【夏の日の想い出・新入生の春】(下)オン・エア

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3月31日。この日限りで秋月さんが★★レコードを退職して、結婚予定の相手が住む福岡に行ってしまうというので、私と政子は日中★★レコードを訪問して、挨拶をしてきた。秋月さんは私たちがわざわざこの日に来てくれたことに感激して、私たちをそれぞれハグして「これからも頑張ってね」と激励してくれた。なお、私たちの営業窓口については、取り敢えず上司の加藤課長が引き継いでくださるということだった。
 
帰ろうとしていたら、奥の幹部デスクにいた町添部長が「あ、ケイちゃん、マリちゃん、ちょっと待って」と大きな声で叫んだ。町添部長は私たちが来た時からずっと何やら難しい顔で電話をしていた。
 
私たちは退職前の残務整理をしている秋月さんと雑談をしながら待っていたが、結局1時間待たされた!
 
やがて用事が済んだのか町添さんが「御免、御免」と言って、こちらに来た。「会議室の方にしますか?」と秋月さんが言うが「あ、ちょっと僕はこの子たちとデートしてくる」と言う。「送別会は19時からだっけ?」「はい」
「それまでにはそちらに行くから」と言って、町添部長は私たちを連れ出し、近所の天麩羅屋さんに入った。
 
「大将、奥の座敷いい?」と部長さんが言うと「はい、どうぞ」と店長が答える。
「天麩羅を適当に見繕って持ってきてくれない?それと、この2人の分、何かおやつ付けて。あと3人分コーヒーと」
「かしこまりました」
 
3人で奥の座敷に入り、町添部長が何やら機械を持ち部屋の中を一周してきてからそれをテーブルの下に置いた。
「何ですか?」
「盗聴器チェッカー」
「わっ」
「付けとけば安心」
「なるほど」
 
まずはお茶を飲んで話を始める。
 
「済まないね。忙しかった?」
「いえ、今けっこう暇な時期です。学校が始まったら少し忙しくなるかも知れませんが。講義は5日からですから」
 
「ざっくばらんに言うと、君たちのファンもそろそろ我慢の限界になりつつあるという話で」
「はい、でも・・・」
 
「うん。君たちの契約問題が今少しややこしい状況にあることはだいたい想像しているだろうと思う通りなのだけど」
「ええ」
 
「それでも『甘い蜜/涙の影』が出たのが昨年の1月、ベストアルバムが出たのが6月、翌月、君たちの生の声でのコメントがFMで流れて『あの街角で』の一部をケイちゃんのピアノ伴奏で公開、それから11月に沖縄のFMで『涙の影』をまたケイちゃんのピアノ伴奏で1コーラス演奏。それから12月に『あの街角で』の少し長いバージョン。これらのFMで流された曲は即動画投稿サイトに転載されて、全国のファンが聴くことができた。他に10月にネット公開した『デモ音源』」
「はい」
 
「ただ、動画投稿サイトを見ることができる人やネット公開された音源をダウンロードして聴けるのは、若い人たちを中心とする、ネットに強い人たちだけで、そういうのに弱いファンにとっては昨年6月のベストアルバムで流した、一昨年のライブ演奏録音をリミックスした音源が、君たちの歌を聴くことができた最後になってる。それから既に10ヶ月近く経ってる」
「そうですね」
 
「それで君たちがまた新たな歌をCDの形でファンに聴かせてくれるのが、僕の想像では早くても今年の秋くらい、遅くなるケースでは来年の夏くらいかな、と思うんだけど、どうだろう?ケイちゃん」
「たぶん、そんなものだろうという気がしています」
 
「で、そこまで、さすがにファンが待てないという話でね。これがベテランの人気の定着した歌手なら2〜3年新譜を出さなくても、ファンは離れないのだけど、君たちのような、出て間もない歌手にとってはあまり長い時間新しい音源を出さないのは致命傷になる」
「はい」
 
「そこで、少しファンの不満のガス抜きをしたい。それも、ネットに強い人だけでなく、全国のファンが聴くことのできるものを」
「どういう形で?」
 
「それでさ、君たち、ちょっとラジオに出ない?」
「えー!?」
 
大将自身が揚げたての天麩羅を持ってきてくれた。一緒に女性の店員さんが、お味噌汁と天つゆ、小鉢を配る。夕方近くで少し小腹が減っていたので、少し摘ませてもらう。町添さんは大将たちが出て行ってから話を続ける。
 
「FMラジオの全国ネットで君たちの歌を流すことを考えている。それならパソコンとかに強くない人でも聴いてくれる。事前に準備して、ちゃんと番組表に載せておけば、それを狙って録音したりして、その時間帯に忙しい人でも聴いてくれる。FM放送はLISMO WAVEでも聴くことができるから、その時間帯にラジオが使えない人でも携帯で聴いてくれる可能性がある」
 
「契約問題はクリアできるんですか?」
「そこでだ。今君たちの勧誘を継続的にしている3社のプロダクションの社長に電話して直談判で許可を取った。ほんとに今回1度だけ。3時間以内なら目を瞑ると言ってくれた」
「わあ・・・」
 
「具体的には日曜日の午後に3時間、JFN 52局で君たちの歌を交えた番組を流す」
「3時間も!?」
「趣旨は後で説明するけど、君たちにナビゲートしてもらって、他の歌手の歌も流すのと同時に君たちの歌も最低でも7〜8曲、生で演奏するというのを考えている」
「はい」
 
「それで、君たちにその出演をお願いしたいのと、君たちの親御さんにその出演許可を取ってもらえないだろうか? スタジオは外から見えない所を使うから、君たちの姿は一般の目から隠す」
「じゃケイが女の子の格好しているか、男の子の格好してるのかも分からないと」
「うんうん」
「ひょっとしたらビキニの水着着てるかも知れないし、チュチュ着てるかも知れないし、あるいは愛の前立の鎧兜を着てるかも」
「それはあり得ない」と私。
町添さんも笑っている。
 
「なるほど、話は分かりました。でも契約とかそういうの無しでやる訳ですよね」
「うん。だから実は申し訳無いけどギャラも払えない」
「あ、それは全然構いません」と私も政子も言う。
 
