【夏の日の想い出・コーンフレーク】(中)

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翌26日。最終日。この日はローズ+リリーのステージがあるし、他に桜野みちる、AYAなどの公演がある。メインのGステージ最後を飾るヘッドライナーはイギリスのロックバンド、マニアル・ガーデンである。
 
この日の朝、政子を7時に起こして琴絵・仁恵と一緒に4人でホテルの朝食を食べ、部屋に戻ってしばらくおしゃべりしていたら政子の携帯(政子は度重なるスマホのトラブルにめげてフィーチャホンに戻してしまった)にメールの着信がある。それで政子が携帯を開き見ていたら
 
「嘘!」
 
と叫ぶ。
 
「どうしたの?」
と私が訊くと
 
「お父さんが死んだって」
と言う。
 
「え〜〜〜!?」
とみんなが驚きの声をあげる。
 
政子の父は仙台でデパートの店長をしている。確かもうすぐ60歳の誕生日を迎えるはずだ(店長クラスは65歳定年なので、まだ定年までは5年ある)。特に病気などは聞いていなかったが、過労死か何かであろうか。店長なんて無茶苦茶忙しいはずだ。
 
それと同時に私は妙に政子にばかり災難が起きるなと思った。もしかして、これって呪いでも掛けられているのでは?とも考える。
 
「マーサ、私はいつもここに居るからね」
と言って私は政子をハグした。
 

ちょうどその時、部屋のドアがノックされる。琴絵がドアのそばまで行き
「どなたですか?」
と声を掛けると
 
「済みません。中田政子の父です。ちょっと接待でこちらに来たので」
という政子のお父さんの声。
 
私たちは顔を見合わせる。
 
それで琴絵がドアを開けると、まさにその政子の父がお土産らしきお菓子を持って入ってくる。
 
「これ、カモメの玉子。3箱くらいで足りるかどうかちょっと不安だったんだけど」
と言ってから、その場の異様な雰囲気に気づいたようで
 
「どうしたの?」
と訊く。
 
「いや、今政子さんのお父さんが亡くなったという報せを聞いて驚いていたところで」
 
「え?僕が死んだって?」
 
「お父さん、お父さん生きてる?」
と政子が言う。
 
「僕は生きているつもりでいたけど、死んでるんだっけ?」
とお父さんは戸惑うよう。
 
琴絵がお父さんの背中や肩に触り
「幽霊には見えないよ」
と言う。
 
「ねえ、お父さんが亡くなったって、それ誰からのメール?」
と私は訊く。
 
「これだけど」
と言って政子が携帯を渡すので私は読み上げる。
 
『御尊父様の永眠のお報せに接し、心より哀悼の意を表します。雨宮先生にはさぞご心痛のことと存じますが、どうかお力を落とされませんようお祈り申しあげます。どうかご自愛なさいますよう。合掌』
 
「ん?」
「ちょっと待て」
 
「雨宮先生?」
 
「これ発信者は∞∞プロの谷津さんじゃん」
「メールの送り先を間違ったのでは?」
 

それで政子は谷津さんに「宛先間違ってますよ」と返信し、私は雨宮先生の助手(?)の新島さんに電話して情報を確認した上で、お悔やみを述べた。昨夜遅く亡くなったのだそうである。
 
通夜・葬儀の日程を尋ねると、今日お通夜で明日27日に地元の京都府で告別式ということであった。ワンティスのメンバーは全員集まるらしい。もしご都合が付きましたらケイさんにも顔を出して頂けませんでしょうか?交通費は出しますのでと新島さんが言うので私は葬儀に顔を出すことにした。取り敢えず弔電を「ローズ+リリー・マリ&ケイ」の名前で打っておいた。
 
なお、喪主は雨宮先生のお兄さんが務めるらしい。
 
「でも雨宮先生、お父さんの息子として出るのかな?娘としてかな?」
などと政子が訊く。自分の父が死んだなどというのが間違いと分かり、俄然余裕が出ている。
 
「さすがに男装はしないと思うよ」
と私は答えた。
 
「だけど、谷津さんの携帯、ローズ+リリー・マリとかワンティス・雨宮みたいにユニット名+名前の形で登録されているんじゃないかな。だからマリちゃんと雨宮さんが隣り合ってて、うっかり間違ったんだと思う」
と琴絵が推察する。
 
確かにそれならあり得る間違いかも知れない。ローズクォーツは恐らくローズ+リリーのひとつ前になるのではと私は思った。
 
「まあ谷津さんらしいかもね」
 
その谷津さんからは
「ごめんなさい!縁起でもないメールを送って本当に失礼しました」
という返信がすぐに返ってきていた。
 

ところで政子のお父さんだが、ポーランド人のミュージシャンがプライベートに日本を訪問中で、仙台で買物をしていた時、言葉の通じる人が居なくて困っていた所をお父さんが応対したらしい。それで買物に付き添ってあげながら色々おしゃべりしていたら、彼女が日本のローズ+リリーが好きだと言う。それでお父さんが「その片割れはうちの娘です」と言ったらしい。
 
それで最終的に、彼女を伴ってこの苗場までやってきたという。
 
「何て名前の方ですか?」
「Mixtory Angles というユニットをしていたバーバラ・スクウォドフスカさんという人なんですか」
 
とお父さんはメモを見ながら言う。
 
「わあ!Mixtory Anglesの!」
 
Mixtory Angelsは2年前のサマーロック・フェスティバルに出演していた。
 
「近くにおられます?」
「今ロビーで待って頂いてます」
「呼んで下さい!」
 

それで電話すると彼女が登ってきた。
 
「コンニチワ」
と彼女は日本語で挨拶してくれるのでこちらも
「ジェン・ドブリ」
とポーランド語で挨拶を返す。
 
ロシア語の「こんにちは」が「ドーブリ・ジェン」で、ポーランド語はそれを前後ひっくり返したような挨拶である。
 
もっとも実際にはこちらは政子以外はポーランド語は話せないし、向こうも日本語は分からず英語もあまり得意ではないということで、結局フランス語で会話することになった。実際仙台のデパートでもバーバラさんと政子のお父さんはフランス語で会話していたらしい。こちらは4人ともフランス語はできる。
 
「Mixtory Angles 3人で来日なさったんですか?」
 
「いえ。私ひとりなんですよ。2年前に来た時は公演だけでバタバタと帰ってしまったので、一度ゆっくり見ておきたかったんです。北海道の旭岳に行って、青森の十和田湖を見て、仙台の松島を見たところで、中田さんにお会いしまして」
と彼女は言う。
 
