【続・サクラな日々】(2)

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4月になり3年生の新学期が始まった。去年の4月は仕送りを停められてほんとにどうしようという状態だったが、今年は余裕で授業料も払うことができる。私は振袖を買うときに清花から借りたお金も1月までには返し終わっていたし、そのあと80万ほどの貯金も出来ていた(税金は自分で確定申告してちゃんと払った)。学校の勉強は3年生になってますます忙しくなってきたが、それをこなしながら、私は毎日バイトに行ってせっせとサクラとしてメールの返信を書いていた。この仕事を5年やっているというレモンは別格として、私はこのバイト先で、けっこうな古株になりつつあった。
 
私は進平に新学期になったのを機に同棲しようか?とも提案したのだが、進平は、同棲してしまうと自分が怠け者になりそう、ということでそれはもう少し先にして、しばらくは週末同棲のままで行くことにした。基本的には週末は彼が私のアパートに来て泊まっていくのだが、平日には逆に私が彼のアパートに泊まることもあった。
 
新学期早々の金曜日、私は同じ専攻の学生数人と指導教官の自宅に招待された。うちの学科は40人ほどの学生がいるが、12の専攻があり、その各々に教授または准教授の指導教官がいるという構造になっている。私と同じ専攻の学生はこの学年では私を含めて4人だが、ひとつ上の学年に3人、そして院生(修士課程)に5人いて、合計12人が指導教官である神代教授のグループということになっていた。
 
女子はうちの学年では私だけ、ひとつ上の学年に1人(恭子さん)、院生の2年に1人(美森さん)いた。食べ盛りの男の子がたくさんいるので、先生のお宅では巨大な鉄鍋に大量のお肉を投入して、すきやき風にして頂いた。女子3人が先生の奥さんを手伝って、台所で野菜を切ったりしていた。
 
「ハルちゃん、椎茸に十字入れるのうまーい」と美森先輩。
「えへへ。実は私、主婦だから」
「あ、同棲してるんだったよね」と恭子先輩。
「半同棲状態かな。週末はずっと一緒だし、平日も半分くらい一緒。朝のお味噌汁作るのが楽しみになっちゃって」
「もう結婚しちゃったら?って、まだ籍入れられないんだっけ?」
「そうなのよ。今年中に手術しちゃって、戸籍の性別変更したいんだけど」
「おお、すごい」
「でも、私の名前の読みはもう『はるね』に変更しちゃった。これは裁判所とかに行く必要なくて、区役所に届けるだけで変更できちゃうんだ」
「わあ」
 
「それと最初の頃は、うちの母ちゃんから手術とか慎重にね、なんて言われてたんだけど、最近は『やるなら、早くやっちゃいな』と言われるようになって」
 
「それがいいかもね〜。就職活動するまでには性別明確にした方がいいよ」
「それもあるんだよね〜。実態と法的な性別が食い違った状態では、履歴書の性別欄のどちらに丸付けても、性別詐称と言われる可能性あるもん」
「私の高校時代の同級生にもオカマさんがいてさ、彼女、手術まだだから、性別欄の無い履歴書提出してるって言ってたよ。今みんなワープロの履歴書だし、性別欄消してもわりと違和感無いんだよね」
「なるほど」
 
食卓に移動しても、私の性別はけっこうみんなの話の肴にされていた。
 
「去年の後期から本学の方に来た時はもう女の子だったけど、この名前の子で、前期に教養部の方で見かけた男の子がいた気がするけどとか思ってた。似た名前の子と勘違いしたかな?とも最初思ったんだけどね」
と神代先生。
 
「ある日突然女の子になって登校してきたんだよな。みんなびっくり」
と同級生の川口君。
 
「あれはまだ女装外出3回目だったんだよね。あれで学校に出て行くつもり無かったんだけど、前日女の子の友達と飲み明かしちゃって、家に着替えに戻ってたら遅刻しちゃうしと思って、そのまま出て来ちゃった。女の子の格好はあの日だけで翌日からはまた男の子モードで登校するつもりだったんだけど、クラスのみんなに煽られちゃって、明日も女の子で出てこようかなという気にさせられた」
 
「いや、3回目にしては女の子さが完璧だったよ。お化粧も自然だったし、声も女の子だし、そもそも雰囲気が女の子にしか見えない感じだった。みんな、多分吉岡さんはふだんずっとこの格好で暮らしてたんだろうなって思ってたよ」
 
「あの日着てた服は実は自分が持ってる唯一の女物の服でさ、明日も女の子で出てくるなら着替えがいると思って学校の帰りにスーパーに寄って。って感じで、最初の一週間は毎日、明日着る服をスーパーとかユニクロとかで買って帰ってたよ」
 
「今は持ってる女の子の服と男の子の服の比率どうなの?」と美森先輩。
「男の子の服は11月に全部捨てちゃった。もう女の子の服しか無い」
「わあ」
「自分用の男の子の服が家にあることを許せない気分になったから」
「もう心が女の子になっちゃってたのね」
「今は、彼の男の子の服がたくさんうちにあるけどね」
「あら、ごちそうさま」
 
「性同一性障害の診断書とかはもうもらったの?」と恭子先輩
「1枚は今週もらった。あまりにもスムーズにもらえて拍子抜け。あなた本当にMTFなの?本物の女の子じゃないの?とか言われちゃったよ、最初。これからセカンドオピニオン取らないと」
「セカンド?」
「手術受けるのに2枚要るんだよね」と恭子先輩が補足する。
「そうなの。面倒だよね〜。でも過去の自分史は多少でっちあげた。
小学生頃から時々女装していたことにしちゃったし、去年の春頃から学校以外ではほぼフルタイムしてたことにしちゃったし」
「してなかったの?」と美森先輩。
「うーんと、そのあたりは企業秘密ということで」
「俺は吉岡さんは絶対昔から女装してたと思う」と同級生の金子君。
 
「俺知ってる」とニヤニヤした顔で、同級生の香取君。
「地質科の赤星が、高校時代の吉岡さんの同級生なんだよね。あいつから色々聞いた」
「もう・・・・・」
 
「例えば小学生の時に学芸会で白雪姫を演じたって話。ま、他にも色々あるけど」
「へー」
「その話は結構あちこちでしゃべっちゃったなあ・・・・あれはね。別に最初から白雪姫の役をする筈じゃ無かったのよ。一応、私男の子だったし。白雪姫は女の子が演じるはずだったんだけど」
「ふんふん」
「私は白雪姫の継母役だったの」
「なんだ!やはり最初から女役じゃん」
 
