【サクラな日々】(2)

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その日、ボクと清花の会話は凄く盛り上がって、その後、ファッションやメイクの話もしたし、ジャニーズとかの話もしたし(清花は嵐とV6が好きらしい)、あまり話が盛り上がったので、ファミレスの後、カラオケ屋さんに行き、2時間歌った。お互いの携帯の番号とアドレスもしっかり交換した。
 
「わあ、歌もちゃんと女の子の声で歌えるのね」
「最初どちらかというと歌の方でうまく出せるようになった」
「へー」
清花は、ボクが20歳ならお酒でもいいよね、といって水割りを注文して、それを飲みながら、歌を歌っていた。清花は歌もうまかった。主として浜崎あゆみとか、MISIAとか、けっこう歌唱力を要求する歌をきれいに歌う。ボクは女声を鍛える時によく歌っていた、松田聖子とか宇多田ヒカルを歌った。
 
「そんな高い声がよく出るね−。私あまり高いの出ないのよね」と言われる。
「高い声は、裏声と実声を混ぜた感じの出し方なの。いろいろ試行錯誤している内に、この出し方発見して」
「ふーん。ミックスボイスというやつか」
「ああ、そういうの?」
「うん。民謡やってる友達がそんなこと言ってた気がする」
 
カラオケ屋さんを出たのは夜中の2時くらいだった。
「終電無くなっちゃったね。タクシーで帰る?」
「ううん。もったいないから、今夜はネットカフェにでも泊まる」
「じゃ、一緒に泊まろう」
といって、手近なネットカフェに入る。身分証明書の提示を求められ、ふたりとも運転免許証を見せる。こういう時、ボクの名前って便利なんだなと思った。ボクは会員登録用紙の性別の所には敢えてどちらにも○を付けなかったのだけど係の人が勝手に女の方に○を付けた。そして、ボクたちは女性専用席の隣り合ったブースを割り当ててもらった。
 
「女性専用席と聞いて、ちょっとドキっとした」
「男の人が近寄らないから、それだけ安心感があるよ」
「私少しゲームしてから寝るね」と清花。
「私はもう寝る」とボク。
「うん。じゃ、おやすみー」「おやすみー」
ということで、ボクは先に寝せてもらった。クレンジングシートでメイクを拭き取ってから横になると、すぐに睡魔が寄ってきた。その日は凄く充実してたから、ぐっすり寝ることが出来た。
 
朝は7時くらいに起きた。隣のブースの様子をうかがう。何か物音がした。トントンと叩いてみると「おはよう」という声が帰ってきた。
「シャワー浴びて来ようよ」
「でも・・・・」
「中は個室だから大丈夫だよ」
というので、清花に手を引かれて、おそるおそる女性用のシャワールームに入る。中には多数のブースがあり、入口はカーテンで視界が遮られている。ボクはほっとして、空いているブースに入り、カーテンを9割方閉めてから中で服を脱いで、入口傍にある脱衣籠に入れた。シャワーを浴びる。気持ちいい!でも、これひとりで泊まってたら、ここに入る勇気無かったなと思った。
 
バスタオルで身体を拭いてから服を着て(パンティだけは新しいのに替えた)、ブースの外に出た。清花はもう出てメイクをしていた。ボクはその隣の鏡の所でメイクをした。
 
「だいぶ練習したんだけど、アイラインの引き方がまだよく分かってなくて」
などというと
「どんなアイライナー使ってる?」と言われる。
ボクが見せると「ブラックか。。。。これで重たくなりすぎるようなら、もう少し明るい色のを使うといいかもね。グレーとか」
「あ、そうか。今度やってみよう」
 
結局その日はそのあと一緒にマクドナルドのモーニングを食べてから別れた。別れて学校の方へ行こうとして、ふと気付いた。
 
ちょっと待て・・・・・ボクはこの格好のまま学校に行くのか?
この格好で昨日の午後から歩き回っていたのに、それを考えると急に恥ずかしく感じてしまった。だけど、今からアパートに戻って、それから学校へ行くと1時限目に遅刻してしまう。『はあ・・・・・・』
 
結論を出すのに1分も掛からなかった。
「ま、いいや」
ボクは開き直ると、そのまま学校の方に行く地下鉄に乗り、女の子の格好のままで校門をくぐった。構内を歩くのは別にいい。いろんな人が歩いているし。だけど・・・・
 
1時限目の講義のある教室に入る。あまり目立たないようにと思って後ろの方の席に座っていたのだが、クラスメイトの莉子がボクを認めて近づいてきた。
「おはよう。この授業、以前から受けてたっけ?」
「えへへ。私、吉岡」と女声のまま答える。
 
「え?・・・・・・」と言って莉子はしばらくボクを見つめていたが
「あ、ほんとだ!吉岡君だ!どうしたの?その格好」
その声につられて、他にも何人かのクラスメイトが集まってきた。
 
「たまには気分転換もいいかなあと思って、ちょっと服装の路線を変えてみた」
「それ服装の路線というより、性別の路線が変わってるじゃん」
「ってか、女の子の声なんですけど」
「うん。練習した」
「お化粧、きれいにできてる」
「それも練習した」
「髪がきれいにセットされてる」
「昨日、美容室に行った」
 
わいわいがやがやと騒がれたが、みんな「でも可愛い」「女の子にしか見えない」
「俺、こんな子が道を歩いてたらナンパするかも」「こんな美人なら男でも構わんから恋人にしたい」などなど、男子からも女子からも褒められる。寺元も「吉岡についときめいてしまうよ」などと言っていた。
 
「で、これからは女の子の格好で学校に出てくるの?」
「今日だけのつもりだけど」
「えー、こんなに可愛くなるんだもん。もったいないよ。毎日これでおいでよ」
「そ、そう?」
「うん、似合ってる、似合ってる」
と、かなりおだてられると、だんだんその気になってきた。しかし、そうなるとボクの人生、これからどうなるんだろう?ははははは。
 
1時間目が終わってトイレに行く。個室が空いていたのでそのまま中に入り、用を達してから出てきて、手を洗っていたら
「あ、ハルリンは当然女子トイレだよね」と声を掛けられた。
ボクのニックネームは女子達の間で『ハルリン』と決められてしまっていた。
 
