【夏の日の想い出・2年生の秋】(3)

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私が性転換した後で、初めて政子とセックスしたのは、誕生日を目前にした10月3日の月曜日であった。月曜日は仕事がオフの日なので、私は授業が終わった後、政子と一緒に渋谷に出て食事をしながらおしゃべりを楽しみ、またあちこちのお店をのぞいたりした後、一緒に私の家に戻った。
 
シャワーを浴びてから(私の家には政子の服もかなり置いてある)、お茶を飲みながら12時頃まであれこれ話していて、さあそろそろ寝ようということになり、いつものように同じベッド(ダブルなので充分な広さがある)で並んで寝ていた時、しばしば政子がやる『いたづら』を仕掛けられた。
 
普段なら「もう。やめてよね」などと言ったりして、ブレーキを掛けるのだが、その晩は少し疲れが溜まっていたこともあり、私は停める気力がなくて政子にされるままにしていたら、なんだか気持ちよくなってきてしまった。
 
寝ていて政子にいたづらされるのは昔からだったし、それまではそういう所まで行くことは無かったのだが、私は前日の夜に青葉の遠隔ヒーリングを受けたばかりで、かなり性器の付近が活性化していた感じであった。それで政子のいたづらに反応してしまったのだろう。
 
「冬、凄く濡れてる」
「だって政子が気持ち良くするんだもん」
「実は私も今けっこう濡れてるんだけどね」
「濡れても女同士だから、何もできないね」と私は言ったのだが、政子は「あら、冬はレスビアンというのを知らないの?」と言う。
 
「いや、それは知ってるけど・・・・あれってその、あれの形をした道具とか使うんだっけ?」
「うーん。ああいう道具使うのは、一部の人だけだと思うよ。普通はそんなの使わない」
「使わずにどうやってやるの?」
「一応知識としては知ってる。ね。少し試してみていい?」
「試すって何を?」
「だから、レスビアン・セックス」
 
そういって、政子は私にセックスを仕掛けて来た。
 
静かに熱い時が過ぎていった。それは今まで経験したことのないような、物凄い快感であった。男の子だった頃にも、こんな快感は経験したことが無かった。男の子だった頃にひとりでしたりしていた時の快感は、風船が膨らんでいってある所まで行ったら割れてしまう感じだったのが、女の子同士でやっていると、風船が膨らんだまま、昂揚した状態がずっと続いていって、脳内が陶酔物質で満たされたままの状態がひたすら継続する感じだった。頭がおかしくなりそう、というより、もうおかしくなってしまっている感じだ。
 
「あのね、マーサ」
「うん」
「私、凄く気持ち良かった。こんな気持ちいいの初めて」
「私も。ほんとに気持ち良かった。やみつきになりそう」
 
でもその日は、やはり今日のセックスはハプニングということで、こういうことをした事は忘れようね、などという話をしたのである。まさか翌週のEliseたちとの告白大会で、あっさりバラされるとは思いもよらなかったのであるが。
 
そして2回目がその日だった。
 
「分かった。正直に言う。私、マーサのことが好きだから」
「私も冬のこと、好きだよ」
 
それは自分達は友達、と過剰なまでに言い続けていた自分達の言葉を初めて否定して、ずっとお互いに思っていたことを、とうとう口に出してしまった瞬間であった。
 
私達はそのまま5分くらい何も言わずに、お互いの顔を見つめ合っていた。私はそのうち、どうしても政子にキスをせずにはいられない気分になった。
 
そっと唇を近づける。政子は目をつぶらずにじっと私を見つめている。私も目をつぶらない。そしてふたりの唇は接触した。
 
瞬間、お互いの舌を絡め合う。そしてそのままベッドに一緒に横になり、お互いの身体をむさぼりあうように愛撫した。そしてそのまま自然な流れで私達は結びついた。行為はたぶん2-3時間続いたろうか。
 
男の子だと出してしまうとそこで終わりなのだろうけど、女の子同士なので終わりというものがない感じだった。その日はいわゆる「松葉」の姿勢を多用した。この姿勢自体が脳には刺激的なのだけど、さすがに疲れてくると体勢を維持できなくなってきた。もう限界と思って身体を離し、ふつうの添い寝状態になって、優しく政子の身体を撫でながら、半分まどろみつつ会話をする。
 
「こないだのセックスはハプニングだったけどさ」
「うん」
「今日のは、本物だよね」
「私、今ずっとずっとマーサと一緒にいたい気分」
「私も、ずっとずっと、冬と一緒にいたい気分」
「私達、このまま恋人になっちゃうのかなあ」
「その質問は間違ってるよ、冬」
「え?」
「私達、これまでもずっと恋人だったし、これからも恋人なんだと思う」
「そっか。そう考えた方がすっきりする」
 
「あ。でもそれなら、ほんと私、性別変更しないほうが良かった?」
「そんなことない。だって私が好きなのは、女の子の冬だもん。男の子の冬には私興味無いよ」
「私も自分が女の子だからこそ、マーサのことが好きだって気がする」
 
「ところでさ、冬の心の中で私達の愛と、男の子との恋って両立する?」
「それが・・・さっきまでは両立しないから、マーサのこと好きな以上、正望とは結婚できないと思ってたんだけど・・・・、今マーサと気持ちを確かめ合っちゃったら、なんか、困ったことに両立する気がするの」
 