「だって女の子たちがみんなやりたがらなかったんだもん。配役が決まらなくて学級委員の子が困ってたから、私、その子のこと好きだったから、助けてあげようと思って、私がやるって言ったの」
「ちなみに、その学級委員って、女の子?男の子?」
「男の子・・・・って、いいじゃん、そういう性別の問題」
 
「いや、そのあたりは充分追求したいな」
「で、私が継母役で練習してたんだけど、当日になって、白雪姫役の子が風邪で休んじゃったのよ」
「あらら」
「で、誰か白雪姫のセリフ覚えてる子いないか?ってことになって、私ずっと一緒に練習してたから、白雪姫のセリフも入ってたの。それで私が白雪姫の服着て、主役やることになって。継母役は、小人役の男の子の一人がやってくれた」
「で、その後の評判も」と香取君。
 
「あの白雪姫役の女の子可愛いね、あんな可愛い子、うちの学級にいたっけ、と保護者の間で騒がれたという話ね」
と私は少し投げやりぎみに言った。
 
「やっぱり、ハルちゃんって小さい頃から女の子の素質あったのね」
と何だか納得したような顔の美森先輩。
「でもその頃から女の子の声が出せたの?」
「え〜?だって変声期前だし、女の子も男の子も声に大差ないでしょ?」
「あるよ〜」
 
「小学校の修学旅行で女湯に入ったという話も」
「おお、いろいろ出てくる!」
「あれはクラスメイトの女の子達に拉致られたのよー」
「へー」
「男湯に入ろうとしていた所を入口で捕まって『女の子が男湯に入ってはいけません』とか言われて、女湯の方に強制連行されて服を脱がされて湯船に放り込まれた」
「女の子何人?」
「2人」
 
「女の子2人に抵抗できなかったの?」
「うん。私腕力無いし。で、放り込まれた後、一般客がどんどん入ってきて私、湯船から上がるに上がれなくて。拉致った子達は先に上がっちゃうし」
「あああ」
「アレはおまたに挟んで隠して、人が少なくなるまで2時間入ってた」
「ちょっと可哀想」
「で、私の服が入ってたはずのロッカーに女の子の服が入れられていて」
「でも逆にそこで男の子の服着るのはやばくない?」
「うん。それはそういう気もした。仕方ないからスカート穿いて、拉致した女の子の部屋まで行って、服を返してもらった。そこまで行く途中でも、すれ違った友達から『あれ?今日はスカート穿いて来たの』とか『女の子になったの?』とか言われて恥ずかしかった。翌日も『どうして今日はスカートじゃないの?』なんて言われたし」
 
「莉子から高校時代に女子トイレに放り込まれたという話も聞いたけど」
「ああ、広められてる」
「結局、晴音って、子供の頃から、女の子にしてみたくなるような子だったってことでFinal Answer?」
 
その日はそうやって、話題の半分くらいが私の「女の子ライフ」のことで占められていたのであった。
 

4月の第2週。その週は健康診断が行われることが告知されていた。
健康診断・・・・・あはは、私どうしよう?
 
場所は医学部キャンパス。同じ日の9時から女子で10時から男子と掲示されていた。私の名前は間違いなく男子の方に入れられているだろう。しかし・・・という訳で学生課に行って相談した。
 
「ああ、あなたの件は呼び出して確認した方が良いかなとも思っていた所でした」
などと見知った顔の事務の人から言われる。
「もう性転換手術は済んでるんですか?」
「いえ。それはまだですが、バストが膨らんでいますし、私、いつもお風呂は女湯に入っています」
「なるほど、それでは男子と一緒という訳にはいきませんね・・・」
といって、窓口の人が奥の方に行き相談している。
 
「分かりました。ふだん女湯に入っておられるということでしたら、女子学生と一緒で良いでしょうから、そちらの名簿に今回は名前を入れておきます。法的な性別の変更の予定はありますか?」
「今年中に申請するつもりです」
「なるほど。では法的な性別が変わったらこちらにも届けて下さい」
「はい、その時はよろしくお願いします」
 
ということで、私は当日は9時から、女子達と一緒に健康診断を受けることになった。莉子が「おお、やはりこちらの時間帯で来たか」と言って喜んで?いる。「受付したら、ハルリンの名前も入ってたから『わぉ』と思ったよ」と涼世。「ま、男子と一緒にはさすがに受けられないよね」と妃冴。
 
問診票に記入する。名前を書き、性別は女に○をした。最近私は性別欄にはためらわずに女の方に○をすることができるようになっていた。以前はそちらに○を付けることに結構思い切りが必要だったものである。
 
しかし、やや頭がクラクラと来た項目もある。
「現在妊娠していますか?あるいは妊娠の可能性がありますか?」「いいえ」
「現在生理中ですか?」「いいえ」
「生理は順調・不順・○日周期」「(むむむ。取り敢えず空欄!)」
こういう質問は昨年まで男子として受診した時には無かった項目だ。
 
最初に胸部X線撮影で並ぶ。ひとりずつ名前を呼ばれ、中に入ってから服を脱ぎ、撮影される。ここでは時間短縮のため、前の子が撮影されている間に次の子が控えの間で服を脱ぐようになっていた。結果的に2人前の子と控えの間で一緒になる。私は入っていった時は妃冴と一緒になり、出る時は地質学科の松美と一緒になった。妃冴にはヌードを見せたことがあったが松美には初披露になった。松美は「なるほど。それだけ胸があったら女子として受診しないと無理よね」などと笑って言っていた。X線の後、今度も心電図の所で上半身だけ脱ぎ測定される。X線の所でも心電図の所でも女性の技士がやってくれた。そのあと、最後に身体測定と検診になった。
 
男子として健康診断を受けた昨年はみんなパンツ1丁になって並ばされたのであるが、女子はそういうのではなく、カーテンの内側で、自分の順番の直前に脱げば良いようであった。名前順なので私はクラスの最後である。
 
中で服を脱ぐ。パンティは穿いたままだがブラは外す。今日はさすがにブレストフォームは付けていない。でもAカップ程度のバストは既に形成されている。ちなみに下はいつものようにタックしている。
 
身長・体重・胸囲を測定された後、お医者さんの診察を受ける。
「あれ?君、生理は?」
「すみません。私、MTFなので」
というと先生はキョトンとしていたが、少し間を置いて
「あ、そうだったの?はいはい」
と言う。
「でも全然そんな風に見えないね。凄く自然。手術済み?」
「いえ。でも今年中には手術するつもりでいます」
「うん。胸は・・・・ホルモン?」
「はい。今年の1月から飲んでます」
「それにしてはよく発達してるね。何を飲んでる?」
「プレマリンとプロベラを毎日1錠ずつです」
「ほほお。控えめな飲み方だね」
「様子を見て増やすことも考えましたが、一応胸が発達してきたから、このままでいいかな、と」
「お医者さんの検診は受けてる?」
「はい。△△の○○クリニックに定期的に通って血液検査してもらっています」
「ああ、あそこね。じゃ、大丈夫か」
 
