【夏の日の想い出・新入生の春】(上)オン・ドリーム

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高校2年生の8月から12月まで私と政子は「ローズ+リリー」という女子高生歌手デュオとして活動していたが、その活動は私が実は男であったという写真週刊誌の報道で停止することになってしまい、その後、私たちはふつうの高校生生活、そして受験生生活を送った。そして私たちは一緒に△△△大学の文学部を受けることにした。
 
私と政子が志望校にしている△△△大学の願書受付は1月5日からなのだが、私は提出する願書上の記載事項について少し悩んだので12月の中旬、電話で問い合わせてみた。
 
「名前は通称とかではダメなのでしょうか?」
「はい。戸籍に記載されている名前でお願いします」
「性別も戸籍通りですか?」
「性別・・・ですか?戸籍通りで問題があるのでしょうか?」
「私、性同一性障害なのですが」
「少々お待ち下さい」
 
そのまま5分ほど待ったが
「済みません。確認してご連絡します」
と言われ、結局3日後に連絡があり、
「電話では誤解があってはいけないので、直接お会いして説明したいので、学生部まで来て頂けませんでしょうか?」
 
と言われ、私は出ていくことにした。模試を受けているかと尋ねられ、某社のを受けているというと、成績表を見せてもらえないかと言われたので、それを持って出かけていった。母にお願いしてスカート外出許可を取り、女子高生風のブレザーとチェックのスカート、ローファーという服装である。
 
「すみませんね、わざわざ来て頂いて」
と対応してくれたのは、学生部長さんと、私が志望すると電話で話していた英文科の川原教授(女性)だった。私が高校の学生証や模試の成績表を見せると川原教授は
「えっと、あなたは受験生のお姉さん?」と訊いた。
 
「いえ、本人ですが」
「あ、失礼しました。それは学校の制服ですか?」
「いえ私服です。学校には学生服で通っています」
 
学校での生活を聞かれ、今しているような長い髪を是認してもらえていること、トイレは女子トイレを使っていること、1学期の体育は女子と一緒に受けたこと、女声合唱のコーラス部に所属してソプラノのパートを歌っていることなどを話すと、川原教授も学生部長さんも頷いている。
 
「でもあなた、声が女の子なのね」
「ええ。男の子の声も出せますけど、日常的にはこちらの声しか使ってません」
「その胸は?」
「バストパッドですが、大学生になったら豊胸手術を受けようと思っています」
「下の方は手術してるの?」
「まだです。でもたぶん大学4年間の在学中に性転換手術を受けると思います」
 
「この模試の成績だけど、こんなこと言っては何だけど、この成績なら、東京外大あたりを狙うとか、あるいはうちの大学なら法学部とか狙っても入りそうな気がするけど、うちの英文科を受けようというのは、何か思い入れとかがあるの?」
 
「えっと、第一にはイギリス文学に興味があって、特にイギリスの詩人に好きな人が数人いることですが、ひとつは無二の親友がここの英文科を志望しているので一緒に通いたいと思っていることと、もうひとつは今受験のため休業中ではあるのですが、私、歌手をしているので仕事をしながらでも、きちんと大学の勉強をしていけるような自由な気風の学校で学びたいというのがあります」
「あら、歌手なんだ!私でも知ってる名前かしら?」
 
「うーん。どうでしょうか。4ヶ月活動しただけで休養期間に突入してしまったので。ローズ+リリーというデュオなのですが。一緒に通いたいと思っている無二の親友というのも、そのパートナーなんです」
「ああ!」と川原教授。
「あなた、ローズ+リリーのケイちゃんね」
「はい」
「歌ってる声を聞いても女の子の声にしか聞こえないと思ってたけど、こうして話していてもこの声だもんね。あ、じゃ、マリちゃんの方も英文科志望なんだ!]
「はい」
 
このあたりから、会話は半ば雑談モードに突入してしまった。歌手活動をしていた時のことなども色々聞かれる。好きな作家を聞かれてシェイクスピアとウィリアム・ブレイク、T・S・エリオットなどの名前を挙げると、
「あら、シェイクスピアは私の専門じゃん」
と言われ、ぜひうちの研究室に来てよなどと言われた。
「ブレイクの作品で好きな詩は?」
「My Pretty Rose Tree」
「Oh! cute piece. You also have thorns?」
「Yes, probably. Besides, I am the Rose of 《Rose plus Lily》.」
「Oh yeah!」
教授との会話はしばしば日本語と英語が入り交じったものになった。
 
1時間くらい話をした上で
「4月からの出席を楽しみにしてますよ」
などと言われた。直接会って説明したいなんて、実質的な面接ではないかと思っていたのだが、どうやら本当に面接だったようだ!たぶん私のパス度を確認したかったのだろうと思った。やはりこの服装で来てよかった。
 
私もうっかりそのまま帰ろうとしたのだが、本来の用件を思い出し、「あの、すみません。願書での性別はどうしましょうか?」と尋ねる。「あ、そうだった」と部長さんも忘れていた感じである。
「あなたが自分の性別はこちらだと思っている方にマークしてください。私達はその通り、学籍簿に記載します」
などと言われた。
 
また氏名についても、入学願書本体は通称で提出してもらい、それにその通称の人と、高校から発行されるはずの内申書上の氏名の人が、同一人物であることが何らかの形で証明できる書類を添付してもらえばよいと言われた。私は性別だけは「女」で通したいと思っていたものの名前の方は諦めていたが、名前も女性名でいけると聞いて、嬉しくなった。当然入学後の学生証なども女性名で記載されることになる。
 
「あなたの場合、男性名で受験票や学生証を作っちゃうと、その方がトラブルの元になりそうだしね」
と学生部長さんが笑って言っていた。色々な理由で通称を使用している人はいるので、その方式に準じて処理しますと言われ、証明する書類の書式サンプルをもらった。
 