「実は私も、両立する気がするの。冬とこういうことしていても、直哉のことは直哉のことで、私、彼のことが好きなのよね」
 
「じゃ、やはり私達さ、公式見解としては、お友達です、ということにしておけば、いいんじゃないの?」
「そうだよね。別に恋人宣言する必要ないよね」
「お互いの心の中で思っていればいいだけだもん」
 
「それで、各々男の子の恋人作ってさ」
「それぞれ別の男の人と結婚しちゃって」
「うん。でも私達は愛し合ってる。さすがにお互い結婚したら、なかなかセックスできなくなるかも知れないけど」
「セックスしてもしなくても愛は変わらないと思う」
「うん、私も同感。でも結婚しても年に1度くらいはセックスしたいね」
 
「みっちゃんには、どう言うの?」
「ありのまま言えばいいと思うな。でも男の子の恋人を作るのはカムフラージュじゃなくて、それはそれで本気の恋なんだというのもちゃんと言う」
「理解してくれるかなあ」
「みっちゃんなら分かってくれる気がする」
「言ってみるしかないね。私、みっちゃんに嘘はつきたくないし」
「私も」
 
「で、具体的な問題として、冬、正望君とのことはどうする?結婚する?」
「なんか気持ちの整理ができた気がする。私、ちゃんと正望に自分の気持ち、言いに行ってくる」
「結婚してもいいって?」
「ううん。結婚しない。私、今は、音楽に集中したいの。だから結婚はできないし、婚約もできない。7年後には分からないけど」
「恋人として付き合うだけならいいんだ」
「うん。彼がセックスしたいといったらセックスしてもいい。でも結婚はできない」
 
「でもそれって、まるで遊びの恋だと言ってるみたい」
「そう思われちゃったら仕方ない。でも、私、正望のこと、遊びじゃなくて本気で好き」
「正望君のこと話している時の冬の表情って、本物という気がする」
「ありがとう。正直な所を話して、理解してもらえるように頑張るしかないと思う」
「うん。頑張ってね。って。冬ったら私に相談とか言ってて、結局自分で解決しちゃったね」
 
「ごめーん」
「私も、直哉とセックスしちゃおう。今度会ったら誘惑しちゃう」
「しばらくさせないんじゃなかったの?」
「私も今日、冬とセックスしたので、心に余裕ができちゃった。私、彼のこと好きだから、好きならセックスしてもいい気がする」
「じゃ、そちらも頑張ってね。突然結婚しようと言われたらどうする?」
「しちゃうかもよ。私、子供産めるし」
「えーん。私はそれができないからなあ」
「でも、前言ってたみたいに、私が産んだ子供の半分は冬の子供にしてあげるから」
「・・・・それはまた、そういうことになった時に」
 
「だけど、前にもこんなことあったなあとか思った」
「ん?」
「私が窮地に立ってると、なぜかマーサが助けてくれるの。今夜の電話みたいに」
「そんなことあったっけ」
「ローズ+リリーしてたころさ、みんなでお風呂に入りましょうって話になったことあって」
「ああ、思い出した」
「その頃、私まだタックとかも知らなかったし、胸も無かったし。脱衣場まで来て、他の子たちはどんどん脱いで裸になってるし、もうどうしようかと思ってたら」
「私が来て急用だよといって脱衣場から連れ出したんだよね。まあ実際に急用だったんだけど」
 
「初めて楽屋で着替えた時は、マーサが自分の身体でうまく私を隠してくれた」
「まあ。ばれなかったら報酬が上がるってんで頑張ってたしね」
「私にとってマーサって、救世主みたいなものかも」
「大げさな・・・・はい、どうぞ」
五線譜とボールペンが出てくる。
「なんで分かったの?今」
「表情で分かった」「すごい」
と言いながら私は譜面を書き始めた。タイトルに「white knightess」と書いた。
 
その日、私達は手をつないだまま寝た。翌朝、私は正望に連絡し、昨夜話が途中になってしまったことを詫び、まずは正望とふたりだけで、ゆっくり話をしたいと言った。
静かな所で落ち着いて話したかったので、町で落ち合い、彼の車で奥多摩に行き、少し開けた所で駐めて、私は自分の思っていることを正直に話した。彼は泣いていた。
「じゃ、僕のこと好きなんだよね」
「うん。本気で好き。私、こういうので嘘つけないもん」
「でも今は婚約は考えられないのね」
「ごめん。ホントに今は音楽活動に夢中だし、私自身が『誰の物でもない』
フリーな状態でいたいの。だから婚約はできない。でもモッチーの方も結婚できるとしたら7年後ということだし、7年後にこの問題はまた話せないかなと思って。その時まだ私のこと好きでいてくれたら」
 
「恋人・・・・でいることはできるんだね?」
「うん。モッチーとずっと恋人でいたい。御免ね。こんなわがままなこと言って」
と言って、私は正望とキスをした。正望はそのまま私を抱きしめ、押し倒す。
「ね・・・せめて後部座席に行こう」
「あ、うん」
 