お医者さんはその後聴診器を当ててあちこち診ていたが
「うん、問題無いね。血液検査・尿検査も特に問題のある数値は無いし。体内のホルモンも完全に女性ホルモン優位になってるね」
と言って解放してくれた。
 
服を着てカーテンの外に出る。他の3人が待っててくれて笑顔で手を振る。「どうだった?女子として最初の健康診断は?」と涼世。
「ちょっとだけドキドキした」
 
お昼は「血液検査で血を抜かれた分補充しなくちゃ」と涼世が言ったので、地質学科の2人も誘って6人で医学部の近くの焼肉屋さんに入り、たくさんお肉を食べた。松美など、「体重を計られるからと思って3日前から御飯控えめにしてた」といって、モリモリ食べていた。
 
「だけどハルリンのヌード初めて見たけどウェストくびれてるねー」と松美。
「うん、凄いよね。でもこの子、男の子してた頃からこんなだったって」
「へー、それは凄い」
「でも実際は昔から女の子してたからウェストくびれてたんじゃないかって気がしてならないね」と涼世。
「あ、その説に同意」と莉子。
「去年の夏以前は女の子の服着たことなかったというのは大嘘であることは既に判明しているのだけどね」と付け加える。
「なんか誰かひとりに話すとクラス全員に伝わってるんだよなあ」と私。
「当然」
 
「健康診断を女子と一緒に受けたのも今度が初めてじゃないよね、実は」
と莉子。
「・・・・高1の時ね。正確には入学前。合格通知と一緒に送られてきた紙に書いてあった場所・時刻に行ってみたら回りが女子ばかりで」
「あら」
「私の名前、しばしば昔から女の子と誤解されてたから書類が女子の方に入れられていたのよね」
「それでそのまま女子として受診しちゃったの?」
 
「男子の方はもう終わってしまっていて、その時間帯は女子だったんだもん。でも、男子でも女子でも私は名簿の最後になっちゃうから、どうせ最後になるし、女子の健康診断は診断受ける直前に脱げばいいから、っていわれて結局そのまま女子と一緒に受けてしまった」
「なるほど」
 
「中学の時の友達がたくさんいて『この子中身はほとんど女の子ですから、女子と一緒にいても問題無いですよ』なんて言われたのもあったんだろうけど」
「いい友達持ってるね」
「うーん。。。」
「中学では女子更衣室でよく着替えてたというしね」と莉子。
「何それ?」と妃冴。
「あっとその件はまた。でも健康診断の時は、お医者さんから君、胸の発達が遅れてるね。生理はいつあった?とか聞かれて何と答えればいいか困っちゃった」
 
「実は生理があったりしないのに?」
「ないない」
 
「よし、ハルリン、ナプキン買いに行こうよ」
「えー?」
「ハルリン、最近おっぱい膨らんで来てるから、そろそろ生理が始まってもおかしくないぞ」と妃冴。
「そんなの始まらないよ〜!始まったら嬉しいけど」
「生理来たら嬉しいんだったら、ちゃんと準備しておこうね」と松美。
 
そういう訳で、私は焼肉屋さんのあと、みんなでドラッグストアに行き、妃冴が私に生理用品の種類とか特徴とか説明してくれて、彼女のお薦めで私は、羽根付きの軽い日用とパンティライナーを買ってしまったのであった。
 

四月中旬の日曜日の昼間、私は進平とふたりでドライブを楽しんでいた。お昼を食べて少し走っていたら雨が降ってきた。しかしムード的が良かったので、このあとホテルにでも。。。あるいは車をどこか脇道に駐めて。。。。という雰囲気になりつつあった。雨なら外からのぞかれることもないし。。。。
 
「しかし急に雨になったね」
「だよね。お昼前までは晴れていたのに」
「傘持たずに出た人もたくさんいるだろうなあ」
などという話をしていた時だった。
 
道路の右側の方で、街路樹に雨宿りしている若い男性を見かけた。
「わあ、たいへんそう」なんて進平が言うので何気なくそちらを見る。
「あ・・・・ね、ちょっと停めて」
「どうしたの?」
「今の人・・・」
「知り合い?」
「うん」
「じゃ、乗せてやるか」
「ごめんね」
 
という会話をして進平は車をUターンさせ、木の下で雨宿りしている男性のそばに停車させた。
助手席の窓を開けて、私が呼びかける。
 
「荻野君!」
「えっと・・・・」
「私、小学校から高校の時まで何度か同級になった吉岡です」
「え?え?え?  吉岡君のお姉さんか誰かだっけ?」
「本人です。私、女の子になっちゃったの。乗って。濡れちゃう」
といって私は前のドアを開けた(この車は前のドアを開けないと後ろのドアが開けられない)。
「えー!?」
と彼は言ったものの
「じゃ、ちょっと乗せてください」
と言って後部ドアを開けて乗り込んできた。
 
ドアを閉めてスタートする。
 
「びっくりした。ほんとに吉岡君なの?」
「うん。去年の夏頃からこういうことになっちゃって」
「すごーい。可愛くなっちゃって。あ、そちらはお友達?」
「うん。私の彼氏の寺元進平君」
「あ、すみません。お邪魔します」
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ」
 
「でもまだ信じられないなあ。声だって女の子なのに。ホントに吉岡君のお姉さんとかがからかってるんじゃないよね?」
「そんなのからかう意味が分からないよ〜」
「だよね。確かに。あ、でもデート中だったのでは?」
「うん。いいよ。荻野君を駅かどこかに置いたら、デートの続きするから」
「ありがと。良かったら※※駅まで連れて行ってくれると助かるんだけど」
「いいですよ。※※駅まで行きましょう」と進平が答える。
「恐縮です」
 
「荻野君は東大なんだよ」と私が言うと
「おお、すげー」と進平が驚嘆する。
「小学校の頃から何度も学級委員してたしね」
「へー。あれ?そしたら、俺何度か話に聞いてる人だな」と進平。
「あはは、あまり思い出さないで」
 
「でもとうとう、吉岡さん、女の子になっちゃったんだね。昔の吉岡さん知ってるから、そういう格好がごく自然に思えちゃう」と荻野君。
「お、俺その昔の話って、聞いてみたい」と進平。
「うーん、まいっか」
 
