【夏の日の想い出・2年生の夏】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-08-30/改訂 2012-11-11
8月3日の水曜日、その日は午前中にFM局の番組の収録をした後、午後はフリーになったので(というより意図的に空けた感じであった)、私と美智子は予め声を掛けていた政子と一緒に3人で宇都宮のデパートを訪れ、少し寂れてきつつある感じの食堂街で一緒に遅いお昼御飯を食べた。
「もう3年か・・・・早いもんだね」
「1年後の8月3日に美智子のブログが立ち上がって、1年半後の2月3日に事務所設立、2年後の8月3日にローズクォーツのデビュー。美智子もかなりこの日付にこだわってるよね」
「ふふふ」
「今年の8月3日は特に何も無しかな」
「今から何か起きたりして」
「3年前のあの日のこと、私まだ鮮明に思い出すよ」と私。
「冬は、マジであの日から人生が変わっちゃったんだもんね」と政子。「まさに『夏の日の想い出』だね」と美智子。
その時、突然BGMでその『夏の日の想い出』が流れた。
「おお」と3人とも声を上げる。
「実は私、上島先生からこの曲の譜面受け取った時、あの日のこと思い出しながら演奏したんだ」
「ちょっと『パッヘルベルのカノン』とか『主よ人の望みの喜びを』とかを思わせるような感じの分散和音だよね」
「あの日、美智子にトイレに連れ込まれて、女の子に変身させられていた時実はカノンがBGMに流れていたの」
「へー。私はそれ覚えてないや。でもそれなら今度の年末のシングルにはカノンを入れようか」
「バロックはやってみようって前々から言ってたもんね」
「ドサ回りでは何度かやったね。『四季』とか『オンブラマイフ』とかリクエストされたんだよね。『G線上のアリア』とか『主よ人の望みの喜びを』もやったよ。『四季』は春の歌詞を即興で作りながら歌った後、冬をNHKの『みんなの歌』でやってた歌詞で歌った」
「それ歌える冬も凄いけど、演奏できるマキさんたちも凄いな」
「うんうん。このリクエストで演奏するというのはクォーツが初期の頃からやってたスタイルらしいから。過去に2000曲くらいは演奏してると言ってた」
「すごーい」
「だけど『夏の日の想い出』も凄いよ。CDとダウンロード・着うたフル合わせて50万件突破寸前。おかげで、ローズクォーツの先行投資分の借金が一気に返せる」
「わあ、それは良かった」
「ケイを除く3人は給料1ヶ月20万保証、というので1年間やってきたんだけど、1ヶ月40万保証に改訂することでマキさんとは合意した。マキさん、これで結婚できるなんて言ってた」
「わあ、それはおめでたい」
「実際には今回の『夏の日の想い出』の印税だけで結婚資金は出ると思うけどな」
なお、私と政子の方は従来通り固定給無しで、歌唱印税のみの契約で6月に契約更新していた。また美智子は会社の増資をしたいので、もし良かったら一口乗らないかと私達に打診した。会社の資本金は設立時には500万だったのだが、今回私が600万、政子が600万と美智子自身が追加出資800万して2500万とした。それで私と政子は各々、美智子の会社の24%の株主になっていた。
「あれ?考えてみたら、これ株主総会だったりして?」
「あ、確かに」
「ふふふ。取締役会議でもある」
この会社の取締役は美智子が代表取締役の他、美智子の母と兄が名目上の取締役になっていたのだが、美智子は株主になったついでに取締役もやらない?と打診し、私達は「じゃ名前だけ」ということで、引き受けていた。なお監査役は美智子の従兄が引き受けてくれていた。
また美智子は私達が株主で取締役になったことで会社の帳簿を見せてくれた。私と政子に関わる印税やギャラの事務所取り分に関しては、うちと津田社長の所と浦中部長の所で3等分していること、またこれまでローズクォーツの活動資金として、両社からあわせて毎月100万円ずつ借りていたことを知った。これを『夏の日の想い出』の印税が入った時点で一気に現金で返すことも同意済みとのことであった。津田社長からは少し株を買えないかと打診されたものの、株を持って頂かなくても、色々ご意見はちゃんと聞きますからと柔らかく断ったという話だった。
食事が終わると3人は店内のスタバに移動してコーヒーを飲みながら会話を続ける。
「今回は緊急事態だったし、少しでも計算できる戦力が欲しかったんで政子にもローズクォーツの録音に参加してもらったんだけど、また次も頼めるかな」
「いいよ。録音だけなら。ステージやカメラの前で歌ったりはしないというのがうちの母との約束だから」
「じゃ、また10月か11月に次のシングル作ると思うから、その時お願いね」
「うん」
「それから今月後半にローズ+リリーのほうのメモリアル2を制作したいんだけど」
「夏休みだから頑張る」
「うん。お願い」
「今度はローズクォーツが伴奏してくれるから」
「でも、ローズクォーツの録音にマーサが参加した場合と、ローズ+リリーの録音の伴奏をローズクォーツがした場合と、結果的に同じにならない?」
