【夏の日の想い出・2年生の秋】(中編)ふたりの恋人

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ローズ+リリーの新曲レコーディングに関する作業が終わった翌日、美智子が私のマンションを訪れた。これはとても珍しいことであった。美智子が私に話がある時は電話で話したり、必要なら事務所に呼び出して話すことが多い。
 
「おはようございます。とりあえず中へ」と言って案内し、お茶を入れる。少し世間話などをした。こういうのも異例である。美智子はふだん要件を最初に言うタイプである。
「さて、本題なんだけど」
「はい」私は思わず緊張する。
 
「冬、もしかして男の子と付き合ってる?」
あぁ、と思って私はため息を付いた。
「付き合ってるのね?」
「ごめんなさい。恋愛する時は早めに言ってね、と言われていたのに」
「うん。私には言っておいてもらわないと困る。スクープとかされた時の対応が後手になってしまうから」
「私自身は、交際している意識は無いんだけど、政子たちからは充分交際になってると言われてる」
 
「どのくらいの付き合いなの?その感じだと、まだセックスはしてないのね?」
「うん。彼、高校の時の同級生なんだけど、8月末に街でバッタリ再会して。それから、お茶とか食事とかを5回くらいとドライブ2回した。あと、日に1回くらい携帯メールのやりとりをしてる。私が忙しい日は返信放置だけど。あと誕生日のお祝いにイヤリングもらった」
「充分交際してるな」
「でも、セックスどころか、まだ手を握ったこともないよ」
「清い交際だね」
「やはり交際になるのかなあ・・・・告白っぽいのもまだ無いけど」
「イヤリングのバースデイプレゼントなんて、ほとんど告白に等しいよ」
「え?そう?」
 
「まあ、取り敢えずその人の名前と連絡先教えて。よほどのことがない限り私からそちらに直接連絡したりすることは無いとは思うけど」
「分かった」
私は正望の名前と住所、携帯・家電の番号、携帯メールのアドレスをメモに書いて美智子に渡した。
 
「まあ、恋をすること自体はいいけどさ」
「うん」
「政子とかはむしろ煽ってる方だろうから、私がこういうこと言う役目をさせてもらうけど」
「うん」
「過度に期待しちゃダメよ。特に性別変更している子を本気で恋してくれる人はなかなかいないし、結婚をほのめかされたりしても、親の反対とかで破談になる確率がものすごく高い」
 
「うん。私も結婚はほとんど諦めてる」
「諦めてるからこそ、結婚を示唆されると期待しちゃうんだよね」
「それはあるよね」
「ショック受けたら、私に連絡して。いつでも抱きしめてあげるから」
「ありがとう」
「冬は感受性が強いからさ、振られたら発作的に自殺しないだろうかとか私は心配なのよ」
「うん。私もそういう自分の性格は分かってるつもり。振られたら半月くらい何もできなくなりそう。死にたくなるかどうかは分からないけど」
「もし死にたくなったら、絶対私に電話すると約束して」
「うん」
「指切り」
私は美智子と指切りをして、そのことを誓った。
 
「でも私、失恋自体の経験はあるよ」
「へー」
「中学の時に親しくしてた女の子がいてさ」
「ふんふん」
「私は友達のつもりだったのよ。でも向こうはこちらを男の子として見てたのよね」
「あらあら」
「途中で私そのことに気付いて、彼女の心を大事にしてあげたかったから、彼女のこと好きになろうとしたの」
「優しいなあ、冬は」
 
「それで結果的には恋人っぽい雰囲気になって、その状態が半年くらい続いたかな」
「おお、すごい」
「だけど、彼女、他の男の子から凄いアタック受けて」
「ああ」
「そちらに転んじゃったのよね」
「まあ、そういうこともあるわよ」
 
「私って、完全に男の子としては振る舞いきれないから、そのあたりも彼女は不満だったみたい。自分のこと『俺』とか言わないの?なんて言われたし。筋肉とかもあまり無いし。彼女と腕相撲して1度も勝てたことない。そこに普通の男の子からアタックされたら、そちらに行っちゃうよね」
「うーん。そのあたりはあまり関係ないと思うけどなあ。自分のことを愛してくれるなら、多少女性的であったとしても、そんなに気にしないと思うなあ」
 
「そうかな?」
「もっとも、デートに女装で来られたら多少引くかも知れないけど」
「ははは、その頃はまだ女装したことなかったよ」
 
「ただ、こういうケースではね。どうしても後から参入してきた側の方が強いの」
「そういうものなの?」
「恋愛の基本原理だよ。三角関係は後から来た側が大抵勝つ」
「そうだったのか」
「だから、それは冬の性別問題とはまた別だったかもね」
 
「うーん。そうなのかもね。でもその失恋のあと、1ヶ月くらい何にもできなくて。宿題とかもまともにやらないから、先生から、お前どうしたんだって、随分言われた」
「答えられないよね、そういう時」
「うん、放置してて欲しかった」
「冬は少し落ち込むかも知れないけど最終的には自分で解決できる子だもん」
 
「結果的にはその後、高校受験に集中することで少し心をまぎらせられた感じ」
「失恋の最強の治療薬は何かに集中することだから」
「それで高校入ってから政子と出会って。政子は最初から私に積極的に話しかけてきてくれたのよね。それで『私恋人いるから』なんていうから、私も恋愛要素無しで彼女とはいろいろ話ができて、すごく心が安らいだんだ。私って、元々他の男の子とはあまり話が合わないから」
「その付近の話は前にも聞いたな」
「うん。政子との出会いって、色々な意味で運命的だったんだよね」
 
「政子の方はこんなこと言ってたよ。元々彼女はあまり友人ができないタイプなのよね。いつも夢見る少女って感じで、現実離れした妄想とかしていること多いから。でも男の子とならほどよい距離感で話ができるんで、男の子の友達のほうが多かったみたい。でも思春期になると男の子と友達になると、そのまま恋愛に進行しちゃうのよね」
「うんうん」
「そんなんで花見さんと恋人になっちゃって結果的に3年くらい付き合ったみたいだけど、実際問題として花見さんとはあまり話が合わなかったみたい」
「あはは」
 