「小学4年生の時に、ちょっと偶然なんですけど、学芸会の劇で吉岡さんが白雪姫を演じたんですよ」
「あ、その話は聞いたことある。主役の子が突然ダウンして代役だったとか」
「そうそう。代役だったんだけど、白雪姫の衣装着せたら、元々その役するはずだった子より、遙かに可愛くなっちゃって」
「あはは」
「クラスの女子達もびっくりしてたんですよ。なんでそんなに可愛くなるのよって。元々の白雪姫役の子だってクラスで1〜2を争う美人の子だったのに」
「へー」
 
「吉岡さんって男の子の格好してると、そんなに美男子とかいう雰囲気でもないのに、女の子の衣装着せると、凄い美人になっちゃうのね」
「俺も、こいつの女装姿を初めて見た時、驚きましたよ」と進平。
 
「あと、吉岡さん、名前が『よ』で始まるから、クラスの名簿の最後になることが多かったんですよ。それで僕たちの学年は男子の方が多かったから、フォークダンス踊る時とか、男子が余っちゃうんですよね。それで名簿順に並んで最後の人が女子の方にまわって、などというので吉岡さん、よく女子のパートを踊ってたんですけど」
「ああ、なるほど」
「女子のパートを踊る吉岡さんがまた動作が可愛くて」
「えーん」
「けっこう男子達の間で吉岡さんと踊りたいという希望者が多かったんです」
「あう・・・・」
 
「ね、ハルちゃん、そろそろカムアウトしてもいいよ。私実は物心ついた頃から女の子になりたかったんです、って」と笑いながら進平。
「ううう。。。。。なんでこの手のエピソードがたくさんあるのかしら・・・・」
 
「あと、吉岡さんの名前、しばしば『はるね』と誤読されることが多くて名前だけ見ると女子かと思われることがよくあって」
「うんうん。それは以前から聞いてた」
「私ね、今はもう公式に『はるね』になったんだよ」
「わあ、そうなんだ。おめでとう。それで、小学校の頃から、何度か学籍簿で年度初めに女子のほうに入れられてたんですよね」
「ありそうだな」
 
「中学に入った時とか最初の授業で担任の先生が出席取ってて女子の最後で吉岡さんの名前呼んだら学生服の子が返事するから『なぜ君は学生服なんか着てるの?ふざけないで、ちゃんと女子の制服着なさい。それ、お兄さんから借りたの?』とか」
「あはは。あれは男子の方で呼ばれなかったから、またか!と思ってたけど」
 
「高校でも女子の名簿のほうに入れられてたんだよね」
「あ、入学時の健康診断を女子と一緒に受けちゃったという話は聞いた」
「女子と一緒に体育も受けてたね」
 
「うん。健康診断の件でちゃんと修正してもらったものと思ってたら全然直ってなくて。体育の時間に女子の方で先生が『吉岡さん、いないの?』と言われてみんなが『いる場所知ってます』と言うから『じゃ、連れてきて』と言われたとかで、男子の方に集合してたのを連れてかられて、なんか結局1回目の授業はそのまま女子と一緒に受けてしまった」
「おぉおぉ」
「そもそも私は、あの高校、女子枠で合格になってたみたいなのよね、成績上は男子の方のラインも上回っていて問題なかったらしいけど、私を男子の枠に移動すると、男女数が予定と変わってしまうというので、職員会議で少し揉めたらしい」
 
「いっそ高校はもう女子として通えば良かったのに」と進平。
「それ先生からも冗談で言われた。君が今性転換してくれると凄く助かるとか」
「でも、それ先生が言った時、クラスのみんな拍手してた」
 
「チアガールもだいぶやってたよね」
「うん。小学6年の時にはじめてやらされて。あと中学や高校でも高体連とかでチアガールのチームに毎回入れられてたよ。例の白雪姫がきっかけで、私が女の子の服を着ると可愛くなる、というのが知れ渡っちゃったもんだから、やってやってと言われて」と私。
「おお」と進平が嬉しそうにしてる。
 
「チアガールの衣装付けた吉岡さんがほんとに凄く可愛かったんだよね。身長も他の女子と並んでそんなに違和感のない身長で、一応女子の中では比較的背丈がある方になるし、それでバトンの扱いも上手かったし、踊りも上手かったから、チアガールの中でもリーダー格のポジションでアクションしてたね」
「うん、まあね」
 
「うーん。チアガール姿のハルちゃん見たい!チアガールの衣装ってミニスカだよね。その下には何穿いてたの?」
「ブルマ。その下はふつうにブリーフだったよ」
 
「なんだ。詰まらん。チアガールの衣装に着替えるのは、どこでやってたの?」
「女子更衣室使ってたね」
 
「最初の頃、男子更衣室で着替えてたら、男子の間から苦情が出て、それで女子たちから、一緒に着替えようよって連れてかれて、もっぱらそっちになっちゃった。女子達からは女の子の下着付けないの?とかだいぶ言われた」
「付けてなかったの?」
「そんなの持ってなかったもん」
「ほんとかなあ・・・・」
 
「そういう背景があって、小学校の修学旅行の時も、女湯に拉致されたみたいね」
「さすがにあの当時の身体で女湯は辛かったよ」と私。
「今はもう女湯にしか入れない身体だけど」
「わあ、そうなってるんだ!」
 
「中学の修学旅行の時も女子制服着てたよね」
「だって・・・初日お風呂に入ってる間に私の男子制服隠されて、女子制服が用意されてて、これ着てねって言われたんだもん。先生たちも『おお似合ってる』
って言うし。修学旅行の記念写真、親に見られないようにするのに苦労したんだから」
 
「その記念写真、見てぇ。今度見せてくれ!」と進平。
「下着まで女の子用が用意されてたんだよ。パンティーは仕方ないから穿いたけどブラはパスさせてもらった」
 
「僕、その中学の修学旅行の時、吉岡さんと同室だったからさ。なんか結構ドキドキしちゃった。湯上がりでセーラー服着た吉岡さん、色っぽくて」
「あははは。確かに同室の男子の視線は感じてた。私、今夜襲われたりしないよねって少し不安だったよ」
「襲ってみようかって冗談だとは思うけど話してた男子はいたよ」と荻野君。
「ははははは・・・」
 
