゃっていいのかな、っと心が咎める部分もあったんだけど、結果的に、ハルと寺元君、仲が深まったみたいで、これなら良かったかな、なんて思った」
「あれは恩に着る。私って助手席の位置がずれてることで浮気に気がつくべきだったわあ」
「でも、急進展で婚約まで進んじゃうとは思わなかった」
と麻耶は私の左手薬指の指輪を見ながら言う。
 
「えっと、これはまだ婚約というわけじゃないのよね。お互い『結婚したいね』
『私も結婚したい』と言い合っただけだから」
「充分、婚約じゃん」
「そ、そうかな?」
「成立してる、成立してる」
 
「だけど、あのグループって、どういう形で形成されたの?私、最初は男の子4人グループの各々の彼女がマーヤたち3人なのかと思ってたけど、そういう訳でもなくて、マーヤたち3人も元からの知り合いだよね」
 
「あれはね。椎名君たち4人は高校の同級生でさ、元々まとまっていたのよね。それで、私とミーシャ(美沙)はふたりともカリリン(花梨)の友達だったんだけど、私はカリリンと音楽教室のクラスメイト、ミーシャはカリリンと塾で席が近くになって仲良くなった関係で、だから1年半前まで私とミーシャはカリリンと同じ地元ではあるけど、会ったこと無かったんだ」
「へー」
 
「それで一昨年の秋頃から椎名君たちが深夜のドライブを始めて、その時ひとりだと眠ってしまうから話し相手が欲しいってことで、椎名君がカリリンに助手席さん募集って言ってきたのよね。椎名君とカリリンはある程度仲良かったみたいだけど、まだ恋人という感じではなかったんだけど、やはり椎名君の助手席にはカリリンが乗るから、それを機会に親密度が増してって、一昨年の年末頃から恋人という感じになったみたい」
「じゃ、他の組み合わせも偶然の助手席の乗り合わせから?」
 
「最初は、カリリンと私とミーシャと、もうひとりカリリンの大学の同級生の芳恵って子と、4人で助手席に乗ってたんだけど、実際問題として、椎名君とカリリン以外は、ドライブする度に組み合わせが変わってたし、ドライブの途中の休憩で交替したりしてたんだ」
「へー」
「でも、そのうちミーシャと高梁君が親密になっていって、この組み合わせが固定」
「ほほぉ」
 
「この後、私と芳恵、寺元君とタッちゃん(深谷君)で、どちらがどちらとくっつく、みたいな息詰まる攻防があったわけだけど」
「わあ」
「タッちゃんと私が帰省した時に偶然遭遇して、そのままいい仲になっちゃって」
「じゃ、あとは残りで」
 
「そう、あとは寺元君と芳恵がくっつくかと思ったら・・・芳恵は他の男の子と出来ちゃって助手席さんラインアップから離脱」
「あらあ・・・・」
 
「それで一時期寺元君は深夜ドライブに参加してなかったんだけど、4月になってから、彼女が出来たといって朱実ちゃんを連れてきて、8人での行動が再開したものの、6月にはその朱実ちゃんと別れちゃったということで、寺元君、再脱落」
「あらら・・・」
「で、10月にハルが参加して、今に至る、と」
「なるほどー」
 
「でも私、やはり寺元君とハルってお似合いだと思うなあ。最初見た時から、なんか凄く相性がよさそうって思ったよ」
「ありがとう」
「で・・・・」と言って麻耶は急に小さい声にする。
「ホルモンは飲み始めたの?」
「飲み始めた。実はホルモン剤、11月頃には買ってたのよね。飲み始める勇気が無かったんだけど、あの日『よし飲もう』という気になって。これで男の子は廃業。って、私実はもう9月頃から男性機能は全く使ってなかったんだけどね」
 
「へー。ホルモン飲み始めて、何か変わった?」
「乳首がずっと立ってるの。なんか胸が張るような感触もあるし。見た目にはほとんど変わってないんだけど」
「ちょうど小学4-5年生の女の子の状態か・・・・アレは立つの?」
「分からない。そもそも立てようとしないから」
「偶然立っちゃうことは?」
「それは去年の9月頃からもう無かったなあ。その頃から、例のタックするようになってたから、その影響かも知れない」
「ふーん」
 
