【サクラな日々】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-09-18
11月下旬の土曜日。私はアパートで自主ゼミの準備で、発表用の原稿を作っていた。前夜自宅が遠くにある莉子が遅くなったから泊めてといってきて、先程一緒に遅めの朝御飯を食べて帰って行った所であった。莉子は時々そうやってうちに泊まっていた。女の子同士の気安さである。
ドアをノックする音がした。私はてっきり莉子が忘れ物でもしたのかなと思い「はーい」といって、そのままドアを開けたら、何と母だった。私はどうしたらいいのかと立ちすくむ。
「あら、晴音(はると)のお友達ですか?私、晴音の母でございます。ちょっとこちらに用事で出てきたので、寄ってみたのですが」
「あの・・・・取り敢えず中へ」
「はいはい、お邪魔じゃなかったかしら」
と言って母は中に入る。居間のテーブルの所に座り
「晴音は外出ですか?」
などと訊く。
「あ、えっと・・・・・・」
私はほんとにどう答えていいか分からなかった。
「お母さん・・・・私・・・・・」
やっと、そんな言葉が出た。声は女声のままだ。実際この頃、私は男声はずっと出していなかったので、出し方がよく分からなくなってしまっていた。
「え?」と言って母はしばらく私を見ていたが
「え!?もしかして、晴音なの?」
「うん」
「あんた、何て格好してるの?てっきり彼女かと」
「私、最近ずっとこういう格好してるの」
「えぇぇ!!?」
「7月にちょっとやむにやまれぬ事情で女装する機会が2度ほどあって、その後お化粧とかに興味感じて、やってる内に女の子の服も着てみようかなって気になっちゃって、気付いたら、いつもこんな格好してるようになっちゃってた」
「あんた、その格好で学校にも行ってるの?」
「うん。実はもう男の子の服、持ってない。全部捨てちゃった」
「それでどうするの?性転換するの?」
「まだ分かんない。まだ自分の身体にメスを入れる気にはならない。足の毛とヒゲは脱毛しちゃったけど」
「まあ、そのくらいはいいだろうけど・・・・」
と母は何を言ったらいいか分からない感じだ。
「あ、御免ね。お茶入れるね」
といって、私は紅茶のティーパックとティーカップを2つ持ってきて、ポットのお湯をそそぎ、シュガースティックを添えて1つを母に差し出した。
「なんか・・・・仕草が凄く女っぽい」
「私、別に意識してないんだけど、それ友達からも言われる」
「だけど、この部屋、ほとんど女の子の部屋だね」
母が部屋を見渡して言った。
そもそも出会い系の仕事を始めて以来、女の子が読むような雑誌とかがどんどん本棚にあふれていった。本棚には数学や物理・化学などの専門書に負けないくらい少女漫画も並んでいる。CDもジャニーズとか他にもエグザイルとかスキマスイッチとか男性ユニットのものが随分多くなっている。出会い系の「デート」でプレゼントにもらったぬいぐるみ(盗聴器等チェック済み)とかも並んでいる。勉強する時に集中しやすいように、よくサンダルウッドなどの「お香」も焚いているので、今もその香りが漂っている。最近気分転換に部屋のカーテンも可愛いディズニーものに換えていた。テーブルの上に置いた携帯も最近機種変更したピンク色のものである。ついでに昨夜泊まった莉子がジョークで放置していったバイブまで転がっているのに気付いたので慌ててそれだけは隠したが見られたかも知れない。
「なんか私ショックだわ・・・・」と母が言う。無理もない。
「御免ね。私、このまま女の子になっちゃうかも」
「はあ・・・・」
と母はため息を付く。
「あんたも、よくよく考えてこういう道に入ったんだろうけど」
「うん」
「後戻りできないようなことは慎重に考えてからするのよ」
「うん」
「はあ・・・・私、お父ちゃんに何ていえばいいのかしら・・・・」
「私、しばらく実家に行かないね」
「うん・・・・少し私の中で考えまとまるまで何も言わないことにしよう」
「取り敢えず、どこかに出てお昼しない?」
「そうだね・・・」
私は母を近くにあるイタリアンレストランに連れて行った。
「ここ、休日はランチが700円で食べられるの。都会でこの値段はなかなか無いよ」
「東京は何でも高いよねぇ。朝羽田に着いてから空港で朝御飯食べようとして、値段見て絶句した」
「ああ、空港ターミナルとかは特に高いもん」
「結局売店でパン買って食べたけど、パンも高いのよ」
「まあ、東京にも安い店はけっこうあるんだけどね。知らないと分からない」
「ね。。。あんた学費は大丈夫?父ちゃんに言わずに、こっそり取り敢えず20万持ってきたんだけど。授業料払えずに困ってないかと思って」
「ありがとう。気持ちだけもらっとく。その20万はお母ちゃん、自分用に使って」
「何とかなってる?」
「うん。なってる。バイトしてるし」
「でも、理学部って忙しいんでしょ、大丈夫?」
「うん。頑張るから大丈夫」
「無理して身体壊したりしないのよ」
「うん。気をつける」
「あのね、お母ちゃん」
「うん」
「私ね、成人式、振袖で出る」
「・・・・・・まあ、今のあんたなら、それもいいかもね」
「写真、データで送ったら、お父ちゃんの目に触れないかな」
「あの人、パソコン音痴だもんね。じゃUSBメモリかCD-ROMで送って」
「うん」
「でも振袖はレンタル?」
「実は買っちゃった。安いのだけど」
「まあまあ。お金ほんとに大丈夫?」
「うん。買う時、お金持ちの友達に少し借りたけど、月々少しずつ返していってる。まあ、その友達に買っちゃえ買っちゃえ、って煽られたんだけどね」
「なるほどね」
「ちょっとトイレ」と言って、私はトイレに立った。
戻ってくると母が
「あんた、トイレも女子トイレに入るのね」
などという。
「そりゃ、この格好で男子トイレには入れないよぉ」
と私は笑って答える。
「そっかー」
「バイト先にも女子更衣室に私のロッカーあるし」
「へー」
ここで女湯にも数回入ったなんて言ったら母は卒倒するだろうか、などと私は思った。
その時、携帯に着信があった。進平からだ。
「あ、ちょっと御免」と言って出る。
「お早う。。。うん。。。。うん。。。。明日?あ、用事がキャンセルになったの?何時?。。お昼1時。。。うん、それならお昼一緒に食べてからにしよ。OK。じゃ。明日12時ね。うん。愛してるよ」
と言って電話を切る。最後のひとことは母の前ではちょっとヤバかったかな?