と私は先日から持っていた疑問を出してみた。
「やってる人は同じだけど、ローズクォーツとローズ+リリーはコンセプトが違うからね。違ったものに仕上がる」
「なるほど」
「おはぎとぼた餅の違いみたいなもの?」
「ピラフとチャーハンの違いかな」
「うーん。シチューと肉じゃがくらいの違いでは」
そんな感じで、私達は活動のこと、音楽のこと、また様々な雑談をしていた。その時、美智子の携帯が鳴った。この着メロは町添さんからの電話の筈だ。「お早うございます。須藤です」といって電話に出ながら店外に出る。
「え!?はい。。。何ですって!?。。。。わぁ。。。それは大変でしたね。。あ、はい。。。。はい。。。。はい、もちろんやらせて下さい。頑張りますので。ありがとうございます」
と言っているのが聞こえる。
美智子が電話を切って店内に戻ってきた所で尋ねる。
「何があったの?」
「実はさ、今日これからビッグニュースとして流れると思うんだけど」
「うん」
「クリッパーズが解散した」と小さな声で美智子が言う。
「えー!?」と私達も小声である。
「前々からボーカルのyasuさんとリーダーのkaoruさんって仲悪かったでしょ」
「うんうん」
「新曲のアレンジめぐっての喧嘩から、対立が決定的になっちゃったみたいで。音楽の方向性が違うので今後は別々に音楽活動をする、と」
「きゃー」
「他のメンバーもyasuさん側とkaoruさん側に2人ずつついて、完全に真っ二つ。今までふたりの間に入ってまとめ役になってたベースのnakaさんはもうこれを機に音楽活動を引退すると言っている」
「嘘ーっ。私クリッパーズ好きなのに」と政子。
「クリッパーズは今月全国20ヶ所のツアーをする予定だったけど当然中止」
「げっ。全国のイベンターが泣きますよ、それ」
「だよね。凄い損害が出る」
「あれ?クリッパーズは今年のサマーロックのヘッドライナーでしたよね」
「そうなのよ。それで今大騒ぎしているところで」
「どうなるんですか?」
「去年ヘッドライナー務めたサウザンズに今年もヘッドライナーお願いすることで話がまとまった」
「えー?でも今年はサウザンズ出ない筈だったのでは?」
「うん。日程のぶつかる茨城のフェスに出る予定だった。そちらをキャンセルして、こちらに出てくれることになった」
「わあ」
「まあ、向こうのフェスでの扱いに若干不満があったみたいで、渡りに船ではあったみたい。それで茨城の方には、同じ事務所のトライアル&エラーが出る」
「トライアル&エラーは今年のサマーロックの午後トップでしたね」
「サウザンズをこちらに連れてくる以上、そのクラスを向こうにトレードしないと、向こうが納得しない」
「あはは」
「それで、こちらの午後トップには午前中ラストの予定だったスカイヤーズ」
「ああ。。。。」
「午前中ラストには、その前に演奏予定だったスイート・ヴァニラズが横滑り」
「なんか関わってるバンドばかりだ」
「で、そのスイート・ヴァニラズの前にBステージからローズクォーツを引っこ抜き」
「やった!」と政子が叫ぶ。
「それで頑張りますと・・・」
「そういうこと」
「頑張りましょう!」と私も言う。
「他のメンバーにも連絡入れるね」と美智子は言ってから
「なんなら、ローズクォーツ、スイート・ヴァニラズ、スカイヤーズと3組に連続してケイちゃん出る?」
「あはは。それはさすがに辞退しておく。でもメインステージに立てるって夢みたい」
「去年も立ったじゃん」
「ローズクォーツでだよ〜」
「今、『夏の日の想い出』がヒットチャート上位でずっと売れてるから、それが考慮されたみたいよ。今、50万枚でこのままなら70万枚は行くだろうから、一応ビッグヒットのあるアーティストというメインステージ基準をクリアした」
「なるほど」
「町添さんは、ローズ+リリーに90万枚ヒットがあるんだからいいじゃんと前々からローズクォーツを推してくれていたらしいけどね」
「ああ」
美智子は店外に出て、電話を掛け始めた。
ローズ+リリーの最後のシングル「甘い蜜」は当時80万枚売れたのだが、昨年の私のサマーロックやスイート・ヴァニラズのライブでの露出のせいで再度売れ、また今年出したメモリアルアルバムに刺激されてまた売れ、ここまでの累計売り上げは93万枚くらいになっていた。ひょっとしたら3年がかりのミリオン到達もあり得る、などという話になっていた。
「しかしさあ・・・・・」と私は政子に言う。
「私って、ほんと代役ついてるんだな」
「代役でも何でもいいじゃん。チャンスはものにしよう」
「うん。頑張る」
8月前半は○○○屋などのCMの撮影があった他、FM局への出演、CDショップなどでのキャンペーンを続けた。また頻繁に顔を出している幾つかのライブハウスで短いライブを行ったりした。
そしてサマーロックの日がやってきた。
「冬がステージの方に出るならチケットはどうなるの?」と礼美は心配そうに訊いたが「政子が配るから大丈夫」と笑って答えた。
