【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(3)

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ローズ+リリーのライブツアーは30日東京国際パティオ、31日ビッグパーク福島、1日札幌スポーツパークと続く。年末年始は全く休みがない。
 
31日は福島公演を終えた後、最終新幹線で仙台!に移動し、仙台市内のホテルに泊まる。ホテルにたどり着いたのは0時過ぎであったが、コンビニで天ぷらそばを買って来て、ふたりで食べて「年越しそば」とした。
 
翌朝、5時に起きて仙台空港に移動し、新千歳行きに乗った。札幌に着いてから市内のホテルで、雑煮を食べ、北海道の富良野産白ワインで乾杯して「おとそ」とした。全く慌ただしい年末年始であった。
 
しかし30日以降のライブでは鈴を割る役で出てきたアクアへの声援が凄まじかった。楽屋まで「アクアちゃんにお花を贈りたいのですが」というファンが多数来たが、大量すぎたので、金属探知機・盗聴器などのチェックをした上で一部だけ彼の自宅に届け、残りは写真だけ撮ってメッセージカードとともに本人に渡し、花自体は各地の児童養護施設・老人福祉施設などに送り届けた。
 
「アクアちゃんですけど、本人が俳優志向なのでドラマでデビューという予定だったのですが、急遽CDデビューもさせようという方向になっているんですよ」
 
と1日の札幌で氷川さんは言っていた。
 
「まああれだけ騒ぎになったらそういう方向になるでしょうね」
と私は答える。
 
「でも本当にドラマでは院長の息子役なの?娘役をさせればいいのに」
と政子は言うが
 
「それやると、色物扱いになってしまうので」
と氷川さんは言う。
 
「でもアクアちゃん、歌うまいの?」
と政子が訊くので
 
「凄く上手い。とても中学生とは思えない歌を歌う」
と私は答える。
 
「なんかミュージシャンの息子って言ってたけど、誰の子供?」
と政子は尋ねるが
 
「内緒」
と私。
 
「うーん・・・・でも私の知ってる人?」
「知らない人はいないと思うよ」
 
「へー。でもアクアちゃんの両親って学校の先生じゃないの?」
「そのあたりの事情も内緒」
「うむむ」
 

その日の幕間のゲスト(ロッテさんのヴァイオリン演奏に続いて歌ってもらう)は昨年人気急上昇したステラジオであった。彼女たちの歌を楽屋で着替えながら聴いていて政子が
「この子たち上手いね」
と言う。
 
「うん。ちょっと脅威を感じるよね。私たちのファンがそちらに移動しちゃわないだろうかと不安になるくらい」
と私は言う。
 
「ホシちゃんが凄くうまくて、ナミちゃんはそれなりに上手い」
と政子。
 
「マリちゃんも、言葉が選べるようになったね」
と私は取り敢えず政子を褒めておいた。
 
「ステラジオって担当はどなたでしたっけ?」
と政子が氷川さんに尋ねる。
 
「八雲です」
「なるほど。ステラジオが売れたら、また八雲さんの伝説が増えますね」
と私は言う。
 
「そうなんですよね。あの子が担当したアーティストはその後ブレイクすることが多いんです」
と氷川さん。
 

私はその時、唐突にそのことを思いついた。
 
「★★レコードの八雲礼朗(のりあき)さんって、作詞家の八雲春朗(はるあき)さんともしかしてご兄弟か何かですか?」
 
「お母さんが一緒で、お父さんは双子の兄弟なんですよ」
と氷川さんが答える。
 
「ちょっと待って。今複雑な話を聞いた気がした」
と政子。
 
「色々事情があるみたいだけど、ということは全く同じ遺伝子を受け継いでいるんですね」
と私は驚いたように言った。
 
「ちょっと雰囲気が似てますよね」
と氷川さん。
「ですよね? なんかどちらも体型が細いし」
 
「ふたりとも紳士物の既製服が入らないと言って、レディスのズボンを穿いているみたいですね」
「ああ」
 
「作詞家の八雲さんってちょっと女装させたくなる雰囲気だったって和泉ちゃんが言ってた」
と政子。
 
KARIONの曲を書いてもらったので和泉とふたりで会ってきたのだが、政子は彼とは会っていない。
 
「うん。でも私はむしろ★★レコードの八雲さんの方が女装が似合いそうな気がした」
と私が言うと
 
「ここだけの話だけど、彼、たぶんプライベートでは女装してる」
と氷川さんが言う。
 
氷川さんが他人の噂話をするのはひじょうに珍しい。彼女は本来とても口が硬い人である。一応この場に居るのは私と政子と氷川さんの3人だけである。
 
「そう言われると、そうかも」
 
「八雲って、だいたい女性アーティストしか担当させてないんですよ。入社初期の頃は男性アーティストを担当したこともあったみたいだけど男性の感覚が分からないから配慮が行き届かないみたいで。でも女性アーティストの感覚はよく分かるみたいなのよね」
 
「実は女の人だったりして」
と言う政子の目が輝いている。こういう話は大好きなのである。
 
「私、ひょっとしてあの人、FTMなのではと思ったこともあるんですけどね」
と氷川さん。
 
「逆にMTFかもね」
と政子。
 
「実は私も確信が持てないんですよ。加藤はふつうの男性だと思っているみたいだけど。実は去年の秋に例の性別取り扱いの変更がありましたでしょ?」
と氷川さんはその話をする。
 
この秋に八重垣さんを中心とする当事者のグループが会社に、性別の取り扱いに関する要望書を提出し、会社側もそれを認め、弁護士も含めた作業グループで一定の指針を定めた。それで★★レコードでは「性別変更届」を提出することで戸籍上の性別ではなく自分が認識している性別で勤務してよいルールが確立したのである。
 
