【夏の日の想い出・2年生の夏】(前編)突然の発売

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大学2年生の夏は7月1日、ローズクォーツの4枚目のシングル「一歩一歩/峠を越えて」の発売で幕を開けた。更に8日にローズ+リリーのメモリアルアルバム「Rose+Lily After 2 years」、15日にはローズクォーツの初アルバム「夢見るクリスタル/みんなの顔」が発売になった。前月末には私の写真集2冊「天国の島ケイ18」と「復興の島ケイ19」が発売になっており、お互いの相乗効果が出て、全て好調な売れ行きであった。
 
ローズクォーツのシングルは『萌える想い』が累計10万枚、『バーチャル・クリスマス』が8万枚、『春を待つ』が12万枚、売れていたが『一歩一歩』は最初の一週間で5万枚と順調な滑り出しで、これまでの最高の売り上げになるのではと美智子は言っていた。
 
7月の上旬、私は東北のある港町で知り合った川上青葉という気功師?の少女(本人はMTFと言っているが全然そう見えなかった)の勧めで1年前豊胸手術で埋め込んでいたシリコンバッグを抜く手術を受けた。
 
「ホルモンでかなり発達してるでしょ?抜いても充分なサイズあるはず」
と青葉ちゃんは言っていた。実際抜いても私のバストはCカップ近くあった。
「9月頃にはDカップのブラが使えるようになること保証する」
などと言う青葉ちゃんから、私は7月から8月に掛けて何度もヒーリングを受けた。「身体の各所の気の流れを調整するの」と彼女は言っていた。
 
私は受験生の頃から軽い肩こりを抱えていたのだが、まずこの肩こりが消えてしまった。そして4月に受けた性転換手術で形成した女性器の感触が全然変わってしまった。手術の痛みがほとんど無くなってしまったし、なんだかそれがずっと昔から自分にあった器官のような気がしてきたのである。
 
「ここまでやっておけばダイレーションしなくても大丈夫と思う。念のため週に1回くらい入れてみて感触が変わってないか確認して。それとお風呂とかも大丈夫ですよ」などと彼女は言っていた。そしてバストも、明らかに大きくなってきた。実際7月末くらいにはもうCカップのブラがきつくなってきたので、私はDカップのブラにパッドを入れて使うようになり、8月末にはそのパッドも不要になった。そのバストの成長で私は青葉ちゃんを完全に信用するようになった。
 
「女性ホルモンも飲む量減らして大丈夫ですよ。気の流れが完璧になったら飲む必要も無くなると思うんだけど、そこまで行くのは年末頃かなあ」
などと青葉ちゃんは言っていた。
「あの・・・・青葉ちゃん、私生理が来るような気がするんだけど」
「はい。来て当然。冬子さんの身体は今内面的にも女性になってますから」
 
青葉ちゃんは二次性徴が来る前に自分で去勢してしまったという話で、声も4オクターブの見事な女声を持っていた。私は彼女から発声についても指導を受け、それまで女声(メゾソプラノ)ではG3〜A5くらいの2オクターブ強の声域しか無かったのが、彼女の指導のもとで練習を重ねた結果、F3〜C6くらいまで2オクターブ半の声が出るようになった。
 
少し時計を戻して7月15日。この日はローズクォーツの初アルパムの発売日でもあったが、今年のサマーロック・フェスティバルの出演者が発表される日でもあった。一昨年までは1ステージのみという古いスタイルを保持していたが、昨年からは3ステージ制となり、今年は更に5ステージ(内1つは室内ステージ)となり出演者も50組と大幅に増えていた。出演者数だけなら4大夏フェスにも迫る大型イベントになってきた。
 
「8月12日は確実に予定空けておいてね」と美智子が事前に言っていたので、内輪に通知が来ているんだろうなとは思ったが、いざ「ローズクォーツ」の名前がそこに並んでいたのを見た時は嬉しかった。
 
ただ今回はメインステージには入っていなかった。Bステージのラスト前という指定だった。
「まだローズクォーツとしてのビッグヒットが無いからね。来年こそはメインステージを狙おうね」
と美智子は言っていた。
 
その次の月曜日(仕事は休みの日)、私は仁恵の誕生日なので、政子や礼美、高校時代の数人の友人たちと一緒に仁恵のアパートに行き、政子が買っていったケーキを食べ、他の友人が調達してきたシャンパンやジュースを飲み、また私が揚げて来たフライドチキンを食べた。
 
「これ、まるでケンタッキーみたいな味ね」
「結構、っぽいでしょ。圧力鍋使ってないから骨までは食べられないけど」
「レシピ教えてくれる?」
「OKOK」
 
「しまった。私車で来たのにシャンパン飲んじゃった」と礼美。
「泊まってけばいいよ。朝まで飲みあかそう」
「こらこら、朝まで飲んでたら明日の夕方くらいまで運転できなくなるよ」
 
3時間くらいの予定だったのがオールナイトになりそうな雰囲気であった。途中で飲み物・食べ物がなくなると、買い出し隊がコンビニやドラッグストアまで行って食料を調達してきた。結局免許を持っていてアルコールを飲んでないのは途中で私だけになってしまったので、買い出しのドライバーはもっぱら私の役目になった。
 