政子は礼美・仁恵・博美・小春の4人を連れて観客席に入った筈である。
私達の出番は11時からなのでマキたちは10時に入ると言っていたが、私は朝一に入り、他の出演者の演奏を特別席のほうで見ていた。上島先生がいたので、挨拶してしばらく話していた。
「『夏の日の想い出』売り上げが絶好調だね」
「先生のおかげです。ありがとうございます」
「でも、あの曲書いてほんと凄いの出来たぞと思ったのに、君の『キュピパラ・ペポリカ』見て、負けたぁと思った」
「えー?そんな勝ち負けとか。先生の作品は格が違いますから」
「感性じゃ、40代の僕は20歳の君にかなわないよ。でも頑張ったんだけどなあ。君の『聖少女』は譜面を見ていて凄いと思ってたから、それには負けないのを書こうと張り切ったのに」
「個別ダウンロードでは『夏の日の想い出』のほうが『キュピパラ・ペポリカ』
より若い層にダウンロードされてますよ」
「僅差だけどね」と先生は笑ってる。
「若い人の作品はしばしば感性だけで突っ走った作品が多いのに、君は技巧もしっかりしてるんだよね。音楽理論、かなり勉強してるね」
「和声法とか対位法とかコード進行理論とかの本はよく読んでます。あとうちのリーダーのマキがそういう話好きなんで、ビートルズとかクイーンとか、少し古いのではベンチャーズとかグレン・ミラーとか、日本ではYMOとかスクェアとかの曲を題材に楽曲の分析を一緒にしたりしてます」
「なるほどね。その手の勉強するなら、参考書のリスト送ってあげるよ」
「わあ、ありがとうございます」
やがて10時になったので、出演者の控え室の方に行く。しばらくマキたちと話していたら、スイート・ヴァニラズのメンバーが入ってきたので、私は駆け寄ってEliseとハグした。ハグだけのつもりだったのに、続けて唇にキスされた。
「ケイ〜、『キュピパラ・ペポリカ』ツボにはまっちゃったよ〜、もう最近、ずっと聴いてるよぉ」
「わあ、ありがとうございます」
「もうカバーしちゃおうかと思ってるくらい」
「事務所に確認しますけど、いいと思いますよ」と私は笑って言う。
「よーし、やっちゃおう」
「でさ、今日はケイたちに続いて私達でしょ。回転舞台で間隙無しで登場だからこういうことしない?」
といってEliseが私の耳にささやく。
「いいですよ。私も嬉しい」
「よし、やろうやろう」
私はその場で美智子に電話をしてスイート・ヴァニラズが『キュピパラ・ペポリカ』
をカバーしたいと言っているということを伝える。美智子は「OK。OK。私達もいろんなアーティストの曲をカバーしてるし」と笑って言っていた。すぐそのことをEliseに伝えた。
「よーし。カバーしてライブでやろう。今度のアルバムにも入れちゃおう」
「ありがとうございます。嬉しいです」
午前中のメインステージ、最初の3組の演奏が終了し、短い休憩に入る。その間にスタッフの人がドラムスとキーボード、マイクなどを設置し、やがて私達は脇からステージに登る。
物凄い歓声が上がる中、私は
「やっほー!ローズクォーツだよぉ!」
と挨拶する。両手を高く上げて歓声に応える。気持ちいい!今日は晴天。観衆は満員。多分8万人超。私はメンバーがそれぞれの位置に付いたのを雰囲気で感じ取ると「さあ、元気に行ってみよう!」と言う。
サトのドラムスが景気よく鳴り始めた。続けてマキのベースとタカのギターが鳴り始め、私はキーボードで前奏を弾くと最初の曲『キュピパラ・ペポリカ』を歌い始めた。
曲は、『聖少女』『峠を越えて』『一歩一歩』『不思議なパラソル』『南十字星』
と続いていく。他のバンドはだいたい5〜6曲を演奏したが、ローズクォーツの曲は短いものが多いので、30分の持ち時間に8曲ほど演奏することが可能であった。『あの街角で』を歌ってから最後の曲『夏の日の想い出』になる。バロック風の分散和音に乗せて、私はこの曲を熱唱した。物凄い大観衆を前にして、私はちょっと3年前の宇都宮のデパートでのライブを思い出していた。なぜか突然涙が出てきた。
その涙に気付いたのは最前列の付近にいた観衆だけであったようだ。胸が熱くなる。「ケイちゃん、どうしたの〜?」「大丈夫〜?」という声をもらった。「ありがとう!ケイは元気だよ!」と間奏の間に声援に応える。
歌い終わった時、凄まじい拍手がわき起こった。私は深々とお辞儀をした。進行係の人が『もう1曲』というサインを出している。
「みんな、ありがとう!もう1曲行っちゃうね!」といって一瞬後ろを振り返る。みんな頷いている。脇から悠子(桜川さん)が走ってきて、私が弾いていたキーボードを台から降ろし、持ってきた和音階に調音したキーボードを置く。それを待っていたかのようにサトの力強いドラムスワークが始まる。私はそちらのキーボードを弾きながら『花鳥風月』を歌い始めた。
観客が沸いている。手を振っている人達がいる。ほんとにこれは凄い。その中で私は和音階ロックを熱唱した。その西洋音階と微妙に違う音階に大きな歓声と共に当惑のような空気があるのを面白く感じた。ちゃんと音階が違うことに気付いている人たちだ!