「いや・・・・・むしろ、その頃から心理的にほとんど女の子になっちゃってたからね、私。その精神的な影響のほうが強いかも」
「あ、そうかもね。だってカムアウトされるまで、ハルが女の子じゃないなんて一度も思ったことなかったもん」
「ふふふ」
 
私達はその後もいろいろおしゃべりを続け、3時間ほど喫茶店で過ごしてから、デパートの地下「特設売場」でバレンタインのチョコを物色して別れた。
 
バレンタインが迫ってくると、学校の中はけっこう騒がしい雰囲気になってきた。うちのクラスの女子4人の中でいちばん積極的なのは涼世で、昨年も大量にチョコを配っていたが(昨年は私まで義理チョコをもらってしまった)今年も大量配布を計画しているようだった。妃冴は好きな男の子がいるらしく「受け取ってくれるかなあ」などと悩んでいたので、みんなで「Go!Go!」と背中を押していた。
 
「男子たち、私にまで義理チョコよろしくと言ってきた」と私。
「そりゃ、数少ない貴重な女の子のひとりだもん、当然よ」と涼世。
「しかも義理チョコ期待できるかもというのは私とハルリンだけだし。リコには怖れ多いし、ヒサリンは純情そうで声掛けにくいでしょ」
 
「恐れ多いか?」と莉子。
「対男子バリア展開してるよね」と笑いながら私。
 
「でも義理チョコなんてチロルチョコでもいいんじゃない?」と莉子。「私は個包装のファミリーパック買って1個ずつ渡してく」と涼世。
「ああ、その手もあるか」
 
「寺元君にはどんなチョコ贈るの?」と妃冴。
「ドライブ先で渡す可能性あるから洋酒入ってないもので。質より量だって言ってたから、とにかくでかいのを渡すつもり」
 
「リコは好きな男の子いないの?」
「いないことないけど、恋愛面倒だし」と莉子。
「義理チョコもしないんだよね?」
「しない。あれは商業主義に毒された風習だよ」
 
「んじゃ、商業主義に毒された友チョコ」と言って私はゴディバの詰め合わせを取り出し箱を開けて「みんなで適当に摘も」と言った。
「わあ、頂きます」
「んー、さすがゴディバは美味しい」
「前から思ってたけど男の子にチョコ贈るのって変だよね。甘い物喜ぶ男の子そんなにいないのに。女の子なら喜ぶけどさ」
などと言いながら莉子も2つ3つと摘んでいる。
 
「でもまあ、うざい時もあるけど、いろいろ便利な場合もあるよ、男の子って」
と涼世。
「車に乗っけてくれたり、荷物持ってくれたり」
「私、荷物持ってもらったことないなあ・・・車はいつも乗せてもらってるけど」と私。
「寺元君、あまり腕力無さそうだもんね」
「うん」
「女装させてみたいタイプだよね」と妃冴。
「えー!?」
「そんな話、去年してたね」と涼世。
「へー」
「クラスの男子で女装させてみたい人。一番が実はハルリンだったんだけど」
「あはは」
「2番目が神崎君、3番目が白山君、4番目が寺元君」
「うーん。。。そのリストは少し納得してしまった」と私。
 
「ところでスズはそろそろ1人に絞らないの?」と妃冴。
涼世は比較的親しいボーイフレンドが3人いる。
「一応3人ともに本命チョコは贈る」
「おおお」
「デートはしないの?」
「うーん。まだあまり深入りしたくないのよね。向こうからデートしよって言ってきた場合は考えるけど」
 
「スズってバージンだよね?」といきなり莉子。
「あ。えっと・・・・その・・・うん、まあね」
「たぶんこの4人の中で唯一のバージン、だと思った」と莉子。
「え?リコもバージンかと思ってた」と妃冴。
 
「高校の時にボーイフレンドに献上しちゃったから」
「へー。進んでたんだ!」
「私、いまだにその恋を引きずってる気もするんだけどね。恋をする気にならないのは」
「じゃ、このバレンタインを機に新しい恋始めちゃおうよ。何なら一緒にチョコ選びに行く?気になる男の子はいるんでしょ?」
「うん、まあ・・・・」
「ファイトだよ!リコ」
莉子は少しだけやる気を出してきたようであった。
 
