【夏の日の想い出・コーンフレーク】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-10-16
2015年7月22日(水)。
この日朝のテレビ番組の間に流れたCMに多くの人が「あれ?」という顔をした。ローズ+リリーの新曲のCMだったのだが、昨日まで流れていたやや重い感じの曲ではなく、明るい8ビートの曲である。画面ではリオのカーニバルっぽい派手な装飾の衣装(但し肌の露出は小さい)を着たローズ+リリーが歌っているそばで、和服を着た2匹の豚が踊っているのである。
この豚が何とも可愛いのだが、歌の進行に沿って豚が和服を脱いでしまう。すると下にはスリップドレスのような服を着ている。更にはそれも脱いでしまうとビキニの水着を着ている。更にそのビキニのブラに手を掛けたあたりでCFの映像は終わってしまう。
この豚のストリップ?が気になって、流れる字幕には気づかなかったという人が随分居たようであるが、速攻でこのビデオが動画投稿サイトに(違法に)転載される。それを見た人はこのようなテロップが入っていたことに気づいた。
《7月29日発売予定の『内なる敵』はCDタイトルが『コーンフレークの花』に変更になりました。大手通販サイトの予約はいったんキャンセルとさせて頂きますので大変お手数ですが、予約のやり直しをお願いします。ショップ店頭でご予約なさった方は予約の扱いについて各ショップにご確認をお願いします》
全国の大手CDショップでは朝10時の開店前に『内なる敵』のポスターが『コーンフレークの花』に貼り替えられた(昨夜の内に全国の★★レコードの社員が直接CDショップを回って交換をお願いしたもの)。このポスターにはお詫びの文面がかなり目立つ文字で入っている。ただし大手CDショップはどこでも『内なる敵』の予約だけをしていた人にも『コーンフレークの花』の予約特典(先日のワールドツアーでのローズ+リリーのスナップ生写真)は渡しますという対応にしたようである。
★★レコードや一応の問合せ先ということになっているUTPには大量の質問の電話が入ったので、都合によりタイトルが変わったこと、『内なる敵』は次のアルバムに収録される予定であること、予約していた場合の対応については直接予約していたショップに問い合わせて欲しいことなどを伝えた。この日、UTPの電話は使用不能状態が1日中続き、話を聞いていなかった須藤社長が「何が起きたの〜?」と叫んでいたらしい。
テレビのCFは15秒版と30秒版があったのだが、その日のお昼すぎには90秒にまとめられたPVが★★レコードから公式にyoutubeなどにアップロードされた。七星さん、有咲、風花、それに「私にもやらせろ」と言ってわざわざ出て行った雨宮先生の4人による力作である。
ここで豚のストリップの続きが見られるのだが、これを見た人はその衝撃の結末(?)に口をあんぐりさせることになる。
90秒バージョンのPVでは最初コーンフレークで花のように作られた作品が映る。そして前奏が終わった所で、ローズ+リリーっぽい2人がサンバの衣装を着て出てくるのだが、よくよく見るとローズ+リリーに似ているが、ローズ+リリーではない。実はここに出演しているのはローザ+リリンなのである。
彼らが少しセクシーに踊っている横に和服の上に羽織まで掛けた豚が2匹登場して踊り出す。最初に出てきたのがローザ+リリンだったことで、このPVってまさか偽物?と思ったファンもいたようである。
ローザ+リリンの映像は10秒ほどで終わり、その後ゴスロリの衣装を着た2人組が登場する。これは実は「ゴース+ロリー」であるが、この映像は私たちがゴース+ロリーをやった2011年当時のものを使用したので「懐かしい!」と声をあげた人たちもあったようである。「ふたりとも若ーい」という声もあがっていたか、私は見なかったことにした!
そしてこのゴース+ロリーが出ている間に豚たちは羽織を脱ぐ。
その後は映像はサンバの衣装を着たローズ+リリーになる。冒頭のローザ+リリンと同じデザインのものを着ている。ただし身体のサイズが違うので、衣服のサイズもそれに合わせている。こちらは私が167cm, マリが164cmであるが、ローザ+リリンは、ケイナが176cm, マリナが172cmである。
そして歌が進行するにつれ、豚たちは和服を脱いでスリップドレス姿になり、ビキニ姿になり、最後はとうとうビキニのブラを外すが、胸は平らである。そして画面の外でビキニのパンティも脱いだかのような仕草を見せる。2匹の豚がお互いの下半身をじっと見ているかのような映像でPVは終了する。
このPVについて発生したツイートは
「まさかこの豚たちって男の娘?」
というものであった。
私は10時くらいまで寝ていたのだが、ツイートを見ると予想通りの反応なので、「豚君たちの性別は個人情報なので、開示できません」とツイートした。この回答が大量にリツイートされ『やはり男の娘だったようだ』というツイートも大量に行われていた。
またなぜ楽曲を直前に差し替えたのですか?という質問が私のツイッターのアカウントにも大量に来ていた。私は説明する。
「内なる敵は作った時は名作だと思ったのですが、PVで流したりFMなどで先行公開してもらったりしての反応が『救われない』『悲しすぎる』といったものが多かったので、シングルで出すにはふさわしくないのではないかという議論が出ました。それで『内なる敵』のCDはもう大量にプレスしてあったのですが、差し替えることにしました。誤りに気づいたらできるだけ早くあらためるべきなんですよ。今変更したら凄い被害が出ると思っても、放置していたら、更に被害は拡大するんです」
それに対して「某国の五輪会場の建設みたいな話ですね」という反応もあった。「まあさすがにこちらは1000億円とかの規模ではないですけどね」と私はレスポンスした。
しかし発売直前のCDを差し替えたら損害額は数千万円に及ぶのではと心配するツイートもあった。損害額についてはこちらでは公開しないことにしている。
もうお昼頃になってから
「もしかして『コーンフレークの花』ってテーマは『偽物』ですか?」
という声があがってくる。
「正解!」
と私はツイートする。
「最初にコーンフレークで作った花を映しているのがまさにそれです。一見花に見えるけど、実はコーンフレーク。一見女の子に見えるけど、実は男の娘というのがプロットにあるんです。歌詞も友情ということにしているけど本当は?という女の子の微妙な心情を歌っていますよね?」
と私は解説した。
「じゃやはり豚の性別は?」
「そこは個人情報保護法で」
22日の午後、この日発売になったKARIONの25枚目のシングル『魔法の鏡』の発売記者会見が★★レコードで行われ、私はむろん和泉たちと一緒にこの会見に参加したのだが、集まってきた記者が今日は異様に多かった。