最後の音を歌い終わるのと同時に私は両手を大きくあげて歓声に応える。そして、深々とお辞儀をした。歓声と拍手が鳴り止まない。メンバーのひとりひとりに手を向け、そのひとりひとりがお辞儀をする。更に盛り上がる歓声。
「ありがとう!ありがとう!」と私は大きな声で叫んだ。
「さあ、次はお待ちかね、スイート・ヴァニラズだよ!」と言って、私はステージの前端に立つ。回転舞台が回り始めたが、私が立っている所は回らない。客席の前の方で、あれ?という顔をしている人達がいる。その時、まだ回転舞台の裏側にいるスイート・ヴァニラズの Carolさんのドラムスワークが鳴り響いた。更に続いてギターやベースの音も鳴り始める。
そして私はスイート・ヴァニラズの『祭り』を歌い始めた。
観衆が戸惑うようにどよめくのを感じる。やったね!ちょうど回転舞台が回って、スイート・ヴァニラズが表側に出てきた時、私は1メロを歌い終わった。そして私はマイクをEliseに手渡すと、再度観客に向かって両手を挙げ、舞台から駆け下りた。その背中でEliseが2メロを歌い始めたのが聞こえる。観客の物凄い歓声。
「面白い面白い。観客はびっくりしたろうね」と舞台下に立っていた町添さん。
「はい。Eliseさんと話して決めたサプライズ企画でした」
「フェスならではだね」と町添さんも笑いながら、私に握手を求めてきた。しっかりと握り返して握手する。
「でも君もすっかりスターになったな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。でもこれが出発点だと思っています」
「うん。頑張ってよ」
「はい」
「君はスターに必須の才能を1つ持ってるな」
「はい?」
「カリスマ性だよ。この30分間、8万の観衆が君の信者になっていた。さしずめ教祖様という感じかな」
「じゃ、次は女王になります」
「あはは、期待しておくよ。でもやはり君はスターだよ。こういう言葉を掛けられて謙遜するような子は絶対大成しない」
「厚かましいだけです」
「うん。僕は厚かましい子が大好き」と部長は笑っている。
そこに政子たちが走り寄ってきた。政子が私に抱きついてキスする。
「凄かったよ〜、冬。感動した」
「ありがと」
「休憩時間にフリーエリアに来て観てたんだけど、興奮抑えきれなかったからこっちまで来ちゃった」
「いいけど、他の観客を刺激しないようにね」と私は笑って言う。
実際、政子たちに続いてこちらに来ようとして止められている観客の姿を見た。政子の場合はこの近辺も顔パスだ。
ローズクォーツの他のメンバーも舞台の裏側から出てきた。町添さんがひとりひとりに握手を求めている。
こうして私達の最初の夏フェスのステージは終了したのであった。いったん上がって昼食を兼ねた打ち上げをすることになる。私達はスイート・ヴァニラズのステージを見終わってから、関係者出入り口からタクシーで駅前に行き、イタリアンレストランで祝杯(私はオレンジジュース)を挙げた。
政子・美智子に花枝・悠子も含めて8人でがやがやと談笑していた時、私の携帯が鳴った。スカイヤーズのYamYamさんだ!