「そんな時に冬と知り合って、話しているとけっこう話が合う。でも自分には恋人がいるということを最初から言っていたおかげか、冬とは恋愛要素抜きで話をすることができて、すごく快適だったと」
「私と政子はやはり、お互いのニーズが合ったんだろうね」
「だろうね。歌手デュオになってなくても、何らかの形で親友になってたんじゃない?」
「うん、たぶん」
 
10月末、ローズクォーツの『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ/聖少女』
がとうとう累計売上100万枚を突破した。この時点でローズ+リリーの『甘い蜜』
は103万枚売れていたが、『聖少女』を主題歌にしたドラマの視聴率が好調であったため、こちらの売上が『甘い蜜』を抜くのは時間の問題と思われた。
 
ローズクォーツの次のシングルは12月に発売予定で、その音源制作は11月上旬に行う予定で作業が進められていた。いつものように、上島先生の作品と私の作品をダブルA面にする方向で、美智子は私にこのシングル用の『上質の』曲を書くように言った。
 
11月1日火曜日、私は裁判所からの手紙を受け取った。先月提出した性別変更の申立ての結果が出たのである。中身は主文で
「申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する」
となっていた。改名の方も認められていた。
 
これで私は法的にも女性になったのであるが、実際にこれが戸籍に反映されたのは月半ば頃であった。更にそこから住民票に反映されるのに少し時間が掛かったが、私は新しい住民票を持って警察署に行き、免許証の性別と名前の変更手続きをした(性別は免許証自体には記載されていないが、原本には記されている)。
 
この免許証を持って今度は国民健康保険・国民年金の変更手続き、また銀行やクレジットカード会社関係を回って必要な手続きをした。私の場合、銀行口座やクレジットカードは全て「通称使用」ということで、唐本冬子名義になっていたのだが、今度はそれが通称ではなく本名になったので、その部分を書き直してもらうようにしたのである。
 
そういった一連の手続きが終了した時点で、私は運転免許証の再発行の手続きをした。最初警察で変更手続きをした免許証は、裏書きで名前が訂正されている。様々な名義変更をするのには、この「訂正のあとがある」免許証が便利であったのだが、それが済んでしまえば、男名前が表に印刷されていて裏書きで女名前に訂正されている免許証は普段使うのには不便である。
 
免許証の再発行は、紛失などの場合しかできないと思っていたのだが、警察で聞いてみたら、私のようなケースも一応再発行する「正当な理由」とみなしてもらえるということであったので、再発行をお願いしたのである。
 
(私は単純な再発行はできないかと思っていたので、中型免許を取りに行って新しい免許証にするつもりだった)
少し時を戻して、私の性別変更の申立ての結果が出た翌日、礼美から
「冬が女の子になったお祝いするよ」と電話が掛かってきた。
 
私は申立ての結果については、母・政子・美智子・マキ・正望の5人にしか第一報しなかったのだが、政子から友人関係に広められたのだろう。
 
「お祝い?ありがとう。どこでやるの?」
「冬の家」
「了解。いつ?」
「今夜。政子から今日明日は冬は予定入ってないはずと聞いたから」
「確かに入ってない。珍しいことに」
と私は答えた。私は今日明日ゆっくりとした雰囲気の中でキーボードでも触りながら新曲を考えようと思っていたのだが、少なくとも今夜はそれはできなくなったようであった。
 
「誕生日の時に飲み残したお酒がかなりあるよね」
「うん。たっぷり。お菓子も大量に残ってるよ。その後のファンからの贈り物でむしろ増えてる」
「じゃ、飲み物・食べ物は持って行かなくてもいいな」
「うん。でもお肉類は歓迎」
「それはお金かかりそうだから政子に言おう」
 
そういう訳で、その夜、私の家に、政子・礼美・博美・小春・仁恵・琴絵という、いつものメンバーが集まってきたのであった。
 
「セキュリティ付きのマンションでも合鍵と暗証番号があれば楽々通過なんだな」と仁恵が言っている。政子はうちの合鍵を持っているのである。ここの鍵は複製が困難なタイプだが、そのため予め5本発行してもらっていた。その5本の内の1本を政子に預けている。
「まあ、冬も私の家の合鍵持ってるしね」と政子。
「お互いの合鍵持ってるって、やはりふたりは恋人感覚」と礼美。
礼美は正望のことも知っているが、わざとこういうことを言っている感じだ。
 
「お肉持ってこいと言ってたというから、牛肉どかっと買ってきたよ」と政子。
「何kg?」
「4kg。ああ、重たかった。冷却剤もだから」
「お疲れ様」
「おお、福島産牛肉だ」
「検査済みだから放射能は大丈夫」
「焼肉にしよう。ホットプレート持ってくるね」
 
政子が音頭を取り「正式に女の子になった冬の前途を祝して乾杯」と言い、みんなでワイングラスを重ね合った。ホットプレートを囲み、どんどんお肉を焼き、どんどん食べながら、おしゃべりを楽しむ。
 
「ところで、みんな成人式はどうするの?」
「私は振袖。9月に注文した」と私。
「私も9月に注文した」と政子。
「あれ?冬は振袖持ってたんじゃ?」
「お正月の挨拶回りにさぁ、去年と同じ振袖着ていく訳にはいかないのよ」
「ああ、大変だね、それ」
「成人式には新しい振袖と去年買った振袖とどちら着ていくか少し迷ってる」
「私も今年は冬と一緒に挨拶回り行かないといけないから一緒に買ったんだ」
「ふたりの振袖、高そう」
「安いのはダメ、と言われたのよね」と私と政子。
 
「私は8月に振袖注文したよ、冬たちのよりはぐっと安物だと思うけど」と仁恵。「私はレンタルだよ。予約済み」と礼美。
「よかったぁ、仲間がいて。私もレンタル」と小春。
「私もレンタルの予定。まだ予約してないけど」と琴絵。
「私は既製品の振袖買っちゃった」と博美。
 