「それで性別を変更した社員が担当していたアーティストについて各々の事務所に、引き続き担当してよいか、あるいは同性の担当者に変えてもらいたいか打診したんですが、森風夕子ちゃんの担当の大飯がFTMであることをカムアウトして、男性として勤務し始めたので、事務所の意向を聞いたら、やはり女性の担当者にしてほしいということになって」
 
「まあアイドルだとそうですよね」
 
「ところが担当者交代して新しく森風夕子ちゃんの担当になったのが八雲で」
 
「なぜ?」
「不思議ですよね」
「うーん」
 
「それで事務所から特に何も苦情が出ないし」
と氷川さん。
 
「いや、これまで多数の新人をブレイクさせている八雲さんだからこそ事務所は受け入れているのだと思う」
と私は言うが、
 
「もしかして八雲さん、★★レコードの社員データベースには女性として登録されていたりして」
と政子が言う。
 
「本人も首をひねっていましたが、夕子ちゃんは八雲がいる場でも平気で着替えたりしているし、八雲は女性が着替えていても何も感じないと言ってましたね。一応アセクシュアルだからと言ってたけど、そうは見えないのよね」
と氷川さん。
 
「それで私が到達した結論は、あの人、ひょっしてMTFの仮面男子ではという線」
 
氷川さんが個人の噂話をここまで突っ込んでするのは珍しいなと私は思った。もしかして個人的に関心があるんだったりして? でも氷川さんの恋愛志向って何なんだろう??結構バイっぽい発言は何度か聞いたことがある気もする。
 
「今度八雲さんに抱きついてみようかなあ。それでおっぱいがあるかどうか確かめる」
と政子。
 
「やめときなよー」
 
と私は言いながらも、もし八雲さんがMTFで、ひょっとして身体に手を入れていたりしたら、例の打ち上げの時の「5人の性転換者」の候補かも知れないと私は一瞬思った。
 

この1月1日の札幌公演には千里が陣中見舞いに来てくれた。旭川で買ったというチョコレートの生菓子を持ってきてくれていたが
 
「美味しい、美味しい、カロリー補給、カロリー補給」
と言って、政子はたくさん食べていた。
 
「私の食欲を理解してくれている人は大歓迎だなあ」
などと本人は言っている。
 
「まあ、チョコ菓子の1個や2個でマリちゃんが足りる訳無い」
と千里。
 
「千里、里帰りしてたの?」
と私は訊いた。
 
「ううん。私は実家はお出入り禁止になってる」
「性転換したこと、まだお父さん怒ってるんだ?」
 
「まあ10年くらい放置してたら、その内ほとぼりが冷めるかもね。就職するのに保証人の書類書いてもらうのに来たんだよ。お母ちゃんとは旭川で会った。もう1枚は叔母ちゃんに書いてもらった」
 
旭川には千里を可愛がってくれる叔母さんが居たはずである。千里は高校時代そこに下宿していたのだが、千里が入学した時は男子高校生だったはずが、いつの間にか女子高生に変身して行ったのは、実際問題としてその叔母さんに唆された部分もかなりあるようである。
 
しかし私は
「千里、就職するの!?」
と驚いて尋ねた。
 
「うん。就活50連敗(くらい)だったから、このまま作曲家の専業でもいいかなと思ってたんだけどね。先輩から勧められて行った会社の専務さんが気に入ってくれて、私は女にしか見えないから性別は気にしなくていいし、ぜひうちに来てくださいなんて言われて」
と千里。
 
「うっそー! でも何の会社?」
「ソフトハウスなんだけど」
「千里、そんな会社で何するの?」
「うーん。SEかな」
「千里、プログラム書けたんだっけ?」
 
「私、自分が組んだプログラムがまともに動いたことない。高校の時の情報の授業も大学でのプログラミングの講義も赤点ギリギリだった。課題のプログラムもいつも友だちにデバッグしてもらって提出してた」
などと千里は言っている。
 
「それでSEになれる訳〜?」
 
そんなことを言っていたら、楽屋の隅で休んでいた★★レコードの雪豊さんが言った。
 
「今の時代、プログラムの組めないSEさんって時々いますよ」
 
「そうなんですか!?」
「建築会社でも、ビルの設計をする人が必ずしもノコギリが引けなくてもいいでしょ? それと同じで、システムの設計をする人が必ずしもプログラムまで書かなくてもいいという考え方なんです」
 
「なるほど!」
 
「ある意味、昔帰りですけどね。1970年代までは、システム設計するSE、プログラム設計するプログラマー、実際のプログラムを書くコーダー、更にはそれを実際にマシンに入力するパンチャーと分業してたんです。それが1980年代にTSS(タイムシェアリングシステム)とラスタ型CRT端末が普及して、まずプログラムを紙カードや紙テープにパンチしていたパンチャーが消滅し、更にはパソコンが1人1台占有して使えるようになってコーダーも消滅し、1990年代に入る頃には高機能のプログラム・ワークベンチや自動プログラミング、豊富なライブラリなどの発達でプログラマーまで消滅。SEが直接自分でプログラムを作成するようになった。つまりプログラムは手書きで作ってから「入力」するものではなく、最初からパソコンを援用してパソコン内で「生成」するものになったんです。ちょうどダウンサイジングなんて言われた頃ですよ。ところが、その一方で、1990年前後から、一部のソフトメーカーではプログラミングはせずに純粋に設計作業だけに従事するSEを主として文系の学部出身者から採用し始めたんです」
 
と雪豊さんはそのあたりの事情を説明する。
 
「へー」
 
「システムの設計をするには、プログラミングやコンピュータの電気的な仕様に詳しいことより、むしろ全体を見渡す力、俯瞰力が必要なんです。それとクライアントとの交渉力ですね」
 