「おはようございます、ケイです」
「おはよう。会場で捕まえようとしたらもう上がったというから」
「今、こちらの打ち上げですが、終わったらスカイヤーズが始まるまでに会場に戻りますよ。フェスを最後まで見たいので」
「スイート・ヴァニラズと一緒に楽しいことしたんだから、俺達とも楽しいことしようよ」
「は、はい、何をすればいいんでしょう?」と私は笑いながら訊く。
「はい。。。。了解です」
ということで、私はみんなより一足早く会場に戻ることになった。出演者の控え室に行き、スカイヤーズの面々と挨拶して、打ち合わせをする。やがて午後の部がもうすぐ始まることを告げるアナウンスがある。そして時間となった。
司会者が「それではスカイヤーズの登場です」と紹介したが、ステージにはスカイヤーズとともに、私も登り、私が前に出た。また当惑するような観客の反応。私はその観客に向かって、深々とお辞儀をした。
「こんにちは。ローズクォーツのケイです。もうほんと出しゃばりで済みません。さて昨年はBunBunさんが倒れて、私が代わりに歌わせて頂きました。今年こそは本来のスカイヤーズのステージお楽しみ下さい。スカイヤーズ、ボーカル BunBun!」
と私がBunBunの方を腕で指し示すと、拍手と歓声が沸き上がる。
その歓声の中、私はゆっくりと歩いてBunBunさんにマイクを渡した。歓声が一際大きくなる。BubBunさんは片手を挙げて、それに応える。Chou-yaさんのドラムスが力強く始まる。そして最初の曲「夢見る人形」の演奏が始まる。私はステージをゆっくり下りて、ステージの傍で大きなモーションで拍手をした。
会場が盛り上がっている。曲が進行し、2コーラス目のメインメロディ部分が終わり、サビに入るところで大きくステージ上で動き回りながら歌っていたBunBunさんが私の近くまで駆け寄り、階段を半分まで下りて私を手招きする。私は階段を駆け上り、BunBunさんと一緒にサビの部分を歌った。また会場から凄い歓声。そしてそのまま3コーラス目を私ステージ上でBunBunさんと一緒に歌ったのであった。
曲が終わる。私はBunBunさんからマイクを預かると、スカイヤーズの面々を紹介した。
「ベース、Pow-eru!」大きな歓声と拍手。
「ギター、YamYam!」また大きな歓声と拍手。
「ドラムス、Chou-ya!」また会場が沸く。
「そしてボーカル、BunBun!」一際大きな歓声。
「This is スカイヤーズ! Hey, Let's go on!」と叫ぶと、大きな拍手の中、私はマイクをBunBunさんに返してステージを駆け下りた。2曲目の演奏が始まるのを背中に聴いた。
脇に町添さん、美智子、スカイヤーズのマネージャーさん、このイベントの総責任者の立木さんがいて、私を拍手で迎えてくれた。
「なんだ、ケイ。結局スイート・ヴァニラズにもスカイヤーズにも出ちゃうし」
「あはは、美智子が言ってた通りになった」
「いやあ、直前にクリッパーズ解散でケチ付いちゃったけど、ふたを開けてみると、そのおかげでメインステージに来たケイちゃんで、これだけ盛り上がる。世の中うまいことできてるね」
と立木さんが言い、握手を求められた。
「ありがとうございます。来年もよろしくお願いします」
と言って私は握手をする。
フェスが終わってから私や政子・礼美など女子グループはもう好例となったプールに行って身体のほてりを鎮めた。行くと今年はスイート・ヴァニラズの面々とそのお友達?のグループがいて、私はまたEliseとハグする。
「相変わらずいいボディラインしてるなあ」
「でも胸はEliseさんに負けます」
「胸はいいとしてお腹がね〜。私はもう水着写真撮れないもん。あれ?気のせいかな?以前はケイ、もう少し胸があった気が」
「先月、シリコンバッグ抜いちゃったんで」
「おお、フェイク無しでこれだけあれば大したもんだ」
Eliseは小声で
「ね、下の方も取っちゃったという噂が」と訊く。
「噂で流れてるんですか?別に隠してないけど」と私は苦笑した。
「取っちゃいました。完全な女になりました」とにこやかに答える。
「10月には戸籍上の性別も訂正しますよ」
「おお、やるねえ」といって、Eliseは私に軽くキスをする。
「そうだ、今夜9時半から、あらためてうちの打ち上げやるんだけど、ケイちゃんとマリちゃんも来ない?」
「わあ、こちらもローズクォーツで打ち上げやるつもりでいました」
「じゃ、合同でやっちゃおうよ。こちらに合流するといいよ」
「あ、いいですね。ちょっと連絡してみます」
私はマキと美智子に電話し、スイート・ヴァニラズと合同で打ち上げやろうという話になっていることを連絡した。美智子はマキたちがよければ問題無いと言っていた。マキがOKと言ったので場所を連絡する。サトとタカにはマキから連絡するということだった。美智子に再度連絡する。松島さんと桜川さんにも連絡するということだった。
「こちらメンバー4人に政子、スタッフ3人で合計8人です」
「了解。こちらはメンバー5人とスタッフ7人で12人」
Eliseはマネージャーの河合さんに電話してローズクォーツとの合同打ち上げになったこと、人数が20人になったことを伝えた。