最初に4人で実際の楽曲を歌う。今日は4人とも「おジャ魔女」のような魔女っぽい衣装である。マイクを魔法の杖っぽく装飾している。色合いは各々のパーソナルカラーを使っていて、いづみが赤、みそらが青、らんこ(私)がピンク、こかぜが黄色である。
一緒にPVも流している。
『魔法の鏡』は白雪姫の后のような雰囲気の蘭子が魔法の鏡に呼びかけるのだが、鏡の中で応じるのは美空である。それで白雪姫のような和泉が猟師に扮したSHINさんに連れられて森の中に行くが、SHINは和泉を射殺しようとして射殺できず逃がしてやる。白雪姫を殺したという報告を受けた蘭子は満足気に魔法の鏡に向かって再度問うのだが、そこに和泉と王子に扮した小風が現れて、蘭子を倒してハッピーエンド(?)というストーリーになっている。
『お菓子の城』はヘンゼルとグレーテルに扮した和泉と美空が森の中の道を歩いている内にお菓子で出来た城に遭遇する。お腹が空いていた2人は喜んで城を食べ始める。そしてきれいに食べてしまった所に魔女に扮する蘭子が現れて2人を叱る。それで蘭子はふたりに強制労働をさせてお菓子の城を再建しようとするものの、建てるそばから美空が食べてしまうので、一向に城は完成しない。怒った魔女がふたりを釜で煮て食べてしまおうとした所に王子に扮した小風が現れて蘭子の魔女を倒してしまう。
最後の『太陽が沈む前に』は一転して青春ドラマっぽい演出である。浜辺でセーラー服姿の和泉と顔の映っていない男性が楽しそうに話している。そこにトレーニングウェア姿の美空と小風が走ってきてふたりにぶつかったりして邪魔する。唐突にバイクで走ってきた蘭子が和泉の彼氏を拉致して去って行く。呆然と見つめる和泉を、美空と小風が励まして3人でバイクを追いかける。走り去るバイクと追いかける3人の背景に夕日が沈もうとしている。しかし小風が唐突にどこからか出てきたバスケットボールを投げると、それが蘭子に当たってバイクは転倒。無事和泉たちは彼氏を取り戻すことができた。
私はバイクの免許を持っていないので実際に走っているのは私に扮したKARIONの元マネージャー望月遙香(現在は篠崎マイのマネージャー)である。彼女は身長が169cmで私と背丈が近いし体型も似ているので吹き替え役にはピッタリである。実際2008-9年頃、彼女には随分私の代役をしてもらったのである。またバスケットボールを投げてバイクで走っている蘭子に命中させたのは実際には千里である。日本代表の活動で忙しい中、数時間だけ時間を作ってやってもらったのだが千里は30mの距離から3回目のトライできれいに私の背中の真ん中にボールを命中させた(一応この時バイクは停止している)。
なおこの顔の映らない彼氏を演じているのは★★レコードの松田幸作さんである。PV作成の時にたまたまお使いで∴∴ミュージックに来たので、これ幸いと徴用した。松田さんは私たちと同じ1991年生まれで和泉の相手役にはちょうど良かったのである。
「こかぜさん、何か王子様役が多いですね」
「はい。小学校の学芸会でも白雪姫と眠りの森の美女と人魚姫の王子をしました」
「らんこさん、何か悪役が多いですね」
「はい。幼稚園で白雪姫の母親、小学5年の時に眠りの森の美女の魔女、中学2年の時に『ライオンと魔女』の白い魔女をしました」
「女役なんですね?」
「はい、私は女ですから」
苦しそうにしている記者が結構あるが笑顔で黙殺する。
「みそらさん、お菓子の城はあれ実際はどのくらい食べたんですか?」
「けっこうお腹いっぱいになるほど食べました」
「撮影後、お菓子は残っていました?」
「全部無くなりましたよ」
記者席では「やはり」という声が囁かれていた。
楽曲に関して色々質問があった後で、むずむずしていた感じのひとりの記者が
「ところでローズ+リリーの新譜でタイトル曲の差し替えがありましたが、らんこさん、どう思われますか?」
「さあ、ローズ+リリーのことは知りませんが、発売前に収録曲や収録順序が変更になるのは、結構よくあることですよ」
と私は笑顔で言う。
「KARIONでもアルバム『三角錐』に入れる予定だった『愛の三角錐』を編成上の都合で外して、あとから発売されたシングル『四つの鐘』に収録したりしましたね」
と小風が言う。
「あれは楽曲の大半を入れ替えられたんでしたね?」
「そうです。実際には『愛の三角錐』自体、換骨奪胎的な大改造を掛けています」
と和泉も言う。
「そういう例って他にも色々あるんでしょうかね?」
「例えば五輪真弓の『恋人よ』は元々B面で発売される予定でA面は『ジョーカー』という曲だったんです。でも『恋人よ』の方が売れるのではという判断になり最終的に『恋人よ』をA面にして発売されました」
と私は過去の似た例を挙げる。
「楽曲自体が差し替えられたものとしてはピンクレディの『サウスポー』があります。当初リリースされる予定だったのは、みんなが現在『サウスポー』として知っている曲とはまるで違う曲だったんです。しかしレコーディング作業が終わり、発売を待つばかりになっていた時に、急遽楽曲を差し替えたいという話が浮上して、歌詞も曲も全く違う楽曲に差し替えられたんです。タイトルだけは変更しなかったんですけどね」
この話は記者の中にも知っていた人と知らなかった人がいたようで、あちこちで囁き合う様子が見られた。
実はKARIONでも以前『積乱雲』という曲を発売前に歌詞・曲まるごと差し替えてタイトルだけ残したことがあるのだが、知る人はほとんどいない事件なので、わざわざ言う必要もないであろう。
「やはり今回の楽曲差し替えも営業的な観点から浮上したものなのでしょうか?」
という質問があるが
「さあ、それは私に聞くより、ローズ+リリーさんに聞いた方が良いと思いますが」
と私は答える。
あちこちで苦笑が漏れる。
「マリちゃんの恋愛問題についてはどう思いますか?」
「ああ、それはみそらに訊いたほうがいいです」
と私は美空に振る。
「まぁりんは同志です。恋愛とか実際興味無いと思いますよ。お互い食べることに人生を賭けてますから。何度も食べ比べをしたんですけどね。だいたい痛み分けなんですよ」
と美空が言うと、あちこちで笑い声がある。
「私とまぁりんが主宰する料理番組とか誰か企画してくれないかなあ」
などと美空が言うと
「それって要するに大食い番組ですかね?」
と声が掛かる。
「私たち、そんなに大食いじゃないですよ。私もまぁりんもラーメン10杯くらいがだいたい限界ですし」
と美空が言うと「すげー」という声があちこちであがっていた。
「ちみなにみそらさん、体重おいくらでしたっけ?」
「私は48kg, まぁりんは46kgくらいですよ」
あちこちで「信じられん」という声が上がっていた。美空は実は昨年春のツアーの頃は体重が55kgまで行っていたのだが少し反省して食生活を改善し、野菜をよく食べるようにしてその分炭水化物を減らし、年明け頃までに50kg程度まで落としたのである。まあ48kgも50kgも変動の範囲ということだろう。
実際ラーメン10杯は5-6kgあるはずである!