「でもさあ」と仁恵。
「面倒だよね、こういうの」
「うんうん」
「そんなに何度も着るものでもないのに」
「でも、やはり振袖着た時って、なんか気分いいよ」
「女の子の特権だよね」
「その代わり、お金掛かるけどね。レンタルだっていいお値段取られるもん」
 
「『花鳥風月』って、冬が初めて振袖着た時の感動で書いた曲なんだよね」と政子。
「えー?そうだったんだ」
「鏡に映った自分の振袖姿見て、可愛いって思ったの」と私。
「あの振袖、実際可愛いよね」
「うんうん」
 
「でも、振袖も可愛いけど、その可愛い振袖を着ている自分にも感動したのよね」
「ま、確かに男の子だったら体験できなかったことだよね」
「うん。女の子になってよかったなあ、という気持ちもまた新たになった」
 
「で、例の彼氏とはその後どう?」
「なんでその話になるの〜?」
「セックスした?」
「してないよー」
「なんか、中学生かって感じの清い交際してるみたいね。まだ手もつないでないんでしょ」
「うん。でも政子の方は?N君との展開」と私は逆襲する。
 
「え?政子にも彼氏が?」
「あ、えーっと」
「既に3回くらいはデーとしてる筈」
「こないだのデートの別れ際にキスした」
「じゃ、次はセックスだ」と礼美。
「うーん。今の段階ではまだセックス許すつもりはない」
「えー、一度してみればいいのに」
「その言葉、そっくり冬に返す」
 
「でもふたりともいいなあ。私も彼氏欲しい」と礼美が言うが、私は
「このメンツの中で、レミがいちばん最初に結婚しちゃう気がする」
と言った。
「同意」と仁恵。
「私も同意」と琴絵。
「え〜?私今まで一度も恋愛経験無いよ」と礼美。
 
「でも何となくねー」と私。
「レミ、たぶん出会いから一気に結婚まで行きそう。男の子にとっては、レミみたいなタイプって、すごくそそられるのよね」と政子。
「そうかなあ」
「結婚と妊娠の順序が少し怪しいかも知れないけど」と琴絵。
「ああ、たぶん私、できちゃった婚になりそう」
「でも卒業するまでは、ちゃんと避妊させろよ」
「うん」
「入学の時にたくさん親にお金使わせたんだから、それを出産・育児で退学とかしたら、両親泣くからね」
「肝に銘じます」
 
「うーん、でも、私もできちゃった婚したい」と私。
「それはさすがになかなか厳しいな」と政子は笑いながら言った。
「あ・・・」
「はい、どうぞ」
と政子は私が言う前にバッグからさっと五線紙とボールペンを出して渡してくれた。
 
「ありがとう」
というと、私は今思いついた曲を急いで五線紙に書き始めた。
 
「すごーい。以心伝心だ」と仁恵。
「何も言わなくても、分かっちゃうのね」と琴絵。
「やはり冬と政子の関係って、恋人以上のような気がする」と礼美。
「同意」と博美。
「ねえ、まさか、それぞれ男の子の恋人作ってるのはカモフラージュで実はふたりはできてる・・・なんてことは?」と小春。
 
「やめてー、ほんとに私達そういう関係じゃないから」と言いながら私はボールペンを走らせた。タイトルの所には「baddie bride」と記入した。
 
5分ほどで書き上げたが、歌詞に若干の不満が残った。それを言うと
「じゃ、私が少し過激に書き直してあげる」と政子がいい、加筆修正していく。「えー?」と博美。
「きゃー」と仁恵。
「だいたーん」と琴絵。
「いいのかなあ」と私は頭を掻く。
「ダメだったら、みっちゃんから直しが入るでしょ」と政子は平然としている。この政子が修正した歌詞は、美智子も少し驚いたようだが「このくらいまではまあ、いいんじゃない?」と笑いながら言った。「今時10代のアイドルの方がとんでもなく過激な歌詞の歌を歌ってるよ」「PVも凄いのあるよね」
「最近のアイドルって下着姿を晒すの平気みたいね」
 
その夜は結局みんなで朝まで飲みあかし、私達は全員二日酔い状態で学校に出て行くことになった。ただ、仁恵は千葉まで戻る体力が無かったようで、「今日はもう学校パス」と言って夕方まで私の家で寝ていたらしい。
(私も放置して学校に行った)
その日、学校が終わってから私が事務所に出て行くと、美智子が頭を抱えていた。
「どうしたの、みっちゃん」
「あ。冬、おはよう。あのさ・・・・・」
「うん」
「政子に彼氏とかいるんだっけ?」
「ああ、先週聞いた」
「はあ」
「あ、ごめん、みっちゃんも聞いてなかったのね」
 
「今日○○プロの人から連絡があってさ。向こうのバイトの人が、政子が土曜日に男の子と歩いている所を見て、なんか恋人っぽかったと」
「あああ。3回くらいデートしたみたい」
美智子はため息を付くと政子の携帯に電話を入れた。
「おはよう。ちょっと話があって。今どこ?あ、家にいるのね。じゃ今からそちらに行っていい?。。。。うん。。。。じゃ4時半頃には着くと思うから。うん。じゃ」
 
美智子は電話を切ると
「私、ちょっと政子の家に行ってくる。愛知の松本君が5時頃新曲を持って来るはずなんだけど、私間に合わないと思うから、ちょっと見てあげてて」
と言った。
「了解。音源作るの?」
「うん。なんなら、冬が編曲してあげてもいいよ」
「おっけー」
 
「6時くらいまでには戻るつもりだけど、戻らなかったら、晩ご飯、天麩羅にでも連れてってあげてて。その前でも区切りよかったら連れてってて」
「はーい」
 
美智子は頭を振ると出かけていった。結局政子は半月ほど前に私が美智子から言われたのと同様のことを言われることになったようであった。
 
5時5分前に愛知の松本君はやってきた。まだ高校生ということであるが、彼の歌は私も以前何度か聴いていて、才能を感じていた。美智子が急用で出かけたので、私が見てあげるように言われたというと、彼はむしろ喜んでいるようであった。取り敢えず歌ってもらうことにした。彼は持参のギターを弾きながら作ってきた曲3曲を歌った。
「いい曲だね。特に最初の『僕のサリー』が凄くいい。じゃ、編曲まで私がしておこうかな。そのうち社長も戻るだろうし。取り敢えず御飯行こう」
と言って、天麩羅屋さんに連れ出す。
 