「千里、確か囲碁は強かったね?」
と私は尋ねる。
 
「そんなでもないよ。初段の免状しか持ってないから」
と千里。
 
「初段は充分世間的には超強い人の感覚」
と氷川さんが言う。
 
「囲碁とか将棋ができる人は俯瞰力のある人ですよ」
と雪豊さんは言ってから
 
「実は私もプログラム苦手なんですよ。多少の調整はできるけど」
と付け加える。
 
「へー!」
 
「私も英文科の出身だし。人とのコミュニケーションは好きですけどね」
 
「いや、コミュニケーション能力は結構重要ポイントだと思いますよ。でもシステムの操作しておられますよね」
 
「操作の仕方は、このシステムのプログラムを実際に組んでくれた人に教えてもらいました。電話やメールでやりとりしながら多少のプログラムやデータの修正もしました。でも教えられた通りに修正しただけで」
 
「そういえば結構電話掛けてあれこれ訊いておられたような」
「私、機械にも弱いんですよ。初日はコードのつなぎ方が分からなくて」
と雪豊さんがいうと
 
「私も機械音痴。カメラでもまともに写真撮れないし」
と千里。
「あ、私もカメラだめです。旅行に行っても記念写真が全滅なんですよね」
と雪豊さんは言っていた。
 
しかし千里はこの日の雪豊さんとの会話で、自分がSEになることに関する不安を少し解消できたような様子であった。
 

1月1日のお正月番組で、ハルラノが出てきていたが、慎也が女装しているので司会者から突っ込まれていた。
 
「あんた女になったの?」
 
「実は29日の年末番組で、強引に性転換手術を受けさせられちゃったんです。仕方ないから、今後は俺は女ということでやっていきますから」
と慎也。
「へー。じゃ、あんたら夫婦漫才?」
と司会者。
 
「夫婦になるつもりはないです」
と慎也。
「結婚は別として、慎也、女になったんなら、やらせろよ」
と鉄也。
「そのあたりは今後、個別交渉で」
 
ふたりは男女ペアならではの漫才のネタを披露し、かなり受けていた。
 
「いや、マジ面白かった。あんたら、その男女ペアという路線でいいよ。それで定着しなよ」
と司会者のベテラン・コメディアンが言っていた。
 
ネットでは
「慎也、マジで性転換手術受けさせられちゃったの?」
「まさか」
「そもそも29日に性転換手術を受けて、今日テレビに出てこられるわけない」
「いや、29日の放送を録画したのは実際は12月初旬らしいよ」
「だったらギリギリで可能性ある?」
 
などといった会話がなされていた。
 
「だけどあいつら男女漫才というのが結構ハマってた」
「うんうん。もう慎也は女キャラってことでいいと思う」
 
と慎也の性転換という「路線転換」?は視聴者の間でも好評だったようである。
 

1月2日は私たちは朝一番の便で東京に戻り、年始参りをした。政子とふたりで振袖を着て、最初明治神宮に初詣した後で、レコード会社、プロダクション、放送局や、上島先生・下川先生・などの自宅も訪問する。
 
東郷先生の自宅も訪問したが、訪問客が多数いたので、うまい具合に短時間で脱出することができた。(この先生につかまると24時間コースである)
 
雨宮先生の所を訪問すると、先生は何だか不機嫌だった。
 
「どうしたんですか?」
「千里が勝手に一般企業に就職とかするからさ」
「私もびっくりしました」
 
「あんた卒業したら、たくさん仕事してもらおうと思ってたのにと言ったらさ、それはそれでちゃんと頑張りますから許して下さいと言った。それで私も一応許すことにした」
と雨宮先生。
 
「だから千里にはこれまでの2倍の仕事を渡す。とりあえず今月中に書けと言って10曲分のタイトルを渡した」
 
「可哀想!」
 
「だけどできるんですか?ソフトハウスなんて凄く忙しそうなのに」
「まあ何とかするんじゃない?」
 
「これまでも千里の仕事量は信じられないです。だってファミレスの夜間バイトを週に3回、土日には巫女さんのバイト、それでバスケットもやってて、全国レベルの大会まで行ってる。一方で学生も一応やってて、それで作曲家としての活動もしていて、かなり良質の曲を生み出している。どう考えても時間が足りない」
と私が言う。
 
「だから千里は3人くらい居るか、あるいは千里の1日は48時間くらいあるかどちらかだよね」
と雨宮先生も言った。
 

1月2日深夜。
 
12月29日の「性転の伝説Special」で予告された「ハルラノの慎也の性転換手術」の様子をレポートする「これが性転換だ!」が深夜24:30(1月3日0:30)からという枠で1時間半にわたって放送された。
 
(なお「性転の伝説Special」内で、アクアが「性転換手術の権利は視聴者の方に」と言ったあとで、司会者が「こちらの宛先まで」と言った所では実際のテロップは『ごめんなさい。倫理委員会の許可が出なかったので性転換手術のプレゼントはありません』というのが流れていた)
 
番組は「性転の伝説Special」で慎也が女装させられている所から始まる。この様子を慎也だけ撮影していたのが全く計画的である。それから「性転の女王」が発表され、慎也が警備員に拉致されていく。救急車に乗せられてやがて病院に到着する。それで血圧やら心電図やら測定されている様子。
 
「ね、ね、これジョークだよね?」
と本人は言っているが、医者や看護師は無言である。
 
やがて病室に運ばれていき、女性看護師に剃毛される。さすがに性器は映らないようにぼかしが入っているが、毛が剃られていく様子はしっかり映っていた。
 
医師がやってきて診察した上で「手術は明日行いますから、本日は飲食禁止です」と言って引き上げる。
 
不安そうな顔の慎也だが、やがて消灯時間になり、いつしか慎也は寝てしまう。その熟睡しているところが暗視カメラで撮影されていた。
 

ここで国内で性転換手術を多数手がけている、東京の有名医院の医師が出演して性転換手術の術式に関して説明をする。このあたりの視聴率は深夜の放送なのにかなり高かったらしい。
 