この日の会見は美空の大食い発言あたりから記者側もローズ+リリー関係の話を訊く雰囲気ではなくなってしまい、そのあと楽しい美空の「食べ歩き」論議に笑いが多数起こっていた。そのまま楽しい雰囲気で会見は終了した。
その週の週末24日(金)から26日(土)までは新潟県で苗場ロックフェスティバルが行われる。これにはKARIONもローズ+リリーも参加する。私たちは実際には23日には苗場に入った。
さて、今回の苗場入りに当たって、政子には「監視役」が付くことになった。2度にわたる「熱愛報道」が続いて、これ以上やられてはかなわんということで、私がKARIONとの兼任で政子を1人にする時間が発生することから、最初は誰か若い人を雇って付き人をさせようという話もあったものの、政子は過去に事実上の付き人をしてくれた、UTPの桜川悠子や詩津紅の妹の妃美貴をかなり翻弄!している。それで政子のワガママにめげない人物として、私たちと高校時代からの親友であり、★★チャンネルの社員でもある琴絵と仁恵の2人をセットで、このイベントの期間中政子に付けたのである。
それで私と政子は琴絵・仁恵と一緒に佐良さんの運転するエルグランドで23日のお昼過ぎに東京を出発し、夕方苗場に入った。このエルグランドにはスターキッズ用の楽器・機材も一部積んでいる(一部は近藤さんが自分のヴェルファイアで運ぶ事になっている)。KARIONおよびトラベリングベルズの機材は畠山社長が会社のハイエースで運ぶことになっている。
この日16時に一度某所でローズ+リリー&スターキッズ+若干の追加伴奏者で集まり、曲目・スコアの確認や連絡事項の確認などをした。また18時にKARIONとトラベリング・ベルズおよび追加伴奏者でも某所で集まり、同様のことをした。
ローズ+リリーの追加伴奏者としては、宮本・香月・山森といういつものメンツに加えて、クラリネットで詩津紅、ダンサーで近藤・魚といった所。ヴァイオリンの6重奏をするのに、鈴木真知子・伊藤ソナタ・桂城由佳菜といった面々に何度も参加していて顔なじみの松村市花さん、そして松村さんのツテで長尾泰華さん・西崎糸音さんという人にお願いした。ヴァイオリンは屋外の使用でデリケートな楽器を痛めてはいけないので、サマーガールズ出版所有のサイレントヴァイオリンでお願いする。
それから追加のサックスは青葉に吹いてもらい、彼女の人脈でフルート担当に田中世梨奈・久本照香という人をお願いした。2人の演奏を聴かせてもらったが、田中さんは柔らかい表情豊かなフルート吹き、久本さんは高校1年らしいが高校生とは思えないセミプロクラスのひじょうに上手いフルート吹きであった。
青葉とこの2人のフルート吹きさんは新高岡から北陸新幹線・上越新幹線を高崎で乗り継いで来てくれた。
「個人で旅費払うなら《ほくほく線》を使うんですけどねー」
と青葉は言っていた。実は高崎経由で新幹線を乗り継ぐのと、糸魚川または上越妙高で第3セクターに乗り継いで直江津から《ほくほく線》に乗るのとでは所要時間はほとんど変わらない。しかし高崎経由が1回の乗換で済むのに対して、《ほくほく線》を使う場合は3回も乗り換える必要があるので
「交通費はどうせ事務所から出すんだから、新幹線乗り継ぎにしなよ」
と私は青葉に言ったのである。所要時間は同じでも料金は倍になる。
「いや新幹線の座席は快適でした」
と久本さんなどは純粋に喜んでいた。
田中さんは
「あのぉ、ギャラは即現金でもらえます?」
などと訊くので
「後で振り込みのつもりだったけど、何なら演奏が終わってからすぐ渡してもいいけど」
と言うと
「いや、お小遣いを越後湯沢まで来る間に使い切ってしまって、せっかく苗場に来たのにグッズを買うお金が無くて」
などと言っているので
「じゃ、前金で渡してあげるよ」
と言って3人にはギャラを前払いしてあげた。
KARIONの方の伴奏者としてはヴァイオリン・オルガンで夢美、ピアノで美野里、今回はグロッケン担当で穂津美さん(スリーピーマイス)、フルート担当で風花と七美花、そして『アメノウズメ』と『黄金の琵琶』に必要な和楽器奏者は風帆伯母の人脈で、箏奏者2人・鼓奏者と琵琶奏者を1人ずつお願いした。風帆伯母自身は観客として3日間このイベントに参戦すると言っていた。
「穂津美さん、スリーピーマイスの方はもうしないんですか?」
と私は彼女に訊いてみた。
「うーん。何か最近テンションが上がらないんだよねー。3人ともバラバラに行動しているし」
「でもバラバラなのは最初からでしたよね?」
「そうなんだよねー。音源制作でも3人集まって作ったのってごく初期の頃だけで、2010年頃からは曲を作るのも収録するのも、個々で勝手に時間の取れる時にという感じになっちゃったし」
「でもそういうユニットは結構ありますよね」
「うん。特に最近多い、打ち込み系のクリエイターの場合は作曲者は作曲者、作詞者は作詞者、歌唱者は歌唱者で、各々独立に動いていて、全く顔を合わせないままアルバムが制作されていくパターンがよくある」
「歌唱者が数人いる場合も1人ずつ別録りってユニットもあるでしょ?」
「そそ。3人組の歌手だけどお互い全く顔を合わせないまま・・・って私たちがまさにそれじゃん!」
と穂津美さんは途中で気付いて吹き出してしまった。
「私なんかはセッションするのが楽しくて音楽やっているようなものだけど、まあ音楽のとらえ方も様々でしょうからね〜」
「最近は私も事実上スタジオ・ミュージシャン化してるよ。麗子は今年の春から音楽大学の研究生になっていて、音楽の勉強を何だか本格的にやってるみたいだし、霧(みすと)はXANFUSにかなり入れ込んでいて、事実上のプロデューサー化している感じだけどね」
「事務所移籍したので、介入しやすくなったみたいですね」
「そそ。あそこの事務所は事実上何もしないから」
XANFUSが今年から所属している@@エンタテーメントは事務的な処理を代行するだけで、スケジュールや音楽制作には基本的に介入しない基本方針となっている。あそこは「おとなのアーティスト」のための事務所である。