「ヒサリンは竹下君に贈るんでしょ?」と私。
「うん。贈っちゃうことにした。彼辛党みたいだから、サイズ小さめがいいかなと思って、ウィスキー入りの小箱。で昨夜電話して、とりあえず10日の夕方会う約束はした」
「おお、やったね!」
「金曜日の夕方に会えば、そのまま月曜日の朝までだよね」と涼世。
「えー?いきなりそんな」
「コンちゃんは持っていきなよ」と莉子。
「うん。それは用意しとく。さすがに昨年で懲りた」
 
大学1年生の夏、妃冴はコンパで知り合った男の子と交際中に生理が止まってしまった。妊娠した?と思い込んでその事を彼氏に言うと、彼氏は『俺は知らん』
と言って、あっさり妃冴を捨ててしまった。妃冴が『私ひとりで産もうかな』
などと悩んでいたのを、莉子が『何馬鹿なこと言ってんの?』と言って中絶を決断させ、同じ学部の女子たちにカンパを呼びかけ、それでも足りないので同じクラスの男子で莉子や涼世が声を掛けやすかった数人にもカンパを募った。(私と進平も莉子に協力を求められて応じた)
 
そして、産科医院に莉子と涼世が付き添って妃冴を連れて行ったら、妊娠というのが間違いで、単に生理不順で一時的に停まっていただけということが判明したのであった。ホッとしたところですぐ生理も再開したが、その事件以降、妃冴はかなりの男性不信に陥り、恋愛に対しても臆病になっていたので、今回のバレンタインではよけいみんな妃冴を応援したのである。
 
なお、その時カンパしたものの使われなかったお金は『誰かが中絶することになった時に支援できるように』ということで、基金的に理学部の同学年の女子で管理することになり、それは実際に昨年、同学年の他の科の子のために1度と下の学年の子のために1度、使用された。みんなが余裕のある時にその基金に少しずつ寄付しているので、結構な額になっているようである。私も《女の子になってしまった》昨年の夏以降、毎月1万円ずつ寄付していた。
 
10日の金曜日から14日の本番に掛けては、バイト先でも、クリスマスの時以上に「どうしても会いたい」という客が大量発生し、レモンも私も、他数人のこういうのに慣れている子も、毎日一人で3〜4人と会ってきた。(こういう対応ができる子全員が期間中は出て来ただけで1万円に特別手当1デート1万5千円といわれて招集されていた)
 
バレンタインだから、本来は女の子から男の子にチョコを贈るのだけど、みんな会った男性会員さんたちはこちらにチョコをくれた。ただし、このもらったチョコについては、店長が全廃棄命令を出した。万一変な物が混ぜられていたりしたら危険だからということだった。
土曜日には昼間に椎名グループ8人でファミレスに集まり、みんなでステーキを食べた。今日頑張る人多いだろうから、体力付けておこうという趣旨である。例によって深夜のドライブが設定されていたが今日は2時集合ということだった。
 
「それまでゆっくりと個々で楽しもう」と花梨。
「あはは、とりあえず私はバイトだぁ」と私。
 
進平はひとりでは寂しいと言ってバイト先まで付いてきて休憩室でコーヒーを飲んでいたのだが、そこらにいるものは誰でも使えというわけで、頻発するデートの監視役にもどんどん徴用されていた。私もその日は4回デートした。進平は後半は事務所に戻れないまま、デートの監視のハシゴをして私の分も含めて8回デートの監視をやった。
 
ふだんより少し遅めの22時頃一緒に上がってファミレスで一息つく。
「またステーキ食べるんだ!」
「疲れた!エネルギー補給」
「デート監視8回は体力も精神力も使うよね」
「うん。ずっとお預け食ってる気分だった」
「うふふ」
「これからも疲れることするから、その準備もある」
「もう・・・」
 
彼はホテルに入ると、8回デートの監視したから私とも8回やる!などといって頑張っていた。が、さすがに4-5回目くらいからは最後まで到達できなくなる。お口でもしてあげたがやはり逝けない。何だか悔しがっていたが私は彼の背中を優しく撫でてあげた。
 