「性転換手術といえば、基本的には男性器除去と、女性器形成の手術を同時にあるいは連続しておこなうことを言うのですが、人によっては女性器の形成まではしなくてよいとおっしゃる方もあります。その場合、睾丸を除去して陰茎を切断するだけという方もあります」
 
と医師は説明する。
 
「陰茎の切り方も、先端の亀頭部分だけ切って欲しいとか、単純に外に見えている部分を切って欲しいという方もあります。この場合、排尿は普通の男性と同様に立ったまますることも可能です。もっとも陰茎の見えている部分全部切ってしまうと、ズボンとパンツは下げないと無理ですが」
 
「しかし排尿も女性と同様になりたいという方も多くて、その場合は陰茎の体内に埋まっている部分まで掘り起こして完全に除去します。そして尿道を女性の尿道口と同じ位置に開口させますので、そうするとおしっこは座ってすることになります」
 
「なんか聞いてるだけでお股がむずかゆいんですけど」
とインタビューをしている古屋疾風さんが言う。
 
「更にはこの時に大陰唇・小陰唇を同時に形成して欲しいという方も多いです。ここまですると、股間の外見は完全に女性と同じになります」
と医師。
 
「女湯に入れる身体ですね?」
 
「そうですね。完全な性転換手術の場合は、この他、亀頭の一部を利用して陰核を形成し、また陰茎や陰嚢の皮膚、尿道壁などを使用して膣を形成します。陰茎や陰嚢が長年の女性ホルモン投与で萎縮していて足りない場合、大腸の一部を切り取って使う場合もあります」
 
医師の説明に対して古屋さんが尋ねる。
 
「そういう手術をした場合、女の快感が得られるものなんですか?」
 
「まず陰核を作る時に、神経もちゃんとつなぐようにしますので、陰核を刺激されるとちゃんと性的な快感が得られます。性的に興奮するとカウパー腺から分泌液が出ますが、これは女性のバルトリン腺と同じものなので、ちゃんと湿潤する女性器になります。特に陰茎に付いていた尿道の壁を膣を作る時に取り込んでおくと濡れやすくなるようですね。また、女性が膣で感じる性感というのは実はGスポットで感じているのですが、女性のGスポットというのは男性の前立腺の残存したものなので、人工的に作った膣に男性の陰茎が挿入されると前立腺が刺激されることから、むしろ天然女性より大きな快感が得られる場合もあるようです。実際女になったあとの方がセックスが気持ち良くなったとおっしゃる方もあるんですよ」
 
「みんなそうなるんですか?」
「そのあたりは個人差もあるようで、不幸なことに全然快感を感じられない方もあるようです」
「じゃ、そのあたりは運ですかね」
 
「まあそうですね」
 

番組はその後、豊胸手術に関しても古屋さんが医師に質問し、これも色々なやり方があることを医師は説明した。
 
「おっぱいに詰める詰め物ですが、今は生理的食塩水を使うんでしたっけ?」
 
「一時期シリコンが危険だと言われて、生理的食塩水が使用された時期もあるのですが、やはり感触が悪いんですよ。それで最近は丈夫なシリコンバッグを使用するのが主流です」
「万一バッグが体内で破裂したら?」
「その場合でも中身が飛散しないように加工したシリコンジェルを使用していますので、すぐに手術すれば安全に取り出せます」
 
「だったら安心ですね」
「古屋さんもおっぱいだけでも大きくしてみます? いつでも自由に触れるおっぱいがあるっていいですよ」
 
古屋さんは答えに一瞬詰まってから
 
「そんな、迷っちゃうようなこと言わないで下さい」
と言った。
 

その後番組では、性転換手術を経験している人にインタビューする。「性転の伝説Special」にも出演した花村唯香は顔出しでインタビューに応じていたが、その他4人ほどの性転換者に顔は映さず、Vネックの服から豊かなバストの谷間が見えている所だけ映しながら会話したり、1人の女性はビキニの水着姿を映して、特に股間のスッキリしたラインにズームアップしたりしながらあれこれ質疑応答していた。花村唯香は国内で手術しているが、他の4人の内国内で手術したのは1人だけで、後の3人はタイで手術したと言っていた。
 
またインタビューを受けていた中のひとりは(法的に)結婚しているということで、顔出しはしていないものの夫とふたりで出ていた。ふたりは夜の生活もふつうにしているし、お互い満足していますよと語っていた。結婚式で多数の友人たちに祝福されている写真も見せていた。
 
このあたりもかなり視聴率が高かったようである。
 

番組は場面が切り替わって朝5時である。慎也が入院している病室に医師が入ってくると、腕に注射したようである。
 
「今慎也さんに麻酔を打ちました」
と小さな声で古屋さんが言う。
 
「これから手術室に運び込みます」
と古屋さんが言うと、看護師が2人でベッドのキャスターのロックを外し、静かにベッドを廊下に運び出す。エレベーターを降りて2階の手術室に運び込んだ。そして「手術中」のランプが点灯した。
 

ここでローズクォーツのスペシャルライブが入る。
 
オズマ・ドリームの2人を含むローズクォーツが演奏している中、女装のタカ子が『美少女製造計画』『胸を膨らませる君』『取っチャオ』の3曲を熱唱した。
 
その後、慎也のお母さん(この人はバラエティ番組で何度か出たことがある)が登場して事務所の社長から
 
「慎也さんが性転換手術を受けて女性になりました」
と告げられる。
 
「えーー!?」
とお母さんはびっくりしたものの
 
「あの子が女の子になりたいのなら、仕方ないですね」
と答える。
 
「慎也さん、女の子になったらきっといいお嫁さんになりますよ」
「いっそ相方の鉄也さんがお嫁さんにしてくれないかしら」
「ああ、それは交渉してみる価値ありますね」
 
「夫婦漫才って結構ありますよね」
「あります、あります。そういう企画で彼女は今後売りましょうかね」
 
などと社長は言っている。
 
「そうだ。お母さん、慎也さんが女の子になったら名前はどうしますか?」
「うーん。じゃ可愛く桜ちゃんとか」
 
「あ、いいですね。可愛いですよ」
「あの子、桜の咲く頃に生まれたんですよ。女の子だったら桜にするつもりだったんです」
「でしたら、そういう名前になるのは親孝行ですね」
「ええ」
 