「うん。この格好で男子トイレにはいけないし」
「あ、スカートの後ろが変になってるよ」
「え?」
「直してあげる」
「あ、ありがとう」
 
2時間目は出席を取る授業だった。名簿順に名前が呼ばれていく。ボクは名簿のいちばん最後だ。「吉岡」と呼ばれて「はい」と返事をする。先生が「え?」という顔をしてこちらを見る。「君、吉岡君なの?」「はい、間違いなく本人です」
「じゃ、問題無い」と先生は平然とした顔で言うと、名簿を閉じて授業を始めた。
 
「竹中教官、平然としてたね」
「普段から世俗を超越して生きてる感じだから性別も気にしないんだよ」
「ああ。でもますます明日からも女の子の格好で出てこないといけなくなった感じ」
「えー、もちろんハルリンはこれからずっと女の子だよ」
 
などと、昼休みにボクは学食で女子のクラスメイトたちとおしゃべりしながらお昼を食べていた。むろん、ボクの女装のことだけが話題になっている訳ではなく、ふつうにファッションのこととか、ジャニーズのこととかも話す。ボクがそういう話題に問題無く付いてくるので
「ハルリン、随分前から女の子してたんでしょ?」
などと言われる。うーん。メール上では女の子してたけど、リアルではまだ3回目なんだけどな・・・・
 
理系クラスなので、女子は3人しかいない。その3人の団結力は強いようでいつもまとまって行動していたが、どうもボクはそのメンバーに『仮入団』を許可されたような雰囲気であった。
 
結局、この日を境に、ボクは学校にもバイト先にも、女の子の格好で出て行くようになってしまった。いつも女の子の格好をしているので、服も大変だった。かなり大量に女の子の服を買ったので、その月は洋服代だけで5万円以上使った。でもバイトで20万円近く稼いだので、そのくらいの出費は問題無かった。ボクはこの資金のおかげで洋書の学術書をアメリカのアマゾンに直接注文して取り寄せたりして読むこともでき、勉強にもほんとにプラスになった。
 
クラスメイトの女子3人とも仲良くなった。いつもお昼を一緒に食べるようになったし、映画に行こうなんてのにも誘われたりした(レディースデイ1000円で入ってしまった)。学校はすぐに夏休みに突入したが、少人数教室や、先輩の院生(女子)の院生室などを借りて一緒に勉強会などをしたりもした。
 
バイト先では毎日せっせと男性会員からのメールへの返信をしていた。けっこうリピーターが付くようになり、そういうメールへの返信はマージンが高いので、ボクの収入は次第に増えていった。週に1回くらいの感じでデートも発生した。ボクはそのキャラの設定年齢に合わせた衣装を身につけデートに出て行き、無難な会話で相手の心のガス抜きをしてあげた。お客さんとトラブルなどが起きることも無かったし、1万円の手当をしっかりもらっていた。
(ボクやレモン以外の子が対応したケースではホテルに連れ込まれそうになって、付き添いの男性スタッフが介入したような事件もあったらしい)
 
レモンとはその後も仲良くしていて、しばしば帰りに一緒に晩ご飯を食べた。さすがに毎回夜中の2時までということはなく、だいたい終電に間に合うくらいの時間で別れていたが、たまにはカラオケに付き合ったりすることもあった。
 
大学は夏休みに入っていたが、ボクは父と喧嘩したままであったこともあり、実家には帰省しなかった。母から「帰って来ないの?」という電話があったが、
「バイトが忙しいし、秋からのゼミで使いたい本を夏休み中に読んでおきたいから帰れない」と言った。(自主)ゼミ用の本を読んでおきたいのは事実だった。英語の本で400ページほどあるものを3冊、内容をちゃんと理解しながら読破しておきたかったのである。
 
夏休み中は、朝から昼過ぎくらいまでアパートで本を読んだり、日によっては大学に出て行って図書館や仲良くなった先輩の院生室に寄ったりして、夕方近くからバイトに行き、9時か10時頃までメールの返信作業をしていた。
 
8月の中旬頃、図書館の書庫の中で資料を探していたら、クラスメイトの妃冴(ひさえ)とバッタリ会ったので、お昼を一緒に食べた。
「ねー、ハルリンは成人式はどうする?」
「成人式?」
「女の子は振袖着る子が多いよ」
「振袖・・・・・・」
そんなこと考えたこともなかったので、ボクは一瞬振袖を着ている自分を想像して、ちょっと目眩がした。
 
「まさか背広着ていったりはしないよね」
ボクはそれも想像したが、何だか物凄い違和感があった。
「背広は・・・無いと思う。もう、私、男の子の格好できない」
最近ボクはもう自分が単なる趣味の女装の範囲を超えてしまっていること、自分がもう後戻りできない所まで来ていることを感じていた。
 
「振袖じゃなかったらドレスとかいう子もいるけどね。もちろん平服で出席したって構わないけど、成人式なんて一生に一度のことだしさ。結婚式は何度かやるかも知れないけど」
「確かに・・・・ヒサリンはどうするの?」
「振袖を昨日注文したの。お仕立てしてもらうんだけど、今頼んでできあがるのは11月」
「わあ、時間がかかるんだ」
「みんな頼むからね。この時期は特に混むのよ」
「でも、お仕立て頼むんなら、今注文しないといけないのか」
 
「買わずにレンタルする手もあるよ。スズ(涼世)や地質学科のマッチー(松美)はレンタルするって言ってた。私とリコは買うことにした。買うなら、お仕立ての速いところだと9月に入ってから頼んでも間に合う所もあるけど、8月中に頼まないと間に合わない所もあるよ」
 
「振袖っていくらくらいするの?」
「ピンからキリまで。ふつうのお店で買ったら勧められるのはだいたい30万くらいから90万くらいかなあ。デパートとかには150万とか200万とかいったのも並んでる。高給呉服店に行けば何千万円とかのも」
「ひゃー」
「思いっきり安いのになるとヤフオクで古着の振袖、2万とか3万なんてのも」
「わお」
 
「私はセット価格60万のを買った。半分親に出してもらって半分はバイトで貯めたお金」
「セット価格?」
「お仕立て代とか、帯とか、いろいろ付属品まで付いた値段。下着は別。私が買ったのは振袖の生地そのものは45万で、お仕立て代その他を加えて60万になるの」
「なるほど・・・・一度呉服屋さん行ってみようかな・・・どこかいい所知らない?」
 