私と政子は1月の願書受付開始とともに入学願書を提出した。私達はセンター試験は受けないので2月の本試験だけ受け、2月26日の合格発表を迎えた。私も政子も合格していたが、一緒に受けた礼美は残念ながら落ちていた。礼美は併願していたM大学に行くと言っていた。
 
合格通知を受けてから、私が最初に取りかかったのは独立のためのアパートを探すことだった。大学から近くで、あまり高くないところと思って探していたのだが、都区内はやはり高い。またそこで創作活動などすることも考えると、あまりうるさすぎる環境は問題がある。
 
という訳で私は早々に大学の近くという条件を諦めた。多少の不便を我慢してもまずは静かに創作活動ができそうな場所を探した。結局杉並区内に2DKのアパートを確保した。ひとりで暮らす分には1Kとかでもよいのだが、友人を泊める場合が絶対あるので、そうなると2DKは最低欲しかったのであった。またこの場所は、近隣の駅(までは10分歩く必要がある)から地下鉄で大学の最寄り駅に直接入ることができて、通学にも便利であった。
 
3月4日の高校の卒業式が済んでから数日後にアパートの契約ができたので、寝具や衣類などの荷物を宅急便で送る。エレクトーンは専門の業者に頼むことにしたが、この時期は混んでいるので、結局4月下旬に運ぶことにした。しかしこの春休みはしばらく練習不足になっていた分も補っておきたかったので、私は独立したとはいってもゴールデンウィーク前まで毎日のように実家に行っては、どうかすると1日中エレクトーンを弾いていた。「あんた、独立するとか言ってなかったっけ?」と姉から皮肉られた。
 
私は3月上旬に美容外科で、ヒゲと足の毛の脱毛をした。私は高2の2学期以降はヒゲは毛抜きで抜き、足は最初は剃っていたものの、ソイエをするようになっていたのだが、ヒゲを毎朝抜くのに30分掛かって、この時間がもったいないと日々思っていたことと、ソイエは慣れてもとっても痛いので、この処理から解放されたいという気持ちがあった。
 
ヒゲの脱毛の後数日間はとても他人には見せられない顔になるので、その間私は大きなマスクをしていた。ちょうど花粉症の季節なので、目立たずには済んだがそれでも姉からは「怪しい人みたい」などとからかわれた。
 
3月の前半は引越やら、脱毛やらもあったので友人たちと会うこともできず、結局下旬の連休明けにやっと、政子とだけ会うことができた。
 
「こんな冬、久しぶりに見たな」と政子は会うなり言った。
その日、私はフェミニンなチュニックにプリーツスカートを穿いていた。髪も前日美容室に行ってセットしてもらっていた。柄ストッキングを穿き、靴もヒールのある靴を履いている。
 
「ローズ+リリーしてた頃は時々こんな雰囲気の服装もしてたよね。でも辞めてからは、私スカートは履いていても、あまり女を強調するような服は着てなかった」
「でもこういう服を自分で着てみようという気になってきたんだ」
「うん。自分の心の中で少しずつ育てていた女の子の心をそろそろ試運転してもいい時期かなという気がした」
 
「せっかくそういう服を着るならお化粧もすればいいのに」
「実はよく分からないのよ。口紅だけしてきたけど」
「私もそんなに上手い訳じゃないけど、今度うちに来た時にでも教えてあげるよ」
「うん、ありがと。教えて」
 
「脱毛した感じはどう?」
「すごくいいよぉ。今まではさ、毎朝ヒゲの処理をする度に自分が男の身体であることを思い知らされていたけど、それをしなくていいから、ずっと女の子の気分でいられるんだもん。時間も掛かってたしね」
「毎朝30分くらい掛けてたよね」
「そうそう。その時間ももったいなかった。日によっては伸びない日もあるんだけどね。足の方はソイエしてたから、凄く痛かったし」
「あれは痛いよね。私も脱毛しちゃおうかなぁ」
「うん、しちゃいなよ」
 
「ところでみんなの入試の首尾はどうだったんだろう?琴絵と仁恵のは本人からの連絡で分かったけど、他の子たちの状況、全然分からなくて」と政子。
 
「理桜も圭子も、第一志望の前期試験に通ってた。奈緒は第一志望は落ちて、後期試験は合格水準が高くなるから絶対無理ってんで、N大学に行くって。紀美香は第一希望落ちちゃったけど、他の所に行く気しないから浪人したいと本人は言っているんだけど、お母さんが滑り止めで受けてたS大学に行けって言ってるらしくて現在協議中。男の子たちでは、佐野君は国立も通ったけど、結局K大学に行くらしい。木原君は前期の東大落として、後期の一橋通ったって今日佐野君経由で聞いた。松山君は阪大前期合格」
 
「そうか。後期の合格発表が今日だったんだ」
「そうそう」
「私達はこの1ヶ月勉強と無縁の生活してたけど、この1ヶ月もずっと闘ってた子たちがいるのね」
「うん。もう予備校の来年に向けての講義は始まってる」
「きゃー」
 
「でも、佐野君とは冬、連絡を取り合ってるんだね」
「というか、よく向こうから電話してきて、20分くらい話していたりするよ。去年の3月頃に携帯の番号を交換したんだよね。彼とは。あ、そうか。男の子の友だちで携帯番号入ってるの、彼だけだ」
「へー」
 
「何か、佐野君はある意味相性がいいんだよねー。けっこう彼って言葉はきついんだけど、悪気が無いから、私笑っちゃう。彼とは私が男の子だった頃もよく話してたけど、女の子になってからも全然変わらない感じで話ができてる。私も一時期彼と話をする時の自分の立ち位置に悩んだんだけど、彼は私の性別は関係無いって言うのよね。強いて言えば『性別・唐本』だ、と。最初から私のことを女の子と思い込んでいたという木原君とか、私の性別を知った上でいつもレディみたいに扱ってくれる松山君とかとは、付き合い方が違うのよね」
「それはなかなか面白い」
 