その後プールでは私と政子は25mプールに行き、ひたすら泳いだ。今年は仁恵も私も泳ごうといって私たちの隣のコースで少し泳いでいたが、2-3往復した所で「疲れた」と言ってあがっていた。私と政子が10往復くらいしてあがってくると「ほんとにふたりとも体力あるね」と言っていた。
「政子〜、まだ興奮が鎮まらないよう」と私は言う。
「私は疲れた。冬、ひとりで泳ぐ?」と政子。
「私も疲れたことは疲れたんだけど、この興奮をどこに持って行こう」
「そういう時はね」
というと、政子はプールサイドに置いてあったビニールバッグから五線紙とボールペンを出して来て「はい」と渡した。
「このボールペン、顔料インクだから少しくらい濡れても大丈夫だから」
「むむむ。よし」と私は言うと、とにかく心の中で渦巻いている興奮をそのまま譜面に書きだした。政子がタオルを出して私のひざを拭いてくれる。
「あ、ありがと」
私は五線紙を膝の上に書き、音符を書き続ける。
「ふたりってまるで恋人同士みたい」
「ちょっと、仁恵〜。そういう誤解を招くような発言は勘弁」
「でも、ほんとに息が合ってるよね」
「あはは」
私は曲のタイトルに「Run for NOW」と書いた。確かにこれでかなり気持ちが鎮まった感じであった。書いている途中でスイート・ヴァニラズのLondaさんが通りかかり、のぞき込む。
「へー、ケイちゃんって、楽器とか無しに、そらで音符書けるんだ?」
「頭の中にピアノがあるらしいです。譜面にソの音を書くと、頭の中でソの音が響くんだって」
「へー、面白い。絶対音感とはまた違う才能だよね、それ」
「私、絶対音感無いです」
「その代わり凄く正確な相対音感持ってるのよね。最初の音だけもらってからアカペラで歌って最後に音程確認しても全くずれてないんだもん、冬って。私なんて、それやると3度くらいずれてる時あるのに」
「だって最初に聴いた音を覚えてるもん」と私は微笑みながら譜面を書いていた。
プールの終了時刻になり、私達は着替えて解散した。仁恵達は4人でファミレスに行くと行っていた。私と政子はスイート・ヴァニラズのメンバーと一緒に打ち上げの場所に行く。そこに美智子たちやマキたちも合流してきた。
打ち上げはビストロを貸し切りにして行われていた。料理も美味しかったが、みんなたくさんお酒を飲む。他の客がいないから、羽目を外せるよ、などとEliseは言っていたが、言葉通り、Eliseは最初からウィスキーのロックをぐいぐい行っている。あっという間にできあがってしまった。
「ケイ、性転換してからさ、女の子の機能、もう使った?」
「え?えっと。まだです」
「もったいない。せっかく女の子になったんだから使わなきゃ。ケイ、彼氏はいないの?」
「いません」
「なんだ。紹介してあげようか?」
「いえ、その必要を感じたら自分で探します」
「クリエイターはやはりいつも恋をしてなきゃ。恋がいい作品を産むんだよ」
「そ、そうですね」
「まあ、作品じゃなくて赤ちゃん産むことになることもあるけどさ」
「私、赤ちゃんは産めないから」
「そう思ってても、何かの間違いでできちゃうこともあるかもよ」
「えー!?」
「まま、グイっと一杯行かない?」
「いえ、未成年なんで」
「まじめだなあ、誰も見てないよ」
「いや、やはりそこは自主規制で。20歳になったらお付き合いしますから」
「よし、約束」
と小指を出すのでこちらも小指を出したらそれを絡めた上で唇にキスされる。あはは・・・・しかし赤ちゃんか・・・・ずっと未来は性転換して赤ちゃん産めるようになる時代も来るのかも知れないなあ、とその時はふと思った。
未成年は私の他にこちらの悠子と、スイート・ヴァニラズのスタッフにも2人いるのだが、私以外は全員お酒を飲んでいる。悠子などはこの仕事を始める前はほとんど飲んでいなかったらしいが、芸能関係の打ち合わせなどで誘われることが多く、そのお付き合いでお酒を覚えたようだ。実際にはかなり強いようで、彼女が酔っているところを私は見たことがない。美智子のほうはこちらの責任者ということで一応正気は保っているが、中身としてはかなりできあがっている感じでもある。美智子とサシで飲んでいた河合さんは、途中から半ばダウン気味になっていた。
私とElise、政子とLondaが隣り合わせで各々サシで話をしている感じで、マキたち3人はスイート・ヴァニラズの他の3人とまざって合コンっぽい雰囲気になっていた。政子とLondaは若手男性アイドルの品定めで盛り上がっていて、私はあまりその方面の情報を持っていなかったので『へー』とか思いながら聞いていた。私とEliseはなぜか恋愛談義、更にはセックス談義にまでなっていた。私とEliseは恋愛では女も積極的に行くべしという点で意見一致。ダメ男の特徴だとか、浮気男・浮気女の性質から、逆に浮気の隠し方などまで、話が及んでいた。セックスの議論にも私が乗ってくるので、Eliseは小声で
「ケイ、お前、性転換後に経験が無いんだったら、男性時代にセックス経験あるだろ?」と言う。「あはは。まあ、オフレコでYes」と答えておいた。