「ね・・・・今の・・・」
「えへへ。彼氏から」
「彼氏って、あんた男の子と付き合ってるの?」
「うん。何でかそういうことになっちゃって。彼とは私が男の子してた頃から友達だったんだけど、私がこういうのになっちゃったら、何となく恋人になっちゃった」
「はあ・・・・・私、頭が痛くなってきた」
「御免ね。ショッキングなことだらけで」
「でも学業の方はちゃんとやってるよね?」
「うん。前期の試験は全部Aだったよ」
「それが本業なんだから、自分を見失わないでね」
「うん」
母とはそのあと銀座に出て買い物を付き合った。
「あんたがお金いらないって言うから、私洋服でも買っちゃおう」
「うんうん。たまにはそういう贅沢しなくちゃ」
なんて煽っていたのだが、私がブランドショップの並んでいる所に母を連れていくと、ちょっとしたセーターが3万円とか、スカート4万8千円、なんて値札を見て絶句している。
「ごめん、もっと安い所に行こう」
なんていうので、結局ユニクロに行った。そして1000円のTシャツとか3000円のスカートとか買ってる。そして合計1万5千円ほど買い「満足満足」と言っていた。
マクドナルドに行き、お茶を飲んで一息ついた。
「あんたは普段、何万とかする服買うの?」
「全然。私もユニクロとかしまむらとかだよ。5000円以上の服、めったに買わない」
「それ聞いて安心した」
「ああ、だけど今日1日あんたと付き合ってて、あんたが女の子でもいいかと思っちゃった」
「ありがとう」
「だって男ばかりの3人兄弟だからさ。ひとりくらい女の子欲しかったなとか昔から思ってたのよね」
「お母ちゃんの話し相手くらいなら、いつでもなるよ」
「ありがと。そういえば、あんたが小さい頃、けっこう女の子に間違えられてたな、とか思い出しちゃって」
「そうなの?自分では全然記憶無いや」
「あんた、名前はどうしてるの?女の子として行動する時」
「私の名前、昔からよく『はるね』って誤読されて女の子かと誤解されることあったでしょ」
「ああ、確かに」
「それで、友達には『はるね』と呼んでもらってるし、美容室とかの登録もその読みで登録してる」
「ああ、いいかもね」
母とそんな感じで次第に和やかな雰囲気になってきた時、また携帯に着信があった。あ、これは・・・・
「はい。どうもお世話様です。はい、あ、もう出来たんですか!はい、取りにいきます」
「どこから?」
「えっとね。私の振袖が出来たって呉服屋さんから。月曜日に出来る予定だったんだけど、早まったみたい。ね。お母さん、一緒に取りに行く?」
「あ、うん」
地下鉄で呉服屋さんのある所まで移動した。
「こんにちは」と言って入っていくと、名乗る前に
「吉岡様、いらっしゃいませ。御振袖ができております」と言われる。そう何度も来ている訳ではないのに、ちゃんと顔を覚えているなんて凄い!
「早速着付けしてみられますか?」
「あ、でも和服用の下着を持ってないから」
「それでしたらワンセット、サービス致しましょう」
「きゃー、いいのかしら?じゃ、よろしくお願いします」
ということで、私はお店の奥の方にある着付け用のスペースで、振袖の着付けをしてもらった。着付けをしてくれた店員さんはかなり手際が良かったのだがそれでも20分くらい掛かった。凄い手間が掛かるんだなというのを実感する。でもこれ、凄く可愛い!着付けスペースの所に映っている自分の姿を見て、あらためてそう思った。
出て行くと母が「可愛い!」と声をあげる。
「お母様と一緒に記念写真をお撮りしましょう」と店員さんが言うので、母と並んでいる所を、私の携帯と母の携帯で撮影してもらった。
「今日はいろいろあったけど、私なんか凄く幸せな気分」と母は言った。
「あんたを産んで良かったぁ、と思った」
「そ、そう?」
「だって、娘の成人式に振袖着せるって凄い夢だもん。母親にとっては。でも男の子ばかりだったから、その夢は果たせないなって諦めてたのよね」
「あはは」
「でも、この振袖可愛いわねえ。それにあんたに似合ってる」
「ありがとう」
「でも何だか嬉しいな・・・・成人式の時、私出てきちゃおう」
「別に大した行事がある訳じゃないよ、成人式なんて」
「でも、そのためにこの服を着るんでしょ」
「うん」
私はその振袖のまま町を歩こうかな、と言ったのだが、母が式の前に何かで汚してはいけないからというので、ふたりで一緒に近くの神社まで往復してきただけで、振袖はまた脱がせてもらい、普通の服に着替え、また夕方にあらためて取りにくることにして、呉服屋さんに振袖を預けたまま、町に出た。
しかし振袖姿を母が褒めてくれて、本人も凄く嬉しがっていたことから、私と母の間の垣根は取れてしまったような気がした。私達はまるで母娘のような感じでその日ずっとおしゃべりやショッピングを楽しみ、夕方の飛行機で、母は帰っていった。母はもし私が性転換手術を受ける場合は、必ず事前に言って欲しいと言い、私ももし受ける気になったら必ず先に言うことを約束した。
しかし性転換手術か・・・・私、そんな手術受けちゃうのかなぁ・・・・その頃はまだ自分でもよく分からない気分だった。
翌日は母と会っている時に掛かってきた電話で話した通り、進平とお昼に町で待ち合わせ、一緒にお昼を食べてから映画を見た。そのあと、やはりついつい足がホテルに向き、私達は愛し合った。
私達はだいたいSを使うか、私が彼のをフェラしてあげた。私のSはしまりがほどよくて、女の子のVとそんなに感じが違わない、と彼は言っていた。Aについては彼も入れるのに抵抗があると言ってたし、私も入れられるのには抵抗があると言ったので、使わないことにした。