「やはりご縁があったんでしょう」
と私が言うと
「その日本語の《ご縁》って面白い考え方ですね。私好きになりました」
と彼女は言っている。
 
「ローズ+リリーの『Flower Garden』『雪月花』 聴いていました。素晴らしいです。私たちもこんな素敵な音楽が作れたらって、3人で話していたんですよ」
 
「評価して頂いてありがたいです。それだけ実は次回作を作るプレッシャーになるんですけどね」
と私は答える。
 

この日は私たちは午前中は貸しスタジオで練習してから会場入りすることにしていた。バーバラさんもその練習を見たいというので結局政子のお父さんも入れてそちらまで行った(甲斐窓香が付いていくので仁恵・琴絵はお休み)。
 
2時間ほど練習してから会場に到着したのはもう13時である。他の伴奏者、風花、氷川さん、仁恵&琴絵たちと合流する。
 
ローズ+リリーの出番は昨年は午後一番だったのだが、今年は15時からである。今日のGステージのスケジュールはこうなっている。
 
1100-1200 レレイホトー(日本)
1300-1400 ザルツィッヒ・ザッハトルテ(ドイツ)
1500-1600 ローズ+リリー(日本)
1700-1800 スカイヤーズ(日本)
1857-2007 ジャムジャム・クーン(アメリカ)
2130-2300 マニアル・ガーデン(イギリス)Head Liner
 
今日の日没は18:57である(日暮19:34,天文薄明終了20:41)。ラスト前のジャムジャム・クーンは日没と同時に演奏開始することになる。
 
ただし実際には苗場スキー場は筍山の東側の山麓に展開している(苗場山は苗場スキー場からかなり距離がある)ので実際の太陽は私たちの演奏中に山陰に隠れてしまうだろうという話であった。
 
しかしローズ+リリーのステージは15時という微妙な時間の開始であるため、政子はお昼を大量には食べないことと言われて、ぶつぶつ言っていた。取り敢えず松花堂を3人前しか!食べていない。私たちが会場入りした時はドイツのポップロック・バンド、ザルツィッヒ・ザッハトルテ(「しょっぱいケーキ」という意味)が演奏していた。昨年後半から世界的なヒットになっている曲を持ってこの苗場にやってきた。
 
「何人くらい入ってますかね?」
「満員に近いと思う」
「満員を越えて6万人くらい入ってない?」
「どうだろう。人間の目の感覚ってアバウトだから、1万人と2万人の差は分かるけど、5万人しか居ないのを7万人と言われても、そう言われるとそのように見えるって以前イベンターの人が言ってましたよ」
 
一応このステージの定員は4万人ということになっている。
 
「この時間帯はRステージでナラシノ・エキスプレス・サービスがやってるからけっこうそちらに人数取られている可能性はあると思う」
「まあここのチケット高いから、どうしても年齢層高いし、30代にはファンが多いですよね」
「うん。逆にこういう最近出てきたバンドの情報を取れてない人が多い」
 

やがてザルツィッヒ・ザッハトルテの演奏が終わり、撤収が始まる。観客も移動し始める。こちらが終了してすぐにHステージではAYAが登場したはずである。GステージとHステージはできるだけ時間帯をずらして公演が行われるようになっている。
 
やがて撤収が終わり、こちらに引き継がれるので、○○プロと★★レコードの合同チームのスタッフにより機材が運び込まれる。音が出ることを確認する。
 
ステージで準備が進む中、私はじっと目を瞑って心のテンションを上げる作業をしていた。政子は夢美が差し入れてくれた笹団子を食べている。七星さんと風花、氷川さんと青葉が何か話しているようだが、私の耳を素通りしている。
 
政子は笹団子を2束食べた所でレフェリー・ストップが掛かったようである。バーバラさんも笹団子は美味しい美味しいと言って食べていた。すっかり気に入ったようである。
 
「私日本に来てから北海道で大福を食べて以来、あんこが大好きになりました」
とバーバラさん。
「美味しいですよね。脂肪分が少ないからヘルシーですよ」
「思いました。やはり日本人がスタイルいいのは、こういうおやつを食べているからでしょうかね」
「確かに生クリームとかは脂肪そのものですしね」
 
などと政子とバーバラさんはおやつ論議でも盛り上がっていたようである。
 

「ケイさん、そろそろですよ」
という氷川さんの声で意識を戻し化粧水のスプレーを顔に噴射して肌に水分補給するとともに気持ちを引き締める。
 
「何か凄い人数ですね」
と私は言った。
 
「うん。明らかにさっきの時間帯より多い」
と鷹野さんが言う。
 
「今まだAYAの演奏中なんだよ。そちらが終わったらこちらに移動してくる人たちがいると思うから、まだ増える可能性がある」
と近藤さん。
 
「主催者側ではそれを見越して、一部の区画をまだ開けていないんです。向こうから流れて来た人たちをそこに入れることになるそうです」
と氷川さんは説明した。
 
間もなくローズ+リリーの公演が始まりますというアナウンスが流れる。3分前になるとスターキッズがステージに上がり、各々自分の楽器の音が出ることを再確認する。風花が2つのスタンドマイクの声がスピーカーに流れることを確認する。1分前。私とマリがステージに上がる。
 
物凄い歓声が上がる。私たちは観客に手を振って歓声に応えた。
 

進行係の人から合図があり、酒向さんのドラムスがマーチのリズムを刻む。するとステージ脇から黄色いユニフォームを着た女性の集団が行進して登ってくる。そして私とマリは歌い始める。。観客から大きな拍手が贈られる。
 
昨年東堂千一夜先生が私たちの苗場ロックフェスティバル出場のお祝いに書いてくださった『苗場行進曲』である。この曲のCDには多数のアーティストのメッセージが入っているのだが、この日の演奏ではこの「メッセージ」部分を2人の人物が掛け合いをするかのように入れてくれた。ふたりは顔を出していなかったのだが、観客の中に結構隣同士ささやきあっている姿が見えた。
 
この曲の演奏中にAYAが歌っていたHステージ側から流れて来たと思われる大量の観客が到着。主催者は確保していた後ろの方の区画を開放した。そこにその人たちが入ってすぐに手拍子をしてくれる。私たちはそちらに向けて手を振る。
 