「有名チェーン店はいろいろ押し売りも激しいのよね。私は佳子先輩のお勧めで、△△屋さんに行った」
「あ、えっと、◇◇商店街の入口のところにある?」
「そうそう。知ってるのね」
「いや、前を時々通るから、なんとなく見てた」
ボクは妃冴と別れたあと、地下鉄で◇◇まで行き、商店街の入口にある、その呉服店に入った。何気なくぶらりと入ったような顔をして、中に展示してある商品を見る。。。。
 
が、出ているのは主として生地だけである。反物が巻かれたままの状態で置かれていて、一部体操の鉄棒みたいなものに広げて掛けられている。和服の形で展示されているのは、表のショーウィンドウに展示されている2点だけだった。ボクは結局そのショーウィンドウの所に戻って、その服を眺めた。
 
振袖・・・・・って、これ振袖なんだろうか?きれいな着物だけど。。。実はボクには何が振袖で何が留袖なのやら、さっぱり分からないのである。しばらく眺めていたら、ひとりの店員さんが出てきた。どうもボクを客のようだと判断したようである。
 
「お嬢様、和服をお探しですか?」
「あ、いえ。ちょっと見てただけです。あの・・・これ、振袖ですか?」
と目の前にある服を指して尋ねる。
「いえ、それは訪問着でございます。向こうのショーウインドウにあるのが振袖でございます」
「あ、そうなんですか!」
 
「成人式の御衣装とかをお求めですか?」
「いやその・・・・友達が成人式に振袖着るよと言ってたので、でも私、和服のこと、さっぱり分からなくて」
「お嬢様、よろしかったら、店内で少し和服のこと、ご説明しましょうか」
「あ、はい」
 
店内で店員さんは写真がたくさん載っている本を開いて、和服の種類とか「格」について、また帯のことなども説明してくれた。
「わあ、振袖ってローブデコルテなんかと同格なんですか!」
「はい。未婚女性の第一礼装ですので」
 
ボクがほんとに和服について何も知らないようだと判断したようで店員さんの説明はほんとに懇切丁寧だった。あまりにも丁寧すぎて、ここまで説明してもらったら、やはりここで買おうかなという気にさせられた。しかし店員さんは押し売りもしてこなかった。
 
「和服のこと、あまりご存じでないようでしたら、資料とかも差し上げますので、少しゆっくりとごらんになってはいかがでしょう?9月11日の日曜日までにご注文いただきましたら、11月末までにはお仕立て間に合いますので」
と言う。
 
「ありがとうございます」
と言って、ボクはカタログや、「和服の話」というパンフレットなどをもらう。
 
「でも、お嬢様は背丈もありますし、目鼻立ちがしっかりしてますから、派手な絵柄が似合いそうですね。ご予算があれば加賀友禅なども似合うと思うのですが」
「すみません。そこまでは予算がありません」
 
店員さんはずっとボクのことを「お嬢様」と呼ぶ。そう呼ばれるたびに、なんかお股の付近がむずかゆい気がした。お嬢様と呼んでもらうにはちょっとよけいなものが付いてるんだけどな・・・などと思っていた。
 
その日はカタログとか資料だけもらって帰ったが、それを少しゆっくり見たかったのでバイトは8時で上がった。近くのスタバに入り、コーヒーを飲みながらパンフレットを読んでたら「あれ、まだいたんだ」と声を掛けて、清花がお店の中に入ってきた。
 
「私もコーヒー飲んでから帰ろ」などといってオーダーしてきてから、ボクの席の向いに座る。「何見てんの?和服?あ、もしかして成人式に振袖着るの?」
 
「うん。かなり、その気になってきてる」
「いいんじゃない?私、晴音が背広とか着て成人式に出るのとか想像できない」
「もう、私男の子には戻れない気がして。背広で成人式に出るつもりは無い」
「女の子として出るんなら、やはり振袖だよね」
「でも、私、さっぱり和服のこと分からなくて。今日も呉服屋さんの店頭で『これが振袖かな』と思って見てたのが、訪問着だったの」
 
「あはは、確かに知らないと和服はさっぱり分からないよね。訪問着も振袖も派手だし、作り方が似てるのよ。絵羽って分かる?」
「あ、それ説明聞いたような。ちょっと待って」と言ってパンフレットをめくる。
「あった、あった。縫い目を超えて模様が続いてしまう技法のことね」
 
「そうそう。凄い手間掛けて作ってるってこと。こういうことに手間を掛けるってのは、日本人以外には理解されないだろうね。アメリカ人は、そんなの縫い上げてからプリントすればいいじゃん、と思うよ」
「確かに」
 
ボクはパンフレットを眺めながら清花とおしゃべりをし、時々和服のことで分からないことが出てくると、清花に聞いてみた。清花は和服のことも一通りの知識があるみたいで、詳しく教えてくれる。
 
「なんかやっと分かってきた感じがする。2〜3日、頭の中で醸造しよう」
「それがいいね。高い買い物だから、ゆっくり考えた方がいいよ」
「うん」
「予算はいくらくらいで考えてるの?」
「今貯金が50万できてるのよね。これに今月、月末までにあと10万くらいは稼げると思うけど、10月に後期授業料を払わないといけないから40万くらいまでが予算かなと思ってる」
 
「うーん。どうせなら70-80万の買わない?それカタログ?ちょっと見てみて。これが40万のやつ。これが80万のやつ。違い分かるでしょ」
「歴然としてる。でもそんなにお金無いし」
 
「少し貸すよ。晴音ならすぐ返せちゃうでしょ」
「えー?でも」
「晴音、親からお金借りられないでしょ」
「うん・・・」
「だから、ここは私が晴音の親代わり」
 
ボクは清花の好意にすがることにして、月末までいろいろ勉強したり、ネットでもいろんな振袖の写真を見たり、デパートの和服コーナーに行って良い振袖を見たりもして、自分の感覚を鍛えてから、9月の初めに結局セット価格78万の振袖を買うことにした。現金で払うと言ったら、呉服屋さんが少し驚いたようで「2万円勉強させて頂きます」と言う。しかし付いてきてくれた清花が「あと1万」
と値切る。「分かりました。3万円勉強させて頂きます」ということになり、清花が現金で75万払った。「お仕立て上がりは11月28日の予定ですが、予定が近づいたらご連絡を入れます」と言われた。
 