私達はよく夜間に椎名君たちと一緒に車4台でのドライブも楽しんでいた。私は機会を見て、花梨たちに実は私の身体が女の子ではないことをカムアウトした。彼女たちはびっくりしていたが「心が女の子で、見た目も女の子なんだったら、気にすることないよ」と言われた。
「でも、お風呂にも何度か一緒に入ったけど、女の子の身体だったよね」
「あれはね〜、いろいろテクがあるのですよ、お姉様。実は、進平と初めてホテルに行った時もね、『どこからどう見ても女の子の身体にしか見えないじゃん』って、拍子抜けしたみたいな口調で言われた。彼、ホテルに来るまでは、男の子同士で愛し合うってどうすればいいんだっけ?って真剣に悩んでたらしいけど、普通に女の子とするのと変わらないからホッとしたって言ってた」
「へー。じゃ、彼とはふつうにヘテロ・セックスなんだ」と麻耶。
「うん。私も同性愛の趣味は無いし」
「ちょっと待て。何か話が難しい。私の頭では理解できないけど、要するにハルは女の子だってことで問題無いね」と花梨。
「ふつうに女の子だよね」と麻耶。
「また一緒にお風呂入ろうね」と美沙。
ある日曜日。学校のOG会からの呼びかけに応じて、私は莉子たちクラスの女子4人で一緒に老人介護施設のボランティアに出かけた。これがなかなか大変で、ただボーっとしているだけの感じの人に何度も呼びかけながら食事を食べさせたり、暴れ回るお年寄りのオムツを数人で協力して何とか交換したり、感情がたかぶって泣いている人をなだめたりなどで、4時間ほどで精神的にも肉体的にもクタクタになったのだが、最後の方で「入浴介護できます?」と頼まれた。
涼世と妃冴がもうダウン寸前だったので、私と莉子で「やります」といってお風呂場に向かう。
「あ、私達も脱ぐんですね?」
「はい、下着付けてやる人もいますが、ずぶ濡れになるのでその後着替える必要が出て来ますね」と言われる。
ん?という感じで莉子が私を見るが、私は「はーい。脱いじゃいます」といって裸になる。莉子も微笑んで裸になって一緒に車椅子のお年寄りの入浴を介護した。
「ふーん、なるほどね。実物は初めて見たけど、道具とかテクとかもあるんだろうけど、ハルリンって、雰囲気が女の子だからヌードでパスしちゃうんだな」
などと莉子が言う。
「あ、その見解は初めて聞いたけど、そうかも知れないね」
と言って微笑みながら、私はお年寄りの髪を洗ってあげた。
その日はみんなホントに疲れていたので、自宅まで帰る体力が無いという意見もあり、みんなで近くの旅館に泊まり込んだ。8畳の和室に布団を4枚敷いてもらう。とりあえず自販機で買ってきたビールで乾杯した。
「でも疲れたねー」
「介護職の3Kってよく分かった。危険ってのが何でだろうと思ってたけど、私あちこち引っ掻かれて傷が出来たよ、今日は」と妃冴。
「私も凄い力で腕掴まれてまだ痛い」と涼世。
「人が居着かない訳だよね。それで給料も安いみたいだし」と莉子。
「でも腰を痛めない抱え方だけは最初に教えてもらって助かったね」と私。
「うん、知らずにやってたら、ギックリ腰とかになって、下手したら一生の悔いになってたかも」と莉子。
「そうだ、リコ、ハルリンのヌード見たんでしょ?」
「ふつうに女の子だよ。ぶらぶらするものも付いてないし」と笑いながら莉子。「あれ?もう手術終わってたんだっけ?」と涼世。
「裸の女装だと聞いた」と妃冴。
「うん、そんなもの」と私。
「へー」と涼世は言うと「ハルリ〜ン、私にもその女装ヌード見せろ〜」と言って私の服を掴んで脱がせようとする。ビールの酔いも効いている感じだ。
「分かった、分かった、みんなでお風呂に行こうよ」
「取り敢えず御飯食べるまでは、お風呂行く元気無いよ〜。今見せて」
「分かったよ、もう」と笑って言うと私は服を脱いで、みんなの前で裸になった。
「上の方から説明致します。バストはブレストフォームというものを付けております。しっかりしたテープで身体に貼り付けているのでお風呂に入っても平気です。ウェストのくびれは自前のラインでございます。掛け値・誤魔化しは無し。お股の所はタックというものをしていて、女の子の股間に見えるように細工をしております。これは接着剤留めですので、お風呂平気です。足の毛はフラッシュ脱毛済みです」
「へー。凄い。でもウェストくびれてるし、足も細いし。体重いくらだっけ?」
「49kgかな。身長は163cm」
「むむむ。身長158cmの私より体重が軽いじゃん」
「男の子だった頃から、その体重だって言ってたよね」と莉子。
「うん。それは全然変わってない」
「ちょっと待って。じゃ、男の子だった頃から、ウェスト、そんなにくびれてたの?」
「うん。高校の修学旅行でお風呂に入った時、お前このウェストライン凄い。女の子なら良かったのにな、とか友達に言われた」
「なんかさ、ハルリンって、ついこないだ女の子始めたようなこと主張しているわりには、その手のエピソードが昔からかなりあった感じだよね」
と莉子が笑って言った。
「高校時代は、女子制服着て女子トイレに籠もったことあったと聞いたし」
「違うよ。あれはクラスメイトの悪戯で、女子制服着せられて椅子に縛り付けられて女子トイレに放置されたんだよ。もう恥ずかしかったんだから」
「でもトイレに入ってきた女子が誰も騒がなかったとか」
「そうなのよ。みんな『あら可愛い』とか『女子制服似合ってるね』とか言うばかりでロープを解いてくれないんだもん」