やがて演奏が終わる。私たちはまず挨拶する。
 
「こんにちは!ローズ+リリーです!」
と私とマリで一緒に言った。
 
「今日も天気がいいですね。もう3日目でずっと苗場におられる方は疲れもピークに達していると思いますが、しばらく私たちの音楽に耳を傾けてくださると嬉しいです。今演奏した曲は、昨年東堂千一夜先生がこのフェスのために書いてくださった曲『苗場行進曲』でした。ここでステージ上で演奏中ずっと行進してくださったのは、今年の全日本クラブバスケット選手権の覇者、東京40minutesのみなさんでした。ありがとうございます」
 
観客から拍手が贈られる。
 
昨年は千葉ローキューツに出てもらったのだが、私がそこのオーナーを務めることになってしまったので、身内を出してもというのと毎年同じチームではということで40minutesに出演を依頼したのだが、奇しくも昨年も今年も全日本クラブ選手権の覇者に出てもらうことになった。
 
「そしてこの曲に含まれる多数のメッセージを読んでくださった人、ワンティスの上島雷太先生と奥様の春風アルトさんです!」
 
と私が紹介し、2人が陰から出てくると、大きな歓声と拍手が起きていた。
 

「それでは次の曲ですが、今度の水曜日に発売予定のシングルのタイトル曲『コーンフレークの花』」
 
と私が言うと、ややざわつきがあるものの拍手をしてくれるので私たちは演奏を始めた。
 
40minutesのメンバーと上島先生・アルトさんは退場したのだが、入れ替わるように近藤うさぎ・魚みちるのペアがサンバの衣装を着けて上がってきて曲に合わせて踊り出した。
 
後からネットを見たら「ここでダンサーがストリップしないよな?と思った」という書き込みが随分あったが、むろんそんな過激な演出はしない。そもそも、そんなことしたら2度と呼んでもらえないだろう。
 
『コーンフレークの花』自体はごく標準的な8ビートの曲であるが、近藤・魚のペアは自由な雰囲気で踊り、これが曲調とあいまってとても良い雰囲気を醸し出していた。観客のノリも良く、手拍子も盛り上がっている感じであった。
 
演奏が終わってからマリがコメントをする。
 
「こないだの騒動は皆さん、ご心配掛けてすみません。記者会見でも言いましたけど、私は当面男の方とお付き合いするつもりはないですし、10年くらい先までは結婚するつもりも無いので、皆さんよろしくお願いします」
 
これに対して特に男性の観客から大きな歓声が上がる。
 
私も簡単なコメントをする。
 
「先日のマリの騒動には本当にご心配をおかけしました。マリは本当に無邪気なもので、それで男性に対して概して無防備で、それでマリと会話した男性は純情な心を持っている人ほど、マリに憧れてしまうこともあるようです。もしかしたらマリのファンの方にも似たような感じでマリに憧れてしまった人もいるのかも知れないなと私は思いました。でも実際には、マリは食べることと詩を書くこと以外にはほとんど興味を持たないので、普通の男性にはマリの恋人はまず務まらないのではないかという気もします。大学生時代にマリとデートした同級生の男の子は、まずレストランに行っていきなりマリがステーキを10人前食べたので度肝を抜かれ」
 
と言ったところで爆笑が起きる。
 
「そのあとドライブデートしたらマリは助手席でスヤスヤ眠ってしまって何も会話が出来ず、そのあとホテルに連れ込もうとしたら、ロビーでいきなり詩を書き始めて声を掛けても全く反応が無いので、だめだこりゃーと思って結局何もできないまま、マリを置いて帰っちゃったそうです」
 
これにもクスクスという感じの忍び笑いのようなものがあちこちから聞こえてくる。
 
「まあそういう訳でホテルの玄関まで連れ込むことに成功しても、まず何もできないのがマリですね。この話はマリの友人から聞いたのですが、マリに聞いてみたら『デートしたのは覚えてるけど、気づいたら居なかったよ』などと言ってました」
 
そんなことを私が言ったら、マリが茶茶を入れる。
 
「そういう私のプライベートなことをこんな所で話すのは良くないなあ。それなら、私は今度、ケイが小学2年生の時に、女の子のふりして女湯に入ったってのをバラしちゃうから」
 
「マリ、バラしちゃうからって、既に今言っちゃったじゃん」
「あれ〜〜〜!?」
 
ここで笑いが起きた所で
 
「次の曲は同じく今週発売のシングルから『虹を越えて』」
と私は言って演奏が始まる。
 

私たちはこの後、2013年のヒット曲『言葉は要らない』、今年春に出したシングルから『Golden Arrow』と歌った上で、ヴァイオリンチームとフルート組に入ってもらい『Flower Garden』から『花園の君』を演奏。更にそのヴァイオリンチームに加えて、七星さんと青葉のツインサックスをフィーチャーして『眠れる愛』を演奏する。そしてこの2曲の物凄いサウンドに観客が湧いた所でステージ後方に映像を投影しながら『影たちの夜』を演奏する。
 
この曲も七星さんと青葉のツイン・サックスで演奏を始める。ふたりのピンク色のサックスが可愛い。ところが途中まで演奏したところで、もうひとりそれと対照的なグリーンゴールドのサックスを持ってひとりの外人女性が入って来て一緒に吹き始める。
 
登場の仕方からして誰か有名人物のようであるものの、この時会場に居た人でこの正体が分かった人はあまり多くなかったようである。
 
最後のコーダを3人で競い合うように演奏して終了。
 
終わったところで私は紹介する。
「ポーランドのガールズロックバンド、Mixtory Anglesのバーバラ・スクウォドフスカさんでした!」
 
と言うと大きな歓声があがり
 
「バーシャ!」
と彼女の愛称でコールする声もあって、彼女も笑顔で手を振り、青葉と一緒に退場した。
 
なお、彼女が演奏したサックスは同じポーランドのバンドでこの苗場ロックフェスティバルに出演していたスウォートカ・ポクサというバンドの楽器を借りたものである。午前中にその話がまとまってマウスピースは七星さんが持っていた予備をあげて使ってもらった。
 
しかしグリーンのサックスがやはり珍しいので後から見るとネットで
「あれ、スウォートカ・ポクサのを借りたのでは?」
という書き込みが結構あっていた。
 

その後は『雪月花』から『Step by Step』を歌った後、再び青葉やフルート組にも入ってもらい、様々な楽器を入れた食の讃歌『ピンザンティン』で盛り上げる。ここで結構な人数がお玉や、お玉代りかと思われるスプーンや箸などを振ってくれた。
 
その後、スターキッズなど伴奏者が下がってから私は電子ピアノの前に座り、マリはいつものように私の左に立つ。そして私のピアノ演奏だけを伴奏にして、『あの夏の日』『ずっとふたり』と歌ってステージを終えた。
 