なおXANFUSは事務所移籍を機に、従来はレコード会社が原盤権のほとんどを所有(制作費もレコード会社がほとんど出す)方式から、ローズ+リリーやKARION同様に、原盤権をレコード会社と共有して代表原盤権は自分たちで所有する方式に移行している(当然制作費も大半を自分たちで出す)。
なお、ホテルは連絡の都合もあり、ローズ+リリー、スターキッズ、KARION, トラベリング・ベルズ、およびその追加伴奏者が全員同じホテルに泊まっている。私と政子は仁恵・琴絵と一緒に4人でスイートの部屋に泊まった。ベッドが3つと和室から成る部屋だが、ベッドの内2つを琴絵・仁恵に使ってもらって、私と政子は障子で区切られた和室に布団を敷いて寝ることにする。
「聞こえるから、あまり野生に帰らないように」
と琴絵は言っていた。
23日は夕方の打ち合わせの後、会場に入って盆踊りや花火などを見る。最初はまとまって行動していたのだが、なにしろ人が多いのでバラバラになってしまう。琴絵にメールしてみた所、仁恵ははぐれてしまったものの、琴絵はしっかりと政子の浴衣の帯を捉まえていて、ピタリくっついているらしい。政子は美空と一緒に大食い大会に出たものの、ふたりとも入賞を逃したらしい。
世の中、上には上がいるものだと感心し、私は首を振った。
まあ琴絵なら大丈夫だろうと思い、私は座って花火を見つつ、屋台のおでんを摘まみつつ半分ボーっとしていた。
その時、近くを歩いていた人の足が私の右肘にぶつかって、私はお箸を落としてしまった。
「あ、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
と会話したものの
「あ!松山君」
「唐本さん!」
ということで、それは政子の恋人(?)松山貴昭君であった。
「ね、良かったら少し話さない?」
と私が言うと
「実は政子とどうしても連絡が取れないから、唐本さんでも良かったら話せないかと思っていた」
と彼は言って、私のそばに座った。
幸いにも花火の音が凄まじいので、会話は他には聞こえない。
「結局、ふたりの仲はどうなっている訳?」
「こちらの状況は全部政子にメールしている。政子からは全く返事が無い」
「喧嘩したの?」
「こないだ。例の渋紙さんの事件があった晩、実は政子は僕のアパートに来たんだよ」
「だろうとは思ってた」
「それがちょうど僕が終電を逃した東薗さんを部屋に上げてお茶を飲んでいたところで。その晩は泊めるつもりはなくて、本当にすぐタクシーに乗せて帰すつもりだったんだけどさ」
「まあ間が悪い時ってあるもんだよ。そのあと返事をくれないんだ?」
「うん。それと実は・・・」
と松山君は何か言いにくいようである。
「彼女と仲が進展してるの?」
「実は東薗さんのお父さんが先週の日曜日にうちに来てさ。娘と中途半端な関係を続けられるのは困る。結婚するかどうかハッキリしてくれと言われて」
「結婚するって言っちゃったの?」
松山君はコクリと頷いた。
おそらく彼女が父親を連れて来たのは政子と遭遇して危機感を抱いたからだろうなと私は思った。それで彼女は松山君の獲得に成功した。こちらにとって最悪の展開である。
「言い訳するわけじゃないけど、テレビで政子の熱愛報道があって、ネットの噂とかでも、たぶんあれ年末くらいには結婚するよね、とか書かれていて動揺してしまっていて。政子にメールしても全然返事もらえなかったし」
タイミングも最悪だったなと私は思った。松山君も政子に連絡取れないなら私にメールしてくれたら良かったのに・・・・と第三者的には思ってしまうのだが、彼もやはりショックだったのだろう。こないだも別口の熱愛報道があったばかりだ。
一昨日の記者会見で政子が「当面男性とは付き合いません」と明言した時の言い方が私はあの時、物凄く気になっていたのだが、松山君の婚約でショックを受けたゆえであったか。逆にそういう心理状態での大林君の「求婚発言」は結構政子の心を癒やしたのではないかという気がした。政子は口では「嫌いです」と言ってはいたものの、大林君の「僕と結婚してよ」という発言をテレビで見た時、一瞬嬉しそうな顔をしたのである。
「政子は大丈夫だよ。私がいるし。彼女と結婚しなよ」
と私は言った。
松山君はため息をつく。
「まだ正式の婚約をした訳ではないんだけど」
「いや口約束でもそういうことを言った以上、もう婚約は成立している」
「だよねー。実はまだ自分の親には言ってないんだけど」
「それは早く言わないとダメだよ。松山君のご両親と一緒に向こうに挨拶に行く必要があるでしょ? 彼女の実家はどこ?」
「鹿児島県の何か凄い離島らしい。保守的な地域みたいでちょっと腰が引けちゃう部分もあるんだけどね」
「そういう所だからお父さんもハッキリしないのが嫌いなんだろうね」
「だと思う。そもそも婚前交渉なんて今時の若いもんは・・・って感じだったよ」
「うゎぁ、たいへんそー」
松山君は今ふたりは注目されているから自分と私とが親しそうに話していたなんて報道が出たりすると迷惑掛けるしと言って短時間で離れたが、自分の方の状況は政子だけでなく、私の方にも適宜報告するからと言っていた。
私は新譜の楽曲差し替えはひとつは政子の心情の問題もあったのかもという気がした。今政子はあまり失恋の歌を歌いたくないのだ。逆に『内なる敵』のあの悲惨で救いようのないような歌詞は、今まさに自分が失恋しそうな瀬戸際だったからこそ書いてしまったのかも知れない。
政子が松山君に会いに行って松山君と東薗さんが会っているのを見たのが6月22日の夜、そして私が千里の不倫(?)の話から『内なる敵』を発想したのが6月27日早朝で、その曲を聴いて政子は6月29日にそのショッキングな歌詞を書いた。そして7月10日に渋紙さんとの熱愛報道があり、12日に東薗さんのお父さんが来て松山君に結婚を迫り、彼は同意した。恐らく政子はその日の内にそのことを知った筈だ。翌日13日に桃香の友人(?)の妊娠中絶騒動があって政子は『狼からの逃亡』を書いたが、たぶんあの詩で狼に食べられてしまったのは政子自身だったのだろう。