「彼とは男声で話すの?」
「高2の11月頃以降は女声で話してる」
「ふーん。。。佐野君、冬に気があったりして」
「まさか」
「一度デートに誘ってみたら?春休みは開放的になってるし」
「デートか・・・・むしろ、マーサをデートに誘いたいな」
と私は真剣なまなざしで政子を見つめた。
 
政子がドキッとした表情を一瞬した。そしてすぐに普段の表情に戻り
「いいよ」
と言った。そしてこう付け加えた。
「でも条件がある。タックを外して」
「分かった」
「いつデートする?」
「マーサが良ければ今から」
「うん。しよっか」
私は政子と一緒に近くのレンタカー屋さんに行って、インサイトを借りだした。先日作ったばかりのクレカで支払いをし、昨日届いたばかりのETCカードをセットして出発した。
 
「合格発表の直後に申し込んで、先週会員証が届いたんだよね。こないだからプリウスとスイフトを借りて、運転感覚を取り戻すの兼ねて乗ってた。感覚はだいぶ戻って来たよ」
「へー。でも車名言われても分かんないや」
「私も!カローラとかスカイラインとか、くらいしか知らなかったよ。こないだから少し勉強してるの。で、色々運転してみて、気に入った車があったら買おうかなと思って」
「ふーん」
「私の助手席はマーサ専用、ってことにしておくからね」
「彼氏が出来るまで?」
「彼氏ができたら、私が助手席に乗るよ〜」
 
「でも会員証は冬彦名義なのね。冬子名義では作れなかったの?」
「相談したんだけど、冬子名義で発行するのは構わないらしい。でも免許証と名義が違うと実際に店舗で借りる時にトラブルになる可能性があるから免許証と合わせた方がいいと言われた」
「そっかー、面倒だね」
 
「うん。美容室のメンバーズカードとかは冬子名義で作ったんだけどね」
「・・・もしかして、美容室に行ったの昨日が初めてなんてことないよね」
「ははは、初めての体験でした」
「これまでどうしてたのさ?」
「美容室に行くのが恥ずかしい気がして、お姉ちゃんに切ってもらってた。美容室行きなよって言われてたけど抵抗してた」
「呆れた・・・」
 
「でもレンタカー屋さんの支払いに使ってたクレカは冬子名義だったね」
「うん。銀行口座が冬子名義なんで、クレカもその名義でわりと簡単に発行してくれたんだよね」
「ああ、それは良かったね」
「うん。マーサも作ったら?クレカ。銀行のカードなら、私たちみたいな残高あれば、すぐ作ってくれるよ」
「うーん。私は無駄遣いしそうだから、やめとく」
 
「実は、歌手活動再開したらさ、急に出先で何十万とか決済しなきゃいけないような事態って発生するかもと思って」
「そうか。それでクレカか」
「うん。財布に諭吉さん大量に入れて持ち歩くとか、やりたくないし。レンタカーの会員証もそれなんだよね。急に移動しなきゃっての発生する可能性あるでしょ」
 
「なるほど・・・・そっか、それで受験生なのに高3の内に免許取りに行ったんだね」
「うん。あの時点では、ひとつは歌手復帰の可能性無くなってて、普通のバイトするかもと思ってたのと、もしかしたら入学してすぐに復帰するかもというのもあったから、どっちみち免許がいるなと思ったのよね」
 
「なるほどね。それに歌手活動であちこち飛び回っていたりしたら、免許取りに行く時間無くなっちゃうよね。でも今は入学直後に復帰の可能性は無いんだ?」
 
「マーサの方には言われてない?甲斐さんと話してて、5月くらいまでに契約とかできないかなあ、なんて言われるんだよね。5月という日付は、秋頃から何となく甲斐さんの言動から感じてたんだけど、最近具体的にその数字を何度か聞いた」
「へー」
「つまりさ」
「6月まで待てば蜂蜜の人に会える訳だ」
「うん」
 
私たちは首都高から川口JCTを通り、東北道を北上した。途中佐野SAで休憩して、佐野ラーメンをふたりで分け合って食べる。それから更に少し走り、鹿沼ICで降りて、宇都宮市内に車を進めた。そして「例の」デパートの駐車場に駐める。
 
「なるほど、ここに来る訳か」
「私たちの原点だもんね」
「うん」
 
私たちは屋上に出て、ベンチに座りフランクフルトを食べながらおしゃべりを続けた。その時アナウンスで「15:00より市ノ瀬遥香ミニライブを開催します」
というのが流れた。
 
「あ、この人の音源、youtubeで見たけど良かった。生で聴きたいな」
「ここって多分△△社だよね」
「うん。見つからないように端のほうに居ようか」
 
私たちはサングラスを掛けて、目立ちにくい場所に移動した。やがてステージに私たちも一緒に作業したことのある△△社の遠藤さんが来て、数人のバイトさんとともに設営作業を始めた。
 
「私たちもああいうのやってたんだよねー」
「リリーフラワーズがトンズラしてなかったら、高2の夏休みだけのバイトで終わってたね」
「その時、私たちどうなってたんだろう・・・・」
「私、たぶん啓介とは別れてたと思う。あの頃少し限界感じてたんだ」
「そう・・・・」
「そしたら、私たち、男女の恋人になってたりしてね」
「なんか想像が付かないなあ・・・それ」
「私も今一瞬男の子の冬とデートしてる様を想像して、やだ、と思った」と政子。
 
やがて、ライブが始まる。20歳前後の女性が1人でステージに登る。拍手も起きないが、彼女はいきなりアカペラで『荒野の果てに(グローリア)』を歌い始めた。ハイソプラノの澄み切った天使のような声である。政子が真剣なまなざしで見つめている。
 