私たちがデビュー前の2007年夏に作った『あの夏の日』を歌った時、マリは懐かしそうな顔をしていたし、『ずっとふたり』を歌う時は目に涙を浮かべていた。
 
演奏が終わると私はピアノの椅子から立ち上がり、マリと並んで、両手を斜め上に掲げ、たくさんの拍手を送ってくれる聴衆に応えた。
 

演奏が終わってから私は『苗場行進曲』にナレーションを入れてくれた上島先生に尋ねた。
 
「先生も雨宮先生のお父さんの葬儀行かれますよね?」
 
「うん。もちろん。ワンティスは全員行く。龍虎も都合付けてもらえることになって田代のお父さん・お母さんと一緒に既に向こうに行っている。他のメンバーもだいたい夕方までに入るはず。僕はあれこれ義理があるから今日のラストまで付き合わないといけないけど明日の朝から駆け付けるつもり」
 
「ちなみにどういうルートでおいでになります?いったん新潟まで出た方がいいのか、あるいは東京まで行って東海道新幹線かなとか考えていたんですが」
 
「僕は新幹線を高崎で乗り継いで金沢まで行ってサンダーバードで敦賀まで行って、敦賀から先は誰か迎えをよこしてくれるらしい」
「なるほど!」
 
やはり北陸新幹線の開通でかなり交通状況が変わっているようだ。私の方は取り敢えず今日の予定が終わってから行く方法を考えることにした。
 
また上島先生にバーバラさんを紹介した。政子が通訳をしてあげる。
 
「Mixtory Angles、CDは全部持ってますよ」
「ありがとうございます。でも上島さんって本当に1人でやっておられるんですか?」
「そうですよ」
「うちの国ではきっと上島先生ってクローンが20人くらい居るんだという噂で」
 
「そんなに居たら、僕は全部クローンに仕事させて僕は休んでいたい」
などと先生は言っていた。
 
バーバラさんと政子のお父さんは新幹線がある内にということで、ラスト1つ前のジャムジャムクーンまで見て20時半頃会場を出、22:24の《Maxとき350号》で東京に戻ったようである。
 

私たちは最後までステージを見る。
 
苗場のGステージのラストを飾るマニアル・ガーデン(Manial Garden)の演奏が終了したのは23時ちょっと過ぎである。元々Manial Exs という名前だったのをメジャーデビューする時にさすがに勘弁してと言われてManial Gardenに改名したというバンドだが、インディーズ時代のCDがManial Exsの名前のまま結構出回っているようである。過激な名前に反して曲は概してムーディーで聞きやすいものが多い。かつてのシカゴなどを思わせるアダルトロック系である。
 
遅い時間帯に終わったので、今日はもう東京まで帰る人は居ない。
 
ローズ+リリーのスタッフにしても、KARIONのスタッフにしても、大半が今日は越後湯沢泊まりである(一部元気な人はこのまま明け方まで続く一部のステージを見ながら夜を明かしたようである)。
 
そして今日越後湯沢で泊まるメンバーで0時過ぎから打ち上げをした!
 
ローズ+リリーとKARION合同の打ち上げで、伴奏者の人やプロダクション及びレコード会社の担当さんなども入れてだが、高校生の青葉たち高岡組3人と鈴木真知子ちゃんは最初の乾杯にだけ付き合ってその後は寝なさいということで部屋に帰す。ドライバーの佐良さんも急に運転することになった場合に疲れていたらまずいのでと言って乾杯(むろんサイダーである)にだけ参加して部屋に戻った。
 
40minutesの人たちも一部の人をのぞいて参加してくれたが、さすがスポーツ選手なので食欲旺盛である。政子や美空と食べ比べしている人もいたが、途中で「負けた〜!」と言っていた。
 
「でも40minutesの人達は身体を動かしているから入るんじゃないの?」
と小風が言う。
 
「ええ。昨日も昼間長岡市内の体育館を借りて2時間ほど練習しましたから」
と中嶋橘花さんが言う。彼女は神奈川県で高校の先生をしているらしい。
 
「さすが〜」
「いや、歌手・ミュージシャンのみなさんが毎日歌や楽器の練習をするのと同じで私たちも日々の練習ですよ」
 
「音羽と光帆は歌やダンスの練習もだけど、毎日結構身体も鍛えてるみたいね」
と和泉。
 
「でも私たちも少し身体鍛えた方がいいかなあ」
などと美空が言う。
 
「いや、実は40minutesというチームも元々『少し身体動かさないとなまっちゃうよね〜』とか『健康のために身体を動かそう』なんて言って始めたチームだったんですけどね」
などと秋葉夕子さんが言う。彼女は江戸っ娘の創設者のひとりである。
 
「そうそう。いったん現役引退した人ばかり集まって作ったから」
と小杉来夢(らいむ)さん。彼女は元Wリーグ選手らしい。
 
「それがまさか全国優勝まで行くとは思いも寄らなかった」
「まあ元プロとか現役日本代表とかまで入っていたら、そうなるのが必然という気もするけどね」
 

2時頃打ち上げは終わって部屋に引き上げる。ところが部屋に入って取り敢えず政子とキスした所で電話が掛かってくる。
 
「ああ、まだ起きてたね」
「千里!?」
 
「今、上島さんとも連絡取った所。今から舞鶴に行くけど、冬も乗ってく?」
「ちょっと待って。千里、今オーストラリアだかニュージーランドに居たのでは?」
 
そんな話をついさっき、40minutesの人たちともしたばかりである。
 
「行ってたけどさあ、雨宮先生ほんと無茶言うんだもん。私の親の葬式にも出ないでそれでもあんた私の弟子のつもり?あれこれバラしちゃうぞとか」
 
「それで日本に戻ってきたの?」
「とんぼ返り。終わったらすぐオーストラリアに戻る。今越後湯沢の駅前。これから上島先生を迎えに行くけど、冬、私の車に乗るならホテルの場所教えて」
 
「分かった。でも乗っていくのは誰々?」
「私が運転して、上島さんと春風アルトさん、そして冬まで入れて4人かな」
「だったら政子も一緒に乗せていい?」
「もちろん」
 
それで私と政子は七星さん・氷川さんにだけ連絡し、部屋の片付けなどは仁恵と琴絵にお任せして、着替え1回分だけを持ち1階まで降りて行く。やがて千里のインプレッサがホテルの前に停まる。
 