私は彼の曲の譜面のコピーと五線紙を持ち、天麩羅屋さんに入ると彼といろいろ話をしながら、編曲したスコア譜を書いていった。揚げたての天麩羅を都度テーブルに持ってきてくれるシステムのお店は初めてのようで、おもしろがっていた。
 
「でも松本君、ほんと歌が上手いよね。音感もリズム感もすごくいい」
「ありがとうございます」
「ただ、どうかなあ。。。さっきは緊張していたせいかも知れないけど、ギターの演奏技術はまだまだ改善の余地があるかもね」
「はい、自分でもそれ自覚してるので頑張ります」
「うん。たくさん練習すればうまくなるから、頑張ってね」
「はい。でもケイさんがデビューしたの、僕と同い年ですよね」
「うん。でもシンガーソングライターと歌唱ユニットじゃ事情が違うからね。焦らずに、今の内にしっかり実力を育てようね」
「はい」
などといった会話を交わす。
 
「ケイさん、楽器とか使わずに楽譜書けるんですね、すごい。絶対音感をお持ちなんですか?」
私がスイスイとスコア譜を書いているのを見て、そんなことを言う。
「ううん。私、絶対音感無いのよ。私のは相対音感」
「へー」
「でも頭の中にオーケストラが入っているの。ここのヴァイオリンのパートにソの音を書けば、頭の中のヴァイオリンからソの音が響く。相対音感でだけど」
 
「わあ。でもだからあの速度で曲が書けるんですね。7月にローズクォーツのシングル2枚、アルバム1枚、ローズ+リリーのアルバム1枚出たのに、10月にローズ+リリーのアルバム更に1枚に、今月シングル2枚でしょ。タイトル曲こそ上島雷太だけど、実際問題として中身の曲のほとんどがケイさんの作曲じゃないですか。凄い多作だなと思って」
「まあ、7月に出したローズ+リリーのアルバムは実は昨年音源制作したものなんだけどね。諸事情でリリースが1年遅れたのよ」
「そうだったんですか。でも、御飯食べながら、僕とお話しながら、ペンが停まらないのも凄いです」
 
「これがうちの社長なら、食事しながら打ち合わせしながらノートパソコンでいきなり打ち込んでいくんだけどね。私は打ち込みする場合でも、いったん先に紙のスコア譜に書いてからのほうがうまくいくんだ」
「すごーい・・・・あと、こんなこと聞いていいのかな」
「なあに?」
「ケイさんの声って、こうやって生で聞いていても女性の声にしか聞こえないんですね」
「あはは。もう男の子の声はずっと出してないから、出し方忘れちゃったかも」
「へー。でもごめんなさい、失礼なこと聞いて」
「うーん。遠慮のない子は私わりと好きよ」
「ありがとうございます」
 
私はそうやって彼といろいろな話をしながら、食事中に3曲分のスコア譜を完成させてしまった。事務所に帰ると美智子が戻っていたので、書き上げたスコア譜を渡して引き継いだ。美智子はスコア譜を斜め読みすると
「ああ、いい感じに仕上がってるね。ケイっぽいアレンジだ」
「ローズクォーツ風です」
「だね。よし、松本君のギターと歌だけ録音しよう。君、信号音に合わせて歌ったことあったっけ?」
「はい、こないだもそれでやりました」
「そうだ。ケイも折角アレンジしてくれたから演奏も手伝って」
「OK」
「わあ、感激」
美智子は彼をスタジオに連れて行き、歌とギター演奏を収録した。、私もキーボードでいくつかのパートを演奏し、それも収録した。これに後で打ち込みでいくつかのパートを作り重ねれば、完成音源になる。
 
「ミクシングができたらデータ送るから」と言われて、松本君は最終の新幹線で愛知に帰っていった。
「彼、凄くセンスがいいですね」
「うん。歌も上手いしね。ギターはもう少し練習したほうがいいな」
「ギターの件は私も言いました」
「そうか。でも冬のアレンジは彼の歌の良さをよく引き出してる。うまいね」
「ありがとう」
 
「政子どうでした?」
「ごめんなさいと言ってた。でも冬と政子ってほんとに息があってるというか。彼氏まで一緒に作ることない・・・・」
といって美智子は、はっとした表情で口を押さえた。
 
「あんたたちさ・・・・・これカムフラージュじゃないよね?」
「え?」
「ほんとは冬と政子で愛し合ってるのを隠すのにお互い男の子の彼氏をって」
「もう、美智子までそんなこと言い出す」
「私までって、誰かに言われた?」
「友達から言われた」
 
「だって、あんたたち、凄く仲がいいんだもん」
と美智子は笑ってMIDI編集ツールを立ち上げた。私のキーボード演奏で編曲したパートの半分くらいはもう収録終わっているのだが、あとドラムスなど幾つかのパートを打ち込みで作成するのである。
「今夜の所は、あんたたちの主張を信じておくことにするかな」
 

翌々日からローズクォーツの音源制作作業が始まった。上島先生から提供された曲『起承転決』はオーソドックスな8ビートの曲だが、覚えやすいメロディーが多く繰り返される、分かりやすい曲であった。
「『夏の日の想い出』が難しい曲だったから、逆にシンプルに揺り戻したね」とマキ。
 
これと並べる私と政子の曲は『いけない花嫁』である。ややきわどい歌詞が、軽快なボサノバのリズムに乗せて、流れていく。私が作った参考演奏を聴いたマキは「ケイって、こんな色っぽい歌い方ができるんだ」と驚いていた。「この歌は、この歌い方あっての曲だね」と美智子も笑いながら言っていた。
 