私はそれに思い至ると七星さんにメールした。
《大変申し訳ないのですが、明後日の演奏曲目から『白い虹』を外したいのです。代わりに『影たちの夜』を入れたいのですが》
《『影たちの夜』はスターキッズは目を瞑っても弾けるから大丈夫だと思う。でもどうしたの?》
《どうも政子は失恋したようなんですよ。だからしばらく失恋の歌は歌いたくないみたいなんです》
《分かった!相手は?まさか渋紙さんじゃないよね?》
《まさか。実は高校の時の同級生なんですよ》
《そっかー。じゃその件は近藤にも言わないことにするね》
《はい、済みません》
前夜祭が終わってホテルに戻る。
政子は琴絵・仁恵・美空と4人で一緒に戻ってきた。いったんはぐれてしまった仁恵は先に美空と偶然会い、美空が「まぁりんの居場所ならたぶん分かる」と言って連れて行ってくれたら、焼き鳥屋さんの屋台で遭遇できたらしい。
その日はもう遅いのでそのまま寝たが、翌日は午前中、朝御飯のあとで私たちの部屋に青葉たち3人も呼んで、お茶を飲みつつ、おやつを食べつつ、おしゃべりしていた。しかし政子もいるし、女子高生が3人もいるとおやつの消費速度が激しい。途中で仁恵が2度も追加で買って来てくれた。
9時すぎに七星さんが「楽曲の変更があったのでよろしくー」と言って『影たちの夜』の譜面を配っていった。仕事の速い人である。政子は『白い虹の代わりにこれを入れます』という七星さんのコメント書きを見て、ホッとしたような顔をしていた。
24日はお昼をホテルで食べた後、午後からのんびりと会場に出て各々好きなステージを見た。むろん政子には仁恵と琴絵がピタリと付いていて、今日ははぐれることもなかった。
この日、私はHanacleと川崎ゆりこ、南藤由梨奈、チェリーツイン、それに昨年末にデビューしたばかりの蓬莱男爵(ほうらいだんしゃく)というハードロックのガールズバンドの演奏を見た。
25日にはKARION,XANFUS,RoseQuarts,GoldenSix,AQUAといったところが登場する。
朝1番に行われたAQUAのステージは、会場が若い女の子で埋め尽くされた感があって、凄まじいボリュームの黄色い歓声があがっていたらしい。AQUAのバックバンドは例によってゴールデンシックスが務めたが、ゴールデンシックスは自らも夕方にステージがある。今日のゴールデンシックスはこういうメンバーだったらしい。
リードギター:リノン、リズムギター:マノン、ベース:ノノ、ドラムス:キョウ、キーボード:カノン、フルート:フルル
AQUAのステージは当然のことながら政子も(珍しく)早起きして見に行ったが不満そうに帰ってくる。
「どうしたの?」
「途中で中止になっちゃった」
「なんで?」
「観客が興奮して20-30人ステージに上がってしまってさ」
「あらら」
「あまりにも人数が多くて、警備員さんたちだけでは抑えきれなかったみたいで。ギターのリノンが駆け寄って何とかAQUAを逃がしてあげたみたいだけど、後はもうメチャクチャ」
「あぁ・・・」
「あれ、かなり怪我人が出ていると思う」
そのゴールデンシックスのカノンの方から10時頃電話があった。
「いやあ、参りました」
「大変だったみたいね」
「あ?聞きました?AQUAのステージ大混乱で演奏は30分やる予定が20分で中止になってしまって」
「お疲れ様。怪我はなかった?」
「それがベース担当のノノとフルート担当のフルルが腕を痛めちゃって。湿布貼っておけば数日で直りそうなレベルだけど、大事を取って夕方の演奏は休ませようということにしました」
「わあ」
「楽器もAQUAをかばったリノンがギターを壊されたし、ドラムスは完全に破壊されたし、ベースも折られたし、フルートもキーが取れちゃって、修理代が高く付きそう」
「そのあたりの修理代ってどうすんの?」
「アクアの事務所で出してくれるらしいです。修理困難で特に思い入れのない楽器に関しては代わりのものを買ってくれるということでした」
「なるほど。じゃ、夕方の演奏は?」
「楽器についてはアクアの事務所で新潟の楽器レンタル店から急遽借りてきて夕方の演奏には間に合わせてくれるということです。演奏者の方だけど、さっき美空ちゃんに連絡したらベース代わりに弾いてくれるって。事務所の許可も取れたみたいで」
「ああ。時間帯がずれてるから行けるだろうね」
KARIONとゴールデンシックスは会場も別だが時間帯も違う。ゴールデンシックスは18-19時の時間帯、KARIONは16-17時の時間帯である。KARIONのステージが終わった後というので、畠山さんもOKを出したのだろう。
「それでですね。フルート奏者の心当たりがありません? フルートが吹けて、実際に楽器を持ってきている人。フルートはレンタル店で調達できなかったらしくて。演奏者はできたら同世代程度の女性がいいですけど、無理なら取り敢えず女性であればいいです。あ、男の娘でもいいですけど」
「だったらうちの風花を行かせるよ。私と同い年の女性だよ」
それで風花に連絡したところ、難しい部分が無ければしてもいいということだったので、取り敢えず引き合わせることにした。風花はKARIONのステージでフルートを吹くために楽器を持ってきている。
私が♪♪大学管楽器科出身の秋乃風花さんと紹介すると
「すごーい!」
「一流大学だ!」
「専門家を紹介して頂けるとは」
と声が上がる。
「いやあ、ピアノ科に落ちて管楽器科に回ったんですけどね」
などと本人は言っている。
「特にフルート奏者ってお嬢様が多いから、大学時代は精神的に疲れましたよ」
などと風花は言う。
「うちのフルルもお嬢様だな」
とリノンがいう。
「えー。そんなお嬢様ってほどでもないですよー」
と大波さんは言うが
「年商300億の会社社長令嬢だもん」
とキョウ。