「いろいろ楽しいエピソードが聞けるなあ」と進平は面白くてたまらない感じ。
 
「でもクラスのみんな、吉岡さんは多分ふだんは女の子の服を着てるよね、きっと、とか言ってたよ。だって、女の子の服を着せられて、それすんなり着こなしちゃうって、ふつうの男の子なら、ありえないもん」
「そのあたりは俺も何度か追求してみたことはあるんだけど、本人は否定するんだよな」と進平。
 
「誰でも女子制服着たら女の子に見えるんだろうかってんで、僕まで実験台にされて女子制服着せられたんですよ。それで『女装してる男にしか見えんな』
と言われた」
「ああ、可哀想」
 
「そうか、それで高校に入った時に、女子として通えばと先生が言ったら、拍手来たわけだな」
「そうそう。同じ中学から来てる子はみんな吉岡さんのこと知ってたし。高校時代とか、けっこう男の子からのラブレター来てたみたいね」
「うん。けっこうもらった。ある時はすごく可愛い字で会ってくださいと書いてあったから、私、てっきり女の子かと思って、指定の場所に
行ってみたら」
 
「男だったの?」と進平。
「うん。びっくりした。字が下手だから同級生の女の子に代筆してもらったって言ってた。可愛すぎる字になってしまったのは想定外だったらしいけど。でも、マジな感じで愛の告白されちゃったよ。身体の性別気にしないから付き合ってって」
「それで付き合ったの?」
「まさか。『ご免なさい。ボク、女の子が好きだから』って断った。そしたら『君、レスビアンだったの!?』って言われたよ。私、同性愛の趣味はないつもりだったのに」
 
「だけど、ハルちゃん、男の子好きになったこと何度かあるって言ってたよね」
と進平。
「うん、それはまあ・・・・」
「荻野君にもお熱だった時期があると聞いたぞ」
「えー?そうだったんですか?」と荻野君も驚いている。
「わあ、それなら告白しておけば良かったな。僕も随分悩んだ時期あったし」
「あはは」
 
「逆に女の子を好きになったことってあったの?」
「何度もあったよ。一応女の子好きになった回数のほうが男の子好きになったのよりは多い。でもいつも向こうは私を友達としてしか見てくれないの。けっこう親しい付き合いした女の子は何人かいたけど、向こうは同性の友人の感覚だったみたい。高校の時も映画に誘ったりして一緒に見に行ったことあるけど、向こうは女の子同士のお出かけ感覚で。途中でそれに気付いたから、結局告白しなかった」
 
「だいぶハルちゃんの子供の頃のことが分かってきたな」と進平。
「同級生たちは男子も女子も小学校の5〜6年以降、吉岡さんのこと、事実上女の子と思ってましたよ」と荻野君。
「俺、ハルちゃんのこと好きになってしまった頃、自分は変態なのだろうかって少し悩んだけど、やはり俺はノーマルだったみたいだ」と進平。
「ノーマルだと思います。うちの学年の男子で吉岡さん狙ってた奴もけっこういましたよ。変態と思われそうで言い出せないけど、きっかけがあればって」
「えーん・・・」
 
「まあ私服でお出かけした時にトイレの場所尋ねて女子トイレに誘導されたことは数限りないけど」と私。
「じゃ、女子トイレ使ってたの?」
「使ってないよー。女子トイレ使うようになったのは、私がこんなふうになっちゃってからだよ」
「話を聞いてると、ずっと前からそんなふうだったみたいだけど」
 

それは4月下旬、もうすぐゴールデンウィークという水曜日のことだった。前日の夜、バイト先からの帰りを車で拾ってもらい、そのまま進平のアパートに行き泊まった。朝、起きて御飯を炊きお味噌汁を作りながら(食材は私が来る度に少しずつストックしていた)「進ちゃーん、そろそろ起きてね」などと言っていた時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
 
私は迷ったが、進平はまだ寝ている。そこで玄関の所に行きインターホンで「はーい。どちら様でしょうか?」と訊く。
「あら・・・・えっと、進平の母でございます」と向こう側の声。
「はい、失礼しました。今開けますね」と言い、部屋の奥に向かって
「進ちゃん、起きて−」と呼びかけてから、ドアを開ける。
 
「おはようございます。お邪魔しております、進平さんの友人です。どうぞ中へ」
と言ってお母さんを上に上げた。
「あら、こちらこそ、お邪魔じゃなかったかしら。ご免なさい」
と向こうも挨拶して靴を脱いで中に入ってくる。
 
慌てて進平は起きたが、裸のままである。まだぼーっとしていたが、慌ててそのあたりに落ちている服を着て、布団を畳み、テーブルを出す。
「何だよ、母ちゃん、突然」
「突然じゃないわよ。こないだ言っといたでしょ、お花の発表会で出てくるって」
「そうだったっけ?」
 
「あの、朝御飯、よろしかったらお召し上がられますか?」
「ありがとう、頂くわ」
と進平に話すのとはトーンが1オクターブ上がって、私に笑顔で話しかける。
 
私は玉子を割ってオムレツを3人分作り皿に載せると、ケチャップで各々ハートを描いて食卓に運び、御飯とお味噌汁も盛った。
「あら、可愛い。頂きます・・・・美味しい!」
「うん、美味い、美味い」
「オムレツ、凄く形よくできてるし、半熟の具合がいい感じだし、お味噌汁の味付けも私の好みだわ」
「私、薄味で作るので、どうかなとは思ったのですが」
「私も薄味が好みなの」
「ありがとうございます」
 
「それで?進平、このお嬢さんをちゃんと紹介しなさい」
「うん。こちら、俺の恋人で吉岡晴音さん、こちら俺の母ちゃん」
「吉岡晴音と申します。お世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ、進平がお世話掛けてるみたいで。もう、こんな方がいるなんて、私全然聞いてなかったんですよ、今朝はお邪魔してご免なさいね」
「いえ、私の方こそ、ご挨拶もしておりませんで、失礼しました」
「あら?」
と言って、お母さんは私の左手薬指の指輪痕に気付く。
 
「あなた、その指に指輪付けてる?」
「あ、はい。すみません。進平さんから頂いた指輪ですが、朝御飯の準備のために外してました」
と言って、私はバッグの中からエメラルドのリングを取り出し、指に付けた。
「可愛い〜。進平、このお嬢さんと、もう将来のことまで話してるの?」
「うん。母ちゃんにはその内言うつもりだったけど、彼女との間では、大学を出てから、結婚しようと言っている。就職してお金貯めてから本式のエンゲージリング贈るつもり」
「そこまで約束してるんなら、ちゃんと親にも言いなさい」
「御免」
 