「だいたいなんで女子制服着せられたのさ」
「・・・・いや、一部の子たちが私セーラー服似合いそうだって言い出して・・・」
「要するにハルリンは高校生の頃、既に女の子だったのか」
その日、私達は部屋まで料理を持ってきてもらい、それを堪能して一休みしてから一緒にお風呂に行った。浴槽の中で、私は妃冴からも、涼世からも、かなりボディタッチされた。莉子は笑って見ていた。
12月初旬の土曜日、私は朝から携帯の着信で起こされた。誰かなと思って見ると、花梨からである。私は彼女たちと携帯の番号は教え合ってはいたが、実際には各々の彼氏とセットでの行動の時しか顔をあわせたことはなく、直接連絡を取りあったことはなかった。何かしら?と思い、出ると
「お早う、ハル。余計なことかも知れないとは思ったんだけどさ」
と花梨はいきなり切り出した。
「なあに?カリリン」
「今、周囲には誰もいない?」
「うん。ひとりだよ」
「・・・・あんたさ、進平君が二股してるのには気付いてる?」
「え?」
「やはり、気付いてなかったのね」
「そうなんだ・・・・」
「私達カップル4組で集まる時は、いつも彼、ハルを連れてくるけど、それ以外の場合で、しばしば他の女の子を連れてることがあるみたいなのよね。ちょっと情報源は勘弁」
「あ・・・・」
「何か思い当たることあった?」
「彼の車の助手席・・・・私身長163cmで背が高い方だからさ、乗るとしばしば座席の位置を調整してたんだけど、そのこと何も考えてなかったけど、それって私と違う背丈の人が前に乗ってたということだよね」
「それは、もっと早く気付かないといけなかったね」
「別に調整せずに座れることの方が多いんだけど、時々調整の必要がある場合がある。私いつも後ろにずらしてた」
「それは、ハルより背の低い子を乗せていたということになるね」
私は電話を切った後、少し考えていた。
やはり彼女にするなら、私みたいな子より普通の女の子の方がいいよね。。。。ちゃんとふつうのセックスできるし、結婚もできて、子供も産んでくれるし。ああ、でもちょっと楽しかったなあ・・・少しだけ夢見ることもできたから、この辺りが私の引き際かな。彼を解放してあげよう。そしたら、彼、ふつうの女の子とふつうの恋人になれる。
そんなことを考えてみたが、涙が出てきた。
えーん。悲しいよお。。。。。
私、やっぱりそんなに割り切れないよお。
進平といる時間、凄く楽しいのに。
もう進平と一緒に過ごすことできないの?
深夜のドライブでくだらないこと話して。
運転中の彼に悪戯して叱られたり。
私はいたたまれなくなって、バッグだけ持ってアパートを出ると、通りに出てしばらく立ち尽くしていたが、タクシーが通りかかったの見て、反射的に手をあげて停めた。
乗り込んで行き先を訊かれる。行き先・・・どこにしよう。
「あ、すみません。空港」
「羽田ですか?」
「あ、そうですね」
「第1?第2?」
うーん。どちらにしよう。
「じゃ、第2」
「分かりました」
第2ターミナルで料金を払って降りる。あ、お金下ろしておかなくちゃ。私はATMで取り敢えず20万下ろした。どこに行こう?便の一覧を見る。
なんか遠くに行きたいなと思って見ていたら、釧路行きに空席がある。釧路ってなんか凄い遠くの地の果てみたいな気がした。それで、カウンターに行き「釧路行き1個ください」と言ってしまった。
言った瞬間『1個』は無いよな、と思って心の中で苦笑する。
すぐに搭乗案内が始まるということだったので、急いで手荷物検査を通り、搭乗口へ走って行った。53番。これかなり遠いぞ。行くと、もう既に搭乗案内が始まっている。ゲートの所の列はもうあまり残っていない。私はその最後に並ぶと、搭乗券をかざして中に入った。
座席に着く。じっとしていると頭の中がおかしくなりそうなのでヘッドホンを取り出して音楽を聴いた。いきなり失恋ソングが流れてくる。辛いので他のチャンネルにする。私はこの瞬間、今歌っていた歌手が嫌いになった。
窓際の席だったので、景色を楽しむことができた。蔵王がきれいだ。そして津軽海峡は波が荒い。やがて飛行機は北海道の東の端近く、釧路空港に着いた。空港ターミナルでとりあえず座り、私はさて、これからどこに行こう?と思った。何も考えずに飛び出して来たんだから、行くあてもない。
『自殺』という単語が頭に浮かんだけど、とりあえず頭の中から追放した。
あ、今日はバイト行けないよなと思って、連絡しておこうと思い事務所に掛ける。数回鳴って「はい。○○○でございます」との声。あ、清花だ。「あ、私」「ミュウミュウ、どうしたの?」
「あ、えっと今日ちょっと休むから、店長に言っといてくれる?」
「いいけど・・・ちょっと待って、晴音、何かあったの?」
職場での会話とプライベートな会話で私と清花はハンドルと本名を使い分けている。ここで清花が突然私を本名で呼んだのは、何かを感じ取ったからであろう。
「いや。。。。。その」
「ね、今どこに居るの?」
「うーんと、釧路」
「北海道の?何しに?」
「えっと・・・何も考えずに来ちゃった」
「やはり何かあったのね」
「あ・・・うん」
「ね。少し話そうよ」
「あ・・・でも・・・・」
「分かった。私もそちらに行く。今空港?」
「うん」
「次の便は・・・・」清花が時刻表をめくっているようだ。
「13時の便がある。14:40にそちらに着くから、待ってて」
「分かった」
「空港内か、その近くにいて」