「すごーい」
「しかもお嬢様学校のバスケ部元キャプテンですよ」
「あ、バスケットするんですか?」
「そうなんですよ。それで千里さんと知り合って。その縁でDRKに引き込まれて。今は関西のチームに所属しているんですけどね」
「へー」
「だから今日怪我したことは秘密で。バスケ外の活動で怪我したら始末書もんだから」
「たいへんですねー」
彼女もベース担当の橋川さんも腕に大きな湿布薬を貼っている。
風花はそんな話をしながらずっと演奏予定の曲のスコアを見ていたが
「これなら行けると思います。やりますよ」
と言う。
「じゃちょっと個別で練習してもらっていて、あとで代わりの楽器が来てから合わせましょうか」
「了解了解」
「まあゴールデンシックスのアレンジは誰でも弾けるようにというのが基本だから」
「実際の音源制作なりライブで、誰が出て来られるか分からないから演奏者が交換可能な編曲をするんですよね」
「オーケストラや吹奏楽などの大編成バンドの考え方に近いですね」
「あ、そうかも」
「フルートは大波さんが吹くことが多いんですか?」
「本来は千里なんですけどね」
「ああ」
「でも今千里はバスケの合宿でオーストラリアだかニュージーランドだかに行ってるんですよ」
「何か会社は2ヶ月間休職にしてもらったと言ってたね」
「わあ、大変そう」
「千里、この機会に会社辞めたかったけど、辞められたら困ると言われて休職になったらしい」
「なんか大変そう」
「4月に入社した5人の内既に2人辞めたらしいから」
「きゃー」
「ソフトハウスって激務だもん」
「いや千里がソフトハウスに就職したと聞いて嘘でしょと思ったんだけどね」
「うんうん。あの子、少なくとも高校時代はプログラム苦手だったのに」
「苦手というよりセンスが無かったね」
「コンピュータの操作自体は上手かったけどね」
「うん。パンチも速いし」
「だから私はオペレーターになったのかなと思ったんだけどSEだって言うし」
「大学時代に随分勉強したのかなあ」
11時にはローズクォーツが出演する。
このステージが始まると「代理ボーカル」のミルクチョコレートに加えて、ケイの姿もあるので会場が沸く。しかしよく見るとケイのフェイスマスクをかぶった誰かである。
そして声を聞くとその「中の人」がマリであることが観客の認識する所となり、大いに歓声があがっていた。
「マリちゃん、がんばってねー!」
という声が多数掛かってローズクォーツがかすんでしまうくらいだ。中には
「マリちゃん、結婚しないでー」
「マリちゃん、愛してるよー」
「マリちゃん、僕と結婚して」
といった声も出ていた。
ケイのフェイスマスクを付けた人物をローズクォーツのステージに出すのはローズクォーツの「影のプロデューサー」を自称するマリの発案であるが、中の人は川崎ゆりこがしてくれる予定であった。
ところが直前になってマリが自分でやりたいと言い出したのでやらせることにしたのである。今マリには心のリハビリが必要である。
演奏は50分間だがミルチョ、タカ、そしてケイのフェイスマスクを付けたマリのMCが入るので8曲を選んであった。
4月に出したCDから『アイアン・ランナー』『アウト・オブ・ライン』、昨年秋に出して大きな話題になったアルバム『アイランド・リリカル』 から『金華山・海を渡る鹿』『与論島・隠れ浜』、他に昨年のシングルから『パンを拾う人』『ビキニの誘惑』『セーラー服とさくらんぼ』、過去のヒット曲から『夏の日の想い出』。
しかしマリが『ペティコート・パニッシュメント』を歌いたいというので、この曲を最初の曲『アイアン・ランナー』に続いて2曲目で歌うことにする。すると観客が異様に盛り上がる。それで演奏が終わってから
「タカコちゃん、今日は何で女の子の格好じゃないの〜?」
などという声が掛かる。
それに対してタカは
「今日はタカコはお休み」
などと返事していたのだが
「大丈夫。タカコの衣装はあるよ」
とケイに扮したマリが言うと、桜川悠子が真っ赤なドレスを持ってステージに上がってくる。
「何この計画的な犯行は?」
とタカは言うが
「タカコちゃんーん!」
という声援に応えて、ノリでタカはそのドレスを着る。
「タカコちゃん、可愛い〜!」
「タカコちゃん好きだよ〜」
「タカコちゃん、結婚して〜」
などという声まで掛かり、タカは
「んじゃ『美少女製造計画』、行っちゃおう」
などと言って、予定になかった曲を演奏し始め、自ら歌い出す。それにミルチョのふたりと、ケイに扮したマリが合わせる。
そしてそれを歌い終わると観客から「『女子力向上委員会』!」とリクエストが掛かる。タカも「よし、それ行ってみよう」と言って演奏する。
更に『男子絶滅計画』『女の子にしてあげる』と歌ってから、
「そろそろまともな路線に戻らないと叱られるから」
と言ってミルチョをメインボーカルにして『ビキニの誘惑』を歌い、最後は『与論島・隠れ浜』で美しく締めた。
ゴールデンシックスの壊された楽器の代替品(取り敢えずレンタル)は15時すぎに到着した。すぐに調弦その他の調整をした上で、風花も入って合わせる。全部合わせると疲れるので各曲とも前奏→Aメロ→サビ→間奏で終了、という感じの超短縮バージョンで合わせて雰囲気を確認した。
「OKOK」
「合ってる合ってる」
「みんな優秀〜」
「風花さんもこれを機会にゴールデンシックスと愉快な仲間達に入りません?」
「あはは、面白そうだけど」
「じゃ会員証を渡しておこう」
「会員証があるの〜?」
それで金色の六芒星のバッヂのようなものを渡された。
「実はいつでも勧誘できそうな人がいたら渡せるように持っている」
などとカノンは言っている。
「携帯ストラップに付けている人、財布に放り込んでいる人もいるけど」
「机の中に放り込んだままの人もいる」
「なるほどー」
「取り敢えず渡した人の名前と携帯番号、できそうな楽器はリストアップしている」
「怖いな」
「ケイさんも良かったらお渡ししますが」
「パス」