カップリング曲は、マキの書いた『ボトルメール』、私と政子の書いた『夜窓にノック』、初めてのバロック曲『パッヘルベルのカノン』(政子・詞)、そしていつもの民謡から『黒田節』と決まった。
 
今回は技巧的に難しい曲が無いことから、レコーディング作業はスムーズに行った。『起承転決』と『いけない花嫁』が各1日半、民謡以外の3曲が各1日。『黒田節』については、博多に長く住んでいる美智子の友人のお母さんに指導してもらって、ローズクォーツの4人だけで今回は演奏した。この歌の歌われ方は時代によってけっこう微妙に変わっているらしく、指導してくれた人は、自分は昭和40年代頃こう歌っていた、というのを披露してくれたので、それを再現する形にした。
「最近の若い人の調子(音階)にはどうも違和感があって」と彼女は言っていた。40年ほど中州の飲食店に勤めていた人らしい。
 
なお、政子は今回は黒田節以外の5曲でコーラスを担当した。今回の歌は基本的には私のメゾソプラノボイスで歌っており、『いけない花嫁』の一部に合いの手的にアルトボイスを使用している。また『夜窓にノック』の一部に男声パートかあり、この部分はサトが歌った。
 
ジャケット写真は、『起承転決』にあわせて、画面を四分割し、大きな四面体のサイコロを持っているローズクォーツ4人の写真を撮った。起が私、承がタカ、転がサト、決がマキである。またそれに重ねて『いけない花嫁』用に、ウェディングドレスに見えなくもない、かなりセクシーな赤いエナメルの衣装を付け、ウェディングティアラを付けた私の写真を中央に配置した。この中央の写真のメイクはいつもお願いしているメイクアップアーティストの人の手で、かなり妖艶な雰囲気にしてもらったが、この写真は公開後、ネットでかなり話題にされていた。『起承転決』の方は、むしろ対照的に清楚な少女っぽいメイクである。
 
ローズクォーツのシングルのレコーディングが終わった翌日はオフの日だったので、そんなことを正望にメールしたら、学校が終わったあと、ドライブして食事しない?と言われたので、いったん家に戻り、少しだけおめかしして出かけた。
 
待ち合わせ場所に行き、彼の愛車アクセラ(2004年式の中古だが)で拾ってもらう。首都高速を走って、横浜方面に抜け、ベイブリッジを渡り、横須賀方面までドライブをしながら会話を楽しんだ。
 
彼との関係は自分ではただの友達のつもりだったのだが、みんなから彼氏でしょ、とか交際中なのね?とか言われると、確かにこれは既に交際になっているような気もしてきていた。今日はこないだもらったイヤリングを付けている。景色のいい場所があったので、車を降りて一緒に少し散歩する。
 
「僕って、間が抜けてるなあ、どうせなら夕日が見える場所に連れてけばロマンティックだったのに」
「ううん、ここもきれいだよ。静かだし」
「そうだね」
目の端で彼がこちらに手を伸ばそうかどうしようか迷ってる風なのを感じる。あんまりデートとかしたことないんだろうなと思い、彼のことが可愛く感じてしまった。私の方から手を伸ばして、がっちり手を握り合う。あ、照れてる。ほんと可愛い!ちょっと見つめ合う。いい雰囲気だ。周囲には人がいない。行っちゃうかな?
「あ、えっと・・・・」
「うん?」
 
「あの・・・・僕たち、苗字で呼び合うのも何だからさ」
「名前の呼び捨てでいいよ、私達充分仲良しだし」
「あ、えっと、ニックネームとかでもいいかな?」もう彼は真っ赤になっている。
「うん。正望のこと、何て呼べばいい?」
「えっと、子供の頃はモッチーと呼ばれてた」
「じゃ、モッチー、よろしく」
「冬子のことは」と名前を呼び捨てしただけで照れてる。ちょっとうつむいてそれから態勢を整え直した上で「フーコとかでもいいかな?」
「うん。わりといい感じ」
「じゃ、フーコ」
「なぁに?モッチー」
「えっと、そろそろ食事に行こうか」
「うん」
 
さっきの雰囲気はもう完璧にキスされる感じだったのだが・・・これも彼がこういうのに慣れてないからなのだろう。ま、いっか。と思い、私は彼と一緒に車に戻った。
海沿いの道を少し横浜方面に戻った所に和食の店があったのでそこに入った。
「いらっしゃいませ・・・・って、マサちゃんか。奥の柊の間を使って」
と、店内にいた中年の男性が私の方を見て言う。
「ありがとう」
「あ、どうもお邪魔します」と私はその声を掛けてくれた人に挨拶する。
 
奥の個室に入ってから尋ねる。
「もしかして、知り合いのお店?」
「うん。実は僕のおじさんなんだ」
「きゃー。そういうのは先に言っといてよ」
「ごめん、ごめん」
そのおじさんが注文を取りに来た。
「今日は新鮮なスルメイカが入ってるよ。あと富山のブリも美味しいよ」
「じゃ、そのあたり適当にお刺身盛り合わせで。あと天麩羅も」
「了解。お嬢さん、たくさん食べる方?」
「私、少食です」
「じゃ、少なめにね」
「はい」
 
しばらく無難な会話をしている内に、お料理が出来てきた。お刺身と天麩羅、茶碗蒸しに、ひじきの煮物、高野豆腐、それに御飯と赤だしのお味噌汁だ。お刺身と天麩羅は盛り合わせの注文だったようだが、私の分と、正望の分と、それぞれのお盆に載せられている。正望のは少し多め、私のは少し少なめ。取り分けする形式ではないのが気楽だ。私達の『距離感』を読み取ってくれたのかな?とふと思った。
「御飯と味噌汁はお代わり自由だから、呼んでね」
「はい」
 
「いただきまーす」と言って食べ始める。
「わあ、イカが新鮮。甘ーい」
「近海物は生簀に入れておいて調理の直前にしめるからね」
「秋刀魚の天麩羅も凄く美味しい」
「例年だと今頃は東北方面のなんだけど、今年はどうかな」
「わー富山のブリだ。私この夏、富山には毎週のように行ってたからブリというか、その少し小さいのでフクラギって向こうでは言うんだけどね。こっちではハマチになるのかな・・・それ、随分食べたんだ。幾ら食べても美味しいね」
 