「でも偉いね、冬、アルコール飲まないで頑張ってるなんて」
「だってまだ誕生日前だもん。酔ってる所人に見られて写真撮られて投稿とかされたら謹慎ものだから」
「こないだ△△△の子が未成年飲酒で写真週刊誌に載って、無期限活動停止くらってたね」
「うん。あれ可哀想。私も歩いてる時の信号無視とかも絶対するなと言われてる」
「たいへんね。私は高校入った頃からお酒飲んでるけど」
「それはさすがに早すぎ」
 
しかし夕方くらいにはかなりできあがっている子もいる。
「冬〜、先週、彼氏に振られたんだよぉ」と言って寄ってきたのは高校時代の同級生の琴絵である。
「よしよし」と頭をなでなでしてあげる。
「今夜はHすることになりそうと心の準備して会いに行った日に新しい彼女が出来て、その子と婚約したといわれたのよ。ひどくない?」
「ああ可哀想。でもそれ、ありがちなんだよ。複数の子と付き合ってる場合、誰かに強烈にアタックしようとしている時、他の子にもまるで気があるかのような接し方になりがちなの」
 
「えーん、Hしたかったのに」
「よしよし。そのうち、コトとHしたいって男の子現れるから」
「冬、Hさせて〜」
「私、もうおちんちん取っちゃったからできないよ〜」
「あ、そうだった」
「4月に手術したよ」
「おちんちん取る前に誰かとHした?」
「したことないよ」
「1度経験してから取れば良かったのに」
「あはは」
隣で政子がニヤニヤ笑っている。
 
「政子は冬とHしなかったの?」
「そんなのしてないよ。何度か触りはしたけどね」
「うーん。その付近がふたりの関係のよく分からない所だ」
 
「土日、泊まりがけの仕事で同じ部屋で泊まったりしてたしね。お互い平気で着替えたりしてたし、一緒のベッドに寝たこともあるし、ちょっとふざけて触りっことかもしてた」
「それは羨ましいな」
 
「やっぱり恋人関係だったの?」と初美。
「そういうのは無いよね」と私と政子が同時に答える。
「それでよく目の前で着替えられたね」
「私は最初から冬のこと、女の子と思ってたから、まあ少しくらい形が違うのはあまり気にしてなかった」
「慣れもあったけどね」
「うん、そうだね。でも冬、私の胸に触りながら『ボクもおっぱい欲しい』
とか、よく言ってたよ」
「ははは」
「本人たちは恋人ではないとは言っているが、実際の関係は一目瞭然だな」
と仁恵。
 
「でも冬ったら、おっぱいかなり大きくしたもんな」
と言って琴絵は私の胸に触る。
「あれ?私酔ってるせいかな。以前もう少し大きくなかった?」
「うん。今月初めまではEカップだった。シリコンバッグ抜いたから」
「わあ、じゃこれマジ胸?」
「そうそう。フェイクは終了」
「それでも充分な大きさあるな。私のより大きくない?ね、触って」
「どれどれ・・・・同じくらいのサイズかな」
すると琴絵は私に抱きついてきた。
 
「冬〜、女の子同士でもHはできるんだよ。ちょっと隣のへやに籠もってやらない?」
「ちょっと、ちょっと。私レズじゃないから。キスだけしてあげる」
といって私は琴絵の頬にキスをした。
「キスは唇だよー」
「しょうがないなあ」
といって私は琴絵の唇にキスをする。琴絵が舌を入れてこようとしたので私は慌てて離れる。
「入れるのはダメ」
「ちぇっ」
 
夕方以降はそんな感じで、とても親には見せられないような乱れた状態になってきた。琴絵は服を脱いで下着だけになっていた。礼美も暑いと言って下着姿になっていた。
 
それは20時頃だった。もうパーティー?が始まってから7時間ほどたち、私はちょっと疲れが出てうとうととしていた。そこに突然の揺れ。
「わっ」と言って飛び起きる。
「久々に来たね」
「うん、けっこう強かった」
「キュピパラ・ペポリカ」
「え?」
「キュピパラ・ペポリカ・・・誰かメモ用紙持ってない?」
「メモ用紙というより、これでしょ」
と言って政子がさっとバッグから五線譜とボールペンを出して渡してくれた。
「ありがとう」
私は最初に楽譜のタイトルの所に今うとうととしていた時に一瞬夢の中で聞いた単語?「キュピパラ・ペポリカ」というのを記入した。
そのまま続けて五線譜に頭の中に浮かんでくるメロディーを急いで書き留める。
 
「なんか凄い速度でおたまじゃくし書いてるね」
「よく楽器とか無しで書けるよね。私、こういう冬何度か見てるけど、いつも思う」
「頭の中でちゃんと音が聞こえてるんだって」と政子。
 
私はみんなの質問などに答える時間を惜しんで、とにかく頭の中に響いている音が消える前に急いでそれを五線譜に書き出した。全部で60小節くらいのモチーフを書き、「ふう」と息をつく。
 