「合わせ」が終わったのが15時半すぎだったので、私と風花はそのままKARIONの控室に行く。カノンとリノンが「見学していいですか?」と言うので「どうぞどうぞ」と言って連れて行く。キョウ(橋口京子)とフルル(大波布留子)が楽器の番をしていて、マノン(佐小田真乃)とノノ(橋川希美)は少しほかのステージを見てくるという話だった。
「おはようございまーす」
などと言って控室に入っていき、カノンとリノンをKARIONのメンバーに紹介して、少しおしゃべりしていた時、控室にSHINが入ってくる。ここは一応男子禁制にしているのだが、SHINは全く気にしないし、KARIONの4人も気にしない。これがTAKAOが入ってくると「きゃー」と悲鳴をあげられるので「差別だ」と言われたことがある。
「こっちに相沢のギターと木月のベース来てないよな?」
「へ?」
それでKARIONの4人にマネージャーの花恋、同じ部屋に居た風帆伯母たちに、カノンとリノンまで一緒になって探すが、ギターやベースは見当たらない。
「ありませんよ」
「あれ〜? じゃどこ行ったんだろ?」
「苗場には持って来たんですよね?」
「うん。というか昼過ぎに5人(トラベリング・ベルズ)で合わせた時はあったんだけどね。その後脇に立てかけておいて、そこに無いとは思いも寄らなかったから。さっき相沢がチューニングを再確認しようとしたら見当たらなくて。間違ってこちらに来てないかなとも思ったんだけど」
「ギターとベースだけが見当たらないですか?」
「うん。僕のサックス、児玉のトランペットはある。ドラムスもある」
「車にあるということは?」
「私、見て来ましょうか」
と言って花恋が行こうとするが和泉が停める。
「今から駐車場まで行ってもステージに間に合わない」
苗場の駐車場はステージからとっても遠い。
「どうする?」
「ここは相沢さんと木月さんにはボイスギター、ボイスベースで」
などと小風が言うが、私はカノンに言った。
「ゴールデンシックスのギターとベース貸してくれない?」
「いいですよ」
それでカノン・リノン・私・SHINの4人でゴールデンシックスの控室まで走っていき、キョウたちにも声を掛け、借り物の又貸しになるのだが、ギターとベースを持ち出し、私とSHINで持ってトラベリング・ベルズの控室まで走っていた。
「取り敢えず借りてきた」
「助かる」
それで急いでこちらのチューニングで調弦し、もう時間が無いのでそのまま舞台袖に向かう。和泉たちと合流したのがもう15:48である。前の出演者の演奏がすぐ終わる。
「らんこ、これ着て」
と言って衣装を渡されるので私はその場で着替えた。男性が周囲にたくさんいるが気にしてられない。
拍手と歓声の中、前の演奏者が急いで撤収する。トラベリングベルズのメンバーと事務所のスタッフでKARIONの楽器を運び込みケーブルをつなぐ。音が出るのを確認する。TAKAOがOKのサインを出す。16:00。KARIONの4人がステージに上がる。
「みなさん、こんにちは。KARIONです」
と4人一緒に笑顔で挨拶する。
裏で何が起きていようとも、満面の笑みでステージに立つ。それがアーティストの義務である。お客さんには最高のステージを楽しんでもらわないといけないのだ。
KARIONの音楽は基本的に純正律なので音源制作や本格的なツアーでは電子キーボードは一瞬で設定を変えるものの、ギターやベースは調ごとに違う楽器を使用している。しかしこのようなフェスの類いではそういう難しいことはできないので、平均律のふつうの楽器を持って来ていた。それで逆に代替も利きやすかったのである。
こういう場合、私と小風と美空はドラムスとベース以外の楽器の音は聞かないように気をつける。原則として和泉の声だけに注意して、それに完全にハモるように歌うのである。3人とも相対音感が発達しているゆえにできるワザだ。これがKARIONの美しいハーモニーを作り出す。
最初最新シングルから『魔法の鏡』『お菓子の城』を歌い、次に2月に出したアルバムから『皿飛ぶ夕暮れ時』を歌う。この曲を発表した時は、焼きそばの入った皿を千里に投げてもらったなというのを思い出しながら歌っていたら、ステージに思わぬものが飛んでくる。
客席からテープや花束が飛んでくるのは(禁止しているのだが)ままあることなのでこちらも慣れているのだが、飛んできたのは何か赤くて丸いものである。回転して飛んできたので最初フリスビーか何かかと思ったのだが、飛んできた物体はちょうど美空の前に到達するので反射的に美空は(マイクを持ってない)左手で受け止めてしまった。
美空もびっくりしたようであるが、見ると焼きそばのUFOである。
美空はそれを左手でかざしながら歌い続けたので、これに客席が結構沸いた。しかし、これで勢いづいてしまったのか、他にも物を投げる客が出る。UFOあり、一平ちゃんあり、ペヤングあり、大盛りいかやきそばあり。これって観客が非常食に持って来ていたものでは? と私は歌いながら思った。
しかし四角いカップ焼きそばはステージまで到達せず観客席の中に落下するものが結構ある。丸いUFOの到達率がやはり高いようだ。
とにかくもステージにカップ麺が大盛りになってしまったのだが、さすがに歌い終わってから和泉が注意する。
「えー。焼きそばが空を飛んでいく歌で、焼きそばを投げて頂くのはありがたいことではあるのですが、客席の前のほうにいる人や、ステージに立っている演奏者に当たったりすると大変危険ですので、焼きそばを含めて物を投げるのはおやめください」
それで∴∴ミュージックの男性スタッフ数人が駆け込んできて取り敢えずステージに散らばっているカップ麺の類いを大急ぎで片付けた。前の方にいた観客でカップ麺が当たってしまった人たちはそのままゲットという雰囲気であった。幸いにも怪我した人などは居なさそうである。