やがて歌い終わると、凄い拍手。
「すごいねー」と政子も大きな拍手をしている。
「すごいでしょ」と私も拍手しながら答える。
 
その後MCで少し語る。
「こんにちは。市ノ瀬遥香、21歳の女子大生です。料理も掃除もダメな困った女の子ですが、お嫁さんにしてもいいよという奇特な方がありましたら、ぜひご連絡を」
などとおどけた感じで言うと、会場が沸く。
 
そのあと今度はキーボードの人が伴奏で入り、オリジナル曲を数曲歌った。どれも彼女の高音の声を活かした、美しい曲である。
 
「いやあ、ほんとにこの人凄いね。メジャーデビューしてるの?」
「まだしてないよ。インディーズのCD1枚だけ出してる」
「へー。メジャーデビューしたら売れるよね?」
「いや、売れないと思うな」と私。
「え!?」
 
「確かに美しい歌なんだけど、それだけなんだよね。困ったことに。売れるのは、やはりピューリーズみたいなタイプ。音は少々外したりしても、聴いてて巻き込まれて行くでしょ。市ノ瀬さんの惜しいのは、本人だけで世界が完結してしまってるんだよね。観客は単に鑑賞してるだけ」
「なるほど」
「コアなファンは買ってくれるけど、ファン層が広がって行きにくいと思う」
「難しいんだなあ」
政子は少し考えている風だった。
 
ライブが終わった後、私たちは7階の食堂街に行き、喫茶店でコーヒーを飲んだ。私はブラックコーヒー、政子はミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいる。
 
「冬って昔からブラックだよね」
「少々カロリー気にしてるから。私、脂肪が付きやすい体質なのよねー」
「・・・冬の身体を触った感触って、けっこう女の子っぽいもんね。柔らかくて。男の子の身体って、ふつうもっと筋肉質で硬かったりするのに」
「運動あまり得意じゃないしね。なぜか身体は柔らかくて柔軟体操とかよく曲がるんだけど」
 
「新体操もしてたんだっけ。高3の時は柔軟体操、琴絵と組んでたんでしょ?」
「うん。高2で男子の方でやってた時はたいてい佐野君と組んでた。だからブラしてることに最初に気付いたのは間違いなく彼」
「背中押そうとすると、ブラに当たる訳か」
「うん」
「気付かれた時、何か言われた?」
「とうとう目覚めたかって。その時は意味が分からなかった」
「ふふふ。彼は良き理解者なんだね」
「だね」
 
「今夜も一緒だよね?」
「マーサさえよければ明日のお昼くらいまで一緒にいたいな。一応車は24時間で借りてるよ」
「お母ちゃんに電話しとこ」
政子は喫茶店から出ると、お母さんに電話を入れた。
 
「あ、お母ちゃん?私、今日外泊するから。え?冬と一緒。ううん。冬の家じゃなくて、多分鬼怒川温泉あたりのホテル。うん。ちょっとドライブに出たの。うん。安全運転してるよ。スピード違反で捕まったら謹慎ものだから速度絶対厳守なんだって。うんうん。冬はアレもちゃんと持ってる。じゃあね」
と言って電話を切った。
 
「鬼怒川温泉か。ちょっと予約を取る」
私は携帯でホテル検索サイトに接続すると、鬼怒川温泉の有名ホテルに空室があったので、ダブルルームを確保した。
 
「そこ高くない?」
「高校卒業記念」
「そっか。で、ダブルルームなのね」
「たまにはいいでしょ」
「うん」
 
「ところでアレは持ってるよね。私、お母ちゃんに冬が持ってるって言ったけど」
「もちろん。1枚だけだけど。何ならドラッグストアにでも寄って1箱買ってく?」
「私、選びたい!」
 
私たちはデパートを出ると日光方面に車を進め、途中にあったドラッグストアにいったん車を入れた。
 
ふたりで買物をする。政子は凝ったパッケージの避妊具を1箱、買物カゴに入れた。
「箱だけで選んでない?」
「だって私たちに機能とかは関係無いし」
「確かに」
 
その他、飲み物やおやつなどを買って車に戻った。会計の時、政子は「恥ずかしいから冬ひとりでよろしく」などといって先に出ていった。私は苦笑してレジを通った。
 
車を発信させ、日光の市中心部から少し離れた所にあるステーキハウスで夕食を取ることにした。ここは以前、イベントの設営の仕事で日光市内に来た時、津田社長が顔を見せて、夕飯をおごってあげるよと言われて、スタッフ一同連れてこられたことのあるお店である。
 
「確かにここ美味しかったもんね」と政子。
「うん。これが恋人同士で今夜決戦というのなら焼肉屋さんかも知れないけど」
「あはは。そもそも焼肉屋さんには、あまりいい服着て来たくないよね」
「うんうん」
「でも恋人か・・・・私たちって友達でいいんだっけ?」と政子。
「何を今更。私はそのつもりだけど」
「ふーん」と政子は面白そうな顔をした。
 
「前ここに来た時、冬は女子トイレに入るのためらってたね」
「まだ女の子始めて半月もたってなかったもん。で悩んでる所をマーサに腕をとられて女子トイレへ」
「ふふふ」
「あの頃は女子トイレに入る度に、ほんとに不安で心臓ドキドキだった」
「まあ、幸いにも痴漢として通報されることは無かったね」
「ほんと!あの頃はまだ女装が全然未熟だったのに」
 
ここで政子は霜降りたっぷりのリブロースステーキ350g, 私はむしろ脂肪の少ないミニヨンステーキ120gを食べた。ふたりとも大根おろし付き和風ソースを使った。
 
「350gとかよく入るね」
「むしろ冬こそ、よくそんなんで足りるね。私の分けてあげようか?」
「いや、いい。120gより少ないのがないからこれ選んだだけで。食べきれない気がするから少し手伝ってよ」
「わーい、もらっちゃお。あ・・・」
「何?」
「あれ、しようよ。『あーん』っての」
「いいよ」
 