「ここまで書けばあとはなんとでもなる」
「へー」
「あ・・・・今回は詩が全く浮かんで来なかった」
「どれどれ」と政子が譜面を見る。
「ね。詩書いちゃっていい?」
「うん、いいよ」
「でも面白いタイトル。どういう意味?」
「分からない。夢の中で聞いた」
「じゃ、私も思いつきで」
 
政子は譜面のメロディーの下になんだか不思議な単語?の列を書き始めた。「意味分からん」と初美が呆れてる。
「タイトルが訳分からないんだもん」と政子は言いながら、楽しそうに文字を書き連ねていった。
 
「ここからここまでリピートしたいんだけど」
「おっけー。2コーラス分書くね」
 
「よし、書いた。冬、歌ってみて」
「うん」
私は仁恵が持っているポータブルキーボードを借りると、それを弾きながら自分の書いたメロディーに即興に近い形で政子が書いてくれた歌詞で、その曲を歌ってみた。
 
「しかし訳分からないけど、なんか癒される感じ」と琴絵。
「無意味な単語の羅列っぽいけど、ぼんやり聞いてると外国語の歌みたいにも聞こえるよ」と綾乃。
「イタリア語か何かのように聞こえる・・・けど、イタリア語を私が知らないからだろうな」
「私はスウェーデン語かと思った。私、スウェーデン語知らないけど」
「でもメロディーはちょっと南洋っぽくない?」
「うん。ハワイアンの音階に似てるね」
「ウクレレで演奏したい気分。私ウクレレできないけど」
「私はシタールをイメージした。インドっぽい気がしたから」
「まあ。無国籍だよね」
 
その時だった。私の携帯が鳴った。この着メロは上島先生だ!
びっくりしてすぐ出る。
「おはようございます。ケイです」
「やあ。夜分急に電話して御免ね。今いい?」
「はい、大丈夫です」
「ちょっと面白い曲を思いついてね。こんなの歌えるのは君しかいないと思って、君にぜひ歌って欲しくて」
「ありがとうございます」
「いつものように今から楽譜とMidi送るから、ちょっと歌ってみてくれない?」
「あ、はい。今友人宅なので防音設備で録れませんけど」
「うん。ぜんぜん構わない」
 
私は電話を切ると仁恵に「ごめん、回線貸して」と言う。
「うん、いいよ。WPA-PSK-AESで、パスワードはね・・・・これ」
「ありがとう」
私はバッグからパソコンを取り出すと、無線LANの設定をして、仁恵の家庭内LANからネットに接続した。上島先生のメールを受信する。PDFの楽譜を開く。
「うーん。。。。。」
「私も見ていい?」と政子。
「もちろん。何ならふたりで歌う?デュエット曲だもん」
 
『夏の日の想い出』と題されたその曲の譜面を見た時、私は水が流れるようなイメージが湧いてきた。そこで、キーボードでの伴奏は、ストリングの音でバロック風の分散和音を入れて弾きながら、高いキーでピッコロの踊るような音を入れた。演奏をMIDI形式でキーボードに記憶させ、それを再生しながらふたりで歌った。仁恵に頼んで私のパソコンで録音してもらう。
 
「この曲、転調が凄いね。歌いにくかった」
「うん。歌唱力を要求する曲だよ。音程がしっかり取れないと歌えない」
「私、冬の歌の音程が頼りだったよ。かなり怖かった」
「でも聴いてると気持ちいい曲だよね。心が洗われるよう」
 
「それでいてなんか甘く切ないんだよね。正直、上島先生にこういう曲が書けるとは思わなかった。まだまだ感覚が若いんだね」と政子。
「うん。こんなの書けるのは17-18のソングライターだよね。でもね、上島先生はローズに提供する曲については、売れるとか売れないとか関係無しに自由に書いてるんだと言ってた。自分の感覚を鍛えるのに使ってるんだと思う」
「いわゆる上島ファミリーじゃないからね、うちは」
「うんうん。だから冒険が出来る」
 
「ねー、こんなことプロの歌手に言ったら悪いんだけど、政子ちゃん、昔よりかなり歌うまくなってない?」と真菜香。
「へへへ、ずっと歌のレッスン受けてるからね」
「わあ、凄い」
 
私は今歌ったものの録音を聞き返して、いい感じかなと思えたので、それをMP3に変換していつものデータ交換スペースにアップロード。URLとパスを上島先生にメールした。速攻で電話が掛かってきた。
 
「凄いね。君のアレンジは僕のイメージにぴったり。あの伴奏の雰囲気とってもいい。僕の頭の中にあった情景をそのまま演奏してくれたみたい。不思議だなあ。楽譜の行間を読んでくれてるみたいで。『雅な気持ち』の時も、こんなだったよね」
「ありがとうございます」
「じゃ、これ次のシングルによろしく。あ、町添さんにも言っとくから。今から町添さんに電話入れるわ」
「あ、はい」
 
電話のやりとりを聞いていた政子が聞く。
「ねえ、次のシングルって・・・いつ発売するの?」
「あはは。これ夏の歌だよね」
すぐに美智子に電話を入れる。
「なに〜!?」と美智子も驚いた様子であった。
「上島先生から町添部長に話が通ってるのなら、取り敢えず連絡取ってみる」
といって美智子はいったん電話を切る。
 