後部座席に上島先生と春風アルトさんが乗っていたのだが、上島先生が助手席に移動して、後部座席に左からアルトさん、私、政子の順に乗った。上島先生とアルトさんは前後の席になるので会話がしやすい。
 

「でもいつ戻って来たの?」
と私は尋ねる。
 
「19時前に成田に着いたよ。まあ機内ではひたすら寝てたから。それで明日の葬儀が朝10時からになっちゃったんだよね。早く帰らないといけない人が数人いるらしくて。それで明日の朝の新幹線で移動すると上島さんたちが間に合わないから、あんた拾ってきてと言われてさ」
 
「それでオーストラリアから呼び寄せられた訳?」
「人使いが荒いよね。私、大学生時代に、いきなり今からリオデジャネイロに来てって呼び寄せられたこともあるよ。試験の直前だったからあの時もトンボ帰り。でも往復4日かかるんだよね」
「だよね!」
 
「あいつも無茶振りするなあ」
と上島先生が言っている。
 
「まあ朝までには現地に着くから、上島さんも茉莉花さんもお休みになっていてください。冬も政子も寝ててね」
「運転ひとりで大丈夫?」
「平気平気。私、しょっちゅう東京大阪間を走っているし」
「そうだったね!」
 

私も政子も、そして上島先生たちも疲れていてすぐ眠ってしまったようである。目を覚ますと車はどこか高速のPAか何かに停まっている。
 
「今三方五湖です。あと少しで現地に到着しますが、トイレに行きたい方はどうぞ」
というので、結局全員トイレに行ってくる。時計を見ると7時半である。
 
「千里、もしかしてノンストップで走ってきた?」
と私が尋ねると
 
「うん。いつものことだから。まあ伊達に身体鍛えて無いから」
と千里は言う。
 
「まあ実は小矢部で30分ほど仮眠したけどね」
「少し安心した!」
 
千里はみんなに乗って乗ってと言ったが、最後のちょっとだけでも私が運転するよと言い、千里も「じゃ私も少し眠ろうかな。葬儀でまたこき使われそうだし」と言って後部座席に来て眠る。それで私が千里のインプを運転し、設定されているカーナビの案内に従って8時半頃、葬儀場に辿り着いた。久しぶりのMT車の運転だったが、すぐに感覚を取り戻した。
 

雨宮先生は和服の女性用喪服を着ていた。一応「娘」の扱いなのかな、と思う。
 
「おお、手駒が4人も来てくれて助かる」
などと言っている。
「4人というのは?」
「雷ちゃん、アルトちゃん、ケイに醍醐だな」
「マリは?」
「マリちゃんは龍虎ちゃんの相手でもしてあげてて」
「やります!」
と言って政子は張り切って奥の方に入って行った。
 
喪服の用意が無かったのを詫びるが「用意しておいた」と言われ、上島先生は黒いスーツと黒い紳士靴、私とアルトさん、千里、政子には黒いドレスと黒いパンプスを渡された。
 
「サイズは以前聞いたサイズで用意してたけど、太った人は言って」
などと言っている。
 

葬儀はあくまで内輪のもののようで、昨日の通夜の段階で来てくれた人の名簿を見せてもらったが、芸能関係は雨宮先生と直接付き合いのあった人だけに限っているようである。それでも結構扱いに気を遣う人たちも居て、私はアルトさんと2人で、その人たちの対応を主としてしていた。上島先生はワンティス関係者やプロダクション・レコード会社関係の人の対応、そして千里は雨宮先生の弟子の新島さん・毛利さんと3人で細々とした雑用をしたり、香典の金額の集計などをしていたようである。
 
雨宮先生のお父さんは会社勤めだったらしく、その関係者、それと親戚関係が出席者には多いようである。雨宮先生のお兄さん・お姉さんが既に結婚していて、各々夫婦で来ており、お兄さんの所は子供がおり、春風アルトさんが「可愛いですね」などと言いながら、面倒を見ていたようである。
 
ワンティスのメンバーは最近ギター担当として参加している中村さんも含めて全員揃っているが大半は控室で座って歓談している。上島先生や中村さんが飲み物を注いでまわったり、食べ物を調達してきてくれているようだ。私はそのメンバーを見ていて、あれ?三宅先生が居ない?と思った。
 
その三宅先生は親族の控室の方で雨宮先生を手伝って、色々しているようであった。ああ、三宅先生ってわりとよく細かい所に気づいたりする人だからなあと私は思っていた。
 
他に鮎川ゆま(レッドブロッサム)・田船美玲(バインディングスクリュー)、なども来ている。みんな雨宮先生の古くからの弟子のようだ。夢路カエルとか新田安芸那が来てないなと思ったが、彼女たちは雨宮先生の元(?)恋人という立場なので、こういう場には遠慮したのだろう。
 

9時半頃になると大勢の参列者が入ってくる。受付は鮎川ゆまと千里が立って参列者を迎え入れ、また昨日の通夜には来ていなかった人の香典を受け取って、デフォルトの香典返しを渡していた。芸能関係者以外は「常識的」な金額を入れているだろうから、その香典返しに入っているビール券3枚で完了となる。高額香典を包んだ人への御礼はあとで(たぶん新島さんが)何とかするのであろう。
 
葬儀会場の右手奥に喪主席があるが、そこに雨宮先生のお母さん、お兄さんとその奥さん、お姉さんとその旦那さん、雨宮先生が並んでいるのを見るが、その雨宮先生の横に三宅先生も並んでいるので「へ?」と思った。
 
もしかして三宅先生って、雨宮先生の親戚だったのかな?
 
やがてお坊さんが入って来て、長い長い読経をする。私はスタッフ的な立場なので、千里やゆま、新島さんや田船さんたちと一緒に葬儀会場の外側の廊下でそれを聞いていた。政子は控室で龍虎(アクア)とおしゃべりしながら、多分おにぎりなどを食べつつ、親戚の小さい子供たちの相手もしているようだ。龍虎の里親である田代夫妻は葬儀会場内の親族席に座っている。
 
やがて焼香が始まる。最初に喪主席の人たちが焼香する。雨宮先生に続いて三宅先生も焼香した。その後、親族席の人たちが焼香して、更に一般の参列者も焼香する。ワンティスのメンバーも一続きになって焼香した。最後に私たちスタッフが焼香した。
 
そして出棺となる。棺は雨宮先生のお兄さん、お姉さんの旦那さん、三宅先生、そして雨宮先生たちの従兄の人(故人の弟さんの息子)が抱えた。しかしここで三宅先生が加わるということは三宅先生も実は雨宮先生の従兄弟なのだろうか?
 