「そういう訳で、この番組はプロ歌手でもない、素人の女の子2人に3時間しゃべりまくり、歌いまくってもらおうという番組」
「大胆ですね」
 
「だけど、プロとは名ばかりで素人以下の歌を延々と流したり聞くに堪えないようなセンスの悪いトークを流す番組ってあるじゃん、ここだけの話」
「ありますね。私、チャンネル変えますよ。さすがに。こんなの公共の電波で流さずに、スナックにでも行って歌えよ、友達としゃべってろよと思っちゃう」
 
「そうそう。そんなのと比べちゃいけないけど、君たちの歌はそんなのよりは遙かに素敵だろ?」
「はい。最低限プロ歌手と言える水準はあると自負しています」と私は断言する。
「うん、だったらいいじゃん」
 
「でもどういう趣旨とか名目で番組をするんですか?」
「それで本題な訳だけど、君たちのデビュー曲『明るい水』の作曲家、鍋島康平さんが昨年5月16日に亡くなったのは知ってるよね」
「もちろんです・・・って一周忌ですか!」
 
「うん。その5月16日が今年は日曜日な訳。実は鍋島さんの一周忌で何か特集をやろうという話は元々あったんだよ。それで、『明るい水』は鍋島さんにとっては最後のヒット曲になったんだ」
「そうか!」
 
「昨年亡くなった直後にも追悼番組を、鍋島作品を多数歌っている****君の司会でやったけど、聴取率がさんざんでね。特に後の時間帯になるほど悪化していた。彼もやはりトークは苦手なので次回は申し訳無いけど、他の人にお願いしたいと言っていた」
「なるほど」
 
「そこで1周忌では何か聴取率の取れる企画を考えようって話はしてたんだ」
「それで私たちを」
 
「元々『明るい水』は数年前に他の歌手が歌ってCDも出たんだけど2000枚も売れなかった。だけど君たちはあれをインディーズ分とうちで再販した分の合計で10万枚売った。鍋島さんの最後のゴールドディスクだよ。だから、その最後のヒット曲を生み出した君たちを番組のナビゲーターに起用するのは、全然不自然じゃない」
「わあ」
 
『明るい水』は元々鍋島先生と△△社の津田社長の個人的な交流から「どうせ売れなかった曲だし自由に使って良いよ」と言われていたものを、ローズ+リリーのCDを急遽作りたいという話になった時に利用させてもらったものである。インディーズで思いがけずかなり売れたので★★レコードでも扱ってもらえないかということで、○○プロの浦中部長と一緒に売り込みに行ったのだが、その時、浦中部長たちが上島先生と廊下で偶然遭遇した。浦中部長が「今度女子高生のデュオを売り出すんですが、いい曲ないですかね?」などと言うと上島先生は「じゃ1曲書いてあげるよ」と言い、ホントに書いてくれた。
 
それが『その時』である。上島先生の曲ならということで『その時』は★★レコードから販売されたが、それがヒットしてしまい、その前のCDも無いかという問い合わせが殺到したので、★★レコードは『明るい水』を同社からも再販した。そしてそれも『その時』に引きずられるように売れたのであった。10万枚というのはインディーズ版と★★レコード版の合計(この時点で正確には10万8千枚)なので、正式には認定されていないが、実質的なゴールドディスクなのである。
 
「一応、鍋島さんのビッグヒットを並べて構成していくし、そのビッグヒットを歌った歌手さんたちの録音でのコメントなども流していく。でもその合間にナビゲーターの役得で、自分たちの歌を生で演奏してもらおうという訳」
 
「話は分かりました。母に頼み込んでみます」と私。
「デビュー曲の作曲家さんの一周忌というのは、うちの母を説得する材料にもなります」と政子。
 
「ほんと金にならない話で申し訳ないのだけど」
「いえ、私たちも全国のファンに申し訳無いと思っているので、少しでもその気持ちに応えるようなことができたら嬉しいです」
 
だいたい話がまとまった所で、私たちの話は雑談モードに入っていった。天麩羅は大半が政子のお腹に収納されていた。町添さんは結局お味噌汁を飲んだだけで天麩羅は全然食べていない。私は5つ食べただけである。政子はけっこう食べるのに太らない体質を持っている。身長164cm,体重42kgのスリムボディである。政子はよく「きっと私についてる天使様が大食漢なのよ」などと言っていた。
 
やがておやつのあんみつが来て、私たちは「頂きます」といってそれも食べながら話を続けた。町添さんはコーヒーを飲んでいる。話題は、音楽全般の話題や何人か新人有望株の話、また私たちの高3の時の学園生活の話などにも及んだ。私が学生服で通学しながら、体育は女子と一緒にして、トイレも女子トイレを使っていたなどという話は興味深く町添さんは聞いていた。
 
「しかし、ふつうの人が女子トイレに学生服の子がいるの見たら仰天するね」
などと笑って言う。
「ほんとですよ。周囲はみんな、女子制服で通学してくれば?って言ってたんだけど、学生服で卒業まで通学するってお父さんと約束したからって」
「でも卒業式の日は女子制服で通学して、それで卒業式にも出たんだよね。女名前での卒業証書までもらっちゃったし」
 
「それは良かったね。でも卒業式に女子制服で出て、女名前の卒業証書もらったってことは、ケイちゃんは高校卒業と同時に男の子からも卒業して、これからは女の子ということなのかな」
「私もそう思ってます。本人も結構意識変わった感じだし。もっとも私にとってはケイは最初から女の子なんですけどね。ケイって女湯に入ったこともありますし」
「ケイちゃんなら行けちゃうかもね。でも捕まらない程度にね」
私は苦笑いする。
 
「もっともケイは近いうちにおっぱい大きくしちゃうから、もう男湯には入れない身体になっちゃうけど」
「おお。もうそのまま一気に性転換しちゃうとか?」
「やっちゃえ、やっちゃえと私は煽ってるんだけど」
「うんうん。もし性転換手術する時は事前にこちらにも教えてくれると嬉しい。手術後しばらくはケイちゃん動けないだろうしね」
「はい」
 
「でもケイちゃんはこの1年間でエレクトーンのレッスンに通ったり、コーラス部で歌ったり、マリちゃんも毎朝ジョギングしたり、自宅にカラオケシステム入れてずっと歌っていたり、君たちにとってのこの1年間というのは、休養期間ではなくて再度基礎固めをする1年だったのかもね。君たちってあまりにも急激に売れたから、そういう歌手って、実力や精神力が人気に付いていけず息切れして自滅するパターンが凄く多いけど、君たちはここで再度体勢を整え直したんだ」
 