仁恵の誕生日パーティーはこの一連のやりとりでちょっと中断された感じではあったが、礼美などは仁恵の大学の同級生・真菜香と意気投合したようで、ふたりでぐいぐい日本酒をあけている。いつの間にか真菜香も下着姿になっている。その礼美に声を掛けると「冬〜、冬も洋服脱ぎなさい。楽だよ〜。折角おっぱい大きくして性転換もして、女らしいいいボディライン持ってるんだから、見せてあげるといいよ」などと言っている。「うーん。遠慮しとく」と答えたが、これだけ飲んだら明日いっぱいくらい運転は無理だなと私は思った。
 
美智子からの電話は20分ほどしてから掛かってきた。
「今、町添さんと話して決めた。明日ローズクォーツのメンバー緊急招集。明日と明後日で音源作って、今週末ダウンロード開始。全国のHNSレコード40店舗の店頭で発売記念キャンペーン。CDは27日に発売」
「あはは」
「明日13時に△△スタジオに集合。政子も一緒に来れる?」
政子が隣で頷いている
「行けるって」
「ありがと。私は今から他のメンバーに電話する」
 
「明日お仕事?じゃ、今日はこのくらいにする?」と仁恵が訊く。
「そうだね。じゃ、みんなでカラオケ行って歌いあかそうよ」
「えー!?」
「乗った」と礼美と真菜香。
「取り敢えず服着ろよ、あんたたち」と政子。
 
そういうわけで私達10人はタクシーと私の車に分乗して、深夜のビッグエコーに行き、朝まで歌いあかしたのであった。但し最後まで起きていたのは礼美と真菜香と綾乃の3人であったようだ。私は朝4時でダウンして、8時になってもう帰るという時に起こされた。政子は2時くらいから朝まで眠っていた。みんなでカラオケ屋さんからファミレスに移動し、モーニングを食べて解散となった。
 
解散時、私は仁恵に「礼美が今日絶対車を運転しないように見てて」と言った。
「うん。車を封印しておくよ」
実際には礼美は仁恵の部屋でそのあと夕方までひたすら眠っていたらしい。
 
私は自分の車に政子を同乗させて都内に戻り、政子の家で一緒に昼近くまで寝た。そしてお昼前に起き出すと、また車で一緒に△△スタジオまで行った。
 
「突然の予定変更というのにもかなり慣れました」
とマキが笑っている。
「思い立ったら吉日よ」と美智子も笑いながら言っている。
「で、収録曲は?」と私が訊くと
「上島先生が書いてくれた『夏の日の想い出』、ケイちゃんとマリちゃんが書いた『キュピパラ・ペポリカ』、11月発売のシングルに入れる予定だったケイちゃんの『聖少女』。この3つをトリプルA面にする」
「わあ」
マキは『夏の日の想い出』と『キュピパラ・ペポリカ』の譜面に目を通して「なんか凄い曲だ、これ、どちらも」と言ってから
「でも『聖少女』をここで使うのはもったいなくないですか?」とマキが心配するが「出し惜しみはしないものよ」と美智子は答える。
 
「その他の収録曲は?」
「次回のアルバムのサブタイトル曲に使おうかとも思っていたケイちゃんの『不思議なパラソル』、マキさんの『南十字星』、今回の民謡は『斎太郎節』。これで6曲」
「『不思議なパラソル』もシングルカットしていいくらいの曲ですよね」とマキ。「『南十字星』も名曲ですよ」と私。
「うん。だから使う」と美智子。
「今回はクオリティが凄まじいな」とサト。
 
『夏の日の想い出』を私が演奏したMP3を参考に下川先生が午前中に編曲をしてくれていた。美智子は『キュピパラ・ペポリカ』も私が弾き語りで演奏したMP3を速攻で作成し楽譜と一緒に下川先生に送った。下川先生もすぐ編曲すると言ってくださった。『聖少女』『不思議なパラソル』『南十字星』は既に編曲済みであった。『斎太郎節』については、美智子が午前中に仙台で何度かお邪魔していた民謡酒場のオーナーに連絡し、明日の夜常連さんを集めてみんなで演奏して収録しようということになっていた。そのためその他の曲の録音作業を明日の午後までに仕上げて、みんなで仙台に移動することになる。 しかし『夏の日の想い出』の演奏にはサトもタカも苦労していた。下川先生の編曲がかなり力(りき)入っていた。美智子もなかなかOKを出さない。結局OKが出たのは19時頃であった。いったん夕食で休憩にして、その休憩後に収録した。私のアルトボイスと政子とでデュエットし、私のメゾソプラノボイスでコーラスを入れた。政子がローズクォーツの録音に参加するのは初めてである。
「これ、クレジットどうするんですか?」
「協力:ローズ+リリー」
「なるほど」
 
『夏の日の想い出』をやっている間に、下川先生が急遽書いてくださった『キュピパラ・ペポリカ』のスコア譜が届いていた。これの演奏がまた難度が高かった。下川先生は「今日1日で一週間分くらい仕事した」と言っていた。美智子が『キュピパラ・ペポリカ』のOKを出したのは12時過ぎで、夜食休憩をはさんで収録。これは私のメゾソプラノボイスでの単独歌唱だが、政子はコーラスで参加した。
 