棺が火葬場の方に運ばれていくのを見送ってから、私たちは帰る参列者にお土産を渡す仕事をする。参列者が200人近いので、なかなか大変であったが、10分ほどではけてしまった。
 

「さあ、終わった終わった」
と言って千里は伸びをしている。
 
「この後、どうすんの?」
「葬儀は終わったから、私はオーストラリアに戻る。今日20時の便を予約してる」
「頑張るね!」
 
「今から走って帰るけど、冬たちも乗ってく?」
「今から〜〜!?」
「夕方5時くらいには東京に着くと思うけど」
「それってノンストップ?」
「平気、平気、冬たちは寝てて」
 
念のためJRの時刻を調べてみると、新幹線を使っても東京に着くのは18時近くになってしまうようである。
 
「じゃ、音源制作で青葉たちを待たせているし、乗せてもらおうかな」
 
上島先生たちは今日はこちらに泊まるということであった(それが常識的)ので、私と政子だけ千里のインプレッサの後部座席に乗り、舞鶴を出発した。
 

車は若狭舞鶴道から北陸道・名神・東名と走って行く。千里はひとりで運転するつもりだったようだが「無茶だよ」と言って、賤ヶ岳SAから新城PAまでを私が運転したが、千里は「熟睡した。助かった」などと言っていた。実際新城で交代することにしていたものの、最初揺すっても起きないので、このまま浜松付近まで引き続き私が運転しようかとも思ったくらいであった。
 
ちなみに政子は賤ヶ岳・新城でトイレに行った以外はひたすら寝ていた。お葬式の仕出しを5人前ほどたいらげて満腹していたようである。アクアともかなりおしゃべりして満足したようであるし!?
 
「本当はおちんちん取ってもいいと思ってるんでしょ?性転換しちゃいなよ」
などとかなり煽っていたようである。アクアは中学生なので詰め襟の学生服を着て来ていたのだが
「セーラー服で来れば良かったのに。持ってるんでしょ?」
と言うと
「実はどちらにしようか、ちょっと迷ったんですけど」
などと言うので
「やはり女の子になりたい気持ちあるのね?」
などと突っ込まれていた。
 

「ところで千里、三宅先生だけど、雨宮先生の従兄弟か何かだったっけ?」
と私は新城で起きた後、運転している千里に尋ねた。
 
「雨宮先生と夫婦だよ」
と千里は答える。
 
私はキョトンとした。
 
「雨宮先生、いつの間に戸籍を女に直したの?」
「直してない。それにふたりは入籍もしていない」
「じゃ事実婚なんだ?」
「事実婚でもない」
「は?」
「単に内縁の夫婦であるだけ。自分たちの間だけで夫婦になることを決めただけだよ」
「知らなかった!」
 
「うん。ほとんど誰も知らないよね。あまり人には言わないでよね」
 
私は隣の政子を見た。スヤスヤと眠っている。
 
「いつ結婚したの?」
「ワンティスを辞めた直後だよ。ワンティスは一応恋愛・結婚禁止で契約していたから。ただ最初からカップルだった高岡さんと夕香さんの交際だけが黙認されていた」
「そうだったのか・・・」
 
「三宅さんからプロポーズしたんだよ。それに対して雨宮先生は、入籍無し・指輪無し・同居無し・浮気自由なら結婚してもいいと言った」
「何それ〜〜?」
 
「でも三宅さんはそれで合意して、ふたりは結婚式をあげたんだ。出席したのは、双方の親・兄弟と他には支香さんくらい。当時は上島さんも知らなかったことだよ。約束を守って、ふたりはその後、同居もしてないしお互い適当に恋人を作っている。でも誰とも決して結婚や同棲はしない」
「不思議なカップルだね」
 
「私と貴司の関係と、どちらが変かってよく先生と言い合ったよ」
「もしかして、千里って貴司さんと今でも夫婦の意識なの?」
「内緒」
 
うーん。。。
 
「でも雨宮先生と三宅先生って夫婦なんだ?」
 
「実際問題として雨宮先生と三宅さんは定期的に連絡を取り合っている以外はほぼ無関係に生きている。どちらも各々多忙にあちこちのプロデュースしてるし。でも結婚記念日の前後には何とか都合つけて毎年一緒に旅行に行くんだよ」
「へー! 何かいいね、そういうのも」
「実は所在がつかめない雨宮先生の居場所をいつも把握している唯一の人物なんだよ。三宅さんは」
 
「いいこと聞いた」
 
「町添さんも知らないからね。ワンティスのメンバーでも知っているのは上島さんと支香さんだけ。上島さんもごく最近になるまで知らなかったんだよ。今回の葬儀でも、他のメンバーには実は親戚なのでと説明したみたい」
「なるほど」
 
「でも雨宮先生ってバイだもんね。ふだん女性とばかり浮気しているのは、やはり自分に男性の伴侶がいるからなのかな」
と私は言ったのだが
「三宅さんは女性だけど」
と千里が答える。
 
「は?」
 
私は千里の言葉の意味が分からなかった。
 
「だから入籍しようと思ったらいつでも入籍できる。実は婚姻届けは書いていてお互い持っている。どちらかが提出したくなったらいつ提出してもいいという約束で、2部書いて1部ずつ所有」
 
「ちょっと待って。三宅先生って、実は性転換して戸籍まで女になっていたの?」
「三宅さんは元々女だよ」
「うっそー!?」
 
「高校までは女子制服を着て通学していたんだよ。本人としては黒歴史にしたいみたいだけどね。でも大学に入ってからはもう男で通している。ずっと男性ホルモン取っているから生理も止まっているし声変わりもして男の声になっているから男にしか見えないけどね」
 
「え〜〜〜!?」
「ある意味、龍虎の里親の田代夫婦に似てるよね。但し田代夫婦がMTFとFTMであるのと違って、あのふたりはMTXとFTXなんだな。三宅先生の浮気相手はほとんど男性だよ。本人としては女の意識なんだって。体毛は処理しているから裸になると実はけっこう女に見える」
 
「でも男性ホルモンを摂取してるんだ?」
 
「うん。生理が来る度に憂鬱で自分が女の身体であることがたまらなく嫌になって落ち込んでいたらしい。それで自殺未遂もしていると言っていた。男性ホルモン取るようになってから凄く精神的に安定したらしい。でも男になりたいのとは少し違うから、おちんちん付ける手術とかはするつもりないと。持ってる洋服は男女半々らしいよ。まあ普段は男の下着しかつけないそうだけどね」
 