「そう言われるとそうなのかも知れないですね」
 
町添さんは19時から秋月さんの送別会に行くと言っていたのだが、結局19時半まで、私たちと話していた。「秋月さんに申し訳無い!」「大丈夫、大丈夫、上司が不在のほうが話が弾んでるって」と町添さんは笑いながら店を出ると、送別会会場のお店の方へ、小走りで去って行った。ここで走って行くところに町添さんの性格の良さを私は感じた。
 
私はその日のうちに母に電話して、デビュー曲を書いた作曲家さんの一周忌の特別番組で司会をしてもらえないかという話をもらったことを告げ、その出演許可を欲しいと言った。
 
「そういう義理のある人の一周忌ならいいじゃない。テレビに出るの?」
「ううん。FMラジオだよ。一応全国放送だけど」
「わあ、それは聴かなくては」
などと母は言っていた。
 
政子の方もそういう趣旨であれば問題無いし、ちゃんと出てあげなさいと言われたということであった。私は政子との連絡を踏まえて、町添さんの携帯に許可が取れた旨のメールをした。
 
各々の親の署名捺印付き同意書は追って、★★レコードの町添さん宛に郵送することにした。1年前のトラブルがこの手の文書をきちんと交わさなかったことから来ていることは、私の母も政子のお母さんも認識していたので、すみやかに文書を提出してくれた。
 

翌4月1日。この日は△△△大学の入学式であった。私と政子はレディススーツを着て、入学式に出席し、そのあと指定された教室に行き、これから取り敢えず1年間一緒に学ぶことになる級友たちと、挨拶などをした。(この大学では1年の内はまだ「科」は決まらず全員「文学部」で、2年になる時に希望と成績により各科に振り分けられる)
 
様々なオリエンテーションなども受け、何となく意気投合してしまった、長崎県から出て来たという小春という子と3人で、どの講義を受けようかなんて話をしていた。そしてお昼になったので、学食に行き、昼定食を食べながら、またあれこれ話をしていた時、私の携帯が鳴った。礼美からだった。
 
「冬〜、私、△△△に行けることになったよ!」と物凄く興奮した声。
「え?ほんとに?何があったの?」
「いやーもう、エイプリルフールじゃないよな?と私も半信半疑だった」と礼美。
 
なんでも礼美は確かに合格はしていなかったものの、補欠者リストに入っていたらしい。ただ本人はそちらの方は見ていなかったので、全然気付かなかったということだった。
 
「今年はなんか予定以上に入学辞退者が出ちゃったらしくて」
「わあ」
「それで期限までに手続きを取った補欠合格者を入れても、まだ定員に少しだけ満たなかったらしいの」
「うんうん」
「それで連絡の無い補欠者に、成績上位順に個別に学校側から連絡してくれたんだって。私、実は補欠者の中ではトップ、つまり1点差で落ちてたんだって」
「それは運がいいのか悪いのか」
 
「でもほんとに気付いてなかったから今朝連絡があってからびっくりして、それでもちろん入学します!と即答。でもそれからが大変だった」
「うん」
 
「入学するためには今日の午後2時までに入学金だけでも振り込んでくれと言われたんだけど、大金じゃん。しかも行くつもりになってたM大学の入学金と前期授業料を親に既に払い込んでもらってたんだよね。M大も明日が入学式で私もそちらに出るつもりだったんだけど」
「あぁ・・・」
「親からは、そんなの今更ありえない。おとなしくM大に行けって言われたけど私頑張ってお願いして。M大学も今日の午前中までに辞退の意志表示をすれば、入学金は戻らないけど、前期授業料は返してもらえたのよ」
「うん」
 
「それで、とにかく△△△のこの後の授業料はバイトして自分で払っていくし、取り敢えず払わなければいけない前期授業料の分も貸しにして欲しい。あとでバイトして必ず返すからと言って」
「うんうん」
「何とか払ってもらえることになった。M大にも12時前ぎりぎりに入学辞退の連絡して。親からは借金して払うから本気でバイトして返せよ、返せなかったら退学させて風俗で働かせるぞなんて言われたけどね」
「あはは、冗談がきついなあ」
 
「そういうわけでさっきこちらの入学金を振り込んでもらって、これで冬たちと一緒に通えることになった」
「良かったね!」
「でもとにかく何かバイト探さなきゃ!!」
「うん。頑張ってね」
「学生証とか講義の受講票とか受け取りに今から出て行く」
「うん、待ってるよ」
 
話を横で聞いていた政子と電話を代わり「良かったね」「一緒に頑張ろうね」
などと話をしていた。
 
そういう訳で、私と政子と礼美は5日から一緒に△△△大学文学部に通うことができるようになったのであった。礼美は私たちと同じクラスに編入された。
 
礼美は2時頃学校にやってきて、私たちはまた手を取り合って喜んだ。その日、とにかく入学祝いをしようよという流れになったのだが、小春は今日は長崎からお母さんが出て来ていた。そこで私の母、政子の母、礼美の母も呼んで、結局母娘8人で、和食屋さんに行って一緒に食事をすることにした。礼美のお母さんと会うのは初めてになった。
「娘から普通の女の子と変わらないんだから、とは聞いてましたけど、本当に普通の女の子なんですね!」
などと私を見て礼美のお母さんは言っていた。
 
私はFM番組への出演同意書をこの時、母に署名捺印してもらった。政子は昨夜書いてもらっていたので、ふたり分の同意書を一緒に封筒に入れてポストに投函した。
 
政子のお母さんは、政子も無事大学生になったので後は自己責任だからね、と言って、明日タイに戻ると言った。
 
「わあ、私、お母さんにもほんとにお世話になってたのに」
「あなたたちふたりの関係は結局よく分からないんだけど、冬ちゃんが政子を大事にしてくれていることだけは確信できたから、冬ちゃんに政子を任せて私は旦那の所に戻るから」
 
「はい。なんかひとり暮らしに戻ったら、毎日交替でお互いの家に行って一緒に夕飯食べようよ、と言われてるんですけど、それって毎日私に夕食を作ってという意味じゃないかって気がしてて」
「正解」と政子。
「取り敢えず、政子さんが健康を崩さないように栄養バランス考えた食事を作るように気をつけますね」
と言うと、お母さんは
「冬ちゃん、うちにお嫁さんにきてくれるみたい」と笑っていた。
 
この後、実際には7月頃まで一日交替で各々の家に行くのではなく、私が毎日政子の家に行って夕食を作り、夜も一緒に過ごすのがパターンになってしまった。4月は私は実家に行ってエレクトーンの練習をしていたので、大学の講義が終わってから私はまずは実家に行ってエレクトーンの練習をし、その間に政子が私のメモに沿って食料の買い出しをしておいてくれて、夕方私が実家から政子の家に移動してから夕飯を作り、イチャイチャしながらFM番組の構成について計画を練っていた。エレクトーン自体、政子が
「アパートで弾いてたらお隣とか階下の人に迷惑じゃん。うちに置きなよ」
などというので、結局移動先を政子の家に変更してしまった!
 