「済みませんねえ、晴音さん?アバウトな息子で」
などと言った時、お母さんは本棚の写真立てに気付いた。
「あら?その写真は・・・」
 
それは成人式の翌週、私達が振袖とスーツで指輪を買いに行った時の写真である。
「あ。これは成人式の時の」
と言って、進平は写真立てを下ろしてきた。
 
「素敵な振袖着てるわねえ」
「恐れ入ります」
「この振袖は自前?」
「はい。成人式用に買いました」
「いい振袖だわ。でもこれ、まるで結婚写真みたい」
「実は結構意識してる」
「ふーん。でも成人式だったの?あら?じゃ、同い年?」
「はい、進平さんと同じクラスで、1年生の時から友人だったのですが、恋人になったのは昨年の10月からです」
「あらら。だったら進平、お正月に帰省する時に、連れてくれば良かったのに」
「いや、その・・・」
 
「そうだ、ねえ、晴音さん、今日もし良かったら私のお花の発表会に付き合わない?」
「え?私、お花したことないです」
「いいのよお。若い女の子がいるだけで、盛り上がるんだから。会員がほとんど40代以上なんだもん。若い子が欲しいの。この振袖を持ってらっしゃいよ。着付けできる人はいるから」
「でも今日は学校の授業が」と進平。
「うん、いいよ、私休む。授業のノート、後で見せて」と私。
「分かった」
 
朝の時間で車での移動はよけい時間が掛かるだろうということで、進平はそのまま大学に出ることにし、私は電車で自宅まで振袖と下着のセットを取りに行って、会場近くのカフェでお母さんと待ち合わせた。
 
「まだ少し時間あるからここでお茶でも飲んでましょ」
「はい」
「でも、あなた礼儀とかがしっかりしてる感じ」
「そうですか?うちの母には、いつもなってないって叱られるんですけど。ほら、畳の縁踏んでるとか、障子はちゃんと座って開けろとか」
「逆に今時、そんなことまで出来る子はほとんど居ないわよ。私だって畳の縁とか座布団とか平気で踏んじゃう」
「あはははは」
「でも、さっきあなたたちのやりとり見てて、凄く仲良さそうだし、それに相性も良さそうと思った」
「ありがとうございます」
 
「あの子の彼女見たの、私実は3回目なんだけど」
「はい」
「いつもあの子、変な女の子ばかりつかまえて」
「えーっと」
 
「去年の今頃会った子は政治かぶれで」
「ああ、朱実さんですね。当時は私進平さんとお友達だったから、デートの途中で遭遇して紹介してもらったことありますよ。政治かぶれというのは後から聞きましたけど」
「そうそう、朱実さん。会っていきなり『お母さん、日本の政治は腐ってると思いませんか?革命を起こすべきです』って」
「凄い人だ・・・・・」
「見た目は穏やかな雰囲気だったんだけどね」
「でしたね」
 
「その前は高校時代だけど、またすごくおとなしい感じの子で、ちょっと見た目には今時珍しい大和撫子という感じだったんだけど」
「へー」
「実は精神的に凄く不安定だったのよね。うちに遊びに来ていた時に、何か進平が変なこと言ったのがきっかけで、ヒステリー起こしてしまって」
「あらら」
「発作的に手首を切って」
「きゃー」
「あれはもう大騒ぎだったわ」
「うーん」
 
「今度は凄くまともな子みたいでホッとしてるの。それに付き合って半年で結婚の約束までしたって、あの子もかなりあなたに熱を上げてるのね」
「恐れ入ります。でも多分私もかなり変な子です」
 
「あら?」
「そのうち、ちゃんとご説明しないといけないのですが、取り敢えず、私赤ちゃん産めませんし」
「あらら・・・・でも、それはそう気にすること無いわよ。子供いなくたって、仲のいい夫婦って、世の中たくさんいるから」
「そうですか?」
「うんうん。進平には兄2人・姉1人いるから、誰か孫は作ってくれるだろうし」
「はい。そのことは進平さんからも言われました」
「じゃ、大丈夫よ。いちばん大事なのは、ふたりが仲良くしていけることと、私もそのお嫁さんと大喧嘩しない程度には付き合っていけることだわ」
 
「ありがとうございます。でもこの件、その内、進平さんと一緒にちゃんとご説明にあがります」
「はいはい。あ、そろそろ時間。行きましょう」
「はい」
 
私は、お花の会の人に振袖を着付けしてもらい、それを着て、受付に立つことになった。もうひとり同年代くらいの女の子で英恵さんという人がいて、その人も会の人の娘さんということだったが、とても立派な振袖を着ており、ふたりで「いらっしゃいませ」と入口の受付の所でやっていた。
 
芳名帳に御名前を書いてもらうのだが、時々年配の人で「字が下手だからあなた代わりに書いて」と言われて、名前の字をお聞きして代筆することがあった。ああ、大学1年の時に毛筆の通信講座受けてて良かった、と思った。
 
また、時々「お偉いさん」のような人が来るので、そういう人は個別対応で会長さんのところまで案内する。それ以外はおおむね、のんびりした仕事であったが、会場の雰囲気が華やかだし、来客にも和服を着た人が多く、何となく楽しい1日だった。
 
発表会は10時から夕方8時までで、お昼は英恵さんと交替で控え室に行き、お弁当を頂いた(今日もエプロン持参)。15時におやつ、18時にも軽食を頂いた。終了後、振袖を脱いでお母さんとそのお友達2人と一緒に夕食に行った。
 
「あなたのこと、私の娘かと思った人いて、うちの息子の嫁さんに、なんて言われたわ。いえ、うちの息子の嫁になる予定の人ですからと言ったら残念がってた」
「わあ、すみません」
と答えつつ、その言い方はお母さんは私のことをもう半ば認めているのだろうかなどと私は感じた。
 
「でも、仕草が優雅よね。和服に合ってる感じ」とお友達。
「いいお振袖だったわ。高かったでしょう」ともうひとりのお友達。
「いえ安物ですよ。英恵さんの振袖が凄かった。あれかなりしそう」
「そうだった?」
「うん。あれかなり高い。たぶん300万くらい」とお母さん。
「でも晴音さんの振袖だって100万くらいしたでしょ?」
「いえ、78万のところ現金で買ったので3万円勉強してもらって75万円です」
「その値段で買えたらお買い得だわ」
 
お母さんのお友達たちとの食事は和やかに進み、終わった頃、進平に車で迎えにきてもらった。お友達2人は東京周辺に住んでいるので2人を駅まで送っていった後(4人乗りの車なので、お友達2人を駅まで送る間、私が夕食を取った店のロビーで待っていた)、お母さんは「お茶でも」と言ったのだが、進平が「俺、夕飯食ってない」というので、郊外のファミレスに入り、進平は食事、私とお母さんはお茶だけ飲んだ。
 