1時近くになった時点で彼がほんとに体力を使い切っている感じだったので「集合場所までは私が運転するよ」と言ったら「頼む」と言われた。
 
それでホテルを出て、彼をRX-8の助手席に乗せ、集合場所のSAまで走った。ちょうど椎名君のフェアレディZと途中で出会ったので、連なってSAに入っていったら、向こうも運転席から花梨が降りてきた。「あら?」と私と目が合い、少し笑った。
 
私は進平に「寝てていいよ」と声を掛けて花梨と一緒に施設内に入る。椎名君も助手席で寝ているようであった。麻耶と美沙が手を挙げるので、そちらに行く。
 
「タッちゃん、何とかここまで運転してきたけど、疲れた、寝る!といって寝ちゃったから車に置いてきた」
「こちらも同様」と美沙。
「こちらは私が運転してきた」と花梨。
「私も。進ちゃん、体力使い切った感じだったから」と私。
「私、運転できないもんね−。免許持ってないし」と美沙。
「私、免許は持ってるけどペーパー」と麻耶。
 
「取り敢えず男組は起きるまで寝せとこうか」
「うんうん」
 
そういう訳でその夜は女組はSAでお茶を飲みながらずっとおしゃべりをしていたのだが、男組はなかなか起きて来なかった。
 
「でも、私この集まりに参加するまで、車の名前って全然分からなかった」と私。「あ、私はいまだに分からない」と麻耶。
「タッちゃんのインプレッサのこと、しばしばインプレッションとか、インパルスとか言い間違えて、呆れられてる」
「私も似たようなもんだわ。ヒロのスカイラインGS-Rのこと、よくGX-RとかGH-Rとか言っちゃう」と美沙。
「GT-Rだよ」と花梨。
「あれ?今私なんて言った?」
「GS-R」と私と花梨。
 
「ああ、やっぱり全然覚えきれない」
「ちなみにあの車は確かにスカイラインのシリーズではあるけど、スカイラインGT-Rじゃなくて、単にGT-Rなんだよね」と花梨が細かい解説をする。
「そうなんだ?私もヒロもよくスカイラインって呼んでるけど」
「それは問題無いと思うよ」
 
「だけど私も男の子と会話しててランエボって名前が出てくるの何のことか分からなくて、会話がチンプンカンプンだったことある。かなり後になってから車の名前だったのか!って思って」と私。
「ランエボって何かの略だっけ?」と麻耶。
「ランサー・エボリューション」と花梨。
「インプレッサとよく比較される車だよね」と私。
「へー」
「合わせてエボ・インプとか言うよね」と花梨。
 
「でも私、フェアレディZだけは名前知ってた」と私。
「私も名前だけは知ってたけど、実物はノリに乗せてもらった時に初めて見た」
と花梨。
「女の子3人で買い物してて荷物が重くなった時に、ちょうどノリと遭遇して。じゃ、俺の車で運ぶ?なんて言うから、乗せてもらったのが最初なのよね。その時、私と芳恵と、もう一人星香って子の3人だったんだけど」
「へー、それがきっかけで!」
「あ。その話、私は初めて聞いた」と麻耶。
 
「ノリとは高校時代に一緒に校内新聞の編集してたからけっこう話してたんだけど、東京に出て来てからは、それが会った最初だったのよ」
「おお」
「わあ、かっこいい車!とか私が騒ぐもんだから、じゃ今度一緒にドライブでもする?なんて言われて、次の日曜日に私だけドライブに付き合った時、助手席さん募集の話が出て来て」
「わあ」
「芳恵はやるやるって乗り気だったけど、星香は私車酔いするからパスっていうんで、ミーシャとマーヤを誘ったの」
「なるほど」
 
「だけどフェアレディZの後部座席って狭いのよね」
「最近のZには後部座席そのものが無いよね」
「そうそう。デートするのに後部座席は絶対必要だってんで、古いモデルを買ったんだって」
「デートするのにというより御休憩するのにだよね」
「うんうん。元々狭いのに横になって寝られるようにクッション入れてフラットにして、更にマットレスまで敷いてるから、ますます狭い」
 