Eliseは頷きながら「今日の話はお互いオフレコね。でも性転換前に経験しておいた方がいいんだってよ。その方が男の人といざセックスする時に、どうしたら彼氏が気持ちよくなるか分かるからって」
「ああ、なるほど、そうかもね」
「オナニーしてるか?」
「あ、えっと・・・・まだしたことないです」
「オナニーは大事だぞ。ちゃんと自分の性感帯開発しておかないと、特にケイは女になりたてなんだから、気持ちいいセックスできないぞ。自分が気持ちよくなれなかったら相手の男も気持ちよくなれない。潮吹きするくらいまで気持ち良くなれるよう頑張れ」
「あ、はい」
「おい、マリ」とEliseは隣のマリに声を掛ける。
「はい?」
「マリ、お前、ケイに女の子のオナニーの仕方教えてやれ」
「了解でーす!」と政子は敬礼して答える。
「よしよし、いい返事をするな」といってEliseはマリにもキスをする。こりゃ、かなり酔ってるなと私は思った。この会話、酔いが覚めたら覚えてなかったりして。。。。などと思ったので、私はEliseに提案をした。
「ね。Eliseさん、今度お互いの交換ミニアルバムとか作りません?」
「ん?交換アルバム?」
「スイート・ヴァニラズで作った曲をローズクォーツが演奏して、ローズクォーツが作った曲をスイート・ヴァニラズが演奏して、それぞれミニアルバムにしちゃう。各々6〜7曲くらいずつ」
「おお、面白い。やろう、やろう。どうせだから、スイート・ヴァニラズはローズクォーツ風に演奏する。ローズクォーツはスイート・ヴァニラズ風に演奏する」
「あ、面白いですね」
「でも女性ボーカルがそちらは1人だからな、あ。マリも入ればいいじゃん」
「乗った!私も歌います」と政子。
もしこの話をEliseが覚えていたら、セックス談義についてもEliseは覚えているということになる。
そしてこの企画はその秋に実現してしまったのであった。こうして私にセックス体験があることを知る人物が、政子・美智子の他にもう1人増えた。
打ち上げが終わってから私達はお互いに握手してから解散した。美智子と河合さんは、まだ話し足りないようで、ふたりでどこかに消えていった。Eliseは最後は完全にダウンしていたのでLondaが抱えるようにして連れて帰る。私はマキたちをタクシーに乗せたあと、何となく一緒に政子の家に戻った。
買い置きのアイスを食べながら、くつろぐ。
「ね。冬、エリゼさんから冬にオナニーの仕方教えてやれと言われたけど」
「あはは、だいたいは分かるかな。自分で研究するから分からない時指導してもらうということで」
「そうだね。なんなら模範演技してあげてもいいけど?」
「そのうち」
「ふふ。そろそろシャワー浴びて寝ようか。冬お先にどうぞ」
「ありがとう」
交替でシャワーを浴びることにして、先に私がシャワーさせてもらった。パジャマに着替え寝室に入る。この家には私の着替えもかなり置いてあるのである。少しうとうとしかけていたら、政子がシャワーを終えて入ってきた。
「パジャマなんて脱いで、裸になろうか」
という政子も裸である。
「えー?」
「研究するんでしょう?裸の方が気持ち良くなれるよ」
「あはは。ま、いっか」
私は服を脱いで裸になった。そのままベッドに横たわる。
「でもきれいに女の子になっちゃったよね」
といって政子は私の胸やお股に触った。
「えへへ。でも政子の身体もきれいだよ」
「私達、変なプロダクション入ってたらレズ映画とか撮ってたかもね」
「美智子がいい人でよかったね」
「うん。でも冬とならそういうことしてもよかったかな」
「えー?」
政子は私にキスをした。でもそのキスは親愛のキスだというのが伝わってくる。
「オナニー教えてあげようと思ったけど、私眠くなっちゃった。代わりに今夜はくっついて寝よう」
「うん」
政子はそのまま私のそばに寝て身体を密着させ、私のお腹の付近に片手を置くと、タオルケットをふたりの身体に掛けた。
「おやすみ」
「おやすみ」
そのままうとうととしていたら、政子が指で私のあのあたりに触ってくる。「なあに?」と私は訊いた。
「触ってみただけ」
「私も触り返しちゃうよ」
「いいよ」
というので私は政子のあのあたりに触る。
「でも冬が女の子になっちゃったのには、私が煽った分もあるかなあ、とか思っちゃったりして。少し責任感じちゃう」
「私は今の状態が幸せだから、マーサはむしろ恩人」
「ふふふ。でも赤ちゃん産めないもんね。冬」
「それは仕方ないよ」
「あのね。少し前から考えてたんだけど、もしさ、私が将来子供2人産んだら、ひとりは冬の子供にしてあげる」
「えー、そんなこと言っちゃだめだよ。マーサの結婚相手の考えもあるだろうし」
「だって私が産むんだもん。好きなようにさせてもらう。彼が子供2人欲しいと言ったら4人産んで、2人は冬の子供にするし、彼が子供3人欲しいと言ったら6人産んで、3人は冬の子供にするの」
「6人も産むの?」
「そのくらいは頑張れば行けるかな。その時は冬、頑張って3人育ててね。あ。でもシングルマザーという手もあるな。そっちのほうが気楽かも。種だけもらって勝手に1人で産んで1人で育てる」