次に『聖少女』に取りかかる。これは以前にも演奏してみたことはあったのだが、やはり収録となると美智子がなかなかOKを出さない。コード進行が特殊なので、タカもマキもけっこうミスをおかしてやり直しとなる。時間がかかりそうなので政子には仮眠してもらっていたが、美智子は4時頃になってやっとOKを出した。政子を起こしてみんなでコーヒーで一息ついた所で収録する。
 
ここでいったん休憩とし、3時間休んで8時から作業を再開することにした。男組3人と女組3人に別れて、全員ひたすら寝た。
 
8時になって携帯のアラームで目を覚ますと、その時点で起きていたのは政子だけだった。「私も5分くらい前に起きた」と言っている。美智子も寝ていた。熟睡している感じで起こすのが気の毒だったが起こさざるを得ない。声を掛けて揺り起こす。「あ。ごめん。凄い深く寝てた」「一番疲れてるはずだもん」
男組の方は全員爆睡していたが、何とか起こして作業再開となった。
 
政子に朝御飯を調達してきてもらっている間に、『不思議なパラソル』の演奏をしてみる。これ自体もけっこうな難曲なのだが、ここまでの3曲に比べるとぐっと素直な曲なので、比較的簡単に合った。美智子もすぐOKを出したので朝御飯を食べてから収録となった。
 
『南十字星』はベースとギターの技巧的なフレーズを含んでいたが、元々マキが演奏しながら書いた曲なので、すんなりとOKが出て10時半に収録となった。全ての作業は12時前に終了し、私達はそのまま東京駅に行き、東北新幹線に乗り込む。ただ美智子だけは音源のミクシング作業があるので東京に残った。
 
美智子の代わりに、臨時マネージャー役で政子が一緒に仙台まで来た。最近、政子は時々こういう役割をしてくれていた。事務的な話であれば、美智子の部下の松島花枝さんができるし、単純作業や雑用であれば今年入った社員第2号の桜川悠子さんでもいいのだが、演奏内容などに関わる話は音楽自体が分かる人でないといけないので、むしろ政子の方が適任なのである。
 
民謡酒場に入り、酒場のオーナーさんと簡単に打ち合わせて、演奏の構成を話し合う。仮に決めた構成で、私の唄とオーナーさんの太鼓で演奏し、録音したものを電話で東京の美智子に聞かせる。OKが出たのでスタジオに移動し、頼んでいた常連さんが集まるのを待った。政子は携帯を美智子とつなぎっぱなしにして、演奏の様子を伝える。美智子から細かい指示が出る。それを政子がみんなに伝えて演奏の調整をする。
 
収録作業は19時から21時まで、約2時間で終了した。政子が収録したデータを持って最終の新幹線で東京に戻り、ミキシング作業をしている美智子に渡す。私はマキたちと4人で収録に参加してくださった方々と一緒に民謡酒場の方に移動し、そこで改めて打ち上げ・兼演奏大会となった。常連さんたちの様々な民謡が飛び交い、私もこの1年で覚えた各地の民謡を唄った。
 
宴会が終わったのは23時頃であった。マキたちは更に二次会に行くことになったようであったが、私は予め借りだしていたレンタカーを運転して東京に戻り(出発前に実は車内で1時間仮眠した)、ミキシング作業をしている美智子の所に早朝合流した。(美智子には朝6時に来てと言われていたが着いたのは5時であった)
 
「いい所に来てくれた。ちょっと追加で冬の歌を録音したい」と言う。指定された譜面で、信号音に合わせて『夏の日の想い出』『聖少女』用の音を録った。
「間に合いそう?」
「間に合わせる」
データは朝10時までに★★レコードに持ち込まなければならない。
 
作業が終わったのは9時半頃であった。応援に来てくれていた花枝の運転で、私と美智子は★★レコードまで走り、9:54に無事データを渡すことが出来た。★★レコードの南さんが「ほんとにもう出来たんですね?凄い」と驚いていた。「間に合わせましたよ」と美智子は満足しきったような笑顔で言った。「でも一切手抜いてませんから」「それは須藤さんの仕事、信頼してますよ」
と南さんは言っていた。
 
「疲れた。どこでもいいから眠れる所に行きたい」と美智子が言うので、私は花枝に頼んで、政子の家に私達2人を連れて行ってもらった。それから私の借りたレンタカーの返却も花枝に頼んでおいた。
 
「とにかく寝せてね」
「私も寝るね」
といって、ふたりとも玄関からベッドへ直行した。私は政子のベッド、美智子は政子のお母さんの部屋のベッドを使った。(私は政子の家に泊まる時は、いつも政子と同じベッドに寝ている)
 
起きたのはもう夕方の7時だった。
「おお、起きたか」
「いい匂いがするなと思って」
「シチューをチンしたよ。食べる?」
「食べる!」
ふたりで夕ご飯を食べながらおしゃべりしていたら9時すぎになって美智子が起きてきた。起きてすぐに花枝に電話を入れている。
「あ、うんうん。ちょっと待って。メモする。。。。了解。じゃ、そちらの方はよろしくね。うん」
 