「あ、うちのRX-8もそんな感じでフラットにしてる」
「こちらののGF-Rもフラット化してるよー」
私と花梨は『GT-R』と修正すべきかどうか視線で会話したが、放置しておくことにした。
 
「あのフラット化は最初いちばん広いRX-8で4人で色々研究したみたいね。その後、他の2台も同様にしてフラット化したらしい。クッション材を座席の形とフットスペースの形にきちんと削って安定させてるからね。クッション材自体もいろいろなものを試して寝心地をチェックしたらしい」と花梨。
 
「なるほどねー。でもこちらも元々の後部座席が凄まじく狭いのよね。前の座席を限界まで押し出してもけっこうきつい。ま、そのきつい中で天井に足ぶつけたりしながらするのも楽しいんだけど」と美沙。
 
「タッちゃんは最初2人乗りの車を考えてたらしいけど、椎名君から後部座席はあった方がいいぞ、と言われて結局インプレッサにしたって」
と麻耶。
「インプはいいよね。そのままリアシートに寝られるもん」と花梨。
 
「うちの進ちゃんも最初はRX-7を買うつもりだったけど、リアシートが狭いよなと思って、RX-8なら後部座席が広いから、こっちにしようと思ったって言ってた」
 
「男の子って何考えて車選んでるんだろね?」と麻耶。
「いや、それこそが目的でしょ」と美沙。
 
女組の会話は盛り上がっていたが、結局男組がチラホラと起きてきたのは5時頃であった。それで、その日はすぐ先のICからそのままUターンすることになってしまったのであった。むろん女組は帰りの車内でぐっすり寝ていた。
 
バレンタイン前日となる月曜日、学校で私達は各々の成果を報告し合う。涼世は金土日と3日間に3人のボーイフレンドと1人ずつ会ってチョコを渡したものの、お茶を飲んだだけで終了し、誰かと発展することも無かったそうであった。
「誰か1人くらい私を口説いてくれてもいいのに」
などと言っていた。
 
妃冴は竹下君とのデートを成功させた。お互いの告白もちゃんとして、ふたりは金曜日の晩から土曜日の朝まで一緒に過ごしたということだった。恋人として付き合っていくと嬉しそうに言っていたので、みんなで頑張れと言う。
 
そしてバレンタイン当日。私と涼世はせっせとクラスの男子たちに義理チョコを配布した。時々「当たり」と称して大きなものも渡すので、あちこちで歓声も上がっていた。
 
莉子は昼休みに院生の男子にチョコを渡して告白したが撃沈してしまった。さすがの莉子も少し落ち込んでいたので、私達女子グループは午後の授業をサボり、莉子を連れてカラオケに行き、みんなで歌を歌いまくった。
 
莉子もたくさん歌っていたが、「今日はもう帰って寝る」というので、私が付き添って一緒に帰ろうとしたら「自宅まで帰るの面倒。ハルリンの所に泊めて」
という。
「私、今夜たぶん帰らないけど」と言ったら、涼世が「じゃ私も一緒に泊まる」
というので、ふたりを連れて自宅に戻り、「私は出かけてくるね」と言って鍵を涼世に預けて出かけた。
 
この日のバイトも忙しかった。いつもより早く16時前から入ったのだが、デートも多数発生したし、通常のメールも多かったので、22時過ぎまで対応に追われていた。それで23時前に上がって、進平に拾ってもらった。少しドライブしてから、予約していたホテルに入る。(進平は10日の日で懲りてこの日はバイト先には来なかった)
 
なお、バイトしながらも時々、涼世に様子を尋ねるメールをしていたが、22時頃『私も寝るね』というメールが来た。ふたりは私の自宅に置いてあるビール(進平用)を結構飲んでいたようであったが、莉子は18時頃に寝てしまったということだった。涼世はその後、私の本棚に並んでいる少女漫画を読破していたようであった。
 