「済みません。私のバイトがだいたいいつも9時頃終わるので、そのあと夕飯にするのが常になっているもので」
「あら、遅くまでたいへんね」
「以前、進平さんがしていたバイト先なんですよ。それで去年の春頃、私がバイトが見つからなくて困っていた時に進平さんが紹介してくださって」
「へー、そういう関わりがあったんだ」
「うん、まあ」
「でも、そしたら、進平、いつも晴音さんの手料理なの?晩ご飯は」
 
「うーんと、週の半分くらいはそうかな」
「あらあら」
「だいたい晴音の家に泊まってるから、俺。特に週末はほとんど向こうにいる」
「あ、うちの住所書いておきます」
と言って私はメモに書いてお母さんに渡す。
 
「ありがとう。でももうそこまで進展してるとは。あなたたち先に籍だけでも入れておいたら?」
「いや、そのあたりは卒業してからということで。ね?」
「あ、うん」と私。
「でも母ちゃん、晴音のこと気に入ったみたい」
「だって、あんたがこれまで付き合ってた中では最高にまともな子だわ」
 
「うーん。もしかしたら、私、これまでで最高に変な子かも知れないです」
「いや、俺も母ちゃんと同じ意見。晴音は最高にいい子だよ」
 
私は視線で進平に問いかける。『そのこと』を今言わなくていいの?と。進平は迷っているようだ。ええい、言っちゃえと私は決断した。
 
「お母さん、やはり先に私ちゃんと言っておきます」
「あ・・・」
「いいよね。進平さん」
「何なの?」
「あの、私、今の段階では進平さんと籍を入れることができなくて」
「あら?もしかして、離婚して間もないの?」
「あ、それではなくて。。。その、私まだ戸籍上の性別が女性じゃないんです」
「へ?」
「自分としては来年の春くらいまでには性別を女性に変更するつもりでいます。それ以降は籍を入れることが可能になりますが、そういう経歴の女とそもそも結婚してもらえるものかというのがありまして」
「まさか、あなた男の子なの?」
「ええ。今のところは」
「うっそー!?全然そう見えない。だって、私あなたが振袖に着替える時にそばにいたけど、女の子の裸だったわ」
「ええ。でも実はまだ手術もしてなくて。今年中には手術して性別変更を申請するつもりでいるのですが」
「信じられない。御免なさい。ちょっと頭が痛い」
「大丈夫ですか?」
 
「でも、あなた声だって女の子だわ」
「えっと・・・出し方があるんですが・・・・でも私、ずっとこの声ばかり使っているから、もう男の子の声の出し方のほうを忘れてしまいました」
「うーん。御免。一晩考えさせて」
「はい。進平さん、お母さんをホテルまで送って行こう」
「うん。母ちゃん、大丈夫か?」
 
「はあ。。。あんたが選ぶ女の子だもんね。何かあると思うべきだったわ」
お母さんはコーヒーをぐいと飲むと言った。「それ頂戴」と言って私のコーヒーも一気に飲む。
 
「ごめん。晴音に言わせてしまったけど、俺がちゃんと説明すべきだった」
「そうよ。こういうの本人に言わせるなんて。言うの辛いに決まってるじゃん」
え?お母さんが私を気遣ってくれてる?
 
「うん」
「あれ・・・立てない」
精神的なショックに伴う体調の乱れだろうか?
 
「お母さん、ここでもう少し休んでから行きましょうか?」
「あ、そのほうがいいかも知れない」
と言うと、お母さんはテーブルの呼び鈴を鳴らした。
 
ウェイトレスさんがやってくる。
「ご注文でしょうか?」
「あ、えっとね。こちらのシーフードピザ30cm1つ、それからシーザーサラダの大盛り、ホットチキン5人前、トルティーヤ5人前、鉄板餃子5人前、それからライトビール2本、あと少したってからイチゴパフェ3つ」
「かしこまりました」
と言ってウェイトレスさんは去っていく。
 
「ちょっと、母ちゃん、何そのオーダーは?」
進平が訊いたが、私も目を丸くしていた。
「あの・・・お夜食ですか?」
「今から食べるの。こういう時はね、食べるの。あんたたちも食べなさい」
「はい」と私は返事した。
「うーん。いいお返事。私、あなたのこと好きよ、晴音さん」
「ありがとうございます」
 
注文の品が次々と来る。
「ビールは、私と晴音さんね。進平はドライバーだからお預け」
「うん」
「さ、乾杯」
「はい、乾杯」
というと私とお母さんはグラスを合わせた。
お母さんは一気に飲む。
「美味しい−。ビール飲んだの、久しぶり。さあ、晴音さんも一気に行こう」
「はい」
私は微笑んで、ビールを一気飲みする。
「おいおい、大丈夫か?」
「飲みました!」
「うーん、可愛い子、可愛い子」とお母さんは手を伸ばして私の頭を撫でてくれる。
「母ちゃん、少し元気になった?」
「ビールの力よ。さあ、みんな食べるよ」
 
私はその前にお母さんのお友達とした夕食がボリュームあったので、かなりお腹いっぱいだったのだが、ここは頑張って食べた。
 
進平も頑張ったので20分くらいでオーダーした品はきれいに無くなる。
「お腹いっぱいです」
「私も−」
「俺も」
「さあ、帰りましょう。ここの支払いは進平よろしく」
「うん」
 
車に乗り込み、お母さんが泊まるホテルに行ったが(車はとりあえずそばの駐車場に駐めた)、フロントに預けた荷物が少しある。
 
「あんたたち、これ部屋まで運ぶの手伝って」
というので、ふたりで荷物を持って、お母さんの部屋まで行った。
 
「ああ、汗掻いたわねえ。大浴場行ってこようかな」
「ゆっくり休んでくださいね」と言って引き上げようとしたら
「あ、晴音ちゃん、一緒にお風呂行こうよ」と言う。
「え?でも私、宿泊客じゃないし」
「分からないわよ、そんなの。なんなら、あんたたちもこのホテルに部屋取る?」
私と進平は顔を見合わせた。
 
「じゃ、泊まっちゃおうか」
「そうだね」
 
ということでフロントに電話を入れてもう1部屋確保する。隣の部屋が空いていたので、そこを当ててもらった。
「私、鍵取って来ます」
「あ、そんなの進平に行かせましょ。私達はお風呂行こう」
「はい」
 