私達はそこで深く愛し合った。彼はちゃんとアレを準備してくれてたけど、私は付けなくてもいいよと言った。初めの1回だけは私も彼もドキドキだった。でも、すぐに愛おしさが全てを包み込んだ。彼のを見た時「わぁ大きい」と思ったし、ちゃんと出来るかなって少し不安があったけど、私は凄く濡れてたし、スムーズに受け入れることができた。彼が到達するのをきれいに感じ取れる。その瞬間、なんだか凄く嬉しくなった。今自分は本当の女になったんだって気がした。
 
そして私達は何度も何度も愛し合った。彼の足の毛が私の足にすれて痛い。男の子と愛し合うって、こんな感じなのかと、私は新鮮な発見をした気分だった。
 
「なんか・・・・」
「どうしたの?」
「フーコとこんなことしたら、心に余裕できちゃった」
「え?」
「僕のこと、ずっと唯一人の男にしておいてくれる?」
「うん」
「じゃ、僕もこのままでいい。ずっと恋人でいよう」
「ありがとう」
 
この時、正望が「唯一人の恋人」と言っていたら、私は返事を躊躇ってしまったかも知れないが「唯一人の男」と言ったので、私は即答で「うん」と言えた。
 
「でも、もし結婚したいって思ったら、いつでも言ってよ。僕、フーコのためにこれからエンゲージリング買いに行くから」
「えー!?」
「指のサイズ、分からないから、買いに行くのだけ付き合ってくれない?」
「いいよ」
「でも、それ渡すのは、フーコが僕と結婚する気になった時」
「ずっと結婚する気にならないかもよ」
「だったらずっと待つさ」
「ありがとう」
「ううん。フーコの心の中に僕以外の男の子がいないなら、それでいい」
 
「モッチーのお母さんにも、せっかく認めてもらったのになあ」
「母ちゃんには僕が話すよ」
「こんなの分かってくれるかな?」
「分かってくれるまで話すさ」
 
私達は深いキスをしてから、都心に戻った。彼が少しぼーっとしている感じだったので、帰りの道は私が運転させてもらった。そのまま都内の宝石店に行き、彼は小さなダイヤのプラチナのエンゲージリングを買った。宝石店の人からはさんざん『おめでとうございます』と言われ、取り敢えずその場で1度付けてみた(彼が私の指にはめてくれた)。自分の左手薬指にダイヤのリングが輝いていると、何だか凄く嬉しい気分で、思わず心が転びそうになる。でも・・・・
 
「お金がないから、このサイズのダイヤが今の僕には限界」
「ううん。私、凄く嬉しい」
「じゃ、これ今受け取ってくれる?」
「ごめん。7年後に」
「了解」
そう言って笑うと、正望は指輪をケースごと自分のバッグにしまった。その後、私達は何となくホテルに足が向き、翌朝までずっと一緒に過ごした。その夜も私達はたくさん愛し合った。指輪が凄く嬉しかったから、私は彼にたくさんフェラをしてあげた。
 
彼がお母さんを説得するのには少し時間がかかったようであった。しかし最終的に、私のわがままを聞いてくれた。電話が掛かってきて、会って話したいというので会ってきた。
 
「私、あなたのCD全部買っちゃった」と言って、お母さんは棚からCDの山を抱えてきた。
「すごーい。『明るい水』からある。もう売ってないはずなのに」
「それはヤフオクで落とした。でも全部聴いたわよ。女の子が歌っているようにしか聞こえない。このCDが3年前なのね」
「はい。学校には学生服着て通ってた頃です」
と私は笑いながら答えた。
 
「このジャケット写真見て、男の子だなんて思う人いないわよ。声は電気的に加工して女の子の声に聞こえるようにした訳じゃないんでしょ?」
「ええ。その手の加工は一切してません」
「でも、ほんとに冬ちゃん、歌がうまいのね。最初からうまいけど、後の方になるほど更にどんどんうまくなってる」
「ありがとうございます」
こんな感想を言うということは、ほんとによく聴き込んだのだろう。
 
「そうだ!サインとかもらえる?」
「お安い御用です」といって、私はローズ+リリーの最新版『涙のピアス』にローズ+リリーのサイン、ローズクォーツの最新版『夏の日の想い出』にローズクォーツのサインをした。
「自慢しちゃおう。あら?このCDジャケットの写真のピアス?」
「はい、今付けてるピアスですよ」と私は笑って答えた。
「私物なのね」
「ええ、たまたまこの曲にピッタリだったので使いました」
「記念写真、記念写真」
というと、お母さんはデジカメのセルフタイマーで、私と並んでいる所を撮影した。
 
「ね、今日は時間あるの?」
「はい」
「じゃ、一緒に温泉行かない?」
「いいですよ」
私達は一緒に大江戸温泉物語に行った。服を脱ぐ時に視線を感じる。
「いい身体してるわね。ウェストがキュンとくびれてて」
「体型の維持には気をつけてるんで」
「おっぱい大きいし」
「一応Dカップです」
 
「シリコンとか入れてるの?」
「一時期入れてましたが抜きました。女性ホルモンだけです」
「へー、すごい」
「身長・体重は?」
「身長167cm,体重45kgです。スリーサイズは94-58-90。モデルさんとか身長の高い人が多いから、楽屋にいても、このくらい目立たないけど、本来は女の子としてはわりと背が高い方ですよね。でも、正望さん、身長が180cmあるからヒールのある靴履いて一緒に歩いていても違和感無いです」
「あの子、背が高いもんね。逆に150cmくらいの女の子だと、腕組むのに苦労するかもね」
「確かに」
 