小春のお母さんは、やはり娘をこういう都会でひとり暮らしさせるのが不安だったようであったが、早速初日に友達ができて、ホッとしていると言っていた。
「田舎者で都会の習慣とか分からない所あると思いますが、色々教えてやってもらえますか?」
などと言っている。
 
「長崎県のどこでしたっけ?」と政子。
「大村ってとこなんですけど」と小春の母。
「あら」と政子の母。
「私の実家が諌早なんですよ。政子もそこで生まれたんです」
「あらら」
 
「よく分かんないけど、ご近所?」と私。
「うん。とっても近く」と政子。
「良かったじゃん。何か縁があったんだろうね」
 

翌日、私は今日タイに戻る政子の母を見送りに成田まで行った。
 
「1年間いろいろとお世話になりました」
「私は正直な話、タイでの生活に少し疲れてたからこちらで1年間過ごせて、助かったけどね」
「でも、お父さんきっと不便してますよ」
「いいのいいの。女房がいないほうが羽伸ばせると思ってるわよ」
「浮気、大丈夫ですか?」と私は小声で訊く。
「発覚したら即離婚。慰謝料1億って言っといたから」
「あはははは」
 
「ところで、例のお守り、とうとう開封したのね?」
「はい。開封しました。あくまで象徴的な意味で、実際にセックスした訳ではありませんけど。ですから政子さんはまだバージンです。でも私、自分の性別を理由にして政子さんの気持ちを受け止めないのはずるいと思ったから」
「ありがとう。でもよかったら政子の処女は冬ちゃんがもらってあげて。もしアレ取っちゃったら指ででもいいから」
「そうですね。考えておきます」と私は笑って言う。政子も笑っている。
 
「一応、これからもお守りは1枚置いておきます」
「あら、そうなんだ」
政子も微笑みながら頷いている。
 
「私が男の子だったら、政子さんと結婚できるし、あるいはふつうの恋人になってたかも知れないけど、私やはり女の子だし。いい友だちでいれたらなって思うんですけどね」
お母さんは頷いていた。
「私もその点はとりあえずあまり深く追求しないことにするわ。ふたりが仲良くしていたら、私はそれでいいかな、という気持ちになってきた」
「ありがとうございます」
 

私と政子はお母さんの飛行機を見送った後、その足で千葉市内の琴絵のアパートに寄った。
 
「仁恵のアパートもここのすぐ近くだよ」
「会えたらよかったんだけど、今日がバイト初日というんじゃ仕方ないね」
 
「でもみんな速攻でバイト決めてるなあ。私、完璧に出遅れ」と私。
「私もまだ何にも考えてない」と政子。
「おふたりは無理にバイトしなくたって歌手で稼げばいいじゃん」
「うん。とりあえず来月16日にラジオ番組の司会するから、今その構成を考えているところで、この件が片付くまではバイトできない」と私。
「おお、復帰が決まった?」
「いや、これはそういうのじゃなくて」と言って内容を説明する。
 
「ラジオの3時間番組の司会か。凄いなあ。この件、広めてもいいの?」
「うん。取り敢えず噂として広めていいと言われた。昨日出演同意書を送ってたぶん今日届いている筈だから、明日か明後日くらいにはネットで工作員が書き込み始めるはず」
「おお」
 
「ところでさ、他の子がいないから聞きやすいけど」と琴絵。
「うん?」と私
「コトにはバレちゃったみたいね」と政子。
 
「やったね?」と琴絵。
「うん」と私と政子。
「やっばりね。ふたりの雰囲気がこれまでと明らかに違うもん」
 
「たださ・・・」
「ん?」
「リアルではセックスしてないんだよね」
「へー」
「コトだから言っちゃうけど、私もう男の子機能消失しちゃったっぽい」
「まあ、消えても不思議じゃないね。でも入れなくてもそれ相応のことをしたのね」
「うん」
 
「もう恋人になっちゃうの?」
「ううん。まだ友だちってことにしようって冬とは合意」
「そんなこと言ってると、私が冬を横取りするぞ」
「だめー」
「ふーん。ダメなんだ?」
「冬が男の子の恋人作るのなら平気だけど、女の子の恋人作ったら嫉妬する」
「面白いね。冬はどうなの?」
「私もマーサが男の子の恋人作ったら応援しちゃうかな。女の子の恋人はNG」
 
「私、だいぶふたりの微妙な関係が分かってきた気がする」
「そう?」
 

4月上旬、私たちは大学の授業に出席して新しい学びの場に取り組んでいく一方で、5月に放送することになったFM番組の構成について、何度か★★レコードに足を運び、この件を担当することになった南さんという人と、FM局側から来てくれているディレクターさんと、4人で打ち合わせをした。
 
初回の打ち合わせで私は、鍋島先生のヒット曲について取り上げる候補と順序、そしてその間にはさんでいくローズ+リリーの曲についての、叩き台を作って持って行っていたので、話が最初からスムーズに進んだ。
 
「凄い。これだけの形ができてると検討しやすいです」とディレクターさん。
「初回は大まかな意見を出して、叩き台を僕が作らないといけないかなと思ってたんですが。。。。これ、ほんとに代表的なヒットをきれいに網羅してますね。流す順序もこの流れはとても自然です。最大ヒット曲を先頭に、それに並ぶヒット曲をちょうど真ん中に持ってきた構成は憎い」
 
「マリのお父さんが鍋島作品のファンらしいんです。今タイに長期出張中だったんですが電話して聞いて、リストアップしてもらいました」
「なるほど。確かにお父さんたちの世代にファンは多いでしょうね」
 
私が作った叩き台では鍋島作品は20曲取り上げていた。その合間に流す私たちの曲については、『明るい水』はラストの締めで流させてもらうことにして、それを含め鍋島作品と関連つけて流せそうな曲を、発売済の曲で3曲、未発表の曲を4曲配置した。この3:4の比率は町添さんからのリクエストである。
 