「うん。空港のレストランか喫茶店にいる」
「何かあったら、12時半くらいまでなら私に電話して」
「うん」
私は空港の中をぶらぶらしていてマッサージサロンがあったので、中に入り、リフレクソロジー1時間コースをしてもらった。それからレストランに入ってお昼を食べていたら清花から「これから搭乗」というメールが入る。そのあと、1階の喫茶店でぼーっとしていたら、清花が店内に入ってくるのを見た。
「早ーい」
「お待たせ。何してた?」
「えっと、マッサージしてもらって、御飯食べてからここに来てコーヒー飲んでて。あれ?私この店にもう2時間くらいいたのかな」
「考え事とかしてると時間がたつの分からないもんね」
といって清花はコーヒーとオープンサンドを注文する。やがて注文の品が来ると「晴音も少し食べよう」と促す。
「うん」といって私はオープンサンドを口に入れた。
そして私は泣き出した。清花が私の手を握る。私は泣いて、泣いて、泣いて、もう涙が出尽くすくらいに泣いた。
「で、何があったの」
清花はものすごく優しく私に尋ねた。清花が観音様かマリア様かに思えた。
私は進平が二股していたこと、それで自分は普通の女の子じゃないし、身を引くべきじゃないかと思ったこと。でもそう考えていたら、悲しくて悲しくて、いたたまれなくなり、思わず家を飛び出してここまできてしまったことを語った。
「だいたいさあ」「うん」
「晴音、ふつうの女の子とするのと変わらないなんて言われたんでしょ」
「うん」「その時点で既に、他の女の子ともセックスしてるという意味じゃん」
「あ、そうか。。。私、てっきり前の彼女とのセックスのことかと思ってた」
「全ての男がそうとは限らないけど、浮気にあまり罪悪感を感じない男って多いのよね。でも、話聞いてると、どちらかというと、晴音の方が本命で、もう一人の彼女というのが浮気相手という気がするよ」
「そ、そうかな?」
「だって、友達とカップル同士で集まる時には、いつも晴音を連れてたんでしょ」
「あ、そうか・・・・」
「自信持とうよ。向こうと別れてもらえばいいじゃん」
「でも私普通の女の子の機能持ってないし、子供産めないし」
「そんなの関係無いよ」
「えー?そう?」
「少し考え方変えてみよ。晴音は普通の女の子だとする」
「うん」
「それで、彼が晴音よりずっと美人の女の子と二股していることに気付いた」
「うん」
「そしたら、私より向こうの方が美人だし、私は身を引こう、とか思う?」
「嫌だ。私、負けない」
「それと同じじゃん」
「そうかな?」
「そうだよ。自分が女であることに自信を持とう。彼をちゃんと悦ばせてあげられてるんでしょ」
「うん」
「それに彼と楽しく会話してるんでしょ」
「うん」
「じゃ、ちゃんと恋人としての役割を果たしてるよ、晴音は」
「なんか私・・・・少し頑張ってみようかなという気になってきた」
「よし、それでこそ晴音だよ。晴音、いつも強気じゃん、何やるのにも」
「うん」
「頑張ろう。負けるな」
「うん。私頑張ってみる」
「よし、じゃ帰ろうか」
「うん」
私達は17:15の羽田行きの切符を買い、19時すぎに羽田に帰着した。その日はバイトを休み、ふたりで景気付けにカラオケに行って、一緒に水割りを飲みながら、たくさん歌を歌った。そしてその晩は清花の家に泊めてもらった。
少し飲み過ぎたのか、起きた時頭が痛かった。清花がオレンジジュースを出してくれたので、それを飲むと少し気分が良くなった。
「だけど、清花、質素な暮らししてるね」
「まあ、独り身だし、無駄にお金使う必要もないしね」
「昨日はごめんね。私のために飛行機代使わせちゃって」
「困った時・悩んだ時はお互い様だよ」
「うん」
花梨は情報源は勘弁なんて言ってたけど、たぶんこんな情報は椎名君経由だろうと思った。花梨は絶対何も言わないだろうけど、もしかしたら麻耶も何か知ってるかもしれないし、花梨よりは与しやすそうだと思い、電話して少し追求してみた。
「私が言ったって言わないでよね」と前置きして麻耶は話してくれた。
「椎名君とカリリンが小声で話しているのがたまたまちょっと聞こえたのよね。相手はバイト先で知り合った子みたい。デートは日曜日の日中が多いみたいで、だいたい横浜方面で遊んでることが多いみたい」
と麻耶は言っていた。
全て合点がいく。私と進平のデートはお泊まりデートになることが多いのでだいたい金曜の晩か土曜日の晩から翌日の昼くらいまでのことが多かった。日曜日の日中は彼はだいたい空いていることが多いのだ。そして横浜方面というのは、これまでドライブで行ったことが無かった。いつも私達は中央道方面、関越道方面、東北道・常磐道方面にばかり走っていた。デートのエリアが重ならないようにして、自分の記憶の混乱を防いでいるのだろう。
「マーヤ、ありがとう」と言って電話を切る。
私は清花にお礼を言って昼前に彼女の家を出ると、電車で横浜に行った。進平が今日彼女とデートするかどうかは分からない。してたとしても横浜のどこにいるか分からない。でも自分の愛の方が強いなら、必ず見つけられるはず、という確信がその時、あった。
横浜駅で少しだけ迷う。
「こっちだな」と私は思って、みなとみらい線に乗る。みなとみらい駅で降りる。クィーンズスクエアの方に歩いていく。私はできるだけ頭を空っぽにして歩いて行った。こういう時はへたに考えるより、勘で行動したほうがうまくいく。それは過去の自分の経験が物語っていた。時々迷った時は目をつぶってみて、「行きたい」と思った方に進んだ。
いた!