私の方はホテルに入った後、進平が買ってくれていたサンドイッチなど軽食でお腹を満たしてから、たっぷり愛し合った。2〜3時間頑張って、もう彼が「体力の限界〜」などと言っていたところで、私はチョコを渡した。直径20cmの巨大ハート型チョコである。
「美味しい、美味しい」といって食べていた。
「運動した後だから、よけい美味しいのかも」などとも言っていたが、最後の方ではさすがに「甘いのもいいけど、辛いものとかもいいかな」などと言い出した。
 
そこで明け方、ファミレスに一緒に行き、辛〜いカレーを食べた。
「朝にカレーっていいよね」などというので
「じゃ、今週末は辛〜いカレーにしようかな」などと私は言う。
「うん、思いっきり辛いの作って」
「了解。食べてくれなかったら口を開けて突っ込むから」
 
私達がファミレスでカレーを食べているというのを聞くと涼世は「いいないいな」
と言ってきたので「来る?」というと、「行く!」といって、莉子を連れてファミレスにやってきた。莉子は進平が食べたのと同じ劇辛のカレーを注文し涙を流しながら食べていた。しかし食べ終わると「私、元気!」と宣言する。「それでこそ石岡さんだね」などと進平も笑顔で言っていた。
 
そしてその週末、彼は涙を流して辛いカレーを食べていた。ファミレスで言ったように超激辛カレーを私が作ったのである。
「ハルちゃんは食べないの?」
「だって凄まじく辛いんだもん」
「うん。辛い。でも辛いけど、すごく美味いよ、これ」
「そう。じゃ今度はもう少し辛さ控えめにして、このレシピで作るね。私も食べられる程度の辛さで」
「うん、それがいいかも」
そんなことを言いながらも彼は一所懸命このカレーを食べてくれる。それを見ていて、男の子って、ほんとに女の子のためにはくだらないことでも頑張るんだなあ、と少し感動してしまった。
 
学校が春休みに入る。母が「一度うちに帰ってきて」というので、私は昨年のお正月以来、1年3ヶ月ぶりくらいに帰省した。
 
私の振袖姿の成人式の写真を見て、父はショックで丸1日言葉が出なかったそうであったが、実物の私を見ると
「なんで、お前、そんな美人になるんだ?」
と言った。
「あの写真、修正とかしてなかったんだな」
「そんな面倒なことしないよー」
「ちん○、切ったのか?」
「まだ切ってないけど、多分今年中に切ると思う」
「そうか。まあ、仕方ないな、お前がそうしたいんだったら」
「ありがとう」
 
父なりに悩んで私を許す気になってくれたのだろう。私はちょっと涙が出た。
「仕送り停めて済まんかったな。4月からまた少し送るように母ちゃんに言ったから」
「ううん。いいよ。私ももう20歳だもん。なんとかひとりで頑張るから」
「そうか?」
「その分、お父ちゃんたちの老後の資金を積み立ててて」
「馬鹿言え」
 
私が帰省した翌日、上の兄・天尚(あまお)が彼女を連れて帰省してきた。その連絡があってから私は母に「私東京に戻ろうか?」と言ったが、母は「いいからここに居なさい」と言った。
 
天尚兄さんは私を見るなり「おお、美人になってる」と喜んでいるかのように言った。
 
その兄の彼女から自己紹介されて、私は
「初めまして。天尚の元弟で今は妹の晴音(はるね)です」と挨拶した。彼女は目を丸くしたが、すぐに
「可愛い妹さんね」と笑顔でこたえてくれた。
「でも、男の子だったようには見えない」
 
そして彼女はめざとく、私の左手薬指に指輪の痕があるのに気付く。
「あれ?そこに、ふだん指輪付けてません?」
私は照れながら、いつも付けている指輪をバッグから取り出すと
「えへへ、いつもこれ付けてるのです」
といって、そのエメラルドの指輪をはめた。
 
「わあ、きれいなエメラルド。彼氏からのプレゼント?」
「ええ。大学出て就職したらダイヤのプラチナ・リングも買うから、それをこの指に重ねて付けてね、と言われてます」
「素敵〜。ね、天尚さん、私も指輪が欲しい」
「夏のボーナスまで待ってくれ」
 