「この未発表曲って音源とかありますか?」とディレクターさん。
「このCD-ROMに焼いてきました」といってCDを渡す。
 
「伴奏は打ち込みです。歌は貸しスタジオで録音しました」
「事前に聴かせてもらいましたが、楽曲の水準は問題ありません。そのままCDのA面で発売したい作品ばかりですよ」と南さんが言う。
「分かりました」
 
2回目の打ち合わせで、選曲に関しては私たちが作っていった案でOKとなり一部の順序変更のリクエストがあったので、それに応じて構成を変更した。そのあと1度リハーサルをしてみることになり、楽曲を少しだけ流しながら1時間ほどで、通してやってみた。トークも5分ほど即興でしゃべらされた。これは町添さんも見てくれて「うん、いい感じだね」と言ってくれた。
 
「ところでどうなんでしょ。今のトークのセンスは良かったですが、おふたりは機転も利く方ですか?」
「あ、それはケイに任せておきます」と政子。
「ケイちゃんのハプニングに対する対処能力は高いですよ」と町添さん。
「部長のお墨付きがあれば大丈夫でしょうね。いや、うちの課長から、本当にふたりだけで大丈夫か?誰かアナウンサーを入れて3人でのトークにした方がいいか?と念を押されまして」
 
「ナビゲート役としてケイちゃんとマリちゃんを起用してるから、そこに更にアナウンサーもいるのは少し変だよね。屋上屋だよ」と町添さん。
「確かにそうですね。ではほんとにふたりにお任せすることにしますよ」
「はい。やらせて下さい」と私は笑顔で言った。
 
町添さんは後からこっそりと「あそこでケイちゃんが自信ありげに言い切ってくれたから、放送局側もふたりだけに任せていいかなと思ってくれたようだね」
などと言っていた。「君ってそういう所に一種のカリスマ性があるんだよね」
とも町添さんは言っていた。
 
スタジオ内でやる生演奏に関しては、私のピアノ伴奏でという案もあったのだが、生放送でもあるし、さすがに負荷が高すぎるのではということで、事前にマイナスワン音源を作っておき、それに私たちふたりの歌を生で入れることになった。ただ、最後の曲『明るい水』だけは、最後だし何か起きても何とかなるだろうということで、私のビアノ生演奏で歌うことになった。
 

4月下旬、『タイムリミット』が近まる中、甲斐さんたち、3社からの勧誘もかなり強烈になってきていた。しかし私と政子はできるだけ、のらりくらりとそれをかわしていた。4月連休前にファミレスで甲斐さんと会った私たちは甲斐さんの口から「ああ、もう時間的に限界かな」と、とうとう諦めの言葉を聞くことになった。
 
敢えてこの時期に甲斐さんと会ったのは、やはり△△社が、私たちにいちばん迫っているという印象を他の2社に与えて、諦めるように持って行きたかったからなのだが、その甲斐さん自身もどうも諦め掛けている感じであった。
 
「私と契約して魔法少女になってよ」と少し投げやり気味に甲斐さん。「えーっと魔法は別に要らないかな」と私たち。
甲斐さんも笑っている。
「ふたりの歌で全国のファンを魅惑するのよ」
「なるほど」
 
「でも、ここだけの話、やはりあの人を待ってるんでしょ?」と甲斐さん。「はい」と私と政子は笑顔で答えた。
「まあ、仕方ないわ。でも冬ちゃんと政子ちゃんは運がいいよね」
「はい?」
「ちょうど、その人の自粛期間が、ふたりの受検勉強期間と重なったから」
私も政子も頷いた。
 
「契約できない期間がきれいに受検勉強でどっちみち休養したかった期間と重なってたんだもん。ふたりの休養期間はとっても自然な感じになった」
「ですよね。何だか私たち、うまく何かに動かされてるなって気もします。私、あまりそういう運命とか何とか信じない方だけど」
 
「でもFM番組の件はびっくりしたなあ。私5月の番組表見てて『え?』と思ってこれって、ふたりがどこかと契約してこの番組で現役復帰するのかと思ったから慌てて社長の所に飛んでったら『ああ、それは★★レコードの管理でやるので、彼女たちはどことも契約はしてないから。事前協議済み』なんて言われて。そんなの、スカウト活動してる私には言っといてよと。あ、ごめん。内輪話を」
 
「いえいえ。宮仕えはどこも大変ですよね」と私は苦笑して答えた。
 
「そして受検勉強が終わり、大学生になったという絶妙なタイミングでふたりがFMに出演して・・・新曲も歌うんでしょ?」
「ええ。CDは出しませんけど」
 
「これでふたりのファンは大いに沸く。更にはこの番組は元々30代以上の聴取率が期待できる番組だからローズ+リリーの歌をその世代にも聴いてもらえてファン層が広がる。ローズ+リリーって元々本格派の歌唱ユニットだから私も若いファンだけじゃもったいないと思ってたのよね。町添さんはほんとに商売人だよ」
「ですね。とても気持ちのいい商売人さんです」
と私は笑顔で答えた。
 

連休明けに、私は豊胸手術を受けた。身体にメスを入れるのは初めての体験でもあり、幾つもの病院をチェックし、各々の評判なども確かめた上で、最終的に候補にした3つの病院で事前カウンセリングを受け、納得のいった所で手術を受けた。
 
硬膜外麻酔なので日帰り手術であった。誰か付き添いをと言われたので政子に頼んだ。またこの手術を受けることを事前に母に連絡し、あれこれこちらの意志を再度確かめるようなことを言われたものの、最終的に承認してもらえた。
 
「大学に入ったらすぐ、おっぱい大きくしたいって言ってたもんね」
と母は優しく言ってくれた。
 
日帰り手術ではあったが、手術はとても痛かった。手術の途中で実はちょっとだけこの手術を受けたことを後悔したが、始まってしまった手術を停めることもできない。私は頑張って痛さに耐えた。意識はあるのでバストサイズの確認を自分ですることができるのだが、実際問題としてそんな状態で確認できる訳がないと思ったので、血を見るのは平気と言っている政子に手術室に入ってもらい、政子の好みのサイズでOKを出してもらうことにした。
 