更にテレビは慎也の妹さんにインタビューする。
 
「え?お兄ちゃん、女の子になっちゃったんですか?」
「これからはお姉ちゃんと呼んであげてくださいね」
 
「うっそー。お兄ちゃんにそんな趣味があるなんて知らなかった」
と妹さんも驚いている。
 
「名前は桜になるから」
とそばからお母さんが言っている。
 
「へー。桜か。可愛いじゃん。でも可愛い女の子になるんだっけ?けっこう不細工な顔なのに」
 
と妹さんは無茶苦茶言ってる。
 
「でも女性的な顔かどうかと、本人の性的な指向は無関係ですから」
「確かにそうかもね〜。男の子にも美少年からそうでない人まで、女の子にも可愛い女の子から私みたいに顔が不自由な子までいるから」
 
「妹さん、可愛いですよ」
「お世辞はやめてください。私、生まれてこの方、親からでさえ可愛いなんて言われたことないですから」
 
しかしこの妹さんの発言に対しては「可愛いのに!」というコメントが多数ツイッターや2chの実況スレに入っていた。
 

場面は変わって病院の手術室。「手術中」のランプが消える。
 
「手術が終わったようです。ここに入ったのが朝5時でした。現在8時で、3時間ほどの手術だったようです」
と古屋さんが小さな声でレポートする。
 
それで手術室からベッドが運び出されてくる。慎也は麻酔がまだ効いているのか眠っているようである。病室に戻るが、その時、ベッドの枕元にあった「川近慎也」というネームプレートが「川近桜」という名前の物に交換された。
 

やがて慎也あらため桜が目を覚ます。
 
そこに古屋さんが入ってくる。
 
「おはようございます。桜さん」
「おはようございます。えっと桜って誰?」
 
「慎也さんが性転換手術を受けて女の子になると聞いたら、お母さんがだったら名前は桜にしてと言ったんですよ。ネームプレートもその通り変更しました」
 
と言って古屋さんが枕元を指し示すので振り返ってみてびっくりしている。
 
「お袋の所までわざわざ行ったの?」
と桜は呆れた顔である。
 
「お母さんも妹さんも、桜さんが女の子になるのを歓迎してくれるそうですよ」
「もう、その冗談やめて欲しいんだけど」
 
「手術も無事終わりましたし」
「へ?」
 
「性転換手術は桜さんが寝ている間に朝5時から始めて、さきほど8時頃終了しました」
 
「嘘!?」
 
と言って桜は布団をめくって、病院用寝間着の裾をめくる。そこは包帯でぐるぐる巻きにされていて、多数のチューブが出ている。
 
「何これ〜!?」
 

そこにお医者さんが入って来た。
 
「手術は無事終わりました。あなたはもう立派な女性ですよ」
と医師は言う。
 
「これは手術証明書です」
と言って書類を渡される。カメラがその書類を写す。
 
「手術証明書。川近桜。当病院は上記の者に下記の治療を施した。陰茎切断・睾丸除去、膣形成・陰核形成・大陰唇形成・小陰唇形成・乳房隆起。この結果患者はもはや男性ではなく完全な女性であり、全ての男性の義務から解放されるとともに、全ての女性の権利を獲得した。公的私的な書類上の性別も女性に変更されるべきである》
 
「嘘!? 俺手術されちゃったの!?」
「まだ麻酔が切れていないので感覚が無いと思いますが、切れると結構痛くなると思いますので、その時は言ってください。痛み止めを処方します。ちょっと患部を診察しますね」
 
と言って、医師は桜の寝間着を脱がせる。
 
「嘘!俺女の下着付けてる」
 
「女性になったのですから当然です」
 
上半身に着ていたキャミソールを脱がせると、ブラジャーを付けており、その中には豊かなバストがある。
 
「ひぇー、おっぱいがこんなに出来てる!」
「鉄也さんにお伺いしてDカップのバストにしました」
「なんであいつが決めるんだよ!?」
「鉄也さんは桜さんが女性になったら恋人になってもいいとおっしゃってます」
と古屋さん。
 
「あいつと恋人〜? 俺ホモじゃねーし」
「ホモというのは男性と男性の恋愛ですから。桜さん、もう女性になったから、男性と恋愛するのがストレートですよ」
 
「うっそー!」
 

それで股間に巻かれている包帯が取られる。息を呑むような声。そして包帯が取られたところには男性器は何もなく、きれいな縦の筋が1本できていた。
 
テレビカメラではその筋の部分だけぼかしが入っていたものの、ペニスや陰嚢が存在していないのは、明白に分かるような映像であった。昼間の番組ではこんな映像も流せないだろうが、さすが深夜の番組である。
 