ちょっとドキドキ。彼女が何か話していて進平がそれを聞いている。私はあまり深く考えずにそのレストランに入っていった。ふたりの席の横に立つ。進平がギョッとした顔でこちらを見たが、私は満面の笑みで彼を見た。
「何?誰?」と彼女。
次の瞬間、私は進平の顔を両手で掴むと、唇に長ーいキスをした。
彼女があっけにとられている様子を耳の後ろで感じる。
「進ちゃん、行くよ」
「あ、うん・・・・」と言って進平は席を立った。
私はレシート立てに立っているレシートを左手でつかむと、右手を進平と組んで、店の出入口の方へ行った。
「ご、ごめん、後で電話する」と進平が彼女の方に言っているが、彼女は呆然としている。
私はレジのところで1万円札とレシートを出し「お釣りはそこの震災募金箱に入れといて」と言って店を出た。
「どうしてここが分かった?」と訊かれる。
「勘」と私は答えた。
「俺が浮気してたって気付いてたの?」
「助手席の位置」
「あ・・・・・・」
「女の勘を馬鹿にしないでね」と私はにっこり笑いながら言うと、進平と一緒にレンタカー屋さんまで歩いて行った。
「へへ、私ここの会員証持ってるのよね」と言って、プリウスを借りだした。
「今日は私が運転しちゃう」と言って、私は自分のETCカードを車にセットして車を出発させる。近くにICの案内があったので高速に乗ると、東名の方へ車を進め、横浜町田ICから静岡方面へ進行する。私達はしばらく無言だった。
「どこか遠くまで行こうよ」
「そうだね」
「私、昨日、釧路まで行ってきた」
「車で!?」
「まさか。飛行機だよ」
「びっくりした」
「さすがに釧路まで車で1日で往復する自信無いなあ」
「しかしハルちゃん、車の運転できたんだね」
「免許は去年の春に取ってたからね」
「けっこうよく運転するの?」
「ううん。教習所出たあと全然運転してなかったから、1年半ぶりくらいかな」
進平がむせかえる。
「ちょっと待て。どこかそこら辺の脇に停めて。俺、運転代わるから」
「じゃ、次の海老名SAで運転交替しよ」
「あ、うん。慎重に運転しろよ。スピード出し過ぎないように」
「OK」
「でもさ、進ちゃん」
「うん」
「私に不満があったら言って」
「あ、えっと」
「例えば、私が子供産めないから別れたいとか言うのなら、いつでも別れてあげる」
「いや、それは」
「おっぱい無いのが不満なら、すぐにも美容外科に飛び込んで大きくするし」
「ちょっと」
「私に女の子の器官が付いてないのが不満というなら、タイまで行って手術してくる」
「おいおい」
「私に飽きたというならそれも仕方ないから別れてあげる」
「うーんと。。。」
「でも浮気は許さない」
「分かった」
「私を愛してくれるなら、私だけを愛して」
「うん。御免な」
「だけど・・・・」
「なあに?」
「ハルちゃんに惚れ直しちゃったよ、俺」
「そう?」
「凄い行動力あるんだなって」
「女は行動よ」
「そっか。あ、でも昨日は釧路まで何しに行ってたの?」
「進ちゃんの浮気に気付いてさ、私捨てられちゃうのかなって思ったら悲しくなって、どこか遠くに行ってしまいたくなったから、羽田行って、すぐ飛ぶ飛行機で一番遠くまで行くのに飛び乗った」
「わっ」
「でも、清花ってかレモンね、彼女に電話したら私を釧路まで追いかけてきてくれて」
「すごいな、レモンも」
「話している内に、負けるものかって思ったから」
「うん」
「夕べ、清花と一緒に東京に戻ってきて。それで友達数人に電話してみたら、進ちゃんと私じゃない女の子を最近何度か横浜で見たって言ってた人がいて。私たちドライブで横浜方面だけは来てなかったでしょ。だから今日も彼女と横浜に来てるかもと思って。横浜駅に着いた後は、勘だけで辿り着いた」
「横浜駅からは勘だけ?すげー」
「私の愛が本物なら、神様、私を進ちゃんの所に導いてってお願いした」
「わぁ」
「たぶん、こんなに凄い勘が働くのは、一生に一度か二度だよ」
「そうかもな・・・・」
やがて車は海老名SAに到着する。
「私・・・・駐車枠に駐める自信ない。なんか左右の車にぶつけそうで」
「そこら辺で停めて。俺、代わる」
「お願い」
路上に停めて運転席と助手席を急いで交替する。進平がきれいに駐車枠に駐めてくれた。
「ふう」と進平は大きく息をついた。
「でも、上手かったよ、ここまでの運転」
「ありがと」
「時々運転させてあげるよ。どうせなら練習したほうがいい」
「うん」
と私は明るく微笑んだ。
私達は海老名SAであらためて御飯を食べながら、いろんなことを話した。今回の事件で、結果的にはお互いの距離が縮まったような気もした。
「俺はハルちゃんの身体のことはそんなに気にしてないから」
「うん」
「俺のために手術しようとかは考えずに、自分がそうありたいと思うままであればいいと思う」
「ありがとう」
「それと、もしおっぱい大きくするとか、その・・・下の方切っちゃうとか、そういう手術したいと思ったらさ、手術する前に1度、俺に言ってよ」
「うん。実はこないだ母ちゃんからも言われた。でも、昨日はもうこのまま美容外科に飛び込んで豊胸手術でもしちゃおうかとも思った」
「わあ」
「でも、それ考えてるうちにタクシーが通りかかって、行き先訊かれたから羽田って答えちゃって、それで釧路に行くことになっちゃったのよね」
「あはは」
「でも釧路までの往復のお金で、胸にヒアルロン酸注射でもしてれば少しだけバスト大きくすることもできたなあ」
「そんなのあるんだ」
「うん。ヒアルロン酸は無害だからね。おっぱいに注射してその分膨らませるの。ただし徐々に身体に吸収されちゃうから半年か1年くらいの命」
「へー」
「手術無しで豊胸できるから人気あるけど高いのよね。私の胸をCカップくらいにしようとしたら、たぶん50〜60万はかかる」
「ぶっ、それならシリコン入れてもいいんじゃない?」
「なのよね〜、シリコン入れるの80万でできるもん」