ボクは店を出て一度カフェに入ってから60万を取り敢えず渡した。
「残り15万はできるだけ早く返すね」
「授業料払わないといけないでしょ。無理しないで」
と言って清花は受け取ったうちの15万をボクに返した。
 
「うん・・・そうだね。じゃとりあえず30万貸しといて」
「OK。無理なく返せるようになった時に返して」
「ありがとう」
 
夏休みが終わり、大学の授業が再開されていたが、ボクは相変わらず女の子の格好で学校にもバイト先にも行っていた。
 
夏休み中の8月半ば頃に、ボクはネットを見ていて偶然タックというのを見つけて、凄いと思った。試しに幅の広いテープとかを買ってきて、その付近の毛は全部剃った上で、やってみると、立った状態で鏡に映してみると、女の子の股間に見えてしまう。最初にやった時は10分もしない内に外れてしまったが、これは練習してればけっこうな時間維持できるのではないかという気がした。
 
それからボクは通販でブレストフォームを取り寄せた。それまでふだんシリコンパッドを入れていたのだが、よりリアルな形の胸はいいなあと思い、買ってみることにした。写真で見て自分の肌の色にいちばん近い感じの色のものを選んだが、到着してみると、実際にほとんど同じ色だった。両面テープで身体に貼り付けてみたが、ちょっと見た目には偽乳というのには気付かれないかも知れないという気がした。
 
ある朝、少し寝過ごして朝御飯も食べずに慌てて電車の駅まで走っていった。階段を下りて目の前に電車のドアが開いていたので、飛び乗る。ふう、と息をついてから、ふとまわりを見ると、女性ばかりだ。あ・・・ここ女性専用車両か、と思い至る。えっと・・・まあ、いいよね、とすぐに思い直した。でも、周囲が女性ばかりって、なんか気楽だなと思った。座席で眠っている人がいる。お化粧している人もいる。ボクもお化粧しようかなと思ったけど、やめといた。でもよく揺れる電車の中でうまくできるな、と少し感心した。
 
ある日は町を歩いていると、何か配っている人がいた。何気なく受け取ったがティッシュかと思ってよく見たら生理用ナプキンだ。あはは。男の子してる時は気付かなかったけど、こういうものも配ってるのね。新製品のキャンペーンかな?男として生活してるのと女として生活してるのでは、同じ町に生きていても、見ているもの、体験しているものが全然違うんだなと、ふと思った。
 
それからよく気をつけて見てると、町で物を配っている時は、男性のみに配っているもの、女性のみに配っているものがあることに気付く。お化粧品とか美容室の案内とかは女性に配っているし、スポーツ用品店かな?と思うティッシュが、男性のみに配られていた。女子トイレの手洗場にしばしば『DV110番』みたいな小さなカードが置かれている。ああ、この手のもの置くには女子トイレというのは良い場所だよなと思った。またネットカフェの女子トイレにはナプキンが置いてある。なんかつい記念に1個持ち帰りたくなる気分だった。(持ち帰っても使わないしと思って思いとどまった)
 
8月くらいまでの感覚では、ボクは女装している時は一人称に「私」を使い、ふだんは「ボク」というつもりでいたのだけど、常時女装している状態になってしまうと、結局会話する時の一人称はいつも「私」を使うという状態になってしまった。それでこの頃から、自分で考え事をするような時も、自分のことは「私」と呼ぶようになってしまった。
 
10月のある日、バイトが終わってから、その日は少し疲れるようなメール対応があったことから、私は、いつものスタバで甘いキャラメルマキアートを飲んで一息付いた。しばらくぼーっとしていたら、かなり気持ちが楽になったので帰ろうと思って店の外に出ると雨が降っている。
 
ああ、そういえば天気予報で夜から雨と言ってたっけと思い出すが、今思い出しても仕方ない。傘を買いに近所のコンビニまで走るかな?でもけっこう降ってるな、などと思っていたら、目の前に車が停まり、運転席の人物がシートベルトを外して助手席側に身を乗り出し「よぉ」と私に声を掛ける。
 
「あ、寺元君」
「傘持ってないの?乗せてくよ」
 
というので、助手席に乗せてもらった。
 
「助かった。凄く降ってるからどうしようかと思ってた」
「ちょうど通りかかって、ふと見たら、あれ?吉岡・・・さんじゃんと思ったから」
「ありがとう」
「いっそ、アパートの近くまで送ろうか?※※だったよね?」
「え?いいの?」
「いいよ。どうせ暇だし。気分転換に夜のドライブしてたんだ。どうしても分からないところがあってさ。自主ゼミでやる本で」
「ああ、分からない時って、ほんとに分からないよね。分かってみると何でもないのに」
「そうそう」
 
「でもどこ行くつもりだったの?」
「ちょっと高速に乗って甲府あたりまででも往復してこようかと思ってた」
「わあ、長旅だね」
「高速だと、そんなでもないよ」
「あ、私も付き合おうかな。私もちょっと気分転換したかったんだ」
「OK。じゃ、とりあえず首都高に乗っちゃおう」
 
寺元は近くのICから首都高に乗ると、車を調布方面へと向けた。雨が降る中、寺元の車は法定速度を遵守して走る。他の車がどんどん抜いていくが、気にしない。
 
「こういう精神状態の時はさ、スピード出しちゃうと歯止めが利かないんだよね」
「注意力も落ちがちだから、スピードは控えめがいいよ。それに雨だし」
「うん」
 
談合坂SAで少し休憩し、ハンバーガー屋さんで軽く食べる。寺元は巨大なバーガーを食べていたが、私はふつうのチーズバーガーにした。
「それで足りるの?前はチーズバーガーなら3個くらい食べてなかった?」
「それがさあ、こういう格好で出歩くようになってから、食欲も女の子並みになっちゃったのよね。不思議〜」
「へー、何か精神的なものなのかねえ。体重は?」
「ほとんど変わってない。49kgだよ」
「身長は165くらいだったっけ?」
「うん。163くらいかな」
 