ということで、私は進平のお母さんと一緒に大浴場に行った。
「一緒に行こうって来たけど、晴音ちゃん、女湯に入れるんだっけ?」
「はい、いつも女湯です」
「良かった」
大浴場の入口まで行き、姫様と書かれたのれんをくぐる。服を脱ぐ。
 
「やはり、あんたきちんとしてるわ。脱いだ服をたたんでロッカーに入れるなんて」
「えー?ふつう畳みませんか?」
「たたまずにそのまま放り込む子も多いよ」
「うーん。それは私には心理的抵抗があります」
「子供の頃、ほんとにしっかり躾られてるんだね」
 
私が全部服を脱いでしまうと、お母さんの視線を感じる。
「さ、入りましょう」と私が言うと「うん」といって一緒に浴室に入った。掛かり湯をし、微妙な部分などを洗ってから、浴槽に入る。
 
「私は最近のホテルのユニットバスが好きじゃなくて。あれ、お風呂入った気がしないもん。だからいつも大浴場のあるホテルに泊まるの」
「そうですか?確かにシャワーだけ浴びれたらという人向けかも知れないですね」
「でも、あなた手術がまだだと言ってたけど、既に女の子の身体じゃん。どこを直すの?」
 
「進平さんに初めて裸を見られた時も、そんなこと言われました」
「あらら」
「でも実はこの身体、まだ何もメス入れてないんですよ。いろいろとテクニックで誤魔化してるんです」
「えー!?そうなの?」
「おっぱいも実は偽乳です。ここに境目あるの分かります?」
「どれどれ・・・・・うーん。私の目では分からないわ」
 
「一応ホルモンも1月から飲み始めたので実胸も少しずつ膨らみ始めてはいるんですが、実胸だとまだAカップ程度しかありません」
「あ、でもAカップはあるんだ」
「はい。おかげで今年の春の健康診断は女子の方で受けました。でも進平さんが大きいほうがいいから、もうしばらくは普段はこの偽乳のままにしとけって」
「うんうん。男の子は大きなおっぱい好きだから。あ、でもあの子はヘテロなのね」
「私を女の子と思ってくれてるから、愛してくれてるんだと思います。進平さんは同性愛ではないですよ。私もですけど」
お母さんは頷いている。
 
「ね、あなたたち、どういうセックスしてるの?」とお母さんが小声で訊く。
「主としてSを使います。Aは使いません。あるいは私がお口でします」
「S・・・S・・・、あ、分かった」
「進平さんには私のSはふつうの女の子のVと感覚が似てるって言ってもらいました」
「おやおや。あら?でも、進平そんなこと言うなんて、あの子、二股してないわよね?」
「はい、二股されてました。当時」と私は苦笑しながら言う。
「あらあ」
「私がデート現場を押さえたので、その子とは別れてくれました」
「呆れたわ。女の子に不器用な癖に二股とか」
 
「で、その子がですね・・・」と私も小声。
「芸術論を永遠に話している子だったそうです。ピカソのゲルニカで6時間話し続けたとか」
お母さんが大笑いする。
「やっぱり、あの子、女の子を見る目が無いのよ」
「ですね。私みたいな子まで好きになっちゃうし」
 
「ううん、あなたはとってもいい子。女の子選びが下手な子だけど、あなただけは正解だったみたい。私ね。今日はちょっと、そもそもあなたのこと知ったのが突然だったこともあるし、頭の中でいろいろ熟成させたいから、ちゃんとした言葉では明日言うつもりだけど、私としては、あなたたちの結婚は認めてあげたいと思い始めたところ」
「ほんとですか!ありがとうございます」
 
「今日1日お花の会に付き合ってもらって、あなたの動きとか話し方とか、色々見てて、この子最高!子供が産めないって言ってたけど、そんなこといい。進平にはもったいないくらいの良い子だって、あなたに惚れ込んじゃって」
「それは褒めすぎです」
「あなた男の子だって言うけど、それも、どこをどう見たって実際問題として女の子じゃん。私、男の子から女の子に変わった子って、今まで何度か見たことあるけど、あなたそういう子たちとも少し雰囲気が違うんだわ。あなたは女の子そのものとしか思えない。あなたが男の子だということを証明することが不可能なんじゃないかという気がする。だから、私の頭の中ではあなたはふつうの女の子・・・・どうしたの?」
私が涙を浮かべてしまったので、お母さんが驚いて尋ねた。
 
「いえ、何だか嬉しくて・・・・」
「手術受けるの、焦って無理しないのよ。時間かかったっていいんだから。結婚できるようになるまで3年でも4年でも待たせればいいのよ」
「はい、ありがとうございます」
 
翌朝、一緒にホテルの朝のヴァイキングを食べながらお母さんは
「そういう訳で、私としてはあなたたちの仲を認めてあげる。ゴールデンウィークに一緒にうちに来てね。みんなに紹介しなくちゃ」
と言う。
「ただ」とお母さんは小声で「晴音ちゃんの性別のことは、私だけが知っていればいいと思うから、他の人にはわざわざ言わないで」と言った。
 
「うん。そうする。外野からあれこれ言われたくないし」と進平。
「お気遣い、ありがとうございます」と私は笑顔で感謝のことばを述べた。
 
「私としては、進平が晴音ちゃんにその指輪を渡した時点で、ふたりはもうフィアンセになったんだと思ってるから」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ほんとにふたり仲が良さそうだし、相性も良さそうだけど、お互い気を抜かずに頑張りなさい」
「はい」
 
「今日はお母さんは何時の新幹線でお帰りになるんですか?」
「夕方6時のに乗る予定」
「じゃ、私達の学校が終わってから、また会えますね」
「うん。晴音さん、今日は何時に終わるの?」
「私は今日は午前中だけです。進平さんは2時半までですが」
「じゃ、晴音さんの手料理食べさせてくれない?晴音さんのアパートで」
「はい。私のでよければ。何か希望のメニューはありますか?」
「カレー」
「カレーですか!」
「うん、辛〜いのが食べたい」
 
「えーっと・・・・こないだ、進平さんが思いっきり辛いカレーが食べたいと言って、進平さんが涙を流して食べたレシピとかがあるんですが」
「あ、それいい。ただし進平の舌は特別だから、私が食べられる程度の辛さで」
「はい。あの時は私もパスしましたから」と私は笑って言う。
「私自身が食べられる程度の辛さにしますね」
「うん、よろしく」
 
ホテルのラウンジの窓ガラスから明るい太陽の光が射し込む。今日も天気は良さそうだ。しかし私の心の中は、空の天気以上に晴れ渡っていた。
 
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【続・サクラな日々】(2)