そしてこの瞬間、ツイッターも2ch実況スレも凄い数の書き込みがあった。
 
「そんな。チンコ無くなってる。玉も無い!」
と桜が衝撃を受けているような声で言う。
 
「ちゃんと手術して女性の形にしましたから」
と医師。
 
「ひどいよぉ。これじゃ俺、結婚できないじゃん」
「男性としては結婚できませんが、女性としてなら結婚できますよ。戸籍上の性別も変更できますから」
 
「いやだぁ。元に戻してよ」
「女性器を作るのに、男性器を材料として使用しているので無理です。しっかり女性として生きてください」
 
「そんなあ。女になっちゃったら、俺母ちゃんに叱られる」
「ですからお母さんは認めてくれて桜という名前をくれたんですよ。
 

その時、病室のドアを開けてプラカードを持った、桜の相棒・鉄也が入ってくる。プラカードには「元祖ドッキリ・レポート」という文字が入っている。
 
「え!? これドッキリなの?」
 
お医者さんが笑っている。看護婦さんも笑っている。
 
古屋さんが笑いながら説明する。
 
「これボディスキンを装着したんだよ」
「これ作り物なの?」
「おっぱいからお股まで一続きになってるんだよね。ほら、ここがスキンの端」
 
といって古屋さんは説明する。これは中国製のコスプレ用?ボディスキンである。バスト部分から股間の女性器部分までが一体となった女体偽装スーツで、装着したまま排尿も可能なようになっている。価格も15万円ほどする品だ。
 
「ほんとだ! 良かった! でもおっぱいはあってもいいような気がしたよ、俺」
と桜。
 
「じゃ、あらためて豊胸手術してもらう?」
「3年くらい考えさせて。でもこれチンコは?」
 
「この中に収納されてるんだけどね」
「今やっと気づいたけど、これすげー締め付けられてる」
「そりゃ男の身体を女の皮膚の中に閉じ込めるから、結構無理してる。長時間付けておくのはよくない」
 
「これ付けられてからどのくらい?」
「3時間経ってるから、そろそろやばいかもね。チンコが圧迫されて壊死してるかも」
「ちょっとぉ!」
 

ドッキリのプラカードが入って来た所、そしてネタバレした所で
 
「なーんだ」
「やはりフェイクか」
「だと思ったよ」
「でもあのボディスキン、俺も欲しい」
 
と言った書き込みが大量にツイッターなどに出回った。さっそく番組で紹介したボディスキンを売っているオンラインショップのURLを調べ上げて書き込む人もかなりあった。
 
「しかしネタでこの値段の商品はさすがに買えん」
 
という声も多い。
 
「これ買う人は性転換したい男じゃないの?」
「いや本当に性転換したい人は本気で身体を改造するから、やはり女装レイヤーさん向けだよ」
「でも長時間付けてて、マジでチンコが壊死したりして」
「まあ、その時は潔く諦めてチンコ切り落とせばいいよ」
 

「ちみなにこのお医者さんは役者さん」
「なーんだ」
 
「4月から放送される『ときめき病院物語』で新人医師を演じさせて頂きます倉橋礼次郎です。失礼しました」
 
と医師の格好をした男性が言う。
 
「この病院自体が撮影用のセットなんだよ」
「マジ?」
「実際には廃院になった病院を撮影期間中借りることになってて、今ずっと内装とかも整えているんだけどね」
「だから本物っぽいのか」
 
白衣を着た女性も挨拶して
 
「私は同じく『ときめき病院物語』で新人看護師を演じさせて頂きます沢田峰子です。よろしくお願いします」
と言う。
 
そしてカメラはもうひとりの白衣を着た女性に向く。その女性が恥ずかしがってる!?
 
「あれ?君は?」
と桜が言う。
 
「すみません。4月から放送される『ときめき病院物語』で院長の息子を演じさせて頂きますアクアです」
 
この看護婦姿のアクアの映像が映った瞬間、凄まじい数のツイートが発生した。
 
「アクアちゃーん!」
「可愛い!」
「やはり女の子役で出るの?」
 
それで桜もアクアに尋ねる。
 
「結局あんた女の子役になったの?」
「違います。僕は息子役なんですけど、プロデューサーさんがこれ着ろこれ着ろって言って、ナースの衣装着せられちゃったんです。スカート恥ずかしい」
 
と言って俯くので、またまた「かゎいい!!」というツイートが大量発生していた。
 

「ところでこれもう脱いでいい? なんかきついよ、これ」
と桜は言うが、締め付けが凄まじく強くて、ひとりでは脱げないようである。相棒の鉄也が協力して、脱がせる。
 
そして慎也はボディスキンを脱いだ裸の状態でこちらを向いた。
 
その時、テレビでこの番組を見ていた多くの視聴者が衝撃を受けた。
 
「あ、えっと。桜さ。ボディスキンを脱いでも、おっぱいあるんだけど」
と鉄也が言う。
 
カメラはしっかりと桜のバストを映している。これも深夜番組だから容認されるショットだ。
 
「あれ?そうかな」
などと本人は言っている。
 
「ちょっと測ってみよう」
と言って、鉄也がメジャーを出して桜のバストのサイズを測る。
 
「トップバスト89, アンダーバスト75かな」
 
すると看護婦役の沢田さんがさっとブラサイズ表を取り出す。
 
「これC75のバストなんだけど」
と鉄也。
 
「あれ〜、じゃ俺ほんとに豊胸手術されちゃったの?」
と桜は言っているが、何だか平然とした口調だ。
 
「それからお股にもチンコ無くて、割れ目ちゃんがあるんだけど」
 
カメラの映像にはさすがにボカシが入っているのだが、それでもぶらぶらするものが股間に存在しないことだけは確認できた。
 
「やっぱり俺のチンコ取られちゃったのかなあ」
と本人がやはり平気そうな声で言う。
 
「お前、実は元々女だったのでは?」
と鉄也。
 
こういったやりとりの間、ネットには混乱したような書き込みが多数発生していた。
 

古屋さんが言う。
 
「桜さん、視聴者の方がたぶん混乱していると思うので、ご自身から正直に言ってもらえませんか」
 
すると桜は病院用寝間着を羽織って裸体は隠した上で、今までずっと男声でしゃべっていたのを、美しい女声に切り替えて衝撃の告白をした。
 
「みなさん、ごめんなさい。実は私、物心ついたころからずっと女の子になりたいと思っていたんです。それで高校を出てすぐに、お金持ちの友人からお金借りてタイに渡って性転換手術しちゃったんです。それが10年ほど前のことです」
 