私は自分の皿からお肉を1切れフォークに刺し「あーん」と言って、隣に座っている政子の口に入れてあげる。政子も自分の皿のお肉を少しナイフで切り分け、フォークに刺して「あーん」と言って、私の口に入れた。
 
「なんか恋人みたいで楽しい、もっとやろう」と政子がはしゃぐので、私たちはそうやってかなりお互いのお皿から相手の口にお肉を放り込んだ。結果的に私は少し食べ過ぎた感じだった!それを言うと「大丈夫。今晩たっぷり運動するからカロリーは消費するよ」と政子は言う。「運動するの?」と笑いながら私。
 

ステーキハウスで少しのんびり過ごした後、車で19時頃、予約していたホテルに入りチェックインした。女同士のダブルは咎められるかな?とチラッと思ったが、特に何も言われず、キーを受け取って部屋に入る。
 
入るなり、政子は私に抱きついてきて長いキスをした。
 
「またふたりで泊まりたいと思ってた」
「私も」
「ベッドに行こう」
「その前にシャワー」
「あ、忘れる所だった。約束よ。タック外して」
「うん」
 
私は自分で外すつもりで「ちょっと浴室で外してくる」と言ったのだけど、政子が「私が外したい」と言うので、接着剤のはがし剤を渡す。
「ふふふ、久しぶりの開封♪」などと言って政子は私のその部分の接着を外していった。
「わーい。これ見ちゃったの久しぶり。触るのも久しぶり」
 
私は苦笑して「さ、シャワー浴びよう」と言った。
「うん」
 
一緒に浴室に入り、シャワーをお互いの身体に当て、ボディソープをつけて、お互いの身体を手で洗ってあげる。お互いの股間もそれぞれ相手のを洗った。身体を拭いて、一緒にベッドに入る。キスをした。
 
「待って、待って、お守り」
と言って、私は先程ドラッグストアで買った避妊具を1枚取り出すと、いつものように枕元に置いた。
 
すると私が置くなり、政子はそれを手にとって開封してしまった。
「開封しちゃうの?」
「そ」
「開封するようなことまでしよってこと?」
「というより、今日はリミットレスにしたいの。いいでしょ?気持ち良くなりすぎたからストップというのは今日は無し」
「うん、いいよ。高校卒業記念ということで」と私。
「あ」
「ん?」
「高校卒業記念でHするカップルって結構いるよね」と政子。
「いるね。理桜も彼氏としたって言ってた」
「おお」
「だけど、私たち女の子同士だから、Hできないね」と私は笑いながら言ったが政子は笑ってくれなかった。
 
「マイハニー、ギブ・ミー・ア・プレゼント」と政子。
「All right. What do you want, My darling?」と私
「くっそー。発音がいいな。冬は」
「洋画のDVDでセリフを英語にして聞くと勉強になるよ」
「あああ」
「で、何が欲しいの?」
 
「冬の体と心を全部ちょうだい。ギブ・ミー・オール・オブ・ユア・ボディ・アンド・ソウル。卒業記念に」
「No」
 
「どうして?」
「だって今更あげなくても、私の体と心は既に全部マーサのものだから」
「そうだったのか!」
「知らなかったの?ついでに言うと、マーサの体と心も既に私のものだから」
「それも知らなかった!」
 
「だから、マーサは私に何をしてもいいよ」
「ふーん。じゃ取り敢えず、これ触っちゃお」
といって政子は私の性器を握りしめた。
 
「これも私のものだよね」
「もちろん」
「ふふふ。揉んじゃえ」
と言って政子はそれを強く揉む。
 
「あれー?何で大きくならないの?」
「ごめんね。私も薄々感じてたんだけど、やはり私もう男の子じゃなくなってるみたい」
「そっかー。冬は女の子だもんね。仕方ないね。でも揉んじゃえ」
と言って、政子は更にそれを揉んでいる。
 
「でも揉まれると気持ちいいよ」
「ほんと?じゃ、もっとしてあげる」
「あ、どちらかというと、そんな感じで男の子式に揉むんじゃなくて、女の子式に、手で押さえてぐりぐりとしてくれた方が気持ちいい」
「へー。つまりそういうこと自分でしてるのね」
「ノーコメント」
「ふふ、いいよ。女の子みたいにしてあげる」
「マーサのもしてあげるね」
「うん」
 
私たちはそんなことをしばらくしていた。
「なんでかな。一昨年の金沢でのホテルの夜を思い出しちゃった」
「あの時は『気持ちよくなりすぎたらストップ』のルール発動したもんね」
「去年も何度かきわどい所までしたけど、冬はタックしてたからな」
「11月の時とかマーサ、ほんとは気持ち良くなりすぎてなかった?」
「ノーコメント」
「やはり」
 
「ふふ・・・ね?冬、この後、身体改造していくよね?女の子になるのに」
「喉仏は声に影響出したくないし、もともと私のってそんなに目立たないし、いじらないつもり。性転換手術はいづれするけど、もう少し先かなと思ってる。今少し迷ってるのがおっぱいなんだよね」
 
「やっちゃったら?シリコンいったん入れても後から抜くことできるし」
「ははは。そういう気はするのよね。ただ単純にシリコン入れても乳首はそのままだから。乳首大きくするにはホルモン飲むしかない。でもホルモン飲めばもう男は辞めることになる」
 
「男はとっくに辞めてるじゃん! それに冬が背広着て会社に行ったり、タキシード着て女の子と結婚式するのって、私、嫌だな」
「私もそんなことする気無い。結婚自体が難しいと思うけど、するならウェディング・ドレス着たい。でも、歌手に復帰しないで、ふつうのお仕事することにしたような時、私女として就職できるのかな・・・」
 