「うーん。。。そのあたりは何となく理解できるかも知れない」
 
「一応男性とデートする時は服装も下着まで含めて女装のことが多いと。でもそれで逆に三宅さんの浮気はバレにくい」
「確かに三宅先生の恋愛の噂なんて聞いたことないよ」
 
「こういう法事とか結婚式とかには夫婦として出るけどさ、たいていの人が雨宮先生が娘で、三宅さんはその旦那と思うらしいんだな。それで雨宮先生、『失礼しちゃうわ。私が息子でイクはお嫁さんなのに』と言ってたね」
 
「いや、それはふつうにそうとしか思わない」
「まあ今回も棺は雨宮先生じゃなくて三宅さんが持っていたけどね」
「その方が平和的だと思う」
 
私は本当に世の中には色々な夫婦がいるものだとあらためて思った。
 

私も浜松をすぎたあたりで眠ってしまった。起きるともう祐天寺のスタジオ前であった。政子を起こして降りるが
「気をつけてね。安全運転で」
と言って千里と別れた。
 
祐天寺のスタジオではアルバムに収録予定の曲『摩天楼』の制作が進行中であった。私はみんなに
「遅くなってごめんなさい」
と言って入って行く。
 
「早かったですね」
と七星さんが言う。
 
「葬儀がお昼前に終わって、それからこちらに移動してきたから」
と私は答えた。
 
作業中なのは、スターキッズ&フレンズの(山森さんを除いた)7人、風花、夢美、そして青葉である。本来夢美はKARION系のスタッフなのだが、山森さんが多忙であることもあり、ヴァイオリンもオルガンも上手い夢美は居てくれると助かる。夢美はCDは結構売れているのだが「まだまだ自分は勉強中」と言って演奏の仕事をあまり入れていないので、こちらも便利に使わせてもらっている。
 
青葉は「新潟まで来たついでに東京にちょっと寄って私のマンションを見て欲しい」と言っておいたのだが、朝起きると私が京都まで行ったと聞いて困惑したらしい。それで七星さんから「ケイが戻ってくるまで音源制作手伝ってよ」と言われて、東京まで同行し、スタジオに入って曲作りに参加してくれていたようである。なお、青葉が同行していたフルート奏者2人は高崎から新幹線乗り継ぎで高岡に帰ったらしい。
 

結局その日は深夜0時過ぎまで作業を続けて
「続きは明日」
と言って解散する。
 
もうほとんどの人が帰宅不能なので、男性陣にはホテルを用意し、女性陣はみんなで恵比寿の私のマンションになだれ込んだ。私と政子、七星さん、青葉、風花、夢美の6人である。スタジオのある祐天寺から私のマンションまでは2kmちょっとであるが、タクシー2台に分乗して移動する。
 
それでとにかくその日は適当に寝て、私は翌28日朝6時に目を覚まし、御飯を作り始めた。すぐに青葉も起きてきて手伝ってくれた。
 
それで御飯も炊きあがり、ミネストローネも仕上がったのだが、誰も起きてこない。どっちみち音源制作はお昼過ぎからなので(音楽関係者はだいたい午前中は寝ていて午後から始動する人が多い)、結局塩鮭を2人分焼いて、私と青葉の2人で朝御飯を食べはじめる。
 
「ほんの一週間前に千里が来てくれたんだよ。それで明らかに怪しげな郵便物とか荷物というのを少し持って行ってくれたんだ。でも青葉に再度見てもらった方がいいと言って」
と私は説明する。
 
「千里姉からやばそうなものということで写真を送ってもらいましたが、本当にやばいものばかりでした。政子さんにこないだから立て続けに災難が起きたのは、その影響もありますよ」
「ほんとに!?」
 
と言いつつも、やはり先日私が思った《ひょっとして政子に呪いが掛かっているのでは?》というのが本当だったのかもと思った。
 
「たぶん変な念の入っているおやつを食べちゃったんじゃないかなあ」
「ああ、政子ならあり得る」
 
「まずそのあたりをチェックしましょうかね〜」
と言って青葉は朝御飯を食べた後、郵便物・宅配便の類いを見てくれる。そしてDMを2通取り出した。
 
「ファンからの贈り物の類いはどこかでいったんチェックされているんでしょ?」
「うん。それは○○プロがやってくれているんだよ。あそこアイドルが多いからけっこう危険なものが送られてくるらしくて凄い検査機器持っているから」
 
「食物とか花とかの類いで怪しいものは念だけじゃなくて、中身も怪しいことが多いから大半はそこで処分されているかも知れませんね」
「なるほどー」
 
青葉はその「怪しいDM」を内側にアルミが貼ってある保冷バッグの中に入れた。
 
「保冷バッグ?」
「アルミのお陰で静電遮蔽されるので、外にほとんど影響が出ないんですよ」
「へー!」
 

ローズヒップティーを入れ、クッキーを摘まみながら少し話す。そんなことをしている内に珍しく政子が起きてきた。風花・夢美・七星さんはまだ寝ている。
 
「こんなに早くマーサが起きるなんて珍しい」
「お腹が空いた」
「まあ食べて」
「食べる!」
と言って、ミネストローネを食べ始める。ああ、他の人の分は残らないなと私は思った。
 
「やはりローズ+リリーが人気絶頂だから、どうしても恨みや妬みを持つ人たちも増えているんですよ。これはちょっと本格的に誰かに定期的にチェックしてもらわないと、やばいな」
 
と青葉は困ったような顔で言う。
 
「でもチェックできる人って、そうそう居ないんでしょ?」
と私は言う。
「そうなんですよ。強力なものほど巧妙ですからね」
と青葉。
 
「やはり青葉には東京に引っ越してきてもらって」
と政子。
 
「済みません。色々世間の義理で」
と青羽が言うと
 
「千里もよく『世間の義理』って言うね」
と政子。
 
「いや、ふたりって結構似たもの姉妹だよ」
と私は言った。
 

「お値段少し高くてもいいですか?」
「いくらくらい?」
「月100万円+処分料というのでは?」
「うん。払っていい。今回みたいなことがあったら、桁違いの損害が出る。正直、今度の作り直したCDがせめて40万枚くらいは売れてくれないと町添さんは責任を問われるんだよ」
 