中に入り、簡単に身体を洗ってから、湯船に浸かり、ゆっくりと話をする。しばらく世間話などしていたが、樽風呂に行こうというのでそちらに移動するとお母さんは意外なことを語り始めた。
「実はね・・・私も子供が産めない女なの」
「え?」
「若い頃無茶やっちゃってさ。子供が産めない身体になっちゃったのよ」
「それは・・・」
「正望は、死んだ亭主がよその女に産ませた子でね。私との間に子供ができないことは承知で結婚してくれたんだけど、やはり子供は欲しかったみたいで。私が元々養女だからさ、うちの両親が生きてた頃は、私は両親とも、息子とも血が繋がってないという、とんでもない家庭だったわ」
 
「血のつながりは関係ないと思います。愛情さえあれば」
「うん。私は私なりに正望を愛情を込めて育てたつもり。その正望が冬ちゃんみたいな子を選ぶって、ほんとに世の中面白いわねえ」
「すみません」
「だから、子供産めないことは気にしないで」
「分かりました」
「でもホントにあなた忙しそうだもんね。今日は私のために時間取ってくれてありがとね」
「いえいえ」
 
「逆に出産年齢とか考えなくてもいいだろうからさ」
「はい」
「そのうち気が向いたら結婚してあげて。あの子は7年後なんて言ってるけど10年後でも20年後でも30年後でもいい。ただ、できたら私が生きてるうちに結婚してくれたら、いいな。同居が困難なら通い婚でもいいし」
「はい」
「でも私は冬ちゃんのこと、もうお嫁さんだと思ってるから、いつでも何かあった時は頼ってね」
「ありがとうございます」
 
私は深々と頭を下げた。私の目にはちょっと涙が浮かんでいた。
 
時間を少し戻そう。
 
私と政子が初めて自分達の気持ちを確かめあった後の週末の朝、私と政子は一緒に美智子の家を訪問した。早朝からの訪問に美智子は驚いたようであったが、とにかくも私達を中に入れて、私達がまだ朝御飯を食べていないというと、一緒に朝御飯食べながら話そうといって、トーストを焼いてくれた。
 
「珍しいね。ふたりが一緒にここに来たのって、もしかして初めてじゃない?」
「不思議よね。もう3年も付き合ってるのに」
と私達は笑った。
「で、何なのかな?まさか辞めたいとかは言わないでよね」
「まさか」
と私達は言い、そして自分達がはじめてお互いの気持ちを確かめ合ったことをできるだけ素直なことばで、美智子に説明した。
 
美智子は静かに私達の言葉を聞いていた。
「だから、男の子との付き合いはカムフラージュじゃなくて本気なんです。私の心の中でも、冬の心の中でも、私と冬の間の愛と、それぞれの彼氏との恋が、なぜか両立しちゃうんです。なぜ両立するのかは自分でも分からないけど」
と政子は言った。
 
「ふたりの関係については、私もあなたたちをずっと見てきたから、どういう絆を持っているかは分かっているつもり。むしろふたりがお互いを愛し合っているということを、今までちゃんとした言葉で伝え合ってなかったこと自体が不思議だと思う。ふたりの愛って、ふつうの愛のレベルを超越してるもん」
「超越ですか?」
「そう。だからかえって、ふつうの恋と両立しちゃうのかもね」
と美智子は笑って言った。
 
「神様を愛するのと、自分の家族を愛するのとが両立するようなもの。愛の次元が違うから、バッティングしないのよ」
「そう言われると、そんな気がしてきました」と政子。
「愛の次元か・・・」と私が言った時、政子がさっとバッグから五線紙とボールペンを取り出して私に渡してくれた。
「あ、ありがとう。今の、五線紙・・・と思う前だった」
「さ、思いついたメロディー書いちゃおう」
「うん」
というと、私は今浮かんできたメロディーと歌詞を五線紙にできるだけ早い速度で書き綴った。時々筆が停まるが、途絶えてしまった付近の空間を探すようにすると、その続きを「見つける」ことができて、私は更に音符を書き連ねていくことができる。曲は10分ほどで完成した。私が五線紙にペンを走らせている間、美智子は甘い紅茶を入れてくれた。
 
「何度見ても、その冬の才能は天才的だよね。でも全ての曲をそういう作り方、するわけじゃないんでしょ?」
「うん。普通に自宅でキーボード弾きながら作曲することの方がむしろ多いよ」
「だけど、凄い曲はみんなこのパターンから生まれてるのよね」
「このパターンで作っても駄作ということはあるけどね」と私は笑う。
 
「作曲家さん、その曲のタイトルは?」
「そのまんま」
「愛の次元?」と政子。
「うん。Love dimension. マーサ、歌詞の補填をお願い」
「ほい来た」
と言って政子は譜面を受け取ると、私が歌詞を書いてない部分に追加の歌詞をすらすらと書き入れて行った。私が既に書いている部分の歌詞でも何ヶ所か私に確認して修正して行く。
 
「こういう時の政子も凄いよね。歌詞を書く時考えたりしてる感じがないよね」
と美智子。
 
「冬の歌の世界観が見えちゃうから、そこに入るべきことばは自然に分かるの。だから、私は言葉を創ってるんじゃなくて、言葉を掘り出してるの。これね、『キュピパラ・ペポリカ』を書いた時に自分で気付いた。あの歌詞見た人はでたらめな単語の羅列に見えるかも知れないけど、あれはちゃんとひとつひとつのことばに、そこに置かれる必然性があるの」
 