「ひとりで育てるの大変かもよ」
「うん。でも旦那の世話とか面倒くさい気もするのよねー。子供の世話は頑張れると思うんだけど」
「でも旦那様とお互い精神的に支え合っていけるんじゃない?結婚すれば」
「そういう相手と巡り会えたらいいけどねー。そういう男なかなかいないんだよ。ただの負荷にしかならないような男が多い」
「随分悲観的・・・あれれ、Eliseさんも似たようなこと言ってた気が」
「エリゼさん・・・・最近彼氏と別れたんじゃないかなあ。なんかそんな雰囲気感じた。多分相手に浮気された」
「あ、それは気付かなかった」
「なんか恋愛論が私以上にペシミスティックだったもん」
「そうか。。。。マーサは・・・・彼氏作らないの?」
「うーん。。。冬こそどうなの?好きな男の子とかいないの?」
「私・・・去勢してから性欲がほとんど無くなっちゃったのよね。それと共に恋愛にも消極的になっちゃった気がして。でも青葉ちゃんから言われたの。恋はしなきゃダメだって。性欲が無くなったと思うのも、去勢したから性欲は無くなるんじゃないかと私自身が思っているからにすぎないって。ほんとは性欲ちゃんとある筈だし、恋もできるはずって」
「それ当たってると思う。男の子から女の子に立場が変わって、ちょっと混乱しているだけだと思うな。冬はちゃんと恋できるよ。性欲は私が少し開発してあげようか?」
「そこに戻ってくるのか!」
「ふふふ。よし、冬69しよっ」
「なぜ〜?」
「いいじゃん、研究・研究。今日は私が上になってあげる」
政子はそういうと私の身体の上に乗ってきた。。。。。。。。
その夜の記憶はそのあたりで切れている。結局私は政子とその晩69したのかどうか記憶が曖昧なのである。ただ目が覚めた時、政子はふつうに私のそばに寝ていたし、私は自分のあのあたりに触ってみたが、特に特別な感触も無かった。ただ翌朝、一緒に朝食のシリアルを食べながら政子はこんなことを言った。
「ねー、冬。もし私と恋人になりたいって気があったら早めに言ってよね」
「え?私とマーサって、友達でいいんだよね」
「ほんとに友達で大丈夫?」
「うん。私、その方がいい気がする。あ。でも政子が私と恋人がいいと思ったら言って。私、政子のこと好きになることもできる気がする。それともし私と入籍したいとかいう気があったら、来月までに言ってよね。私、誕生日過ぎたら戸籍の性別変えちゃうから、そのあとは籍入れられなくなるから」
「冬はちゃんと性別は女に変えるべきだと思う」
「うん。じゃ変えちゃうよ」
「うん、Go!だよ」
「取り敢えず。。。。私達、友達でいいんだよね」
「うん。友達でいよう。今の所は」
そう言って、私達は唇でキスをしたのであった。
それから1週間ほどした月曜日だった。月火は一応休みなので、私は朝からエステと美容室に行った後、街をぶらぶらと散歩していた。
スタバでショートドリップを飲みながら携帯でネットを見ていた時、
「あれ?もしかして。唐本・・・さん?」
と声を掛けられた。
「あら、木原君」
「やはり唐本さんか。でも見違えたなあ」
それは高校の同級生の木原正望君だった。彼は一橋大学に進学したはずだ。
「むしろ、よく私と分かったね。あ、立ち話も何だし、座らない?」
「あ、うん」
と言って彼は同じテーブルの向いの席に座った。
「たまたま先週、クラスメイトの女の子が『これにケイちゃん載ってるよ』ってnonnoを見せてくれて。高校の同級生だったってことは話してたもんだから」
「ああ、インタビューで載ったもんね」
「それで最近の写真を見てたんだ」
「なるほど」
「あ、『キュピパラ・ペポリカ』思わず着うたフル落としちゃったよ。何か不思議な曲だなと思って」
「わあ、ありがとう。我ながら面白い曲だと思ったんだ、あれ」
「でも、唐本さん、ほんと可愛くなったね」
「ありがと。今日は美容院行ってきたばかりだしね」
「こういう唐本さんの実物見たの、僕初めてだけど、ほんとに女の子にしか見えないんだね。でもやはり、いつもきっちりメイクなの?」
「今日はたまたま。オフの時はすっぴんで歩き回ってることもあるよ」
「へー」
「一応、万一写真週刊誌に撮られても恥ずかしくない程度の格好はしておけ、とは言われてるけどね」
「あはは、その辺はたいへんだね」
木原君とは学校のこととか、同級生の消息とかを話した。私は高校3年の頃、女子の同級生とよく話をするようになるとともに、男子の同級生とはあまり話をしなくなっていっていたが、最後の頃まで比較的よく会話を交わしていた男子の同級生も何人かして、木原君はその中のひとりだった。
「あっと、もうこんな時間。私15時半の飛行機に乗るから」
「あ、ごめんね」
「ううん。でも久しぶりに話せて楽しかったよ」
「僕も・・・あ、携帯のアドレスとか、交換できないよね」
「いいよ。交換しよっ」
私は木原君とアドレスの交換をしてからバイバイをして地下鉄の駅へと下りて行った。あれ?仕事関係以外の人で男の人と話をしたのは久しぶりだな、などと私は思った。
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【夏の日の想い出・2年生の夏】(2)