「気に入ってもらって良かった」
「いいお店だよね。雰囲気いいし。この手のお店って、女性には入りづらいお店もけっこうあるんだけど、ここ見た瞬間、入りやすそうって思った」
「おじさん、若い頃は都内のお店で働いていたらしいから、そのあたりのセンスは鍛えられてるみたい。渋谷とか新宿とかで働いていたとか」
「個室がテーブル形式で、靴を履いたままでいいのも女性に優しいなと思った」
「うんうん、それもおじさん言ってた」
「このお店は10年くらい?」
「うん。そんなもの。僕が小学生の頃に出来たから」
 
その時であった。
「あ、みよちゃん、ちょっと待って」という、おじさんの声がする。
「あっ」と正望が困ったような顔をした。
「どうしたの?」と私が訊いた時、個室の障子が開き
「やっほー、正望、来てたの?」と言って30〜40代くらいの女性が入ってきた。そして「あら?」と言って私の方を見る。
 
「こんばんは、お邪魔しております」と私は訳が分からないまま営業スマイルで挨拶した。
 
「あ・・・えっと、こちら、高校の時の同級生で、唐本冬子さん」
一瞬の沈黙の後、正望が紹介する。
 
「初めまして。唐本冬子と申します。△△△の文学部に在籍しております」
「で、こちら僕の母です」
「いや、あの、その・・・、初めまして。正望の母でございます」
なんか、お母さんの方が焦っているようだ。しかし若い感じのお母さんだ。正望の母であれば40代なのだろうが、30歳と言われても信じられる感じである。
 
「いや、ちょっとこっちの方に用事があって、今日は正望遅くなると言ってたからと思って、ここで御飯食べてこうと思って・・・私ったら、やだ、こんな格好で・・・・」
 
ああ、気持ち分かる、と思う。こういう時に限って、適当な格好をしているものである。お母さんはノーメイクである。私もこれまではかなり普通の格好で正望とは会っていたのが、こないだからみんなに言われたおかげで、今日は一応のメイクはしてるし、まあおしゃれかな?という感じの服を着ている。一応スカートだし、柄ストッキングも履いてるし!!
 
取り敢えずお母さんも料理を注文し、私達も少し摘む感じのものを注文して、3人で食卓を囲んだ。
 
「いやあ、正望ったら、こんな方がいるなんて、私に一言も言ってなかったんですよ」
とお母さん。このシチュエーションだと、恋人と思われるよね?でも、私達は恋人なんだろうか・・・・
「いや、その内紹介するつもりではいたんだけど・・・」
と正望は困ったような顔をしている。
「ごめんなさい。高校卒業以来全然会う機会が無かったのが、8月に再会したばかりでしたので。ご挨拶もせずに失礼致しました」
と私も可能な範囲でフォローする。
 
「そうだ、よかったらこの後、うちに来て、お茶でも飲んでいきませんか?」
とお母さん。私は心の中で『えー!?』と思いながら正望の顔を見る。
 
「母さん、急に言われても彼女も戸惑うだろうし、また改めてということでは」
「あら、そんな改まった話じゃないんですよ〜。単にお茶飲みながらのんびりとおしゃべりしようということで」
 
こう言われると、どうも断りにくい。そこで私は
「分かりました。それじゃ、おしゃべりだけということで」と笑顔で答えた。
 
食事が終わり、正望の車で3人で家まで移動した。私は食事代を払おうとしたのだが、お母さんが「いいから、いいから」と言って受け取ってくれなかった。正望の家は古い住宅街にあり、かなりの年期を感じる家であった。大きな家がけっこう並んでいるが、正望の家も建坪50坪くらいあるだろうか。
 
「どうぞ、汚い所ですが、上がってください」
「お邪魔します。大きなおうちですね」
「でも古くてねぇ」
「わあ、柱が太い。最近の家は柱がほんとに細いですから」
 
などと言いながら、勧められるままに居間の食卓の前に座る。正座をしたら速攻でお母さんから
「あら、楽にしてくださいね」と言われた。
「ありがとうございます」と言って足を崩す。
 
「あなた、凄く行儀がいいわね」
「あ、いえ。子供の頃にいろいろ厳しく仕付けられたからかな」
「最近、なかなかそういうのが身についてる子、いないわよ」
 
「でも母さん、冬子さんが凄く気に入ったみたい」
「うんうん。可愛いし、上品な雰囲気持ってるし。あんたにはもったいない感じだわ」
「彼女、大学に行きながら歌手としても活動しているんだ」
「あら、それでそんなにセンスいいのね」
「いえ、売れない歌手ですから」
 
「フーコ、ミリオンセラー2本も出した歌手が売れないと言っちゃいけないよ」
「えー!?ミリオン!2本も!?じゃ、もしかしてセレブじゃないの?
正望、あんたよくそんな人と親しくなったわね」
「あ、いえ、高校の時からの知り合いですから」と私。
「でも当時、既に歌手をしていたんだよ」
「へー。やっぱり、あんたにはもったいないわ」
 
ちょっとお母さんに気に入られすぎな感じで、私としては少しブレーキを掛けておきたかったのだが、こういう言われ方をすると、かえってそれもしにくい。セレブだから相手にしてもらえないのだと思われるのは不本意だ。
 
「これ、まだ彼女本人にも言ってなかったんだけど、僕としては将来、彼女と結婚できたらと思ってる。冬子さんのこと、凄く好きだから」
「正望さん・・・・・」
まともに好きと言われたのが初めてなので、私は顔を赤らめてしまった。
 
「僕も弁護士目指してるから、法学部出たあと2年間法科大学院に行って、司法試験に合格して1年間は司法修習生やってだから、最短で弁護士になれるのが、6年後。でも駆け出し弁護士じゃ結婚できないから、せめて1年くらいは実績積んでから結婚したいから7年後くらいまで、待ってもらえたらだけど」
 