「それも才能だなあ。夏目漱石の『夢十夜』で運慶が木の中から仁王を掘り出すなんて話に似てるね。冬以外の人の作品でもそれできると思う?」
「たぶん無理。冬から譜面を渡される時に、世界観を一緒にもらっちゃう感じがするの。その世界観があって初めて書けるから」
「やはり、あんたたち、物凄い絆で結ばれてるんだわ」
と美智子は楽しそうに言った。
 
この「愛の次元」はスイートヴァニラズに渡す曲の中の筆頭にすることになった。
 
美智子の家を辞してから、一緒に私の家に戻った。家の中に入るなり政子は私に抱きついてキスをする。
 
「なんかこういうこと、これからは自然に出来ちゃう気がする」
「うーん、甘い生活だなあ」
と私は笑って、お茶を入れる。その時、私の手が止まった。
 
すると次の瞬間、政子が五線紙とボールペンを私の前に出した。
「凄い・・・新記録かも」と私は笑うと、それを受け取り、急いで譜面に曲を書き始めた。タイトルの所には「sweet life」と書いている。
私は書きながら政子に尋ねた。
「ねえ、お昼、カップラーメンか何かでもいい?」
「OK。私もひとりで家にいる時、お昼はたいていカップラーメンかレトルトカレーだよ」
政子は私が譜面を書いている間に、勝手にカップ麺を2個出して来て、お湯を沸かし、注いだ。
 
「よし。書き上げた。歌詞の補填、よろしく」
「了解」
といって、政子はスイスイと私の書いた譜面に歌詞を書き入れて行く。知らない人が見たら、何かよく歌っている曲の歌詞でも書いているのかと思うだろう。タイマーが鳴ったが私も政子もカップ麺は放置している。政子はひたすら歌詞を書いていたが、やがて
「完成」
と言ってボールペンを置くと「いただきます」と言って、カップ麺を食べ始めた。それにあわせて私も食べ始める。
「あ、これけっこう美味しいじゃん」
「うん、このシリーズ行けるのよね」
 
「だけどふと思ったんだけどさ」
「何?」
「冬って、男の子だった頃と、女の子になってからで、かなり性格が変わった気がするなと思って」
「えーっと、それはいつ頃を境に?」
「ローズ+リリーを始めた時から」
「そう?」
「うん。やはりあの時、冬は女の子になっちゃったんだろうからね」
「私もそんな気がする。正望と知り合ったのって、ローズ+リリーの活動が一時停止したあと、3年生になってからだけど、その当時から私のこと、男装してる女の子としか思えなかった、なんて彼言ってたし。実際初めて声を掛けられたのが体育の時間でさ。『君、女子は向こうに集合してるよ』って」
 
「私は高校入学して冬と会った時から、女の子っぽいなとは思ってたけどね。でもホントに女の子になったのはローズ+リリーを始めてからだよ。それでまだ男の子だった頃はさ、冬って、なんだかいつもおどおどしていて、物事に対して受け身で、流されるままに生きてた感じ」
「うん。マーサからよく『もっとしっかりしなさいよ』と言われてたね」
「それが女の子になってからの冬って、凄く活動的になったし、積極的に物事に挑戦するようになって、自分で世界を切り開いていくようになった」
 
「たぶん・・・・自分の本来の生き方をしてなかったのが、そのおどおどしていた原因だと思う」
「そうか。本来の姿である、女の子になることができて、冬の本来の生き方ができるようになったんだ。性格の上でも」
 
「うん、そうだと思う。自分はこうしたいけど、男の子だとこうしなければいけないんじゃないかって、そういう自己規制が強すぎて、結局何も決めきれなかったんじゃないかと思うのね」
 
「私達もさ」
「うん」
「ちゃんと愛し合っているんだということを確かめ合ったことで、より自然な関係になっていくかもね」
「えー?どうなっていくんだろ?」
「ふふふ。取り敢えず今夜もセックスしようね」
「あはは。いいけど。気持ちいいから」
「うん。気持ちいいよね。。。。あ、明日の夜は私、直哉とデートだから」
「ちゃんと避妊具用意していってね」
「それが面倒な所だな。冬は避妊具無くても大丈夫だもんね」
「うん。便利だよ、この身体も。彼ちゃんと用意してくれてたんだよ。優しいなって感動したけど、でも付けなくていいよって言ったの。あ・・・」
 
「はい、どうぞ」と五線紙とボールペンが出てくる。
私はその場で「convenient body」という曲を書き上げた。
 
こうして私は政子と数日の「甘い生活」を送りながら、たくさんの曲を書いたのであった。ただ、少し日数がたつと、私達はそれほど頻繁にはセックスしなくなった。セックスしなくても愛を確信しているから、しなくてもいいんだろうなと私は思った。それでも月に1回くらいはしていたし、お互いが忙しくてしばらく2人だけになれなかったような後は、たいてい求め合うように愛し合っていた。
 