「そういうの、お友達にお任せして大丈夫ですか?後で揉めませんか?」
と医師から言われたので
「彼女は実は私のレスビアンの恋人なので」
と言ったら、納得してくれた。お医者さんに守秘義務があることをいいことに少し都合のいい言い方をさせてもらった。
 
手術後、回復を待つ病室でも私は痛みと闘っていたが、政子がずっと手を握っていてくれたので、頑張ることができた。
 
「冬、このあと、去勢したり、性転換したり、えっと後何をするんだっけ?」
と政子。
 
「それだけだよ。私、喉仏はいじらないつもりだし、顔にもメスは入れないから」
「じゃ、その手術にずっと付き添ってあげるから」
「ありがとう。マーサに付いててもらえるのが、私いちばん嬉しい」
 
「ところで、お医者さんから、お友達というよりレスビアンの恋人だったんですね、って聞かれたんだけど」
「あはは、それ私が言った。だってお友達というのでは付き添いとしても認めてもらえなかったから、家族に準じる人と主張してみた」
「ま、いいけどね。私も『はい、そうです』と答えたし」
「ごめーん。病院の場だけの方便ということで」
「うん、いいよ」
 

FMの番組は、豊胸手術の10日後で、もう痛みもかなり引いていた。ただしまだワイヤー入りのブラは用心して付けないようにしていた。
 
念のためということで前日にも1度リハーサルをして、立ち会った放送局のお偉いさんにも「この感じなら大丈夫だろうね」と言ってもらえた。
 
やがて番組が始まる。最初に鍋島さんの最大のヒット曲が今では大御所となっている歌手の歌で流れた。元々は追悼番組なので基本的に私たちは低いトーンで話した。
 
「こんにちは。ローズ+リリーのケイと」「マリです」
「本日は1年前のこの日亡くなった、作曲家・鍋島康平さんを偲んで番組をお送りしたいと思います。えー、私たちは今実質的に引退中の身なのですが、私たちのデビュー曲『明るい水』が、、奇しくも鍋島先生の最後のヒット曲になったという関係で、この番組のナビゲートを仰せつかりました。素人女子大生2人のつたないトークで申し訳ないのですが、3時間お付き合い頂けると幸いです。番組の合間には息抜きに、私たちの歌でも生で歌わせて頂ければと思います」
 
「先程お送りしたのが鍋島先生の最大のヒット曲『人生は廻り舞台』ですが、この作品はこの年のRC大賞を受賞しています。私たちが生まれるより前の話ですが、それでもこの曲は知ってたんですよね。良い作品は時代を超えて歌い継がれていきます。きっと私たちの子供たちも、この曲に親しんでくれるのではないでしょうか」
 
この政子の発言は後でネットで変な憶測を呼んでしまった。「私たちの子供たち」
というのが、ケイとマリの間の子供という意味にも聞こえてしまったので、ふたりは子供を作るつもりなのか?と一部で騒然としたらしい。
 
(遙か未来、あやめが15歳くらいになった頃、私はふとこの時の騒動を思い出し、この曲を聴かせてみた。するとあやめは「うーん。聞いたことはないけど、でもいい曲だね、これ」と言っていた)
 
「続けてこの作品の翌年にヒットした同じ人生シリーズ『人生は夢』をお聞き下さい」
 
といって、別のベテラン歌手の歌う、その曲が流れた。更にその歌手からもらってきたコメントを録音で流す。
 
「このあたりで少し息抜きをしましょうか。今お送りしたのが『人生は夢』でしたので、同じ「夢」という言葉の入っている私たちの曲『遙かな夢』お聞きください。なお、本日は私たちの歌に関しては、伴奏は予め作成したマイナスワン音源を使用させて頂きますが、歌は生でお送りします。もしトチったら御免なさい」
と私。
 
「ちなみに、今日使うマイナスワン音源は全てケイが打ち込みで作成したものです」
と政子。
 
そしてその音源を流し、前奏を聴いたところから私たちは歌い始める。
 
番組はこんな感じで進められた。聴取者からのリクエスト(鍋島作品に限る)もメールとFAXで受け付けたのだが、けっこうローズ+リリー作品のリクエストもあり、ディレクターさんが苦慮したようであった。
 
鍋島作品は22曲流す予定であったが、うち8曲までリクエストされたものと入れ替えてもよいことにしていた。また少し先で取り上げるはずだった作品をリクエストされた場合は、予定を変更して、先にそれを取り上げるということもやろうということになっていた。
 
私はそのあたりにできるだけ臨機応変に対応できるようにするため、事前に鍋島先生の作品を合計200曲聴き、伝記を読み、また各々の曲にまつわるエピソードを、政子の父や、★★レコードで鍋島作品に詳しい人に聞いたりして頭に入れておいた。しかしこういう大作曲家の作品を200曲聴いたのは大きな勉強になった。
 
「今リクエスト頂いて流しました『困った忘れ傘』ですが、歌詞の中で『そんな朝は海のように輝いて♪』というフレーズがありますね」
私がその部分をきれいに歌ったので、ディレクターさんが『ほぉ』という顔をしている。
 
「これと対照的なフレーズが『土曜日は止まらない』という歌の中にありまして『そんな夜は空のように滲んで♪』となっているんですね。今お聞き頂きましたように、ほとんど同じメロディラインにもなっています。これは当時ファンの間でけっこう話題になったのだそうです。きっと鍋島作品で次は『そんな昼は山のように響いて♪』なんて歌詞の曲が出るのではと言われたものの実際にはそういう歌は発表されませんでした」
 
「あのー、私今日はできるだけおとなしくトークするつもりだったのですが」
「何でしょうマリちゃん?」
「歌詞を引用するのに、わざわざ歌うんですね?」
「いや、似たメロディラインであることも説明したかったので」
「でもよくそういう古い歌を歌えますね。まさかその時代に実際生きてたとかいうことはありませんよね?」
 
「あらら?私の性別疑惑に続けて、年齢詐称疑惑ですか?」
「そうそう。ケイちゃんって18歳の女子大生だと思ったのに、実は48歳のおじさん、なんてことないですよね?」
「さすがにそれは無いかと。でも48歳のおじさんが18歳の女子大生に変装できたりしたら、それはまた凄いと思いません?」
「そんなの見たくありません」
「はい、それでは次の曲に行きましょう。これは1965年のヒット曲で・・・」
 