「正直、大変だろうね」
「でも男装してお仕事するのとかは嫌だし」
「戸籍が男だからって男として就職しようとするのは間違ってると思うよ。もし体を全然いじらなかったとしても、中身として女の子であったら、女としてしか就職できないと思う。冬の場合、男として就職する方が性別詐称だよ」
「そう思う?」
 
「思う。中途半端な状態では仕事先なんてないよ。日本ってわりと性別については寛容だけど、男か女かどちらかには決めないといけない。中間というのは許容してくれないんだ。私も申し訳ないけど冬のことは女の子だと思って、ここ3年付き合ってきたよ。今更男の子かもとか言われたら困るし、本気でそんなこと言うんだったら、私、今すぐ冬を殺して私も死ぬからね」
 
「私も自分が男の子かもとは思ったりしない。自分は女の子というのは確信してる」
「じゃ。迷う必要ないね」
「そうか・・・・」
 
「じゃ、取り敢えずこれ飲みなさい」
政子は自分の常備薬のポーチから、錠剤のシートを1つ取り出し、私に渡した。
「これ何?」
「飲んだら教えてあげる」
「分かった」
 
私はいったんベッドから出るとコップに水を汲んできた。
「何錠飲めばいいの?」
「4錠飲んでいいと教えてもらった」
「了解」
私はそのシートから錠剤を4つ取り出すと口に入れ、水で流し込む。
 
「で、これ何?」
「青酸カリ」
「えー?」
「な訳無いじゃん。エストロゲンだよ」
「びっくりした」
 
「青酸カリだったらどうしてた?」
「その時は絶命する前に私短い遺書書くよ。マーサに変な疑いが掛からないように」
「それはまた親切な」
「まあ、できたらもう少しは生きていたいけど」
 
「私もまだ冬とふたりの関係を楽しみたい。でも、エストロゲン飲んじゃったし、もう冬はこれで女の子だね」
 
「そういう流れにするんだったら、タック外さなくても良かったのに」
と私は笑って言った。
 
「私が触りたかっただけよ」
「もう・・・」
 
「さ、ベッドに戻るよ」と政子は今日は完全に私をリードしている。
「うん」と私も笑顔で頷き、ベッドに戻った。
 
またキスする。
「さて、今夜はオールナイトで頑張るよ」と政子が言う。
「好きにして。ただしインサートは無し」
「それは無理っぽいね。女の子同士だし」
「うん」
 
私たちは裸のままぴったりと抱きしめ合った。これも気持ちいいね、などと言って、しばらく抱き合う。そして・・・
 
政子はそのまま眠ってしまった!
 
私はちょっと拍子抜けしてしまったが、微笑んでそっと体を離すと、私も傍で目を瞑り、睡眠の中に落ちていった。
 

《あれ?これは夢の中だ》と私は思った。
 
でも夢の中で私はベッドに寝ていた。隣を見ると政子がすやすやと寝ている。私は政子にキスをしたくなって、そっと唇にした。そっとしたつもりだったのに、政子は起きてしまった。
 
『おはよう』と政子は笑顔で言って、改めて私にキスをした。
『おはよう』
『キスで起こして、起きてキスしてって、私たち新婚さんみたい』と政子。
『もし、私たちが恋人になっちゃって、もし結婚したら、こんな朝が毎日来るのかな』
 
『そうね。ここって夢の中だよね』
『そんな気がする』
『夢の中なら、何してもいいよね』
『リアルでも、政子は私に何してもいいよ』
『何するかによって私たちの今後のあり方は変わるだろうけどね』
『うん。でもどう変わっても、私はそれを受け入れる』と私。
 
『じゃ、とりあえずHしようよ』と政子。
『いいよ。でも私女の子だけど』と私。
『夢の中でも勃たないの?』
『どうかな・・・リアルとは少し違うかもね』
『触ってみようっと・・・あれ?』
『あらら』
 
『冬、おちんちん無いじゃん』
『ホントだ!女の子の形になってる』
『わぁ、ここクリちゃんだよね?』
『そんな感じ』
『ヴァギナもあるかな?・・・あ、ここそうだよね』
『多分』
『ちゃんと入るかな?』
と言って政子はいきなり指3本入れてきた。
 
『わっ』
『・・・・凄い。全部入っちゃった』
『入れられるのって、何だか不思議な感覚』
『へー。私もまだ入れられたことないから分からないや』
『あ、そうだよね』
 
『おっぱいある?』
『ある・・・これブレストフォームじゃなくて、本物のおっぱいみたい』
『わーい、女の子の冬で遊んじゃおう』
『えー?』
『夢の中でも冬の体は私のものだよね』
『もちろん』
『じゃ、たっぷり遊ばなくちゃ』
『じゃ、私もマーサの体で遊んじゃおう』
 
私たちはそれから激しく愛し合った。夢の中は時間感覚が分からないけど、3時間以上やっていたような気がした。私たちは様々な体位を取り、お互いを強烈に責めあった。どちらも女の子の形だから、インサートとかできないはずなのに、私たちはしっかり肉体的に結ばれているような感覚があった。それは不思議な感覚だった。
 
たっぷりした後、私たちは『少し休憩しようか』といって休んだ。
 
『さっきドラッグストアで買ったおやつ、食べちゃおうよ』
『リアルの世界で買ったおやつを夢の中で食べられるのかな』
『夢の中だもん。何でもできるよ』
『そっか』
 
私たちはベッドから置きだして、お茶を入れ、エコバッグに入ったおやつを取り出して食べた。いろいろおしゃべりする。高校3年間の様々な想い出がお互いから流れ出す。特にローズ+リリーをしていた4ヶ月間の濃厚な時間の想い出はたくさん出て来た。
 