「かなり細いよな、元々」
「うん。それでW64のスカートが入ったから、破綻なく女装デートできちゃったのよね」
「ああ。その話はこないだも聞いたけど、しかし、よく初めての女装で相手にバレなかったよな」
「まあ、夕方で顔がよく見えなかったし、BGMが大きかったから声もそうはっきり聞こえなかったろうし。ヒゲの剃り跡とかもファンデ厚塗りして誤魔化してたし。でも今はヒゲは抜いてるから、すっぴんでも女の子で通る自信ある」
「確かに、今の吉岡さんだと、女の子にしか見えないし、男ではとか疑われる余地も無いよ」
 
「うふふ、完全にハマっちゃった」
「でも、どうすんの?今後。性転換しちゃうわけ?」
「莉子たちにも聞かれるけど、まだ分かんない。しばらくこういう生活してみて、それからゆっくり考える」
「だけど、今更男に戻れるの?」
 
「まだ体は全然いじってないのよねー。脱毛くらいはしちゃうかもしれないけど、おっぱい大きくしたりとかする予定は、とりあえず無いし。でも、もう男には戻れないような気もしてならない」
「うん。もう無理だって気がするよ」
 
「私ね・・・成人式用の振袖、注文しちゃった」
「ああ・・・・・。ま、背広着ては出られないよな、今の吉岡さんじゃ」
「うん。背広着るつもりは無い」
「やっぱりもう女の子になっちゃうんだ」
「なんか、そんな気がする」
「しかし振袖ってさ、車が買えるくらいの値段しない?」
「する。最初相場聞いてひぇーって思った」
「女の子は金かかるよな」
「そんな気もする−」
そのほか、学校のこととか、数学や物理の理論の話などをしていたら、男女6人のグループがSA施設に入ってきて、「あ、寺元!」と言って寄ってきた。「やあ、おまえたちもドライブ?」と寺元が訊く。
私は「こんばんはー」と彼らに挨拶した。
「寺元の彼女?」「あ、いえ友達ですが」
「照れることはないよ」「えーっと」
 
「おまえらどこに行くの?」
「韮崎で降りたところにさ、24時間入れる温泉があるんだよ。そこに行こうかと思ってる。寺元たちもこないか?デート中なら邪魔しないけど」
「いや、俺と彼女は別にそういう関係ではないから」
「じゃ、一緒に行こう行こう」
「あ・・・・・うん」寺元がこちらの顔色を見ながらためらっているので「私行きたい!」と笑顔で言う。
「じゃ、決まりな」
 
女の子たち3人は花梨(かりん)・麻耶(まや)・美紗(みさ)と名乗った。
「晴音(はるね)です。よろしくー」
私は彼女らと『女同士』の気安さで、すぐに仲良くなり、学校のことやら、ファッションのことやら、芸能人のことやら、いろいろおしゃべりをした。今夜は男の子と女の子のペアで3台の車でここまで来たらしい。
 
休憩が終わり出発する。韮崎ICで降りて少し走ったところに、その温泉はあった。入浴料がなんと300円だ。安っ。近くにもう少し立派な施設もあり、そちらは700円だし、深夜は営業していないのだということだった。
 
私たちは中に入ったところにあるホールで缶ジュースを買って飲みながらしばらく雑談をしていたが、やがて温泉につかってこようということになり、男女分かれて脱衣室の方に行く。寺元がこちらを心配そうに見ていたが、私は笑顔でVサインを送った。
 
脱衣場に入る。以前ネットカフェのシャワールームは経験しているが、普通のお風呂の脱衣場は初体験だ。でもきっと大丈夫。照明もそんなに明るくないし。私は花梨たちとふつうにおしゃべりしながら中に入ると、隣り合った4つのロッカーの前で服を脱ぎ始めた。
 
ポロシャツとスカートを脱ぎ、たたんでロッカーに入れる。下に着ているTシャツを脱ぐ。ブラがあらわになる。
「晴音、おっぱい小さいね」
「へへ、まだ成長期なの。花梨大きいね」
「Fカップだからね」
「何食べてるとそんなに大きくなるの?」
などと言いながら、私はブラを外し、パンティーも脱いで、ほかの子と一緒に浴室の中に入った。
 
平常心、平常心、と自分に言い聞かせていたが、さすがに初めての女湯は少しドキドキした。でも花梨たちのヌードを見ても、特に興奮したりするようなこともなく(あそこも反応しない)、何だか日常風景のような感じで見ることができた。
 
体を洗ってから湯船に入る。温泉というから、硫黄の臭いがするようなぬるっとした湯を想像していたのだが、そんなに臭いもなく、さらさらした普通の感じのお湯である。でもけっこう温泉の成分は溶けているらしく、ここの湯に入った後はお肌がすべすべになる、などと花梨は言っていた。
 
浴室内に打たせ湯とか、電気風呂とか、ジェットバスとか、いろいろな浴槽があるので、私たちはおしゃべりしながら、浴槽を移動して楽しんだ。十分温泉を堪能したところで湯から上がり、体を拭いて服を着る。脱衣場から出て行くと、男組が待ちくたびれたような顔をして待っていた。
「なんだ、もうあがってたの?」と花梨。
「おまえら何時間入るつもりなのか?と今話してたところだよ」と花梨の彼氏の椎名君。
 
私たちは水分補給にお茶やオレンジジュースなどを飲み、またしばらく雑談などをしてから出発した。
 
私は「高速代は私出すね」といって寺元に5000円札を渡した。
「いや、半分でいいよ」
「でもガソリン代もかかってるし、運転は寺元君がしてるし」
「ん〜。じゃ遠慮無くもらっておく」
 
財布に収めてから、寺元から訊かれる。
「ね・・・・お風呂入ったの?」
「入ったよ。気持ちいいね、この温泉。なんかすっきりした」
「その・・・・服、脱いだの?」
「もちろん。お風呂入るんだもん。裸になったよ」
「えっと・・・・・」
「ま、いろいろテクがあるの。お風呂くらいは大丈夫だよ」
と私は笑いながら言う。
「そうなのか・・・・」
と寺元がまだ悩んでいるようである。
 
帰りもいったん談合坂で休憩する。ドライバーを務めている男組は少し仮眠するといっていたが、女組はSAに入ってスナックコーナーで思い思いのメニューを食べながらおしゃべりをした。私は運転中ずっと寺元と話していたが、ほかの3人はここまで寝ていたという。
「晴音も遠慮せずに寝るといいよ。私なんか寝ててくれた方が運転しやすいって言われるよ」と美紗。
「私もこのまま帰るまで寝る」と麻耶。
「そうさせてもらおうかなあ」
 