「ちょっと、あんた私はそんな話聞いてないよ。例の彼氏とそんなことになってるの?」と母。
「うん。でも、この件、向こうのご両親の許可取るのが凄くたいへんだろうからもう少し向こう側が進められそうになってから、お母ちゃんには言おうと思ってた」
「そりゃ、向こうの親御さんはなかなか許してくれないでしょうね」
「うん。でも頑張る」
「今度私が東京に行った時、一度その彼と会わせてよ」
「分かった」
 
両親と天尚兄、その彼女、そして私、と5人で食卓をかこみ、夕食を取ろうとしていた時、今度は下の兄の風史(かざみ)から電話が入り、急に帰省してきて、今空港にいるので、よかったら迎えに来てくれないかという。
ところが父も天尚兄も既にビールを飲んでいた。
「私、迎えに行ってくる」と私が手を挙げ、父の車を借りて空港まで走った。
 
このシチュエーションはたぶん風兄も彼女連れてるな、と思ったら案の定であった。
「初めまして。風史の妹の晴音(はるね)です」と挨拶する。
「ああ、あなたが例の妹さんね。カザンから、あなたのことは聞いていたけど美人さんね」
「俺はお前がどういうオカマになっているかと期待してたんだけど、美人すぎて拍子抜けしたぞ。声まで女じゃねえか」
 
「お二方、ありがとうございます。私、お世辞はそのまま受け取りますので。さ、乗って乗って」
といって、ふたりを後部座席に乗せて出発する。
 
「ハル、お前運転できたんだな。ペーパードライバーだとか以前は言ってたのに」
「うん。だいぶ練習した。彼氏が車好きでさ。時々練習で運転させてもらってるの」
「へー、それでか。なんか安心して見てられる運転だなと思って、彼氏の車って何?」
「RX-8。MTだよ」
「すごっ!。そんなもん運転できるなら、ATのカローラは楽勝だな」
「こないだはお友達のフェアレディZも10kmほどだけ運転させてもらった」
「そんな化け物みたいな車、俺は触ったこともないな」
「最初の頃は運転できても駐車できなかったけど、駐車も最近は枠に1発でピタリと入れられるようになった」
「おお、すごい」
 
風史まで彼女を連れてきた(しかも予告無しで)というので、両親も、特に母は大慌てであったが、やがてお互いの挨拶も済ませて、7人で食卓を囲む。今日はホットプレートを2個出して焼肉である。
 
「天尚も風史も、いつまでいられるの?」と母が訊く。
「俺は明後日帰るつもりだけど」と天尚。
「俺も明後日だな」と風史。
すると母が突然こんなことを言い出した。
「晴音(はるね)、あんた明日にもあんたの彼氏にここに来てもらいなさい」
「えー!?」
「飛行機代は私が出してあげるからさ。だって、これを逃したら、これだけのメンツが次集まれるのは、天尚か風史の結婚式まで無いよ。どっちが先に式を挙げるのかは知らないけど」
「よしよし、ハル、彼氏呼んでこい」と天尚兄。
「あはは。一応連絡してみる」
 
私は進平に電話をしてみた。彼はびっくりしていたが、明日朝一番の飛行機で行くと言ってくれた。
 
翌日、彼の飛行機到着に合わせて私がまた車で迎えに行く。彼は成人式の時に着ていたスーツを着てきていた。
「ごめんねー、無理言って」
「いや、俺もそろそろハルちゃんに会いたいなと思ってた所だから」
「本当は私は今日東京に帰るつもりだったんだけどね」
 
家に着くと、進平はきちんと正座して
「お初にお目に掛かります。晴音(はるね)さんの恋人で、寺元進平と申します。ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません」
と丁寧に挨拶をした。
 
「いえいえ。こんな変な娘に目をかけてくださるなんて、なんて奇特な方だろうと思ってました」などと母。
 
お昼は母に頼まれて私がお寿司を10人前、車で買いに行く。それを食べ終わると、母は「よし、みんなで温泉に行こう」などと言い出した。「はあ〜、なんで?」などと風史兄が呆れていたが、子供たちが3人とも恋人を連れてきて、ご機嫌になっている母の勢いに押し切られてしまった。近所に1500年くらい前に開発されたという伝説のある古い温泉があり、みんなでそこに行くことになった。
 