『この夢、私が勝手に見てるのかなあ、冬と一緒に見てるのかなあ』
と政子が言った。
『じゃ、起きてから確かめるために合い言葉決めとこうよ』
『じゃ、起きたら私の唇に30秒キスするのが合い言葉代わり』
『いいよ』
 
私たちはおやつを食べた休憩の後、また激しく愛し合った。今度は2時間ほどでダウンし、また休憩しておしゃべり。お腹が空いたと政子が言うので、買出しに行くことにした。夢の便利さで、私たちはコンビニに行って来ようと思ったら、もうコンビニに居た。そこで、おにぎりとか、サンドイッチとか、紅茶とか、政子のリクエストで牛丼も買った。
 
ホテルに戻ろうと思ったらもうホテルの部屋だった。私たちは牛丼を分けて食べて、更におにぎりやサンドイッチもきれいに食べた。
 
『今何時だろ?』と私が言ったら、テーブルに置いている政子の腕時計の時報が鳴った。政子が時計を見て『5時だよ』と言った。そして私たちはまた愛し合った。
 
『そろそろ体力の限界かも』と私。
『夜通しやってたもんね』と政子。
『少し寝ようか』
『夢の中で寝られるんだっけ?』
『それは何度も経験ある』
『じゃ、おやすみ』
『おやすみ』
 
その後、深い眠りの中に落ちていったような気がする。感覚的には2時間ほど深く寝たような感じ。やがて私は目を覚ました。時計を見ると8時だった。私がもぞもぞとしていたら、それで政子も起きてしまったようだ。
「おはよう。ごめん、私寝ちゃったみたい」
「おはよう。私もぐっすり寝てた感じ。今8時だよ。朝御飯に行こ」
「うん」
と言ったまま、政子は私を見つめている。
 
私は《そのこと》を確かめたくなり、ベッドの中で政子に裸のまま抱きつくと唇に唇を合わせ、心の中で30秒数えてから離した。
 
「やっぱり、あの夢、一緒に見てたのね?」
「そうみたい」
「夢の中で、私たちセックスしたよね」
「うん。あれはセックスになってたと思う。女の子同士だったけど」
「私、冬のヴァギナに奥まで指を入れたしね」
「入れられた」
 
「ね・・・エコバッグの中におやつ残ってる?」
「ちょっと待って」
 
私はパンティだけ穿いてベッドから出るとエコバッグを確かめた。果たしてエコバッグの中のおやつはきれいに消えていて、部屋のゴミ箱の中にその包装紙などが入っていた。
 
「牛丼のカラってある?」
「ゴミ箱に入ってる」
「まさかコンビニのレシート無いよね?」
 
私は財布を確かめた。
「はい、レシート」
と言って政子に見せる。
 
「あれって、現実だったの?」
「まさか。だって私、女の子だったよ。それにこのレシート、宇都宮市内。ありえなーい。そんなに遠くに行く訳ないのに」
「ね。冬、今男の子?」
「えーっと、触っていいよ」
 
私は再びベッドの中に潜り込むと、パンティを脱いだ。政子がその付近を手で確かめる。
 
「まだ男の子だね」
「胸もブレストフォームだよ」
「どういうこと?」
「うーん。まあ、いいんじゃない。やはり夢だったんだよ」
「・・・・冬、疲れてない?」
「疲れてる。一晩中してたみたいな感じ」
 
その時、私の頭の中に突然ひとつの歌が《降りてきた》。
 
「マーサ、何か紙無いかな?」
「ホテル備え付けの便箋とかない?」
「あ、そうか」
 
部屋のテーブルの引き出しを開けると、レターセットが入っていたので、その便箋に本の端を利用して五線を引くと、私は今《降りてきた》メロディーを書き出して行った。
 
「凄い。。。。。楽器とか使わずによくそんなに音符が書けるね」
「ごめん、今声掛けないで」
「あ、ごめん」
 
私は5分ほどでその曲を書き上げ、タイトルの所に『Night of Shadows』と書いた。
 
「私・・・その曲に歌詞が付けられそうな気がする」と政子。
「ほんと?じゃお願い」
 
「私音符読めないけど、音が上がっていく所、下がっていく所は分かるから、その波動みたいなのが私の心の中の、語彙の泉を刺激するの」
「うん。私、静かにしてるから、それを書いてみて」
「うん」
 
政子は私の書いた譜面の下に、ほとんど迷わない感じで言葉を綴っていった。その時、彼女が書く言葉が、私が何となくイメージしていたものとピッタリなので、私は驚いていた。
 
政子は時々少し手を停めると、どこか周囲を見回すような動作をした。しかしやがて「あ、ここにあった」などと呟くと、その続きをスイスイと書き続けていった。7〜8分ほどで、書き上げた。
 
「完成・・・かな」
「凄い・・・・私の思ってたイメージにピッタリ」
「ほんと?良かった」
「歌ってみようよ」
「私、音が分からない」
「あ、そうか。私が最初通して歌うから、2回目一緒に歌おう」
「うん」
 
私は携帯のピアノ・アプリを起動して最初の音を取ると、その譜面を見ながら政子の書いた歌詞を歌っていった。最後まで行った所で、今度は政子と一緒に歌う。最初ユニゾンで歌っていたが、政子が「もう1回良い?」と言うので、3度目また歌い出すと、政子は私と違うメロディーでハーモニーになるように歌っていく。
 
「すごーい。マーサ、1発できれいに歌ったね」
「いつもの感じでやってみた」
「忘れないうちに書かなくちゃ!」
 
私は便箋にまた五線を引くと、政子が今歌ったメロディーラインを書き留めて行った。
 
「よく書けるね。今1度聞いただけなのに」
「えーっと、記憶で書いている部分と、理論的にここはこの音のはずと思って書いてる部分とがある。もしさっきと違う部分ができたら御免」
「いや、そんなの私自身が覚えてないから」
「ああ、録音しておけば良かったな」
「でも、今、冬が書いている音符でいいと思うよ」
 