もしかして、これってプロポーズ!?きゃー、うそー?そんな心の準備が・・・だけど・・・・正望は承知の上だろうけど、お母さんには「あの事」を言っておく必要がある。
 
「あ・・・えっと、私も正望さんのこと好きですけど、歌手活動がけっこう忙しいので、当面結婚とか考えられないと思います。もっとも歌手って売れてる時が花で売れなくなる時は、明日からもう売れなくなっちゃうかも知れませんけど。ただ、もしかして、ずーっと売れ続けていたら、7年後も私、忙しいままかも知れません」
 
「それは構わないよ。僕は君に主婦してくれと言うつもりないし。君は凄い才能持っているんだから、結婚してからでも、素敵な歌を世の中にどんどん出していけばいいと思う。それにアイドルみたいなタイプじゃないしね」
 
「うん。契約上は結婚は禁止はされていない。でも取り敢えず今は歌手辞められないし。実際、私が今辞めたら、会社潰れちゃうから」
「だよね。会社の売り上げの多分99%くらい、フーコが稼いでるでしょ」
「私はユニットの一部だから、貢献度としては40%くらいだよ」
「でも、フーコがいないと成立しないユニットだから」
「なんか凄い話だね。いや、そういう状況なら結婚しても、家庭になんかいなくてもいいよ。ばりばり仕事してもらって。食事なんて外食でもいいんだから」
 
さて、困った。歌手活動の多忙さを理由にブレーキを掛ける作戦は無理っぽい。となると、やはり「あの事」を言わざるを得ない。
 
「正望さん、タイミングを見て話してくれるつもりだったのかも知れないけど、これ、今言わないといけないみたい。あの。お母さん。私、歌手活動のことは置いておいても、普通には結婚できない身分だと思ってるんです」
「あらま、どうして?」
「実は私、生まれた時は女の子ではなかったんです。今年の春に手術して女性に生まれ変わって、今月初めに戸籍も女性に変更したばかりで」
「えー!?」
とお母さんは絶句した。
しばらく何を言っていいか分からない感じであったが、やがて
「でも、あなたそんな風には見えない。声だって女の子だし。見た感じもどう見ても女の子にしか見えないわ」
「ええ、でもそういう訳で、私子供も産めませんし」と言う。
 
「正望、あんたはそれを承知で、この方と付き合ってるの?」
「うん。彼女、高校時代は学生服着て男の子の格好はしていたけど、実際には当時から話をしていても、女の子と話している感覚しかなかったよ。当時もよく話が合ってたし、再会してからも凄くいい感じで、彼女とはずっと仲良くしていけると思うから、性別のことは気にしてない。子供ができないことも承知の上」
 
「うーん。。。。戸籍上の性別は女性なのね」
「はい」
「その・・・身体も女の子なの?」
「ええ」
「じゃ、正望とふつうの形で結婚可能なんだ」
「うん。だから、僕は彼女と結婚したいと思っている」
「正望さん・・・・」
 
お母さんは私を見つめながら少し考えている風であった。
 
「えっと、冬子さんでしたよね?」
「はい」
「冬子さん、見た感じも声も、そして雰囲気も、完璧に女の子だもんね。ここまで完璧で、身体も戸籍も女性になってるのなら、私は正望の気持ち次第だと思うよ」
「じゃ、結婚してもいい?」
「私は反対しない」
 
ちょっと待てぇ・・・なんか話が凄い方向に進んでるぞ!しかし、こういう場合、親としては普通反対しないか?なんて物わかりの良すぎるお母さんなんだ!?えーん、どうしよう?このままだとマジで正望と結婚することになってしまいそうだ。
 
「でも、私さっきも言ったように、子供も産めないので、お母様に孫の顔を見せてあげることができませんし」
「子供は養子とか取ればいいんじゃない?私も養子でこの家に来たのよ」
 
きゃー、反論するネタが尽きてきたぞ。マジどうしよう?
 
と思った時であった。私の携帯に着信があった。政子からだ。
「ちょっと済みません」
と言って電話に出る。
 
「あ、冬。あんたエリゼと交換アルバム作ろうとかいう話、したんだっけ?」
「うん。あれ?その時、政子もいたけど、聞いてなかった?」
「いつだっけ?」
「フェスの打ち上げの時」
「うーん。全然覚えてない」
「その時、そういう話をしたのよ」
「そうか。酔ってたからなあ。それで具体的に話を進めようよ、という話がさっき向こうから来てさ」
「あああ」
「みっちゃんが寝耳に水だといって、とりあえず打ち合わせに飛んでいった」
「きゃー、そういえば、みっちゃんに言ってなかった」
 
「取り敢えずこちらに戻って来れる?」
「分かった。戻る」
といって電話を切る。
 
「あの、正望さん、お母さん。済みません。急に仕事が入ったので、事務所に戻らないといけなくなりまして」
「あらら、夜なのに大変ね」
「また、この件はあらためて」
「はいはい。正望、送ってあげなさい」
「あ、えっと、急ぐので車より電車で戻った方が速いと思うので」
「じゃ電車の駅まで送るよ」
「ありがとう」
 
そういう訳で、私はとりあえずその場から逃げ出し、正望の車で最寄りの駅まで送ってもらったのであった。駅での別れ際に正望は
「今日は急に話が展開しちゃって御免。でも僕はフーコのこと好きだし、ほんとに結婚したいと思っているから」と言った。
「ありがとう。でも、この件はまた改めて話合うということにしておいてもらえる?」
「分かった」
正望は私にキスしたそうな顔をしていたが、結局、握手して別れた。
 
私は電車の駅を「通り抜ける」と、反対側の出入口でタクシーに乗り、高速を使って都内の事務所の所まで行ってくれるように言った。電車では電話ができないからである。すぐに美智子に掛ける。
 
「ごめーん。話してなくて。今いい?」
「今電車降りて歩いてる所。あと5分でスイートヴァニラズの事務所に着く」
「じゃ5分で手短に」と言って、私はフェスの打ち上げの時にEliseと話した内容を語った。ただ向こうはかなり酔ってたので、本当に話が進むとは思っていなかったということも付け加えた。
 