ディレクターさんが声を殺して笑っていた。私たちは作品の紹介を続けて行った。
 
「今流した『やったぜビキニ』ですが、鍋島作品って、わりとマジな歌詞の作品が多い中で、たまにこういうおどけた雰囲気の作品があるんですよね。この系統のものでは『帰ってきたオッパイ』、『滑り込みアウト』などの作品がありますね。『帰ってきたオッパイ』は1968年の作品で前年のザ・フォーク・クルセダーズの超大ヒット『帰ってきたヨッパライ』のパロディで、本家と同様にテープの早回しによる高音で制作してますね」
 
「はい、ケイちゃん、その早回しの所歌ってみて」とマリ。
「やったぜ、触れる、おいらのオッパイ♪」と私が裏声の一番高い所で歌う。
「あれ?この番組、生放送と思ったのに、今のはテープですか?」
「いえ、生で早回しさせて頂きました」
 
「ちなみに今では早回しとかせずに、パソコンのソフトでピッチ変更できますね」
「はーい。男の人でもソフト通せば、あら不思議女の子の声で歌えます」
「ひょっとしてケイちゃんの声ってボイスチェンジャーでその声になってるんですか〜?」
「はーい。私の声帯にはボイスチェンジャーが組み込まれて・・・る訳無いじゃん」
 
「でもビキニとかオッパイとか、鍋島先生もお好きですね〜」
「マリちゃんのオッパイは何サイズ?」
「えー?秘密だよ、Cカップなんて。あ、言っちゃった。ケイちゃんのサイズは?」
「Dカップだよー」
「えー?男の子なのにDカップあるの?」
「私は女の子だもん」
「ほんとかなあ」
「じゃ、今年の夏はビキニの水着着ちゃおうっと」
「おお、それはブロマイドとして流して欲しいなあ、私買っちゃうよ」
「マリは私の水着姿なんて、着換える所も含めて生で何度も見てるじゃん」
 
このやりとりもネットに速攻で転載され、私は豊胸手術を受けたのかどうかというので議論が起きていた。またケイが水着に着替える所をマリが見ているとしたら、ふたりはどういう関係なのだ?ということで、またまた私たちのレスビアン疑惑が再燃していた。あとで見ると2chの「ローズ+リリーはレズか?」
というスレッドがNo.153から、一週間でNo.218まで進んでいた。
 
3時間はあっという間に過ぎていった。私たちがけっこう早口でしゃべるので(『明るい水』をのぞいて)鍋島作品21曲流す予定のところを最終的に23曲流すことができた。また、私たちの作品も、発表済みの曲から『涙の影』と『遙かな夢』、未発表曲で『あの街角で』(昨年一部を放送で流したが全体を流すのは初めてとなった)、『天使に逢えたら』『影たちの夜』『私にもいつか』
の合計6曲の予定だったのが、どうしてもというリクエストが凄まじかったので『ふたりの愛ランド』も歌うことになった。これはマイナスワンの用意が無かったので、私がスタジオ内に設置している電子ピアノを右手フルート、左手ウッド系のオートベースコードの設定にし、オートリズムも入れて弾きながら、ふたりで歌った。
 
そして番組は終曲を迎える。
 
「それでは最後に、鍋島康平先生の最後のヒット曲となった作品、そして私たちローズ+リリーのデビュー曲でもある『明るい水』を聴いて下さい。この曲は元々は#####さんが歌った曲ですが、私たちがカバーさせて頂いて、最初インディーズで出した後、★★レコードから再販され、インディーズ版と★★レコード版のセールスを合計すると10万枚を越えており、正式には認定されていませんが、実質的なゴールドディスクとなりました。この曲は私のピアノ生演奏で歌わせて頂きます」と私。
 
私はこのあたりのトークを時計の秒針を見ながらピアノの所に移動しながら語っていた。そして私は電子ピアノをリセットして初期状態のノーマルピアノの設定に戻し、政子もその隣に座って、前奏に続いてふたりでこの歌を歌った。ちょうど最後まで歌い終わり、ディレクターさんが拍手をしてくれたところで放送時間が終了となり、時報に切り替わる。
 
ディレクターさんが握手を求めたのでそれに応じてから、私たちはお辞儀をしてスタジオを出た。外でも南さんが拍手で私たちを迎えてくれた。ディレクターさんの上司の課長さんも拍手してくれていた。
 

この番組放送後の反響は非常に良かったようであった。
 
−リクエストで調整された分もあるだろうが流れた曲のラインナップが良かった−最近ではめったに聴けない○○○○を流してもらったのが嬉しい
−若い司会者で当時まだ生まれていなかったはずなのに、リクエストされて流した 作品の一節などをその場できれいに歌ってみせたりしていたのが凄い。 ケイちゃん歌が上手い。
 
−ふたりの発音がきちんとしていて、専門のアナウンサー並みに聞きやすかった。−当時のエピソードなどの紹介が面白かった。よく勉強している。
−若い歌手の司会と聞いて正直、鍋島作品分かって司会するのかよ?などと思って 聞き始めたが、鍋島作品のテイストをちゃんと理解している感じで感動した。 すっかりこのふたりが好きになった。
 
などといった声が30代以上の聴取者から寄せられた一方で、ローズ+リリーのファンからは
 
−ふたりの元気そうな声を聴けたのが何と言っても嬉しい。
−ふたりとも歌が上手くなってる。特にマリちゃんの上達度凄い。
−『あの街角で』の全コーラスがとうとう聴けたのが涙が出る思い
 
−新曲を4つも聴けて嬉しい。CDで出すかDLサイトに登録しないのでしょうか?−『ふたりの愛ランド』やっぱり最高!
−ふたりの掛け合いはホントに楽しい。無理に受け狙いせず、自然に
 ふつうに18歳の女の子ふたりがおしゃべりしている感じなのが気持ちいい。
 
などといった声が来ていた。ファンの年齢層が高い鍋島作品を敢えて若い私たちに紹介させることで、私たちを高い年齢層に認識させるとともに、鍋島作品を若い世代にも興味を持ってもらえるようにする、という町添部長のもくろみは美事に成功した感じであった。そしてまた、ローズ+リリーという長期休養中のユニットのファンもこれでテンションを維持することができた。
 
この放送の後、鍋島作品の「ダウンロード」が上昇するとともに、ローズ+リリーの「CD売り上げ」や「有線リクエスト」が増加した。
 
放送中に、ローズ+リリーの姿を見ようと放送局に押し寄せてきたファンも結構いて、放送局の警備員さんたちはけっこう大変だったらしい。私たちは放送終了後すぐに外に出ることができず、1時間後に配送トラックに無理言って同乗させてもらい脱出した。「アイドル歌手みたい」などと政子とふたりで笑った。
 