「シリコン入れたい?」
「分かんない。清花からはさ、女装生活始めたのが7月だから、来年の7月までは身体はいじらない方がいいし、ホルモンも飲まない方がいいよと言われた」
「賛成」
「うん。1年たってみてから、あらためて考えてみるよ」
「うん、そうしよう」
この日、私達は御殿場まで走り、東富士五湖道路方面へ抜けて、山中湖で遊覧船に乗り、中央道経由で東京に戻った。一般道を走る時に少し私が運転させてもらった。基本的な運転感覚はいいから、慣れと場数を踏むことだけだねと言われる。駐車場入れは、スーパーとかの空いてる駐車場で何度も練習すればいいよと言われた。
「そうだ。こないだ成人式の振袖受け取ったんだけど、進ちゃん、まだ見てなかったよね」
「あ、うん」
「うちのアパートに来ない?私、振袖自分で着れないから、ちょっとひっかけるだけしかできないけど」
「うん、見たい」
私達は車をレンタカー屋さんに帰してから、電車で私のアパートまで移動した。
「わあ、可愛いね!」
と進平は私の振袖を見て言う。
「えへ。なんかいいよね〜。こういうの着れるのは女になって良かったなって思っちゃった。お金は掛かるけど」
「確かに女の子はお化粧品とかもいるし、何かとお金掛かるね」
「ところで今夜は、私の手料理とか食べる?」
「食べたい」
「メニューのご希望はございますか〜?」
「うーん。肉じゃがとか」
「おお、カップルの定番メニューだ。材料買ってくるから留守番しててくれる?」
「OK」
買い物から帰ってきたら、「俺、さっきあの子に電話して、済まないけど別れて欲しいと言った」と進平。
「うん」
私は進平にキスして、肉じゃがを作りはじめた。
肉じゃがは「美味しい〜!」と褒められた。
「じゃがいもがホクホクだし、短時間で作ったにしては、けっこう味が染みてるし」
「ありがと」
「料理はよく作るの?」
「うん。毎日朝晩作ってるよ。昼は学食だけど。だいたいバイトを9時くらいまでしてるから日曜日に食材はできるだけ買いだめしておくのよね。でも足りない分を深夜営業のスーパーで買い足してから帰宅することもある」
「でも量が難しくない?」
「そうなのよ。一人分だけって作るの難しいから、3〜4人分くらいの材料で作って、結局3日かけて食べることもあれば、冷凍できるものは冷凍しておいたりするよ。カレーはじゃがいもを外して冷凍」
「俺、呼んでくれたら食べてあげるよ」
「ふふ。遅い時間帯でもよかったら」
「じゃ、今度」
その夜は御飯を食べたあと、お茶など飲んで少し落ち着いてから、布団を敷き一緒に寝た。もちろんたくさん愛し合った。その日は物凄く燃えたので明け方近くまでやっていた。
その後もしばしば私は昼間の内に「今夜食べに来る?」などといって進平を誘い、22時すぎに一緒に遅い晩ご飯を食べた。莉子からは「おお、餌付けに成功したか?」
などと言われた。
クリスマスイブには、昼間のうちから椎名君たちとカップル4組で車無しで都内のファミレスに集まり、クリスマスパーティーをした。夕方から各々別れてホテルなどに消える。(私はバイト先から「デート対応の人が足りない。HELP」と連絡があり、バイト先には出ないままデート対応だけ2件した。進平が付き添い役である。私がデートしてて妬かない?と訊いてみたが私を信頼してるから問題無いと言われて私は彼にキスした。そんなことをしていたので、私と進平のスイートタイムは21時すぎからになった)
そして翌クリスマスの朝(といっても10時頃)ケンタッキーに再集合して、みんなでチキンを食べておしゃべりを楽しむ。その後、茨城方面に車で走って温泉に入った。震災の影響でしばらく休業していたところが再開したとの情報をもらい、リニューアルオープンしたばかりの温泉につかった。
「遠目では分からないけど、じっとそばに寄って見ると、ここに境目がある」
と花梨にブレストフォームの『境目』を指摘された。
「えー?どれどれ」と麻耶と美沙も近づいてくる。
「ふふ。気をつけて見ないと分からないでしょ」
「ここリニューアルオープンしたばかりで照明が明るいからね。ここまで明るくないところだと、たぶん全然気付かないよ」
「あ、やっと分かった。ここからこっちが偽乳かあ・・」と麻耶。
「うーん。私の目では分からないや。私視力無いからなあ」と美沙。
「これ元々ある程度おっぱいがある人が付けてもいいの?」
「もちろん。私がほとんど胸のない状態からCカップにしてるから、元々BくらいあったらEになるよ。これいちばん小さいサイズで、もっとボリュームのあるタイプもあるから、BからGくらいにボリュームアップすることもできる」
「わあ、やってみようかな。タッちゃんをびっくりさせる」
「はは。2万くらいするから、ジョークで使うには少し高いよ」
「でも触った感触がいいよね。本物と変わらない。ほら、花梨の触ってごらん」
などといって、麻耶が私の手をとって花梨のFカップの胸に触らせる」
「あ、ほんとだ」
花梨は笑っている。
「なんなら、女子校名物のおっぱいの触りっこする?」
「私、中学高校と女子校だったけど、うちには無かったのよね」と美沙。
「うちの中学ではしょっちゅうやってたよ。特に私胸が大きいから真っ先にターゲットにされてた」と花梨は笑いながら言う。
お正月は帰省もせずにずっとバイトと勉強ばかりしていた。年末年始は会員さんのアクセスも多く、ちょっと稼ぎ時であった。昼間はずっとアパートで勉強していても少し煮詰まってくるので、時々学校近くのファミレスなどでも勉強していた。ここには同様に帰省していない莉子が時々来たので、一緒に勉強しながら、おしゃべりなども楽しんでいた。
「へー、じゃ寺元君との仲はその後かなり進展してるんだ」
「うん、最近週に2〜3日は彼、私のアパートに泊まってくよ、それで最近は朝、お味噌汁作るのよね〜。ひとりの時はめったに作らないけど。朝、御飯にお味噌汁って、男の人は喜ぶみたい。後は冷凍ストックしてる鮭の切身焼いたり」