「晴音、まだ寺元君とHしてないんでしょう?」と花梨。
「あ、えっと・・・・」
「だって『寺元君』『吉岡さん』なんて呼びあってるし、微妙にお互い遠慮してる感じだし」
「うん、まあ」といって私は真っ赤になる。
きゃー、照れてる、可愛い、などと言われた。
「ホントそういう仲じゃないし、ドライブしたのも今日が初めてだし・・・・」
 
「へー。でも、晴音、前の彼女より寺元君とお似合いみたいな気がする」
と麻耶がいうと、花梨が『ちょっと、』と咎めるような顔をする。今の彼女の前で昔の彼女のこととか話題にするなという意味だろう。私は完全に寺元の恋人扱いになっているようだ。
 
「あ、朱実さんだったっけ?」と私は言った。
「あ、知ってたんだ」
「寺元君自体とは昔からの知り合いだったから。彼女とも1度顔会わせたことあるよ。6月に別れたというのも聞いてたし」
「なんか、いつも喧嘩してたもんね」と麻耶。
「寺元君も朱実自身も穏やかな性格なのに、よほど相性が悪いんだろうなとか思ってたよ」などと言う。
「へー。そういうのは知らなかった」
 
この男の子4人が高校の同級生で、しばしば一緒にドライブしているというのもこの時に聞いた。ただ寺元は6月に朱実さんと別れてからは、しばらく参加してなかったらしい。私は3人と携帯の番号とアドレスを交換した。
 
出発しようということになり車に戻ると寺元からも少し寝た方がいいと言われたので眠らせてもらうことにした。かなり長時間起きていたし、お風呂に入った後でもあるので、なんだかぐっすり寝た。寺元に起こされるともう自分のアパートの近くだった。私の道案内でアパートの前まで連れて行ってもらい、ありがとうと言って別れる。私はちょっとだけ悪戯心が出て、別れ際、寺元の頬にキスをした。「あ・・・」と言って私を見つめてる。「じゃね」といってバイバイして、車のドアを開けて降り、まだ雨が降る中アパートの階段を駆け上がった。
 
10月下旬、学祭が行われた。私は莉子に頼まれて、模擬店のメイド喫茶のスタッフに応援に行った。
「嘘。Mかと思ったらSなのね」
私はSサイズのメイド衣装が入ってしまった。
「あれー。ウェスト少し細くなったのかなあ」
「Sが入るということはW61のスカート穿けるはずよ」
「へー。じゃ今度61にしてみよう。確かに64のスカートが歩いているうちにずれ落ちてくることあるんだよね」
「じゃ61でいいよ。でも可愛い!」
「我ながら可愛いと思った」と私は鏡に映った自分の姿を見ていう。
「ハルリン、マジでメイド喫茶でバイトできたりして」
 
「やってみたい気もする。羞恥心は30分で克服できそうだし」
マジでもし今のパイトが続けられなくなったりしたらメイド喫茶に応募してみようかな、なんて思った。
 
「でも、まるで胸があるみたいに見えるね」
と莉子。莉子も同様のメイド服を着ているが、この衣装は胸がけっこう開いているので、ちょっと背の高い男の子なら、胸の谷間をのぞき込める感じだ。
「ブレストフォームなんだよね。偽乳。こないだこれ付けて温泉入ってきた」
「温泉って女湯?」
「私、男湯には入れないよー」
「度胸あるね〜。でも逮捕されても知らないからね」
「えへへ」
 
メイド喫茶は繁盛して、私たちは大忙しだった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」とか「いってらっしゃいませ、ご主人様」
などとおきまりの言葉を言っていると何だか不思議な高揚感がある。
オムレツは作るのが得意な子が2人でじゃんじゃん作っていたが、ケチャップでハートマークと指定のイニシャルを描くのは、テーブルで各メイドがする。私は「お、うまいね」などと言われながら、その作業をしていた。
 
また来客がある。手が空いていたので飛んでいった。
「お帰りなさいませ、ご主人様・・・・って、寺元君」
「おっと・・・こんな所に吉岡さんがいるとは」
「ご案内します」
といって空いているテーブルに案内する。
「じゃ、コーヒーとオムレツね」
「かしこまりました。ご主人様」
 
オムレツのストックが出払っていて作っている最中だったので少し待つ間にコーヒーをサーバーから注ぐ。トレイに乗せ、オムレツができあがるのを待って、寺元のところに持っていった。
「なんか書いてもらえるんだっけ?」
「ハートマークとイニシャルを描く方が多いです。カップルでご帰宅なさった方ですと、相合い傘を描くことも」
「じゃ、相合い傘でさ、Shinpei Harune って」
と寺元は私の顔を真剣な表情で見つめながら言う。ドキッとした。
『進平』は寺元の下の名前である。
 
「・・・・・かしこまりました」
私はオーダー通りに、相合い傘を描き、Shinpei, Haruneと傘の下に書いて、傘の上にハートマークを描いた。
「ありがとう」
「恐れ入ります」
といってキッチンに戻る。今の会話を聞いていたっぽい莉子が私の手を引いて更衣室に連れ込んだ。
 
「ね、ね、いつの間にあんたたち、そういう仲になったのよ?」
と聞く。
「いや、別にそういう仲もなにも・・・・・」
「じゃ、もしかして今の遠回しの告白とか?」
「まさか。寺元君、私のこと知っていて、それはあり得ないよ」
「ハルリン、こんなに可愛いんだもん。心がぐらっと来ることもあるかもよ」
「えー?」
「デートとかしたことはないの?」
「デートって・・・・元々友達だからお茶くらい飲むことはあるし、こないだは夜中に一緒にドライブしたけど。あ、別れ際に私、彼にキスしちゃったけどね」
 
「ひょっとして、充分、恋人になってない?」
「ただの友達だよ〜」
「向こうは結構意識してるかもよ。それにさ、あんた以前は彼のこと『寺元』って呼び捨てしてたのに、最近『寺元君』て呼んでるよね。向こうも『吉岡さん』だし」
 
「いや、それは以前は男同士だから呼び捨てだったけど、私が女の子になっちゃったから、呼び捨てしちゃ悪いかなと思って『君』付けてるんだけど」
「呼び方変わったので、よけい意識してるかもよ」
「そ、そうかなあ・・・」
 