今回書いた曲の内「愛の次元」「甘い生活」「白馬の女騎士」「コンビニ・ボディ」
の4曲はみな政子と会話などをしている最中に突然思いついた曲であった。その他に、政子が書いた詩を見ながら、キーボードを適当に触っていて、浮かんだメロディーを書き留める本来の?手法で「慈善の愛」「35秒」「穴があったら入○たい」という3曲を書いた。
 
美智子には仕上がる度に送っていたのだが「なんかスイートヴァニラズにあげるのがもったいないくらいの出来だよ」などと言っていた。
 
「穴があったら入○たい」を見た美智子は「政子、お前、彼氏ととうとうセックスしたな?」と言った。政子は「はーい。やりました」と明るい声で答えた。ただしこの曲のタイトルはさすがにまずいということで「条件反射」という名前に改められた。今回この7曲とこちらのヒット曲『キュピパラ・ペポリカ』
の「参考アレンジ」は美智子と私が半分ずつ担当して作成した。実際のアレンジは、スイートヴァニラズ側で行う。
 
スイートヴァニラズ側は、こんなに短時間で曲を作るのは難しかったようでこちらが8曲持って行った時点では4個しかできていなかった。残りの3個は翌週もらった。向こうから託されたヒット曲は『祭り』、夏フェスで私が最初の1コーラスを歌った曲であった。
 
「ね、スイートヴァニラズ風の演奏ってどんな感じにすればいいのかな?」
「こんな感じじゃない?」といってタカがエレキギターを少し弾いた。
「あ、そんな感じ。タカうまーい」
「じゃベースはこのパターンだよな」といってマキも演奏してみせる。
「かなり、それっぽいですね」
 
ローズクォーツは普段からリクエスト演奏で様々なアーティストの曲を演奏していて、スイートヴァニラズの曲もけっこう演奏したことがあったので、彼女たち風に演奏するというのは、けっこう何とかなる感じだった。
 
「ボーカルはケイの2種類の声と、マリちゃんの声と3つで歌えば、かなりそれっぽくなるんじゃない?」
「スイートヴァニラズは曲によってリードボーカルが交替してるでしょ。こちらも曲によって変えようよ」
「あ、いいね」
「じゃ、『祭り』『永遠と3日』『愛のシャワー』はケイのソプラノボイス、『グートゥンターク』『飛行機雲を見つめて』『諦めたくない』はマリちゃん、『林檎と嘘』『君におぼれちゃう』はケイのアルトボイス」
とマキが担当を決める。
「えー?私がリードボーカルするの?」と政子。
 
「だってマーサ去年からずっと歌のレッスン受けてて、かなりうまくなってるもん。リードボーカル歌っても充分行けるって」
「そうかな?」
 
編曲確認用の録音を各曲1コーラスずつ演奏して録音し、スイートヴァニラズ側に届けた。翌日向こうからOKの返事と、向こうの仮録音のデータをもらう。こちらでみんなで聴いてみて特に問題ないのでOKを出す。
「けっこう俺達が演奏してるっぽく聞こえるね」
「『夏の日の想い出』風の演奏だよね」
「向こうも頑張ってるね。こちらも頑張らなきゃ」
11月下旬、私は★★レコードに月明けに発売されるローズクォーツのシングル『起承転決/いけない花嫁』の発売キャンペーンに関する打ち合わせに美智子の代理で出て行った。
「すみません。うちの社長が今日は風邪でダウンしてまして、あんた専務なんだから代わりに行ってきてと言われたもので」
「須藤さんが風邪なんて珍しいですね」
「そうなんですよ。ふだんほとんど病気しない人なんですが。でも専務なんて名前だけだからと言われて引き受けたんだけどなあ」
「ははは、世の中大抵そういうものですよ」
と担当の南さんが言う。
 
「まあ、そういうわけで今回はマキがそういう事情でキャンペーンに参加困難でして。FM局などへの出演は主として私とサトでやろうかと思っています」
「今回は仕方ないですね。でもローズクォーツの例の番組、ちょっと面白いんで私もリスモで聞いてますが、ほとんどケイさんとサトさんでしゃべってますね」
「そうなんです。マキは『目立たないリーダー』なんて言ってますが」
「じゃ今回はHNSレコードの店頭ミニライブは、マイナスワン音源持って、ケイさんだけで行ってもらいましょうか」
「はい、今回はやむを得ないと思います。一応4人で演奏している場面を含むPVを店頭で流してもらうということで」
 
実際に回る店舗とそのスケジュールについては前回のデータを元に調整の上で連絡してもらうことになった。FM局への出演スケジュールは既に決まっておりリストをもらった。それで打ち合わせが終わり、帰ろうとしていたら町添部長に呼び止められた。
「ケイちゃん、ちょっとお昼、僕とデートしない?」
「あ、はい。セクハラにならない範囲でしたら」
「それやると、君とのセクハラ裁判やる前に女房から離婚裁判起こされるから」
などと笑っている。
 
お蕎麦屋さんかどこかに行くのかと思ったら、運転手付きの社用車を使って、都内の料亭に入った。予約してあったようでスムーズに部屋に通され、料理もすぐに出てきた。
「わあ、こういう所に来るってのは何か密室謀議ですか?」
「そそ。あまり他人に聞かれたくない話をするのには便利だからね」
「何かあったんですか?」
「君たち今、北陸のFM局の番組してるでしょ」
「はい、3ヶ月の予定で始めたんですが、おかげさまで、とりあえず3ヶ月の延長が決まったようです」
「面白い企画みたいだね。ローズクォーツの魅力をいちばん見せる企画かも知れない」
「ありがとうございます」
 