「たいへんですね、そういう立場の人も」
 
と言って青葉は電話を掛ける。
 
「どうもご無沙汰ばかりしておりまして。はい。ちょっとご相談が。ええ。ある人の霊的な防御のお手伝いをお願いできないかと思いまして。いえ政治家ではないです。歌手兼作曲家なんですよ。ええ。その人です。ですよね〜。お忙しいですよね。こちらは取り敢えず月100万円+処分料というのではどうだろうかと言っておられるんですが。ええ。月2回程度、マンションに来訪して怪しい郵便物や贈り物などをチェックしてもらえたらと。はい。単にお焚き上げするだけでは済まないものもあると思いますから、それは実費で。ええ、ですから月100万円は顧問料のようなもので。はい。月200万円ですか?」
 
と言って青葉は私を見る。私は頷く。
 
「はい、それでいいそうです。ええ。それでは一度良かったらこちらにおいでいただけませんか? あ、今からですか? はい。いいそうです」
 

「たぶん関東在住の霊能者の中では最強の1人だと思います。中村晃湖さんにお願いしました」
と青葉は電話を切ってから言う。
 
「すごーい。私が名前を知ってる人だ」
と政子。
 
「確か親戚か何かになるんだったっけ?」
と私は尋ねるが
 
「親戚ではありません。私の曾祖母の親友のお孫さんなんですよ」
と青葉。
 
「うーん。関係あるんだか、無いんだか」
「そして千里姉の高校の先輩でもあるんです」
「あ、そんな話も聞いた」
「バスケット部の出身で、千里姉が高校生の頃、毎年多額の寄付をバスケ部にしてくれていたそうです」
「へー」
「今でもあそこの高校の女子バスケット部への寄付額では3位らしいです」
「ほほお」
「1位が千里姉、2位が謎の人物、3位が中村さんです」
 
「ああ、千里はやはり多額の寄付してるんだ?」
「千里姉はあそこの高校のバスケ部の特待生にしてもらえたから高校に行くことができたらしいです。高校進学の直前にお父さんが失業して、悪いけど高校に行かせてやれない、中学出たらどこか仕事先見付けてくれ、なんて話だったらしいんですよ」
 
「わぁ・・・・」
と政子が声をあげる。
 
「そういうことになっていたら、こないだのユニバーシアードで大活躍した千里も無かったわけか」
と私は言う。
「作曲家・醍醐春海も生まれていませんし、そもそも多分性転換手術を受けることもできなかったと思います」
と青葉。
 
「だよねー。お金掛かるもん」
 

そんな話もしている内に、中村さんが到着した。
 
同じ霊能者でもテレビ好きな竹田宗聖さんとは違ってマスコミ関係への露出は少ない。噂を聞いていた感じでは50代かなと思っていたのだが、見た感じは40歳前後に見える。
 
名刺を交換してから、こちらの状況を話す。
 
「なるほど。不酸卑惨の件にも引っかかっていたんですか」
「あれはかなり本格的でしたよ。うちの姉が居なかったらやばかったです」
「千里ちゃんか・・・」
 
と言って中村さんは考えていた。
 
青葉は先ほど見付けたDM2通も保冷バッグの中から取りだして見せた。
 
「げっ」
といきなり声をあげる。
 
「何者〜? こいつ」
「まあ素人じゃないですよね」
「うん。ある程度神霊的なものに関する訓練を受けた奴の仕業だよ」
 
「1月に私がここに来て、怪しいものを全部処分したのに先週、姉がここに来て、怪しいものを7つも発見したんです。でも姉は呪いの専門家ではないので、私に再度チェックして欲しいと言って、それで私がまたチェックして、この2つを見付けたんです」
 
「半年で9つか・・・・」
「物理的に怪しいものはプロダクションでチェックして廃棄しているんですよ。そのチェックをすり抜けた、モノとして怪しくないけど霊的に怪しいものがそれだけあるんですよね」
 
「その頻度なら月2回では危ないよ。じゃ、基本的に週1回私がチェックに来ます。でもできたらもっとチェックした方がいいから、私の弟子の船木冴子というのにも来させて私と船木で交互になりますが、4日に1度はチェックできるようにしたいと思います」
 
「助かります。鍵を1本お渡ししますから、居なかったら勝手に入って下さい」
「了解です。私がどうしても手が離せない時は船木あるいは同等程度以上の力のある者に取り敢えず来させて、後日私がまた来させてもらうというのでもよろしいでしょうか?」
「ええ。それでいいです。お忙しい所申し訳ありませんヶ
 
それで私は予備の鍵を渡す。
 
「では料金は処理料込み・税込みで月200万円ということで」
「あ、処理料込みだったんですか?」
「頻繁に処理が発生しそうですから、もうそれいちいち計算するの面倒だから込みにしちゃいましょう、と」
 
「まあ確かに計算は面倒ですけどね」
 
そういうことで、私のマンションは中村晃湖さんと、そのお弟子さんに週2回程度チェックしてもらえることになったのである。
 

午後からはまた6人でスタジオに行き『摩天楼』の制作を続ける。
 
この曲にはツインサックスをフィーチャーしているが、サックスの内1本は当然七星さんが吹くのだが、青葉にそのカウンターパートを吹いてもらうことにしたのである。ふたりの使用サックスは同じ製品なので音も調和しやすい感じであった。
 
一応28日中にはだいたい方を付けるつもりで、青葉もこの日の最終新幹線で帰るくらいのつもりでいたようなのだが、まだ実質制作2日目で譜面の変更が相次ぐ。結局9時を過ぎても全くまとまらない。
 
「青葉ごめーん」
と私は謝る。
 
「いや、こうなりそうな予感はありました」
と青葉。
 
「お、さすが霊能者!」
と政子。
 
「これ霊感とは関係ない気がします」
と青葉は言った。
 
「まあ、ここまで付き合ったら、ちゃんと完成形を見てから帰りたいよね?」
などと七星さんも言うので、
 
「はい。ご一緒させて頂きます」
と青葉も開き直って言った。
 

結局その日は夜中1時までやってから「続きは明日やろうか」と言って解散。男性陣は再度ホテルを取って休んでもらい、女性陣は青葉も含めてまたもや私のマンションになだれ込んで適当に寝た。
 
29日は午後からローズ+リリーの新曲記者会見がある。それでマンションでお昼御飯を食べた後、私と政子は★★レコードへ、青葉も含めて他の人は祐天寺のスタジオに移動した(マンションからスタジオまでは2.1kmほど、★★レコートへは1.8kmで、どちらも近い。私と政子はリーフで、他の4人はエルグランドで移動した)。
 
 
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【夏の日の想い出・コーンフレーク】(中)