電話を切ってからソファに座り込む。
「ああ、でもよく寝た〜」
「おはようございます。シチュー食べます?」
「うん、ちょうだい」
といって食べ始める。
 
「しかし私も年かなあ。今回はさすがに疲れた」
「いや、これだけの作業を短時間でしたら若い人でも疲れるよ。今回は難曲ばかりだったし、それで時間が無かったし」
「まあね。でも冬は明日から全国飛び回ってもらうからよろしくね。他の3人もね」
「はい、って明日からなのか!」
「結局ダウンロード開始はいつになったんですか?」
「明日」
「えー!?」
「売れる状態でなきゃ、キャンペーンやっても仕方ない」
「ひゃー、凄い。★★レコードもやるもんですね」
 
「本来のCD発売は27日だけど、先行プレスしたCDをキャンペーンやる店には各店1000枚限定で持ち込んで売る」
「凄い。速攻で作ったんだ」
「今プレスしている最中だろうね」と美智子は笑っている。
「明日の10時にダウンロードも開始だね。先行CDは正式プレスするのとはジャケット写真が違うから、ファンは両方買うかもね」
「あくどい商売だ」と政子。
「このくらいはいいでしょ。ケイの水着ピンナップ写真もおまけで封入するし」
「へー、私1枚買っちゃおうかな」
「え〜?」
 
「ところでさ・・・・」と美智子は言って、突然私の胸に触ってきた。
「何?何?」
「シリコンバッグ抜いても触った感じはほとんど変わらない気がするな」
「EカップからCカップに戻ったけどね」
「手術の痛みは?」
「最初の一週間はけっこう痛かった。でもヒーリングしてもらったので今はもうほとんど痛み無い。むしろ手術前より痛みが少ない」
「へー」
「青葉ちゃんの言うには、シリコンバッグという異物がそこにあることで、どうしても気の流れが乱れるんだって。だから痛みがどうしてもずっと継続してしまう。抜いたら自然回復力が働くから徐々に痛みは減っていく筈と」
「面白い人と出会ったみたいね」
「うん。ほんとに。彼女のヒーリングのおかげでヴァギナの方も今、全然痛くないの」
「感じるらしいよ」と政子。
「ちょっとぉ・・・」
 
「ふむふむ。興味深い」
「Gスポットでかなり感じるって。私押してみたら凄く気持ち良さそうにしてた」
「あのねえ・・・」
美智子は笑っている。
「まあ、その手の発言は他の人がいる所ではしないようにね」
「もちろん」
「ところで、ここだけの話で」
と言って美智子は身を乗り出す。
「性転換手術のあとで、ふたりでHした?」
「してない」と私と政子が同時に答える。
「指は何度か入れた」
「やられたから、私もマーサのに指入れた」
 
「君たちの関係っていまいちよく分からない」と美智子は苦笑する。
「お友達だよね」と私と政子は一緒に答える。
「ほんとに恋愛感情って無いの?たとえば政子に男性の恋人ができても、冬は平気?」
「うん。全然問題無い」
「政子は?冬に男の子か女の子か分からないけど恋人ができても平気?」
「平気だよ」
「ほんとかなあ」と美智子は疑っているようであった。
結局その日は私も美智子も政子の家に泊まっていった。
 

翌日早朝の札幌のFM局に出演したのを皮切りに、一週間掛けて私達は全国の放送局、HNSレコード、ショッピングモールなどを回り、『夏の日の想い出』
『キュピパラ・ペポリカ』『聖少女』の3曲を演奏した(一部会場では全6曲演奏)。
 
短時間での移動を繰り返すので、そのたびに楽器を設置・調整していると間に合わない。そこで、キーボード・ギター・ベースは持ち歩くにしても、ドラムスは3セット用意して、事前に各店舗で★★レコードのスタッフさんによって設置調整をしてもらうことにした。ギター・ベース・キーボードも仮の機材で接続して、実際に現地で依頼したミュージシャンさんに音を出してみてもらいPAの状態を確認してもらっておいた。
 
最初、★★レコードの南さんはマイナスワン音源を持たせて、ボーカルの私だけを全国飛び回らせることを考えていたようであったが、ローズクォーツのファンは私のファンだけではない筈、ということで美智子と町添部長との意見が一致し、費用と人手は掛かるものの、全員で演奏できる環境を整えてくれた。私達4人の全国行脚には、今回美智子が、うちの事務所からローズクォーツに続いて2組目のメジャーデビューをすることになった「ワランダーズ」の音源制作の真っ最中で、その締め切りも今週末であったため(ローズクォーツの録音はその作業に強制割り込みであった)、代わりに花枝が帯同した。
 
なお、ミニライブはHNSレコードの支店を中心に行ったが、一部交通の便の悪い支店は飛ばさせてももらった。また人口密集地の近くにHNSレコードが無い場合、ショッピングモールなどを借りてのライブを行った地区もある。また、その行脚の合間を縫って、各地のFM局の主としてトーク番組に突発出演させてもらい、新曲のアピールをしてきた。
 