「それで今度、全国ネットの番組もちょっとやってくれないかと思ってね」
「はい。やはり週1回くらいですか?」
「月曜から木曜まで週4回。ただし録音なので、まとめ録りできる。内容的には君たちの比較的上品な感じのトークをベースにして洋楽や国内のR&Bとかを中心にした選曲で音楽を流してもらえばいいかなと思っている。このあたり、むしろそちらで企画を考えて、可能なら25分前後のデモ版を作ってくれると嬉しい。できたら週明けまでに」
 
「分かりました。25分ですね.月曜まで、と。洋楽.国内R&B...」と私はスマホにメモする。
「企画、考えます。一応、持ち帰って、お受けしていいかどうかも含めて須藤に確認しますね」
「うんうん。で、その話をなんでここでするかというとね」
「はい」
「○△◇君の番組の後番組だからなんだよ」
「えー!?あれ、終わっちゃうんですか?」
それはかなりの人気番組の筈である。聴取率が悪いとは思えない。
 
「あれは月曜から金曜までだけど、月曜から木曜を君たちにやってもらえたら金曜は別のパーソナリティに頼もうと思っている。それで、今報道の方を取り敢えず抑えているんだけど、○△◇君が実は癌でね」
「あらあ」
「とりあえず年末から治療に専念したいらしい。でも本人の意向で今年いっぱいは伏せておきたいというんだ。発表してしまうと番組にもその関係のメッセージばかり寄せられてしまって、本来の番組の趣旨に添わないんじゃないかと本人が言うもので」
「確かに」
「一応早めの入院になった場合を想定して今、少し前倒しの収録を進めている」
「なるほど」
「この話は、君と須藤君と、まあマキ君までにしておいて欲しい」
「はい」
 
「しかし君も完全にカムバックしたね」
「あ、はい?」
「ローズ+リリーで何十万枚も売れた歌手ではあっても、いったん休養するとこの業界、なかなか復帰できないからね。復帰した後はどうしても前ほどは売れない人がほとんどだよ」
「ええ」
「でも君はローズクォーツでミリオン達成して完全復活した。凄いよ」
 
「その件ですが、この夏に占い師さんにちょっと仕事運を観てもらって」
「ほほお」
「その占い師さんが言うには、私が復活できる活動再開のタイムリミットは2010年の7月8日だったらしいです。私が実際に芸能活動契約書にサインしたのが6月下旬だったので、ギリギリだったみたいです」
「へー。占星術?」
「はい。パソコンでホロスコープ出して色々観てましたから」
「星の動きがそうなってたんだね。凄いね」
 
「運が良かったみたいです。でもこのあと2034年までは休養したらいけないと言われました」
「おお、でも20年も活動できたら凄いよね。そこまで活動できたら、もう松田聖子・サザンのクラスだもん。でも頑張って欲しいね」
「はい」
「でもそういう強運を掴めるというのは、君の実力だよ。この世界では運も実力の内とよく言われるから」
「ありがとうございます」
 
「でも、僕は君と初めて会った時のことが忘れられないなあ」
「あ・・・あれは忘れて下さい」
私は顔を赤らめて言った。
 
それはローズ+リリーを始めて間もない頃だった。美智子に連れられて★★レコードに政子と一緒に行った私は、待合室で待っている間にトイレに行きたくなった。美智子に断って行ったのだが・・・・・
 
ちょっとぼんやりしてトイレに入り、個室から出てきた所でばったりと中年の男性と出くわした。私は思わず「キャー」と声を出してしまった。その男性はびっくりしたようで「あ、ごめん。間違った」と言い、慌てて外に飛び出して行ったのだが、すぐに戻って来て
「ね、君、ここ男子トイレなんだけど」と言った。
「あ?え?」と、よく見ると、小便器が並んでいる。
「ごめんなさーい、私が間違ってました」と言って、私は急いで手を洗うと外に飛び出した。
 
それが町添さんとの最初の出会いだったのであった。
 
そのあと、★★レコードの担当者に会って挨拶して、色々打ち合わせをした後「そうだ、うちの部長にも一度会っておいてください」と言われて、挨拶に行ったら
「あ、君はさっきの子!」
「あ、先程はたいへん失礼しました」
ということになってしまった。ただ、私はこの騒動のおかげで、町添さんにしっかり顔を覚えてもらったのであったが。
 
「あの当時は男の子と女の子の二重生活していたから、ぼんやりしているとけっこうトイレ間違って入ってしまってたんですよ。学校では逆にしばしば女子トイレに入ってしまって」
「でも君は女の子にしか見えなかったね、最初から」
私は微笑みながら頷いた。
 
「あ、そうそう。君もマリちゃんも、今、彼氏いるんだっけ?」
「あ。はい」
「実際問題として、どのくらいの進行状況なの?」
私はこれが実はこの昼食での本題では?という気がした。部長としては「商品」の品質管理は気になるところであろう。
 