こないだのキスはほんの悪戯心だったのだが、あれで意識させてしまったりしたろうか・・・・などと思って眺めていたら、やがて寺元が席を立ち会計に行く。私はさっとレジの所に寄った。
「ご帰宅代、800円です」
といって代金をもらう。
「ありがとうございます。いってらっしゃいませ、ご主人様」
 
「あ。あのさ」
「はい?」
「今夜また少し遠くまでドライブするんだけど、よかったら付き合わない?」
「いいよ」
「何時にバイト終わるの?」
「だいたい9時に終わる予定」
「じゃ、スタバの前に9時半」
「OK」
「じゃ、また」
 
寺元が出て行くと、すかさず莉子が寄ってきた。
「おー、しっかりデートの約束してる」
「あ、えーっと」
「こないだキスしたんなら、今夜はセックスだね」
「えー?だって私、女の子の器官無いのに、どうやってすればいいの?」
「何うぶなこと言ってんのよ。Vが無ければAもあるし、お口もあるでしょ」
「ひぇー」
私、今夜彼とそんなことするんだろうか・・・・・
 
その日のバイトで私が休憩室でコーヒーを飲みながら少し考えていたら、レモンがやってきて
「あーあ。ちょっと疲れた。私もコーヒー飲んで一息」
と言って、コーヒーを飲みながら、「あれ、ミュウミュウ、何か悩み?」と訊く。
「いや。ちょっと、その・・・」
「ここで言いにくいこと?今日何時に上がる予定?」
「9時のつもりではあったんだけど。9時半に約束あるし・・・」
「じゃ、一緒に8時に上がらない?悩み相談に乗るよ」
「ありがとう」
 
ということで、私とレモンはその日8時に上がり、一緒に近くの居酒屋さんに入り、ボックス席に『並んで』座った。
 
「ここ、BGMが大きいからさ、隣の席の会話が全然聞こえないの」
「なるほど、個人的な話をするのには便利なんだ」
「その代わり、このくらい寄ってないとお互いの話が聞こえないけどね。向かい合って座ると会話が成立しないよ」
私とレモンはほとんど恋人か?というくらいの距離に座っている。
 
「それで、どうしたの?」
そこで私が先日の夜の出来事、そして今夜ドライブに誘われたことを語る。清花は大笑いしていた。
「えーん、笑い事じゃないよう。私、どうしたらいいのかなあ」
「なるようになれよ。運を天に任せればいいじゃん」
「うーん、結局そういうことかな・・・」
「彼がしたいって言ったら、身を任せちゃえば?したいようにするでしょ。彼の方は経験あるんでしょ?」
「前彼女いたよ。でも私少し形違うし」
「大した問題じゃないと思うけどなあ。あるいは晴音の方から、積極的にお口でしてあげればいいのよ。もしホテルとかに行くことになったら。ま、ホテルに行かずにそのまま車の後部座席でとかいうパターンもあるけど」
「あああ・・・」
 
「晴音の方は、棒は使えるの?」
「タックっていうのしてて、ちょっと見には女の子のお股に見えるの。当然、男性機能は使用不能。しっかり留めてるから、まず外れないよ。こないだは温泉に入って、他の子とかなり騒いだけど外れなかった。もっとも外れてたら大変だったけど」
「そりゃ、通報ものだね」
「でも自分の家のお風呂に3時間くらい入ったりして試してたから」
 
「おお、凄い。じゃ、一応、晴音は自分は女の子と思ってればいいのよ」
「はあ・・・・でも清花と話していて、少し肝が座ってきた」
「がんばってね」
と清花はニコニコ笑っている。その笑顔を見ていたら、ほんとに、なるようになるか、と思えてきた。
 
21時20分になってからスタバの前まで行き、待っていると寺元の車がやってきた。笑顔で助手席に乗り込む。
「あ、えっと椎名たちとの集合時間は夜1時なんだ。それまでどこかでお茶でも飲まない?」
「うん」
彼は車を郊外の方へ走らせていく。
 
「あのさ。。。。俺達、前は呼び捨てで呼び合ってたけど、君が女の子になっちゃってから、少しお互いに遠慮が出来ちゃって『君』とか『さん』とか付けて呼び合っちゃってるけど」
「名前の呼び捨てにしようか。元々私達、友達だよね」
「うん。じゃ、そういうことで。よろしく、晴音(はるね)」
「うん。よろしく、進平」
 
「あはは、とりあえずこれですっきりした。なんか、少し距離が出来ちゃって」
「いや、進平だけじゃなくて、男の子のクラスメイトみんなと距離ができちゃった。その代り女の子のクラスメイトとは凄く親密になったけど」
「性別が変わったらそれは仕方ないね」
 
進平は車を郊外のマクドナルドに駐め、一緒に中に入った。
「お茶だけでもいいし、何か食べてもいいし」
「じゃ、フィレオフィッシュとウーロン茶で」
「どうせならセットにしたら?」
「ポテトまでとても食べきれないもん」
「じゃ、俺が食べる」
「そう?じゃ、フィレオフィッシュのセット」
「Mのセットでしょうか?」と店員さん。
「進平、ポテトどのサイズ行く?」
「じゃ、LLセット。それと、俺はビッグマックのLLセット。コーラで」
 
「お席までお持ちします。ドリンクだけ先にお渡しします」
というので、ふたりで先に席に行き、私はウーロン茶、彼はコーラを飲みながら話した。
「でも、こんなことしてると、まるでデートしてるみたいね」
「俺、デートのつもりだけど」
「そ、そうだったのか・・・」
といって私は微笑む。少しわざとらしかったかな、とも思った。
 
やがてバーガーとポテトも来る。私はポテトを「よろしくー」と言って進平のトレーに乗せると、フィレオフィッシュを食べ始めた。
 
「デートか・・・・私、男の子してた頃もデートの経験無いや」
「実はさ・・・・晴音がまだ男の子だった頃、俺晴音にドキっとしたことある」
「えーっ」
「俺、何男にときめいてんだ、と思って自制したけど」
「うっそー」
「どうかした仕草が凄く女っぽく感じた」
「あはは。でも、夜のデートって、このあとどこ行くんだろう?ドライブして食事して・・・・・ホテルとか?」
と私は試すような視線を進平に投げかける。
 