私たちがこのようにチャネリング的な曲作りをするのは、そう頻繁ではない。以前に作った『遙かな夢』『涙の影』『あの街角』などはいづれも政子がふつうに詩を書いたものに、私がふつうにエレクトーンを弾きながら、曲を付けて行ったものであった。
 
その後、私たちはちゃんと服を着てからホテルの朝御飯を食べに行った。一晩中運動?をしていただけあって、お腹が空いていて、ふたりともたくさん食べた。夜食だって食べたはずなの! そしてまた部屋に戻るとベッドに入って、今度はリアルで少しイチャイチャした。でも夢の中でした時ほど過激なことはしなかった。
 
10時頃、お互い体力が尽きてダウン。私は12時までのレイトチェックアウトをフロントに申し込み、またレンタカー会社に返却遅延の連絡をしてから仮眠した。電話を終えた時、政子はもう熟睡していた。私は微笑んでその唇にキスし、私も寝た。
 
起きたのは11時35分だった。慌ただしくシャワーを浴び、身支度を調えて、私たちはホテルを後にした(接着剤タックまでしている時間が無かったので、私はテープタックして、いつものように女の子の股間に戻した)。開封した避妊具は政子が「記念♪」といって自分のバッグの中に入れていた。
 
ホテルの駐車場でインサイトに乗り込んだ時、政子が
「昨日、ここに着いた時の距離計の数字覚えてる?」と訊いた。
「あ、えっと。今出てる数字と同じだと思う」と私。
「じゃ夜中に寝ぼけたまま車を運転して宇都宮まで行ったってことはないね」
「あ、それは無い」
「じゃ、コンビニのレシートは謎だね」
「うん。時刻は4:32。夢の中でコンビニに行ってきて、買ってきたのを食べて5時の時報を聞いたからね」
「私、このレシート宝物にしとこう」と政子。
 
私は車を発進させ、車を国道119号の方に進め、東照宮まで行った。休憩がてら観てまわる。
 
「なんだか私たち観光客みたい」
「というか実際観光客」
 
「ね、あそこの『見ザル、言わザル、聞かザル』」と政子。
「うん?」
「私たちのこと言われてるみたい。私たち、自分たちの実態を見てない、言い合ってない、そして聞こうとしてない」
「そうだね。ちゃんと見つめるべきなのかな・・・」と私。
「その辺り、私もまだ微妙かな・・・」と政子。
「でもひとつだけ言えること。それは冬は女の子になっていいということ」
「うん。私たち少なくとも男女の関係じゃないよね」
 
中禅寺湖に行き、華厳の滝を観る。
 
「何だか心が洗われるね」
「なんか心の中にあるよけいなことが全部押し流されていく感じ」
「私たちって雑念多すぎるよね」
「うん、お互いに相手のことを考えすぎてる気もする」
「もっとシンプルに考えればいいのかなあ」
「私たちの仲だもん。変に配慮しすぎないようにしたいね。もっとわがままに」
「本音と本音で行けばいいんだよね」
 
政子がお母さんへのお土産を買い、私たちは帰途に就いた。清滝ICから日光宇都宮道路に乗り、宇都宮ICで東北自動車道へ入り、一気に南下する。途中の蓮田SAで休憩した。海鮮丼が美味しそうだったので2種類頼んで、お互い分けて食べた。そのあと車の中で少し仮眠してから、また東北道を南下した。
 
「ねえ、マーサ」と私は運転しながら尋ねる。
「うん?」
「今日のって、一線を越えたことになるよね?」
「した内容は完璧に越えたと思う。女の子同士だったし、夢の中だったけど。そもそも私たちお守りを開封してから始めたしね」
 
私と政子が一緒に寝る時にいつもお守り代わりに枕元に置いている避妊具を開封したのはこの時が初めてで、後は私の去勢手術の前日に唯一度男女としてのセックスをした時(開封はしたが装着してない。政子は後で、装着なんかしてたら縮むかも知れないと思ったし生の方が感度が良く逝きやすいと思ったからと言っていた)、性転換後10月3日のハプニング・セックスの時、そして私たちが最終的に愛を確かめ合った11月14日の夜、の合計4回である。
 
「でも、あれって、本当に夢の中だったのかな・・・夢の中で食べたと思ってたおやつ、実際に食べてしまってたみたいだし。実は、夢を見ながら現実でも結合してたりしないんだろうか」と私。
 
「別に結合しちゃってたとしても、私全然構わないけどね。私たち体ではしてなくても心ではとっくに結合してたと思うよ。むしろ肉体的にも結合することは自然なことだったと思う」と政子。
 
「私たち恋人になっちゃったのかな?」と私。
 
「うーん。。。それは気持ちの持ちようだと思うな。恋人かどうかというのは別にセックスしたかどうかで決めるべきものではないと思う。お互いがお互いをどう位置づけているかでしょ? 私はセックスしない恋人があってもいいと思うし、友だちだけどセックスするってのもありだと思う」と政子。
 
「じゃ、私たち友だちででも居続けられるの?」
「冬は私を恋人にしたい?友だちでいたい?」
「もうしばらくは友だちでいたい」
「へへへ。実は私も今の所まだ友だちでいたい。とっても仲の良い友だち」
「うん。私とマーサって、とっても仲がいいよね」
「うん」
 
「ああ、でも・・・」
「ん?」
「コトには絶対信じてもらえないよね。マーサのお母ちゃんにも」
「たぶんね。私そもそも冬と外泊するってお母ちゃんに電話して言ったから、今日こそとうとうやったと思われてるよ」
「たしかに」
 
私達は車の中で笑った。政子が私の頬にキスをした。
 
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【夏の日の想い出・新入生の春】(上)オン・ドリーム