ツイッター上で「嘘!?」という書き込みが多数ある。
 
「これが本当の私の性転換手術証明書です」
と言って、桜は英語の文書を見せる。カメラが映す。
 
「実はその文書を日本語に訳したものがさきほどカメラで映した手術証明書です」
と鉄也が補足する。
 
「でも私、女になったけど、女として就職できるところが全然無くて。特に私ってあまり女に見えないし、当時はこういう女の声も出せなかったから、女の格好で面接に行っても『あんた男だろ?』と言われちゃって、バッくれて就職というのもできなかったんですよね」
 
「それで私、子供の頃から、お前のしゃべり面白いと友だちから言われていたから、いっそ芸人になれないかなと思って、芸人学校に入って。でも当時はまだ特例法が施行されてなくて戸籍を女に直せなくて、男の戸籍で入学したから、男の格好しなきゃダメと言われて。それで結局男の芸人として訓練を受けて、卒業した後、鉄也と出会って、コンビ組んで。なかなか売れなかったけど、相性がいいからずっと鉄也とは組んでいていいと思いました」
 
「鉄也さんは桜さんが性転換していたことは知ってたの?」
と古屋さんが尋ねる。
 
「それは最初から聞いてたよ。だからプライベートでは俺、桜は素敵な女性だと思っているよ」
「恋愛関係は?」
「酒の勢いでやっちゃったことはあるね」
 
「鉄也は私の最初の男です。でもお互い恋愛にするつもりはないと言い合ってます」
 
鉄也も頷いている。
 
「だけどやっちゃった時、気持ち良かったよ。普通の女だと思った」
と鉄也。
 
こんな発言も深夜番組ならではだ。
 
「それで男同士のコンビとして8年ほどやってきたけど、私、やはり本来の自分に戻るべきじゃないかと思ったんです」
と桜は言う。
 
「まあ仮面男子を8年もやったら充分だよな。もうお前、女でいいよ」
と鉄也。
 
「それで事務所の社長に相談したら、どうせなら盛大なカムアウトやろうよということで、今回の企画を頂いたんです」
と桜。
 
「じゃ今後は男女ペアの芸人としてあんたらやってくの?」
「はい。それで昨日のお正月番組にも男女ペアで出して頂きました」
 
「ちなみにこいつもう戸籍上も女になってるから」
と鉄也が言う。
 
「これが私の戸籍です」
と言って戸籍謄本を見せるが「続柄:長女」と印刷されている。
 
「あんた妹さんがいたよね。あんたが女になって長女になったら、妹さんは長女から次女に変更になるの?」
 
「性別変更する時に強制的に分籍されるんですよ。もっとも私はそれ以前に分籍しておいたのですが。ですから、私も妹もどちらも長女です」
 
「ああ、長女がふたりできるのか」
「再婚したような場合にも長女がふたりできますね」
「なるほどねー。でも戸籍上女になってるのなら、あんたら結婚できるじゃん」
 
「うーん。特に恋愛感情は無いですけど、万一鉄也にプロポーズされたらその時考えてみます」
「そうだなあ。40歳まで結婚できなかったらこいつと結婚してもいいかな。こいつ料理とか結構うまいんですよ」
「まあよく一緒に泊まってるからね。布団は別だしHもしてないけど」
 

それで場面が変わり、桜がちゃんと女の服を着て、(むろん男の服を着た)鉄也と並んでいる図になる。桜はOL風のスカートスーツで、お化粧もしている。
 
「そういう訳で、私が性転換して、今後はハルラノの鉄也と桜ということでやっていきますので、よろしくお願いします」
 
と桜は挨拶した。
 
古屋が言う。
「あんた、そんな格好してたら一応何とか女に見えないこともないな」
 
「その点については私もけっこう迷ったんですよ。私、性転換しても不細工だからなあと。高校の同級生に美少年がいて、その子は女装すると可愛い女の子になってたんですよ。でも私はネタで女装させると変態にしか見えなかったんですよね。だから私って最初からオチに使われてたんです。でも、私みたいな不細工な女にしかならない人でも自分の心が女なら、女性として生きる道を選択していいと思うんです。似たようなことで悩んでいる人って居ると思うので、頑張ってください」
 
と桜は締めくくった。
 

1月3日の早朝5時少し前。中央高速の某SAに4台の車が停まった。
 
ひとつは私のカローラフィールダー。エルグランドに買い換えることにしているので、これがあるいは最後の遠出になるかも知れない。ひとつは雨宮先生のフェラーリ・FF (Ferrari Four)、ひとつは★★レコードの加藤課長のブルーバード・シルフィ、もうひとつは千里のインプレッサ・スポーツワゴンである。
 
私の車に乗っていたのが、上島先生・下川先生・水上先生。雨宮先生の車に乗っていたのは海原先生・三宅先生・山根先生。加藤課長の車に乗っていたのが、60歳前後に見える女性と30代の夫婦。そして千里の車に乗っていたのは、千里の高校時代の友人の川南・夏恋と今話題沸騰中のアクアに、彼女?彼?を優しくガードする長野支香であった。
 
「現場で停まることができないから、ここでお祈りを捧げよう」
 
と加藤課長が言い、サービスエリアの入口方向、2003年12月27日の午前5時頃、アクアこと長野龍虎の父・高岡猛獅と母・長野夕香が事故死した方角にアクアが花束を献じた。ふたりが事故死した時、龍虎はまだ2歳だった。加藤課長が乗せてきたのは、長野姉妹の母(龍虎の祖母:仙台在住)、および龍虎の里親である田代夫妻である。
 