この一週間で40ヶ所回り、このキャンペーンでの各店舗の売り上げだけで、3万枚近く売った。ダウンロードは急な販売であったにも関わらずFM局でのアピールが効いたようでその後ネットなどでの口コミもあり、最初の一週間で6万カウントを記録。先行プレスしたCDの売り上げと合わせて大手ランキングの3位にランクインした。更に27日に正規盤のCDが発売されると、キャンペーンで回ったCDショップでポスターなどを貼ってもらったり楽曲を流してもらったりしたおかげもあり、好評な売り上げでCDとダウンロード合わせて、この週だけで20万枚に達し、週間ランキング2位に入った。
 
「惜しいね。先週は△△、今週は○○、と大物の発売が続いたから。タイミング次第では週間ランキングのトップもあり得たね」
「○○とか初動でミリオンだもん。仕方ないですよ」
「うん。ただ○○は初動だけで終わりだけどね。熱狂的なファンが1人10枚とか20枚とか買ってるので跳ね上がってるから」
「楽曲別のダウンロードはどう?」と政子。
「トリプルA面の3曲が凄い競ってる。それぞれダウンロードしている層が微妙にずれてるけどね」
「へー」
 
「『夏の日の想い出』は10代・20代の女性が多い。『キュピパラ・ペポリカ』
は20代・30代の女性、『聖少女』は20代から40代に掛けての男性が多い」
「うーん。夏の日の想い出のほうが若い層に受けたか。負けた」と私。
「ふふふ。上島先生もホッとしてると思うよ。でも上島先生と冬って、少しライバル心持ってない?」と美智子。
「えー?そんな恐れ多い」
「向こうはかなり持ってるよ」
「そう?」
「うふふ。だからうちにいい曲提供してくれる。まあ、嬉しいことだわ。ローズ+リリーのメモリアルで『あの街角で』が上島先生の『白い手紙』を個別ダウンロード数で上回ったでしょ。あれで上島先生の闘争本能に火が点いたのよ。当面先生、かなりリキの入った作品を提供してくれるよ」
と美智子。
「あれはローズクォーツ版と比較しようという人たちのダウンロードだったし」
 
「不思議なパラソルも、南十字星も好評だよ。まあ、斎太郎節は別として、普段なら、どちらもタイトル曲に使えるようなレベルの曲だからね」
「うん」
「でも、今回のトリプルA面の3曲のクオリティが高すぎたから。カップリング曲にも相当のレベルが求められたのよ」
「だよね」
 
「不思議なパラソルをCM曲に使いたいって、○○○屋さんから照会があって」
「わあ」
「△□◇の新しいCMに使いたいらしい。ケイちゃんにも出演してくれないかと言われたからOKした」
「きゃあ」
「性転換手術済みなんですか?と向こうの広報担当の人から訊かれたから済んでますし、10月に20歳の誕生日が来たら戸籍も女性に変更予定ですと答えておいた」
「ああ、企業はその付近、気にするんだろうね」
「うん。子供向けの商品だからね。私がそう回答したら、ああ、じゃ普通の女性と同じと思っていいですね、と言っていた」
「そう言われるとちょっと嬉しい」
「え?言ってあげようか?冬は普通の女性だよって」
「あはは。でもテレビに出演するの初めてだったりして。ローズ+リリーの記者会見の時以来だ、テレビカメラの前に立つの」
 
その後「南十字星」の方も、ビール会社のCMに使いたいという話が来て、そちらにはローズクォーツの4人で出演することになった。私は未成年なので他の3人が美味しそうにビールを飲んでいるのを少し離れた場所から見ている役であった。また「聖少女」は秋から始まるドラマの主題歌に採用が決まった。
 
「ドラマが始まるとまた売れそうだな。ケイにドラマの方にもちょっと出ないかという話もあったらしいんだけど、浦中さんが断った」
「あはは。美智子も断ってたでしょ」
「うん。こちらまで来てたらね。ローズ+リリーがテレビに一切出なかったからね。ローズクォーツもテレビには出ないスタイルで行きたいのよね。CMは例外」
 
「音楽番組にも出ないんですか?」とマキ。
「出たい?」
「いえ、子供の頃、浜田省吾とか山下達郎とかがテレビに出ないスタイル貫いているの見て格好いいなあと思っていたんで」
「じゃローズクォーツはテレビには出ない、というのでいいね」
と美智子は笑って言う。
「まあ、正直テレビに出るとあれこれ注文が多いし、拘束時間は長いしねぇ。あまり好きではないのよね」
 
「フォーク系の歌手は時間制限や表現に介入されるのを嫌う人も多いみたいですね」
「そうそう。そのあたりも色々あるよね。それに私自身が若い頃、テレビ番組の裏側を見すぎたせいもあるかなあ」
「そういえば河合さん(スイート・ヴァニラズのマネージャー:美智子と同様にスイート・ヴァニラズのマネージング会社の社長でもある)とも、そんな話をしてたね」
「うん」
スイート・ヴァニラズもテレビ出演拒否組である。
「そういうわけでみんな映像は自主制作したPVをyoutubeやニコ動に流す」
「うちもかなり流してるもんね」
 