「甘い生活してるな。もう同棲しちゃえば?」
「なし崩し的にそんなことになっていく気もする」
先月はちょっとした危機があったことも語った。
「ま、男って浮気する生き物だからね。もちろんしない人もたくさんいるけど」
「私結婚は無理と思うから、その時になったら身を引くつもりではいるけどさ、私と一応恋人のままの状態での浮気は許さない」
「ハルリン、偉い。そうよ、自信持たなくちゃ。結婚だって諦めることないと思うよ」
「でも絶対向こうのご両親に反対されるよ。私は今ひとときの幸せをもらえたら、それでいい」
「そう?ひとときの幸せって。出会い系サクラやってる訳じゃなくて、これは本物の恋愛なんだからさ、もっと夢を持とうよ。ハルリン、彼が赤ちゃん産める女の子と結婚したいから別れてくれと言ってきたら、素直に身を引ける?」
「自信無い。泣きわめくかも」
「だって好きなんでしょ?」
「うん」
「じゃ、結婚するつもりで頑張りなよ」
「そうだね。。。。。考えてみる」
成人式には予告通り母が上京してきた。髪は前日にセットしていたのだが、着付けの予約時刻が朝8時だったので、着付けが終わってから町で母と落ち合った。あらためて「可愛いわねえ」と言われる。マクドナルドにでもいって朝御飯にしようと言ったら「とんでもない」と言われた。結局和食のファミレスに入り、服を汚さないように紙エプロンをもらって付けて食べた。
11時に莉子たちと落ち合う。クラスの女子4人はうまい具合にみんな同じ会場なのでいっしょに入ろうと言っていたのである。
「リコのすごくきれいじゃない?」
「いや、ハルリンのも凄く可愛いよ」
「スズのも凄いよ、レンタルといってもこれかなりしたでしょ?」
「ヒサリンのは何かすごいモダンで格好いい」
と、しばし褒め合い。そしてお互いの携帯で撮影し合い。
妃冴もお母さんが付いてきていたので、私の母と挨拶して、母同士で何かにこやかに話していた。
会場に入場する。記念品が男女で別のようであったが、私はちゃんと女性用の記念品を受け取った。なんか偉い人の話があっていたが、つまらないので私達は早々に小声でおしゃべりモードになっていた。式典は2時間ほどで終わった。
会場の前で4人並んで記念写真を撮る。写真は同級生の男の子がちょうど近くにいたので徴用して撮ってもらった。4人だけの写真と、妃冴の母と私の母も入った構図とで、私達が持ってきていた4台のカメラで撮ってもらった。
その後、回転寿司で、遅めのお昼兼おやつとしたが、妃冴と私の母から早々に「醤油禁止令」が通達された。「この子たち無頓着なんだもん」「脱がせるまで私達のほうが気が気じゃないですよね」などと2人の母が言っていた。莉子がノートパソコンを持ってきていたので、それを使ってお互いの撮影データを交換する。私は自分のデータをUSBメモリーにコピーして母に渡した。
「ああ。じゃ、スズは今朝写真館で記念写真撮ってきたんだ」
「だってこれ借り賃が高いんだもん。着付け代だって、前撮りするなら2回分必要だし」
「私は12月に前撮りしちゃった」と妃冴。
「だからお正月に帰省したら、もう私の成人式の写真が飾ってあったという」
「私は正月明け早々に前撮りしたよ」と莉子。
「私は後撮り〜」と私。
「来週、あらためて着付けしてもらって写真館に行ってくる」
実は今日進平に振袖姿を見せることができないので(向こうは違う会場なので)来週それも兼ねて写真館で撮影するつもりなのである。
「なるほど、そういう手もあるのか」
「でも自分で着れたらいいのになあ」
「だよね。振袖は特に難しいみたいね」
「うちのお母さんにも普通の着物なら着せてあげられるけど振袖は無理って言われた」
午後4時で解散し、各々脱がせてもらいに行った。私は振袖を自宅に置きに戻ったあと、母と一緒に羽田に行き、チェックインしてから空港のビルで夕食を食べた。
「私さ、今日の写真、父ちゃんに見せちゃうよ」
「えー!?」
「だって、こんなに可愛くなってるんだもん。見せないのもったいない」
「ショックで死ななきゃいいね」
「お兄ちゃんたちにはあんたのこと言ったけど、まあ最近そういうの流行りだし、いいんじゃないって言われた。風史(かざみ)なんて、どうせ女の子になるんだったら、さっさと早い内に手術しちゃったほうがいいよ、なんて言ってたし」
「うん。友達の中にもそう言ってくれる子もいる。慎重にねと言う子も多いけど」
「結局最後は自分で決めることだからね」
「うん」
母は笑顔で帰って行った。
ふと気付くと進平からメールが入っていた。
『今日はみんな昼間から飲んじゃってるからドライブは中止。深夜のジョイフルで成人式パーティー』とある。思わず微笑んだ。このグループはいつも安全運転なのである。遠征する時もだいたい速度遵守だ。リーダー格の椎名君がそういうのにうるさいからシートベルトもみんなちゃんとしている。
私は自宅に戻ると振袖の包みを開けて、また身体に掛けて鏡に映してみた。
ほんと可愛いなあ。
デジカメと携帯のデータをパソコンに移し、画面で見てみる。うん。なんか感動。でも、去年の春頃の時点で、自分が振袖を着て成人式に行くなんてのは想像の範囲外だったな、とも思った。
この1年は自分はどうなっちゃうのだろうと思うことばかりだったけど、釧路に往復してきた日、そして横浜に進平を連れに行った日から、自分の道を迷わなくなった気もする。あの時まで自分は流されているだけだったのかも知れない。でも今は1歩ずつだげど、ちゃんと自分の意志で人生を歩いて行っている。そんな気がした。
私はパソコンを閉じてスリープさせると、手早くメイクを直して、集合場所へと出かけていった。夜の風が心地よかった。
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【サクラな日々】(3)