「一応ふたりとも相手と身体の関係はありますが、まだどちらも交際期間が短いです。マリは交際2ヶ月、私もまだ3ヶ月くらいですが、私の場合、彼のお母さんに凄く気に入られてしまって、私の性別のことも気にしないと言ってくれて。もう婚約しようみたいな話にまでなっちゃったんですけど、どっちみち彼が弁護士志望で勉強が忙しくて、学部・大学院・司法修習生としないといけないから、結婚できるのは最速でも7年後になるので、7年後まで待って気持ちが変わらなかったら改めてというお話にさせてもらって、婚約という形はとらないことにしました」
 
「なるほどね。僕としてもできれば今はまだ君にもマリちゃんにもフリーでいて欲しい。本来は結婚とか婚約は個人の自由ではあるけど」
「はい」
「まあ今時、彼氏がいるくらいは構わない。最近はアイドルだって堂々とボーイフレンドと一緒の写真をブログに貼ったりするからね」
「でもその『彼氏のもの』になっちゃうと商品価値が落ちるから婚約はNGと」
 
「そうそう。ケイちゃんは億単位のお金を稼いでくれる大事な商品だから」
「自覚してます。でもお仕事のこと抜きにしても、まだ私『誰の物でもない』
状態でいたいんです。政子からワガママだって言われましたけど」
 
「まあ、若いしね。20歳(はたち)だよね? 7年後か・・・・27歳くらいになったら結婚・出産はやむを得ないな」
「逆にそのくらいの年齢になれば未婚でも既婚でも商品価値変わらないですよね」
「うん、その通り」
と町添さんは笑いながら答えた。
 
交換アルパムの音源制作は11月30日から12月7日まで掛けて行われた。収録は順調に進み、1日1曲のペースでできた。一応8日を予備日にしていたのだが、ローズクォーツのメンバーは「一応」休みとした。
 
12月7日はローズクォーツの新しいシングル『起承転決/いけない花嫁』の発売日であった。交換アルバムの録音作業の追い込み中ではあったが、私とマキがスタジオを抜けだし、FM局に出演して新曲のアピールをしてきた。8日はマキが「多忙」なため、私とサトで4ヶ所のFM局に出演してきた。また、9日の金曜日は私がマイナスワン音源を持って、関東圏内8ヶ所のHNSレコードでライブとサイン会のキャンペーンをしてきた。11日には関西6ヶ所でも同様のキャンペーンをした。その後12日から18日まで、私は全国を飛び回ってキャンペーンをしてきた。
 
12月10日は都内のホテルでマキの結婚式が行われた。私も政子も美智子もドレスで出席する。事務所のスタッフや後輩ユニット「ワランダーズ」の面々、マキの大学時代の友人達など、またお嫁さん側の友人や会社の同僚などが出席し、出席者100人くらいの華やかな披露宴になった。私は他のローズクォーツのメンバーや政子・美智子とともに式の方から出席させてもらった。式は神式であった。赤い色調の神殿の中で厳かに進む式を見て、感動した。高校時代の友人で結婚した人などもまだいないし、こういうものを見るのは初めてであった。
 
「いけない花嫁」のジャケ写を撮った時にウェディング衣装を着た時の記憶、そして正望から左手薬指にエンゲージリングを付けられた時の記憶がよみがえる。ああ私も結婚したい・・・・と、その時、物凄い衝動が心の中で沸き上がった。もう仕事放棄しちゃって、正望の所に走って行こうかと一瞬思ってしまったくらいであった。
 
披露宴には実はその正望も出席していた。
「ケイの実質フィアンセだろ?ケイの隣の席にしようか?」
とマキから言われたが
「いや。婚約はしないということで同意してるし」
などと私がいうので
「じゃ、俺の友人のところに席入れとくから」
などと言われた。
 
披露宴で私は政子と一緒に「ふたりの愛ランド」を歌った。ローズ+リリーがこれだけの人前で歌うのは、なんと3年ぶりである。出席者の間からどよめきが起きた。かなりの数のフラッシュが焚かれる。FMラジオの関係者などもいるのであとでブログとかに写真くらいは貼られそうである。町添さんは披露宴の最初の方に出席してくれていたものの忙しい身なので途中で退席し、私達が歌ったのを見逃した。それで後からそのことを聞き、悔しがっていた。
 
美智子もピアノを弾きながらMISIAの「Everything」を歌った。美智子の歌を生で聴いたのは、初めてである。伸びのあるしっかりした声で物凄く巧かった。ブレス無しで長い音符をきれいに歌う。凄い拍手。
「みっちゃん、巧いじゃん。充分現役で行ける」「今日は特別よ」
「みっちゃんのCD出そうよ、私、何か曲書くよ」
「だめだめ、出さない」と美智子は笑って拒否した。
 
披露宴が終わって会場の外で新郎新婦がみんなからお祝いされている時、私はさりげなく正望の隣に行って、そっと後ろ手で手を握った。これだけ人が入り乱れてたら誰も気付かないだろうと思ってたが、後から美智子と政子には「あそこで手を握ってたね」としっかり言われた。
 
花嫁さんがブーケを投げた。それがこちらに飛んできた。私は思わずそのブーケを受け止めてしまった。
「きゃー、私なんかが受け止めてよかったのかしら?」
と焦っていると、みんなから「次の花嫁さん、頑張ってね」などと言われる。私はついいつものノリで、ブーケを右手で高く掲げると「ありがとう」と笑顔で応えた。
 
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【夏の日の想い出・2年生の秋】(3)