「PV公開するとCDとかの売れ行きが落ちるんじゃないかと言って嫌う人もいるけど、うちの場合新しいPV流した直後にiTuneや着うたフルとかのダウンロードが増える傾向あるんだよね。CDは集計が遅いからよく分からないんだけど」
「PVは試食品ですから」
などと私達は話をしていた。
 
7月31日の日曜日、その日私達は九州から岡山と広島で新曲のキャンペーンをし、その仕事が夕方に終わって、そのあとフリータイムとなった。月曜火曜はオフの日で、水曜日の朝までに東京に戻っていれば各自好きにしていいよということであったので、私は取り敢えず広島に来るといつも寄る「みっちゃん」でお好み焼きを食べた後、夕方の広島の街を散策していた。今夜は広島で泊まった後、明日は富山に移動して青葉ちゃんのヒーリングを受けてから帰京する予定でいた。
 
街角に若い女の子の列ができている。何だろう?と思って見てみたら占い師さんであった。50歳前後だろうかという感じの女性占い師の前で一人の女の子が頷きながら話を聞いている。その後ろに似たような年代の女の子がずらっと並んでいる。私はあまり占いとか信じる方ではないので、へーと思いながらそこを通り過ぎた。
 
そしてちょっと角を曲がった所に、70歳くらいかな?という感じの女性占い師さんがいて、ここには全く列ができていなかった。客は全然居ないのに、その占い師さんの眼光が鋭いことに私は興味を持った。それで、占いなんて全然やったことないのに、なぜか私はその人の前に立った。
 
「ちょっと運勢見てもらえますか?」
「生年月日と分かったら出生時刻、それに生まれた県を教えてもらえる?」
「はい。1991年10月8日午前11時2分、岐阜県高山市です」
占い師さんはさっとメモするとテーブルの下からノートパソコンを取り出しそのデータを打ち込んでホロスコープを表示させた。手相か何か見られるかと思ったので、意外なハイテクに驚く。
 
「あなた、表に立って活躍するお仕事に向いてるね。あまり家庭に籠もって、女の幸せを追求しようとかいうタイプじゃないわ」
「あはは、そうかもです」
「3年くらい前に人生が大きく変わるような出来事なかった?」
「ありですね。今のお仕事始めたのがちょうどその頃です」
「なるほどね。でも普通のビジネスじゃないわね・・・・うーん、芸術的なお仕事、音楽とか踊りとかじゃないかしら?」
「当たりです。私、歌手なんです」
 
「あなた、そのお仕事にほんとに向いてるわよ。成功すると思う。若い内はいろいろ苦労するかも知れないけど、頑張りなさい」
「はい」
「あなた、器用なタイプでしょ。いろんなことができちゃう。それで人はそんなにあれこれやらずに何かに絞ったほうがいいと言うだろうけど、それではダメ。あなたは色々なことをしていることで全てがうまくいくタイプ。絞ってしまうと、どれもうまく行かなくなる」
「心当たりあります」
「だから特に若い内はほんとに何でも貪欲に挑戦していった方がいいわ」
「なるほどですね」
 
「今わりとお仕事順調でしょ?」
「はい」
「このペースで頑張っていれば好調を維持できると思う。へたに休養期間とか入れると急速に売れなくなったりするわね」
「一時休養期間があったんですが」
「それ・・・・去年の6月以前ということない?」
「はい。一時期休んでいて、昨年の6月から活動再開しました」
「2010年の・・・7月8日。これが休養してもよかった時期のタイムリミット。これより後まで休んでいたら、あなた復活できてなかったわ」
「わあ」
「次は2034年までは休んじゃだめ」
「23年後か・・・・」
「赤ちゃん産む時に歌うのができなくても、たとえば作曲活動とかは続けるとかそういうことをしていれば何とかなると思う」
「赤ちゃんですか・・・」
 
「うーんとね・・・・やはりお仕事しているせいかな。結婚して赤ちゃん産むのは少し遅めかもね。。。これで見ると、27歳くらいで子供ができそう」
「そ、そうですか?」
ホロスコープにそういう示唆が出ているのかも知れないが、占い師さんは私に子供を産む機能が無いことまでは知らないから、これはしょうがない。
「あれ?あなた結婚せずに子供だけ作っちゃうかもね」
「あ、そういうのはあまり気にしない方だから」
「あなた強い子だから、ひとりでもちゃんと子育てしていけるわ」
 
占い師さんは、他にも仕事をしていく上での注意点とか、人生が辛くなった時はこんなこと考えてみて、などといった類のアドバイスをしてくれた。話していたのは15分くらいであったが、私はかなり満足してそこを後にした。満足したので名刺を頂いておいた。
 
しかしこの占い師さんは凄いと思った。話し方にあまり商売っ気が無いから、あまり流行らないのかも知れないが、いわゆる「当てる」タイプの占い師さんなのだろう。だいたい流行る占い師さんは当たる・当たらないはあまり関係無く話術の巧みな人で、むしろ当たらないことが多いと聞いたことがある。
 
「しかし子供か・・・・・」
私はちょっとため息を付いた。
「それだけは自分で放棄しちゃったものだからなあ・・・・」
と思いながら、私は遅くまで開いているカフェに入り、ブラックコーヒーをオーダーした。
 
 
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