天尚兄の車(エクストレイル)と父の車(カローラ)に4人ずつ乗って温泉まで行った。私は進平に小声で「お酒、もし勧められても飲まないようにしてて」と言った。「OK」
 
男女に分かれて浴場へ入る。
「晴音さん、もうちゃんと女の子の身体になってるのね」と風史の彼女。「その付近については、当面ノーコメントということで」と私は笑って答える。
「でもよく女の子の友人たちと一緒に温泉に入ってますよ」
「えー?そうだったんだ」と母。
母は私の「身体」に何か秘密がありそうだと感じていたようだが、この場で追求することではないと判断したようであった。
 
私達は初対面ではあったものの、母がうまく天尚の彼女(保恵さん)にも風史の彼女(窓歌さん)にも話題を振り、更に珍妙?な受け答えをするので、すぐに打ち解けることができた。
「私、一昨日に風史さんから急に帰省に付き合えって言われて『えー?どうしよう』
と思ったんだけど、こんな面白いお母さんと、こんな可愛い妹さんがいて、とても安心しました」などと窓歌さんは言っていた。
 
4人で楽しくおしゃべりしながら上がっていくと、案の定、男性陣4人は待ちくたびれた様子。父などお酒をかなり飲んだようで、酔いつぶれて?寝ている。天尚兄も風史兄もビールを片手にしていた。
 
「あら、あんたたちビール飲んだの?」
「いやぁ、女組がなかなか出てこないから、つい」
「進ちゃんは飲んでないよね」「言われた通り、飲んでない」
「ということで、帰りのドライバーは私と進ちゃんね」
「まあまあ、済みませんね」と母。
 
「俺、道分からないから、ハルちゃん先行して。それに付いてく」
「OK」
 
私は父のカローラで、助手席に母を乗せ、後ろに風史兄と窓歌さん、進平は天尚兄のエクストレイルで、助手席に酔いつぶれている父を乗せ、後ろに天尚兄と保恵さん、という組み合わせで帰宅した。
 
そして夕方は昨日に続いての焼肉パーティーであった。温泉から帰宅した後で私が大急ぎでお肉や野菜をスーパーまで行って買ってきた。お昼のお寿司買いに続けての買い出し係だが、母としては『娘』の私がいちばんお使いに使いやすいようであった。焼肉は、天尚兄も風史兄も更に進平もよく食べるので4kgの牛肉があっという間になくなり、母はご機嫌であった。
 
その夜、みんなをどう寝せるか、母は少し悩んだようであった。昨夜は本宅の奥の部屋に天尚兄と保恵さん、離れの2Fに風史兄と窓歌さんを寝せて(離れの1Fは物置になっている)、父は仏間、母と私は中2Fの女部屋で寝た(女部屋は男子禁制なので、大学に入るまで18年間この家にいて、実はこれまでそこに入ったことは赤ちゃんの頃以外、ほとんど無かったが、昨夜は初めてそこで寝ることになった)。
 
「進平さん、晴音(はるね)、あんたたち申し訳無いけど居間で寝てくれる?」と母。
「うん、それが順当だと思う。みんなが起きてくるまでには起きておくから」
「ごめんなさいね、進平さん。せっかく遠くから来てもらったのに」
「いえいえ、自分はどこででも寝られる性質ですので」と進平は答えている。「普段、ふたりでRX-8の後部座席ででも寝てるもんね」と私が言うと
「あらあら」と母。進平は「ハルちゃん・・・」と言って真っ赤になっている。
 
「でも、あんたたち、ほんとに仲がいいね」と母は笑って言ってから小さな声で「天尚と風史のどちらが先に別れると思う?」と私達に訊く。
「天尚兄」「天尚さん」と、私と進平はほぼ同時に答えた。
母は頷いていた。
「風史兄の方は結婚式を見られそうな気がする」
「私もそんな気がするのよねえ」
 
そして実際、天尚は夏頃になって、保恵さんと別れたと連絡してきたのであった。風史のほうは、来年の2月に結婚式を挙げるという連絡があった。
 
前頁次頁目次

1  2  3 
【続・サクラな日々】(1)