ローズ+リリーが人前に姿を見せるのは、この放送の3ヶ月後、スイート・ヴァニラズのライブを待たなければならない。
 
なお、放送の反響の中で、仕事や試験などで聞き逃したのでぜひ再放送を、また途中で気付いたのでぜひ最初からもう一度聴きたいなどという声もひじょうに多数寄せられた。しかしその時点では、私たちを勧誘している各社の社長との「1度だけ」という約束で、再放送するのは不可能であった。
 
最終的に、この放送は私たちが翌月、須藤さんと契約した後、再度当時勧誘していた各社社長に承諾を取って、7月の日曜日に再放送された。町添さんは再放送に当たって、△△社以外の2社に若干のマージンを払ってもいいと言ったらしいが、2社ともそれは辞退したということであった。
 

FMの放送が行われた翌週の5月23日、私はエレクトーンの7級の試験を受けに行った。
 
8級を受けたのは昨年の7月で私はわりと中性的な格好で出かけていったのだが、今年はカットソーにプリーツスカートなどという完璧に女性的な出で立ちで出かけていった。昨年も名前を呼ばれて試験を受ける部屋の中に入って行った時「唐本冬彦さん?」などと念を押されたのだが、今年は入って行くと「あなた違いますよ」と言われた。
 
そこで私は運転免許証を見せて、確かに自分は唐本冬彦ですと主張し、試験官の人も免許証の写真を見て、更にその免許証は本物か?写真を貼り替えたりしてないか?という感じで裏表何度も見てから、やっと試験を受けさせてくれた。
 
(そういう訳でその年の秋に6級を受けた時は、唐本冬子の名前で受検することにしたのであったが。私の場合唐本冬子名も学生証で本人確認できるのである)
 
即興演奏や聴奏などは問題無くクリアする。用意していた自由曲の中からその場で1曲指定されたのは、よりによって一番仕上がりが悪かった曲であったが、幸いにもノーミスで弾けた。自編曲はポルノグラフィティの『アゲハ蝶』を弾いたのだが、演奏が終わったところで試験官の人に
 
「あ・・・えっと、これ7級なんだけどね」と言われる。
 
「すみません。編曲が易しすぎましたか?」と訊くと
「君、今の演奏は5級レベルだよ」と苦笑された。
「7級の編曲で両足弾きなんて無いよ!」などと付け加えられる。
 
その場で少し評価などを受けてから、「ありがとうございました」と言って試験の部屋を出る。受験生が多数待機している廊下を静かに通って会場を出たところで以前同じクラスでレッスンを受けていた子と遭遇した。
 
「あら」「ごぶさた〜」
「試験終わったとこ?」
「うん。そちらも?」
「何級受けたの?」
「私は7級」
「あ、私も7級」
 
ということで、取り敢えず一緒に近くのカフェに入った。
 
「でも冬ちゃん、すっかり女らしくなったね」
「うん。高校在学中は抑制的だったんだけど、卒業してからはこんな感じで、思いっきりフェミニンしてる」
「そっか、以前はスカートも穿いてなかったもんね」
「うん。高校時代はお父ちゃんからスカートでの外出禁止されてたのよ」
 
「へー。。。ね、もしかして胸は本物?」
「うん。豊胸手術しちゃった。ついでに玉も来月抜いちゃう」
「おお。じゃ、もうほとんど女の子になるのね」
「うん。あとは性転換手術だけね」
「わあ、凄い」
 
「美優ちゃんは大学生だっけ?」
「うん。A大学の文学部2年」
「あら。私は△△△大学の文学部1年」
「芸能活動の方は復帰したの?」
「まだ。でも復帰はそう遠くないかも」
「おお、期待しておこう」
「ただ、私ひとりだけの復帰になるかも知れないけどね。マリが復帰に消極的だから」
「わあ、それは残念ね。。。。そうだ。私ね、友だち4人で集まってガールズ・バンド作ったのよ」
 
「わあ、それは楽しみね。構成は?」
「ギターとベースとドラムスとキーボード。私はキーボード担当」
「おお、標準構成だ」
「今、MARIAとかプリプリとかコピーしてる。オリジナル曲もやりたいんだけど、メンバーの誰も作曲の才能が無いという困った問題が」
「あらら」
「こないだ私1曲書いてみたんだけど、みんなから、つまらんとか見せ場が無いとか、散々に酷評された」
「かわいそー」
 
「夏にあるガールズバンドのコンテストに出たいんだけど、コンテストでは、オリジナル曲をやらないといけないのよね〜」
「私、何か書こうか?」
「え?ホントに?」
「今週中の平日の午後3時以降なら時間が取れるから、もしメンバーの演奏に立ち会わせてもらったら、そのイメージで何か書くよ」
「わあ、助かる」
 
そういうことで私は彼女たちにその後しばしば楽曲を提供することになった。彼女たちのバンド『スーパー・ピンク・シロップ(略称SPS)』は私の書いた曲『恋愛進行形』(作詞はマリ)を携えて、その夏の大会に出場。全国大会で3位に入賞して年末にメジャーデビューすることになった。その曲は8万枚を売るヒットとなり、翌年の新人賞にノミネートされた。その後、美優もかなり作曲の勉強をして、オリジナル曲を書けるようになるが、彼女たちがCDを出す時は、だいたい私の曲と美優の曲をカップリングして出すことが多かった。
 
「ところでさー、ガールズバンドの条件って何なのかな?」
「メンバーが全員女性ってことでしょ?」
「私みたいなのが入ってるのはいいんだろうか?」
「問題無いと思うよ。性別なんて自己申告でいいんじゃない?」
「そっかー」
 
「オリンピックみたいに染色体検査する必要無いと思うしね。自分が男と思っているか女と思っているかというのが大事だもん」
「なるほど」
「もっとも、朝青龍みたいな子がドラムス打ってたら協議の対象になるかも」
「むむむ。やはり見た目も大事なのか?」
 
「冬ちゃんなら、見た目がどう見ても女の子だから、男装してボーイズバンドのコンテストに出ようとしたら、いくら戸籍が男の子でも拒否されるかもね」
などと美優は笑っていた。
 
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【夏の日の想い出・新入生の春】(下)オン・エア