「ホテルに誘ってみたい」
「ほんとに?」
「その・・・・こないだ、晴音、温泉の女湯に入ったろ」
「うん」
「単純に見てみたい。女湯に入れる晴音の・・・・」
「私の裸を?」
「・・・うん」
「いいよ」
 
私たちはマクドナルドを出てから、国道から1本入り込んだ所にある
ファッションホテルに入った。
 
「きゃー、こういう所に来るの、私初めて」
と嬉しそうに私は言った。
「シャワー浴びよう。晴音、お先にどうぞ」
「うん」
 
私はシャワーを浴びて、お股のタックの出来を再確認した。実は昨日まではテープタックだったのだが(温泉に行った日は偶然にも防水テープを使っていた)、今朝はじめて接着剤タックをしてみたのだった。裸の上にガウンを着て、着替えなどを手に持ちバスルームを出る。
 
「あがったよ。進平どうぞ」
「ありがとう」
彼の視線が定まらない感じだ。彼の心臓は今凄くドキドキしてるんだろう。彼がバスルームに入ってから、私はガウンを脱ぐと、裸のままベッドに潜り込んで、明かりを消して彼を待った。
 
やがて彼が出てきた。彼は何も着ていない。私はベッドから出て立った。彼がゴクリとつばを飲み込むのを感じた。
 
「なんか・・・・完璧に女の子の裸じゃん」
「でなきゃ、女湯には入れないよ」
「えーっと、明かり付けても大丈夫?」
「いいよ」
彼が明かりを付ける。彼が照れ笑いするかのように笑う。
「やっぱり、女の子の身体にしか見えないんですけど」
 
「ここ照明暗いもんね。晴れてる日に屋外でストリップでもしたらバレるかもね。近づいて見ていいよ」
彼は私のそばによって、じっと胸のあたりを見ていた。
「あ・・・・ここにつなぎ目がある」
「ブレストフォームっていうんだよ。身体に貼り付けてあるの。でも、よくよく見ないと、分からないでしょ」
「うん。こないだの温泉も照明が明るくなかったし。接近してじっと見たりしない限りは分からないだろうね」
「まあ、バレても、言い訳くらいはできる自信あったけどね」
 
「その・・・お股のほうも見ていい?」
「どうぞ」
「うーん・・・・・あれ?」
「分かった?」
「ちょっと、これ触ってもいい?」
「いいよ」
 
「これ、接着剤でくっつけてある!」
「そういうこと。男の子の部分はその中に隠してある」
「すごい。くっつけた所が割れ目に見えるんだ。うまい!」
「ベテラン女装者の間で、ここ数年、流行ってるテクだよ」
「考えた人が凄いな、これ」
「ね、凄いよね。でもこれきれいにできるようになるには、かなりの練習が必要なんだ」
「へー」
 
私たちは裸のままベッドに座ってしばらく会話をしていた。
「だけどさ、女湯で女の子の裸とか見て興奮しないの?突然大きくなったりとか」
「しないよー。進平だって男の子の裸見て興奮しないでしょ?」
「そうか。晴音にとっては同性だから、何にも感じないのか」
「うん。椎名君の彼女の花梨とかFカップだからさ、わあいいな、とか思って見たりはするけどね」
「完全に同性の反応だね」
 
彼の視線が自分の身体にまとわりつくのを感じる。胸が見られている。お股も見られている。彼のお股も見てみる。男の子のシンボルがそこにある。大きい。いつでもスタンバイできる感じ。私たちはしばらく何でもないような会話をしていた。
 
「進平」
「ん?・・・あ」
私は彼に抱きつくと、唇に長いキスをした。彼が私を抱き返す。彼が私をベッドに押し倒した。私はベッドの中に隠していたローションを急いでお股の付近に塗った。清花に言われて待合せ前に買っておいた秘密兵器だ。塗った後、邪魔にならないようにチューブをベッドの下に落とす。
 
そして両足を閉じると、彼のに手を添えて、私のお股のところに少しできている空間に誘導した。足の閉じ具合を調整する。やったことないけど、多分、このくらいかな・・・・・
 
「あれ?」と彼は少し驚いた感じだったが、そのままそこに入れてきた。激しく抱かれる。そして時間が過ぎていった・・・・・
 
。。。。私、女の子とのセックスって高校生の頃、いっぱい想像していたけど、一度も実際に経験しないまま、男の子とのセックス経験しちゃった。ははは。
 
彼は到達したあとも、ずっと私の身体のあちこちを撫でてくれていた。私は少し自分の興奮が落ち着いてくると、身体をベッドの下の方にずらし、彼のそれを自分の口で咥えた。
「あ・・・・」
 
ソフトクリームを舐めるように舐めろってネットには書いてあったなあ、などと思いながら、やってみる。あまり強くやると痛いだろうからと思いあくまでも優しく優しく。。。。
 
「気持ちいいー!!!」と彼が叫ぶ。
「痛かったら言ってね」と私はいったん口を離して言った。
「いや、今してくれてる感じで。凄く気持ちいい」
「よかった」といって私は舐めるのに戻る。でもこれって・・・・けっこうきついよ、やる方は。でも彼が気持ち良さそうにしてるから嬉しい。そして彼はまた到達してしまった。
 
彼はそのまま眠ってしまう。私は拭いてあげてからそっと彼の身体に毛布を掛けると、またシャワーを浴びてきた。彼の寝顔が何となく可愛く感じる。私、このまま進平の恋人になっちゃうのかな。。。。結婚はできないだろうし、長くも続かないだろうけど、こういう恋もいいよね、たぶん。私は彼のそばに添い寝して、少し眠ることにした。
 
30分くらいうとうととしていたら彼が起きるのを感じる。
「あ、待ち合わせに行かなきゃ」
「お早う」「お早う」
 
進平は椎名君に電話して、少し遅れそうと連絡を入れた。私達は服を着て、出発した。
「遅刻してもいいから安全運転でね」
「うん。こういう時に焦ると、事故ったり、警察に捕まったりするんだよな」
「平常心、平常心、だよ」
「うん」
と言って彼が私の手を握った。運転中の彼の頬にキスする。
 
高速から見る夜景が美しい。
 
まあ、なるようになるよね。
 
私はそう思いながら、進平といろいろ会話をしていた。
 
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【サクラな日々】(2)