ステージ上でスタッフが物を拾っている間は4人で少しMCをしていたのだが、その間に合図して和楽器奏者の人たちにステージにあがってもらった。この後は実は『たんぽぽの思い』を歌うつもりだったのだが、時間が微妙になったので取り敢えず飛ばして、『黄金の琵琶』に行くことにする。
風帆伯母の高弟・若山鴎翔さんの物凄く格好いい琵琶の音で始まる。他に箏、笙、鼓の奏者も入っている。強烈な和楽器の音が独特の雰囲気を醸し出す。しかし青葉もいい曲を書くよなあ・・・などと考えていた時、私はコスモスから頼まれていた『次回のAQUAのCD』の作曲者に青葉を推薦することを思いついた。高校生が曲を書いて中学生が歌う。あ、いいんじゃない?これ。男の娘だった女の子が書いて、男の娘の疑いのある男の子が歌う。いいじゃん、いいじゃん。
私は考えていたら楽しくなってきた。
でも元々はAQUAみたいな子を「男の娘」と言ってたんだよなあとも思う。初期の頃は女装しているかどうかは問わずに女の子に見えてしまう子が「男の娘」で、女の子に見えるかどうかは置いといて女装している子は「女装っ子」だったのが、いつしか両者は混同されるようになってしまった(「男の娘」は2次元限定用語だったという説もある)。
『黄金の琵琶』に続いてやはり和楽器をフィーチャーして『アメノウズメ』を演奏する。一転してセクシーな曲である。青葉は『黄金の琵琶』は彼女が千葉に建立した玉依姫神社に関わっていることを示唆していたが、あそこの神様は「琴弾き」の神様なのだと言っていた。「琴」というのは現代では箏の意味で使われることが多いが本来は弦楽器一般を指す言葉である。宇津保物語に出てくる波斯(はし:ペルシャ)由来の琴(琵琶)はおそらくリュートの原型のような楽器だったのであろう。天宇受売(あめのうずめ)神もまた芸能の神様である。歌や三味線などを習う人がよくお参りするし、芸能界には天宇受売神の信者というよりファンのような人たちが結構居る。
過去のヒット曲から『海を渡りて君の元へ』と歌ってから時間調整を兼ねて4月に出したシングルから『シンデレラ・トレイン』を歌う。そして最後はノリの良いナンバー『フレッシュ・ダンス』を歌って終了した。
「この大量に飛んできたカップ麺どうしましょう?」
と花恋が困ったように言っている。
「廃棄で」
と三島さんは言うが
「えー!?もったいないです。私食べちゃいますよ」
と美空は言う。
「うーん・・・」と私たちは少し悩んだのだが、和泉が提案する。
「消費期限が切れていなくて、未開封のものだけ食べましょう。フィルムが破れているものは安全のため廃棄ということで」
「フィルムは飛んできた時に破れたかも知れないけど、ふたが開いてなければ安全だと思う」
と美空は反論する。
「食べられるものを捨てたらアフリカとかで飢えている人たちに申し訳無いよ」
と美空は更に言う。
「分かった。じゃふたが確実に開いてないことが条件。それと一口食べて少しでも異常を感じたら廃棄。いい?」
と和泉が言い、
「それでどうでしょう?」
と三島さんに尋ねる。
「そうねぇ。あの場は悪意のあるものを準備できる状況じゃ無かったしね。じゃ今回だけはそういうことで。でも美空ちゃん、ほんとに少しでも変な気がしたら食べるの中止すること」
と三島さんは言った。
「了解でーす」
またステージに物を投げないで下さいというのは、再度ホームページ、ファンクラブの会報やメルマガでも明示することにした。
終了後、楽器をゴールデンシックスの楽屋に持っていき、よくよく御礼を言った。それであらためてKARION用の男性控室・女性控室を探し、花恋が駐車場まで行って車の中を確認してきたものの、ギターとベースは見付からなかった。
「盗まれたのかなあ」
「誰かが間違って持って行く状況じゃないですよね?」
「アーティストごとに楽屋は別れているからね」
「女性用控室はたぶん誰かがいつも居たと思うけど、男性用控室はどうでした?」
「昼過ぎに簡単に合わせた後、まだ少し時間あるからコーヒーでも飲んでくるかと言ってみんなで出たんだよなあ」
「その時、鍵は?」
「掛けてない。途中でバラバラになるかも知れないしと思ったから」
「そもそも控室のエリアには一般の人は立ち入れない筈ですしね」
「うーん。考えても仕方ない。紛失したギター・ベースは個人のですよね?」
と畠山社長が確認する。
「そうです。今回は個人のを持って来ました」
と相沢さんが代表して答える。
「じゃ会社で相当品を買って返しますから」
「すみません。あ」
「はい?」
「どうせなら現金でもらえたら、それでまた好きなの買いたいのですが」
と相沢さん。
「ええ、それでもいいですよ」
と社長は答えた。
それでその日は控室を引き払い、18時前には解散になる。今日帰る人は越後湯沢まで車で送るし、今日はもうホテルで休むという人もホテルまで送ることになるが、実際には今日帰る人はおらず、ホテルに戻るのももっと遅くなってからということだったので、一応ホテルまで行くマイクロバスを21時半と23時半に運行することにした。
私は和泉たちと一緒にゴールデンシックスを見に行く。政子たちは先にそこの会場に行って見ているはずだが、私たちは18:15くらいの到着になり、途中から見ることになった。
行った時は『窓ガラスを全部拭け』(リノン・カノン作)という曲を演奏していた。美空も調子良くメンバーに溶け込んで演奏している。しかし何か威勢の良い曲だ。「悲しい時は窓ガラスを拭け」「学校の窓を全部拭いちゃえ」と煽るようなことばが歌われている。凄くシンプルなメロディーに乗せてあり、ある意味、ストリート・ミュージシャンの即興演奏っぽい気楽な雰囲気だ。
もしかしたらこういうのがロックの魂に近いのかも知れないが、彼女たちはそれを丁寧に正確な音程で歌っているので、音感の良いポップスファンにも聴きやすいパフォーマンスになっている。これを聴いていて、私は自分にはこういう曲は書けないなと思った。
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【夏の日の想い出・コーンフレーク】(1)