ほんとうは12月27日に来たかったのだが、みんな年末年始が忙しいので何とか調整を付けてこの日になったのであった。
 
海原先生が般若心経を暗誦する。龍虎の祖母および、うろ覚えっぽい上島先生と水上先生もそれに唱和した。その間、全員、黙祷を捧げる。
 
「今年の12月には十三回忌か」
と上島先生が感慨深げに言う。
 
事故現場近くにはこれまでもみんな各々バラバラに来て追悼していたのだが、実はこれだけの人数が一度に集まったのは初めてである。アクアの芸能界へのデビューが決まったことから、上島先生と雨宮先生が呼びかけて関係者が集まることになったものだ。
 
「千里さん、あの曲を吹いてよ」
と龍虎がせがむ。
 
「うん」
 
千里が龍笛を取り出して『アクア・ウィタエ』を演奏した。
 
みんな静かに聴いている。途中で落雷があるので、その時サービスエリアに居た人がビクッとしたようである。
 
「事故現場に稲妻を落としてくれたみたい」
と演奏を終えた千里が言った。
 

「だけど龍虎、やはりそういう格好が可愛いよ」
としばしば彼にスカートや女の子用の下着、サンリオグッズなどを送りつけている川南がからかうように言う。
 
「なんかこの格好の方がお父さんとお母さんが喜ぶよとか、支香おばちゃんに乗せられちゃったんだけど」
と龍虎。
 
彼はとても可愛いティアードスカートを穿き、髪にもカチューシャをしている。誰が見ても女子中学生にしか見えない。
 
「まあ子供が可愛く育つのは、高岡も夕香ちゃんも喜ぶよ」
と上島先生も笑って言った。
 
「龍虎、あんたマジで女の子になりたいのなら応援してあげるけど」
と田代(妻)が言う。
 
「女性下着のクーポン100万円分とかもらったのどうすんの?」
と夏恋が訊く。
 
「さすがに100万円は使い切れないから、90万円分は支香おばちゃんに譲りました」
と龍虎。
 
「もらったから、約束のブラとか買っちゃう」
と支香。
 
「10万円分は自分で使うんだ?」
「友だちがプリリとかいいよというから付けてみる」
 
「龍虎、女の子の友だちが多いよね?」
「なぜか僕の友だち女の子ばかりなんだよ、昔から。下着選びに付き合ったりもするよ。さすがに僕は買わないけど」
「それで後からひとりでこっそり買いに行くんだ?」
「そんなことしないよ!」
「ほんとに?」
「まあ、したことがないこともないけど」
 
田代夫妻が笑っている。
 
龍虎は小学1年生の3学期から、ずっと普段「お父さん」「お母さん」と呼んでいる田代夫婦の里子として埼玉県内某市で暮らしている。学校には田代龍虎で登録しているのだが、戸籍上は長野龍虎のままである。このことは学校の友人などは全く知らない。田代夫婦は医学的に子供が作れないらしく、それもあってか龍虎のことをほんとによく愛し、しっかりと躾けもしながら育てている。
 
「まあ、あんたの洋服ダンスって女の子の服が3割くらいあるもんね」
とお母さん。
 
「川南さんが色々送りつけてくるんだもん。別に着てないよ、たまにしか」
「まあ確かに時々家の中でスカートとか穿いてるよね」
「うーん・・・たまにかな」
 
「龍虎、やはり女装にハマってない? 仮面男子してるんなら、カムアウトして女の子になっちゃえよ。それで女子制服着て学校に行ったら?名前も龍虎から龍子に変えちゃいなよ」
と川南が唆す。
 
「女装は楽しいけど、はまりすぎると怖いから。あくまで趣味で。仮面男子してるつもりはないよ。僕は男の子だよ」
と本人。
 
「でも龍虎、男の子の服が合わないんでしょ?」
と夏恋も訊く。
 
「そうなんですよ。僕、ガールズのズボンばかり穿いてるんです。でもガールズのって、おちんちんをファスナーから出すこと想定してないから、ズボンを下げないとおしっこできないものが多いんですよね。だから結構個室でしてるんです」
 
龍虎は川南だけにはため口で話し、夏恋や千里には敬語で話すようだ。
 
「だったらそもそもファスナーの無いものでもいいのでは?」
「結構持ってるよね。ファスナー無しとか横ファスナーとか。ズボンじゃなくてキュロットを友だちと遊びに行くときに穿いてることもあるし」
とお母さん。
 
「まあね」
と照れくさそうに龍虎は言う。
 
「一応、学生服のズボンは男物を買って私がウェストを補正してあげたんですけどね」
とお母さんは言う。
 
「制服はスカート穿けばいいのに」
と川南。
 
「それで人前には出たくないよ」
と龍虎。
 
「テレビであれだけ女の子姿を曝したら今更だろ?」
と川南。
「キュロット姿を友だちに曝してるのならスカートも問題無い気がする」
と夏恋。
 
「学校にまでスカートで出て行ったらみんなに馬鹿にされるよ」
「それってやはり仮面男子じゃん」
「そうかなあ」
 
「龍虎、君の学校の女子制服を私がプレゼントしてあげるよ」
と夏恋。
「えー!?」
 
「いいですか?」
と夏恋がお母さんに訊くと
「持っている分にはいいのでは。じゃ、サイズ測ってそちらにメールしますね」
とお母さん。
 
「今度から女性ホルモン剤を送りつけようかな」
と川南。
 
「さすがに男を辞めるつもりはない」
「照れなくたっていいのに。あの時、やはり手術でちんちん取ってもらえば良かったのにね」
「それは絶対嫌」
 
そんな龍虎と川南たちのジャブのような会話を聞きながら、ワンティスの面々は微笑んでいた。
 
 
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【夏の日の想い出・仮面男子伝説】(3)