「なるほどね。でもそれ、面白い企画だよ。ローズクォーツはスイートヴァニラズの曲をスイートヴァニラズ風に演奏して、スイートヴァニラズはローズクォーツの曲をローズクォーツ風に演奏するという訳だ」
「うん。それでこちらはボーカルが1人しかいないから、重唱になるような所が難しいねと言ってたら、Eliseさんが政子見て、マリちゃんも歌えばいいと言って、政子も自分から『乗った!歌います』と言ってたんだけどなあ・・・」
 
「政子は酔ってて覚えてないのね」
「たぶん」
「でもEliseさんは覚えてたんだ」
「そうみたい」
「了解。じゃその辺の線で今日のところは話して、あとでスイートヴァニラズとローズクォーツのメンバー全部集めて、企画会議になるかも」
「はい」
 
電話を切った後、首都高から夜景を見ながら、私は正望とのこと、どうしようかと悩んだ。しかしどうにも頭の中が混乱して、結論が出ない。
 
事務所には9時頃到着し、政子と少し話したが、政子はほんとに交換アルバムの件を全然覚えていないようであった。ふたりで待っていると11時頃に美智子から「今から帰る」という連絡が入り、12時前に美智子は事務所に戻ってきた。
 
「一応企画内容ね。スイートヴァニラズとローズクォーツで、各々7曲の新曲を『自分達で演奏するつもりで』作って、お互いのヒット曲1曲とともに交換して演奏する。この時、スイートヴァニラズはローズクォーツ風に演奏するし、ローズクォーツはスイートヴァニラズ風に演奏する。楽曲を今月中に作って、編曲をお互いに確認して、12月に音源制作。1月に同時発売を目指す」
「わあ」
「これはほんと、面白い企画だと思うよ。奈津子もノリノリだった」
「へー」
「スイートヴァニラズは、秋口からコンサートツアーやってたからね。それで時間が取れなくて、今まで企画がのびのびになってたみたい。ツアーが一段落して何とか時間が取れる状態になったので、こちらの方の都合はどうか?と照会してきたみたい」
「なるほど」
 
「ということで、冬、来週までに7曲『ローズクォーツ風の曲』を書いて」
「分かりました」
「ということで今日はこれで解散」
 
私は美智子に「ちゃんと言ってなくて済みませんでした」とあらためて謝ってから、政子と一緒に事務所を出た。
 
「マーサ、ちょっと相談したいことあるんだけど」
「いいよ。うちに来る?」
「うん」
 
一緒にタクシーで政子の家に戻り、まずはシャワーを浴びてからお茶を入れた。
 
「ね。私が電話した時、もしかして正望君とのデート中だった?」
「うん」
「じゃ、デートの邪魔しちゃったのね」
「いや、邪魔してもらって助かった」
「なんで?」
 
というので、私は今日正望のお母さんと偶然会ってしまい、話がどんどん進んで、もう婚約しようかみたいな雰囲気になってしまったことを語った。政子は大笑いしている。
 
「笑い事じゃないよお。私どうしよう?」
「結婚しちゃえば?」
「でも・・・・」
「正望君のこと、好きじゃないの?」
「好き」
「じゃ、結婚していいじゃん。冬が性転換したことを本人もお母さんも承知の上で結婚したいというなら、こんないい話、めったに無いよ」
「うん。それは分かるんだけど」
 
「それに結婚するのって実際には7年後なんでしょ、最速でも。それまでには喧嘩して別れちゃうかも知れないし、どちらかが浮気して壊れちゃうかも知れないし、こちらも歌手活動やめちゃってるかもしれないし。取り敢えず婚約だけしておくのは別に問題無いんじゃない?」
 
「うん。だから正式な結納とかは7年後に考えることにして、今は口約束だけという線で妥協するしかないかな、とあの場では思った。とにかくあそこでマーサから電話があって話が中断したのが、もう天の助けかと思ったよ」
 
「じゃ核心に迫るけど、冬は正望君と結婚したくないの?」
「あ、えーっと・・・・・結婚できない気がしてる」
「それはなぜ?性別問題は理由にならないよ」
「うん」
「こら、正直に言え」
 
「ひとつはね・・・・私、恋をするのはいいけど、今はまだ『誰かのもの』にはなりたくないの。フリーでいたいの」
「わがままだねえ」
「もうひとつは・・・・・その・・・・」
 
「私と冬の間だけの話だよ、これ」
 
「分かった。正直に言う。私、マーサのことが好きだから」
「・・・・」
 
「御免。そういう感情持っちゃいけないこと分かってるつもりなんだけど」
 
「はあ・・・・」と政子はため息を付く。そして無言で新しい紅茶を入れてくるとふたりのカップに注いだ。私達はゆっくりとお茶を飲んだ。
 
「私さあ。。。」
「うん」
「直哉とのこと、みっちゃんに言ってなかったことで叱られた後でさ」
「うん」
「その場ではそういう話無かったんだけど、翌朝またみっちゃんが来てね」
「え?それは知らなかった」
「再度聞くけど、私は本気で直哉のことが好きなのかって聞かれたの」
「なんで?」
 
「私もなんで?って訊いたんだけど、みっちゃんが言うにはね」
「うん」
「私と直哉、冬と正望君って、ほとんど同時にふたりが男の子の恋人を作ったのが出来すぎてるというのよ」
「あはは」
「それで実はふたりともそれはカムフラージュじゃないのかって」
「えーっと」
「実は、私と冬が愛しあってるんじゃないかって」
 
「私もそれ言われたけど否定したよ」
「私も否定した。でも、みっちゃんは信じてない感じだった」
「うーん」
 
「でさ、冬」
「うん」
「私も冬のこと、好きだよ」
 
その言葉を聞いた後、私と政子はそのまま5分くらい、何も言葉を発さずにお互いの顔を見つめ合っていた。
 
 
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【夏の日の想い出・2年生の秋】(中編)ふたりの恋人